関連審決 | 不服2004-26737 |
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関連ワード | 発明者 / 反復(反復可能性) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 発明特定事項 / 相違点の認定 / 技術常識 / 着想 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
20年
(行ケ)
10062号
審決取消請求事件
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原告X 訴訟代理人弁理 士中島昇 被告特許庁長官 鈴木隆史 指定代理人名取乾治 同 長島和子 同 森川元嗣 同 内山進 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2008/07/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2004-26737号事件について平成20年1月21日にした審決を取り消す。 第2事案の概要本件は,原告が,発明の名称を「模範操縦を即座に真似できる模擬教習機器」とする後記特許について出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。 争点は,本願発明が実公昭37-15866号公報(名称「ハンドル玩具」,出願人A,公告日昭和37年6月30日,甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。 第3当事者の主張1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成16年3月30日,名称を「模範操縦を即座に真似できる模擬教習機器」とする発明について特許出願(以下「本願」という。請求項の数4。特願2004-129008号。甲5。公開特許公報は特開2005-284227号)をし,平成16年8月19日付けで特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。請求項の数1。甲6)が,平成16年11月9日に拒絶査定を受けたので,平成16年12月3日付けで不服の審判請求を行った。 特許庁は,同請求を不服2004-26737号事件として審理した上,平成20年1月21日「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,その謄本は平成20年2月2日原告に送達された。 (2) 発明の内容本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1のみから成るが,その内容は次のとおりである(以下「本願発明」という。)。 【請求項1】助手席の前面に取り付けまたは取り外しができるように配置される支持体に対して,模造ハンドル,模造ブレーキ,模造アクセルおよび模造方向指示器または模造クラッチを取り付けた模擬教習機器であって,前記模造ハンドルは,実際のハンドルと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のハンドルが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のハンドルの動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付けられ,前記模造ブレーキは,実際のブレーキと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のブレーキが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のブレーキの動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付けられ,前記模造アクセルは,実際のアクセルと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のアクセルが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のアクセルの動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付けられ,前記模造方向指示器は,実際の方向指示器と同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際の方向指示器が占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際の方向指示器の動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付けられ,前記模造クラッチは,実際のクラッチと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のクラッチが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のクラッチの動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付けられ,前記模造ハンドル,模造ブレーキ,模造アクセルおよび模造方向指示器または模造クラッチの動きは,運転席に配備された実際のハンドル,実際のブレーキ,実際のアクセルおよび実際の方向指示器または実際のクラッチの動きとは,何らの関係をも持たないように構成されていることを特徴とする自動車運転用の模擬教習機器。 (3) 審決の内容ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願発明は,引用発明に基づいて容易に発明することができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。 イ審決が認定する引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点,相違点は,次のとおりである。 <引用発明の内容>「自動車の運転台の前面に吸着盤6を利用して取付けまたは取り外しができるように配置される取付杆5に対して,所要(判決注,「所用」は誤記)の大きさを有するハンドル体1,チェンジレバー13を取付けたハンドル玩具であって,前記ハンドル体1は回転自在に,前記取付杆5に取り付けられ,前記チェンジレバー13は特定の回動位置に位置決め可能に回動されるように,前記取付杆5に取り付けられ,前記ハンドル体1,チェンジレバー13の動きは,父親等が運転する自動車の運転席に配備された実際のハンドル,実際のチェンジレバーの動きとは,何らの関係をも持たないように構成されているハンドル玩具。」<一致点>「助手席の前面に取り付けまたは取り外しができるように配置される支持体に対して,模造ハンドルを取り付けた模擬機器であって,前記模造ハンドルは,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,実際のハンドルの動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付けられ,前記模造ハンドルの動きは,運転席に配備された実際のハンドルの動きとは,何らの関係をも持たないように構成されている自動車運転用の模擬機器。」<相違点1>模造ハンドルが,本願発明においては,実際のハンドルと同一サイズのものとし,支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,支持体に取り付けられているのに対して,引用発明では,このような特定を有しない点。 <相違点2>本願発明が,実際のものと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付けられ,さらに運転席に配備された実際のものの動きとは,何らの関係をも持たないように構成されている模造ブレーキ,模造アクセルおよび模造方向指示器または模造クラッチを有するのに対して,引用発明では,これらを有しない点。 <相違点3>本願発明が,自動車運転用の模擬教習機器であるのに対して,引用発明のハンドル玩具が自動車運転用の模擬機器である点。 (4) 審決の取消事由しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法なものとして取り消されるべきである。 ア 取消事由1(一致点及び相違点認定の誤り)(ア)引用発明は「幼児やベビーが遊びに使うためのハンドル玩具」に係るものであって,「自動車運転用の模擬機器」に係る発明である本願発明とは異なる。そのことは,次の事実から明らかである。 a「自動車運転用の模擬機器」の「用」の語は,「(接尾語的に)…に使うためのものの意を表す」(「広辞苑第四版」1992年11月17日第2刷発行[甲10]2628頁)ものであるから,「自動車運転用」といえば,「自動車の運転に使うためのもの」の意味を表すものとなる。 b引用発明が「自動車の運転に使うための模擬機器」といえるかどうかについてみると,次のとおり,引用発明は「自動車の運転に使うための模擬機器」ということはできない。 (a)引用発明は,名称が「ハンドル玩具」となっている。それゆえ,その名称からすれば,それは一般に玩具,すなわち「子供のもてあそびもの」(「広辞苑第四版」[甲10]572頁)の範疇に属するものと理解される。 (b)引用例(甲1)には,「…各構成体はこれを合成樹脂等で製作すると美麗で実感的なものが製作できるが,特に取付杆5は屈曲自在な柔軟性体で形成するとさらによく…」(右欄1行〜3行)との記載がある。仮にこの「ハンドル玩具」が「自動車の運転に使うためのもの」であるとすれば,特にそれを美麗にする必要はなく,また,その取付秤5を屈曲自在な柔軟性体で構成したとすると,ぐにゃぐにゃして自動車の運転に使うことになど全く適さないものとなってしまう。このことからみても,引用発明は,自動車の運転に使うものでないことは明らかである。 (c)引用発明は「…子供が,…自動車を運転する父親等と共に…遊ぶことができる…」(引用例[甲1]右欄7行〜10行)ものである。そして,自動車の運転は父親等と共に遊びながらするものではないから,このことからみても,「ハンドル玩具」は自動車の運転に使うためのものではないと理解される。 (d)引用発明は,「…自動車の車体内や室内の壁あるいは他の適所にこれを取付けて…遊ぶことができるもの…」(引用例[甲1]右欄12行〜14行)であるから,その取付け箇所はどこでもよく特定されていないものと解される。とりわけ,それを自動車とは全く関係のない室内の壁などに取り付けた場合などは,それが「自動車の運転に使うための模擬機器」になるとは到底いうことができないものになってしまう。 (e)審決は,「自動車運転用の模擬機器」について,「引用発明のハンドル玩具の…ハンドル体1を回転させたり…ことにあたり,子供は遊びの中で,父親等の運転の仕方を見てそのまねをすることができるのだから,このことをもって,ハンドル玩具を自動車運転用の模擬機器と呼称すること…に差し支えはない。」(4頁18行〜25行)と認定している。しかし,「自動車運転用」とは,上記のとおり「自動車の運転に使うためのもの」を意味する語であるから,審決の上記認定は,「父親等の運転の仕方をまねすることができるハンドル玩具は,自動車の運転に使うためのものである。」ということを述べたものとなる。しかし,そのような玩具(すなわち,自動車の運転の仕方をまねするためのハンドル玩具)が自動車の運転に使うための物になるという事態は,「まねする」のと「使う」のは異質な行為であるから,一般には起こり得ないことである。一般には起こり得ないことを内容とした審決のこの理解は,常識的なものといえないから,審決の上記認定は採るに値しない。 (f)引用発明に係る「ハンドル玩具」と本願発明に係る「自動車運転用の模擬機器」は,いずれも「模造ハンドル」と呼び得るものであるとしても,前者の模造ハンドルは,自動車の運転に使えるものではないのに対し,後者の模擬機器は自動車の運転に使うためのものである。そのため,前者にあっては,幼児やベビーが面白がって安全に遊べるようにする配慮が必要であるが,後者にあっては,自動車の運転に役立ち,運転の障害となることのないようにする配慮が必要となる。両者はその設計思想を根本から異にしたものである。この一事をもってしても,引用発明に係る「ハンドル玩具」を「自動車運転用の」ものとすることはできない。 (g)引用例の記載について摘示した上記のものを除く外の記載をみても,「ハンドル玩具」が自動車運転に使うためのものであることを記載し又は示唆するものは全く見当たらない。 c引用発明が子供が遊びに使うためのものであることは,上記bのとおり疑いがないが,引用例では,その「子供」の範囲(年齢層)については何も記すところがない。 そこで,引用発明に係る「ハンドル玩具」を遊びに用いている「子供」の範囲についてみると,「ハンドル型玩具」又は「ハンドル玩具」の名称を持ち引用発明とほぼ同じ技術構成を開示した公知資料として,特開平11-9849号公報(発明の名称「ハンドル型玩具」,出願人株式会社ナポレックス,公開日平成11年1月19日。 甲2)と特開2002-360951号公報(発明の名称「ハンドル玩具」,出願人株式会社スタッフ,公開日平成14年12月17日。 甲9)があるが,それらの公報には,「幼児用」であることが明記されている。また,「ハンドル玩具」の名称を持ち引用発明に類似した構成を持つ市販品としては,「アンパンマンのハンドル玩具」がある。これは,チャイルドシート,洋服やベビーカーに取り付けて使用される「ベビー用品」の玩具である(甲3の1〜3)。さらに,引用発明に係る「ハンドル玩具」は,「外殻体3には発音機構体9が収設してある」(引用例[甲1]左欄12行〜13行),「11は発音機構体9の笛」(同15行〜16行),「16は警笛押圧盤」(同21行〜22行),「極めて面白い玩具である。」(同右欄16行)等の記載からみると,子供がハンドルを回転させたり警笛押圧盤16を押して笛11を鳴らしたりして遊ぶものと容易に推測される。そのようなことをして遊んで面白がる子供の年齢層は,幼児やベビーに限られるものであり,高年齢の子供(平均身長が145.1cmもある11歳以上の子供。甲4)がこのような遊びをして面白がるとはとても思えない。 以上の諸点からみて,引用発明に係る「ハンドル玩具」は,高年齢の子供を対象としたものではなく,幼児やベビーの遊びに使うためのハンドル玩具であることは,疑いがない。 (イ)したがって,本願発明と引用発明とを対比した審決の判断は,適法に行われたものということができず,審決は,本願発明と引用発明との一致点,相違点の認定において誤りがあるというべきである。 イ 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)(ア) 審決の相違点1についての判断の要点は,次の3点にある。 第1点…引用発明のハンドル玩具を考案した目的は,子供が父親と同じようにハンドル体1やチェンジレバー13を動かして運転気分を味わうことにある。そして,その運転気分は,子供の年齢に応じて変わるものである。 第2点…11歳程度の児童(小学6年生程度)であれば,実物に近い構造を有するハンドル等を操作することで満足のいく運転気分を味わうことができるようになる。すなわち,子供が高年齢化するにつれて,模造玩具にはリアル性が追求(「追及」は誤記)される。 第3点…リアル性が追求されるとすると,引用発明の模造ハンドルを,実際のものと同一サイズのものとし(このことを,以下「同一サイズの構成」と略記する),支持体を助手席の前面に配置したとき運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,支持体に取り付けるように構成する(このことを,以下「実際のものと同じ位置とする構成」と略記する)程度のことは,当業者が適宜設計しうる事項である。 したがって,引用発明に,相違点1に係る本願発明の発明特定事項(模造ハンドルに「同一サイズの構成」及び「実際のものと同じ位置とする構成」)を採用することは想到容易である。 (イ) 審決の上記判断については,次のことがいえる。 a第1点において審決は,引用発明に係る「ハンドル玩具」を使う者の年齢層については何も言及していないが,引用例に記載されたハンドル玩具を使う子供は,前記アのとおり「幼児やベビー」である。 b第2点において審決は,11歳程度の児童が使う模造玩具はリアル性が追求されると判断しているが,それは,引用発明(幼児やベビーが遊びに使うための,換言すれば11歳程度の児童が使うためのものでない「ハンドル玩具」に係る発明)に基づいて得られた判断ではない。 c第3点において,審決は,リアル性が追求されるとすると,「同一サイズの構成」及び「実際のものと同じ位置とする構成」を採用することは想到容易であると結論付けている。 しかし,これは,上記第2点の判断を前提として成立する結論であるから,採るに値しない。 また,「ハンドルを動かして運転する気分」は,幼児やべビーと高年齢の子供では異なる。幼児やべビーは,小さなハンドルを右左に動かしてみたり,クラクションを鳴らしてみたりするだけで十分である。これに対し,高年齢の子供は,ハンドルを左右に動かしたり,クラクションを鳴らしたりするだけでは十分に満足することはできず,ハンドルの回転角度を大にすれば急角度に曲がって走り,小さい角度だけ回転させたときは車は緩やかに曲がって走るといったことや,その際体にかかる遠心力を想像して体を斜めに右又は左に傾けるといったことによって初めて満足のいく運転気分が味わえることになる。したがって,両者を同一視して,リアル性が追求されるとした審決の判断には誤りがある。 さらに,高年齢の子供を対象とすることは「実際のものと同じサイズにすること」の動機付けとはならない。このことは,高年齢の子供を対象とした実物そっくりの精密な自動車のミニチュアを考えてみると明らかである。引用例には,「実際のものと同じサイズにすること」について動機付けとなる記載はない。 (ウ)以上のとおりであるから,審決の判断には当を得た根拠がなく,その判断は誤りである。 (エ)そもそも引用発明と本願発明とを具体的に対比してみても,引用発明に,それらの構成を採用する動機付けになり得るものが含まれていないのであるから,引用発明に相違点1に係る発明特定事項(模造ハンドルについて「同一サイズの構成」及び「実際のものと同じ位置とする構成」)を採用することは容易であるということはできない。その根拠を具体的に述べると次のとおりである。 a発明が解決しようとする課題において,引用発明の主要な解決課題は,審決の理解に従えば,3歳程度の幼児がその体に合った大きさのハンドルを動かすだけで十分に運転気分を味わえるような玩具を提供することにある(審決5頁32行〜6頁9行)。これに対し本願発明の解決課題は,低廉な経費で,瞬時に四囲の情景を正確に認知し,その認知に基づいて危険を予測し,的確な判断をし,適切な操作をするという運転技術の要諦を効率よくかつ安全に習得することのできる,特に,右ハンドル車の運転を習おうとしている,または左ハンドル車の運転を習おうとしている初心者に,最適な教習機器を提供することにある(本願明細書[甲5]の段落【0011】)。 両者を対比すると,引用発明では,3歳程度の幼児が使う玩具に適したものにすることが解決課題の骨子になっていなければならないのに対し,本願発明では,18歳以上(普通自動車を運転できる普通免許の取得年齢)になっている人達が,自動車運転の教習効果を効率よく得られるようにするということが解決課題の骨子になっていなければならない。 したがって,幼児が遊びに使う玩具の製作において解決すべき技術課題が,18歳以上になっている人達が使う自動車運転の教習機器の製作に際して,そのまま参考にできるものとならないことは,当業者の技術常識に照らし明らかであるから,両者は解決課題において共通点がなく,前者は後者の課題を全く開示していないといえる。 b前記課題を解決するための技術手段において,引用発明の手段の要部は,所要の大きさを有するハンドル体1を取付杆5に回転自在に取付けて,該取付杆5は吸着盤6を利用して取付け又は取外しができるように配置するところにある(審決3頁27行〜35行)。これに対し,本願発明の手段の要部は,?@模造ハンドルを実際のハンドルと同一サイズにし,?A該模造ハンドルは助手席の前面に配置したとき運転席における実際のハンドルが占めるべき位置と同じところに位置するように支持体に取り付られていることである。 両者を対比すると,両者の構成上の主要な差異は,ハンドルの大きさとその取付け位置にあることが容易に理解できる。模造ハンドルの大きさについてみると,引用発明では「所要の大きさ」であるのに対し,本願発明では「実際のハンドルと同一サイズ」となっており,引用発明には,「所要の大きさ」のものを「実際のハンドルと同一サイズ」にしてみることなどを示唆したところも一切ない。模造ハンドルの取付け位置についてみると,引用発明では吸着盤6を用いて取り付けることのできる位置,例えば,「自動車の運転台の前面」(引用例[甲1]右欄7行〜8行),「自動車の車体内や室内の壁あるいは他の適所」(同12行〜13行)であるのに対し,本願発明では「支持体を助手席の前面に配置したとき運転席における実際のハンドルが占めるべき位置と同じところ」となっており,引用発明には,上記の「適所」を実際のハンドルが占めるべき位置に限定することについてのヒントないし情報をもたらすものが何も含まれていない。 常識的にみても,大きいサイズのハンドルを参考にして小さいサイズのハンドルを作るのは容易といえるかもしれないが,小さいサイズのハンドルを参考にして実物大のハンドルを設計するのは,容易にできることではない。 c引用発明の主要な効果は,審決の理解に従えば,「子供が自動車を運転する父親等と共にハンドルを握ってこれを回転しながら運転する気分を味わうことができる」ことにある(審決5頁下2行〜6頁3行)。これに対し,本願発明の効果は,物真似による実技能力の習得が膨大な設備費を要することなく非常に効率よくかつ安全確実に行える点にあり,具体的に例を示すと,右ハンドル車の運転技術の修得にも左ハンドル車の運転技術の修得にも用いられること,教習生は自分が実際運転しているときと同じ目線で四囲の刻々変化する状況を目にしながらインストラクターの教えを受けることができること,運転操作を直ちに(停車したり運転席を代わったりすることなく),現場の路上で反復練習することができること等である(本願明細書[甲5]の段落【0016】〜【0023】)。 両者は,全く異質な効果を奏するものであるといえる。両者の効果を同一であるとしたり,一方の効果から他方の効果を推察したりすることなどは,不可能である。 d以上のとおり,本願発明と引用発明とは,解決しようとする技術課題においても,それを解決するための技術手段においても,それによって奏される効果においても,全く相違しており,さらにその相違が容易に推考しうる程度のことであるとするに足りる事実は何も存在していない。引用発明には,相違点1に係る発明特定事項を採用する動機付けになり得るものが,少しも含まれていない。 (オ)よって,引用発明に相違点1に係る発明特定事項を採用することは想到容易であるとした審決の判断は,当を得た理由がなく誤りである。 ウ 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)(ア) 審決の相違点2についての判断の要点は,次の2点にある。 第1点…子供が高年齢化するにつれて,模造玩具にはリアル性が追求されるのであるから,引用発明のハンドル玩具においても,ハンドル体1,チェンジレバー13だけでなく,実際の運転で使用するブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにMT車の場合にはクラッチを模造したもの(このことを,以下「ブレーキ,アクセル等の構成」と略記する)を設けるように設計することは想到容易である。 第2点…そしてこれらを設けるに当たっては,高年齢の子供を対象とした場合には,これらを,引用発明のハンドル玩具と同様に「同一サイズの構成」及び「実際のものと同じ位置とする構成」にし,実際のものの動きに類似した動きができ(このことを,以下「類似の動きをする構成」と略記する),運転席に配備された実際のものの動きとは何らの関係をも持たないように構成(このことを,以下「関係を持たない構成」と略記する)する程度のことは設計事項である。 したがって,引用発明に相違点2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは想到容易である。 (イ) 上記の審決の判断については,次のことがいえる。 a第1点において,審決は,高年齢の子供が使う模造玩具にはリアル性が追求されるのであるから,引用発明においても,「ブレーキ,アクセル等の構成」を設けるように設計することは想到容易であると判断している。しかし,それは,「リアル性が追求される」ことを前提にした判断であり,その前提は,引用例に記載ないし示唆された発明に基づいたものではない。 b第2点において,審決は,「高年齢の子供を対象とした場合には,」という,引用発明からは何らの手掛かりをも得られない場合についての判断をしているから,採るに値しない。 (ウ)以上のとおりであるから,審決の判断には当を得た根拠がなく,その判断は誤りである。 (エ)そもそも引用発明と本願発明とを具体的に対比してみても,引用発明にはそれらの構成を採用する動機付けになり得るものが含まれていないのであるから,引用発明に相違点2に係る発明特定事項(「ブレーキ,アクセル等の構成」について,「同一サイズの構成」,「実際のものと同じ位置とする構成」,「類似の動きをする構成」及び「関係を持たない構成」)を採用することは想到容易である,ということはできない。その根拠を具体的に述べれば,次のとおりである。 a発明が解決しようとする課題において,引用発明の主要な解決課題は,審決の理解に従えば,3歳程度の幼児がその体に合った大きさのハンドルを動かすだけで十分に運転気分を味わえるような玩具を提供することにある(審決5頁32行〜6頁9行)。 これに対し,本願発明の解決課題は,低廉な経費で,瞬時に四囲の情景を正確に認知し,その認知に基づいて危険を予測し,的確な判断をし,適切な操作をするという運転技術の要諦を効率よくかつ安全に習得することのできる,特に,右ハンドル車の運転を習おうとしている,または左ハンドル車の運転を習おうとしている初心者に,最適な教習機器を提供することにある(本願明細書[甲5]の段落【0011】)。 運転技術はハンドルを動かしてみるだけで修得できるようなものではない。右ハンドル車又は左ハンドル車を運転する際に使われる部品をすべて動かしてみる必要があることは,誰の目にも明らかである。 すなわち,ブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにはMT車の場合にはクラッチを,右ハンドル車の運転席又は左ハンドル車の運転席に座ってそれらを操作してみなければ習得することができない。本願発明の解決課題の骨子は,各運転席に座ってそれらすべての部品を備えた教習機器を用いて運転技術が習得できるようにすることにある。 これに対し,幼児やベビーが使うハンドル玩具には,運転技術の修得という目的がないから,例えば,運転する際に使われるすべての部品を右ハンドル車にあっては左の助手席に,左ハンドル車にあっては右の助手席に配置できるようにすることなど考える必要がない。ましてや,ブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにはMT車の場合のクラッチなどを備えておく必要ないし要請がないことは,言うまでもない。 したがって,両者は発明の解決課題において全く異なっており,幼児やベビーが使うハンドル玩具が本願発明の課題を少しも開示していないことは明らかである。 b前記課題を解決するための技術手段において,引用発明の手段の要部は,所要の大きさを有するハンドル体1を取付杆5に回転自在に取り付けて,該取付杆5は吸着盤6を利用して取付け又は取外しができるように配置するところにある(審決3頁27行〜35行)。 これに対し,本願発明の手段の要部は,支持板に模造のブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにはMT車の場合にはクラッチを取り付け,これらの部品を実際のものと同一サイズのものとし,それらを運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに(右ハンドル車の運転の教習においては,左ハンドル車の助手席の前に,左ハンドル車の運転の教習においては,右ハンドル車の助手席の前に)位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きが実際のものとは無関係にできるようにすることであるが,引用発明にはこのような構成が全然存在しない。 それゆえ,ハンドル玩具の発明に基づいて,上記のようなことができる教習用機器を想到することは,至難の技というべきである。 c引用発明の主要な効果は,審決の理解に従えば,「子供が自動車を運転する父親等と共にハンドルを握ってこれを回転しながら運転する気分を味わうことができる」である(審決5頁32行〜6頁4行)。 これに対し,本願発明の効果の核心は,物真似による実技能力の習得が,膨大な設備費を要することなく,非常に効率よくかつ安全確実に行える点である(本願明細書[甲5]の段落【0016】〜【0023】)。幼児が遊べるということと自動車運転の実技が修得できるということとは,互いに全く関係のない異質な効果である。 d以上のとおり,本願発明は引用発明と比べ,解決しようとする技術課題においても,それを解決するための手段においても,それによって奏される効果においても,全く相違しており,さらにその相違が容易に推考しうる程度のことであるとするに足りる事実は何も存在していない。 (オ)なお,審決が「ハンドル玩具」のリアル性を考慮すると,実際のものと同じサイズの模造ハンドルを持つ機器Aが得られ,さらに,その模造ハンドルを持つ機器Aについてリアル性を考慮すると,実際のものと同じサイズの模造ブレーキ等を持つ機器Bが得られるとの判断をしているのであれば,その判断手法は特許法29条2項に反した違法なものである。 (カ)よって,引用発明に相違点2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは想到容易であるとした審決の判断は,当を得た理由がなく誤りである。 エ 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)(ア) 審決の相違点3についての判断の要点は,次の3点にある。 第1点…引用発明に上記相違点1,2に係る本願発明の発明特定事項を採用し構成した模造玩具を使用すれば,父親等が実際の自動車の運転の際に行う操作及び動作とほぼ同じ操作及び動作を行うことが可能となるであるから,このことによって,自動車の運転の仕方をある程度は習得できる。 第2点…このような模造玩具は,自動車の運転の仕方を教習する機能をも兼ね備えた機器であるといえるから,自動車運転用の模擬教習機器ということもできる。 第3点…したがって,本願発明の発明特定事項(自動車運転用の模擬教習機器)は,引用発明に,模造ハンドル及びブレーキ,アクセル等の構成について,「同一サイズの構成」,「実際のものと同じ位置とする構成」,「類似の動きをする構成」及び「関係を持たない構成」を採用することに伴って当然に導かれる事項である。 (イ) 上記の審決の判断については,次のことがいえる。 a第1点における審決の判断は,引用例に記載も示唆もされていない11歳以上にもなる子供が模造玩具を使用した場合に得られる作用ないし効果に関してのものであるから,本件とは関係がない。 仮に,この模造玩具を使用する子供の年齢層は問わないこととしても,この判断には重大な錯誤がある。すなわち,審決は「自動車の運転の仕方をある程度修得できる玩具は,運転の仕方を教習する機能をも兼ね備えた機器であるといえる。」旨の判断をしている(7頁12行〜21行)が,「運転の仕方をある程度修得できる」ことの中には「教習」という要素は含まれていない。なぜなら,「運転の仕方を修得できる」ことは自分一人でできるのに対し,「教習」は教える者と習う者とがいなければ成立しないからである。審決は,本願発明の成立要件である「教習」の意義を誤解している。 b第2点において,審決がいう「このような玩具」は,上記のとおり引用例に記載も示唆もされていない玩具である上,教習する機能を備えたものでもないから,この玩具についての説示もまた,本件とは関係のないものである。 c第3点において,審決は,第1点及び第2点の判断に基づいて第3点の結論を導き出しているが,それらは上記のとおり本件とは関係のないものであるから,その判断に基づく結論は採るに値しない。 (ウ)以上のとおりであるから,この審決の結論には当を得た根拠がなく,その判断は誤りである。 (エ)そもそも引用発明と本願発明とを対比してみても,引用発明と本願発明の技術内容は上記のとおりのものであり,引用発明にはそれらの構成を採用する動機付けになり得るものが含まれていないから,相違点3に係る本願発明の発明特定事項(自動車運転用の模擬教習機器)は,引用発明に相違点1,2に係る本願発明の発明特定事項(模造ハンドル及びブレーキ,アクセル等の構成について「同一サイズの構成」,「実際のものと同じ位置とする構成」,「類似の動きをする構成」及び「関係を持たない構成」)を採用することに伴って当然に導かれる事項であるということはできない。 (オ)よって,相違点3に係る本願発明の発明特定事項は,引用発明に相違点1,2に係る発明特定事項を採用することに伴って当然に導かれる事項であるとした審決の判断は,当を得た理由がなく誤りである。 オ 取消事由5(本願発明の進歩性判断に関する誤り)(ア)審決の本願発明の進歩性の判断(7頁26行〜30行)の要点は,次の3点にある。 第1点…相違点1〜3に係る本願発明の発明特定事項は,引用発明に基づいて当業者が想到容易な事項である。 第2点…前記の各発明特定事項のそれぞれが持つ作用効果も,引用発明に基づいて当業者が予測できる程度のことである。 第3点…前記の各発明特定事項が組み合わせられることによって当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するものとも認められない。 なお,ここで「引用発明に基づいて」という文脈の中で審決が用いた「引用発明」は,審決が3頁27行〜35行において定義した発明(前記第3,1(3)イ<引用発明の内容>)を意味したものではなく,その定義した発明に相違点1,2に係る発明特定事項を付加することによって新たに作り上げられた別の発明を意味しているものである。 (イ) 上記の審決の判断については,次のことがいえる。 a第1点において,審決の「当業者が想到容易な事項である」とした判断は,取消事由2,取消事由3及び取消事由4の各項においてみたとおり,いずれの事項も想到容易とはいえず当然に導かれる事項ともいえないから,誤りである。 b第2点における審決の判断は,具体的にいうと,「本願発明(模範操縦を即座に真似できる模擬教習機器の発明)の発明特定事項のそれぞれが持つ作用効果は,引用発明(幼児やベビーが遊びに使うためのハンドル玩具)に基づいて当業者が予測できる程度のことである。」と換言できる。両発明は,その技術構成のみならず,使用する者(18歳以上対幼児やベビー),使用の目的(技術の教習対遊び)等において峻別できる異質の技術分野に属するものであるから,引用発明に基づいて本願発明の作用効果が予測できるはずはない。 c第3点において,審決は,「教習」の意義を誤解し(上記エ(イ)a),各発明特定事項が組み合わされることによって格別の作用効果を奏するものとは認められないと判断しているが,その判断は誤りである。本願発明の作用効果の核心は,端的にいえば,各発明特定事項が組み合わされたことによって,模範操縦を即座に真似して運転技術の要諦を極めて効率よく教えまたは習うことができる,というところにある。自動車の運転には,自動車の運行中に遭遇するあらゆる突発事態に対応して自動車を咄嵯に操作することが求められる。自動車を運転した経験のある人なら,瞬時の危険回避動作ができなければ重大な災禍を引き起こすことを,身に染みて知っていると思われる。そのような咄嵯の操作,瞬時の危険回避動作等は,本を読んだだけでは身に付かない。インストラクターの話を聞いただけでもよく体得することはできない。それらを効率よく修得する最善の方法は,教習生が模範運転をするインストラクターの隣に座り,道路走行中に行うインストラクターの動作を即時にその場で真似し,その指導に耳を傾け,直ちに自分もその場で同様の動作を反復実行してみることである。 本願発明の発明者である原告は,自動車の運転技術を教える指導者(インストラクター)として5年の経験を積んでから今日に至るまで35年間の長期にわたり自動車学校の経営に携わってきた実務者である。本願発明は,その長年に及ぶ実務体験に基づき生み出されたものであり,インストラクターと教習生の両者の存在によって成立する教習行動の本質を見極め,現実の業務に最も適した着想を得て成案をみた発明である。 そして,本願発明は,運転技術を効率良く的確に教習する最も効果的な方法として,左ハンドル車の運転の習得には右ハンドル車の助手席において,右ハンドル車の運転の習得には左ハンドル車の助手席において,路上運転中のその現場で即座に(換言すれば,停車したり運転席を代わったりすることなどなしに),実際のものと同じハンドル,ブレーキ等を動かしてみることを採用したのである。 この「教習」の作用効果は,格別の作用効果というべきで,運転技術を教えたり習ったりすることについては全く縁もゆかりもない「幼児やベビーが遊びに使うためのハンドル玩具」からは,当業者といえども容易に想到し得ない類いのものである。 (ウ)以上のとおりであるから,審決の上記判断は,当を得た理由がなく誤りである。 2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。 3被告の反論(1) 取消事由1に対しア審決においては,引用発明を前記第3,1(3)イ の<引用発明の内容>のとおり認定し,当該引用発明を本願発明と対比して一致点,相違点を導き出しているのであり,「自動車運転用の模擬機器」を引用発明として認定していない。 そして,審決では,「2.対比」の項目において,「引用発明のハンドル玩具の回転自在なハンドル体1を回転させたり,特定の回動位置に位置決め可能に回動されるチエンジレバー13を回動させたりすることは,実際の自動車に設置された実際のハンドルや実際のチエンジレバーと同様の動きをする模造ハンドル,模造チエンジレバーを動かすことにあたり,子供は遊びの中で,父親等の運転の仕方を見てそのまねをすることができるのだから,このことをもって,ハンドル玩具を自動車運転用の模擬機器と呼称すること,並びにハンドル体1を模造ハンドル,チエンジレバー13を模造チエンジレバーと呼称することに差し支えはない。」(4頁18行〜25行)と説示した上で,本願発明と引用発明との一致点を示していることからわかるように,「自動車運転用の模擬機器」は,本願発明と引用発明との共通する概念を抽出して表現したものである。 イ原告は,「自動車運転用」という用語に関して,「自動車の運転に使うためのもの」の意味を表すものとなる。」と主張する。しかし,審決に記載された「自動車運転用の模擬機器」に用いられた「自動車運転用」の用語は「模擬機器」を修飾するために用いており,「自動車運転用」との用語は実際の自動車の運転に使うためのものとの意味を有しているものではなく,「疑似運転動作ができる」という程度の意味で用いているものである。 なお,本願明細書(甲5)の【課題を解決するための手段】の欄の「模造機器を助手席の前面に配置される支持体に取り付け,支持体に対する模造機器の取付構造を,模造機器が助手席の空間内において実際の操縦操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の操縦操作機器に類似した動きができるように構成した。」(段落【0012】)等の記載からみれば,本願発明で用いられている「自動車運転用」の用語にしても,「自動車の運転に使うための」ものとの意味ではなく,「疑似運転動作ができる」ものという程度の意味で用いられていることは明らかである。 ウ原告は,引用発明のハンドル玩具を使う子供が,幼児やベビーであるとして,甲2,甲3の1〜3を挙げているが,これらは引用例(甲1)とは何の関係もない証拠であって,これらにおいて「ハンドル型玩具」を使う対象を幼児やベビーとしているからといって,引用発明のハンドル玩具を使う対象が幼児やベビーに限定されるものではない。引用例(甲1)には,ハンドル玩具を使う子供を幼児やベビーに限るとの記載はなく,対象年齢は幼児やベビーに限定されていないことは明らかである。 エしたがって,取消事由1についての原告の主張は,審決を正確に理解していないことに起因した主張であって,失当である。 (2) 取消事由2に対しア 対象年齢及び動機付けについて前記(1)において述べたとおり,引用発明のハンドル玩具を使う対象年齢は幼児やベビーに限定されていない。 他方,引用例(甲1)に「12は取付枠4の側壁に穿設した孔部でこれよりチエンジレバー13が図示のごとく外出されて取付けてある。14はボルト7に嵌着した弾線でチエンジレバー13を押圧し該レバー13の回動を数個の小突子15によって一区劃宛制限的に回動させるものである。」(左欄16行〜21行)と記載されているように,引用発明のチエンジレバー13は特定の回動位置に位置決め可能に回動されるよう構成されていることからみて,引用発明のハンドル玩具は,リアル性の高いものであるから,認知レベルの高い小学校高学年の児童等,ある程度高年齢の子供を対象とした玩具であることが示唆されているといえる。 そして,このように引用発明のハンドル玩具の対象年齢が高いということ自体,引用発明のハンドル玩具をリアルに構成しようとする動機付けとなるから,さらなるリアル性を考慮して,引用発明の模造ハンドルを実際のものと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,支持体に取り付けるように構成する程度のことは当業者が適宜設計しうる事項であるとした審決の判断(6頁18行〜26行)に誤りはない。 イ 課題及び効果について本願発明は,審決が認定した特許請求の範囲に記載のとおりのものであって,18歳以上の者しか使用できない構成に限定されているものではない以上,原告の課題及び効果に関する主張は,いずれも本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものである。 ウしたがって,審決の<相違点1についての判断>に誤りがあるとの主張は失当である。 (3) 取消事由3に対しア 対象年齢及び動機付けについて前記(2)において述べたように,引用発明のハンドル玩具は,認知レベルの高い小学校高学年の児童等,ある程度高年齢の子供を対象とした玩具である。 そして,このように引用発明のハンドル玩具の対象年齢が高いということ自体,引用発明のハンドル玩具をリアルに構成しようとする動機付けとなるから,さらなるリアル性を考慮して,引用発明の模造玩具であるハンドル玩具において,ハンドル体1(模造ハンドル)とチエンジレバー13(模造チエンジレバー)だけでなく,実際の運転で使用するブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにMT車の場合にはクラッチを模造したものを設け,これら模造ブレーキ,模造アクセル,模造方向指示器,模造クラッチを設けるに当たっては,実際のものと同一サイズのものとし,上記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きができるように,上記支持体に取り付けるように構成する程度のことは想到容易であるとした審決の判断(審決6頁29行〜7頁6行)に誤りはない。 なお,引用発明の模造ハンドル,模造チエンジレバーの動きと同様に,その他の模造部材の動きを,運転席に配備された実際のものの動きとは何の関係をも持たないように構成する程度のことは当然の設計事項である。 イ 課題及び効果について本願発明は審決が認定した特許請求の範囲に記載のとおりのものであって,車の運転を習おうとしている初心者しか使用できない構成に限定されているものではない以上,原告の課題及び効果に関する主張は,いずれも本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものである。 ウしたがって,審決の<相違点2についての判断>には誤りがあるとの主張は失当である。 (4) 取消事由4に対しア例えば,地図,地球儀,星座図,英語学習機,数学学習機,訓練用シミュレータ等に代表される,いわゆる「教習具」を使用する者は,教える者に教えられずとも,それを一人で使用して学習効果を得ることができることは明らかであるから,一般に「教習具」における「教習」は,「学習効果を与える」程度の意味で用いられているのであり,教える者と習う者とがいなければ成立しないというような限定された意味で用いられてはいない。 審決においても,一般的「教習具」と同様に,学習効果を与えるという意味で「教習」という用語を用いているのであって,原告の主張は審決を正しく理解していないことによるものである。 また,教習の用途で使われるものが,ゲーム等の遊戯の用途でも使われるということは周知である。乙1(実願昭52-7899号[実開昭53-105861号]のマイクロフィルム,考案の名称「ステアリング・シュミレーシヨン装置」,出願人三菱自動車工業株式会社)には,「本案は例えば助手席に設けた補助ハンドルを運転練習者または便乗者が,指導者である運転手のハンドル操作に合せて操作するときに,適正に操作しているか否かを検出するステアリング・シュミレーシヨン装置係り」(1頁13行〜2頁2行),「本案のシュミレーシヨン装置は…自動車は勿論のこと遊戯装置等に適用して誠に有益である。」(7頁10行〜8頁2行)と記載されている。また,乙2(特開2003-150038号公報,発明の名称「運転模擬装置及び方法」,出願人株式会社セガ,公開日平成15年5月21日)には,「上記実施形態では,運転教習に本発明を適用したが,自動車レースを行なうドライブゲームや,運転シミュレーションを行うゲームにも本発明を適用できる。」(段落【0086】)と記載されている。このように,教習と遊戯とは密接に関連しているといえるから,遊戯具である引用発明のハンドル玩具から教習の概念を抽出することは自然なことである。 仮に,原告が主張するように,「教習」が教える者と習う者とがいなければ成立しないことであるとしても,引用例(甲1)に「自動車を運転する父親等と共にハンドル体1を握ってこれを回転しながら遊ぶことができる」(右欄9行〜10行)と記載されており,父親が運転動作をすることによって,子供はその運転動作をまねて自動車の運転の仕方を習得することになるのだから,父親に子供に運転を教える意志があろうがなかろうが,父親が運転動作をしていること自体が運転の仕方を教えていることに当たり,この場合,実際に運転をする父親が「教える者」に,そしてその運転動作をまねる子供が「習う者」に該当する。 してみるに,審決は,本願発明の「教習」の意義を誤解しているとの原告の主張は失当である。 イそして,前記(2)及び(3)において述べたとおり,引用発明に相違点1,2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは想到容易であり,「模造ハンドル,模造ブレーキ,模造アクセル,模造方向指示器,模造クラッチを備えた模造玩具を使用すれば,父親等が実際の自動車の運転の際に行う操作及び動作とほぼ同じ操作及び動作を行うことが可能となるのだから,このことによって,自動車の運転の仕方をある程度は習得できるといえる。そうすると,このような模造玩具は,単に父親等の運転の仕方のまねをするための機器という程度のものに留まらず,自動車の運転の仕方を教習する機能をも兼ね備えた機器であるといえるから,自動車運転用の模擬教習機器ということもできる。」(審決7頁13行〜21行)との審決の説示に誤りはない。 ウしたがって,審決の<相違点3についての判断>には誤りがあるとの主張は失当である。 (5) 取消事由5に対しア 相違点の想到容易性について審決には,前記(1)のとおり引用発明の認定に誤りはなく,前記(2)〜(4)のとおり相違点1〜3の判断に誤りはない。 イ 作用効果について本願の特許請求の範囲及び明細書の記載からみるに,本願発明の作用効果は,運転席に配備された実際の操作機器と類似した動きができるという以上のものではない。 一方,引用発明の作用効果も,引用例の記載からみて,運転席に配備された実際の操作機器と類似した動きができるというものであることは明らかである。 してみると,引用例に記載された「ハンドル玩具」の発明に基づいて,本願発明の作用効果を予測できることは明らかである。 また,原告は,本願発明の各発明特定事項が組み合わされたことによって奏される「教習」の作用効果として,「模範操縦を即座に真似して運転技術の要諦を極めて効率よく教えまたは習うことができる」,「自動車の運行中に遭遇するあらゆる突発事態に対応して自動車を咄嗟に操作すること」,「教習生が模範運転をするインストラクターの隣に座り,道路走行中に行うインストラクターの動作を即時にその場で真似し,その指導に耳を傾け,直ちに自分もその場で同様の動作を反復実行してみること」を挙げているが,「即座に真似し」,「極めて効率よく習う」,「咄嗟に操作する」等は,習う側の能力によるものであり,本願の特許請求の範囲の記載に基づかないものである。 したがって,「本願発明は,自動車の操縦技術の教習の面で引用発明からは思いも寄らない格別の作用効果を奏するものである。」との原告の主張は失当である。 ウよって,審決の「本願発明の進歩性の判断」に誤りがあるとの主張は失当である。 第4 当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。 2本願発明の意義について(1)本願の本件補正後の特許請求の範囲「請求項1」は,前記第3の1(2)のとおりである。 (2) そして本願明細書(甲5)には,次の記載がある。 ア 【技術分野】「人間が操作することによって作動する装置の操縦には,操縦者や公衆の安全を図る等の見地から,操縦者の操縦実技能力は一定水準に達していることが,社会的に要請されている。それ故,右の実技能力は,現在は多くの場合各種学校や徒弟制度などを利用して習得されている。 本発明は,その種の,特に当該技術の初心者に最適な技能の教習に用いられる模擬教習機器に関する。」(段落【0001】)イ 【背景技術】「一般人に親しまれている運輸装置であるところの,自動車の操縦技術を例にとると,「トラックの助手は免許がなくても運転が上手。」であることが,巷間で知られている。また,「門前の小僧習わぬ経を読む。」の諺にもなっているとおり,熟練者が模範を見せて教習生にそれを真似させる,というやり方は教習効率を上げるうえで極めて効果的な方法である。 特に,当該技術の初心者にとっては,これに勝る教習方法はない。 そのことは,ある自動車学校のインストラクター46人からアンケートを取ったところ,模範運転をしてみせるという教え方をしない,と言う者は一人もいなかったという事実によっても裏書きされている。本発明は,実技能力の習得に際し,この点に着目し,右の模範操縦を即座に真似させるという教習方法を確実に実施できるようにし,教習効率を著しく高めたものである。」(段落【0002】)「発明をより解りやすく開示するため,以下,自動車の運転を例にとり本発明の技術内容について説明する。 なお,本明細書において「インストラクター」とは,自動車学校などの教習指導員のみならず,当該技術に精通した熟練者等を含んだものをも意味している。したがって,本発明の技術内容は,以下に述べる自動車学校における運転技術を除く外の技術の教習については,この語またはその関連記事を当該技術に適合するように読み替えて把握される。」(段落【0003】)「自動車学校では,上述したとおり,模範運転をしてみせる教習が広く行われているが,それは通常,インストラクターが運転席に座り,教習生は助手席に座った状態で行われる。 このとき,教習生は,隣のインストラクターの運転操作を見て正しい操作を覚えようとするわけであるが,その際において,例えば,教習生が助手席から見る四囲の情景は,運転席から見るそれとは著しく異なっている。 一例を示すと,車が一時停止をした後右折する時の運転のポイントは,信号,対向車および右折方向の三つについて絶えず目を配り,発進のチャンスを正しく捕えることが大切である。しかし,その際に助手席から見える前記の三つの情景と運転席から見えるそれらとは,初心者では特に著しく異なったものに見えるはずである。本来は運転するドライバーの位置からの目線で練習をしたほうが効果的であるのに,助手席に座った教習生は,ドライバーの目線で四囲の情景をみることができないのである。」(段落【0004】)「このような難点を有さない従来技術としては,「運転練習車」に関する発明(例えば,特許文献1を参照。)がある。 そのものは,助手席と運転席の両方に,同じ操作機器を備え付け,それらをそれぞれ唯一の作動部材に切り替え自在に連結し,必要に応じてその連結を切り替えて,片方の人が車を運転しているときは,他方の操作機器は作動部材との連結を断つ,という動作が簡単にできるように構成されている。」(段落【0005】)「しかし,この技術には,次の難点がある。 まず,第一に,この運転練習車では走行中における咄嗟の危険回避ができない。運転席に教習生が座って運転席の操作機器に車の作動機器が連結されていた場合(インストラクターが座っている助手席の操作機器には,車の作動機器が連結されていない場合),例えば,車の走行中に教習生がハンドルを切り過ぎたときには,インストラクターがそれに直ぐ気付いて,前記の連結を切り助手席のハンドルを逆向きに回動させるという一連の動作が瞬時になされればよいが,インストラクターが事態を認知し,判断し,機器を操作するのに要する時間をゼロにすることは不可能であり,すなわち,教習生が運転席のハンドルを操作してからインストラクターが助手席のハンドルを操作するまでの間のタイムラグ(人間が反応する際に神経系統がその伝達に要する時間)をゼロにすることは絶対にできないから,この場合の危険の回避を常時完璧に達成することは,事実上極めてむずかしい。」(段落【0006】)「ハンドル操作ではなくブレーキ操作の場合には,危険回避の問題はさらに深刻になる。例えば,運転席に座った教習生が誤って急ブレーキを踏んだとする。後方から別の車が接近していることを知ったインストラクターが,咄嗟にこの場の危険を回避するには,寸秒もおかず前記の連結を切り助手席のアクセルを強く踏み込むしかない。 そのとき,インストラクターが間髪を入れずに反応して,連結を切り助手席のアクセルを踏み込むことができたとしても,前述のタイムラグをゼロにすることは不可能事であり,それにもまして問題なのは,自動車は,通常アクセルによる加速力よりもブレーキによる制動力のほうが強く働くようになっている,換言すれば,急ブレーキによる車の減速をアクセルによる加速で修復することはできないようになっているから,急ブレーキがかけられた場合には,絶対に,教習車が後の車に追突されてしまうのを回避することができない。」(段落【0007】)「第二の難点は,この運転練習車に乗るには,運転免許証が要るという点である。それは,取りも直さず,運転免許証を持たない教習生には乗ることができないということを意味する。すなわち,本発明が重要な目的としている初心者に対する教習には,右のとおりの法律上の制約があって,この従来発明を利用することはできないのである。 さらに,このような特殊な運転練習車を準備するには,膨大な設備費が投入されなければならず,それは,実施可能性ないし実用上の面からみたときの重大な難点になる。」(段落【0008】)「要するに,従来から行われていた模範運転をしてみせて技術を修得させるという教習方法によれば,瞬時に,四囲の情景を正確に認知し,その認知に基づいて危険を予測し,的確な判断をし,適切な操作を安全にするという運転技術の要諦を十分に修得させることができなかった。特に初心者には,それらを効率よく教えることができなかった。 膨大な設備費を投入し,下記文献に開示されたような特殊な車を造ったところで,それらのことは解決できるものとはならなかった。」(段落【0009】)「【特許文献1】特公昭48-29741号公報」(段落【0010】)ウ 【発明の開示】(ア) 【発明が解決しようとする課題】「本発明の技術課題の核心は,叙上の従来技術のもつ諸問題を解決し,低廉な経費で,瞬時に,四囲の情景を正確に認知し,その認知に基づいて危険を予測し,的確な判断をし,適切な操作をするという技術の要諦を効率よくかつ安全に修得することのできる,特に,初心者に最適な教習機器を提供することにある。」(段落【0011】)(イ) 【課題を解決するための手段】「低廉な経費で,瞬時に,四囲の情景を正確に認知し,その認知に基づき危険を予測し,的確な判断をし,適切な操作をする技術を効率よくかつ安全に修得することのできる教習機器の主眼となる技術手段として,本発明では,各操縦操作機器と略同一サイズの模造機器を用いた。 そして,その模造機器を助手席の前面に配置される支持体に取り付け,支持体に対する模造機器の取付構造を,模造機器が助手席の空間内において実際の操縦操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の操縦操作機器に類似した動きができるように構成した。」(段落【0012】)「人間が操作することによって作動する装置の,中でも多くの人達の日常生活に関わりの深い装置に前記技術を適用するため,本発明では次の構成を採用した。 陸上,海上,水中または空中における運輸装置の運転席のまわりに配備されている各運転操作機器と略同一サイズの模造機器を作り,該模造機器を助手席の前面に配置される支持体に取り付け,支持体に対する模造機器の取付構造を,模造機器が助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の運転操作機器に類似した動きができるように構成した。」(段落【0013】)「右ハンドル車の車を運転する運転者の運転実技の能力を高めるために,本発明では次の構成を採用した。 左ハンドル車の車の運転席のまわりに配備されている各運転操作機器と略同一サイズの模造機器を作り,該模造機器を運転席の右側の助手席の前面に配置される支持体に取り付け,支持体に対する模造機器の取付構造を,模造機器が助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の運転操作機器に類似した動きができるように構成した。」(段落【0014】)「左ハンドル車の車を運転する運転者の運転実技の能力を高めるために,本発明では次の構成を採用した。 右ハンドル車の車の運転席のまわりに配備されている各運転操作機器と略同一サイズの模造機器を作り,該模造機器を運転席の左側の助手席の前面に配置される支持体に取り付け,支持体に対する模造機器の取付構造を,模造機器が助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の運転操作機器に類似した動きができるように構成した。」(段落【0015】)(ウ) 【発明の効果】「本発明によって奏せられる効果について特筆されるのは,物真似による実技能力の修得が,膨大な設備費を要することなく,非常に効率良くかつ安全確実に行えるようになったことである。 次に,そのことを右ハンドル車の車を運転する運転者の運転実技の教習を例にとり,具体的に説明する。教習車としては,左ハンドル車が用いられ,左の運転席にはインストラクターが座り,右の助手席には教習生が座る。」(段落【0016】)「運転操作機器はインストラクターが操作し,それらと略同一サイズの模造機器は教習生が操作する。 したがって,教習生は運転免許証を持たずとも良く,左側のインストラクターの説明を聞き四囲の情景を目にしながら,その模範運転をじっくりと観察したり,それを真似しながら模造機器を動かしてみたりすることができる。模造機器は車の作動機器に連結されていないから,教習生がどのように誤った,または不適切な操作をしても危険運転が生じる心配はない。また,模造機器は,助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の運転操作機器に類似した動きができるように支持体に取り付けられているから,教習生は,実際に運転する四囲の情景を目にしながら実際に運転操作機器を操作をしている感覚で,模造機器が操作できる。それ故,物真似が非常に効率良くかつ安全確実に遂行される。」(段落【0017】)「普通車の運転についてみると,従来の教習では,教習生は,運転席から70〜80cmほど離れた助手席に座り,インストラクターの模範運転を見ていたが,本発明によれば,教習生は,その教習では全く得られなかった実体験をすることができる。 その一例を挙げると,従来の教習では,インストラクターが右ハンドル車の車で模範運転をしてみせるときは,左手に70〜80cmほど離れて座った助手席の教習生に対し,車の左側を歩く歩行者や左側をすり抜けようとする自転車,オートバイなどが(左のドアミラーやルームミラーに)運転席からはどのように見えるか,また彼等がどの位置にきたとき死角に入り見えずらくなるか等のことを,実体験させ得るすべはなかった。本発明によれば,教習性は,運転席にいてそれを臨場感を持って実体験することができる。」(段落【0018】)「本発明によれば,従来の実技の教習で費やされていた労力と時間を激減させることができる。 すなわち,従来の教習は,インストラクターが助手席に座り,運転席の教習生が不適切な操作をすると,その都度教習車を停止させ運転教本を開かせ,言葉による説明を加え,適切な操作ができるまで試行運転をさせる。適切な操作がなかなかできないときは,運転を代わり,インストラクターが運転席に座って模範運転をしてみせる。しかし,その模範運転を見ても,助手席に座らせられた教習生は,上述したとおり運転席で見るのと同じ情景が見えるわけではないから,操作のタイミング等を直ちに感得し適切な操作を行うことができない。それ故,この教習には多大の労力と時間がかかっていた。 これに対し,本発明によれば,運転席に座り実際に運転する四囲の情景を見ながら模造機器を操作できるから,言葉による説明などを要せず,リアルタイムで運転操作を実践し体得することができる。」(段落【0019】)「模造機器は,助手席の全面に配置される支持体に取り付けられている。そして,その支持体は教習車の助手席とは別体のものとなっている。 したがって,模造機器を取り付けた支持体を自動車から取り外すと,その自動車は,普通の自動車となんら変わるところのないものとなる。 また,模造機器を取り付けた支持体を普通の車の助手席の全面に配置すれば,その自動車は,直ちに,本発明の物真似による実技能力の習得が実施できる教習車に変貌する。これにより,物真似による実技能力の修得が,特殊な運転練習車や全面改造車などの準備に膨大な設備費を投入することもなく行えるようになった。」(段落【0020】)「本発明は,陸上,海上,水中または空中における運輸装置の運転席のまわりに配備されている各運転操作機器と略同一サイズの模造機器を作り,該模造機器を助手席の前面に配置される支持体に取り付けたものとなっている。 したがって,人間が操作することによって作動する装置の,中でも多くの人達の日常生活に関わりの深い前記の運輸装置における,運転実技の能力の習得が極めて容易にできるようになった。 特に,これから始めて自動車等の運輸装置に乗り,運転を習い始めようとする者にとっては,この物真似教習の効果は絶大である。」(段落【0021】)「本発明は,左ハンドル車の車の運転席のまわりに配備されている各運転操作機器と同一サイズの模造機器を作り,該模造機器を運転席の右側の助手席の前面に配置される支持体に取り付けたものとなっている。 したがって,右ハンドル車の車を運転する運転者の運転実技の能力の習得が極めて容易にできるようになった。」(段落【0022】)「本発明は,右ハンドル車の車の運転席のまわりに配備されている各運転操作機器と同一サイズの模造機器を作り,該模造機器を運転席の左側の助手席の前面に配置される支持体に取り付けたものとなっている。 したがって,左ハンドル車の車を運転する運転者の運転実技の能力の習得が極めて容易にできるようになった。」(段落【0023】)(エ) 【発明を実施するための最良の形態】「車の左側通行が定められている日本において推奨されるのは,右ハンドルの自動車の運転実技の能力の習得ができる模擬教習装置である。 すなわち,左ハンドル車の車の運転席のまわりに配備されている各運転操作機器と略同一サイズの模造機器を作り,該模造機器を運転席の右側の助手席の前面に配置される支持体に取り付け,支持体に対する模造機器の取付構造を,模造機器が助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の運転操作機器に類似した動きができるように構成する。」(段落【0024】)(オ) 【実施例】「本発明において,操縦席とは,運輸装置,農業用機械,荷役機械,土木機械,鉱山機械など,人間が操作することによって作動する装置の操縦席を指す。各操縦操作機器とは,教習生が操作すべき機器,すなわち,前記装置を作動させるため人間が操作する機器,例えば,AT(オートマチックトランスミッション)車について言えば,ハンドル,アクセル,ブレーキ,方向指示器等を指し,MT(マニュアルトランスミッション)車について言えば,これらにクラッチ等が加わったものを指す。なお,これらの機器と操作時に連携して用いられるドアミラー,ルームミラー等は,必要に応じて,別途付設する。 また,本発明における陸上,海上,水中または空中において人や物を運ぶ運輸装置の中には,自動車,鉄道車両,船,航空機等が含まれる。」(段落【0025】)「模造機器は,前記装置の操縦操作機器と略同一サイズのものとする。サイズが異なると,初心者は特に,車を実際に運転している感覚を身に付けることが容易にできないからである。 これらの模造機器は,助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の運転操作機器に類似した動きができるように構成される。教習生に,実際に運転する現場の中にあって,その場の四囲の情景を目にしながら車を実際に運転をしている感覚を直接的にリアルタイムで得させることができるように構成することが肝要である。」(段落【0026】)「支持体の配置とそれに対する模造機器の取付構造については,次のことに留意すべきである。 支持体は,助手席の全面に配置される。支持体を配置するに際し最も望ましいのは,図1または図2に示すように,支持体の前面を助手席の内面にぴったりと動かないように嵌め込む形にし,そのことだけで図3に示す一定位置を保っているようにすることである。そのようにできれば,取り付け取り外しが極めて簡単になる。 助手席の全面において模造機器が操作の際に一定位置を保っているようにできないときは,適宜,支持体の前面と助手席の内面との間に両者を連結する手立てを施す必要がある。その手立ては,各種の慣用手段が用いられるが,要は,教習生が模造機器を操作するときに,模造機器が妄りに動いて所定の位置関係を保てなくなる,ということのないようなものとすることである。」(段落【0027】)「模造機器は,前記の支持体に対して,助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保つように,取り付けられる。これらの模造機器が実際の運転操作機器に類似した動きができるように構成するには,図示は省略するが,各種のバネやカム,リンク等一般的な機械要素が用いられる。実際の運転操作機器と同一の動きができれば良いが,必ずしも同一であることを要しない。教習生が車を実際に運転をしているのと同様の疑似感覚を得られるような動きができるものとなっていれば足りる。」(段落【0028】)(3)上記(1)及び(2)によると,本願発明については,次のようにいうことができる。 ア本願発明は,自動車運転用の模擬教習機器に関するものであって,この模擬機器は,助手席の前面に取付け,取外しができるように配置される支持体に,模造ハンドル,模造ブレーキ,模造アクセル及び模造方向指示器(AT車の場合),又は,これらの装置及び模造クラッチ(MT車の場合)が取り付けられており,これらは実際のものと同一サイズで,支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際の動きに類似した動きができるように取り付けられており,かつ,これらのものの動きは,運転席に配備された実際のハンドル,実際のブレーキ,実際のアクセル,実際の方向指示器,実際のクラッチの動きとは,何らの関係をも持たないように構成されている,というものである。 イ本願発明においては,?@教習生は運転免許証を持たずともよく,インストラクターの説明を聞き四囲の情景を目にしながら,その模範運転をじっくりと観察したり,それを真似しながら模造機器を動かしてみたりすることができる,?A模造機器は車の作動機器に連結されていないから,教習生がどのように誤った,又は不適切な操作をしても危険運転が生じる心配はない,?B模造機器は,助手席の空間内において実際の運転操作機器と同様の位置関係を保ちながら実際の運転操作機器に類似した動きができるように支持体に取り付けられているから,教習生は,実際に運転する四囲の情景を目にしながら実際に運転操作機器を操作をしている感覚で,模造機器が操作できる,?Cしたがって,本願発明においては,特殊な運転練習車や全面改造車などの準備に膨大な設備費を投入することなく,低廉な経費で,運転免許証を持たない者であっても,瞬時に,四囲の情景を正確に認知し,その認知に基づいて危険を予測し,的確な判断をし,適切な操作をするという運転技術の要諦を効率よくかつ安全に修得することができる。 ウなお,本願明細書には,上記(2)のとおり,「本願発明の機器によって右ハンドル車の車を運転の教習をする場合は,教習車としては左ハンドル車を用い,左の運転席にはインストラクターが座り,右の助手席には教習生が座る。また,本願発明の機器によって左ハンドル車の車を運転の教習をする場合は,教習車としては右ハンドル車を用い,右の運転席にはインストラクターが座り,左の助手席には教習生が座る。」旨の記載があるが,特許請求の範囲「請求項1」においては,このような限定はされていないから,本願発明がこのような内容を含むものと認めることはできない。 3 引用発明の意義について(1)引用例(実公昭37-15866号公報。甲1)の「考案の詳細な説明」には,次の記載がある。 「本実用新案はハンドル玩具の考案に関するものでこれを図面について説明すれば,所要の大きさを有するハンドル体1を取付杆5に回転自在に取付けて該取付杆5の下端には吸着盤6を形設したことを特徴とするハンドル玩具に係るものである。 しかして図中2は支持杆でその中央部に外殻体3を架設してあり,該外殻体3には発音機構体9が収設してある。4は取付杆5の上端に嵌着した取付枠でボルト7とナット8によって上記ハンドル体1を回転自在に連着する。 10は螺旋体11は発音機構体9の笛,12は取付枠4の側壁に穿設した孔部でこれよりチェンジレバー13が図示のごとく外出されて取付けてある。 14はボルト7に嵌着した弾線でチェンジレバー13を押圧し該レバー13の回動を数個の小突子15によって一区劃宛制限的に回動させるものである。16は警笛押圧盤17は止片を示すものである。なお上記の各構成体はこれを合成樹脂等で製作すると美麗で実感的なものが製作できるが,特に取付杆5は屈曲自在な柔軟性体で形成するとさらによく,また,吸着盤6は合成樹脂やゴム等でこれを構成すると好適である。 本案は上記のごとく構成してあるから,例えばこれを図示のごとく実施して子供が自動車の運転台の前面に吸着盤6を利用して本案玩具を取付ければ,自動車を運転する父親等と共にハンドル体1を握ってこれを回転しながら遊ぶことができるもので洵に興味深い玩具である。 即ち本案は上記のごとく自動車の車体内や室内の壁あるいは他の適所にこれを取付けてハンドル体1を回転しながら簡単に遊ぶことができるもので,その構造は極めて簡単で製作も容易かつ低廉であるが極めて面白い玩具である。」(左欄第6行〜右欄16行)(2)上記(1)によると,引用発明は,審決が認定する(3頁下10行〜下2行)とおり,次のようなものであることが認められる。 「自動車の運転台の前面に吸着盤6を利用して取付けまたは取り外しができるように配置される取付杆5に対して,所要の大きさを有するハンドル体1,チェンジレバー13を取付けたハンドル玩具であって,前記ハンドル体1は回転自在に,前記取付杆5に取り付けられ,前記チェンジレバー13は特定の回動位置に位置決め可能に回動されるように,前記取付杆5に取り付けられ,前記ハンドル体1,チェンジレバー13の動きは,父親等が運転する自動車の運転席に配備された実際のハンドル,実際のチェンジレバーの動きとは,何らの関係をも持たないように構成されているハンドル玩具。」4 取消事由1(一致点及び相違点認定の誤り)について(1)前記3(2)のとおり,引用発明は,「ハンドル玩具」に関する発明である。「広辞苑第四版」1992年11月17日第2刷発行(甲10)572頁によれば,「玩具」とは「子供のもてあそびもの」を意味するものと認められるから,引用発明は,子供が遊ぶためのものであると認められる。 しかし,引用例(甲1)には,その子供の年齢を特定する記載はない。そして,前記3(2)のとおり,引用発明においては,ハンドル体1が回転自在に取付杆5に取り付けられ,チェンジレバー13が特定の回動位置に位置決め可能に回動されるように取付杆5に取り付けられているなど,実際の運転装置に似た構造を有していることからすると,引用発明の対象となる子供が,原告が主張するような幼児に限られると解することはできない。 この点について原告は,?@特開平11-9849号公報(発明の名称「ハンドル型玩具」,出願人株式会社ナポレックス,公開日平成11年1月19日。甲2)と特開2002-360951号公報(発明の名称「ハンドル玩具」,出願人株式会社スタッフ,公開日平成14年12月17日。甲9)には,ハンドル型玩具が「幼児用」であることが明記されている,?A「ハンドル玩具」の名称を持ち引用発明に類似した構成を持つ市販品としては,「アンパンマンのハンドル玩具」があるが,これは,チャイルドシート,洋服やベビーカーに取り付けて使用される「ベビー用品」の玩具である(甲3の1〜3),と主張する。しかし,これらの玩具は,いずれも引用発明の玩具とは明らかに異なるものであって,これらの玩具が幼児用のものであるからといって,引用発明の玩具が幼児用のものであると認めることはできない。 さらに,原告は,引用発明に係る「ハンドル玩具」は,「外殻体3には発音機構体9が収設してある」(引用例[甲1]左欄12行〜13行),「11は発音機構体9の笛」(同15行〜16行),「16は警笛押圧盤」(同21行〜22行),「極めて面白い玩具である。」(同右欄16行)等の引用例の記載からみると,子供がハンドルを回転させたり警笛押圧盤16を押して笛11を鳴らしたりして遊ぶものと容易に推測されるが,そのようなことをして遊んで面白がる子供の年齢層は,幼児やベビーに限られる,と主張する。しかし,ハンドルを回転させたり警笛押圧盤16を押して笛11を鳴らしたりすることができるからといって,引用発明の対象となる子供が,幼児やベビーに限られると解することはできない。 (2)本願発明は,「自動車運転用の模擬教習機器」に関するものであるところ,前記2で述べたところによると,ここでいう「自動車運転用の模擬教習機器」とは,実際に自動車の運転をすることができるように教習するために用いる機器という意味であると認められる。これに対し,引用発明は,上記のとおり,子供が遊ぶための玩具であるから,この点において,本願発明と引用発明は相違するということができる。 審決は,本願発明と引用発明は,「自動車運転用の模擬機器」という点で一致すると判断しているが,本願発明において「自動車運転用の模擬教習機器」は,上記のような一つの技術的な意義を有するものと認められるのであり,これを「自動車運転用の模擬機器」と「学習」とに分けて引用発明と対比することは相当でないというべきである。 引用発明が「自動車運転用の模擬機器」でない旨の原告の主張(取消事由1)は,上記の限度では理由があり,相違点3は,「本願発明が自動車運転用の模擬教習機器であるのに対して,引用発明はハンドル玩具である点。」と認定すべきである。 しかし,後記7のとおり,この一致点認定の誤りは,結論に影響するものではない。 5 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について(1)審決は,相違点1について,「…子供は年齢が高くなるにつれて様々なことに対して認知レベルが向上するのだから,どの程度まで実際の運転に近い行為をすれば運転気分が味わえるのかということも,子供の年齢に応じて変わるものである。例えば3才程度の幼児であれば,その体に合った大きさのハンドルを動かすだけで十分に運転気分を味わえるのだろうが,11才程度の児童(小学6年生程度)であれば,父親が実際に手足を使って運転している様子を見て,手でハンドルを動かし,足でアクセルやブレーキを操作していることや,これらハンドル,アクセル,ブレーキの大きさや位置までも十分に認識しているはずであるから,実物に近い構造を有するハンドル,アクセル,ブレーキを使って,手でハンドルを操作するとともに,足を使ってアクセルやブレーキなどの操作も行うことで,満足のいく運転気分を味わうことができるようになるのではないかと推察される。すなわち子供が高年齢化するにつれて,模造玩具にはリアル性が追求されるのである。そうすると,高年齢の子供を対象とするハンドル玩具を設計するにあたり,その体の大きさ(11才の児童の平均身長は約145cm(平成16年度学校保険統計調査速報)),及び高年齢の子供を満足させるリアル性を考慮して,引用発明の模造ハンドルを実際のものと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,支持体に取り付けるように構成する程度のことは当業者が適宜設計しうる事項である。したがって,引用発明に相違点1に係る本願発明の発明特定事項を採用することは想到容易である。」と判断している(6頁5行〜26行)。 (2)この審決の判断について,原告は,引用例に記載されたハンドル玩具を使う子供は幼児やベビーであるとして誤りであると主張する。しかし,前記4(1)のとおり,引用発明の対象となる子供は幼児やベビーに限られると解することはできないから,もう少し高年齢の子供を対象とすることを想定することもできる。そして,実際に存在する物をモデルとする玩具を作成するに当たっては,その玩具が対象とする年齢層や価格を総合的に勘案して,実際の物の特徴を残しつつ,どの程度忠実に再現するかを決定するものであることからすると,幼児やベビーよりも高年齢の子供を対象とする引用発明において,リアル性を追求して,引用発明の模造ハンドルを実際のものと同一サイズのものとし,支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,支持体に取り付けるように構成する程度のことは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に想到することができるというべきであって,そのことに特段の工夫や推考力を要するということはできないから,審決の上記判断に誤りがあるということはできない。 原告は,「ハンドルを動かして運転する気分」は,幼児やべビーと高年齢の子供では異なると主張する。しかし,上記のとおり,引用発明の対象となる子供は幼児やベビーに限られると解することはできないから,原告の主張は前提を欠くし,また,「ハンドルを動かして運転する気分」が幼児やべビーと高年齢の子供とで異なるとしても,高年齢の子供を対象とし,リアル性が追求されるとすると,上記のとおり「実際のものと同じサイズにすること」が求められるということには変わりがないというべきである。 さらに,原告は,高年齢の子供を対象とすることは「実際のものと同じサイズにすること」の動機付けとはならないと主張する。しかし,高年齢の子供を対象とし,リアル性が追求されるとすると,上記のとおり「実際のものと同じサイズにすること」が求められるというべきであって,原告が主張する「実物そっくりの精密な自動車のミニチュア」の例は,その認定を左右するものではない。 (3)原告は,?@幼児が遊びに使う玩具の製作において解決すべき技術課題が,18歳以上になっている人達が使う自動車運転の教習機器の製作に際して,そのまま参考にできるものとならないことは,当業者の技術常識に照らし明らかであるから,引用発明と本願発明は解決課題において共通点がなく,前者は後者の課題を全く開示していない,?A課題を解決するための技術手段において,引用発明と本願発明を対比すると,両者の構成上の主要な差異は,ハンドルの大きさとその取付け位置にあることが容易に理解できるのであり,常識的にみても,大きいサイズのハンドルを参考にして小さいサイズのハンドルを作るのは容易といえるかもしれないが,小さいサイズのハンドルを参考にして実物大のハンドルを設計するのは,容易にできることではない,?B引用発明と本願発明は,全く異質な効果を奏するものであり,両者の効果を同一であるとしたり,一方の効果から他方の効果を推察したりすることなどは,不可能である,と主張する。 しかし,審決が上記(1)において判断しているのは,引用発明において,模造ハンドルを実際のものと同一サイズのものとし,支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,支持体に取り付けるように構成することを容易に想到することができるかどうかである。原告の上記?@の主張は,その前提となっている,引用例に記載されたハンドル玩具を使う子供は幼児であるとの主張は前記4(1)のとおり採用することができないし,また,本願発明が自動車運転用の教習機器である点については,相違点3で判断されているから,この点に相違点があることは審決の上記(1)の判断を誤りとする理由となるものではない。原告の上記?Aの主張のうち,引用発明と本願発明に構成上の差異がある点については,これをまさに相違点1として判断しているのであって,上記(1)の判断が誤りである理由にはならないし,小さいサイズのハンドルを参考にして実物大のハンドルを設計するのは,容易にできるようなことではないとの主張については,その根拠を見出すことはできない。引用発明と本願発明について,原告が上記?Bで主張する効果の違いがあるとしても,そのことは,審決の上記(1)の判断を妨げるものということはできない。 (4) したがって,取消事由2の主張は理由がない。 6 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について(1)審決は,相違点2について,「…子供が高年齢化するにつれて,模造玩具にはリアル性が追求されるのであるから,引用発明の模造玩具であるハンドル玩具においても,ハンドル体1(模造ハンドル)とチエンジレバー13(模造チエンジレバー)だけでなく,実際の運転で使用するブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにMT車の場合にはクラッチを模造したものを設けるように設計することは想到容易である。そして,これら模造ブレーキ,模造アクセル,模造方向指示器,模造クラッチを設けるにあたっては,引用発明のハンドル玩具が元々備えている上記模造ハンドルや模造チエンジレバーと同様の特徴を持たせるのが自然であるから,高年齢の子供を対象とした場合…には,実際のものと同一サイズのものとし,前記支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きができるように,前記支持体に取り付け,さらに運転席に配備された実際のものの動きとは,何らの関係をも持たないように構成する程度のことは設計事項である。したがって,引用発明に相違点2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは想到容易である。」と判断している(6頁28行〜7頁6行)。 (2)この審決の判断について,原告は,?@「リアル性が追求される」ことを前提にした判断であり,その前提は,引用例に記載ないし示唆された発明に基づいたものではない,?A「高年齢の子供を対象とした場合には,」という引用発明からは何らの手掛かりをも得られない場合についての判断をしているから,採るに値しない,と主張する。 しかし,前記4(1)のとおり,引用発明の対象となる子供は幼児やベビーに限られると解することはできないから,もう少し高年齢の子供を対象とすることを想定することもできる。そして,実際に存在する物をモデルとする玩具を作成するに当たっては,その玩具が対象とする年齢層や価格を総合的に勘案して,実際の物の特徴を残しつつ,どの程度忠実に再現するかが決定されるものであることからすると,幼児やベビーよりも高年齢の子供を対象とする引用発明において,リアル性を追求して,ハンドル体1(模造ハンドル)とチェンジレバー13(模造チェンジレバー)だけでなく,実際の運転で使用するブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにMT車の場合にはクラッチを模造したものを設けるように設計し,かつ,それらを実際のものと同一サイズとし,支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きができるように,支持体に取り付け,さらに運転席に配備された実際のものの動きとは,何らの関係をも持たないように構成することも容易に想到されるということができるのであって,そのことに特段の工夫や推考力を要するということはできないから,審決の上記判断に誤りがあるということはできない。 (3)原告は,?@発明が解決しようとする課題において,引用発明の主要な解決課題は,審決の理解に従えば,3歳程度の幼児がその体に合った大きさのハンドルを動かすだけで十分に運転気分を味わえるような玩具を提供することにあるのに対し,本願発明の解決課題は,低廉な経費で,瞬時に,四囲の情景を正確に認知し,その認知に基づいて危険を予測し,的確な判断をし,適切な操作をするという運転技術の要諦を効率よくかつ安全に習得することのできる,特に,右ハンドル車の運転を習おうとしている,または左ハンドル車の運転を習おうとしている初心者に,最適な教習機器を提供することにあるから,発明が解決しようとする課題が異なる,?A課題を解決するための技術手段において,引用発明の手段の要部は,所要の大きさを有するハンドル体1を取付杆5に回転自在に取付けて,該取付杆5は吸着盤6を利用して取付け又は取外しができるように配置するところにあるのに対し,本願発明の手段の要部は,支持板に模造のブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにはMT車の場合にはクラッチを取り付け,これらの部品を実際のものと同一サイズのものとし,それらを運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに(右ハンドル車の運転の教習においては,左ハンドル車の助手席の前に,左ハンドル車の運転の教習においては,右ハンドル車の助手席の前に)位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きが実際のものとは無関係にできるようにすることであるが,引用発明にはこのような構成が全然存在しない,?B引用発明の主要な効果は,審決の理解に従えば,「子供が自動車を運転する父親等と共にハンドルを握ってこれを回転しながら運転する気分を味わうことができる」であるのに対し,本願発明の効果の核心は,物真似による実技能力の習得が,膨大な設備費を要することなく,非常に効率よくかつ安全確実に行える点である,と主張する。 しかし,審決が上記(1)において判断しているのは,ハンドル体1(模造ハンドル)とチェンジレバー13(模造チェンジレバー)だけでなく,実際の運転で使用するブレーキ,アクセル,方向指示器,さらにMT車の場合にはクラッチを模造したものを設けるように設計し,かつ,それらを実際のものと同一サイズとし,支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きができるように,支持体に取り付け,さらに運転席に配備された実際のものの動きとは,何らの関係をも持たないように構成することを容易に想到することができるかどうかである。原告の上記?@の主張は,前記4(1)のとおり,引用発明の対象を3歳程度の幼児に限定している点において採用することができないし,また,本願発明が自動車運転用の教習機器である点については,相違点3で判断されているから,この点に相違点があることは審決の上記(1)の判断を誤りとする理由となるものではない。原告の上記?Aの主張のうち,本願発明に係る教習機器を,右ハンドル車の運転の教習においては,左ハンドル車の助手席の前に,左ハンドル車の運転の教習においては,右ハンドル車の助手席の前に位置するようすることは,前記2(3)のとおり,本願発明の内容ということはできないし,原告主張に係る引用発明と本願発明との他の構成上の差異については,これをまさに相違点2として判断しているのであって,上記(1)の判断が誤りである理由にはならない。引用発明と本願発明について,原告が上記?Bで主張する効果の違いがあるとしても,そのことは,審決の上記(1)の判断を妨げるものということはできない。 (4)また,原告は,審決が「ハンドル玩具」のリアル性を考慮すると,実際のものと同じサイズの模造ハンドルを持つ機器Aが得られ,さらに,その模造ハンドルを持つ機器Aについてリアル性を考慮すると,実際のものと同じサイズの模造ブレーキ等を持つ機器Bが得られるとの判断をしているのであれば,その判断手法は特許法29条2項に反した違法なものである,と主張する。 しかし,実際のものと同じサイズの模造ハンドルを持つ機器Aと実際のものと同じサイズの模造ブレーキ等を持つ機器Bは,それぞれ異なる技術的意義を有するから,別個の相違点として認定判断することができるのであり,既に認定判断したように,それらの各相違点について引用発明から容易に想到することができるとすることが特許法29条2項に反するということはない。 (5) したがって,取消事由3の主張は理由がない。 7 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)について(1)前記4(2)のとおり,相違点3は,「本願発明が自動車運転用の模擬教習機器であるのに対して,引用発明はハンドル玩具である点。」と認定すべきであるが,この相違点は,次のとおり当業者が容易に想到することができるというべきである。 ア前記5及び6で述べたところからすると,当業者は,引用発明に相違点1,2に係る本願発明の発明特定事項を採用したもの,すなわち,助手席の前面に取り付けまたは取り外しができるように配置される支持体に対して,模造ハンドル,模造ブレーキ,模造アクセル及び模造方向指示器(MT車の場合は,以上に加えて,模造クラッチ)が取り付けられており,これらは,実際のものと同一サイズであって,支持体を助手席の前面に配置したとき,運転席における実際のものが占めるべき位置と同じところに位置するように,かつ実際のものの動きに類似した動きができるように,支持体に取り付けられており,さらに,これらの動きは,運転席に配備された実際のものの動きとは,何らの関係をも持たないように構成されたハンドル玩具を容易に想到することができるというべきである。 イ上記アのものは,玩具である点で本願発明とは異なるが,運転者の運転をまねして同様の操作をすることができる点では,本願発明の自動車運転用の模擬教習機器と共通する。そして,次のとおり,自動車運転を指導者から学ぶ目的又は運転教習の目的で用いられるものが,遊戯装置としても用いられることが知られている。 (ア)乙1(実願昭52-7899号[実開昭53-105861号]のマイクロフィルム)には,「…助手席に設けた補助ハンドルを運転練習者または便乗者が,指導者である運転手のハンドル操作に合せて操作するときに,適正に操作しているか否かを検出するステアリング・シュミレーシヨン装置」(1頁13行〜2頁2行)が記載されており,「第1のステアリング軸により回転されるバックプレートと,第2のステアリング軸により回転される表示プレートとを同一軸線上に設け,同バックプレートと同表示プレートとの上記軸線を中心としたズレを検出する検出装置を同各プレートの間に設けた…」(1頁5行〜10行,2頁2行〜7行)構成を有しており,指導者である運転手が第1のステアリング軸を,運転練習者が第2のステアリング軸を操作し,そのズレが検出装置によって検出されて表示されるというものである。このシュミレーシヨン装置は,「自動車は勿論のこと遊戯装置等に適用して誠に有益である。」(8頁1行〜2行)とされている。 (イ)乙2(特開2003-150038号公報)には,「本発明は,操作者の操作に応答して仮想空間内の移動体を移動させて運転を模擬する運転模擬装置及び方法に関する。」(段落【0001】),「上記実施形態では,運転教習に本発明を適用したが,自動車レースを行なうドライブゲームや,運転シミュレーションを行うゲームにも本発明を適用できる。」(段落【0086】)と記載されている。 ウ以上によると,当業者は,上記アのものを自動車運転用の模擬教習機器として使用することを容易に想到することができるのであって,上記相違点3に係る本願発明の構成は,当業者が容易に想到することができるというべきである。 (2)この点について,原告は,審決は,引用例に記載も示唆もされていない11歳以上にもなる子供が模造玩具を使用した場合に得られる作用ないし効果に関して判断していると主張するが,前記4(1)のとおり,引用発明の対象となる子供は幼児やベビーに限られると解することはできないのであって,そうすると,相違点1及び2について当業者が容易に想到することができることは,前記5及び6のとおりである。 また,原告は,仮に,引用発明の玩具を使用する子供の年齢層は問わないこととしても,審決が引用発明について認定する「運転の仕方をある程度修得できる」ことの中には,教える者と習う者とがいなければ成立しない「教習」という要素は含まれていないから,審決は,本願発明の成立要件である「教習」の意義を誤解していると主張する。「教習」を,原告が主張するような意味に解するとしても,上記(1)で述べたところからすると,相違点3に係る本願発明の構成は,当業者が容易に想到することができるというべきである。 (3) したがって,取消事由4の主張は理由がない。 8 取消事由5(本願発明の進歩性判断に関する誤り)(1)前記5〜7のとおり,本願発明と引用発明の相違点1〜3は,いずれも当業者が容易に想到することができる。そして,引用発明に相違点1〜3に係る構成を加えた発明が,当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するとも認められない。 なお,本願発明が当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するかどうかを判断するに当たっては,引用発明に相違点1〜3に係る構成を加えた発明について判断すべきであって,審決の「…相違点1〜相違点3に係る本願発明の発明特定事項は引用発明に基づいて当業者が想到容易な事項であり,それぞれのもつ作用効果も,引用発明に基づいて,当業者が予測しうる程度のことであって,かつ各発明特定事項が組み合わせられることによって当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するものとも認められない。」(7頁26行〜30行)との判断も同旨のものと解される。 (2)この点について,原告は,本願発明と引用発明は,その技術構成のみならず,使用する者(18歳以上対幼児やベビー),使用の目的(技術の教習対遊び)等において峻別できる異質の技術分野に属するものであるから,引用発明に基づいて本願発明の作用効果が予測できるはずはない,と主張する。しかし,前記4(1)のとおり,引用発明の対象となる子供は幼児やベビーに限られると解することはできない。また,前記7のとおり,当業者は,使用の目的(技術の教習対遊び)に関する構成の相違(相違点3)を容易に想到することができるのであって,そうすると,引用発明に相違点3に係る構成を加えた発明は,必然的に18歳以上の運転教習を受ける者を対象とすることになる。 また,原告は,本願発明の作用効果の核心は,各発明特定事項が組み合わされたことによって,模範操縦を即座に真似して運転技術の要諦を極めて効率よく教え又は習うことができ,咄嵯の操作,瞬時の危険回避動作等を身に付けることができる,というところにあると主張するが,引用発明に相違点1〜3に係る構成を加えた発明がそのような作用効果を有することは明らかであって,その作用効果をもって当業者が予測し得ないような格別の作用効果ということはできない。 さらに,原告は,本願発明は,左ハンドル車の運転の習得には右ハンドル車の助手席において,右ハンドル車の運転の習得には左ハンドル車の助手席において,路上運転中のその現場で即座に,実際のものと同じハンドル,ブレーキ等を動かしてみることを採用したのである,と主張するが,本願発明に係る教習機器を,右ハンドル車の運転の教習においては,左ハンドル車の助手席の前に,左ハンドル車の運転の教習においては,右ハンドル車の助手席の前に位置するようすることは,前記2(3)のとおり,本願発明の内容ということはできないから,原告の上記主張に係る作用効果は,本願発明の作用効果ということはできない。 (3) したがって,取消事由5の主張は理由がない。 9結論以上のとおり,原告主張の取消事由の主張はすべて理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 森義之 |
裁判官 | 澁谷勝海 |