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関連審決 不服2002-3795
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  先願の地位 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  先願発明との同一性 /  出願公開 /  技術常識 /  援用権(援用) /  参酌 /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  変更 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 149号 審決取消請求事件
原告 株式会社日研工作所
同訴訟代理人弁理士 原田信市
同 原田敬志
同 門間正一
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 宮崎侑久
同 岡野卓也
同 高木進
同 岡田孝博
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/12/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が、不服2002-3795号事件について、平成16年2月25日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は、平成6年9月27日、発明の名称を「コレットチャック」とする発明について、特許出願(特願平6-231050号、特開平8-90318号。
以下、この出願を「本願」という。)をしたが、平成14年1月29日付けで拒絶査定を受けたので、同年3月5日、これに対する不服の審判の請求をするとともに、同日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は、上記請求を不服2002-3795号事件として審理した上、
平成16年2月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年3月17日、原告に送達された。
(2) 本件補正前の本願の請求項1記載の発明(以下「本願発明1」という。)の要旨は、以下のとおりである。
【請求項1】チャック本体と、このチャック本体を工作機械のスピンドルに装着するプルスタッドと、前記チャック本体に工具を装着する切り割り付きのコレットと、前記コレットの引きボルトとを備えるコレットチャックにおいて、前記プルスタッドは該プルスタッドの軸線方向に貫通する中心孔を有し、該プルスタッドの先端は前記チャック本体の末端部に螺着され、前記コレットは該コレットの末端部内周面に形成されためねじ部を有し、該コレットは前記チャック本体の先端に設けた先端筒状部のテーパ孔部に嵌合され、前記引きボルトは頭部と前記コレットのめねじ部に螺合されるおねじ部を有するとともに軸線方向に貫通される中心孔を有し、前記チャック本体は該チャック本体の末端から前記テーパ孔部に向かって一連に形成された、前記プルスタッドが螺着されるめねじ孔部、中間孔部及び小径孔部を有し、前記チャック本体内にその末端側から挿入された前記引きボルトは、該引きボルトの頭部が前記中間孔部と小径孔部の段からなる支持面と当接し、かつ該引きボルトのおねじ部が前記小径孔から前記テーパ孔部側へ突出して前記コレットのめねじ部に螺合され、前記プルスタッドの中心孔の末端から挿入したレンチの先端部を前記引きボルトの頭部に係合させ、前記レンチで前記引きボルトを回転して前記コレットを前記テーパ孔に対し軸線方向に移動することにより、前記コレットを締め緩めするようにした、ことを特徴とするコレットチャック。
(3) 本件補正後の本願の請求項1記載の発明(以下「補正発明」という。)の要旨は、以下のとおりである。
【請求項1】チャック本体と、このチャック本体を工作機械のスピンドルに装着するプルスタッドと、前記チャック本体に工具を装着する切り割り付きのコレットと、前記コレットの引きボルトとを備えるコレットチャックにおいて、前記プルスタッドは該プルスタッドの軸線方向に貫通する中心孔を有し、該プルスタッドの先端は前記チャック本体の末端部に螺着され、前記コレットは該コレットの末端部内周面に形成されためねじ部を有し、該コレットは前記チャック本体の先端に設けた先端筒状部のテーパ孔部に嵌合され、前記引きボルトは頭部と前記コレットのめねじ部に螺合されるおねじ部を有するとともに軸線方向に貫通される中心孔を有し、前記チャック本体は該チャック本体の末端から前記テーパ孔部に向かって一連に形成された、前記プルスタッドが螺着されるめねじ孔部、中間孔部及び小径孔部を有し、前記チャック本体内にその末端側から挿入された前記引きボルトは、該引きボルトの頭部が前記中間孔部と小径孔部の段からなる支持面と当接し、かつ該引きボルトのおねじ部が前記小径孔から前記テーパ孔部側へ突出して前記コレットのめねじ部に螺合され、前記プルスタッドの中心孔の末端から挿入したレンチの先端部を前記引きボルトの頭部に係合させ、前記レンチで前記引きボルトを回転して前記コレットを前記テーパ孔に対し軸線方向に移動することにより、前記コレットを締め緩めするようにし、且つ前記チャック本体の先端筒状部に、前記工具の外径より若干大きい工具挿通孔を形成した先端カバーを着脱可能に設けたことを特徴とするコレットチャック。
(4) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、補正発明が、本願の日前の出願であって、本願後に出願公開がされた特願平6-208710号(甲5、特開平8-99245号公報)の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下「先願明細書等」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるので、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないことを理由に、
本件補正を却下する旨の決定をするとともに、本件補正前の本願発明1も、先願発明と同一であるので、同規定により、特許を受けることができないとしたものである。
2 原告主張の本件審決の取消事由の要点 本件審決は、先願発明を誤認して補正発明と先願発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、補正発明と先願発明との相違点の判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 先願発明の誤認に基づく一致点の誤認(取消事由1) 本件審決が、先願発明について、「前記プルスタッドボルト4の中心孔の後端から挿入した・・・、前記レンチで前記操作ボルト11を回転して前記コレットチャック7を前記テーパ面6の孔に対し軸線方向に移動することにより」(5頁)と認定したこと、補正発明と先願発明とは、「前記プルスタッドの中心孔の末端から挿入した・・・、前記レンチで前記引きボルトを回転して前記コレットを前記テーパ孔に対し軸線方向に移動することにより、前記コレットを締め緩めするようにし」(6頁)の点で一致すると認定したことは、以下のとおり、いずれも誤りである。
ア 先願明細書等には、「工具ホルダにおいて、コレットチャック7は、ホルダシャンク1の先端部に形成されかつテーパ面6を備える工具装着孔5に収納され、その工具装着孔5からホルダシャンク1の後端部まで貫通する給液孔8には、
上記コレットチャック7の後端部に連結する連結ボルト10が、スクリユ12、12により回止めされ軸方向にのみ移動できるように取り付けられるとともに、その連結ボルト10の内径側に該給液孔8内においてねじ込まれる操作ボルト11が、
その給液孔8の小径部に挿通された構成をなしている」ことが記載されている(【0021】〜【0023】)が、上記コレットチャック7を締め緩めする操作に関しては、操作ボルト11を回動操作して連結ボルト10とコレットチャック7を後方へ引き込むことについて記載されている(【0024】)だけで、その操作ボルト11を回動操作する手段や方法については、何らの記載もされていない。
イ また、補正発明と先願発明とを対比すると、@補正発明は、コレットを締め緩めするために、プルスタッドの中心孔から挿入したレンチによる引きボルトの回転を介し行う構成を採用しているのに対し、先願明細書等には、操作ボルト11と連結ボルト10の両者を回転して行うことが明記されているだけであり、先願発明においてコレットチャック7の締め緩めがどのように行われるかは明らかでない、また、Aコレットを引きボルト(引込みボルト)に接続する方法として、補正発明は、レンチを係合する引きボルトのおねじ部をテーパ孔部側へ突出してコレットのめねじ部に螺合した構成を採用しているのに対し、先願発明は、上記引きボルトに対応する操作ボルト11に接続しかつスクリュ12、12により回り止めされた連結ボルト10を、コレットチャック7に連結した構成を採用している。
本件において検討されなければならないことは、補正発明の進歩性ではなく、補正発明と先願発明との同一性であるから、先願明細書等には、補正発明の上記@Aの両構成を明示する積極的記載か、少なくともそれを示唆するに足る技術的事項の具体的記載がなされていることが必要であるところ、先願明細書等に上記両構成が積極的に記載されていないのはもちろん、その両構成を示唆するに足る記載も認めることができない。
したがって、補正発明の構成@Aについては、先願明細書等に記載した事項の範囲内であるとして、先願の地位を認めることができない。
ウ 被告が提出する乙1〜3に記載のものは、補正発明のコレットチャックとは、その構成や目的を全く異にするモジュール連結装置等に係わり、しかも、螺着のプルスタッドボルトを備えていないから、当業者がこれらの刊行物に接したからといって、先願発明の操作ボルトは、プルスタッドボルトの中心孔の後端から挿入されたレンチで回転され、コレットチャックをテーパ面の孔に対し軸線方向に移動させると理解するものではない。
しかも、被告主張のように、先願発明の出願時の技術常識参酌して先願発明を理解した上で、補正発明と先願発明との同一性を判断するというのは、実質的には補正発明の新規性ではなく、その進歩性についての判断をしていることにほかならず、新規性の判断手法としては誤りである。
(2) 補正発明と先願発明との相違点についての判断の誤り(取消事由2) 本件審決が、補正発明と先願発明との相違点として、「コレットに設けられためねじ部について、補正発明では、該めねじ部がコレットの末端部内周面に形成されているのに対し、先願発明では、該めねじ部がコレットの末端面に連結した連結ボルト10の末端部内周面に形成されている点」(6頁)と認定したこと、特開昭54-42090号公報(甲6、以下「周知例1」という。)及び実願昭57-27105号(実開昭58-132604号)のマイクロフィルム(甲7、以下「周知例2」という。)に、「引きボルトの回転によりコレットを軸線方向に移動させるめねじ部を、コレットの末端部内周面に形成すること」(同頁)が開示されていることは、いずれも争わないが、上記相違点の検討において、「該めねじ部を連結ボルトを設けずに直接にコレットの末端部内周面に形成することは、周知技術の転換であって、新たな効果を奏するものではないので、上記相違している点に実質的な差異はなく、結局、補正発明は先願発明と同一ということになる」(6〜7頁)と認定判断したことは、以下のとおり誤りである。
ア 周知例1及び2のコレットチャックは、いずれも先願発明の工具ホルダとは相違し、内部を通して切削液を工具に供給するという目的ないし解決課題を有するものではなく、したがってまた、先願発明の工具ホルダにおけるように、ホルダシャンク1の先端開口部に、切削液用の隙間34を形成する余裕を有する工具用貫通孔15や給液通路19を備えたキャップ2を嵌合固定する構成を有していないとともに、フライス加工機の主軸に工具ホルダを引き込みかつ給液用の通孔を有するプルスタッドボルト4をホルダシャンク1の後端部に取り付けた型ないし構成のものでもない。すなわち、先願発明の工具ホルダとは、目的ないし解決課題と型ないし構成とを基本的に異にするものである。
しかも、先願発明は、上記のように、操作ボルト11のおねじ部が連結ボルト10のめねじ部に螺合され、その連結ボルト10のおねじ部をコレットチャック7のめねじ部に螺合し、その上、連結ボルト10を対向するスクリュ12、12により回り止めした複雑な構成をなし、したがって、コレットチャック7の締め緩めは、少なくとも連結ボルト10を介して行われる分だけ作業性が悪いとともに故障のおそれがあり、コスト高にもなるものである。このような複雑な構成を、仮に周知例1及び2のコレットチャックの上記各構成に転換したとすると、給液という所期の目的を達成できるか否かを別にしても、少なくとも、構成が著しく簡単になり、それに応じコレットチャック7の締め緩め作業が容易になり故障も極めて少なく、コストを低減できるという新たな効果を奏することになる。
したがって、先願発明の工具ホルダにおける、操作ボルト11のおねじ部を給液孔8の小径部から該給液孔8の他側に突出させ連結ボルト10のめねじ部に螺合し、その連結ボルト10のおねじ部をコレットチャック7のめねじ部に螺合している構成と、該連結ボルト10及びその回止めのスクリュ12、12に相当する部材を備えない、周知例1のコレットチャックにおけるチャック手段14の構成との間、又は周知例2のコレットチャックにおける締付金具3と挟持金具4の結合構成との間に、技術の転換を行うことはできない。
イ チャック本体について見ると、補正発明は、少なくとも上記連結ボルト10に相当する部材を備えていない分だけ先願発明より短小にできるから、軽量化でき、取扱いを容易にするとともに、製造コストの低減にも寄与できるものであって、両発明の効果の相違は明らかである。
なお、被告は、周知例1及び2並びに乙1〜6記載の発明を援用し、補正発明と先願発明とが同一であると主張するが、その主張は、実質的には補正発明の新規性ではなく、進歩性についての主張となっており、誤りである。
3 被告の反論の要点 本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。
(1) 取消事由1について ア 先願明細書等には、操作ボルト11を回転して前記コレットチャック7を前記テーパ面6の孔に対し軸線方向に移動することが記載されており(【0024】)、また、図1より、ホルダシャンク1に設けられたねじ孔の後端からホルダシャンク1内に操作ボルト11が挿入されており、該操作ボルト11の頭部に貫通する孔を有するプルスタッドボルト4がねじ孔にねじ込まれてホルダシャンク1の後端に取付けられていることが記載されていることも明らかである。
イ そして、@シャンクに設けた孔からレンチを内部に挿入してレンチの先端部をボルトの頭部に係合させ、レンチでボルトを回転することは、特表平3-503865号公報(乙1、以下「周知例3」という。)、実願平3-81370号(実開平5-31838号)のCD-ROM(乙2、以下「周知例4」という。)、特公平4-48571号公報(乙3、以下「周知例5」という。)等に記載されているように、先願発明の出願時の技術常識といえること、A先願明細書等には、ねじ孔の後端からホルダシャンク1内に挿入されている操作ボルト11の回転手段について何ら記載されていないことから、その回転手段は特別のものではないと理解することができること、B先願発明のホルダシャンク1の後端部に設けられているプルスタッドボルト4には、操作ボルト11の頭部に貫通する孔が設けられていること、C先願発明のプルスタッドボルト4は、ホルダシャンク1を主軸内部に引き込むためにホルダシャンク1に固定されて使用されるものであって、そのホルダシャンク1を主軸内部に引き込む作用を奏するために、工具3の着脱の度、
すなわちコレットチャック7の縮径又は拡径操作の度にホルダシャンク1からプルスタッドボルト4を取り外さなければならない特段の理由もないこと、D先願発明において、レンチの挿入の度にプルスタッドボルト4を取り外すこととすると、作業性が悪くなることが明らかであること等より、当業者であれば、先願発明において、プルスタッドボルト4に設けられている貫通する孔を利用して、この孔からレンチを内部に挿入することは、当然になされることであると理解できる。
したがって、先願明細書等に接した当業者は、そこに記載された先願発明の操作ボルト11は、プルスタッドボルト4の中心孔の後端から挿入されたレンチで回転され、コレットチャック7をテーパ面6の孔に対し軸線方向に移動するものであると理解するというべきである。
(2) 取消事由2について ア コレットチャックにおいて、引きボルトのおねじ部が螺合するめねじ部を、コレットの末端部内周面に形成することは、周知例1及び2並びに実願昭61-127745号(実開昭63-35544号)のマイクロフィルム(乙4、以下「周知例6」という。)等に記載されているように、先願発明の出願時の周知技術であり、また、コレットチャックにおいて、引きボルトのおねじ部が螺合するめねじ部を、コレットの末端部に連結した連結ボルトの末端部内周面に形成することも、実願昭63-68216号(実開平1-170531号)のマイクロフィルム(乙5、以下「周知例7」という。)、実願昭63-122242号(実開平2-43111号)のマイクロフィルム(乙6、以下「周知例8」という。)等に記載されているように、先願発明の出願時の周知技術である。
したがって、先願発明において、引きボルトのおねじ部が螺合するめねじ部を、コレットの末端部に連結した連結ボルトの末端部内周面に形成することを、コレットの末端部内周面に形成することに変更することは、周知技術の転換にすぎない。
イ また、上記補正発明と先願発明との相違点は、換言すると、引きボルトでコレットを引くのに、補正発明におけるようにコレットを直接引くか、先願発明におけるように中間にコレットに設けた連結ボルトを介在させて、連結ボルトを引くことによりコレットを間接的に引くかである。
ところが、一般的に、一方の部材に駆動力を与えて他方の部材を引くものにおいて、一方の部材で他方の部材を直接引くか、中間に他方の部材に設けた連結部材を介在させて、連結部材を引くことにより他方の部材を間接的に引くかは、
必要に応じて適宜決定し得る設計的事項である。
したがって、中間にコレットに設けた連結ボルトを介在させて、引きボルトで連結ボルトを引くことによりコレットを間接的に引いている先願発明と、連結ボルトを介在させずに引きボルトでコレットを直接引いている補正発明とで相違する点は、設計上の微差にすぎない。
ウ そして、補正発明と先願発明との作用効果を検討すると、先願発明の連結ボルトは、コレットとは別部材として形成されたものであるが、コレットを縮径又は拡径する工具の着脱時にはコレットと一体となって軸線方向に移動し、切削加工時にもコレットと一体となって工具を保持固定するものであって、コレットと別部材として形成したことにより格別な作用効果を奏するものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(先願発明の誤認に基づく一致点の誤認)について (1) 原告は、本件審決が、先願発明について、「前記プルスタッドボルト4の中心孔の後端から挿入した・・・、前記レンチで前記操作ボルト11を回転して前記コレットチャック7を前記テーパ面6の孔に対し軸線方向に移動することにより」(5頁)と認定したのは誤りであり、したがって、本件審決が、補正発明と先願発明とは、「前記プルスタッドの中心孔の末端から挿入した・・・、前記レンチで前記引きボルトを回転して前記コレットを前記テーパ孔に対し軸線方向に移動することにより、前記コレットを締め緩めするようにし」(6頁)の点で一致すると認定したことも誤りであると主張する。
そして、その根拠として、先願明細書等には、上記コレットチャック7を締め緩めする操作に関しては、操作ボルト11を回動操作して連結ボルト10とコレットチャック7を後方へ引き込むことについて記載されている(【0024】)だけで、その操作ボルト11を回動操作する手段や方法については、何らの記載もされていないと主張する。
(2) そこで検討するに、先願明細書等(甲5)には、「ホルダシャンク1の先端部には、テーパ面6を備える工具装着孔5が形成され、その装着孔5に、工具3を把持したコレットチャック7が収納されるようになっている。また、ホルダシャンク1の内部には、工具装着孔5からホルダシャンクの後端部まで貫通する給液孔8が形成され、その給液孔8に、コレットチャック7の引込みボルト9が挿入されている。この引込みボルト9は、コレットチャック7の後端部に連結する連結ボルト10と、その連結ボルト10の内径側にねじ込まれる操作ボルト11とから成り、連結ボルト10は、対向して設けたスクリュ12、12により回り止めされ、
軸方向のみ移動できるように取付けられている。上記の引込みボルト9では、操作ボルト11を回動操作して連結ボルト10とコレットチャック7を後方へ引き込むと、工具装着孔5のテーパ面6とコレットチャック7が圧着し、コレットチャック7が縮径して工具3を保持固定する。」(【0021】〜【0024】)と記載され、実施例を示す【図1】には、ホルダシャンク1の後端に設けられたねじ孔からホルダシャンク1内に操作ボルト11が挿入され、該操作ボルト11の頭部には凹部(ないし溝)が設けられており、該頭部まで貫通する孔を有するプルスタッドボルト4がホルダシャンク1の後端のねじ孔にねじ込まれて取り付けられている工具ホルダが開示されている。
上記の記載によれば、先願発明の工具ホルダにおいては、工具装着孔からホルダシャンクの後端部まで貫通する給液孔に、コレットチャックの後端部に連結し、回り止めされ軸方向のみ移動できる連結ボルトと、その連結ボルトの内径側にねじ込まれる操作ボルトとからなる引込みボルトが挿入され、引込みボルトを構成する操作ボルトを回動操作して連結ボルトとコレットチャックを後方へ引き込み、
工具装着孔のテーパ面とコレットチャックを圧着させて工具を保持固定する仕組みがとられており(なお、連結ボルトは、コレットとは別部材として形成されたものであるが、コレットを縮径又は拡径する工具の着脱時にはコレットと一体となって軸線方向に移動し、切削加工時にもコレットと一体となって工具を保持固定するものと認められる。)、コレットチャックの締め緩めは、操作ボルトを回転させて行うものと認められるが、先願明細書等には、該操作ボルトの回転を操作する手段やその具体的方法は明記されていない。
(3) しかしながら、前記(2)に認定したとおり、先願発明は、操作ボルトの頭部まで貫通する孔を有するプルスタッドボルトがホルダシャンクの後端に取り付けられた構成を有しているところ、シャンクに設けられた孔からレンチを内部に挿入してレンチの先端部をボルトの頭部に係合させ、レンチでボルトを回転することは、以下のとおり、周知例3〜5(乙1〜3)等に記載されており、先願発明の出願時の技術常識と認められる。
すなわち、周知例3(乙1)には、「両モジュール1、6の本体には、アレンレンチ(図示せず)を通すことができる中央の貫通孔17、18が設けられており、」(4頁右上欄〜左下欄)、「アレンレンチ(図示せず)を、貫通孔17又は18に通していずれか一方のソケット19に挿入してねじ9を回転すれば、ねじ対8、9が連結される(第3図)。」(同頁左下欄〜右下欄)と記載されており、
この記載と図3〜図5とを参照すると、周知例1には、モジュール6に設けられた貫通孔18を通じてシャンク7に設けた孔からアレンレンチを内部に挿入してアレンレンチの先端部をねじ9のソケット19に挿入してねじ9を回転させることが開示されているものと認められる。また、周知例4(乙2)には、「嵌着支持穴(3)内に工具(1)のシャンク部分(1A)を挿入し、調整ボルト(11)の頭部(11A)に設けられたレンチ差込み孔(15)内に軸孔(17)からレンチを挿入し、このレンチで調整ボルト(11)を回転させることによって調整ボルト(11)と工具(1)との相対ねじ込み量を調整する。」(6頁)と記載されており、この記載と図1とを参照すると、周知例2には、工具ホルダ4に設けた軸孔(17)からレンチを内部に挿入し、レンチの先端部を調整ボルト(11)の頭部(11A)に設けられたレンチ差込み孔(15)内に挿入し、レンチで調整ボルト(11)を回転させることが開示されているものと認められる。さらに、周知例5(乙3)には、「ねじ11は、頭部に例えば6角形ソケット12を有しており、このソケット12には受部材1の後側から透孔13内に挿入されるレンチが係合するようになっている。」(3頁5欄)、「ソケットヘッド付のねじ11を締めることにより、センタリングスタブ16は相当の力で受け孔5内に引き込まれる。」(同頁6欄)と記載されており、この記載と図1、図2とを参照すると、周知例3には、受部材1に設けた透孔13からレンチを内部に挿入してレンチの先端部をねじ11の頭部に設けられた6角形ソケット12に係合させ、レンチでねじ11を回転させることが開示されているものと認められる。
(4) この点について原告は、周知例3〜5に記載のものは、補正発明のコレットチャックとは、その構成や目的を全く異にするモジュール連結装置等に係わり、
しかも、螺着のプルスタッドボルトを備えていないから、当業者が、これらの刊行物に接したからといって、先願発明において操作ボルトの回転を操作する手段や方法を理解するものではないと主張する。
しかしながら、周知例3〜5の記載に基づいて先願発明の出願時の技術常識であると認定できる事項は、「シャンクに設けた孔からレンチを内部に挿入してレンチの先端部をボルトの頭部に係合させ、レンチでボルトを回転すること」であり、これらの周知例が、その他の点で補正発明のコレットチャックと構成及び目的等を異にするとしても、上記技術常識の認定が左右されるものではなく、また、当該技術常識を念頭に置いて先願発明を理解することが妨げられるものでもないから、原告の上記主張は、失当といわなければならない。
また、原告は、補正発明と先願発明とが同一であるといえるためには、先願明細書等に、前記第2の2(1)イ記載の補正発明の@Aの両構成を明示する積極的記載か、少なくともそれを示唆するに足る技術的事項の具体的記載がなされていることが必要であると主張する。
しかしながら、特許出願に係る発明と当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明とが同一か否かを対比検討するために、後者の発明の内容をその明細書等に基づいて解釈するに当たって、その出願時において、当業者にとって周知ないし常識程度と認められる技術を参酌することは、当然許されることといわなければならない。
しかして、本件においても、先願明細書等の記載に基づいて先願発明の内容を解釈した上で、補正発明と先願発明とが同一か否かを判断するのであるが、先願発明の内容の解釈においては、前記(2)に認定した先願明細書等の記載の先願発明の構成ないし技術事項を前提として、同明細書等に具体的に記載されていない操作ボルトの回動方法について、前記認定の技術常識参酌するにすぎないから、発明の内容の解釈として許される範囲内のものであり、原告の上記主張を採用する余地はない。
また、上記の説示に照らして、先願発明の出願時の技術常識参酌して同発明を理解した上、補正発明と先願発明との同一性の判断をすることが、実質的には補正発明の新規性ではなく進歩性についての判断をすることにほかならないとする原告主張が採用できないことも明らかである。
(5) そうすると、前記認定のとおり、先願発明においては、操作ボルトに接続しスクリュにより回り止めされた連結ボルトを、コレットチャックに連結しており、コレットチャックの締め緩めを操作ボルトを回転させて行い(前記第2の2(1)イ@の原告主張のように、連結ボルトまで回転させるものではない。)、該操作ボルトの頭部まで貫通する孔を有するプルスタッドボルトがホルダシャンクの後端に取付けられた構成が採用されているところ、このことに、シャンクに設けた孔からレンチを内部に挿入してレンチの先端部をボルトの頭部に係合させ、レンチでボルトを回転するという、先願発明の出願時の技術常識参酌すれば、本件審決が認定したとおり、「プルスタッドボルト4に設けられている貫通する孔を利用して、この孔からレンチを内部に挿入すること」及び「操作ボルト11は、プルスタッドボルト4の中心孔の後端から挿入されたレンチで回転され、コレットチャック7をテーパ面6の孔に対し軸線方向に移動する」という技術事項を導き出すことができるものであり、これらの技術事項は、先願明細書等に実質的に記載されているに等しいものといわなければならない。
したがって、本件審決における先願発明の認定(5頁)及び補正発明と先願発明との一致点の認定(6頁)には、いずれも誤りはない。
2 取消事由2(補正発明と先願発明との相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は、本件審決が認定したとおり、補正発明と先願発明との相違点が、
「コレットに設けられためねじ部について、補正発明では、該ねじ部がコレットの末端部内周面に形成されているのに対し、先願発明では、該ねじ部がコレットの末端面に連結した連結ボルト10の末端部内周面に形成されている点」(6頁)であること、周知例1及び2に「引きボルトの回転によりコレットを軸線方向に移動させるめねじ部を、コレットの末端部内周面に形成すること」(同頁)が開示されていることを、争うものではないが、上記相違点の検討において、「先願発明において、めねじ部はコレットの末端面に連結した連結ボルトの末端部内周面に形成されているが、該めねじ部を連結ボルトを設けずに直接にコレットの末端部内周面に形成することは、周知技術の転換であって、新たな効果を奏するものではないので、
上記相違している点に実質的な差異はなく、結局、補正発明は先願発明と同一ということになる」(6〜7頁)と認定判断したことは誤りであると主張するので、以下検討する。
(2) 周知例1(甲6)には、「コレットチャック杆16の後端部にはめねじ17が切られている。刃物ホルダ5の内周面ほぼ中央には段部18が形成されており、段部18に肩部を係止される締付ねじ19がめねじ17にねじ込まれている。
締付ねじ19を締めることによりコレットチャック杆16が刃物13を挟持するような構造である。」(2頁右上欄〜左下欄)との記載があり、周知例2(甲7)には、「挟持金具(4)は、上方より順に、嵌合筒(15)と、挟持筒(16)と、下方に向かって拡開する第2テーパ筒(17)とを、同軸をなすように連設して形成されている。嵌合部(15)の軸線上には、第2螺孔(18)が切設され、・・・上述の挟持金具(4)の取付孔(20)に、たとえばドリル等の工具(22)をはめ込み、……第2螺孔(18)に締付ボルト(13)をねじ込んで締付ければ、・・・工具(22)を強力に挟持する。」(4〜5頁)との記載があり、周知例6(乙4)には、「プルスタッド5は第3図にも示すように、中間部にチャック本体1の端面に当接する大径部5aが形成され、この大径部5aよりも左側部がチャック本体1外に突出し、この突出端にスピンドル装置のクランパーにて把持されるヘッド7が設けられ、また貫通孔3内に挿入される右側部の先端部にはネジ部8が刻設され、この雄ネジ部8とコレット6の内周面に刻設した雌ねじ部9を螺着することでプルスタッド5及びコレット6はチャック本体1内にて一体化される。」(4〜5頁)との記載がある。
上記の各記載によれば、コレットチャックにおいて、引きボルトのおねじ部が螺合し、引きボルトの回転によりコレットを軸線方向に移動させるめねじ部を、コレットの末端部内周面に形成することは、先願発明の出願時の周知技術であったと認められる。
そして、先願発明の連結ボルトは、前記認定のとおり、コレットとは別部材として形成されたものであるがコレットに螺着され、コレットを縮径又は拡径する工具の着脱時にはコレットと一体となって軸線方向の前後に移動し、切削加工時にもコレットと一体となって工具を保持固定するものであるから、工具の着脱時及び保持固定時という基本的動作の面においては、コレットと別部材として形成されたことにより格別な作用効果を奏するものではないと認められる(なお、周知例7及び8(乙6及び7)によれば、先願発明のように、引きボルトのおねじ部が螺合するめねじ部を、コレットの末端部に連結した連結ボルトの末端部内周面に形成することも、先願発明の出願時の周知技術であると認められる。)。
したがって、本件審決が、「先願発明において、めねじ部はコレットの末端面に連結した連結ボルトの末端部内周面に形成されているが、該めねじ部を連結ボルトを設けずに直接にコレットの末端部内周面に形成することは、周知技術の転換であって、新たな効果を奏するものではないので、上記相違している点に実質的な差異はなく」(6〜7頁)と認定判断したことに、誤りはないものといわなければならない。
(3) 原告は、周知例1及び2のコレットチャックは、いずれも先願発明の工具ホルダとは相違し、内部を通して切削液を工具に供給するという目的ないし解決課題を有するものではなく、また、型ないし構成も基本的に異にすると主張する。
しかしながら、周知例1及び2のコレットチャックが、先願発明の工具ホルダと同一の目的ないし解決課題と型ないし構成を備えていないとしても、前示のとおり、周知例1及び2自体から、共通する前記周知技術の構成を抽出することができることは明らかであり、原告の主張には理由がない。
また、原告は、先願発明における、操作ボルトのおねじ部を給液孔の小径部から該給液孔の他側に突出させ連結ボルトのめねじ部に螺合し、その連結ボルトのおねじ部をコレットチャックのめねじ部に螺合するという複雑な構成と、該連結ボルト及びその回り止めのスクリュに相当する部材を備えない、周知例1のコレットチャックにおけるチャック手段の構成との間、又は周知例2のコレットチャックにおける締付金具と挟持金具の結合構成との間に、技術の転換を行うことはできないと主張する。
しかしながら、当業者は、前示のとおり、先願明細書等の記載に基づいて、先願発明の連結ボルトは、コレットとは別部材として形成され回り止めをされたものであるが、コレットに螺着されて工具の着脱時にはコレットと一体となって軸線方向に移動し、切削加工時にもコレットと一体となって工具を保持固定するものであると理解できると考えられるから、このような連結ボルトの内部にコレットを軸線方向に移動させるためのめねじ部を形成する構成と、周知例1及び2に開示された周知技術である、コレットを軸線方向に移動させるためのめねじ部をコレットの末端部内周面に形成するという構成とは、実質的な差異を有するものとは認められない。したがって、原告の主張を採用することはできない。
さらに、原告は、補正発明が、連結ボルトに相当する部材を備えていない分だけ先願発明より短小となるから、軽量化でき、取扱いを容易にするとともに、
製造コストの低減にも寄与できるものであって、両発明の効果の相違は明らかであると主張する。
しかしながら、原告主張の上記効果は、連結ボルトという構成部材が一つ省かれるという構成自体から生ずるものであることが明らかであるから、当業者において、当然に予測可能な効果といわなければならず、このような効果を新たな効果であるとして、補正発明と先願発明とに実質的な差異が存在するとすることはできない。したがって、この点に関する原告の主張も採用できない。
なお、原告は、周知例1〜5記載の発明を援用して補正発明と先願発明とが同一であると主張することが、実質的には補正発明の新規性ではなく、進歩性についての主張となっており誤りであると主張するが、この主張が採用できないことも、前記説示に照らして明らかである。
3 結論 (1) 以上のとおり、原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく、補正発明は、上記先願発明と同一であるので、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものであるから、特許出願の際独立して特許を受けることができない。
したがって、本件審決が、本件補正を却下したのは適法であるところ、本件補正前の本願発明1の構成をすべて含み、更に他の構成を付加した補正発明が、
上記先願発明と同一である以上、本願発明1も、同様の理由により上記先願発明と同一となるから、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものである。 (2) そうすると、本願発明1は、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものであるから、これと同旨の本件審決には誤りがなく、その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 青柳馨
裁判官 清水節
裁判官 上田卓哉