関連審決 | 審判1999-18189 |
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関連ワード | 発明者 / 技術的思想 / 物の発明 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 相違点の判断 / 周知技術 / 試行錯誤 / 技術常識 / 優先権 / 優先日 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
16年
(行ケ)
130号
審決取消請求事件
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原告 ボーデンケミカル インコーポレーテッド 訴訟代理人弁理士 戸水辰男,小磯貴子 復代理人弁護士 鈴木修,弁理士 社本一夫,細川伸哉,松山美奈子 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 酒井美知子,沼澤幸雄,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/12/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年審判第18189号事件について平成15年11月14日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:原告 発明の名称:「耐有機溶剤性及び耐水性があり,熱,酸化及び加水分解に安定な光ファイバー用放射線硬化可能なコーティング,該コーティングで被覆された光ファイバー並びに該光ファイバーの製造方法」 出願番号:特願平5-2631号 出願日:平成5年1月11日(優先権主張1992年4月24日米国) (2) 本件手続 拒絶査定日:平成11年8月2日(同月17日発送) 審判請求日:平成11年11月15日(平成11年審判第18189号) 手続補正日:平成15年2月28日(本件補正) 審決日:平成15年11月14日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成15年12月3日(原告に対し。出訴期間90日附加) 2 本件補正後の特許請求の範囲請求項4に係る発明(以下「本願発明」という。なお,請求項は1ないし28まであるが,請求項4以外の記載は省略。) 【請求項4】(A)約10ないし約90重量パーセントの,(i)ポリエーテルポリオール;(A)脂肪族ポリイソシアナート;及び(B)ヒドロキシアルキルアクリレート及びヒドロキシアルキルメタクリレートより成る群から選ばれる末端キャップするモノマーの反応生成物である末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマー;(B)約5ないし約80重量パーセントの一つ以上のアルキル部分に6ないし18個の炭素原子を有するアクリレート又はメタクリレートモノマー希釈剤;(C)約0.1ないし約3.0重量パーセントの有機官能性シラン接着増進剤;及び(D)場合により,約1.0ないし約10重量パーセントの光開始剤(ただし,前記パーセントはすべて(A),(B),(C)及び(D)の総重量に対する重量パーセント)を含むことを特徴とする光ファイバー用放射線硬化可能なコーティング。 3 審決の理由の要点 (1) 審決は,引用例1として,特開昭63-215707号公報(甲7,引用例1の記載に係る発明を「引用発明1」という。),引用例3として,特開昭63-239139号公報(甲8,引用例3の記載に係る発明を「引用発明3」という。)を示した。 (2) 審決は,本願発明と引用発明3を対比して,一致点を次のとおり認定した。 「両者は,『(A)(@)ポリエーテルポリオール;(A)脂肪族ポリイソシアナート;及び(B)ヒドロキシアルキルアクリレート及びヒドロキシアルキルメタクリレートより成る群から選ばれる末端キャップするモノマーの反応生成物である末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマー;(B)一つ以上のアルキル部分に8ないし18個の炭素原子を有するアクリレートモノマー希釈剤;及び(D)光開始剤を含む光ファイバー用放射線硬化可能なコーティング。』で一致し,(A),(B),(D)の含有量もそれぞれ重複するものである。」 (3) 審決は,本願発明と引用発明3の相違点を次のとおり認定した。 「前者は,『(C)約0.1ないし約3.0重量パーセントの有機官能性シラン接着増進剤』を含むのに対し,後者は,接着増進剤の含有については不明である点。」 (4) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。 「引用例1には,『(a)(i)ポリテトラメチレングリコール(ポリエーテルポリオールに相当),(A)直鎖脂肪族ジイソシアナート(脂肪族ポリイソシアナートに相当),(B)2-ヒドロキシエチルアクリレート,2-ヒドロキシエチルメタアクリレート等から選ばれる化合物(ヒドロキシアルキルアクリレート,ヒドロキシアルキルメタアクリレートから選ばれる末端キャップするモノマーに相当)の反応生成物である両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレート(末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーに相当)を含む紫外線硬化型樹脂組成物』を用いた光ファイバー用被覆材料において,密着性を高めるためにシランカップリング剤を,(a)両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレート(末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーに相当)100重量部に対し0.1〜5重量部加えることが記載されており,また,ガラスとの密着力の向上に特に効果があるシランカップリング剤として例示されている『有機反応基としてメルカプト基を持つもの(本願明細書【0077】の「メルカプト官能性シラン」に相当)』は,本願発明の『(C)有機官能性シラン接着増進剤』に相当するものである。 そうすると,引用例1に記載される光ファイバー芯体の第一次被覆材としての紫外線硬化型樹脂組成物と,引用発明3の光学ガラスファイバー用放射線硬化可能なコーティングに用いる材料は,末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーを含有する光学ガラスファイバー用紫外線硬化型樹脂組成物として共通するものであるから,引用発明3において,ガラスとの密着性を高めることを目的として,引用例1に記載される有機官能性シラン接着増進剤を,末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマー(a成分)100重量部に対し0.1〜5重量部程度加えることは,当業者が容易になし得ることである。そして,引用発明3において,コーティングが有機官能性シラン接着増進剤をa成分100重量部に対し0.1〜5重量部程度含有する場合にも,a,b,c成分及び有機官能性シラン接着増進剤のコーティング中のそれぞれの含有量は,本願発明の(A),(B),(D),(C)の含有量とそれぞれ重複することは明らかである。 したがって,本願発明の上記相違点に係る構成を採用することは,引用例1の記載事項から,当業者が容易になし得ることである。 そして,本願発明の効果は,引用例1,3に記載された事項から予測される範囲のものと比較して,格別顕著であるとも認められない。」 (5) 審決は,次のとおり,結論付けた。 「本願発明は,引用発明1,3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」 |
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原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由(進歩性の判断の誤り) 審決は,本願発明と引用発明3との相違点の認定,引用発明1の認定,及び引用発明3と引用発明1との組合せの容易性の認定を誤った結果,本願発明の進歩性の判断を誤った。その理由は,以下のとおりである。 2 本願発明と引用発明3との相違点の認定について 審決が「引用発明3は,接着増進剤の含有については『不明』である」と認定したことは,誤りである。 引用例3には,有機官能性シラン接着増進剤を含むとの記載がないし,接着増進剤自体を使用することも何ら記載がないばかりでなく,これを示唆する記載もない。引用発明3においては,接着増進剤が使用されていないことは明らかである。 3 引用発明1の認定について 引用発明1においてガラスとの密着性を高めるために加える成分は,アクリロイルモルホリンであって,シランカップリング剤ではない。よって,審決が,引用例1において「密着性を高めるためにシランカップリング剤を,(a)両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレート(末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーに相当)100重量部に対し0.1〜5重量部加えることが記載されている」との認定したのは,誤りである。同様に,審決が,「ガラスとの密着力の向上に特に効果があるシランカップリング剤として例示されている『有機反応基としてメルカプト基を持つもの』は,本願発明の『(c)有機官能性シラン接着増進剤』に相当する」との認定も誤りである。 引用発明1は,単に,両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレートと,シランカップリング剤との組合せにより,ガラスファイバーに対する密着力を高めているのではない。引用発明1においては,アクリロイルモルホリンを必須成分として含ませることで,このような光硬化型樹脂組成物におけるガラスへの良好な密着性を付与する。引用発明1のシランカップリング剤は,コーティングのガラスへの接着性を高める接着増進剤ではなく,アクリロイルモルホリンの作用を補強するものにすぎない。 引用発明1は,末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーとシランカップリング剤との組合せを教示するのではなく,末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーとアクリロイルモルホリンとの組合せによりガラスへの密着性を付与することを基本とする技術的思想である。そして,このウレタンオリゴマーとアクリロイルモルホリンとの組合せに対して,さらに,シランカップリング剤を用いる(特許請求の範囲2)ことにより,アクリロイルモルホリンによりもたらされたガラスへの密着性を増強させるという技術的思想を開示するにすぎない。すなわち,引用発明1において,シランカップリング剤は,アクリロイルモルホリンと一緒に用いられて初めて作用を発揮し得る,いわばアクリロイルモルホリンと一体化された技術的思想としてとらえられるべきである。 引用発明1の認定において,アクリロイルモルホリンを無視して,シランカップリング剤だけに着目することは誤りである。 4 本願優先日当時の技術常識について (1) 乙3(特開昭63-11550号公報。昭和63年1月19日公開,昭和61年7月1日出願。引用発明3の出願日(昭和62年3月26日)より8か月前の出願。)においては,「シランカップリング剤のY部分の加水分解反応は線引雰囲気中の水分によって線引被覆時に行われ,ついで自ずと縮合反応するとされていた。ところが,上記従来の方法で製造された光ファイバーは,シランカップリング剤が添加されていない材料で一次被覆された光ファイバーに比較して,その強度劣化が著しく早く,長期信頼性に劣る問題があった」(2頁右上欄7〜16行)との記載がある。 この記載から,引用発明3の出願当時には,「シランカップリング剤などの接着増進剤を光学ファイバー用被覆樹脂に添加することが光ファイバーにとって必ずしも良好な結果を与えるわけではなく,むしろ添加により強度劣化を早めてしまうという欠点がある」ということが当業者の技術常識であったといえる。 すると,シランカップリング剤の添加について何ら言及のない引用発明3において,あえて強度劣化を早めるようなシランカップリング剤を添加することが通常行われていたとは考えられず,引用発明3においては「シランカップリング剤は添加しない」と考えることが当業者の技術常識に合致する。 (2) 乙4(特開平3-199217号公報。平成3年8月30日公開。本願の優先日(1992年4月24日)より8か月前に公開。)においては,「特開昭59-92947号公報(判決注:乙2)には,一次被覆層をなす樹脂材料に,アミノ基を有するシランカップリング剤を添加することが提案され,また特開昭63-215707号公報(判決注:引用例1)には,メルカプト基を有するシランカップリング剤の添加が提案されている。しかし,これらの公報に記載のシランカップリング剤を添加した樹脂材料では,得られる一次被覆層と光ファイバーとの密着性向上は不十分であり,…被覆の耐久性が不充分である等の欠点を有している。」(2頁左上欄3〜16行)との記載があり,また,「(A)ウレタン(メタ)アクリレート,(B)単官能モノマー及び多官能モノマーから選ばれる少なくとも1種,(C)重合開始剤,及び(D)下記一般式(I)(略)で表されるシランカップリング剤及び一般式(U)(略)で表されるシランカップリング剤を含んでなる液状硬化性樹脂組成物」(1頁左下欄5行〜右下欄5行:特許請求の範囲)と記載され,ウレタン(メタ)アクリレート,モノマー及び重合開始剤の組合せに対して特定の2種類のシランカップリング剤の組合せを用いることによって「光ファイバーに対する密着性に優れ,被覆材料として用いた場合に耐久性の優れた被覆が得られる」(2頁左上欄17〜20行)ことが開示されている。 これらによれば,「単に任意のシランカップリング剤を添加すれば光学ガラスファイバー用被覆材料の光ファイバーに対する密着性を達成できるというものではなく,光ファイバーに対する密着性を達成するには特定の樹脂成分と特定のシランカップリング剤との組合せが必要である」ということが,本願優先日当時の技術常識であったといえる。 以上のことから,シランカップリング剤の種類はおろか,その添加についてさえ何ら言及されていない引用発明3において,光学ガラスファイバー用被覆材料の光ファイバーへの密着性を考慮して,任意のシランカップリング剤を添加するのが通常であったとは考えられない。 5 引用発明3と引用発明1との組合せの容易性の認定について 審決は,本願発明の相違点に係る構成を採用することは,引用例1の記載事項から,当業者が容易になし得ることであるとし,本願発明は,引用発明1,3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断したが,誤りである。 前記2のとおり,引用発明3は,接着増進剤を使用しないものである。よって,接着増進剤を使用することに言及するいかなる引用例も,引用発明3と組み合わせる動機付けに欠ける。すなわち,引用発明3のウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと炭素数8〜18の長鎖アルキルアクリレートと光重合開始剤とを含む光学ガラスファイバー用被覆材料に対して,引用発明1のアクリロイルモルホリン及びシランカップリング剤を組み合わせて,ガラスとの密着性を向上させようとする動機付けに欠ける。 次に,前記3のとおり,引用発明1は,ガラスとの密着を向上させる「アクリロイルモルホリン」を必須成分とするのであって,引用発明1において,アクリロイルモルホリンを除いて,シランカップリング剤だけを接着増進剤として観念することはできない。したがって,仮に,引用発明3の光学ガラスファイバー用被覆材料のガラスとの密着性を向上させようとしたとしても,当業者は,アクリロイルモルホリンを含まない光学ガラスファイバー用被覆材料において,引用例1の記載に基づいて,シランカップリング剤を加えることに想到することはあり得ない。なぜなら,引用発明1においては,アクリロイルモルホリンとシランカップリング剤との共同作用によってガラスへの密着性が向上することが教示されているからである。 よって,アクリロイルモルホリンとシランカップリング剤との共同作用を利用する引用発明1からシランカップリング剤だけを抽出して,ウレタン(メタ)アクリレートオリゴマーと炭素数8〜18の長鎖アルキルアクリレートと光重合開始剤とに対して,これを加えるという技術的思想は得られない。 そもそも,組成物の発明にあっては,その組成物を構成する各成分が複数の引用文献に記載されているからといって,複数の引用文献から成分を任意に取捨選択して組み合わせることはできない。引用発明3と引用発明1とは,その目的とするところが全く異なる以上,当業者が容易に組み合わせる必然性は何らない。 引用発明3においては,光ファイバーへの密着性の向上は樹脂の硬化性向上によって達成されており,他の接着増進剤が必要であるという技術的課題は何ら示唆されていないのであるから,本願発明の構成に至る動機付けとなるに足りる技術的課題は見いだせない。 前記のとおり,本願優先日当時の技術常識は,シランカップリング剤を添加すると光ファイバーの強度劣化が早まり,光ファイバーに対する密着性を達成するには特定の樹脂成分と特定のシランカップリング剤との組合せが必要であるというものであったから,硬化性や被覆性を改良した光学ガラスファイバー用被覆材料において,さらに密着性を高めるためにいかなる接着増進剤を添加すればよいかは試行錯誤を経て初めて確認できるものであって,単に任意のシランカップリング剤を添加すればよいというものではなかったと考えることが合理的である。そうすると,仮に光ファイバーに対する密着性が普遍的な技術課題であったとしても,引用例1には,「シランカップリング剤をアクリロイルモルホリンと組み合わせることで樹脂の光ファイバーに対する密着性が向上する」という発明が開示されているのであって,アクリロイルモルホリンの存在を無視してシランカップリング剤だけを引用発明3に組み合わせることの動機付けとはなり得ない。また,上記技術常識に照らせば,引用発明3においては,あえて強度劣化を早めるようなシランカップリング剤を添加することはしないと考えるのが当業者の技術常識に合致する。 6 乙2ないし4について 被告は,本訴において,乙2ないし4を示して主張するが,これらは,審判段階において引用されていなかったものであり,被告の主張は,これらから周知技術を導き出し,本願発明の進歩性を否定しようとするものであって,実質的に新たな拒絶理由の主張であり,原告の反論の機会を不当に奪うものであって,許されない。 7 本願発明の作用効果について 本願発明は,硬化後のコーティングが耐有機溶剤性,耐水性,熱安定性,酸化安定性,加水分解安定性を与え,ファイバーにかかる応力を緩和させ,高温高湿の促進エージング条件下での好ましい性能によってこのような長期安定性を示し,コーティングによって被覆されたファイバーが環境的損傷から十分に保護され,さらに,一次コーティングは,使用条件下で基質に付着したままであるほど高いが,接続するための可剥性を悪くするほど高くはない最適の基質に対する付着性を有する,という作用効果が得られる。 引用例1は,コーティングのガラスへの密着性向上のみに言及しており,硬化後,コーティングをガラスに粘着させるとともに,必要に応じてコーティングをガラスから容易に剥離可能とするという技術的思想については何も示唆していない。 よって,たとえ引用発明3と引用発明1とを組み合わせることができたとしても,剥離可能性をも追求する本願発明に容易に想到し得るものではない。 加えて,引用発明3及び引用発明1のいずれも,硬化後のコーティングの耐有機溶剤性に言及していない。よって,引用発明3及び引用発明1を仮に組み合わせることができたとしても,本願発明の課題の一つである耐有機溶剤性を実現する示唆とはなり得ず,本願発明を容易になし得たとは到底考えられない。 |
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被告の主張の要点
1 審決には,取り消されるような誤りはない。 2 引用発明3のような「光学ガラスファイバー用被覆材料」を光ファイバーに被覆する場合には,その密着性を考慮してシランカップリング剤等の接着増進剤を添加するのが通常である(引用例1,乙2ないし4)から,引用発明3の場合もその可能性を全く否定し得ないために,「不明である」と認定した。もっとも,審決における進歩性の実質的な判断に当たっては,本願発明と引用発明3との相違点を「引用発明3が接着増進剤を使用していない」という前提で判断していることは明らかであるから,相違点の認定の誤りというものではない。 3 引用発明1に関する原告の主張は,「シランカップリング剤」という周知の基本的な性質を無視した理由のないものである。 「シランカップリング剤」の基本的な性質は,特定の種類の有機レジン(高分子)にのみ有効な接着性を有するというものではなく,有機レジン(高分子)の種類のいかんを問わず有効な接着性を有する,ガラスと有機レジン(高分子)との接着性を改良する接着増進剤として周知のものである。 引用例1(甲7)の記載(4頁左上欄2〜5行,6頁右下欄1〜16行)によれば,引用例1に記載されている接着性に係る効果は,アクリロイルモルホリンによる効果の他に,シランカップリング剤による効果でもあるといえるから,シランカップリング剤それ自体でも接着性の増進に寄与していることは明らかである。特に,「密着力の湿度下における低下が少ない。」という湿度下における接着性の効果は,シランカップリング剤ならではの特有の効果であるから,引用例1に記載のシランカップリング剤は,アクリロイルモルホリンの補助剤としてではなく,それ自体としても接着性の増進に寄与していることは明らかである。 シランカップリング剤は,そもそも光ファイバーとその被覆材料との接着性を向上させるために従来から使用されている周知の接着増進剤であり,しかも,乙2ないし4にもみられるように,本願発明の(A)成分のようなウレタンアクリレートオリゴマーを含む光ファイバー用被覆材料がシランカップリング剤を単独で含有した場合(アクリロイルモルホリンが存在していない場合)でも接着性の向上に寄与することも周知の事実であるから,引用例1に記載されたシランカップリング剤がアクリロイルモルホリンの作用を補強するだけのものでないことは明らかである。 4 引用例3にシランカップリング剤に関する記載が見当たらないのは,引用発明3が「光学ガラスファイバー用被覆材料」それ自体の硬化性や被覆性等の性質の改良に係る発明であり,密着性まで考慮した発明ではないからである。そして,このような硬化性等が改良された光学ガラスファイバー用被覆材料の場合であっても,この被覆材料を光ファイバーに被覆して使用する際には,その光ファイバーとの密着性を考慮してシランカップリング剤等の接着増進剤を被覆材料に添加するのが通常であり,しかも,シランカップリング剤自体はよく使用される周知の接着増進剤である(引用例1,乙2ないし4)から,このような技術常識からすると,引用発明3と引用例1に記載のシランカップリング剤とを組み合わせる動機付けは当業者にとって自明のことである。 引用発明1に関する原告の主張が失当であることは前記のとおりである。 光ファイバー用コーティングにおいて,光ファイバー同士を接続するためにコーティングを剥離する必要があることは周知の事項であるから,「容易に剥離可能」という特性は使用時のコーティングの付着性とともに自明の課題である。そして,接着増進剤を適用するに際して,この両者のバランスを考慮することは当業者が当然に行うべき事項であるから,「容易に剥離可能」という特性は,引用例1から示唆されるまでもない自明の事項であることは明らかである。 「耐有機溶剤性」という特性は,(A)成分に専ら由来するものであり,(A)成分を構成要件とする引用発明3も同様に有している特性であるから,引用発明3のコーティング材料にシランカップリング剤を添加したコーティング材料も,その組成から自ずと備える特性にすぎない。 5 原告が本願発明の有利な効果として主張する諸特性は,本願明細書の記載に照らせば,専ら,本願発明の(A)成分に由来するものであることが明らかである。引用発明3も,本願発明の(A)成分を構成要件とするものであり,原告が主張する上記諸特性は,引用発明3も同様に有している特性である。加えて,原告が主張する諸特性は,すべて知られている特性であるか又は当業者にとって容易に予測し得る程度のものばかりである。 |
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当裁判所の判断
1 原告の主張する取消事由は,各種の観点から構成されているが,「進歩性の判断の誤り」をいうものに帰すると解される。原告主張の各種の観点について,以下,順次検討する。 2 本願発明と引用発明3との相違点の認定について 原告は,審決が「引用発明3は,接着増進剤の含有については『不明』である」と認定したことは誤りであると主張する。しかし,審決の説示に照らせば,審決は,相違点の判断において,引用発明3が接着増進剤を使用していないことを前提に進歩性の判断をしているものと解されるので,「不明」とした点が審決の結論に影響を及ぼすものではない。この点は,「進歩性の判断の誤り」の主張に関する一事情となるにすぎない(原告も,上記「不明」に関する主張につき,取消事由としてではなく,「進歩性の判断の誤り」を根拠付ける事情のひとつとして主張する旨を陳述した(第1回弁論準備手続調書))。 3 引用発明1の認定について (1) 本願優先日当時の技術常識に照らすならば,仮に,引用例1の請求項2に記載された発明において「シランカップリング剤」が「アクリロイルモルホリン」の接着性を補強するものであると認識されているとしても,当業者は,引用例1の記載に接した場合,引用例1に記載されている「シランカップリング剤」につき,それが加えられた光ファイバーコーティング用の放射線硬化可能な本願発明に特定される末端にアクリレート又はメタクリレートを有するウレタンオリゴマー(すなわち,(i)ポリエーテルポリオール;(A)脂肪族ポリイソシアナート;及び(B)ヒドロキシアルキルアクリレート及びヒドロキシアルキルメタクリレートより成る群から選ばれる末端キャップするモノマーの反応生成物である末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマー)を含む樹脂組成物(以下,この樹脂組成物を「本願樹脂組成物」という。)を硬化したウレタン(メタ)アクリレート樹脂(以下「本願樹脂」という。)と光ファイバーガラスとの接着性を上げる作用を有する物質(以下「接着増進剤」という。なお,本願発明における「(C)有機官能性シラン接着増進剤」の「接着増進剤」と同義であると認められる。)であると理解するものと認められる。 以下,この点について説示する。 (2) シランカップリング剤についての一般的な技術常識について 証拠(乙1:「新版高分子辞典」朝倉書店・平成7年9月20日第4刷。なお,第1刷は昭和63年11月25日であり,その間に改訂版はない。)によれば,シランカップリング剤とは,一般的には「複合材料などで,主としてガラスと高分子との接着性を改良するために用いられる物質で,XSi(CH3) 3-n(OR) nで表される。…ORで示したアルコキシ基は,水溶液中や空気中の水分,ガラス表面上に吸着された水分により加水分解されてシラノール基(SiOH)を生成し,これがガラスなどに対する結合性をもたらす。シランカップラー(…)ともいう」というものであると認められる(この点は,乙2,3によっても認め得る。)。 「シランカップリング剤」(シランカップラー)の言葉自体は,もの同士を「カップル」(結合)させる作用を有する「シラン」(Si(けい素)化合物の一種)を意味し,上記のとおり,シランカップリング剤の樹脂とガラスとの接着性を改良する作用は,シランカップリング剤自体がガラスと結合することができる構造を有することに基づくものであると認められるから,当業者は,シランカップリング剤といえば,通常,それが加えられた樹脂とガラスとの接着増進剤であると理解するものと認められる。 (3) 光ファイバー一次コーティング用樹脂におけるシランカップリング剤に関する技術常識について 乙3(特開昭63-11550号公報)は,「シランカップリング剤が添加された樹脂材料によって一次被覆層が形成された光ファイバーの製造方法」(1頁左下欄「産業上の利用分野」)について記載された公報であるところ,以下の記載がある。 (a) 「光ファイバーは,石英ガラス,多成分ガラス等のガラス材料からなる光ファイバー裸線と,この光ファイバー裸線を保護する被覆層とから形成されている」(1頁左下欄下から3行〜末行) (b) 「被覆層のうち一次被覆層をなす材料には,一般的にUV硬化アクリレート樹脂(ポリウレタン系,エポキシ系,シリコーン系,フッ素系,ポリブタジエン系など)や熱硬化性樹脂(シリコーン系樹脂,フッ素系樹脂,ポリウレタン系樹脂など)等が用いられている」(1頁右下欄1〜6行) (c) 「光ファイバーの一次被覆層をなす樹脂材料の高分子構造が,光ファイバー裸線をなすガラス材料の分子構造と非類似である場合,裸線と被覆層との接着強度は不充分なものとなるので,このような場合は,一次被覆層をなす樹脂材料にシランカップリング剤を添加することが行われている」(1頁右下欄7〜13行) (d) 「シランカップリング剤は,次のような一般構造式で示されるものである。 XSiY3[式中Xは…一次被覆材料との親和性(接着性)のある有機官能基を示す。また,式中Yは…易加水分解構造を示す。]このシランカップリング剤は,X部分が一次被覆層をなす樹脂材料と反応し,Y部分が裸線をなすガラス材料と反応して結合し,これにより一次被覆層と裸線との接着強度を向上するものである」(1頁右下欄14行〜2頁左上欄6行) (e) 「カップリング剤のY部分は,雰囲気中の水分によって加水分解され,…シラノール基(Si-OH)が形成され…光ファイバー裸線の表面に存在するシラノール基と縮合反応を起こし,最終的に安定なシロキサン結合(-Si-O-Si-)を形成する。上記のような反応を経てシランカップリング剤は光ファイバー裸線と強く結合し,またシランカップリング剤のX部分も一次被覆用樹脂と適宜反応して結合し,これによって一次被覆層と光ファイバー裸線との接着強度が向上される」(2頁左上欄10行〜右上欄2行) 以上の記載によれば,当業者においては,通常,シランカップリング剤とは,それが加えられた光ファイバー一次コーティング用の樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤であると理解されていたことが認められる。 (4) 「本願樹脂」におけるシランカップリング剤に関する技術常識について 原告が主張するようにシランカップリング剤が「光ファイバーに対する密着性を達成するには特定の樹脂成分と特定のシランカップリング剤との組合せが必要である」と把握することができる場合があるとしても,当業者は,特段の事情がない限り,「本願樹脂」という特定の樹脂と光ファイバーガラスとの組合せについても,上記シランカップリング剤について上記のような通常の理解をするものというべきである。 そこで,検討するに,乙3の前記(3)(b)の記載のほか,乙4における「一次被覆層をなす材料には,従来,紫外線硬化性又は熱硬化性樹脂,例えばポリウレタン系,エポキシ系,シリコーン系,フッ素系,ポリブタジエン系等が用いられている」(1頁右下欄下から5行〜2行)との記載,乙10(特開平2-133338号公報)における「この様な樹脂被覆材料としては,従来エポキシ樹脂,ウレタン樹脂等が用いられている…最近上記欠点を改良する目的でウレタンアクリレートを含む紫外線硬化性組成物がさかんに検討され…,例えば特開昭58-…及び特開昭59-…に提案されている」(1頁右下欄末行〜2頁左上欄10行)との記載,引用例1(甲7)における「従来,光ファイバーの強度及び伝送特性を維持するための被覆材料としては,ウレタンアクリレートやエポキシアクリレートの紫外線硬化型樹脂組成物やシリコーン等の熱硬化型樹脂組成物が用いられてきた」(2頁右上欄3行〜7行)との記載,引用例3(甲8)における「このような樹脂被覆材料としては,例えばシリコーン樹脂,エポキシ樹脂,ウレタン樹脂などの熱硬化型樹脂を用いたものや,エポキシ(メタ)アクリレート,ウレタン(メタ)アクリレート,ポリエステル(メタ)アクリレートなどの紫外線硬化型樹脂を用いたものが知られている」(2頁左上欄8行〜13行)との記載によれば,光ファイバー一次コーティングには,様々な樹脂が用いられていたことが認められる。 そして,乙3の前記(3)(c)の記載及び乙4の(従来の技術)に関する記載によれば,光ファイバー一次コーティングに用いられていた樹脂には,光ファイバーとの接着強度が不十分なものがあることが知られ,それらの樹脂に光ファイバーとの接着強度を上げるために,接着増進剤としてシランカップリング剤を加えることが行われていたことが認められる。 なお,乙3の実施例1で用いられた「UV硬化ポリウレタンアクリレート樹脂」(3頁右下欄15〜16行),乙4の請求項に係る「ウレタン(メタ)アクリレート」を含む樹脂組成物を紫外線などの放射線(6頁右上欄14〜15行)により硬化して形成される樹脂は,接着増進剤としてシランカップリング剤を加えることが行われていた樹脂として知られた樹脂の一種であると認められ,「本願樹脂」は,これらポリウレタン(メタ)アクリレート樹脂に包含される樹脂の一種であると認められる。 そうすると,「本願樹脂」は,本願優先日当時,光ファイバー一次コーティングとして従来用いられていたものであるが,光ファイバーとの接着強度が不十分なものであることが知られていた樹脂に包含されるものであり,その樹脂組成物に接着増進剤としてシランカップリング剤を加えることが慣用されていたものであることが認められる。そして,ポリウレタン(メタ)アクリレート樹脂において,「本願樹脂」が特異なものであることを認めるに足りる証拠はない。 以上によれば,「本願樹脂」において,前記特段の事情は認められないのであって,当業者は,シランカップリング剤を,それが加えられた樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤であると理解するものと認められる。 (5) ここで,本願優先日当時の技術常識についての原告の主張を検討しておく。 (a) 原告は,前記第3,4(1)のとおり,乙3の記載(2頁右上欄7〜16行)を根拠に,引用発明3の出願当時には,「シランカップリング剤などの接着増進剤を光学ファイバー用被覆樹脂に添加することが光ファイバーにとって必ずしも良好な結果を与えるわけではなく,むしろ添加により強度劣化を早めてしまうという欠点がある」ということが当業者の技術常識であったといえると主張する。 しかし,乙3の上記記載に続く「問題点を解決するための手段」(2頁左下欄)の項目の記載によれば,原告が指摘する「強度劣化が著しく早く,長期信頼性に劣る問題」は,シランカップリング剤を加えた樹脂組成物の光ファイバー裸線への被覆後の処理を適切なものとしたことにより解決されるものであることが認められる。すなわち,上記問題は,シランカップリング剤を樹脂組成物に加えないものとする解決法ではなく,シランカップリング剤を加えた樹脂組成物において,より適切な光ファイバー裸線への被覆処理条件を探すという方法により解決されたものであるといえる。このことは,上記問題がシランカップリング剤を樹脂組成物に加えたことによって生じたものではないと理解されていること,すなわち,シランカップリング剤は,それを樹脂に加えることにより「一次被覆層と光ファイバー裸線との接着強度が向上される」(前記(3)(e)の記載)との認識が依然としてあることを示すものである。 このように,原告が指摘する問題は,樹脂組成物の光ファイバー裸線への被覆処理条件の不適切さに起因し,その条件を適切なものとすることにより解決することができるものであると認められ,乙3全体の記載からみれば,当業者に,シランカップリング剤は,それが加えられた光ファイバー一次コーティング用の樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤であると理解されていたと認められる。 原告の主張は,採用の限りではない。 (b) 原告は,前記第3,4(2)のとおり,乙4の記載(2頁左上欄3行〜20行等)を根拠に,「単に任意のシランカップリング剤を添加すれば光学ガラスファイバー用被覆材料の光ファイバーに対する密着性を達成できるというものではなく,光ファイバーに対する密着性を達成するには特定の樹脂成分と特定のシランカップリング剤との組合せが必要である」ということが,本願優先日当時の技術常識であったといえると主張する。 原告が引用する乙4の記載は,〔従来の技術〕における光ファイバーの「一次被覆層に用いられる樹脂材料は,一般に,光ファイバーとの密着性が劣り,吸湿した場合に光ファイバーの強度を低下させるという欠点を有する」(1頁右下欄末行〜2頁左上欄2行)ため,その欠点を改良することを目的として提案された技術の欠点についてのものであると認められる。そして,乙4の[問題を解決するための手段]「本発明者らは,2種に特定のシランカップリング剤を併用する特定組成の樹脂組成物により,上記の目的が達成され,光ファイバーを初めとする基材に対し密着性及び耐久性が著しく向上した被覆を形成することができることを見出した」(2頁右上欄1〜6行)と記載されているとおり,上記の欠点は,シランカップリング剤を樹脂組成物に加えないものとする解決法ではなく,シランカップリング剤を加えた樹脂組成物においてより適切なシランカップリング剤及び樹脂組成物の組合せを探すことにより解決されたものであるといえる。このことは,上記欠点は,シランカップリング剤を樹脂組成物に加えることによって生じたものではないと理解されていること,すなわち,シランカップリング剤を樹脂に加えることによりその樹脂を光ファイバーに対する「密着性に優れ」(2頁左上欄18行)たものとすることができるとの認識が依然としてあったことを示す。 乙4には原告指摘の記載もあるが,乙4全体の記載からみれば,シランカップリング剤は,それが加えられた光ファイバー一次コーティング用の樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤であると,当業者に理解されていたことが認められる。 原告の主張は,採用の限りではない。 (6) 上記のとおり,当業者は,シランカップリング剤は,それが「本願樹脂組成物」に加えられた場合において,その樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤であると理解するといえる。 そして,上記判示に加え,証拠(甲2ないし7)に照らせば,引用例1に記載された紫外線硬化型樹脂組成物は,「本願樹脂組成物」であると認められるから,当業者は,引用例1におけるシランカップリング剤は,その樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤であると理解するものと認められる。 (7) 以上によれば,次のようにいうことができる。 (a) 審決が,引用例1には「密着性を高めるためにシランカップリング剤を,(a)両端にアクリロイル基又はメタアクリロイル基を有するウレタンアクリレート(…)…に対し…加えることが記載され」(審決書7頁1〜5行)と認定したことに誤りはない。 (b) 本願発明における「(C)有機官能性シラン接着増進剤」の構成における「接着増進剤」とは,文字どおり接着性を上げる作用を有する物質と認められる。また,「有機官能性シラン」については,本願明細書に明確に定義されているものではないが,「ガラスに対する樹脂の付着性を上げるために,酸官能性物質か又は有機官能性シランを用いることは技術的に公知である」(甲2段落【0076】)とされるのであり,少なくとも「メルカプト官能性シラン」(同【0077】),具体的には「3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン」(同【0079】)などであることが記載されている。 一方,引用例1(甲7)には,「シランカップリング剤」は,「通常市販されているものでよい」(3頁右下欄下から2行〜末行)ものであり,「有機反応基としてメルカプト基を持つものが特に密着力の向上に効果がある」(同末行〜4頁左上欄1行)とされるものであって,その具体的な物質は「γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン」(表3)などであることが記載されている。 そうすると,本願発明の「有機官能性シラン増進剤」は,引用例1に記載された「シランカップリング剤」の少なくとも「有機反応基としてメルカプト基を持つもの」と重複するものであると認められる。 したがって,審決が,「ガラスとの密着力の向上に特に効果があるシランカップリング剤として例示されている『有機反応基としてメルカプト基を持つもの…』(…)は,本願発明の『(C)有機官能性シラン接着増進剤』に相当するものである」(審決書7頁5〜9行)と認定したことに誤りはない。 4 相違点についての判断について 原告が主張する引用発明3と引用発明1との組合せの容易性の点をふまえつつ,審決の相違点についての判断の当否について検討する。 (1) 前記のとおり「本願樹脂」は,光ファイバー一次コーティングとして従来用いられたものであるが,光ファイバーとの接着強度が不十分なものであり,その接着性を上げる課題があったと認められる。そして,証拠(甲2ないし6,8)に照らせば,引用例3に記載された樹脂は,「本願樹脂」であると認めることができる。そうすると,引用例3に記載された樹脂において,光ファイバーとの接着性を上げる課題があったものと認められ,その解決のために,引用例3に記載された樹脂組成物に,引用例1に記載された光ファイバーとの接着性を上げることができると認められる「有機官能性シラン接着増進剤」を加えることは,当業者が容易になし得たことであると認められる。 したがって,審決が,引用例1に記載された組成物と引用発明3の材料は,「末端アクリレート又はメタクリレートのウレタンオリゴマーを含有する光学ガラスファイバー用紫外線硬化型樹脂組成物として共通するものであるから,引用発明3において,ガラスとの密着性を高めることを目的として,引用例1に記載される有機官能性シラン接着増進剤を…加えることは,当業者が容易になし得ることである。」(審決書7頁12〜18行)と判断したことに誤りはない。 (2) 原告は,引用発明3には,接着性を上げる課題があったとしても,それは「硬化不足に起因」するものであって,引用発明3において樹脂の硬化性を改良することによって既に解決済みであって,引用例3に接着増進剤が必要であるという記載も示唆もないから,引用発明3の樹脂組成物にシランカップリング剤を適用する動機付けはないとの趣旨を主張する。 しかし,引用発明3において,接着性において改良が認められたとしても,引用例3の樹脂において,光ファイバー一次コーティング用の樹脂とガラスとの接着性が十分であって接着増進剤はもはや不要であると記載されているわけではない。そして,上記のとおり「本願樹脂」と光ファイバーガラスとの接着性を上げることは,周知の課題であり,引用例3が公知となった日(昭和63年10月5日)の後においても,「本願樹脂」を含むウレタン(メタ)アクリレート樹脂における接着性を上げることを課題とした発明の出願がされているのであって(乙4,10),引用発明3によって樹脂と光ファイバーとの接着性を上げる課題が既に解決されたものであるということはできない。引用例3に明示の記載がないとしても,引用例3の樹脂において接着性を上げることは依然として要求される課題であるものと認められる。よって,原告の上記主張は,採用することができない。 原告は,組成物の発明にあっては,その組成物を構成する各成分が複数の引用文献に記載されているからといって,複数の引用文献から成分を任意に取捨選択して組み合わせることはできないのであって,引用例1に記載された樹脂組成物は,ガラスとの接着増進剤の「アクリロイルモルホリン」を必須成分とするものであり,引用例1に記載された樹脂組成物において,アクリロイルモルホリンを除いて,シランカップリング剤だけを抽出して,引用例3に記載された樹脂組成物に接着増進剤として加える,という技術的思想は得られないなどと主張する。 しかし,原告主張の一般論自体は首肯し得る面があるとしても,前記のとおり,引用例1に記載されているシランカップリング剤は,「本願樹脂組成物」に加えられたとき,単独でその樹脂と光ファイバーガラスとの接着増進剤となるものであると認められるのであるから,引用例1に記載された樹脂組成物において,アクリロイルモルホリンを除いて,シランカップリング剤だけを接着増進剤として抽出して,引用例3の樹脂に対して接着増進剤として加えるという技術的思想は,得られるものというべきである。原告の上記主張は,採用の限りではない。 原告は,シランカップリング剤は,樹脂に加えた場合において光ファイバーの強度の劣化を早めることが知られたものであるから,「シランカップリング剤は添加しない」と考えることがむしろ当業者の技術常識ともいえ,この技術常識からみれば,引用発明3においてシランカップリング剤を適用する阻害要因があったといえるとの趣旨も主張する。 しかし,シランカップリング剤が光ファイバーの強度を劣化させるというな技術常識は認められないことは,前判示のとおりであり,その他,「本願樹脂」において接着増進剤,特にシランカップリング剤を加えることを阻害するような技術常識があるとは認められない。原告の主張は,採用し得ないものである。 以上のほか,原告が前記第3,4において主張する点を考慮しつつ,同第3,5の主張を精査しても,審決の相違点についての判断が誤りであるということはできない。 5 乙2ないし4について 原告は,被告が本願発明の進歩性に関し,本訴において乙2ないし4を示して主張する点を非難する。 しかし,審決取消訴訟において,当事者が審判手続に現れていなかった資料を提出し,これに基づき出願当時における当業者の技術常識を立証することは許されるものというべきであるところ(最高裁昭和55年1月24日第1小法廷判決・民集34巻1号80頁参照。もとより,裁判所が上記資料により技術常識を認定することも許される。),弁論の全趣旨に照らせば,被告は,乙2ないし4により,本願優先日当時における当業者の技術常識を明らかにするものであることが明らかであるから,被告の主張立証活動に原告の主張するような違法な点はない。 6 本願発明の作用効果について 前判示のとおり,本願発明の構成は,容易に想到し得るものである。しかし,原告は,本願発明の奏する効果が予測できるものではないと主張するので,検討する。 (1) 原告は,コーティングとガラスとの密着性ないし接着性の向上のみならず,必要に応じてコーティングをガラスから容易に剥離可能であるという点を挙げる。 乙5(特開平3-39314号公報)において,「ファイバーとコーティングとの間の接着水準は,使用時にはコーティングがファイバーに付着したままであるが,ファイバーとコーティングの一体性に対する損傷を最小にして容易に剥離できるよう,ファイバーを作業現場で容易に継ぎ合わせできるよう最適化されねばならない」(10頁左上欄8〜14行)との記載があるように,光ファイバー一次コーティング用の樹脂と光ファイバーガラスとの接着性については,使用時において十分な接着性があることが望まれることは当然であるが,光ファイバー同士を継ぎ合わせるときには,ファイバーの損傷なく被覆を容易に剥離する必要があるのであって,光ファイバー一次コーティング用の樹脂においては,適度な接着性が望まれることが当然であると認められる。そして,乙5においては,「接着性を向上し得る成分」を樹脂組成物に加えることなどによって接着性を上げることにより,接着水準を調整し,接着性を所望度とするものであることが認められる(14頁右下欄)。 そうすると,光ファイバー一次コーティング用の樹脂組成物において,接着増進剤を加えて光ファイバーガラスとの接着性を上げることにより,その樹脂と光ファイバーガラスとの接着水準を調整し,接着性を適度なものにするとの課題は,既に達成されていたことも認められる。 引用例3の樹脂組成物に,前記のように引用例1に記載されていると認められる「有機官能性シラン接着増進剤」を加えて接着性を上げるに際しても,その接着性を上げる程度は,その種類や量等により調整するものであると認められる。したがって,本願発明の接着性に関する原告主張のような効果は,当該構成のものの効果として予想されるところであると認められる。 なお,本願明細書における多数の実施例及び比較例等の記載を検討しても,本願発明が有する接着性に関する効果について,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めることはできず,他にこのことを認めるに足りる証拠はない。 (2) 原告は,本願発明における耐有機溶剤性の効果についても主張する。 乙5において,「この硬化マトリックス材料は…下記の諸性質を有するものでなければならない。すなわち,耐湿性;耐溶剤性,…及び長期にわたる熱安定性,酸化安定性及び加水分解安定性である」(11頁右下欄17行〜12頁左上欄3行),「継ぎ合わせ作業者は,作業現場で,トリクロロエタンやエタノール等の溶剤を用いて剥ぎ取り後のファイバーから残留するマトリックスやコーティング材料を除去するのが通例なので,このマトリックス材料は耐溶剤性を有するものでなければならない。剥取り前のファイバー上のマトリックス材料は,溶剤を吸収して膨潤し,従ってリボンの一体性を損なうものであってはならない」(11頁左上欄9〜16行)との記載があるように,光ファイバーのコーティングは,光ファイバー裸線を長期間保護するためのものであると認められるから,一次コーティングと光ファイバーガラスとの適度な接着性に加え,コーティング自体に耐久性,具体的には熱安定性,酸化安定性,耐有機溶剤性等が要求されることは,明らかである。そうすると,光ファイバーコーティング用の樹脂における耐有機溶剤性の課題は,本願優先日当時,既に知られたものであったといえる。 さらに,乙5においては,上記の課題が記載され,その課題を解決する樹脂であるものであると記載されているところ,「このマトリックス材料は…下記の四成分を含有する,すなわち,(a)ポリエーテルーベースのウレタンアクリレート…である」(12頁左上欄8〜19行)と記載されており,その樹脂とは,ウレタン(メタ)アクリレート樹脂であることが認められる。また,乙6(特開昭57-78414号公報)にも,ウレタンアクリレートオリゴマー組成物(2頁左上欄3〜5行)を基板上に塗布乾燥後,紫外線を照射して硬化させた樹脂,すなわちウレタン(メタ)アクリレート樹脂が「トルエン等の芳香族炭化水素,メチルエチルケトン等のケトン系溶剤,イソプロピルアルコール等アルコール系溶剤,二塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素系溶剤にもおかされず,また強酸性,アルカリ水溶液にも充分耐えることができる」(5頁右下欄6行〜11行)と記載されており,ウレタン(メタ)アクリレート樹脂は,耐溶剤性等の特性を有することが認められる。 以上によれば,「本願樹脂」を含むウレタン(メタ)アクリレート樹脂が耐有機溶剤性等の特性を有していることは,本願優先日当時,既に知られていた事項であると認められる。 なお,本願明細書における多数の実施例及び比較例等の記載を検討しても,本願発明が有する耐有機溶剤性の効果について,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めることはできず,他にこのことを認めるに足りる証拠はない。 (3) 以上によれば,審決が「本願発明の効果は,引用例1,3に記載された事項から予測される範囲のものと比較して,格別顕著であるとも認められない。」とした認定判断は是認し得るものであり,原告の主張は,採用することができない。 7 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 佐藤達文 |