関連審決 | 不服2004-5733 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 公知技術 / 技術常識 / 優先権 / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の理由 / 拒絶審決 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10538号
審決取消請求事件
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原告 株式会社力王 訴訟代理人弁護士 湯浅正彦,湯浅知子 同弁理士 藤木良幸 被告 特許庁長官 肥塚雅博 指定代理人 中村則夫,石原正博,高木彰,大場義則 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2008/02/21 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の申立て
特許庁が不服2004-5733号事件について平成18年10月23日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯( ) 原告は,平成13年5月11日,発明の名称を「祭用地下たび」とする発明 1について特許出願(特願2001-141413号,優先権主張平成12年5月30日)をした(甲1)が,本件出願に対し,平成15年8月1日付けで拒絶理由通知(甲3)を受けた。 ( ) 原告は,同年10月10日付けの手続補正書による補正(甲9。以下「本件 2補正」という。)をするとともに,同日付けで意見書(甲10)を提出したが,平成16年2月16日付けで拒絶査定(甲11)を受けたので,同年3月23日,拒絶査定不服の審判請求(甲12)をした。 ( ) 特許庁は,上記審判請求を不服2004-5733号事件として審理した結 3果,平成18年10月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年11月16日,その謄本を原告に送達した。 2 発明の要旨( ) 本件補正前の明細書(甲1)における特許請求の範囲の請求項1の記載(以 1下「補正前発明」という。なお,請求項の数は全部で5であるが,請求項2以下は省略する。)【請求項1】アッパーの底部に接地底を取付けてなるものであって,底部に衝撃吸収シートを介在させると共に,踵部の衝撃吸収シートと接地底との間に空気封入弾性片を介在させ,かつアッパー爪先部の胛被と被せ布との間にクッション材を装填したことを特徴とする祭用地下たび。 ( ) 本件補正に係る明細書(甲1,甲9。以下「本件明細書」という。)の特許 2請求の範囲の請求項1の記載(以下「本願発明」という。なお,下線部が本件補正に係る箇所である。)【請求項1】アッパーの底部に接地底を取付けてなるものであって,底部にこれと略等しい大きさの衝撃吸収シートを介在させると共に,踵部の衝撃吸収シートと接地底との間に空気封入弾性片を介在させ,かつアッパー爪先部の胛被と被せ布との間にクッション材を装填したことを特徴とする祭用地下たび。 3 審決の理由( ) 審決の理由は,別紙審決のとおりであり,本願発明が特許法29条2項の規 1定により特許を受けることができないとした。 ( ) 審決の認定判断の要点 2ア 特開平11-127901号公報(甲5。以下,審決等の引用を含めて,原則として「引用刊行物」という。)には,次の技術が記載されている。 「アッパー1の底部に接地底2を取付けてなるものであって,アッパー1と接地底2との間であってアッパー1側の踵から土踏まずにかけてクッションシート4を配置すると共に,クッションシート4と接地底2との間であって接地底2側の踵相当個所に衝撃吸収シート片3を配置し,かつアッパー爪先部の胛被に綿布等からなる爪先補強片1Cを設けた祭り用の地下たび。」(以下,審決等の引用を含めて,原則として「引用発明」という。)イ 本願発明と引用発明との対比(ア) 一致点アッパーの底部に接地底を取付けてなるものであって,底部の少なくとも踵から土踏まず 「にかけて衝撃吸収シートを介在させると共に,踵部の衝撃吸収シートと接地底との間に弾性片」 を介在させ,かつアッパー爪先部の胛被に被せ布を設けた祭用地下たび。 (イ) 相違点アッパーの底部に介在させる衝撃吸収シートについて,本願発明では,底部と略等 ?@「しい大きさのものであるのに対して,引用発明では,踵から土踏まずかけての大きさのもので」(以下「相違点1」という。) ある点。 弾性片について,本願発明では空気封入弾性片であるのに対して,引用発明ではそ?A「」(以下「相違点2」という。)のような特定がない点。 本願発明では,アッパー爪先部の胛被と被せ布との間にクッション材を装填するの?B「に対して,引用発明では,アッパー爪先部の胛被と被せ布との間にクッション材を備えない」(以下「相違点3」という。) 点。 ウ 相違点についての判断?@ 相違点1について履物の技術分野において,衝撃吸収シートを底部と略等しい大きさのものとすることは, 「例えば,実願平3-17599号(実開平4-112606号)のマイクロフィルム(判決注:甲6,拒絶理由通知では引用文献3。本判決では,以下「周知例1」ともいう。),実願平3-114224号(実開平5-51101号)のCD-ROM,及び,実願昭54-181821号(実開昭56-101001号)のマイクロフィルムに開示されるように,従来周知である。(以下「周知技術1」という。)そして,刊行物記載の祭用地下足袋においても足裏全体に衝撃吸収性をもたせることは,他の履物と同様,当然課題となり得るといえる。よって,引用刊行物記載の発明に上記周知技術1を適用し相違点1に係る本願発明の構成とすることは」 当業者にとって容易に想到し得たことである。 ?A 相違点2について履物の技術分野において,踵部分に配設する弾性片として空気封入弾性片を用いることは, 「例えば,実願平3-17599号(実開平4-112606号)のマイクロフィルム(段落【0020】参照)(判決注:甲6。周知例1)や,実願昭63-75874号(実開平1-179505号)のマイクロフィルム(判決注:甲7。拒絶理由通知では引用文献4。以下「周知例2」ともいう。)に開示されるように,従来周知である。(以下「周知技術2」という。)また,引用発明の衝撃吸収シート片3として空気封入弾性片を採用することを阻害する特段の事情も見当たらない。よって,引用発明に上記周知技術2を適用し相違点2に係る本願」 発明の構成とすることは,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項にすぎない。 ?B 相違点3について地下足袋の技術分野において,アッパー爪先部にクッション材を設けることは従来周知で 「あり,また,その具体的な設置個所についても様々なタイプがすでに知られている。(例えば,特開平8-214902号公報〔判決注:甲4。拒絶理由通知では引用文献1。以下「周知例3」ともいう。〕(段落【0019】参照),特開平8-299002号公報〔判決注:本訴甲14の1〕,特開2000-189201号公報〔判決注:本訴14の2〕,実願昭61-105976号〔判決注:実開昭63-10901号。本訴甲14の3〕のマイクロフィルムを参照のこと。以下「周知技術3」という。)。そして,本願発明において,クッション材の装填箇所をアッパー爪先部の胛被と被せ布との間と限定することに格別の技術的意義は認められないから,結局のところ,引用発明において,上記の周知技術3に接した当業者が,相違点」 3に係る本願発明の構成とすることに格別の困難性はないというべきである。 エ 本願発明の作用効果「本願発明の作用効果も,引用発明及び上記周知技術1乃至3から当業者が予測できる範囲のものにすぎない。」オ むすび以上のとおり,本願発明は,引用発明及び上記周知技術1乃至3に基づいて当業者が容易 「に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けること」 ができないものであり,拒絶をすべきものである。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,本件審判において改めて拒絶理由通知をしなかったという手続上の瑕疵があり(取消事由1),また,相違点を看過し(取消事由2),相違点についての判断を誤り(取消事由3),作用効果の判断を誤り(取消事由4),そのため,本願発明が進歩性を欠くとの誤った結論を導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。 1 取消事由1(拒絶理由通知の欠如)( ) 審決は,本願発明は,引用発明及び周知技術1ないし3から容易に想到する 1ことができたとの拒絶理由によって,本願発明の進歩性を否定したが,上記拒絶理由は,本願発明の審査段階では原告に通知されていなかった。 すなわち,審決の前提となった本件拒絶査定では,「この出願については,平成15年8月1日付け拒絶理由通知書(甲3)に記載した理由によって,拒絶をすべきものである。」と記載され,さらに,その備考欄には,本件拒絶理由通知中の引用文献3(審決では周知技術1が記載されているとされる。)を取り上げて,その構成等を詳述した上,「引用文献3(判決注:審決では周知技術1が記載されている周知例1)に記載された履物の底部における衝撃吸収に係る技術的事項を引用文献1(判決注:周知技術3が記載されている周知例3)に記載された発明に適用できないとする特段の事情も見当たらないことから,請求項1〜5に係る発明は,上記拒絶理由通知書に示した各引用文献に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。」(1頁の最終段落)と説明していた。一方,本件拒絶理由通知において,引用文献2(引用刊行物)は,「引用文献2〜4には,履物の底部に衝撃吸収部材を配設する点が記載されている。」とされ,踵相当箇所に衝撃吸収シート片が存在する事例として摘示されたにすぎなかった。 そして,上記のとおり,本件拒絶査定においては,引用文献2(審決では引用刊行物)について何ら言及することなく,備考欄でも引用文献3(周知例1)を中心として拒絶すべき理由を説明したのであった。 ところが,審決では,本件拒絶理由通知中の引用文献3を引用例とはせず,拒絶理由通知書で引用された引用文献2を引用刊行物として本願発明との対比の中心とした上,周知技術1ないし3と併せて,拒絶査定維持の審決をし,本願発明と引用発明とでは,「アッパーの底部に接地底を取付けてなるものであって,底部の少なくとも踵から土踏まずにかけて衝撃吸収シートを介在させると共に,踵部の衝撃吸収シートと接地底との間に弾性片を介在させ,かつアッパー爪先部の胛被に被せ布を設けた祭用地下たび」の範囲で一致すると認定しているのである。 ( ) 上記のとおり,審査段階においては,引用文献2は,踵相当箇所に「衝撃吸 2収シート片」が存在する事例として摘示されたにすぎないから,原告も,それに対応した反論しか行っていなかった。 そもそも,拒絶査定不服審判において,原査定の拒絶理由と異なる拒絶理由によって拒絶審決を行う場合に,あらかじめ,請求人に拒絶理由を通知して請求人に意見書提出の機会を与えることが必要とされている趣旨は,原査定の拒絶理由と異なる拒絶理由によって拒絶審決を行う場合に,審判請求人に,その新たな拒絶理由に対する意見陳述の機会が与えられなければ,審判請求人にとっては不意打ちとなるため,審判請求人の利益を保護し,かつ,審決自体の適正を図ることにあると解されている。 審査手続と拒絶査定不服審判の審理手続との関係がどのようであれ,特許法159条2項が定められているのは,審判請求人(出願人)に対する不意打ちをできるだけ回避し,審判請求人(出願人)の利益を保護しようとするものであって,1個の拒絶理由について,少なくとも1回は審判請求人(出願人)に特許庁に対して意見を述べる機会が保障され,その意見をも斟酌した上で特許庁が適正な判断をすることが期待されていることを示している。 そして,出願人の利益の保護の観点からすれば,その1個の拒絶理由であると認定する範囲は限定して解釈されるべきであり,拒絶理由通知書の中に多数の引用例が摘示されていれば,その後の手続においてその引用例をどのように利用してもよいということになるものではない。 ( ) したがって,審決は,新たな拒絶理由に基づいて審決を行った場合に該当す 3るものであって,請求人である原告に対して不意打ちとなることのないように拒絶理由通知を行った上で判断すべきであったところ,拒絶理由通知を行うことなく審決をしたから,審決は,特許法159条2項の準用する同法50条違反により取り消されるべきである。 2 取消事由2(相違点の看過)審決は,本願発明と引用発明とが,「アッパーの底部に接地底を取付けてなるものであって,底部の少なくとも踵から土踏まずにかけて衝撃吸収シートを介在させると共に,踵部の衝撃吸収シートと接地底との間に弾性片を介在させ,かつアッパー爪先部の胛被に被せ布を設けた祭用地下たび」である点で一致すると認定したが,誤りである。 ( ) 本願発明の「衝撃吸収シート」とは,衝撃エネルギーを吸収するものであり, 1衝撃を受けると素早く変形し,ゆっくり元の形に復元することで衝撃を吸収する特性を有するものであるのに対し,引用発明の「クッションシート」は,衝撃を受けた場合に,反発しつつも,徐々に衝撃を受けた部分が局部的に変形し,その衝撃における力を分散させて行くものである。 したがって,本願発明の「衝撃吸収シート」と,引用発明の「クッションシート4」とでは,その機能が全く異なるものであるから,この点を相違点とすべきところ,審決は,これを看過したものというべきである。 ( ) 本願発明の「空気封入弾性片」は,内部に空気を封入して,弾性を有する構 2造である以上,変形可能であって,かつ,内部に封入する空気により弾性を有するものであるのに対し,引用発明の「衝撃吸収シート片3」は,反発することなく素早く変形し,ゆっくり元の形に復元することで衝撃エネルギーを吸収するものであるから,本願発明の「空気封入弾性片」と,引用発明の「衝撃吸収シート片3」とでは,明らかに相違するから,この点を相違点とすべきところ,審決は,これを看過したものというべきである。 ( ) 加えて,審決は,相違点1について,「アッパーの底部に介在させる衝撃吸 3収シートについて,本願発明では,底部と略等しい大きさのものであるのに対して,引用発明では,踵から土踏まずかけての大きさのものである点。」で相違すると認定したが,本願発明の「衝撃吸収シート」と引用発明の「クッションシート」とが同じものであることを前提としているから,誤りである。 また,相違点2については,「弾性片について,本願発明では空気封入弾性片であるのに対して,引用発明ではそのような特定がない点。」で相違すると認定したが,本願発明の「空気封入弾性片」と引用発明の「衝撃吸収シート片」とが同じものであることを前提としているから,誤りである。 3 取消事由3(相違点についての判断の誤り)( ) 審決は,相違点1について,「履物の技術分野において,衝撃吸収シートを 1底部と略等しい大きさのものとすることは・・・従来周知である。・・・そして,引用刊行物記載の祭用地下足袋においても足裏全体に衝撃吸収性をもたせることは,他の履物と同様,当然課題となり得るといえる。よって,引用発明に上記周知技術1を適用し相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者にとって容易に想到し得たことである。」(4頁9ないし18行目)と認定判断したが,誤りである。 本願発明の「衝撃吸収シート」は,上記のとおりのものであるから,周知技術1を参酌したとしても,「衝撃吸収シートを底部と略等しい大きさのものとすることは・・・従来周知である」とはいえない。しかも,本願発明の「衝撃吸収シート」は,引用発明の「クッションシート」とが異なる機能を有するものであるから,変換し得るようなものではなく,引用発明に周知技術1を適用しても,単にクッションシートが底部と略等しい大きさに設定されるだけにすぎないから,相違点1に係る本願発明の構成に,当業者が容易に想到し得るものではない。 ( ) 審決は,相違点2について,「履物の技術分野において,踵部分に配設する 2弾性片として空気封入弾性片を用いることは・・・従来周知である。・・・また,引用発明の衝撃吸収シート片3として空気封入弾性片を採用することを阻害する特段の事情も見当たらない。よって,引用発明に上記周知技術2を適用し相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項にすぎない。」(4頁20ないし29行目)と認定判断したが,誤りである。 引用発明の「衝撃吸収シート片」に対して周知技術2を適用することは,当業者にとって容易ではない上,仮に適用することができたとしても,それは,クッションシートの下において,踵相当箇所にクッションシートを重層構造に配設したものとなるにすぎず,本願発明のように衝撃を吸収する衝撃吸収シートと弾性を有する空気封入弾性片との積層構造とはならないから,「底部の衝撃吸収性及び踵の弾力性」の発揮という本願発明の有する効果を発揮することができない。 ( ) 審決は,相違点3について,「地下足袋の技術分野において,アッパー爪先 3部にクッション材を設けることは従来周知であり,また,その具体的な設置個所についても様々なタイプがすでに知られている」(4頁31ないし33行目)とし,「本願発明において,クッション材の装填箇所をアッパー爪先部の胛被と被せ布との間と限定することに格別の技術的意義は認められないから,結局のところ,引用発明において,上記の周知技術3に接した当業者が,相違点3に係る本願発明の構成とすることに格別の困難性はないというべきである。」(同頁下から2行目ないし5頁3行目)と認定判断したが,誤りである。 本願発明のクッション材と,審決が挙げた周知例に係る緩衝シート,弾性材又はクッション材とは,そもそもその機能が相違するものであるから,引用発明に,周知技術3を適用しても,相違点3に係る本願発明になることはない。 したがって,当業者が,引用発明及び周知技術3に接しても,相違点3に係る本願発明の構成とすることは困難である。 4 取消事由4(作用効果についての判断の誤り)審決は,作用効果について,「本願発明の作用効果も,引用発明及び上記周知技術1乃至3から当業者が予測できる範囲のものにすぎない。」と判断したが,上記のとおり,本願発明と引用発明との構成が異なり,しかも,引用発明及び周知技術から容易に想到し得るものでもない以上,作用効果についての審決の判断も誤りである。 |
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被告の主張
審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(拒絶理由通知の欠如)に対して原告は,本件審決が,本件拒絶査定の備考欄において言及した本件拒絶理由通知中の引用文献3を引用して拒絶審決を行ったのではないことを論難しているが,本件拒絶査定の備考は,本件意見書における引用文献3に係る原告の主張に対して,参考のために付記されたものにすぎず,本件拒絶査定の理由は,本件拒絶理由通知の拒絶理由に基づくものである。 また,原告は,本件意見書及び本件審判請求の請求の理由において,本願発明と引用文献2(引用刊行物)に記載される発明とを全体構成の観点から個別に対比させて検討を行っている。しかも,引用文献2は,わずか3頁の特許公開公報にすぎず,請求人である原告自身が出願したものであるから,その内容については当然熟知していたはずである。 こうした事情にかんがみれば,本件拒絶理由通知及び本件拒絶査定において,仮に引用文献2(引用刊行物)についての言及が若干足りなかったとしても,実質的に通知はなされているといえるから,本件審決の判断がいわゆる不意打ちでないことは明らかである。 2 取消事由2(相違点の看過)に対して( ) 原告は,本願発明の「衝撃吸収シート」とは,衝撃エネルギーを吸収するも 1のであり,衝撃を受けると素早く変形し,ゆっくり元の形に復元することで衝撃を吸収する特性を有するものであると主張する。 しかし,原告主張の事実は,特許請求の範囲に何の記載もなく,また,「衝撃吸収シート」なるものが上記特性を有することが自明であるとか,「衝撃吸収」という用語が上記のような特性を一義的に意味することが技術常識であるともいえない。 一方,引用発明の「クッションシート4」が,本願発明の「衝撃吸収シート」と同様の衝撃吸収機能を有することは,「クッションシート4」の素材が,本願発明の「衝撃吸収シート」の素材と極めて類似していることからも裏付けられる。 ( ) 引用発明の「衝撃吸収シート片3」は,引用刊行物の段落【0010】によ 2れば,「ゴム系,合成樹脂系或いは繊維系等種々の衝撃吸収シート」であって,これが弾性を有することは自明であるから,「弾性片」と認定して差し支えない。また,本願発明の「空気封入弾性片」は,その名のとおり弾性片の一種であり,これもまた,当然に「弾性片」と認定することができるのであるから,両者を「弾性片」の限りで一致するとした審決の認定に誤りはない。 ( ) 上記( )( )に照らせば,相違点1及び2の認定にも,誤りがない。 3123 取消事由3(相違点についての判断の誤り)に対して本願発明の「衝撃吸収シート」や引用発明の「衝撃吸収シート」等が,原告の主張するようなものでないことは,上記2のとおりであるから,相違点1,2について容易想到でないとする原告の主張は,その前提において誤りである。そして,相違点3について容易想到でないとする原告の主張も,根拠がなく,誤りである。 4 取消事由4(作用効果の判断の誤り)に対し審決が一致点及び相違点についてした認定判断並びに本願発明の作用効果についてした判断に,誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(拒絶理由通知の欠如)について( ) 原告は,審決が拒絶理由通知とは異なる拒絶理由に基づいて審判を行ったの 1に,新たに拒絶理由通知を行わなかったから,手続上の瑕疵があると主張する。 まず,本件出願に関する審査及び審判の経緯についてみると,以下のとおりである。 ア 審査官は,本件出願に対し,平成15年8月1日付けで本件拒絶理由通知をしたが,その拒絶理由通知書の「理由」欄には,次の記載がある(甲3)。 「 この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 記 (引用文献等については引用文献等一覧表参照)・請求項 1・引用文献等 1〜4・備考引用文献1(特に,段落【0019】を参照)には,アッパーの底部に接地底を取付けてなる地下たびであって,アッパー爪先部にクッション材を装填した地下たびが記載されている。 引用文献2〜4には,履物の底部に衝撃吸収部材を配設する点が記載されている。(特に,空気封入弾性片として,引用文献4を参照)・請求項 2〜5・引用文献等 1〜5・備考引用文献5には,少なくとも2層からなる衝撃吸収シートが記載されている。・・・引用文献等一覧1.特開平8-214902号公報(判決注:本訴甲4。周知例3)2.特開平11-127901号公報(判決注:本訴甲5。審決では引用刊行物)3.実願平3-17599号(実開平4-112606号)のマイクロフィルム(判決注:本訴甲6。周知例1)4.実願昭63-75874号(実開平1-179505号)のマイクロフィルム(判決注:本訴7。周知例2)5.特開平10-42907公報(判決注:本訴8) 」イ 原告は,平成15年10月10日付けの手続補正書(甲9)で,本件補正により,補正前発明の特許請求の範囲の「底部に衝撃吸収シートを介在させると共に」の部分を「底部にこれと略等しい大きさの衝撃吸収シートを介在させると共に」と補正するとともに,同日付けの意見書(甲10)を提出した。 意見書において,原告は,引用文献2(引用刊行物)について,次のとおり意見を述べている。 「3)これに対し審査官の引用された5件の引用文献の内容は,下記の通りです。 引用文献1(特開平8-214902号公報) a・・・・・・引用文献2(特開平11-127901号公報。判決注:引用刊行物) bこの発明は,『アッパーと接地底の間であって,接地底側の踵相当箇所に衝撃吸収シート片を配置すると共に,同じアッパー側の踵から土踏まず付近にかけてクッションシートを配置し,これらを一体的に接合してなる地下たび』に係るものです。」(2頁8ないし17行目)・・・・・・・・「4)そこで本願発明と上記5件の引用文献とを比較すると,これらの引用文献には,本願発明で対象とする『祭用地下たび』を,目的とするか若しくはこれを意識したものではない点がまず挙げられます。 そしてこの目的の違いは,以下に述べる構成の違いに如実に表れています。 引用文献1a・・・・・・引用文献2b踵部における衝撃吸収性をねらったもので,本願発明の『祭用地下たび』のように底全体の衝撃吸収性をねらったものではない。」(2頁31ないし40行目)‥‥‥‥「5)さらに個々の引用文献を精査しても本願発明を想起させるものではありません。 まず引用文献1は,‥‥‥‥・ a次の引用文献2は,本願発明と同じ地下たびを対象とするものですが,この発明は専ら b踵部の衝撃吸収性をねらったもので,本願発明のように,底全体の衝撃吸収性を高めるものではありませんし,勿論本願のような空気封入弾性片を用いるものでもありません。この点について明確にするため,下記の参考図(判決注:本件明細書の図2)を付しますが,本願は衝撃吸収シート3を底と略等しい大きさを設けると共に,踵部においては接地底2と衝撃シート3との間に空気封入弾性片4を介在させているため,接地底2を通して大地から受ける衝撃を,空気封入弾力片で緩和させ,なおかつこの上面の衝撃吸収シート3で吸収し,足にやさしい構成となっています。また空気封入弾力片4の上面には衝撃吸収シート3が位置するため,踵部における安定感が得られると共に踵部の違和感がなく感触を損ねないという特徴を有しています。」(3頁11ないし24行目)ウ これに対し,審査官は,平成16年2月16日付けで,「この出願については,平成15年8月1日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶をすべきものである。なお,意見書並びに手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。」として拒絶査定をした。 なお,その備考欄には,原告の意見書中の引用文献3(周知例1)に対して,次のとおり,審査官の見解が示されていた。 「出願人は,意見書にて,『引用文献3(判決注:本訴6。周知例1)は,踵部のクッション性と装飾を付与することを目的とするもので,靴底全体の衝撃吸収をねらったものではない』旨主張する。 しかしながら,引用文献3の「衝撃吸収7は,・・・例えばEVA,PVC,ゴムあるいは発泡材等でクッション性に優れたものであれば任意であり何等限定されない。そして表面1’上に軟質状ライナー8が備えられる。」(段落【0014】参照),「軟質状ライナー8は,上記本底1の表面形状と同一形状にEVA,PVC,ゴム等をもって形成され,その肉厚は任意である。」(段落【0015】参照),「従って,図2,図3に示すように踵部3は衝撃吸収材7と軟質状ライナー8との重層構造となり」(段落【0016】参照),及び「本考案は,・・・踵部空洞内の衝撃吸収材が踵にかかる衝撃を軟質状ライナーと共に,緩和するため大変クッション性に優れている。」(段落【0022】参照)等の記載事項からみて,引用文献3に記載される軟質状ライナー自体が衝撃吸収作用を有することは明らかであり,また,軟質状ライナーは,本底の表面状と同一形状に形成されていること,すなわち,底部にこれと略等しい大きさであることから,当該軟質状ライナーにより靴底全体の衝撃吸収作用を有することは明らかである。 してみると,出願人の上記主張を採用することはできず,また,引用文献3に記載された履物の底部における衝撃吸収に係る技術的事項を引用文献1に記載された発明に適用できないとする特段の事情も見当たらないことから,請求項1〜5に係る発明は,上記拒絶理由通知書に示した各引用文献に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものと認められる。」エ 原告は,平成16年3月23日,本件審判請求をし,その審判請求書(甲12)では,本件拒絶理由及び本件拒絶査定の認定判断を前提として,以下のとおり,引用文献1ないし5の技術内容を摘示して,本願発明と各引用文献とを対比し,本願発明が容易想到とはいえないことを論じた。 「2.引用文献の説明これに対し審査官の引用された5件の引用文献の内容は,次の通りである。 1)引用文献1(特開平8-214902号公報)・・・2)引用文献2(特開平11-127901号公報)この発明は,『アッパーと接地底の間であって,接地底側の踵相当箇所に衝撃吸収シート片を配置すると共に,同じアッパー側の踵から土踏まず付近にかけてクッションシートを配置し,これらを一体的に接合してなる地下たび』に係るものである。」(4頁5ないし16行目)・・・「3.本願発明と引用文献の比較,検討本願発明と上記の引用文献と比較,検討すると,これらの引用文献は,本願発明で対象とする『祭用地下たび』を目的とするものではなく,これを意識するものではない。そしてこれらと本願発明との間には,以下に述べるように明白な構成の違いがあり,双方の技術には共通性が認められず,これらを結びつけて解釈することに無理がある。以下,この点について詳述する。 1)引用文献1について・・・2)引用文献2についてこの引用文献は,上記引用文献1と同様地下たびを対象とするものであるが,踵部における衝撃吸収をねらったもので,本願発明のように底全体の衝撃吸収を達成するものではなく,両者を同一視することはできない。」(5頁1ないし16行目)オ 審決は,上記第2の3( )のとおり,本願発明は,引用発明及び周知技術に 2基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした。 ( ) そこで,上記認定した経緯をふまえ,本件の審査及び審判における進歩性判 2断の内容について,考察する。 「引用文献1(特に,段落【0019】を参 ア まず,本件拒絶理由通知における照)には,アッパーの底部に接地底を取付けてなる地下たびであって,アッパー爪先部にクッション材を装填した地下たびが記載されている。引用文献2〜4には,履物の底部に衝撃吸収部材を配設する点が記載されている。(特に,空気封入弾性片として,引用文献4を参照)」(上記( )ア参照)との記載によると,補正前発明と引用文献1(周知例3)の段 1落【0019】に記載の発明とでは,「アッパーの底部に接地底を取付けてなる地下たびであって,アッパー爪先部にクッション材を装填した地下たび」との構成において一致し,補正前発明と引用文献2ないし4記載の発明とでは,「底部に衝撃吸収シートを介在させると共に」との構成において一致し,補正前発明と引用文献4記載の発明とでは,「踵部の衝撃吸収シートと接地底との間に空気封入弾性片を介在させ」との構成において一致することを認定し,これを前提に,補正前発明が当業者に容易に想到し得るものであるとしたことが認められる。 イ 引用文献2(引用刊行物)には,次の記載がある。 (ア) 「本発明はこのような地下たびにおいて,アッパー1と接地底2の間であって,接地底2側の踵相当個所換言すれば踵に最も力が加わる個所に,衝撃吸収シート片3を配置すると共に,同じくアッパー1と接地底2との間であって,アッパー1側の踵から土踏まずにかけてクッションシート4を配置し,これらを一体的に接合して介在させたものである。」(段落【0008】)(イ) 「このように構成した本発明の地下たびは,作業時や歩行時に踵に加わる力を衝撃吸収シート片3によって吸収させることができるため,強い力がかかったときでも足に衝撃を受けることがなく,しかもこの上側に位置するクッションシート4存在により踵部の安定性が得られ,同時に足に対する違和感を与えることがない効果を有している。又,本発明では衝撃吸収シート片3を,踵相当個所にのみ配置させたため,接地底2全体を厚くしたり硬くしたりすることがなく,地下たび本来の軽快感を損ねるようなことはない。」(段落【0009】)(ウ) 「本発明に使用する衝撃吸収シート片3としては,ゴム系,合成樹脂系或いは繊維系等種々の衝撃吸収シートを踵相当個所に見合う形状に裁断したものが使用できる。又クッションシート4としては,各種の合成樹脂発泡シート,ゴムシートや不織布シートを使用することができる。そしてこれらの接地底2又はアッパー1への接合には,適宜の接着剤を用いて行うことができる。」(段落【0010】)(エ) 【図2】には,衝撃吸収シート片3,クッションシート4及び接地底2の間の配置関係が示されている。 上記記載によると,引用文献2(引用刊行物)には,底部に配設されるものとして,「衝撃吸収シート片3」,「クッションシート4」及び「接地底2」が示されているところ,「衝撃吸収シート片3」は,「作業時や歩行時に踵に加わる力を衝撃吸収シート片3によって吸収させる」ものであるのに対し,「クッションシート4」は,「踵部の安定性が得られ,同時に足に対する違和感を与えることがない効果を有」するものとされている。審決が,「引用文献2〜4には,履物の底部に衝撃吸収部材を配設する点が記載されている。」と記載するのみで,「衝撃吸収シート片」と「クッションシート」との相違に言及していないことからすると,引用文献2(引用刊行物)の「衝撃吸収シート片3」が補正前発明の「衝撃吸収シート」に相当すると認定したものと推認され,後記のとおり,原告も,そのように理解していると主張するところである。 ウ 補正前発明の「衝撃吸収シート」は,大きさに限定がなかったから,踵部に存在する引用文献2(引用刊行物)の「衝撃吸収シート片3」と対応させることで格別の問題がなかったところ,原告は,「底部に衝撃吸収シートを介在させると共に」を「底部にこれと略等しい大きさの衝撃吸収シートを介在させると共に」と補正するとともに,本件意見書において,引用文献2記載の発明(引用発明)について,「踵部における衝撃吸収性をねらったもので,本願発明の『祭用地下たび』のように底全体の衝撃吸収性をねらったものではない。」などと述べた。 エ 上記のとおり,踵部に存在する引用文献2(引用刊行物)の「衝撃吸収シート片3」では,その大きさにおいて,本願発明の「底部にこれと略等しい大きさの衝撃吸収シート」と異なることとなっていたが,審査官は,この点について触れることなく,本件拒絶理由通知に記載した理由と同じ理由によって,本件出願につき拒絶査定をした。本件拒絶査定の備考欄には,引用文献3(本訴の周知例1)についての記載はあるが,引用文献2(本訴の引用刊行物)についての記載はない。 オ 原告は,本件審判請求に係る請求書において,本件意見書と同様に,引用文献2(引用刊行物)について,「この引用文献は,・・・踵部における衝撃吸収をねらったもので,本願発明のように底全体の衝撃吸収を達成するものではな」いなどと述べた。 カ 審決は,引用刊行物(引用文献2)を主引用例とした上で,本願発明と引用発明との対比において,「『クッションシート4と接地底2との間であって接地底2側の踵相当個所』は,『踵部の衝撃吸収シートと接地底との間』に・・・相当する。」(3頁10ないし13行目)とし,「引用発明の『クッションシート4』は,上記記載事項(d)によれば,各種の合成樹脂発泡シートやゴムシート等であることから,本願発明の『衝撃吸収シート』と同様の機能を有することは明らかであり,これに対応するものといえる。」(同頁14ないし17行目)とし,「さらに,引用発明の『衝撃吸収シート片3』は,その機能及び形状からみて,本願発明の『空気封入弾性片』と,弾性片の限りで一致する。」(同頁24ないし25行目)とし,本願発明と引用発明との対比をした。 ( ) 上記認定の事実によると,以下のとおり,認められる。 3?@審査段階においては,引用文献2(引用刊行物)の「衝撃吸収シート片3」が補正前発明の「衝撃吸収シート」に相当し,補正前発明の「空気封入弾性片」に相当するものが引用文献4に記載されているとされていた。原告は,本件補正をした上,引用文献2(引用刊行物)記載の発明が「踵部における衝撃吸収性をねらったもの」であるとして,引用文献2の「衝撃吸収シート片3」と本願発明の「衝撃吸収シート」の技術的意義の相違を論じた。 ?A拒絶査定においては,これに対する応答はなかった。 ?B審決においては,引用刊行物(引用文献2)の「クッションシート4」が本願発明の「衝撃吸収シート」に相当するとし,また,引用文献4に代えて引用刊行物(引用文献2)の「衝撃吸収シート片3」が本願発明の「空気封入弾性片」に相当するものとしたことが認められる。 したがって,審査段階では,引用文献2(引用刊行物)の「衝撃吸収シート片3」が補正前発明の「衝撃吸収シート」に相当し,補正前発明の「空気封入弾性片」に相当するものが引用文献4に記載されていると認定していたところ,審決では,引用刊行物(引用文献2)の「クッションシート4」,「衝撃吸収シート片3」がそれぞれ本願発明の「衝撃吸収部材」,「空気封入弾性片」に相当するとしているのであって,引用文献2(引用刊行物)から把握される技術内容を変更したものである。 このように,引用例としては同一であっても,そこから把握する技術内容を変更することは,その限りにおいて,本願発明と対比されるべき公知技術の内容を変更するものであり,出願人である原告には,新たな引用発明を前提として,意見陳述の機会を与えなければならなかったものというべきであるから,拒絶理由通知を行うことなくされた審決は,特段の事情がない限り,特許法159条2項の準用する同法50条の規定に違反するものというべきことになる。 ( ) そこで,審決の上記違法が本件の具体的な事情の下において審決を取り消す 4べき場合に該当するか否かを検討する。 ア まず,本件拒絶理由通知における拒絶理由は,前記( )アのとおり,「引用 2文献1〜4に記載された発明に基づいて容易に発明することができた」ということに尽き,本件拒絶査定でも同趣旨であり,「引用文献3に記載された発明に基づき容易に発明することができた」という趣旨の本件拒絶査定の備考欄の記載は,本件意見書で示された原告の意見にかんがみて,付加されたものにすぎないから,引用文献を限定したとはいえず,本件拒絶査定の理由は本件拒絶理由通知に記載された引用文献を変更したものでも,また,逸脱したものでもないということができる。 イ しかしながら,上記( )で判示したように,本件拒絶査定においては,引用 3文献2(引用刊行物)について何ら言及することなく,備考欄でも引用文献3(周知例1)を中心として拒絶すべき理由を説明していることなどをみると,審査段階では,引用文献2(引用刊行物)を引用文献として掲げながらも,審査官は,引用文献2(引用刊行物)を実質的には拒絶理由としておらず,このため,引用文献2(引用刊行物)を主引用例とする審決については,出願人である原告に意見・反論等の機会が実質上十分に与えられなかったなど,具体的な不利益を生じている疑念が生じるので,吟味することとする。 本願発明の構成についてみると,本件明細書によれば,本願発明の祭用地下たびは,底部に衝撃吸収シート,これと接地底との間に空気封入弾性片を介在させ,かつ,アッパー爪先部にクッション材を装填すること等という簡素なものであり,その材質は,衝撃吸収シートは「ゴムや合成樹脂或いはそれらの発泡材料等」が,空気封入弾性片は「合成樹脂シート」が,クッション材は「ゴム,合成樹脂又は不織布等」が用いられるというのであるから,材質等に格別のものが使用されているというわけでもなく,また,発明の効果も,「本発明は以上詳述した如き構成からなるものであるから,祭用地下たびとして要求される軽快性,軽量性及び外観を維持しつつ,底部の衝撃吸収性及び踵の弾力性を十分発揮させ,かつ,爪先部の保護も同時に可能としたもの」(本件明細書の段落【0017】)であるところ,拒絶理由通知に掲記された引用文献1〜4も,程度の差こそあれ,いずれも類似した構成の履物であって,各構成について比較対比するについて,格別の困難があるとは考えられない。 しかも,原告は,上記認定判示したように,本件意見書(前記( )イ)において, 1引用文献2(引用刊行物)に関して意見・反論をしており,また,審判請求書(前記( )エ)においても同様であるほか,本願発明と引用文献2(引用刊行物)との 1比較検討もしており,本件における原告の取消事由2,3に関する主張と比較検討しても,実質的に必要なところは論じ尽くしているとみることができ,原告に具体的な不利益が生じていたとは認められない。 のみならず,原告の主張は,本願発明の「衝撃吸収シート」が格別の衝撃吸収機能を有していることなどを根拠とするものであるが,後に判示するように,原告の主張する根拠が認められないことから考えても,拒絶理由通知に記載された拒絶理由と拒絶査定で用いられた拒絶理由とは,基本的に近似した関係にあると認められるから,原告の主張は,この点からも失当である。 ( ) 以上によれば,審決の上記違法は本件の具体的な事情の下において審決を取 5り消すべき違法はないということができるから,原告主張の取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(相違点の看過)について原告は,審決が,本願発明と引用発明とが,「アッパーの底部に接地底を取付けてなるものであって,底部の少なくとも踵から土踏まずにかけて衝撃吸収シートを介在させると共に,踵部の衝撃吸収シートと接地底との間に弾性片を介在させ,かつアッパー爪先部の胛被に被せ布を設けた祭用地下たび」である点で一致すると認定したことについて,いくつかの点で誤りがあると主張する。 ( ) まず,原告は,本願発明の「衝撃吸収シート」は衝撃エネルギーを吸収する 1もので,衝撃を受けると素早く変形し,ゆっくりと元の形に復元することで衝撃を吸収する特性を有するものであるのに対し,引用発明の「クッションシート」は衝撃を受けた場合に反発しながら徐々に衝撃を受けた部分が局部的に変形して衝撃力を分散させていくものであり,その機能が全く異なるものであると主張する。 しかしながら,原告の主張する本願発明の「衝撃吸収シート」がその用語から来る意義以上にいかなる機能,特性を有するかについては,特許請求の範囲に何の言及もなく,また,本件明細書の記載を参照しても,「衝撃吸収シート」が,その材質について「ゴムや合成樹脂或はそれらの発泡材料等」(段落【0009】)とするほかは,衝撃を吸収するという用語から来る機能を有すること以上に,格別の記載はない。そして,「衝撃吸収シート」なるものが原告の主張するような機能,特性を有することが自明であるとか,「衝撃吸収」という用語が原告主張のような機能,特性を意味することを認めるような証拠もない。 なお,甲18は,平成18年10月ころ発行の「三進興産株式会社」という会社の取り扱う高分子化合物商品のカタログであり,それには原告が主張する表現と類似する「外圧を受けると素早く変形し,ゆっくりと元の形に復元することで衝撃を吸収する」などという表現が用いられているが,そのような表現を裏付ける記載については,「粘弾性高分子化合物」などというほか,格別の記載がなく,「衝撃吸収」ないし「衝撃吸収シート」との間でどのような物質上,構造上の共通性があるのか,全く不明であり,そもそも,上記カタログは,本件出願日後に作成されたものであるから,本件において公知技術あるいは周知技術を推知する資料とはなり得ない。 また,甲28は,平成8年8月発行の化学の専門誌であり,新素材である「衝撃吸収ゲル」が「運動靴の衝撃吸収部品として採用され,その優れた機能を発揮することができ,市場での地位を得た」(505頁左欄11ないし13行目)との記載があるが,上記のとおり,本願発明の「衝撃吸収シート」は,その材質が「ゴムや合成樹脂或はそれらの発泡材料等」としているのみであって,新素材「衝撃吸収ゲル」を包含することを示唆する記載は見当たらない。 他方,引用発明の「クッションシート4」についても,その明細書(甲5)を見ても,その配置や大きさ等に関する説明があるほか,その材質について,本願発明の「衝撃吸収シート」の材質と同様に,「各種の合成樹脂発泡シート,ゴムシートや不織布シート」(段落【0010】)とするのみで,その機能について,原告の主張するような「反発しながら徐々に衝撃を受けた部分が局部的に変形して衝撃力を分散させていく」ということを裏付け又は示唆するような記載はない。 そうすると,本願発明の「衝撃吸収シート」と引用発明の「クッションシート」とは,同様の衝撃吸収機能を有することが認められる。原告の主張は採用することはできない。 ( ) 原告は,本願発明の「空気封入弾性片」は内部に空気を封入して弾性を有す 2る変形可能なものであるのに対し,引用発明の「衝撃吸収シート片3」は反発することなく素早く変形し,ゆっくり元の形に復元することで衝撃エネルギーを吸収するものであるから,両者は明らかに相違すると主張する。 しかしながら,審決は,本願発明の「空気封入弾性片」と引用発明の「衝撃吸収シート片3」が「弾性片」であるとする限度で一致していると認定し,本願発明の「空気封入弾性片」が空気が封入されたものであることについては,これを相違点と認定しているのであるから,審決の認定に原告主張のような誤りはない。 なお,本願発明の空気封入弾性片は,その材質を「合成樹脂シート」としており(段落【0013】),引用発明の「衝撃吸収シート片3」は,その材質を「ゴム系,合成樹脂系或いは繊維系等」としており(段落【0010】),両者が共通して弾性を有することは明らかである。 ( ) そして,原告は,審決が相違点1について「アッパーの底部に介在させる衝 3撃吸収シートについて,本願発明では,底部と略等しい大きさのものであるのに対して,引用発明では,踵から土踏まずかけての大きさのものである点」で相違すると認定したことについて,本願発明の「衝撃吸収シート」と引用発明の「クッションシート」とが同じものであることを前提としているから,誤りであると主張し,さらに,相違点2については,「弾性片について,本願発明では空気封入弾性片であるのに対して,引用発明ではそのような特定がない点」で相違すると認定したことについて,本願発明の「空気封入弾性片」と引用発明の「衝撃吸収シート片」とが同じものであることを前提としているから,誤りであると主張する。 しかしながら,上記( )( )に判示したとおりであるから,原告の主張は,その前 12提において誤っており,採用することができない。 3 取消事由3(相違点についての判断の誤り)( ) 原告は,審決が,相違点1について「履物の技術分野において,衝撃吸収シ 1ートを底部と略等しい大きさのものとすることは,・・・従来周知である。そして,引用刊行物記載の祭用地下足袋においても足裏全体に衝撃吸収性をもたせることは,他の履物と同様,当然課題となり得るといえる。よって,引用発明に上記周知技術1を適用し相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者にとって容易に想到し得たことである。」と認定判断したことについて,本願発明の「衝撃吸収シート」は,原告の上記主張のとおりのものであるから,周知技術1を参酌したとしても,「衝撃吸収シートを底部と略等しい大きさのものとすることは・・・従来周知である」とはいえず,しかも,本願発明の「衝撃吸収シート」が引用発明の「クッションシート」とは異なる機能を有するものである以上,引用発明に周知技術1を適用しても,単にクッションシートが底部と略等しい大きさに設定されるだけにすぎないから,相違点1に係る本願発明の構成に,当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。 しかしながら,原告の上記主張は,本願発明の「衝撃吸収シート」が引用発明の「クッションシート」とは異なる機能,特性を有することを前提とするものであり,前提において誤っており,採用することはできない。 ( ) 原告は,審決が,相違点2について「履物の技術分野において,踵部分に配 2設する弾性片として空気封入弾性片を用いることは・・・従来周知である。・・・また,引用発明の衝撃吸収シート片3として空気封入弾性片を採用することを阻害する特段の事情も見当たらない。よって,引用発明に上記周知技術2を適用し相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項にすぎない。」と認定判断したことの誤りを主張する。 まず,原告は,引用発明の「衝撃吸収シート片」に周知技術2を適用することが想到容易ではないと指摘するが,周知技術2は,引用発明と同じように,運動性を重視した靴のクッションに関するものであり,周知技術2を想起することも,これを引用発明に適用することも適宜なし得る程度の事項にすぎない。 また,原告は,仮に適用することができたとしても,それは,クッションシートの下に,同じようなクッションシートを重層構造に配設したものとなるにすぎず,本願発明のように衝撃を吸収する衝撃吸収シートと弾性を有する空気封入弾性片との積層構造とはならないから,「底部の衝撃吸収性及び踵の弾力性」の発揮という本願発明の有する効果を発揮することができないと主張するが,上記判示に照らせば,本願発明の構成によって「底部の衝撃吸収性及び踵の弾力性」が発揮されるという顕著な作用効果があるという原告の主張がそもそも認められないから,原告の主張は採用することができない。仮に,本願発明に原告の主張するような作用効果があるいうのであれば,引用発明に周知技術2を適用したものも同じような構成を有するということになり,原告の主張は失当である。 ( ) 原告は,審決が,相違点3について「地下足袋の技術分野において,アッパ 3ー爪先部にクッション材を設けることは従来周知であり,また,その具体的な設置個所についても様々なタイプがすでに知られている」とし,「本願発明において,クッション材の装填箇所をアッパー爪先部の胛被と被せ布との間と限定することに格別の技術的意義は認められないから,結局のところ,引用発明において,上記の周知技術3に接した当業者が,相違点3に係る本願発明の構成とすることに格別の困難性はないというべきである。」と認定判断したことについて,誤りであるとして,原告は,本願発明のクッション材と審決が挙げた周知例に係る緩衝シート,弾性材又はクッション材とは,機能が相違するとして,引用発明に周知技術3を適用しても,相違点3に係る本願発明になることはないと主張する。 審決が用いた周知技術3が記載された引用文献1(本訴甲4。特開平8-214902号公報)には,地下たびの爪先の防護強化を目的として,爪先部の防護体としていくつかのタイプのものが従来例としてあり,また,これを設置する場所方法も様々であり得ることが開示されているのであって,そうであってみれば,地下たびの分野において,爪先を様々な方法によって保護するものを付加配設することは,周知の技術課題であり,引用発明に周知技術3を適用することは通常の創意工夫の範囲に属することであると認められる。原告の上記主張は,採用することができない。 4 取消事由4(作用効果についての判断の誤り)について原告は,本願発明の作用効果について,本願発明と引用発明との構成が異なり,しかも,引用発明及び周知技術から容易に想到し得るものでもないから,作用効果についての審決の判断は誤りであると主張する。 しかしながら,以上判示から明らかなとおり,本願発明は引用発明及び周知技術から容易に想到し得るものであり,また,本願発明の作用効果は,引用発明及び周知技術から予想される程度のものと認められる。したがって,原告の上記主張も採用することができない。 5 以上のとおりであるから,原告の主張する審決取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却を免れない。 なお,本件は,平成19年9月26日の口頭弁論期日において弁論を終結した際,裁判所から当事者双方に対し,同期日に行われた主張(説明)を補充したいと考えるときは,終結後に準備書面等を提出することができることを告知してあったところ,双方から準備書面等が提出されている。当裁判所は,提出にかかる準備書面等の内容を検討し,かつ,判決するについてこれらを参酌したが,弁論を再開するまでもないと判断したものである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 柴田義明 |