審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成19ネ10024損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10051特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成16ネ1589特許権侵害に基づく損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10042特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成16ネ1664特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 承継 / 発明者 / 物の発明 / 方法の発明 / 共同研究 / 進歩性(29条2項) / 周知技術 / 公知技術 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 出願公開 / 試行錯誤 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 技術情報 / 優先権 / 分割出願 / クレーム / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 構成要件充足性 / 差止請求(差止) / 侵害 / 実施料 / 設定登録 / 混同 / 拒絶査定 / 請求の理由 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / 合理的な理由 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
19年
(ネ)
10048号
特許権侵害差止等請求控訴事件
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控訴人ローム・アンド・ハース・エレクトロニック・ (一審原告 )マテリアルズ・エル・エル・シー 訴訟代理人弁護 士細谷義徳 同 原田芳衣 補佐人弁理 士佐伯憲生 同 一入章夫 同 小板橋浩之 被控訴人東 京応化工業株式会社(一審被告) 訴訟代理人弁護 士生田哲郎 同 森本晋 同 齋藤祐次郎 同 高橋隆二 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2008/06/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1本件控訴を棄却する。 2控訴人の当審で追加した請求を棄却する。 3当審における訴訟費用は全部控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1控訴人の求めた裁判控訴人は,当審に至り,原審において請求を棄却された請求の趣旨第1項(製造販売禁止を求める部分)を取り下げ,新たに下記2(3)の部分(15億8803万円と遅延損害金の支払を求める部分)につき請求を拡張した。 1 原判決を取り消す。 2被控訴人は控訴人に対し,次の金員を支払え。 (1)16億8062万円及びこれに対する平成15年6月20日から支払済みまで年5分の割合による金員(2)29億8997万円及びこれに対する平成18年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員(3)15億8803万円及びこれに対する平成19年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 4仮執行宣言第2事案の概要【以下,略称は原判決の例による。】1一審原告である控訴人は,米国デラウエア州法に基づき設立された有限責任会社(L・L・C)で,半導体チップなどの半導体を製造する際に使用されるフォトレジスト組成物その他の電子材料を主として製造販売している米国法人である(旧商号 シップレー カンパニー エル エル シー,SHIPLEY COMPANY, L・L・C)。一方,一審被告である被控訴人は,化学品等を製造販売する株式会社である。 2本件は,発明の名称を「フォトレジスト方法及びこの方法に用いる組成物」とする特許第2729284号(平成9年12月19日登録。本件特許権)の特許権者である控訴人が被控訴人に対し,原判決別紙物件目録記載のフォトレジスト組成物(被告製品)を被控訴人が製造販売する行為は,上記特許権を侵害するとして,原審においては,?@被告製品の製造販売の差止め,?A不当利得金16億8062万円(平成9年12月19日から平成15年6月19日までの損失)と平成15年6月20日からの年5分の割合による法定利息の支払,?B損害賠償金29億8997万円(平成15年6月20日から平成18年6月19日までの分)と平成18年6月27日からの年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。 3原審における争点は,原判決4頁記載の争点(1)ないし(8)(構成要件充足性及び無効理由の有無等)であったが,原審裁判所(東京地裁)は,平成19年4月27日,争点(7)(無効の抗弁としての進歩性の有無)についてのみ判断し,本件特許権には特許法29条2項に違反する無効理由(進歩性欠如)が存在し特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,特許権者である原告は被告に対し特許法104条の3第1項により特許権の行使をすることができないとして,控訴人の上記請求をいずれも棄却した。そこで,これに不服の控訴人が本件控訴を提起した。 4当審に至り,控訴人は,上記?@の請求(被告製品の製造販売の差止めを求める部分)を取り下げるとともに,新たに損害賠償として平成15年6月20日から平成19年12月22日までの損害賠償金45億7800万円から上記?Bの損害賠償金29億8997万円を控除した残額金15億8803万円とこれに対する平成19年12月22日からの年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を追加した(請求金額の合計62億5862円)。 第3当事者の主張当事者双方の主張は,次のとおり訂正・付加するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。 1訂正原判決8頁14行に「昭和62年法律第27号による改正前の特許法(以下「昭和62年改正前特許法」という。」)」とあるを「平成2年法律第30号による改正前の特許法」と訂正する。 2控訴人の当審における主張(1) 原判決の誤りア(ア)原判決は,本件特許発明(特許請求の範囲第1項)の構成要件の分説について,これを「争いのない事実」として,「イ構成要件の分説本件特許発明は,次の通り分説するのが相当である。 Aフォトレジスト組成物であって,Blその溶剤は乳酸エチルを含み,B2乳酸エチルの純度は99%以上であり,C当該溶剤には,以下の(a),(b)を含むもの(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂,(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物」(原判決3頁12行日〜21行目)と認定した。 しかし控訴人は,原審において本件特許発明の上記構成要件の分説については争っていたものであり,争いのない事実とすることは誤りである。 (イ)内容的にみても,本件特許発明の構成要件において重要な点のひとつは(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂(以下,単に(a)成分という。),及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物(以下,単に(b)成分という。)が,それぞれが単独ではなく同時に「純度が99%以上の乳酸エチルを含む溶剤中に溶解し」ているということである。 そうすると,原判決の趣旨に沿ったとしても,構成要件の分説は,本件明細書(甲2,特許公報)の特許請求の範囲の記載に基づいて,「Aフォトレジスト組成物であって,B1その溶剤は乳酸エチルを含み,B2乳酸エチルの純度は99%以上であり,C当該溶剤に,以下の(a)及び(b)が溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂,(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物」とすべきである。 (ウ)(a)成分及び(b)成分の両者が「同時に」溶解しているという本件特許発明の構成を意図的に排除した被控訴人の主張及びそれを漫然と採用した原判決の認定は,誤った構成要件の分説である。 イ 本件特許発明の進歩性についての判断の誤り(ア) 本件特許発明と各引用例との対比判断の誤り原判決は,引用例1(特開昭62-123444号公報,発明の名称「感放射性樹脂組成物」,出願人 日本合成ゴム株式会社,公開日 昭和62年6月4日,乙18)に記載された発明において,フォトレジスト組成物の保存安定性の向上を目指して溶剤として使用するに先立ち,乳酸エチルから蒸留により精製して不純物を除去し,その純度を99%以上とすることは,当業者が容易に想到することができたと認められるとした。 しかし,原判決は,精製の必要性の前提として,本件特許発明のフォトレジスト組成物において溶剤として使用される乳酸エチルが,その使用目的に合致しているか否かという点については何ら判断を示しておらず,また何ら引用例を提示することなく本件特許発明のフォトレジスト組成物における溶剤として使用される乳酸エチルが,その使用目的に合致していないことが公知又は周知であったことを前提として上記判断をしたものである。 本件特許発明は,市販の乳酸エチルに含有されている何らかの化学物質が,フォトレジスト組成物において粒子を発生させる属性を有していることを発見し,フォトレジスト組成物の安全性及び安定性を担保するためには当該化学物質をフォトレジスト組成物中から除去しておかなければならないということを技術的な本質とするものであるが,原判決においては,この点についての判断も遺漏している。 また引用例1(乙18)に記載の発明と,引用例3(浅原照三ほか「溶剤ハンドブック」41〜42頁・1984年〔昭和59年〕5月10日第5刷発行・株式会社講談社,乙23)記載の発明とを組み合わせることの動機付けが何であるのか,それを組み合わせなければならない必然性の有無などについての判断は全くなされていない。また,引用例5(右高正俊ほか「LSIプロセス工学」193〜195頁・昭和57年10月25日初版・株式会社オーム社,乙25)に記載された半導体の製造現場における浄化技術についての技術的事項を,そのままフォトレジスト製造技術に対して適用している点についても,同様である。 したがって,原判決は合理的な理由を示すことなく本件特許発明が容易想到であると認定したものであり,特許法における発明の容易性の判断を誤ったものであって,違法である。 (イ) 引用例3(乙23)の認定の誤り原判決は溶剤が存在すれば,当該溶剤の純度を高める必要があることが一般的化学常識であるかの如く認定しているが,引用例3にはそのようなことは記載されていない。引用例3には,工業的な大量使用の場合には,不純物が溶媒の使用目的に悪影響を与えなければそのまま使用してもさしつかえないし,化学実験などの場合であっても,少なくとも使用目的に支障をきたす不純物を,支障をきたさない限度までに除去すればよいことが開示されているにすぎない。 (ウ) 引用例5(乙25)の認定の誤り原判決は,引用例5(乙25)に基づき,半導体製造の分野においても,本件特許権の出願当時既に,フォトレジスト組成物中に経時変化により生じるゲル状の固形物の存在及びその除去が当業者にとって周知の課題及び解決手段であったことが認められるとした。 しかし,これは製品としてのフォトレジスト組成物を使用する場合についての記述であり,本件特許発明のように当該フォトレジスト組成物を製造する場合について述べたものではない。フォトレジスト組成物を使用する場合とフォトレジストを製造する場合とでは,「当業者」が異なる。しかも,引用例5に記載されている解決手段はろ過のみであり,本件特許発明のような溶剤の化学的な側面からの改善に関する解決手段は開示されていない。 そもそも引用例5は,「じんあい」や「混入する異物」のように物理的な微粒子に対する清浄化手段が開示されているのであり,本件特許発明のように使用目的に支障をきたすような化学的な不純物についてまでは言及されていない。このことは,引用例5の8章の題目が,「清浄化技術」とされていることからも,また,薬品類の清浄化について,薬品中の金属原子(194頁の表8.8「メチルアルコール中の不純物量」)や,薬品中の固形粒子数(194頁の表8.9)が挙げられており,これらをろ過して清浄化するという記載からしても明らかである。 (エ) 引用例2(乙22)について引用例2(「ORGANIC SYNTHESES」Collective Volume 4,467〜468頁,1967年〔昭和42年〕5月第2刷,JOHN WILEY&SONS,I c.)にNは,溶剤としてではなく,化学反応に供与される原料化合物(試薬)としての乳酸エチルが記載されており,使用目的が異なる。 化学薬品であっても,「試薬級」のハイグレードの化学物質と,「溶剤用」の安価なものが区別して販売されているのが通常であり,両者は商品として全く別個のものである。 原判決は,溶剤用についても99%以上のものが市販されていると推定しているが,何ら証拠も根拠も示されていないし,使用目的に関しても考慮されていない。 (オ) 精製手段について本件明細書(甲2)の例195には,「新たに蒸留した乳酸エチルを用いて調製した。」と記載されているだけであり,それが一般的な精製手段であることも何ら記載されていない。そして,当該精製手段が技術的に困難か否かについても全く記載されていない。 しかるに原判決は,何らの根拠もなく,乳酸エチルを精製することが一般的であり困難性がないと推認しており,妥当でない。 (カ) 本件特許発明の効果の認定の誤り原判決は,本件特許発明の効果につき「そして,上記(ウ)のとおり,本件特許権の出願当時,溶剤として使用される乳酸エチルの市販品として,純度97%又は98%以上のものが販売されていたことを考慮すると,」(原判決26頁17行〜19行)としているが,純度97%又は98%以上の乳酸エチルが販売されていたことと本件特許発明の効果とがどのような関連性を有しているのかについては,何ら具体的かつ合理的な理由は示されていない。 さらに当該(ウ)(原判決26頁4行以下)では「乙13によれば,本件特許権の出願当時,溶剤として使用される乳酸エチルの市販品として,純度97%又は98%以上のものが販売されていたことが認められるところ(6〜7頁)」(原判決26頁4行〜6行)としているが,乙13の6〜7頁には,純度98%の乳酸エチルは記載されているが,これを超えるものについては何ら言及されていない。 そして原判決は,本件特許発明の効果について「本件明細書記載の例195のみをもって,乳酸エチルの純度を99%以上と規定したことによる効果が格別顕著なものであると認めることもできない。」(原判決26頁19行〜21行)と認定しているが,市販品として販売されていることと,本件特許発明の効果との因果関係については全く明らかにされておらず,さらにどのように考慮したのかも明らかにされていない。 原判決は,本件特許発明の効果と関連性のない事象を列記して,当該事象との因果関係を判断することなく結論を導いたものである。 本件特許発明の効果については,本件明細書の例195に記載されているように,純粋にした乳酸エチルを用いた場合には顕著な効果を示すことが記載されている。このどこが顕著でないのかという点については,原判決はなんら具体的な指摘を行っておらず,単に「例195のみをもって」と指摘しているだけである。原判決は,本件特許発明の顕著な効果の認定判断を誤ったものである。 (2) 無効理由の主張に対する反論ア原判決及び被控訴人は,フォトレジスト組成物の保存中に微粒子が発生することが公知であったという事実から,本件特許発明が容易想到であったかの如く認定し,また主張する。しかし,フォトレジスト組成物における(a)成分や(b)成分に起因する従来から知られていた微粒子とは異なり,本件特許発明において問題とされているのは,これらの(a)成分や(b)成分以外の成分に起因する微粒子である。つまり,本件特許発明によって解決された課題は,原判決や被控訴人が指摘する,公知であった微粒子の発生とは全く性質の異なる,従来知られていない原因により発生する微粒子を抑制するものなのであり,上記原判決や被控訴人が指摘する事実は本件特許発明が容易想到であるということの根拠とはなりえない。 すなわち,本件特許発明は,「本件特許発明のフォトレジスト組成物において粒子を発生させる原因が,市販の乳酸エチル,とりわけその中に含有されている何らかの化学物質の属性にあることを発見」したことに基づいて,フォトレジスト組成物の溶剤として使用される乳酸エチルを「純度が99%以上の乳酸エチル」とするという構成を採用したものであるから,かかる「純度が99%以上の乳酸エチル」という本件特許発明の必須の構成を採用することが当業者に容易想到であったとするためには,乳酸エチルを含む溶剤を用いたフォトレジスト組成物において,フォトレジスト組成物に微粒子を発生させる原因が市販の乳酸エチルに含有されている何らかの化学物質(不純物)であることが,本件特許出願の前に公知であったことが立証されなければならない。しかし,控訴人の提出したいずれの証拠にも,上記が公知であった事実を立証するものはない。 イ上記の通りフォトレジスト組成物の保存中に微粒子が発生するという事実自体が知られていても,本件特許発明以前にその原因及び解決方法の発見がこの分野の当業者にとって容易でなかったことは,東亜大学教授のAの陳述書(甲9)がこれを裏付けている。A教授は1985年〔昭和60年〕頃の本件特許出願の当時,三菱化学(旧三菱化成工業)株式会社においてフォトレジスト組成物の開発研究を行っていたこの分野の専門家のひとりである。 A教授によれば,フォトレジスト組成物の保存中に微粒子が発生してくることはよくあることであり,その原因は,(イ)感光材料(PAC)と樹脂との反応,特に塩基性の条件下での樹脂との反応による微粒子の発生,(ロ)樹脂のゲル化による微粒子の発生,であろうと推定されていた。すなわちフォトレジスト組成物の保存中に微粒子が発生する原因が溶剤中の不純物にあるということは,本件特許出願当時は考えつかないことであったというのである。上記感光材料(PAC)とは本件明細書に記載されている(b)成分である「光活性化合物」に相当するもの,樹脂とは本件特許発明の(a)成分である「アルカリ可溶性樹脂」に相当するものである。そして,上記(イ)は,光活性化合物と樹脂との反応などが起こり,微粒子として溶解しないものになるということである。本件明細書(甲2)においても当該光活性化合物を溶解するための溶剤については縷々記載されているとおりであり,これを安定に溶解させるための溶剤の開発が大きな課題であったことが述べられている。 また上記(ロ)は,樹脂がゲル化(個々の分子が独立した運動性を失って集合し,固体状又は半固体状になること)して微粒子となり溶解しなくなるということである。 (イ)及び(ロ)のいずれも,使用する溶剤又は多種類の溶剤の組合せ(溶剤系)の溶解性の問題であるから,フォトレジスト組成物の保存中におけるこのような微粒子の発生を防止するためには,「溶剤の種類や混合の組合せを変えて微粒子の発生を防止できるか否かを試行錯誤して,その対策を検討してみることしか」なかったのであり,これが当時のこの分野の当業者にとって最も一般的な解決策であった。 この点についてA教授は,発生した微粒子の化学構造を完全に解明することが困難であったこと(第1),そして,溶剤中に含まれている不純物に着目する必然性が無かったこと(第2)の2点から,他の手法が困難であったと説明する。さらに,第2の点における溶剤に関しては,?@溶剤中に含まれている微量の不純物が(a)成分である「アルカリ可溶性樹脂」や(b)成分である「光活性化合物」の溶解性に殆ど影響を与えないこと,及び?A溶剤中に含まれている微量の不純物が微粒子の発生の触媒能を有しているなど考えられなかったことも指摘する。 A教授は,以上の事実を前提として,「フォトレジスト組成物の保存中における微粒子の発生原因が,フォトレジスト組成物の溶剤に含有されている不純物であるということは,当時のこの分野の当業者が想定できることではなかったものと考えます。」と結論付けているのである。 ウまた本件特許発明の出願当時,フォトレジスト組成物保存中の微粒子発生の原因が,乳酸エチルに含まれる不純物にあることを想到することが困難であったことは,控訴人の日本子会社の社員,Bの陳述書(甲10)の記載内容からも推認される。 Bは,第1に「溶剤中に含まれている微量の不純物が(a)成分である『アルカリ可溶性樹脂』や(b)成分である『光活性化合物』の溶解性に殆ど影響を与えないこと」を,第2に「溶剤中に含まれている微量の不純物が微粒子の発生の触媒能を有しているなど考えられなかったこと」を,それぞれ詳細に説明している。 上記のうち,まず第1の点は,溶解性の問題である。フォトレジスト組成物は,(a)成分である「アルカリ可溶性樹脂」や(b)成分である「光活性化合物」などの成分が,溶剤に溶解された溶液となっているが,溶剤に溶解した成分の量が飽和溶解度を超えると,溶解しきれない成分が析出して粒子を形成することになるので,溶液を製造するために使用される溶剤は,これらの成分を安定的に溶解するために,成分を溶解するのに必要な量を超えて過剰に使用されているのである。そして,このように過剰に使用される溶剤の量が,わずか数%程度変化したとしても,フォトレジスト組成物中の(a)成分や(b)成分などの溶質の溶解性に与える影響はわずか数%程度である。つまり,もともと溶剤が過剰に使用されている以上,溶剤中に多少の不純物が存在しても溶剤の溶解性について殆ど影響を与えることは無いので,フォトレジスト組成物の製造過程において,溶剤中の不純物が問題とされることはなかったということである。 第2の点について,まず触媒能があると考えられていた物質としては,金属化合物や塩基性の物質が挙げられるところ,このような物質が蒸留された溶剤の中に含まれていること自体が考えにくいことだとしている。溶剤メーカーは製品の規格を一定に保つために,少なくとも一度は蒸留精製をしており,このことは,甲9(A教授の陳述書)においても「フォトレジスト組成物に使用する溶剤は,すでに溶剤メーカーにおいて蒸留精製されているのが通例ですので,全て揮発性の物質,即ち加熱により蒸発する物質だけになっています。」と述べられているとおりである。 この点,甲11(PURACの製品説明書)に,乳酸エチルの規格について,「食品/溶剤グレード光学活性試薬グレード分析(GLC)最低 97%最低 98%異性体純度--最低 98.5%S-異性体酸性度最大 0.025%最大 0.025%(乳酸として)水分最大 0.3%最大 0.3%(カールフィッシャー法)不揮発性成分最大 0.01%最大 0.01%沸点範囲145-160℃145-160℃5-95%(1013ミリバール)(1013ミリバール)」と記載されているが,これは蒸留の際の沸点範囲である145℃〜160℃よりも低い,即ち145℃未満の温度で蒸発してくる留分(「初期留分」又は「低沸点留分」)が全体の5%であり,それよりも高い,即ち160℃まで温度を上げても蒸発して来ない成分(「高沸点留分」又は「不揮発性成分」)が全体の5%であって,残りの90%が沸点範囲の145℃〜160℃で蒸発してくる留分であること,つまり蒸留精製前の90%を蒸留して製品としていることを示している。 このように,溶剤は溶剤メーカーにより,少なくとも一度は蒸留精製されているのであり,このような沸点範囲で蒸発して蒸留されて回収可能な物質は,通常は低分子(分子量の小さい)の有機化合物であって,金属化合物のような高沸点の物質や,不揮発性の物質は取り除かれている。さらに,甲11の仕様書において「酸性度」の規格が記載されていることが示すとおり,乳酸エチルに混入してくる不純物としては,乳酸などの酸性の物質が想定されており,塩基性の物質が混入してくることは考えられない。そして,Bが「溶剤によって,触媒作用が発生しないように,溶剤メーカーにおいては,出荷される溶剤の酸性度や塩基性度が規格化されております。」(甲10)とするとおり,各溶剤において想定される酸性物質や塩基物質については,厳格に規格化されており,溶剤による酸性度や塩基性度の変化は生じない。 そうすると,溶剤,特に乳酸エチルのような酸性物質を含有している可能性が高い溶剤において,微粒子の発生の触媒能を有している物質が含有しているとは考えられない。 エ原判決及び被控訴人は,前記乙23などを根拠として,半導体製造において使用される薬品類はことごとく精製して高純度としなければならないとの考え方を前提として,本件特許発明が容易想到であったとする。 しかし,乙23は「使用目的に合わない」不純物が存在する場合には精製が必要である旨記載しているのであり,フォトレジスト組成物の溶剤として使用される乳酸エチルに使用目的に合わない不純物が含まれていること自体が知られていない以上,乙23を前提としたとしても,本件特許発明について,直ちに乳酸エチルのさらなる精製を行うべきとの結論には結びつくものではない。むしろ,本件特許出願当時,乳酸エチルには使用目的に合わない不純物が含有されていることは知られていないのであるから,むしろ乙23はそのような溶剤を,さらに精製する必要がないことを示唆しているといえる。 被控訴人は,乙33(「半導体製造用材料とケミカルズ」267〜270頁・昭和59年5月31日発行・株式会社シーエムシー)を引用するが,乙33に記載されている溶剤のキシレンは純度が95.0%以上のものであり,必ずしも常に無条件に高純度のものが使用されるわけではない。 以上からすれば,フォトレジスト組成物の溶剤として使用する乳酸エチルにおいて精製が必要であるか否かということは,どの証拠にも開示されておらず,本件特許発明が初めて開示するものであって,乳酸エチルを精製すべきであるとの結論が容易想到であるとの議論は,本件特許発明を知らなければ発想しえない後知恵であり,失当である。 オ被控訴人は,引用例5(「LSIプロセス工学」,乙25)を根拠として,乳酸エチルには半導体製造用に特別に精製された高純度のEL級という仕様が存在することを指摘し,これを半導体製造に使用される溶剤を精製することが容易想到であったことの根拠とする。 しかし,「精製」といっても化学的な意味で使う場合と,物理的な意味で使う場合とで,その内容は異なる。化学的な意味での精製は,単一の分子種の含有量を増加させることであり,物理的な意味での精製とは異物やゴミなどの除去を意味する。精製は,使用目的に合わせて,使用目的に合わない不純物として認識されるものが含有されていたときに,当該不純物を除去するために行われるものである。この点,フォトレジスト組成物に使用される溶剤の当時不純物として認識されていたのは,半導体の製造に悪影響を与える物理的な微粒子(ゴミ),水分,金属成分,及び感光材料に影響を与える塩基性物質などであり,これらはろ過等の物理的な精製によって除去されるものである。しかし,化学的な精製によらないと除去することのできない溶剤中の揮発性の化学物質については,フォトレジスト組成物がシリコン基板に塗布された後,フォトレジスト組成物中の溶剤は蒸発させられてレジスト層から除かれるので,半導体の製造に悪影響を与える不純物としての認識はなされていなかったのである。このことは甲9(A教授の陳述書)でも指摘されているとおりである。 このように電子工業用のEL級という特別に純度の高い仕様とは,使用目的に合わない不純物が高い精度で除去された仕様ということであり,必ずしも化学的な純度を上げることを意味しない。乙25では,EL級溶剤が「化学的に」高純度であることは記載も示唆もされておらず,ただ,半導体製造に悪影響を与えることが知られていた,固形粒子や金属成分を除去しているという意味での純度を上げていることが記載されているにすぎない。 この点は,甲12の製品仕様書の記載から裏付けられる。甲12は,乙13(本願の拒絶査定に対する不服審判請求の理由補充書)の添付資料6(CPSケミカル社の製品仕様書)であるが,ここでは,乳酸エチルの標準グレードとEL級の仕様につき,「特 性標準グレードEL級98.098.0分析 重量%最低最低20201.0291.0321.0241.040比重(/℃)--0.50.5酸度最高最高水分()重量%最高%最高%K.F.0.30.2500ppbナトリウムN.A.500ppbカリウムN.A.500ppb鉄N.A.2020色(APHA)最高最高gm100ml 0.01不揮発性物質/N.A.最高外観懸濁物質の無い懸濁物質の無い澄明な液体澄明な液体 」と記載されている。つまり,標準グレードに比べた場合のEL級の特徴は,水分がより少ないこと,ナトリウム,カリウム及び鉄などの金属成分並びに不揮発性物質の含有量を測定し規格として保証していることであって,化学的な純度についてみれば,いずれも98%であって何ら変わるところはない。 そして,残りの約2%についても,異なる分子種を含有しているという意味では化学的な意味での不純物ではあるが,乙23(溶剤ハンドブック)に「これらの不純物が溶媒の使用目的に悪影響を与えなければ,例えば工業的に大量に使う場合のように,そのまま使用してさしつかえない。」と明記されているように,使用目的に悪影響を与えないとされていた揮発性成分であることから,「半導体製造に悪影響を与える不純物」としては認識されていなかったのである。 カ半導体製造において使用する薬品につき,常に使用前にその化学的な純度を高めることが要求されていないことは,被控訴人が提出した乙33からも明らかである。そこには半導体用として使用されるキシレンの純度は95.0%と記載されているところ,残りの5%は半導体製造において不純物として認識されていないから,これ以上の化学的な精製はなされていない。 さらに乙20(Cの報告書)でも,「(2)電子工業用薬品とそれ以外の用途品における蒸留操作の違いについて当社は電子工業用薬品用途と,それ以外の用途品の乳酸エチルを製造しておりますが,両者の蒸留操作に違いはありません。いずれの用途品も乳酸エチルを蒸留して精製しますが,ただ,初期留分は,水分等の不純物含有量が電子工業用薬品規格には合致しませんので,電子工業用薬品以外の用途の乳酸エチルとして,別の製品貯蔵槽に受けられます。」(2頁10行〜15行)と記載されているように,水分含有量の比較的多い「初期留分」のみを除いたものがEL級とされているだけであり,蒸留の精度を上げたものではないことが明らかにされている。 それにもかかわらず被控訴人はEL級という包括概念的な用語を用いて,かつ化学的な意味での純度とそれ以外での純度を混同させて,市場で入手できる電子工業用のEL級という特別に純度の高いものを使用し,それ程純度の高くない乳酸エチルを購入した場合には,使用前に当該乳酸エチルを蒸留して純度99%以上として使用することは,当然の前提と判断されると主張するが,甲12が示すとおり,標準グレードの溶剤もEL級溶剤も,いずれも化学的な意味での純度は98.0%と変わらないのであって,使用前に当該乳酸エチルを蒸留して純度99%以上として使用することを当然の前提とするような合理的な理由は何ら存在しない。 ( )引用例2(,乙22)に関する原判決の認定,被控訴3ORGANICSYNTHESES人の主張に対する反論原判決及び被控訴人は,乙22を根拠に,本件の出願当時,純度99%以上の乳酸エチルが知られていたことを指摘し,これを乳酸エチルを精製することが容易想到であったことの根拠の1つとする。 しかし,そもそも,乙22は,「有機合成」という題名からも明らかなとおり,有機化合物の新たな合成方法(新たな化学反応の方法)について記載されているものであって,99%以上の乳酸エチルも有機化合物の合成原料として使用される試薬級のものである。この点,有機化合物の合成原料として低純度のものを使用することは通常は考えられない。なぜならば,合成原料は化学反応を起こすものなので,その中に他の化学物質が混入していれば,当該他の化学物質が思わぬ副反応(好ましくない化学反応)を起こすことになる可能性があることや,正確な化学量(モル数)を把握することが困難となるからである。 また乙22に記載されている乳酸エチルは高純度に精製されたものであり,これほどまでに精製しなければならないのは,当該乳酸エチルが溶剤として使用されるのではなく,有機合成の原料物質として使用されるものであるという使用目的の違いからである。このように,有機合成の原料として精製された乳酸エチルが存在するからといって,目的の異なるフォトレジスト組成物における溶剤としての使用を示唆するものとならないことは当然である。 そうすると,乙22が示すのは,有機合成用に純度99.0以上の乳酸エチルがイギリスの企業から市販されていた事実のみであり,かかる事実から(a)成分及び(b)成分を含有するフォトレジスト組成物における溶剤として純度が99.0%以上の乳酸エチルを使用しなければ,当該フォトレジスト組成物における微粒子の発生を抑制することができないということを導くことはできない。 ( )本件特許発明が引用例1記載の発明に比して退歩的であるとの被控訴人4の主張に対する反論被控訴人は,本件特許発明が進歩性を有するためには,少なくとも構成がほぼ同一である公知技術である引用例1(乙18)記載の発明に対して顕著な効果上の差異があることが本件明細書に具体的に記載されていることが不可欠の要件であるとした上で,引用例1(乙18)の発明に比してむしろ退歩的な効果しか示していないとして,本件特許発明の進歩性を否定する。 本件特許発明は,洞察力と根気良い実験の積み重ねの末に,フォトレジスト組成物の原料成分の1つである溶剤の乳酸エチルに溶解して含まれる何らかの化学物質(チリなど,溶剤等に溶解していない物理的な不純物とは異なる,揮発性の物質,即ち蒸発することができる物質)が,フォトレジスト組成物の保存中の経時変化によるゲル状固形物発生の原因であることを見出し,ピンポイントで乳酸エチルの純度を上げる,即ち,当該原因物質を1%以下に減少させるために,その純度を99%以上にすれば,他のフォトレジスト組成物の原料成分の純度とは関係なく,微粒子の発生を顕著に抑制することができるという効果があることを見出したものである。かかる本件特許発明は,半導体製造に当たってフォトレジスト組成物自体(フォトレジストを製造する材料ではなく,製造されたフォトレジスト組成物自体)の純度を上げることが重要であるとか,フォトレジスト組成物を製造する際の原料成分からダストやゴミなどの不揮発性成分やピンホール発生の原因となる水分や,金属成分などを除去するための精製をしておかなければならないというような従来技術に基づく発想ではなく,技術的な次元の異なる全く新しい発想に基づくものである。本件特許発明は,微粒子の発生の原因の発見に基づき,特定の溶剤についてピンポイントで対処することができることを,はじめて明らかにしたものである。 一方,引用例1は,本件特許発明の方法とは全く異なり,溶剤,感光剤(PAC)等のフォトレジスト組成物の材料の選択と組合せに原因があるのではないかとの従来の発想に基づき,新たな組合せを見出したことを本質とする発明である。そして,引用例1は当該組合せにおいて乳酸エチルの使用が好ましいことが開示されているが,当該乳酸エチルの純度とフォトレジスト組成物における微粒子の発生については開示も示唆もなされていない。これは,引用例1における微粒子の発生が,従来から指摘されてきた,光活性化合物(PAC)成分や樹脂成分の溶解性のみに着目していたからであり,本件特許発明におけるような光活性化合物(PAC)成分や樹脂成分以外の他の成分に起因した微粒子の発生を全く想定していないからである。このように,発明に至るための基礎となった知見は全く異なるものであり,引用例1には本件特許発明は開示されていないし,本件特許発明の知見に至る発想も示唆されていないのである。 このように,本件特許発明と引用例1との相違は,単純に乳酸エチルの純度にとどまるものではなく,発明の基礎となった発想が根本的に異質なものであることにある。 ( )本件特許発明の効果とその確認方法(顕微鏡による目視)についての補5足的主張本件特許発明は,本件明細書(甲2)に,「この発明は,高溶解力を有する新しいいっそう安全な溶媒に溶解した新規高解像度ノボラック樹脂及び分子当り若干のジアゾキノン基を有する新規高解像度PACを含む新規なフォトレジスト方法及び組成物を提供する。」(本件明細書3頁左欄28行〜31行)と記載されているように,ノボラック樹脂を用いたフォトレジスト組成物,いわゆるi線,g線用などのフォトレジスト組成物に関するものである。 また,本件明細書には,PACの性能について,「光分解PACの353nm(最大吸収)における吸光度,ε,をml溶液/PACグラムの単位で測定した。」(12頁右欄19行〜20行)と記載されているように,その性能が353nmの波長の光で測定されている。当該353nmの波長の光がi線と呼ばれているものである。g線は更に波長の長い光であり,波長の短いi線のほうが高解像度のものになる。 このように,本件特許発明は,いわゆるi線,g線用などのフォトレジスト組成物であり,このようなフォトレジスト組成物は,約1μmのレジストパターンを形成させるものであり,0.5μm程度の大きさの微粒子によってもレジストパターンの形成に大きな影響が生じることは,乙19(Dの技術説明書)にも記載されているとおりである。だからこそ,製造過程において0.2μmのフィルターでのろ過が必要とされており,本件明細書に記載の例195においてもその手順が記載されているのである。 このようなi線,g線用のレジストの性能を検査するためには,0.5μm程度の微粒子を検出することができる検査方法を採用しなければならないことは当然のことであるところ,このような微粒子を肉眼で見ることができないことも当業者には周知のことである。 従って,本件明細書に,「市販乳酸エチルを含有するレジスト試料からスピンコーティングしたフィルムは,代表的にウェーハ当り約120個の目に見える粒子を示したが,純粋にした乳酸エチルからスピンコーティングしたレジストフィルムは,粒子の存在しない高品質のものであった。」(17頁右欄38行〜43行)とあるところの「目に見える粒子」とは,本件特許発明の発明者(E)自身の陳述書(甲13)のとおり,顕微鏡で観察した結果であることはいうまでもないことである。この事実はBの陳述書(甲10)にも述べられているとおりであり,本件出願当時の検査方法としてスピンコーティングして微粒子の存在を顕微鏡を用いて確認する方法が一般的であったのである。そして,当時の顕微鏡として,0.5μmの微粒子の存在が確認できるようにするために,倍率が50倍〜100倍程度のものが使用され,さらに詳細に確認するためには500倍程度の倍率のものも使用されていた。 この点について,被控訴人は,「目視」が「肉眼での測定」であることを前提として,本件特許発明を,10.0μm以下の大きさの粒子は,目視ではそもそも検出できないのであるから,引用例1(乙18)に記載されるように0.5μm程度の粒子発生が問題とされるi線用,g線用レジスト組成物の保存安定性の良効性を議論するうえで,当業者にとって技術的意義がないとする。しかし,上記のとおり,本件特許発明の例195においてはスピンコーティングした後にウェハー上に固定化された塗膜を顕微鏡を用いて目視するのであるから,少なくとも0.5μm程度の微粒子を検出することができていたのであり,被控訴人の反論には理由がない。 そもそも,i線用,g線用レジスト組成物の保存安定性を語る上で技術的に価値ある検査方法を採用することは技術常識であるから,本件明細書に記載の方法によって0.5μm程度の微粒子の存在を確認することができたことは,当業者であれば本件明細書の記載から当然に読み取ることができたのである。被控訴人のこの点にかかる主張は,引用例1に記載の「目視判定」と本件明細書の「目に見える」との記載を,技術的常識を無視して何らの根拠もなく「肉眼」と同義であると独断したことを根拠とするものであるから,測定方法の相違を無視したものである。 (6) 控訴人の被った損害に関する主張ア 損害賠償被控訴人は,上記の特許侵害行為のうち,本件訴え提起の日の3年前の日である平成15年6月20日から本件特許の消滅の日である平成19年12月22日までの間の被告製品の販売により45億7800万円の利益を得た。この利益は,特許法102条2項により,被控訴人の侵害行為により控訴人が受けた損害と推定される。 イ 不当利得さらに被控訴人は,平成10年1月1日より本件訴え提起の日の3年前の日の前日である平成15年6月19日までの間に,販売価格総額215億8300万円相当の被告製品を製造,販売した。本件特許権の実施料率は販売価格の8%が相当であるから,以上の期間における侵害行為による被控訴人の不当利得は,17億2700万円となる。 ウよって,控訴人は,上記イの不当利得の内金16億8062万円及びこれに対する平成15年6月20日以降完済まで年5分の割合による法定利息,上記アの損害賠償のうち,原審において請求した29億8997万円及びこれに対する平成18年6月27日以降完済まで年5分の割合による遅延損害金,並びにその残額である15億8803万円及びこれに対する平成19年12月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 3 被控訴人の当審における主張(1) 構成要件の分説に対し控訴人は,本件特許発明の構成要件の分説について,「(a)成分及び(b)成分の両者が『同時に』溶解しているという本件特許発明の構成を意図的に排除した」と主張している。 しかし,被控訴人としても,控訴人の主張する「同時に」溶解しているという分説に何ら反論するものではなく,当該分説を主張することによる控訴人の主張の意図が不明である。そもそも被控訴人は,原審において,「溶解した」という表現を使用して構成要件の分説をしていたのであって,何ら意図的に排除したものでもない。原判決の構成要件の分説は相当である。 (2) 無効理由についての補充的主張ア本件特許発明の効果は,引用例1の発明の効果に比して,退歩的である。 本件特許発明が進歩性を有するためには,少なくとも構成がほぼ同一である公知技術である引用例1(乙18)の発明に対して顕著な効果上の差異があることが本願の当初明細書に具体的に記載されていることが不可欠の要件である。しかし,本件明細書には,引用例1(乙18)の発明に比して,むしろ退歩的な効果しか示していない。 本件特許発明が奏するとされる効果の基礎は,実施例195に記載された効果,すなわち,純度約97%の乳酸エチルを使用した場合と,これを蒸留して約99%より高い純度とした場合の両組成物を保存後にシリコンウエーハ上にスピンコートした場合に,目視で判断して,前者の場合には約120個の粒子が見られたのに対して,後者では粒子は存在しなかった,というものである。 しかし,粒子が目視できるというためには,乙19(Dの技術説明書)の参考資料2に記載されるように,だいたい10μmの大きさ以上であることは技術常識であるから,本件特許発明の効果たるものは,約99%より高い純度の乳酸エチルを使用した場合には,だいたい10μm以上の粒子が無かったという事実を示しているにすぎない。10.0μm以下の大きさの粒子は,目視ではそもそも検出できないのであるから,引用例1(乙18)に記載されるように0.5μm程度の粒子発生が問題とされるi線用,g線用レジスト組成物の保存安定性の良効性を議論するうえで,当業者にとって技術的意義の全くないものである。 この点,本件特許発明と同じく,レジスト組成物の保存安定性を図る上で乳酸エチルが有効であることを示す引用例1(乙18)記載の発明においては,「このようなレジスト組成物中で発生する微粒子は粒径が0.5μm以上のものもある。このように大きい微粒子を含有するレジスト材料を用いて1μm程度のレジストパターンをウエーハ上に形成する場合に,現像によりレジストが除去される部分に,微粒子が残り,解像度が低下するという問題を有する。」(2頁左上欄1行〜7行)とした上で,2-オキシプロピオン酸エチル (すなわち乳酸エチル)を用いた実施例1と,これに代えてメチルセロソルブアセテートを用いた比較例1とで,レジスト調整後の40℃,1ヶ月保存後の目視発生粒子数を対比している。そして,目視ではいずれの場合も粒子の発生は見られない,すなわち,目視テストでは実施例と比較例との区別がつかないものの,実施例1では保存後も自動微粒子計で計測しても0.5μm以上の粒子は10個/mlとレジスト調整後と変わらなかったが,比較例1の場合には,0.5μm以上の粒子が1000個/mlであったことが明確にされている。 このように,i線用,g線用レジスト組成物の保存安定性を語る以上は,引用例1(乙18)のように,せめて0.5μmレベルの大きさ以上の粒子の発生を比較して,実施例と比較例との効果の有意差を示すものでなければ,技術的に無価値である。本件特許発明において純度約99%より高い乳酸エチルを使用した場合に,発生粒子が目視できなかったとする例195は,0.5μm程度の大きさの粒子が発生していないことを何ら立証するものではない。従って,控訴人のいう本件特許発明の効果は,i線用,g線用レジスト組成物の保存安定性を語る上で技術的に無価値であり,引用例1(乙18)の効果に比して,いわば退歩的な効果である。 この点,原判決は進歩性の判断に絡み,本件特許発明で「乳酸エチルの純度を99%以上と規定したことによる効果が格別顕著なものであると認めることもできない。」と判断しているが,正当である。 イ控訴人は,原判決が本件特許発明の効果が格別顕著なものではないとするのは誤りであるとする。 しかし,発明が顕著な効果を奏することの主張・立証は特許権者が明細書の記載に基づいて行うべきところ,控訴人が本件特許発明の特有の効果を主張・立証せずに原判決を批難することは誤りである。原判決は,本件特許発明の明細書の記載や周知技術に基づいては,乳酸エチルの純度を99%以上としたことについて,顕著な効果を認定しえないことを指摘したにとどまるものであって,控訴人は本件特許発明の顕著な効果を自ら立証できていない。 控訴人は,本件明細書の例195の記載に基づいて,本件特許発明の顕著な効果が記載されていると主張するが,例195は本件特許発明のi線用,g線用レジスト組成物の良好な保存安定性を示す充分な根拠とはなりえず,むしろ引用例1(乙18)に開示されるレジスト組成物の保存安定性に係る効果と対比して,退歩的な効果を示すにすぎないものであるから,原判決が本件特許発明の効果の顕著性を否定したことは当然である。 控訴人は,本件特許発明について,フォトレジスト組成物中に発生した粒子は,0.5〜20μm以下の極めて小さな微粒子の集合体であり,これをフォトレジスト組成物から分離することは不可能であり,これらの微粒子の材質を解析して原因を究明することはできない。本件特許発明は,このような試行錯誤により,その原因が市販の乳酸エチルに含有されている未知の化学物質であることを解明したと主張し,本件特許発明があたかも0.5μmの大きさ以上の微粒子発生を回避したレジスト組成物を実現したかの如く述べているが,これは本件明細書の記載に基づかない主張である。本件明細書には,未知の化学物質に関する記載はおろか,原因解明に関する記載は一切ないのであり,控訴人の主張は失当である。 (3) 控訴人の当審における主張に対する反論ア控訴人は,原判決は引用例3及び引用例5の認定を誤ったうえ,本件特許発明の容易性の判断を誤ったこと,引用例2は乳酸エチルを原料化学物として使用する発明であるのに使用目的を考慮せずに判断したのは誤っている旨を主張する。しかし,原判決の各引用例に記載される発明の認定には何ら誤りはなく,各引用例に基づいて本件特許発明と引用例1(乙18)との相違点である乳酸エチルの「純度を99%以上とすること」は当業者が容易に想到することができた旨,原判決が判断したことに誤りはない。 イ控訴人は,原判決が引用例3(乙23)に基づいて,如何なる溶媒についても,如何なる状態にあっても溶剤の純度を高める必要があることは一般化学常識であると認定したかの如く主張するが,原判決はそのような認定をしていないことは判決内容から明らかである。引用例3は,溶剤に関する当業者の一般常識が記載されている刊行物であり,そこには原判決が認定するように「市販されている溶剤には多種多様の原因で不純物が混入しているので,使用する溶媒について熟知しなければならず,これを使用する際には,混入する不純物のうち少なくとも使用目的に合わないものを除去すべきこと」,「一般の溶媒は種々の原因により不純物を含有しているところ,これらの不純物が溶媒の使用目的に悪影響を与えなければ,そのまま使用しても差し支えないが,少なくとも使用目的に支障を来す不純物を,支障を来さない限度までに除去しなければならないこと」が記載されているのであるから,原判決が一般的化学常識として,「市販の溶剤には多くの場合不純物が含まれており,使用目的によっては支障を来すおそれがあること,このため,溶剤の使用に当り,少なくともその使用目的に支障を来さない限度にまで精製して不純物を除去し,溶剤の純度を高める必要がある」と認定したことは,極めて自然な判断であって,かような技術常識の認定に何ら誤りはない。 なお控訴人は,引用例3には溶剤の精製は特殊な化学反応を行う場合の前提条件が記載されていると主張するが,引用例3は溶媒一般に関する化学常識について記載されたものであり,特殊な化学反応を行う場合は,反応に関与しない溶媒であっても不純物を除去する必要があるとの常識的な事項を述べたものである。従って,溶剤の一般的使用に当り,その使用目的に支障を来さない限度にまで精製する必要がある旨の知見が引用例3に記載されていることは明らかである。なお溶剤を工業的に大量に使用する場合であっても,溶媒の使用目的に悪影響を与える場合は溶媒の精製を必要とすることは当然である。 ウ控訴人は,原判決は引用例5(乙25)の認定を誤った旨も主張するが原判決の引用例5(乙25)に関する技術内容の認定には何ら誤りはない。控訴人は,引用例5(乙25)の技術的内容はフォトレジスト組成物を使用する場合についての記述であって,フォトレジスト組成物を製造する場合について述べたものではない旨主張するが,引用例5には「ホトレジストには,薬品製造過程中に混入する異物に加え,ホトレジストの経時変化でできるゲル状の固形物」と記載されており(195頁1行〜3行),製造時及びその後の経時変化を問わず異物や固形物の存在の除去が周知の課題であったことが記載されているのであり,異物や固形物の存在の除去が物の発明としてのレジスト組成物に関する周知課題であることは明らかである。従って,控訴人の主張は失当である。 なお控訴人は,本件特許発明は物の発明であるのに,フォトレジスト組成物を製造する方法発明であるかの如く主張したうえ,フォトレジスト組成物の使用と製造の当業者が異なると述べている点は失当である。また本件明細書中には,化学的な解明など開示されていないのに,本件特許発明は溶剤の化学的な側面からの改善である旨主張しているのは本件特許発明の明細書の記載に基づいたものではなく根拠がない。 エ原判決は,引用例2(乙22)の記載に基づいて,本件特許権の出願当時既に,純度99%以上の乳酸エチルが市販されていたことを認定したところ,控訴人は,引用例2に記載の乳酸エチルは,溶剤としての安価な乳酸エチルではなく,化学反応に供与されるハイグレードの原料化合物としての乳酸エチルであるので,引用例2には溶剤としての乳酸エチルに関しては開示されていない旨主張し,原判決が乳酸エチルの使用目的を考慮していない旨主張する。 しかし,引用例2には,純度99%以上の乳酸エチルが市販されていた事実が明記されているのであるから,原判決の引用例2に関する認定に何ら誤りはない。市販されている純度99%以上の乳酸エチルは,その使用目的が限定されているわけではないので,当業者が純度99%以上の乳酸エチルを溶剤として使用するために入手することが可能であることに変わりはない。試薬級の化学薬品が高価であることや,その使用量の多いか少ないかをもって,本件特許発明の進歩性判断に影響を与えることはない。 また控訴人は,原判決が乙13の添付資料や引用例2(乙22)に基づいて,本件特許発明の出願当時,乳酸エチルの市販品として「純度99%以上のもの」が販売されていた事実を認定したこと(判決書26頁4行〜6行)に対して,同号証には「98%は記載されているがこれを超えるものには言及されていない。」として原判決の事実認定を非難しているが,不当である。乙13の添付資料5,6(仕様書)には,それぞれCHIRALREAGENT(キラル試薬級)「min.98%」,ElectronicGrade(電子工業級)「98.0min.」と明記されており,少なくとも98%の純度の乳酸エチルが本件特許発明の出願当時市販されていたことは明らかである。また,引用例2(乙22)には,純度99%のものが市販されていた事実が記載されている。控訴人の主張は,自らが特許庁に任意提出した乙13(審判請求理由補充書)の添付資料5,6の書証の記載内容に反するばかりか,明白な事実をいたずらに争うものである。 オ控訴人は,引用例2(乙22)に記載の発明は,化学反応における原料化合物(試薬)として使用するものであり,溶剤としての乳酸エチルに関しては何ら開示されていないので,原判決が,乳酸エチルの使用目的に関する考慮をすることなくフォトレジスト組成物の溶剤である乳酸エチルの純度を99%以上と構成することが容易であると判断したことは誤りであると主張する。 しかし,引用例1(乙18)の発明は,レジスト組成物中に目視では観察しえない微粒子が発生するレジスト組成物の保存安定性を発明の技術的課題とするものである。そして,引用例5によれば,半導体プロセスで使用する薬品の主なものとして無機薬品,有機溶剤のほかフォトレジスト等も列挙されるとともに,これらの薬品の純度について,電子工業用にEL級という特別の純度の高い仕様が設けられていることが当業者の技術常識であることが示されているのであるから,引用例1(乙18)のレジスト組成物の薬品を選択する場合においては,反応試薬であろうと溶剤であろうと区別することなく薬品や溶剤の清浄化を行うことは,当業者にとって極めて自然な動機付けとなっていることは明らかである。引用例1(乙18)には,反応によって生成したノボラックに関し,「縮合反応終了後,系内に存在する未反応原料,酸触媒及び反応媒質を除去するため,」と記載され(3頁右下欄11行〜16行),反応生成物を清浄化している。引用例1(乙18)には溶剤の清浄化に関する記載はないが,引用例1(乙18)の技術的課題を考慮すれば,清浄化された溶剤が用いられるべきことは容易に理解できる。そして高集積度の半導体回路パターンを形成するために使用されるフォトレジスト組成物の溶剤として用いる溶剤としては,電子工業用の中でも最も高い精度が要求される分野であるので,EL級以上の純度のものを使用すべきことは当業者にとって自然なことである。 (4) 控訴人の被った損害に関する主張に対し否認し争う。 第4当裁判所の判断1控訴人の被控訴人に対する本訴請求は,当審において請求を追加した部分も含め,本件特許(第2729284号)の特許請求の範囲第1項(本件特許発明)に基づく請求であるところ,当裁判所も同特許発明部分は,原判決と同じく,特許無効審判により無効にされるべきものであると判断する。その理由は以下に述べるとおりである。 2本件特許発明の意味(1) 特許庁における手続の経緯ア本件特許権は,後述するとおり,その出願過程において一旦拒絶査定がなされ,これに対する不服審判請求の過程において本件から分割出願(別件特許権〔特許第3060005号,乙11〕)を行っている。そして,その分割出願に至るまでの経緯は,証拠(各認定事実の末尾に摘示した)及び弁論の全趣旨によれば以下のとおりであることが認められる。 (ア)本件特許権は昭和62年12月22日,訴外アスペクト・システムズ・コーポレーションにより出願され(特願昭62-323030号。 特許請求の範囲1〜58。発明の数17。特開昭63-220139号〔乙2〕,優先権主張1986年〔昭和61年〕12月23日米国及び1987年〔昭和62年〕10月13日米国),その後出願人の地位を承継した控訴人(承継当時の商号「シップレー・カンパニー・インコーポレーテッド」。なおその後さらに「シップレーカンパニーエルエルシー」と商号変更した後,2004年〔平成16年〕2月1日,現在の商号に変更)は,平成6年8月2日,特許請求の範囲及び明細書の記載を補正する手続補正をした(乙3。特許請求の範囲1〜9)。 (イ)上記手続補正書に記載の特許請求の範囲1の内容は以下のとおりであり,特許請求の範囲1に乳酸エチルを含む3種混合溶剤を,特許請求の範囲7及び8に純度99%を超える乳酸エチルについて規定するものである。 「1.活性化線に感応して水性アルカリ溶液で現像可能である潜像を形成し,乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルからなる溶剤混合物中に溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸ハロゲン化物とヒドロキシ又はポリヒドロキシバラスト化合物との反応から導かれるエステル又はポリエステルである少なくとも1種の光活性化合物を含む組成物。 7.(A)ノボラック樹脂及びポリビニルフェノール樹脂からなる群から選択されたアルカリ可溶性樹脂及び(B)オキソージアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸ハロゲン化合物とヒドロキシ又はポリヒドロキシバラスト化合物との反応から導かれるエステル又はポリエステルである光活性化合物を含むポジティブ作用ホトレジスト組成物において,その組成物は活性化線に感応し,その樹脂及び光活性化合物を溶解する十分量の溶剤に溶解されて単一液相被覆組成物を形成し,前記溶剤は(ca□/cm )の単位で表して30.5δ> 4.4,dδ> 3.6,pδ> 3.0 及びhδ> 0.59pの溶解パラメータを有し,少なくとも99%を超える純度の乳酸エステルを含むことを特徴とする組成物。 8.その溶剤は乳酸エチルである請求項7の組成物。」(ウ)これに対し控訴人は,平成7年6月21日付けで拒絶理由通知(乙4)を受けたが,そこには以下の記載がある。 「理由【2】この出願の発明は,その出願日前の出願であって,その出願後に出願公開された下記2,3の出願の願書に,最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であると認められ,しかも,この出願の発明者がその出願前の出願に係る上記の発明をした者と同一であるとも,またこの出願時において,その出願人がその出願の出願に係る上記特許出願の出願人と同一であるとも認められないので,特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。 記2.特願昭61-153849号(特開昭62-123444号公報参照)(判決注:乙18)3.特願昭61-36417号(特開昭62-194249号公報)・2では,2-オキシプロピオン酸エチルは乳酸エチルのことである。…」(エ)控訴人は,平成8年1月25日付けで上記拒絶理由に対し意見書を提出するとともに(乙5),平成8年1月25日付け手続補正書(乙6)を提出し,明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を補正した(特許請求の範囲1〜9)。 上記平成8年1月25日付け手続補正書に記載の特許請求の範囲1の内容は以下のとおりである。なお,特許請求の範囲7及び8の記載は,上記(イ)の平成6年8月2日付け手続補正時の記載と同じである。 「1.乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルからなる溶剤混合物中に溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸ハロゲン化物とヒドロキシ又はポリヒドロキシバラスト化合物との反応から導かれるエステル又はポリエステルである少なくとも1種の光活性化合物を含むことを特徴とする,水性アルカリ溶液で現像可能である潜像を形成するため活性化線に感応性である組成物。」(オ)これに対し特許庁は,平成8年5月10日付けで拒絶査定をした(審査官 F,乙7)。そこには以下の内容が記載されている。 「この出願は,平成7年6月21日付け拒絶理由通知書に記載した理由2によって,拒絶すべきものと認める。 なお,意見書及び手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。 備考先に示した2の特願昭61-153849号(判決注:「153894号」は誤記)明細書には,乳酸エステル(乳酸エチル)を溶剤とすること,及び1,2-ベンゾキノンジアジド-4-スルホン酸エステル系化合物類(公報第4頁右上欄から第5頁右下欄)が記載されている。 この1,2-ベンゾキノンジアジド-4-スルホン酸エステル系化合物は,『オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸ハロゲン化合物とヒドロキシバラスト化合物との反応から導かれるエステル又はポリエステルである光活性化合物』に相当する。 また,請求項7の溶解パラメータの数値は,溶剤化合物自体が固有に有するものであるから,該明細書の乳酸エステル(乳酸エチル)でも明示はされていなくても同じ数値のはずのものである。」(カ)そこで控訴人は,平成8年9月9日付けで不服の審判請求をする(乙8。特許請求の範囲に記載された発明の数2)とともに,平成8年10月9日付け手続補正書で特許請求の範囲の記載を補正した(特許請求の範囲1〜7。乙9)。 上記手続補正書に記載の特許請求の範囲1の内容は以下のとおりである。なお,特許請求の範囲2〜6はいずれも特許請求の範囲1の記載を引用するフォトレジスト組成物についての記載であり,また特許請求の範囲7は,特許請求の範囲1記載のフォトレジストを用いて水性アルカリ溶液で現像可能である潜像を形成する方法に関する発明が記載されている。 「1.純度が99%以上の乳酸エチルを含む溶剤中に溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種の光活性化合物を含むことを特徴とするフォトレジスト組成物。」(キ)また控訴人は,上記手続補正と同日の平成8年10月9日(同月11日受付け),本件出願から分割出願を行った(特願平8-287543号。発明の数3。公開公報は特開平11-2900号〔乙10〕)。 上記分割出願の特許請求の範囲第1項は,上記(エ)の平成8年1月25日付け手続補正書に記載の特許請求の範囲1の内容と全く同一である。 そして,この分割出願にかかる発明については,平成12年4月28日特許登録された(発明の名称「フォトレジスト方法及びこの方法に用いる組成物」,特許請求の範囲1〜8。発明の数2。特許公報は〔乙11〕)。 その特許請求の範囲第1項の記載は以下のとおりである。 「1.乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルからなる溶剤混合物中に溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸ハロゲン化物とヒドロキシ又はポリヒドロキシバラスト化合物との反応から導かれるエステル又はポリエステルである少なくとも1種の光活性化合物を含むことを特徴とするフォトレジスト組成物。」(ク)上記(カ)の不服審判請求に対する平成9年5月23日付け特許庁審査官F作成の前置報告書(乙12)には,「引文番号」として「2.特願昭61-153849号(特開昭62-123444号公報)(判決注:乙18),「理由(特許査定できない理由,根拠となる条文等)」として「例195の記載からみて,99%以上ということは蒸留して精製してから用いたことにとどまるから,2に示唆された範囲のことにすぎない。」と記載されている。 (ケ)控訴人は,平成9年10月9日付けで審判請求理由補充書(乙13)を提出した。そこには以下の内容が記載されている。 「今回の補正により,査定時の特許請求の範囲(平成8年1月25日付手続補正書(…))より,第1項〜第6項に記載されておりました『乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルからなる溶剤混合物中に溶解』することによる発明を削除いたしました。さらに,溶解パラメータを用いた特許請求の範囲第7項に記載の発明を削除いたしました。 これにより,溶剤として純度99%以上の乳酸エチルを用いる組成物についての発明と,当該組成物を使用した方法の発明に限定いたしました。 純度99%以上の乳酸エチルにつきましては,出願当初の明細書の第109頁に『例195』として記載されており,今回の補正は旧特許法第14条に規定する願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであります。 …本願発明は,本願明細書第109頁『例195』に記載されておりますように,市販の乳酸エチル(純度約97%)のものを精製して,不純物を除いた純度99%以上の乳酸エチルを用いることを特徴とするものであります。市販の乳酸エチルの純度につきましては,本願明細書にも記載してありますが,別紙資料5及び6として添付の製品の仕様書にも記載されているとおりであります。即ち,資料5はPURAC社の乳酸エチルの仕様書であり,溶剤グレードで97%であり,光学活性試薬グレードで98%と記載されているとおりであり,また資料6は,CPSケミカル社の仕様書であり,標準グレード及び電気グレードで98%と記載されているとおりであり,いずれも市販のものは99%未満であることが明らかにされております。これらの資料5及び6は,本願の出願直後のものであり,このことはとりも直さず,本願の出願日当時,さらには本願の優先権主張の基礎となる米国出願の日当時には,これ以上の純度の乳酸エチルは市販されていなかったということを示すものであります。即ち,資料5及び6は,本願及び先願の日当時の市販品の乳酸エチルの純度を明らかにすると共に,これ以上の純度の乳酸エチルが市販されていなかったことを示すものであります。 …一方,先願明細書には,実施例1として2-オキシプロピオン酸エチルを溶剤として用いた例が記載されており,このものは40℃で1カ月保存した後,目視判定では微粒子の存在はなかった旨が記載されております。目視判定で微粒子の存在がないということは,一見本願明細書の記載と同じようでありますが,次の2点において全く異なるものであります。 (1)貯蔵温度が異なる。 (2)貯蔵期間が異なる。 …本願の米国における対応特許出願は,資料7として本書に添付のとおり,米国特許第5,128,230号として特許されておりますし,欧州での対応特許出願につきましては,資料8として本書に添付のとおり,1996年8月1日付にて特許査定の決定が為されております。…」なお,上記理由書に添付の資料5,6は,後記甲11,12である(理由書に添付の資料5,6はいずれも英文の原文のままである)。 (コ)特許庁は,平成9年10月27日,本願については原査定の拒絶理由を検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることはできないとして,「原査定を取り消す。本願の発明は,特許をすべきものとする。」との審決をし(発明の数2。乙14),これに基づき,本件特許権は平成9年12月19日に設定登録がされた(甲1)。 (サ)これに対し,東京応化工業株式会社(一審被告,被控訴人),Gはそれぞれ平成10年9月17日,同月18日に特許異議の申立てをし(平成10年異議74558号),その中でいずれも特願昭61-153849号(特開昭62-123444号公報,本件乙18)を書証として提出した。 特許庁は平成11年1月5日,「特許第2729284号の特許請求の範囲第1項,第7項に記載された発明についての特許を維持する。」との決定を行った(乙15)。この決定は平成11年2月15日に確定し,平成11年4月14日に異議申立の確定登録がされた(甲1)。 上記異議決定には,理由として,以下の内容が記載されている。 「第1発明(判決注:本件特許)と引用例1(判決注:乙18)に記載のものを対比する。 引用例1に記載されるポジ型感放射線性樹脂組成物は,レジスト層となした後,紫外線照射,現像処理されるもので,第1発明のフォトレジスト組成物に相当し,また,該ポジ型感放射線性樹脂組成物の『エチレングリコール-ジ(3,4,5-トリヒドロキシベンゾフェノン)-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸ペンタエステル』は,第1発明の『オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物』に含まれ,そして,該ポジ型感放射線性樹脂組成物の『2-オキシプロピオン酸エチル』と第1発明の『乳酸エチル』は共に同一の化合物を表現していると認められる。 よって,両者は,『乳酸エチルを含む溶剤中に溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物を含むフォトレジスト組成物』である点で共通する。 しかし,乳酸エチルにつき,第1発明では,『純度が99%以上』であるとするのに対し,引用例1にはそのような記載がなく,この点で,両者は相違する。 以下,この相違点につき検討する。 本件明細書の記載(特に,例195の箇所)によれば,第1発明では,フォトレジスト組成物において,『純度が99%以上』の乳酸エチルを含む溶剤を用いることにより,その余の構成と相俟って,冷凍環境で約4箇月貯蔵したフォトレジスト組成物を用いた場合でも,粒子が存在することがない高品質のレジストフィルムが得られるという,有用な効果を奏するものである。 これに対して,引用例1の記載のものは,レジスト組成物において,その保存時の微粒子の発生を問題とし,これを解決することをその発明の目的とし,また,その実施例1において40℃1ヶ月保存のものは微粒子の存在がないことが示されるものの,そこでは,その目的を達成するための手段として,乳酸エチルを含むモノオキシモノカルボン酸エステル類を採用するだけであって,その乳酸エチルの純度については何も記載されるところがなく,したがって,引用例1に記載のものから,乳酸エチルにつき,前記したように貯蔵性につき意義のある『純度が99%以上』のものを用いることが当業者の容易に想到できるところではない。 次に,上記相違点に関し,引用例2〜5の記載をみる。 引用例2(判決注:乙29〔「solid state technology/日本版」80頁・1982年11月発行・日本エス・エス・ティ株式会社〕はその一部)には,集積回路の製造で使用されるすべての材料は高純度化が増々要求されることが記載され,更に,その材料として,フォトレジストも配慮する旨の記載も認められるが,そこでは,デバイスの欠陥や汚染を問題としているだけであり,フォトレジストの溶剤として用いられる乳酸エチルの純度につき記載されるところはなく,まして,その乳酸エチルの純度がフォトレジストの貯蔵性に影響することが示唆されるものではない。 引用例3(判決注:梅沢純夫著「有機化学I」第4版第3刷,昭和34年3月10日発行,丸善株式会社)及び4(判決注:米国特許第4588670号明細書)には,それぞれ,乳酸の示性式とそのエステル化,及び,ナフトキノン-(1,2)-ジアジド-(2)-スルホニル残基を有する化合物からなる感光成分が示されるだけで,上記相違点につき示唆されるところはない。 引用例5(判決注:特開昭62-173458号公報)には,アルカリ可溶性ノボラック樹脂と1,2-キノンジアジド化合物とを含有するポジ型感放射線性樹脂組成物において,その溶剤として,乳酸エチルを用いることが記載されているが,そこでは,ポジ型レジストの耐ドライエッチング性,解像性,耐熱性を向上させることを意図するだけで,第1発明のようにポジ型感放射線性樹脂組成物の保存安定性につき配慮するところはなく,また,その乳酸エチルの純度につき記載されるところはない。 このように,引用例2〜5には,乳酸エチルの純度につき記載されるところは何もない。 してみれば,引用例1〜5の記載からは,貯蔵した場合でも粒子が存在することがない高品質のレジストフィルムを提供するための(判決注:「に」は誤記)構成である,『純度が99%以上』の乳酸エチルを含む溶剤を用いることが,当業者が容易に想到することができない。」(2)上記経緯によれば,本件特許権につき設定登録がされ,これが特許異議の手続を経て維持決定がされるまでの経緯については以下のとおり整理できる。 本件特許権に関しては,当初溶剤として乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルからなる3種の溶剤混合物を用いるものが示されていたところ,拒絶査定を受けた後の補正の過程でこの3種混合溶剤に関する発明について出願が分割された。この分割出願については,上記のとおり特許権として成立し,設定登録がされている。 そして,残った本件特許発明については,上記分割の後の補正において,溶剤として純度99%以上の乳酸エチルを用いる発明に限定するとともに,その限定を可能とする根拠が明細書の例195に記載されていること,本件出願当時において入手可能な市販の乳酸エチルの純度は97%ないし98%であって,純度99%以上のものは市販されていないことを明らかにして特許査定されるに至っている。 その後の異議申立てについての決定においても,引用例1との相違点は乳酸エチルの純度が99%以上と規定していることのみであるところ,その他引用例も乳酸エチルの純度について規定したものはなく,またその純度が貯蔵安定性に資することを示唆するものではないことが本件特許権を維持する前提となっている。 (3)ア本件特許発明の要旨は,特許請求の範囲第1項記載のとおり,以下の内容である。 「純度が99%以上の乳酸エチルを含む溶剤中に溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物を含むことを特徴とするフォトレジスト組成物」イ上記(2)のとおり,本件明細書(特許公報,甲2)に示された乳酸エチルの純度に関する記載は例195のみであるところ,その内容は以下のとおりである(17頁右欄。下線は判決で付記)。 「例 195次の例は,この発明に従うレジスト組成物において本質的に純粋な乳酸エチルの重要性を示す。2種のレジスト組成物を例194A記載と本質的に同様にして調製した。一方のレジスト組成物では,市販の乳酸エチル(標準ガスクロマトグラフィー法で測定して約97%の乳酸エチル,約3%の他の不純物を含有する。)を用いた。他方のレジスト組成物は,ガスクロマトグラフィーで測定して約99%純度より高い,新たに蒸留した乳酸エチルを用いて調製した。両レジスト試料を0.2μmろ過器を通してろ過後,冷凍環境で約4箇月間貯蔵した。次いで,試料を清浄なシリコンウェーハ上にスピンコーティングし,単色光下検査した。市販乳酸エチルを含有するレジスト試料からスピンコーティングしたフィルムは,代表的にウェーハ当り約120個の目に見える粒子を示したが,純粋にした乳酸エチルからスピンコーティングしたレジストフィルムは,粒子の存在しない高品質のものであった。」ウなお,例194A記載の調整の内容は以下のとおりである(17頁左欄)。 「例194この発明に従う溶媒混合物が従来の技術より優れていることを示すために,次のレジスト組成物の性能を互いに比較した:A.例1の樹脂21.00g例15のPAC5.25g乳酸エチル51.79gアニソール9.58g酢酸アミル9.58g」エまた,例1の樹脂,例15のPACの内容については,原判決添付特許公報記載のとおりである。 オ本件特許権と対応する米国特許権(特許番号5,128,230)については,その特許請求の範囲(クレーム),例195の記載は以下のとおりである(乙16の訳文による。下線は上記本件明細書の記載との相違箇所であり判決で付記)。 すなわち,特許請求の範囲の記載については,上記(1)ア(エ)の平成8年1月25日付け手続補正書記載の特許請求の範囲1の記載と同じであり,乳酸エチルのほか,アニソール及び酢酸アミルが規定された3種混合溶剤に関するものである。溶剤の純度ないし乳酸エチルについての規定は,下記のとおり特許請求の範囲7及び8に記載されているが,溶解パラメータについて異なる記載がある(異なる部分について下線を判決で付記。)また例195の記載は下記のとおりであり,本件明細書では特定されていない不純物の一部についての特定がされている(該当部分について下線を判決で付記)。 (ア) 「クレイム1.活性化線に感応して水性アルカリ溶液で現像可能である潜像を形成し,乳酸エチル,アニソール及び酢酸アミルからなる溶剤混合物中に溶解した(a)少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂及び(b)オキソ-ジアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸ハロゲン化物とヒドロキシ又はポリヒドロキシバラスト化合物との反応から導かれるエステル又はポリエステルである少なくとも1種の光活性化合物を含む組成物。 7.(A)ノボラック樹脂及びポリビニルフェノール樹脂からなる群から選択されたアルカリ可溶性樹脂及び(B)オキソージアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸ハロゲン化合物とヒドロキシ又はポリヒドロキシバラスト化合物との反応から導かれるエステル又はポリエステルである光活性化合物を含むポジティブ作用ホトレジスト組成物において,その組成物は活性化線に感応し,その樹脂及び光活性化合物を溶解する十分量の溶剤に溶解されて単一液相被覆組成物を形成し,前記溶剤は(ca□/cm )の単位で表して30.5δ> 4.4,dδ> 3.6,pδ> 3.0及びhδ/δ > 0.59p hの溶解パラメータを有し,少なくとも99%を超える純度の乳酸エステルを含むことを特徴とする組成物。 8.その溶剤は乳酸エチルである請求項7の組成物。」(イ) 「例195次の例は,この発明に従うレジスト組成物において本質的に純粋な乳酸エチルの重要性を示す。2種のレジスト組成物を例194A記載と本質的に同様にして調製した。一方のレジスト組成物では,市販の乳酸エチル(標準ガスクロマトグラフィー法で測定して約97%の乳酸エチル,約0.62%のジエチルサクシネートと約2.38%の他の不純物を含有する。)を用いた。他方のレジスト組成物は,ガスクロマトグラフィーで測定して約99%純度より高く,かつ,0.10%未満のジエチルサクシネートを含むものと確認された,新たに蒸留した乳酸エチルを用いて調製した。両レジスト試料を0.2μmろ過器を通してろ過後,冷凍環境で約4箇月間貯蔵した。次いで,試料を清浄なシリコンウェーハ上にスピンコーティングし,単色光下検査した。市販乳酸エチルを含有するレジスト試料からスピンコーティングしたフィルムは,代表的にウェーハ当り約120個の目に見える粒子を示したが,純粋にした乳酸エチルからスピンコーティングしたレジストフィルムは,粒子の存在しない高品質のものであった。」3 引用例1の意味引用例1(特開昭62-123444号公報〔特願昭61-153849号〕,発明の名称「感放射性樹脂組成物」,公開日 昭和62年6月4日,出願人 日本合成ゴム株式会社,乙18)には以下の記載がある。 (1) 特許請求の範囲「(1)アルカリ可溶性樹脂とおよび感放射線性樹脂組成物をモノオキシモノカルボン酸エステル類を含有する溶剤に溶解してなることを特徴とする感放射線性樹脂組成物。」(2) 発明の詳細な説明ア 産業上の利用分野「本発明はアルカリ可溶性樹脂と感放射性化合物を特定の溶剤で溶解してなる紫外線,遠紫外線,X線,電子線,分子線,γ線,シンクロトロン放射線,プロトンビーム等の放射線に感応する感放射性樹脂組成物に関し,特に集積回路作製のためのレジストとして好適な感放射性樹脂組成物に関する。」(1頁左欄8行〜17行)イ 従来の技術「…集積回路の高集積化が要求される近年は,解像度の優れたアルカリ可溶性樹脂を用いたレジスト組成物が多用されている。」(1頁右欄12行〜15行)「しかしアルカリ可溶性樹脂と感放射線性化合物を溶剤に溶解させてなるレジスト組成物を,例えば,孔径0.2μmのフィルタで濾過したのち放置すると,目視では観察し得ない微粒子が生成し,微粒子の生成したレジスト組成物をさらに長期にわたって保存すると,やがては沈殿の発生を見るに到る場合がある。このようなレジスト組成物中で発生する微粒子は粒径が0.5μm以上のものもある。このように大きい微粒子を含有するレジスト組成物を用いて1μm程度のレジストパターンをウエーハ上に形成する場合に,現像によりレジストが除去される部分に微粒子が残り,解像度が低下するという問題を有する。 また,前記のような微粒子を含有するレジスト組成物から形成されたレジストパターンを介して,基板をエッチングすると,レジストパターンにより覆われた基板部分にもピンホールが発生し,集積回路作製時の歩留りが悪化する原因となる。」(1頁右下欄15行〜2頁左上欄12行)ウ 発明が解決しようとする問題点「本発明は上記問題点を解決し,微粒子の発生の極めて少ないレジスト組成物として好適な感放射線性樹脂組成物を提供することを目的とするものである。」(2頁左上欄13行〜17行)エ 問題点を解決するための手段「…本発明で使用される溶剤はモノオキシモノカルボン酸エステル類であって…2-オキシプロピオン酸メチル,2-オキシプロピオン酸エチル…を挙げることができる。」(2頁右上欄3行〜右下欄2行)「本発明においては,モノオキシモノカルボン酸エステル類に他の溶剤全量の例えば70重量%未満程度,好ましくは50重量%未満,特に好ましくは30重量%未満の範囲で混合する」(2頁右下欄3行〜7行)「ここで他の溶剤としては…,エチレングリコールモノエチルエーテル,…酢酸ブチル…などを例示することができる。」(2頁右下欄8行〜3頁左上欄4行)「本発明に使用されるアルカリ可溶性樹脂の代表的な例としては,アルカリ可溶性ノボラック樹脂(以下,単に「ノボラック」という)を挙げることができる。ノボラックは,フェノール類とアルデヒド類を酸性触媒存在下で付加重合して得られるものである。…」(3頁左上欄5行〜左下欄9行)「本発明において使用される感放射線性化合物としては1,2-キノンジアジド化合物およびアジド化合物を挙げることができる。」(4頁9行〜11行)「以上例示した各種1,2-キノンジアジド化合物のうちで本発明に使用するモノオキシモノカルボン酸エステルの効果が顕著に出るものは,ヒドロキシル基を分子中に3つ以上,特に4つ以上有するポリヒドロキシ化合物の1,2-キノンジアジドスルホン酸エステル類である。」(5頁右下欄8行〜13行)オ 実施例「実施例1…m-クレゾール/p-クレゾール=6/4(重量比)の混合クレゾールとホルムアルデヒドとを付加縮合して得たノボラック244g,エチレングリコール-ジ(3,4,5-トリヒドロキシベンゾフェノン)-1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸ペンタエステル56g,及び2-オキシプロピオン酸エチル900gを仕込み,攪拌して溶解させた。次いで孔径0.2μmのメンブランフィルタで濾過して…ポジ型感放射線性樹脂組成物を調製した。HIAC/ROYCO社製自動微粒子計測器で調製直後のポジ型感放射線性樹脂組成物中の微粒子数を測定したところ,粒径0.5μm以上の微粒子数は15個/mlであった。…別に…ポジ型感放射線性樹脂組成物を40℃にコントロールされた恒温槽に入れ1ケ月間保存した。この結果,目視判定では微粒子の存在はなく,かつ自動微粒子計測器で測定した微粒子は10個/mlとほとんど変化しなかった。…保存安定性が高いことがわかった。」(7頁右上欄18行〜8頁左上欄3行)「比較例1実施例1において,溶剤を2-オキシプロピオン酸エチルからメチルセロソルブアセテートにかえた以外は実施例1と同様にポジ型感放射線性樹脂組成物を調製した。調製直後の粒径0.5μm以上の微粒子数は8個/ml,ピンホール密度は0.1個/cm であった。このポジ型2感放射線性樹脂組成物を実施例1と同様に40℃で1ヶ月保存したところ,目視判定では微粒子はなかったが,自動微粒子計測器で測定した0.5μm以上の異物の数は1000個/mlと増加し,ピンホール密度も2.0個/cm と増加していた。」(8頁左上欄4行〜15行)2カ 発明の効果「本発明によれば,アルカリ可溶性樹脂および感放射線性化合物を特定の溶剤に溶解させることにより微粒子の発生数を低下させることができ,レジスト性能の変化のほとんどない感放射線性樹脂組成物を得ることができ,特にポジ型感放射線性樹脂組成物においてその効果は顕著である。」(10頁左下欄1行〜7行〔行数は表を除く。以下同じ〕)4 本件特許発明と引用例1記載発明との比較検討(1)引用例1に開示された発明と本件特許発明との一致点及び相違点については,原判決(16頁3行〜11行,23頁18行〜22行)が認定したとおりであり,この点は当事者間に争いがない。 すなわち,引用例1には,溶剤として乳酸エチルを使用し,溶剤中に少なくとも1種のアルカリ可溶性樹脂,オキソージアゾナフタレンスルホニル又はカルボン酸のエステル又はポリエステルの少なくとも1種からなる光活性化合物を溶解して含むフォトレジスト組成物に係る発明が記載されており,当該組成物の保存中の粒子発生を防止する上で乳酸エチルを含む溶剤を用いることに効果があることが開示されている。本件特許発明と引用例1に記載された発明とでは,乳酸エチルの純度について本願発明が「純度99%以上」と規定している点でのみ相違する。 (2)そこで,本件特許発明と引用例1に記載された発明との相違点に係る構成の容易想到性について検討する。 アまず,半導体製造に使用する溶剤を含む材料の高純度化について,文献には以下の記載がある。 (ア)引用例5(「LSIプロセス工学」右高正俊編著,昭和57年10月25日第1版第1刷発行,株式会社オーム社,乙25)?@「LSI,超LSIへと高集積化が進み,パターン幅が狭くなると,0.1μm程度の小さなじんあいでも悪影響を及ぼすようになる。 …今後は…異物の除去もますます重要になってくる。」(192頁7行〜11行)?A「8・4薬品の清浄化半導体のプロセスで使用している薬品の主なものは,無機薬品(フッ酸,硝酸,硫酸など),有機溶剤(メタノール,アセトン,トリクロルエチレンなど),ホトレジストおよび関連薬品である。 これら薬品の純度は,特級,1級のほかに電子工業用というEL級があり,これは特級よりも良い。」(193頁下3行〜194頁1行)?B「ホトレジストに異物が混入していると,塗布した際にその部分でピンホールが発生し,素子特性に致命的な欠陥をもたらす。ホトレジストには,薬品製造過程中に混入する異物に加え,ホトレジストの経時変化でできるゲル状の固形物が含まれることがあるので,塗布する直前に再度ホトレジストをろ過するのが望ましい」(194頁下1行〜195頁4行)(イ) 乙29(「solid state technology 日本版」,1982年〔昭和57年〕11月号,日本エス・エス・ティ株式会社)「…微粒子の減少は歩留りを改善することとなり,最小パターン寸法が1ミクロンのレベルに減少して行くにつれ,集積回路の製造で使用されるすべての材料は高純度化が増々要求されると想定することは至極当然である。」(80頁右欄5行〜8行)(ウ)乙30(「最新LSIプロセス技術」,1983年〔昭和58年〕7月25日発行 前田和夫著,株式会社工業調査会)「1.ホトレジスト材料に要求される品質デバイスのパターン形成に用いられるホトレジスト材料に要求される項目は次のようなものである。 1.高解像度2.高感度3.高純度…この他に問題となるのが粒子状の異物であり,レジスト塗布時にピンホール形成の原因となるため,材料の取扱いや精製,容器や装置の管理には十分注意する必要がある。」(258頁下11行〜259頁4行)(エ)乙31(「半導体ハンドブック〔第2版〕」,半導体ハンドブック編纂委員会編,昭和52年11月30日第2版第1発行,株式会社オーム社)「4・1 ホトレジストの具備すべき条件…?C不純物含有量が極めて少ないこと.」(190頁右欄11行)(オ)乙40(東北大学未来科学技術共同研究センター教授 工学博士 Hの意見書,平成19年12月10日付け)「(専門分野)半導体LSIに関る設計,デバイス,プロセス,装置,材料等の技術(現在の研究テーマ)半導体デバイス,プロセス,リソグラフィーに関る技術研究開発以下のとおり,意見いたします。 2.フォトレジスト溶媒の高純度化について公知文献『LSIプロセス技術』(乙30号証)』,『半導体ハンドブック(乙31)』に有りますように,1985年当時,半導体素子製造産業において,フォトレジストを使用していく上では,・フォトレジストの解像性能,パターン形状,感度等のリソグラフィー性能諸特性同様にフォトレジスト中における微粒子を抑制すること・そして,エッチング工程における不純物元素,不純物分子,不純物異物,不純物粒子の悪影響を抑制することこのようにして,半導体中のトランジスタ回路の性能や長期的信頼性を保証していくことは一般的であり,かつ重要な工業的課題でありました。 このため,半導体素子の製造に関する全ての材料は,フォトレジストを組成する感光剤,樹脂,溶媒を含めてあらゆる素材,組成成分の高純度化を限りなく進めております。 さらに,関連するフォトレジスト材料等の素材の仕様が認定され,それに基づき資材購入,生産ラインへの適用がなされていても,その仕様範囲に拘らずに,高純度化を限りなく進めて使用することも,極めて一般的なことでした。 フォトレジスト溶媒においても同様に高純度化されたものを用いることも,極めて一般的であったと考えます。」イ一方,溶剤について,これを高純度化することについての動機付けについては,引用例3(浅原照三ほか編「溶剤ハンドブック」,株式会社講談社〔編集講談社サイエンティフィク〕,1984年〔昭和59年〕5月10日第5刷発行,乙23)には以下の記載がある。 ・「…実際に溶媒を使用する際には,混入する不純物のうち少なくとも使用目的に合わないものだけを除去すればよい。」(41頁左欄下4行〜下1行)・「…入手する溶媒の大部分のものが不純物を含有している」(41頁右欄8行〜10行)・「一般の溶媒は種々の原因により不純物を含有している。これらの不純物が溶媒の使用目的に影響を与えなければ,たとえば工業的に大量に使う場合のように,そのまま使用してさしつかえない。しかし化学実験を行う場合には…すべての不純物を除去することはなかなか困難であるので,少なくとも使用目的に支障をきたす不純物は支障をきたさない程度までに除去しなくてはならない。この不純物の除去操作が溶媒の精製である。」(42頁左欄11行〜23行)ウ上記ア,イによれば,半導体製品に用いる溶剤の高純度化について,以下のとおり認められる。 まず上記引用例5の摘記?@,上記乙29には,半導体製品の高集積化によりパターン幅(パターン寸法)が狭くなるのにともない,悪影響を及ぼす微粒子を減少させるために,半導体製品の製造に使用する材料において高純度化が要求されていたことが記載されている。 また引用例5の摘記?Aには,半導体プロセスに使用する薬品の主なものに,溶剤及びフォトレジストがあり,これら薬品の純度について電子工業用のEL級が特に純度の良いことが記載されており,引用例5の摘記?Bには,フォトレジスト組成物の経時変化により発生したゲル状固形物はフォトレジスト組成物の塗布前に除去することが記載されており,貯蔵安定性に関しても溶剤の高純度化が資する旨の記載もあることが認められる。 そして乙30,31にはフォトレジスト材料を高純度にする必要のあることが記載され,乙40には,フォトレジストに用いる溶媒についても不純物粒子の悪影響等を防止するため高純度化されたものを用いるのが一般的であることも示されている。 以上の記載によれば,半導体製造に使用する溶剤等の材料には高純度のものを必要とすることを当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は認識していたと認められ,フォトレジスト材料を溶剤により溶解混合したフォトレジスト組成物においては,フォトレジスト材料や溶剤について純度の高いものを使用する動機付けが存在していたと認められる。 エ上記のとおり,半導体製造に使用するフォトレジスト組成物において,配合する溶剤に高純度のものを使用することが当業者の認識であったことからすれば,引用例1に記載の発明の溶剤である乳酸エチルについても高純度のものを使用することは当業者が容易に想到し得る事項であると認められ,その純度については使用目的,コストを勘案し実現可能な範囲で適宜選択できる事項であると認められる。 オそこで,本件特許発明における乳酸エチルの純度を99%以上とした点について検討する。 引用例2(「ORGANIC SYNTHESES Collective Volume 4」,1967年〔昭和42年〕5月第2版,ジョン・ウィリー・アンド・サンズ・インコーポレイテッド発行,乙22)の467頁〜468頁には,以下の記載がある。 「2.乳酸エチルは,最終製品中にその不純物が出現しがちなので,良質のものを用いるべきである。本提出者は,ブリテッシュインダストリアルソルベント社から提供された良好な商用グレードのものを使用した。その仕様書は(乳酸エチルと計算して)99%以上のエステル成分を含有していた。 検査者に入手可能な市販99%の乳酸エチルは満足な結果を得られなかった。該乳酸エチルは,ガラスビーズを充填した…分留コラムを使用して蒸留した。次の物性を有する留分が得られた:…」上記記載によれば,本件特許の出願当時,99%以上の純度の乳酸エチルが市販されていたことが認められる。 カそうすると,上記ウのように半導体製造用には高純度の溶剤を使用することが求められていたことからして,乳酸エチルの純度についても,当然のことながら市販の97%よりも高い純度のものを使用する動機付けが存在するというべきであるから,純度99%以上の乳酸エチルが市販されていた事実を考慮すると,本件特許発明において乳酸エチルの純度を99%以上に限定したことに格別の困難性は認められないというべきである。 (3) 控訴人の当審における主張に対する判断ア(ア)控訴人は,本件特許発明は,純度99%以上の乳酸エチルを用いることにより,微粒子の発生を抑えることのできる顕著な効果を有すると主張する。 この点につき,引用例1には乳酸エチルの純度と関連して微粒子発生との関係を示唆する記載はないものの,上記のとおり引用例1にはフォトレジスト組成物の保存中の微粒子発生の課題が存在すること(上記引用例1の摘記3(2)イ),フォトレジスト材料を乳酸エチルを含む溶剤に溶解させることにより微粒子の発生数を低下させる効果が得られること(同ウ,エ,カ),乳酸エチルを用いたものは他の溶剤を用いた場合と比較し,微粒子発生数が低下した実施例(同オ)が記載されている。 また,微粒子の測定について,本件明細書(甲2,17頁右欄)の例195に「…単色光下検査した。…代表的にウェーハ当り約120個の目に見える粒子を示したが…粒子の存在しない高品質のものであった」と記載されていることからすれば,本件特許発明は肉眼により視認可能な粒子の有無を測定しているものと認められる。なおこの点に関連して,乙19(Dの技術説明書)の参考資料2(「ICとNSR探検」,株式会社ニコン)10頁には,以下の記載がある。 「通常,私たちが肉眼で見ることができる大きさはだいたい10μmくらいまでが限界です。」(10頁下11行〜10行)上記記載によれば,肉眼により検出可能な粒子径は10μm程度であると認められる。 これに対し,引用例1記載の発明は,上記摘記3(2)イのとおり「0.5μm以上」という小さい粒子の発生を問題としており,実施例1及び比較例1(同3(2)オ)によれば,目視判定では確認できなかった0.5μm以上の粒子について自動微粒子計測器により検出できることが記載されている。 そうすると,本件明細書記載の例195の「目に見える粒子」の検出によっては,引用例1で問題とするような微小な粒子が発生していないことが明らかとはいえない。したがって,この点からしても本件特許発明の効果を格別顕著なものとすることはできないというべきである。 (イ)この点につき控訴人は,出願当時の技術常識や本件特許発明の目的からみて,本件明細書の例195の記載は,肉眼ではなく,顕微鏡を用いて目視観察した結果であると主張する。 しかし,粒子数の測定方法について,本件明細書には,「単色光下検査した」,「ウェーハ当り約120個の目に見える粒子を示した」と記載されるだけであり,その具体的な測定手段及び測定条件は何ら記載されていない。 加えて,上記2(1)ア(ケ)記載のとおり,控訴人の平成9年10月9日付け審判請求理由補充書(乙13)には,「先願明細書(判決注:引用例1,乙18)には,実施例1として2-オキシプロピオン酸エチルを溶剤として用いた例が記載されており,このものは40℃で1カ月保存した後,目視判定では微粒子の存在はなかった旨が記載されております。目視判定で微粒子の存在がないということは,一見本願明細書の記載と同じようでありますが,次の2点において全く異なるものであります。(1)貯蔵温度が異なる。(2)貯蔵期間が異なる。…」(7頁下12行)として,引用例1が「目視判定」と「自動粒子計測器」で測定した結果とを区別していることを認識した上で,上記のとおり目視判定で微粒子の存在がないことを本願明細書の記載と同一視しているものである。 以上の検討によれば,例195における測定が顕微鏡を用いて目視観察した結果であるとする控訴人の主張は採用することができない。 イ控訴人は,本件特許発明はフォトレジスト組成物の保存安定性向上のために,乳酸エチルを精製し不純物を除去した点に技術的意義があるとも主張する。 しかし,上記引用例5の摘記?Bにあるように,フォトレジスト組成物中に発生する固形物は望ましくないものであり,その発生を防止するという保存安定性の向上は,引用例1(摘記3(2)イ,ウ)にも記載されるように周知の課題であったと認められる。 そして,乳酸エチルの純度を高めたことにより粒子発生の抑制効果が得られることは既に検討したとおり容易に確認できる技術的事項といえるから,この点に格別の技術的意義があるとは認められない。 控訴人の上記主張は採用することができない。 ウ(ア)さらに控訴人は,引用例2(乙22)には,溶剤としてではなく化学反応に供与される原料化合物(試薬)としての乳酸エチルが記載されており使用目的が異なるから原審判決の認定は誤りであると主張し,甲11,12,20によれば,使用目的に応じたグレードで市販されていると主張する。 (イ)そこで検討すると,甲11(PURAC社の製品仕様書:乙13〔控訴人が特許庁に提出した平成9年10月9日付け審判請求理由補充書〕の資料5)には,以下の記載がある。 「PURAC インコーポレーテッド 製品データ乳酸エチル…乳酸エチル(FEMA番号2440)は,食品化学コーデックス(Foof Chemicals Codex)?Vに記載されている。 仕様:食品/溶剤グレード光学活性試薬グレード分析(GLC) 最低97%最低98%異性体純度--最低98.5%S-異性体… 」(ウ)また,甲12(CPSの製品仕様書:乙13〔控訴人が特許庁に提出した平成9年10月9日付け審判請求理由補充書〕の資料6)には,以下の記載がある。 「技術情報乳酸エチル仕様特性標準グレードEL級分析 重量%最低98.0最低98.0… 」(エ)また甲20(PURAC社のホームページ,2008年〔平成20年〕1月)には,以下の記載がある。 「PURASOLVELECTは,マイクロエレクトロニクス用途の主力製品であり,提供可能な最高純度の乳酸エチルです。この高純度製品は,既存のg線用及びi線用フォトレジスト用の溶媒,さらにより高度な遠紫外(deep-UV)レジスト用の溶媒として使用可能とするために,金属,酸性度及び水分について極めて厳格な規格を満たしています。」(オ)しかし,引用例2(乙22)の乳酸エチルが反応に供される試薬としての用途でありこれが格別の純度であるとし,また甲11,12,20には乳酸エチルの純度に応じた使用区分が記載されているものとしても,本件出願当時に純度99%以上の乳酸エチルが市販されていることは上記のとおりであって,かつ引用例2(乙22)記載の乳酸エチルについて,その用途を試薬だけに制限されるとする理由はない。控訴人の上記主張は採用することができない。 エさらに控訴人は,引用例5(乙25)にはゴミ,金属成分などを物理的に除去(ろ過)することは開示されているが,本件特許発明のように化学的不純物を除去することは記載されていないと主張する。 しかし,引用例1記載発明の乳酸エチルに高純度のものを使用するに当たっては,精製手段の種類に関係なく高純度のものであればよいから,物理的な精製手段に限られない。 加えて,溶剤の精製方法について,乙35,36には以下の記載がある。 ・乙35(「半導体工場環境清浄化総合技術資料集」小野員正編,株式会社サイエンスフォーラム,昭和55年12月10日発行)「4.半導体用薬品の製造」(72頁右欄1行)として「2.2製造溶剤,酸ともに以下のような工程で精製を行っている。この精製工程でポイントとなる点は,蒸留とろ過であり,蒸留において純度の向上および溶存不純物の除去を行い,ろ過において混入している粒子(ダスト)の除去を行う。特に蒸留はろ過するだけでは除去できない溶存物質を除くために不可欠な要件である。」(75頁左欄2行〜8行)・乙36(「溶剤ハンドブック」,1984年5月10日発行,乙23と同じ。)「B.溶剤の精製法溶媒は一般に蒸留が可能であるから…精留塔で分留を行なえばほとんど純品に近い溶媒が得られる。」(45頁左欄24行〜27行)上記によれば,溶剤の精製方法において蒸留は一般的な手段であるとともに,溶剤の蒸留において純度の向上とともに化学的不純物の除去が行われることもまた明らかである。 控訴人の上記主張は採用することができない。 オさらに控訴人は,引用例3(乙23)の認定の誤りとして,以下の?@ないし?Bのとおり主張する。 ?@引用例3(乙23)には,常に不純物を除去しなければならないとは記載されていない。むしろ使用目的に支障をきたさない場合には除去する必要がないと記載されている。 ?A本件特許発明の使用目的は,フォトレジスト組成物の安定性,具体的には,微粒子の発生を防止することである。 ?B乳酸エチルの精製手段が知られていたとしても,フォトレジスト組成物における溶剤としての乳酸エチルの純度を99%以上にしなければならないという動機付けがない。動機付けがなければ精製しないという阻害要因が存在する。 しかし,半導体製造の使用材料に高純度化が必要とされることは既に検討したとおりであり,また半導体製品の高集積化に伴い,使用材料の純度が低いことは半導体製造における使用目的に支障を来すことも明らかといえる。 そうすると,引用例3に常に不純物を除去する必要があると記載されていないとしても,引用例1記載発明の乳酸エチルの純度について99%以上とすることを阻害する事情には当たらないというべきである。 控訴人の上記主張は採用することができない。 カ控訴人は,甲9(東亜大学医療工学部教授 理学博士 Aの陳述書),甲10(ローム・アンド・ハース電子材料株式会社マイクロエレクロニック・テクノロジーアジア・太平洋地区研究開発部次長Bの陳述書)を提出し,本件特許発明の出願当時,フォトレジスト組成物の保存中に微粒子が発生する原因が溶剤中の不純物にあることは知られていなかったと主張し,また控訴人の提出する甲13(Eの陳述書)には,1986年(昭和61年)10月当時,市販の乳酸エチルはいずれも99%より低い純度であり,これを超える純度を有する乳酸エチルを調整するために,市販の乳酸エチルを精製して用いていたとの記載がある。 しかし,貯蔵安定性を高めるため溶剤の純度を上げる必要があることが当業者に認識され(引用例5,摘記?B),しかも控訴人が本件特許権の拒絶査定に対する不服審判請求の審理過程において提出した平成9年10月9日付け審判請求理由補充書で記載した99%以上の純度の乳酸エチルが市販されていないとしていたのとは異なり,純度99%以上の乳酸エチルが市販されていたと認められる(引用例2,乙22)ことからすると,控訴人の提出する甲9,10,13はその認定を左右するものではないというほかない。 キ控訴人は,また甲14(Iの陳述書)を提出し,そこには純度99%以上の乳酸エチルを用いた場合と98%の純度のものを溶剤に用いた場合とで比較すると貯蔵安定性に効果がある旨が記載されているが,98%純度のものには,本件明細書の例195には記載されておらず,米国の対応する例195に記載されている不純物として特定されたジエチルサクシネートを乳酸エチルの全重量に対して2重量%含有させており(1頁下15行〜下13行),本件明細書の例195の記載とも,また米国の例195の記載とも合致しない実験条件というほかなく,採用できないというべきである。 (4) まとめ以上によれば,本件特許発明と引用例1記載発明との相違点については,当業者において容易に想到することができたものと認められるから,本件特許には,進歩性欠如(特許法29条2項)の無効理由が存在し,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるので,特許法104条の3により,特許権者たる控訴人は被控訴人に対しその権利を行使することができない。 5 結論よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する本訴請求は棄却すべきであるから,これと結論を同じくする原判決は相当であって本件控訴は理由がなく,また控訴人の当審における請求も理由がないから棄却して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 今井弘晃 |
裁判官 | 清水知恵子 |