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関連審決 無効2007-800004
関連ワード 創作性(創作) /  公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  公知技術 /  実施 /  加工 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10249号 審決取消請求事件
原告 X
訴訟代理人弁護 士古川勞
同 小川原優之
訴訟代理人弁理 士田中昭雄
被告エ ーモン工業株式会社
訴訟代理人弁護 士室谷和彦
訴訟代理人弁理 士中谷武嗣
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1特許庁が無効2007-800004号事件について平成19年6月4日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事案の概要
原告が特許権者で発明の名称を「自動車の電気回路用配線材を追加する事による性能改善方法」とする後記特許第3296418号に関し,被告がその請求項1及び2(本件発明1及び2)につき特許無効審判請求をしたところ,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
争点は,本件発明1及び2が,引用文献(Auto Club (オートクラブ)1998年〔平成10年〕2月号 株式会社出版社 平成10年2月1日発行 第2巻木世第2号通巻4号 74,75頁)との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項)である。
当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成10年2月25日,名称を「自動車の電気回路用配線材を追加する事による性能改善方法」とする発明につき特許出願をし(甲7の2),平成14年4月12日に特許第3296418号として設定登録を受けた(請求項の数2。甲2〔特許公報〕。以下「本件特許」という。)。
これに対し平成19年1月12日付けで被告から本件特許の請求項1及び2について特許無効審判請求がなされ(甲3),同請求は無効2007-800004号事件として特許庁に係属したところ,特許庁は,平成19年6月4日,「特許第3296418号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成19年6月14日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件特許の請求項1及び2に係る発明の内容は,次のとおりである(以下それぞれ「本件発明1」,「本件発明2」といい,併せて「本件発明」ということがある。)。
【請求項1】車両のマイナス供給の電気配線方法で,発電機と蓄電池の間を車体やエンジンの一部を配線用導体として使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行うことを特徴とする電気配線方法。
【請求項2】ガソリンエンジンを使用する車両に於いて,蓄電池からエンジン制御用電子機器やイグナイター及びスパークプラグまでの高圧発生装置マイナス供給用配線を,車両やエンジンの一部を配線用導体として使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行うことを特徴とする請求項1に記載の電気配線方法。
(3) 審決の内容ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要旨は,本件発明1及び2は下記引用文献記載の発明(以下「引用発明」という。甲1)に基づいて容易に発明をすることができたから特許法29条2項の規定に違反し,無効とすべきものである,とするものである。
記引用文献:Auto Club (オートクラブ)1998年〔平成10年〕2月号(株式会社出版社平成10年2月1日発行第2巻第2号木世通巻4号)74,75頁。
イなお審決は,引用発明の内容を次のとおりとした上,本件発明1及び2との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
(ア) 引用発明の内容「1986年製BMW635CSiのリフレッシュにおける配線チューンに関するマイナス線に係る電気配線の方法で,バッテリーの-端子とオルタネータのリアハウジングを,既設のマイナス線に,新たに銅線を追加して,強化配線するとともに,バッテリーの-端子からの既設のマイナス線に加え,バッテリーの-端子からボディアース及びバッテリーの-端子からシリンダーブロックとシリンダーヘッドの2箇所に新たに銅線を追加して強化配線し,さらにシリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックを新たに銅線を追加するマイナス線でつないで強化配線する電気配線の方法。」(イ) 本件発明1との一致点及び相違点〈一致点〉「車両のマイナス供給の電気配線方法で,発電機と蓄電池の間を,既設のマイナス供給の電気配線を使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行う電気配線方法。」である点。
〈相違点A〉車両の種類(車種)について,本件発明1では特定していないのに対し,引用発明は「1986年製BMW635CSi」である点。
〈相違点B〉導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用する車両が,本件発明1では,発電機と蓄電池の間の配線を車体やエンジンの一部を配線用導体として使用する車両であるのに対し,引用発明では,いかなる車両であるのか不明である点。
(ウ) 本件発明2との一致点及び相違点〈一致点〉「車両のマイナス供給の電気配線方法で,発電機と蓄電池の間を,既設のマイナス供給の電気配線を使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行う電気配線方法であって,車両に於いて,蓄電池からのマイナス供給用配線を,既設のマイナス供給用配線を使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行う電気配線方法。」である点。
〈相違点A〉車両の種類(車種)について,本件発明2では「ガソリンエンジンを使用する車両」としか特定していないのに対し,引用発明は「1986年製BMW635CSi」である点。
〈相違点B〉導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用する車両が,本件発明2では,発電機と蓄電池の間の配線を車体やエンジンの一部を配線用導体として使用する車両であるのに対し,引用発明では,いかなる車両であるのか不明である点。
〈相違点C〉導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用する車両が,本件発明2では,蓄電池からエンジン制御用電子機器及び蓄電池からイグナイター及びスパークプラグまでの高圧発生装置へのマイナス供給用配線を,車両やエンジンの一部を配線用導体として使用する車両であるのに対し,引用発明では,いかなる車両であるのか不明である点。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決には以下に述べるとおりの取消事由があるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(引用発明の認定の誤り)(ア)審決は,引用発明の内容を上記のとおり認定したが,この認定は以下の2点(a,b)から誤りである。
a審決が引用発明の内容として挙げた4本のマイナス配線の中には,甲1(引用文献)に記載がないと認められるものがある。それは「バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング」をつなぐ配線(下記(イ)dの<4>),「バッテリーのマイナス端子からボディアース」をつなぐ配線(下記(イ)dの<5>)である。
bまた,甲1(引用文献)は,電装チューンにおけるマイナス配線について,オルタネータの交換・容量アップ,バッテリーの新品交換,プラス側の極めて特徴的な配線と一体として述べており,ここからマイナス配線のみを抽出する根拠は全くなく,それのみを抽出するのは不可能である。
(イ)上記(ア),aにつきa審決は「強化配線」という言葉を使用しているが,甲1(引用文献)の本文にはそのような記載は存在せず,75頁左上に掲示された図面の題名「強化配線図」(以下「強化配線図」という)にのみ記載がある。そうすると,甲1には「強化配線」の定義を明確にする記載は存在しないことになるが,強化配線図の説明として「…簡単に原理を説明すると,配線を増やしてやることで,電圧降下を抑え,電気を流しやすくするのだ」(75頁説明文上段22行〜24行)とあり,審決はこれに基づきバッテリーや電装機器間の配線を二重にするという趣旨に用いていると解される。
しかしながら,以下に述べるとおり,甲1において,マイナス配線について,上記趣旨での強化配線を記載しているのは下記2本(<2>,<3>)だけであることが明らかである。そうすると,審決がマイナス配線としてあげた上記(ア)a記載の2本(下記<4>,<5>)については,甲1に記載がないといえる。
bまず,甲1の説明文に記載されている強化配線は,<1>バッテリーのプラス端子からイグニッションコイルのプラス端子にリレーを介してつなぐ配線(75頁説明文中段9行〜15行)だけであるところ,これはプラス配線である。
そして,強化配線図の説明の中に現れる配線が,<2>バッテリーのマイナス端子からシリンダーブロックとシリンダーヘッドの2箇所をつなぐ配線(強化配線図中,左下の説明文)<3>シリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックをつなぐ配線(強化配線図中,右下の説明文)の2本である。
これによれば,甲1に明記された強化配線は,プラス線が1本(<1>),マイナス線が2本(<2>,<3>)であり,バッテリーのプラス・マイナス端子にはそれぞれ1本が接続されることになる。
cそして,上記配線に関する説明は写真によってなされているところ,強化配線図の右側に掲載された4つの写真は,甲1が「オルタネータ交換と電装チューンでエンジンフィールを大幅改善」(74頁,表題)とする更生作業のため調達した部品を撮影したものであるところ,その4つのうちの左下の写真には,「配線強化に使用したコード。」として,プラス用の細い導線が1本,マイナス用の太い導線が2本写っている。これによれば,この作業に使用したコードは上記<1>ないし<3>だけと解するのが通常の解釈である。
また,さらにその下段にある別の写真3つのうち右側2つは,配線の様子を撮影したものであり,真中の写真は上記<1>がイグニッションコイルにつながれている様子である。また,その右側の写真には「バッテリーのプラス,マイナス端子に新たに追加したダイレクト配線の端子が接続される。」という説明が付されているが,そこには,新たな配線の趣旨と解される束ねた導線は,プラス,マイナス端子とも各1本ずつしか写っていない。すなわち,バッテリーに新たにつながれた配線は上記<1>(プラス配線)と<2>だけということになる。
これらの事実を総合すると,甲1が「強化配線」又は「配線強化」として記載している配線は,上記<1>ないし<3>の合計3本である。
dしかし,審決は,引用発明に関し,上記<1>〜<3>以外に,<4>バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングを結ぶ配線<5> バッテリーのマイナス端子からボディアースに至る配線の2つのマイナス配線を認定した。
また,審決には明記されていないが,これらを強化配線図から認定したと思われるところ,その立場からすれば<6> バッテリーのプラス端子とオルタネータのB端子を結ぶ配線も存在しなければならない。
しかしながら,上記のとおり,甲1の75頁掲載の各写真には,この<4>〜<6>の配線に該当するコードは全く写っておらず,そこからすれば甲1はかかる配線を記載していないと解される。
eところで,上記<6>の配線は従来から存在していたはずのものであって,劣化,老朽化が著しい等の理由で抵抗値を下げる必要がある場合には,配線を取り替えることによって対応するのが通常である。この部分について配線を二重にするという特殊な処置をとる理由は全く明らかにされていないし,常識的に考えてそのような理由は存在しない。
すなわち,<6>は強化配線ではあり得ない。
また,<5>について,審決が従来から存在したことを前提としているのか否かは必ずしも明確ではない。しかし,現に市販されている全ての自動車は単線式(ボディアースを使用している)で生産されていることを考えれば,これも<6>と同様に既に存在している配線であって,強化配線が行われることはない。
さらに,<5>と<6>の接続につき何らかの処置が必要であれば,他のボディアースやプラス配線についても同様の処置を要するはずであって,この2本だけが取り出される理由はない。
このように考えると,強化配線図に画かれた<5>と<6>に該当する実線は,何らかの新たな配線を意味しているのではなく,その他の趣旨で画かれたものと解される。例えば,甲1が,強化配線(電装チューン)と同時にバッテリーとオルタネータの交換を行っていることを図面に表すために画かれたものと理解すれば矛盾もなくなる。この点,バッテリーとオルタネータが交換されれば,広い意味で新たな配線がされたと言えなくもない。
<4>についても,写真には写っていないものを強化配線であるとの無理な解釈をする理由はなく,強化配線図の<4>に該当する実線は,本件明細書(甲2)【図1】,【図2】における配線材8と類似の趣旨であり,「車体やエンジンの一部を使用した配線材」という意味に解される。
f以上を総合すれば,審決が認定した引用発明の内容は誤りである。
(ウ)上記(ア),bにつきa審決が認定した引用発明は,マイナス配線のみを取り出すものであるが,甲1(引用文献)において同時に行われているオルタネータの交換・容量アップ,バッテリーの新品交換,更にはプラス側の極めて特徴的な配線を無視している。甲1に記載された上記の処置を検討すると,その主眼はオルタネータの容量アップ及びプラス側の極めて特徴的な配線にあり,マイナス配線は付随的なものにとどまる。
bまず,甲1のプラス側の配線(上記(イ)記載の<1>)であるが,これはスパークプラグの電圧を高めることによって,エンジンの性能を引き出すという考えによるものである。甲1に明記してあるとおり,既設のプラス配線とは異なり,ヒューズボックスを介さないために電圧降下が減少し,上記電圧を確保することができると考えられる。かかる効果は確かにあるであろうが,電気的安全装置であるヒューズボックスを介さないのであるから,事故の危険性も著しく増大させるものであり,違法で危険な改造である。
c次に,オルタネータの容量アップについては,上記スパークプラグの電圧確保にも貢献するほか,バッテリーへの充電量を増やす等の効果が期待されていると考えられる。これも効果を生じることは確かであろうが,80Aのオルタネータを前提に設計された配線に90Aのオルタネータを接続するのであるから,やはり危険で違法な改造に該当する。
d上記のとおり,甲1におけるマイナス配線は,上記のような処置(配線<1>とオルタネータの容量アップ)に伴いマイナス側に求められる配線強化である。すなわち,違法かつ無理な処置が企図された結果必要となった配線であって,独自の作用・効果を期待したものではない。
甲1には,マイナス配線について,「旧い欧州車にありがちな細い線だと,最悪,燃えてしまうようなトラブルも生じる」(75頁説明文上段25行〜27行)等と書かれていることも,マイナス配線が危険な処置に伴う付随的なものであることを裏付けている。また,甲1には,マイナス配線独自の作用,効果を示す表現は全くなく,甲1の記載に基づく限り,マイナス配線のみを取り出すことは無意味である。
e甲1のマイナス配線は,安全確保上必要な配線と考えられるから,オルタネータの容量アップやプラス側配線を行いながら,これを行わないことは考えられない。また,オルタネータの容量アップやプラス側配線を行わずにマイナス配線それ自体に独自の意義があるとする趣旨は,甲1には何らの記載もない。上記によれば,審決がマイナス側配線のみを切り離して認定したことには根拠がない。
(エ)また審決は,被請求人である原告が,甲1(引用文献)には導電率の良い配線材の使用が必要であるという趣旨の記載は一切ない旨を主張したのに対して,「甲第1号証には本件発明1及び2と同じ材質である,銅線を用いることが記載されている。」としてこれを斥けている(審決19頁1行〜2行)。しかしながら,甲1には,導電率の良い配線材の使用が必要である旨明記されていないだけでなく,「強化配線」の技術的な説明に基づいて考察すると,配線は抵抗値を低くするものであることが必要と言えても,導電率の高い配線材を使用する必要性は認められない。甲1の本文に「太い導線」であることの必要性のみが述べられていることからしても(75頁説明文上段24行〜25行),甲1について上記以外の理解は困難である。ちなみに,本件発明1,2においては,後述のとおり,太い導線を使用する必要性は存在しない。
なお,自動車内配線を行う場合,実際上最も容易に手に入る配線材は銅線であるから,甲1が銅線を用いたことは,技術的要請とは異なる実際上の便宜に基づいたものと推認できる。
(オ)以上によれば,審決の引用発明の認定は誤りであり,この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
イ取消事由2(本件発明1,2の内容の誤解に基づく引用発明との一致点の認定の誤り)(ア)審決は,本件発明1,2の内容の認定に当たり,その解説の前提にすぎないボディアースの説明や抽象的な表現にすぎない部分,効果の説明の一部のみを取り出し,本件発明1,2の内容の把握に最も重要な点に触れておらず,審決の本件発明1,2の内容の認定には誤りがある。
審決は,そうした理解の上で本件発明1,2と引用発明との一致点の認定を行っており,この認定は次に述べるとおり誤りである。
(イ)本件発明1,2は,自動車のマイナス供給配線について,抵抗値ではなく導電率を,電流ではなく電気の流れ易さを問題にすることについて詳述しているのであり,審決はかかる本件発明1,2の特質,独創性を理解していない。
本件発明1,2の最も顕著な効果は,排気ガスにおける有毒ガスの減少であり,これに次いでエンジン出力の上昇である。原告は,主としてCO(一酸化炭素)及びHC(炭化水素)の測定を自ら実施したり,第三者に委託したりして,相当数のデータを収集したものである。
そして,本件発明1,2の効果について,これをオームの法則(電圧=電流×抵抗)の機械的な適用によって説明しようとしても不可能である。
すなわち,安定した電流を前提とする電圧降下の減少(配線における抵抗の減少)は,本件発明1,2の実施によっても極めて僅かであり,そのようなことから以下に述べる本件発明1,2の効果が生じることについては,説明ができないものである。
本件発明1,2が問題としているような,電位差変動要因の影響を解消する速度あるいは不断に発生する電位差変動要因の除去が問題となる場合には,配線の抵抗値だけでなくその導電率も問題としなければならないのである。
(ウ)審決は,本件発明1,2と引用発明との一致点を前記のとおり認定したが,審決は,本件発明1,2について,誤まった認識のもとに引用発明との一致点を認定したものであり,誤りである。
a本件発明1,2の対象(技術的課題)につき審決は「そもそも本件発明1は,車両が旧車であることを除外しておらず,車両が新車を含むものであるといっても,旧車を含んでいる点で相違しない」(16頁下4行〜下3行)と判断した。しかし,甲1(引用文献)は「日常においても火花が弱く,不健全な状態だったというわけなのだ」(75頁説明文上段4行〜5行)としているとおり,車両の設計値としての電圧を維持できない状態が恒常的になった老朽車両に対する更生方法を記載している。これに対し,本件発明1,2は,バッテリー電圧その他の電圧が,恒常的には設計値を維持していることを前提に,そこで不可避的に生じる一時的,非正規的電圧変動を抑え,車両が本来持つ性能を発揮させようとするものであって,甲1の記載とはその目的,技術的課題を全く異にしている。すなわち甲1の対象となったような老朽車については,本件発明1,2の想定外である。
b構成につき上記のとおり,甲1には,発電機と蓄電器を直接つなげる配線(前記<4>)をする旨の記載がないのであるから(取消事由1),本件発明1と引用発明の構成が異なる。また,甲1のマイナス配線は,オルタネータの容量アップやプラス側の特殊な配線により必要となったもので,これらは不可分なものであるから,いかなるマイナス配線がなされようと,本件発明1と引用発明の構成は異なる。
本件発明1,2においては導電率の高い配線材の使用が絶対的な要件となっているのに対して,甲1においては抵抗値が低い配線を行えば足りるものとなっている。
甲1においてマイナス配線は太いものであることが絶対的に必要とされているが(75頁説明文上段24行〜25行),本件発明1,2においては,導線の太さは基本的に問題ではなく,導電率の良いものであれば細い銅線でも効果を生じる(Xの平成19年8月30日付け「報告書」,甲12)。
また審決は,本件発明2と甲1のマイナス配線の対比において,「マイナス供給配線の少なくとも一部は,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行うものである」(16頁22行〜24行)とし,これが本件発明2のマイナス配線に一致するとしている。しかし,本件発明1,2の意義,内容を理解しているならば,かかる立場を採ることはあり得ない。本件発明の基本的内容である,一時的,非正規的電位差変動要因の速やかな除去の実現においては,配線の一部に導電率の低い部分が存在することはそれを妨げるものとなるからである。したがって,甲1のように,配線の一部が大きな鉄の塊である場合には,上記要因の速やかな除去,すなわちエンジンの完全燃焼の実現はできないのであって,本件発明1,2と引用発明とが一致するとするのは根拠のないものである。
c効果につき(a)審決の誤りが最も明確に現れているのは,本件発明1,2と「引用発明」の効果の対比である。この点について,本件発明の上記のような内容,意義,効果に踏まえて,甲1と本件発明1,2の効果を比較すれば,この両者の効果が全く異なったものであること,したがって,この両者間に発明としての一致を認めることはできないことが明らかである。
(b)甲1において,数値化した効果として挙げられているのは,負荷のない状態において13V,ヘッドライトとエアコンをONにした負荷状態で11Vだったバッテリー電圧が,「ノーマル時のバッテリー電圧が14.2V,ヘッドライト,エアコンを付けた負荷状態でも12.8〜13.1Vぐらいの電圧を確保するに至った。」ということである(75頁説明文下段5行〜8行)。これは,甲1にも明記されているとおり,日常的に不健全な電圧状態(同上段4行〜5行)が,正常な運転上必要な電圧に回復し得たという趣旨である。これに対して,本件発明は,かかる不健全な車の更生策ではないのであり,バッテリーの電圧が正常値にあることはその前提である。したがって,甲1のかかる効果は,本件発明の効果とは異なっている。
(c)次に甲1が上記以外の効果として挙げているのは,「アイドリングはより安定し,中低速のトルクアップが体感できるようになる。燃費もわずかながら向上し」(75頁説明文下段9行〜11行)ということであるが,審決はこれと本件明細書(甲2)段落【0010】における運転上の実感とも言うべき効果を同列に並べている。
しかしながら,甲1の記載における上記各効果は,日常的に不健全な状態に陥っている老朽車がかかる不健全な状態を脱し得たという以上の意義は認められない。これに対して,本件発明1,2の効果は,新車を含めた通常の車両では避けることのできないエンジンの不完全燃焼を減少させるものであり,上記運転上の実感は新車においても認められる効果であって,決定的な違いがある。
(d)審決は,本件発明1,2の極めて特徴的な効果である排気ガス中の有毒ガスの減少について全く触れていないが,この点こそ,本件発明1,2と甲1の効果の決定的な違いと言うべきである。甲1には,かかる排気ガスに関する記載は一切存在しないが,この事実は,単にその検査等が行われなかったことだけを意味しているのではなく,甲1においてかかる効果が存在しないことを示していると言うべきである。なぜならば,古い車において本件発明1,2の効果が認められる場合,排気ガスの色が青色から無色へ,鼻につく臭いも気にならない程度に,明らかに見て感じ取れるのであるから(本件明細書,甲2【0010】),上記効果が生じていれば,甲1に記載されないはずはないからである。
また,記載されている甲1の効果だけからも,有毒ガス減少の効果はほとんど生じていないと結論することが可能である。すなわち,甲1には,「中低速のトルクアップが体感できるようになる。」,「燃費もわずかながら向上し」(75頁説明文下段9行〜11行)とあるが,本件発明1,2において,有毒ガス減少の効果が生じるのは,正確なエンジン制御を実現し,エンジンにおける完全燃焼を実現し得た結果であるから,本件発明1,2と同一の効果が生じているのであれば,トルクについても全体的な性能改善が見られるはずであるし,燃費も顕著に向上するはずだからである。既に述べた実際の測定結果等を見るならば,本件発明1,2の効果は驚くべきものであって,当業者が予測し得るものではない。排気ガス規制や省エネルギーの問題が声高に叫ばれている現在においても,本件発明1,2のような配線を施して生産されている車両は皆無であるが,この事実は,本件発明1,2の効果が当業者によっても全く予測し得ないものであることを示している。
(e)また,審決は「本件発明1は『発電機と蓄電池の間』のみに係るマイナス供給の電気配線方法であるから,電子機器間の電位差が少なくなることによる正確なエンジン制御とは直接関連があるとはいえず,上記のように電圧が確保されることによる限度で,本件発明1の効果が認められるものである。」(13頁12行〜15行)として,本件発明1による有毒ガスの減少等の効果につき否定的な態度を示している。しかしながら,既に述べたとおり,本件発明1のみの実施によっても,有毒ガスの減少その他の明確な効果が生じるのであり,審決の上記立場は何の根拠もないのである。かかる効果は,「当業者の予測」が不可能なものであると共に,甲1の発明の効果としては認められない。
本件発明1が,スパークプラグが存在せず,エンジン制御用のコンピュータを搭載していないことが多いディーゼル車においても実施可能でかつ顕著な効果を生じることを考えれば,このような効果は何ら驚くことではない。審決の上記立場は,本件発明1を誤解していたところから生じたものである。
(f)なお,甲1におけるマイナス配線は,オルタネータの容量アップや特殊なプラス配線と同時になされており,マイナス配線独自の効果なるものをどのように取り出すことができるのかにつき,審決には根本的な疑問があると言わねばならない。マイナス配線独自の効果を定めるためには,当該マイナス配線を取り外した場合との比較が必要であると思われるが,甲1におけるマイナス配線は安全確保上不可欠の配線と解されるから,かかる比較は不可能と予想されるのである。すなわち,効果の面から考えても,オルタネータの容量アップやプラス側の配線とマイナス配線を切離すことはできないのであり,マイナス配線のみを取り出す審決の立場は維持し得ないのである。
審決は,この矛盾について,本件発明1の効果は当業者が予測しうるものであるとし,本件発明2については当業者であれば,マイナス供給配線の抵抗値を下げ,アース電位を安定させ,正確なエンジン制御することも期待し得るものといえるとしたが,本件発明1,2の効果が当業者の予測可能,期待可能な範囲を超えていることは既に述べたとおりである。
(g)以上のとおり,甲1と本件発明1,2の効果は著しく異なっている。このような効果の違いは,本件発明1,2におけるマイナス配線が甲1では全くなされていないことによると解するのが最も自然な判断である。しかしながら,この両者間に共通する配線が存在するという仮定を持ち込むのであれば,かかる効果の違いはその作用効果の違いに基づくものとする他はないのである。甲1において,オルタネータの容量アップや特殊なプラス配線を行った結果としてマイナス側の配線がなされ,発火の危険が問題になるほど設計値を上回る電流がエンジン及びその周辺に流れていることの影響を考えれば,かかる作用効果の違いが生じることも考えられるのである。
d甲1(引用文献)に書かれているのは,必要なバッテリー電圧を恒常的に確保しえなくなった老朽車に,特殊な処置を生じた結果,限界はあるものの恒常値としてのバッテリー電圧確保に成功したということであり,その結果,不健全な状態を脱して異常のない運転が可能になったということだけである。これに伴って,アイドリングの安定,中低速のトルクアップ及び燃費のわずかな向上という結果が生じた旨記載されているが,バッテリーの電圧確保によるもの以上であるとする趣旨は全くない。すなわち,甲1は,バッテリー電圧が確保し得なくなった老朽車について,バッテリー電圧を確保する方法を記載しているのであり,その方法を実施した結果について,当業者一般において,かかる電圧確保の結果として予期しうるものを超えた改善,性能向上に関する記載は全く存在しない。
これに対して,本件発明1,2の効果は,上記のとおり,極めて顕著であり,「バッテリーの電圧確保」等とは全く次元の違うものとなっている。このように引用発明と全く異なる内容の技術について一致するとした審決は誤りである。
2 請求原因事実に対する被告の認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の主張(1) 取消事由1に対しア甲1(引用文献)には,「強化配線図」が記載されており,この図において,「バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング」の間は実線でつながれている。この「強化配線図」に,バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングの間が実線で結ばれている以上,当業者からすれば,この箇所が強化配線として追加するところであると当然に認識する。原告がこれにつき記載がないと主張するのは誤りである。
また,原告は,「本文に記載されている強化配線」を<1>,<2>,<3>であるとして,縷々述べているが,本文による記載がなければ,記載がないというものではない。
イ次に,甲1には,コードの写真(強化配線図の右の4つの写真のうち,左下のもの)が掲載され,その解説として「配線強化に使用したコード。
太い方がマイナス線で細い方がプラス線。この後,銅線ムキ出し部分はキレイに端子加工がなされた。」との記載がなされている。
原告は,この写真にはマイナス用の太い導線が2本しか写っていないから,2箇所しかマイナス配線していないと主張する。
しかし,作業に使用した部品を写真で紹介するに当たっては,同じ種類の部品を多数使用する場合,使用個数すべてを紹介するのではなく,適当な個数(写真において写り映えのいい数)を撮影するのは通常行われることであり,例えば10本の配線をなす場合に,その導線10本を並べて,写真を撮ることは,稀である。原告の主張は,独自の解釈であり,意味がない。
ウまた甲1(引用文献)には,バッテリーを撮影した写真(「強化配線図」下段の右端の写真)があり,その写真の下には「バッテリーのプラス,マイナス端子に新たに追加したダイレクト配線の端子が接続される。」との説明が付されている。
原告は,この写真について,「そこには,新たな配線の趣旨と解される束ねた導線は,プラス,マイナス端子とも各1本ずつしか写っていない。」と主張する。
しかし,そもそも,この写真は小さくかつ不鮮明であるため,バッテリーのプラス,マイナス端子に何本のコードが接続されているかを正確に看取することは困難である。
そこで,上記のように当該写真を拡大して観察すると,左側(プラス端子)には,太いコードが2本と細い束ねたコードが1本接続されているように見える。また,右側(マイナス端子)には,極太のコードが1本と太いコードが2本接続されているように見えるから,原告の主張は理由がない。
エ甲1の「強化配線図」においては,バッテリーのプラス端子とオルタネータのB端子との間が実線で結ばれている。また,バッテリーのマイナス端子とボディアースとの間も実線で結ばれている。
原告は,これらの点は,実線で結ばれているが,「強化配線」ではなく「既に存在している配線」であり,何らかの新たな配線を意味しているのではなく,その他の趣旨で描かれたものであると主張する。
しかし,「強化配線図」の実線が,すべて強化配線であるか否かはさておき,すくなくとも,「バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング」の間については,「強化配線図」に実線で結ばれている以上,これを見た者は「強化配線」として認識するのが通常である。
ましてや,「バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング」との間は,純正の車では直接配線されていないのが一般的であるから,当業者は,「既に存在している配線」とは考えないのであり,この箇所について実線で結ばれているのは,「強化配線」の趣旨と認識せざるを得ない。
オまた原告は,上記のとおりの誤った前提のもとに「バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング」の間の強化配線について,甲1(引用文献)に記載がないと主張する。
しかし,甲1の「強化配線図」には,「バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング」の間は実線で結ばれている。そして,実際に作業を行った渡部龍が,配線した箇所について回答書(乙1の2)を赤で示しているところ,バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングの間が赤で示されている。原告の主張は誤りである。
カまた原告は,マイナス配線は,オルタネータの交換・容量アップ,バッテリーの新品交換,プラス側配線に付随するものであり,マイナス配線のみを抽出するのは誤りであると主張する。
しかし,甲1(引用文献)には,「特にマイナス線は太いものを使用する。旧い欧州車にありがちな細い線だと,最悪,燃えてしまうようなトラブルも生じるし,冷却水の循環で生じる静電気がセンサー類を誤作動させる恐れも出てくる。」(75頁上段24行〜中段2行)との記載があり,マイナス配線について独立して認識できることは明らかである。
そもそも,自動車の電気配線では,当業者は,マイナス配線とプラス配線とは,全く別々に考えるものであり,原告の主張するように一体として捉えることはない。甲1に接した当業者が,マイナス配線について,オルタネータの交換・容量アップ,バッテリーの新品交換,プラス側配線とは別に認識できるのは,当然である。
キ原告は,導電率について,「引用発明の認定の誤り」の1つとして主張しているようである。しかし,審決の引用発明の認定では,「新たに銅線を追加して」と表現されているのであって,この点について,引用発明の認定が問題となることはない。
原告は,甲1には,導電率の良い配線材の使用が必要であるという趣旨の記載は一切ない旨の主張に対し,審決は甲1(引用文献)には銅線を用いることが記載されている旨を述べて斥けた点を論難するが,そもそも「銅線」は「導電率の良い配線材」である。
本件明細書(甲2)においても,段落【0008】において「本発明にて使用する配線材量は鉄より抵抗が低く熱に変化しにくい,真鍮,銅,銀材を使用する。」と記載され,「導電率の良い配線材」の一例として,「銅」が記載されている。
そして,導電率の高い配線材使用の必要性が,甲1に記載されていないからといって,「銅線」が「導電率の高い配線材」でなくなるわけではないから,原告の主張は,意味がない。
(2)取消事由2に対しア原告は,本件発明1,2について審決が誤解しているとして,本件発明の効果等について縷々主張する。
しかし,特許制度は,「創作」を保護する制度であり(特許法1,2条参照),「発見」自体は,保護の対象としていない。現に,一般に,公知の発明についての単なる効果の発見は,特許性の根拠になり得ないものとされている。他方,特定の発明の作用効果は,客観的には,すべて当該発明の構成の必然的な結果であり(逆にいえば,当該構成の必然的な結果でないものを当該発明の作用効果とすることはできない。),構成とは別の要素として存在しうるものではない。そうだとすると,構成自体は既に公知となっている発明についてはもちろん,構成自体についての容易推考性の認められる発明についても,その作用効果のみを理由に特許性が認められるということは,本来あり得ないことである,ということもできる。それゆえ,本件発明の効果等を独立して主張することに意味はない。
イ原告は,「小型自動車の排気ガス清浄化に関する研究」(長崎総合科学大学工学部学生の平成16年度卒業論文,甲14)なる論文を証拠として提出しているが,これは,本件発明1,2とは,関係がない。
甲14の12頁以下に記載されている「グランドブースター」は,原告が製造販売する製品であるが,これは,「エンジン各所から静電気をバッテリーマイナス部に逃がす為の配線(φ1.3mm×長さ800mm)の銀製で,プラグから静電気を除去する為の座金銅板(長さ240mm×幅5mm×厚み0.5mm)で構成されている」(甲14,12頁12行〜14行)ものである。
そして,甲14に掲載されている実験結果は,「グランドブースターをオイルポンプ・キャブレター・シリンダヘッド・スターターモーター・ジェネレーター・点火プラグの6箇所に銀線し」(甲14,電位差測定実験につき14頁下3行,路上走行実験につき16頁11行,排気ガス分析実験につき17頁10行),実験を行ったものである。
すなわち,甲14に記載されている研究ないし実験は,発電機と蓄電池との間を配線することを前提としていない。したがって,甲14は,本件発明1はもちろん,本件発明2についても関係がない。
ウ原告は,排気ガスについて,実験をなし,本件発明の効果を立証しようとして甲10(S「排気ガステスト計測結果報告書」2007年7月12日),12(X「報告書」平成19年8月30日)を提出する。
それらの証拠の信用性はともかく,そもそも,本件発明の効果をいくら強調しても,本件発明が進歩性を欠くことを否定する理由にはならない。当該証拠は意味がない。
エ原告は,甲1の対象となったような老朽車については,本件発明1,2の想定外であると主張する。
しかし,特許請求の範囲の記載からも明細書の記載からも,そのようなことを読みとることはできない。原告の主張は意味がない。
オまた原告は,本件発明1,2においては導電率の高い配線材の使用が絶対的要件となっているのに対して,甲1(引用文献)においては抵抗値が低い配線を行えば足るものとなっているとも主張する。
しかし,既に述べたように,「銅線」は「導電率の良い配線材」であり,原告の主張は失当である。
カ原告は,本件発明1,2はバッテリー電圧その他の電圧が恒常的には設計値を維持していることを前提に,そこで不可避的に生じる一時的,非正規的電圧変動を抑え,車両が本来持つ性能を発揮させようとするものであって,甲1とはその目的,技術的課題を異にしていると主張する。
しかし,本件明細書(甲2)段落【0003】,【0004】には,「…車体の塗装を無理に剥がして使用する鉄材の接点は,接触不良になりやすく,また熱や振動源に近い接点は伸び縮みし使用年数と共に腐食する。最悪は接触不良を招き電装機器の動作不良になる。…使用年数と共に,不調になっていくのが一般的であり,性能自体が劣化していると思われている。…古い車に於いては,より初期性能に近くする。」と記載されている。
したがって,本件発明1,2は,老朽車両に対する更生方法としての,古い車における追加の配線を含んでいる(除外していない)ことは疑いがない。
原告の主張は失当である。
キそもそも,発電機と蓄電池の間を車体やエンジンの一部を配線用導体として使用する従来の一般的な車両に,発電機と蓄電池の間を銅線でダイレクト配線することは,出願前から行われていた。
このことは,渡部龍の回答書(乙1の2)から明らかである。
すなわち,本件発明1,2は,出願前公然実施されていたのであるが,記事(引用文献,甲1)に掲載されたとき,その記事に,当該車両について,オルタネータとバッテリーとの間のマイナス配線が,ボディやエンジンの一部を介していることの記載が抜けていただけである。その意味で,審決が認定した本件発明1,2との相違点Bは,本来,相違点ではないが,甲1の記載だけからみれば,相違点であるということができるにすぎないのである。
相違点Bが容易想到であることは明らかである。
ク以上のとおり審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。
当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について(1) 原告は,取消事由1として,審決は,引用文献にマイナス配線を内容とする発明が記載されていると認定したことは誤りである旨主張し,具体的には以下の2点を主張する。
ア審決が,引用発明の内容として挙げる4本のマイナス配線のうち,?@「バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング」をつなぐ配線(原告主張の<4>),?A「バッテリーのマイナス端子からボディアース」をつなぐ配線(原告の主張v)については,甲1(引用文献)に記載がなく,審決の引用発明の認定は誤りである。
イ甲1は,その電装チューンにおけるマイナス配線につき,オルタネータの交換・容量アップ,バッテリーの新品交換,更にはプラス側の極めて特徴的な配線と一体として述べており,ここからマイナス配線のみを抽出する根拠はなく,またそれは不可能であり,審決にはその根拠の挙示がない。
(2) まず上記(1)アについて判断する。
ア 引用文献(甲1)は,前記のとおり「Auto Club (オートクラブ)1998年〔平成10年〕2月号〔株式会社出版社平成10年2月1日発行木世第2巻第2号通巻4号〕の74,75頁であるところ,同月号の表紙には,「Auto Club」の書名の下に,「Stylish Custom Car Magazine」「カスタムポルシェの誘惑」の記載がある(甲1)。
そして,甲1の74頁には,「オルタネータ交換と電装チューンでエンジンフィールを大幅改善!!」との表題のもと,「1986BMW635CSiVol.4走行距離:5万5555km」の対象車が示され,上部にその車の走行中の写真が表示されている。また,74頁左下には同車のボンエットを開けた状態の写真が示され,その下部の写真の説明文には「オルタネータ,バッテリーをリフレッシュし,配線を強化した3.5シルキー6。電圧が強力になり,アイドリングや吹き上がりがより一層スムーズになった。…」と記載されている。
イまた甲1の75頁左上には,後記「強化配線図」が記載されているところ,75頁の説明文には,強化配線図に関して以下の記載がある。
「配線チューンについては別図を見てほしい。簡単に原理を説明すると,配線を増やしてやることで,電圧降下を抑え,電気を流しやすくするのだ。特にマイナス線は太いものを使用する。旧い欧州車にありがちな細い線だと,最悪,燃えてしまうようなトラブルも生じるし,冷却水の循環で生じる静電気がセンサー類を誤作動させる恐れも出てくる。
イグニッションコイルへの電気の流れは,通常,バッテリーのプラス端子からヒューズボックスを介し,イグニッションスイッチからイグニッションコイルへとつながる。が,それでは電圧降下(「硬化」は誤記)による電圧の弱さが生じてしまいがちなので,これもバッテリーのプラス端子からイグニッションコイルのプラス端子(15番端子)にダイレクトにつなぐ。
ただし,それだと,常時,電流が流れてしまうので,その中間にリレーを設けたというわけだ。これでイグニッションONの時のみ電流が流れる。
また,シリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックをマイナス線でつなぎ,より一層,アース不良を解消する。アース不良もまた,旧いクルマのトラブルによくある要因なのだ。」(75頁説明文上段21行〜中段21行)ウ また,強化配線図(75頁左上)の記載は以下のとおりである。
上記強化配線図では,バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジング,バッテリーのマイナス端子とボディアースがそれぞれ実線でつながれている。また,バッテリーのマイナス端子とエンジンとが実線でつながれ,その下に「シリンダーブロックとシリンダーヘッドの2箇所につなぐ」との説明文が付されている。
エ以上によれば,甲1(引用文献)にいう「配線チューン」(以下,「チューン」は一般的な呼称に合わせて「チューニング」という。),すなわち配線チューニングによる強化配線の目的及び効果は,配線を増やすことにより電圧降下を抑え電気を流しやすくすることにあり,その強化配線の例として,75頁説明文に?@バッテリーのプラス端子から,中間にリレーを介して,イグニッションコイルのプラス端子にダイレクトに配線する(原告主張の<1>)ことにより,イグニッションコイルへの電流の流れを強化する例,及び,?Aシリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックをマイナス線でつなぐ(配線する)こと(原告主張の<3>。なお,上記説明文にも記載されている。)により,より一層アース不良を解消する例,が記載されているといえる。
そうすると,これら?@,?Aの2例の記載内容からすれば,配線を増やすこと,すなわち既存の配線に対してさらに強化配線を追加することによって,既存の配線に対して並列に強化配線が配置(接続)され,それらの合成抵抗値を下げることで電圧降下を抑え電流を流しやすくする効果を奏することは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に認識し得る技術事項といえる。
そして,一般の自動車においては,バッテリー及びオルタネータを電源として,自動車に配置された種々の電気部品に対して回路配線が様々に施されていることは自明の事項であるといえるから,甲1の強化配線図に示されている,バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングをつなぐ配線(原告主張の<4>),バッテリーのマイナス端子とボディアースをつなぐ配線(原告主張の<5>)につながれた各配線は,強化配線図に説明文とともに記載された,バッテリーのマイナス端子からシリンダーブロックとシリンダーヘッドの2箇所を繋ぐ強化配線(原告主張の<2>。原告もこれが強化配線であることは認めている。)と同様に,既存の配線に追加した配線であると捉えるのが相当である。すなわち,甲1の強化配線図は,強化配線のみを図示したものと認められるものであり,そのように捉えることで,電気回路的に矛盾が生じるものでもない。
したがって,上記?@,?Aの2例(?@バッテリーのプラス端子とリレーのプラス端子とを結ぶ強化配線,?Aバッテリーのマイナス端子とエンジンとを結ぶ強化配線)以外の,プラス配線である,バッテリーのプラス端子とオルタネータのB端子とを結ぶ強化配線(原告主張の<1>),及びマイナス配線である,バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングとを結ぶ強化配線(原告主張の<4>)と,バッテリーのマイナス端子とボディアースとを結ぶ強化配線(原告主張の<5>)についても,それぞれ強化配線として追加した配線として,甲1(引用文献)に記載されているものと認められるから,上記各配線を強化配線として引用発明の内容に認定した審決は相当であって,審決に原告主張の誤りはない。
オまた原告は,甲1(引用文献)の75頁の上部に掲載された4つの部品の写真のうち左下のコードの写真には,プラス用の細い導線が1本,マイナス用の太い導線が2本しか写っておらず,これによれば,甲1に記載された強化配線は,原告主張の<1>ないし<3>のみであると主張する。
しかし,原告の主張する上記コードの写真には,「配線強化に使用したコード。太い方がマイナス線で細い方がプラス線。この後,銅線ムキ出し部分はキレイに端子加工がなされた。」との説明文が付せられていることからすれば,配線強化に使用したマイナス線,プラス線のコードを写真で示す趣旨と解される。したがって,その写真に示されたのが強化配線に使用されたコードのすべてであると解すべき根拠はなく,また強化配線図,説明文の記載から,上記のとおり強化配線につき認定できることは既に検討したとおりであり,原告の主張は採用することができない。
カまた原告は,甲1(引用文献)の75頁「強化配線図」下段右端のバッテリーを撮影した写真(その下に「バッテリーのプラス,マイナス端子に新たに追加したダイレクト配線の端子が接続される。」との説明文が付されている)には,バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングとを結ぶ配線(原告主張の<4>)と,バッテリーのマイナス端子とボディアースとを結ぶ配線(原告主張の<5>)については,これに該当するコードは写っていないから,上記2本のマイナス配線は強化配線として存在しないと主張する。
もともと上記写真は不鮮明であり,そこにバッテリーのプラス端子,マイナス端子に接続した甲1記載のすべての強化配線を撮影する趣旨の写真とは解されないほか,上記強化配線図,説明文の記載から原告主張の<1>ないし<5>の配線についてこれを強化配線と認定できることについては上記のとおりであるから,原告の主張は採用することができない。
(3) 次に,前記(1)イについて検討する。
ア甲1(引用文献)には,車種「1986 BMW 635CSi」に対する電装系チューニング(電装チューン)について,「今回はオルタネータのリビルト交換&容量アップ,バッテリーの新品交換,ダイレクト配線による電圧強化を試みることにした」(75頁説明文上段13行〜16行)との記載があるとおり,?@オルタネータをリビルト品で交換し容量をアップすること,?Aバッテリーを新品に交換すること,?Bダイレクト配線による電圧強化をすること,の3つの対策を試みたものであるところ,上記?@ないし?Bの対策は,それらを併せ試みることが最大の効果を上げることに結びつくとはいえるものの,それぞれが単独では何らの効果をも奏することができないものではないことも明らかであり,またそれら?@ないし?Bが一体としてなされなければならない旨の記載もなく,その必然性も認められないというべきである。
また,上記?Bのダイレクト配線に関しても,前記(2)で認定したとおり,甲1にはプラス側配線(バッテリーのプラス端子とリレーのプラス端子とを結ぶ強化配線〔<1>〕,及び,バッテリーのプラス端子とオルタネータのB端子とを結ぶ強化配線〔<6>〕)と,マイナス側配線(バッテリーのマイナス端子とエンジンとを結ぶ強化配線〔<2>〕,バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングとを結ぶ強化配線〔<4>〕,及び,バッテリーのマイナス端子とボディアースとを結ぶ強化配線〔<5>〕)の存在が認められるところ,上記から,プラス側配線及びマイナス側配線共に,配線を増やす(追加する)ことで電圧降下を抑え,電気を流しやすく効果を奏するものであるから(なお,アースに落とすマイナス側の配線に対してもそれが該当することは明らかである。),プラス側配線(プラス配線)単独であっても,マイナス側配線(マイナス配線)単独であっても,上記の効果を奏することができる。
そうすると,プラス配線及びマイナス配線が一体である必然性を見い出すことはできないことから,プラス配線又はマイナス配線を別個に抽出することが阻害されるものではない。原告の主張は採用することができない。
イまた原告は,甲1(引用文献)は,その電装チューニングにおけるマイナス配線につき,オルタネータの交換・容量アップ,バッテリーの新品交換,更にはプラス側の極めて特徴的な配線と一体として述べており,ここからマイナス配線のみを抽出する根拠はなく,またそれは不可能であって,審決にはそうすることの根拠の挙示がないと主張する。
しかし,原告の主張は,甲1においてマイナス配線と,オルタネータの交換・容量アップ,バッテリーの新品交換,更にはプラス側の配線とが一体であることを前提としたものと認められるところ,前記アのとおりプラス配線及びマイナス配線が一体である必然性を見い出すことはできない。
審決は,上記(2)のとおりの甲1の記載事項に沿って,マイナス線に係る電気配線の方法を認定しており,その認定に誤りがないことは既に検討したとおりであるから,原告の主張は採用することができない。
ウまた原告は,甲1(引用文献)に記載された処置内容の主眼は,オルタネータの容量アップ及びプラス側の極めて特徴的な配線にあり,マイナス配線は付随的なものに留まるもので,マイナス配線独自の作用,効果を示す表現はなく,マイナス配線のみを取り出すことは無意味であり,また,このプラス側の配線とオルタネータの容量アップは,危険で違法な改造に該当すると主張する。
しかし,マイナス配線のみを取り出すことは無意味であるとの原告主張が当を得たものではないことは,前記のとおりである。加えて,上記(2),イのとおり,甲1の75頁説明文上段には「配線を増やしてやることで,電圧降下を抑え,電気を流しやすくするのだ。特にマイナス線は太いものを使用する。」(22行〜25行)との記載があることからすれば,引用発明においてはマイナス配線に独自の意義があることは明らかというべきであり,原告の主張は採用することができない。
エまた原告は,甲1(引用文献)に記載された「強化配線」の技術的な説明に基づいて考察すると,配線は抵抗値を低くすることが必要とは言えても,導電率の高い配線材使用の必要性が認められないから,甲1には「太い導線」であることの必要性のみが述べられているだけであるとも主張する。
しかし,本件発明における配線用導体に使用される「導電率の高い配線材」(請求項1の記載では「導電率の良い配線材」と記載されているので,以下ではこの記載に沿うこととする)に関して,本件明細書(甲2)の段落【0008】には,以下の記載がある。
「…抵抗値や金属の性質により,鉄よりも電気配線に適した材質に交換するか,追加することで電圧降下を少なくし,損失をおさえる。追加という方法は,電気の性質上,流れ易い方へ流れる事を利用している。本発明にて使用する配線材量は鉄より抵抗が低く熱に変化しにくい,真鍮,銅,銀材を使用する。…」(2頁左欄下3行〜右欄3行)これによると,本件明細書には,「導電率の良い配線材」の一例として「銅」を使用することが示されている。
一方,甲1(引用文献)には,原告主張の「太い導線」について,「特に,マイナス線は太いものを使用する」(75頁説明文上段24行〜25行),「配線強化に使用したコード。太い方がマイナス線で細い方がプラス線。この後,銅線ムキ出し部分はキレイに端子加工がなされた。」(75頁右上写真の説明文)との記載があることから,甲1において配線強化に使用されるマイナス線及びプラス線のコードとして銅線が使用されていることが認められる。この甲1記載の銅線が「導電率の良い配線材」であることは明らかであるから,甲1には,導電率の良い配線材を使用することが開示されているといえる。
この点につき審決も「そして,(11)の『配線強化に使用したコード。
…銅線ムキ出し部分は』なる記載から,配線強化に使用する,追加する配線が『銅線』であるといえるから,上記検討したことから,既設のマイナス線に,新たに銅線を追加して配線を増やすものであること。」(9頁21行〜24行)として,甲1の記載事項を引用しており,この認定に誤りはない。
そうすると,甲1には「太い導線」であることの必要性のみが記載されているとする原告の主張は採用することができない。
オさらに原告は,引用発明が,「オルタネータの容量アップ」,「バッテリーのプラス端子からイグニッションコイルのプラス端子にリレーを介してつなぐ配線」,「マイナス側の配線」の3つから構成されるものであるのに対して,本件発明1,2は「マイナス側の配線」のみによって構成されているから,この両者の「マイナス側の配線」の異同を論ずる以前に,それぞれの構成が異なっていることは明らかであるとも主張する。
しかし,ここで原告が主張する上記3つの構成は,既に検討したとおり,それぞれ単独では成り立たずその効果を奏しないといえるものではなく,それらが構成として一体である必然性も認められないから,原告の上記主張は失当である。
カ 以上の検討によれば,原告が主張する取消事由1は理由がない。
3取消事由2(本件発明1,2の内容の誤解に基づく引用発明との一致点の認定の誤り)について原告は,審決が本件発明1,2の内容を誤解し,これに基づいて本件発明1,2との一致点を認定したのは誤りである旨主張するので,以下判断する。
(1)まず原告は,本件発明1及び2は,これまで自動車業界では注目されていなかった電子の移動速度に注目するものであり,有毒ガスの減少その他の効果も顕著である旨主張する。
しかし,原告が本件発明1,2につき「自動車業界では注目されていなかった電子の移動速度に注目するものである」とする点については,本件明細書(甲2)には記載も示唆もないから,この点についての原告の主張は採用できない。なお原告主張の「電子の移動速度」につき,本件発明1,2が導電率の良い配線部材を用いることとしている点で関連するとしても,既に検討したとおり,甲1(引用文献)においても配線強化に使用するマイナス線及びプラス線のコードとして,「導電率の良い配線材」である銅線を使用することが示されており,結局引用発明と共通する内容といえる。
(2)また原告は,甲1が車両の設計値としての電圧を維持できない状態が恒常的になった老朽車両に対する更生方法を記載しているのに対して,本件発明1,2は,バッテリー電圧その他の電圧が,恒常的には設計値を維持していることを前提に,そこで不可避的に生じる一時的,非正規的電圧変動を抑え,車両が本来持つ性能を発揮させようとするものであって,その技術的課題は全く異なるものである旨主張する。
しかし,本件明細書(甲2)には,老朽車両に関して以下の記載が認められる。
「【0003】従来のマイナス供給の配線方法は多くの接点や鉄材を長く通過する。
通電させるために,車体の塗装を無理に剥がして使用する鉄材の接点は,接触不良になりやすく,また熱や振動源に近い接点は伸び縮みし使用年数と共に腐食する。最悪は接触不良を招き電装機器の動作不良になる。…また動作不良にならないまでも,使用するごとに調子が変わる,使用年数と共に,不調になっていくのが一般的であり,性能自体が劣化していると思われている。」「【0004】【発明が解決しようとする課題】車が本来持つ性能を充分発揮させる。新車では初期性能を維持し,古い車に於いては,より初期性能に近くする。」「【0010】【発明の効果】…使用年数とともに規制排気ガスが徐々に増える現象は,媒体自体の経年変化ではなく電気が流れにくくなったために起こるエンジン不調であり,配線を追加する事で新車時の規定値に近くなったり,規定値以下になる車種もある。…」以上によると,本件明細書(甲2)においても,古い車(老朽車両)に対する性能改善の方法として,古い車に対して追加の配線を施すことを含む(除外していない)ことが明示されていることから,本件発明1及び2は,古い車(老朽車両)も対象としているものと認められる。原告の主張は採用することができない。
(3)また原告は,引用発明と本件発明1,2に同一の配線が含まれているとは認められないが,仮にかかる配線が存在しているとしても,本件発明1,2はマイナス供給配線に関する追加配線のみを問題にし,他の作業を全く必要とせず,かかる追加配線の作業で完結しているのに対し,甲1(引用文献)においては,オルタネータの容量アップとプラス側の配線を取ることに応じてマイナス配線をも行っているのであり,本件発明1,2における「車両のマイナス供給用配線方法で」という構成要件を欠いているから,構成が異なることは明らかである旨主張する。
しかし,オルタネータの容量アップ,プラス側の配線を取ること,及びマイナス配線の3つの構成が一体である必然性は認められず,それぞれ単独では効果を奏しないものではないことは上記2,(3)で検討したとおりであるから,甲1の記載内容から引用発明に係るマイナス配線部分を抽出することが阻害されるものではない。原告の主張は採用することができない。
(4)また原告は,仮に,引用発明と本件発明1,2が同一のマイナス配線を含んでいるとしても,その作用効果において本件発明1,2では,導電率の高い配線材の使用が絶対的な要件であるが,引用発明では抵抗値が低い配線を行えば足りるものであり,相違する旨主張する。
しかし,既に検討したとおり,甲1(引用文献)においても配線強化に使用するマイナス配線として,導電率の良い(高い)配線材である銅線を使用することが示されているから,原告の上記主張も採用することができない。
(5)また原告は,本件発明1,2においては,配線の一部に導電率の低い部分が存在することはその効果を妨げるものとなっているが,審決は引用発明と本件発明2の対比においてその差異を無視している旨主張する。
しかし,審決は「また,引用発明は,コンピュータにつながるマイナス端子へのマイナス供給配線の少なくとも一部は,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行うものであるといえ,その限りにおいて本件発明2と差異はない。」(16頁21行〜24行)としており,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用する対象を,マイナス供給配線の少なくとも一部としていることから,マイナス供給配線全体を排除するものではなく,その認定に誤りはない。
また,本件発明2を特定した請求項2の記載は,「ガソリンエンジンを使用する車両に於いて,蓄電池からエンジン制御用電子機器やイグナイター及びスパークプラグまでの高圧発生装置マイナス供給用配線を,車両やエンジンの一部を配線用導体として使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行うことを特徴とする請求項1に記載の電気配線方法。」とされているところ,マイナス供給用配線に使用する配線用導体として,車両やエンジンの一部と導電率の良い配線材とを使用することが記載されていることに対応して,審決はそれに沿った形で上記説示に至ったものであり,その認定に誤りはなく原告の主張は採用することができない。
(6)また原告は,本件発明1,2の効果の面における審決の誤解について,以下の?@〜?Dの主張をする。
?@甲1における数値化された効果であるバッテリー電圧の上昇は本件発明1,2の前提の実現にすぎない。
?A甲1におけるその他の各効果は,日常的に不健全な状態を脱し得たという以上の意義は認められないのに対して,本件発明1,2の効果は新車においても認められる効果であって,決定的な違いがある。
?B本件発明1,2の特徴的な効果は,排気ガス中の有毒ガスの減少であるが,引用発明ではかかる効果が生じなかったと考えられる。
?C実際の測定結果等を見るならば,本件発明1,2の効果は顕著であって,かかる結果を当業者は予測し得ないと考えられる。
?D本件発明1のみの実施によっても顕著な結果が生じる。
そこで以下,個別に検討する。
アまず上記?@については,甲1(引用文献)に示されたバッテリー電圧の上昇は,本件発明1,2の前提の実現と原告が主張することからして,引用発明と本件発明1,2に共通した効果といえるものである。
イ?Aについては,本件発明1,2の効果は古い車(老朽車両)にも認められることは既に検討したとおりであり,これが原告主張のような決定的な違いといえないことは明らかである。
ウ?Bについては,原告は,特徴的な効果として,排気ガス中の有毒ガスの減少を主張するが,この点に関して,本件明細書(甲2)には,以下の記載がある。
「…この発明により電子機器間の電位差が少なくなり,常に,より正確なエンジン制御が可能になる。エンジンが正確に動作する事は完全燃焼につながり,排気ガスCO,HC,も少なくなるはずであるし,エンジン自体の出力向上や反応も速くなる。更に燃費向上にもなる。」(【0008】)これによると,本件発明1,2の目指す排気ガス中の有毒ガスの減少は,「電子機器間の電位差が少なくなり,常に,より正確なエンジン制御が可能になる」ことによって達成することを目指すことが理解できるところ,既に検討したとおり引用発明も,配線を増やすことにより電圧降下を抑え電気を流しやすくすることを目的及び効果とするものであるから,排気ガス中の有毒ガスの減少を奏するための機能としては共通するものであると捉えることができる。
そうすると,原告主張のように,引用発明ではかかる効果が生じないとすることはできない。
エ?Cについては,本件明細書(甲2)には,原告の主張する「測定結果」について以下の記載が認められる。
「エンジンが正しく動作しているという現象として,車検時に測定するガソリン車の排気ガスHC,COを調べた。以前より正確であれば,排気ガスは減少するはずである。本発明である,指定した部品間を充分な電流容量をもつ材質が銅材,または銀材にて配線を行った後に測定した。銅材配線ではHCが約半分にCOが10分の1に減少。銀材使用ではHC,0ppm,CO,0.0%になる車種も多い。正確な数値は車種により異なるが,これは新車時に登録されている数値より明らかに減少している。古い車の場合,前回の整備記録と比較すると電子制御されている車の殆どが一桁以上の減少を測定により確認出来る。」(【0010】)以上によれば,本件発明1,2が公知技術と比して顕著な効果を奏するものであるか否かについて,本件明細書(甲2)には従来技術と対比した実施例等の記載も全くなく,具体性に欠けるといわざるを得ない。
なお,原告は,甲10(排気ガステスト計測結果報告書平成19年〔2007年〕7月4日中部三菱自動車販売株式会社岐阜西店において,同社Tらがテストを行った結果を報告するとするもの),甲11(排気ガステスト証明書平成19年〔2007年〕7月10日T作成のもの),甲12(報告書平成19年8月30日原告作成のもの),甲13(ディーゼル自動車の特性改善対策装置等試験結果記録表財団法人日本自動車輸送技術協会作成のもの。作成日不詳),甲14(平成16年度卒業論文「小型自動車の排気ガス清浄化に関する研究」 長崎総合科学大学工学部機械工学科 Uら作成)等を証拠として提出し,これらによれば,本件発明1及び2には顕著な効果がある旨の主張をするけれども,いずれも本件特許出願後ないし作成日不詳のものである上,もとよりこれらにより本件明細書の記載を補うこともできないものであるから,原告の主張は採用することができない。
オ?Dについて,原告は,本件発明1のみの実施によっても顕著な結果が生じると主張する。
原告の主張する顕著な結果について,本件明細書(甲2)の記載からみた具体的内容は必ずしも明瞭とはいえず,またこれを上記甲10ないし14で補うことができないことについて前記エと同様である。また,ここでの原告主張の効果が排気ガス中の有毒ガスの減少を意味するのであれば,本件発明1のみの構成による実施によっていかなる理由でこれを達成されるものであるのか,本件明細書(甲2)から把握することは困難である(なお,本件明細書〔甲2〕の【0008】に記載された,「この発明により電子機器間の電位差が少なくなり,常に,より正確なエンジン制御が可能になる。エンジンが正確に動作する事は完全燃焼につながり,排気ガスCO,HC,も少なくなるはずであるし,エンジン自体の出力向上や反応も速くなる。更に燃費向上にもなる。」が,その理由にならないことは明らかである。)。
(7)さらに原告は,本件発明1,2による更なる効果として,エンジン周辺に滞留した静電気をバッテリーに流すことによってエンジンの完全燃焼を実現する点を主張するが,この静電気に着目したとする点については,本件明細書(甲2)には記載も示唆もなく,当該技術分野において自明の技術事項でもないから(なお,原告の提出する甲14〔平成16年度卒業論文 「小型自動車の排気ガス清浄化に関する研究」 長崎総合科学大学工学部機械工学科Uら作成〕は,本件特許出願時点において公知のものではない。),採用することができない。
(8) 以上の検討によれば,原告が主張する取消事由2は理由がない。
4 結語以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 今井弘晃
裁判官 田中孝一