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関連審決 不服2005-20034
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明細書の記載要件 /  優先権 /  分割出願 /  警告 /  善意 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  釈明 /  国際出願 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10031号 審決取消請求事件
原告エフエムシーコーポレーション
訴訟代理人弁理士斉藤武彦,畑泰之
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人井上彌一,原健司,徳永英男,大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2005-20034号事件について平成18年9月12日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実1特許庁における手続の経緯原告は,国際出願日を平成11年7月29日とし,発明の名称を「カデュサホスのマイクロカプセル化製剤」とする発明について特許出願(特願2000-561829号,優先権主張1998年〔平成10年〕7月30日・米国,以下「本件出願」という。)したが,平成17年7月14日付けで拒絶査定を受けたので,同年10月17日,拒絶査定不服審判を請求し,同日付け手続補正書(甲7)により明細書を補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,これを不服2005-20034号事件として審理し,平成18年9月12日,本件補正を却下し,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
2各発明の要旨( )本件補正前の,平成14年8月28日付け手続補正書により補正された明1細書(甲1,2。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1及び13に記載された発明(以下,それぞれ「本願発明1」及び「本願発明13」という。)の要旨(なお,請求項2ないし12,14は省略する。)「【請求項1】(a)1以上の乳化剤と泡止め剤を含有する水性相を調製し,(b)98重量%以下のカデュサホスと2-35重量%の第1の多官能性化合物からなる水混和性相を調製し,(c)該水混和性相を該水性相中で乳化して水性相中に水混和性液滴が分散した分散液を調製し,(d)該分散液に1以上の第2の多官能性化合物の水溶液を該第1の多官能性化合物と界面重合を行うに足る量で加えてカデュサホスのマイクロカプセルを形成することを特徴とするマイクロカプセル化したカデュサホス製剤の製造方法。」「【請求項13】製剤1リットル当たり約150〜約360gのカデュサホスを含有し且つマイクロカプセル,約0.7〜約2.5重量%のポリビニルアルコール及び約0.3〜約0.9重量%の泡止め剤からなる殺虫製剤であって,該製剤がマイクロカプセルの水性懸濁液からなり,該マイクロカプセルがカデュサホスからなる芯のまわりにポリ尿素のさやをもつものであり,該ポリ尿素のさやがPMPPIと1以上の多官能性アミンとの界面重合で製造されたものであり,そしてカデュサホスの重量%が界面重合用の水混和性相の約53〜約92%であり,PMPPIの重量%が水混和性相の約4〜約25重量%であり,多官能性アミンがTETA,DETA,HDA及びそれらの組合せからなる群から選ばれる殺虫製剤。」( )本件補正により補正された明細書(甲7)の特許請求の範囲の請求項1及2び13に記載された発明(下線部分が補正箇所である。以下,請求項1に記載された発明を「補正発明1」という。)の要旨(なお,請求項2ないし12,14は省略する。)「【請求項1】(a)1以上の乳化剤と泡止め剤を含有する水性相を調製し,(b)水混和性相の合計重量あたり,50〜98重量%のカデュサホスと2〜35重量%の第1の多官能性化合物としてのイソシアネートを含有する水混和性相を調製し,(c)該水混和性相を該水性相中で乳化して水性相中に水混和性液滴が分散した分散液を調製し,(d)該分散液に1以上の第2の多官能性化合物である多官能性アミンの水溶液を該第1の多官能性化合物と界面重合を行うに足る量で加えてカデュサホスのマイクロカプセルを形成することを特徴とするマイクロカプセル化したカデュサホス製剤の製造方法。」「【請求項13】製剤1リットル当たり150〜360gのカデュサホス,0.7〜2.5重量%のポリビニルアルコール及び0.3〜0.9重量%の泡止め剤からなる殺虫製剤であって,該製剤がマイクロカプセルの水性懸濁液からなり,該マイクロカプセルが,水混和性相の合計重量当り,53〜92重量%のカデュサホスと4〜25重量%のイソシアネートを含有する水性混和相に1以上の多官能性アミンを加えて界面重合させて製造されたものであり,多官能性アミンがTETA,DETA,HDA及びそれらの組合せからなる群から選ばれる殺虫製剤。」3審決の理由( )審決は,別紙審決記載のとおり,本件補正を却下し,本願発明1が,特開1昭50-135232号公報報(甲8,以下「刊行物A」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。),平成9年1月発行「最新農薬データブック第3版」(甲9,以下「刊行物B」という。)に記載された発明及び特開昭62-67003号公報(甲10,以下「刊行物C」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
( )審決が認定した引用発明は,次のとおりである。
2「分散剤と消泡剤を含有する水性相(フラスコ内容物)に,カプセル壁を形成するに必要な反応成分であるイソシアネート化合物と有機リン酸塩化合物であるホスホロチオエート殺虫剤(リン酸のチオまたはジチオエステル)とから形成された疎水相(油相,一番目の漏斗の内容物)を先ず添加して,水性相中に疎水相の液滴が分散した分散液(水中油エマルジョン)を形成し,次いで同反応成分であるポリアミン化合物水溶液(二番目の漏斗の内容物)を添加し,殺虫剤小滴の周りに界面重合によりカプセル壁を形成させることによるマイクロカプセル製剤の製造方法」( )審決が認定した,本願発明1と引用発明の一致点及び相違点は,それぞれ3次のとおりである。
ア一致点「哺乳動物等に対する毒性を低くする目的で毒性殺虫剤をカプセル充填する点で軌を一にするものであって,その製造方法において,1以上の泡止め剤を含有する水性相を調製し,98重量%以下の殺虫剤と2-35重量%の第1の多官能性化合物からなる水混和性相を調製し,該水混和性相を該水性相中に添加し,水性相中に水混和性液滴が分散した分散液を調製し,該分散液に1以上の第2の多官能性化合物の水溶液を加え,該第1の多官能性化合物と界面重合を行って殺虫剤のマイクロカプセルを形成するマイクロカプセル化した殺虫製剤の製造方法」イ相違点(ア) 相違点1「泡止め剤を含む水性相において,本願発明1が1以上の乳化剤を含有し,水混和性相を水性相中で乳化して水性相中に水混和性液滴が分散した分散液を調製する(判決注:原文は「調整しする」)のに対し,刊行物Aに記載の発明が乳化剤を含有していること,そして疎水相(水混和性相)を水性相中で乳化することについての記載がない点」(イ)相違点2「第2の多官能性化合物の水溶液の添加量について,本願発明1が第1の多官能性化合物と界面重合を行うに足る量と特定しているのに対し,刊行物Aに記載の発明ではこの添加量について記載がない点」(ウ)相違点3「殺虫剤活性成分が,本願発明1はカデュサホスであるのに対し,引例発明はリン酸のチオ又はジチオエステルである点」第3原告主張の審決取消事由審決は,誤って本件補正を却下して,発明の要旨認定を誤り(取消事由1),本願発明1の進歩性判断を誤り(取消事由2),その結果,本願発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤った結論を導いたものであり,また,その判断には遺脱がある(取消事由3)から,取り消されるべきである。
1取消事由1(補正却下の違法性,発明の要旨認定の誤り)(1)審決は,請求項13に係る補正事項について,「多官能性アミンと界面重合反応してマイクロカプセルを形成するイソシアネートについて,特定のイソシアネートである『PMPPI』(ポリプロピレンポリフェニレンイソシアネート)と特定されていたものをそのような特定がされていない『イソシアネート』とするものであるから,PMPPI以外のイソシアネートを含むものに拡張されたものである。よって,本件補正は特許法第17条の2第4項第2号に掲げる『特許請求の範囲減縮』を目的とするものではなく,同1号に掲げる『請求項の削除』,同3号に掲げる『誤記の訂正』,同4号に掲げる『明りょうでない記載の釈明』を目的とするものではない。」(3頁第1段落)として,本件補正全体を却下したが,誤りである。
(2)請求項13に係る補正は,代理人が誤ってしたものであるが,請求項13に係る補正が違法であるとしても,補正が却下されるのは請求項13に係る補正であり,その他の請求項に係る補正についても却下される理由はない。
特許法53条(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下同じ。)には補正書全体を却下するとの記載は存在しない。「第17条の2第1項第3号に掲げる場合において,・・・補正が同条第3項から第5項までの規定に違反しているものと特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に認められたときは・・・決定をもってその補正を却下しなければならない。」との特許法53条の規定において,後者の「その補正」が特許法17条の2(平成18年法律第55号による改正前のもの。
特許法17条の2,53条,159条について,以下同じ。)第3項から第5項までの規定に違反している補正を意味し,違反していない補正を意味しないことは文理解釈上明らかである。
また,審決は,「本件補正は,特許法第17条の2第1項第3号に該当する補正であり」(2頁30行目)とするが,誤りである。正しくは,特許法17条の2第1項4号に該当するものであり,この点でも補正却下の決定は違法である。
( )審決は,請求項1に係る発明について,本件補正前の,平成14年8月238日付け手続補正書により補正された明細書(本件明細書)の請求項1に記載された発明(本願発明1)の要旨を認定し進歩性判断を行っているが,誤りであり,本件補正により補正された明細書の請求項1に記載された発明(補正発明1)の要旨を認定し,進歩性判断を行うべきである。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)(1)審決は,本願発明1の目的について,「本願発明1は,有機リン酸塩化合物(S,S-ジ-2級-ブチル-O-エチルホスホロジチオエート)の殺虫剤である,カデュサホスの強い毒性をカプセル化することにより,低下させることを目的としたものである。」(8頁第2段落)としたが,誤りである。
本件明細書の「このマイクロカプセル化製剤は,非マイクロカプセル化製剤に比し,殺虫活性又は物理的及び化学的安定性のロスがない。また本発明のマイクロカプセル化製剤は色が一定であり,これは市販品が不快な臭気を示さないようにカデュサホスを銅塩で予め処理する場合の水性マイクロエマルジョン製剤ではみられない効果である。」(段落【0005】)との記載によっても,本願発明1及び補正発明1の主な目的は,非マイクロカプセル化製剤に比し,殺虫活性のロスがなくしかも毒性を低下させた製剤を提供することにある。これは,従来試みられたマイクロカプセル化製剤の多くが殺虫活性のロスを生じていた事実からも,重要な目的である。
しかし,刊行物Aの実施例には,水性組成物の分散安定性が記載されているにとどまる。また,刊行物Aの発明の詳細な説明をみても,マイクロカプセル化による毒性の低下が記載されるにとどまり,殺虫活性の維持(ロスがない)についての記載は存在せず,カデュサホスをマイクロカプセル化し,特にポリ尿素皮膜でマイクロカプセルにした場合,安全な取り扱い性(毒性の低下)と殺虫活性の維持とが組み合わされた顕著な効果が得られるという本願発明1及び補正発明1の技術思想は,刊行物Aには記載も示唆もされていない。
また,刊行物Bは,カデュサホスそのものが公知の農薬であることを示すだけでマイクロカプセル化についての記載や示唆はないし,刊行物Cには,カデュサホスについての記載や示唆は存在しない。
したがって,殺虫活性の維持と毒性の低下(安全な取り扱い性)の組合せという本願発明1等の目的は,刊行物AないしCに記載されていない。
(2)審決は,「本願発明1には,本願発明1の製造方法により得られた製剤が有する効果とされる,従来のカデュサホス製剤と同等の活性をもった上で哺乳動物に対する毒性が顕著に低いという効果を有していない製剤についての製造方法が含まれている。してみると,本願発明1は刊行物Aのカプセル製剤の製造方法に比較し,活性効果を減少させることなく,哺乳動物等に対する毒性が顕著に低いという予測し得ない効果が奏されたものとすることはできず,本願発明1が,引用例A〜Cから予測し得ない格別の優れた効果を奏するということはできない。」(13頁第3段落〜第4段落)としたが,誤りである。
本件明細書の表7及び8は例7の結果を示すものであり,本件明細書の「表7及び8に示すテスト結果は,すべてのカデュサホスCS製剤がトマト上の線虫の抑制に有効であり,製剤間には明瞭な差がないことを示している。」(段落【0038】),「テスト結果は,本発明のカデュサホスCS製剤はカデュサホス100ME製剤と同等か又はわずかに多く活性が残っていることを示している。」(段落【0039】)との顕著な効果は,当業者にとって予想外の効果であり,刊行物AないしCには記載も示唆もされていない。
本願発明1は,製造方法の形式をとっているが,カデュサホスのマイクロカプセル化が予期せざる顕著な効果を示すことを見出した点に大きな特徴があり,審決は判断を誤っている。
この点について,被告は,具体的に好適な効果が示されているのは,本願発明1の製造方法のうち,ごく一部の特定された実施態様のもののみであり,本願発明1全体の作用効果は,何ら示されていない旨主張する。
しかし,被告は,ごく一部の特定の実施態様以外について,本願発明1の目的・効果を示さないことを立証していない。目的・効果が確認されている実施態様が特許請求の範囲に記載された発明全体を裏付けるに足りるものかどうかは,明細書の記載要件,すなわち,特許法36条の問題である。そして,記載不備に基づいて出願を拒絶しない以上,目的・効果を確認した実施態様が全体のごく一部であっても,発明全体の目的・効果は裏付けられているとすべきである。被告の上記主張は,適用条文を誤ったものである。
また,被告は,本件明細書の実施例に示したデータのうちのごく一部に優位な結果を示さないデータが存在する旨主張する。
しかし,化学的発明の実験において,良いデータと悪いデータが混在することはごく自然のことである。典型的な化学発明を例示すると,「化合物AとBを接触させて反応させる公知の化合物Cの製造方法」の発明が,高収率で化合物Cを与えると主張している特許出願であっても,反応温度や反応溶媒や原料モル比,さらには原料純度等を適正なポイントで選択して実験しない限り,高収率で化合物Cを与えないことは,化学常識に属する。しかし,高収率をもたらすためのすべての条件を請求項に記載しない限り,発明全体としての目的・効果は達成しないとは認定されないのが,審査慣行であり,これは,化学的発明の本質から当然のことである。また,米国の特許出願では,一般的な論文等と同様,悪いデータが一部混在する場合でも,原則として,それらを隠匿せずに提出することが出願人の正義として求められる。本件出願は,米国出願の優先権を主張した出願であることから,それらのデータも隠匿することなく明細書に記載して出願した。
化学的発明にとって,評価は,データに基づく全体的な評価であるべきであり,本件明細書(段落【0038】,【0039】)には,そのような全体的評価が記載されている。必然的に悪いデータも混在する化学的発明の実験結果において,出願人が善意でそれらのデータも隠匿せずに提出した場合に,隠匿しなかった事実をもとに当該発明は目的・効果を達成しないと認定するのは,立法趣旨に反するものである。
(3)本件出願に対応する出願は,多くの国で既に特許として成立していて,特許が成立していないのは,本願発明1等だけである。
すなわち,本件出願に対応する出願は,米国では米国特許第6,440,443号として,ヨーロッパではヨーロッパ特許第1100336号として特許が成立している。米国特許の審査過程では,引用例の一つとして,刊行物Aに対応する米国特許第4,107,292号が引用されながら,特許が成立している。このような事実は,公知文献に開示されている技術事項についての当業者の客観的判断の典型例として評価されるべきであり,当業者にとり,本願発明1等を刊行物AないしCに記載された発明から,容易には発明できないことを示している。
3取消事由3(判断遺脱)(1)審決は,「本願の請求項1に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないので,本願は,請求項2〜14に係る発明を検討するまでもなく拒絶されるべきものである。」(14頁第4段落)として,請求項2以下の請求項に係る発明について判断をしておらず,判断の遺脱がある。
( )審決のように,請求項1に係る発明についてだけ審査を行い,請求項2以2後について審査を行わないということは,多項制を採用した立法趣旨に反する。出願人はすべての請求項について審査請求料を支払っているのであるから,すべての請求項について,審査を受ける権利を有する。
特に,複数の請求項や,複数の独立請求項を有する出願については,請求項1に係る発明が最も特許性が低いとするのが一般的であり,請求項2以後の請求項に係る発明に,特許されるべき発明が存在する蓋然性が高い。
多項制を採用する多くの国では,審決段階でも,それぞれの請求項について特許性についての判断がなされている。
審決は,請求項2以下の請求項に係る発明についての判断をしていないから,判断の遺脱があり,違法である。
第4被告の反論審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(補正却下の違法性,発明の要旨認定の誤り)に対して( )原告は,請求項13に係る補正が違法であるとしても,却下されるのは請1求項13に係る補正であり,その他の請求項に係る補正も却下されるべき理由はない旨主張するが,失当である。
補正について,特許法53条には,「第17条の2第1項第3号に掲げる場合において,願書に添付した明細書又は図面についてした補正が同条第3項から第5項までの規定に違反しているものと特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に認められたときは,・・・決定をもつてその補正を却下しなければならない。」と規定されており,特許請求の範囲に記載された請求項ごとに却下すべきである旨,あるいは,補正事項ごとに却下すべきである旨の記載は一切なく,補正全体を一体のものとして却下すべきものである。
したがって,最後の拒絶理由通知に対応する補正又は拒絶査定不服審判請求時の補正で特許請求の範囲についてする補正において,一つの補正書に複数の補正事項に係る補正が含まれている場合であっても,そのうちのいずれか一つでも特許法17条の2第3項ないし第5項の規定に違反して,補正をすることができないものであるときは,特許法159条1項において読み替えて準用する同法53条の規定は,その補正事項全体を補正却下すべきことを規定しているものと解すべきである。
本件において,請求項13に係る補正事項は,特許法17条の2第4項に規定に違反するもので,許されるものではなく,全体として補正をすることができないものであるから,補正前の請求項1を補正後の請求項1にする手続部分も補正をすることができない。
(2)原告は,審決に摘示した補正の根拠条文が異なり,審決が違法である旨主張するが,失当である。
審決は,本件補正について,特許法17条の2第1項3号に該当する補正であるとしたが,本件の審判請求日は,平成17年10月17日であるから,平成16年1月1日以降に請求された拒絶査定不服審判事件に適用される平成15年法律第47号により,特許法17条の2第1項4号に該当する補正とするのが正しい。しかし,この条文の記載は,本件補正が拒絶査定不服審判請求時の補正であることを表示するために示したものであって,その誤りにより,補正却下の決定の判断が異なることにはならない。
( )原告は,審決が,請求項1に係る発明の要旨を平成14年8月28日付け3手続補正書により補正された明細書(本件明細書)の請求項1に記載された発明と認定しているのは誤りである旨主張する。
しかし,本件補正についての補正却下の決定に誤りはないので,審決が,請求項1に係る発明は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認定したことに誤りはない。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)に対して( )原告は,本願発明1の目的について,本件明細書の段落【0005】の記1載によれば,非マイクロカプセル化製剤に比し,殺虫活性のロスがなくしかも毒性を低下させた製剤を提供することにあり,本願発明1の目的についての審決の認定が誤りである旨主張する。
しかし,本願発明1が殺虫活性を有するカデュサホスの強い毒性をカプセル化することにより,毒性を低下させるものであれば,カプセル化された製剤は殺虫剤として使用するものであるから,有効な殺虫活性を有すること,つまり,殺虫活性の維持,殺虫活性のロスがないことは必然的に要求されている。そうすると,審決が,カプセル化された製剤の目的は毒性を低下するものとして,特に殺虫活性の維持(殺虫活性のロスがないこと)について明記していなかったとしても,この点において実質上の差異はなく,発明の目的の認定を誤っているものではない。
そして,審決は,本願発明1の効果について,非マイクロカプセル化製剤に比し,殺虫活性のロスがないこと(殺虫活性の維持)と毒性を低下させる点について検討しており,発明の目的として殺虫活性のロスがないこと(殺虫活性の維持)を明記しなかったとしても,審決の結論は異ならない。
( )原告は,引用発明においては,水性組成物中での安定性が評価されている2にとどまり,カデュサホスをマイクロカプセル化,特にポリ尿素皮膜でマイクロカプセルにした場合,安全な取り扱い性(毒性の低下)と殺虫活性の維持との組み合わされた顕著な効果については,刊行物AないしCに記載も示唆もされていない旨主張する。
しかし,マイクロカプセル化の製造方法の各工程それ自体について,本願発明1と引用発明に技術的意義のある差異はない。
そして,毒性低下の目的で毒性化合物をポリマーによりカプセル入りとすることは当業者によく知られているものであるから,毒性のあるカデュサホスにおいても,毒性低下の目的でポリマーによりカプセル入りとする程度のことは当業者であれば当然考えるものであって,しかも,刊行物Aによれば,カデュサホスと有機リン酸塩化合物である点で類似するリン酸のチオ又はジチオエステルであるホスホロチオエート殺虫剤のマイクロカプセル製剤の製造方法が知られており,特にそのリン酸のジチオエステルとしてO-エチル-S,S-ジプロピルホスホロジチオエート(モキャップ)が例示されているので,モキャップに比しリン酸のジチオエステルのエステルのアルキル基の炭素数が1つ大きいにすぎない程度の構造が極めて類似している,低毒化が望まれていたカデュサホスに刊行物Aに記載の製造方法を単に適用して,カデュサホスのカプセル化製剤を製造してみる程度のことは,当業者であれば容易に想到し得るものといえる。
( ) 原告は,本願発明1は製造方法の形式をとっているが,カデュサホスのマ3イクロカプセル化が予期せざる顕著な効果を示すことを見出した点に大きな特徴があり,審決は本願発明1の効果についての判断を誤っている旨主張するが,失当である。
本願発明1の構成(特定事項)は容易に想到し得るものであるから,このような発明に対して,それが有する効果を根拠として進歩性があるとされるためには,その発明の現実に有する効果が,当該構成(特定事項)のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものであるが,本願発明1の効果は格段に異なるものでないまず,原告は,本願発明1はカデュサホスのマイクロカプセル化により,殺虫活性の維持と毒性の低下(安全な取り扱い性)とが組み合わされた顕著な効果を有するものである旨主張する。しかし,本件明細書において,本願発明1のカデュサホスCS製剤の毒性と殺虫活性データが記載されているのは,実施例(表7,8及び9を含む)によれば,本願発明1の構成である第1の多官能性化合物として,PMPPI(ポリメチレンポリフェニルイソシアネート)を用い,第2の多官能性化合物として,TETA(トリエチレンテトラミン),DETA(ジエチレンテトラミン),HDA(1,6-ヘキサンジアミン)を用いて界面重合させたポリ尿素からなるマイクロカプセル皮膜のもののみである。つまり,具体的に好適な効果が示されているのは,本願発明1の製造方法のうち,ごく一部の特定された実施態様のもののみである。マイクロカプセル皮膜の原料成分の特定が何もなされていない多官能性化合物を界面重合させてマイクロカプセル化したものを規定している本願発明1全体の作用効果については,何ら示されていない。そして,マイクロカプセルの皮膜からの有効成分の放出性能,透過性能はマイクロカプセルの皮膜に用いる材料(高分子化合物の種類,組成等)の性質に左右され,マイクロカプセル化した製剤における有効成分に基づく毒性と活性は,当然,マイクロカプセルの皮膜に用いる材料により異なるから,マイクロカプセル皮膜のごく一部の特定の実施態様のものに毒性の低下と殺虫活性の維持の効果があったからといって,マイクロカプセル皮膜の材料が異なる上記特定の実施態様でないものの場合にも,特定の実施態様のものと同様な毒性の低下と殺虫活性の維持の効果があったものとすることはできない。
また,本件明細書の表7のレート(Kg/Ha)が0.25であるときの製剤,BB,BB-1,CC,FFの評価,表8のレート(Kg/Ha)が0.25であるときの製剤BB,BB-1,CC,FFの評価の数値は,公知の非マイクロ化カデュサホス100ME製剤の評価の数値が0であるのに対し,0より高い(数値が低いほど好結果を示す)こと,及び,表9の製剤PB-C14U-ND及び製剤Eの84日目の致死率はカデュサホス100ME製剤の致死率に比べて低いことからすると,特定の実施態様の製剤においてすら,非マイクロカプセル化製剤であるカデュサホス100ME製剤と同等の効果を有していない。
( )補正発明1も格別な効果を奏するものではない。補正発明1についても,4具体的に好適な効果が示されているのは,補正発明1の製造方法のうち,ごく一部の特定された実施態様のもののみであるし,特定の実施態様に関する実施例においても,上記( )と同様,従来のカデュサホス製剤と同等の活性を有していない製剤3についての製造方法が含まれている。
さらに,本件補正後の明細書等には,特に活性成分の種類,さやの成分のポリマーの種類や組成,カプセル化方法が異なるものと比較したデータは何も示されておらず,また,補正発明1の構成(特定事項)と効果の関係を理論的に示す記載もない。したがって,特定のポリ尿素以外のさやの成分からなる他のポリマーや他のカプセル化方法を用いた製造方法に比較し,カデュサホスを限定された工程の組合せからなるマイクロカプセル化方法と組み合わせることにより,極めて例外的に,補正発明1により得られたマイクロカプセル化製剤において,殺虫活性のロスがなく,毒性が顕著に低いという効果が奏されたとすることはできない。
3取消事由3(判断遺脱)に対して( )原告は,審決が,請求項2ないし14に係る発明についての判断を欠いて1いるから違法である旨主張するが,失当である。
( )特許法49条は,「審査官は,特許出願が次の各号のいずれかに該当する2ときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定している。この規定は,一つの特許出願に複数の請求項に係る発明が含まれている場合であっても,そのうちのいずれか一つでも特許法29条等の規定に基づき特許をすることができないものであるときは,その特許出願全体を拒絶すべきことを規定している。
したがって,本件において,審決が,本願発明1が特許法29条2項の規定に基づき特許をすることができないものであるとして,請求項2以後の請求項2ないし14に係る発明について判断しなかったこと,つまり審理せず,理由を示さなかったことは違法ではない。
原告主張のように,多項制を採用する多くの国で審決段階でもそれぞれの請求項について判断がなされているとしても,我が国における審決が違法であることと関係があるものではない。
第5当裁判所の判断1取消事由1(補正却下の違法性,発明の要旨認定の誤り)について( )ア審決は,請求項13に係る補正事項について,「多官能性アミンと界面1重合反応してマイクロカプセルを形成するイソシアネートについて,特定のイソシアネートである『PMPPI』(ポリプロピレンポリフェニレンイソシアネート)と特定されていたものをそのような特定がされていない『イソシアネート』とするものであるから,PMPPI以外のイソシアネートを含むものに拡張されたものである。よって,本件補正は特許法第17条の2第4項第2号に掲げる『特許請求の範囲減縮』を目的とするものではなく,同1号に掲げる『請求項の削除』,同3号に掲げる『誤記の訂正』,同4号に掲げる『明りょうでない記載の釈明』を目的とするものではない。」(3頁第1段落)とした上で,請求項13に係るものも含めた平成17年10月17日付け手続補正書による補正である本件補正を却下したのに対し,原告は,請求項13に係る補正は,代理人が誤ってしたものであるが,請求項13に係る補正が違法であるとしても,補正が却下されるのは請求項13に係る補正であり,その他の請求項に係る補正についても却下される理由はないとして,審決の判断が誤りである旨主張する。
イ特許法17条1項は,「手続をした者は,事件が特許庁に係属している場合に限り,その補正をすることができる。ただし,次条から第17条の4までの規定により補正をすることができる場合を除き,願書に添付した明細書,特許請求の範囲,図面・・・・について補正をすることができない。」と,同条4項は,「手続の補正(手数料の納付を除く。)をするには,次条第2項に規定する場合を除き,手続補正書を提出しなければならない。」としている。そして,同法17条の2第1項は,「特許出願人は,特許をすべき旨の査定の謄本の送達前においては,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる。
ただし,第50条の規定による通知を受けた後は,次に掲げる場合に限り,補正をすることができる。1・・・4拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日以内にするとき。」と規定する。さらに,同法53条1項は,「第17条の2第1項第3号に掲げる場合において,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面についてした補正が同条第3項から第5項までの規定に違反しているものと特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に認められたときは,審査官は,決定をもってその補正を却下しなければならない。」と規定し,同法17条の2第4項は,「前項に規定するもののほか,第1項第3号及び第4号に掲げる場合において特許請求の範囲についてする補正は,次に掲げる事項を目的とするものに限る。・・・」と規定する。
そして,同法159条1項は,拒絶査定不服審判において,同法53条1項の「第17条の2第1項第3号」を「第17条の2第1項第3号又は第4号」と読み替えるなどして準用する旨を規定している。
このように,特許法は,手続をした者が補正をすることができることや補正が可能な時期等を定めるとともに,一定の要件がある場合は,補正を却下しなければならないとしているのであるが,上記各規定の文言及び補正の内容は補正をする者が決めることに照らしても,特段の事情がない限り,一つの手続補正書によりされた特許請求の範囲減縮に係る補正(同法17条の2第4項2号)は,補正事項ごと,又は,請求項ごとに補正としてとらえられるものではなく,補正手続をした者は一体として補正をしているものとして,特許請求の範囲に対する一つの補正として扱われ,一定の要件がある場合は,その補正を却下しなければならないものと解することができる。
ここで,本件補正のうち,請求項13に係る部分は,特許法17条の2第4項に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないことは審決のとおりであるから,平成17年10月17日付け手続補正書による,明細書に対する一つの補正として扱われる本件補正は,同項の規定に違反しているものであり,本件補正は,却下することができる。これと同旨の審決に原告主張の誤りはない。
この点について,原告は,特許法53条には補正書全体を却下するとの記載は存在せず,同条の「第17条の2第1項第3号に掲げる場合において,・・・補正が同条第3項から第5項までの規定に違反しているものと特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に認められたときは・・・決定をもってその補正を却下しなければならない。」との規定における後者の「その補正」が同法17条の2第3項から第5項までの規定に違反している補正を意味し,違反していない補正を意味しないことは文理解釈上明らかである旨主張する。しかし,上記規定における補正は,補正事項ごと又は請求項ごとのものをいうものではなく,同法53条において却下しなければならない補正も,特定の補正事項に係る補正部分ではないと解され,原告が主張するような解釈が文理上当然に認められるものではないから,原告の主張は採用できない。
(2)審決は,「本件補正は特許法第17条の2第1項第3号に該当する補正であり」(2頁30行目)としたのに対し,原告は,本件補正は,特許法17条の2第1項4号に該当するものであり,審決の摘示が誤りである旨主張する。
本件補正は,「拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日以内にするとき。」の補正であるから,特許法17条の2第1項4号に該当する補正であり,この点,審決の摘示には誤りがあるが,審決の判断内容に照らしても,審決は,本件補正について,「拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日以内にするとき。」に該当するものとした上で,その後の判断を行っていることは明らかであるから,審決の誤りは条項の摘示の誤りであり,その結論に影響するものでなく,また,本件補正に係る審決の判断に誤りがないことは,上記のとおりである。そして,本件補正が,「拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求の日から30日以内にするとき。」にされた補正であることは,本件補正の時期からも,審決の内容からも,審判請求人(原告)にとっても明らかであったことである(被告が条文の摘示の誤りを被告準備書面で指摘する前,原告は,準備書面において,本件審判が拒絶査定不服審判の際にされたものであることを前提として取消事由の主張をしていたことは,当裁判所に顕著である。)。したがって,上記誤りが,審決を取り消すべき瑕疵であるとは認められない。
(3)原告は,審決は,請求項1に係る発明について,本件補正前の,平成14年8月28日付け手続補正書により補正された明細書(本件明細書)の請求項1に記載された発明(本願発明1)の要旨を認定し進歩性判断を行っているが,誤りであり,本件補正により補正された明細書の請求項1に記載された発明(補正発明1)の要旨を認定し,進歩性判断を行うべきである旨主張する。
原告の主張は,請求項1に係る補正事項を含む本件補正を却下したことが違法であることを前提とするものであるところ,その前提において誤りであるから,採用の限りではない。
(4)したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(進歩性の判断の誤り)について( )審決は,本願発明1の目的について,「本願発明1は,有機リン酸塩化合1物(S,S-ジ-2級-ブチル-O-エチルホスホロジチオエート)の殺虫剤である,カデュサホスの強い毒性をカプセル化することにより,低下させることを目的としたものである。」(8頁第2段落)としたのに対し,原告は,本願発明1の主な目的は,非マイクロカプセル化製剤に比し,殺虫活性のロスがなく,しかも毒性を低下させた製剤を提供することにある旨主張し,この目的は,引用された刊行物に記載されていない旨主張する。
ア本件明細書には,以下の記載がある。
(ア)「【従来の技術とその課題】有機リン酸塩化合物,S,S-ジ-2級-ブチル-O-エチルホスホロジチオエート(カデュサホスcadusafos)は有効な殺虫剤/殺線虫剤である。たとえば現在市販されている100g/リットルのカデュサホスの水性マイクロエマルジョン製剤はこの製剤を取り扱ったり散布する際には人体を完全に保護することが必要とされている。これら製剤のラベルにはまた哺乳動物,魚,節足動物及び鳥に対し毒性が強いことも示されている。従って,殺虫剤/殺線虫剤としての効力を維持しながら哺乳動物,鳥,魚及びその他の有機体に対する毒性を低下したカデュサホス製剤の開発が望まれている。これらの製剤は人に対する安全性を改善しまたこの化合物の使用に伴う環境への悪影響を最小化することができる。」(段落【0002】)(イ)「【課題を解決するための手段】本発明によれば,他の効果のなかでも非標的有機体に対し低いか又は温和な毒性をもつ殺虫剤として有効なカデュサホスのマイクロカプセル化製剤が提供される。本発明の第1は,カデュサホスの芯のまわりのポリ尿素のさやをもつマイクロカプセルの水性懸濁液からなる製剤に関する。ポリ尿素のさやはポリイソシアネートと1以上の多官能性アミンの界面重合でつくられ,このポリ尿素のさやは同じか又はより低いカデュサホス濃度をもつ公知の水性マイクロエマルジョンカデュサホス製剤に比し,前記した製剤の哺乳動物毒性が低いように,カデュサホスに対し十分に不透過性である。本発明はまた粒状キャリアに付着したカデュサホスを含有する前記マイクロカプセルからなる粒状カデュサホス製剤に関する。本発明はまた前記の水性カプセル懸濁液(CS)又は粒状マイクロカプセル化カデュホス製剤の製造方法に関する。本発明のマイクロカプセル化カデュサホスは哺乳動物に対する経皮,経口及び吸入毒性が低く,この殺虫剤の取扱い及び使用をより安全にする。米国環境保護局(EPA)のガイドラインに従うと,本発明の製剤は同じ活性成分の非マイクロカプセル化液体製剤(これはカテゴリーに評価される)の2倍の濃度でカテゴリー(警告)又はカテゴリーII II(注意)に評価される。このマイクロカプセル化製剤は,非マイクロカプセル III化製剤に比し,殺虫活性又は物理的及び化学的安定性のロスがない。また本発明のマイクロカプセル化製剤は色が一定であり,これは市販品が不快な臭気を示さないようにカデュサホスを銅塩で予め処理する場合の水性マイクロエマルジョン製剤ではみられない効果である。」(段落【0003】〜【0005】)イこれらの記載によれば,本願発明1は,原告の主張のとおり,殺虫活性,物理的,化学的安定性のロスがなく,殺虫剤としての抗力を維持しながら,ほ乳動物等の非標的有機体に対する毒性が低い製剤の製剤方法を提供することにあると認められる。
ウ他方,刊行物Aには, 「活性成分がホスホロチオエート殺虫剤である農業噴霧用水性組成物において,殺虫剤としてリン酸のチオまたはジチオエステルを用い;・・・殺虫剤が架橋したポリアミド,ポリ尿素またはその混合物からなる% 壁の中にカプセル充填されており,・・・組成物全量の約0.1〜0.5 重量を占めるキサンタンガムが殺虫剤カプセルの均一かつ比較的安定な分散を助けていることを特徴とする組成物。」(特許請求の範囲),「本発明は,分散剤としてキサンタンガムを使用しているポリマーカプセル入り殺虫剤の水性分散液に関する。
農業用の様々な殺虫剤が,混虫,ダニのほとんどの種に高度に毒性であることは知られている。しかし,これら物質の多く(例えばホスホロチオエート,ホスホロジチオエート )は人間を含む高等動物に有毒であり,有毒殺虫剤が噴霧された場所で働く労働者が被害を受け,死亡したこともあることが多数報告されている。致死量が肌を通じて吸入され,あるいは吸収されることがある。最近の開発により,有毒殺虫剤・殺菌剤の多くはポリマー,特にポリアミドによりカプセル入りとされている。例えば,メチルパラチオンはポリアミド-ポリ尿素混成重合皮膜にカプセル充填されており,このカプセルは水性分散液として市販されている・・・これら物質の取り扱いにおける安全性という観点から,カプセル充填は特に意義深い。」(1頁右上欄2行目〜2頁左上欄8行目)との記載がある。
これによれば,刊行物Aには,ホスホロチオエート,ホスホロジチオエート等の殺虫剤について,人間を含む高等動物に有毒であること,殺虫剤が人間を含む高等動物にも有毒であること,取り扱いの安全性の観点からカプセル充填が興味深いことが記載され,引用発明は,ほ乳動物などに対する毒性を低くする目的で殺虫剤をカプセル充填するものであることが認められる。
ここで,刊行物Aに記載されているのは,殺虫剤であるところ,殺虫剤は,その本来の目的に照らしても,殺虫活性が維持されなければならないことは自明であり,殺虫剤において,殺虫剤の安全性を図る際には,殺虫活性の可能な限りの維持を内在する目的として当然に有していたものであるということができる。
したがって,刊行物Aに,明示的には,殺虫剤における毒性の低下についてのみ記載されていても,そこに記載されている発明において,殺虫活性の可能な限りの維持を目的としていたことは当然であり,この点において,本願発明1と異なるところはなく,本願発明1の目的と引用発明の目的が異なることはない。審決は,「本願発明1は,有機リン酸塩化合物(S,S-ジ-2級-ブチル-O-エチルホスホロジチオエート)の殺虫剤である,カデュサホスの強い毒性をカプセル化することにより,低下させることを目的としたものである。」(8頁第2段落)としているが,本願発明1における当然の目的を記載していないだけであり,また,「両者(判決注:本願発明1と引用発明)は,哺乳動物等に対する毒性を低くする目的で毒性殺虫剤をカプセル充填する点で軌を一にする」(審決9頁最終段落)とするが,これらも殺虫剤が有する当然の目的については本願発明1と引用発明がともに有していることを前提として,両発明の目的を記載したものであり,これらの審決の認定に誤りがあるとはいえず,審決の誤りをいう原告の主張は失当である。
エ刊行物Aの製剤の方法において,カデュサホスの使用は記載されていないが,審決はその点を相違点3として認定している。そして,刊行物Bには,カデュサホスが記載されているところ,刊行物Aの記載やその構成に照らしても,刊行物Aの殺虫剤として,カデュサホスを採用することは当業者が容易に想到することができたといえるし,また,本件明細書の記載に照らしても,刊行物Aに記載された毒性低下手段としてのマイクロカプセル化技術をカデュサホスに適用するに当たり,特にカデュサホスに固有の困難性があるというべきものはないと認められ,本願発明1の各構成は,引用発明及び刊行物B等に基づいて,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
(2)審決は,「本願発明1には,本願発明1の製造方法により得られた製剤が有する効果とされる,従来のカデュサホス製剤と同等の活性をもった上で哺乳動物に対する毒性が顕著に低いという効果を有していない製剤についての製造方法が含まれている。してみると,本願発明1は刊行物Aのカプセル製剤の製造方法に比較し,活性効果を減少させることなく,哺乳動物等に対する毒性が顕著に低いという予測し得ない効果が奏されたものとすることはできず,本願発明1が,引用例A〜Cから予測し得ない格別の優れた効果を奏するということはできない。」(13頁下から第3段落)としたのに対し,原告は,本願発明1が,予期せざる顕著な効果を有する旨主張する。
ア本件において,前記( )のとおり,刊行物Aのマイクロカプセル化の方法1をカデュサホスに適用することは当業者にとって容易であったと認められる。
このように出願に係る発明を特定する構成について当業者が容易に想到することができたといえる場合であっても,同発明が奏する効果が,当業者がその構成のものとして予測し得る効果と比較して顕著なものである場合には,当該発明について,当業者はそのような効果を有する発明として容易に想到することができたとはいえないすることが相当である。
本件において,刊行物Aには,ほ乳動物等に対する毒性を低くする目的で殺虫剤をカプセル充填することが記載されているが,前記のとおり,刊行物Aに記載された発明(引用発明)に内在する目的からも,殺虫活性の可能な限りの維持と毒性の低下という効果は,引用発明においても奏することが期待されたといえる効果である。したがって,刊行物Aに記載された方法を,刊行物Bにおいて農薬として記載された公知の殺虫剤成分であるカデュサホスに適用した場合における,殺虫活性の可能な限りの維持と毒性の低下という効果は,当業者が予期し得たものであるといえる。
そうすると,原告が本願発明1の効果として主張する,殺虫活性の可能な限りの維持と毒性の低下という効果は,本願発明1の構成のものとして,当業者が予測し得るものともいえ,その効果自体を直ちに当業者の予測し得ないものであるということはできない。
原告は,本願発明1の効果が顕著な効果であることをいうのであるが,本願発明1の構成のものとして当業者が予測し得る効果と比較してどのように顕著であるか,すなわち,公知の農薬のマイクロカプセル化の構成のものと比較して本願発明1が,どのような点において,顕著な効果を奏するものであるかについて,主張,立証はない。原告は,本件明細書の表7及び8の結果などから,本願発明1の効果が顕著である旨主張するのであるが,これらの表は,本願発明1の効果とマイクロカプセル化されていない製剤であるカデュサホス100MEとの比較であるから,本願発明1の構成のものとして,いいかえれば,公知の農薬のマイクロカプセル化の構成のものとして,当業者が予測し得る効果に比べどのように顕著であるかについての根拠となるものではない。
そして,本願発明1は,多官能性化合物を界面重合させてマイクロカプセル化する製剤の製剤方法であるが,有効成分に基づく毒性及び活性は,マイクロカプセルの皮膜からの有効成分の放出性能,透過性能によるものであり,それらの性能は,マイクロカプセルの皮膜に用いる高分子化合物の種類,組成,皮膜形成のための界面重合条件等に左右されるものと認められるところ,本願発明1においては,マイクロカプセルの皮膜に用いる高分子化合物の種類,組成等の性質の特定はされていない。そのような本願発明1が,公知のマイクロカプセル化製剤法の方法と比較して,顕著な効果を奏するものとは直ちには認められない。
したがって,本願発明1は,本願発明1の構成のものとして当業者が予測し得る効果と比較して,顕著な効果を奏するものとは認められず,本願発明1の容易想到性の判断において,本願発明1は顕著な効果を奏するとは認められないとした審決に誤りはなく,原告主張は採用できない。
イ被告が,具体的に好適な効果が示されているのは,本願発明1の製造方法のうち,ごく一部の特定された実施態様のもののみであり,本願発明1全体の作用効果は,何ら示されていないこと,本件明細書の実施例に示したデータに優位な結果を示さないデータが存在することを主張するのに対し,原告は,特定の実施態様以外について,本願発明1の目的・効果を示さないことを被告が立証していないこと,目的・効果が確認されている実施態様が特許請求の範囲に記載された発明全体を裏付けるに足るものかどうかは,明細書の記載要件,すなわち,特許法36条の問題であること,化学的発明の実験において,良いデータと悪いデータが混在することはごく自然なことであることを挙げ,被告主張が失当である旨主張する。
しかし,当該構成のものとして当業者が予測し得る効果と比較して顕著な効果を奏する場合,当該発明は,当業者が容易に想到することができたとはいえないのではあるが,本願発明1がそのような顕著な効果を奏すると認められないこと,したがって,容易想到性の判断において,本願発明1について,顕著な効果を奏するとは認められないとした審決に誤りはないことは,上記アのとおりである。
そして,出願に係る発明の構成のうち,ごく限定された実施態様についてだけその効果が示されているが,技術常識に照らせば,その効果が,出願に係る発明として記載された構成に含まれるものすべてについて及ぶと推測することができないような場合,出願に係る発明として記載された構成に含まれるものすべてについて,効果を根拠として,その構成に想到することが容易であるといえないとすることはできないのであり,審決は,その趣旨で,本件明細書に記載されている効果が示されているのがごく一部の実施態様に限定されることを指摘したものと解することができ,これはいわゆる記載要件の不備とは別の問題であって,原告の主張は,採用することはできない。また,前記のとおり,本件においては,公知の農薬のマイクロカプセル化の構成のものと比較して,本願発明1が,どのような点において,顕著な効果を奏するものであるかが問題となるのに,本件明細書においては,そのような効果に係る記載はないといえるのであるから,化学的発明の実験において,良いデータと悪いデータが混在することはごく自然なことなどをいう原告の主張は,結論を左右するものではない。
( )原告は,本件出願に対応する出願は,多くの国で既に特許として成立して3いて,特許が成立していないのは,本願発明1等だけであるとか,米国特許の審査過程では,引用例の一つとして,刊行物Aに対応する米国特許第4,107,292号が引用されながら,特許が成立していることを挙げる。
しかし,他国における特許成立の事実が,直接我が国における判断を左右するものではなく,本願発明1について,審決の判断に原告主張の誤りのないことは,上記のとおりである。
( )したがって,原告主張の取消事由2は採用できない。
43取消事由3(判断遺脱)について(1)審決は,「本願の請求項1に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないので,本願は,請求項2〜14に係る発明を検討するまでもなく拒絶されるべきものである。」(14頁第4段落)としたのに対し,原告は,請求項2以下の請求項に係る発明について判断をしていないとして,審決に判断の遺脱がある旨主張する。
(2)特許法49条は,「審査官は,特許出願が次の各号のいずれかに該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定している。この規定に,同法51条の「特許出願について拒絶の理由を発見しないときは,特許をすべき旨の査定をしなければならない。」との規定も併せ考慮すると,特許法は,特許出願の場面においては,一つの特許出願に対して,拒絶査定か特許査定かのいずれかの行政処分をなすべきことを規定していると解することができるのであり,複数の請求項に係る発明が含まれている場合には,そのうちの一つの請求項に係る発明について,特許をすることができないものであるときには,当該出願を拒絶査定することができると解し得る。
本件においては,請求項1に係る発明である本願発明1が特許法29条2項の規定に基づき特許をすることができないものであることは,前記2のとおりであり,そうすると,本件出願は拒絶されるものであるから,本件出願における他の請求項である,請求項2以後の請求項2ないし14に係る発明について,審決が特許をすることができないものであるかの判断をしなかったことに,原告主張の違法な点はない。
原告は,多項制を採用した立法趣旨をいうほか,審査請求料の支払の点から,出願人が,すべての請求項について審査を受ける権利を有すること,複数の請求項を有する出願については,請求項1に係る発明が最も特許性が低いとするのが一般的であること,多項制を採用する多くの国では,それぞれの請求項について特許性についての判断がされていることを挙げて,審決の判断が不当である旨主張する。
しかし,特許査定される場合には,すべての請求項に係る発明についての特許が認められることからも,審査請求料の支払額が上記判断を直ちに左右するものとは認められないし,多項制といわれる制度の採用が一義的にその内容を明らかにするものではなく,上記のとおりの日本における制度を定めた特許法の規定及びその運用に照らすと,原告主張事実を考慮しても,原告の主張は直ちに採用することはできない。拒絶査定に先立って,請求項ごとに拒絶の理由(同法50条)が示されるのであれば,出願人は,特許請求の範囲を補正するほか,分割出願(同法44条)の方法による対応をとることも可能なのであり,それでもなお,出願人が,複数の請求項に係る発明を一つの特許出願として維持するとき,この出願について上記のように扱うことが,多項制を採用した趣旨に反して著しく不合理なものであるとまではいえない。
(3)したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
4以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は理由がないから棄却することとする。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明