運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2005-80127
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ3668特許権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件 平成17ワ9357売掛代金等請求事件 判例 特許
平成11ワ8435特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17行ケ10775審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ90審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  インターネット /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  化学構造 /  優先権 /  実質的に同一 /  クレーム /  優先日 /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  審理範囲 /  請求の範囲 /  国際公開 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 18年 (行ケ) 10250号 審決取消請求事件
原告コーロン インダストリーズ インク
訴訟代理人弁護 士上谷清
同 永井紀昭
同 萩尾保繁
同 笹本摂
同 山口健司
同 薄葉健司
訴訟代理人弁理 士永坂友康
被告キ クチカラー株式会社
被告株式会社エーピーアイコーポレーション
被告ら訴訟代理人弁理士谷良隆
同 高宮城勝
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/11/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2005-80127号事件について平成18年1月17日にした審決を取り消す。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯被告らは,平成12年5月31日,発明の名称を「船底塗料用防汚剤およびそれに用いる高純度銅ピリチオンの製造方法」とする発明について特許出願(優先日平成11年5月31日,特願2000-161774号。以下「本件出願」という。)をし,平成16年3月12日,特許庁から特許第3532500号として特許権(請求項の数2。以下,この特許権に係る特許を「本件特許」という。)の設定登録を受けた。
原告は,平成17年4月22日,本件特許について特許無効審判請求(無効2005-80127号事件)をした。
特許庁は,平成18年1月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」という。)。
「【請求項1】表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックを粉砕することにより得られる,純度が97%以上で,平均粒子径が1〜5μmであるビス(1-ヒドロキシ-2(1H)-ピリジンチオナト-O,S)銅(II)(以下銅ピリチオンという)からなる船底塗料用防汚剤。
【請求項2】(1-ヒドロキシ-2(1H)-ピリジンチオナト-O,S)アルカリ金属水溶液と無機銅(II)塩水溶液を混合して銅ピリチオンを製造する方法において,(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得,(ii)次いでこのスラリーを,(i)で使用した無機銅(II)塩の銅換算で0.5〜10重量%の銅(II)イオンの存在下に加熱処理すること,を特徴とする高純度銅ピリチオンの製造方法。」3 審決の内容審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。
その理由の要旨は,審判請求人(原告)の主張に係る無効理由,すなわち,?@本件発明1は,本件出願前に頒布された甲1の1(審判甲1・特表平9-506903号公報。以下「甲1」という。)に記載された発明と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,また,甲1及び甲2(特開平10-30071号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,?A本件発明2は,甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの無効理由は,いずれも認められないというものである。
なお,審決は,甲1に記載された発明の内容,甲1に記載された発明と本件発明1,2との一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。
(1) 甲1に記載された発明の内容ア「銅ピリチオンケーキが容易な製粉化を与えるものである銅ピリチオンからなる塗料用生物致死剤」に係る発明(以下「刊行物発明1」という。)。
イ「ナトリウムピリチオンを反応器に仕込み,界面活性剤を添加して混合し,この反応器を40〜60分かけて70℃に加熱し,塩化銅を2ml/分の添加速度で加熱した反応器へゆっくり加え,反応混合物を連続的に攪拌し,混合物のPHを約4に達するまで監視し,ナトリウムピリチオンについて反応が完結するまで成分分析し,反応を通じて70℃の一定温度を維持することからなる銅ピリチオンの製造方法」に係る発明(以下「刊行物発明2」という。)。
(2) 本件発明1と刊行物発明1との対比(一致点)「乾燥ブロックから得られる,銅ピリチオンからなる塗料用防汚剤」である点。
(相違点1)本件発明1は「表面と内部が均一な状態」と規定されているのに対して,刊行物発明1にはそのような規定がない点。
(相違点2)銅ピリチオンの純度について,本件発明1は「97%以上」と規定されているのに対して,刊行物発明1には明確に規定されていない点。
(相違点3)銅ピリチオンの平均粒子径について,本件発明1は「1〜5μm」と規定されているのに対して,刊行物発明1には明確に規定されていない点。
(相違点4)塗料用防汚剤について,本件発明1は船底塗料用防汚剤とされているのに対して,刊行物発明1にはそのような規定がない点。
(3) 本件発明2と刊行物発明2との対比(一致点)銅ピリチオンの製造方法において,「(1-ヒドロキシ-2(1H)-ピリジンチオナト-O,S)アルカリ金属水溶液と無機銅(II)塩水溶液を混合する」点。
(相違点5)本件発明2は「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得」る工程と「(ii)次いでこのスラリーを,(i)で使用した無機銅(II)塩の銅換算で0.5〜10重量%の銅(II)イオンの存在下に加熱処理する」工程の2工程で行うのに対して,刊行物発明2はそのような工程がない点。
(相違点6)本件発明2は界面活性剤を添加すると記載されていないが,刊行物発明2は界面活性剤を添加する点。
当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告の主張審決は,本件発明1の新規性の判断の誤り(取消事由1),本件発明1の進歩性の判断の誤り(取消事由2),本件発明2の進歩性の判断の誤り(取消事由3)があり,違法として取消しを免れない。
(1) 取消事由1(本件発明1の新規性の判断の誤り)審決は,本件発明1と刊行物発明1とは,相違点1ないし4(前記第2の3(2))のとおり相違すると認定し,本件発明1は刊行物発明1と同一であるとはいえないと判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
ア 相違点1の認定及び判断の誤り(ア)物の発明に係る特許請求の範囲の構成に製法が規定されている場合には,新規性の有無は,製法に関わりなく,最終生産物の同一性の有無に基づいて判断すべきである(特許庁審査基準第?U部第2章新規性進歩性6頁1.5.2(3)参照)。
そして,本件発明1には製法に係る構成が記載されているが,その新規性の有無は,製法に関わりなく,最終生産物が公知であるか否かだけで判断をしなければならない。しかるに,審決は「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックを粉砕することにより得られる」との製法要件を構成要件として考慮に入れて,本件発明1は「表面と内部が均一な状態」と規定されているのに対し,刊行物発明1にはそのような規定がない点を相違点1として認定して,本件発明1が新規な技術であると判断した点に誤りがある。
(イ)仮に「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックを粉砕することにより得られる」との製法に係る記載を発明の構成として考慮することが許されるとしても,審決の相違点1の認定には,以下のとおり誤りがある。
審決は,?@「本件明細書中の本件発明1の比較例をみれば,乾燥ブロック表面が,ブロック内部と比べて硬い状態である場合は,本件発明1の『表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック』には該当しないと判断されることから,本件発明1の『表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック』とは,表面と内部の硬さが同じものであると認められる。
そして,本件明細書には,『表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック』を粉砕すれば,均一な平均粒子径の粉末とすることができると記載され(段落0007),平成17年11月30日上申書には,粉砕すると大きな塊状物や1μm以下の微粒子が殆ど生成せず,平均粒子径1〜5μmのものとなると記載されていることからすれば(9頁下から13行〜下から8行),『表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック』は,これから作成される銅ピリチオンの粒子のバラツキ,すなわち,粒径分布を規定しているものと解することができる。」(審決書15頁3行〜14行),?A「甲第1号証には,(顕微鏡での観察によれば,粉砕前の)乾燥した針状物の大部分は,比較的狭い粒子径分布を持つとされている(摘示事項(1-10))が,甲第1号証に記載の乾燥した針状物が,表面と内部が均一な状態であるとは記載されておらず,この比較的狭い粒子径分布と本件発明1の表面と内部が均一な状態との関係,乾燥した針状物を粉砕して得られた粉砕物が,粉砕前に顕微鏡で観察された粒子径どおりに粉砕されるか否か,あるいは,粉砕後の粒径分布について,記載も示唆もされていない。」(同15頁15行〜21行)と判断した。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。
a本件特許に係る明細書(甲20。以下「本件明細書」という。)には,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック」に関して,表面と内部の硬さを測定して対比したことについての記載がなく,どの程度の硬度の一致が「均一な状態」の乾燥ブロックであるとされるのかについての記載もない。
また,本件明細書には,平均粒子径が1〜5μmであると記載されているのみであって,粒径分布に関しては何ら言及されておらず,本件発明1の粒径分布がどの程度の粒径分布のものを意味しているかについて,何ら記載がないにもかかわらず,審決が,「『表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック』は,これから作成される銅ピリチオンの粒子のバラツキ,すなわち,粒径分布を規定している」ものと解釈できると判断したのは誤りである。
本件発明1の「表面と内部が均一な状態である」とは,得られた粒子が定性的に「均一な粒子径をもつ」ことを意味すると解すべきである。
b他方,甲1の「乾燥した針状物の大部分は,比較的狭い粒子径分布を持つ」との記載は,乾燥した針状物が高い均一性を持つ粒子群であること,すなわち,針状物の粒径の偏差が大きくなく,均一であることを意味するから,このような均一な粒径の針状物を粉砕すると,粉砕後の粒径も均一な粒径を持つものと解される。したがって,甲1の「乾燥した針状物」の「粒径分布」が「狭い」との記載は,結局,粉砕粒子が定性的に「均一な粒子径を持つ」ことを意味すると解すべきであり,甲1記載の乾燥した針状物は,「表面と内部が均一な状態」にある。
刊行物発明1の銅ピリチオンは,以下の理由からも,「表面と内部が均一な状態」であるといえる。すなわち,甲19には,「低純度の銅ピリチオンは,乾燥後のブロックの表面が第1図のごとく凝集した硬い皮膜が生成し,内部は比較的解れやすいものとなっている。それをハンマーミル等で粉砕処理しても,表面の硬い部分は結晶が充分に解れず大きな塊状物のまま残存することになる。」(8頁21行〜24行)と記載されている。したがって,純度が高ければ,乾燥後のブロックの表面には,硬い皮膜が生成することもなく,表面と内部が均一な状態になるものといえる。そして,後記のとおり,刊行物発明1の銅ピリチオンは,98%以上の純度を有するから,「表面と内部が均一な状態」ということができる。
cさらに,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック」は,粒径分布を規定するものであるとの審決の判断を前提としても,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック」の意味及びその判断基準は,粉砕の後に得られる銅ピリチオン粒子の平均粒子径が1〜5μmの範囲にあるかどうかと同じであるというべきである。後記のとおり,甲1に記載された発明は,平均粒子径が1〜5μmである銅ピリチオンの製造が可能であるから,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック」との構成を満たす。
(ウ) 以上のとおり,審決の相違点1の認定は誤りである。
イ 相違点2の認定の誤り審決は,?@甲1の「生成した銅ピリチオン製品は150から250センチポイズの粘度をもち,容易に濾過できた。濾過は30秒以内で完了した。得られた銅ピリチオンケーキを,ろ液のイオンがなくなり伝導度測定で1000以下になるまで,冷水で洗浄した。ケーキを秤量し,オーブン中で70℃で乾燥した。約40から44gの銅ピリチオンが生成し,これは,銅ピリチオン純度が98%以上のとき理論量のほぼ100%に等しい。」との記載(「摘示事項(1-9)」)は,「銅ピリチオンについて,理論量の100%が得られたとすれば,純度は98%であるという仮定を示しているものと認められる。甲第1号証には,98%という銅ピリチオン純度が実際に測定されたものを記載したものとすることはできない」(審決書14頁1行〜4行),?A「請求人が甲第1号証の実施例1の追試であるとした甲第5号証の実験について,請求人の提出した平成17年10月27日付け上申書の記載を見ると,使用した界面活性剤は実験番号第1回〜第3回いずれもTRITON X-100(登録商標)であり,一方,甲第1号証の実施例1では,POLY-TERGENT 2A-IL非イオン系界面活性剤,POLY-TERGENT SLF-18非イオン系界面活性剤及びTRITON X-100非イオン系界面活性剤を混合したものを使用しており,甲第1号証の実施例1とは,使用した界面活性剤が異なっているから,少なくともその点で甲第5号証の実験は,甲第1号証の実施例1の真正な追試であるとはできない」(審決書15頁21行〜29行)ので,「甲第5号証又は甲第10号証の結果をもって,甲第1号証に本件発明1のものと同程度の純度をもつ銅ピリチオンが記載されているとすることはできない」(同17頁24行〜26行)として,本件発明1は,銅ピリチオンの純度について「97%以上」と規定されているのに対し,刊行物発明1には明確に規定されていない点(相違点2)で,両発明は相違すると認定した。
しかし,審決の認定には,以下のとおり誤りがある。
(ア) 甲1の記載内容a甲1には,「反応混合物を連続的に攪拌し,混合物のPHをそれが約4に達するまで監視し,フラスコ中のナトリウムピリチオンについて反応が完結したことを示す0.0%に達するまで成分分析をした。」(12頁15行〜18行),「濾過は30秒以内で完了した。得られた銅ピリチオンケーキを,ろ液のイオンがなくなり伝導度測定で1000以下になるまで,冷水で洗浄した」(12頁21行〜23行)との記載がある。これらの記載は,反応原料である「ナトリウムピリチオン」が「反応が完結したことを示す0.0%に達」したこと(反応が100%完了したこと),濾過及び水洗浄工程を経ることによって無機塩などの不純物の含量が伝導度1000(us/cm)以下の水準,すなわち0.05%以下の水準に除去され,その結果,高純度の銅ピリチオンが製造されたことを示している。すなわち,通常,普通の水の場合,伝導度の約1/2ppm程度をイオンの濃度とみなし,水の伝導度が1000(us/cm)(25℃)である場合,溶解固形分(イオン含量)は500ppm(0.05%)に相当するものとみなすことができるので(甲29),実施例1で得られた伝導度1000の場合では,最大0.05%程度であるから,多く見積ったとしても1%を超えることはあり得ず,結局銅ピリチオン生成物の純度は少なくとも98%以上になるということかできる。
したがって,上記記載に引き続く,甲1の「約40から44gの銅ピリチオンが生成し,これは銅ピリチオン純度が98%以上のとき理論量のほぼ100%に等しい。」(12頁23行〜25行)との記載は,理論量の100%の反応が完了して,銅ピリチオンの純度が98%以上に相当することを意味している。
そして,甲1の2(甲1に対応する米国特許第5540860号明細書)には,「About 40 to 44 grams of copper pyrithione wasproduced which is equivalent to almost 100% of theoretical with a copper pyrithione purity of above 98%」との記載があり,これは,「約40〜44グラムの銅ピリチオンが得られた。これは理論量のほぼ100%に等しい量であって,また銅ピリチオンの純度が98%以上となる。」との意味であることに照らしても,98%以上の純度をもつ銅ピリチオンが製造されたことが確認できる。
b以上のとおり,甲1の「濾過は30秒以内で完了した。得られた銅ピリチオンケーキを,ろ液のイオンがなくなり伝導度測定で1000以下になるまで,冷水で洗浄した」,「約40から44gの銅ピリチオンが生成し,これは銅ピリチオン純度が98%以上のとき理論量のほぼ100%に等しい。」との記載は,理論量の100%が得られ,この場合の銅ピリチオンの純度が98%以上であることを意味するから,審決が,甲1には「98%という銅ピリチオン純度が実際に測定されたものを記載したものとすることはできない」と認定した点に誤りがある。
(イ) 甲1の実施例を追試した甲5の実験についてa甲1には,「イオン交換反応において銅塩,ピリチオン塩及び前記キャリアーからなる反応混合物を反応させることを特徴とするゲルのない銅ピリチオン溶液または分散液の製造方法であって,前記反応は少なくとも一つの界面活性剤の安定化有効量の存在下で行われ,前記界面活性剤の総量は前記キャリアー中でゲルの生成を防止または抑制するに十分な量であることを特徴とする製造方法」(特許請求の範囲の請求項1)が記載され,その方法において用いられる界面活性剤の態様として,「以下に掲げた例から選ばれる単独,または二,三,または四つの界面活性剤の組み合わせのどのようなものも好適に使用できる。(a)アルコキシ化直鎖アルコール(例えば,POLY-TERGENT SLF-18界面活性剤,Olin Corporationの製品),(中略),エトキシ化直鎖アルキルベンゼン(例えば,TRITON X-100界面活性剤,Union Carbideの製品)および(中略)を含む非イオン系,(b)アルキルジフェニルエーテルジスルフォネート(例えば,POLY-TERGENT2A1界面活性剤,Olin Corporationの製品),(中略)を含むアニオン系,(c)アルキルトリアンモニウムハライド(中略)を含むカチオン系,および(d)ポリグリコールエーテル誘導体(中略)を含む両性系」(10頁4行〜11頁8行)との記載がある。この記載によれば,甲1記載の銅ピリチオン粒子の製造に当たって,例示された界面活性剤の1種を単独で使用できることが開示されている。
b一方,甲5の実験を行った当時,甲1の実施例1記載の3種の界面活性剤のうち,「POLY-TERGENT 2A-1Lアニオン系界面活性剤」及び「POLY-TERGENT SLF-18非イオン系界面活性剤」の登録商標名の製品は,既に生産中止になっており,通常の方法では入手することできなかったため,甲1の実施例1に沿った完全な再現試験を実施することはできなかった。そこで,甲5の実験は,入手し得た界面活性剤,すなわち「TRITON X-100非イオン系界面活性剤」のみを用いて,その他の手順は実施例1に記載された方法に基づいて銅ピリチオン粒子を製造し,その方法により得られた銅ピリチオン粒子の乾燥ブロックの外観を観察し,その乾燥ブロックを粉砕して銅ピリチオン粒子の平均粒子径,銅ピリチオンの純度を測定した。したがって,甲5の実験は,甲1に記載された発明の実施例のうちの1つに沿って行った追試であるということができ,得られた銅ピリチオン粒子は,実質的に甲1に記載された発明の方法により製造された物質であると認定することができる。
c以上によれば,甲5の実験の結果得られた銅ピリチオン粉体が,界面活性剤1種のみを使ったものであることをもって,甲1の実施例1の真正な追試実験ではなく,ひいては,甲1に記載された発明の方法により製造された物質であるとはいえないとした審決の認定は誤りである。
そして,甲5の実験に基づいて製造された銅ピリチオンの純度の算出結果(甲10の1・2)によれば,純度は99%であり,本件発明1の純度の規定範囲に入る。
(ウ) 甲1の実施例を追試した甲26の1,27の1の実験についてa原告は,POLY-TERGENT 2A-1Lと同一の化学物質名(sodium dodecyldiphenyl ether disulfonate)を有する「ア二オン系界面活性剤Eleminol MON-7(SanyoChemicalIndustries製造)」,POLY-TERGENT SLF-18と同一のCAS番号(No. 68551-13-3)を有する「非イオン系界面活性剤Plurafac RA-30(BASF Corporation製造)」及び「非イオン系界面活性剤TRITON X-100」の3種の界面活性剤を用いて,甲1の実施例1に記載された発明を追試した(甲26の1,27の1。以下「甲26の実験」という。)。
甲26の実験結果を参照すると,甲1の実施例1に記載された方法によって製造された銅ピリチオンの乾燥ブロックは,「表面と内部とが均一」であり,また,乾燥ブロックを粉砕して得た銅ピリチオン粒子の銅ピリチオンの「純度は99%」であって,本件発明1の純度の規定範囲に入るものであり,その銅ピリチオンの平均粒子径は4.7〜4.9μm(再現実験1〜3の場合)及び3.9μm(再現実験4の場合)であって,本件発明1の平均粒子径の規定範囲に入る。
b甲26の実験に使用された3種の界面活性剤の混合物が,甲1の実施例1に記載された3種の界面活性剤と同一ものであることは,次のとおりである。
甲28(オスォングン教授作成の鑑定書及び添付資料)によれば,「POLY-TERGENT 2A-1L」の化学物質名が「dodecyl diphenylether sodium disulfonate」であり,その化学物質名に対応する化学物質に関して検索した結果である添付資料6ないし12によれば,「POLY-TERGENT 2A-1L」と「Eleminol MON-7」は,その化学物質名が同一の化学物質であることが確認できたこと,アメリカ化学協会(American Chemical Society)所属のCAS(Chemical Abstracts Service)で運営している化学分野の引用索引(Science Citation Index; SCI)データベースの検索の結果,「POLY-TERGENT SLF-18」はCAS番号(CAS Registry Number)が「68551-13-3」である化学物質であり,KOLON生命科学株式会社でその代替界面活性剤として使った「Plurafac RA-30」はその製造会社 BASF Corporationから提供される生産物情報検索の結果からみて,同一のCAS番号を有する化学物質であることを確認できたこと,そして,CAS番号が同じであれば,同一化合物質であると認定できるとの鑑定がされていることを参照すると,それぞれの界面活性剤は,それぞれ実質的に同一化学物質であるということができる。すなわち,代替界面活性剤が化学物質名,CAS番号により実質的に同一化学物質であることが確認されるので,結果的に甲26の実験に使われた3種の界面活性剤の混合物が甲1の実施例1に記載された3種の界面活性剤と同一のものである。
なお,「POLY-TERGENT 2A-1L」と「Eleminol MON-7」は,「sodium dodecyl diphenyl ether disulfonate」という名称をもつ化学物質で,アニオン系の界面活性剤であり,その化学構造において,界面活性剤としての役割をするアニオンactive site(活性部位)は「SO 」部分であり,「C H 」部分は界面活性剤のactive site(活性3 1225-部位)ではないため,「C H 」部分が,linear(直鎖状)か,branche 1225d(分岐状)かは重要ではない。
また,「Plurafac RA-30(BASF)」のCAS番号は,BASF社のインターネット出力物(甲28の1の添付資料8)には「68551-13-3」と記載されており,BASF社のMSDS(乙8)には「120313-48-6」と記載されているが,同一化学物質に対して二つ以上の異なるCAS番号が付与され得るものである。そして,「Plurafac RA-30(BASF)」という製品は,一つの化学物質と特定できる物質であり,「POLY-TERGENT SLF-18」の同等品(非イオン系界面活性剤)である。
その化学構造において,linear(直鎖状)か,branched(分岐状)かという問題は「CH」部分に関するものであるが,この部分は界面12-1525-31活性剤のactive site(活性部位)ではないため,それがlinear(直鎖状)又はbranched(分岐状)かは重要でない。このように界面活性剤においてactive site(活性部位)でない部分がlinear(直鎖状)か,branched(分岐状)かが重要でないことは,甲28の1の添付資料6に,linear状の「POLY-TERGENT SLF-18」とlinear状とbranched状の混合物である「LORODAC L6S50(SASOL)」が同じCAS番号である「68551-13-3」と記載されている点からも確認できる。
c被告らは,後記のとおり,甲26の実験に基づく新たな追試実験の結果の提出は,時機に後れて提出されるもので,民事訴訟法157条1項により,却下されるべきであると主張するが,新たな無効事由を主張しているわけでも,審判手続で提出した引用例と異なる新しい引用例を提出しようとしているわけでもなく,甲1の実施例を追試した上で,その結果をまとめた甲5ないし10を補足するものであり,甲1に記載された発明をより正確に理解するためのものであるから,審決取消訴訟の審理範囲の制限に反するものでもない。原告は,甲5の実験では甲1の実施例の追試として不十分であるとした審決の判断を考慮して,補充的な再実験をした結果を証拠として提出しようとしているものであり,原告には審決後に新たな実験をせざるを得ないというやむを得ない事情が存在する。また,原告は,誠意を持って訴訟対応をしており,本件訴訟の進行が格別遅延しているというような客観的な状況は存在せず,新たな追試実験の結果を証拠として提出することが,「これにより訴訟の完結を遅延させることとなる」ものでもない。したがって,民事訴訟法157条1項の規定の趣旨に照らしても,甲26の実験に基づく新たな追試実験の結果を証拠として提出することは許されるべきである。
(エ)被告らは,後記のとおり,乙7に基づく甲1の実施例の追試実験の結果によれば,製造された銅ピリチオンは,「純度」及び「平均粒子径」のいずれの点でも,本件発明1の規定範囲外にあると主張する。しかし,被告主張の追試実験によって得られた銅ピリチオンの粘度は,甲1に記載された150〜250cp(センチポイズ)をはるかに上回り,ろ過が30秒以内に完了しなかったこと,粉砕工程がないことなどに照らすならば,被告主張の追試実験は,甲1の実施例を正確に実施したものとはいえない。
(オ) 以上のとおり,審決の相違点2の認定は誤りである。
ウ 相違点3の認定の誤り(ア)甲1には,「乾燥したピリチオン粒子の形を顕微鏡で調べ,針状であることがわかり,また乾燥した針状物の大部分は,比較的狭い粒子径分布をもつことが判った。使用する界面活性剤のタイプを変えることにより,より対称な結晶形をもつ非針状円板形が製造されることがわかった。円板状物は,針状形にくらべ表面積が増加していることおよび生物致死性が高められていることゆえに,塗料のような製品に使用されるには有利な形状であると期待される。円板状はまた,好ましい嵩密度,分散性および/または使用する前の次工程で容易な製粉化を与えるので,銅ピリチオンにとって好都合な形状である。好ましくは,円板状物は約0.65以下の平均球形度をもち,少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ。」(12頁26行〜13頁7行)との記載がある。上記記載は,針状粒子の粒子径の実寸に関し明示するものではないが,円板状の粒子の粒子径について「少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ」ことが好ましいと記載されているので,甲1には,針状粒子の粒子径が2〜15ミクロン程度の体積メジアン相当球径程度のものが製造されたことが記載されているに等しいか,少なくとも好ましいことが開示され,それを製造することが容易であることが示唆されている。
(イ)甲1の実施例を追試した甲5の実験に基づいて製造された銅ピリチオン粒子の粒子径測定結果(甲9の1・2)によれば,その粒子径は,表面積加重平均粒子径が2.54μmであり,また,体積加重平均粒子径が3.695μmで,1〜5μmの範囲であるのが確認できる。したがって,甲1に,実施例1の方法により製造された銅ピリチオン粒子の粒子径は直接的には記載されていないとしても,甲5の実験に基づいて,平均粒子径が本件発明1において規定する銅ピリチオンの粒子径の範囲1〜5μmに入ることが確認されたのであるから,平均粒子径の寸法において,本件発明1と甲1に記載された発明とは実質的に差異がない。
(ウ)また,前記イ(ウ)aのとおり,甲1の実施例を追試した甲26の実験に基づいて製造された銅ピリチオンの平均粒子径は4.7〜4.9μm(再現実験1〜3の場合)及び3.9μm(再現実験4の場合)であって,本件発明1の平均粒子径の規定範囲に入ることが確認されている。
(エ) 以上のとおり,審決の相違点3の認定は誤りである。
エ相違点4の認定の誤り(ア)甲1に,銅ピリチオンを塗料成分とすること(4頁8行〜17行),「銅ピリチオン溶液または分散液の製造中このゲル化または増粘問題を避け,銅ピリチオンを製造する新規な方法が,生物致死剤製造業界により強く望まれている。本発明はそれに対し解決策を提供する。」(4頁26行〜28行)との記載がある。
そして,銅ピリチオン粒子を船底塗料用防汚剤として用いることは,本件出願の優先日前,周知であったこと(例えば,本件明細書の段落【0002】,甲2の段落【0001】,【0002】,【0039】,【0040】)に照らすならば,当業者であれば,甲1に記載された発明が,生物致死剤製造界(例えば,その代表的なものとして,船底に付着する生物による汚染を防除するための塗料として用いる防汚剤を製造する技術分野)で使用する銅ピリチオンの製造に関する技術であることは自明である。
(イ)以上のとおり,甲1には,銅ピリチオンの船底塗料用としての用途が実質的に記載されているといえるから,本件発明1は船底塗料用防汚剤とされているのに対して,刊行物発明1にはそのような規定がない点(相違点4)で,両発明は相違するとした審決の認定は誤りである。
(2) 取消事由2(本件発明1の進歩性の判断の誤り)審決は,?@相違点1について,「甲第1号証には,本件発明1の表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック,又は,表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックを粉砕して得られた銅ピリチオン粒子と同等のものを得ることについて記載ないし示唆はされていないので,刊行物発明1の乾燥ブロックにおいて,その表面と内部を均一な状態とするという構成を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。」,「また,甲第2号証には,塗料組成物において防汚剤として銅ピリチオンを使用し得ることが記載されているのみであり,甲第2号証の記載を参酌しても,刊行物発明1の乾燥ブロックにおいて,その表面と内部を均一な状態とするという構成を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。」(以上,審決書16頁8行〜18行),?A相違点3について,「本件発明1において,銅ピリチオンの平均粒子径を『1〜5μm』とすることによって,船底塗料に用いる際に塗料がゲル化,ブツの発生や塗膜の亀裂を起こすことがないという効果を奏するものである。」,「これに対して,刊行物1には,・・・銅ピリチオン円板状物の体積メヂアン相当径は好ましくは約2〜15ミクロンとなるという仮定を示しているにすぎず,約2〜15ミクロンという体積メヂアン径は,本件発明1の銅ピリチオンの平均粒子径『1〜5μm』と重複する部分はあるが,相違点1で検討したとおり,刊行物1には,表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックを粉砕して得られた均一な1〜5μmの平均粒子径の銅ピリチオン粒子を得ることについて記載ないし示唆はされておらず,また,刊行物1の記載から,本件発明1の構成を採用した際に,船底塗料に用いる際に塗料がゲル化,ブツの発生や塗膜の亀裂を起こすことがないという効果を奏することも,当業者が予測し得るものではない。」,「・・・甲第6号証又は甲第9号証の実験も,甲第5号証と同じ条件下の実験であるから,相違点1でも検討したとおり,甲第1号証の実施例1の真正な追試であるとはできないので,それらの実験によって甲第1号証に記載の銅ピリチオンの平均粒子径が,本件発明1の銅ピリチオンの『1〜5μm』の範囲内にあることを立証することはできない。」,「さらに,甲第2号証には,塗料組成物において防汚剤として銅ピリチオンを使用し得ることが記載されているのみであり,甲第2号証の記載を参酌しても,刊行物発明1の銅ピリチオンの平均粒子径を1〜5μmとするという構成を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。」(以上,同16頁27行〜17頁18行),?B「相違点1及び3が上記のとおり,当業者が容易に想到し得るものではないので,相違点2及び4について検討するまでもなく,本件発明1は,甲第1号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。」(同16頁19行〜22行)と判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
ア前記(1)アないしウのとおり,審決認定の相違点1ないし3は相違点であるとはいえないので,審決の容易想到性の判断は,この点において誤りがある。
相違点3について,審決は同相違点に係る本件発明1の構成を採用することによって,「船底塗料に用いる際に塗料がゲル化,ブツの発生や塗膜の亀裂を起こすことがない」という効果が奏せられる旨説示する。
しかし,銅ピリチオン粒子を船底塗料用防汚剤として用いることは,本件出願の優先日前に周知のことであり,また,防汚剤の粒子径が小さければゲル化が起こり,他方,大きい粒子を含んでいて不均一であれば,ブツができることは,当業者であれば当然に予測できる。すなわち,小さくもなく大きくもない,均一な粒子径範囲を有する銅ピリチオン粒子であれば,その結果として,ゲル化が防止され,また,ブツの発生が防止されることは,当業者であれば容易に予測できるところであり,格別な作用効果とはいえない。
相違点4については,「甲第2号証には,防汚剤として銅ピリチオンを使用した塗料組成物を,船底部に使用し得ることが記載されているので,刊行物発明1の銅ピリチオンを船底塗料用防汚剤に使用することは格別の創意を要しない」(審決書17頁27行〜30行)ものであることは審決の判断するとおりである。
イしたがって,甲1の実施例を追試した甲5の実験及び甲26の実験により得られた銅ピリチオン粒子の測定結果を参照すると,当業者であれば,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基づいて,容易に本件発明1を発明することができたものであり,これを否定した審決の判断は誤りである。
(3) 取消事由3(本件発明2の進歩性の判断の誤り)ア相違点5の認定の誤り審決は,本件発明2は,「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得」る工程と「(ii)次いでこのスラリーを,(i)で使用した無機銅(II)塩の銅換算で0.5〜10重量%の銅(II)イオンの存在下に加熱処理する」工程の2工程で行うのに対して,刊行物発明2はそのような工程がない点」(相違点5)で相違すると認定した。
しかし,審決の認定は,以下のとおり誤りである。
(ア)甲1には,「反応のための適切なPHは,1から12,より好ましくは約3から約8,最も好ましくは約4から約5である。」(11頁21行〜23行)と記載され,「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得る」工程が開示されている。
(イ)また,甲1には,「240gの水性ナトリウム2-メルカプトピリジンN-オキシド(17.3%の乾燥固形分を持つ,ここではナトリウムピリチオンと呼ぶ)溶液を599ml,四つ口,丸底フラスコ反応器に仕込む。(中略)。塩化銅(24.4gの固形塩化銅2水和物を含む20%水溶液)を,2m1/分の添加速度で加熱した反応器へゆっくり加えた。」(実施例1,12頁4行〜15行)と記載されている。この記載によれば,混合される銅塩は,ピリチオン塩水溶液(240g)に含まれたナトリウムピリチオンの固形分量(240g×0.173/149.17=0.278mol)と銅塩(塩化銅2水和物)の量(24.4g/170.48=0.143mol)を考慮すると,過剰添加される銅の量は置換反応に要求される銅塩のモル(0.278/2=0.139)を基準として約2.9モル%((0.143-0.139)/0.139=0.029)となるから,甲1には,銅塩のモルを基準として約2.9モル%の銅(II)イオンの存在下に,加熱された反応容器にゆっくり加えること,つまり,「加熱処理すること」が開示されているといえる。
(ウ)そうすると,甲1においては,「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得る」工程に加えて,「(ii)次いでこのスラリーを,(i)で使用した無機銅(II)塩の銅換算で0.5〜10重量%の銅(II)イオンの存在下に加熱処理する」工程を有しているといえる。
イ相違点6の容易想到性の判断の誤り(ア)甲1に「本発明は,一般に銅ピリチオンの製造方法に関するもので,より詳しくは,界面活性剤を使用しゲルのない銅ピリチオン分散液を製造する方法に関する。」(4頁3行〜4行)との記載があることに照らすならば,従来の銅ピリチオンの製造方法は,界面活性剤を使用していなかったのであり,甲1の銅ピリチオンの製造方法は,界面活性剤を使用し,しかも,特定の界面活性剤を使用することにより,従来の銅ピリチオンの製造方法の欠点を改善するものである。
そして,高純度で,粒径分布が均一な銅ピリチオン粒子が甲1記載の製造方法によっても製造できることは前述のとおりであるから,本件発明2の奏する作用効果は,甲1の記載に基づけば当業者が容易に予測できる程度のものというべきである。
(イ)したがって,甲1の銅ピリチオンの製造方法において,界面活性剤を使用しないようにすること(相違点6に係る本件発明2の構成)は,当業者が容易に想到し得たといえる。
ウ小括以上のとおり,審決には相違点5の認定及び相違点6の容易想到性の判断に誤りがあるから,本件発明2が,甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないとした審決の判断は誤りである。
2 被告らの反論(1) 取消事由1に対しア相違点1について(ア)「表面と内部が均一な状態での乾燥ブロックを粉砕」での「粉砕」は,製造方法という程のものではなく,物の形態変化を表すにすぎないから,本件発明1の請求項1はプロダクト・バイ・プロセスクレームに該当しない。
(イ)a表面と内部が均一な状態であるか,不均一な状態であるかは,肉眼で判るものであり,表面と内部の硬さを計器で測定するまでもない。原告が主張するような,表面と内部の硬さの測定や対比,どの程度の硬度の一致が「均一な状態」の乾燥ブロックであることについて本件明細書に記載があるかどうかによって影響されるものではない。
「表面と外部が均一な状態の乾燥ブロック」を粉砕すれば,「粒径分布(正規分布)」を有する銅ピリチオン粒子(粒子径が連続したサイズを有する集合体の場合に当てはまるもの)が得られる。銅ピリチオン粒子の「表面と内部が均一な状態」であるとは,それを粉砕すると,粒子径分布が連続的(すなわち粒子径分布で議論できる)範囲にあり,塗料に配合した場合,スプレイノズルを詰まらせるような銅ピリチオンの大きな塊状物や製造時粉塵が飛散してそれを作業者が吸入してしまうような微粉末が混入してくることのない銅ピリチオン粉末を得るために必要な要件である。
したがって,ノズルを詰まらせるような大きな塊状物を混入させないという意味において,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックは,粒径分布を規定するものである」とした審決の認定に誤りはない。
bなお,原告は,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック」との構成(相違点1に係る本件発明1の構成)は,「平均粒子径が1〜5μm」という構成(相違点3に係る本件発明1の構成)と同義であると主張する。しかし,銅ピリチオンの船底塗料が海棲生物に対し防汚効果を示すには,塗膜からの一定量以上の銅ピリチオンの溶出が必要であり,同じ粒径の銅ピリチオンでも,冷水域と温水域ではその溶出量が異なるが,本件発明1の平均粒子径1〜5μmの銅ピリチオン粒子は,冷水域から温水域においても海棲生物に対し防汚効果を発揮するに十分な粒子径であり,船底塗料の防汚効果と寿命の観点においても重要な要素である。したがって,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロック」及び「平均粒子径が1〜5μmであること」は個々に粒径分布を規定するものであり,それぞれ異なる技術的意義を有するから,原告の主張は失当である。
(ウ)甲1の「乾燥した針状物の大部分は,比較的狭い粒子径分布を持つ」との記載は,単に得られた針状物の粒子径が比較的揃っているというだけのことで,大部分以外のものは,狭い粒子径分布にはないものと解され,平均粒子径が特定の範囲にあることを示唆するものではなく,ましてやその中にスプレーノズルの孔を詰まらせる可能性のあるような大きなサイズの塊状物や飛散微粒子の混入を防止した粉末を示すものではない。したがって,甲1記載の乾燥した針状物は,「表面と内部が均一な状態」にあるとはいえない。
イ 相違点2について(ア)a甲1の2の該当部分についての原告主張の翻訳は誤りであり,正しくは,「これは銅ピリチオンの純度が98%以上であれば理論量のほぼ100%に等しい。」と翻訳されるべきである。平成15年10月20日付け意見書(乙1)に記載のとおり,41.52gの原料ナトリウムピリチオンからの銅ピリチオンの理論生成量は,44.29gであり,生成物の純度が100%とすると生成物の重量約40gは理論量の90%となり,生成物の重量44gは理論量の99%になる。仮にこの生成物の純度が98%であるとすると,収率は,92〜101%という計算になる。以上のとおりであって,甲1と甲1の2に記載されている内容は,生成物の純度が98%以上のとき収率は理論量のほぼ100%に等しいという趣旨であって,現実に純度98%以上の銅ピリチオンを得られたという趣旨ではない。
b原告は,甲1には,実施例1に濾過及び水洗浄工程を経ることによって無機塩などの不純物の含量が伝導度1000(us/cm)以下,すなわち0.05%以下の水準に除去されたことが記載されているから,結局銅ピリチオン生成物の純度は少なくとも98%以上になると主張する。しかし,原告主張の銅ピリチオンの水洗濾液の伝導度測定は,不純物がすべて水に易溶性で,かつ,それが水不溶性の目的物の結晶中に内包されていない場合におけるものであって,実施例1のように,水不溶の銅ピリチオン結晶中に無機塩などの不純物が内包されている場合は当てはまらない。濾過後の伝導度が1000(us/cm)以下になるまで水洗浄しても,結晶表面の不純物が除去されるだけで,水洗のみで生成時に同時に存在する塩分等を簡単に除去することは難しく,伝導度が1000(us/cm)以下になったからといって98%以上の高純度のものが得られたとはいえない。
(イ)原告は,甲1には,例示された界面活性剤の1種を単独で使用できることが記載されているので,甲1記載の「TRITON X-100非イオン系界面活性剤」のみを用いて,その他の手順は実施例1に記載された方法に基づいて銅ピリチオン粒子を製造した甲5の実験は,甲1の実施例の正確な追試に該当すると主張する。しかし,甲1の実施例1で使用されている界面活性剤は,「POLY-TERGENT 2A-1Lアニオン系」と,「POLY-TERGENT SLF-18」及び「TRITON X-100」各非イオン系との混合物であるのに対し,甲5の実験は,1種の非イオン系活性剤のみを用いている点において追試の条件を充たしていない。また,甲1に係る特許出願の出願人(オリンコーポレーション)は,平成10年審判第18112事件における平成12年3月9日付け意見書(乙2)で,「本願発明は,・・・界面活性剤の総量が溶液または分散液の0.05〜10重量%,界面活性剤がアニオン系活性剤と非イオン系活性剤の組み合わせ,という特定の組み合わせによって,上記の欠点を克服したものであり,それによってゲルのない銅ピリチオン溶液または分散液を製造して得られた生物致死剤組成物に関するものであります。・・・アニオン界面活性剤単独の場合にはゲル化が起りますが,界面活性剤を併用する本願発明ではゲル化が起らないという顕著な効果が達成されます。」(4頁1行〜16行)と主張し,その上で,甲1に係る発明が特許された(乙3)。このような甲1に係る出願経過に照らすと,界面活性剤が単独で使用してもよい旨の甲1の記載は便宜的なものであり,一つの界面活性剤の使用をもって二系統の界面活性剤を使用している実施例1の追試であるとの原告の主張は失当である。
(ウ)a原告は,甲1の実施例1に記載された発明を追試した甲26の実験結果によれば,実施例1に記載された方法によって製造された銅ピリチオンの乾燥ブロックは,「表面と内部とが均一」であること,乾燥ブロックを粉砕して得た銅ピリチオン粒子の銅ピリチオンの純度は99%であること,その銅ピリチオンの平均粒子径は本件発明1の平均粒子径の規定範囲に入ることを確認できたと主張する。しかし,甲26の実験は,審決の後にされた新たな実験であって,甲26の実験及びその結果の技術内容については,本来専門的,技術官庁である特許庁の審理判断がされるべきものであるのに,これを裁判所に判断を委ねることは法の趣旨に反し,裁判所に無用の負担をかけることとなる。仮に裁判所がそれらに基づいて本件特許の特許性を判断することになるとすれば,本件訴訟の完結を著しく遅延するものであるから,甲26の実験に係る証拠の提出は,民事訴訟法157条1項により,時機に後れて提出されたものとして却下すべきである。
b甲26の実験は,以下のとおり,甲1の実施例1の正確な追試とはいえない。
?@ ナトリウムピリチオンについて甲1の実施例では17.3%の乾燥固形分を持つ低濃度ナトリウムピリチオンを原料として用いているのに対し,甲26の実験では,高濃度のものを希釈して使用している。10%台のナトリウムピリチオンと,約40%のナトリウムピリチオンを水で希釈し濃度を調整したものとは,その不純物組成において大きく異なるものであるから,甲26の実験は甲1の実施例の正確な追試とはいえない。
?A 界面活性剤について乙2に添付された参考資料3「Poly-Tergent Surfactants」(甲1の特許出願人のカタログ)には,POLY-TERGENTの「2A-1」及び「2EP」はbranched(分岐状)のアルキルジスルフォネートで,「2A-L」はlinear(直鎖状)のアルキルジスルフォネートであると記載されている。甲28の1の添付資料5には「Eleminol」がそれらと同じ項に記載されているので,「Eleminol」は,分岐状であると推定される(また,これを取扱った商社からも分岐状であるとの回答を受けた。)。そうすると,甲1の実施例で用いられている「POLY-TERGENT 2A-1L」と甲26の実験で使用した「Eleminol」とは,類似化学物質であるといえても同一化学物質ではない。一般に化学物質名が同一と表示されていても,その構造が直鎖状と分岐状のものとでは,水への溶解度等の基本物性が異なり,その相違によって界面活性剤としての特性(分散性や浸透性等の界面活性作用)が影響を受けることは当業者にとって周知の事実である。そもそも,界面活性剤の性能,物性は疎水基と親水基のバランス(HLB)によって成り立っているため,たとえ親水基が同一であっても,疎水基であるアルキル基の構造が異なれば,その影響により,界面活性剤としての性能も大きく異なる可能性がある。例えば,一般的に,分岐のアルキル鎖と直鎖のアルキル鎖では水への溶解度が異なり,また,融点も異なってくることはよく知られている。こうした化合物としての基本物性の違いが,界面活性剤としての基本物性に微妙に影響し,界面活性剤としての性能も大きく異なる可能性がある。したがって,直鎖状のものと分岐状のものは,同一性能の界面活性剤とはいえない。
また,「POLY-TERGENT SLF-18」(CAS番号「68551-13-3」)の相当品として,原告が使用している「Plurafac RA-30」(BASF)は,同社のMSDS(乙8)によるとCAS番号が異なっており(CAS番号「120313-48-6」),同一の化学物質のものとはいえない。なお,甲28の1の添付資料8の「PLURAFAC RA-30 SURFACTANT」は,「SURFACTANT」が付いている点で,「Plurafac RA-30」と製品名が異なり,同一の商品とはいえない。
?B純度について甲26の実験結果によれば,HPLC測定で約100%の純度を示しているが,測定結果のチャートが示されておらず,その測定値は面比による純度であると考えられる。しかし,HPLC測定の場合は,面比で純度を測定することは真の純度測定であるとはいい難く,この面比の数値により98%以上の製品が得られたとはいえない。
?C粒度などについて甲1の実施例中には,純度以外何ら記載はないから(その純度に関する記載も仮定的なものである。),甲26の実験による再現実験の工程10)は実施例の追試ではない。仮に平均粒子径,粒度分布測定などについて記載されているに等しいと認められるとしても,すべての再現実験での粉砕前の平均粒子径は5μmを超えており,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の範囲外にある。それらをさらに粉砕して1〜5μmのものに調整しているが,原告が特許請求の範囲に入っていることを示すために無理に調整したものであって,甲1の実施例の正確な追試ではない。
(エ)被告らは,「POLY-TERGENT 2A-1L」の代替品として「ニューコール271A(日本乳化剤社製)アニオン系界面活性剤」(化合物名称はドデシルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム),「POLY-TERGENT SLF-18」の代替品として「LORODAC L6S50(SASOL社製)非イオン系界面活性剤」(直鎖型と分岐型の混合のものではあるが,CAS番号が同一),「TRITON X-100(ダウ・ケミカル社製)非イオン系界面活性剤」の3種の界面活性剤を用いて,甲1の実施例1に記載された発明を追試した(乙7。以下「乙7の実験」という。)。
乙7の実験結果によれば,甲1の実施例1に記載された方法によって製造された銅ピリチオンの乾燥ケーキを粉砕して得られた平均粒径は5.753〜5.954μm,HPLC測定法による銅ピリチオン粒子の純度測定結果は92.6〜94.4%であって,銅ピリチオンの「純度」及び「平均粒子径」のいずれの点でも,本件発明1の規定範囲外のものである。
ウ 相違点3について(ア)銅ピリチオンの船底塗料が海棲生物に対し防汚効果を示すには,塗膜からの一定量以上の銅ピリチオンの溶出が必要であり,同じ粒径の銅ピリチオンでも,冷水域と温水域ではその溶出量が異なるが,本件発明1の平均粒子径1〜5μmの銅ピリチオン粒子は,冷水域から温水域においても海棲生物に対し防汚効果を発揮するに十分な粒子径であり,船底塗料の防汚効果と寿命の観点においても重要な意味を有する。
(イ)原告は,甲1に,円板状の粒子の粒子径について「少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ」ことが好ましいと記載されているので,針状粒子の粒子径が2〜15ミクロン程度の体積メジアン相当球径程度のものが製造されたことが記載されているに等しいなどと主張する。しかし,甲1の原文に相当する国際公開第95/22905号パンフレット(甲14)には,「Advantageously the platelets will have a mean sphericity of lessthan about 0.65 and a median equivalent spherical diameter based on volume of at least about 2 microns but less than 15 microns.」(14頁下から2行〜15頁2行)との記載がある。上記記載を翻訳すると,「有利には,円板状物は約0.65以下の平均球形度と,少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さな体積メジアン相当球径をもつものであろう。」となり,この記載からも,「円板状物」は,実際に得られた粒子を実測し,その値に基づいて記載したものではないことは明らかである。また,甲1の実施例1の銅ピリチオンは円板状物ではなく,針状物であるが,その粒径を実測していないので,それに関する記載は何らないことに照らすならば,甲1の「円板状物」に関する記載から,針状粒子の粒子径が2〜15ミクロン程度の体積メジアン相当球径程度のものが製造されたことが記載されているとはいえない。
(ウ)原告は,甲1の実施例を追試した甲5の実験及び甲26の実験に基づいて製造された銅ピリチオン粒子の粒子径測定結果によれば,その粒子径は,本件発明1において規定する銅ピリチオンの粒子径の範囲1〜5μmに入ることが確認されたと主張する。しかし,甲5の実験及び甲26の実験が甲1の実施例1の追試であるとの前提自体が誤りであるから,原告の主張は失当である。
エ 相違点4について甲1には,本件発明1の銅ピリチオン粉末の記載がないのみならず,甲1の方法により製造された銅ピリチオンを船底塗料用防汚剤として使用するとの記載はない。また,甲2には船底塗料用防汚成分として数十種類の防汚成分が羅列されている中に銅ピリチオンも記載されているが,本件発明1に使用される特別な銅ピリチオンを用いることについての記載はない。
したがって,本件発明1は船底塗料用防汚剤とされているのに対して,刊行物発明1にはそのような規定がない点で相違するとの審決の相違点4の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し原告は,甲1の実施例1を追試した甲5の実験及び甲26の実験により得られた銅ピリチオン粒子の測定結果を参照すると,当業者であれば,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基づいて,容易に本件発明1を発明することができたと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
甲2には,塗料組成物において防汚剤として銅ピリチオンを使用し得ることが記載されているのみであり,甲2の記載を参酌しても,刊行物発明1の銅ピリチオンの平均粒子径を1〜5μmとするという構成(相違点3に係る本件発明1の構成)を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。また,原告は,相違点3に係る本件発明1の構成による「船底塗料に用いる際に塗料がゲル化,ブツの発生や塗膜の亀裂を起こすことがない」という効果は,均一な粒子径範囲を有する銅ピリチオン粒子であれば,その結果として,ゲル化が防止され,また,ブツの発生が防止されるのは当業者であれば当然に予測できるところであり,格別な作用効果とはいえないと主張するが,防汚剤の粒子径が小さければ塗料にゲル化が起こるわけではない。このことは,甲1の特許出願人の出願に係る甲11に「粒径が約0.1から約10ミクロンの範囲内にあり,中央値が3ミクロン以下の粒子径を有する固体粒子を含んでなる非飛散性銅ピリチオン分散液は,粒径の大きい銅ピリチオンを含有する塗料に比較して冷水域における改善された防汚性能を示す。」との記載があることから明らかなように,粒子径が小さければ必ず船底防汚塗料がゲル化するということはなく,それは当業者が当然に予測できるというものでもない。
(3) 取消事由3に対しア(ア)甲1の「反応のための適切なPHは,1から12,より好ましくは約3から約8,最も好ましくは約4から約5である。」(11頁21行〜23行)との記載は,全工程におけるpH領域を一般的に記載したものにすぎず,本件発明2の請求項2の「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得る」工程が記載されたものではない。甲1には,「240gの水性ナトリウム2-メルカプトピリジンN-オキシド(17.3%の乾燥固形分を持つ,ここではナトリウムピリチオンと呼ぶ)溶液を599ml,四つ口,丸底フラスコ反応器に仕込む。・・・塩化銅(24.4gの固形塩化銅2水和物を含む20%水溶液)を,2ml/分の添加速度で過熱した反応器へゆっくり加え,反応混合物を連続的に攪拌し,混合物のpHを約4に達するまで監視し,ナトリウムピリチオンについて反応が完結するまで成分分析し,反応を通じて70℃の一定温度を維持することからなる銅ピリチオンの製造方法」との記載がある。この記載は,最初にアルカリ性のナトリウムピリチオンが仕込まれた状態から塩化銅を加え徐々に酸性状態のpH4まで監視することが記載されたもので,実施例はアルカリ状態からの反応であり,本件発明2のように反応初期よりpH1.6〜3.2に維持するものでない点で明確に相違する。また,甲1の「最も好ましくは約4から約5である。」との記載を考慮すれば,反応のための適切なpHは,ナトリウムピリチオンについて反応が完結する時の反応液のpHを意味するものである。
(イ)また,本件発明2は,一貫してpH1.6〜3.2で製造されるのに対し,甲1は,アルカリ状態から中性を経て酸性,更に過剰の銅塩が添加され加熱される点で異なる。そして,銅塩がアルカリ状態で加えられると,途中,水への溶解度が低い水酸化銅が生成し,これが銅ピリチオン結晶の中に取り込まれると不純物としての除去が難しくなる点に問題があり,必ずしも2.9%の銅イオンの存在下に加熱処理したから高純度(99%以上)が得られるとはいえない。
イ以上のとおり,本件発明2が甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでないとの審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1の新規性の判断の誤り)について原告は,審決が,本件発明1と刊行物発明1(甲1に記載された発明)との間に相違点1ないし4があると認定し,本件発明1は甲1に記載された発明と同一とはいえないと判断したが,審決の相違点1ないし4の認定に誤りがあり,本件発明1は,甲1に記載された発明と同一であるから,審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,以下のとおり,審決の相違点2及び3の認定に誤りはなく,本件発明1と甲1に記載された発明とは,少なくとも相違点2及び3がある点において相違し,本件発明1が甲1に記載されているものとは認められないから,本件発明1は甲1に記載された発明と同一とはいえないとした審決の判断に誤りはない。
(1) 相違点2の認定についてア 甲1の記載に基づく原告の主張に対する判断原告は,甲1の「濾過は30秒以内で完了した。得られた銅ピリチオンケーキを,ろ液のイオンがなくなり伝導度測定で1000以下になるまで,冷水で洗浄した」,「約40から44gの銅ピリチオンが生成し,これは銅ピリチオン純度が98%以上のとき理論量のほぼ100%に等しい。」との記載のとおり,純度98%以上の銅ピリチオンが製造されたことが示されている。したがって,審決の相違点1(銅ピリチオンの純度について,本件発明1は「97%以上」と規定されているのに対して,刊行物発明1には明確に規定されていない点)の認定は誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
(ア) 甲1の記載内容甲1には,次のような記載がある。
a「【特許請求の範囲】1.イオン交換反応において銅塩,ピリチオン塩及び前記キャリアーからなる反応混合物を反応させることを特徴とするゲルのない銅ピリチオン溶液または分散液の製造方法であって,前記反応は少なくとも一つの界面活性剤の安定化有効量の存在下で行われ,前記界面活性剤の総量は前記キャリアー中でゲルの生成を防止または抑制するに十分な量であることを特徴とする製造方法。」(2頁1行〜6行)b「本発明は,一般に銅ピリチオンの製造方法に関するもので,より詳しくは,界面活性剤を使用しゲルのない銅ピリチオン分散液を製造する方法に関する。」(4頁3行〜4行)c「銅ピリチオン溶液または分散液の製造中このゲル化または増粘問題を避け,銅ピリチオンを製造する新規な方法が,生物致死剤製造業界により強く望まれている。本発明はそれに対し解決策を提供する。」(4頁26行〜末行)d「本発明の方法に使用される界面活性剤は,非イオン系,アニオン系,カチオン系および両性系(これは普通双イオン系とも呼ばれる)として知られる界面活性剤の部類から選ばれたものが好適である。この界面活性剤は単独で使用されてもよいし,または前述の界面活性剤の四分類から選ばれた二つ,三つあるいは四つさえもの界面活性剤の組み合わせで用いてもよい。単独で使用するときは,非イオン系が好まれるが,アニオン系界面活性剤もまた良好な結果を与えることが判っている。単独の界面活性剤として使われるとき好ましさでは劣るが,カチオン系および両性系界面活性剤は,界面活性剤をまったく使用せず製造された銅ピリチオンに比べ,製造中のゲル化問題の程度を減じるという改善を示す。」(6頁23行〜7頁3行)e「以下に掲げた例から選ばれる単独,または二,三,または四つの界面活性剤の組み合わせのどのようなものも好適に使用できる。(a)アルコキシ化直鎖アルコール(例えば,POLY-TERGENT SLF-18界面活性剤,Olin Corporationの製品),・・・エトキシ化直鎖アルキルベンゼン(例えば,TRITON X-100界面活性剤,Union Carbideの製品)および・・・を含む非イオン系,(b)アルキルジフェニルエーテルジスルフォネート(例えば,POLY-TERGENT 2A1界面活性剤,Olin Corporationの製品),アルキルフェニルエトキシ化フォスフェートエステル(例えば,Wayfos M-60界面活性剤,Olin Corporationの製品),カルボキシル化直鎖アルコールアルコキシ化物(例えば,POLY-TERGENT CS-1界面活性剤,Olin Corporationの製品),・・・を含むアニオン系,(c)アルキルトリアンモニウムハライド(例えば,CTAB界面活性剤,VWR Scientificの製品),・・・を含むカチオン系,および(d)ポリグリコールエーテル誘導体(例えば,ALBEGAL A 界面活性剤,Ciba Geigyの製品),・・・を含む両性系。」(10頁4行〜11頁8行)f「本発明の方法による反応は,所望するゲルのない銅ピリチオンを作るよう適切に行われる。適切な反応時間は,約1時間またはそれ以下,約6時間またはそれ以上の範囲に亘る。反応温度は,適切には約0から約100℃,より好ましくは約25から約90℃,最も好ましくは約65から約70℃である。反応のための適切なPHは,1から12,より好ましくは約3から約8,最も好ましくは約4から約5である。」(11頁18行〜23行)g「実施例1銅ピリチオンの調整・・・例示の実施例として,240gの水性ナトリウム2-メルカプトピリジンN-オキシド(17.3%の乾燥固形分を持つ,ここではナトリウムピリチオンと呼ぶ)溶液を500ml,四つ口,丸底フラスコ反応器に仕込む。25gのPOLY-TERGENT 2A-IL非イオン系界面活性剤(判決注・甲1の2,甲14に照らし,「POLY-TERGENT 2A-IL非イオン系界面活性剤」は,「POLY-TERGENT 2A-1Lアニオン系界面活性剤」の誤記と認める。以下,誤記訂正後のもので表記する。),50gのPOLY-TERGENT SLF-18非イオン系界面活性剤および37.5gのTRITON X-100非イオン系界面活性剤(三つとも商業的に入手できる界面活性剤で,受け入れたまま使用される)を混合して,三つの界面活性剤のブレンド物を調整する。」,「2gの界面活性剤混合物をフラスコに添加し,攪拌を20分続け,反応器で界面活性剤とナトリウムピリチオン溶液がよく混ざるようにした。それから反応器を40分から60分かけて70℃に加熱した。温度計とPH検出端を反応器に挿入し,塩化銅を含む原料液供給ホースを反応器に接続した。塩化銅(24.4gの固形塩化銅2水和物を含む20%水溶液)を,2ml/分の添加速度で加熱した反応器へゆっくり加えた。」,「反応混合物を連続的に攪拌し,混合物のPHをそれが約4に達するまで監視し,フラスコ中のナトリウムピリチオンについて反応が完結したことを示す0.0%に達するまで成分分析をした。反応を通して,70℃の一定温度を維持した。」(以上,11頁26行〜12頁20行)h「生成した銅ピリチオン製品は150から250センチポイズの粘度をもち,容易に濾過できた。濾過は30秒以内で完了した。得られた銅ピリチオンケーキを,ろ液のイオンがなくなり伝導度測定で1000以下になるまで,冷水で洗浄した。ケーキを秤量し,オーブン中で70℃で乾燥した。約40から44gの銅ピリチオンが生成し,これは,銅ピリチオン純度が98%以上のとき理論量のほぼ100%に等しい。」(12頁20行〜25行)i「乾燥したピリチオン粒子の形を顕微鏡で調べ,針状であることがわかり,また乾燥した針状物の大部分は,比較的狭い粒子径分布をもっことが判った。」,「使用する界面活性剤のタイプを変えることにより,より対称な結晶形をもつ非針状円板形が製造されることがわかった。円板状物は,針状形にくらべ表面積が増加していることおよび生物致死性が高められていることゆえに,塗料のような製品に使用されるには有利な形状であると期待される。円板状はまた,好ましい嵩密度,分散性および/または使用する前の次工程で容易な製粉化を与えるので,銅ピリチオンにとって好都合な形状である。好ましくは,円板状物は約0.65以下の平均球形度をもち,少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ。」(12頁26行〜13頁7行)j「比較例として,界面活性剤なしで同じ方法で行ったとき,目でわかるゼラチン状の銅ピリチオン生成物ができ,このものは粘度が高いため濾過すること,乾燥すること,および取り扱うことが困難であった。」(13頁8行〜末行)(イ) 原告の主張に対する判断a原告は,甲29の記載に基づいて,水の伝導度が1000(us/cm)(25℃)である場合,溶解固形分(イオン含量)は500ppm(0.05%)に相当するものとみなすことができるが,甲1の実施例1においては,濾過及び水洗浄工程を経ることによって伝導度が1000以下になっており(前記(ア)h),不純物の含有量は最大0.05%程度であるから,銅ピリチオン生成物の純度は少なくとも98%以上になると主張する。
しかし,?@甲29によれば,「水の伝導度」のデータは,水中に溶出したイオン濃度に基づくものであり,そのデータを銅ピリチオンの純度に適用する場合には,銅ピリチオン結晶からすべての不純物が溶出することが前提となること,?A一方で,本件明細書(甲20)には,「【従来の技術】・・・これに代わる防汚剤として次式で示される銅ピリチオンが一躍脚光を浴びるに至った。・・・従来,銅ピリチオンを製造するには,大別して,(A)室温下,無機銅(II)塩水溶液に(1-ヒドロキシ-2(1H)-ピリジンチオナト-O,S)アルカリ金属(I)(以下APYという。)水溶液を加えるか,逆にAPY水溶液に無機銅(II)塩水溶液を加える方法(USP2,809,971)と,・・・(B)・・・が行われている。しかし銅ピリチオンは,水に難溶性の物質で,上記(A)の製法のように水中で析出する場合は原料の一部や,副生した硫酸アルカリ塩等を包含した極めて微細な粒子となって一挙に析出してくる。このようにして析出した微粒子から水洗により不純物を除去することは極めて困難であり,・・・」(段落【0002】)との記載があり,この記載によれば,銅ピリチオンは結晶中に不純物を内包して生成され,水洗により不純物を除去することが困難であると認められることに照らすならば,甲1の実施例1において濾過及び水洗浄工程を経ることによって銅ピリチオン結晶からすべての不純物が溶出したかどうか疑わしく,甲1の「伝導度測定で1000以下」(前記(ア)h)との数値から直ちに銅ピリチオン生成物の純度を決定し得るものとはいえない。
したがって,原告の主張は採用することができない。
b原告は,甲1の実施例1についての「約40から44gの銅ピリチオンが生成し,これは,銅ピリチオン純度が98%以上のとき理論量のほぼ100%に等しい。」との記載(上記(ア)h)は,理論量の100%が得られ,純度98%以上の銅ピリチオンが製造されたことを示すものであるから,甲1には「98%という銅ピリチオン純度が実際に測定されたものを記載したものとすることはできない」との審決の認定は誤りであると主張する。
しかし,甲1は,甲1に係る国際特許出願の甲14(審判乙4・国際公開第95/22905号パンフレット)を日本語に翻訳した公表特許公報であるが,原文である甲14には「About 40 to 44 grams of copper pyrithione was produced which is equivalent toalmost 100% theoretical with a copper pyrithione purity of above 98%.」(14頁12行〜15行)との記載があり(原告が甲1に係る優先権主張の根拠となる米国特許の明細書であると主張する甲1の2にも,同様の記載がある。),この記載は,生成物の純度が98%であるときに理論量のほぼ100%に等しいこと(「is equivalent to・・・」)を述べたものにとどまり,実際に生成された(「was produced」)銅ピリチオンの純度が「98%」であると記載されているとは認められない。
したがって,原告主張の甲1の記載箇所から,甲1に純度98%以上の銅ピリチオンが製造されたことが記載されているものと認めることはできず,甲1には「98%という銅ピリチオン純度が実際に測定されたものを記載したものとすることはできない」との審決の認定に誤りはない。
イ 甲5の実験に基づく原告の主張に対する判断原告は,甲1には,例示された界面活性剤の1種を単独で使用できることが記載されているので,甲1記載の「TRITON X-100非イオン系界面活性剤」のみを用いて,その他の手順は実施例1に記載された方法に基づいて銅ピリチオン粒子を製造した甲5の実験は,甲1の実施例の正確な追試に該当し,甲5の実験に基づいて製造された銅ピリチオンの純度は99%であり(甲10の1・2),本件発明1の純度の規定範囲に入るから,審決の相違点2の認定は誤りであると主張する。
しかし,?@甲1に具体的に開示された実施例は「実施例1」のみであり,「実施例1」には「POLY-TERGENT 2A-1Lアニオン系界面活性剤」,「POLY-TERGENT SLF-18非イオン系界面活性剤」及び「TRITON X-100非イオン系界面活性剤」という3種類の界面活性剤が使用されているのに対し(前記ア(ア)g),甲5の実験においては,「TRITON X-100非イオン系界面活性剤」の1種類しか使用していないこと,?A甲1には,「以下に掲げた例から選ばれる単独,または二,三,または四つの界面活性剤の組み合わせのどのようなものも好適に使用できる。」として,使用可能な界面活性剤が複数例示されているが(前記ア(ア)e),一方で,使用する界面活性剤が異なれば,生成物の物性に差異が生じ得ることは技術常識であり(甲1にも「使用する界面活性剤のタイプを変えることにより,より対称な結晶形をもつ非針状円板形が製造されることがわかった。」との記載(前記ア(ア)i)がある。),しかも,甲1には,例示された1種類の界面活性剤を使用した場合であっても,3種類の界面活性剤を使用した「実施例1」の実施条件に合致することを具体的に示唆する記載はないことに照らすならば,甲5の実験は,「実施例1」の実施条件に則したものとはいえず,甲1の「実施例1」の正確な追試であるとは認められない。
したがって,甲5の実験が甲1の実施例の正確な追試であることを前提とする原告の主張は,理由がない。
ウ 甲26の実験に基づく原告の主張に対する判断原告は,「POLY-TERGENT 2A-1L」と同一の化学物質名(sodium dodecyldiphenyl ether disulfonate)を有する「ア二オン系界面活性剤Eleminol MON-7(SanyoChemicalIndustries製造)」,「POLY-TERGENT SLF-18」と同一のCAS番号を有する「非イオン系界面活性剤Plurafac RA-30(BASF Corporation製造)」及び「非イオン系界面活性剤TRITON X-100」の3種の界面活性剤を用いて,甲1の実施例1に記載された発明を追試した甲26の実験は,甲1の実施例の正確な追試に該当し,甲26の実験に基づいて製造された銅ピリチオンの純度は99%であり,本件発明1の純度の規定範囲に入るから,審決の相違点2の認定は誤りであると主張する。
(ア) しかし,以下のとおり,原告の主張は理由がない。すなわち,a甲28の1の添付資料4(米国特許第5735929号明細書)には,「POLY-TERGENT 2A-1Lanionic surfactant」(POLY-TERGENT 2A-1Lアニオン系界面活性剤)は,「a linear dodecyl diphenylether sodium disulfonate」であることの記載があり(5頁3欄46行〜52行),この記載によれば,「POLY-TERGENT 2A-1L」は,「直鎖型(linear)」の「sodium dodecyl diphenyl ether disulfonate」に該当することが認められる。
一方,甲28の1の添付資料5(「Comprehensive Speciality Chemicals Volumu 2」INDEX International)の「Sodium dodecyl diphenyl ether disulfonate」の項目の「Trade Name Synonyms」の欄には,「Eleminol MON-7」,「Poly-Tergent 2A1〔BASF〕」,「Poly-Tergent 2EP〔BASF〕」の三つの商品名の記載があり,この記載によれば,「Eleminol MON-7」は,「sodium dodecyl diphenyl etherdisulfonate」に該当することが認められる。しかし,甲28の1の添付資料5には,「Eleminol MON-7」が「直鎖型(linear)」であることを窺わせる記載はなく,本件の他の証拠を勘案しても,「Eleminol MON-7」が,「直鎖型(linear)」の「sodium dodecyl diphenyl ether disulfonate」に該当することを認めるに足りない。かえって,乙2(甲1の特許出願人であるオリンコーポレーション作成の意見書)添付の参考資料3(オリンコーポレーションの製品カタログ「Poly-Tergent Surfactants」)には,「Poly-Tergent」の「2A1及び2EPは,branched(分岐状)アルキルジスルフォネートであり,2A1-Lはlinear(直鎖状)のアルキルジスルフォネートである」との記載があることに照らすならば,甲28の1の添付資料5の「Trade Name Synonyms」の欄に記載された三つの製品のうち,「Poly-Tergent 2A1」及び「Poly-Tergent 2EP」は,「分岐状(branched)」のアルキル部分を有することが認められ,残余の「EleminolMON-7」も,これらと同様に分岐状のアルキル部分を有するものである可能性を否定できない。
bそして,界面活性剤は,親水基及び疎水基から構成され,両方の部分が相俟って界面活性剤としての機能を果たし,物性及び機能において疎水基の化学構造を軽視することはできないこと,親水基が同一であっても,疎水基であるアルキル部分が直鎖状であるか分岐状であるかによって,溶解度や融点等の化合物の基本物性が異なり,界面活性剤の物性及び機能にも影響することは技術常識であることに照らすならば,「Eleminol MON-7」は,「直鎖型(linear)」の「sodium dodecyl diphenyl ether disulfonate」に該当するものとは認められず,かえって分岐状のアルキル部分を有するものである可能性を否定できないのであるから,「Eleminol MON-7」は,「直鎖型(linear)」の「POLY-TERGENT 2A-1L」と,物質名が同じ化合物群に属するといえるとしても,化学構造において同一であるとはいえない。したがって,甲26の実験で使用された「Eleminol MON-7」は,甲1の実施例1記載の「POLY-TERGENT 2A-1L」と同一化学物質であるとはいえない。
これに対し原告は,界面活性剤においてアルキル部分が直鎖状か,分岐状であるかは重要でない旨主張するが,独自の見解であり,採用することができない。
(イ)以上によれば,甲26の実験は,使用された界面活性剤が甲1の「実施例1」のものと相違するから,他の実験条件について検討するまでもなく,甲1の「実施例1」の正確な追試であるとは認められない。
したがって,甲26の実験が甲1の「実施例1」の正確な追試であることを前提とする原告の主張は,理由がない(なお,被告らは,甲26の実験に係る証拠の提出は,民訴法157条1項により,時機に後れて提出されてたものとして却下すべきであると主張するが,特許庁における手続の経緯,審決の内容,本件の審理経過に鑑み,原告の同証拠の提出は,同項所定の「時機に後れて提出した」もので,「訴訟の完結を遅延させる」ものとは認められない。)。
エ 小括以上のとおり,審決の相違点2の認定に誤りがあるとの原告の主張は理由がない。
(2) 相違点3の認定についてア 甲1の記載に基づく原告の主張に対する判断(ア)原告は,前記(1)ア(ア)iの甲1の記載は,針状粒子の粒子径の実寸に関し明示するものではないが,円板状の粒子の粒子径について「少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ」ことが好ましいと記載されているので,甲1には,針状粒子の粒子径が2〜15ミクロン程度の体積メジアン相当球径程度のものが製造されたことが記載されているに等しいか,少なくとも好ましいことが開示されているから,審決の相違点3(銅ピリチオンの平均粒子径について,本件発明1は「1〜5μm」と規定されているのに対して,刊行物発明1には明確に規定されていない点)の認定は誤りである旨主張する。
しかし,甲1には,「・・・好ましくは,円板状物は約0.65以下の平均球形度をもち,少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ。」(前記(1)ア(ア)i)と記載されるにとどまり,円板状物の粒子径が実測されたことを記載するものではない。そこで,甲1の翻訳前の原文である甲14を参酌すると,甲1の上記記載に対応する箇所には「Advantageously the plateletswill have a mean sphericity of less than about 0.65 and a median equivalent spherical diameter based on volume of at least about 2 microns but less than 15 microns.」との記載があり,その記載中に「will have」との部分があることに照らすと,「約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径」(a median equivalent spherical diameter based on volume of at least about 2 microns but less than 15 microns)は,実際に得られた粒子を実測し,その値に基づいて記載されたものであるとは認められない。
したがって,前記(1)ア(ア)iの甲1の記載に基づいて,甲1には,針状粒子の粒子径が2〜15ミクロン程度の体積メジアン相当球径程度のものが製造されたことが記載されているに等しいとの原告の主張は,採用することができない。
(イ)また,甲1に,円板状の粒子の粒子径について「少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ」ことが好ましいことが記載されているからといって,甲1の実施例1の針状粒子の粒子径も2〜15ミクロン程度の体積メジアン相当球径程度のものが好ましいことが開示されているといえるものではなく,甲1に,相違点2に係る本件発明1の構成(銅ピリチオンの平均粒子径「1〜5μm」)が開示されているとはいえない。
この点を補足すると,本件明細書(甲20)に,「【課題を解決するための手段】本発明者らは,反応系におけるpH値を特定範囲に保つよう原料を供給し,得られたスラリー状の目的物を特定条件下に加熱処理することにより,船底塗料用防汚剤に適した高純度で均一かつ最適な粒子径の目的物を高収率で工業的に有利に得ることに成功し,本発明を完成するに至った。」(段落【0004】),「・・・したがって・・・加熱処理の後,常法により洗浄,固液分離,乾燥すると,表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックが得られ,粉砕することにより,純度が97%以上で,目的の均一な平均粒子径の粉末とすることができる。」(段落【0007】)との記載がある。この記載と本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載を総合すると,本件発明1の銅ピリチオンは,「表面と内部が均一な状態の乾燥ブロックを粉砕することにより得られ」たものであるので,その「平均粒子径1〜5μm」は,「均一な平均粒子径」であるものと解される。これに対し甲1の円板状の粒子の粒子径について「少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ」ことが好ましいとの記載は,本件発明1と数値範囲において一部重複するものではあるが,「体積メヂアン相当球径」が「均一な平均粒子径」を意味するとまで直ちには認められないから,上記記載部分から,相違点3に係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえず,また,上記構成のもの(均一な「平均粒子径1〜5μm」のもの)を製造することが容易であることが示唆されているものとはいえない。
イ 甲1の記載に基づく原告の主張に対する判断原告は,甲1の実施例1を正確に追試した甲5の実験及び甲26の実験に基づいて製造された銅ピリチオン粒子の粒子径測定結果によれば,甲1の実施例1によって製造された銅ピリチオンの粒子径は,本件発明1において規定する銅ピリチオンの粒子径の範囲1〜5μm(相違点3に係る本件発明1の構成)に入ることが確認されたと主張する。
しかし,前記(1)イ及びウで認定したとおり,甲5の実験及び甲26の実験は,いずれも甲1の実施例1の正確な追試であると認められないから,原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。
ウ 小括したがって,審決の相違点3の認定に誤りがあるとの原告の主張は理由がない。
(3) まとめ以上のとおり,本件発明1と甲1に記載された発明とは,少なくとも相違点2及び3がある点において相違し,本件発明1が甲1に記載されているものとは認められないから,本件発明1は甲1に記載された発明と同一とはいえないとした審決の判断に誤りはない。したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について(1)原告は,甲1の実施例を追試した甲5の実験及び甲26の実験により得られた銅ピリチオン粒子の測定結果を参照すると,当業者であれば,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基づいて,容易に本件発明1を発明することができたから,審決が,本件発明1は,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないと判断した点に誤りがあると主張する。
しかし,原告主張は,以下のとおり理由がない。
ア原告の上記主張は,甲5の実験及び甲26の実験が,甲1の実施例の正確な追試であることを前提としているが,前記1(1)イ及びウで認定したとおり,いずれも甲1の実施例(実施例1)の正確な追試であると認められない。
イ原告は,相違点3の容易想到性について,?@甲1の記載(13頁1行〜7行)によれば,甲1には,銅ピリチオン粉体を生物致死性成分とした塗料が記載され,その銅ピリチオンの平均粒子径を1〜5μm(相違点3に係る本件発明1の構成)とすることも記載されているか,少なくとも当業者が容易に想到し得た程度に開示されているといえる,?A審決は,相違点3に係る本件発明1の構成を採用することにより,「船底塗料に用いる際に塗料がゲル化,ブツの発生や塗膜の亀裂を起こすことがない」という効果が奏せられる旨説示しているが,銅ピリチオン粒子を船底塗料用防汚剤として用いることは,本件出願の優先日前に周知のことであり,また,防汚剤の粒子径が小さければゲル化が起こり,他方,大きい粒子を含んでいて不均一であれば,ブツができるのは当業者であれば,当然に予測できることであり,格別な作用効果とはいえないと主張する。
(ア)しかし,甲1には,「・・・円板状はまた,好ましい嵩密度,分散性および/または使用する前の次工程で容易な製粉化を与えるので,銅ピリチオンにとって好都合な形状である。好ましくは,円板状物は約0.65以下の平均球形度をもち,少なくとも約2ミクロンで15ミクロンより小さい体積メヂアン相当球径をもつ。」(13頁1行〜7行。前記1(1)ア(ア)i)との記載があるが,円盤形状物の約2ミクロン〜15ミクロンという「体積メヂアン相当球径」は,前記1(2)ア(イ)のとおり,「均一な平均粒子径」を意味するとまで認められないから,上記記載部分から,相違点3に係る本件発明1の構成が開示されているものとはいえず,また,上記構成のもの(均一な「平均粒子径1〜5μm」のもの)を製造することが容易であることが示唆されているものとはいえない。したがって,甲1の上記記載に基づいて,当業者が相違点3に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たものとは認められない。
また,甲2には,「塗料組成物において防汚剤として銅ピリチオンを使用し得ること」が記載されているが(請求項1,段落【0039】,【0093】),銅ピリチオンの平均粒子径に関する記載や示唆はないから,甲2の記載に基づいて,当業者が銅ピリチオンの平均粒子径を「1〜5μm」とする構成を容易に想到し得たものとは認められない。
(イ)さらに,本件明細書(甲20)の段落【0003】,【0007】,【0023】〜【0025】等の記載を総合すれば,「本件発明1において,銅ピリチオンの平均粒子径を『1〜5μm』とすることによって,船底塗料に用いる際に塗料がゲル化,ブツの発生や塗膜の亀裂を起こすことがないという効果を奏する」(審決書16頁26行〜29行)とした審決の判断に誤りはない。また,甲1の記載から,本件発明1の上記効果を予測し得たものということもできない。
(ウ)したがって,甲1及び甲2に基づいて,当業者が相違点3に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たものとは認められない。
(2)以上によれば,本件発明1は,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(本件発明2の進歩性の判断の誤り)について(1) 相違点5の認定について原告は,?@甲1の「反応のための適切なPHは,1から12,より好ましくは約3から約8,最も好ましくは約4から約5である。」(11頁21行〜23行))との記載によれば,甲1には,「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得る」工程が記載されている,?A甲1には,銅塩のモルを基準として約2.9モル%の銅(II)イオンの存在下に,加熱された反応容器にゆっくり加えること,つまり,「加熱処理すること」が記載されている(12頁4行〜15行)ことに照らすならば,甲1は,相違点5に係る本件発明2の構成(「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得」る工程と「(ii)次いでこのスラリーを,(i)で使用した無機銅(II)塩の銅換算で0.5〜10重量%の銅(II)イオンの存在下に加熱処理する」工程の2工程)を有していると認められるから,相違点5の審決の認定は誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
ア本件発明2の特許請求の範囲(請求項2)の「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得」との記載は,「両水溶液を混合反応」する時の「pH値」の範囲を「1.6〜3.2」という特定の酸性領域に保つことを記載したものであるのに対し,甲1の「反応のための適切なPHは,1から12,より好ましくは約3から約8,最も好ましくは約4から約5である。」との記載は,製造の全工程の「pH値」の範囲を一般的に記載したもので,その範囲も「1から12」又は「約3から約8」というように酸性領域及びアルカリ性領域を含む広範囲のものであり,しかも,反応開始時の「pH値」は記載されていないのであるから,甲1の上記記載をもって,甲1に,「(i)反応系内のpH値が1.6〜3.2の範囲内に保たれるように,両水溶液を混合反応してスラリーを得る」工程が記載されているものとは認められない。
また,甲1には,本件発明2の「(?T)」と「(?U)」のような2工程の構成を採ることについての記載も示唆もない。
イしたがって,相違点5の認定が誤りであるとする原告の主張は失当である。
(2) 相違点6の容易想到性について原告は,?@甲1の「本発明は,一般に銅ピリチオンの製造方法に関するもので,より詳しくは,界面活性剤を使用しゲルのない銅ピリチオン分散液を製造する方法に関する。」(4頁3行〜4行)との記載に照らすならば,従来の銅ピリチオンの製造方法は,界面活性剤を使用していなかったが,甲1の銅ピリチオンの製造方法は,界面活性剤を使用し,しかも,特定の界面活性剤を使用することにより,従来の銅ピリチオンの製造方法の欠点を改善するものである,?A高純度で,粒径分布が均一な銅ピリチオン粒子が甲1記載の製造方法によっても製造できることは前述のとおりである,上記?@及び?Aによれば,本件発明2の奏する作用効果は,甲1の記載に基づけば当業者が容易に予測できる程度のものであるから,甲1の銅ピリチオンの製造方法において,界面活性剤を使用しないようにすること(相違点6に係る本件発明2の構成)は,当業者が容易に想到し得たから,これに反する審決の相違点6の容易想到性の判断は誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
ア甲1の「本発明は,一般に銅ピリチオンの製造方法に関するもので,より詳しくは,界面活性剤を使用しゲルのない銅ピリチオン分散液を製造する方法に関する。」との記載(前記1(1)ア(ア)b)から,従来の銅ピリチオンの製造方法は,界面活性剤を使用しないものであったと認めることは困難である。
また,甲1には,「【特許請求の範囲】1.イオン交換反応において銅塩,ピリチオン塩及び前記キャリアーからなる反応混合物を反応させることを特徴とするゲルのない銅ピリチオン溶液または分散液の製造方法であって,前記反応は少なくとも一つの界面活性剤の安定化有効量の存在下で行われ,前記界面活性剤の総量は前記キャリアー中でゲルの生成を防止または抑制するに十分な量であることを特徴とする製造方法。」(前記1(1)ア(ア)a),「本発明の方法に使用される界面活性剤は,非イオン系,アニオン系,カチオン系および両性系(これは普通双イオン系とも呼ばれる)として知られる界面活性剤の部類から選ばれたものが好適である。この界面活性剤は単独で使用されてもよいし,または前述の界面活性剤の四分類から選ばれた二つ,三つあるいは四つさえもの界面活性剤の組み合わせで用いてもよい。・・・単独の界面活性剤として使われるとき好ましさでは劣るが,カチオン系および両性系界面活性剤は,界面活性剤をまったく使用せず製造された銅ピリチオンに比べ,製造中のゲル化問題の程度を減じるという改善を示す。」(前記1(1)ア(ア)d),「「以下に掲げた例から選ばれる単独,または二,三,または四つの界面活性剤の組み合わせのどのようなものも好適に使用できる。・・・」(前記1(1)ア(ア)e),「比較例として,界面活性剤なしで同じ方法で行ったとき,目でわかるゼラチン状の銅ピリチオン生成物ができ,このものは粘度が高いため濾過すること,乾燥すること,および取り扱うことが困難であった。」(前記1(1)ア(ア)j)との記載があることに照らすならば,甲1の銅ピリチオンの製造方法においては,界面活性剤の使用が不可欠であり,界面活性剤を使用をしないようにするとの動機付けを見出しがたい。
イしたがって,甲1の銅ピリチオンの製造方法において,当業者が相違点6に係る本件発明2の構成を容易に想到し得たとの原告の主張は失当である。
(3) 小括以上によれば,本件発明2は,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。
4 結論以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大鷹一郎
裁判官 嶋末和秀