関連審決 | 不服2004-21889 |
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関連ワード | 特許を受ける権利 / 自然法則 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明特定事項 / 周知技術 / 発明の概要 / 翻訳文 / パリ条約 / 優先権 / 補正要件 / 名義変更 / 参酌 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / 合理的な理由 / 国内公表 / |
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事件 |
平成
19年
(行ケ)
10274号
審決取消請求事件
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原告ヘモネティクス・コーポレーション 訴訟代理人弁理 士古谷聡 同 溝部孝彦 同 西山清春 被告特許庁長官 肥塚雅博 指定代理人鏡宣宏 同 山崎豊 同 森川元嗣 同 内山進 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2008/02/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2004-21889号事件について平成19年3月12日にした審決を取り消す。 第2事案の概要本件は,米国法人であるハーヴェストテクノロジーズエルエルシーが,名称を「血液にダメッジを与えることなく血液を回収するシステム」とする発明につき国際特許出願の方法により特許出願をし,平成13年10月11日付けで特許庁へハーヴェストテクノロジーズコーポレーションへの出願人名義変更届を提出したところ,同社は,日本国特許庁から平成16年1月15日付け補正後の発明(本願発明,甲6)について拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。同請求手続の中でハーヴェストテクノロジーズコーポレーションは,さらに平成16年11月19日付け(審決にいう「本件補正1」)及び平成16年11月22日付け(同じく「本件補正2」)で特許請求の範囲の補正を行うとともに,平成17年6月22日付けで特許庁へ原告への出願人名義変更届を提出したが,特許庁が本件補正1及び2を却下した上,請求不成立の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。 争点は,平成16年1月15日付け補正後の本願発明が米国特許第3191600号(発明の名称「BLOODSUNCTIONAPPARATUS」[血液吸引装置],登録日1965年[昭和40年]6月29日)明細書(以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するかどうか及び審判手続の適法性の有無である。 第3当事者の主張1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯アハーヴェストテクノロジーズエルエルシーは,平成8年(1996年)10月18日,前記名称の発明について,パリ条約による優先権(平成7年[1995年]10月20日米国)を主張して米国に国際特許出願をし(以下「本願」という。請求項の数7。PCT/US96/16771。特願平9-516057号),その後,平成10年(1998年)4月20日付けで翻訳文(補正あり)を日本国特許庁に提出した(国内公表は特表平11-513596号)。 イハーヴェストテクノロジーズエルエルシーは,本願に係る特許を受ける権利をハーヴェストテクノロジーズコーポレーションに譲渡し,平成13年10月11日特許庁に対しその旨の出願人名義変更届(甲16)が提出された。 特許庁から平成15年10月10日付けで拒絶理由通知(甲4)を受けたことから,ハーヴェストテクノロジーズコーポレーションは,平成16年1月15日付けで特許請求の範囲及び明細書の発明の概要欄を補正(第1次補正。この補正後の発明が「本願発明」。請求項の数5。甲6)するとともに意見書(甲5)提出したが,平成16年7月14日拒絶査定を受けた(甲7)。 そこでハーヴェストテクノロジーズコーポレーションは,平成16年10月22日付けで不服の審判請求を行い,特許庁は同請求を不服2004-21889号事件として審理することとしたが,その中で同社は,平成16年11月19日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正をし(第2次補正。請求項の数5。前述の「本件補正1」。甲8),さらに,平成16年11月22日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正をした(第3次補正。請求項の数5。前述の「本件補正2」。甲9)。 ウハーヴェストテクノロジーズコーポレーションは,平成17年6月6日付けで原告に対し,本願に係る特許を受ける権利を譲渡し(甲12),平成17年6月22日付けで特許庁に対し出願人名義変更届(甲14の1・2)を提出したところ,特許庁は,平成18年7月13日付けで,原告に対して,前置報告書の内容を開示して審尋をした(甲10)ので,原告は,これに対して回答し,その中で補正案を示した(甲11)。 しかし,特許庁は,平成19年3月12日,本件補正1及び2をいずれも却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決を行い,その謄本は平成19年3月27日原告に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。 (2) 発明の内容第1次補正時の特許請求の範囲は,請求項1〜5からるが,その請求項1は次のとおりである(以下「本願発明」という。)。 「1の低圧源と,該低圧源に接続される1の吸引手段(ワンド)と,前記低圧源に接続されており,前記低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し,前記空気流の大きさの関数である前記低圧の大きさを制御する1の制御手段とを有することを特徴とする生理的流体回収装置。」(3) 審決の内容ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件補正1及び2は,いずれも補正要件を満たさないとして却下した上,本願発明(平成16年1月15日付け第1次補正によるもの)は,米国特許第3191600号明細書に記載された発明(引用発明)及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。 イなお,審決が認定した引用発明の内容,並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。 〈引用発明の内容〉「1つの真空リザーバ23と,該真空リザーバ23と連続的に通気している,2つの吸込み先端33と,結合する吸込み先端33が大気に開いている場合,大気圧がスプール101の端部にかかることにより,吸い込み先端33での吸引を固定開口部113による低い流速とし,結合する吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合,真空がスプール101の端部にかかることにより,吸い込み先端33での吸引を環状の隙間により生じる高い流速とするように作用する,2つの計量弁87とを有する血液吸引装置。」〈一致点〉「1の低圧源と,該低圧源に接続される吸引手段(ワンド)と,流路の状態に応じて,空気を吸引する態様を制御する制御手段とを有する生理的流体回収装置。」〈相違点1〉本願発明の制御手段は,低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し,空気流の大きさの関数として制御対象を制御するものであるのに対して,引用発明の計量弁87は,スプールの端部にかかる圧力が大気圧か真空かにより制御対象を制御するものである点。 〈相違点2〉本願発明の制御手段は,低圧源に接続されており,低圧の大きさを制御するものであるのに対して,引用発明の計量弁87は,環状の隙間の開閉を行うものである点。 〈相違点3〉本願発明は,吸引手段及び制御装置を1つずつ有するのに対して,引用発明は吸込み先端33及び計量弁87を2つずつ有する点。 (4) 審決の取消事由しかしながら,本願発明には進歩性がないとした審決の認定判断には,次のとおり誤りがあるから,審決は違法である。 ア 取消事由1(相違点の看過)(ア) 本願発明について本願発明は,「1の低圧源と,該低圧源に接続される1の吸引手段(ワンド)と,前記低圧源に接続されており,前記低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し,前記空気流の大きさの関数である前記低圧の大きさを制御する1の制御手段とを有することを特徴とする生理的流体回収装置。」である。すなわち,本願発明は,低圧源に接続されている吸引手段(ワンド)を介して生理的流体を回収する装置に関し,低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し,その結果に基づいて,制御手段により低圧源の低圧の大きさが制御されるように構成されている。 そして,第1次補正時の明細書(甲1,2,6)には,「…例えば,空気のみが流れているという無負荷状態と,例えば,おゝむね泡状態の流体と空気との混合物を吸い込む表面吸い込み状態の低負荷状態とにおいては,システムは,約20mm水銀柱という大変な低真空を保持し,したがって,空気の流速は低く抑制される。一方,例えば,吸い込み手段の吸い込み端が血液のプールに浸漬されるとか吸い込み管路が詰まるとかした状態の高負荷状態においては,システムは,直ちに,-100mm水銀柱に真空度を増加する。高負荷状態における流れは殆ど流体であるから,吸い込み経路の流速は低い…」(3頁16行〜23行),「吸い込み管が開放されている場合(液体が流入していない場合)は,流体抵抗(例えばオリフィス)をまたぐ抵抗は最小となり,真空度は最小となる。スキミングの期間は,配管中の流路抵抗と流体抵抗を増加するものをまたぐ抵抗とは増加し,真空は僅かに増加する。液体のプールからの回収に際しては,抵抗はさらに増加する。したがって,それに応じて,真空はさらに増加するだろう。吸い込み端を完全に液中に浸漬すると,システムの全流路にわたる真空抵抗は最高レベルになり,真空は-100mm水銀柱の最高レベルに制御される。」(4頁19行〜25行),「第1の論理回路80がトランスデューサ76の発する信号を検出して,管32中を流れている物が空気のみであるか,それとも,空気と流体との混合物であるかを判断する。上記したように,この判定は,圧力を制御するもの74前後の圧力降下の関数としてなされる。もし,空気のみが管32中を流れていれば,例えば,-20mm水銀柱程度の低真空を発生するように電動力を使用する圧力源が駆動される。これは,例えば,ゲージ圧を検出するトランスデューサ78からの信号も同様に入力される論理回路82によって達成される。もし,ゲージ圧が-20mm水銀柱を越えていれば,ポンプは運転される。したがって,圧力を-20mm水銀柱の望まれる値に保持するために,ポンプはオン・オフ運転される。同様にして,もし,回路80が,液体がシステム中に吸い込まれていると判断したときは,真空を約-100mm水銀柱まで増加するように,ポンプは制御される。これは,約-100mm水銀柱の望ましい圧力を発生するために,真空源28の駆動モータをオン・オフ制御するために,ゲージ圧を検出するトランスデューサ78にも接続される論理回路84によって達成される。」(14頁2行〜15行)と,空気のみ又は空気と流体の混合物を-20mm水銀柱の真空度で吸引し,流体を-100mm水銀柱の真空度で吸引する実施形態のみを記載している。 このような記載から,本願発明において,低圧源の低圧の大きさを「制御」するということは,空気流のレート(流速)を計測して,空気のみ又は空気と流体の混合物が吸い込まれている場合,すなわち無負荷及び低負荷の状態において,低圧の大きさを-20mm水銀柱の真空度とし,吸い込み手段の吸い込み端が生理的流体のプールに浸漬されて,生理的流体が吸い込まれている場合,すなわち高負荷の状態において,低圧の大きさを-100mm水銀柱の真空度とすることであると,限定的に理解されるべきである。 また,前記明細書に記載されている「ハーゲン・ポアゾーイの法則(Poisenille Hagen Law)」(3頁23行〜24行)は,管内を流れる流体の流量が,両端の圧力差と管の内半径の4乗とに比例することを示すものであるが,この法則によれば,管内を流れる流体の単位時間当たりの流量Qは,管の内半径をa,管両端の圧力差をP,管の長さをl,流体の粘性係数をμとすると,「Q=πa P/8lμ」と記載され4る。本願発明では,上記のように,無負荷及び低負荷の状態,すなわち空気が管に吸い込まれる際の管両端の圧力差が-20mm水銀柱(2666.4Pa),高負荷の状態,すなわち生理的流体又は血液が管に吸い込まれる際の管両端の圧力差が-100mm水銀柱(13332.2Pa)となるように構成されており,空気及び血液はどちらも同じ管(内半径a,長さl)を介して吸引される。そして,一般に知られているように,空気の粘性係数は室温(25℃)において0.0182×10Pa・sであり,血液の粘性係数は4.7×10Pa・sであ-3 -3る。したがって,上記式を利用することによって,空気のみ又は空気と流体の混合物を-20mm水銀柱の圧力で吸引する場合の空気の流速(1.83×10 ×πa /l)が,生理的流体すなわち血液を-107 40mm水銀柱の圧力で吸引する場合の血液の流速(3.55×10 ×5πa /l)のおおよそ50倍であり,「流体が存在する高負荷の場合4の流速が空気のみの無負荷の場合の流速より小さい」ことが,上記明細書(甲1)の記載から理解される。 このように,本願発明においては,血液は高真空又は細胞を傷つけるような速度に絶対に曝されることがなく,吸込み経路における生理的流体又は血液の流速は,空気の流速よりも小さく,したがって,血液細胞にダメッジを与えることなく回収することが可能となる。 (イ) 本願発明と引用発明との相違点について引用発明は,手術野(surgical field)から血液を回収し,人工心肺装置に戻すための血液吸引装置(blood suction apparatus)に関するものである。この血液吸引装置では,引用刊行物(甲3)のFig.1(図1)及びFig.8(図8)に示されているように,吸込み先端(suctiontip)33が血液回収チャンバー(blood collecting chamber)30を介して真空溜め(vacuum reservoir)23に接続され,血液回収チャンバー30と真空溜め23の間に絞り弁(metering flow valve)87が設けられている。引用発明は,絞り弁87により流路面積を変えることによって,吸込み先端が血液溜まりに浸されていない場合に低い流速で空気が吸引され(7欄22行〜26行),吸込み先端が血液溜まりに浸されている場合に高い流速で血液が吸引される(7欄48行〜51行)ことを記載している。そして,引用刊行物は,このような構成によって,手術野から急速に多くの血液を回収し,かつ吸込み先端からの泡立った血液の吸引及び真空溜めの真空の急激な低下を防止することが可能である(1欄31行〜39行)ことを開示している。 一方,本願発明は,上記アのとおり,低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し,その結果に基づいて,制御手段により低圧源の低圧の大きさが制御されるように構成されている。すなわち,空気流のレートを計測して,無負荷及び低負荷の状態では,低圧源の低圧の大きさは-20mm水銀柱の真空度に保持され,吸い込み手段の吸い込み端が流体のプールに浸漬される高負荷の状態では,低圧源の低圧の大きさは-100mm水銀柱の真空度に保持される。そして,この構成により,高負荷の状態での生理的流体の流速が無負荷及び低負荷の状態での空気の流速より小さくなり,それにより血液細胞にダメッジを与えることなく回収することが可能となる。 このように,本願発明と引用発明とは,吸引手段が空気を吸引している状態であるか否かを判別するために,本願発明が空気流のレートを指標とし,引用発明が圧力を指標としているという点(相違点1)で相違するのみならず,本願発明では無負荷及び低負荷の状態での流速が高負荷の状態での流速よりも大きくなるように構成されているのに対して,引用発明では逆に,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が空気の存在しない高負荷の場合の流速よりも小さくなるように構成されている点でも相違する。 (ウ) 審決には,上記相違点を看過している誤りがある。 イ 取消事由2(相違点についての判断の誤り)(ア) 相違点1について本願発明においては,空気を吸引しているか否かを判別した後,ポンプを制御することによって吸引するための圧力が変更されるように構成されている。これに対して,引用発明では,絞り弁に対して圧力が直接作用して,絞り弁のスプールが移動することにより,流体を吸込む流速が変更されるように構成されている。このように,本願発明と引用発明ではそれぞれ,空気を吸引しているか否かを判別した後に,異なる制御が行われるように構成されているために,判別に用いる指標が相違している。すなわち,検出された圧力をそのまま用いるか,あるいは,圧力として検出されたものを空気流のレートに換算してから用いるかの相違がある。この相違は,本質的な違いである。したがって,引用発明において,絞り弁に直接作用する圧力を判別する指標とすることに換えて,空気流のレートを判別の指標とすることは,引用発明の低圧源を真空溜めから真空ポンプに変更することと同等であり,引用発明の構成を根本から変更することを必要とするため,当業者によってなされることとは考えられない。 よって,審決の「…引用発明において,相違点1に係る本願発明の発明特定事項とすることに,格別の困難性があったとはいえない。」(12頁21行〜22行)とした判断は誤りである。 (イ) 相違点2について引用発明が開示する構成では,絞り弁により流路面積を変化させることによって,流体の流量を変化させることはできるが,引込み先端に-20mm水銀柱と-100mm水銀柱の範囲で圧力変化をもたらすことはできない。引用発明では,真空溜めの真空の急激な低下を防止することを課題として挙げているところ,低圧源の低圧の大きさを制御することにより吸引力の調整を行う場合には,そもそも真空溜めを必要としないので,真空溜めに維持されている真空の急激な低下を防止するという課題が発生しないことは明らかである。絞り弁に換えて,低圧源の低圧の大きさを制御する手段を利用することは,引用発明を根本から変更することになる。したがって,仮に,乱暴な吸引を避けるという点で,絞り弁により流路面積を変えることと,低圧源の低圧の大きさを変えることとが,類似の作用を示すことがあったとしても,引用発明の絞り弁を,低圧の大きさを制御する手段と置換することは当業者にとって明らかなこととはいえない。 よって,審決の「…引用発明において,計量弁87により,環状の隙間の開閉を行う手段に換えて,制御手段で低圧の大きさを制御する手段を採用することは当業者が容易に想到し得たことである。そして,その際,制御手段は低圧源に接続する必要があることは当業者にとって明らかである。」(12頁下9行〜下6行)とした判断は誤りである。 (ウ) 発明の効果について引用刊行物(甲3)は,「…to provide a large rate of flow whenthe individual tip is immersed in a pool of blood for rapidlywithdrawing large volumes of blood from the surgical field,」(1欄30行〜33行:審決の日本語訳[8頁20行〜21行]「…それぞれの先端が血液溜まりに浸された場合,外科手術のフィールドから急速に多くの血液を回収するために大きな流速とし,」)と,血液細胞を傷つけないように配慮しながらも,急速に多くの血液を回収することを目的として,大きな流速で血液の吸引を行うことを記載している。これは,引用発明において,血液の回収に際して,なおも血液細胞を傷つける恐れがあることを示唆するものである。これに対して,本願発明の構成によれば「回収された血液は高真空または細胞を傷つけるような速度には絶対に曝されない」(甲1の3頁25行)。このような作用効果は,血液細胞を傷つける恐れのある引用発明から得られる作用効果と区別されるべきものである。したがって,血液を高真空又は細胞を傷つけるような速度に絶対に曝すことなく,したがって,血液細胞にダメッジを与えることなく回収するという本願構成により奏される効果は,引用刊行物に何ら開示されておらず,また引用発明から予測できるものでもない。 よって,審決の「…本願発明が奏する効果も,引用発明及び周知技術から当業者が予測できる程度のものに過ぎない。」(13頁1行〜2行)とした判断は誤りである。 ウ 取消事由3(原告が意見書でした主張に対する判断の誤り)審決は,原告が平成16年1月15日付けの意見書(甲5)でした「引用発明は,流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より大きいものである点で,本願発明と異なる」という主張に対して,「…流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より小さいということは,本願の特許請求の範囲に記載された事項でないばかりか…本願の当初明細書等に記載された事項でもない。」(13頁18行〜21行)と判断している。 しかし,上記ア(ア)のとおり,第1次補正時の明細書(甲1,2,6)に記載されている「ハーゲン・ポアゾーイの法則(Poisenille HagenLaw)」により示される式に,空気及び血液の粘性係数と,本願における空気が吸引される場合の圧力差及び血液が吸引される場合の圧力差を適用することにより,「流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より小さい」ということが導かれるのであるから,明細書を参酌することにより,本願発明がそのような構成を有することを特許請求の範囲の記載から読み取ることができる。したがって,「引用発明は,流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より大きいものである点で,本願発明と異なる」という主張は,その前提を有するものである。 また,審決は,原告の上記意見書の主張に対して,「…引用発明は,空気のみの場合の流速が過度になることを防止することを目的とするものであり,空気のみの場合の流速を流体が存在する場合の流速より大きくするか小さくするかは当業者が適宜設計できる事項に過ぎない…」(13頁24行〜27行)と判断している。 しかし,上記ア(イ)のとおり,引用発明は,「空気のみの場合の流速が過度になることを防止する」ことと共に,「手術野から急速に多くの血液を回収する」ことを目的としている。そして,そのような目的を達成するために,引用発明では,吸込み先端が血液溜まりに浸されていない場合に低い流速で空気を吸引し,吸込み先端が血液溜まりに浸されている場合に高い流速で血液を吸引する構成となっている(7欄22行〜26行,48行〜51行)。したがって,引用発明に基づき,空気のみの場合の流速を流体が存在する場合の流速より大きくすることは,当業者が適宜設計できる事項とはいえない。 以上のように,原告の上記意見書における主張に対する審決の判断には誤りがある。 エ 取消事由4(原告に補正の機会を与えなかった誤り)(ア)原告は,特許庁からの審尋(甲10)に対する回答書(甲11)において,特許請求の範囲の補正案を示し,補正案を前提として本願の各請求項に係る発明に進歩性があることを主張した。 これに対して,審決は,「…米国特許第3191600号明細書を引用した拒絶理由を通知した,平成15年10月10日付けの拒絶理由通知以来,2度にわたって明細書を補正する機会があったにもかかわらず,その機会に補正案のような補正をしてこなかったのであるから,再度,例外的に補正の機会を与えるべき事情があるとはいえない。よって,当審においては,同回答書の補正案については検討しない。」(6頁下3行〜7頁3行)との見解を示している。 審決における上記見解のうち「その機会に補正案のような補正をしてこなかったのであるから」という文言は,補正することのできる機会に,回答書(甲11)に示したような補正をすれば特許可能であったということを言外に示しているものと理解される。すなわち,審決は,回答書(甲11)に示す補正案による特許請求の範囲の記載によれば,本願発明が特許可能であることを認識していながら,手続上の問題を理由に補正案を無視して審決を下したと考えられる。 (イ)しかし,本願に係る特許を受ける権利は,平成17年3月2日に審査官による前置報告がなされた後,平成17年6月6日付けでハーヴェストテクノロジーズコーポレーションから原告に譲渡されたものである。この事実によれば,必ずしも2度の補正の機会が原告に与えられていたとは言い難い。 また,回答書(甲11)に示した補正案による特許請求の範囲の記載によれば,本願発明と引用発明との相違は明白である。 そして,「前置報告を利用した審尋について(平成17年10月特許庁審判部)」(甲13)には,「3.審尋に対する回答後(期間経過後)の審理」の「《注意》」の3項に「…補正案が一見して特許可能であることが明白である場合には,迅速な審理に資するので,審判合議体の裁量により,補正案を考慮した審理を進めることは差し支えない。」(4頁下11行〜下8行)と記載されている。 したがって,回答書(甲11)に示す補正案を検討すれば,本願発明が特許可能であることを認識していながら,手続上の問題のみを理由に,「当審においては,同回答書の補正案については検討しない」という見解を示して審決が下されたことは,「補正案が一見して特許可能であることが明白である場合には,迅速な審理に資するので,審判合議体の裁量により,補正案を考慮した審理を進めることは差し支えない」とする審尋の趣旨に反する。また,補正案を考慮した審理が進められ,当該補正案に基づいて特許を受けるという原告の期待を無にするものであるから,補正案について何ら考慮されなかったことは,1条に規定する「発明の保護」という特許法の趣旨からしても,原告にとって承服し難いことである。 なお,本願と同日付けで,本願と同様ハーヴェストテクノロジーズコーポレーションにより出願され,審判請求後に原告に譲渡された特願平9-516056号は,審尋に対する回答書に添付の補正案による補正の機会を与えられた後,特許されている(甲15の1〜6)。 (ウ)以上のとおり,審決には,原告に補正の機会を与えなかった誤りがある。 2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。 3被告の反論(1) 取消事由1に対し原告は,「本願発明では,無負荷及び低負荷の状態での流速が高負荷の状態での流速よりも大きくなるように構成されているのに対し,引用発明では,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が,空気の存在しない高負荷での流速よりも小さくなるように構成されている点で相違する」旨主張している。 しかし,この主張は,以下に述べるとおり理由がない。 ア本願発明においては,それら各負荷状態下での空気流の流速の大小については一切特定されていない。そして,特許請求の範囲の請求項1の記載自体は明確であり,本願発明をそのように限定的に解釈すべき合理的な理由はないのであるから,原告の上記主張は,特許請求の範囲に記載されていない事項を前提として,本願発明と引用発明との対比を展開するものであって,失当というほかない。 イ引用刊行物(甲3)には,原告のいうような「空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が,空気の存在しない高負荷での流速よりも小さくなるように構成されている」旨の記載はない。引用刊行物には,結合する吸い込み先端33が大気に開いた場合(つまり,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合)の流速を「低い流速」とするように,また,結合する吸い込み先端33が血液溜まりに浸された場合(つまり,空気の存在しない高負荷の場合)の流速を「高い流速」とするように計量弁87を作用させる旨が記載されるに止まり,原告が主張するような,それら「低い流速」と「高い流速」とを直接比較して両者の大小関係に言及している記載は一切存在しない。そもそも,空気と液体(血液)とにおける粘性係数の絶対的な違いからして(それら両係数は約2桁異なる),生理的流体回収装置として機能しないほどの特異な条件下に置かない限り,管路における空気が存在しない高負荷の場合の流体の流速は,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合のそれよりも圧倒的に小さくなることは,流体の性質として自明のことである。引用刊行物に開示される「低い流速」及び「高い流速」は,あくまでも,それぞれ,「空気が存在する無負荷及び低負荷の場合」及び「空気が存在しない高負荷の場合」を前提としているから,上述した流体の自明な性質を勘案すれば,上記「空気が存在する無負荷及び低負荷の場合」の「低い流速」が,「空気が存在しない高負荷の場合」の「高い流速」よりも大きいものである蓋然性は,極めて高いといえる。 (2) 取消事由2に対しア引用発明において,仮に,吸引手段が大気に開いている状態から血液溜まりに浸された状態になる,すなわち,流路内に空気が存在する無負荷及び低負荷の状態から空気が存在しない高負荷の状態となれば,吸引手段の先端は血液溜まり内に閉塞されるわけであるから,流動抵抗が大きく増えて空気流のレート(流速)は低下し,吸引手段から低圧源(より正確には「計量弁87」)に至る流路内は,低圧源の低圧に近い圧力になり,逆に,吸引手段が血液溜まりに浸された状態から大気に開いた状態になる,すなわち,流路内に空気が存在しない高負荷の状態から空気が存在する無負荷及び低負荷の状態となれば,流動抵抗が極めて小さくなって空気流のレート(流速)は増加し,吸引手段から低圧源(より正確には「計量弁87」)に至る流路内は,大気圧に近い高圧になることは自明の事項である。血液溜まりに対する吸引手段の開放あるいは閉塞に応じ,流路内において,空気流の圧力の高低とレート(流速)の増減とが互いに連動することは,引用刊行物に接した当業者ならば,物理的現象として当然に認識し得ることにすぎない。 第1次補正時の明細書(甲1,2,6)には,本願発明の実施例として,「管中を流れる空気流が増加すると圧力を制限するもの74をまたぐ圧力降下は増加する。空気流は,真空度の増加により,または,管中に引き込まれる流体75等システム中の他の制限の低下により,増加する。この制限は,管中に流体を導入することにより,増加する。」(13頁21行〜24行),「第1の論理回路80がトランスデューサ76の発する信号を検出して,管32中を流れている物が空気のみであるか,それとも,空気と流体との混合物であるかを判断する。上記したように,この判定は,圧力を制限するもの74前後の圧力降下の関数としてなされる。もし,空気のみが管32中を流れていれば,例えば,-20mm水銀柱程度の低真空を発生するように電動力を使用する圧力源が駆動される。…もし,回路80が,液体がシステム中に吸い込まれていると判断したときは,真空を約-100mm水銀柱まで増加するように,ポンプは制御される」(14頁2行〜13行)と記載されており,これらを参酌すれば,本願発明においても,空気流のレート(流速)の計測は流路での圧力の検出に基づいてもよいとされているのであるから,結局のところ,吸引手段が空気を吸引している状態であるか否かを物理量の検出により判別しようとするときに,流路で検出された圧力をそのまま用いて判別するか,あるいは,一旦圧力として検出されたものを空気流のレート(流速)に換算してから判別するかは,換言すれば,検出した圧力という物理量を,直接的に利用するか,あるいは,間接的に利用するかの違いでしかないのである。 してみれば,引用発明においても,吸引手段が大気に開いている状態か血液溜まりに浸された状態であるかを判別させようとするときに,空気流の圧力と連動するレート(流速)をその判別の指標として計測するように設計することは,当業者にとって想到容易なことといわざるを得ない。 イまた,上記取消事由1に対する反論と同じく,特許請求の範囲の記載をみれば,本願発明においては,各負荷状態下での空気流の流速の大小のみならず,低圧源の低圧の大きさを「引込み先端に-20mm水銀柱と-100mm水銀柱の範囲で圧力変化をもたらす」ように制御することについても,何ら特定されていない。 したがって,原告の「引用発明が開示する構成では,絞り弁により流路面積を変化させることによって,流体の流量を変化させることはできるが,引込み先端に-20mm水銀柱と-100mm水銀柱の範囲で圧力変化をもたらすことはできない」旨の主張は,その前提となる本願発明についての理解を誤ったものである。 また,引用発明においては,吸引手段が大気に開かれている場合に,乱暴な吸引によって血液が泡立ったり溶血が発生することを防止するために,低圧源に接続された計量弁の環状の隙間を開閉して流路面積を変えることによって吸引手段による流体の吸引力を制御している。一方,吸引手段による吸引力の制御は,吸引手段に接続された低圧源の低圧の大きさ自体を変化させることによっても可能であることは,当業者にとって自明なことにすぎないから,引用発明においても,上記計量弁の環状の隙間の開閉に代えて,低圧源の低圧の大きさを制御することにより吸引力の調整を行おうと試みることは,当業者であれば容易に想到しうることである。 したがって,原告の「引用発明では,真空溜めの真空の急激な低下を防止することを課題として挙げているから,絞り弁を低圧の大きさを制御する手段と置換することが,当業者にとって明らかなこととはいえない。」旨の主張も,失当である。 ウさらに,原告は,「血液を高真空又は細胞を傷つけるような速度に絶対に曝すことなく,したがって,血液細胞にダメッジを与えることなく回収するという本願構成により奏される効果は,引用刊行物に何ら開示されておらず,また引用発明から予測できるものでもない。」と主張する。 しかし,血液を回収するに当たり血液細胞を傷つけないように配慮することは,当業者にとって自明の技術課題にすぎず,また,引用刊行物(甲3)にも,「Although various blood suction apparatuses have beenproposed heretofore, …and as to the atraumatic return of foamlessintracardiac blood to a pump-oxygenator or the like.」(1欄10行〜23行:審決の日本語訳[8頁10行〜17行]「様々な血液吸引装置がこれまで提案されているが,そのような既存の装置はすべて血液吸引装置に必然的に求められる,実際使用する際の利便性や信頼性,あるいは,溶血,他のトラウマチックな動き,泡を戻すことを回避することに関する厳しい条件を完全に満たしていない。したがって,この発明の目的は,使用する際の利便性及び信頼度,並びに,人工心肺または同種のものへ,泡立たない心臓内血液をトラウマチックでないように戻すことに関する上記のような装置に必然的に課される厳格な条件を満たす,改善された血液吸引装置を提供することである。」)との記載があり,これは,すなわち,血液回収時には血液細胞にダメッジを与えないようにすべき旨を示唆する記載にほかならないから,原告が主張する上記「本願構成により奏される効果」は,何ら格別なものではなく,当業者が引用発明から予測し得る程度のものにすぎない。 (3) 取消事由3に対し上記取消事由1に対する反論において述べたように,本願発明では,原告が主張するような「流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より小さい」とする点については,一切特定されていない。一方,特許請求の範囲の請求項1の記載自体は明確であり,本願発明を,本願明細書の記載を参酌した上で上記のように限定的に解釈すべき合理的な理由は何ら存在しないのであるから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものを前提として引用発明との対比を行うものであり,失当である。 (4) 取消事由4に対し審判合議体が審判段階で再度拒絶理由を通知して請求人に意見書の提出及び補正の機会を与えるのは,特許法159条2項及び同項で準用する同法50条に規定されるように,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合である。 してみれば,本件で行われた審判合議体による前置報告を利用した審尋は,上述した場合に発せられる拒絶理由の通知ではないのであるから,審判請求人が上記審尋に対する回答書に補正案を提示したとしても,それが法の予定する補正手続でない以上,審判合議体がこれを取り上げるべき義務がないのは当然のことであり,ましてや,他の審判事件(特願平9-516056号)の経緯を考慮すべき必要のないことは,いうまでもない。 また,原告の「審決における上記見解のうち『その機会に補正案のような補正をしてこなかったのであるから』という文言は,補正することのできる機会に,回答書(甲11)に示したような補正をすれば特許可能であったということを言外に示しているものと理解される。」との主張も,単に,審決の文言を原告の希望的推測に基づいて解釈したものにすぎず,何らの根拠を有するものではない。 さらに,本願は審査官による前置報告後に他人に譲渡されたのだから再度補正の機会が与えられるべきとの原告の主張にも,一片の法的根拠すら見つけることはできない。 したがって,審決が補正案を検討しなかったことに誤りはない。 第4 当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。 2取消事由1(相違点の看過)について(1) 本願発明の意義ア本願の第1次補正時の特許請求の範囲第1項は,前記第3の1(2)アのとおり,次のようなものである。 「1の低圧源と,該低圧源に接続される1の吸引手段(ワンド)と,前記低圧源に接続されており,前記低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し,前記空気流の大きさの関数である前記低圧の大きさを制御する1の制御手段とを有することを特徴とする生理的流体回収装置。」イ本願の第1次補正時の明細書(出願当初の明細書[甲1]を甲2と甲6によって補正したもの)には,次の記載がある。 (ア) 発明の技術分野「本発明は,血液等の生理的流体を回収するシステムに関する。好ましい実施例において,本発明は,外科手術中に血液を回収し,その回収された血液を患者に戻すシステムに関する。」(1頁4行〜6行)(イ) 技術の背景「外科手術中に血液を回収し,その血液を患者に戻すシステムは知られている。このシステムは,典型的には,血液を回収するために必要な吸引力を発生するために,病院に存在する低圧源に依存する真空システムである。回収された血液は,患者に戻される前に,公知の細胞洗浄装置のいづれかを使用して洗浄されるとよい。 血液細胞は大変破壊されやすいので,回収過程において破壊されて患者に戻すことができなくなることがしばしばである。例えば,撹流または圧縮等過度の物理学的接触に曝されると,細胞は破壊される。例えば,ローラーポンプを使用する回収システムは,過度の物理学的ダメッジの原因となる。同様に,過度の圧力差に曝されると,細胞は破壊されるであろう。したがって,真空中での操作中に,非常に低い外圧に曝された血液は破裂して患者に戻すことはできなくなるであろう。 真空を使用することは従来技術において知られていたが,伝統的なシステムは高真空(250mm水銀柱超過)を使用しており,その場合,単純な機械的真空制御装置を使用して圧力制御をしている。これらのシステムは,「フィードバックループ」または真空を表すパラメータを監視するためのその他の検出回路を使用していない。かようなシステムは,こぼれた血液を回収するには最適ではなく,回収された赤血球に甚大なダメッジを与えることが知られている。100〜150mm水銀柱(終端圧)に機械的に制御された真空は,赤血球のダメッジを大幅に減少することができる。しかし,それでもなお,少なからざる赤血球ダメッジが発生し,正しい調整技術に対する使用者の理解不足が,問題をさらに複合する結果になる。 病院で通常使用される真空源への依存は,細胞を極度に破壊する極めて低い圧力に細胞を曝すことがしばしばである。外科で標準的に使用される吸い込み装置の先端は,約0.125乃至0.15インチの開口を有し,外科で標準的に使用される吸い込み用配管は,通常0.25インチ(内径)を有するが,実際には0.281インチ(内径)までの大きさではあるかも知れない。これら二つの部材の相互間結合,または,これら二つの部材の標準的回収チェンバーへの結合は,直径の実質的変化をともなうであろうし,結合点における直径の減少をともなうであろう。患者に戻すためになすこぼれた血液の吸い込み回収の真空度は,-100mm水銀柱乃至-150mm水銀柱の範囲とすべきことが先行文献(自動輸血基準,アメリカンアソシエーション オブ ブラッド バンクス)に記載され,推奨されている。この基準は,上記の標準的吸い込み装置と吸い込み用配管との使用を前提としている。したがって,外科手術やトラウマ(trauma)において,こぼれた血液を急速に回収し,その回収中に血液を破壊しない方法と装置とが必要である。さらに,外科手術の現場で小さな浅い水溜まりになっているこぼれた血液を安全に回収するシステム,すなわち,「スキミング(すくいとり)」として知られている工程に対するニーズもある。さらに,血液が回収されている間に外科手術において,組織に大きな圧力を加えない吸い込み(真空)システムに対するる要請もある。そのようなシステムはアトラウマティック システム(atrumatic system)として知られている。 従来技術において,各種の用途に使用可能の可搬式吸い込み装置は知られているけれども,血液を高速で回収することができ,スキミングが可能であり,細胞や組織に外傷を与えないという諸点で最高の特性を有する血液回収システムは,今のところ存在していない。」(1頁8行〜2頁下1行)(ウ) 発明の概要「本発明においては,可搬であり,電気的エネルギーを与えられる血液回収システムは,基本的には,血液細胞にダメッジを与えることなく,血液を回収する。回収された血液は濾過された後フレキシブルバッグに入れられ,患者に戻すことを容易にする。このシステムは自己収容型であり,一つの型式においてはたゞ1個の外部電源を必要とするのみであり,第2の型式において外部電源を全く必要としない。このシステムの物理学的特性を最適にすることにより,回収された血液に対するダメッジを極めて僅かにすることができる。さらに,このシステムは回収された血液を適切な状態にして,回収された量が,患者に戻すに十分な量に達するまで,これを保持する。このシステムは,回収直後に,しかも,効果的に,回収された血液をパッケージして,従来から知られているI.V.管理技術を使用して,患者に戻すことを便利にする。 本発明に係る血液回収システムは,こぼれた血液を吸い込むための低圧の空気流を発生するために,電気的に制御されているポンプを使用する。無負荷・低負荷・高負荷の状態を検出することにより判定される「必要」に応じて,電子回路が,圧力・流速等の真空を表すパラメータを増加・減少する。例えば,空気のみが流れているという無負荷状態と,例えば,おゝむね泡状態の流体と空気との混合物を吸い込む表面吸い込み状態の低負荷状態とにおいては,システムは,約20mm水銀柱という大変な低真空を保持し,したがって,空気の流速は低く抑制される。一方,例えば,吸い込み手段の吸い込み端が血液のプールに浸漬されるとか吸い込み管路が詰まるとかした状態の高負荷状態においては,システムは,直ちに,-100mm水銀柱に真空度を増加する。高負荷状態における流れは殆ど流体であるから,吸い込み経路の流速は低い(ハーゲン・ポアゾーイの法則(Poisenille Hagen Law))。このシステムにおいては,回収された血液は高真空または細胞を傷つけるような速度には絶対に曝されない。これらの制御パラメータ(圧力・流速等の条件)を使用してなした実験結果によれば,血液の受けるダメッジは無視しうる程度である。」(3頁2行〜下2行)「上記した吸い込み手段は,非常に低い真空度で真空を制御することが可能な真空源に接続される。好ましい実施例に係るシステムは,-10mm水銀柱と-100mm水銀柱の範囲に真空を制御する。真空の特定のレベルは,要求に応じて決められ,吸い込み手段,配管,回収チェンバーを介してなす真空源へのフィードバックに支配されて決められる。真空管路中の流体抵抗の前後の圧力差は圧力トランスデューサによって検出され,検出された信号は適切な電子制御装置に与えられ,この電子制御装置が,要求された特定の条件に真空を保持するように,真空源をオン・オフ制御する。 吸い込み管が開放されている場合(液体が流入していない場合)は,流体抵抗(例えばオリフィス)をまたぐ抵抗は最小となり,真空度は最小となる。スキミングの期間は,配管中の流路抵抗と流体抵抗を増加するものをまたぐ抵抗とは増加し,真空は僅かに増加する。液体のプールからの回収に際しては,抵抗はさらに増加する。したがって,それに応じて,真空はさらに増加するだろう。吸い込み端を完全に液中に浸漬すると,システムの全流路にわたる真空抵抗は最高レベルになり,真空は-100mm水銀柱の最高レベルに制御される。 流体力学の教えるところによれば,管中の流速は管の半径の4乗の関数である。したがって,他のすべての条件を一定に保てば,管の内径の僅少な増加は流速の大幅な上昇をもたらす。この自然法則にもとづいて,本発明に係るシステムは,動作中の真空度を低くするため大口径の配管を使用する。その結果,回収された血液に対するダメッジを最小にし,組織に外傷を与える危険を避けている。本発明に係る配管径の増加は,この真空度に対応する流速より大きな流速を与えることにより,真空度の低下を補ってあまりあるものである。本発明に係るシステムにおいて使用されている低い真空度は,標準口径の吸い込み手段を使用するとすれば,外科医が許容する程度の流速を与えることはできない。したがって,大口径吸い込み手段と大口径配管と大口径コネクタと低真空度との組み合わせが重要である。」(4頁11行〜5頁8行)「このシステムで使用される低い圧力(すなわち,最高-100mm水銀柱)は,また,組織に対する外傷を減少し,または皆無にし,しかも,インヴァジネーション(invagination)という名で知られている現象,すなわち,吸い込みが組織を「つかむ(grab)」傾向を減少する。」(5頁下11行〜下8行)「本発明においては,回収チェンバー中の真空によって,非凝血剤が回収チェンバー中に吸い込まれる。非凝血剤の量は真空レベルによって変わる。したがって,回収される血液の量にしたがって非凝血剤の流れを制御することゝしてある。無負荷または低負荷の状態においては,非凝血剤の流速は極めて低い(ぽとぽとと垂らす程度である。)高負荷の状態においては,システム中の真空は増大し,非常により多くの非凝血剤が回収チェンバーに導入される(流れとなる。)。無負荷/低負荷/高負荷の要求条件間の差圧の効果(の差)を増幅するために,多孔質プラスチックの円板が1種の「オリフィス板」として使用される。これに代えて,同様の目的のために,一つまたはそれ以上のスリットを有するエラストマーディスクを使用することもできる。」(6頁13行〜22行)(エ) 好ましい実施例の詳細な説明「図1において,本発明に係る血液回収システムは,車輪が設けられたベースユニット2を有する。このベースユニットはこのシステムの主要構成要素を支持し,システムを手術現場に移動するに便利な手段を提供する。垂直の柱4はベースから上方に伸び,I.V.ポールに類似のT字型部材6を有する。支持柱8は,車輪の付いたベースから上方に伸び,好ましくは柱4と共軸であり,水平のプラットフォーム10が柱の上に存在する。 真空源(図2参照)はベース2中に位置し,この真空源は溢流防止装置12の中心部に結合している。この溢流防止装置12は,図3を参照して記述されるであろう。溢流防止装置12のアウターパートは配管16により回収チェンバーまたはリザーバー14と連結している。配管16を介して与えられた真空は,回収チェンバー14の中の圧力を低下する。その結果,流体はインレット18を介してチェンバーに導入される。インレット18はチェンバーの上部である円筒部の側面に設けられる。それにより,チェンバーに流入する流体は,概して,円筒に対する接線方向に流れるであろう。この流れによって起こされる遠心力は流体を外方に押しやり,その結果,流体と空気とが分離される。 回収チェンバーのアウトレットチューブ20は,チェンバーの底から上方に伸びて,コネクタエレメント22に達する。このコネクタエレメント22は回収バッグ24の着脱を許す。ベースの中に置かれるポンプ好ましくはローラーポンプは,チェンバーに回収された流体を汲み上げ,バッグ24に送入する。 バッグ24は約40μmより大きい微粒子を除去するためのフィルタを有する。 非凝血剤がバッグ26によって供給される。管27がバッグ26からチェンバー14の第2のインレットに伸びる。それにより,非凝血剤がチェンバー中の真空によってチェンバーの中に導入されるだろう。チェンバー中の真空度は,図4を参照して記述されるように,吸い込みに対する要求に依存する。したがって,システムが流体を吸引しているときの方が,空気のみが吸い込み管中を流れているときより,真空度は高い。チェンバーに吸引される非凝血剤の量は真空の関数であるから,それは,チェンバーに導入される非凝血剤の量は導入される流体の量に関連するという原則にしたがう。これは,流体の流速が変化しても,流体と非凝血剤との比を一定に保つ。 図2は,このシステムの主要構成要素を概念的に示す。電動真空ポンプ28好ましくはリニアピストンモータによって駆動されるポンプが溢流防止装置12の中心部に連結されて,溢流防止装置12と回収チェンバー14とを通して空気の流れを発生する。回収チェンバー14のインレット18は,配管32によって,ワンド(wand)または吸引具30に接続される。このワンドは一般には管状であり,握り部34とインレット用開口36とを有し,血液のプール38から,または,直接患者(図示せず。)から血液を容易に回収するに使用される。」(9頁2行〜10頁10行)「電子装置パッケージが31として示され,図4を参照して記述される制御用論理回路とその他の公知の電子部品が収容されている。」(10頁16行〜18行)「図4を参照して,本発明に係る制御システムが記述されるであろう。外科手術現場から取得される流体の真空洗浄期間において,吸い込み口を血液のプールの中に入れるか,または,スキミングという名で知られている操作をして吸い込み口を表面にそって動かすかして,流体は真空に繋がる管路に取り入れられる。高い真空度(すなわち,-100m m 水 銀 柱 超 過 ) を も っ て な す ス キ ミ ン グ は , 血 液 の 溶 血(hemolysis)を発生し,それを患者に戻すことはできなくなる。本発明においては,スキミングがなされるときの真空を低くし,患者に戻す点滴に使用しうる材料の量を増加する。流体がプールから取り上げられていることをシステムが検出したときは,システムは真空を高レベルに増加する。しかし,プールから十分吸い上げることを可能にするために安全なレベルである。高い真空レベルは,流体の吸い取り速度を最高にし,点滴に再利用しうる材料の量を大きくする。 本発明に係るシステムにおいては,真空源28は,リニアピストンモータによって駆動されるポンプである。真空源の入力端には,ある長さを有し種々な形状を有しており種々な部材をもって構成される管32等の開放端を有する流路が接続される。その管はその長さにそって圧力降下を生じ,真空度は次第に増加して真空源における真空度に達する。その圧力は大気圧に関連し,管の開放端の圧力は大気圧である。圧力を制限するもの74が管中に設けられ,圧力を制限するもの74をまたいで発生する圧力差を検出するために,圧力を制限するもの74の反対側の部分の管に圧力トランスデューサ(ARセンサ)76が接続される。管中を流れる空気流が増加すると圧力を制限するもの74をまたぐ圧力降下は増加する。空気流は,真空度の増加により,または,管中に引き込まれる流体75等システム中の他の制限の低下により,増加する。この制限は,管中に流体を導入することにより,増加する。 圧力トランスデューサ76は好ましくはブリッジ回路を構成する圧電素子センサであり,これにより,圧力を制限するもの74前後の圧力差の変化に応答して信号が発せられる。 トランスデューサ76と類似の構成の第2の圧力トランスデューサ78が,真空源のゲージ圧を検出するために,管の中に真空源に近づけて接続される。 第1の論理回路80がトランスデューサ76の発する信号を検出して,管32中を流れている物が空気のみであるか,それとも,空気と流体との混合物であるかを判断する。上記したように,この判定は,圧力を制限するもの74前後の圧力降下の関数としてなされる。もし,空気のみが管32中を流れていれば,例えば,-20mm水銀柱程度の低真空を発生するように電動力を使用する圧力源が駆動される。これは,例えば,ゲージ圧を検出するトランスデューサ78からの信号も同様に入力される論理回路82によって達成される。もし,ゲージ圧が-20mm水銀柱を越えていれば,ポンプは運転される。したがって,圧力を-20mm水銀柱の望まれる値に保持するために,ポンプはオン・オフ運転される。同様にして,もし,回路80が,液体がシステム中に吸い込まれていると判断したときは,真空を約-100mm水銀柱まで増加するように,ポンプは制御される。これは,約-100mm水銀柱の望ましい圧力を発生するために,真空源28の駆動モータをオン・オフ制御するために,ゲージ圧を検出するトランスデューサ78にも接続される論理回路84によって達成される。 図1に示すように,本発明に係るシステムは流体が満たされるバッグ24の支持手段78を有する。この支持手段は,バッグに導入される流体の重量または体積を計測するための重量計測装置に取り付けられてもよい。この重量または体積は表示装置80に表示される。好ましくは,この重量または体積は,特定の工程に使用される複数のバッグのすべてに対して積算される。したがって,表示装置は患者から回収された流体の積算重量または積載体積が示される。 図1は,また,T字型部材6によって支持される仮想線で示されたバッグ24も示す。これは,流体を患者に戻す期間におけるバッグの位置を示す。バッグの位置が,流体が満たされるときの位置と変更されていることがわかる。 電子装置は,個別の構成要素を組み立てゝ構成した伝統的なディスクリートシステムでもよいし,そのようにプログラムされたマイクロコンピュータ応用技術をもって構成してもよい。 真空は,好ましくは,リニアピストン型モータによって発生される。 このモータは,イリノイ州のハノーバーパークにあるMEDOコーポレーションから入手可能である。」(13頁1行〜15頁2行)ウ(ア)上記アの「特許請求の範囲」の記載によると,本願発明は,生理的流体回収装置であって,?@低圧源と,?A低圧源に接続される吸引手段(ワンド)と,?B低圧源に接続されており低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し空気流の大きさの関数である低圧の大きさを制御する制御手段とから成るものである。その技術的な意義は,上記イの第1次補正時の「明細書」の記載を参酌すると,流体を吸引している場合には,低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)が遅くなるので,低圧の大きさ(真空度)を大きくし,空気を吸引している場合には,低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)が速くなるので,低圧の大きさを小さくするというものであると認められる。そして,流体を吸引している場合には,ハーゲン・ポアゾーイの法則(Poisenille Hagen Law)により,低圧の大きさを大きくしても,吸い込み経路の流速は低いので,回収された流体が傷つけられないとの効果があることが認められる。 (イ)原告は,本願発明は,「空気流のレート(流速)を計測して,空気のみ又は空気と流体の混合物が吸い込まれている場合,すなわち無負荷及び低負荷の状態において,低圧の大きさを-20mm水銀柱の真空度とし,吸い込み手段の吸い込み端が生理的流体のプールに浸漬されて,生理的流体が吸い込まれている場合,すなわち高負荷の状態において,低圧の大きさを-100mm水銀柱の真空度とすること」と限定的に理解すべきであると主張する。上記イのとおり,第1次補正時の「明細書」には,本願発明の装置において,空気のみ又は空気と流体(血液)の混合物を吸引しているか,液体(血液)を吸引しているかを,低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測して判定し,空気のみを吸引している場合(無負荷状態)又は空気と流体(血液)の混合物を吸引している場合(低負荷状態)には,-20mm水銀柱の真空度で吸引し,液体(血液)を吸引している場合(高負荷状態)には,-100mm水銀柱の真空度で吸引することが記載されている。しかし,上記アの「特許請求の範囲」には,本願発明を原告が主張するように限定する記載はないから,第1次補正時の「明細書」の上記記載は,実施の1形態を記載したものにすぎないというべきであって,原告が主張するように本願発明を限定的に解することはできない。 (ウ)原告は,本願発明は「流体が存在する高負荷の場合の流速が空気のみの無負荷の場合の流速より小さい」ものであると主張する。 しかし,本願の「特許請求の範囲」はもとより,第1次補正時の「明細書」にも,「流体が存在する高負荷の場合の流速が空気のみの無負荷の場合の流速より小さい」ことについての明示の記載があるとは認められない。 第1次補正時の「明細書」に記載されているハーゲン・ポアゾーイの法則(Poisenille Hagen Law)によれば,一般的に「血液のみの場合の流速は,空気のみの場合の流速より小さい」ということができる。しかし,本願発明の装置においては,空気と流体(血液)の混合物を吸引している場合も存するのであり,上記(イ)のとおり,「無負荷及び低負荷の状態における-20mm水銀柱」,「高負荷の状態における-100mm水銀柱」が実施の1態様にすぎないことからすると,空気と流体(血液)の混合割合やそれぞれの場合に設定される真空度などの条件次第では,流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より小さい(空気が存在する場合の流速が流体のみの場合の流速より大きい)とは限らないというべきである。 したがって,本願発明の意義を,負荷の大小によって流速を比較したものであって,負荷が小さい場合には負荷が大きい場合よりも流速が大きいと解することはできない。 (エ)原告は,本願発明では無負荷及び低負荷の状態での流速が高負荷の状態での流速よりも大きくなるように構成されているのに対して,引用発明では逆に,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が空気の存在しない高負荷の場合の流速よりも小さくなるように構成されている点で相違する,と主張するが,既に述べたところから明らかなとおり,本願発明では無負荷及び低負荷の状態での流速が高負荷の状態での流速よりも大きくなるように構成されているということはできないから,原告の上記主張は前提を欠く。 (2) 引用発明の意義ア引用刊行物(米国特許第3191600号明細書。甲3)には,次の記載がある(訳文は,審決の訳文による)。 (ア)「この発明は,一般的に,例えば,心臓外科手術の場合のように,外科手術のフィールドから血液を回収し人工心肺または同種のものに血液を戻すための血液吸引装置に関する。 様々な血液吸引装置がこれまで提案されているが,そのような既存の装置はすべて血液吸引装置に必然的に求められる,実際使用する際の利便性や信頼性,あるいは,溶血,他のトラウマチックな動き,泡を戻すことを回避することに関する厳しい条件を完全に満たしていない。 したがって,この発明の目的は,使用する際の利便性及び信頼度,並びに,人工心肺または同種のものへ,泡立たない心臓内血液をトラウマチックでないように戻すことに関する上記のような装置に必然的に課される厳格な条件を満たす,改善された血液吸引装置を提供することである。 より具体的には,この発明の目的は,この装置に組み込まれる真空リザーバと連続的に通気している複数の吸込み先端を通じて,外科手術のフィールドから血液を除去し,それぞれの先端が血液溜まりに浸された場合,外科手術のフィールドから急速に多くの血液を回収するために大きな流速とし,また,先端が,大気に多少開かれている場合,先端から吸引される血液の残渣の過度の泡立ち,及び,真空リザーバで維持されている真空の急激な低減を防止し,吸込み先端に吸引される空気の量を最小限にするために,実質的に流速が低下するように,それぞれの先端での流速が自動的に調整される,上記のような装置を提供することである。」(1欄6行〜39行,訳文は審決8頁7行〜26行)(イ) 「上記の計量弁87の作用は以下のとおりである。:結合する吸込み先端33が大気に開いている場合,大気圧は,吸込み先端33,チューブ31および76,関連する血液回収チャンバー30の上部のコンパートメント66,チューブ79および88を通じて,スプール101の比較的大きな径の端部にかかる。その結果,FIG.8に示されるように,スプールのポーション103がショルダー106に接合するまで,スプール101の大きな径の端部にかかる大気圧による力は,スプール101の大きな径の端部を移動させる。図示された弁スプール101の位置では,空気は,固定開口部113のサイズによって決定される遅い流速でしか,計量弁87を通ってチューブ88および89を流れることはできない。したがって,結合する吸込み先端33が大気に多少開いている場合,つまり,血液溜まりに浸されていない場合,空気は,固定開口部113によって決定される低い流速でしか,吸込み先端で吸引されない。その結果,吸込みは継続し,吸込み先端が,その近辺の残余の血液の吸引を行うことはできるが,多くの空気が先端33から吸引され,実質的にリザーバ23の真空値を減少させる,あるいは血液の取扱中にトラウマチックな条件を生むという危険はない。 一方,結合する吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合,そのために先端33で大気からの液体シールが形成され,リザーバ23の真空は,バイパス108,可変開口部111,固定開口部113を通って,スプール101の大きな径の端部にもかかる。その際,前もって決められた真空又は大気圧より低い圧力がスプール101の大小の径の端部にかかるので,シール98が弁スプールの大きな直径のポーション102からはずれるまで,ショルダー106から矢印107の方向に,弁スプール101を動かす力が生じる。そして,実質的な環状の隙間が,シール98と弁スプールの縮小された直径のポーション104の間で形成され,可変開口部111の絞りによってのみ制限されるものである,高い流速がその環状の隙間によって生じる。したがって,結合された吸込み先端33が血液溜まりに浸される場合,吸込み先端を通じて,高い流速で多くの血液を吸引するこができる。吸込み先端33における高い流速と低い流速の変更は,流れ計量弁87によって自動的に達成されるので,外科医あるいは補助者の注意を必要としない点が特徴である。」(7欄9行〜56行,訳文は審決9頁下12行〜10頁19行)(ウ)Fig.1(図1)及びFig.2(図2)には,血液吸引装置が,1つの真空リザーバ23と,2つの吸込み先端33と,2つの計量弁87を有することが示されている。 イ以上のアの記載によると,引用発明は,?@1つの真空リザーバ23と,2つの吸込み先端33と,2つの計量弁87を有する血液吸引装置であること,?A吸込み先端33を通じて外科手術のフィールドから血液を除去するために先端が血液溜まりに浸された場合,外科手術のフィールドから急速に多くの血液を回収するために高い流速とし,また,吸込み先端33が大気に開かれている場合,吸込み先端33から吸引される血液の残渣の過度の泡立ち及び真空リザーバで維持されている真空の急激な低減を防止するために,実質的に流速が低下するように,計量弁87によって吸込み先端33での流速を自動的に調整するものであること,?Bその調整の方法は,吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合,真空が計量弁87のスプール101の端部にかかることにより,吸い込み先端33での吸引を環状の隙間により生じる高い流速とし,一方,吸込み先端33が大気に開いている場合,大気圧が計量弁87のスプール101の端部にかかることにより,吸い込み先端33での吸引を固定開口部113により決定される低い流速とするものであることが認められる。 ウ原告は,引用発明では,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が空気の存在しない高負荷の場合の流速よりも小さくなるように構成されていると主張する。 しかし,引用発明においては,上記のとおり,吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合には吸込み先端33の流速を高くすること,及び吸込み先端33が大気に開かれている場合には吸込み先端33の流速を低くすることが記載されているものの,吸込み先端33が大気に開かれている場合の流速と吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合の流速とを比較して,前者が後者よりも小さい旨の記載があるとは認められない。 また,ハーゲン・ポアゾーイの法則(Poisenille Hagen Law)によれば,一般的に「血液のみの場合の流速は,空気のみの場合の流速より小さい」ということができ,しかもその差は大きい(原告が主張する事例によると約50倍である[前記第3の1(4)ア(ア)参照])から,引用発明においても,吸込み先端33が大気に開かれている場合の流速は,吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合の流速よりも大きいということがあり得ると考えられる。 したがって,引用発明において,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速と空気の存在しない高負荷の場合の流速の大小関係は明らかでないというべきであり,原告の主張を採用することはできない。 エ原告は,本願発明では無負荷及び低負荷の状態での流速が高負荷の状態での流速よりも大きくなるように構成されているのに対して,引用発明では逆に,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が空気の存在しない高負荷の場合の流速よりも小さくなるように構成されている点で相違する,と主張するが,この主張は,引用発明では,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が空気の存在しない高負荷の場合の流速よりも小さくなるように構成されているという点について,その前提を欠くものである。 (3)以上のとおり,審決の相違点の存在に関する判断に誤りはないから,取消事由1は理由がない。 3 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について(1) 相違点1につき本願発明の制御手段は,低圧源に向かって流れる空気流のレート(流速)を計測し,空気流の大きさの関数として制御対象を制御するものであるのに対して,引用発明の計量弁87は,スプールの端部にかかる圧力が大気圧か真空かにより制御対象を制御するものである点で相違する(相違点1)。 しかし,引用発明において,吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合には,流動抵抗が大きく増えるために,空気流のレート(流速)が低下し,吸引手段から計量弁87に至る流路内の圧力が小さくなるのに対し,吸込み先端33が大気に開いた場合には,流動抵抗が小さくなって空気流のレート(流速)は増加し,吸引手段から低計量弁87に至る流路内の圧力が高くなることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって自明のことであると考えられる。 そうすると,吸引手段が大気に開いているか,流体を吸引しているかを判別するための指標を,空気流のレート(流速)とするか,スプールの端部にかかる圧力とするかは,当業者が適宜選択し得る事項にすぎないというべきであって,当業者は,引用発明から相違点1に係る構成を容易に想到することができたというべきである。 原告は,引用発明において,絞り弁に直接作用する圧力を判別する指標とすることに換えて,空気流のレートを判別の指標とすることは,引用発明の低圧源を真空溜めから真空ポンプに変更することと同等であり,引用発明の構成を根本から変更することを必要とする,と主張するが,本願発明の「低圧源」は真空溜めと真空ポンプの双方を含む概念であって,真空ポンプの制御によらないと低圧源の低圧の大きさを制御することができないとも認められないから,本願発明の「低圧源」が真空ポンプに限られるということはなく,原告の主張を採用することはできない。 (2) 相違点2につき本願発明の制御手段は,低圧源に接続されており,低圧の大きさを制御するものであるのに対して,引用発明の計量弁87は,環状の隙間の開閉を行うものである点で相違する(相違点2)。 引用発明は,吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合,吸い込み先端33での吸引を環状の隙間により生じる大きな流速とし,吸込み先端33が大気に開いている場合,吸い込み先端33での吸引を固定開口部113による低い流速とするものであるところ,これは,吸込み先端33が血液溜まりに浸された場合は,吸い込み先端33での吸引力を大きくし,吸込み先端33が大気に開いている場合は,吸い込み先端33での吸引力を小さくするものであるから,低圧源に接続し,その低圧の大きさを制御することによっても同様の作用を実現できることは,当業者にとって自明のことであったと考えられる。 したがって,当業者は,引用発明から相違点2に係る構成を容易に想到することができたというべきである。 原告は,引用発明が開示する構成では,絞り弁により流路面積を変化させることによって,流体の流量を変化させることはできるが,引込み先端に-20mm水銀柱と-100mm水銀柱の範囲で圧力変化をもたらすことはできない,と主張する。しかし,本願発明を,引込み先端に-20mm水銀柱と-100mm水銀柱の範囲で圧力変化をもたらすものと限定的に解することができないことは,前記2(1)ウ(イ)のとおりである。 また,原告は,引用発明では,真空溜めの真空の急激な低下を防止することを課題として挙げているところ,低圧源の低圧の大きさを制御することにより吸引力の調整を行う場合には,そもそも真空溜めを必要としないので,真空溜めに維持されている真空の急激な低下を防止するという課題が発生しない,と主張する。しかし,上記(1)のとおり,本願発明の「低圧源」は真空溜めを含む概念であるから,原告の主張を採用することはできない。 (3) 相違点3につき本願発明は吸引手段及び制御装置を1つずつ有するのに対して,引用発明は吸込み先端33及び計量弁87を2つずつ有する点で相違する(相違点3)。しかし,引用発明において,利便性を犠牲にして吸引手段及び制御装置を1つずつとすることは,当業者が容易に想到することができたものである(審決12頁下4行〜下1行)。 (4) 発明の効果につき以上のとおり,当業者は,相違点1〜3を容易に想到することができたから,本願発明の構成を容易に想到することができたものである。 引用刊行物(甲3)には,前記2(2)ア(ア)のとおり,「様々な血液吸引装置がこれまで提案されているが,そのような既存の装置はすべて血液吸引装置に必然的に求められる,実際使用する際の利便性や信頼性,あるいは,溶血,他のトラウマチックな動き,泡を戻すことを回避することに関する厳しい条件を完全に満たしていない。したがって,この発明の目的は,使用する際の利便性及び信頼度,並びに,人工心肺または同種のものへ,泡立たない心臓内血液をトラウマチックでないように戻すことに関する上記のような装置に必然的に課される厳格な条件を満たす,改善された血液吸引装置を提供することである。」(1欄10行〜23行,訳文は審決8頁10行〜17行)と記載されているから,引用発明においては,回収された血液が傷つけられないとの効果についても示唆されており,本願発明の回収された血液が傷つけられないとの効果についても,当業者が予測することができたものということができる。 原告は,引用刊行物(甲3)の「…それぞれの先端が血液溜まりに浸された場合,外科手術のフィールドから急速に多くの血液を回収するために大きな流速とし,」(1欄30行〜33行,訳文は審決8頁20行〜21行)との記載を挙げて,引用発明において,血液の回収に際してなおも血液細胞を傷つける恐れがあることが示唆されていると主張する。しかし,この記載から,引用発明において,血液の回収に際してなおも血液細胞を傷つける恐れがあると認めることはできないのであって,引用発明において,血液の回収に際してなおも血液細胞を傷つける恐れがあることが示唆されているとは認められない。 (5)以上のとおり,引用発明から相違点1〜3に係る構成を容易に想到することができたとし,また,本願発明の効果も当業者が予測することができたとする審決の判断に誤りはないから,取消事由2も理由がない。 4取消事由3(原告が意見書でした主張に対する判断の誤り)について原告は,審決が,「…流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より小さいということは,本願の特許請求の範囲に記載された事項でないばかりか…本願の当初明細書等に記載された事項でもない。」(13頁18行〜21行)と判断していることについて,誤りであると主張するが,この判断が誤りでないことは,前記2(1)ウ(ウ)のとおりである。 また,原告は,審決が,「…引用発明は,空気のみの場合の流速が過度になることを防止することを目的とするものであり,空気のみの場合の流速を流体が存在する場合の流速より大きくするか小さくするかは当業者が適宜設計できる事項に過ぎない…」(13頁24行〜27行)と判断していることについて,誤りであると主張する。この判断は,「本願発明が,流体が存在する場合の流速が空気のみの場合の流速より小さいものであった」ことを仮定した場合の判断であるところ,前記2(1)ウのとおり,本願発明はこのようなものではなく,このようなことを仮定する必要はないから,上記判断の当否は審決の結論に影響するものではない。また,前記2(2)ウのとおり,引用発明について,空気が存在する無負荷及び低負荷の場合の流速が空気の存在しない高負荷の場合の流速よりも小さくなるように構成されているとの原告の主張を認めることはできないのであって,「空気のみの場合の流速を流体が存在する場合の流速より大きくするか小さくするかは当業者が適宜設計できる事項に過ぎない」との上記判断が誤りであるということもできない。 以上のとおり,取消事由3も理由がない。 5 取消事由4(原告に補正の機会を与えなかった誤り)本願に適用される平成14年法律第24号による改正前の特許法17条の2第1項は,特許出願人が,同法50条による拒絶理由通知を受けた後は,?@同条(159条2項(174条2項において準用する場合を含む。)及び163条2項において準用する場合を含む。)による拒絶理由通知を最初に受けた場合においてその通知で指定された期間内にするとき,?A上記?@の拒絶理由通知を受けた後に更に拒絶理由通知を受けた場合に最後に受けた拒絶理由通知で指定された期間内にするとき,?B拒絶査定不服審判の請求日から30日以内にするときに限り,補正をすることができると規定している。 本願については,平成15年10月10日付けで拒絶理由通知(甲4)がされているから,特許庁は,その後は,上記?@〜?Bの場合以外に特許出願人に対して補正の機会を与える法的義務はない。したがって,原告が,特許庁からの審尋(甲10)に対する回答書(甲11)において,特許請求の範囲の補正案を示したからといって,補正の機会を与えるべき法的義務があったということはできない。 原告は,「本願に係る特許を受ける権利は,平成17年3月2日に審査官による前置報告がなされた後,平成17年6月6日付けでハーヴェストテクノロジーズコーポレーションから原告に譲渡されたものである。」とか,「本願と同日付けで,本願と同様訴外会社により出願され,審判請求後に原告に譲渡された特願平9-516056号は,審尋に対する回答書に添付の補正案による補正の機会を与えられた後,特許されている(甲15の1〜6)。」と主張するが,それらの事情は,補正の機会を与えるべき義務があるということができないとの上記判断を何ら左右するものではない。 また,原告は,審決が「…米国特許第3191600号明細書を引用した拒絶理由を通知した,平成15年10月10日付けの拒絶理由通知以来,2度にわたって明細書を補正する機会があったにもかかわらず,その機会に補正案のような補正をしてこなかったのであるから,再度,例外的に補正の機会を与えるべき事情があるとはいえない。よって,当審においては,同回答書の補正案については検討しない。」(6頁下3行〜7頁3行)との見解を示しているのは,補正することのできる機会に回答書(甲11)に示したような補正をすれば特許可能であったということを言外に示していると主張するが,審決の上記判断をもって特許可能であったことを示しているということはできないのみならず,そもそも上記のとおり補正の機会を与えるべき法的義務があるということはできないのであって,特許庁が原告の補正案について考慮しなかったことが,特許法1条に規定する「発明の保護」という特許法の趣旨に反するということはできない。 以上のとおり,取消事由4も理由がない。 6結論以上のとおり,原告主張の取消事由はすべて理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 森義之 |
裁判官 | 澁谷勝海 |