関連審決 | 不服2003-17887 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 技術常識 / パリ条約 / 優先権 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10257号
審決取消請求事件
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原告カールツァイススティフツング 訴訟代理人弁護士加藤義明,町田健一,三留和剛 同弁理士矢野敏雄,星公弘 被告特許庁長官肥塚雅博 指定代理人瀬川勝久,末政清滋,森川元嗣,森山啓 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2008/02/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2003-17887号事件について平成18年1月18日にした審決を取り消す。 第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「眼鏡レンズ」とする発明につき,平成5年3月19日(パリ条約による優先権主張1992年3月27日,ドイツ),特許を出願し(以下「本件出願」という。),平成14年5月17日付け及び平成15年3月25日付け手続補正書により補正を行ったが,同年6月18日付けの拒絶査定を受けたため,同年9月16日,審判を請求した。 特許庁は,上記審判請求を不服2003-17887号事件として審理した結果,平成18年1月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月31日,審決の謄本が原告に送達された。 2特許請求の範囲平成15年3月25日付け手続補正書(甲第11号証)による補正後の本件出願の請求項1(請求項は1項のみである。)は,次のとおりである。 ジオプトリック作用を含む,眼鏡レンズを使用する特定の個人の使用条件に適合する眼鏡レンズであって,第1面と第2面とを有し,前記第1面が複数焦点面で,前記第2面が非対称の処方面であり,所定のジオプトリック作用を有する遠視基準点と近視基準点とを前記複数焦点面に有し,前記非対称の処方面は点対称性及び軸対称性を伴わない非球面であり,前記非対称の処方面は,使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,上記遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,非対称の非球面の特定の領域に使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められ,その使用条件は,角膜-頂点間距離,物体距離,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの傾斜,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの形のいずれか又はそれらの組合せであることを特徴とする眼鏡レンズ。 (以下,審決と同様に,請求項1に係る発明を「本願発明」といい,上記補正後の明細書を「本願明細書」という。)3審決の理由別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭54-87243号公報(甲第1号証。以下,審決と同様に「引用例1」という。)記載の発明(以下,審決と同様に「引用発明」という。)及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするものである。 審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。 (1)引用発明の内容レンズ凸面とレンズ凹面とを有し,前記レンズ凸面が累進度数屈折面であり,遠用視矯正部分と近用視矯正部分とを前記累進度数屈折面に有し,前記レンズ凹面は非球面であり,眼と眼鏡レンズとの位置関係により非球面に加工することを特徴とする眼鏡レンズ(2)一致点ジオプトリック作用を含む,眼鏡レンズを使用する眼鏡レンズであって,第1面と第2面とを有し,前記第1面が複数焦点面で,前記第2面が処方面であり,所定のジオプトリック作用を有する遠視基準点と近視基準点とを前記複数焦点面に有し,前記処方面は非球面であり,ジオプトリック作用を有するようにその形状が決められることを特徴とする眼鏡レンズ(3)相違点ア本願発明が,非対称の処方面は点対称性及び軸対称性を伴わない非球面であるのに対して,引用発明は,処方面は非球面であることにとどまる点(以下,審決と同様に「相違点1」という。)イ本願発明が,処方面は,使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,非対称の非球面の特定の領域に使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められ,その使用条件は,角膜-頂点間距離,物体距離,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの傾斜,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの形のいずれか又はそれらの組合せであるのに対して,引用発明は,処方面は非球面に加工することにとどまる点(以下,審決と同様に「相違点2」という。)第3審決取消事由の要点審決は,本願発明と引用発明との相違点を看過し(取消事由1),相違点1及び2についての判断を誤ったものである(取消事由2及び3)ところ,これらの誤りがいずれも結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。 1取消事由1(相違点の看過)本願発明は特定の個人の使用条件に従ってレンズの処方面を1枚1枚加工するレンズであるのに対し,引用発明は何種類かの鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群を大量に生産し,その処方面を1枚1枚加工しないレンズであるという相違点があるのに,審決はこの相違点を看過している。すなわち,本願発明においては,特定の個人の使用条件に従ってレンズの処方面を1枚1枚加工するため,個人の使用条件を完全に満足させることができるが,引用発明においては,1枚1枚処方面を加工することはコスト高で問題なので,特定の個人の使用条件を犠牲にして何種類かの鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群を大量に生産し,その処方面を1枚1枚加工しないレンズであり,そのため,使用者は各自の使用条件に近い種類のレンズを限られたレンズ群の中から選択することで我慢するしかなく,自分の使用条件を完全に満足するレンズは入手できない。 2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)審決は,相違点1について「人の顔は鼻側とこめかみ側とでは,点対称性及び軸対称性を伴わないものである。そして,使用者個人の使用条件により眼鏡レンズの形状を決めることは周知の事項…であるから,引用発明の処方面を人の顔に応じて点対称性及び軸対称性を伴わない非球面とすることは,当業者が容易に想到し得た事項である。」と判断している。しかし,本願発明は,処方面が「専ら基準点におけるジオプトリック作用の発生と,結像誤差増大の排除という役割を果たす」(本願明細書段落【0011】)ために,点対称性及び軸対称性を伴わない非球面とするものであって,人の顔の鼻側とこめかみ側の非対称性とレンズの処方面を点対称性及び軸対称性を伴わない非球面とすることとは光学的に全く関係がない。審決は,考慮すべきではない事項ないし関連性のない事項に基づいて判断しており,相違点1についての判断を誤っていることは明らかである。 被告の提出する特開平3-230114号公報(乙第1号証)及び特開昭57-157212号公報(乙第2号証)は,新たな引用例であり,眼鏡レンズの処方面を非対称とすることを開示していない。また,乙第1及び第2号証の非対称は,累進帯域面と一体のものであって,分離することができないものであるところ,被告の主張は,これらを根拠もなく分離することを主張するものであって,証拠に基づかない独自の論理である。 本願発明の眼鏡レンズは,乙第1及び第2号証のような光学特性を有する非対称な累進帯域面を既に第1面に備えていて,かつ,第2面である処方面を個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するように非対称な非球面に加工するものである。凹面を軸対称な非球面に加工することは,引用発明の要部であるから,引用発明に処方面を非対称にすることを組み合わせることには阻害要因がある。眼鏡レンズは一般的に片方が凸面で他方が凹面であり,各面における非対称の与える影響は異なる。まして,本願発明の眼鏡レンズの第1面は複雑な複数焦点面であるから非対称の与える影響は更に複雑であり,非対称な非球面をどちらの面に形成するかは設計事項ではない。 3取消事由3(相違点2についての判断の誤り)(1)処方面の形状に関する判断の誤り審決は,「使用者個人の使用条件により眼鏡レンズの形状を決めることは周知の事項である」と認定しているが,使用条件によって眼鏡レンズの形状を決めることは周知の事項であっても,眼鏡レンズの処方面の形状を決めることは周知の事項ではない。 審決は,「引用例1…に凹面を処方に従って研削研磨していると記載されているので,引用発明の処方面においても使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,格別のものとは認められない」と判断する。しかし,引用例1においては,凹面を1枚1枚非球面加工することは,コスト面で問題がありすぎるとして,引用発明が克服すべき従来技術として記載されているから,引用発明に,克服すべき問題のある技術を組み合わせることは許されず,その組み合わせには阻害要因がある。 (2)ジオプトリック作用に関する判断の遺漏審決は,相違点2のジオプトリック作用に関する判断を示していないだけでなく,「非対称の処方面は,使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,非対称の非球面の特定の領域に使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められ」ていることに対する判断を示していない。 第4被告の反論の骨子審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1取消事由1(相違点の看過)について引用例1には,従来の技術として,「累進度数のレンズは,ブランクとして生産され,凹面を処方に従って研削研摩している為,凹面を1枚1枚非球面に加工すること」が記載されている(引用例1の1頁右下欄12行〜14行)。 審決は,この記載に基づき,相違点1として「本願発明が,非対称の処方面は点対称性及び軸対称性を伴わない非球面であるのに対して,引用発明は,処方面は非球面に加工することにとどまる」と認定しているのであって,相違点の看過はない。 審決は,引用発明として「非球面に加工することを特徴とする眼鏡レンズ」と認定したのであって,原告が主張するように「鋳造の型を用いて大量に生産する眼鏡レンズ」を引用発明として認定したわけではない。 2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について眼鏡の技術分野においては,眼鏡の光学的な特性と,使用者の使用状態とは深く関係する事項であり,いわゆる累進多焦点の眼鏡レンズにおいて,人が眼鏡を装着した際の湾曲収差,非点収差による不具合を解消するべく,眼鏡レンズを,点対称性及び軸対称性を伴わない非球面とすることは,本件出願の前に周知の技術でもある(乙第1及び第2号証)から,「引用発明の処方面を,点対称性及び軸対称性を伴わない非球面とすることは,当業者が容易に想到し得た事項である」との判断に誤りはない。 乙第1及び第2号証は,相違点1についての判断に誤りがないことを裏付けるための証拠として提出したものであり,新たな引用例ではない。そもそも眼鏡レンズの光学特性は,その第1面と第2面の両方の形状に応じて決まるものであって,左右非対称な非球面をどちらの面に形成するかは単なる設計上の事項に過ぎないから,引用発明において,処方に従って研削研磨する凹面を左右非対称な非球面にすることは単なる設計上の事項にすぎないし,何ら阻害要因はない。 3取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について(1)処方面の形状に関する判断の誤りについて実願平1-38235号(実開平2-131718号)のマイクロフィルム(乙第3号証)及び特開昭63-237025号公報(乙第4号証)によれば,使用者個人の使用条件により眼鏡レンズの処方面の形状を決めることは周知である。また,「個人の使用条件を考慮して処方面の形状を決める」という構成要件は,眼鏡を作成する際の製法に関する事項というべきものであり,眼鏡レンズという物の構成を特定するための要件としては何ら格別のものとはいえない。 前記1のとおり,引用例1には従来の技術として「累進度数のレンズは,ブランクとして生産され,凹面を処方に従って研削研摩している為,凹面を1枚1枚非球面に加工すること」が記載されているのであるから,原告の主張には理由がない。 (2)ジオプトリック作用に関する判断の遺漏について特開昭59-93420号公報(甲第2号証)及び特開平3-206417号公報(甲第3号証)によれば,眼鏡レンズが,使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められることが周知であり,乙第3及び第4号証によれば,処方面が使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,その形状が決められることが周知であるから,引用発明において,「非対称の処方面が,使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められる」ことは当業者が容易に想到し得た事項である。審決に,原告の主張するような判断の遺漏はない。 第5当裁判所の判断1取消事由1(相違点の看過)について「本願発明が,特定の個人の使用条件に従ってレンズの処方面を1枚1枚加工して個人の使用条件を完全に満足させるレンズである」とする原告の主張は,特許請求の範囲における「非対称の処方面は,使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,上記遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,非対称の非球面の特定の領域に使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められ,その使用条件は,角膜-頂点間距離,物体距離,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの傾斜,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの形のいずれか又はそれらの組合せである」との構成に基づくものと解されるところ,審決は,前記第2の3(3)イに記載したとおり,本願発明の上記構成について,本願発明と引用発明との相違点2として認定したことは明らかであるから,審決に原告主張の相違点の看過はない。 相違点の看過をいう原告の主張は,結局のところ,審決が相違点1及び2を認定するに当たり,引用発明は,特定の個人の使用条件を考慮することなく鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群を大量に生産するもので,その処方面を1枚1枚加工しないレンズであるのに,この点を認定しないで,単に,引用発明は「処方面は非球面に加工するにとどまる」とだけ認定したことの誤りを主張するものと解される。 しかし,引用例1には,次の記載がある。 「従来,累進度数レンズは,ブランクとして生産され,凹面を1枚1枚処方に従って研削研磨している為,凹面を1枚1枚非球面に加工することは,コスト面で問題がありすぎる。しかし,今日では,CR-39といった鋳造可能なレンズ材料が広く使われており,非球面レンズも安価に作れるようになっている。本発明の累進焦点レンズの場合も,累進度数の屈折面用の型と,凹面用非球面あるいは非トーリック面の型とを組み合わせ,鋳造でレンズを作れば,安価に高性能な累進度数眼鏡レンズを作ることができる。すなわち,本発明は,ガラス製レンズにももちろん使えるが,合成樹脂製レンズへの適用が好ましい。」(1頁右下欄12行〜2頁左上欄4行)上記の記載からすれば,引用例1には,確かに,原告が主張するように,凹面を1枚1枚処方に従って研磨するとコスト面で問題があるため,鋳造でレンズを作れば安価に高性能な累進度数眼鏡レンズを作ることができるから,鋳造による合成樹脂製レンズへの適用が好ましいことが記載されているが,それに続けて,ガラス製レンズにも適用可能であることが明示されている。したがって,引用発明のレンズは,鋳造の型を用いて大量生産されたものに限定されるものでないことは明らかであるから,原告の上記非難は当たらないものといわざるを得ない。 2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について(1)本願明細書には,以下の記載がある。 「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,処方面と,複数焦点面とを有する眼鏡レンズに関する。 【0002】【従来の技術】眼鏡レンズは屈折力の値が1つの眼鏡レンズと,複数の,少なくとも2つの異なる屈折率を伴う眼鏡レンズとに分類される。後者の眼鏡レンズの様々に異なる屈折率は,その眼鏡をかけている者が少なくとも近視領域と,遠視領域で明瞭に物を見ることができるようにするという役割を果たす。 【0003】その場合,このような眼鏡レンズの複数焦点面はレンズの様々に異なる領域で異なる屈折力を発生させ,それにより,遠視領域,近視領域,そして場合によってはそれらの間に位置する領域で明瞭に物を見ることができるようにする。このレンズは2焦点面,3焦点面又は境目なしの面として形成できる。 処方面はこの複数焦点面に対して,眼鏡レンズが基準点で必要なジオプトリック作用を実現するように適合させた対向面である。ジオプトリック作用は,眼鏡レンズの所定の1つの点(特に基準点としての遠視部分又は近視部分)における所定の光線方向に対する球面作用,非点作用及びプリズム作用の集合概念である。 …【0005】眼鏡レンズを所定の使用者に適合させる場合に重要なのは,個別の使用状況である。それらの状況は,たとえば,ジオプトリック作用,角膜-頂点間距離,物体距離,フレームの傾きなどの個別の使用条件から成る。 【0006】ドイツ特許第1805561号には,球形又はトーラス形である第1の面と,像面湾曲及び非点収差の定数からの偏差に関して補正されている第2の面とを有し,強い屈折力を有し且つ所定の非点作用を示す眼科用レンズが記載されている。 対称性が必要とされているために,このレンズの場合,個々の使用条件を付加的に考慮するために不可欠である融通性は全く存在していないので,そのような条件を考慮することは不可能である。 【0007】製造工程の中で,既に複数焦点面が設けられているいわゆる半製品に,必要なジオプトリック作用を得るために必要な球形又はトーラス形の処方面を装着することにより,眼鏡レンズは完成するのである。この複数焦点面は,標準的な所定の使用状況についてそれに適合する球形又はトーラス形の処方面ととともに,レンズ全面にわたる眼鏡使用者の結像誤差が所望の「デザイン(設計)」に一致するようにという構想の下に形成されている。平均度数の分布及び非点収差の分布並びに/又は水平方向又は垂直方向のプリズム作用並びに/又はディストーションの分布を複数焦点面の考慮すべき「デザイン」という。以下,標準使用状況におけるそれらの分布を最適化初期条件と呼ぶものとする。 【0008】コスト面を考慮して,この半製品を広範囲にわたる使用状況に適用している。 それぞれの眼鏡使用者に合わせたジオプトリック作用を実現するために,個別の球形又はトーラス形の処方面を半製品に装着する。それにより,原則として,遠視部分での見通し,中間距離への見通し及び近視部分での見通しに利用できる領域は限定されてしまう。 【0009】【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は,複数焦点面が既に事前製造されている半製品を使用するときに上記のような制限をもたない眼鏡レンズを提供することである。 【0010】【課題を解決するための手段】本発明によれば,この課題は,処方面を点対称性及び軸対称性を伴わない非球面を有する構造とすることにより解決される。本発明によれば,従来の技術とは異なり,眼鏡を使用する全ての人に最適に補正されたレンズを提供することができるのである。このようなレンズでは,従来は遠視基準点と近視基準点でのみ行っていた代わりに,それぞれの使用者の個別の使用状況への適合が容易に行われる。 【0011】本発明の特徴部分に従えば,処理後の処方面は全般非球面であり,従って,従来より知られていた球形又はトーラス形の処方面とは明確に区別される。近視領域に関わる意図する屈折力の増加は既に半製品に備わっている複数焦点面により得られているので,そのようにして形成される処方面は境目なしの面ではない。 処方面は専ら基準点におけるジオプトリック作用の発生と,結像誤差増大の排除という役割を果たす。 【0012】そのような結像誤差の増大は,複数焦点面を確定すとき(判決注:「確定するとき」の誤記。)に,原則として後に考慮すべき個別の現実の使用状況からは程度の差こそあれ逸脱している標準使用状況を基礎としているので,必然的に発生する。平均度数分布及び非点収差分布並びに/又は水平方向又は垂直方向のプリズム作用並びに/又はディストーション分布を複数焦点面の「デザイン」と呼ぶ。 以下,標準使用状況におけるこの分布を最適化初期条件と呼ぶものとする。また,複数焦点面を確定するときの標準使用状況における結像誤差分布を,以下,最適化初期条件と呼ぶものとする。 そこで,処方面を確定するときには,ジオプトリック作用に加えて以下の個別の使用条件を個々に又は組合わせて計算の基礎として使用することができる。 【0013】1.角膜-頂点間距離2.物体距離3.フレームの傾き4.フレームの形態:フレームの形態と中心位置がわかっていれば,都合の良い厚さ比と重量比が得られるように,必要なプリズム作用を左右のレンズに分配することができる。このようにして確定した厚さにより,最適化を実行することができる。 さらに,フレームの形態がわかっている場合には,その形態について最適の特別な結像誤差分布を確定できるのである(誤りを切断部分へシフトさせる)。 5.曲率:また,たとえば,不同視の場合に見かけを均衡させるために又は不等像症の場合に,半製品の眼鏡レンズに通例でないような曲率を加えることによって最適化をはかる。 6.すべり視野ガラスの遠視領域及び近視領域における軸及び円柱に関わるわずかに異なる屈折力の値。 【0014】新規な眼鏡レンズは,それぞれ個々の使用者について個別の複数厚さ面を必要とせずに,現実の使用条件が標準使用条件とは極端にかけ離れている場合でもレンズの結像品質を維持したままである(すなわち,最小限の結像誤差しか生じない)という点ですぐれている。そのために不可欠である処方面の補正は数値制御される機械によって実行可能である。そのための労力とコストは,新たに境目なしの面,すなわち複数焦点面を計算し,特別に仕上げる場合と比べて少なくてすむ。 【0015】さらに,本発明を採用すれば,半製品の使用範囲を明らかに広げることができる。たとえば,所定の使用状況に対して通例でない曲率を加えた半製品を適用できる(不等像症の場合又は激しい不同視の際の曲率均衡の場合)。」上記の記載によれば,本願明細書には,以下の事項が記載されているものと認められる。 ア本願発明は,レンズの異なる領域で異なる屈折力を発生させることにより,遠視領域,近視領域等で明瞭に物を見ることができるようにする複数焦点面及び複数焦点面に対向し,基準点で必要なジオプトリック作用を実現するように適合させた処方面とを有する眼鏡レンズに関するものである(段落【0001】〜【0003】)。 イ眼鏡レンズを所定の使用者に適合させる場合に重要なことは,ジオプトリック作用,角膜-頂点間距離,物体距離,フレームの傾きなどの個別の使用状況であるところ,ドイツ特許第1805561号に記載された球形又はトーラス形である第1の面及び像面湾曲及び非点収差の定数からの偏差に関して補正されている第2の面を有し,強い屈折力を有し,かつ,所定の非点作用を示す眼科用レンズでは,対称性が必要とされており,個々の使用条件を付加的に考慮するために不可欠である融通性は全く存在しておらず,そのような条件を考慮することは不可能である。(段落【0005】〜【0006】)。 ウいわゆる半製品に既に設けられている複数焦点面は,レンズ全面にわたる眼鏡使用者の結像誤差が所望の「デザイン(設計)」に一致するようにするという構想の下に,標準的な所定の使用状況に適合する球形又はトーラス形の処方面とともに形成されたものであるから,コスト面を考慮して,半製品を広範囲にわたる使用状況に適用させており,製造工程の中でそれぞれの眼鏡使用者に合わせたジオプトリック作用を実現するために,個別の球形又はトーラス形の処方面を半製品に装着するが,それにより,原則として,遠視部分での見通し,中間距離への見通し及び近視部分での見通しに利用することができる領域は限定されてしまうという課題があった(段落【0007】〜【0008】)。 エそこで,本願発明は,処方面を点対称性及び軸対称性を伴わない非球面を有する構造とすることにより,上記のような制限を受けずに,それぞれの使用者の個別の使用状況への適合が容易に行われるようにしたもので,後に考慮すべき個別の使用状況から逸脱している標準使用状況を基礎として複数焦点面を確定することから,結像誤差の増大が必然的に発生するが,本願発明では,ジオプトリック作用に加えて,角膜-頂点間距離,物体距離,フレームの傾き,フレームの形態などの個別の使用条件を個々に又は組合わせて,処方面を確定する計算の基礎として使用することにより,処方面が,専ら基準点におけるジオプトリック作用の発生と,結像誤差増大の排除という役割を果たすようにしたものである(段落【0009】〜【0013】)。 オ本願発明の眼鏡レンズは,現実の使用条件が標準使用条件とは極端にかけ離れている場合でも最小限の結像誤差しか生じないようにすることができ,処方面の補正は数値制御される機械によって実行可能であるが,そのための労力とコストは,新たに複数焦点面を計算して特別に仕上げる場合と比べて少なくて済み,半製品の使用範囲を広げることができる(段落【0014】〜【0015】)。 (2)上記のとおり,眼鏡レンズにおける複数焦点面は,標準使用状況に基づく球形又はトーラス形の処方面ととともに形成されるところ,個別の使用条件を考慮した現実の使用状況は,標準使用状況と異なるため,結像誤差の増大が必然的に発生することが避けられないから,本願発明では,処方面を確定する計算の際に個別の使用条件を基礎として用いて,基準点におけるジオプトリック作用の発生と結像誤差増大の排除を図ることとし,その際に,処方面が球面又はトーリック面であって対称性を有する制約の下では,個別の使用条件に適合させる融通性を欠くため,処方面を点対称性及び軸対称性を伴わない非球面を有する構造としたものであると認められる。そうすると,相違点1に係る「非対称の処方面は点対称性及び軸対称性を伴わない非球面である」という本願発明の構成は,レンズの形状を積極的に規定するものではなく,個人の使用条件を考慮して処方面を加工する結果,処方面が球面又はトーリック面であって対称性を有する形状でなくてもよいという消極的意義を有するにすぎない。本願発明の上記構成は,そのこと自体で何らかの作用効果を生じるような技術的意義を有するものではなく,単に,処方面の形状が球面又はトーリック面であって対称性を有するものという制約がないというにとどまるものと認められる。 また,実願昭56-164454号(実開昭58-69822号)のマイクロフィルム(乙第8号証)には,「累進多焦点レンズにおいて,レンズの凹面を研磨加工するときに光学中心位置を水平方向にずらして加工する事によって近方視域の光学中心を,レンズ装用時に近方視のために輻湊位置に合致させることを特徴とする眼鏡用累進レンズ」(実用新案登録請求の範囲)との記載があり,上記記載から明らかなように,このレンズの凹面は点対称性及び軸対称性を伴わないものと認められる。このほか,個人の使用条件を考慮して結像誤差を訂正する際に,処方面が球形又はトーラス形であり,点対称性及び軸対称性であるとの性質を維持しなければならないとの技術常識が存在すると認めるに足りる証拠はない。 以上の点からすれば,当業者が個人の使用条件を考慮して結像誤差を訂正しようとすれば,処方面が非球形又は非トーラス形となり,点対称性及び軸対称性を伴わないものとなることは,当然あり得ることである。したがって,相違点1に係る本願発明の構成は,当業者が設計上適宜行い得る程度のものである。 (3)もっとも,審決は,相違点1について「人の顔は鼻側とこめかみ側とでは,点対称性及び軸対称性を伴わないものである。そして,使用者個人の使用条件により眼鏡レンズの形状を決めることは周知の事項…であるから,引用発明の処方面を人の顔に応じて点対称性及び軸対称性を伴わない非球面とすることは,当業者が容易に想到し得た事項である」と判断しているが,人の顔が鼻側とこめかみ側とで点対称性及び軸対称性を伴わないことから直ちに眼鏡レンズの処方面を点対称性及び軸対称性を伴わない非球面とする形状とすることに結びつく根拠を見い出すことはできない。したがって,審決の上記理由付けは,根拠を欠くものである。 しかし,上記(2)のとおり,相違点1に係る本願発明の構成は,当業者が設計上適宜行い得る程度のものであり,審決の相違点1についての判断は,結論において誤りではない。 3取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について(1)処方面の形状に関する判断の誤りについてア甲第2号証(特開昭59-93420号公報)には,以下の記載がある。 「(1)レンズの処方値と,レンズの種類と,使用する眼鏡枠の種類と形状についての情報と及び該眼鏡枠内に於けるレンズ処方値の位置情報とを眼鏡店頭に於いて把握し,レンズ製造工場に伝え,レンズ製造工場ではその情報を基に該眼鏡枠に適したレンズ肉厚を決定し,該レンズを製造,供給する眼鏡レンズの供給方法。」(1頁左下欄,特許請求の範囲)「現在,世界各国に於いて,眼鏡レンズを供給する方式は大別して2つの方式に分類される。1つは眼鏡店がレンズの処方値や種類をレンズ製造工場,若しくはレンズ問屋に伝え,縁摺加工をしていない生地のレンズを入手し,眼鏡店に於いて使用する眼鏡枠に枠入れ加工を施し,完成させる方式で,…アンカット方式と呼ばれている。 他の1つは,視力検定医(optometrist)が,レンズの処方値や種類及び使用する眼鏡枠内に於けるレンズ処方値の位置情報をその眼鏡枠を添えてレンズ製造工場に伝え,レンズ製造工場に於いてレンズの製造から枠入れ加工まで行い,完成品を視力検定医へ送付する方式で,…ラボ方式と呼ばれている。」(1頁右下欄15行〜2頁左上欄10行),「本発明による方法が従来の方式と最も異なるところは,眼鏡店に於いて眼鏡枠に関する情報を把握し,レンズ製造工場に伝えることにある。 眼鏡枠に関する情報としては次のものがある。 (イ)眼鏡枠の種類…(ロ)眼鏡枠の形状…この他,眼鏡枠内におけるレンズ処方値の位置情報,即ち,装用者の角膜頂点間距離…,又,レンズの光学中心や多重焦点レンズの近方視領域の眼鏡枠内における配置を指定することもある。」(2頁右下欄2行〜3頁左上欄11行),「さて,この様にして得られた種々の情報を基に使用する眼鏡枠に最も適したレンズ肉厚を決定し,そのレンズを製造する方法は従来のラボ方式に依る方法と何ら変るところはない。 即ち,眼鏡枠内に於いて最も薄くなる位置を算出し,その位置の厚みが所定の値となるようなレンズの中心肉厚を算出し,所定のレンズ処方値を与える表面形状にレンズを荒摺,砂掛,研磨することにより,所望のレンズが得られるのである。」(3頁左下欄13行〜右下欄1行)上記のとおり,甲第2号証には,眼鏡レンズを製造する方法は,同号証に記載の発明も従来のラボ方式も同様であって,同号証には,多重焦点レンズを含むレンズの製造に関し,角膜頂点間距離などの位置情報を含む処方値とともに,眼鏡枠の形状を考慮して,所望の処方値を得る表面形状のレンズを製造する技術が開示されている。 イ甲第3号証(特開平3-206417号公報)には,以下の記載がある。 「本発明は,老視用眼鏡レンズとして使用される累進多焦点レンズの選択方法に関する。」(1頁左下欄16行〜17行)「このようにして選択したレンズと,老視眼者の処方値(加入度数,球面屈折力,乱視度数,乱視軸,瞳孔間距離,プリズム値等)と,フレーム情報(眼鏡フレームの形状,寸法等)とに基づいて,眼鏡が作製される」(4頁左下欄19行〜右下欄3行)上記のとおり,甲第3号証には,使用者の処方値とともに,眼鏡フレームの形状,寸法を考慮して作成された累進多焦点レンズにより,眼鏡を作製することが記載されている。 ウ前記ア及びイによれば,複数焦点面を有する眼鏡レンズの製造について,使用者の処方値とともに,眼鏡フレームの形,角膜頂点間距離など,使用者個人の使用条件を考慮して,眼鏡レンズを作成すること,すなわち,眼鏡レンズの形状を定めることは,本件出願前における周知の技術であったものと認められる。 また,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用は,複数焦点面を有する眼鏡レンズの処方値に含まれることは明らかである。 したがって,引用発明においても,処方面たる凹面(引用発明の「凹面」が「処方面」であることは,当事者間に争いがない。)の形状について,上記の周知技術に基づき,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,眼鏡フレームの形などの個人の使用条件に適合したものとすることは,当業者が適宜行い得る程度のことである。 相違点2に係る使用者の使用条件について,本願発明においては,「角膜-頂点間距離,物体距離,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの傾斜,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの形のいずれか又はそれらの組合せである」と規定されているから,列記されたいずれかの条件であればよく,上記のとおり,考慮されるべき個人の使用条件として,少なくとも,角膜-頂点間距離及び眼鏡フレームの形は周知であったものと認められるから,本願発明において,使用条件として上記の構成を採った点に格別の困難性は認められない。 エ審決の「引用例1に凹面を処方に従って研削研磨していると記載されているので,引用発明の処方面においても使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,格別のものとは認められない。」との判断について,原告は,?@引用例1においては,凹面を1枚1枚非球面加工する技術は,コスト面で問題がありすぎる技術として,引用発明が克服すべき従来技術として記載されているから,引用発明に,同発明が克服すべき問題ある技術としている技術を組み合わせることは許されず,その組み合わせには阻害要因がある,?A使用者個人の使用条件により眼鏡レンズの処方面の形状を決めることは周知事項ではなく,引用例1は使用者個人の使用条件を考慮して処方面を加工することは開示していないから,処方面において使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,当業者が容易に想到し得た事項ではない,と主張する。 原告の上記?@の主張は,原告が取消事由1で主張する「引用発明は,特定の個人の使用条件を考慮することなく鋳造の型を用いて限られた種類のレンズ群が大量に生産され,その処方面を1枚1枚加工しないレンズである」ことを前提とするものであるが,引用発明が鋳造の型を用いて生産されたものに限定されるものでないことは,取消事由1についての前記第5の1に説示したとおりであるから,前提において失当である。 そして,コスト面を考慮する必要がなければ,引用発明においても,凹面を1枚1枚非球面に加工するとの手法も採り得ることは明らかであり,1枚1枚加工するにせよ,鋳造するにせよ,引用発明における凹面は,処方に従って形成される面,すなわち,処方に基づくジオプトリック作用を得るために所望の形状に加工される面であると位置付けられるものと解することができる。したがって,引用発明に,使用者の処方値とともに,眼鏡フレームの形,角膜頂点間距離等の使用者個人の使用条件を考慮して,最適の眼鏡レンズを作成するための上記周知技術を適用するに際して,処方面を,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められたものとすることは,当業者が当然考慮する程度の事項というべきである。 オ以上によれば,相違点2について,審決が「引用発明の処方面においても使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,格別のものとは認められない。」,「使用条件として,角膜-頂点間距離,物体距離,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの傾斜,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの形のいずれか又はそれらの組合せとすることも格別のものとは認められない。」と判断したことに誤りはない。 (2)ジオプトリック作用に関する判断の遺漏について審決は,相違点2として「本願発明が,処方面は,使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,非対称の非球面の特定の領域に使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められ,その使用条件は,角膜-頂点間距離,物体距離,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの傾斜,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの形のいずれか又はそれらの組合せである」点を認定しておきながら,単に,「引用発明の処方面においても使用者個人の使用条件を考慮してその形状を決めるようにすることは,格別のものとは認められない。」,「使用条件として,角膜-頂点間距離,物体距離,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの傾斜,眼鏡レンズを取り付けようとする眼鏡フレームの形のいずれか又はそれらの組合せとすることも格別のものとは認められない。」と説示するのみであり,原告が指摘するとおり,処方面が「使用者個人に対するレンズの結像誤差を訂正するために,…非対称の非球面の特定の領域に」使用者個人の使用条件を考慮したジオプトリック作用を有するようにその形状が決められるものである点についての判断を明示することなく,相違点2について想到容易と結論づけたのは,理由の説示が不十分であるといわざるを得ない。 しかし,以下のとおり,その結論において誤りがあるとはいえない。 ア甲第3号証には,以下の記載がある。 「累進多焦点レンズの光学特性(遠用部,近用部,累進部の各領域の位置や大きさ,主注視線の位置,累進帯域の長さ等)は,レンズ設計により異なり,また各製造メーカーによっても異なる」(1頁右下欄20行〜2頁左上欄3行)「第1図,第2図および第3図はそれぞれ,異なる光学設計に基づいて製作された3タイプの右眼用累進多焦点レンズ1,1′,1″を,凸面(屈折表面)側から見た図である。」(2頁右上欄5行〜8行)「9は光学的な収差分布線(例えばある一定の視野が確保された非点収差,湾曲収差の合成線)を表している。」(2頁左下欄17行〜19行)「第1図の累進多焦点レンズには,非点収差と像の湾曲は避けられない問題であり,その収差は個々のレンズの設計手法により異なるものであるから,個々のレンズタイプにより,収差の度合や収差位置は異なる。第1図のレンズ1の場合,収差が多く集中する傾向にあるのは,光学的な収差分布線9から,レンズ1の両横側の斜め下方にあることが判る。」(2頁右下欄12行〜19行)「第1図に示したレンズ1は,累進帯の長さが長く,遠用域から中間域を重視した,比較的遠方視野を重視するタイプの設計であることが判る。第2図と第3図に示した累進多焦点レンズ1′,1″は,第1図のレンズ1と異なる光学設計に基づいて製作されたものであるが,レイアウト情報の表示方法については同じであり,レイアウト情報はそれぞれ,第1図の番号2〜9に「′」と「″」を付した番号で示してある。…第3図に示したレンズ1″は,累進帯の長さが短く,近用域が広くなっているため,近用重視タイプの設計であり,第2図に示したレンズ1′は遠用域,中間域,近用域のバランスから,第1図のレンズ1と第3図のレンズ1″の中間型であることが判る。」(3頁左上欄3行〜20行)第1図ないし第3図においては,位置や形状は若干異なるものの,いずれにおいても,レンズ略下半部の両側において,累進帯では間隔が小さく,下方に至るにつれて間隔が広がる光学的な収差分布線9,9′,9″が存在することが認められる。 イ上記のほか,特開平3-230114号公報(乙第1号証)の第1図,特開昭60-212723号公報(乙第5号証)の第4図,第6図,特開昭63-223724号公報(乙第6号証)の第1図(d),第2図(c),第3図,第4図(d),特開昭64-63923号公報(乙第7号証)のFIG.6.,FIG.7.,実願昭56-164454号(実開昭58-69822号)のマイクロフィルム(乙第8号証)の各図面にも,形状は若干異なるものの,いずれにおいても,主として,レンズ略下半部両側において,累進帯で間隔が小さく,下方に至るにつれて間隔が広がり,一定以上の収差を生じる領域が示されている。 ウ上記の各記載によれば,累進多焦点レンズにおいては,レンズ設計等によって位置,形状は異なるが,いずれにおいても,主として,レンズ中央部の累進部から下部の近用部にかけて左右(レンズ略下半部の両側)に,一定以上の結像誤差を生じる部分が形成されることが通常であると認められる。 なお,このことは,引用例1において,レンズ全体としての像の歪みや像の揺れ,あるいは累進帯域の視野の狭さ,近用視部分の視野の狭さが,累進度数眼鏡レンズの欠点として挙げられる(1頁右下欄1行〜4行)ことや,本件出願の図3,図5において,一定以上の収差を生じる領域として示されることとも符合する。 他方,引用例1には,累進度数眼鏡レンズに上記の結像誤差を生じる部分が形成される欠点が指摘され,これを軽減させることが記載されている(1頁右下欄1行〜11行)上,実施例の説明として,「この凸凹2つの屈折面によって出来る累進度数レンズは,近用視・中間視の視野が広く,遠用視部分の収差も少ない見易い累進度数レンズとなる。」(2頁右上欄3行〜5行)との記載がある。 前記(1)ウのとおり,引用発明において,処方面たる凹面の形状について,遠視基準点と近視基準点のジオプトリック作用とともに,眼鏡フレームの形に合わせて個人の使用条件に適合したものとすることは,当業者が適宜行い得る程度のことであるから,引用例1の上記記載に鑑みれば,この際に,結像誤差を生じる部分が移動したり,大きくなることなどにより近用視・中間視の視野を狭めることがないように,使用者個人に対する結像誤差を訂正するために個人の使用条件を考慮して処方面の形状を決定することは,当業者であれば,当然考慮する程度の事項というべきである。 エ相違点2に係る本願発明の構成においては,使用者個人に対する結像誤差を訂正するために,処方面の特定の領域について,個人の使用条件を考慮して形状を決定するものとされる。しかし,本願明細書において,「特定の領域」についての記載は全く存在しない。したがって,本願発明にいう「特定の領域」とは,使用者個人に対する結像誤差を訂正するために個人の使用条件を考慮して形状を決定する際に必要とされる領域という程度の意味と解するほかはない。 他方,上記(1)ウのとおり,引用発明においても,使用者個人に対する結像誤差を訂正するために個人の使用条件を考慮して処方面の形状を決定する際にも,必然的に形状を決定すべき処方面の領域が存在することは明らかであり,本願発明において,「特定の領域」について形状を決定するとした点と何ら相違するものではない。 (3)以上によれば,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。したがって,相違点2についての審決の説示には不十分な点があるとしても,結論において誤りはない。 4結論以上に検討したところによれば,審決取消事由はいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 田中信義 |
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裁判官 | 古閑裕二 |
裁判官 | 浅井憲 |