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関連審決 無効2006-80186
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事件 平成 19年 (行ケ) 10146号 審決取消請求事件
原告サ ーモス株式会社
訴訟代理人弁理 士牛木護
同 清水榮松
同 外山邦昭
同 吉田正義
被告パ ール金属株式会社
訴訟代理人弁理 士近藤彰
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/09/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2006-80186号事件について平成19年3月15日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が有する後記特許の請求項1について,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁がこれを無効とする旨の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯日本酸素株式会社(以下「訴外会社」という。)は,平成元年4月11日,名称を「断熱調理器具」とする考案について実用新案登録出願(実願平1-42088号)をし,その後平成5年3月10日に特許出願に変更し(特願平5-49648号),平成8年3月13日に特許第2502254号として設定登録を受けた(請求項の数1,以下「本件特許」という。特許公報は甲1)。なお,訴外会社は,本件特許権を原告に承継させ,平成16年10月19日その旨の移転登録がなされた(甲15)。
これに対し被告は,平成18年9月20日付けで本件特許の請求項1について無効審判請求を行い,同請求は無効2006-80186号事件として審理されることとなったが,原告はその中で,請求項1に係る発明について訂正請求(以下「本件訂正」という。)を行った。そして,特許庁は,平成19年3月15日,「訂正を認める。特許第2502254号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成19年3月27日原告に送達された。
(2) 発明の内容ア 本件訂正前のもの本件訂正前(すなわち登録時)の【請求項1】は,次のとおりである。
「【請求項1】断熱構造よりなる外容器内に,出し入れ自在に内部容器を収納し,前記外容器の口部開口に断熱性の蓋部材を配してなるとともに,前記内部容器に,その端部が前記断熱性蓋部材と外容器間を挿通して外容器外にのびる把手部を設けてなることを特徴とする断熱調理器具。」イ 本件訂正後のもの本件訂正後の【請求項1】は,次のとおりである(以下「本件訂正発明」という。下線は訂正部分)。
「【請求項1】真空断熱構造よりなる外容器内に,出し入れ自在に内部容器を収納し,前記外容器の口部開口に断熱性の蓋部材を配してなるとともに,前記内部容器に,その端部が前記断熱性蓋部材の切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのびる把手部を設けてなることを特徴とする断熱調理器具。」(3) 審決の内容ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,@本件訂正は特許法の定める要件に適合する,A本件訂正発明は,実願昭60-180321号(実開昭62-86130号)のマイクロフィルム(甲2)に記載された発明(以下「甲2発明」という。)及び周知技術に基づいて容易に発明することができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
イなお審決は,甲2発明の内容,同発明と本件訂正発明との一致点及び相違点を,次のとおり認定している。
〈甲2発明の内容〉「ステンレス製真空二重びんよりなる断熱ポット内に,出し入れ自在に調理鍋を収納し,前記断熱ポットの口部開口に断熱材を詰めた蓋を配してなるとともに,前記調理鍋に,断熱ポット内に収納される起伏自在の取手を設けてなる断熱調理器具。」〈一致点〉「真空断熱構造よりなる外容器内に,出し入れ自在に内部容器を収納し,前記外容器の口部開口に断熱性の蓋部材を配してなる断熱調理器具。」〈相違点〉本件訂正発明は,「前記内部容器に,その端部が前記断熱性蓋部材の切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのびる把手部を設けてなる」のに対し,甲2発明では,「前記内部容器に,外容器内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」点(4) 審決の取消事由しかしながら,審決の判断は,周知技術についての認定を誤り,この誤った認定に基づいて,本件訂正発明は当業者が容易に発明をすることができたと判断したものであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
ア 本件訂正発明及び甲2発明の意義本件訂正発明及び甲2発明は,断熱構造を有する外容器1(断熱ポット1)と蓋部材4(蓋6)とで形成される閉空間内に,加熱した食材を入れた内部容器2(調理鍋2)を内蓋14(蓋14)で開口部を覆った状態で収納して調理を行うものであり,外部熱源を要することなく前記閉空間を外部空間と断熱することにより調理を行う点で共通する。調理に必要な時間はレシピにより異なるが,一般家庭において必要とされるほとんどの料理を行うことができるものである。断熱調理器は,この点で外部熱源を必要とする通常型調理器とは全く異なる調理原理,調理器の構造を有するものである。
本件訂正発明は,その明細書(甲14)の段落【0006】に記載されるように甲2発明を従来技術とし,この従来技術の有する問題点を技術課題として発明されたものである。甲2発明においては,調理鍋に設けた起伏自在の取手も,断熱構造を有する断熱ポットと蓋とで形成される閉空間内に収納されることになり,調理完了後において素手で取手を持つと火傷をするおそれがあるという問題があった。しかし,断熱調理器は,断熱ポットと蓋とで形成される閉空間と外部空間とを断熱することだけで調理を行う必要があることから,甲2発明のような構造を採用せざるを得なかった。このような状況の下,本件訂正発明の発明者らは,断熱性能を維持しつつ,しかも安全性に優れた断熱調理器を実現すべく,当時,当業者においてタブー視されていた断熱性蓋部材に切欠部を設けることを試み,切欠部から内部容器の取手を外部に延出させることにより本件訂正発明を完成させるに至ったものである。
甲2発明は本件訂正発明に対して単なる従来技術にすぎないのであって,甲2には本件訂正発明の技術課題や特徴的構成について開示も示唆もない。
イ 取消事由1(周知技術認定の誤り)審決は,周知技術について,「また,加熱源を備えた加熱調理器において,甲第4号証及び甲第5号証,並びに参考bに記載されるように,外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けること,…は,いずれも従来周知のことといえる。」(5頁26行〜30行),「また,甲第4号証及び甲第5号証,並びに参考bには,外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けるに際して,外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点が記載されており,加熱源を備えた加熱調理器においてではあるが,このように,内部容器の把手を外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばすことは,従来周知のことといえる。」(6頁16行〜20行)と認定している。
しかし,審決のこれらの認定は,以下に述べるように誤りである。
(ア)まず,実開昭59-151515号公報(甲4)について検討すると,甲4に係る電気調理器は電気エネルギを消費して調理を行うものであって,外鍋及び蓋のいずれについても断熱性能を要しないものである。電気調理器において保温が必要な場合には電気ヒータに通電することにより容易に保温性能を確保することができるため,外鍋や蓋に高い断熱性能を要しない。一方,本件訂正発明や甲2発明の断熱調理器は,高い断熱性能を有する外容器と蓋体とで形成される閉空間内に,加熱された食材を入れた内容器を内蓋を被せた状態で収納して調理を完成させるものであって,ガスや電気等の外部エネルギを消費することなく調理を行うものである。したがって,本件訂正発明や甲2発明の断熱調理器にとって,外容器とこの外容器の開口部を閉塞する蓋体とで形成される閉空間と外部空間との熱移動を阻止する性能,すなわち断熱性能は商品力を左右するほど重要なものである。審決は,「加熱源を備えた加熱調理器においてではあるが,」と言っているものの,断熱調理器の意義について全く理解していない。外部エネルギを消費して調理を行う甲4の通常型調理器と断熱調理器とは,調理器という点でこそ共通するものの,調理原理も調理器の構造も全く異なるものである。その結果,通常型調理器と断熱調理器とでは製造業者も異なり,当業者の範疇も異なるのである。さらに,甲4には本件訂正発明の技術課題について開示も示唆もなく,甲4の内容を本件訂正発明に適用することは当業者であっても困難なものである。
そこで甲4について具体的に検討すると,同明細書(甲4)4頁9行には,「(14)は前記内鍋(2)の開口部を密閉する蓋」と記載され,第2図には符号2と14の配置が示されている。これらの記載から明らかなように,甲4に記載された蓋(14)は,内鍋(2)の開口部を密閉するものであって外容器(1)の開口部を密閉するものではない。甲4に記載された外容器は開口部を密閉する必要のないものであって,外容器に対する蓋は存在しない。審決はこのような事実を認識することなく,甲4に記載された蓋(14)を漫然と外容器(1)に対する蓋と認識し,「外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点が記載されており」と誤認してしまったのである。内部容器の把手を「外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした」というからには,ここでいう蓋体は外容器に対する蓋体でなければならないことは論理的に導かれる帰結である。甲4には,審決が認定する「外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点」は,何ら記載されていない。審決がこのような初歩的な誤認をしてしまった原因は,甲2発明について,「前記調理鍋に,断熱ポットと断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」と認定することなく,「前記調理鍋に,断熱ポット内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」と粗雑な認定をしてしまったことにあると思われる。
(イ)次に,実開昭59-119212号公報(甲5)について検討する。甲5に係る煮炊装置は電気エネルギを消費して調理を行うものであって,外枠及び蓋のいずれについても断熱性能を要しないものである。
甲5に関する事情は甲4と共通する。すなわち,審決は,「加熱源を備えた加熱調理器においてではあるが,」と言っているものの,断熱調理器の意義について全く理解していない。外部エネルギを消費して調理を行う甲5の通常型調理器と断熱調理器とは,調理器という点でこそ共通するものの,調理原理も調理器の構造も全く異なる。さらに,甲5には本件訂正発明の技術課題について開示も示唆もなく,甲5の内容を本件訂正発明に適用することは当業者であっても困難なものである。
甲5について具体的に検討すると,同明細書(甲5)4頁8行に「8は前記鍋7の上面開口部を気密に閉塞する蓋で」と記載され,第1図には符号7と8の配置が示されている。これらの記載から明らかなように,甲5に記載された蓋8は,鍋7の開口部を気密に閉塞するものであって外容器1の開口部を閉塞するものではない。甲5に記載された外容器は開口部を閉塞する必要のないものであって,外容器に対する蓋は存在しないのである。審決は,甲5についても,甲4と同様の誤認をしてしまったことは明らかである。
(ウ)続いて実開昭50-8191号公報(参考b[甲7])について検討する。甲7に記載の炊飯器は,甲4や甲5に記載の調理器とは異なり,ガスを燃焼させて炊飯するガス調理器である。したがって,炊飯器ケース及び外蓋のいずれについても断熱性能を要しないものである。それどころか炊飯器ケースと外蓋との間には大きな隙間が設けられ,該隙間から燃焼ガスを外部へ排出する必要があるものである。甲7に記載のガス炊飯器は,本件訂正発明や甲2発明の断熱調理器とは調理原理も調理器の構造も全く異なる。また,甲7には本件訂正発明の技術課題について開示も示唆もない。審決は,甲7に記載された図面から感覚的に記載内容を認定しているものである。
甲7について具体的に検討すると,同明細書(甲7)2頁17行〜19行には「14は炊飯釜11の開口鍔片12上においた内蓋,15は炊飯釜11の取手13上においた外蓋である。」と記載され,同明細書の3頁12行〜15行には「またバーナ2からの燃焼ガスは筒体8と炊飯釜11との間を通り,取手13によってできたフランジ10と開口鍔片12との間隙から外部へ排出する。」と記載されている。そして,第1図には符号8,10〜15の配置が示されている。これらの記載から明らかなように,甲7には内蓋14の他に外蓋15も記載されていることになる。ところが,外蓋15は取手13上に載置されるものであり,外容器たる炊飯器ケース4の開口部を閉塞するものではない。そのことは,フランジ10と開口鍔片12との間隙から燃焼ガスを外部へ排出するとの記載からも明らかである。甲7に記載のガス炊飯器においては,炊飯器ケース4と外蓋15とで閉空間が形成されるものではなく,炊飯器ケース4と外蓋15との間に大きな隙間を設けて該隙間から燃焼ガスを排出するものである。したがって,甲7においても,「内部容器の把手を外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばすこと」は,記載されているとはいえない。甲7のような加熱調理器具において,取手13を炊飯器ケース4の内側に収納すると,取手は燃焼ガスによって数百度にも達し危険であるばかりでなく製品としての耐久性も問題となる。このような事情から取手を炊飯器ケースの内側に収納することなく,炊飯器ケースの外部にのばしているのである。
(エ)以上説明したように,甲4,甲5及び参考b(甲7)のいずれにも記載されていない「内部容器の把手を外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばすこと」を,審決は従来周知のことと誤認してしまった。
この認定の誤りは,本件訂正発明と甲2発明との相違点を埋めるにつききわめて重要なものであって,審決の結論に影響を及ぼすものである。
(オ)また,審決は,甲4,甲5及び参考b(甲7)には,本件訂正発明の「外容器の内部に収納される内部容器」が存すると認定しているが,甲4,甲5及び甲7の外容器は,開口部に断熱性蓋部材が存在しないものであって,その内部に収納される内部容器の上縁は外部に露出しているものである。一方,閉空間という概念を導入するか否かにかかわらず,断熱調理器具の内容器は,断熱性外容器と断熱性蓋部材とで形成される閉空間内に収納することが必須である。したがって,甲4,甲5及び甲7に本件訂正発明の「外容器の内部に収納される内部容器」が存するということはなく,審決のこの認定は誤りである。
ウ 取消事由2(相違点についての判断の誤り)(ア)審決は,「一般に,価格や購入者の年齢層等を考慮して商品開発をすることは,マーケティングの問題として,従来から普通になされてきたことであり,そのために,商品の使い勝手をよくすることは,従来周知の技術課題といえるものである。」(5頁22行〜25行)と判断している。
しかし,技術課題を商品の使い勝手をよくするという極めて上位の概念で把握し,商品の使い勝手をよくすることは周知の技術課題と結論付けるのでは,発明の進歩性について適正な判断ができなくなる。進歩性の判断における技術課題は,判断対象たる発明の具体的技術課題と引用発明の技術課題とが共通するか否かという観点から判断すべきものである。本件訂正発明は,甲2発明のような従来の断熱調理器において内鍋2を断熱容器1内に保温収納する場合,把手部15が加熱されるため,持ち運び等のために持てなくなるという問題を具体的技術課題とするものである。本件訂正発明は,外部熱源を要することなく調理することができる断熱調理器であって,しかも取扱い時の安全性が高い断熱調理器を実現することにある。考察すべきは,公知技術との課題の共通性であり,具体的にいかなる構成により安全性向上という課題を解決できたかという点である。
(イ)審決は,「更に,一般に,部材間に細長状の部材を挿通するに際して,当該部材に挿通用の切欠を設けることも,従来周知のことである。」(6頁21行〜22行)と認定し,「したがって,甲第2号証発明の断熱調理器具において,外容器外にのびる把手部を設けるに際して,製造の容易性等を勘案して,二者択一的に,真空断熱構造よりなる外容器ではなく,断熱性蓋部材に切欠部を設け,把手部を該切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのばすことは,単なる設計事項ということができる。」(6頁23行〜27行)と判断している。
しかし,発明は技術課題を解決すべく,請求項に記載された各構成要素の有機的結合からなるものである。とりわけ本件訂正発明のように日用品の構造に関する発明にあっては,請求項に記載された各構成要素の有機的結合を解いて,個々の構成要素に注目するなら周知技術である場合がほとんどである。このような事情を無視し,しかも技術分野や技術課題を全く考慮することなく,「更に,一般に,部材間に細長状の部材を挿通するに際して,当該部材に挿通用の切欠を設けることも,従来周知のことである。」とする審決の認定は職務懈怠ともいうべきものであり,不当である。甲号各証のいずれにおいても,本件訂正発明の特徴的構成である,断熱性蓋部材に切欠部を設け,把手部を該切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのばすことは記載されていない。端的にいえば,審決は本件訂正発明の特徴的構成について,証拠に基づいて判断していない,審理不尽の違法があるというべきである。
また,外容器外にのびる把手部を設けるに際して,審決がいうように,二者択一的に外容器又は蓋部材に切欠部を設けなければならないということはない。外容器と蓋部材との間に弾性部材を介在させることでも十分対応可能である。
(ウ)審決は,「更に,外容器内に収納される起伏自在の把手では,加熱調理中に把手が熱くなり,内部容器を運ぶ際に不都合が生じること,これに対して,外容器外にのびる把手では,把手はさほど熱くならないことは,前記甲各号証及び各参考には記載されていないが,当業者にとって明らかなことである。」(6頁1行〜4行)と判断している。
しかし,甲2発明において起伏自在の把手が高温になるのは,把手が外容器内に収納されることによるものではなく,把手が断熱構造の外容器と断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間内に収納されることによるものである。断熱材を詰めた外蓋が存在しない甲4や甲5の発明においては,把手の温度上昇は熱伝導を主とし,把手の自然放熱とバランスすることから把手が極端に高温になることはない。そして,本件訂正発明や甲2発明は断熱調理器であり,断熱構造の外容器と断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間内に食材を入れた内部容器を内蓋で閉塞した状態で収納せざるを得ない。電気炊飯器等にならって内部容器の把手を前記閉空間から外部へ延出させることは,断熱調理器にとってもっとも重視されるべき断熱性能の低下を来たすこととなり,断熱容器の属する技術分野の当業者にとってきわめて大きな障害となるものである。
(エ)審決は,「そして,甲第2号証発明の断熱調理器具は,一旦加熱した被調理物を保温することにより調理する調理器具であり,前記甲各号証及び各参考に記載された,加熱源を備えた調理器具とは,同一の技術分野に属するとはいえないが,調理器具として互いに関連する技術分野に属するものである。」(6頁7行〜10行)と判断している。
しかし,調理器具という極めて上位の概念で技術分野が関連することをもって,甲2発明の断熱調理器具に甲4等の通常型調理器の技術内容を適用することは誤りである。加熱された食材の有する熱だけで調理を行う断熱調理器と,電気等の外部熱源を使用して調理を行う電気炊飯器等の通常型調理器とでは,調理原理,調理器の構造とも全く異なる。そして,少なくとも本件訂正発明が出願された時点(平成元年4月11日)においては,断熱調理器業界と通常型調理器業界とは全く異なる業界であった。このように調理原理,調理器の構造及び業界が全く異なる通常型調理器の構成を断熱調理器に適用することは困難なものであったといわざるを得ない。
(オ)審決は,「したがって,甲第2号証発明の断熱調理器具において,使い勝手をよくするために,把手が熱くならないようにし,また,安定して運搬できるという自明の課題のために,外容器内に収納される起伏自在の取手に代えて,外容器外にのびる把手部を設けることは,当業者が容易に想到し得たことである。」(6頁11行〜15行)と判断している。
しかし,本件訂正発明や甲2発明は,電気やガス等の外部熱源を必要としない断熱調理器であるところ,断熱調理器においては,外部熱源を用いることなく調理を行うため,外容器及び外蓋は高い断熱性能を有していなければならない。そして,食材を入れた内部容器を内蓋で被った状態で,外容器と外蓋とで形成される閉空間内に収納することが必要となる。断熱調理器の属する技術分野の当業者にとって,外容器と外蓋とで形成される閉空間の断熱性能を高くすることは最優先事項であった。
断熱性能の優劣は商品力に直結し,商品の売れ行きに大きく影響するからである。したがって,本件訂正発明がなされる前においては,断熱調理器の各製造業者とも,外容器と外蓋とで形成される高温の閉空間内に収納される取手を内部容器に設けていた。外容器の側壁等に切欠部を設けて,その切欠部から取手を外容器外へ出す構成としたのでは,外容器と外蓋とで形成される閉空間の断熱性能が低下することから,商品力も低下して商品の売れ行きが低下することを恐れたからであった。一方,本件訂正発明の発明者は幾度もの試行を行った後,真空断熱構造よりなる外容器の開口部を閉塞する断熱性蓋部材に切欠部を設けて,その切欠部から内部容器の把持部を外容器外に出したところ,意外にも断熱性能の低下は僅少であるとの知見を得るに至った。本件訂正発明の着想は当業者にとっても意外であった上記の知見に大きく依存する。審決は,本件訂正発明がなされるに至った意外性を考慮することなく,現時点を基準に簡単な構成であることをもって当業者が周知技術に基づいて容易に想到できたとの誤った判断をしたものである。
(カ)審決は,「また,断熱調理器具の断熱性能には,求められる調理内容により,幅があることが明らかであり,甲第2号証発明の断熱調理器具において,内部容器の把手部を外部に突出させるために切欠を設けると,調理できないほどに断熱性能が低下するとは,直ちにいえるものではない」(7頁26行〜29行)と判断している。
しかし,企業活動において商品の性能差が10%も違えば大差というものであり,「調理できないほど断熱性能が低下するとは,直ちにいえるものではない。」との審決の判断は,進歩性の判断とは無縁というべきものである。数%の性能差が商品力に大きな影響を及ぼし,販売量を左右するという企業活動の実態を無視した不当な判断である。
(キ)審決は,「前記『把手の断面積を必要最小限にし,その材料についても比較的熱伝導率が悪いステンレス鋼を用いる』点,及び,『断熱性能の低下を抑制できる』程度については,何も記載されていない。」(8頁10行〜13行)と判断している。
しかし,審決がいうこれらの事項こそ当業者の技術常識に属するものであり,明細書に当業者の技術常識に属する事項まで記載しなければならないということはない。そもそも本件訂正発明は,断熱性能の低下を抑制できる程度について特徴があるものではなく,高い断熱性能が求められる断熱調理器の蓋部材に切欠部を設け,その切欠部から内部容器に取り付けた把持部を外容器外に延出して,火傷などすることなく調理後の食材が入った内部容器を安全に取り出すことができることを特徴とするものである。審決の上記指摘は発明の進歩性判断とは筋違いの論難にすぎない。
(ク)審決は,「したがって,本件訂正発明の断熱調理器具は,甲第2号証発明の断熱調理器具において,単に,外容器内に収納される起伏自在の取手に代えて,外容器外にのびる把手部を設けたものというべきものであり,断熱性能について特別の工夫を凝らしたものということはできない。本件訂正発明による断熱性能の低下は,予測の範囲内のものというべきであり,本件訂正発明により,予期せぬ作用効果が得られたということはできない。」(8頁14行〜19行)と判断している。
審決がこのような粗雑な判断に至った原因の一つは,甲2発明についての事実認定を粗雑に行ったことにある。甲2発明の断熱調理器具においては,外容器と断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間内に収納される起伏自在の取手が設けられている。審決はこの事実を看過している。
原告の主張は,高い断熱性能が要求される断熱調理器具において,火傷などしないよう安全性を高めるべく,あえて断熱性蓋部材に切欠部を設けて内部容器の把持部を挿通させて外容器外へ出したにもかかわらず,断熱性能は意外にもほとんど低下せず,十分な商品力を有しているとの知見を得て本件訂正発明を完成したというものである。審決は,断熱性能の低下は予測の範囲内のものというが,審決は断熱性能の低下の程度について何ら示していない。
(ケ)審決は,「本件訂正発明による商業的成功は,本件特許のみならず,本件特許以外の関連する多数の特許やマーケティング戦略等にもよると考えられる。」(8頁21行〜22行)と判断している。
しかし,本件特許以外に特許が存在するとしても,そのことをもって,本件訂正発明が当該商品の商業的成功に多大な貢献を果たした事実を否定することはできない。時系列でみても本件特許は商品開発の初期に出願されたものであり,構成こそ簡単であるが,当該商品にとっての基本発明と位置付けられる特許である。発売開始以来十数年間で300万台を超える製造販売実績は,本件訂正発明の存在を抜きにしてはあり得なかった。発明の進歩性の判断に当たって,商業的成功を具体的事情に基づいて参酌することは許容されるものである。
(コ)審決は,「本件訂正発明は,甲第2号証に記載された発明,及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって,本件訂正発明に係る特許は,特許法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。」(8頁25行〜29行)と結論付ける。しかし,この結論が誤りであることは,すでに述べたところから明らかである。
エ 被告の主張に対する反論(ア)最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁は,「審決の取消訴訟においては,抗告審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は,審決を違法とし,又はこれを適法とする理由として主張することはできないものといわなければならない。」と判示する。特許無効審判の審決に対する取消しの訴えにおいて,審決の判断の違法が争われる場合には,専ら当該審判手続において現実に争われ,かつ,審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり,それ以外の無効原因については,取消訴訟においてこれを違法又は適法事由として主張し,裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨である。
(イ)被告は,乙2〜4(実開昭54-89653号公報[乙2],実開昭和56-56772号公報[乙3],実開昭63-79830号公報[乙4])を新たな証拠として提出し,保温器具の構成は周知であり,これらの保温器具も調理対象に対応した充分な断熱機能を備えるならば,断熱調理器具として使用できる旨主張する。しかし,乙2〜4には,調理を目的とする器具であることについて記載もないし示唆もない。乙2〜4の器具は,保温を目的とする器具であって,調理を目的とする器具でない。乙2〜4に基づく被告の主張は,別個の無効審判を請求するに等しく,許されない。
(ウ)被告は,本件特許請求の範囲においては,切欠部の大きさが特定されていないので,「蓋部材での気密性が保たれる」という作用は導かれない,と主張する。しかし,進歩性判断の主体的基準は当業者であるから,蓋部材での気密性の一般的効果について把手部と切欠部の大きさの関係まで特定しなければならないというものではない。
(エ)被告は,新たに乙5〜8(実開昭57-176836号公報[乙5],実開昭60-151448号公報[乙6],実開昭61-268218号公報[乙7],実開昭64-23933号公報[乙8])を提出して断熱保温と加熱保温とを併用する器具が周知である旨主張する。しかし,審決取消訴訟の審理範囲は,審判で審理された刊行物との対比における進歩性の判断に限られるから,この主張は許されない。また,乙5〜8は,いずれも加熱源を有する器具であって断熱によって調理を完成させる器具ではない。高い断熱性能だけに依存して調理を完成させなければならない本件訂正発明とは調理原理を全く異にするものである。
(オ)被告は,乙1(実開昭62-165928号公報)や甲12(特開昭49-43250号公報)記載の保温器具と断熱調理器具とを同一視するが,進歩性判断の主体的基準は当業者である。少なくとも当業者において,断熱調理器具と保温器具とを実質的にも形式的にも同一視することはない。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論(1) 本件訂正発明の意義に対しア本件特許請求の範囲によると,本件訂正発明の「断熱調理器具」は,「真空断熱外容器と,外容器の口部開口に配される断熱性蓋部材と,内容器で構成される」と特定されるにすぎない。
そして本件訂正後の明細書(甲14)の【発明の詳細な説明】には,「本発明は,特に加熱により半調理した食物や,沸騰水に穀物を浸漬した状態で長時間保温することによって,調理完成品として製造するのに適した断熱調理器具に関するものである。」(【0001】),「…適量の沸騰水または調味した沸騰煮汁中に所望の生野菜や,穀物を浸漬し,あるいは,半調理に加熱した状態とし,これを保温容器内に収納し,例えば一昼夜などの長時間保温することによって調理完成食品を得る方法が行なわれている。」(【0002】),「そして,この種の調理に適した従来の断熱調理器具として…断熱容器1内に内鍋2が出し入れ自在に収納されてなるもので,この断熱容器1は,容器部3に蓋部4が密閉自在に取り付けられてなるものである。」(【0003】)と記載されているから,本件訂正発明の「断熱調理器具」は,「一定時間保温することで,調理が可能な器具」と解釈されるが,調理対象の料理,調理温度,調理時間などは明確に定義されていない。
そうすると,本件訂正発明の「断熱調理器具」は,単に「断熱外容器と断熱性蓋部材と内容器で構成」され,相応の保温機能を備えた器具としか解することができなく,実質的に「保温器具」との相違はない。
イ「断熱外容器と,外容器の口部開口に配される断熱性蓋部材と内容器で構成される保温器具」は,実開昭54-89653号公報(乙2),実開昭56-56772号公報(乙3)に開示されているとおり周知のものであり,さらに実開昭63-79830号公報(乙4)に示されているように「内容器に断熱蓋を装着して真空断熱構造の外容器に収納する構造の器具」も公知である。これらの器具においても,調理対象に対応した充分な断熱機能(保温機能)を備えるならば,断熱調理器具として使用できることは明白である。
ウしたがって,本件訂正発明の「断熱調理器具」は,乙2,3に開示されている器具(保温器具)と同一のものとみることができる。
エ本件特許請求の範囲には,「切欠部」について,「前記内部容器に,その端部が前記断熱性蓋部材の切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのびる把手部を設けてなる」と記載されているにすぎなく,「切欠部の形成位置(蓋部材)」と,「切欠部の機能(把手部の挿通)」のみしか特定されておらず,「把手部と切欠部の大きさの関係(断熱機能に関する構成)」は特定されていない。そこで,本件訂正後の明細書(甲14)の【発明の詳細な説明】をみると,「【作用】把手部末端に設けられた把手が,外容器外に設けられたことにより,保温中においても把手が加熱されることがない。また,内部容器に設けた把手は,断熱蓋部材の切欠部と外容器との間を挿通して外容器外に延出したので,蓋部材での気密性が保たれる。」(【0008】)と記載されているが,本件特許請求の範囲においては,切欠部の大きさが特定されていないので,本件特許請求の範囲の記載からは,「蓋部材での気密性が保たれる」という作用は導かれない。
(2) 周知技術に対しア容器形状の本体(外容器)に加熱源を備え,本体に内鍋(内容器)を収納して加熱調理する器具において,内鍋(内容器)には把手部が設けられている。この内鍋の把手部は,釣手構造が採用されている器具(甲8[実公昭49-28850号公報],10[実開昭49-116358号公報],11[実開昭50-53258号公報])と,外容器の外方に突出する外部突出構造が採用されている器具(甲4[実開昭59-151515号公報],5[実開昭59-119212号公報],7[実開昭50-8191号公報])が知られている。
上記の内鍋の把手部は,本体への内鍋の出入れに使用するためのものである。調理前の把手部は熱くなく,本体への収納は容易に行うことができるが,調理後の取出しを考慮すると,調理直後は内鍋が熱く,それに伴なって釣手の把手部も熱くなっているので,調理直後に内鍋を取り出す際に,火傷に注意する必要がある。他方,外部突出構造の把手を備えた内鍋は,把手部が外部に突出して自然放熱で冷却されるので,火傷をするほど熱くなることがなく,調理後直ちに本体から取り出すことも容易になし得る。このような釣手構造の把手部と外部突出構造の把手部の技術的意義(作用効果の差異)は,当業者にとって一見して認識できる自明のことである。
したがって,容器状の本体(外容器)に収納され内容器に設ける把手部を,外容器の外部に突出させて設けることで,把手部の加熱対策となるという技術思想は,周知のものであるといえる。
イ加熱調理器具と断熱調理器具とは,基本的に調理原理は異なるものであるが,調理という点では同一であり,当業者が他方の技術について関心を持たない理由は見い出せない。断熱保温と加熱保温とを併用する器具は,実公昭35-15758号公報(甲6),実開昭57-176836号公報(乙5),実開昭60-151448号公報(乙6),特開昭61-268218号公報(乙7),実開昭64-23933号公報(乙8)に示されているとおり,出願前周知である。したがって,断熱調理器具と加熱調理器具とは密接に関連した技術分野といえる。
ウ甲2発明の断熱調理器具の内容器の把手部には,釣手が採用されている。この釣手の把手部においても,外容器に一定時間収納されることで把手部が熱くなり,取り出しに際して注意を有することは加熱調理器具の内鍋の釣手と同様である。
断熱調理器具も,加熱調理器具も共に,内容器を取り出さずに単に蓋体を開披して内容器内の調理食品のみを取り出すようにして使用することも,また熱い把手部を持って内容器を外容器外(ケース外)に取り出すことも当然に想定される。
したがって,断熱調理器具における内容器の釣手把手部は加熱調理器具の内鍋の釣手把手部と同様の技術課題を備えており,その技術課題も当業者にとって予測困難ではなく,加熱調理器具の内鍋の釣手把手部と外部突出把手部の両者を見ると,自明のことと認められる。
エ前記の公知の加熱調理器具において,蓋体の構成と内鍋の把手部の関係は,下表のとおりである。
<加熱調理器具の蓋体構成>内鍋把手構造内鍋蓋体のみ外蓋体のみ内蓋と外蓋を備える釣手構造甲8甲9,10,11外部突出構造甲4,5甲7上記表に記載の構造及び空欄部分の構造は,十分想定可能な構造であり,内鍋を備えた加熱調理器具においては,蓋体の構成と把手部の構成の組み合わせに,何らの特別な技術的意義は見出せない。
したがって,加熱調理器具においては,加熱される内鍋に付設されている把手部に関しては,釣手を採用すると内鍋本体と一体状態で熱くなるが,外部突出構成を採用して自然放熱によって熱くなるのを抑えることができるという点は,当業者にとって自明な事項であり,甲号証に開示されていると見ることができる。
(3) 本件訂正発明の進歩性に対しア甲2発明の調理器具と本件訂正発明の調理器具とを対比すると,「真空断熱構造よりなる外容器内に,出し入れ自在に内部容器を収納し,前記外容器の口部開口に断熱性の蓋部材を配して,内部容器に把手部を備えている断熱調理器具」の点で一致し,甲2発明の内部容器の把手部が,内容器と共に外容器体と蓋体内に収納される「釣手」であるのに対し,本件訂正発明の内容器の把手部が,「端部が前記断熱性蓋部材の切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのびる」という外部突出構成である点が相違する。
イそして甲2発明において外部突出構成を採用することは,次のとおり容易に想到することができる。
(ア) 課題の予測性内容器の把手部に釣手構造を採用した場合に,調理後において釣手が熱くなるという課題が生ずることは,関連技術分野の加熱調理器具の内鍋の把手部にもいえることであり,当業者にとって自明な課題である。
(イ) 構成の予測性加熱調理器具において,内鍋の釣手把手部の加熱問題は,甲4,5,7に開示されているとおり,内鍋の把手部に外部突出構成(周知手段)を採用することで解決することは,当業者にとって容易に予測できることであり,外部突出構成の採用に当たって,把手通過箇所を切欠部とすることは,「保温機能の確保」という器具の使用目的から,普通に採用される手段であり,実願昭61-55693号(実開昭62-165928号)のマイクロフィルム(乙1),特開昭49-43250号公報(甲12)記載のとおり公知である。なお,加熱調理器具においても,甲7に示されているとおり,内鍋(内容器)の把手部が外容器の蓋体と外容器の間を通って外方にのびる構成も公知である。
また,切欠部を「断熱蓋体」に設けることも,予測困難な特別な作用効果を奏するとは認められないので,設計事項といえる。
したがって,甲2発明の調理器具に「内容器の把手部として,加熱調理器具において周知の外容器の外方に突出する構成を採用すること」に予測困難性はなく,前記の採用に際して「蓋体に切欠部を設けて把手部を挿通させること」も当業者にとって予測困難であるとは認められない。
(ウ) 作用効果の予測容易性本件訂正発明の作用効果においても,内容器の外部突出構成は,実質的に乙1,甲12の保温器具(単に断熱機能の差異によって保温か断熱調理かの定義づけが異なるのみ)と同一と認められ,釣手構造に対する優位性は予測容易である。
ウしたがって,本件訂正発明は,公知技術に基づいて容易に発明することができたものである。
(4) 取消事由1に対しア甲4,5には「外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けるに際して,外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点」は記載されていないから,甲4,5には上記記載がされている旨の審決の認定(6頁16行〜18行)及び「このように,内部容器の把手を外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばすことは,従来周知のことといえる。」(6頁19行〜20行)との認定は,誤りである。
しかし,他の周知技術の認定に誤りはない。
イ甲7(参考b)には,炊飯ケース(外容器に該当)に被冠される大きさと認められる蓋体15が記載されており,この蓋体15は,炊飯ケースに載置された内鍋の把手上に載置されている。そして,この内鍋の把手は,炊飯ケースの上端と蓋体15の間から炊飯ケースの外側に突出している。
原告は,内鍋把手部に蓋体15を載置しているので,炊飯ケースとの間に隙間があり,外容器と蓋体による「閉空間」が構成されないと主張しているが,本件訂正発明には,「閉空間」という特定がなされておらず,単に「外容器の口部開口に蓋体を配した」という特定されているにすぎないから,蓋体と外容器の間に間隙が存在するか否かは全く特定されていない。
したがって,「甲7には,外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けるに際して,外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点が記載されており,加熱源を備えた加熱調理器においてではあるが,このように,内部容器の把手を外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばすことは,公知のことといえる。」と認定できるから,前記の審決の認定の誤りは審決の結論に影響を与えない。
ウ原告は,甲2発明について,審決は,「前記調理鍋に,断熱ポット内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」と認定しているところ,「前記調理鍋に,断熱ポットと断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」と認定すべきであると主張する。
しかし,断熱調理器具は,その保温機能を考慮すると,断熱調理器具(保温器具)の保温対象の内容器が所定の閉空間内に収納されることは必然であって,断熱調理器について「内容器が閉空間に収納されるもの」という概念を導入する必要性は認められない。本件特許請求の範囲に全く記載されていない「閉空間」の概念を認めなかった審決に遺漏はない。
(5) 取消事由2に対しア商品の使い勝手をよくすることは従来周知の技術課題といえるものであるとの審決の判断(5頁22行〜25行)は,通常の指摘であり不当とはいえない。
イ把手部を外部に突出させるために把手部挿通用の切欠部を設けることついては,保温器具(=断熱調理器具)において乙1及び甲12に開示されており,切欠を設けることが周知である旨の審決の判断(6頁21行〜22行)は,証拠に基づいた判断であり,審理不尽とはいえない。
また「甲2発明の調理器具において,内容器に外容器外にのびる把手部を設ける」ことを前提とすると,種々の構造が想定されるが,最も単純な手段は外容器と開閉される断熱蓋体の間に切欠部を設けることであり,加工性(製造上の効率性)を考慮すると断熱蓋体に設けることも普通に想定される。
審決は「切欠部による把手部の挿通」を前提として,二者択一的な指摘をしたにすぎず,外部突出構成の把手部の採用において,二者択一的なものであると述べているのではない。
ウ前記のとおり,「断熱調理」は,新しい概念ではなく,従前からの保温器具において断熱性能を向上させたものでしかない。特に本件訂正発明において,昔からなされている「保温調理」と,本件訂正発明で言う「断熱調理」との明確な相違が明示されていない。
断熱構造の蓋体と断熱構造の容器で,内容器を収納する保温器具は,甲12,乙1〜4に開示されており,これらと同様な保温器具において,内部に加熱源を備えた器具も,乙5〜7に示すとおり公知である。
このように本件訂正発明の技術分野である断熱構造体への内容器収納による保温手段と,内容器への電気等による加熱手段の双方を備えた器具が公知であるから,断熱構造の保温器具に関わる当業者が,電気等の加熱手段を備えた器具に関心を持たないのは不自然である。したがって,断熱調理器具と加熱調理器具とは密接に関連した技術分野といえる。
さらに,本件訂正発明の特徴である内容器に関していうと,食品を収納して調理するという内容器(内鍋)の構造という点では,断熱調理器具(保温調理器具)も加熱調理器具も同一技術分野といえる。
エ甲4〜11に開示されている加熱調理器具に接した当業者は,加熱される内鍋の把手部が釣手の場合には熱くなり,外部突出把手部の場合には釣手把手部に比較して自然放熱によって極端に高温になることはないことを,ごく普通に認識するものと認められる。したがって,「食品を収納して熱くなる内鍋(内容器)」において,内鍋の把手部として釣手を採用すると,当然釣手把手部は熱くなり,外部突出構成を採用すると釣手把手部より低温が維持され,調理後の内鍋の取り出し運搬に際して安全になされるという技術思想を,当業者は一見して認識できる。
また,甲2発明の調理器具の内容器把手部に,釣手が採用されている。
この釣手把手部においても,外容器に一定時間収納されることで把手部が熱くなり,取り出しに際して注意を有することは加熱調理器具の内鍋の釣手と同様であるし,当業者においても容易に想定できるものといえる。したがって,断熱調理器具における内容器の釣手把手部は,加熱調理器具の内鍋の釣手把手部と同様の技術課題を備えており,その技術課題も当業者にとって予測困難ではなく,さらに内容器の把手部の熱の問題の解決手段としての外部突出構成の採用は,当業者にとって自明のものといえる。審決のその旨の判断(6頁11行〜14行)は妥当である。
オ原告は,「断熱調理器具」において内容器把手部の外部分突出構成を採用することは,断熱性能が低下するので,意外性がある旨の主張をしている。
しかし,断熱調理器具は特別な新規な器具ではなく「保温器具」において断熱機能を高めた器具で何ら新規な概念の器具ではない。甲2発明の調理器具は,保温機能を高めるために真空断熱構造の保温容器を採用したものであり,乙1及び甲12の保温器具において,外容器該当箇所に真空断熱構造を採用すると,切欠部の形成位置が相違するのみで,実質的に本件訂正発明と同一である。
したがって,甲2発明の調理器具において,内容器の把手部に外容器の外方に突出する外部突出構成を採用することに,予測困難性は認められない。
カ「断熱調理器具」の断熱性能について本件訂正発明には,全くの定義づけがされておらず,また調理内容の程度(調理内容によって求められる断熱性能の境界)についても全く定義付けされず,かつ明細書全体の記載内容から「断熱調理器具」の断熱性能が自明でもないので,審決の「甲第2号証発明の断熱調理器具において,内部容器の把手部を外部に突出させるために切欠部を設けると,調理できないほどに断熱性能が低下するとは,直ちにいえるものではない」(7頁27行〜29行)との判断は,正当である。特許制度の目的は産業振興であるが,発明(技術思想の創作)の点から産業振興を実現するもので,企業活動の実態(発明の実施品の商品性)と,技術思想の創作である発明とは次元が違うものである。
キ原告は,断熱調理器具が「ステンレス鋼製の真空断熱構造」を採用することは,技術常識であると主張するが,その裏付けは全く示されていない。また,保温器具においても「ステンレス鋼製の真空断熱構造」が採用されていることは例示するまでもなく周知であるから,技術概念において,「断熱調理器具」が「保温器具」と相違することはないし,「断熱調理器具」が新規な特別な概念であるとはいえない。
ク商業的成功は,発明品の優秀さのみに依存しないことはいうまでもなく,時代にマッチした消費者の要望等の種々の非技術的な要素等との結合によって達成されるものであり,商業的成功は,作用効果の顕著性(発明の進歩性の根拠)を根拠付けるものとして取り扱うことは原則として適切ではない。原告は,原告商品の販売実績を主張するが,当該商品は発売当初より多数の特許に保護され,競合品が存在しない中で長期間独占的に販売されてきたものであるから,販売実績は,本件訂正発明の作用効果の顕著性を裏付けるものではない。
第4当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本件訂正発明の意義について(1)本件訂正後の明細書(甲14)には,前記第3の1(2)イのとおり【請求項1】の記載があるほか,次の記載がある。
ア 産業上の利用分野「本発明は,特に加熱により半調理した食物や,沸騰水に穀物を浸漬した状態で長時間保温することによって,調理完成品として製造するのに適した断熱調理器具に関するものである。」(段落【0001】)イ 従来の技術「食物を調理加工するにあたって一般に電熱や直火によって加熱蒸煮するが,このような方法では,過熱により煮くずれを生じたり,焦げ付きを生じたり,あるいは加熱不足による仕上がりが不充分である等の不都合が生じる。このようなことにより適量の沸騰水または調味した沸騰煮汁中に所望の生野菜や,穀物を浸漬し,あるいは,半調理に加熱した状態とし,これを保温容器内に収納し,例えば一昼夜などの長時間保温することによって調理完成食品を得る方法が行なわれている。
そして,この種の調理に適した従来の断熱調理器具として図7の如き器具が用いられている。すなわち,この調理器具は,断熱容器1内に内鍋2が出し入れ自在に収納されてなるもので,この断熱容器1は,容器部3に蓋部4が密閉自在に取り付けられてなるものである。
容器部3は,略凹球状の底面を有する有底円筒状の内瓶5と,内瓶5よりも大径で内瓶5と略同形状の外瓶6とからなり,それぞれの口部を気密に接合してなる二重構造を有するものである。内瓶5と外瓶6との空隙は,真空にしたり,断熱材を充填した断熱部7を形成している。また,この容器部3の底面には底体8が,その側面には容器部把手9,9が取り付けられている。蓋部4は,中央部に蓋部把手10を有する略円盤状の上蓋体11と,同じく略円盤状の下蓋体12とから形成され,上蓋体11と下蓋体12とからなる空隙には断熱材が充填されている。
上記断熱容器1に収納される内鍋2について,図8を用いて説明する。
内鍋2は,内鍋容器部13,内鍋蓋部14および把手部15から概略構成されるものである。内鍋容器部13の口部には,この口部と同径で円盤状の内鍋蓋部14が載置されており,また,内鍋容器部13の外周壁に設けられた係止部16,16には,内鍋容器部13の口部と略同径の半円円弧状である把手部15の両端が回動自在に取り付けられている。」(段落【0002】〜【0005】)ウ 発明が解決しようとする課題「ところが,この従来の断熱調理器具において,把手部15は,通常では倒れた状態(すなわち,把手部15全体が,内鍋容器部13の口部上に載置された状態,もしくは口部より底面側にある状態)であることにより,内鍋2を,断熱容器1内に保温収納される場合に,把手部15が加熱されるため,持ち運び等のために持てなくなる場合があるといった問題点を有する。」(段落【0006】)エ 課題を解決するための手段「そこで,本発明においては,真空断熱構造よりなる外容器内に,出し入れ自在に内部容器を収納し,前記外容器の口部開口に断熱性の蓋部材を配してなるとともに,前記内部容器に,その端部が前記断熱性蓋部材の切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのびる把手部を設けることにより上記問題点を解決するようにした。」(段落【0007】)オ 作用「把手部末端に設けられた把手が,外容器外に設けられたことにより,保温中においても把手が加熱されることがない。また,内部容器に設けた把手は,断熱蓋部材の切欠部と外容器との間を挿通して外容器外に延出したので,蓋部材での気密性が保たれる。」(段落【0008】)カ 発明の効果「以上説明したように,本発明は,断熱構造よりなる外容器内に,出し入れ自在に内部容器を収納し,前記外容器の口部開口に断熱性の蓋部材を配してなるとともに,前記内部容器に,その端部が前記断熱性蓋部材の切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのびる把手部を設けてなることを特徴とする断熱調理器具であるので,把手部末端に設けられた把手が,断熱容器外にあることにより,保温中においても把手が加熱されることがない。従って,この断熱調理器具にて保温調理した後においても,把手を持って容易に内部容器を持ち運びすることができるという効果を有する。さらに,内部容器に設けた把手を,断熱蓋部材の切欠部と外容器との間を挿通して外容器外に延出したので,蓋部材での気密性が保たれ,保温性が効果的に保たれるといった効果を有するものである。」(段落【0023】)(2)上記(1)の記載によると,@従来,断熱調理器具(加熱により半調理した食物や,沸騰水に穀物を浸漬した状態で長時間保温することによって,調理完成品とする調理器具)においては,内鍋に設けられた把手部が,通常では倒れた状態であることにより,内鍋を断熱容器内に保温収納した場合に,把手部が加熱されるため,持ち運び等のために持てなくなる場合があるという問題点があったこと,A本件訂正発明は,「真空断熱構造よりなる外容器内に,出し入れ自在に内部容器を収納し,前記外容器の口部開口に断熱性の蓋部材を配してなるとともに,前記内部容器に,その端部が前記断熱性蓋部材の切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのびる把手部を設ける」ことにより,上記問題点を解決としたものであること,B本件訂正発明においては,把手が,断熱容器外にあることにより,保温中においても把手が加熱されることがなく,そのため,保温調理した後においても,把手を持って容易に内部容器を持ち運びすることができるという効果を有するとともに,内部容器に設けた把手を,断熱蓋部材の切欠部と外容器との間を挿通して外容器外に延出したので,蓋部材での気密性が保たれ,保温性が効果的に保たれるという効果を有すること,が認められる。
しかし,本件訂正発明においては,上記で認定したものを超える構成の特定はなく,上記Bの「蓋部材での気密性が保たれ,保温性が効果的に保たれる」という効果についても,どの程度気密性や保温性が保たれるかについて特定されているものではない。
3取消事由1(周知技術認定の誤り)について(1) 甲4,5,7につきア実開昭59-151515号公報(甲4)には,下記の図面で示される,「円筒状の外鍋(1)と,外鍋(1)内に収脱自在に設けられた内鍋(2)と,内鍋(2)を加熱するための,外鍋(1)内に固定したヒーター(4)と,外鍋(1)の外側壁に取り付けられた把手(7a)と,内鍋(2)の開口部を密閉する蓋(14)と,蓋(14)に設けられた蒸気弁(15)と,内鍋(2)から外鍋(1)の上部を通って,外鍋(1)外にのびる把手とを備える電気調理器」が記載されている。
イ実開昭59-119212号公報(甲5)には,下記の図面で示される,「円筒状の外枠1と,外枠1内に収脱自在に設けられた鍋7と,鍋7を加熱するための,外枠1内に固定した加熱盤6と,外枠1の外側壁に取付られた一対の第1の把手部材3と,鍋7の上面開口部を密閉する蓋8と,蓋8に設けた調圧弁9と,鍋7の外周上端部の対称位置に突設され,外枠1の上端部を通って,外枠1外にのびる第2の把手部材10とを備える煮炊装置」が記載されている。
ウ実開昭50-8191号公報(甲7[審決の参考b])には,下記の図面で示される,「バーナー2を有するコンロ部1と,コンロ部1上に載置した炊飯器ケース4と,炊飯器ケース4内の筒体8内に設けられた炊飯釜11と,炊飯釜11の開口鍔片12の下部より突設され,筒体8のフランジ10の上に載置され,炊飯器ケース4外にのびる取手13と,炊飯釜11の開口鍔片12上に置かれた内蓋14と,炊飯釜11の取手の上に置かれた外蓋15とを備える炊飯器」が記載されている。
( ) 上記( )ア〜ウの各文献によると,これらの各文献には,いずれも,外容器21の内部に内部容器を収納した調理器具が記載されているところ,これらの調理器具においては,内部容器に設けられた把手が外容器外にのばされている。
このうち,甲4と甲5の各調理器具では,内部容器の蓋体があるのみであって,内部容器に設けられた把手が外容器と蓋体との間を挿通しているということができない。したがって,審決が,甲4と甲5について,「また,甲第4号証及び甲第5号証‥には,外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けるに際して,外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点が記載されており」(6頁16行〜18行)と認定したことは誤りである。
これに対し,甲7には,外部容器の蓋体があり,内部容器に設けられた把手が外容器と蓋体との間を挿通しているということができる。この点について,原告は,甲7に記載のガス炊飯器においては,炊飯器ケース4と外蓋15とで閉空間が形成されるものではなく,炊飯器ケース4と外蓋15との間に大きな隙間を設けて該隙間から燃焼ガスを排出するものである,と主張する。しかし,甲7に記載のガス炊飯器においては,外蓋15があることにより,外蓋15と炊飯器ケース4によって閉空間が形成されるということができる。もっとも,甲7には「またバーナ2からの燃焼ガスは筒体8と炊飯釜11との間を通り,取手13によってできたフランジ10と開口鍔片12との間隙から外部へ排出する。」(3頁12行〜15行)との記載があるから,筒体8のフランジ10と炊飯釜11の開口鍔片12との間には間隙があることが認められるが,本件訂正発明においても,外容器の口部開口に配された断熱性の蓋部材には,把手部を挿通するための切欠部が存するから,外容器は完全な密閉された空間ではないし,前記2( )イのとおり,本件訂正2発明は,その気密性の程度が特定されているものではない。したがって,甲7に記載のガス炊飯器において,上記間隙があることによって,外容器が完全に密閉された空間でないとしても,その点を本件訂正発明との相違点ということはできない。
また,原告は,甲4,甲5及び甲7の外容器は,開口部に断熱性蓋部材が存在しないものであって,その内部に収納される内部容器の上縁は外部に露出しているものであるのに対し,閉空間という概念を導入するか否かにかかわらず,断熱調理器具の内容器は,断熱性外容器と断熱性蓋部材とで形成される閉空間内に収納することが必須であるから,甲4,甲5及び甲7に本件訂正発明の「外容器の内部に収納される内部容器」が存する旨の審決の認定は誤りであると主張する。しかし,上記( )ア〜ウの各文献の記載による1と,甲4,甲5及び甲7の各調理器具に「外容器の内部に収納される内部容器」が存することは明らかである。これらの調理器具に断熱性外容器や断熱性蓋部材が存しないとしても,それらは甲2発明に存するから,後記4のとおり,甲2発明と組み合わせることによって本件訂正発明を容易に発明することができたと認められるのであって,ここで,甲4,甲5及び甲7の各調理器具に断熱性外容器や断熱性蓋部材が存するかどうかは,審決の認定の当否を左右するものではない。
( )そうすると,外容器の内部に内部容器を収納した調理器具において,内3部容器に設けられた把手が外容器外にのばされている構成は,従来から周知であり,その把手が外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばされる構成のものも知られていたと認められる。
なお,原告は,甲2発明について,審決は,「…前記調理鍋に,断熱ポット内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」(5頁4行〜5行)と認定しているところ,「前記調理鍋に,断熱ポットと断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」と認定すべきであったと主張する。しかし,審決の上記認定が誤りであるとはいえないし,また,原告が主張するように認定したとしても,既に述べた判断を左右するものではない。
( )したがって,審決の「また,加熱源を備えた加熱調理器において,甲第44号証及び甲第5号証,並びに参考bに記載されるように,外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けること,…は,いずれも従来周知のことといえる。」(5頁26行〜30行)との認定に誤りはない。また,審決の「また,甲第4号証及び甲第5号証,並びに参考bには,外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けるに際して,外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点が記載されており,加熱源を備えた加熱調理器においてではあるが,このように,内部容器の把手を外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばすことは,従来周知のことといえる。」(6頁16行〜20行)との認定は,甲4と甲5については誤りであるが,甲7(参考b)については,甲7においてそのような構成が知られていたという限度で誤りではない。
以上のとおり,取消事由1は一部理由があり,その余の点は理由がないが,後記4のとおり,一部理由がある点は結論に影響を及ぼすものではない。
4 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について( )前記3のとおり,外容器の内部に内部容器を収納した調理器具におい1て,内部容器に設けられた把手が外容器外にのばされている構成は,従来から周知であり,その把手が外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばされる構成のものも知られていたと認められる。
もっとも,上記の構成を有する調理器具(甲4,5,7の調理器具)は,いずれも加熱源を備えたものであって,加熱源を有しない本件訂正発明の調理器具とは,この点が異なる。しかし,調理器具である点は共通している上,保温と加熱を一つの器具で行う装置は,実公昭35-15758号公報(甲6),実開昭57-176836号公報(乙5),実開昭60-151448号公報(乙6),特開昭61-268218号公報(乙7),実開昭64-23933号公報(乙8)に示されているとおり,古くから知られていたものである。
そして,上記の周知の構成(外容器の内部に内部容器を収納した調理器具において,内部容器に設けられた把手が外容器外にのばされている構成)を甲2発明に適用すると,把手が,断熱容器外にあることにより,保温中においても把手が加熱されることがなく,そのため,保温調理した後においても,把手を持って容易に内部容器を持ち運びすることができることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって,自明のことであると考えられる。
以上を総合すると,保温中においても把手が加熱されることがなく,そのため,保温調理した後においても,把手を持って容易に内部容器を持ち運びするという効果を得るために,上記の周知の構成(外容器の内部に内部容器を収納した調理器具において,内部容器に設けられた把手が外容器外にのばされている構成)を甲2発明に適用して,内部容器に設けられた把手を外容器外にのばすことは,当業者が容易に想到することができたものということができる。
原告は,加熱された食材の有する熱だけで調理を行う断熱調理器(本件訂正発明のもの)と,電気等の外部熱源を使用して調理を行う通常型調理器(甲4,5,7の調理器具)との違いについて主張するが,調理器具であるという点では共通するから,断熱調理器と通常型調理器に原告が主張するような違いがあることは,上記判断を左右するものではない。
原告は,審決取消訴訟の審理範囲は,審判で審理された刊行物との対比における進歩性の判断に限られるから,乙5〜8を提出して断熱保温と加熱保温とを併用する器具が周知である旨主張することは許されないと主張する。
しかし,乙5〜8は,断熱調理器と加熱源を備えた調理器具が同一の技術分野に属することを示す周知技術として提出されたものであって,上記のとおり,保温と加熱を一つの器具で行う装置は古くから知られていたとの周知技術が認められる。このような周知技術を考慮することは,審決で判断されていない無効原因について判断したものではなく,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁に反するものではない(実用新案登録無効の審決取消訴訟についてではあるが,審判の手続で審理判断されていた刊行物記載の考案のもつ意義を明らかにするため,審判の手続に現れていなかった資料に基づき当該実用新案登録出願当時における当業者の技術常識を認定することは許される,とした最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照)。
原告は,乙5〜8は,いずれも加熱源を有する器具であって断熱によって調理を完成させる器具ではないとも主張するが,そうであるとしても,保温と加熱を一つの器具で行う装置が存することは,上記のとおり,加熱源を有する調理器具に見られる周知の構成を,保温によって調理を完成させる調理器具である甲2発明に適用することができる事情と解することができる。
原告は,甲7のような加熱調理器具において,取手13を炊飯器ケース4の内側に収納すると,取手は燃焼ガスによって数百度にも達し危険であるばかりでなく製品としての耐久性も問題となるので,取手を炊飯器ケースの内側に収納することなく,炊飯器ケースの外部にのばしている,と主張する。
しかし,甲7の調理器具において,取手13が炊飯器ケース4の内側に収納されていない理由が上記のとおりであるとしても,甲7の調理器具から,当業者は,保温中においても把手が加熱されることがなく,保温調理した後においても把手を持って容易に内部容器を持ち運びするという効果を得るために,甲7の調理器具に見られる構成を甲2発明に適用する動機が存するというべきであり,この判断が,甲7の調理器具において取手13が炊飯器ケース4の内側に収納されていない理由によって左右されることはない。
( ) また甲2発明において,内部容器に設けられた把手を外容器外にのばすこ2ととすると,外容器又は断熱性の蓋部材を挿通することが必要になるが,その場合,切欠部を設けて挿通することは,当業者がまず想起することであると考えられる。また,切欠部を設けて挿通する場合に,外容器に切欠部を設けるか,断熱性の蓋部材に切欠部を設けるかは,二者択一であって,当業者が,製造の容易性等を勘案して,適宜決定することができると考えられる。
さらに,上記のとおり,外容器の内部に内部容器を収納した調理器具において,内部容器に設けられた把手を外容器外にのばすに際して,その把手を外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばす構成のもの(甲7)も知られていたのである。これらのことからすると,甲2発明の断熱調理器具において,外容器外にのびる把手部を設けるに際して,断熱性蓋部材に切欠部を設け,把手部を該切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのばすことは,単なる設計事項というべきものであって,当業者は,容易に想到することができたものということができる。
審決が,「更に,一般に,部材間に細長状の部材を挿通するに際して,当該部材に挿通用の切欠を設けることも,従来周知のことである。」(6頁21行〜22行)と認定し,「したがって,甲第2号証発明の断熱調理器具において,外容器外にのびる把手部を設けるに際して,製造の容易性等を勘案して,二者択一的に,真空断熱構造よりなる外容器ではなく,断熱性蓋部材に切欠部を設け,把手部を該切欠部と外容器間を挿通して外容器外にのばすことは,単なる設計事項ということができる。」(6頁23行〜27行)と判断したことに誤りはない。したがって,この審決の認定が,職務懈怠であるとか,審理不尽の違法があるということはできない。
原告は,上記の審決の二者択一との認定を争い,外容器と蓋部材との間に弾性部材を介在させることでも十分対応可能であると主張する。しかし,審決は,甲2発明の断熱調理器具において,外容器外にのびる把手部を設けるに際して,切欠部を外容器に設けるか断熱性蓋部材に設けるかは二者択一であると認定しているのであって,その認定には,上記のとおり誤りはない。
原告が主張する「外容器と蓋部材との間に弾性部材を介在させる」方法は,切欠部を設ける方法ではないから,そのような方法があるとしても,審決の二者択一であるとの上記認定を左右するものではない。
( )そして本件訂正発明の効果のうち,把手が,断熱容器外にあることによ3り,保温中においても把手が加熱されることがなく,そのため,保温調理した後においても,把手を持って容易に内部容器を持ち運びすることができるという効果が,容易に予想される効果であることは,すでに述べたところから明らかである。
また,本件訂正発明の効果のうち,内部容器に設けた把手を,断熱蓋部材の切欠部と外容器との間を挿通して外容器外に延出したので,蓋部材での気密性が保たれ,保温性が効果的に保たれるという効果についても,前記2( )のとおり,本件訂正発明は,気密性や保温性の程度が特定されているも2のではなく,外容器の開口部を閉塞する断熱性蓋部材に切欠部を設けて,その切欠部から内部容器の把持部を外容器外に出した場合,そうでない場合よりも断熱性能が低下する可能性はあるが,断熱性能がなくなるわけではなく,相当程度の断熱性能を保持することは,当業者が容易に予測し得るから,容易に予想され得る効果であるということができる。
原告は,「内部容器の把手を,断熱構造の外容器と断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間から外部へ延出させることは,断熱調理器にとってもっとも重視されるべき断熱性能の低下を来たすこととなり,断熱容器の属する技術分野の当業者にとってはきわめて大きな障害となるものである」旨及び「本件訂正発明の発明者は幾度もの試行を行った後,真空断熱構造よりなる外容器の開口部を閉塞する断熱性蓋部材に切欠部を設けて,その切欠部から内部容器の把持部を外容器外に出したところ,意外にも断熱性能の低下は僅少であるとの知見を得るに至ったのであり,本件訂正発明の着想は当業者にとっても意外であった上記の知見に大きく依存する」旨を主張する。しかし,本件訂正発明の気密性及び保温性に関する効果が容易に予想され得る効果であることは,上記のとおりであって,阻害要因が存したということはできず,原告の上記主張は,本件訂正発明に進歩性が存したことを根拠付けるものではない。
また,原告は,数%の性能差が商品力に大きな影響を及ぼし,販売量を左右するという企業活動の実態があるとも主張するが,上記のとおり,外容器の開口部を閉塞する断熱性蓋部材に切欠部を設けて,その切欠部から内部容器の把持部を外容器外に出す構成を採る場合にも,相当程度の断熱性能を保持することは,当業者が容易に予測し得るところであって,商品力に大きな影響を及ぼすほどの性能差が生じることを予想するというべき具体的な根拠も認められないから,原告が主張する企業活動の実態は,本件訂正発明に進歩性が存することを根拠付けるものではない。
さらに,原告は,本件訂正発明に係る商品の商業的成功についても主張するが,商業的成功は,本件特許以外の関連特許や広告宣伝力,販売力などいろいろな要因に起因するものであるから,本件訂正発明に係る商品について商業的に成功したからといって,本件訂正発明に直ちに進歩性を認めることができる事情となるものではない。
( )なお,原告は,甲2発明について,審決は「前記調理鍋に,断熱ポット4内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」(5頁4行〜5行)と認定しているところ,「前記調理鍋に,断熱ポットと断熱材を詰めた蓋とで形成される閉空間内に収納される起伏自在の取手を設けてなる」と認定すべきであったと主張する。しかし,これまで説示してきたところによると,審決の上記認定が誤りであるとはいえないし,また,原告が主張するように認定したとしても,既に述べた判断を何ら左右するものではない。
また,原告の他の主張が認められないことは,既に述べたところから明らかである。
( )以上によると,本件訂正発明は,甲2発明及び周知技術に基づいて,当5業者が容易に発明することができたものと認められる。その旨の審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。
なお,審決が,甲4と甲5について,「また,甲第4号証及び甲第5号証‥には,外容器の内部に収納される内部容器に,外容器外にのびる把手を設けるに際して,外容器と蓋体との間を挿通して外容器外にのばした点が記載されており」(6頁16行〜18行)と認定したことは,前記3のとおり誤りであるが,上記のとおり,この認定を用いることなく,本件訂正発明について当業者が容易に発明することができたと認められるから,この認定の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
5結論以上のとおり,原告主張の取消事由はすべて理由がないから,原告の請求はこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 澁谷勝海