関連審決 | 不服2004-1775 |
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関連ワード | 製造方法 / 加工方法 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / パリ条約 / 優先権 / 名義変更 / 優先日 / 実施 / 加工 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 国際出願 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10524号
審決取消請求事件
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原告アドヴァンスドレーザーセパレイションインターナショナルベ ーヴェー 訴訟代理人弁理士杉村興作,藤谷史朗,来間清志,藤原英治,澤田達也,冨田 和幸,箱守英史,竹内直樹,野田裕子,岩佐義幸,英貢,徳永博 被告特許庁長官肥塚雅博 指定代理人野村亨,加藤昌人,森川元嗣,森山啓 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/11/22 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は,原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1原告の求めた裁判「特許庁が不服2004-1775号事件について平成18年7月25日にした審決を取り消す。」との判決第2事案の概要本件は,「フィリップスエレクトロニクスネムローゼフェンノートシャップ」が後記特許出願(以下「本願」という。)をし,その後,「コーニンクレッカフィリップスエレクトロニクスエヌヴィ」を出願人とする出願人名義変更届が,次いで,原告を出願人とする出願人名義変更届がそれぞれ提出された後,本願に対し拒絶査定がされたため,原告が,これを不服として審判請求をしたところ,同請求は成り立たないとの審決がされたため,その取消しを求める事案である。 1特許庁における手続の経緯(1)本願当初出願人:「フィリップスエレクトロニクスネムローゼフェンノートシャップ」発明の名称:「半導体材料のウエファに形成された半導体素子のレーザ分割方法」出願番号:平成9年特許願第528321号国際出願日:1997(平成9)年1月17日(パリ条約による優先権主張:1996(平成8)年2月9日,オランダ国)「コーニンクレッカフィリップスエレクトロニクスエヌヴィ」を出願人とする出願人名義変更届の提出:平成12年8月17日原告を出願人とする出願人名義変更届の提出:平成14年5月15日手続補正日:平成15年9月3日(以下「本件補正」という。)拒絶査定日:平成15年10月17日(2)審判請求手続等審判請求日:平成16年1月26日(不服2004-1775号)審決日:平成18年7月25日審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成18年8月8日2発明の要旨審決が対象とした本件補正後の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この請求項に係る発明を「本願発明」という。)。 「レーザ放射を光学系により半導体ウエファに照射するとともにウエファをこのレーザ放射と相対的に形成すべき切込み溝に追従するパスに沿って移動させ,過熱によりハードウエア材料を局部的に蒸発させてウエファの表面に切込み溝を形成し,半導体材料のウエファに形成された半導体素子を分割する方法であって,レーザ放射をウエファに少なくとも2つのビームの形で照射するとともに,ウエファをこれらのビームと相対的に,これらのビームが同一のパス上を次々に走行するよう移動させる半導体素子の分割方法において,前記同一のパスを走行する少なくとも2つのビーム間に,少なくとも,ウエファから前記パスにおいて蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔を与えることを特徴とする半導体素子の分割方法。」3審決の要点審決は,本願発明は,後記の引用発明及び従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許をすることができないとした。 (1)実願昭50-40695号(実開昭51-121592号)のマイクロフィルム(甲3。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)「レーザ光線2を組合せレンズ20により被加工物4であるウェハに照射するとともにウェハをこのレーザ光線2と相対的に形成すべき溝に追従するパスに沿って移動させ,過熱によりハードウエア材料を局部的に蒸発させてウェハの表面に溝を形成し,シリコン又はゲルマニウムのウェハに形成された半導体素子を分割する方法であって,レーザ光線2をウェハに4つのビームの形で照射するとともに,ウェハをこれらのビームと相対的に,これらのビームが同一のパス上を次々に走行するよう移動させる半導体素子の分割方法。」(2)本願発明と引用発明との対比ア一致点「レーザ放射を光学系により半導体ウエファに照射するとともにウエファをこのレーザ放射と相対的に形成すべき切込み溝に追従するパスに沿って移動させ,過熱によりハードウエア材料を局部的に蒸発させてウエファの表面に切込み溝を形成し,半導体材料のウエファに形成された半導体素子を分割する方法であって,レーザ放射をウエファに4つのビームの形で照射するとともに,ウエファをこれらのビームと相対的に,これらのビームが同一のパス上を次々に走行するよう移動させる半導体素子の分割方法。」イ相違点「本願発明では,同一のパスを走行する4つのビーム間に,少なくとも,ウエファから前記パスにおいて蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔を与えているのに対し,引用発明では,そのような時間間隔を与えているのか明らかではない点。」(3)相違点についての判断「上記相違している点について検討する。 まず,半導体ウエファの表面に切込み溝を形成するためのレーザ放射について,従来技術をみてみると,本件明細書に実施例として記載されているQスイッチYAGレーザを用いることは,例えば,特開昭51-78169号公報(甲4。以下「周知例1」という。)及び特公平1-45225号公報(甲5。以下「周知例2」という。)等に記載されているように従来周知であり,また,QスイッチYAGレーザを用いるときに,1〜50kHzの範囲のパルスレーザとすることは,例えば,上記各周知例,特公平7-3899号公報(甲6。以下「周知例3」という。)及び原査定の拒絶の理由に引用された国際公開第94/29069号パンフレット(甲7。以下「周知例4」という。)等に記載されているように普通に行われるものと認められる。 そうすると,引用発明におけるレーザ放射に,上記周知のQスイッチYAGレーザを採用し,発生するレーザを1〜50kHzの範囲のパルスレーザとすることに何ら困難性は見当たらないというべきところ,かかるパルスレーザを用いる場合,パルス間の時間間隔の範囲は20〜1000μsとなり,ウエファを4つのビームに対し,これらビームが同一パスを上記範囲の時間間隔で走行するように移動させることになると解される。 ところで,請求項2に記載の事項及び本件明細書2頁末行〜3頁3行に記載の事項によれば,ウエファが2つ以上のビームに対し,これらビームが同一パスを10μsよりも長い時間間隔で走行するように移動すれば,パスにおいて蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔が与えられていると解されるところ,上記周知のパルスレーザを用いた場合のパルス間の時間間隔の範囲は,10μsよりも長いのであるから,上記周知のパルスレーザを引用発明におけるレーザ放射に用いた場合には,同一のパスを走行する4つのビーム間に,少なくとも,ウエファから前記パスにおいて蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔を与えることになると解するのが妥当である。 そうすると,上記相違している点は,上記周知のQスイッチYAGレーザを,普通に使用されている1〜50kHzの範囲のパルスレーザとして用いることによって,当業者が容易になし得たものというべきである。 また,本願発明の奏する効果も,客観的に見れば,引用発明及び上記従来周知の事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではない。」(4)むすび「したがって,本願発明は,引用発明及び上記従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許をすることができない。」第3審決取消事由(相違点についての判断の誤り)の要点審決は,以下のとおり,相違点についての判断を誤った結果,本願発明が特許法29条2項の規定により特許をすることができないと判断したものであるから,取り消されるべきである。 1審決は,相違点について,「そうすると,引用発明におけるレーザ放射に,上記周知のQスイッチYAGレーザを採用し,発生するレーザを1〜50kHzの範囲のパルスレーザとすることに何ら困難性は見当たらないというべきところ,かかるパルスレーザを用いる場合,パルス間の時間間隔の範囲は20〜1000μsとなり,ウエファを4つのビームに対し,これらビームが同一パスを上記範囲の時間間隔で走行するように移動させることになると解される。」と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。 (1)審決の上記判断の内容からすると,審決が,「パルス間の時間間隔」を「パルス周期」として理解していることは明らかであるところ(1〜50kHzの周波数に対応する周期は,20〜1000μsである。),「パルス間の時間間隔」は,本願発明の「同一のパスを走行する少なくとも2つのビーム間に与えられた時間間隔」(以下「ビーム間の時間間隔」という。)とは異なるものであり,たとえ,「パルス間の時間間隔」が20〜1000μsであるとしても,「ビーム間の時間間隔」が,同様に20〜1000μsとなるとはいえない。 すなわち,「パルス間の時間間隔」(「パルス周期」)が,Qスイッチの特性により与えられるものであるのに対し,「ビーム間の時間間隔」は,ビームとウエファとの間の相対的移動速度やビーム間の物理的距離を調整することによって変更することができるものである(「パルス間の時間間隔」が20〜1000μsである場合に,「ビーム間の時間間隔」を10μsに設定することも可能である。)。このように,「パルス間の時間間隔」と「ビーム間の時間間隔」とは,互いに独立したものであり,「パルス間の時間間隔」が定まったからといって,「ビーム間の時間間隔」が一義的に定まるものではない。 したがって,審決は,「パルス間の時間間隔」が定まれば,「ビーム間の時間間隔」が「パルス間の時間間隔」と同一となるように一義的に定まるとの誤った判断をしたものといえる。 (2)被告は,「パルス間の時間間隔」が「ビーム間の時間間隔」にほぼ一致する旨主張するが,両者がほぼ一致するのは,ウエファ上の同一点を第1のビームのパルスで照射し,続いてほぼ1パルス周期後に,第2のビームのパルスで照射して深い切込み溝を形成する場合のみである。 しかし,同一点に第1のビームと第2のビームを照射し,深い切込み溝を形成するには,「ビーム間の時間間隔」をほぼ1パルス周期(「ビーム間の時間間隔」の下限)に限定する必要はなく,これをほぼnパルス周期(nは2以上の整数)にしてもよいのであるから,被告の上記主張は誤りである。 2審決は,上記1のとおりの誤った判断を前提にして,「・・・上記周知のパルスレーザを用いた場合のパルス間の時間間隔の範囲は,10μsよりも長いのであるから,上記周知のパルスレーザを引用発明におけるレーザ放射に用いた場合には,同一のパスを走行する4つのビーム間に,少なくとも,ウエファから前記パスにおいて蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔を与えることになると解するのが妥当である。」と判断したが,例えば,ビームとウエファとの間の相対的移動速度やビーム間の物理的距離を調整することによって,「ビーム間の時間間隔」を8μsに選択した場合,「パルス間の時間間隔」が20〜1000μsである周知のパルスレーザを用いても,「ウエファから前記パスにおいて蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔を与えること」にはならないから,審決の上記判断は誤りである。 3審決は,上記1及び2のとおりの誤った判断に基づいて,「そうすると,上記相違している点は,上記周知のQスイッチYAGレーザを,普通に使用されている1〜50kHzの範囲のパルスレーザとして用いることによって,当業者が容易になし得たものというべきである。」と判断したが,1〜50kHzの範囲のパルスレーザを用いても,「ビーム間の時間間隔」は一義的に定まらないのであるし,また,「蒸発生成物により切込み溝内に形成されるガスクッションの問題」や「ビーム間の時間間隔」については,引用例に何ら触れられておらず,相違点に係る本願発明の構成を採用する動機付けは存在しないのであるから,相違点に係る本願発明の構成を当業者が容易に採用し得たとすることはできない。したがって,審決の相違点についての上記判断は誤りである。 4審決は,「また,本願発明の奏する効果も,客観的に見れば,引用発明及び上記従来周知の事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではない。」と判断したが,以下のとおり,この判断も誤りである。 (1)たとえQスイッチYAGレーザを普通に使用されている1〜50kHzの範囲のパルスレーザとして用いることが周知であったとしても,「蒸発生成物により切込み溝内に形成されるガスクッションの問題」については,引用例に何ら言及されておらず(引用例に言及されているのは,溝の中に残留した溶解物により生ずる問題である。),したがって,本願発明が奏する「各新しい照射ステップにおいて蒸発を無妨害で開始することができる。」との効果や,「パルス発振レーザ及び連続発振レーザのいずれにも使用することができるほか,パルス発振レーザの場合には,深い切込み溝の形成の効率に影響することなしに,いかなる周波数のもの(100kHzよりも更に大きい1MHzのものも含む。)をも使用することができる。」との効果(これは,ガスクッションの問題が解決されることにより可能となる。)は,引用発明及び上記従来周知の事項から当業者が容易に予測することができるものではない。 (2)被告は,「引用発明においても,ガスクッションによるレーザ放射の吸収を防ぐようにパルス周期等が考慮されているとみることができ,引用例の『従ってこの溝は4回照射されることになり,第1図に示したような従来の方法での照射を4回実施したものと同様の効果が生じることになる。』との記載は,本願発明と同様に『各新しい照射ステップにおいて蒸発を無妨害で開始』していることを裏付けているといえる。」と主張する。 しかしながら,引用例の3頁2行〜4頁8行の記載に照らせば,被告が引用する引用例の記載は,「第1図に示したような従来の方法での照射を4回実施したものと同様の深さの大なる溝を刻むことができる。」という意味であって,被告が主張するように,本願発明と同様に「各新しいステップにおいて蒸発を無妨害で開始」していることを裏付けるものではないから,引用発明においてもガスクッションによるレーザ放射の吸収を防ぐようにパルス周期等が考慮されているとみることができるとの被告の主張は失当である。 (3)被告が主張するように「レーザが照射されたことによって発生した蒸発生成物がガスクッションとなってレーザ放射を吸収するため,このガスクッションを排除しなければならない」という課題自体が周知の事項であることは争わないが,被告が引用する周知例に示されているのは,本願発明のような「レーザ放射をウエファに少なくとも2つのビームの形で照射するとともに,ウエファをこれらのビームと相対的に,これらのビームが同一のパス上を次々に走行するよう移動させる半導体素子の分割方法」におけるガスクッションの問題ではない。 第4被告の反論の骨子以下のとおり,相違点についての審決の判断に誤りはない。 1原告の主張1〜3に対して(1)レーザには連続発振レーザとパルス発振レーザとが存在するところ,本願発明の要旨によれば,本願発明の「レーザ」がいずれを採用するものか特定されていないのであるから,本願発明の「レーザ」は,双方を含むものである。 そして,パルス発振レーザにおいては,ビームとウエファとの間の相対移動やビーム間の物理的距離にかかわらず,「パルス間の時間間隔」が「ビーム間の時間間隔」とほぼ一致する。なぜなら,レーザ放射が分割され,同期してビームがウエファに照射される限り,パルス発振とパルス発振との間の時間帯は,ウエファにビームが照射されておらず,これが「ビーム間の時間間隔」にほぼ一致するからである(厳密には,「パルス間の時間間隔」から「パルス幅」(1つのパルス放射の時間)を除いた時間が「ビーム間の時間間隔」に相当するが,一般に,パルス発振レーザの場合,パルス幅は「パルス間の時間間隔」に比してかなり短いことが多く,とりわけ,QスイッチYAGレーザにおいては,パルス幅の割合が特に小さい(例えば,周知例2〜4参照)から,パルス発振レーザの場合,「ビーム間の時間間隔」は,「パルス間の時間間隔」とほぼ同程度となるものである。)。 (2)これを引用発明に採用した場合を考えると,レーザ放射の分割された複数のパルスビームが同一点を照射するように,レーザの放射されない時間内にウエファを移動することとなり,複数のビームのパルスが同期しているのであるから,「パルス間の時間間隔」は「ビーム間の時間間隔」にほぼ一致することになる(ウエファの移動を「パルス間の時間間隔」に同期させない場合には,「ビーム間の時間間隔」がより長くなる。)。そして,1〜50kHzの範囲のパルス発振レーザの場合,「パルス間の時間間隔」が20〜1000μsとなり,これは,「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」であると原告が主張する10μs以上の時間間隔となる。 (3)また,引用発明において,例えば,ウエファの送り速度を100mm/s,QスイッチYAGレーザのパルスの周波数を20kHz(周期は50μs),形成される溝幅を25μm(「増補版続・レーザ加工」と題する文献(乙4。以下「乙4文献」という。)参照),ビーム間の距離を5mm(特開昭59-66990号公報(乙5)参照)とそれぞれ仮定すると,ウエファが5μm移動するごとにレーザが照射されて25μmの直径を有する孔が形成され,これらが重なり合うことにより,連続的な溝が形成されるが(なお,一般に,パルス発振レーザにおける「パルス幅」は「パルス間の時間間隔」に比して通常極めて短い(1/10以下)ので,「パルス幅」に相当する時間にウエファが移動する距離はわずかであるから,1回のパルス発振によってレーザが照射される範囲は,ほぼ円形であると考えて差し支えない。),レーザが照射されるのは50μsごとの十分短い時間α秒のみであり,パルス発振とパルス発振との合間の時間である「パルス間の時間間隔」の間,すなわち,ほぼ50μsの間は,レーザの照射が休止され,これは,「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」であると原告が主張する10μsよりも十分に長い。また,ビーム間の距離を5mmとすると,これは,パルス発振とパルス発振との間にウエファが移動する距離5μmに比して十分大きいから,後続のレーザの照射が,既に照射された先行するレーザの照射位置に,10μs以内に重なることはあり得ない。 このように,通常の1〜50kHzの範囲のパルスレーザにおいては,結局,原告が主張する10μsよりも十分に長いほぼ20μs以上のレーザ照射の休止時間が存在し,また,ビーム間の距離を5mm以上空ければ,分割したレーザの後方のレーザによる照射が,先行するレーザによって照射された範囲を10μs以内に再び照射することはあり得ないのであるから,引用発明においても,「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」が確保されているものである。 (4)原告は,「パルス間の時間間隔」が20〜1000μsであっても,「ビーム間の時間間隔」をその範囲外である10μsに設定することができる旨主張するが,本願に係る特許請求の範囲にも,明細書(本件補正後のもの。以下「本願明細書」という。)及び図面(甲1,2)にも,そのための実現手段が記載されておらず,これについての示唆もされていないから,原告の上記主張は失当である。 なお,原告が主張するように「ビーム間の時間間隔」が10μs以下となるのは,レーザを高周波(ほぼ100kHz以上)のものとした場合であって,そのような場合には,「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」であると原告が主張する10μs以上を確保するため,ウエファの移動速度を上げて,先行するレーザの照射により形成される孔を不連続のものとしなければならなくなるところ,本願発明は,「ウエファの表面に切込み溝を形成」するものであって,このような不連続の孔を「切込み溝」と称することはできないから,レーザを上記のように高周波のものとすることには問題がある。 (5)以上のとおり,引用発明において,レーザがパルス発振レーザである場合には,レーザ放射の分割されたビームがウエファの同じ位置に照射されるまでには,「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」を経過したものとなることが明らかであり,審決の判断に誤りはない。 2原告の主張4に対して(1)レーザが照射されたことによって発生した蒸発生成物がガスクッションとなってレーザ放射を吸収するため,このガスクッションを排除しなければならないという課題自体は,例えば,特開昭64-22496号公報(乙1。以下「乙1公報」という。),特開昭61-276795号公報(乙2。以下「乙2公報」という。),実願昭55-62642号(実開昭56-165589号)のマイクロフィルム(乙3。以下「乙3公報」という。)にそれぞれ記載があるように,周知の事項である。 (2)そして,引用発明においても,ガスクッションによるレーザ放射の吸収を防ぐようにパルス周期等が考慮されているとみることができ,引用例の「従ってこの溝は4回照射されることになり,第1図に示したような従来の方法での照射を4回実施したものと同様の効果が生じることになる。」との記載(引用例5頁18行〜6頁1行)は,本願発明と同様に「各新しい照射ステップにおいて蒸発を無妨害で開始」していることを裏付けているといえる(このことは,上記1(3)において主張したところから明らかである。)。 (3)してみると,審決の「また,本願発明の奏する効果も,客観的に見れば,引用発明及び上記従来周知の事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではない。」との判断に誤りはない。 第5当裁判所の判断(相違点についての判断の誤りについて)1本願前(優先日前をいう。以下同じ。)に頒布された刊行物に記載された本願発明が属する技術分野における技術事項(1)QスイッチYAGレーザの利用と適用周波数等ア「半導体装置の製造方法」と称する発明に関する周知例1(昭和50年3月24日付け手続補正書による補正後のもの)の記載「この発明はプレーナ型半導体ウエーハをレーザースクライブしてペレットに分割する方法に関するものである。」(1頁左欄9〜11行)「・・・現在ではレーザービームを該ダイヤモンド刃の代りに使用するレーザースクライブ法により行なわれている。このレーザースクライブ法は,固体レーザーの断続して発射される高エネルギービームを,半導体ウエーハの割り溝を形成すべき部分に投射し,該部分を焼き切つて行なうものである。」(1頁左欄18行〜右欄5行)「そして,レーザースクライブに用いられる装置は,例えば次の様に構成されている。第1図はYAGレーザースクライバの構成例であつて,(1)はネオジウムを添加したYAGロッド・・・,(2)は(0.6〜0.8)μの波長の光を発生するクリプトンランプ,(3)は100%の反射鏡,(4)は90%の反射鏡,(5)はプリズム,(6)は集光レンズ,(7)はレーザースクライブされる半導体ウエーハ,(8)は超音波Qスイッチである。」(1頁右欄9〜17行)「・・・超音波Qスイッチを働かせた時は,・・・誘導放射は起こらない。そして,レーザービームが出て行かないので,ネオジウム原子は次々とポンピングされて,十分エネルギーが貯えられる。そこで,超音波Qスイッチを切つて,瞬間的に共振状態におき,一挙にエネルギーを放射させて,単一巨大パルスを発生させるのである。なお,この装置においては超音波Qスイッチの開閉を10〜20kHzで行つている。」(2頁右上欄18行〜左下欄8行)イ「レーザスクライブ装置」と称する発明に関する周知例2の記載「本発明は,たとえば半導体ウエハの熱影響層の形成を抑制しながら幅の狭いかつ溝の深いスクライブができるレーザスクライブ装置に関する。 従来,半導体ウエハ上にチツプを形成する場合,同ウエハ上に設けられたスクライブ線に沿つてレーザビームを照射して溝を形成し,この溝により同ウエハを分割してチツプを得ていた。 この用途に用いられるレーザとしては,YAGロツドを連続的に励起するとともに,超音波式Qスイツチを利用してピーク出力を高めた連続励起QスイツチパルスYAGレーザが一般的である。」(1頁1欄26行〜2欄10行)「・・・第3図aは従来の連続励起QスイツチYAGレーザのパルスレーザ光の出力波形図であり,周期T でピーク出力がを有するパルスレーザが出力され,前記ピーク出力2 Pcwpを平均したものが平均出力である。」(4頁7欄28〜32行) Pcwp Pavウ「パルスレーザ発振方法及びその装置」と称する発明に関する周知例3の記載「・・・第1表は固体レーザの一種であるYAGレーザの発振形態を分類して示したものである。」(2頁3欄18,19行)「YAGレーザのパルス発振方式は・・・2つに大別されるが,第1表に示したように得られるパルスの特性(パルスエネルギー,パルス幅,周波数)も異なるために,それぞれ異なる1050kw100 加工分野に応用されている。即ち,高いパルスピーク値(〜)と短いパルス幅(〜)が得られるQスイッチパルスはスクライビング,トリミング等の高速除去加工に用500nsいられるのに対し,比較的ピーク値が低く(〜),長いパルス幅(〜)が得ら 10kw0.120msれるノーマルパルスは溶接,穴開け等の溶融加工に使用される。」(2頁3欄37〜46行)また,第1表には,「Qスイッチ発振」欄中の「パルス幅」欄に「100〜500ns」との,「繰返し周波数」欄に「最高50kHz」との,「主な用途」欄に「スクライビングトリミング」との各記載がある。 エ「レーザ加工装置及びレーザ加工方法並びに液晶パネル」と称する発明に関する周知例4の記載「背景技術レーザ加工装置としては,CO レーザを使った金属板の切断・穴あけ加工や,レーザ2 YAGによる金属薄板の精密加工が広く知られている。とくに,小型でメンテナンス性が良く,直径数μmの集光スポットが容易に得られるという理由から,レーザは各種の精密加工に10 YAG適している。」(1頁7〜11行)「加工品質の観点からは,Qスイッチ周波数を低くして,ビームのピーク強度を高めることが望ましい。・・・しかし,これらの加工方法には,生産性の点に問題がある。なぜならば,Qスイッチ周波数を下げることは,そのぶんだけ,ステージの送り速度を遅らせることにつながり,その結果として,加工速度が著しく低下するからである。 他方,加工速度の観点からは,Qスイッチ周波数を高くして,ステージをすばやく移動させることが望ましい。しかし,Qスイッチ周波数を高くすると,ピークパワーが低下し,パルス幅が広がる。このために,液晶パネルの電極をパターンニングする時に,電極基板であるガラスに熱的損傷を与え,微小なクラックやくぼみを発生させる。」(2頁1〜11行)「加工条件とガラス基板への損傷について調べるために,・・・Qスイッチ周波数を変えて1本の開溝を加工する実験を繰り返した。その結果,Qスイッチ周波数を以下に設定10kHzすれば,膜及び下地のガラス基板にダメージを与えることなく,開溝を形成できることがITO判明した。」(15頁7〜10行)「図5(a)(b)に,それぞれ,Qスイッチ周波数がとの時のレーザ出力と時間10kHz30kHzの関係を示した。加工時のピークパワーをとすると,Qスイッチ周波数がの時 150W 10kHzのパルス幅とパルスエネルギーは,それぞれ,,μJである。他方,Qスイッチ周 150nsec23波数がの時のパルス幅とパルスエネルギーは,それぞれ,,μJである。30kHz 300nsec45ITO 10kHzこれらのレーザ発振条件でガラス基板上の膜を加工すると,Qスイッチ周波数がの条件では損傷は生じなかったが,の条件では溝周縁部ならびにガラス基板表面に微細30kHzな損傷が発生した。の時に損傷が発生した理由は,パルス幅が広がり,過剰のエネルギ 30kHzーが投入されたからである。すなわち,ピークパワーが加工閾値に達している場合でも,Qスイッチ周波数から決まるパルス幅が許容値以上に広がっていると,加工時の損傷が避けられないのである。このような場合には,損傷を避けることを目的として,パルスエネルギーを小さくすることは効果がない。なぜならば,ピークパワーが加工閾値を超えなくなり,加工できなくなるからである。 以上の結果をふまえ,ビームの分岐数及び加工速度に配慮して,2台のレーザ発振器のQスイッチ周波数を,定格平均出力をに定めた。この時のパルス幅は,ピーク10kHz8K 150nsecパワーは定格出力時のである。そして,Qスイッチコントローラ1103から制御信 5.3KW号を送り,それぞれのQスイッチドライバをμづつ位相をずらして駆動することにし 50sec10kHzた。・・・2台の発振器を位相をずらして交互に駆動することにより,個々の発振器はで発振しながら,実効的には,で駆動した時と同じ加工速度が得られることになる。」20kHz(15頁13行〜16頁1行)「・・・加工に適したQスイッチ周波数はレーザ発振器の特性に依存し,本実施例において引用したに限るものではない。使用するレーザ発振器の特性ならびに被加工物の特性10kHzに合わせて,最適なQスイッチ周波数を決定しなければならない。」(17頁7〜10行)また,第5図には,Qスイッチ周波数が10kHz,パルス幅が150nsecである場合(同図の(a))及びQスイッチ周波数が30kHz,パルス幅が300nsecである場合(同図の(b))の各パルス波の様子が示されている。 オ昭和57年8月20日開発社発行の「増補版続・レーザ加工」と題する乙4文献の記載「レーザを加工物に照射し,微小量ずつ除去して行う加工として,スクライビング,トリミング,・・・などの方法があり,レーザの特徴を生かした加工法として利用範囲がひろがっている。」(85頁2〜5行)5.1スクライビング 「レーザを用いたスクライビングは,シリコン,ガラス,セラミック,サファイヤなど特に硬い材料を分割したり,整形したりするのに有効な方法である。・・・セラミックにはCO , 2シリコンにはYAGレーザが主として使われる。」(85頁6〜11行)5.1.1シリコンのスクライビング 「トランジスタ,ダイオード,あるいはICやLSIなどの集積回路を製造するとき,数多くの素子を大きなウェハの上に作ることは,生産コストを大幅に引き下げるのに役立つ有効な方法である。 そこでウェハ上に作られた沢山の素子を,各単体の素子に分割する工程が必要であり,これがスクライビングと呼ばれている。」(85頁17〜22行)「は半導体工場で実用されているYAGレーザスクライバ装置の一例である。・・・図 5.1レーザ光はQスイッチによりパルス化されており,くり返しは1〜50kHzの範囲で可変である。」(87頁3〜7行)「この装置を用いて,Siウェハを加工した時,ウェハ送り速度とみぞ深さとの関係を求めた一例がである。・・・たとえば,Siウェハに100μmの深さのみぞを切る必要が図 5.2ある場合には,ウェハ送り速度を100mm/sとし,Qスイッチのくり返しパルスを15〜25kHzの範囲に選べばよいことがわかる。なおみぞ幅はこの条件の範囲では,25〜30μmでほぼ一定である。」(87頁9〜15行)「現在アメリカでは,0.25〜0.50mm厚のSiウェハに対し,ピーク出力500Wの(Y)AGレーザを35kHz,パルス幅を300nsの条件で用い,みぞ幅25μm,オーバラップ80%,スクライブ速度150〜200mm/sが標準的な値のようである。」(88頁15〜18行)また,図5・2には,Qスイッチのくり返しパルスを6kHzから35kHzまでの範囲で,ウェハ送り速度を10mm/s程度から200mm/sまでの範囲で実験(それぞれの場合の「みぞ深さ(μm)」を測定するもの)を行った結果がグラフ化されて示されている。 (2)いわゆるガスクッションの発生ア「レーザ加工方法」と称する発明に関する乙1公報の記載「〔産業上の利用分野〕この発明は,被加工物表面のレーザ加工方法,さらに詳しく言えば,レーザビームを被加工物に向けて照射し,被加工物表面を加熱,溶融,蒸発させて被加工物表面にマーキングを施すレーザ加工方法に関する。」(1頁左欄13〜18行)「レーザ加工においては,第3図(a)に示すように,まず,レーザビームlが結像レンズ6を通過して被加工物表面7aに照射される。すると第3図(b)に示すように,レーザビームのエネルギにより被加工物7の一部が蒸発し蒸発物11となり,この蒸発物11とレーザビームlが衝突して一種のプラズマ状の火玉を発生する。このとき,レーザビームlのエネルギの一部は火玉に吸収され,効率よく被加工物表面7aには到達していない。このため第3図(c)に示すように被加工表面7aには完全に蒸発していない炭化した残留物12を生じることになる。 本発明は上記のプラズマ状の火玉がレーザビームlのエネルギの一部を吸収してしまうという点に着目したもので,被加工物表面7aのレーザビーム照射部分にガスを吹きつけることにより,発生する火玉を瞬時に除去し,レーザビームlのエネルギを効率よく被加工物表面7aに到達させるものである。すなわち,本発明によるレーザ加工においては,第4図(a)に示すように,結像レンズ6を通してレーザビーム1を被加工物表面7aに照射するとともに,ガスノズル9によりエアガス10を被加工物表面7aのレーザビーム照射部分に吹きつけるようにしてある。このため,第4図(b)に示すように,蒸発物11は瞬時に吹き飛ばされ火玉が除去されるのでレーザビーム1のエネルギは効率よく被加工物表面7aに到達することになり,小さなレーザ出力あるいはレーザ発振条件が最適でない場合でも第4図(c)に示すように,被加工物表面7aのレーザビーム照射部分には均一な溝8が形成される。」(3頁左上欄19行〜左下欄8行)「〔実施例〕以下,第1図に例示するところに従って本発明のレーザ加工方法を説明する。・・・すなわち,このレーザ加工装置はパルスYAGレーザ発振器2から発振した1ショットのレーザビーム1を,エキスパンダレンズ3,凸形シリンドリカルレンズ4,ステンシル5,結像レンズ6からなる集光手段13により集光し被加工物表面7aのマーキングを施そうとする部分に照射するとともに,ガスノズル9によりエアガス10を被加工物表面7aのレーザビーム照射部分に吹きつけながらレーザマーキングを施すものである。」(3頁左下欄9行〜右下欄5行)また,第3図(従来のレーザ加工の説明図)(b)には,レーザビーム1が蒸発物11と衝突する様子が示されている。 イ「混成集積回路装置のレーザスクライブ方法」と称する発明に関する乙2公報の記載「〔産業上の利用分野〕本発明は混成集積回路装置の製造方法,特に,基板分離をするためのレーザスクライブ方法に関する。」(1頁左欄10〜13行)「〔従来の技術〕従来レーザスクライブとしてはYAGおよびCO レーザスクライブにて混成集積回路基板2・・・に所望の溝を形成する方法がある。」(1頁左欄14〜18行)「〔発明が解決しようとする問題点〕ところが前記した従来のレーザスクライブ方法では第2図に示すように,混成集積回路基板2の溝3の付近に,レーザ光線1によるスクライブ時に溶融するガス7および湯玉6が基板の一部に冷却し付着するため,分割するときのゴミの発生要因となる。又溶融時基板の一部が蒸発しガス状になるためレーザ光線の効率低下原因になっている。」(1頁左欄19行〜右欄6行)「第1図は本発明の実施例を図示したもので,レーザ光線1を混成集積回路基板2の所定部に照射すると共に,前記照射部に高圧酸素5をノズル4より吹き付けることにより,溶融時に発生するガスおよび湯玉(溶融後固った基板の一部)を除去してスクライブ用溝3を形成する。」(2頁左欄1〜6行)また,第2図(従来の一実施例の側面図)には,レーザ光線1がガス7と衝突する様子が示されている。 ウ「レーザビーム加工用ノズル」と称する考案に関する乙3公報の記載「本案は,レーザビームで金属,非金属材料を加工する方法に係り,特に加工中に被加工物溶融面から発生する蒸発ガスを除去するためのレーザビーム加工用ノズルに関する。加工中に発生する蒸発ガスは,ビームの吸収,反射等によるビーム出力の減衰・・・などを誘発するため,これを完全に除去することが必要である。」(1頁10〜16行)「従来のレーザビーム加工用ノズルの形状は,第1図に示すように補助ガス入口3から供給された補助ガス5によつて,加工溶融物や蒸発ガスを吹き飛ばしていた。」(2頁2〜5行)「本案は,レーザビーム加工用ノズル先端に,排煙用チツプを設け加工溶融中に発生する蒸発ガスを,発生源に最も近いところで吸引除去するようにしたものである。」(2頁15〜18行)2引用例に記載された技術事項(1)引用例には,審決が認定したとおりの引用発明が記載されているものと認められるところ,原告も,この認定を争うものではない。 そして,これによれば,引用発明は,4つのビームの形でレーザ光線をそれぞれウエファに照射し,過熱によりハードウエア材料を蒸発させるとともに,ウエファを移動させ,これらの工程により,ウエファの表面に溝を形成することを内容とするものである。 (2)さらに,引用例には,以下の各記載が存在する。 「本考案は,例えば半導体のウェハ(薄板)をスクライビングするレーザ加工装置に係り,特にウェハの製作を短時間で簡単にできるようにしたレーザ加工装置に関する。」(1頁10〜13行)「このウェハを製作する際,その各々を分離する為にレーザによって縦横に傷をつけることをレーザスクライビングと言う。このレーザスクライビングは,レーザ発振器から発振されたレーザ光線を集光レンズを通過せしめて被加工物上に収束照射するようにして行なわれる。 すなわち,第1図は従来の集光レンズを使用したレーザスクライビング加工を示す説明図であり,符号1はレーザ発振器を示す。このレーザ発振器1から発振されたレーザ光線2は集光レンズ3を通過して被加工物4の表面上に収束するようになっている。 上記被加工物4は駆動テーブル5上に載置され,この駆動テーブル5は基盤6上を前後左右に摺動しうるようになっている。しかして,上記駆動テーブル5を往復運動させれば被加工物の表面には1条の溝が形成される。」(2頁5行〜3頁1行)「本考案は,・・・上記集光レンズ3の代わりに所要形状を有し,一定の曲率を与えたレンズ単位体を複数個設け,これら各単位体の側縁を接着させた組合せレンズを使用することによって,加工面に短時間で幅が狭くしかも深さの大なる溝を刻むことのできるレーザ加工装置を提供することを目的とする。」(4頁2〜8行)「レーザ発振器から発振されたレーザ光線2は上記組合せレンズ20の各単位体21を通ってそれらの焦点距離近傍に位置する被加工物4の表面上に別個に収束し,各単位体21の数だけのスポット2a,2b…を作る。 しかして,上記組合せレンズの各単位体21はその焦点距離が等しくなるように一定の曲率が与えられているので,上記被加工物4の表面上の各スポットは第7図に示す如く同一の大きさを有し,且つ,駆動テーブル5が摺動しうる方向に一直線に並んでいる。 今,駆動テーブル5の位置を調整して被加工物4の左端をスポット2dに合わせた後,駆動テーブル5を左側へ一定の速度で摺動させると被加工物4の表面には先ず,上記スポット2dによって照射された1条の溝ができ,次いでこの溝は順にスポット2c,2b,2aによって照射され,その深さを増していく。従ってこの溝は4回照射されることになり,第1図に示したような従来の方法での照射を4回実施したものと同様の効果が生じることになる。」(5頁1行〜6頁1行)また,第6図(本考案のレーザ加工装置の要部説明図)には,組合せレンズ20の4つの各単位体21を通ったレーザ光線2が被加工物4の表面の4箇所に収束照射され,被加工物4が駆動テーブル5によって図中の左右方向に摺動する様子が,第7図(スポットの位置関係を示す説明図)には,被加工物4の表面に同一の大きさを有する円形の4つのスポット2aないし2dが同一直線上に存在し(なお,隣接するスポット間の距離は,スポットの直径より十分大きい。),これらを通る1条の溝ができていく様子がそれぞれ示されている。 3引用発明への周知技術の適用(1)前記1(1)の各記載及び図示によれば,半導体ウエファの表面に切込み溝を形成するためのレーザ放射に係る技術において,QスイッチYAGレーザ(これは,パルス発振レーザである。)を用いることが本願前から周知であり,また,同レーザを用いるときに,1〜50kHzの範囲の周波数とすることが本願前から普通に行われていたことが認められる(なお,審決も,これと同旨の認定をするところ,原告も,これを争うものではない。)。 そうすると,引用発明におけるレーザ放射に,周波数1〜50kHzの範囲のQスイッチYAGレーザを採用することは,当業者であれば,格別の困難性はないと認めるのが相当であるから(なお,この点についても,審決は,これと同旨の判断をし,原告も,これを争うものではない。),以下,引用発明におけるレーザ放射に,周波数1〜50kHzの範囲のQスイッチYAGレーザを適用した場合について考察する。 (2)上記2のとおり,引用発明においては,被加工物の表面上に,レーザ光線が収束照射された部位であるスポット2aないし2dを通る1条の溝が形成されるところ,このように1条の溝を形成するという構成を維持するためには,QスイッチYAGレーザがパルス発振レーザであって,レーザ光線が照射される時間帯と照射されない時間帯が存在することを考慮しなければならない。 すなわち,駆動テーブルを引用例の第7図中の右方向から左方向に移動させることにより被加工物上に1条の溝を形成しようとする場合,被加工物には,まず,スポット2dにおいてレーザ光線が照射され,過熱により,円形の穴が形成される(なお,この円形の穴は,被加工物の表面における形状であり,穴全体を立体的にみれば,円錐(引用例の第2図及び第3図参照)形状である。ただし,レーザ光線が連続して照射されている時間は,パルス幅に相当する時間(以下,単に「パルス幅」という。)であり,その間にも被加工物は,わずかではあるが左方向に移動するのであるから,厳密には,当該穴は略円錐であり,被加工物の表面に形成される形状も略円形である。)。そして,QスイッチYAGレーザには,レーザ光線が照射される時間帯と照射されない時間帯があるから,最初に被加工物上に上記略円形の穴が形成された後,スポット2dに次のレーザ光線の照射があるまでの間(パルス周期からパルス幅を控除した時間),上記円形(レーザ光線が連続して照射されている間の被加工物の移動を考慮しないもの)の直径に相当する長さを超える程度にまで被加工物が左方向に移動してしまうと,次の照射により形成される穴と前の照射により形成された穴が不連続となってしまい,被加工物上に「1条の溝」を形成することができないことになる。そこで,被加工物の移動速度には,QスイッチYAGレーザの周波数(パルス周期)やパルス幅により,自ずから限界があることになる。 なお,上記2のとおり,引用発明においては,隣接するスポット間の距離は,スポットの直径より十分大きいのであるから,上記重なり合いを生じさせるために,隣接するスポット(上記の例では,スポット2c)によるレーザ光線の照射を考慮することはできない。 (3)そこで,レーザ光線の照射により被加工物上に「1条の溝」を形成可能とする関係を,被加工物の移動速度をv(m/s),上記円形(レーザ光線が連続して照射されている間の被加工物の移動を考慮しないもの)の半径をr(m),パルス周期をT(s),パルス幅をt(s)として式で表すと,次のとおりとなる。 v(T-t)≦2r・・・?@ここで,上記のとおり,隣接するスポット間(各スポットの中心点の間。以下同じ。)の距離は,スポットの直径より十分大きいから,隣接するスポット間の距離をL(m),隣接するスポット間を被加工物が移動する時間をU(s)とすると,?@式は,次のように書き換えられる。 v(T-t)≪LL/v≫T-tU≫T-t・・・?Aまた,上記のとおり,QスイッチYAGレーザを用いるときに,1〜50kHzの範囲の周波数とすることが普通に行われるものであり,これによれば,パルス周期は以下のとおりとなるところ,周知例3及び4並びに乙4文献に記載されたパルス幅は以下のとおりであるから,パルス幅tはパルス周期Tに比して著しく小さいといえることに加え,?A式によれば,隣接するスポット間を被加工物が移動する時間Uはパルス周期Tからパルス幅tを減じた時間に比して十分大きいことをも併せ考慮すると,?A式において「-t」の項を無視しても,有意な差は現れないものと認められる。 パルス周期(s):0.00002〜0.001(20〜1000μs)パルス幅(s):0.0000001〜0.0000005(100〜500ns)(周知例3)0.00000015(150ns)(周知例4)0.0000003(300ns)(周知例4及び乙4文献)そうすると,?A式は,次のとおり書き換えられるものと認められる。 U≫T・・・?B(4)上記?B式によれば,引用発明に上記のとおり周知のQスイッチYAGレーザを普通の周波数で適用した場合,隣接するスポット間を被加工物が移動する時間(原告が主張する「ビーム間の時間間隔」)は,パルス周期(原告が主張する「パルス間の時間間隔」)より十分大きいことになる。 そして,本願明細書に,「ウエファは2以上のビームに対し,これらのビームが同一パスを少なくとも10μsの時間間隔で走行するように移動させるのが好ましい。切込み溝の形成を妨げるガスクッションは少なくとも10μsの時間後に消失すること明らかであるので,各新しい照射ステップにおいて蒸発を無妨害で開始することができる。」との記載(2頁29行〜3頁3行)があるところ,被告も,特段,その内容の正確性を争っておらず,また,上記のとおり,QスイッチYAGレーザにおいて普通に使用されるパルス周期は20〜1000μsであるから,これらを上記?B式に当てはめると,引用発明に上記パルス周期のQスイッチYAGレーザを適用した場合,原告が主張する「ビーム間の時間間隔」は,必然的に20μsを上回ることとなり,したがって,必然的に,原告が主張する「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」が得られることとなる。 なお,念のため,同一のスポット(上記の例では,スポット2d)に繰り返し照射されるレーザ光線についてみても,これが照射されない時間帯(T-t)が,上記(3)によれば,最小でも19.5μs(20μs-500ns)程度は存在するというのであるから,特定のスポットに対するレーザ光線の照射が終了してから,当該スポットに対する次のレーザ光線の照射が開始されるまでの間には,原告が主張する「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」が確保されることとなる。 (5)そうすると,「上記相違している点は,上記周知のQスイッチYAGレーザを,普通に使用されている1〜50kHzの範囲のパルスレーザとして用いることによって,当業者が容易になし得たものというべきである。」との審決の判断に誤りはないというべきである。 4原告の主張1及び2について原告は,「『パルス間の時間間隔』(『パルス周期』)が,Qスイッチの特性により与えられるものであるのに対し,『ビーム間の時間間隔』は,ビームとウエファとの間の相対的移動速度やビーム間の物理的距離を調整することによって変更することができるものである(『パルス間の時間間隔』が20〜1000μsである場合に,『ビーム間の時間間隔』を10μsに設定することも可能である。)。このように,『パルス間の時間間隔』と『ビーム間の時間間隔』とは,互いに独立したものであり,『パルス間の時間間隔』が定まったからといって,『ビーム間の時間間隔』が一義的に定まるものではない」,「例えば,ビームとウエファとの間の相対的移動速度やビーム間の物理的距離を調整することによって,『ビーム間の時間間隔』を8μsに選択した場合,『パルス間の時間間隔』が20〜1000μsである周知のパルスレーザを用いても,『ウエファから前記パスにおいて蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔を与えること』にはならない」などと主張するが,上記3において説示したとおり,引用発明における「1条の溝」(これは,本願発明の要旨にいう「切込み溝」に相当するものである。なお,原告も,「切込み溝を形成」することが本願発明と引用発明の一致点であるとした審決の認定を争っていない。)を形成するとの構成を維持して周知のQスイッチYAGレーザを普通の周波数で適用する場合,被加工物の移動速度には,QスイッチYAGレーザの周波数(パルス周期)やパルス幅により,自ずから限界があり,原告が主張する「ビーム間の時間間隔」は,必然的に,「パルス間の時間間隔」よりも十分大きくなるのであるから,原告の上記各主張は,いずれも採用することができない。 5原告の主張3について(1)原告は,「1〜50kHzの範囲のパルスレーザを用いても,『ビーム間の時間間隔』は一義的に定まらないのであるし,また,『蒸発生成物により切込み溝内に形成されるガスクッションの問題』や『ビーム間の時間間隔』については,引用例に何ら触れられておらず,相違点に係る本願発明の構成を採用する動機付けは存在しないのであるから,相違点に係る本願発明の構成を当業者が容易に採用し得たとすることはできない」と主張する。 (2)しかしながら,「1〜50kHzの範囲のパルスレーザを用いても,『ビーム間の時間間隔』は一義的に定まらない」との主張を採用することができないことは,前記3において説示したとおりである。 (3)また,「『蒸発生成物により切込み溝内に形成されるガスクッションの問題』については,引用例に何ら触れられておらず,相違点に係る本願発明の構成を採用する動機付けは存在しない」との主張については,確かに,引用例には,原告が主張する「ガスクッションの問題」についての記載も示唆もないが,前記1(2)の各記載及び図示によれば,レーザビーム(YAGレーザを含む。)を被加工物に照射して加工を行う際,被加工物が溶融,蒸発してガスが生じ,これがレーザビームの被加工物への照射を妨害することがあり,これを排除する必要があることは,本願前から周知の課題として広く知られていたものと認めることができるから,この点の原告の主張も,採用の限りでない。 原告は,上記課題が周知の事項であること自体は争わないものの,乙1公報ないし乙3公報に記載されたガスクッションの問題は,「レーザ放射をウエファに少なくとも2つのビームの形で照射するとともに,ウエファをこれらのビームと相対的に,これらのビームが同一のパス上を次々に走行するよう移動させる半導体素子の分割方法」である本願発明におけるガスクッションの問題とは異なる旨主張するが(原告の主張4参照),本願明細書には,「レーザ放射による半導体材料の蒸発はレーザ放射を吸収する蒸発生成物のガスクッションを形成することが予想される。」との記載(2頁17,18行)があるのであって,このガスクッションは,上記各公報に記載されたものと何ら変わりはないから,原告の上記主張は失当である。 (4)さらに,「『ビーム間の時間間隔』については,引用例に何ら触れられておらず,相違点に係る本願発明の構成を採用する動機付けは存在しない」との主張については,確かに,引用例には,原告が主張する「ビーム間の時間間隔」(これは,被加工物の移動速度と隣接するスポット間の距離により定まるものである。)をどのように定めるかについての記載も示唆もないが,前記3において説示したとおり,引用発明における「1条の溝」を形成するとの構成を維持して周知のQスイッチYAGレーザを普通の周波数で適用する場合,被加工物の移動速度には,QスイッチYAGレーザの周波数(パルス周期)やパルス幅により,自ずから限界があり,原告が主張する「ビーム間の時間間隔」は,必然的に,「パルス間の時間間隔」よりも十分大きくなるのであるから,この点についての原告の主張も,採用することができない。 6原告の主張4について(1)原告は,「『蒸発生成物により切込み溝内に形成されるガスクッションの問題』については,引用例に何ら言及されておらず(引用例に言及されているのは,溝の中に残留した溶解物により生ずる問題である。),したがって,本願発明が奏する『各新しい照射ステップにおいて蒸発を無妨害で開始することができる。』との効果や,『パルス発振レーザ及び連続発振レーザのいずれにも使用することができるほか,パルス発振レーザの場合には,深い切込み溝の形成の効率に影響することなしに,いかなる周波数のもの(100kHzよりも更に大きい1MHzのものも含む。)をも使用することができる。』との効果(これは,ガスクッションの問題が解決されることにより可能となる。)は,引用発明及び上記従来周知の事項から当業者が容易に予測することができるものではない」と主張する。 (2)しかしながら,原告が主張する「蒸発生成物により切込み溝内に形成されるガスクッションの問題」が本願前から周知の課題として広く知られていたものであることは,上記5(3)において説示したとおりである。 そして,引用発明にパルス周期が20〜1000μsの範囲のQスイッチYAGレーザを適用した場合,原告が主張する「ビーム間の時間間隔」が,必然的に20μsを上回ることとなり,したがって,必然的に,原告が主張する「蒸発された半導体材料の本質的に完全な消失を可とするに十分な時間間隔」が得られることとなることは,前記3において説示したとおりであるから,上記「各新しい照射ステップにおいて蒸発を無妨害で開始することができる」との効果は,引用発明に上記パルス周期のQスイッチYAGレーザを適用したことにより当然奏する効果であり,これを,当業者が予測することができない格別顕著なものと評価することはできない。 また,上記「パルス発振レーザ及び連続発振レーザのいずれにも使用することができる」との効果が,上記「ガスクッションの問題」が解決されたことによるものと認めるに足りる証拠はなく,また,かかる効果が,当業者が予測することのできる範囲を超える格別顕著なものと評価するに足りる証拠もない。 さらに,上記「パルス発振レーザの場合には,・・・いかなる周波数のもの(100kHzよりも更に大きい1MHzのものを含む。)をも使用することができる」との効果は,本願明細書に全く記載がないものである。 (3)以上からすると,原告の上記主張を採用することはできないというべきである。 7結論以上によれば,審決取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 田中信義 |
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裁判官 | 古閑裕二 |
裁判官 | 浅井憲 |