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関連審決 不服2004-6994
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  上位概念 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10012号 審決取消請求事件
原告西南自動車工業株式会社
原告X
原告ら訴訟代理人弁護士中島茂,栗原正一,浅見隆行,原正雄, 本村文夫,早川明伸,寺田寛
被告特許庁長官 肥塚雅博
指定代理人西田秀彦,徳永英男,山口由木,大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/03/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2004-6994号事件について平成18年11月27日にした審決を取り消す。
第2事案の概要1特許庁における手続の経緯本件は,特許出願をした原告らが,拒絶査定を受けて,拒絶査定不服の審判請求をしたが,審判請求不成立の審決を受けたので,その審決の取消しを求めた事案である。
特許庁における手続の経緯は,次のとおりである。
( ) 原告らは,平成12年3月29日,発明の名称を「活きイカの保存又は輸送1方法とその装置」とする発明について特許出願をした(特願2000-90645号)(甲6)。
( ) 原告らは,平成16年2月27日付けで拒絶査定を受けたので,同年4月8 2日,拒絶査定不服の審判請求をするとともに(不服2004-6994号事件として係属),同日付けの手続補正書により,上記出願に係る明細書(以下,引用も含めて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。)。これに対し,特許庁は,平成18年11月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年12月11日に原告らに送達された。(甲3〜5)2発明の要旨( ) 本件補正前の特許請求の範囲請求項1の記載1活きイカの海水からなる収容液の溶存酸素レベルを2mg/リットル以上に維持する手段と,活きイカの海水からなる収容液のpHを6.8乃至9の範囲に制御するpH制御手段とからなる活きイカの保存又は輸送方法。
( ) 本件補正に係る特許請求の範囲請求項1の記載(下線部分が補正に係る部分2である。以下「請求項1」といい,その発明を「補正発明」という。)活きイカの海水からなる収容液の溶存酸素レベルを2mg/リットル以上に維持する手段と,活きイカの海水からなる収容液のpHを6.8乃至9の範囲に制御するpH制御手段と,収容液(判決注:「容液」とあるのは「収容液」の誤記と認める。)に活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制剤としてエタノール又はマグネシューム塩を加える代謝抑制手段とからなる活きイカの保存又は輸送方法。
3審決の要旨( ) 審決は,以下のとおり,?@補正発明は,特開2000-32870号公報1(甲14。以下「引用文献1」という。)に記載された発明(以下,引用する場合を含めて「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないので,本件補正は,同法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するものであるから,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきであるとした上,?A本願発明についても,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるので,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願発明に係る出願は拒絶されるべきであるとした。
( ) 補正の適否(独立特許要件の存否)2ア引用文献1の記載(審決2頁22行〜4頁下から7行)「本発明は,海水魚,淡水魚は無論,エビ,カニ,タコ,イカ,貝,スッポン等を含 (ア)む水産動物を活きたまま輸送する際に使用するストレス反応抑止剤,それを用いた活魚の輸送(段落【0001】) 方法及びその活魚に関する。」「しかしながら,・・・活魚が生きているという最低限必要な点,輸送用容器内の水(イ)の溶存酸素量の低下,欠乏についてはクリアー出来るものの,高密度収容,振動や光,排泄物による水質悪化など様々なストレッサーを緩和あるいは排除することが出来ず,健康な魚の状(段落【000 態のまま,最終的なユーザーに対して引き渡すことが困難である。」6】)「この貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤の使用形態は,要するに水産動物を (ウ)収容した輸送用容器に貝化石を添加し,攪拌機,エアレーション設備をうまく利用して混合し,混濁させることによる。・・・水中に分散した貝化石は,水産動物の排泄物による有害物質を吸着し,呼吸作用による二酸化炭素を吸収し,pHの低下を防いで,水産動物に対するストレッサーを除き,多くのストレス反応を緩和抑制することになる。これは,水産動物のストレス反応を反映する指標とされる,コルチゾール量,ヘモクロビン量,ヘマトクリット値に現れ,(段落【0017】) 特にコルチゾール量に明確に現れた。」「【発明の実施の形態】以下,本発明の実施の態様について詳述する。まず,上記構(エ)成になる貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤の種々の効果を確認するための調査及び試験を行ったので,その状況を説明する。まず,マダイの成魚についての試験を行う。
実施例1〕1.試験期間1997(平成9)年12月26日〜27日2.試験魚マダイ成魚3.マダイの収容量200lのパンライト水槽に100lの海水を入れ,1水槽あたり10尾のマダイ(11kg〜12kg)を入れる。
4.試験水温自然海水の水温18°Cと,加温した海水の水温25°Cとで実施する。なお,25°Cへの昇温は,水槽に水温18°Cの自然海水を入れ試験魚を収容したあと,5時間かけて行う。
5.試験時間8時間及び24時間6.ストレス反応抑止剤の添加量海水100lに対して貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤30g(海水1トンに対してストレス反応抑止剤300g)7.酸素供給空気及び純酸素を供給して飽和状態を維持する。
・・・比較のために,上記試験項目につき,ストレス反応抑止剤を添加しない対照区についも試験(段落【0027】) をする。」「表3によれば,自然海水のpHは8.0に対して,8時間後の水槽内海水のpHは(オ)0.4〜0.5低下したが,ストレス反応抑止剤添加区(以下単に添加区という),対照区ともに水温に関係なく差が出なかった。しかし,24時間後のpHは添加区が水温に関係なく8時間後のpHから変化せず一定であるのに対して,対照区のpHは0.3〜0.4低下した。
これは本発明のストレス反応抑止剤がpHの低下を抑制し,水槽内海水中の二酸化炭素を吸収していることを示している。したがって,水槽内海水中の二酸化炭素が逓減することで,魚の(段落【0028】,【0029】) 酸素摂取を効率良くできるようになる。」「〔実施例2〕(カ)1.試験期間1998(平成10)年1月6日〜7日2.試験魚マダイ稚魚3.マダイの収容量200lのパンライト水槽に50lの海水を入れ,1水槽あたり200尾のマダイ稚魚(平均体長8cm)を入れる。
4.試験水温自然海水の水温17°Cと,加温した海水の水温24°Cとで実施する。なお,24°Cへの昇温は,水槽に水温17°Cの自然海水を入れ試験魚を収容したあと,5時間かけて行う。
5.試験時間4時間,8時間,24時間6.ストレス反応抑止剤の添加量海水50lに対して貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤15g(海水1トンに対してストレス反応抑止剤300g)7.酸素供給空気を供給してほぼ飽和状態を維持する。
・・・比較のために,上記試験項目につき,ストレス反応抑止剤を添加しない対照区についも試験(段落【0037】) をする。」「表7によれば,自然海水のpHが8.0であり,添加区は24時間後の水槽内海水(キ)(段落【0039】)のpHが水温に関係なく7.8である・・・」イ引用発明(審決4頁下から2行〜5頁2行)「活魚の海水からなる収容液の溶存酸素量を飽和状態に維持する手段と,活魚の海水からなる収容液の自然海水のpHを7.5乃至8.0程度にするとともに,活魚のストレス反応を抑止する,貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤を収容液に加える手段とからなる活魚の輸送方法」ウ引用文献2記載の発明(審決5頁3行〜7行)「 ()(以下『引用文 Mauricio Garacia-Franco,Comp.Biochem.Physiol,vol.103C,no.1,pp.121-123 1992献2』という。判決注:甲23の1。)には,『アオリイカ(活きイカ)を,エタノール,硫酸マグネシウム又は塩化マグネシウムに晒したら,麻酔剤としての効果がある』ことが記載されている。」エ補正発明と引用発明との対比(審決5頁9行〜下から2行)(ア) 一致点「活魚の海水からなる収容液の溶存酸素レベルを活魚の生存に必要とする充分な量に維持する手段と,活魚の海水からなる収容液のpHを制御するpH制御手段とを有する活魚の輸送方法」(イ) 相違点「相違点1:活魚が,補正発明では,活きイカであるのに対して,引用発明では,活魚としてイカが例示されているものの実施例においては,マダイに適用した例が記載されているに過ぎない点。
相違点2:溶存酸素量を,補正発明では,2mg/リットル以上に維持するのに対して,引用発明では,そのような下限値を設けていない点。
相違点3:pHの制御範囲が,補正発明では,6.8乃至9であるのに対して,引用発明では,7.5乃至8.0の範囲である点。
相違点4:補正発明では,収容液に活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制剤としてエタノール又はマグネシューム塩を加える代謝抑制手段を有しているのに対して,引用発明では,前者のような代謝抑制手段を有していない点。」オ判断(審決6頁1行〜末行)「(相違点1について)引用文献1には,活魚として,イカも記載されており,引用発明は,実施例のマダイに限らず,活きイカにも適用されるものである。
(相違点2について)引用発明においては,特に下限値は明記されていないが,溶存酸素量を飽和状態に維持していることから,活魚が活きているのに最低限必要な量以上を確保していることは明らかであり,2mg/リットル以上とすることは,適宜決定しうることにすぎない。
(相違点3について)引用発明において例示されているpHの制御範囲は,7.5乃至8.0で,補正発明の,6.8乃至9の範囲に含まれており,かつ,自然海水のpHが8.0程度であって,両発明とも,pHを自然海水に近い範囲とするものであるから,相違点3は,実質的な差異ではない。
(相違点4について)本件明細書をみると,段落【0014】に『本発明によれば,収容液のpH制御手段に活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制手段を加えることにより,墨吐き等のようなストレスに起因する行動等を抑制し,長時間の生存を図ることができる。』と記載されており,補正発明においても,代謝または神経活動を抑制する代謝抑制手段が,活きイカのストレス反応を抑止することを目的としていることが明らかである。
また,引用発明は,上記(2)(ハ)〜(ホ)をみれば,ストレス反応を抑止することを課題としているということができる。
一方,引用文献2をみると,引用文献2には,『アオリイカ(活きイカ)を,エタノール,硫酸マグネシウム又は塩化マグネシウムに晒したら,麻酔剤としての効果がある』ことが記載されており,該麻酔剤は,活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制剤といえ,かつ,活魚を仮死や冬眠状態とする,つまり,活魚の代謝または神経活動を抑制するために,化学物質を加える代謝抑制手段を用いた活魚の保存又は輸送方法が,周知技術(例えば,原査定の拒絶の理由に周知例として引用された,特開平10-165039号公報,特開平10-276612号公報,特開平11-220974号公報等参照。)であることを踏まえると,引用発明において,活魚のストレス反応を抑止する手段として,引用文献2に記載されている,活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制剤(麻酔剤)として効果のある,エタノール又は塩化マグネシウム(マグネシウム塩)を加えて,補正発明のようにすることは,当業者が容易に想到しうることにすぎない。そして,補正発明全体の効果も,引用発明,引用文献2に記載の事項および周知技術から当業者が予測し得る範囲のものであって,格別なものということができない。」( ) 本願発明と引用発明との対比及び相違点についての判断(審決7頁26行〜 3末行)「本願発明は,上記・・・で検討した補正発明を特定する『代謝抑制手段』について『代謝抑制剤としてエタノール又はマグネシューム塩を加える』との限定事項を削除したものであって,本願発明の特定事項を全て含み,さらに限定事項を付加したものに相当する補正発明が・・・引用発明,引用文献2に記載の事項および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえるから,本願発明も,同様の理由により,引用発明および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」第3原告ら主張の取消事由審決は,補正発明について,相違点1ないし4の認定判断を誤り(取消事由1〜4),かつ,顕著な作用効果を看過したものであって(取消事由5),違法であるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(相違点1の認定判断の誤り)( ) 審決は,前記第2の3( )オのとおり,相違点1について,「引用文献1に1 2は,活魚として,イカも記載されており,引用発明は,実施例のマダイに限らず,活きイカにも適用されるものである。」と認定判断したが,誤りである。
引用文献1の特許請求の範囲請求項1には,「水産動物」のストレス反応抑止と記載されているのに対して,請求項4〜7には,「活魚」という用語を使用しており,また,発明の詳細な説明の段落【0001】では,「水産動物」を「海水魚,淡水魚は無論,エビ,カニ,タコ,イカ,貝,スッポン等を含む水産動物」と定義しているから,引用発明は,「活魚」と「イカ」とを別の用語として区別して使用していることが認められ,上位概念である「水産動物」の中に「海水魚」,「淡水魚」といった「活魚」,さらに「イカ」等が各々包含されると解される。
また,「活魚」とは,「活力があって健康な魚」のことであり(引用文献1の段落【0002】参照),「魚類」,すなわち,「水中に住む脊椎動物」の意味である。他方,「イカ」は軟体動物であるから,「魚類」とは生態において大きな違いがあって,「イカ」が「活魚」に含まれると考えることは,生物学的にも誤った解釈である。
( ) 原告らが平成19年7月19日及び同月23日に実施した実験?Aは,引用文2献1の段落【0008】のように,pH値の低下を防ぐために貝化石をイカの在中する収容液に添加混合させた場合,イカは墨を吐いて,直ちに死亡する事実を証明するものである。すなわち,収容液に貝化石を添加混合させた場合,活イカ及び魚(マダイ)の生存は可能かを調べるためのものであり,活イカ2尾(400g)を入れた5リットルの海水に貝化石1.5gを添加混合させて活イカの状態を観察し,一方,魚(マダイ,1.4kg)を入れた10リットルの海水に,貝化石3gを添加混合させ,魚(マダイ)の状態を観察した。その結果,活イカは,30分位経過するとスミを吐き出し,1時間と少し経過すると1尾が死亡し,その30分後にあと残りの1尾も死亡した。一方,魚(マダイ)は,体表に白い粉末が付着して白くなり,あまり動かなくなったが,11時間経過後も生存していた。以上の実験結果によれば,活イカを在中させた収容液(海水)に貝化石を混入させると,イカは貝化石の混入の結果によるイオン濃度の変化に刺激され,墨を吐いてしまって生存できないことが分かる。
( ) 被告は,補正発明のpH制御手段について,本件明細書の段落【0011】3の「アルカリ源」の記載から,補正発明はpH制御手段として貝化石を添加することを排除していない旨主張する。
しかし,本件明細書に「収容液にアルカリ付加物を加える手段として,炭酸水素ナトリウム,石灰等のアルカリ源を添加する手段を採用することができ」と記載されていることから分かるように,pH制御手段としてのアルカリ付加物を加える手段として「アルカリ源」を添加することしか認めていない。貝化石は,主成分以外にも不純物などその他の成分を含有した組成であるから,補正発明が想定している「アルカリ源」には該当しない。
( ) 審決は,上記のとおり,相違点1の認定を誤っているから,相違点1につい4ての進歩性の判断も誤りである。
2取消事由2(相違点2の判断の誤り)( ) 審決は,第2の3( )オのとおり,相違点2について,「引用発明において12は,特に下限値は明記されていないが,溶存酸素量を飽和状態に維持していることから,活魚が活きているのに最低限必要な量以上を確保していることは明らかであり,2mg/リットル以上とすることは,適宜決定しうることにすぎない。」と判断したが,誤りである。
( ) 引用発明において,「水中の溶存酸素レベルを飽和状態に維持する」ことは,2貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤の種々の効果を確認するための調査及び試験を実施するための環境設定の一例にすぎず,「溶存酸素レベルを活魚の生存に必要とする充分な量に維持」することを発明の内容としていない。
そもそも,「飽和」とは,「最大限度まで満たされている状態。ある状態量を増加させる要因を増してもその状態量が一定限度に留まり,それ以上増えない状態」の意味であるから,引用文献1の実施例では,水中に溶解可能な限りの最大限度の酸素が存在していなければならず,かつ,水中に溶解されている酸素量が増えても減ってもいけないのである。
( ) これに対して,補正発明は,1リットルの水の中に最大限度の酸素が存在し3ていることは必要なく,水中に溶解されている酸素量が2mg/リットル以上の範囲内であれば,一定に維持されることなく増えることも減ることも容認している。
すなわち,補正発明は,水中に最大限度の酸素が存在しない場合でも,水中の酸素が2mg/リットル以上あれば,イカを活きたまま輸送する方法を発明の内容としている。
( ) 原告らは,平成19年7月19日及び同月23日に実施した実験?Bにおいて,4溶存酸素レベル2.0mgでイカは生存可能かを調べたところ,その実験結果から,イカは,収容液内の容存酸素濃度が飽和状態になくとも生存可能であり,少なくとも1リットルあたり2.0mgの容存酸素レベルにあれば生存可能であることが分かった。
( ) 補正発明は,溶存酸素レベルの量が飽和状態に達していなくても2mg/リ5ットル以上あれば,イカを活きたまま輸送することができるという,イカの生存可能な領域を広げた発明である。
3取消事由3(相違点3の認定判断の誤り)( ) 審決は,前記第2の3( )エ(イ)のとおり,相違点3について,「pHの制御1 2範囲が,補正発明では,6.8乃至9であるのに対して,引用発明では,7.5乃至8.0の範囲である点」(相違点3)で相違すると認定したが,誤りである。
引用文献1の段落【0028】及び【0038】に記載されている調査及び試験の結果は,ストレス反応抑止剤がpH値を制御するための手段とされているわけではなく,水中に酸素(空気)を供給して,水中の溶存酸素量を飽和状態に維持することによって,水中の二酸化炭素を低減させ,pH値の低下を制御していたにすぎない。そして,引用発明は,水中のpHの制御範囲については一切内容としておらず,水1トンに添加混合させるストレス反応抑止剤としての貝化石の成分,当該貝化石が加熱処理され結晶水を除去し賦活化されていること及び添加混合する貝化石の分量が記載されているのみである。
( ) 審決は,前記第2の3( )オのとおり,相違点3について,「引用発明にお 2 2いて例示されているpHの制御範囲は,7.5乃至8.0で,補正発明の,6.8乃至9の範囲に含まれており,かつ,自然海水のpHが8.0程度であって,両発明とも,pHを自然海水に近い範囲とするものであるから,相違点3は,実質的な差異ではない。」と判断したが,誤りである。
イカを長時間輸送すると,イカの呼吸によって,収容液・海水のpH値が低下してしまうことは避けられないので,イカを長時間輸送するためには,あらかじめ収容液・海水のpH値をイカが生存可能なpH値の最大値9.0まで高く設定し,イカの呼吸,代謝作用によって,収容液のpH値が低下しても,イカが生存可能なpH値の最小値6.8までしか低下しないようにしておくことが必要である。補正発明は,あらかじめ収容液のpH値をイカが生存可能な最大値まで確保しておくこと,及び,イカを長時間輸送しても収容液のpH値がイカが生存可能な範囲で下げ止まるようにしておくこと,かつ,自然海水のpH8.0よりも上下に幅を拡張し,その範囲内で制御しておくことに進歩性がある。
4取消事由4(相違点4の判断の誤り)( ) 審決は,前記第2の3( )オのとおり,相違点4について,補正発明も引用1 2発明もいずれも「活きイカのストレス反応を抑止すること」を目的・課題としている点で共通していると判断したが,誤りである。
( ) 引用文献1の「発明の詳細な説明」の段落【0003】,【0006】,2【0016】の記載を参酌すると,引用発明がいう「ストレス反応」とは,高密度収容,振動又は光,あるいは,排泄物による水質悪化など様々なストレッサーを原因として生じる生理的な反応をいい,一次的には,ホルモンの血中放出,二次的には,代謝攪乱,浸透圧調節機能攪乱,自律神経支配下諸反応の変化,血液性状変化,粘液分泌の変化であると理解することができる。したがって,引用発明における「ストレス反応の抑止」とは,こうしたストレッサーを原因として生じる生理的な反応を抑止することであり,活魚のコルチゾール量,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値の変化を抑止し,魚の健康状態を維持することを意味するものである。
( ) 一方,補正発明は,活きイカの「代謝または神経活動を抑制する」ことを目3的としており,活きイカの「ストレス反応を抑止する」ことを目的としているわけではない。補正発明にいう「代謝または神経活動の抑制」とは,具体的には,活きイカの呼吸作用は止めずに代謝を抑制すること,及び,水質,水温,水中のpH値,イオン濃度などの環境の変化が生じても墨を吐くなどのストレスを起因とする行動等を抑制することである(本件明細書の段落【0014】参照)。しかも,イカの場合,コルチゾール,ヘモグロビン,ヘマトクリットが存在しないから,引用発明のような,活魚のコルチゾール量,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値の変化を抑止するということを観念することができない。
( ) 審決は,前記第2の3( )オのとおり,相違点4について,「引用発明にお4 2いて,活魚のストレス反応を抑止する手段として,引用文献2に記載されている,活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制剤(麻酔剤)として効果のある,エタノール又は塩化マグネシウム(マグネシウム塩)を加えて,補正発明のようにすることは,当業者が容易に想到しうる」と判断したが,誤りである。
引用文献2記載の発明は,エタノール,硫酸マグネシウム又は塩化マグネシウムにイカを晒してイカに麻酔をかけ,そのイカに麻酔が効いている間に,イカを手術して,イカから神経を切除することを目的とした,神経学の分野における技術である。つまり,引用文献2にいう「麻酔」とは,活きイカの神経活動を活かしたまま,活きイカの筋肉運動・代謝を「停止」させ,その停止の結果として活きイカの呼吸作用も停止させることを意味するのである。
これに対して,補正発明は,「代謝抑制手段」としてエタノール,又はマグネシュウム塩を加えるとしているのであって,これにより,活きイカの代謝又は神経活動を「抑制」することを目的としており,代謝又は神経活動を完全に停止させるものではない。補正発明によれば,イカの呼吸作用は停止しないので,イカは酸欠に至ることはなく,イカを長時間輸送することができる。したがって,麻酔効果のある引用文献2記載の発明とは,期待する作用効果が全く異なる。
また,引用文献2記載の発明のみを利用して,麻酔剤としての効果が発生しない程度の少量のエタノール又は塩化マグネシウムを,イカが在中している収容液・海水に溶解した場合であっても,容易には,イカの代謝又は神経活動を抑制することはできず,補正発明のような効果を得ることはできない。
( ) 以上のとおり,引用発明は,あくまでも,イカの体内における「生理的な反5応」を抑止するのに対して,補正発明は,イカの生理的な反応までは抑止せずに,イカの外観の行動に現れる「代謝・神経活動」を抑制するところに大きな相違点があり,そこに進歩性があるのである。
5取消事由5(顕著な作用効果の看過)( ) イカが収容液である海水のイオン濃度の変化に反応しないようにする効果を1生じさせ,かつ,イカの代謝又は神経活動を抑制する効果を生じさせるためには,収容液である海水に入れるエタノール又は塩化マグネシウムの配合割合・濃度を特定の数値に設定しなければならない。しかも,スルメイカ,アオリイカなどイカの種類によって異なる特定の数値でなければならない。
補正発明は,こうしたエタノール,塩化マグネシウムの配合割合,濃度によっては,イカに麻酔剤としての効果ではなく,イカの代謝又は神経活動を抑制する効果があると発見したこと,しかも,その配合割合,濃度がイカの種類ごとに異なる特定の数値でなければならないことを発見したことに進歩性がある。
( ) また,補正発明は,?@収容液・海水の溶存酸素レベルの維持,?ApH値の制2御,及び?B活きイカの代謝又は神経活動の抑制効果という3つの効果を,活きイカを長時間活かしたまま同時に達成することができる点に進歩性がある。従来技術から,?@,?A,?Bの効果を各別に達成することは実現可能であってとしても,一つの方法によって実現できるとは,当業界においては,予測し得なかったものである。
第4被告の反論審決の認定判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由は,いずれも理由がない。
1取消事由1(相違点1の認定の誤り)に対して( ) 原告らは,引用発明では,「活魚」と「イカ」とを別の用語として区別して1使用されている旨主張する。
しかし,引用文献1には,例えば,「前記水産動物は,限定がないが,現在,すなわち本願発明の出願時点で活魚輸送の対象となっているものを例示すると,海水生息動物では,マダイ,クロダイ,イシダイ,イシガキダイ,カンパチ,シマアジ,マアジ,ヒラメ,カレイ,スズキ,トラフグ,カワハギ,ウマズラハギ,イサキ,ハタ,オニオコゼ,クロソイ,アナゴ,ハモ,イセエビ,クルマエビ,ガザミ,ケガニ,マダコ,イカ,アワビ,サザエ,ホタテガイ,ホッキガイなどであり,淡水生息動物では,ウナギ,マス類,コイ,アユ,ドジョウ,カジカ,ペヘレイ,スッポンなどである。」(段落【0015】)との記載があって,引用発明の活魚輸送の対象となっているものが例示されているところ,この中にはイカも含まれているから,引用文献1にいう活魚には,活きイカも含まれている。
( ) 原告らは,実験?Aを行い,イカは貝化石の混入の結果によるイオン濃度の変2化に刺激され,墨を吐いて生存できなかった旨主張する。
しかし,補正発明のpH制御手段について,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明は,上記の活きイカの保存又は輸送方法において,pH制御手段が収容液にアルカリ付加物を加えることからなる活きイカの保存又は輸送方法とその装置を提供するものである。収容液にアルカリ付加物を加える手段としては,炭酸水素ナトリウム,石灰等のアルカリ源を添加する手段を採用することができ」(段落【0011】)との記載があり,アルカリ源を添加しているから,補正発明は,pH制御手段として,石灰(CaCO )を主成分とする貝化石を添加することを排除し3ていない。
2取消事由2(相違点2の判断の誤り)に対して原告らは,補正発明は,溶存酸素レベルが最低限度として2mg/リットルを確保していればよく,1リットルの水の中に最大限度の酸素が存在していることは必要ない旨主張する。
しかし,補正発明は,溶存酸素量を2mg/リットル以上という範囲を規定しているのみであるから,引用発明の飽和状態にある溶存酸素量は,当然にこれに含まれることになる。
また,補正発明については,本件明細書の発明の詳細な説明には,「2mg/リットル以上に維持することにより,活きイカの生存に必要とする酸素の供給がなされる」(段落【0007】)との記載があり,「2mg/リットル以上」とすることに一応意味があるといえる。しかし,生存させて運搬するために,生存し得る範囲に酸素が供給されることは,当然に,考慮されるべき事項である。
3取消事由3(相違点3の認定判断の誤り)に対して相違点3に係るpHの制御範囲は,引用発明の7.5ないし8.0の範囲を含むものである。そして,補正発明が相違点3に係るpHの制御範囲を採用することについて格別の差異があるとは認められない。
4取消事由4(相違点4の判断の誤り)に対して( ) 原告らは,補正発明は,活きイカの「代謝または神経活動を抑制する」こと1を目的としており,活きイカの「ストレス反応を抑止する」ことを目的としているわけではない旨主張する。
しかし,審決は,「補正発明では,収容液に活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制剤としてエタノール又はマグネシューム塩を加える代謝抑制手段を有しているのに対して,引用発明では,前者のような代謝抑制手段を有していない点。」で相違すると認定しているのであって,審決に誤りはない。
また,本件明細書には,「代謝抑制手段を加えることにより,墨吐き等のようなストレスに起因する行動等を抑制する」(段落【0014】)との記載があるから,補正発明の「代謝抑制手段」は,ストレス反応を抑制することを目的とするものである。
( ) 原告らは,引用文献2にいう「麻酔」とは,活きイカの神経活動を活かした2まま,活きイカの筋肉運動・代謝を「停止」させ,その停止の結果として活きイカの呼吸作用も停止させることを意味する旨主張する。
しかし,引用文献2には,麻酔剤の過度の投薬量あるいは長時間の暴露の場合は,脳の極めて重大な呼吸作用と血液循環運動の中枢の困難を導き通常死に至らせる旨の記載はあるが,エタノール,硫酸マグネシウム又は塩化マグネシウムを使用すると呼吸作用が停止し死に至るとの記載はなく,その示唆もないから,原告らの上記主張は根拠のないものである。
また,一般的に,「麻酔剤」とは,「中枢神経の機能を鈍麻」させたり,「知覚神経末梢を麻痺」させたりする薬剤であるから(広辞苑第三版,乙1),神経活動を抑制する効果を含むものである。このように,麻酔剤は,補正発明の代謝抑制手段に相当するから,引用文献2の麻酔剤が期待できる作用効果が,補正発明の代謝抑制手段が期待できる作用効果と違うということはできない。
5取消事由5(顕著な作用効果の看過)に対して原告らは,補正発明は,こうしたエタノール,塩化マグネシウムの配合割合,濃度によっては,イカに麻酔剤としての効果ではなく,イカの代謝又は神経活動を抑制する効果があると発見したこと,しかも,その配合割合,濃度がイカの種類ごとに異なる特定の数値でなければならないことを発見したことに進歩性がある旨主張する。
しかし,補正発明は,エタノール及び塩化マグネシウムの配合割合,濃度については限定されていないので,このような主張は失当である。
第5当裁判所の判断1取消事由1(相違点1の認定判断の誤り)について( ) 審決は,相違点1について,「引用文献1には,活魚として,イカも記載さ1れており,引用発明は,実施例のマダイに限らず,活きイカにも適用されるものである。」と認定判断したのに対し,原告らは,「活きイカ」が引用発明の「活魚」に含まれない旨主張するので,検討する。
( ) 引用文献1(甲14)には,次の記載がある。
2ア「【発明の属する技術分野】本発明は,海水魚,淡水魚は無論,エビ,カニ,タコ,イカ,貝,スッポン等を含む水産動物を活きたまま輸送する際に使用するストレス反応抑止剤,それを用いた活魚の輸送方法及びその活魚に関する。」(段落【0001】)イ「【従来の技術】活魚とは,単に生きている魚の意味ではなく,活力があって健康な魚をいうから,活魚輸送とは,活力があって健康な魚(エビ,カニ,貝などの水産動物も含む)をそのままの状態を保持して輸送し,最終的なユーザーに対して引き渡すことである。」(段落【0002】)ウ「【課題を解決するための手段】本発明者は,長年貝化石の組成,性質について調査研究を続けてきた。また,魚の養殖,養殖漁場の水質及び底質の維持管理についても調査研究を続け一定の成果を上げ,養殖魚の体質改善,養殖漁場の水質及び底質の改善に成功し,活力があって健康な魚,すなわち,活魚を生み出すことが出来るようになった。そして,今度はその延長線上で,この生み出すことに成功した活魚を,如何にしたら,そのままの状態を保持して輸送し,最終的なユーザーに対して引き渡すことができるかについて,鋭意研究を続けて来た。その結果,活魚を収容する輸送用容器内に貝化石を添加混合し白濁させ,その状態で輸送すると,白濁状態が高密度収容や光によるストレスを緩和し,水中に分散した貝化石が魚の排泄物による有害物質を吸着し,魚の呼吸作用による二酸化炭素を吸収し,pHの低下を防いで,体色の良い活力があって健康な魚のまま輸送できることを見出し,本発明に到達したのである。」(段落【0008】)エ「前記水産動物は,限定がないが,現在,すなわち本願発明の出願時点で活魚輸送の対象となっているものを例示すると,海水生息動物では,マダイ,クロダイ,イシダイ,イシガキダイ,カンパチ,シマアジ,マアジ,ヒラメ,カレイ,スズキ,トラフグ,カワハギ,ウマズラハギ,イサキ,ハタ,オニオコゼ,クロソイ,アナゴ,ハモ,イセエビ,クルマエビ,ガザミ,ケガニ,マダコ,イカ,アワビ,サザエ,ホタテガイ,ホッキガイなどであり,淡水生息動物では,ウナギ,マス類,コイ,アユ,ドジョウ,カジカ,ペヘレイ,スッポンなどである。」(段落【0015】)( ) 上記記載によれば,「水産動物」とは,海水魚,淡水魚は無論,エビ,カニ,3タコ,イカ,貝,スッポン等を含んでおり,「活魚」とは,「単に生きている魚の意味ではなく,活力があって健康な魚をいう」ものとしており,しかも,「活魚輸送」の対象となっているのは,「海水生息動物では,マダイ,クロダイ,イシダイ,イシガキダイ,カンパチ,シマアジ,マアジ,ヒラメ,カレイ,スズキ,トラフグ,カワハギ,ウマズラハギ,イサキ,ハタ,オニオコゼ,クロソイ,アナゴ,ハモ,イセエビ,クルマエビ,ガザミ,ケガニ,マダコ,イカ,アワビ,サザエ,ホタテガイ,ホッキガイなどであり,淡水生息動物では,ウナギ,マス類,コイ,アユ,ドジョウ,カジカ,ペヘレイ,スッポンなど」であるとされているから,「活魚」とは,「水産動物」のうち活力があって健康なものをいうと解するのが相当である。
そうすると,「活魚」は,「イカ」も含んでいるものである。
( ) 原告らは,実験?Aの結果を理由に,活イカを在中させた収容液(海水)に貝4化石を混入させると,イカは貝化石の混入の結果によるイオン濃度の変化に刺激され,墨を吐いてしまって生存できないから,引用発明の「活魚」に補正発明の「活きイカ」が含まれない旨主張する。
ア証拠(甲26,甲27の1〜14,甲29の1〜6)によると,(ア)実験?Aのイカについての実験では,5リットルの海水に活きイカ2尾(400g)を入れ,これに貝化石を1.5g添加混合させたところ,海水が白く濁り,イカは,約30分後にスミを吐き出すようになったこと,海水に溶解していない貝化石の粉末がイカの筒の中に入り込むとともに,イカの動きが鈍くなったこと,次第に,海水が黒くなっていき,1時間強の経過で1尾が死亡し,その約30分後に残りの1尾も死んだこと,(イ)一方,実験?Aのマダイについての実験では,10リットルの海水にマダイ1尾(1.4kg)を入れ,これに貝化石3gを添加混合させたところ,活きイカの場合と同様に海水が白く濁り,マダイの体表に白い粉末が付着して白くなり,あまり動かなくなったが,11時間経過後も生存していたことが認められる。
イところで,引用文献1には,「この貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤の使用形態は,要するに水産動物を収容した輸送用容器に貝化石を添加し,攪拌機,エアレーション設備をうまく利用して混合し,混濁させることによる。」(段落【0017】),「これら3種類の貝化石をそれぞれ主成分とする各ストレス反応抑止剤は,輸送時間の長さ,水温,水産動物の種類,収容密度などのファクターにより,水1トンに対する添加割合が異なるが,4g未満では水産動物のストレスを緩和,抑制して健康保持を図ることが出来ず,800gより多いと逆に水産動物の種類によってはストレスを与えたりすることがあり,加えてコスト高になり好ましくない結果となる可能性がある。本明細書では,輸送の定義を,養殖場や沖合から水産動物を取り上げてから最終的なユーザーに対して引き渡すまでのすべてを含むから,畜養も活魚輸送も含むことになり,畜養の場合は,水1トンに対してストレス反応抑止剤を10〜100gの範囲が最も望ましく,活魚輸送の場合は,水1トンに対してストレス反応抑止剤を100〜300gの範囲が最も望ましい。・・・水にストレス反応抑止剤を添加混合する方法については,特に限定がなく,いかなる方法でも良い。活魚輸送の場合大切なのは水を常に攪拌状態に保ち,白濁状態を保持することであり,エアレーション設備が車両に搭載されている場合はそれを活用する。すなわち,エアレーション設備の散気位置に貝化石を直接添加したり,ネットに貝化石を詰めたもの,不織布を袋状にして貝化石を詰めたもの,不織布にて貝化石をセル状に封入したものを置いたり,更に貝化石を含浸させた物を置いたりして,貝化石を混合しつつ白濁状態を保持するのが良い。」(段落【0023】)との記載がある。実験?Aがイカを水槽に入れた状態での実験であり,引用文献1の「畜養」の場合に近い状態であることを考慮すると,「畜養の場合は,水1トンに対してストレス反応抑止剤を10〜100gの範囲が最も望ましく」とされており,「10〜100gの範囲」は,5リットルの海水では貝化石0.05〜0.5gであるから,実験?Aにおいて,5リットルの海水に貝化石1.5gを添加したことは,3〜30倍の量を添加したことになる。
また,水に貝化石を添加混合する方法については,上記のとおり,攪拌機,エアレーション設備をうまく利用して混合し,混濁させる必要があり,また,ネットに貝化石を詰めたもの,不織布を袋状にして貝化石を詰めたもの,不織布にて貝化石をセル状に封入したものを用いることも指摘しているのであって,引用文献1が,えら呼吸を阻害するような態様での貝化石の投与を許容しているものとは考え難い。
ウ上記ア及びイ認定の事実によれば,イカ,マダイのいずれの実験でも海水が白く濁り,貝化石の粉末がイカの筒の中に入り込むとともに,イカの動きが鈍くなり,タイの体表に白い粉末が付着し白くなり,あまり動かなくなったというのであって,イカが死んだのは,原告も指摘するとおり,貝化石の粉末がえら呼吸を阻害して酸欠状態になったことによる蓋然性が高い。
結局,実験?Aにおいてイカが死亡したのは,えら呼吸を阻害するような過度の貝化石の粉末を添加したことに大きな原因があったものと推認されるのであって,直ちに,引用発明がイカを含まないとの原告らの主張を裏付けるものとはいえない。
エ原告らは,pH制御手段としてのアルカリ付加物を加える手段として「アルカリ源」を添加することしか認めておらず,貝化石は,主成分以外にも不純物などその他の成分を含有した組成であるから,補正発明が想定している「アルカリ源」には該当しない旨主張する。
しかし,本件明細書にいう「炭酸水素ナトリウム,石灰等のアルカリ源」は,pH制御手段であるが,その純度について,請求項1においても,本件明細書の発明の詳細な説明においても,全く限定をしておらず,多少の不純物が存在しても,pH制御手段であるアルカリ付加物に変わりはない。したがって,貝化石が本願発明にいう「アルカリ源」に該当するものであって,原告らの上記主張は,失当である。
2取消事由2(相違点2の判断の誤り)について( ) 原告らは,引用文献1において,「水中の溶存酸素レベルを飽和状態に維持1する」ことは,「貝化石を主成分とするストレス反応抑止剤の種々の効果を確認するための調査及び試験」を実施するための環境設定の一例にすぎず,「溶存酸素レベルを活魚の生存に必要とする充分な量に維持」することを発明の内容としていない旨主張する。
しかし,酸素が動物の呼吸作用に関与しており,酸素がなければ動物が死滅することは明らかである。甲26によれば,原告ら自身,実験?Aにおいて,貝化石の粉末がイカのえら呼吸を抑制して酸欠状態になったと分析しているところであり,酸素がなければイカが死滅することを知悉しているのである。したがって,引用文献1が,「溶存酸素レベルを活魚の生存に必要とする充分な量に維持」することを前提としていることは,明らかである。
引用文献1には,〔実施例2〕として,マダイ稚魚を用いた試験が記載されており,環境・条件として,「7.酸素供給空気を供給してほぼ飽和状態を維持する。」(段落【0037】)との記載があり,その結果として,【表7】に24時間経過後のpH並びに溶存酸素量が記載されるとともに,「表7によれば,自然海水のpHが8.0であり,添加区は24時間後の水槽内海水のpHが水温に関係なく7.8であるのに対して,対照区は水温が17℃の時pH7.3,24℃の時pH7.4であり,添加区の場合より0.3〜0.4低下している。したがって,添加区は,対照区に比べて明らかに,水槽内海水中の二酸化炭素が逓減して,魚の酸素摂取を効率良くできる状態になっている。また,溶存酸素についてもpHの場合と同様であり,対照区の方が添加区よりも酸素をより多く消費し,その分魚の酸素摂取を難しくすることを示す。」(段落【0038】)との記載がある。
上記記載によれば,対照区の方が,ストレス反応抑止剤添加区よりも溶存酸素の量が少なく,酸素をより多く消費していることが分かるが,溶存酸素が存在する以上,「溶存酸素レベルを活魚の生存に必要とする充分な量に維持」されていたものである。
( ) 原告らは,補正発明は,1リットルの水の中に最大限度の酸素が存在してい2ることは必要なく,水中に溶解されている酸素量が2mg/リットル以上の範囲内であれば,一定に維持されることなく増えることも減ることも容認している旨主張する。
しかし,水中に溶解されている酸素量が2mg/リットル以上の範囲内であれば,一定に維持されることなく増えることも減ることも容認しているということは,1リットルの水の中に最大限度の酸素が存在していることも容認していることになる。
原告らの上記主張は,失当というほかない。
( ) そうすると,引用文献1において,「水中の溶存酸素レベルを飽和状態に維3持する」ことは「溶存酸素レベルを活魚の生存に必要とする充分な量に維持」することを発明の内容としているので,2mg/リットル以上に該当するから,「引用発明においては,特に下限値は明記されていないが,溶存酸素量を飽和状態に維持していることから,活魚が活きているのに最低限必要な量以上を確保していることは明らかであり,2mg/リットル以上とすることは,適宜決定しうることにすぎない。」とした審決の判断に誤りはない。
3取消事由3(相違点3の認定判断の誤り)について( ) 原告らは,引用発明は,水中のpHの制御範囲については一切内容としてお1らず,水1トンに添加混合させるストレス反応抑止剤としての貝化石の成分,当該貝化石が加熱処理され結晶水を除去し賦活化されていること及び添加混合する貝化石の分量が記載されているのみである旨主張する。
( ) 引用文献1の段落【0028】の表3及び「表3によれば,自然海水のpH2は8.0に対して,8時間後の水槽内海水のpHは0.4〜0.5低下したが,ストレス反応抑止剤添加区(以下単に添加区という),対照区ともに水温に関係なく差が出なかった。しかし,24時間後のpHは添加区が水温に関係なく8時間後のpHから変化せず一定であるのに対して,対照区のpHは0.3〜0.4低下した。
これは本発明のストレス反応抑止剤がpHの低下を抑制し,水槽内海水中の二酸化炭素を吸収していることを示している。したがって,水槽内海水中の二酸化炭素が逓減することで,魚の酸素摂取を効率良くできるようになる。」(段落【0029】),並びに,段落【0038】の表7及び「表7によれば,自然海水のpHが8.0であり,添加区は24時間後の水槽内海水のpHが水温に関係なく7.8であるのに対して,対照区は水温が17℃の時pH7.3,24℃の時pH7.4であり,添加区の場合より0.3〜0.4低下している。したがって,添加区は,対照区に比べて明らかに,水槽内海水中の二酸化炭素が逓減して,魚の酸素摂取を効率良くできる状態になっている。また,溶存酸素についてもpHの場合と同様であり,対照区の方が添加区よりも酸素をより多く消費し,その分魚の酸素摂取を難しくすることを示す。」(段落【0039】)によれば,ストレス反応抑止剤がpH値及び酸素の消費量に影響を与えていること,その際のpH値の変動は最大で自然海水のpH8.0,最低でpH7.5となっていることが認められる。
そうすると,引用発明のpH7.5ないし8.0は,pHの制御範囲を6.8ないし9とする補正発明に包含されることが明らかである。
したがって,審決が,相違点3について,「引用発明において例示されているpHの制御範囲は,7.5乃至8.0で,補正発明の,6.8乃至9の範囲に含まれており,かつ,自然海水のpHが8.0程度であって,両発明とも,pHを自然海水に近い範囲とするものであるから,相違点3は,実質的な差異ではない。」と判断したことに誤りはない。
( ) 原告らは,引用文献1には,ストレス反応抑止剤がpH値を制御するための3手段,あるいは,引用発明は,水中のpHの制御範囲が開示されているわけではなく,水1トンに添加混合させるストレス反応抑止剤としての貝化石の成分,当該貝化石が加熱処理され結晶水を除去し賦活化されていること,及び,添加混合する貝化石の分量が記載されているのみである旨主張する。
しかし,原告らの指摘する点は,引用文献1の特許請求の範囲に係る発明に関するものであるところ,上記のとおり,審決が引用したのは,引用文献1の特許請求の範囲に係る発明ではなく,引用文献1に記載されている複数の技術事項のうちから補正発明と対比するものとして引用発明を選択しているのであるから,原告の上記主張は,その前提を誤っているものである。
4取消事由4(相違点4の判断の誤り)について( ) 原告らは,補正発明は,活きイカの「代謝または神経活動を抑制する」こと1を目的としており,活きイカの「ストレス反応を抑止する」ことを目的としているわけではない旨主張する。
( ) 補正発明の「代謝抑制手段」は,請求項1に「代謝または神経活動を抑制す2る代謝抑制剤としてエタノール又はマグネシューム塩を加える代謝抑制手段」との記載があるから,「代謝または神経活動を抑制する」作用を有するものである。
( ) 本件明細書には,次の記載がある。
3ア「また,本発明は,上記の活きイカの保存又は輸送方法とその装置において,活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制手段を加えることからなる活きイカの保存又は輸送方法とその装置を提供するものである。本発明によれば,収容液のpH制御手段に活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制手段を加えることにより,墨吐き等のようなストレスに起因する行動等を抑制し,長時間の生存を図ることができる。」(段落【0014】)イ「また,本発明は,上記の活きイカの保存又は輸送方法とその装置において,代謝抑制手段が収納液にエタノールを加えることからなる活きイカの保存又は輸送方法とその装置を提供するものである。本発明によれば,代謝抑制手段として収納液にエタノールを加えることにより,揮発性物質であるにもかかわらず活きイカに有効な代謝又は精神活動の抑制ができる。」(段落【0015】)ウ「また,本発明は,上記の活きイカの保存又は輸送方法とその装置において,代謝抑制手段がイカの種類別に異なる濃度の塩化マグネシウムを含有する収容液に活きイカを収容することからなる活きイカの保存又は輸送方法とその装置を提供するものである。活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制手段として有効な塩化マグネシウムの濃度は,例えば,アオリイカでは0〜4%,スルメイカでは2〜30%,ヤリイカでは0〜8%のように,イカの種類によって大幅に異なるから,イカの種類別に異なる濃度の塩化マグネシウムを含有する収容液に活きイカを収容することが重要となる。」(段落【0018】)( ) 上記記載によれば,「収容液のpH制御手段に活きイカの代謝または神経活4動を抑制する代謝抑制手段を加えることにより,墨吐き等のようなストレスに起因する行動等を抑制し,長時間の生存を図ることができる。」というのであるから,最終的な目的は「長時間の生存を図ること」であり,そのために「ストレス反応を抑止する」ことであり,そのために「代謝または神経活動を抑制する」ものというべきである。
( ) 原告らは,引用発明のストレス反応の抑止とは,活魚のコルチゾール量,ヘ5モグロビン量,ヘマトクリット値の変化を抑止し,魚の健康状態を維持することを意味すると理解できるとした上,イカの場合,コルチゾール,ヘモグロビン,ヘマトクリットが存在しないため,イカには,これらの値の変化を抑制するという,生理的反応の抑止は観念できない旨主張する。
ア引用文献1には,次の記載がある。
(ア) 「そして,輸送される水産動物は,その取扱,強制運動,高密度収容,振動や光,輸送用容器内の水の溶存酸素量の低下,排泄物による水質悪化など様々な刺激が加えられる。それらの刺激は水産動物にストレッサーとして作用し,様々な生理的な反応,すなわち,ストレス反応を起こす。このストレス反応は,石岡宏子著「水産学シリーズNo.39,『活魚輸送』,恒星社厚生閣(1982)」によれば,一次的変化としてホルモンの血中放出が起こり,その結果,二次的変化として,代謝攪乱,浸透圧調節機能攪乱,自律神経支配下諸反応の変化,血液性状変化,粘液分泌の変化,などが起きる。したがって,輸送中の水産動物は,上記のストレス反応のいずれかが起こっていて,そのストレス反応は与えられる刺激の種類や強さ,刺激を受ける前の水産動物の状態,水温などによって,その変動様式,程度が異なる。このことは,例えば活魚の収容量,エアレーションの通気量など人為的に容易に制御出来る輸送条件が同じであっても,輸送がうまく行く場合と,そうでない場合とが生じることにつながる。」(段落【0003】)(イ) 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上述の?@のものでは,活魚が生きているという最低限必要な点,輸送用容器内の水の溶存酸素量の低下,欠乏についてはクリアー出来るものの,高密度収容,振動や光,排泄物による水質悪化など様々なストレッサーを緩和あるいは排除することが出来ず,健康な魚の状態のまま,最終的なユーザーに対して引き渡すことが困難である。また,?Aの水産動物が変温動物であることを利用して,輸送用容器内の水の温度を低く保持して,その活動を鈍らし,多くのマイナス要因を排除出来る点は都合が良い。しかし,高密度収容,振動や光によるストレスを除くことが出来ず,水産動物の活動は鈍って,排泄物による水質悪化の程度が低下するものの,改善するまでには至らないし,浄化槽付きの循環冷却タンクの設置,車両に冷却装置を搭載するなど大がかりな設備が必要になる。さらに,?Bのものは,様々なストレッサーに対して,それに耐え得るように水産動物の体質を改善する方法は,上記に示した程度の断片的にしか知られておらず,水産動物の種類,個体差,水温などにより,体質改善の程度がどのように変化するかについても,明確ではない。」(段落【0006】)(ウ) 「前記ストレス反応は,上記のような水産動物を活きたまま輸送する際に生じる一切のものを含む。このストレス反応は,すでに述べたように,一次的変化としてはホルモンの血中放出であり,その結果の二次的変化としては,代謝攪乱,浸透圧調節機能攪乱,自律神経支配下諸反応の変化,血液性状変化,粘液分泌の変化,などである。なお,ここで,輸送とは,養殖魚の場合は,養殖場から最終的なユーザーに対して引き渡すまでのすべてを含み,したがって,陸上イケスによる備蓄も含まれる。また,天然魚の場合は,沖処理から始まり最終的なユーザーに対して引き渡すまでのすべてを含む。この場合も陸上イケスによる備蓄があれば,当然含まれる。」(段落【0016】)イ上記記載によれば,引用文献1が取り上げているストレス反応は,その原因又は誘因を例示しているものであり,このことは,「その取扱,強制運動,高密度収容,振動や光,輸送用容器内の水の溶存酸素量の低下,排泄物による水質悪化など様々な刺激が加えられる。」,「高密度収容,振動や光,排泄物による水質悪化など様々なストレッサー」といった記載から明らかである。
したがって,引用発明のストレス反応の抑止を,活魚のコルチゾール量,ヘモグロビン量,ヘマトクリット値の変化を抑止し,魚の健康状態を維持することに限定した上でする原告らの上記主張は,前提を誤っているもので,失当である。
( ) 引用文献2(甲23)について6ア引用文献2は,「アメリカアオリイカ(軟体動物門:頭足網)のための麻酔剤」と題する論文であって,次の記載がある。
(ア) 「要旨-1.アオリイカの検体は,冷血動物に通常使用される麻酔剤とは異なった試薬に曝された。2.いくつかの試薬が検体に影響したが,麻酔状態は,エタノール,硫酸マグネシウムまたは塩化マグネシウムを使用したときだけ到達された。」(121頁7行〜10行)(イ) 「アオリイカの両方の性のサンプルは,ベネズエラのスクル州にあるモチマ湾から入手された。総重量42.2グラムから290.9グラム(外套膜の長さ7.6センチメートルから17.1センチメートル)の検体が,この研究に使用された。
実験された試薬は,その安い値段,有効性および冷血動物に関して報告された以前の研究に基づいて選択された( )。
Huf;1934;Lever et a1.,1963;Brady and Carbone,1973これらは,エタノール,塩化マグネシウム,硫酸マグネシウム,クロロホルム(トリクロロエタン),抱水クロラールおよび炭酸水(シュウェップスの炭酸水)として二酸化炭素を含んでいた。・・・それぞれの試験のために,検体は浸かる様に溶液の中に入れられた。・・・曝露の後,各々のイカは,90秒以内で,手または/およびタモネットで水から取り出し,海水がかけ流されている回復用水槽へ移動させることによって,活動試験に供された。」(同頁左欄第4段落〜右欄第2段落)(ウ) 「麻酔剤,通常全身麻酔剤と評されるものは,脳の感覚の中心を様々な程度に抑制し,最終的には反射反応を除去する。過度の投薬量あるいは長時間の曝露は,脳の極めて重大な呼吸作用と血液循環運動の中枢の困難を導き,通常死に至らせる・・・麻酔状態にあるイカは,筋肉全体の弛緩をも示す「昏睡状態」下にあったと定義される。麻酔状態は,肉体の硬さの不存在,触腕の柔軟性,および色素胞の筋原線維の収縮を抑制することによる外観上の体色パターンの除去(透き通った外套膜)である。」(同頁右欄第4段落)(エ) 「エタノールは,副作用なしで麻酔を引き起こすアオリイカにとって良い薬剤であるとみなすことができる。おそらく,エタノールは,イカの神経インパルスの伝道を逆転可能的に防ぐ(),神経反射を無効化し麻酔状Brady and Carbone,1973態になっているのは事実である。塩化マグネシウムと硫酸マグネシウムのどちらを用いても,麻酔は,最適な結果に達することが可能である。緊張の緩みは深く,外套膜の透明さにつながる色素胞の筋原繊維に届く。」(123頁左欄第4段落〜第5段落)イ上記記載によれば,引用文献2には,エタノール,硫酸マグネシウム又は塩化マグネシウムにイカを浸したところ,イカが麻酔状態になったとの技術事項が記載されていることが認められる。そして,その麻酔では,呼吸作用と血液循環運動を抑制しているというのであるから,代謝抑制手段であることが明らかであり,過度の投薬によって死亡させることがあるというのである。
ウ原告らは,引用文献2記載の発明は,エタノール,硫酸マグネシウム又は塩化マグネシウムにイカを晒してイカに麻酔をかけ,そのイカに麻酔が効いている間に,イカを手術して,イカから活きている神経を切除することを目的とした,神経学の分野における技術である旨主張する。
しかし,引用文献2に,原告ら主張の記載があるとしても,その中で,イカを手術して,イカから活きている神経を切除するという技術事項は神経学の分野に属するとしても,引用文献2には,エタノール,硫酸マグネシウム又は塩化マグネシウムにイカを浸したところ,イカが麻酔状態になったという技術事項は,イカの手術の前提となるが,当該手術とは独立した技術事項であって,神経学の分野における技術であるとはいえない。
エ原告らは,補正発明は,エタノール又は塩化マグネシウムを利用して,活きイカの代謝又は神経活動を「抑制」することを目的とし,代謝又は神経活動を完全に停止させるものではない旨主張するが,引用文献2の技術においても,上記のとおり,代謝抑制手段であり,過度の投薬によって死亡させることがあるというのみであって,補正発明と変わるところがない。
オ原告らは,例えば,引用文献2の技術のみを利用して,麻酔剤としての効果が発生しない程度の少量のエタノール又は塩化マグネシウムを,イカが在中している収容液・海水に溶解した場合であっても,容易には,イカの代謝又は神経活動を抑制することはできないから,引用文献2の技術を利用したとしても,補正発明の効果を得ることはできない旨主張する。
しかし,審決は,「引用発明において,活魚のストレス反応を抑止する手段として,引用文献2に記載されている,活きイカの代謝または神経活動を抑制する代謝抑制剤(麻酔剤)として効果のある,エタノール又は塩化マグネシウム(マグネシウム塩)を加えて,補正発明のようにすることは,当業者が容易に想到しうることにすぎない。」と説示しているのであって,引用文献2記載の発明が補正発明と同等であるとしているのではない。
( ) 特開平10-165039号公報(甲20。平成8年12月5日出願)には,7活魚をオイゲノールによって仮死状態にするなどして活魚を保存及び輸送する技術,特開平10-276612号公報(甲21。平成9年3月11日出願)及び特開平11-220974号公報(甲22。平成10年2月5日出願)には,安全な活魚の保存及び輸送のため,活魚に冬眠誘導物質を投与して擬似冬眠を誘導する技術が開示されていることが認められるので,化学物質を加える代謝抑制手段を用いた活魚の保存又は輸送方法は周知技術であると認められる。
そうすると,引用発明において,活魚のストレス反応を抑止する手段として,引用文献2に記載されている,活きイカの代謝又は神経活動を抑制する代謝抑制剤(麻酔剤)として効果のあるエタノール又は塩化マグネシウム(マグネシウム塩)を加えて補正発明のような構成にすることは,当業者が容易に想到し得ることであると認められる。
5取消事由5(顕著な作用効果の看過)について( ) 本件明細書の発明の詳細な説明には,「従来,海洋性の活魚介輸送を研究す1る当業者の多くは,充分な酸素が供給される場合に,高密度,長時間輸送を制約する重要な要因として排泄アンモニアを指摘してきたが,発明者らの研究から,活きイカの場合は,第1の要因が実はpHであるという意外な事実が判明した。pHが約6.8以下又は9以上になると,イカの酸素/二酸化炭素生体膜透過機能が働かなくなり,恒常性を維持できなくなる。上記本発明によれば,海水からなる収容液の溶存酸素レベルを2mg/リットル以上に維持することにより,活きイカの生存に必要とする酸素の供給がなされると共に,pHを6.8乃至9の範囲に制御することにより,活きイカの酸素・二酸化炭素生体膜透過機能が正常に働き恒常的に活きイカの生存を図ることができるから,当業者にとって公知のpH維持手段を利用してpHを6.8乃至9の範囲に制御するだけで,20〜24時間に亙って100〜300kg/m3の密度で活きイカを保存し輸送することができる。」(段落【0006】,【0007】),「また,本発明は,上記の活きイカの保存又は輸送方法とその装置において,代謝抑制手段が収納液に1%以下の濃度でエタノールを加えることからなる活きイカの保存又は輸送方法とその装置を提供するものである。代謝抑制手段としてエタノールを用いた場合,1%以下の濃度で長時間の生存結果が得られた。」(段落【0016】)などの記載があって,収容液の溶存酸素レベルを2mg/リットル以上に維持すること,pHを6.8乃至9の範囲に制御すること,代謝抑制剤としてエタノール又はマグネシューム塩を加えることにより,活きイカを長時間生存させつつ輸送し得るという作用効果があることが開示されている。
( ) 前記のとおり,相違点1ないし3に係る補正発明の構成は,いずれも,引用2発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものであり,また,引用発明において,活魚のストレス反応を抑止する手段として,引用文献2に記載されている,活きイカの代謝又は神経活動を抑制する代謝抑制剤(麻酔剤)として効果のあるエタノール又は塩化マグネシウム(マグネシウム塩)を加えて補正発明のような構成にすることは,当業者が容易に想到し得ることであるところ,上記作用効果においては,上記構成から容易に予想し得る範囲内のものというべきである。
( ) 原告らは,補正発明は,?@収容液・海水の溶存酸素レベルの維持,?ApH値3の制御,及び,?B活きイカの代謝又は神経活動の抑制効果という3つの効果を各別に達成することは実現可能であってとしても,一つの方法によって実現できるとは,当業界においては,予測し得なかった旨主張する。
しかし,上記記載によれば,上記?@,?A及び?Bは三つの作用効果が合わさったというにとどまるのであって,容易に予想し得る範囲を超えるものとはいえない。
( ) 原告らは,補正発明は,エタノール,塩化マグネシウムの配合割合,濃度に4よっては,イカに麻酔剤としての効果ではなく,イカの代謝又は神経活動を抑制する効果があると発見したこと,しかも,その配合割合,濃度がイカの種類ごとに異なる特定の数値でなければならないことを発見したことに進歩性がある旨主張する。
しかし,補正発明は,エタノール及び塩化マグネシウムの配合割合,濃度について限定されている発明ではないのであって,原告らの上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当である。
6そうすると,審決の認定判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告らの請求は棄却を免れない。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明