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関連審決 不服2002-17038
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10436審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10315審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10445審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ12207特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14行ケ426特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  寄せ集め /  周知技術 /  実施可能要件 /  技術常識 /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  具体的態様 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 81号 審決取消請求事件
原告 松下電器産業株式会社
訴訟代理人弁護士 森ア博之,根本浩,安藤誠悟,弁理士 稲葉良幸,大貫敏 史,深澤拓司,岩橋文雄,中原健吾
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 村上哲,城戸博兒,高木進,大橋信彦,井出英一郎,岡田孝博
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/12/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002-17038号事件について平成16年1月19日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成7年6月23日,名称を「ディスク駆動装置」とする発明について特許出願をしたが,(平成7年特許願第157354号),平成14年7月29日拒絶査定があったので,平成14年9月5日に拒絶査定に対する審判請求をし(不服2002-17038号),同年10月4日付けで手続補正をした(本件出願においては平成14年3月11日付けでも手続補正がされているが,以下において,単に「補正」というときは,同年10月4日付けの補正を指す。)。
上記審判事件において,平成16年1月19日,上記手続補正の却下を含む審判請求不成立の審決があり,その謄本は同年2月3日原告に送達された。
2 本願発明(請求項1に記載の発明を指す。その余の請求項記載の発明については省略)の要旨 (1) 補正前の請求項1の記載(平成14年3月11日付け手続補正書によるもの) ステータ側に,ステータコイルを巻装したステーアコアと,このステータコアの内周側に位置するスリーブとを備え, ロータ側に,ディスクを固定するハブと,このハブに前記ステータコアの周囲を取りまくようにして装着された駆動マグネットと,前記ハブの半径方向中央に一端が取り付けられるとともにハブが取り付けられる部分以外の外周残部が前記スリーブによって嵌挿される軸とを備え, 軸又はスリーブのどちらか一方にヘリングボーン溝を形成し,軸とスリーブとの隙間に注入された潤滑油を介して相対的に回転可能な動圧流体軸受を構成し, 軸径Dを3mm以下にするとともに,軸とスリーブとの半径隙間Rを,軸径Dに対する比(R/D)が0.0005から0.002の範囲になるようにしたスピンドルモータを有し, かつハブの外周に2.5インチ型ディスクを固定したことを特徴とするディスク駆動装置。
(2) 補正後の請求項1の記載(下線部が補正箇所) ステータ側に,ステータコイルを巻装したステータコアと,このステータコアの内周側に位置するスリーブとを備え,ロータ側に,ディスクを固定するハブと,このハブに前記ステータコアの周囲を取りまくようにして装着された駆動マグネットと,前記ハブの半径方向中央に一端が取り付けられるとともにハブが取り付けられる部分以外の外周残部が前記スリーブによって嵌挿される軸とを備え,軸又はスリーブのどちらか一方にヘリングボーンを形成し,軸とスリーブとの間に注入された潤滑油を介して回転可能な動圧流体軸受を構成し,軸径を3mm以下にするとともに,軸とスリーブとの半径隙間Rを,軸径Dに対する比(R/D)が0.0005から0.001 の範囲になるようにしたスピンドルモータを有し,かつハブの外周に2.5インチ型ディスクを固定したことを特徴とするディスク駆動装置。
3 審決の理由の要点 (1) 刊行物の記載 特開平7-123633号公報(平成7年5月12日公開,刊行物1。本訴甲2)には,次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「ステータ側に,駆動コイル303,304を巻装したステータコア302と,このステータコア302の内周側に位置するスリーブメタル401とを備え,ロータ側に,ディスクを磁気吸着により固定するマグネットチャック204及びディスク支持部203と,このマグネットチャック204及びディスク支持部203を固定する磁路ヨーク206と,この磁路ヨーク206に前記ステータコア302の周囲を取りまくようにして装着された界磁マグネット205と,前記磁路ヨークヨーク206の半径方向中央に一端が取り付けられるとともに磁路ヨーク206が取り付けられる部分以外の外周残部が前記スリーブメタル401によって嵌挿されるシャフト202とを備え,シャフト202にヘリングボーンを形成し,シャフト202とスリーブメタル401との間に注入された潤滑油を介して回転可能な動圧流体軸受を構成したスピンドルモータを有し,かつ前記チャッキングマグネット204が吸着保持する吸着板102の外周にディスクを磁気吸着により固定したディスク駆動装置。」 特開平6-173941号公報(平成6年6月21日公開,刊行物2。本訴甲3)には,「多面鏡付きモータ,ファン付きモータ等において,軸にヘリングボーンを形成し,潤滑剤を介して相対回転する動圧型流体軸受の軸の直径を3mm程度とすること,軸をこのように細くすることにより,軸受損失トルクを小さくすることができること」が記載されている。
また,動圧型流体軸受は,軸受隙間が5μm程度と狭いことが記載されている。
特開平5-240241号公報(平成5年9月17日公開,刊行物3。本訴甲4)には,「ハードディスク用スピンドルモータにおいて,空気を介して相対回転するヘリングボーン溝の動圧型軸受で,軸受クリアランスを小さくすることで軸受の剛性を向上させることが一般的であり,軸受クリアランスを直径で除したものが,小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となること」が記載されている。
(2) 対比 補正発明(補正後の請求項1に係る発明)と刊行物1に記載の発明を比較すると,後者の「駆動コイル303,304」,「ステータコア302」,「スリーブメタル401」,「界磁マグネット205」,「シャフト202」は,前者の「ステータコイル」,「ステータコア」,「スリーブ」,「駆動マグネット」,「軸」にそれぞれ相当し,後者においては,「磁路ヨーク206」中心部にシャフトが取り付けられるとともに,この「磁路ヨーク206」に固定された「チャッキングマグネット204」,「ディスク支持部203」と「チャッキングマグネット204」に吸着される「吸着板102」によりディスクが支持されるものであり,また,これらの「磁路ヨーク206」,「チャッキングマグネット204」「ディスク支持部203」及び「吸着板102」は,全体として,ディスクの中央部に位置するものであって,これらを合わせたものが,前者の「ハブ」に相当することから,両者は,「ステータ側に,ステータコイルを巻装したステータコアと,このステータコアの内周側に位置するスリーブとを備え,ロータ側に,ディスクを固定するハブと,このハブに前記ステータコアの周囲を取りまくようにして装着された駆動マグネットと,前記ハブの半径方向中央に一端が取り付けられるとともにハブが取り付けられる部分以外の外周残部が前記スリーブによって嵌挿される軸とを備え,軸又はスリーブのどちらか一方にヘリングボーンを形成し,軸とスリーブとの間に注入された潤滑油を介して回転可能な動圧流体軸受を構成したスピンドルモータを有し,かつハブの外周にディスクを固定したディスク駆動装置。」である点で一致し,次の点で相違している。
(相違点1) 補正発明においては,固定されるディスクは,2.5インチ型であるのに対し,刊行物1には,3.5インチ型と5.25インチ型については言及されているが,2.5インチ型であることの特定はされていない点(相違点2) 補正発明においては,軸径を3mm以下にするとともに,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)が0.0005から0.001の範囲にしたのに対し,刊行物1に記載の発明には,そのような特定はされていない点 (3) 相違点1についての判断 ディスク駆動装置に固定されるディスクとして,2.5インチ型のものは周知であり,例えば,刊行物1及び補正発明と同じく動圧軸受を備えるモータから構成されるディスク装置である刊行物3にも,例示されているとおりである。
したがって,補正発明において,ディスクを2.5インチ型とした点に,格別の困難性を認めることはできない。
(4) 相違点2についての判断 ア.刊行物1においては,軸径,及び軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)の数値範囲については,特定をしていない。
ところで,補正発明において,軸径を3mm以下としたのは,低消費電力化を達成するためにモータ電流を下げるには,軸の回転時の摩擦トルクを小さくする必要があることを主な目的にしている(本願明細書【0019】〜【0021】)ところ,刊行物2には,多面鏡付きモータ,ファン付きモータ等において,軸にヘリングボーンを形成し,潤滑剤を介して相対回転する動圧型流体軸受の軸の直径を3mm程度とすること,軸をこのように細くすることにより,軸受損失トルクを小さくすることができることについて記載されている。
これによると,補正発明と同じく,潤滑油等の潤滑剤を介する動圧型流体軸受においては,軸の径を小さくすれば回転時の摩擦トルクを下げることができるもので,また,その軸径として,3mm程度の値をとることもあり得るものであることが明らかである。
刊行物2に記載されたものは,ディスク駆動に係るものではないにしても,刊行物1及び補正発明とは,モータの軸にヘリングボーンを形成し,潤滑剤を介して相対回転する動圧型流体軸受を備えるものである技術において共通しているもので,刊行物1に記載されたものに対して,刊行物2に記載の技術を参酌して補正発明の構成の一部を構成することの妨げとなるものはない。
イ.また,補正発明において,軸径を3mm以下とすることにより,図6等に見られるように,摩擦トルクや負荷容量との関係において好ましい結果が得られるにしても,この3mmの値により臨界的な著しい作用効果の変化をもたらすものとまではいえない。
ウ.さらに,補正発明において,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)を0.0005から0.001の範囲としたのは,この比を小さくすることにより,軸受の負荷容量を大きくするためであり,また,0.0005より小さいと熱膨張に起因して半径隙間がなくなることによっている(本願明細書【0021】参照。)。
ところで,刊行物3には,スピンドルモータの軸受であって,空気を介して相対回転するヘリングボーン溝の動圧型軸受において,軸受クリアランスを小さくすることで軸受の剛性を向上させることが一般的であり,軸受クリアランスを直径で除したものが,小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となることが,一般的な技術として記載されている。
刊行物3においては,補正発明のように潤滑油を介在させずに空気による動圧軸受としたこともあり,具体的に開示されている数値は,0.001とは異なるものの,軸受の剛性すなわち負荷容量を向上させるためには,軸径Dとスリーブとの半径隙間Rの比(R/D)を所定の値よりも小さくすることが必要であることを開示している。
刊行物3に記載のものでは,空気を流体として用いる動圧軸受であるために,その数値自体を潤滑油を流体として用いる動圧軸受の場合の参考にはできないにしても,軸受クリアランスを直径で除したものが,小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となるという定性的な知見については,潤滑油を用いる動圧軸受についても参考とすることができることはいうまでもない。
しかも,刊行物1及び補正発明のように,潤滑剤を用いた動圧軸受の場合,刊行物2には,軸受隙間が5μm程度が一般的であること及び軸径として3mm程度とすることが記載されていることから,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)が0.0017程度のものが想定され,この値は,補正発明の上限値の0.001を上回るものの,それと大きくかけ離れるものでもなく,このことからしても,0.001以下とする数値が従来の技術から想定外のものともいえない。
エ.また,軸受の隙間に関する数値範囲が下限値を必要とすることは,当然であり,その際に熱膨張を考慮に入れるべきことも技術常識にすぎないものであるから,下限値を補正発明のように,0.0005とした点にも格別の困難性は認められない。
オ.また,補正発明において,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)を0.0005から0.001の範囲としたことが,図7等に見られるように,負荷容量との関係において好ましい結果が得られるにしても,これらの値において臨界的な著しい作用効果の変化をもたらすものとまではいえない。
カ.このように,補正発明における軸径及び軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)に関する範囲を限定した点については,負荷(相違点1に関するディスクの大きさ等にも関係する。)や流体の種類等の一定の条件下において,実験的に好適な範囲を求めることにより,容易になし得たものと認められる。
(5) 作用効果についての判断 そして,補正発明の全体の作用効果としても,各刊行物及び周知技術から,当業者が予測できる範囲のものである。
なお,審判請求人は,片持式の動圧流体軸受を有する2.5インチ型ディスク駆動装置に係る発明に対して,構成及び軸受特性の異なる潤滑油等の動圧型流体軸受と空気動圧軸受とに関する特性データと一般的な技術常識というバラバラで相互に無関係な知見を寄せ集めるだけで,顕著な作用効果を奏する補正発明を容易に想到することはできない旨の主張をしている。
しかしながら,刊行物1ないし3に記載された技術は,ヘリングボーン溝を形成する動圧型のモータ軸受の部分において共通するものであり,これらの技術を互いに適用することが困難であるとは認めることができない。
そして,補正発明における数値範囲の限定については,その課題に関した数値範囲を設定することは,各刊行物及び技術常識によって予測できるものであり,また,その具体的な数値については,与えられた所定の条件の下で実験的に求め得る範囲のものであることは,既に述べたとおりである。
したがって,補正発明は,刊行物1ないし3に記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際に独立して特許を受けることができないものである。
(6) 補正についてのむすび 以上のとおり,本件補正は,平成6年法律第116号による改正前の特許法17条の2第4項で準用する同法126条3項の規定に違反するものであり,同法159条1項で準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものである。
(7) 本願発明(補正前発明) 以上のとおり,平成14年10月4日付けの手続補正は却下されたため,本願の請求項1ないし3に係る発明は,平成14年3月11日付け手続補正書により補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて,その明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載されたとおりのものと認められるところ,その請求項1に係る発明(本願発明=補正前発明)は,前記2の(1)のとおりである。
本願発明(補正前発明)は,上記で検討した補正発明に対し,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)の上限値を0.002と,広い範囲にしたものである。
そして,この0.002という値に格別の臨界的な意義が認められないことは,補正発明において,0.001の値の場合と同様である。
したがって,補正発明が,刊行物1ないし3に記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明(補正前発明)も,同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(8) 審決のむすび 以上のとおり,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(補正却下の理由とされた独立特許要件の判断の誤り(補正発明と引用発明1との相違点2判断の誤り)) 審決が,補正発明と引用発明との相違点2についての判断で論拠とした説示ア〜カは,誤りである。
(1) 「ア」の項の説示について (1)-1 引用発明2(刊行物2記載の発明)は,「潤滑剤」として,「空気等の気体」を用いるものであり,「潤滑油等」を用いる引用発明1(刊行物1記載の発明)に適用できるとは限らない。
(1)-1-1 「潤滑剤」としては,潤滑油のほかに,例えば,刊行物3に記載されているように空気を挙げることができるところ,刊行物2には,「潤滑剤」の具体例が明記されていないから,引用発明2は,「潤滑剤」一般が適用される動圧型流体軸受に係るものと解される。軸受特性(軸径D,半径隙間Rによるラジアル剛性)は,空気軸受,液体軸受とで大きく異なるから,引用発明2が,空気軸受,液体軸受のいずれに特異的に適用できるのかについては,刊行物2には開示も示唆もない。空気軸受と液体軸受との軸受特性の顕著な相違を考慮すれば,いずれに特異的に適用できるかを判断するには,緻密な検証と考察が必要であるから,引用発明2を,引用発明1に適用することが当業者にとって想到容易であるとはいえない。
(1)-1-2 被告は,潤滑剤を定義する乙4(「機械工学辞典」朝倉書店1993年432頁),乙5(「機械用語大辞典」日刊工業新聞社1997年357頁)及び乙6(「広辞苑第4版」岩波書店1991年1244頁)の記載を根拠に,刊行物2に記載されている潤滑剤を,空気等の気体であるとあえて解することは不自然であり,液体の潤滑剤であると解することが自然であるなどと主張するが,気体を潤滑剤として用いる気体潤滑は,トライボロジー分野全般,特にハードディスク装置等の記録再生装置の分野では,本件出願当時,極めて一般的な技術であったから,刊行物2に記載されている潤滑剤が,空気等の気体であるとあえて解することは不自然であるなどという被告の主張は,軸受等が関わる技術分野における技術常識を無視しかつ工学的な見地から成り立たないものであって,誤りである。
(1)-1-3 被告は,潤滑剤として液体潤滑剤を使用する乙1(特開平6-308414号公報)を提示して,刊行物2の記載が乙1の記載と符合すると主張する。しかし,両者は厳密に一致するものではない。また,仮に符合するとしても,刊行物2における「潤滑剤」が液体潤滑剤であるとは断定できず,せいぜい液体潤滑剤である可能性が否定できないというにとどまる。刊行物2の「潤滑剤」として,気体の可能性が否定されるわけではないから,刊行物2の記載が,乙1の記載と矛盾するものではなく,刊行物2の「潤滑剤」は液体であるとの主張は,誤りである。
(1)-1-4 なお,刊行物2には,「3万RPM程度の高速回転させても周速は比較的低く発熱や,潤滑剤の飛散や劣化がない。」(【0009】)と記載されている。一般に高速回転領域といわれる1万RPM以上の回転では,軸径を細くしたとしても,潤滑剤として潤滑油等の液体を用いた場合には,その劣化が著しい傾向にあるから,3万RPMという高速回転領域の動作でも「劣化がない」潤滑剤たり得べきものは,空気等の気体潤滑剤であると考えざるを得ない。したがって,当業者は,刊行物2に記載された潤滑剤が液体潤滑剤であると解することはなく,空気等の気体であると解するのが普通である。
(1)-1-5 被告は,刊行物2において,潤滑剤が空気等の気体であるなら,そもそも劣化ということ自体があり得ないし,殊更に飛散を問題にする必要がないから,潤滑剤は空気等の気体ではない旨主張するが,刊行物2においては,潤滑剤が,気体,液体のいずれであるかの区別はつかないのであるから,潤滑剤が液体である場合について言及されていることは,何らおかしなことではない。
(1)-1-6 そうすると,審決の「潤滑油等の潤滑剤を介する動圧型流体軸受においては」,「その軸径として,3mm程度の値をとることもあり得るものであることが明らかである。」という説示は,物理現象の認識を欠いたものであり,合理的な根拠がない。
(1)-2 引用発明2は,補正発明と課題が異なり,引用発明2を,引用発明1に適用しようとする動機づけがない。
(1)-2-1 引用発明2の目的は,軸受部品の低コスト化を図り,加工と洗浄が容易で,洗浄液の使用量が少ない動圧型流体軸受を実現することにある(刊行物2【0002】,【0005】,【0006】及び【0015】参照)。一方,補正発明は,液体軸受によってベアリングにおける問題点を解消し,さらに,相反する特性である摩擦トルクの低減,及び,負荷容量を増大させることによる剛性の向上を本質的な解決課題としている(補正明細書【0014】(平成10年3月11付け手続補正書),【0019】,【0020】及び【0040】参照)。
(1)-2-2 このように,引用発明2は,補正発明と課題が相違している。したがって,液体軸受によってベアリングにおける問題点を解消し,さらに,相反する特性である摩擦トルクの低減及び負荷容量を増大させることによる剛性の向上を目的として,引用発明2を,引用発明1に適用しようとする動機づけは認められない。そうすると,引用発明2において,上記の目的のために,「3mm程度の値をとることもあり得る」かどうかは明らかでないし,引用発明2を,引用発明1に適用することは当業者にとって容易とはいえない。
(1)-2-3 被告は,「原告の主張する引用発明2の目的とは,文字通り単に刊行物2の特許請求の範囲の請求項1に係る発明に関するものにすぎない」と,上記原告主張の目的が,引用発明2の目的ではないかのように主張する。しかし,刊行物2について審決が引用する記載は,刊行物2の請求項1に係る発明の実施例の一部なのであるから,引用発明2は,当然に刊行物2の請求項1に係る発明の目的を達成するものである。
(1)-3 刊行物2の記載からでは,潤滑油等の潤滑剤を介する動圧型流体軸受において,摩擦トルクを低減できるかどうかは不明であるし,摩擦トルクが低減できるとしても,負荷容量が減少して剛性が低下するから,引用発明2を引用発明1に適用すると,補正発明のような目的が達成できるかは不明である。
(1)-3-1 空気と潤滑油は,摩擦トルクに影響を与え得る粘性が相違し,かつ,温度依存性という基本的な物性の傾向も異なる。刊行物2においては,このような潤滑剤の相違が考慮されていないので,補正発明が工学的に目的とする程度の摩擦トルクの低減が達成できるかは不明である。刊行物2にはそのための判断に資することができるような開示も示唆もない。
(1)-3-2 加えて,摩擦トルクを低減できたとしても,その反面,負荷容量は減少して剛性が低下してしまうのであるから,かかる認識がされていない引用発明2を,引用発明1に適用しても,補正発明の目的を達成できるかどうか不明である。そうすると,引用発明2を,引用発明1に積極的に適用する動機づけはない。
(1)-4 引用発明2は,補正発明とは駆動対象が異なる。また,引用発明1と引用発明2とは,駆動対象を異にし,軸受構造を異にするから,引用発明1に引用発明2を適用するのは容易ではない。
(1)-4-1 補正発明は,ディスク駆動に係るものであるのに対し,引用発明2は,多面鏡付きモータ,ファン付きモータ等を駆動する軸受である。しかも,「多面鏡」はレーザープリンターに,また,「ファン」は掃除機に用いられるものであって(刊行物2【0002】),補正発明の駆動対象であるディスクとは駆動対象の接続(固定)位置や寸法形状が異なる。
(1)-4-2 さらに,引用発明1は,光磁気ディスクを駆動するためのスピンドルモータに関するものであって,刊行物2の多面鏡付きモータ,ファン付モータとは異なる。引用発明1で必要とされる駆動トルク,回転数,安定性,等の諸仕様は,引用発明2で必要とされるそれらと当然に異なるから,引用発明1に,引用発明2を適用するのは容易ではない。
(1)-4-3 被告は,乙2(特開平7-75284号公報)の「このように非周期的振れを抑制できる軸受装置は,ハードディスクドライブ(HDD)用モータ,ポリゴンミラー等のように非周期的振れ防止が要求されるモータに好適である。」(【0016】)という記載を引用し,「非周期的振れ(NRRO)を抑制することが要求されるモータとして,ディスク駆動装置用モータとレーザビームプリンタ(レーザプリンタ)のポリゴンミラー用モータ(多面鏡付きモータ)は共に共通する技術を有」すると主張する。しかし,そもそも非周期的振れを抑制するために動圧型の流体軸受が用いられるのであり,乙2の上記記載は,一般論として技術の共通性を述べているにすぎない。すなわち,動圧流体軸受であることが共通することが,直ちに,例えばポリゴンミラー用モータに特有の技術とディスク駆動装置用モータに特有な技術とが何の困難もなくそのまま相互に利用できるということを保証するものではない。
(1)-4-4 引用発明2は,両端支持型の軸受構造を備えるものであり,引用発明1は,片端支持型の軸受構造を備えるものである。軸受構造の型により,軸に負荷がかかったときの偏心挙動が異なり,各々の偏心状態を修復するように作用する力が軸受剛性であるから,引用発明2に要求される軸受剛性と,引用発明1に要求される軸受剛性とは,質及び量共に異なる。このような挙動及びその修復に必要な軸受剛性の相違は,軸受構造の違いに起因する力学的な現象であり,技術常識であるから,引用発明2を引用発明1に適用又は参酌しようとする動機となるものがない。
(2) 「イ」の項の説示について (2)-1 審決は,軸径の数値限定に,臨界的意義を求めているが,課題が異なり有利な効果が異質である場合は臨界的意義は求められることはない。
(2)-1-1 審決は,「この3mmの値により臨界的な著しい作用効果の変化をもたらすものとまではいえない。」と説示しているが,誤りである。
課題が異なり有利な効果が異質である場合は,数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても,数値限定に臨界的意義を要しない(甲9の審査基準中「2.6 数値限定を伴った発明の進歩性の考え方」の(2)を参照)というべきである。
(2)-1-2 すなわち,補正発明は,潤滑油を用いた動圧型流体軸受(液体軸受)によってベアリングにおける問題点を解消し,さらに,相反する特性である,摩擦トルクの低減,及び,負荷容量を増大させることによる剛性の向上を本質的な課題としており(補正明細書【0014】(平成10年3月11日付け手続補正書),【0019】,【0020】及び【0040】参照),軸径DとR/D比の双方を好適な所定の範囲に限定するという技術思想をして初めてかかる課題を解決できるという作用効果を奏するものである。
(2)-1-3 これに対し,引用発明1は,ベアリングの問題点を解消し,耐衝撃性に優れ,回転音が極めて小さく,軸ブレが小さく,機械的共振を抑制できるといった特徴を有する動圧流体軸受を提供することを課題としており,補正発明の課題と相違する。また,かかる課題を解決できることが引用発明1の奏する有利な効果であり,補正発明の効果はこれとは異質なものである。
一方,引用発明2は,軸受部品の低コスト化を図り,加工と洗浄が容易で,洗浄液の使用量が少ない動圧型流体軸受を実現すること(刊行物2【0002】,【0005】,【0006】及び【0015】参照)を解決課題とするものであって,補正発明の課題と相違する。また,かかる課題を解決できることが引用発明2の奏する有利な効果であり,補正発明の効果はこれとは異質なものである。
引用発明3(刊行物3記載の発明)は,H型軸受構造を具備することを前提とし,空気軸受において,回転時の振動が少なく外部からの衝撃にも耐えられ,起動・停止の繰り返しによる耐久性の優れたスピンドルモータを提供することを課題とするものであって(刊行物3【0026】参照),補正発明の課題と相違する。
また,かかる課題を解決できることが引用発明3の奏する有利な効果であり,補正発明の効果はこれとは異質なものである。
(2)-1-4 そうすると,補正発明は,引用発明1ないし3と「課題が異なり有利な効果が異質である」のであって,各引用発明の延長線上にあるものではない。
したがって,補正発明の進歩性を判断する際に,軸径Dを3mm以下とすることについての臨界的意義は不要であるから,臨界的意義を要求する審決は誤りである。
(2)-2 軸径DとR/D比とを限定することによって,摩擦トルクの低減と剛性の向上という相反する二つの優れた特性を同時に達成できるのであり,しかも,軸径Dが変化すると,R/D比が変化してしまうのであるから,その数値範囲の決定は容易ではない。
(2)-2-1 補正明細書には,「軸受部の摩擦トルクは軸径の3乗に比例して大きくなるため,軸径は小さい方が好ましい。」(【0020】)と記載されているように,軸径Dをある値に小さく限定することが補正発明の本質である。更にいえば,軸径Dのみに着目したのではなく後述するR/D比をもある値に限定することが補正発明の本質であって,軸径Dの限定値そのものは,補正発明の本質からすれば好適かつ二次的な要件である。
(2)-2-2 そして,補正発明は,ディスク駆動のためのモータ軸受について補正明細書に記載された課題を解決するために,ディスク寸法やそのディスクの負荷を考慮して鋭意研究を重ねた結果,軸径Dが3mm以下という値を導出し,発明をより明確なものとするべく,補正発明の構成要件の一つとしたのである。その意味で,3mmという軸径Dの値は根拠のない値ではない。
(2)-2-3 つまり,補正発明によれば,軸径DとR/D比とを限定することによって,摩擦トルクの低減と剛性の向上という相反する二つの優れた特性を同時に達成できるのであり,しかも,軸径Dが変化すると,R/D比が変化してしまうのであるから,その数値範囲の決定は容易ではない。
(3) 「ウ」の項の説示について (3)-1 審決は,刊行物3の記載内容を誤認している。
(3)-1-1 審決は,「ところで,刊行物3には,スピンドルモータの軸受であって,空気を介して相対回転するヘリングボーン溝の動圧型軸受において,軸受クリアランスを小さくすることで軸受の剛性を向上させることが一般的であり,軸受クリアランスを直径で除したものが,小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となることが,一般的な技術として記載されている。」と説示しているが,刊行物3の記載を誤認するものである。
刊行物3には,軸受クリアランスを小さくすることで軸受の剛性を向上させること,軸受クリアランスを直径で除したものが,小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となることが,軸受一般において「一般的な技術」であるとは記載されていない。
(3)-1-2 審決も認定しているように,刊行物3には,「ハードディスク用スピンドルモータにおいて,空気を介して相対回転するヘリングボーン溝の動圧型軸受で,軸受クリアランスを小さくすることで軸受の剛性を向上させることが一般的であり,軸受クリアランスを直径で除したものが,小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となること」が記載されているのであり,刊行物3に開示されているのは,「空気を介して相対回転するヘリングボーン溝の動圧型軸受け」に関する技術についてであって,軸受一般において「一般的な技術」ではない。
(3)-1-3 被告は,乙2(特開平7-75284号公報)に,「この軸振れを抑制するには,軸受隙間を狭くすることが一般に有効と考えられている。例えば,2〜3μmの狭い軸受隙間を設定すれば,軸振れを起こさない程度に動圧を高め得ると考えられる。」(【0004】)などと,また,乙3(特開平7-114767号公報)に,「・・軸受流体12を通常のオイルとした場合には,・・,ここで動圧力は軸4とメタル5との間の隙間の自乗に反比例し,・・」(【0011】〜【0012】)などと記載されていることから,「動圧軸受の弱い剛性を向上させる手段としては,軸受クリアランスを小さくする方法が一般的であることが自明である。」と主張する。しかし,これらの記載内容から理解されるのは,軸振れ(非周期的軸振れ)を抑制するには軸受隙間を狭くすることが有効であるということにすぎない。そもそも非周期的振れを抑制するために動圧型の流体軸受が用いられるのであるから,補正発明において,動圧流体軸受を採用したこと自体によって非同期的軸振れは解消されているのである。補正発明は,ディスクの記録密度に影響を及ぼす周期的軸振れ(振れ回り)を小さくしつつ,軸径DとR/Dとを限定することによって,摩擦トルクの低減と剛性の向上という相反する二つの優れた特性を同時に達成するものであるから,非同期的振れについてだけ論じるのは妥当ではない。
(3)-1-4 刊行物3には,空気のような気体ではなく物性が異なる液体である潤滑油を用いた液体軸受における現象については,開示も示唆もないのであって,刊行物3の記載内容に基づいて,直ちに,潤滑油を用いた液体軸受の場合にまでも「軸受クリアランスを直径で除したものが小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となる」とは容易に判断できないものである。
(3)-2 空気軸受である引用発明3を引用発明1へ適用することは,そもそも可能ではない。
(3)-2-1 審決は,続けて「刊行物3においては,補正発明のように潤滑油を介在させずに空気による動圧軸受としたこともあり,具体的に開示されている数値は,0.001とは異なるものの,軸受の剛性すなわち負荷容量を向上させるためには,軸径Dとスリーブとの半径隙間Rの比(R/D)を所定の値よりも小さくすることが必要であることを開示している。」と説示しているが,かかる説示は,液体軸受と空気軸受で達成される双方のラジアル剛性が桁違いに異なるという物理現象を看過したものである。
(3)-2-2 ディスク駆動の液体軸受を工学的に実現しようとした場合,液体軸受は,空気軸受とはラジアル剛性において大きく異なることにかんがみると,空気軸受で得られた知見を液体軸受にそのまま適用できるとは,当業者にとって思いもよらない。つまり,刊行物3に記載された空気軸受の技術内容からは,流体の種類を問わずR/D比を小さくすれば常に軸受の剛性が向上される,という普遍的な結論を導くことは到底できない。
(3)-2-3 被告は,動圧軸受において,軸とスリーブとの半径隙間Rを小さくしてR/D比を小さくすれば,動圧が高まりラジアル剛性が向上し負荷容量が向上するということは,気体軸受,液体軸受共に共通する動圧軸受の一般的な性質であると主張する。しかし,動圧型流体軸受が発現するラジアル剛性が,軸径D及び軸とスリーブとの半径隙間Rに依存する傾向にあること自体は正しいものの,現実的に採用し得るような軸受仕様において,液体軸受と気体軸受とが達成できるラジアル剛性は異なる。したがって,上記の定性的傾向だけを参考にしても,気体軸受の技術内容を液体軸受の技術に適用しようとする動機づけにはならない。
つまり,液体に比して空気の圧縮性が高くかつ粘性が低いことは技術常識であるから,空気軸受でR/D比をいくら小さくしても,実現できるラジアル剛性には限界が生じるであろうことは,本件出願当時において容易に想到されたことである。
そして,潤滑油と空気の圧縮性及び粘性の違いを考慮すれば,液体軸受ではR/D比に対するラジアル剛性の変化挙動が空気軸受のそれと異なるであろうことも,本件出願時に当然に予想されたことである。
(3)-2-4 よって,本件出願当時において,刊行物3に記載された空気軸受に関する技術内容に基づいて,液体軸受においてR/D比の値を小さくすれば空気軸受と同様に軸受のラジアル剛性を所望に高めることができるか否かを断定することはできない。それどころか,液体軸受は空気軸受よりも高いラジアル剛性を発現するであろうから,液体軸受においてR/D比の値を所定の値よりも小さくする必要があるという思想には至らないはずである。
(3)-3 空気軸受に関する知見をそのまま液体軸受に適用できるとする根拠はない。
(3)-3-1 審決は,「刊行物3に記載のものでは,空気を流体として用いる動圧軸受であるために,その数値自体を潤滑油を流体として用いる動圧軸受けの場合の参考にはできないにしても,軸受クリアランスを直径で除したものが,小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となるという定性的な知見については,潤滑油を用いる動圧軸受についても参考とすることができることはいうまでもない。」と説示しており,これは,液体軸受での具体的な数値条件は,刊行物3から得られる定性的な知見に基づいて決定できる,という趣旨と解される。
(3)-3-2 しかし,空気軸受では,R/D比が小となってもラジアル剛性は飽和する傾向にあるので,R/D比が「小となるほど軸受のラジアル剛性比が大となるという定性的な知見」は,普遍的であるとはいえない。そもそも,空気軸受は液体軸受と同等の特性を発揮できない,つまり,空気軸受では液体軸受で実現されるようなラジアル剛性を達成できないのであるから(甲8(松下寿電子工業(株)技師の報告書)),空気軸受において採用される「数値自体」を参考にできないのはいうまでもなく,参考にする以前に,空気軸受に関する知見をそのまま液体軸受に適用することなどできない。
(3)-4 比(R/D)の数値限定は想到容易ではない。
(3)-4-1 審決は,「しかも,刊行物1及び補正発明のように,潤滑剤を用いた動圧軸受の場合,刊行物2には,軸受隙間が5μm程度が一般的であること及び軸径として3mm程度とすることが記載されていることから,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)が0.0017程度のものが想定され,この値は,補正発明の上限値の0.001を上回るものの,それと大きくかけ離れるものでもなく,このことからしても,0.001以下とする数値が従来の技術から想定外のものともいえない。」と説示し,0.0017程度のR/D比と0.001以下のR/D比とは大きくかけ離れるものではないので,0.001以下の数値が想定され得るとしている。
(3)-4-2 しかし,確かに,0.0017と0.001との差は0.0007であるが,審決は,刊行物3を参照し,R/D比はラジアル剛性を左右するという論理を採用しているのであるから,R/D比の数値自体の差異を議論しても意味がない。R/D比がいかなるラジアル剛性を示すものであるかが重要なのである。
(3)-4-3 刊行物3【図9】には,R/D比に相当する(b+b’)/B比が約0.001以上の範囲のデータがなく,刊行物3によっても,R/D比が0.001と0.0017のときのラジアル剛性の相違を把握することはできない。したがって,刊行物1〜3から,0.0017と0.001とが「大きくかけ離れるものでもない」か否か,判断ができない。
刊行物3においては,審決が説示するのとは逆に,R/D比が0.0017と0.001とで,剛性は大きくかけ離れるものであり,単にR/D比の数字を短絡的に比較した審決の上記説示は不当である。したがって,0.0017とういう数値から,0.001以下という数値を想定することは容易ではない。
(3)-5 不都合が生じるおそれがある範囲の数値を採用するのは,容易でない。
審決は,「また,軸受の隙間に関する数値範囲が下限値を必要とすることは,当然であり,その際に熱膨張を考慮に入れるべきことも技術常識にすぎないものである」と説示し,隙間が過小であると不都合である点を指摘している。つまり,隙間の値を小さくすると場合によっては不都合があると認識しているのに,あえてそのような不都合が生じ得るおそれがある0.0017から0.001以下へと隙間を狭めることが容易であるという認定は明らかに論理の整合性を欠く矛盾した認定である。更にいえば,刊行物3には,熱膨張を考慮に入れたときに0.001以下という数値に不都合がないという開示も示唆もないのであって,そのようなおそれを無視して0.001以下という数値を採用できる根拠はない。
(4) 「エ」の項の説示について R/D比の下限値を特定するのは,容易ではない。
(4)-1 審決は,「また,軸受の隙間に関する数値範囲が下限値を必要とすることは,当然であり,その際に熱膨張を考慮に入れるべきことも技術常識にすぎないものであるから,下限値を補正発明のように,0.0005とした点にも格別の困難性は認められない。」と説示しているが,誤りである。
(4)-2 仮に,下限値を定めるにつき熱膨張を考慮に入れるべきことが技術常識であったとしても,補正発明の対象であるディスク駆動の液体軸受において,その下限値を0.0005というようにある数値に特定すべきことは技術常識ではなく,刊行物1〜3にもその点について開示も示唆もないので,本件出願時において当業者にとって容易に想到できることではない。
(4)-3 被告は,R/D比の具体的な下限値の設定は,当業者が知識に基づいて解析・実験等により決定し得る設計的な事項であると主張する。しかし,補正発明は,具体的な製品設計とは異なる。補正発明においては,R/D比について,発明の目的を達成し,本質的な作用効果を奏するための上限値を限定した上で,下限についても,材料等によらず軸受として成立する値を限定して完成されたものであるから,R/D比の具体的な下限値の設定は,当業者が知識に基づいて解析・実験等により決定し得る設計的な事項などではない。
(4)-4 被告は,補正明細書の記載からみて,R/D比が0.0005という数値は,軸がマルテンサイト系ステンレス鋼,スリーブが銅合金の場合に求められた数値であるところ,特許請求の範囲においては,軸やスリーブの材料を何ら限定していない以上,0.0005という値が特別の意味を持つものとはいえないと主張する。しかし,軸がマルテンサイト系ステンレス鋼であり,スリーブが銅合金であることは,具体的態様の一例であるが,補正明細書には,軸がマルテンサイト系ステンレス鋼でありかつスリーブが銅合金であるときにR/D比の下限値が0.0005であるという記載はないのであるから,被告の主張は,憶測にすぎない。
(5) 「オ」の項の説示について (5)-1 比(R/D)の数値限定について臨界的意義は不要である。
審決は,「また,補正発明において,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)を0.0005から0.001の範囲としたことが,図7等に見られるように,負荷容量との関係において好ましい結果が得られるにしても,これらの値において臨界的な著しい作用効果の変化をもたらすものとまではいえない。」と説示したが,誤りである。
上述のとおり,補正発明の進歩性を判断する際に,R/D比を0.0005から0.001の範囲とすることについての臨界的意義は不要である。
(5)-2 相反する特性を同時に達成できるという顕著な効果が奏される。
(5)-2-1 上述のとおり,液体軸受において軸径Dのみならず,R/D比をもある値に限定することが補正発明の本質であって,R/D比の限定値そのものは,補正発明の本質からすれば好適かつ二次的な要件である。しかも,R/D比は軸径Dの変化に応じて変化する値であるから,軸径Dを考慮せずにR/D比の範囲を決定できる値ではない。
(5)-2-2 そして,補正発明は,ディスク駆動のためのモータ軸受について補正明細書に記載された課題を解決するために,ディスク寸法やそのディスクの負荷を考慮して鋭意研究を重ねた結果,R/D比が0.0005〜0.0001(mm)という値を導出したものである。その意味で,0.0005〜0.0001(mm)というR/D比の値は根拠のない値というわけではない。
(5)-2-3 つまり,補正発明によれば,軸径DとR/D比とを限定することによって,摩擦トルクの低減と剛性の向上という相反する二つの優れた特性を同時に達成できるのであり,しかも,R/D比は軸径Dによって変化するのであるから,その数値範囲の決定は容易ではない。
(5)-2-4 被告は,(i)摩擦トルク低減の観点から,軸径Dを上限値以下に限定し,(ii)負荷容量の増大・剛性の向上の観点から,半径隙間Rを狭くし半径隙間/軸径(R/D)が上限値以下となるように限定することにより,摩擦トルクの低減と負荷容量の増大・剛性の向上という目的を,両立して達成し得るものであるので,補正発明の効果は,上記(i)と(ii)による総和的な効果にすぎず,相乗的な効果であるとはいえない旨主張する。しかし,補正発明は,軸径Dをある値に固定した上でRを狭くすることによってR/D比を小さくするという発明ではない。Rを狭くしてR/D比を低下させたとしても,軸径Dがより小さくなれば,R/D比は逆により大きくなってしまうことは明白であるから,摩擦トルクの低減と剛性の向上は相反する効果なのである。補正発明においては,軸径Dを3mm以下,R/D比を0.001以下という特定の値の範囲に限定したからこそ,その相反する二つの効果を同時に達成できるのである。被告の上記(i)と(ii)による総和的な効果にすぎないという主張は,軸径Dを小さくしたときの傾向と,R/D比を変化させたときの傾向とを,単に個別に捉えて,これらを思慮もなく組み合わせるものであって,補正発明を誤解したものである。
(6) 「カ」の項の説示について (6)-1 潤滑剤が気体である引用発明2には,補正発明に至るための動機づけがない。
(6)-1-1 審決は,「このように,補正発明における軸径及び軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)に関する範囲を限定した点については,負荷(相違点1に関するディスクの大きさ等にも関係する。)や流体の種類等の一定の条件下において,実験的に好適な範囲を求めることにより,容易になし得たものと認められる。」と判断したが,誤りである。
(6)-1-2 上述したとおり,引用発明2で用いられる潤滑剤は,液体ではなく空気等の気体と想定するのが合理的である。刊行物2に記載された軸径に関する知見に基づいて補正発明の要件の一つである軸径Dの範囲を限定する技術思想に到達するような起因ないし契機(動機づけ)となるものがない。したがって,刊行物2には,補正発明を構成できるような開示も示唆もなく,課題も共通しない。よって,本件出願前に,当業者が補正発明に容易に到達できたとする認定は誤りである。
(6)-2 引用発明3が空気軸受であることは,引用発明3を引用発明1へ適用する阻害要因となる。
(6)-2-1 刊行物3に記載された内容は,軸受である点のみ共通するが,引用発明3は空気軸受に係るものであって,空気軸受に関する知見に基づいてR/D比を所定の範囲(特に上限以下)に制限する技術思想に到達するような起因ないし契機(動機づけ)となるものがない。したがって,補正発明を構成できるような開示も示唆もなく,課題も共通しない。
かえって,空気軸受が実現できるラジアル剛性は,液体軸受に比して桁違いに小さいものであることは,流体として用いる空気と潤滑油の粘性の相違から常識的に想到できるので,そのような軸受特性の相違は,空気軸受に係る刊行物3の記載内容を引用発明1に適用する際の阻害要因となる。
(6)-2-2 よって,刊行物1に記載された内容に刊行物3に記載された内容を適用し,刊行物3に記載されたR/D比に関する知見に基づいて補正発明の要件の一つであるR/D比の範囲を限定しようとする技術思想に到達するような起因ないし契機(動機づけ)となるものがない。したがって,本件出願前に,当業者が補正発明に容易に到達できたとする論理づけはできない。
(6)-3 単に小型化すればよいわけではないから,数値の限定は実験的に決定できるものではない。
(6)-3-1 審決は,「負荷(相違点1に関するディスクの大きさ等にも関係する。)や流体の種類等の一定の条件下において,実験的に好適な範囲を求めることにより,容易になし得たもの」と説示するが,誤りである。
(6)-3-2 ディスク寸法が小さくなれば,その大きさに単純に比例して部品を小さくすればよいわけではなく,また,例えば軸受剛性を低下させてよいわけではない。逆に,優れた軸受剛性等の軸受特性は維持又は向上させつつ,部品を小さくすることが市場の要求であることが多い。よって,2.5インチ型ディスクほどにディスク寸法が小さくなると,軸径DやR/D比の範囲等を,それより大きな例えば3.5インチ型ディスク,5.25インチ型ディスクで得られた仕様の延長で単に実験的に決定できるものではないのである。また,流体の種類が変われば,前記甲8から明らかなように,例えば,空気軸受と液体軸受では達成されるラジアル特性(軸受特性)が顕著に異なるといった差異があるのであって,設計手法を根本的に変更する必要も生じる。よって,流体の種類に応じて,軸径DやR/D比の範囲等を単に実験的に決定できるようなものではない。
(6)-4 軸径,R/D比は,相互にかつ他の要件と機能的,作用的に密接に連関するものであるから,単なる寄集めではない。
(6)-4-1 補正発明は,軸径を限定することとR/D比を限定することとの双方の要件をもって,初めて目的とする本質的な課題の解決,つまり摩擦トルクの低減と軸剛性の向上という相反する優れた特性を両立できるに至ったものであり,これらの両要件は相互にかつ他の要件(発明特定事項)と機能的及び作用的に密接に連関しており,各事項の単なる組合せ(寄集め)でないことが明らかである。審決は,かかる点を考慮せず,刊行物2及び刊行物3のそれぞれに記載されている内容を個別的に参照して,補正発明の進歩性を否定したものであり,誤りであることは明らかである。
(6)-4-2 被告は,「補正発明は,軸径DとR/D比についてそれを超える特別な相互関係を発明特定事項としたものではない」と主張する。しかし,補正発明は,軸径Dを3mm以下,R/D比を0.001以下という特定の値の範囲に限定したからこそ,その相反する二つの効果を同時に達成できるのである。すなわち,補正発明においては,軸径Dと,いわばそのDについての関数であるR/D比とを特定の範囲の値に限定することが,特別な相互関係にほかならないのであるから,被告の主張は失当である。
(6)-4-3 被告は,補正明細書・図面においても,軸径DとR/D比の双方を有機的にからめて数値の限定をしたことを示す根拠となるものはないと主張する。
しかし,R/D比は軸径Dが変化すれば当然にそれに依存して変化してしまうのであるから,軸径DとR/D比の双方の数値限定発明特定事項としたこと自体が,正に両者が有機的にからんでいることにほかならない。被告は,本願図面の図7,図8が軸径を3mmに固定されていることを挙げ,数値限定の根拠がないと主張するが,図7,図8のデータは,補正発明の具体的態様に加えて実施可能要件をより明確に示すために一例を示したものであるから,「軸径DとR/D比の双方を有機的にからめて数値の限定をしたことを示す根拠」がないとする理由としては,甚だ不適当である。
(7) 補正発明の作用効果について (7)-1 補正発明の作用効果は顕著である。
(7)-1-1 審決は,補正発明の作用効果について,「補正発明の全体の作用効果としても,各刊行物及び周知技術から,当業者が予測できる範囲のものである。」と認定したが,誤りである。
(7)-1-2 補正発明は,液体軸受によってベアリングの問題点を解消し,さらに,相反する特性である摩擦トルクの低減及び負荷容量の増大による剛性の向上を本質的な課題としており,軸径DとR/D比の双方をエンジニアリング上許容される好適な所定の範囲に限定するという技術思想をして初めてこのような課題を解決できるという作用効果を奏する。
(7)-1-3 そして,軸径DとR/D比の双方を,同時に,所定の範囲に限定するという技術思想は,刊行物1ないし刊行物3に記載された内容から当業者が容易になし得たものとは認められない。よって,補正発明の全体の作用効果は,各甲号証から当業者が予測できないものである。
(7)-2 ヘリングボーン溝を形成することが共通するからといって,引用発明1〜3を互いに適用することは容易ではない。
(7)-2-1 審決は,なお書きにおいて,「しかしながら,刊行物1ないし3に記載された技術は,ヘリングボーン溝を形成する動圧型のモータ軸受の部分において共通するものであり,これらの技術を互いに適用することが困難であることは認めることができない。」と説示している。
(7)-2-2 しかし,上述のように,動圧型流体軸受といっても,流体の種類によって軸受特性が異なり,空気軸受では補正発明が意図するような軸受特性が得られない点を看過したものである。また,これらの各刊行物の技術を互いに適用するのは容易でないばかりでなく,逆に適用阻害要因を有することは,上述したとおりである。
(7)-2-3 審決は,さらに,「そして,補正発明における数値範囲の限定については,その課題に関した数値範囲を設定することは,各刊行物及び技術常識によって予測できるものであり,また,その具体的な数値については,与えられた所定の条件の下で実験的に求め得る範囲のものであることは,既に述べたとおりである。」と説示する。
しかし,上述のとおり,この説示は誤りである。
2 取消事由2(本願発明(補正前発明)の進歩性判断の誤り) (1) 審決は,「本願発明(補正前発明)は,・・・補正発明に対し,軸とスリーブとの半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)の上限値を0.002と,広い範囲にしたものである。 そして,この0.002という値に格別の臨界的な意義が認められないことは,補正発明において,0.001の値の場合と同様である。」と判断しているが,誤りである。
(2) 本願発明(補正前発明)は,R/D比の上限値を0.002としたこと以外は補正発明と同様の構成を有するのであり,そもそもR/D比の上限値に臨界的意義が必要でなく,ただし,その上限値は根拠のない値ではなく,軸径Dとの関係を考慮しつつ摩擦トルクの低減と剛性の向上という相反する二つの優れた特性を達成できるように鋭意研究を重ねて決定された値であることは,補正発明における0.001の値の場合と同様である。
(3) したがって,本願発明は,特許法29条2項に該当せず,特許を受けることができる発明である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(補正却下の理由とされた独立特許要件の判断の誤り(補正発明と引用発明1との相違点2判断の誤り))について (1) 引用発明2の認定について (1)-1 原告は,引用発明2は,「潤滑剤」として,「空気等の気体」を用いるものであり,「潤滑油等」を用いるとする審決の認定は誤っていると主張する。
なるほど,動圧型流体軸受には,「潤滑剤」として,刊行物1のように「潤滑油」を用いるもののほか,刊行物3のように「空気」を用いるものがあり,また,刊行物2(甲3)には,審決が認定したとおり,「多面鏡付きモータ,ファン付きモータ等において,軸にヘリングボーンを形成し,潤滑剤を介して相対回転する動圧型流体軸受の軸の直径を3mm程度とすること」,「軸をこのように細くすることにより,軸受損失トルクを小さくすることができること」,「動圧型流体軸受は,軸受隙間が5μm程度と狭いこと」が記載されているものの,「潤滑剤」となるものについて具体的な物質名までは明記されていない。
しかし,刊行物2には,「3個の軸受溝2A,4A,5Aは潤滑剤9A,9B,9Cが保持されている。」(【0008】),「ラジアル方向の流体軸受を構成する軸6の径細部6B,6Cはその直径が3ミリメートル程度と,非常に細く設計しており軸受損失トルクが小さく回転がスムーズであり,しかも3万RPM程度の高速回転させても周速は比較的低く発熱や,潤滑剤の飛散や劣化がない。」(【0009】)との記載がある。これらの記載は,潤滑剤として「潤滑油」が用いられているとすれば,自然に理解できる事柄である(潤滑剤が「空気等の気体」であるならば,通常は,潤滑剤を保持するとはいわないし,潤滑剤の飛散や劣化に言及することはない。)。刊行物2において,「潤滑剤」とは,少なくとも「潤滑油」を含む意味で用いられていることは明らかである。原告の上記主張は理由がない。
(1)-2 原告は,本件出願当時,一般的には,潤滑油を用いた動圧流体軸受は1万RPM程度までの回転数領域で有用であり,それを超える回転数領域では動圧空気軸受がより有利であったという当業者の認識があったのであるし,また,刊行物2において,3万RPMという高速回転領域の動作でも「劣化がない」潤滑剤としては,空気等の気体のほかに考えられない旨主張する。
しかし,乙1(特開平6-308414号公報)に,2万RPMを越える高速回転で運転する動圧流体軸受において,潤滑剤として潤滑油を用いることが記載されていることからすると,本件出願時において,高速回転領域において動圧液体軸受を使用できないとする技術的制約があったと認めることはできない。原告の上記主張は,理由がない。
(2) 引用発明2の適用について (2)-1 原告は,引用発明2は潤滑剤として,「空気等の気体」を用いるものであるから,引用発明2を「潤滑油等」を用いる引用発明1に適用できるとは限らない旨主張する。
しかし,引用発明2が,潤滑剤として「潤滑油」を用いるものであると認められることは,前記説示のとおりである。
そうすると,引用発明1と引用発明2とは,潤滑剤として「潤滑油」を用いた動圧型流体軸受である点で共通するから,引用発明2を引用発明1に適用できないとする理由はなく,引用発明2において採用されている軸径(3mm程度)を,引用発明1においても採用することが,当業者にとって格別困難であるということはできない。
(2)-2 原告は,引用発明2と引用発明1とは課題が異なり,引用発明2を,引用発明1に適用しようとする動機づけがない旨主張する。しかし,引用発明1は,「ステータ側に,ステータコイルを巻装したステータコアと,このステータコアの内周側に位置するスリーブとを備え,ロータ側に,ディスクを固定するハブと,このハブに前記ステータコアの周囲を取りまくようにして装着された駆動マグネットと,前記ハブの半径方向中央に一端が取り付けられるとともにハブが取り付けられる部分以外の外周残部が前記スリーブによって嵌挿される軸とを備え,軸又はスリーブのどちらか一方にヘリングボーンを形成し,軸とスリーブとの間に注入された潤滑油を介して回転可能な動圧流体軸受を構成したスピンドルモータを有し,かつハブの外周にディスクを固定したディスク駆動装置」というものである(審決認定の一致点の構成)。引用発明1が動圧型流体軸受である以上,刊行物1に明記されていなくても,スピンドルモータにおける軸受損失トルクを小さくすることは,自明の技術課題といえるから,両発明は,「潤滑剤」として「潤滑油」を用いる点で共通するのみならず,技術課題をも同じくしているというべきであり,引用発明2に係る動圧型流体軸受において,3mm程度の軸径が採用され,これにより,軸受損失トルクを小さくすることができるのであれば,引用発明1においても,3mm程度の軸径を採用することは,当業者ならば容易に想到し得ることというべきである。
(2)-3 原告は,引用発明1と引用発明2とは,駆動対象を異にし,軸受構造を異にするから,引用発明1に引用発明2を適用するのは想到容易ではない旨主張する。
確かに,引用発明1(及び補正発明)は,ディスク駆動に係るものであるのに対し,引用発明2は,多面鏡付きモータ,ファン付きモータ等の駆動に係るものであり,引用発明1(及び補正発明)は,片端支持型の軸受であるのに対し,引用発明2は,両端支持型の軸受である点で,駆動対象,軸受構造を異にする。
しかし,刊行物2によれば,軸受損失トルクを小さくできるか否かは,軸径によるとされているのであるから(審決認定の刊行物2の記載),駆動対象,軸受構造の相違にかかわらず,引用発明1に対し,軸受損失トルクを小さくするため,3mm程度の軸径を採用する引用発明2を適用することは,当業者にとって想到容易であるというべきである。仮に,軸径を3mm程度とした場合に,駆動対象,軸受構造が相違することにより,軸以外の構成部分における設計変更が必要となることがあるとしても,軸受損失トルクを小さくするために,軸径を小さくすることは,当業者ならば,まず採用を試みることというべきである(引用発明1と引用発明2の駆動対象が,その大きさにおいて大きく異なるのであれば,引用発明1に引用発明2を適用することは容易であると直ちにいえないこともあり得るが,パーソナルコンピュータのディスク駆動(刊行物1)と,レーザープリンタに用いる回転多面鏡(刊行物2)とは,その大きさにおいて大きく異なっているとはいえず,引用発明1に引用発明2を適用することが,格別困難であるということはできない。)。
(3) 引用発明3の適用について (3)-1 原告は,刊行物3に開示されているのは,「空気を介して相対回転するヘリングボーン溝の動圧型軸受け」に関する技術についてであって,軸受一般において「一般的な技術」ではないから,引用発明3を引用発明1に適用するのは想到容易ではない旨主張する。
検討するに,刊行物3(甲4)には,「スピンドルモータは・・・,高精度の回転性能が要求されるとともに,外部から衝撃がかかった場合でも回転中の性能を維持しなければならず,軸受部に発生する空気膜の剛性(軸受剛性)を従来から使用されているボールベアリングと望ましくは同等,少なくともその1/3程度にする必要がある。」(【0007】),「動圧軸受の弱い剛性を向上させる手段としては,使用回転数を上昇させる方法と,軸受クリアランスを小さくする方法が一般的であるが,前者はユーザにより規定され,高回転になる傾向があるが,現状は3600〜8000rpm程度であり,剛性向上の手段には十分でないのが現状である。後者は剛性向上の有力な手段となり得る。図9はモータ用動圧軸受の直径が@2.5″,A3.5″,B5.25″の3種類のハードディスク用スピンドルモータに使用される3種類の空気動圧ラジアル軸受のクリアランス(b+b’)と摺動部直径Bの比に対する軸受剛性の関係を示す線図であり,剛性は前述の3種類のスピンドルモータに一般的に使用されるボールベアリングの剛性の1/3を基準値1としての比を表す。なお,この線図の計算に用いた動圧軸受の回転数は,現状のスピンドルモータの回転数では一般的な3600rpmで計算している。図9から明らかなように空気動圧軸受としては比較的低速な3600rpmで従来のボールベアリングの1/3程度の軸受剛性を得るためには,サイズの異なる3種類の軸受のいずれも略同様で(b+b’)/B<5/104程度であることが必要である。これは図9のBの曲線で,例えばB=9mmとすれば,クリアランス(b+b’)<0.0045mm,すなわちラジアルクリアランスを4.5ミクロン以下にする必要がある。」(【0008】,【0009】),「軸受剛性はクリアランスの2乗分の1に略比例する」(【0012】)と記載されており,また,刊行物3の図9には,「クリアランス(b+b’)/直径B」が小となるほどラジアル剛性比が大となっているグラフが記載されている。
刊行物3の上記記載からすると,スピンドルモータにおいては,軸受剛性を一定以上に維持する必要のあることが認められ,また,軸受剛性は,軸受のクリアランスを小さくすることによって増大する(クリアランスの2乗分の1に略比例する)こと,軸受のクリアランスと軸受の軸径との比に連関して変化するものであることが認められる。
(3)-2 確かに,刊行物3の上記記載は,潤滑剤として空気を用いるラジアル空気軸受に関するものであり,引用発明1のように,潤滑剤として潤滑油を用いるラジアル液体軸受に関するものではない。しかし,甲10(十合晋一「気体軸受設計ガイドブック」)に,「気体軸受は,潤滑剤として気体を用いる滑り軸受の一種である。したがって,その作動原理は油を用いる一般の滑り軸受と同じで,油の代わりに空気をはじめとする気体を用いているだけである。」,「この気体軸受,ただ油の代わりに気体を用いるということだけで,実に多くの優れた特徴を発揮するのである。これは油と気体の性質を比べれば,ほぼ想像できる。」(1.1 気体軸受とその特徴)と記載されているように,ラジアル気体軸受とラジアル液体軸受とは作動原理を同じくする動圧軸受であると認められるから,軸受剛性は,軸受のクリアランスを小さくすることによって増大する(クリアランスの2乗分の1に略比例する)こと,軸受のクリアランスと軸受の軸径との比に連関して変化するものであることは,ラジアル空気軸受だけでなく,ラジアル液体軸受においても妥当すると解すべきものである。この解釈が正当であることは,乙2(特開平7-75284号公報)に,「この軸振れを抑制するには,軸受隙間を狭くすることが一般に有効と考えられている。例えば,2〜3μmの狭い軸受隙間を設定すれば,軸振れを起こさない程度に動圧を高め得ると考えられる。」(【0004】)などと,また,乙3(特開平7-114767号公報)に,「・・軸受流体12を通常のオイルとした場合には,・・,ここで動圧力は軸4とメタル5との間の隙間の自乗に反比例し,・・」(【0011】〜【0012】)などと記載されていることからも,裏付けられる。
(3)-3 引用発明1は,動圧流体軸受の潤滑剤として空気ではなく潤滑油を用いるものであるものの,スピンドルモータを採用するものである以上,刊行物1に明記されていなくとも,軸受剛性を一定以上に維持することは,自明の課題であるということができる。そうすると,引用発明1においても,引用発明3に従い,軸受のクリアランスと軸受の軸径との比を指標としつつ,クリアランスを小さくして,軸受剛性を一定以上に維持することは,当業者ならば容易に想到できることというべきである。
(4) 軸径D,及び,半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)の数値限定の意義について (4)-1 軸径Dと半径隙間Rの軸径Dに対する比(R/D)との連関性について (4)-1-1 原告は,補正発明は,軸径Dを限定することとR/D比を限定することとの双方の要件をもって,初めて,摩擦トルクの低減と軸剛性の向上という相反する優れた特性を両立できるに至ったものであるから,双方の要件を限定することは想到容易ではない旨主張する。
なるほど,補正発明においては,軸径を3mm以下とし,また,軸とスリーブとの半径隙間Rを,軸径Dに対する比(R/D)が0.0005から0.001の範囲になるようにしたものであり,R/D比を0.0005から0.001の範囲とすることは,半径隙間Rを軸径Dの0.0005倍から0.001倍の範囲とすることになるから,補正発明は,軸径を規定するとともに,半径隙間Rと軸径Dとの間の関係を規定することにより,摩擦トルクの低減と軸剛性の向上を両立させようとしたものと理解することができる。
(4)-1-2 しかし,摩擦トルクを低減することと,軸剛性を向上させることは,引用発明1のようなスピンドルモータの動圧液体軸受において自明の課題であることは,前記説示のとおりである。
また,「剛性を高めると摩擦トルクが増加するため,摩擦トルクと剛性は相反する特性を持っている。」(補正明細書【0019】,甲5〜7)としても,刊行物3の図9には,ラジアル剛性が,ラジアル軸受部材の摺動面外径B(補正発明における軸径Dに対応)と円筒状ラジアル軸受部材の外周面とラジアルスリーブ内周面のクリアランスb+b’(補正発明における半径隙間Rに対応)との比に応じて変動することが記載されており,この記載からすると,軸径Dを小さくして摩擦トルクを軽減し,かつ,ラジアル剛性を高めようとする場合には,軸径Dを小さくした割合以上の割合で,半径隙間Rを小さくすればよいことが理解できる。このような理解からすると,摩擦トルクの低減と軸剛性の向上という相反する特性を両立できる条件は十分に設定可能であるというべきである。
(4)-1-3 原告は,摩擦トルクの低減と剛性の向上とは,相反する特性であり,軸径Dが変化すると,R/D比が変化してしまうから,これらの数値範囲の決定は容易ではないと主張する。しかし,摩擦トルクの低減に軸径Dが関係すること,剛性の向上にRの値が関係し,しかも,R/D比に連関することは,刊行物2,刊行物3により既に知られていたのであるから,これらの数値範囲を決定することが格別困難であるということはできない。なお,補正発明においてR/D比を,0.0005から0.001の範囲になるようにすることは,半径隙間Rを軸径Dの0.0005倍から0.001倍の範囲とすることにほかならないところ,軸径Dが決まるならば,合わせて,半径隙間Rの好ましい範囲を決定すれば,R/D比も決定されるから,R/D比の決定に格別の困難性があるということはできない。しかも,これらの限定された数値自体にも格別の技術的意義が認められないことは,次項に説示するとおりである。
(4)-2 軸径Dの数値限定の内容について 刊行物2記載の軸受が液体軸受であると認められることは前記説示のとおりであるところ,刊行物2に,軸径を3mm程度とすることにより,軸受損失トルクを小さくできることが記載されているのであるし,乙1(特開平6-308414号公報)にも,「軸受部の軸径を小さくできるため軸径の周速が小さくでき,軸受負荷トルクを減少できる。」(【0023】)と記載されており,軸径を小さくすることにより,軸受損失トルクを小さくできることは,本件出願前周知のことであるから,引用発明1に,引用発明2を適用するに際し,軸径を3mm以下と限定することは,当業者ならば,容易に想到できることというべきである。
(4)-3 R/D比の数値限定の内容について (4)-3-1 まず,刊行物2に記載されたところから,R/D比が約0.0017と算出されることは,審決説示のとおりである。この値は,補正発明の上限値の0.001を上回るが,もとより,刊行物2には,上記の寸法でなければ動体軸受が成立しない旨の記載はないし,刊行物3には,軸受剛性は,軸受のクリアランスを小さくすることによって増大する(クリアランスの2乗分の1に略比例する)こと,軸受のクリアランスと軸受の軸径との比に連関して変化するものであることが記載されているのであるから,上記寸法に基づき,これらを適宜変更して,望ましい剛性,すなわち上記比(R/D)の値を決定することは,当業者ならば,格別の創意を要することなく,実験等により適宜行い得るというべきである。
(4)-3-2 補正明細書(甲5〜7)には,「動圧流体軸受において軸受部の摩擦トルクは軸径の3乗に比例して大きくなるため,軸径は小さい方が好ましい。また,軸とスリーブとの半径隙間Rと,軸の外径との比(R/D)を一定にした場合,軸径が大きくなるとヘリングボーン溝に発生する負荷容量が小さくなり,剛性不足状態になる。よって,高速で回転するディスク負荷を振れ回りを維持した状態で精度良く回転させることができなくなる。」(【0020】),「そのため,2.5インチ型ディスク及び1.8インチ型ディスクのディスク駆動装置であれば,それぞれ軸受部の摩擦トルクの面より軸の外径は3mm及び2.5mm以下が効果的である。また,軸径が決まっても軸とスリーブとの半径隙間Rと,軸の外径Dとの比(R/D)が大きくなるとヘリングボーン溝に発生する負荷容量が小さくなる。R/Dが小さくなると軸とスリーブとを構成するスリーブ材の線膨張係数によって,低温にて半径隙間がなくなるため,起動や回転精度に影響を与える。そのため,軸とスリーブとの半径隙間Rと,軸の外径Dに対する比(R/D)の範囲を適切に選定する必要がある。」(【0021】),「3.5インチ以下の装置では,摩擦トルク,負荷容量,剛性,製作精度より,軸とスリーブとの半径隙間Rと軸の外径Dの比(R/D)を0.0005と0.001の範囲になるように構成すると効果的である。」(【0022】),「ここで,図6は軸径に対する負荷容量と摩擦トルクの比を示しており,その比が大きいほど,モータとしては低電流・高剛性に適していることを示している。従って,この値を同一モータ容量においてできるだけ大きい値に設計することが望ましい。」(【0041】),「3.5インチ以下の装置においては,摩擦トルク,負荷容量の観点よりR/Dの値の上限を設定しないと,高剛性が維持できなくなる。図7,図8から,上限を0.001以下にすると,低電流・高剛性を合わせ持つモータとなる。」(【0045】)と記載されている。
これらの記載からすると,補正発明において,比(R/D)を,0.0005から0.001の範囲に限定したのは,適切な範囲,望ましい範囲の選択の結果であることが認められるし(図7,図8からみて,上限を0.001以下とすることに格別の意味は認められない。),本願当初明細書(甲5)には,比(R/D)の値を,0.0005から0.002とすることが記載されており(請求項1),刊行物2において算出された比(R/D)の値は,この数値範囲に入ることからしても,補正発明において,上記比(R/D)の範囲を限定したことに格別の技術的意義は認められない。
(4)-3-3 原告は,下限値を0.0005というようにある数値に特定すべきことは技術常識ではなく,刊行物にもその点について開示も示唆もない旨主張する。
しかしながら,R/D比の下限値に関し,補正明細書には,「従って,摩擦トルク,負荷容量,剛性,製作精度より,軸とスリーブとの半径隙間Rと軸の外径Dの比(R/D)を0.0005と0.001の範囲になるように構成すると効果的である。」(【0022】),「一方,軸12がマルテンサイト系ステンレス鋼から成り,スリーブ13が銅合金から構成されているため,R/Dが小さくなると,軸12とスリーブ13との線膨張係数の差によって,低温にて半径隙間Rが小さくなる。よって,摩擦トルクの増大による電流アップや,起動不良,回転精度への影響等の問題が出てくる。そのために,R/Dの値を小さくすることに限界が出てくる。低温時においても隙間を維持して低電流・高剛性を合わせ持つモータを提供するためにはR/D比の範囲を0.0005から0.001の範囲とすると,負荷容量,摩擦トルクのバランスが良く,支障なく使用できる。」(【0046】),「また,ディスク駆動装置の組立状態で,ディスクとブラケット間の抵抗値が大きいと,ディスクの帯電による電気スパークが生じてデータの破壊や読み込みエラーが発生する。これを防ぐためには,ディスクとブラケット間の抵抗値を数メガオーム以下にする必要がある。ディスクとブラケット間の抵抗値は流体(オイル)自身の体積固有抵抗と隙間Rとの積で決定されるため,流体(オイル)自身の体積固有抵抗を3×109 Ωcm以下にするとともに,R/Dの範囲を0.0005から0.002の範囲にすることによって,従来のような導電性磁性流体やロータのアース構造等を構成しなくてもディスクとブラケット間の抵抗値を数メガオーム以下にすることができる。」(【0048】),「【発明の効果】本発明のディスク駆動装置によれば,以上の説明から明らかなように,動圧流体軸受型スピンドルモータを持つディスク駆動装置において,その動圧流体軸受の軸径Dを,2.5インチ型ディスク駆動の場合に3mm以下,1.8インチ型のディスク駆動の場合に2.5mm以下にするとともに,軸とスリーブの半径隙間Rを,軸径Dに対する比(R/D)が0.0005から0.001の範囲になるようにしたことにより,低消費電力化と大容量化を合わせ持つとともに薄型化が可能なディスク駆動装置を得ることができ,また動圧流体軸受にて低騒音で,高い耐衝撃性を有し,優秀な装置を安価に提供することができる。」(【0049】)と記載されている。
これらの記載からすると,補正発明において,比(R/D)の下限値を0.0005とした理由は,摩擦トルク,負荷容量,剛性,製作精度を考慮した結果であり,また,軸とスリーブの熱膨張,ディスクとブラケット間の抵抗を考慮した結果であると認められる。
(4)-3-4 そうすると,補正発明において,下限値の限定は,要は,軸径を定めた場合に,クリアランスをどの程度のものとすれば実用化に支障を来さないかの観点でなされているのであり,このような限定は,実験等により,当業者が格別の創意を要することなく決定できるものというべきである。
確かに,小型化するに当たって,単に寸法を小さくすればよいというものではないことは,原告主張のとおりである。しかし,前記のとおり,摩擦トルクの低減に軸径Dが関係すること,剛性の向上に半径隙間Rの値が関係し,しかも,R/D比に連関することは,刊行物2,刊行物3により既に知られていたのであり,数値を限定するに当たって明確な指針が存在していたのであるから,実験的に好適な範囲を求めることは容易になし得たというべきである。
そして,これらの数値限定により格別の作用効果が奏されていると認めることもできない。
2 取消事由2(本願発明(補正前発明)の進歩性判断の誤り)について 原告は,本願発明(補正前発明)は,R/D比の上限値を0.002としたこと以外は補正発明と同様の構成を有するから,補正発明同様に,進歩性が肯定されるべきものとして,進歩性を否定した審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,補正発明が進歩性を有しないものであることは前記のとおりであり,本願発明(補正前発明)は,補正発明を包含するものであるから,本願発明も進歩性を有しないことは明らかである。
結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久