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関連審決 不服2004-3531
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19行ケ10223審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  一般承継 /  名義変更 /  援用権(援用) /  特許出願日 /  優先日 /  参酌 /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の理由 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10224号 審決取消請求事件
原告スミスクラインビーチャムコーポレーション
訴訟代理人弁理士平木祐輔,石井貞次,藤田節,大屋憲一,新井栄一,遠藤真 治
被告特許庁長官鈴木隆史
指定代理人川本眞裕,鏡宣宏,中田とし子,森山啓
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/07/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1原告の求めた裁判「特許庁が不服2004-3531号事件について平成19年2月13日にした審決を取り消す。」との判決第2事案の概要本件は,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)グラクソ,ウェルカム,インコーポレーテッド(以下「グラクソ社」という。)は,平成8年4月10日(パリ条約による優先権主張・1995(平成7)年4月14日,アメリカ合衆国),名称を「サルメテロール用計量投与用吸入器」とする発明につき,特許出願(以下「本件出願」という。)をした(甲5)。
(2)グラクソ社は,2001(平成13)年3月31日,原告に吸収合併された(甲17。なお,本件出願について,原告を承継人とする出願人名義変更届(一般承継)(甲16,17)が提出された日は,平成16年7月12日である。)。
(3)原告は,平成15年11月13日付けで,本件出願につき拒絶査定を受けたので,平成16年2月23日,拒絶査定不服審判を請求した(不服2004-3531号事件として係属)。
(4)特許庁は,平成19年2月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月23日,その謄本を原告に送達した。
2本願発明の要旨審決が対象としたのは,平成16年3月24日付け手続補正書(甲6)により補正された請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)であり,その要旨は次のとおりである。
「【請求項1】一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで内面の一部または全部が被覆された計量投与用吸入器であって,サルメテロールまたはその生理学的に許容される塩と,フルオロカーボン噴射剤と,場合によっては一以上の他の薬理学的に活性な薬剤または一以上の賦形剤とを組み合わせて含む吸入薬剤配合物を投与するための計量投与用吸入器。」3審決の理由の要旨審決は,本願発明は下記引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。),下記引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)並びに下記周知例1及び2に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないとした。
引用例1特開平7-76380号公報(平成7年3月20日公開。甲1)引用例2特表平7-502033号公報(平成7年3月2日公表。甲2)周知例1特開平2-89633号公報(甲3)周知例2特開平2-26661号公報(甲4)審決の理由中,引用例1の記載事項及び引用発明1の認定,引用例2の記載事項及び引用発明2の認定,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定並びに相違点についての判断に係る部分は,以下のとおりである(章立ての符号及び明らかな誤記を改めた部分並びに略称を本判決が指定したものに改めた部分がある。)。
(1)引用例1の記載事項及び引用発明1の認定引用例1には,図面とともに,次の記載がある。
ア「薬学的に活性なエーロゾルが所定の量で投与されるべきでありかつそれが,薬学的に活性な物質の他に少なくとも1種の噴射ガスを含むところの懸濁液の形態で容器中に供給されているエーロゾル容器であって,該エーロゾル容器は計量チャンバとバルブ軸よりなる計量バルブを有し,該計量チャンバは容器の内部と連通しており,そしてバルブ軸の第1の位置において所定量のエーロゾルで充満されかつバルブ軸の第2の位置において計量チャンバ内に供用された量のエーロゾルを放出するようになっており,噴射ガスは,フルオロクロロハイドロカーボンを含まない代替噴射ガス,好ましくはフルオロヒドロカーボンのみを含み,そして適当ならば,また補助溶媒および/もしくは界面活性剤をも含む噴射ガスであり,そして該容器の内壁はプラスチック塗料により被覆されている,エーロゾル容器。」(請求項1)イ「【従来の技術】エーロゾルは今日薬学的に活性な物質の普通の投薬法である。多くのそれらエーロゾルは所定の(計量した)量で投与される。種々の理由(例えば,安定性)のために,ある種の薬学的に活性な物質は懸濁液の形態で提供される,即ち薬学的に活性な物質はエーロゾル容器内において,通常圧力下にて,液体中に小さな固体粒子がある形態で存在し,該液体はまた少なくとも噴射ガスよりなる。薬学的に活性な物質のこの種の配合は多くの物質,また特にはコルチコステロイドに適していることが証明されている。
【0003】所定量の薬学的に活性な物質を投与するために,普通のエーロゾル容器は計量チャンバを有する計量バルブを備えている。バルブの第1の位置において,計量チャンバは容器の内部に連通しており,そしてその位置で所定量の懸濁液が充満すようになっている。計量バルブの第2の位置において,計量チャンバ内に供用された量は液体/固体混合物が膨張するので,その後エーロゾルの形態において放出される。その方法において,エーロゾルは例えば経口的にもしくは鼻から使用者に投与されうる。
【0004】従来,使用された噴射ガスは幅広く知られたフルオロクロロハイドロカーボンであった。これらの塩素化噴射ガスは現在有害であることが知られている,なぜならそれらはオゾン層を破壊するからである。従ってそれらは廃棄されまたオゾン層に被害を与えない噴射ガスに代替されるべきである。いくつかの国においては,ごく最近,塩素化炭化水素よりなる噴射ガスは法律により廃止されている。
【0005】従っていわゆる代替噴射ガスが代替物として存在する,なぜならそれらはオゾン層を破壊しないからである(オゾン-涸渇-ポテンシャル)(ozone-depletingpotential=0)。しかしながら,多くの薬学的に活性な物質は,懸濁液の形態において貯蔵された場合,その噴射ガスが使用されたとき,容器の内壁に付着する一方,塩素化炭化水素が使用された場合,付着は生じないかもしくは非常にわずかに生じる。容器の内壁上の付着は使用者に投与されるべき所望の量の薬学的に活性な物質が計量チャンバ内に存在しないという結果になる。容器の中に導入された薬学的に活性な物質の全量のうちのかなり多くの割合が容器の内壁上に付着(粘着)したままに残るので,さらに容器の中に貯蔵される薬学的に活性な物質の全量は投与することができないという結果になる。」(段落【0002】〜【0005】)ウ「特には,プラスチック塗膜に使用される都合の良い材料は,例えば,幅広くテフロンとして知られている,ポリテトラフルオロエチレン,およびまたペルフルオロエチレンプロピレンである。」(3頁左欄28行-32行)エ「噴射ガスは炭化フッ素(好ましくは,例えばテトラフルオロエタンもしくはヘプタフルオロプロパン)を含み,従ってオゾン層には有害ではないので,容器1の内壁はプラスチック塗膜3により被覆されている。プラスチック塗膜3は好ましくは,広くテフロンの名前でも知られているポリテトラフルオロエチレンであり,またはペルフルオロエチレンプロピレンであり,または層は特定のプラスチックをベースとして製造されそして施用される。該材料の使用により容器1の内壁上に薬学的に活性な物質の大きな付着を防げる。容器の壁と液体もしくは懸濁液の間の懸濁および電解の作用もまた除かれる。」(段落【0017】)オ「投与される薬学的に活性な物質は,例えば有効ぜんそく鎮静剤もしくは製剤混合物,特にはコルチコステロイドもしくは抗炎症ステロイド群よりの製剤もしくは製剤混合物である。
・・・中略・・・しかしながら,同様に他の薬学的に活性な物質,特にはぜんそく鎮静剤,例えばβ-交感神経剤,LTD4 拮抗薬,副交感神経遮断剤,クロモグリシン酸,もしくは肺,鼻もしくは喉を介して投与される他の薬学的に活性な物質の投与が,いくつかのタンパク質と一緒の場合に可能である。さらに前の方法によるホルモテロールの貯蔵および投与は,例えば,その塩の形態,ホルモテロールホルマレート(IUPAC命名法の名が“(±)2’-ヒドロキシ-5’-[(RS)-1-ヒドロキシ-2-[[(RS)-p-メトキシ-α-メチルフェネチル]アミノ]エチル]ホルムアニリド・ホルマレート・ジヒドレート”である。),またはホルモテロールおよび上述したコルチコステロイドの混合物の形態において可能である。」(段落【0020】)そして,上記イの記載から,エーロゾル容器は,懸濁液の形態において貯蔵された薬剤(薬学的に活性な物質)の計量投与用のものであり,また,エーロゾルは吸入されるものである点が認められる。また,上記オの記載から,投与される薬剤は,有効ぜんそく鎮静剤であることが認められる。さらに,上記ア,イの記載より,噴射剤は塩素を含有しない炭化フッ素を含むことが認められる。
これらの記載によれば,引用例1には,次の発明が記載されているものと認められる(引用発明1)。
「ポリテトラフルオロエチレンで内面の一部または全部が被覆されたエーロゾル容器であって,有効ぜんそく鎮静剤と,炭化フッ素を含む噴射剤とを懸濁液の形態で含むエーロゾルを投与するためのエーロゾル容器。」(2)引用例2の記載事項及び引用発明2の認定引用例2には,次の記載がある。
ア「本発明は,吸入による薬剤投与に使用されるエアゾール製剤,特にサルメテロール,サルブタモール,プロピオン酸フルチカゾン,二プロピオン酸ベクロメタゾン並びにそれらの生理学的に許容される塩および溶媒化合物からなる群から選択される粒状薬剤と,フルオロカーボンまた水素含有クロロフルオロカーボン噴射剤とを含んでなる医薬エアゾール製剤であって,実質的に界面活性剤を含まない医薬エアゾール製剤に関する。上記の医薬エアゾール製剤の有効量を吸入投与することを含んでなる呼吸器系疾患の治療方法も記載される。」(要約)イ「本発明は,吸入による薬剤投与に用いられるエアゾール製剤に関する。」(3頁左上欄3-4行)ウ「ある種の薬剤をフルオロカーボンまたは1,1,1,2-テトラフルオロエタン等の水素含有クロロフルオロカーボン噴射剤に十分に分散できることを見いだした。より具体的には,薬剤をサルメテロール,サルブタモール,プロピオン酸フルチカゾン,二プロピオン酸ベクロメタゾン並びにそれらの生理学的に許容される塩および溶媒化合物から選択する場合に満足の行く分散液が得られる。」(3頁左下欄13〜19行)エ「特に好ましいエアゾール製剤は,サルブタモール(例えば,遊離塩基または硫酸塩として)またはサルメテロール(例えば,キンナホエート塩として)を,ベクロメタゾンエステル(例えば,二プロピオン酸エステル)等の抗炎症ステロイドまたはフルチカゾンエステル(例えば,プロピオン酸エステル)等の気管支拡張薬またはクロモグリク酸塩(例えば,ナトリウム塩として)等の抗アレルギー薬と組み合わせて含有している。サルメテロールとプロピオン酸フルチカゾン若しくは二プロピオン酸ベクロメタゾンとの組み合わせまたはサルブタモールとプロピオン酸フルチカゾン若しくは二プロピオン酸ベクロメタゾンとの組み合わせが好ましい。とりわけ,サルメテロールキシナホエートとプロピオン酸フルチカゾンとの組み合わせまたはサルブタモールと二プロピオン酸ベクロメタゾンとの組み合わせが好ましい。」(5頁左上欄5行-19行)以上の記載内容を総合すれば,引用例2には,次のような発明(引用発明2)が記載されているものと認められる。
「気管支拡張薬であるサルメテロール又はその生理学的に許容される塩とフルオロカーボン噴射剤とを分散液の状態で含む,呼吸器系疾患の治療のための吸入による薬剤投与に用いられるエアゾール製剤。」(3)本願発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定本願発明と引用発明1とを対比する。
引用発明1の「ポリテトラフルオロエチレン」は,本願発明の「一以上のフルオロカーボンポリマー」に相当し,以下同様に,「エーロゾル容器」は「計量投与用吸入器」に,「炭化フッ素を含む噴射剤」は「フルオロカーボン噴射剤」に,「エーロゾル」は「吸入薬剤配合物」に,それぞれ相当する。
また,本願発明の「サルメテロール」は,ぜんそく用鎮静剤の一種であるので,引用発明1の「有効ぜんそく鎮静剤」と共通する。
そして,本願発明における「場合によっては一以上の他の薬理学的に活性な薬剤または一以上の賦形剤とを組み合わせて含む吸入薬剤配合物」との発明特定事項は,これらを含まない態様を包含するものである。
したがって,両者は,「一以上のフルオロカーボンポリマーで内面の一部または全部が被覆された計量投与用吸入器であって,ぜんそく用鎮静剤またはその生理学的に許容される塩と,フルオロカーボン噴射剤と,場合によっては一以上の他の薬理学的に活性な薬剤または一以上の賦形剤とを組み合わせて含む吸入薬剤配合物を投与するための計量投与用吸入器。」の点で一致し,以下の点で相違している。
[相違点1]本願発明は,サルメテロールを投与するためのものであるに対し,引用発明1は,有効ぜんそく鎮静剤を投与するためのものではあるものの,有効ぜんそく鎮静剤がサルメテロールではない点。
[相違点2]本願発明は,計量投与用吸入器の内面を,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで被覆しているのに対し,引用発明1は,一以上のフルオロカーボンポリマーのみで被覆している点。
(4)相違点についての判断上記相違点について検討する。
[相違点1]について引用例2には,「気管支拡張薬であるサルメテロール又はそれらの生理学的に許容される塩とフルオロカーボン噴射剤とを分散液の状態で含む,呼吸器系疾患の治療のための吸入による薬剤投与に用いられるエアゾール製剤。」という引用発明2が記載されている。
そして,引用発明2では,気管支拡張薬すなわち有効ぜんそく鎮静剤であるサルメテロールは,エアゾール製剤に分散液,すなわち懸濁液の状態で含まれるが,かかるエアゾール製剤は,引用例1の記載イにあるように,「懸濁液の形態において貯蔵された場合,その噴射ガスが使用されたとき,容器の内壁に付着する」という課題を持つことは当業者が容易に予測し得たことであるとともに,該課題は,引用発明1によって解決されるものであるから,引用発明1の有効ぜんそく鎮静剤として,引用発明2のサルメテロールを適用し,本願発明の相違点1に係る発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得たことであり,これを妨げる特段の事情も見いだせない。
[相違点2]について一般に,フルオロカーボンポリマーを基材へ被覆するにあたり,基材への接着性の向上等を目的として,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆することは,例えば,周知例1,周知例2等にも示されるように従来周知であるから,引用発明1に当該周知技術を採用して,本願発明の相違点2に係る発明特定事項とすることは,当業者が必要に応じてなし得た設計的事項にすぎない。
そして,本願発明の作用効果も,引用発明1,引用発明2,及び周知技術から当業者が予測できた範囲のものである。
(5)審決の「むすび」したがって,本願発明は,引用発明1,引用発明2,及び,周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
第3当事者の主張の要点1原告主張の審決取消事由の要点審決は,以下のとおり,「周知技術」や「設計的事項」との概念を審決において初めて用いるなどという手続違背を犯した上,相違点2についての判断を誤った結果,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断したものであるから,取り消されるべきである。
(1)取消事由1(手続違背)ア(ア)審決は,相違点2についての判断において,「一般に,フルオロカーボンポリマーを基材へ被覆するにあたり,基材への接着性の向上等を目的として,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆することは,例えば,周知例1,周知例2等にも示されるように従来周知であるから,引用発明1に当該周知技術を採用して,本願発明の相違点2に係る発明特定事項とすることは,当業者が必要に応じてなし得た設計的事項にすぎない。」と判断した。
(イ)他方,本件出願に係る拒絶査定(甲8。以下「本件拒絶査定」という。)の理由は,本件出願に係る拒絶理由通知書(甲7。以下「本件拒絶理由通知書」という。)に記載されたとおりであり,その内容は,「本願発明は,引用文献1ないし3(判決注:それぞれ,引用例1,引用例2及び周知例1に相当する。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」というものである。
そして,そこには,「周知技術」や「設計的事項」といった文言は存在しないし,周知例2の引用もない。
イこのように,審決と本件拒絶査定とは,引用発明1に「周知技術」や「設計的事項」を適用することを問題とするのか,引用発明1及び2並びに周知例1に記載された発明を組み合わせることを問題とするのかにおいて,その理由付けを異にするものであるし,審決は,本件拒絶査定の理由には存在しない「周知技術」及び「設計的事項」との概念並びに周知例2を審決の理由において初めて持ち出した上,周知例2を「周知技術」の認定に供しているものである。
ウそして,特許庁審判合議体は,原告に対して新たな拒絶理由を通知しなかったため,原告は,「周知技術」及び「設計的事項」との概念並びに周知例2に対する反論の機会や補正の機会を不当に奪われたものであるところ,これらは,相違点2についての判断に直接関連する重要な事項であり,しかも,周知例1に関する反論と周知例2に関する反論とは,その内容を異にするものであること(後記取消事由2のイ及びウ参照)にも照らすと,審決は,特許法159条2項及び同法163条2項において準用する同法50条の規定に違反する違法な手続に基づいてされたものであり,その手続違背は,重大なものであるというべきである。
エ被告の主張に対する反論(ア)被告の主張ア(査定の理由と異なる理由で判断したものでないこと)についてa被告は,「審決は,『一般に,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆することは,例えば,周知例1,周知例2等にも示されるように従来周知である』と説示し(た)」と主張するが,審決は,「一般に,・・・基材への接着性の向上等を目的として,・・・ポリマーブレンドで基材を被覆することは,・・・従来周知である」と説示したものであり,また,本件拒絶査定においても,そのような目的の指摘があるのであって,審決は,目的を限定せずに漠然と,「一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆すること」(以下「本件技術」ということがある。)が周知例1に記載されていると認定したわけではない(なお,本件拒絶理由通知書には,そのような目的の記載はない。)から,被告の上記主張は,審決の説示内容を変更するものである。
b被告は,「表面への内容物の付着を抑止するためのフッ素樹脂による被覆物全般において,フルオロカーボンポリマー被覆の剥離しやすさを解決するために,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とするという周知例1の記載事項は,それ自体,周知の事項であったことから,審決は,・・・既に指摘した事項が周知であることを示したにすぎない。」と主張するが,後記取消事由2のアにおいて主張するとおり,周知例1には,そのような事項の記載はないし,また,周知例2や後記乙1公報ないし乙5公報を併せ考慮しても,そのような事項が当業者にとって周知であったともいえないから,被告の上記主張は,失当である。
(イ)被告の主張ウ(周知例2に対する反論の機会を与えなかったことが違法でないこと)についてa被告は,「基材への接着性の向上等を目的として,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆すること」(以下「基材への接着性の向上等を目的とする本件技術」ということがある。)が周知例1に記載されていることを前提として,「特許庁審判合議体が,原告に対し,審決前に,周知例1以外にその例を通知しなかったからといって,そのことが違法であるということはできない。」と主張するが,上記(ア)bのとおり,そのような前提は誤りであるから,被告の上記主張は,前提を欠くものとして失当である(したがって,審決において,新たに周知例2に言及することは,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術を,周知例1に代え周知例2によって認定し,これを前提に進歩性の判断を行うことにほかならない。)。
bまた,被告の上記主張は,周知例1に開示された事項と周知例2に開示された事項とが同一であることを前提とするものであるところ,上記のとおり,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術は,周知例1に記載されていないのであるから,当該前提も存在せず,その点からも,被告の上記主張は,失当である。
(2)取消事由2(相違点2についての判断の誤り)ア「周知技術」の認定について(ア)審決は,相違点2についての判断の前提として,フルオロカーボンポリマーを基材へ被覆するに当たり,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術が「周知技術」であると認定した。
(イ)aしかしながら,「周知技術」とは,関連する技術分野において一般的に知られている技術(例えば,多くの先行技術文献に開示されている技術等)でなければならないところ,審決は,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術が「周知技術」であるとの根拠として,周知例1及び2を例示するのみであり,わずか2つの公報の存在をもって,上記技術を「周知技術」と認定することができないことは明らかである。
bまた,被告が本訴において引用する後記乙1公報ないし乙5公報については,乙1公報及び乙2公報に係る出願人,乙3公報及び乙4公報に係る出願人がそれぞれ同一であるところ,乙2公報は,乙1公報に係る出願を分割した出願に係るものであり,乙3公報と乙4公報は,同一出願人が英国において同一日付でした2件の特許出願に基づいて,それぞれ優先権を主張する特許出願に係るものである。このように相互に関連した出願に係る公報を多数引用しても,「周知技術」を認定することはできない。
(ウ)a引用発明1のプラスチック塗膜は,耐摩耗性が要求されず,高温にさらされることがないのに対し,周知例1に記載された技術は,高温での耐摩耗性が必要とされる厨房器用等のフッ素樹脂被覆物に関するものであって,両者は,その技術分野を異にするものであり,互いに密接に関連する技術ではないし,また,周知例1には,「フルオロカーボンポリマー中に非フルオロカーボンポリマーを添加すれば基材との接着性が高まること」が記載されていないから,周知例1を根拠に,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術が「周知技術」であると認定することはできない。
bまた,審決は,本件技術について,「基材への接着性の向上等を目的」とするものと認定したが,後記のとおり,周知例1に記載された技術が解決すべき課題は,耐摩耗性の向上であって,基材への接着性の向上ではない。
(エ)a他方,周知例2及び後記乙1公報ないし乙5公報は,審査手続及び審判請求手続の段階で引用されていなかったものであるし,上記(ウ)のとおり,周知例1を根拠に基材への接着性の向上等を目的とする本件技術が周知技術であると認定することはできないのであるから,周知例2及び後記乙1公報ないし乙5公報を,当該「周知技術」の認定に供することは許されない。
bさらに,周知例2及び後記乙1公報ないし乙5公報は,これらに係る技術分野等に照らし,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術が,計量投与用吸入器に関する技術分野における当業者にとって周知であるとの認定の根拠となるものではない。
(オ)したがって,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術が「周知技術」であるとの審決の上記認定は誤りである。
イ引用発明1に周知例1記載の技術を適用することの困難性について(ア)解決課題(技術分野)の相違についてaサルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明においては,容器内壁面のコーティング(塗膜)について,その寿命期間中,?@薬剤の投与量の均一性(一吹き当たりの薬剤の放出量を許容される誤差の範囲内で一定のレベルに保つこと)の要求を満たすことができる程度に容器内壁面への薬剤の付着を防止すること,?A容器内壁面のコーティング(塗膜)が剥離しないよう,壁面に密着し続けることが解決すべき課題とされる。
bこれに対し,引用発明1は,上記?@の課題に着目するものにすぎない。引用例1は,ポリテトラフルオロエチレン,ペルフルオロエチレンプロピレン等のプラスチック塗膜が,その寿命期間中,容器内壁面に密着し続けることについて言及するものではないし,上記?Aの課題を解決するために,代わりに使用すべきプラスチック塗膜について教示するものでもない。
c同様に,周知例1に記載された技術も,フッ素樹脂で被覆されたフライパン,ホットプレート,鍋等の厨房器の高温での耐摩耗性(塗膜の摩耗に対する抵抗性,摩耗しにくい性質)を向上させることを課題とするものであって,サルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明が解決すべき上記?Aの課題(基材への接着性の向上)を課題とするものではない。そして,周知例1には,基材への接着性についての言及が一切ない(そもそも,周知例1に記載された技術は,非フルオロカーボンポリマー及びマイカを含有する組成物により被覆された金属基材を含むフッ素樹脂被覆物に関するものであるところ,このように非フッ素樹脂及びマイカをフッ素樹脂に添加するのは,基材への接着性を向上させるためではない。)。
dまた,周知例1に記載された技術は,主として厨房器を念頭に置いたものであるので,「短時間」の「高温下」での「機械的摩耗」が問題となるところ,サルメテロールが供給されたエーロゾル容器においては,容器内壁面のコーティングが,常時,加圧されたフルオロカーボン噴射剤の液相と接触しているのであって,「長期間にわたる継続した」「化学的変化」が問題になるのであるから,周知例1に記載された技術とサルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明とは,その問題とする環境を異にするものである。
さらに,周知例1に記載された技術は,上記のとおり,主として厨房器を念頭に置いたものであるため,サルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明におけるような「μg単位の厳密性」(上記「薬剤の投与量の均一性」と同趣旨)は要求されず,したがって,容器内壁面への物質の付着についての厳格な要求もない。
e以上のとおり,周知例1に記載された技術とサルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明とは,その課題を異にするものである。
(イ)動機付けの不存在についてa周知例1に記載された技術は,上記のとおり,非フルオロカーボンポリマー及びマイカを含有する組成物により被覆された金属基材を含むフッ素樹脂被覆物に関するものであるところ,同周知例には,「非粘着性を厳しく要求される用途についてはこれらの被覆物の上に更に第2層として実質的に充填材を含まないフッ素樹脂層を設けても良い」との記載があり,これは,非フッ素樹脂及びマイカをフルオロカーボンポリマーに添加することにより,基材表面に薬剤が付着しやすくなることを示唆するものと理解することができるから,周知例1は,フッ素樹脂と非フッ素樹脂とのブレンドを,厳密な薬剤非付着性が要求される計量投与用吸入器に適用する動機を提供するものではない。
bなお,被告は,「審決が適用した周知例1記載の技術事項は,『本件技術』であ(る)」と主張するが,審決が適用した周知例1記載の技術事項は,「『基材への接着性の向上等を目的とする』本件技術」である。また,周知例1には,フルオロカーボンポリマーと非フルオロカーボンポリマーとを組み合わせただけでは高温耐摩耗性が高められない旨の記載がある。
(ウ)「層化」の不発生についてaフルオロカーボンポリマーと非フルオロカーボンポリマーとのポリマーブレンド(以下,単に「ポリマーブレンド」ということがある。)においては,「層化」(高温硬化中に,高表面エネルギーを有する非フルオロカーボンポリマーは高表面エネルギーの基材を求め,低表面エネルギーを有するフルオロカーボンポリマーは低表面エネルギーの空気界面を求める現象のこと。「層化」により,フルオロカーボンポリマーがコーティングの外側表面に移動し,非フルオロカーボンポリマーはコーティングの基質に接触している表面に移動する。なお,表面エネルギーとは,物質の表面が持つ過剰な自由エネルギーを指す概念であり,表面エネルギーが高い物質ほど,粘着力が大きくなり,他の物質が接触した場合,これが付着しやすくなる。)が生じているのに対し,周知例1の第1図によれば,非フッ素樹脂は,フッ素樹脂中に分散しており,「層化」は生じていない。
b被告は,本件出願に係る平成16年3月24日付け手続補正書(甲6)による手続補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲6,その余につき甲5。以下「本願明細書」という。)に,「層化」の概念,これが生じるための条件等につき何ら言及がない旨主張するが,本願明細書の記載(10頁17〜20行,20頁5〜7行)に接した当業者は,本願発明において上記aの「層化」が生じていることを当然に理解することができるから,被告の上記主張は,失当である。
(エ)以上のとおり,周知例1に記載された技術と,サルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明とは,各技術が前提とするところを異にし,両技術の技術分野は異なるというべきであるし,両技術を組み合わせる動機付けも存在せず,さらに,医薬品の技術分野における当業者が,医療器具における設計ミスが人命に関わり,多大の悪影響を及ぼすことから,一般的に保守的かつ慎重であることなどを併せ考慮すると,引用発明1に周知例1記載の技術を適用することは,当業者が容易になし得たものではないというべきである。
ウ引用発明1に周知例2記載の技術を適用することの困難性について(ア)解決課題(技術分野)の相違についてa周知例2に記載された技術は,薬品耐性又は腐食耐性を有するエアゾール缶を提供するためのものであり,エアゾール缶を念頭に置いたものではあるが,同周知例に列挙されている用途(日焼治療剤,頭髪用トリートメントムース,脱毛剤ムースタイプ,水虫薬,除菌消臭剤,ヘアスプレー,虫よけスプレー)から明らかなとおり,用剤を計量することが要求されるものではないから,上記「μg単位の厳密性」が要求されるものでもなく,用剤の容器内壁面への付着の厳格な防止を課題とするものでもない。また,周知例2には,当該課題についての開示も示唆もない。
したがって,周知例2に記載された技術とサルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明とは,その課題を異にするものである。
b被告は,原告の上記主張が失当である理由として,周知例2に記載された技術とサルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明とは,「フルオロカーボンポリマーを主成分とする塗膜で被覆された容器」に関するものであり,両者は,内容物をエアゾールとして投与するものである旨主張する。しかしながら,上記のとおり,周知例2は,被覆への薬剤の付着の厳格な防止を課題とするものではないから,被告の上記主張は,失当である。
(イ)ポリマーブレンドによるコーティングの示唆の不存在等について周知例2には,ポリマーブレンドが使用された例についての記載はなく,また,同周知例は,ポリマーブレンドによるコーティングが薬物付着の防止に有効であることを示唆するものではない。
なお,周知例2は,バインダー樹脂を含有するポリビニリデンフルオライドを主成分とする塗膜をエアゾール缶の内面被覆として採用する技術を開示するものであるが,同周知例には,ポリビニリデンフルオライド単独でコーティングをした場合の結果についての記載はあるものの,ポリビニリデンフルオライドとバインダー樹脂を組み合わせた場合の効果を実証する記載はない。
(ウ)以上のとおり,周知例2に記載された技術と,サルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明とは,各技術が前提とするところを異にし,両技術の技術分野は異なるというべきであるし,ポリビニリデンフルオライドとバインダー樹脂を組み合わせた場合の効果の実証もなく,さらに,医薬品の技術分野における当業者が一般的に保守的かつ慎重であることなどを併せ考慮すると,引用発明1に周知例2記載の技術を適用することは,当業者が容易になし得たものではないというべきである。
エステファン・ジェイ・シャウ教授(以下「シャウ教授」という。)の供述書(甲11。以下「シャウ供述書」という。)について(ア)aシャウ教授は,引用例1に記載されたプラスチックコーティング技術の分野における当業者というべき存在であるが,シャウ供述書において,「仮に,本件出願に係る優先日(以下『本件優先日』という。)当時,引用例1に対応する文献を与えられた上,内容物の内壁面への付着の問題と,コーティングの容器内壁面からの剥離の問題とを同時に解決するための手段を追求したとすれば,ポリマーブレンドによるコーティングではなく,フッ化アルキルシランによるコーティングを採用したであろう」旨記載している。
bこのように,本件優先日当時の当業者であれば,ポリマーブレンドによるコーティングは,?@サルメテロールの懸濁液を含有する液体のフルオロカーボン噴射剤との寿命期間にわたる接触環境の下ではコーティングの剥離の問題が懸念されること,?A非フルオロカーボンポリマーをブレンドすることでコーティングの表面エネルギーが上昇し,サルメテロールの容器内壁面への付着の問題が生じることが予測されることから,これを採用しようとは考えないものである。
(イ)被告は,シャウ供述書及び後記バツァール供述書の各記載(ポリマーブレンドコーティングの基材への接着性についての懸念等)は,引用発明1にポリマーブレンドコーティングを適用することの妨げとなるものではない旨主張する。
しかしながら,両供述書に記載されているとおり,引用発明1にポリマーブレンドコーティングを適用することに実質的な阻害要因があったこと,すなわち,ポリマーブレンドの高い表面エネルギーのため,フルオロカーボン噴射剤の存在下において,MDI缶における薬剤付着の防止と塗膜への接着性の向上という2つの課題を,ポリマーブレンドコーティングにより解決することができるものと合理的に予測することができなかったことは,すべての当業者について妥当するものであったといえるから,被告の上記主張は,失当である。
なお,両供述書に記載された上記懸念等からすると,少なくとも,引用発明1にポリマーブレンドコーティングを適用しようとすることの動機付けがないといえる。
オケネス・バツァール博士(以下「バツァール博士」という。)の供述書(甲13。以下「バツァール供述書」という。)について(ア)aバツァール供述書には,以下の各要因により,「引用発明1に気が付いたポリマーの専門家にとって,ポリマーブレンドを使用することにより,薬剤,フルオロカーボン噴射剤等を含有する計量投与用吸入器の缶内における薬剤付着の問題を首尾よく解決することができるとの結果は,合理的には予測できないものであった」旨の記載がある。
(a)計量投与用吸入器の缶内部の環境は,ポリマーブレンドによるコーティングが用いられる環境としてこれまで知られていたもの(重工業分野における乾燥潤滑剤,調理器具における下塗り層等)とは異なり,フッ化炭素液体噴射剤と常に接触した状態にありながら,長期間(例えば少なくとも18か月間)にわたり安定性を有する必要があるものであり,しかも,計量投与用吸入器に対する規制上の要求は非常に高度であるから,ポリマーブレンドによるコーティングを計量投与用吸入器に適用することは,新規かつ独特のものである。
(b)計量投与用吸入器の缶内に施される薄いコーティングでは,十分な「層化」が起こり,その結果として低表面エネルギーを有する表面が薬剤に露出することとなることは予測不可能であった。むしろ,非フルオロカーボンポリマーは,薬剤への露出表面上に残り,薬剤の付着を引き起こすと予測されていた。
(c)コーティング表面に不規則な領域(ピンホール等の物理的欠陥又は非フルオロカーボンポリマーの露出領域)が少しでもあれば,当該領域が薬剤付着部位となるおそれがある。
(d)ポリマーブレンドを基材表面に適用するためには,高温条件下でポリマーブレンドを硬化させる必要があるところ,計量投与用吸入器の缶壁が薄いことから,缶を変形させることなく,必要な高温にまでコーティングを加熱することができるかについては,予測不可能であった。
(e)ポリマーブレンドは,ハイドロフルオロアルカンと持続的に接触することから,噴射剤中に抽出・浸出する可能性のある物質(特にフッ素イオン)が存在するという問題点及び製品寿命の期間(例えば少なくとも18か月間)内にコーティングの安定性・完全性が損なわれることがあるという問題点が予測された。
(f)計量投与用吸入器に対しては,前処理(例えば缶表面の粗面化処理)が不可能であるため,ポリマーブレンドが缶に十分接着しない可能性が考えられた。
(g)相互に密接に関連した適用の間においても,ある適用から別の適用への転用は成功しないことが知られていた。
b上記aの各要因を考慮すると,ポリマーブレンドの使用により,計量投与用吸入器における薬剤付着の問題を首尾よく解決することができるか否かを,試験や評価を行わずに当業者が予測することは,不可能であったといえる。
(イ)なお,被告の主張に対する反論は,上記エ(イ)のとおりである。
カ本願発明が奏する作用効果について(ア)a当業者にとっては,ポリマーブレンドにより容器内壁面をコーティングする場合,その高い表面エネルギーのために,フルオロカーボンポリマーによるコーティングの場合と比較して,サルメテロールがより多く付着することが予測されたところ,実際には,本願発明は,コーティング基材への優れた密着性を実現しつつ,サルメテロールの容器内壁面への付着の程度についても,フルオロカーボンポリマーによるコーティングを採用した場合と同等の程度を実現するものであるから,本願発明は,当業者が予期し得なかった作用効果を奏するものである。
bなお,本願発明が奏する上記作用効果は,本件審判請求の理由に係る書面である平成16年5月17日付け手続補正書(方式)(甲12。以下「甲12書面」という。)に記載された試験結果からも明らかである。
cまた,「TECHNICAL REPORT NO.2」と題する書面(甲15。以下「甲15レポート」という。)の「付属書類1(ANNEX 1)」(訳文5頁)に記載された試験結果は,ポリテトラフルオロエチレンとポリエーテルスルフォンのブレンドコーティングの塗膜を備えたMDI缶において,塗膜の容器壁への密着と薬剤の付着の阻止とが長期間にわたり維持されたこと,すなわち,本願発明における2つの課題が解決されたことを示すものである。
(イ)被告の主張に対する反論a被告は,原告が主張する本願発明の作用効果は,明細書の記載に基づくものではない旨主張するが,本願明細書の記載(甲5,4頁18行〜5頁7行,10頁17〜20行,20頁5〜7行)によれば,本願発明の作用効果は,明細書によって十分に裏付けられているといえるほか,本願発明により「計量投与用吸入器内壁におけるコーティング層の剥落の問題点」を解決することができることは,本願明細書に開示された事項から当業者が当然に理解することができるものであるから,被告の上記主張は,失当である。
b被告は,「フルオロカーボンポリマーであるポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂中に非フルオロカーボンポリマーであるポリアミドイミド等を添加すると基材との密着性(接着性)が高まることは,周知である。」,「非フルオロカーボンポリマーの添加によって被膜表面の非粘着性が損なわれないことは,後記乙1公報,乙2公報及び乙4公報にも記載があるとおり,既によく知られていた事項である」,「薬剤付着の防止の効果は,引用例1において既に確認されている効果であ(る)」などと主張するが,これらの主張が誤りであることは,上記アのとおりである。
c被告は,「ポリマーブレンドコーティングにおいて薬剤付着の防止の効果を期待することができることは,当業者が容易に予測し得たことである。」と主張するが,当業者は,ポリマーブレンドコーティングにおいては,その高い表面エネルギーのため,薬剤が付着するものと予測するのであるから,そのような予測に反する本願発明の作用効果は,当業者の予測を超えた驚くべきものであり,被告の上記主張は,失当である。
d(a)被告は,明細書の記載に基づくものではないとして,甲12書面に記載された試験結果により確認された作用効果を本願発明が奏する作用効果として参酌すべきでない旨主張するが,本願発明が奏する作用効果が明細書の記載に裏付けられたものであることは,上記aのとおりである。
(b)また,被告は,「甲12書面に記載された比較試験結果は,薬剤付着の問題が,フッ素樹脂コーティングによって十分解決することができ,フッ素樹脂コーティングの被覆品質や剥離強度が,実用上さほど問題とならないことを示すものである。」旨主張する。
しかしながら,そもそも純粋なフルオロカーボンコーティングの薬剤非付着性が十分であることは,引用例1等から明らかなとおり,当業者に周知の事項であったところ,本願発明は,ポリマーブレンドを使用することにより,フルオロカーボン噴射剤の存在下において,純粋のフルオロカーボンコーティングと同程度の薬剤非付着性を保持しつつ,基材への接着性を高めるとの課題を解決したものである。
さらに,フッ素樹脂コーティングの剥離強度に問題があることは,甲12書面に記載されたコーティング付着性試験の結果等から明らかである。なお,同書面に記載された薬剤付着性試験の結果は,薬剤組成物と接触した状態で長期間保存した後の状態を示すものではないから,当該試験結果により,フッ素樹脂コーティングの剥離強度に問題がないと結論付けることはできない。
(c)以上からすると,甲12書面に係る被告の主張は,いずれも失当である。
e(a)被告は,明細書の記載に基づくものではないとして,原告が甲15レポートに記載された試験結果により立証しようとする本願発明の作用効果を参酌すべきでない旨主張するが,本願発明が奏する作用効果が明細書の記載に裏付けられたものであることは,上記aのとおりである。
(b)また,被告は,「甲15レポートに記載された試験結果は,薬剤付着の問題が,フッ素樹脂コーティングによって十分解決することができ,フッ素樹脂コーティングの被覆品質や剥離強度が,実用上さほど問題とならないことを示すものである」旨主張するが,当該主張は,上記d(b)と同様,理由がない。
(c)なお,被告が援用する甲15レポートに記載された「試験結果」とは,?@コーティング接着試験(訳文2頁下から6行〜3頁7行及び表2),?AWACO伝導性試験(訳文2頁8〜21行及び表1),?B「使用用量(DTU)」試験(訳文3頁下から23行〜4頁10行及び表3)であると解されるところ,上記各試験結果は,いずれも,薬剤組成物と被膜との長期間にわたる接触後に生ずる密着性(接着性)に関するものではない。
(d)以上からすると,甲15レポートに係る被告の主張は,いずれも失当である。
キ相違点2に係る本願発明の構成の「設計的事項」性について「設計的事項」とは,引用文献による示唆や動機付けがなくても技術の具体的適用に伴い,当然考慮せざるを得ない事項をいうところ,ポリマーブレンドによって,計量投与用吸入器の容器への長期間(計量投与用吸入器の寿命期間)の密着が達成され,同時に,投与量の均一性を達成するために要求される程度にサルメテロールの付着が防止されることは,当業者が予測することができなかったのであるから,ポリマーブレンドをコーティング材料として使用することが,当然考慮せざるを得ない事項に当たるとは到底いえない。加えて,上記カのとおりの本願発明が奏する作用効果の格別の技術的意義にも照らせば,相違点2に係る本願発明の構成が「設計的事項」であるということはできない。
2被告の反論の要点(1)取消事由1(手続違背)に対しア本件拒絶理由通知書には,「フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすることは周知例1にも記載の事項にすぎない」旨の指摘があり,また,本件拒絶査定の「備考」には,「周知例1に記載された発明は,引用例1に記載された発明と,フッ素樹脂による被覆物全般を技術分野としている点で互いに関連する技術分野に属するものであり,表面への内容物の付着を抑止するという点で共通の機能をもつものであり,またこの発明が,広く知られたフルオロカーボンポリマー被覆の剥離しやすさという課題を解決するものである」旨の指摘があるところ,本件拒絶査定において指摘された,表面への内容物の付着を抑止するためのフッ素樹脂による被覆物全般において,フルオロカーボンポリマー被覆の剥離しやすさを解決するために,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とするという周知例1の記載事項は,それ自体,周知の事項でもあったことから,審決は,「一般に,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆することは,例えば,周知例1,周知例2等にも示されるように従来周知である」と説示し,周知例1に,参考までに周知例たる他の文献(周知例2)を付加して,既に指摘した事項が周知であることを示したにすぎない。
したがって,審決は,本件拒絶査定における引用文献とは異なる引用文献を根拠とするものはなく,また,相違点2について,本件拒絶査定における理由とは異なる理由で判断したものではないから,審決と本件拒絶査定とがその理由付けを異にするとの原告の主張は理由がない。
イまた,本件拒絶理由通知書において引用された周知例1の開示内容に照らせば,当業者は,本件技術が周知であるとともに,ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂(フルオロカーボンポリマー)中にポリアミドイミド等の非フルオロカーボンポリマーを添加すれば,基材との密着性(接着性)が高まることも周知であることを併せて認識するものといえる。
そして,取消事由2に対する後記反論において詳論するとおり,引用例1の記載及び周知例1に開示された周知技術に基づいて,ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂(フルオロカーボンポリマー)中にポリアミドイミド等の非フルオロカーボンポリマーを添加して基材との密着性(接着性)を高めることは,当業者が容易になし得るものであるとともに,当業者が必要に応じてなし得た設計的事項であるともいい得るものである。
したがって,審決が,本件拒絶査定に記載されていない「周知技術」及び「設計的事項」との概念を用いたことが違法であるとの原告の主張は,理由がない。
ウさらに,原告は,審決において新たに例示された周知例2に対する反論の機会を奪われたことが違法である旨主張するが,そもそも周知技術とは,取り立ててその例を示すまでもなく当業者が当然に認識しているべき技術をいうものであるから,特許庁審判合議体が,原告に対し,審決前に,周知例1以外にその例を通知しなかったからといって,そのことが違法であるということはできない。
(2)取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対しア「周知技術」の認定について(ア)原告は,「わずか2つの公報の存在をもって,本件技術が『周知技術』であると認定することができないことは明らかである。」旨主張する。
しかしながら,ある技術が周知であるか否かは,単にその技術を記載した刊行物の数のみによって決まるものではなく,当該事項の属する技術分野,当該刊行物の性質,頒布時期等も考慮されるべきであるところ,本件においては,周知例1及び2は,いずれも,本願発明と同じく,フルオロカーボンポリマーによる被覆に関する技術分野に属するものであるし,本件優先日から5年以上も前に頒布された文献であるから,周知例1及び2により本件技術が周知技術であると認定することに何ら問題はない。
さらに,周知例1及び2に加え,特公昭47-36867号公報(乙1。以下「乙1公報」という。),特公昭48-33021号公報(乙2。以下「乙2公報」という。),特開昭50-40700号公報(乙3。以下「乙3公報」という。),特開昭50-83453号公報(乙4。以下「乙4公報」という。)及び特公昭43-10363号公報(乙5。以下「乙5公報」という。)といった本件優先日から20年以上も前に頒布された文献によっても,ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂(フルオロカーボンポリマー)中に,ポリアミドイミド等の非フルオロカーボンポリマーを添加すれば,その特性を格別損なうことなく基材との密着性(接着性)が高まることが,当業者に周知であったことが認められるところであるから,本件優先日当時,本件技術が当業者に周知の技術であったことは明らかである。
以上のとおり,原告の上記主張は理由がない。
(イ)また,原告は,審査手続及び審判請求手続の段階で引用されていなかった周知例2を,本件技術の周知技術性の認定に供することは許されない旨主張するが,上記(1)アのとおり,審決は,周知例1に,参考までに周知例2を付加して,既に指摘した事項が周知であることを示したにすぎないのであるから,原告の上記主張は失当である。
イ引用発明1に周知例1記載の技術を適用することの困難性について(ア)解決課題(技術分野)の相違について原告は,「周知例1に記載された技術は,サルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明が解決すべき『容器内壁面に密着し続けること』を課題とするものではないし,周知例1には,基材への密着性についての言及が一切ない。また,周知例1に記載された技術は,主として『短時間』の『高温下』での『機械的摩耗』が問題となる厨房器を念頭に置いたものである。」旨主張する。
しかしながら,周知例1には,一般的なフッ素樹脂被覆物を対象として,フルオロカーボンポリマーであるフッ素樹脂に,非フルオロカーボンポリマーであるポリアミドイミド樹脂等を組み合わせて被覆材とすることとともに,被膜の基材等に対する密着性(接着性)を向上させる目的でかかる被覆材を用いることが記載されているのであるし,容器表面等に被膜を適用した場合,長期間にわたって被膜が内容物に接触することは,計量投与用吸入器に限らず普通に生じることであるから(周知例2参照),原告の上記主張は理由がない。
(イ)動機付けの不存在についてa原告は,周知例1に記載された技術を引用発明1に適用する動機付けがないことの前提として,周知例1に記載された技術が「非フルオロカーボンポリマー及びマイカを含有する組成物により被覆された金属基材を含むフッ素樹脂被覆物に関するものである」と主張する。
bしかしながら,審決が適用した周知例1記載の技術事項は,本件技術であり,本件技術が周知例1に記載されていることは明らかであるから,原告の上記主張は失当であり,したがって,周知例1に記載された技術を引用発明1に適用する動機付けがない旨の原告の主張は,その前提を欠くものである。
(ウ)「層化」の不発生についてa原告は,「本願発明のポリマーブレンドにおいては『層化』が生じているのに対し,周知例1においては『層化』は生じていない。」旨主張する。
bしかしながら,本願発明は,「層化」をその構成としておらず,本願明細書にも,「層化」の概念,これが生じるための条件等につき何ら言及がないのであるから,そのような概念を根拠に本願発明と周知例1に記載された事項との相違を論じるのは失当である。
また,原告主張の「層化」が,コーティングの「外側表面においては良好な非付着性を有し,内側表面においてはMDI缶の壁に対する良好な接着性を有する」ことをいうのであれば,フルオロカーボンポリマー中に非フルオロカーボンポリマーを添加することによりこのような「層化」が生じることは,乙1公報及び乙3公報により,周知であったといえる。
さらに,周知例1の記載をみても,ポリアミドイミドがフッ素樹脂と原告主張の「層化」を生じ,被膜の密着性が向上していることが明らかである。
なお,バツァール供述書には,「層化」がうまくいくための条件があり,被膜が極めて薄い場合は「層化」が難しいと考えられる旨の記載があるところ,本願発明は,「層化」が生じるための被覆の厚さその他の条件を構成要件とはしていないのであるから,同供述書は,本願発明において,原告主張の「層化」が生じることの根拠となるものではない。
以上のとおりであるから,「層化」の発生の有無により,本願発明と周知例1に記載された技術との相違をいう原告の主張は,理由がない。
ウ引用発明1に周知例2記載の技術を適用することの困難性について(ア)解決課題(技術分野)の相違についてa原告は,「周知例2に記載された技術とサルメテロールが供給されたエーロゾル容器の発明とは,その課題を異にするものである。」と主張する。
bしかしながら,両者は,「フルオロカーボンポリマーを主成分とする塗膜で被覆された容器」に関するものであり,しかも,両者は,内容物をエアゾールとして投与するものであるから,原告の上記主張は失当である。
(イ)ポリマーブレンドによるコーティングの示唆の不存在等についてa原告は,周知例2には,フルオロカーボンポリマーであるポリビニリデンフルオライドと非フルオロカーボンポリマーであるバインダー樹脂とを組み合わせた場合の効果を実証する記載はなく,周知例2は,ポリマーブレンドによるコーティングが薬物付着の防止に有効であることを示唆するものではない旨主張する。
bしかしながら,ポリビニリデンフルオライドとバインダー樹脂とを組み合わせた場合の効果は,周知技術に基づいて当業者が予想することができる程度のものであるし,当該周知技術を引用発明1に適用することを阻害する事由はない。
なお,本願明細書においても,本願発明のポリマーブレンドの効果を実証する記載は存在しない。
したがって,原告の上記主張は,理由がない。
エシャウ供述書についてシャウ供述書には,ポリマーブレンドコーティングには基材への接着性について懸念がある旨の記載があるが,前記ア(ア)及びイ(ウ)のとおり,ポリマーブレンドコーティングが,基材との密着性(接着性)に優れ,フッ素樹脂の主成分により不活性で滑らかな表面を与えること(すなわち,原告主張の「層化」が生じること)は,周知の事項であるから,シャウ供述書に記載された上記懸念は,当業者の技術常識とは相容れないものであり,シャウ教授の個人的な見解を表明したものにすぎないし,引用発明1にポリマーブレンドコーティングを適用することの妨げとなるものではない。
オバツァール供述書について(ア)原告は,バツァール供述書に,「引用発明1に気が付いたポリマーの専門家にとって,ポリマーブレンドを使用することにより,薬剤,フルオロカーボン噴射剤等を含有する計量投与用吸入器の缶内における薬剤付着の問題を首尾よく解決することができるとの結果は,合理的には予測できないものであった」旨の記載があると主張する。
(イ)aしかしながら,上記エのとおり,ポリマーブレンドコーティングが,基材との密着性(接着性)に優れ,フッ素樹脂の主成分により不活性で滑らかな表面を与えること(すなわち,原告主張の「層化」が生じること)は,周知の事項であるから,バツァール供述書の上記記載は,当業者の技術常識とは相容れないものであり,バツァール博士の個人的な見解を表明したものにすぎないし,引用発明1にポリマーブレンドコーティングを適用することの妨げとなるものではない。
bまた,バツァール供述書の記載は,単に,ポリマーブレンドを使用してうまくいくか否かは,実際に試験をしてみなくては分からないとの趣旨をいうにとどまるものであり,MDI缶にポリマーブレンドコーティングを適用しようとすることに阻害要因があるとまでいうものではないし,当業者が引用発明1にポリマーブレンドを適用することに想到することを妨げるような事情もない。
cさらに,バツァール供述書には,「フルオロポリマーブレンドコーティングが,薬剤付着問題を首尾よく解決したかどうかを,試験や評価を行わずに合理的に予測することはできない・・・と考える。」との記載があるが,これは,本願明細書に,当該試験を実施し,その結果についてなされた評価が記載されていることを前提とするものであるところ,本願明細書には,そのような試験や評価についての記載は一切ないのであるから,バツァール供述書の上記記載内容は,その前提を欠くものとして失当である。
カ本願発明が奏する作用効果について(ア)原告は,本願発明が,コーティング基材への優れた密着性を実現しつつ,サルメテロールの容器内壁面への付着の程度についても,フルオロカーボンポリマーによるコーティングを採用した場合と同等の程度を実現するという,当業者が予期し得なかった作用効果を奏する旨主張する。
(イ)aしかしながら,本願明細書においては,フルオロカーボンポリマーコーティングの基材への密着性の問題について何ら記載がないばかりか,試験による問題の有無の確認も,裏付けとなるポリマーブレンドコーティングの性能の確認もされていないから,原告の上記主張は,明細書の記載に基づくものではなく,当該主張に係る作用効果を本願発明が奏するものとして参酌することはできない。
bまた,フルオロカーボンポリマーであるポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂中に非フルオロカーボンポリマーであるポリアミドイミド等を添加すると基材との密着性(接着性)が高まることは,周知である。
したがって,そのような添加を行えば,基材との密着性(接着性)が高まり,ひいては,吸入器内壁におけるコーティング層の剥落の問題が起こりにくくなることは,当業者が当然に予想し得ることであるから,コーティング基材への付着性が向上することをもって,本願発明が格別顕著な効果を奏するとはいえない。
cさらに,ポリマーブレンドコーティングにおいては,非フルオロカーボンポリマーは,基材との境界面に偏在して被膜の密着性を高めるとともに,被膜表面側にはフルオロカーボンポリマーが偏在すること(すなわち,原告主張の「層化」が生じること)により,非フルオロカーボンポリマーの添加によっても被膜表面の非粘着性が損なわれないことは,乙1公報ないし乙4公報にも記載があるとおり,既によく知られていた事項であるから,ポリマーブレンドコーティングにおいて薬剤付着の防止の効果を期待することができることは,当業者が容易に予測し得たことである。
加えて,引用例1には,容器(MDI缶)の内壁をフルオロカーボンポリマーであるポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂で被覆すること,そのような被覆により,「容器1の内壁上に薬学的に活性な物質の大きな付着を防げる」ことが記載されているのであるから,薬剤付着の防止の効果は,引用例1において既に確認されている効果であり,そのような効果をもって,本願発明が格別顕著な効果を奏するとはいえない。
d(a)原告は,「本願発明が奏する作用効果は,甲12書面に記載された試験結果からも明らかである」旨主張するが,原告主張に係る本願発明の作用効果が明細書の記載に基づくものではなく,参酌されるべきでないことは,上記aのとおりである。
(b)また,甲12書面に記載された比較試験結果は,薬剤付着の問題が,フッ素樹脂コーティングによって十分解決することができ,フッ素樹脂コーティングの被覆品質や剥離強度が,実用上さほど問題とならないことを示すもの,すなわち,原告主張の作用効果が格別顕著なものでないことを示すものである。
加えて,ブレンドコーティング被膜において,基材と被膜との密着性(接着性)が高まるとともに,被膜表面の非粘着性がフッ素樹脂コーティングのそれに格別劣らないことは,従来周知の結果を示すものにすぎない。
そうすると,甲12書面に記載された試験結果を仮に参酌したとしても,その内容は,周知技術から当業者が予測し得た程度の事項を示すものにすぎず,これを根拠にする原告の上記主張は,失当である。
e(a)原告は,甲15レポートに記載された試験結果が,本願発明における2つの課題が解決されたことを示すものであるとして,同レポートに記載された試験結果が本願発明の作用効果の根拠となる旨主張するが,原告主張に係る本願発明の作用効果が明細書の記載に基づくものではなく,参酌されるべきでないことは,上記aのとおりである。
(b)また,甲15レポートに記載された試験結果は,薬剤付着の問題が,フッ素樹脂コーティングによって十分解決することができ,フッ素樹脂コーティングの被覆品質や剥離強度が,実用上さほど問題とならないことを示すもの,すなわち,原告主張の作用効果が格別顕著なものでないことを示すものである。
さらに,ブレンドコーティング被膜表面の非粘着性がフッ素樹脂コーティングのそれに格別劣らないことは,従来周知の結果を示すものにすぎない。
加えて,甲15レポートに記載された試験結果は,フルオロカーボンポリマーとしてポリテトラフルオロエチレンを,非フルオロカーボンポリマーとしてポリエーテルスルフォンを用いた場合の作用効果,すなわち,本願発明の一態様の効果を示すものにすぎず,本願発明の全範囲について当業者の予測を超える顕著な作用効果があるものと認めるに足りるものではない。
(c)そうすると,甲15レポートに記載された試験結果を仮に参酌したとしても,その内容は,周知技術から当業者が予測し得た程度の事項を示すものにすぎず,これを根拠にする原告の上記主張は,失当である。
f以上のとおり,基材との密着性(接着性)が高まるとの効果及び薬剤の付着を防止するとの効果をもって,本願発明が格別顕著な効果を奏するものとはいえないというべきである。
キ相違点2に係る本願発明の構成の「設計的事項」性について原告は,相違点2に係る本願発明の構成が設計的事項であるということはできないと主張するが,前記(1)イのとおり,引用例1の記載及び周知例1に開示された周知技術に基づいて,ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂(フルオロカーボンポリマー)中にポリアミドイミド等の非フルオロカーボンポリマーを添加して基材との密着性(接着性)を高めることは,当業者が容易になし得るものであるとともに,当業者が必要に応じてなし得た設計的事項であるともいい得るものであるから,原告の上記主張は理由がない。
第4当裁判所の判断原告は,前記第3の1のとおり,取消事由1(手続違背)及び同2(相違点2についての判断の誤り)において,いずれも,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術の周知技術性を争っている。そこで,判断の便宜上,まず,取消事由2から検討することとする。
1取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について(1)「周知技術」の認定についてア各刊行物の記載内容(ア)周知例1(特開平2-89633号公報。発明の名称:「フッ素樹脂被覆物」。平成2年3月29日公開)には,次の各記載がある。
a「『産業上の利用分野』本発明は,例えば厨房器用等飛躍的に耐摩耗性をあげたフッ素樹脂被覆物に関するものである。」(1頁左欄17〜19行)b「『従来の技術』フッ素樹脂は,秀れた非粘着性,耐薬品性を有しているため厨房器用(フライパン,鍋,ホットプレート,ジャー炊飯器用内釜等)食品工業,電気工業,機械工業等に広い用途を有している。」(1頁左欄20行〜右欄4行)c「『発明が解決しようとする課題』・・・フッ素樹脂被覆物はそのままでは金属等に対する耐摩耗性が小さいためフライパン,ホットプレート,鍋等耐摩耗性が必要な用途に対しては問題があり,この改善のためいくつかの方法が行なわれている。」(1頁右欄14〜19行)d「『課題を解決するための手段』即ち本発明は,フッ素樹脂中にポリアミドイミド樹脂(PAI),ポリイミド樹脂(PI),ポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS)またはポリエーテルサルホン樹脂(PES),あるいはこれらの混合物及びマイカをフッ素樹脂に対し各々0.5重量%以上含有する組成物を金属基材上に被覆したことを特徴とするフッ素樹脂被覆物である。」(2頁左上欄12〜19行)e「本発明の特徴は,フッ素樹脂中にポリアミドイミド樹脂,ポリイミド樹脂,ポリフェニレンサルファイド樹脂またはポリエーテルサルホン樹脂,あるいはこれらの混合物とマイカを分散させたことである。
このポリアミドイミド樹脂,ポリイミド樹脂,ポリフェニレンサルファイド樹脂またはポリエーテルサルホン樹脂,あるいはこれらの混合物とマイカの相乗効果により,フッ素樹脂中にマイカのみを分散させた場合やフッ素樹脂中にポリアミドイミド樹脂,ポリイミド樹脂,ポリフェニレンサルファイド樹脂またはポリエーテルサルホン樹脂,あるいはこれらの混合物だけを分散させた場合よりも高温耐摩耗性が飛躍的に向上することがわかった。」(2頁右上欄10行〜左下欄4行)f「・・・非粘着性を要求される用途についてはこれらの被覆層の上に更に第2層として実質的に充填剤を含まないフッ素樹脂層を設けても良い。
本発明で,使用されるフッ素樹脂としては,例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)・・・などである。」(2頁左下欄14行〜右下欄5行)g「PTFEにPAIだけを分散させたもの(比較例1-1),PTFEにマイカだけを分散させたもの(比較例1-2)はPTFEにPAIとマイカを分散させたものよりも高温耐摩耗性に劣ることが明らかになった。
これはマイカとPTFEがPAIを介してより強固に密着しているのが原因と推定される。」(3頁左下欄13〜19行)h「第3表,第4表の結果からマイカとポリイミド樹脂,ポリフェニレンサルファイド樹脂またはポリエーテルサルホン樹脂あるいはこれらの混合物の両方が含まれているものが高温耐摩耗性に優れていることがわかった。」(5頁左上欄1〜5行)(イ)周知例2(特開平2-26661号公報。発明の名称:「エアゾール缶」。
平成2年1月29日公開)には,次の各記載がある。
a「[産業上の利用分野]本発明は,従来エアゾール製品にすることが困難であったエアゾール組成物を充填することのできるエアゾール缶に関する。」(1頁左欄末行〜右欄3行)b「[従来の技術および課題]エアゾール製品に用いるエアゾール缶は,多種の薬品が充填されるため金属缶に耐薬品性を与えるべくその内面に樹脂被覆が施されている。そうした被覆剤としては密着性,防食性,加工性の点からエポキシ樹脂が用いられているが,エポキシ樹脂被覆では防食性に問題があり,そのため医薬品,医薬部外品,整髪剤などをエアゾール組成物としようとするとき処方上の制約が多く,したがって従来は有効性を下げたエアゾール製品しか製造できなかった。
また,腐蝕性の強い酸や酸を発生しうる化合物と酸化剤を含む極性媒体混合物に耐えうるエアゾール缶はなく,そうした組成物をエアゾール化することは困難であった。」(1頁右欄4〜18行)c「[課題を解決するための手段]かかる課題を解決した本発明は,エアゾール缶の内面被覆としてポリビニリデンフルオライド(以下,PVdFという)を主成分とする塗膜を採用することを要旨とするものである。」(1頁右欄19行〜2頁左上欄3行)d「[作用および実施例]本発明におけるPVdFを主成分とする塗膜(以下,PVdF塗膜という)を形成するための塗膜形成組成物は,PVdF100部(重量部,以下同様)に対してバインダー樹脂を1〜100部,・・・溶剤に溶解または分散させたものが好ましい。」(2頁左上欄4〜11行)e「バインダー樹脂はPVdF塗膜の密着性を向上させるために配合するものであり,PVdF100部に対して1〜100部,好ましくは5〜70部であり,少なすぎると密着性が向上せず,多すぎるとPVdFの耐薬品性などの特性が損なわれる。バインダー樹脂の具体例としては,たとえばエポキシ樹脂,・・・アミドイミド樹脂,・・・ポリエーテルスルホン,・・・などがあげられ・・・。」(2頁右上欄17行〜左下欄15行)f「本発明のエアゾール缶は,従来のエアゾール組成物はもとよりエアゾール組成物に調製しにくかった酸および/または酸を発生しうる化合物と酸化剤を含む極性媒体混合液に対して特に耐性を示す。」(3頁右上欄3〜7行)g「本発明はこれらの酸および/または酸を発生しうる化合物と少なくとも1種の酸化剤を極性媒体に溶解または分散させた極性媒体混合物を原液とし,これを噴射剤と共に前記PVdF塗膜を内面に有するエアゾール缶に充填したエアゾール製品にも関する。」(3頁右下欄9〜14行)h「実施例1・・・エアゾール缶の内面に第1表に示す表面コート処理を施し,つぎに示す処方の消炎鎮痛剤を充填し,第1表に示す内面コート処理が施されたアルミニウム製のバルブを装着してエアゾール製品を作製した。」(4頁左上欄17行〜右上欄3行)(ウ)乙1公報(特公昭47-36867号公報。発明の名称:「フルオロカーボン樹脂オルガノゾル」。昭和47年9月16日公告)には,次の各記載がある。
a「本発明は有機液体中のポリテトラフルオロエチレンの安定で実質的に無水の分散液,これらの分散液の製法,これらの分散液と他のフイルム形成性材料との混合物およびこれらの分散液のフイルムで被覆された物品に関する。」(1頁1欄下から16〜11行)b「ポリテトラフルオロエチレンの水性分散液は少し前から知られており,これらの重合体で物品を被覆しまた含浸させるのに広範囲に使用されている。」(1頁1欄下から10〜7行)c「本発明の分散液は・・・金属基体に被膜を強固に結合させる。」(1頁2欄7〜11行)d「分散液は工業用および家庭用目的のためつや出しスプレーとして非常に有用である。有機液体が『フレオン』フルオロカーボンであるような分散液は通常のエアロゾルスプレー罐に詰めることができる。」(2頁4欄25〜29行)e「熱安定性材料との混合非常に望ましい性質をもつフイルムがPTFEを溶融するのに必要とされる温度で分解しない他の補助フイルム形成性材料と混合された本発明の分散液を用いることによりまたは加熱すると熱安定性となるこれらの材料の前駆物質と混合することにより製造し得ることもまた見出された。このような材料との混合により,PTFE分散液それ自体での使用によつて達成し得ない程度の接着性,強じんさ,耐久性およびなめらかさをもつフイルムの形成が可能となる。
例えばPTFEおよびポリイミドまたはポリアミドイミドを含む耐久性のある熱安定なフイルムが相応するポリアミド酸またはポリアミド酸アミド(これはPTFE溶融温度でポリイミドまたポリアミド-イミドを形成する)と混合された本発明の分散液を使用することによつて製造され得る。」(3頁5欄32行〜6欄4行)f「熱安定な補助材料を含有する組成物は,・・・都合よく適用され,溶媒される。得られたフイルムの性質は使用された補助成分の性質およびそれらの濃度によつて変化する。
しかしながら,最も意外で予期に反するのは,このフイルムはその厚さ全体を通して組成が均一でないことである。全く逆なことには,基体でのフイルムの相当部分すなわちフイルム界面は主として補助材料からなり,また他の表面は主としてPTFEである。この不均一組成がフイルムに非常に望ましい性質を与える。補助材料は基体-フイルム界面において主成分であるので,基体とフイルムとの間に非常にしつかりした結合を提供することができる。フイルム-空気界面・・・でのPTFEの主成分によりフイルムに不活性でなめらかな表面を与え,そしてまた顕著な離型性を与える。」(4頁7欄12〜28行)g「この不均一現象は,基体に永久的に結合されている耐久性がありなめらかなフイルムを必要としているような物品を製作するのに,これらの組成物を非常に有用なものとする。これらの組成物は例えば電線,金属箔,調理道具,ボイラ,パイプ船底,角氷トレー,雪かきシヨベルおよびすき,工業用容器および迅速なはく離が望ましい型のような物の被覆に特に有用である。」(4頁7欄33〜40行)h「ポリアミド酸アミドを含む本発発(判決注:『本発明』の誤記であると認められる。)の分散液は溶融するとなめらかでかつ基体に良好に接着されている・・・。」(4頁8欄5〜11行)(エ)乙2公報(特公昭48-33021号公報。発明の名称:「フルオロカーボン樹脂オルガノゾルの製法」。昭和48年10月11日公告。なお,乙2公報は,乙1公報に係る特許出願から分割された特許出願に係る特許公報である。)には,乙1公報の上記各記載と同旨(「PTFE」が「テトラフルオロエチレン(TFE)/ヘキサフルオロプロピレン(HFP)共重合体」に置き換えられているのみである。)の各記載があるほか,次の記載がある。
「例8ペブルを半分まで入れたペブルミルに次のものを入れた。
TFE/HEP95/5共重合体・・・ピロメリツト酸ジ無水物およびオキシジアニリンから誘導されるポリアミド酸・・・・・・この充てん物を24時間粉砕し,塗料ストレーナを通して濾過しそれからアイロン底板に吹付けた。・・・。得られたフイルムは底板に対してすぐれた接着性を示し,また不活性でなめらかな仕上りを有していた。」(6頁11欄20〜38行)(オ)乙3公報(特開昭50-40700号公報。発明の名称:「芳香族ポリスルフオンで被覆した物品」。昭和50年4月14日公開)には,次の各記載がある。
a「本発明は・・・増大した分子量を有する芳香族重合体で被覆した物品に関する。
本発明によれば増大した分子量を有する芳香族ポリスルフオンで被覆した物品・・・が与えられる。」(1頁右欄8行〜2頁左上欄6行)b「上記の芳香族ポリスルフオンは・・・成形物品・・・に熱成形できる。この重合体は溶液からキヤステイングしたフイルムにもできる。この重合体の特別な用途は・・・被覆またに(判決注:『または』の誤記であると認められる。)接着剤として用いられることであり,金属およびガラス質基質に対する密着が特に強い。」(3頁左上欄5〜13行)c「被覆のための基質はフイルム(例:金属箔),例えば金属製の線もしくは成形物品(例:電気部品),装飾される物品(例:金属管,料理用具),ガラス質材料製物品(例:ガラス,セラミツク,陶器または磁器),または熱硬化性もしくは高温熱可塑性材料製の物品であつてよい。」(3頁左下欄1〜7行)d「組成物は種々の基質へ被覆として適用できる。基質としては例えばガラス(例:非粘着性オーブンおよび非粘着性オートクレーブライニング用);セラミツク;複合表面(例:金属);金属(例:鋳鉄,軟鋼,ステンレス鋼のような鉄系金属,アルミニウムおよびアルミニウム合金);ならびに補強被覆(例えばスプレー塗装セラミツクおよび/または金属粉末被覆)を有する金属のごとき複合表面がある。
組成物は料理用具(例えばフライパン,ソースパンおよびパン焼器)を被覆用にまたはオーブンのライニング用に特に適している。・・・。
組成物はその他多くの物品上に密着した非粘着性低摩擦係数の被覆を形成するのにも使用できる。このような物品の例としては,金型,ローラー,攪拌機,ミキサー,シユート,ホツパーおよびヒートシール用のジヨウ等の工業用処理設備,ならびにアイロン底板,食品ミキサーおよび製氷用隔板のような家庭用品の他に,鋸刃のような道具および電気関係の応用例えば電線絶縁等がある。」(5頁左下欄10行〜6頁左上欄2行)e「例4例2のポリスルフオンのサンプル・・・を・・・『トリトン』X100を・・・含む水・・・とミリングした。この分散液の一部分・・・を・・・PTFE・・・と混合した。・・・。
得られた被覆は褐色で金属に良く密着していた。ポリスルフオンを含まない類似の被覆は劣密着を示した。」(8頁右上欄10行〜左下欄12行)f「例5例4のPTFE/ポリスルフオン分散液の一部分・・・を・・・PTFE・・・と混合した。
・・・。
・・・被覆はほとんど連続的であり,金属に良く密着していた。ポリスルフオンを含まない類似の被覆は劣密着性であつた。」(8頁左下欄13行〜右下欄13行)(カ)乙4公報(特開昭50-83453号公報。発明の名称:「樹脂組成物」。
昭和50年7月5日公開。なお,乙4公報は,乙3公報に係る特許出願人と同一の者が同公報に係る特許出願日と同一の日にした特許出願に係る公開特許公報である。)には,次の各記載がある。
a「本発明は・・・熱可塑性芳香族ポリスルフオンとフルオロカーボン重合体とからなり,被覆として使用するのに適切な組成物に関する。
本発明によれば,(イ)少なくとも1種の熱可塑性芳香族ポリスルフオン・・・と(ロ)少なくとも1種のフルオロカーボン重合体・・・とからなる組成物が提供される。」(1頁左欄13行〜右欄5行)b「“フルオロカーボン重合体”とは,ポリテトラフルオロエチレン(以下PTFEと略記することがある)および・・・他の単量体・・・を含むテトラフルオロエチレン共重合体を包含している。」(2頁右下欄1〜6行)c「本発明の組成物は,例えば基質への良好な接着とともに耐高環境温度性・・・のような優れた性能が必要とされる低摩擦係数被膜への応用に使用できる。」(4頁右上欄5〜8行)d「本発明の組成物は広範囲の基質に対して被覆として適用できる。基質としては,例えばガラス(例:非粘着性オーブン用および非粘着性オートクレーブライニング用);セラミツク;金属のごとき複合表面;金属,例えば鋳鉄,軟鋼,ステンレス鋼のごとき鉄系金属,アルミニウムおよびアルミニウム合金;補強被覆(例えばスプレー塗布セラミツクおよび/または金属粉末被覆)を有する金属のごとき複合表面などがある。
本発明の組成物は例えばフライパン,ソースパンおよびパン焼器のような料理用具の被覆用にまたはオーブンのライニング用に特に適切である。・・・。
本発明による組成物はその他多くの物品上に密着した,非粘着性,低摩擦係数の被覆を形成するのにも使用できる。このような物品として例えば金型,ローラー,攪拌機,ミキサー,シユート,ホツパーおよびヒート・シール用ジヨウ等の工業用処理設備,ならびにアイロン底板,食品ミキサーおよび製氷用隔板のような家庭用品の他に,鋸刃のような道具および電気関係の応用例えば電線絶縁等がある。」(4頁右上欄15行〜右下欄8行)e「例2例1で使用のポリスルフオンのサンプル・・・を・・・『トリトン』DN65・・・を含有する水・・・とともにミリングした。得られた分散液を・・・沈降させた。沈降後,上澄液・・・を取除いた。残つた分散液を・・・PTFE・・・と混合した。・・・。
得られた被覆は褐色で金属に良く密着していた。ポリスルフオンを含まない類似の被覆は密着性が劣つていた。」(5頁右下欄4行〜6頁左上欄8行)(キ)乙5公報(特公昭43-10363号公報。発明の名称:「重合体の分散体」。昭和43年4月30日公告)には,次の各記載がある。
a「本発明は,改良されたふつ化重合体による種々の基質の被覆に有用な組成物に関し,そして特に改良された性質を有する新規なポリふつ化ビニリデン分散体に関する。
ポリふつ化ビニリデンの分散体は既知のものであり,そしてこれは流し込み成形フイルムや種々の方法で適用されることができる保護被覆の形成に有用である。しかしながら,ポリふつ化ビニリデンの性質のため,ほとんどの基質に対するその接着性が幾分悪い。」(1頁左欄下から17〜8行)b「本発明は,分散した形でポリふつ化ビニリデンを含む新規な組成物を提供しそしてこの組成物はすぐれた接着特性を有しており,・・・。」(1頁左欄下から2行〜右欄4行)c「要するに,本発明の新規な組成物は,ポリふつ化ビニリデン組成物に対する潜伏性溶剤中に溶解したアクリレート重合体の溶液中のポリふつ化ビニリデン-含有重合体の分散体であることが・・・理解されるであろう。いつたんこのような分散体を基質上に被覆しそして焼付けて,この組成物の溶剤を除去すると,得られたフイルムは,アクリレート重合体とポリふつ化ビニリデン組成物との真の溶体であるように思われる。そのような溶体は『アロイ』と呼称することができ・・・る。」(1頁右欄下から12行〜2頁左欄1行)d「本発明の組成物中に分散されるポリふつ化ビニリデン樹脂は,・・・好ましくはふつ化ビニリデンのホモ重合体である。有用な重合体は,少割合の構成成分が,例えばテトラフルオロエチレン,ヘキサフルオロプロペン,・・・のようなふつ素化された共単量体であるものを包含するであろう。」(2頁左欄10〜19行)e「本発明の組成物中で使用されるアクリレートは,構造式・・・を有する単量体から得られたものである。・・・。本発明で使用するのに好ましいアクリレートは,ポリメチルメタクリレートである。有用な共重合体は,・・・共単量体を含んでいるものであり,そして上記構造式を有するもの以外のこれらの共単量体は,アクリル酸,・・・によつて例示される。好ましいアクリレート共重合体組成物は,メチルメタクリレートとプチルメタクリレートの共重合体である。
上記アクリル系重合体はよく知られたアクリル系熱可塑性樹脂であるが,本発明はまた,最近開発されたアクリル系硬化性樹脂の使用をも包含する。・・・。これらのアクリル類は,またエポキシ・・・組成物および類似物のような他の熱硬化性樹脂を包含してもよく,そしてこれらの変性アクリル類もまた本発明において有用である。これらの重合体は,基質に対する改良された接着性・・・に貢献する。これらはポリふつ化ビニリデンのように耐薬品性でかつ耐熱および耐候性ではないが,これらは驚いたことにこれらのアロイ中のふつ化ビニリデンの性能を著しく損じない。」(2頁左欄25行〜右欄25行)f「本発明の組成物において,アクリレート重合体およびポリふつ化ビニリデン重合体の濃度は,本発明の組成物による有益な込果を得るために重要である。」(3頁左欄39〜42行)g「アクリレート自身は,高い耐薬品性またはふつ化炭素重合体中に通常存する他の性質によつて特徴づけられず,そしてそれゆえに本発明の組成物から得られるフイルムおよび被覆物の物理的性質,例えば耐薬品性,衝撃抵抗,粘り強さ,%伸び,電気的性質および類似の性質がすべてポリふつ化ビニリデンのホモ重合体に固有のこれらの性質に似ているという事は驚くべきことである。他の方法で表現すると,アクリレートの存在はふつ化炭素重合体を顕著に劣化することがなく,事実フイルムの透明性,改良された接着性・・・を与えることによつて前記重合体の品質をよくする。」(3頁右欄4〜16行)h「この組成物は使用に便利であり,そして金属,木,ガラス,プラスチツクおよび他の基質に,・・・よく知られたすべての方法によつて適用することができる。」(4頁左欄3〜7行)i「得られたフイルムや被覆物は・・・耐薬品性,耐候性であり,・・・そして基質に対し付着性である。」(4頁左欄15〜18行)j「実施例1下記の混合物が16時間・・・ボールミル処理される。
・・・・・・ポリふつ化ビニリデン粉末・・・・・・主としてメチルメタクリレートであるアクリル重合体・・・・・・・・・この組成物からフイルムを製造する。遊離のフイルムおよびアルミニウム表面上のフイルムについて物理的試験が行われ,・・・ポリアクリレートを含まない分散体から同様の方法で作られたフイルムおよび被覆と比較する。下記の表は比較した物理的性質を示す。
・・・第1表ポリふつ化ビニリデン-ポリアクリレートフイルムポリふつ化ビニリデンフイルム・・・接着力試験0/16 16/16注)注)各16枚のアルミニウム表面のフイルムに・・・正方形の切り傷を入れ,正方形を引きはがすのにスコツチテープを使用し,各16枚の試験のうちひきはがされた数を記録する。」(4頁左欄30行〜5頁第1表脚注末行)k「実施例3下記の混合物が,16時間・・・ボールミル処理される。
・・・・・・ポリふつ化ビニリデン粉末・・・・・・ポリ-n-ブチルメタクリレート重合体・・・・・・・・・被覆として使用するときに,強く付着した摩耗抵抗性の被覆が得られる。」(6頁右欄16〜31行)l「実施例6添加される唯一の分散液としてジメチルフタレートを使用して,実施例1がくり返される。
・・・・・・アルミニウム板上に・・・噴霧された被覆は,・・・透明で粘り強くそしてしつかりと付着して硬化する。」(6頁右欄末行〜7頁左欄26行)m「実施例8下記の混合物が16時間・・・ボールミル処理される。
・・・・・・ポリふつ化ビニリデン粉末・・・・・・ポリエチルメタクリレート・・・・・・・・・被覆として使用されるときに強く付着した摩耗抵抗性の被覆が得られる。」(7頁右欄13〜27行)イ周知例2及び乙1公報ないし乙5公報に係る上記ア(イ)ないし(キ)の各記載によれば,基材への接着性の向上等を目的として本件技術を採用することが,本件優先日当時の当業者にとって従来から周知の事項であったことは,優にこれを認めることができる(以下,当該認定を「本件認定」という。)。したがって,これと同旨の審決の認定に誤りはないというべきである。
ウ原告の主張について(ア)原告は,「わずか2つの公報の存在をもって『周知技術』を認定することはできない」,「相互に関連した出願に係る公報を多数引用しても『周知技術』を認定することはできない」などと主張する。
しかしながら,刊行物により周知技術を認定する場合においては,認定に供する刊行物の数のみならず,当該刊行物の種類や当該刊行物の頒布の日からの経過年数,当該刊行物に記載された技術に係る技術分野等を総合考慮してこれを行うことが必要であると解すべきである。しかるところ,上記のとおり,基材への接着性の向上等を目的として本件技術を採用することの周知性は,少なくとも周知例2及び乙1公報ないし乙5公報の6つの刊行物から認定し得るものであり(乙1公報及び乙2公報に係る各出願並びに乙3公報及び乙4公報に係る各出願には,上記のとおり,それぞれ関連性があることが認められるが,そうであるからといって,本件認定を妨げるものではない。),かつ,上記各刊行物は,いずれも特許出願に係る公開公報又は公告公報であって,多数の当業者が接するものである。しかも,これらの刊行物の頒布時期は,周知例2が本件優先日の5年余り前であるほかは,いずれも本件優先日より19年ないし26年以上前であり,さらに,後記のとおり,これらの刊行物に記載された技術に係る技術分野は,本願発明の属する技術分野と同一ないし密接に関連しているものと認められる。そうすると,これらの事実を総合すれば,周知例2及び乙1公報ないし乙5公報により,基材への接着性の向上等を目的として本件技術を採用することの周知性は十分に認められるというべきであるから,原告の上記主張を採用することはできない。
(イ)原告は,周知例1の記載内容に照らし,これを根拠に本件認定をすることはできない旨主張するが,周知例1をその証拠としなくとも,本件認定をすることができることは上記のとおりであるから,原告の上記主張は失当である。
(ウ)原告は,審査手続及び審判請求手続において引用されていなかったことを根拠に,周知例2及び乙1公報ないし乙5公報を本件認定の証拠とすることはできない旨主張するが,周知技術技術常識の立証のため,審査手続及び審判請求手続において引用されていなかった新たな証拠を審決取消訴訟において提出することは許されると解するのが相当であるから(最高裁第一小法廷昭和55年1月24日判決・民集34巻1号80頁参照),原告の上記主張を採用することはできない。
なお,原告は,周知例1を根拠に本件認定をすることができない以上,周知例2及び乙1公報ないし乙5公報を根拠に本件認定をすることもできない旨主張するが,独自の見解というべきであって,これを採用することはできない。
(エ)原告は,周知例2及び乙1公報ないし乙5公報については,これらに係る技術分野等に照らし,これらを,計量投与用吸入器に関する技術分野における当業者にとっての「周知技術」の認定の根拠とすることはできない旨主張する。
しかるところ,本願発明は,その要旨に照らして,サルメテロールを供給するためのポリマーブレンドで内面を被覆した計量投与用吸入器の発明であることは明らかである。他方,上記ア(イ)ないし(キ)の周知例2及び乙1公報ないし乙5公報の各記載によれば,これらの刊行物に記載された発明は,周知例2に係るものが,各種エアゾール製品に用いるエアゾール缶に関する発明であり,発明の属する技術分野として,本願発明と重なる部分を有するものであるほか,乙1公報ないし乙5公報に記載されたものは,広範囲の物品をコーティング被覆するためのフルオロカーボンポリマーと非フルオロカーボンポリマーとを組み合わせた組成物に関する発明であって,種々の技術分野に用いられるいわば汎用的な技術であることは明らかであるところ,本願発明のような計量投与用吸入器の構造を設計する者が,その内面を被覆する組成物について,被覆物に関する各種の技術を参照することは当然であって,当業者にとって十分な動機付けのある事柄であるから,この意味で,本願発明の属する技術分野は,乙1公報ないし乙5公報に記載された技術と密接に関連したものということができる。
そうすると,原告の上記主張を採用することはできない。
(2)周知技術である本件技術を引用発明1に適用して,相違点2に係る本願発明の構成に想到することの容易性についてア引用例1には,次の各記載がある。
(ア)「【産業上の利用分野】本発明はこの出願の各請求項に従うエーロゾル容器およびエーロゾル容器の用途に関する。」(段落【0001】)(イ)「【従来の技術】エーロゾルは今日薬学的に活性な物質の普通の投薬法である。多くのそれらエーロゾルは所定の(計量した)量で投与される。種々の理由(例えば,安定性)のために,ある種の薬学的に活性な物質は懸濁液の形態で提供される・・・。」(段落【0002】)(ウ)「従来,使用された噴射ガスは・・・現在有害であることが知られている,なぜならそれらはオゾン層を破壊するからである。」(段落【0004】】)(エ)「従っていわゆる代替噴射ガスが代替物として存在する・・・。しかしながら,多くの薬学的に活性な物質は,懸濁液の形態において貯蔵された場合,その噴射ガスが使用されたとき,容器の内壁に付着する一方,塩素化炭化水素が使用された場合,付着は生じないかもしくは非常にわずかに生じる。容器の内壁上の付着は使用者に投与されるべき所望の量の薬学的に活性な物質が計量チャンバ内に存在しないという結果になる。容器の中に導入された薬学的に活性な物質の全量のうちのかなり多くの割合が容器の内壁上に付着(粘着)したままに残るので,さらに容器の中に貯蔵される薬学的に活性な物質の全量は投与することができないという結果になる。」(段落【0005】)(オ)「【発明が解決しようとする課題】従って本発明の目的は薬学的に活性な物質をすでに適していると証明されている製剤の形態において供給でき,また同時にオゾン層を破壊しない代替噴射ガスを多量の薬学的に活性な物質が容器の内壁に付着することなく使用できる容器を提供することにある。特にはそれは有効ぜんそく鎮静剤・・・に可能であり,もちろん注目すべきことは他の薬学的に活性な物質についても容器の内壁に薬学的に活性な物質の問題となる付着をおこさずに該容器内に貯蔵することが可能であることである。」(段落【0006】)(カ)「【課題を解決するための手段】本発明の目的は内壁がプラスチック塗膜により被覆され,かつ噴射ガスがフルオロクロロハイドロカーボンを含まない噴射ガス・・・である容器により達せられる。該装置により,一方ではけっしてもしくはけっして多量の活性な物質が容器の内壁に付着することはなく,またもう一方でオゾン層を損傷もしくは破壊しない。特には,プラスチック塗膜に使用される都合の良い材料は,例えば,幅広くテフロンとして知られている,ポリテトラフルオロエチレン,およびまたペルフルオロエチレンプロピレンである。」(段落【0007】)(キ)「プラスチック塗膜3は好ましくは,広くテフロンの名前でも知られているポリテトラフルオロエチレンであり,またはペルフルオロエチレンプロピレンであり,または層は特定のプラスチックをベースとして製造されそして施用される。該材料の使用により容器1の内壁上に薬学的に活性な物質の大きな付着を防げる。」(段落【0017】)イ(ア)上記アの引用例1の各記載によれば,引用発明1は,エーロゾル容器内の薬学的に活性な物質の容器内壁への付着の防止を課題の一つとし,フルオロカーボンポリマーであるポリテトラフルオロエチレン等を容器内壁のプラスチック塗膜として使用することにより,当該課題を解決した発明であるということができる一方,引用例1には,当該プラスチック塗膜の容器内壁(基材)への接着性を向上させるとの課題が直接記載されているものではない。
(イ)しかしながら,前記(1)ア(イ)ないし(キ)の周知例2及び乙1公報ないし乙5公報の各記載によれば,コーティング被覆の基材への接着性を向上させることは,引用発明1及び本願発明が属する技術分野を含むコーティング被覆を必要とする各種技術分野において,ごく一般的な課題であったものと認められ,また,乙1公報(前記(1)ア(ウ)eないしh),乙2公報(同(エ)),乙3公報(同(オ)d),乙4公報(同(カ)c及びd)及び乙5公報(同(キ)e及びg)の各記載内容によれば,コーティング被覆の基材への接着性を向上させることと,当該被覆に外接する物質(引用発明1における薬学的に活性な物質)の当該被覆への付着を防止することは,相互に矛盾する課題ではなく,むしろ,フルオロカーボンポリマーを用いて,これら両課題の解決を同時に追求することは,上記各技術分野において,一般的に行われていたものと認められ,さらに,後記説示のとおり,基材への接着性の向上等を目的として,周知技術である本件技術を引用発明1に適用することについて,阻害要因があったものとも認められないから,上記(ア)の点を考慮してもなお,周知技術である本件技術を引用発明1に適用して,相違点2に係る本願発明の構成を得ることは,当業者が必要に応じてなし得た設計的事項にすぎず,当業者が容易に想到し得るものであったと認めるのが相当である。
したがって,これと同旨の審決の判断に誤りはないというべきである。
ウ原告の主張について(ア)a原告は,周知例1に記載された技術を引用発明1に適用することは,当業者が容易になし得たものではない旨主張するが,前記(1)イのとおり,周知例1をその証拠としなくとも本件認定をすることは可能であるから,原告の上記主張は,失当である。
bなお,原告は,「周知例1には,『非粘着性を厳しく要求される用途についてはこれらの被覆物の上に更に第2層として実質的に充填材を含まないフッ素樹脂層を設けても良い』との記載があり,これは,非フッ素樹脂及びマイカをフルオロカーボンポリマーに添加することにより,基材表面に薬剤が付着しやすくなることを示唆するものと理解することができる」と主張するが,この点については,後記説示のとおりである。
(イ)a原告は,周知例2に記載された技術と本願発明とはその課題を異にするものである旨主張するが,上記イ(イ)において説示したところに照らせば,これを採用することはできない。
b原告は,周知例2にはポリマーブレンドによるコーティングが薬物付着の防止に有効であるとの示唆がない旨主張するが,上記イ(イ)のとおり,乙1公報ないし乙5公報の各記載内容によれば,コーティング被覆の基材への接着性を向上させることと,当該被覆に外接する物質(引用発明1における薬学的に活性な物質)の当該被覆への付着を防止することは,相互に矛盾する課題ではなく,むしろ,フルオロカーボンポリマーを用いて,これら両課題の解決を同時に追求することは,引用発明1及び本願発明が属する技術分野を含む各種技術分野において,一般的に行われていたものと認められるのであるから,周知例2に,ポリマーブレンドによるコーティングが薬物付着の防止に有効であるとの示唆がないことは,周知技術である本件技術を引用発明1に適用し,相違点2に係る本願発明の構成を得ることが,単なる設計的事項であって,当業者が容易に想到し得るものであったとの前記判断を左右するものではない。
したがって,原告の上記主張は,理由がない。
(ウ)a原告は,シャウ供述書及びバツァール供述書の各記載を根拠に,「本件優先日当時の当業者は,?@サルメテロールの懸濁液を含有する液体のフルオロカーボン噴射剤との寿命期間にわたる接触環境の下では,ポリマーブレンドによるコーティングは剥離の問題が懸念されること,?Aサルメテロールの容器内壁面への付着の問題が生じることが予測されることから,ポリマーブレンドによるコーティングを採用しようとは考えない」,「ポリマーブレンドの使用により,計量投与用吸入器における薬剤付着の問題を首尾よく解決することができるか否かを,試験や評価を行わずに当業者が予測することは,不可能であった」などと主張する。
しかしながら,前記(1)ア(イ)ないし(キ)の周知例2及び乙1公報ないし乙5公報の各記載内容に照らせば,上記主張に係る事実が,シャウ教授及びバツァール博士の個人的な意見に止まらず,本件優先日当時の当業者の技術常識であったものとまで認めることはできず,その他,本件優先日当時,周知技術である本件技術を引用発明1に適用することの妨げとなるような事情が存在したものと認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
bなお,前記(1)ア(ア)fのとおり,周知例1には,「・・・非粘着性を要求される用途についてはこれらの被覆層の上に更に第2層として実質的に充填剤を含まないフッ素樹脂層を設けても良い。」との記載があるところ,同(ア)の周知例1の記載内容の全体をみれば,要するに,フルオロカーボンポリマーであるフッ素樹脂は,本来,優れた非粘着性を有し,厨房器用の被覆その他の広い用途を有しているものであるところ,そのままでは金属等に対する耐摩耗性が小さいことから,マイカ及び非フルオロカーボンポリマーであるポリアミドイミド樹脂等を添加することによって,この問題を飛躍的に解決したというのであり,周知例1に記載された技術は,フルオロカーボンポリマーにマイカ及び非フルオロカーボンポリマーを添加した被覆を,非粘着性が要求される従来の用途に使用することを当然の前提としているものと理解される。加えて,前記(1)ア(ウ)ないし(キ)の乙1公報ないし乙5公報の各記載内容をも併せ考慮すると,周知例1に上記記載(同(ア)f)があることを考慮してもなお,本件優先日当時,周知技術である本件技術を引用発明1に適用することに阻害要因があったものと認めるには足りないというべきである。
(エ)原告は,本願発明が,「ポリマーブレンドによって,計量投与用吸入器の容器への長期間(計量投与用吸入器の寿命期間)の密着が達成され,同時に,投与量の均一性を達成するために要求される程度にサルメテロールの付着が防止されることは,当業者が予測することができなかった」ことを前提に,ポリマーブレンドをコーティング材料として使用することは,当然考慮せざるを得ない事項に当たるとはいえず,したがって,相違点2に係る本願発明の構成が設計的事項であるとはいえない旨主張する。
しかしながら,後記説示のとおり,本願発明が奏する作用効果は,当業者が予測することのできる範囲を超える格別顕著なものとは認められないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
(3)本願発明が奏する作用効果についてア原告は,「本願発明は,コーティング基材への優れた密着性を実現しつつ,サルメテロールの容器内壁面への付着の程度についても,フルオロカーボンポリマーによるコーティングを採用した場合と同等の程度を実現するものであるから,本願発明は,当業者が予期し得なかった作用効果を奏するものである。」と主張する。
イ(ア)しかしながら,周知例2(前記(1)ア(イ)e),乙1公報(同(ウ)f)及び乙5公報(同(キ)f)の各記載によれば,ポリマーブレンドによる被覆の基材への密着性(接着性)の程度と,当該被覆に外接する物質(本願発明におけるサルメテロール)の当該被覆への非付着性の程度とは,フルオロカーボンポリマーと非フルオロカーボンポリマーとの配合割合によっても変化するものであると認められるところ,本願発明の要旨は,上記配合割合を特定するものではなく,また,本願明細書の発明の詳細な説明にも,この点に関連するものとしては,次の各記載があるのみであり,当該配合割合についての具体的な記載はないばかりか,ポリマーブレンドにより,「コーティング基材への優れた密着性」が実現されたことや,「サルメテロールの容器内壁面への付着の程度」が「フルオロカーボンポリマーによるコーティングを採用した場合と同等の程度」となることが実現されたことについても,具体的な記載はない。
a「患者に対して放出されるエアゾール薬剤の所定投与量が,製造業者による規定をばらつきなく満たし,FDAおよび他の取り締まり当局の要件に従うものであることは必須のことである。すなわち,缶中の各投与量は精密許容差内で同じでなければならない。
エアゾール薬剤によっては,MDIの内面,すなわち缶の壁,バルブおよびキャップに付着する傾向がある。このような缶であると,MDIの活性化毎に患者が得る薬剤配合物の量は所定量より有意に少ない量となる。・・・近年開発されたヒドロフルオロアルカン(単に『フルオロカーボン』としても公知である)噴射剤システム・・・にとってこれは特に深刻な問題である。
我々は,MDIの缶の内面をフルオロカーボンポリマーで被覆すると,サルメテロールの付着または堆積問題が有意に減少したり,あるいは本質的になくなり,従って,MDIからのエアゾール中の薬剤の放出にばらつきが確実になくなることを見いだした。」(4頁20行〜5頁7行)b「本発明で用いるフルオロカーボンポリマーには,一以上の下記の単量体単位から製造されるフルオロカーボンポリマーが含まれる:テトラフルオロエチレン(PTFE),フッ素化エチレンプロピレン(FEP),ペルフルオロアルコキシアルカン(PFA),エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE),フッ化ビニリデン(PVDF)および塩素化エチレンテトラフルオロエチレン。炭素に対するフッ素の比率が比較的高いフッ素化ポリマー,例えば,PTFE,PFAおよびFEPのようなペルフルオロカーボンポリマーが好ましい。
フッ素化ポリマーを,非フッ素化ポリマー,例えばポリアミド,ポリイミド,ポリエーテルスルホン,ポリフェニレンスルフィドおよびアミン-ホルムアルデヒド熱硬化性樹脂とブレンドしてもよい。これらの付加ポリマーは,缶壁へのポリマー被覆の接着性を改善する。好ましいポリマーブレンドはPTFE/FEP/ポリアミドイミド,PTFE/ポリエーテルスルホン(PES)およびFEP-ベンゾグアナミンである。
特に好ましい被覆は,純粋なPFA,FEP,およびPTFEとポリエーテルスルホン(PES)とのブレンドである。
フルオロカーボンポリマーはTeflon(登録商標),Tefzel,Halar(登録商標),Hostaflon(登録商標),Polyflon(登録商標)およびNeoflon(登録商標)のような商標名で販売されている。ポリマーのグレードにはFEPデュポン856-200,PFAデュポン857-200,PTFE-PESデュポン3200-100,PTFE-FEP-ポリアミドイミドデュポン856P23485,FEPパウダーデュポン532,およびPFAヘキスト6900nが含まれる。」(10頁10行〜11頁3行)c「本発明の詳しい態様は,上で定義したような薬剤配合物を投薬するための,ポリアミドイミドまたはポリエーテルスルホンの下塗りを有するまたは有さない,PFAまたはFEP,あるいはPTFE-PESのようなブレンドされたフルオロポリマー樹脂系で内部金属面の一部または実質的に全部が被覆されているMDIである。」(11頁21〜25行)(イ)以上によれば,原告が主張する本願発明の上記作用効果は,明細書の発明の詳細な説明の記載に裏付けられたものではなく,発明の構成により当然に奏するものと認めることもできないから,結局,本願発明が上記作用効果を奏するとの原告の主張を採用することはできない。
そうすると,本願発明が,当業者が予測することのできる範囲を超えた格別顕著な作用効果を奏するものと認めることはできないから,「本願発明の作用効果も,・・・当業者が予測できた範囲のものである。」との審決の判断に誤りはないというべきである。
ウ原告は,「本願明細書の記載によれば,当業者は,本願発明が原告主張に係る作用効果を奏することを当然に理解することができる」との趣旨の主張をするが,上記イ(ア)の各記載や,本願明細書の発明の詳細な説明のその他の各記載を精査しても,当業者において,本願発明が原告主張に係る作用効果を奏すると理解することができるものと認めることはできないから,原告の上記主張は,これを採用することができない。
(4)取消事由2についての結論以上のとおりであるから,取消事由2は,理由がない。
2取消事由1(手続違背)について(1)以下に掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,「本願発明」は,平成16年3月24日付け手続補正書(甲6)により補正された請求項1に記載された発明を指すが,グラクソ社が提出した平成12年3月17日付け手続補正書(甲5の末尾2丁)により補正された請求項1の記載は,本願発明に係る請求項1の記載と同一であるから,以下,平成12年3月17日付けの手続補正後,平成16年3月24日付けの手続補正前の請求項1に記載された発明についても,「本願発明」ということとする。)。
ア特許庁審査官は,原告に対し,平成14年10月28日付けの本件拒絶理由通知書(甲7)により,本件出願に係る拒絶理由を通知したが,そのうち,本願発明に係る部分は,以下のとおりである(略称を本判決が指定したものに改めた部分がある。後記イにおいても同様である。)。
「1.この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
2.・・・記(・・・)A.理由1について・請求項1・引用文献等1,2,3(判決注:それぞれ引用例1,引用例2及び周知例1に相当する。後記イ及びウにおいても同様である。)・備考引用文献1に記載の発明では,薬剤としてサルメテロールを使用することが明記されていない点で,本願発明と相違しているが,薬剤としてサルメテロールを使用した吸入器は引用文献2にも記載されている。
引用文献1には,フルオロカーボンポリマーで吸入器内面を被覆することが記載されている。
引用文献1に記載の発明は,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすることが明記されていない点で,本願発明と相違しているが,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすることは引用文献3にも記載の事項にすぎない。」イ特許庁審査官は,平成15年11月13日付けで,本件拒絶査定(甲8)をしたが,その内容は,以下のとおりである。
「この出願については,本件拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶をすべきものである。
なお,意見書及び手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。
備考・請求項1-23について出願人は,平成15年5月6日付けの意見書において,本願発明と引用文献3に記載された発明とは,技術分野,課題及び作用・機能において共通するところがなく,当業者といえども,引用文献1に記載された発明と引用文献3に記載された発明から,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせたもので計量投与用吸入缶内部を被覆することは,容易には想到し得ない旨,主張している。
しかしながら,引用文献3に記載された発明は,『厨房器具等飛躍的に耐摩耗性をあげたフッ素樹脂被覆物に関するものである。』(1頁左下欄18〜19行),『フッ素樹脂は,秀れた非粘着性,耐薬品性を有しているため,厨房器用(フライパン,鍋,ホットプレート,ジャー炊飯器用内釜等)食品工業,電気工業,機械工業等に広い用途を有している。』(1頁右下欄1〜4行)と記載されているように,厨房器具は例示にすぎず,フッ素樹脂による被覆物全般を技術分野とするものであるから,引用文献1に記載された発明と引用文献3に記載された発明とは,互いに関連する技術分野に属するものであると認められる。また,フルオロカーボンポリマーで被覆することは,あらゆる分野において,汚れや焦げ付き等の付着抑止を目的として普通に行われていることであり,引用文献1に記載された発明のプラスチック被膜と引用文献3に記載された発明のフッ素樹脂被覆物とは,表面への内容物の付着を抑止するという点で共通の機能をもつものである。さらに,フルオロカーボンポリマーによる被覆が剥離しやすいことは広く知られており,フルオロカーボンポリマーの壁面への付着性を向上させることは一般的な課題であると認められるので,引用文献1に記載された発明も同様の課題を有することは,当業者に明らかである。引用文献3に記載された発明は,フッ素樹脂のみのものに比して高温耐摩耗性が向上しており,摩耗性の向上はポリマーが壁面からはがれにくくなったことによるので,当然フルオロカーボンポリマーの壁面への付着性が向上しているものと認められ,上記課題を解決するものである。したがって,引用文献1及び3に記載された発明は,互いに技術分野,機能及び課題において共通するものであるので,引用文献1に記載された発明のフルオロカーボンポリマーによる被膜に換えて,引用文献3に記載された発明を採用することは,当業者が容易に想到し得ることにすぎない。
請求項2-23については,本件拒絶理由通知書に記載したとおりである。」ウこれに対し,原告は,平成16年2月23日,本件審判請求をするとともに,同年5月17日付け手続補正書(甲12書面)において,本件審判請求の理由についての主張をしたが,その要旨は,以下のとおりである(明らかな誤記を改めた部分がある。)。
「(3)本願発明が特許されるべき理由・・・(d)本願発明と引用発明(判決注:引用文献1に記載された発明を指す。)との対比本願発明と引用文献1に記載の発明とは,吸入薬剤配合物を投与するための計量投与用吸入器である点で一致する。
本願発明は,その壁面の内面の一部または全部が,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで被覆されている点で,ポリテトラフルオロエチレンやペルフルオロエチレンプロピレンのようなプラスチック塗料で吸入器内面が被覆された引用文献1に記載の発明と相違する。
本願発明はまた,サルメテロールを吸入用薬剤として使用する点で,サルメテロールが特定されていない引用文献1に記載の発明と相違する。
(e)相違点について原査定では,相違点が引用文献3に開示されており,引用文献1に記載された発明と引用文献3に記載された発明とは互いに技術分野,機能および課題において共通しているので,引用文献1に記載された発明のフルオロカーボンポリマーによる被膜に代えて引用文献3に記載された発明を採用することは当業者が容易に想到しうることにすぎないと認定されている。
・・・しかしながら,引用文献1と引用文献3の技術分野を対比すると,・・・両者はその技術分野において相違していることは明らかである。
原査定ではまた,『フルオロカーボンポリマーで被覆することは,あらゆる分野において,汚れや焦げ付き等の付着抑止を目的として普通に行われていることである』と認定され,引用文献1に記載された発明と引用文献3に記載された発明とは『表面への内容物の付着を抑止するという点で共通の機能をもつ』と認定されている。
原査定ではまた,『引用文献3に記載された発明は,フッ素樹脂のみのものに比して高温耐摩耗性が向上しており,摩耗性の向上はポリマーが壁面からはがれにくくなったことによるもので,当然フルオロカーボンポリマーの壁面への付着性が向上しているものと認められ』ると認定され,機能が共通していることが指摘されている。
しかし,引用文献1に記載の発明が置かれる環境と,引用文献3に記載の発明が置かれる環境はまったく相違する。・・・。
・・・引用文献1に記載されている発明に要求されている事項と,引用文献3に要求されている事項は定性的にも定量的にも大きく異なることから,両者は異なる課題に向けられ,異なる機能を有していると考えるのが相当である。
従って,引用文献1に記載された発明のフルオロカーボンポリマーによる被膜に代えて引用文献3に記載された発明を採用することは当業者が容易に想到しうる程度のことではない。
仮に引用文献1に記載の発明と引用文献3に記載の発明とが互いに技術分野,機能および課題において共通しているとしても,引用文献3の開示を引用文献1に記載の発明へ適用することは当業者といえども容易に想到しうる程度のものではない。
・・・・・・引用文献3には,フッ素樹脂中に,ポリアミドイミド等の樹脂とともにマイカを配合させることにより,厨房器具の高温耐摩耗性を改善することが示唆されている。マイカを配合せず,フルオロカーボンポリマーに単に非フルオロカーボンポリマーを適用することによる効果は開示されていない。しかも,引用文献3で示唆されている,マイカとの相乗効果たる『高温耐摩耗性の改善』は,機械的刺激の存在,温度・湿度条件,コーティング面が接する物質の種類等の観点から,引用文献1に記載の発明に期待されるところの課題と機能的に明らかに相違する。
これらの点を総合すると,たとえ引用文献1に記載の発明と引用文献3に記載の発明とが互いに技術分野,機能および課題において共通しているとしても,引用文献1に記載された発明のフルオロカーボンポリマーによる被膜に代えて引用文献3に記載された被膜を適用することは,当業者をして容易に想到しうる程度のことであるとは到底言えない。
(f)格別顕著な効果(コーティング付着性の向上)について本願発明が引用文献から当業者をして容易に想到しうる程度のものでないことは,その効果の点からも首肯される。
本願発明は,吸入器内壁のコーティング層の付着性を改善することをその課題とする。そして,吸入器内壁を一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドでコーティングすることによりその課題を解決するものである。
原査定ではフルオロカーボンポリマーの壁面への付着性の向上は一般的な課題であると認定されている。しかし,引用文献1ないし引用文献3には吸入薬剤配合物を投与するための計量投与用吸入器の内壁のコーティング層の剥落の問題点は示唆も開示もなされていない。確かに引用文献3には高温耐摩耗性の向上が示唆されてはいるが,前述したように,これは薬剤の吸入器とは異なる環境における示唆であり,薬剤の計量投与用吸入器の課題と見ることはできない。
このように吸入器内壁におけるコーティング層の剥落の問題点は本発明者等が特定し,解決したものである。本願発明はこのような未解決の課題を解決したものであるから,その効果は予測できない格別顕著なものであるといえる。従って,本願発明は当業者をして容易に想到しうる程度のものではない。
・・・(g)格別顕著な効果(薬剤付着の防止)について本願発明は,吸入器内壁への薬剤の付着を減少あるいは防止することをその課題とする。そして,吸入器内壁を一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドでコーティングすることによりその課題を解決するものである。・・・。
原査定では,フルオロカーボンポリマーで被覆することは,あらゆる分野において,汚れや焦げ付き等の付着抑止を目的として普通に行われていることであり,引用文献1に記載された発明と引用文献3に記載された発明とは表面への内容物の付着を抑止するという点で共通の機能をもつと認定されている。しかし,前述したように引用文献1に記載されている発明が置かれている環境と,引用文献3に記載されている発明が置かれている環境は定性的にも定量的にも大きく異なることから,引用文献3の開示から本願発明の効果は予測できないと考えるのが相当である。
このように本願発明は,吸入器内壁を一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドでコーティングすることにより吸入器内壁への薬剤の付着を減少あるいは防止するものである。本願発明の構成とそれにより奏される効果は引用文献1ないし引用文献3には示唆も開示もなされておらず,その効果は予測できない格別顕著なものであるといえる。従って,本願発明は当業者をして容易に想到しうる程度のものではない。
・・・(h)小括以上の通り,本願発明は引用文献1〜3から当業者をして容易に想到しうる程度のものではない。」エ審決は,前記第2の3(4)のとおり,相違点2についての判断において,審決前に引用されていなかった周知例2を引用し,周知例1(上記引用文献3),周知例2等により,「基材への接着性の向上等を目的として,一以上のフルオロカーボンポリマーを一以上の非フルオロカーボンポリマーと組み合わせて含んでなるポリマーブレンドで基材を被覆すること」を「従来周知である」と認定した上,「引用発明1に当該周知技術を採用して,本願発明の相違点2に係る発明特定事項とすることは,当業者が必要に応じてなし得た設計的事項にすぎない。」と判断した。
(2)ア上記(1)ア及びイのとおり,本件拒絶理由通知書に記載された理由を引用してした本件拒絶査定の理由(相違点2に係るもの。以下同じ。)は,「引用発明1は,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすることが明記されていない点で,本願発明と相違するが,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすることは周知例1にも記載された事項にすぎないから,本願発明は,引用発明1及び引用文献3(周知例1)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」というものである。
イそして,「フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすること」(本件技術)が本件優先日当時の当業者にとって周知の技術であったことは,本件認定のとおりであるし,また,上記(1)ウのとおりの平成16年5月17日付け手続補正書(甲12書面)の記載によれば,原告も,本件技術自体について,これが広く知られた技術でないとの主張をしていたわけではないものと認められるから,結局,本件拒絶査定の理由は,要するに,「引用発明1は,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすることが明記されていない点で,本願発明と相違するが,フルオロカーボンポリマーに非フルオロカーボンポリマーを組み合わせて被覆材とすることは周知例1にも記載された周知技術にすぎないから,本願発明は,引用発明1及び周知例1に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」というものであると理解することができ,原告にとっても,そのように理解し得たものと認めるのが相当である。
ウそうすると,相違点2について上記(1)エのとおり判断した審決は,本件拒絶査定の理由と同一の理由により本件審判請求を不成立としたものと認めることができる。
(3)ア(ア)原告は,「本件拒絶査定には,『周知技術』や『設計的事項』といった文言は存在しないし,周知例2の引用もない。」,「審決と本件拒絶査定とは,引用発明1に『周知技術』や『設計的事項』を適用することを問題とするのか,引用発明1及び2並びに周知例1に記載された発明を組み合わせることを問題とするのかにおいて,その理由付けを異にするものであるし,審決は,本件拒絶査定の理由には存在しない『周知技術』及び『設計的事項』との概念並びに周知例2を審決の理由において初めて持ち出した上,周知例2を『周知技術』の認定に供しているものである。」などと主張する。
(イ)しかしながら,本件拒絶査定の理由は,上記(2)イのとおり理解することができ,原告にとっても,そのように理解し得たものと認められるのであるから,「本件拒絶査定には,『周知技術』・・・といった文言は存在しない」,「審決と本件拒絶査定とは,引用発明1に『周知技術』・・・を適用することを問題とするのか,引用発明1及び2並びに周知例1に記載された発明を組み合わせることを問題とするのかにおいて,その理由付けを異にするものである」,「審決は,本件拒絶査定の理由には存在しない『周知技術』・・・との概念・・・を審決の理由において初めて持ち出した」との原告の上記主張は,本件拒絶査定の理由を正解しないものとして,失当である。
(ウ)また,上記(1)ア及びイのとおり,確かに,本件拒絶査定において「設計的事項」との文言は使用されていないが,この点については,審決は,「本願発明は,引用発明1及び周知例1に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであ(る)」との上記本件拒絶査定の理由をより具体的に敷衍して説示したものにすぎないから,「本件拒絶査定には,・・・『設計的事項』といった文言は存在しない」,「審決と本件拒絶査定とは,引用発明1に・・・『設計的事項』を適用することを問題とするのか,引用発明1及び2並びに周知例1に記載された発明を組み合わせることを問題とするのかにおいて,その理由付けを異にするものである」,「審決は,本件拒絶査定の理由には存在しない・・・『設計的事項』との概念・・・を審決の理由において初めて持ち出した」との原告の主張事実は,上記(2)ウの結論を何ら左右するものではない。
(エ)さらに,審査手続段階において告知された周知技術を例示するものとして,審決前に引用されていなかった文献(周知例)を審決において追加挙示しても,新たな技術事項を周知技術として採用し,これにより拒絶の理由を変更することにはならないから,そのような例示文献(周知例)を審決において追加挙示することは許されると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,本件拒絶査定において告知された周知技術が本件技術であることは,上記(2)イのとおりであるところ,審決が追加挙示した周知例2は,まさに,本件技術が周知技術であることを例示する文献であるから,本件拒絶査定において告知されなかった新たな周知技術を採用し,これにより拒絶の理由を変更する場合には当たらず,「本件拒絶査定には,・・・周知例2の引用もない」,「審決は,本件拒絶査定の理由には存在しない・・・周知例2を審決の理由において初めて持ち出した上,周知例2を『周知技術』の認定に供しているものである」との原告の主張事実も,上記(2)ウの結論を何ら左右するものではない。
なお,「周知例2に対する反論の機会等が不当に奪われた」旨の原告の主張については,後記説示のとおりである。
イ(ア)原告は,「周知例1には,『フルオロカーボンポリマー中に非フルオロカーボンポリマーを添加すれば基材との接着性が高まること』が記載されていない」,「審決において,新たに周知例2に言及することは,基材への接着性の向上等を目的とする本件技術を,周知例1に代え周知例2によって認定し,これを前提に進歩性の判断を行うことにほかならない。」などと主張する。
(イ)確かに,前記1(1)ア(ア)のとおり,周知例1には,「フルオロカーボンポリマーであるポリテトラフルオロエチレン等(フッ素樹脂)中に,マイカ及び非フルオロカーボンポリマーであるポリアミドイミド樹脂等を分散させることにより,マイカとポリテトラフルオロエチレンがポリアミドイミド樹脂を介してより強固に密着し,フッ素樹脂中にポリアミドイミド樹脂等だけを分散させた場合よりも,高温耐摩耗性が飛躍的に向上すること」は記載されているが,「フルオロカーボンポリマー中に非フルオロカーボンポリマーを添加すれば基材との接着性が高まること」についての記載はない。したがって,本件技術が周知技術であることの例示として周知例1を引用した本件拒絶査定及び審決は,その点において不適切であったといわざるを得ない。
(ウ)しかしながら,基材への接着性の向上等を目的として本件技術を採用することが本件優先日当時の当業者にとって周知の技術であったことは,本件認定のとおりであり,これと同旨の審決の認定自体には誤りはないのであるし,また,上記(1)ウのとおり,原告は,本件審判請求の理由として,「・・・引用文献3(周知例1)には,フッ素樹脂中に,ポリアミドイミド等の樹脂とともにマイカを配合させることにより,厨房器具の高温耐摩耗性を改善することが示唆されている。マイカを配合せず,フルオロカーボンポリマーに単に非フルオロカーボンポリマーを適用することによる効果は開示されていない。」と適切に主張していたのであるから,少なくとも本件においては,本件拒絶査定周知技術の例示として不適切な文献を引用し,審決が当該例示として一部不適切な文献を引用をしたことをもって,審決の結論に影響を及ぼすべき手続違背があったということはできない。
ウ(ア)原告は,「周知例1に関する反論と周知例2に関する反論とは,その内容を異にするものであるにもかかわらず,特許庁審判合議体は,原告に対して新たな拒絶理由を通知しなかったため,原告は,・・・周知例2に対する反論の機会や補正の機会を不当に奪われた」旨主張する。
(イ)しかしながら,審査手続段階において告知された周知技術を例示するものとして,審決前に引用されていなかった文献(周知例)を審決において追加挙示しても,新たな技術事項を周知技術として採用し,これにより拒絶の理由を変更することにはならないから,審判請求人に対し,周知技術そのものについてとは別に,当該追加挙示に係る文献についてまで,改めて意見を述べる機会を与える必要はないものと解するのが相当である。
したがって,原告の上記主張は,失当である。
(4)以上のとおりであるから,本件においては,審決の結論に影響を及ぼすべき手続違背はなかったものと認められる。したがって,取消事由1も,理由がない。
3結論よって,原告の主張する審決取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 石原直樹
裁判官 榎戸道也
裁判官 浅井憲