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関連審決 不服2006-21378
関連ワード 発明者 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  発明特定事項 /  相違点の認定 /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  混同 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10015号 審決取消請求事件
原告X
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人津田俊明,尾崎俊彦,山本章裕,森山啓
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/09/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1原告の求めた裁判「特許庁が不服2006-21378号事件について平成18年12月5日にした審決を取り消す。」との判決。
第2事案の概要本件は,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)原告は,平成16年11月24日,名称を「住宅地図」とする発明につき,特許出願(以下「本件出願」という。)をした。
(2)原告は,平成18年7月31日付けで,本件出願につき拒絶査定を受けたので,同年8月28日,拒絶査定不服の審判を請求した(不服2006-21378号事件として係属)。
(3)特許庁は,同年12月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月23日,その謄本を原告に送達した。
2本願発明の要旨審決が対象としたのは,平成18年3月6日付け手続補正書(甲6)により補正された請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)であり,その要旨は次のとおりである。
「【請求項1】住宅地図上における一般住宅の表示において,一般住宅の家形枠とともに,該枠中に,住民名の表示を行わず住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番のみを表示した特徴を保持して,紙にあるいは当該表示を保持するよう電子的記録媒体に記録された住宅地図」3審決の理由の要旨審決は,本願発明は下記引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。),下記引用例2記載の技術及び周知事実に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本件出願は拒絶を免れないとした。
引用例1特開平10-123942号公報(甲2)引用例2特開平5-313566号公報(甲3)審決の理由中,引用例1の記載事項及び引用発明の認定,本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定並びに相違点についての判断及び本願発明の進歩性の判断の部分は,以下のとおりである(符号を改めた部分及び略称を本判決が指定したものに改めた部分がある。なお,審決が後記のとおり使用する「住所特定番号」との略語については,原告が略語としての適切さを欠く旨主張していることにかんがみ,本判決では,当該略語を,審決を引用する場合においてのみ使用し,その余の箇所においては使用しないこととする。)。
(1)引用例1の記載事項引用例1には,以下のア〜ウの記載が図示とともにある。
ア「住宅地図において,検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住居及び建物について居住人氏名や建物名称の記載を省略し住所の番地及び号のみを記載して地図を構成し,該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し,付属として索引欄を設け,該索引欄に前記地図に記載の全ての住居建物の所在する丁目及び番地を前記地図上における前記住居建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載したことを特徴とする住居地図。」(【請求項1】)イ「図3に示すように,第6区画は,左方にこの辺一帯の地名である「丙原」の字名(あざな)6が記載されている。そして,やや右方に集中して,住宅その他の建造物(以下,これらを建物という)が,ポリゴンで表され,公共施設の「○×公民館」の記載7の他には,一般住居及び建物について居住人氏名や建物名称の記載が省略されている。建物には黒点が打たれて単に番地のみが付記されている。この黒点はコンピュータ内部でポリゴンデータを属性によって管理する為に付されている。」(段落【0019】)ウ「同図に示す第6区画では,30,32,33,35,52,53-1,55,56,57,60,61,64,65,66,69,70,1539,1539ー2,1804,1808,1812,1813-1,1813-2,1814,1821-3,1821-2の番号(番地)が順不同に散在して記載されている。」(段落【0020】)(2)引用発明の認定引用例1の記載イ及び添付図面によれば,記載アの「住居及び建物」はポリゴンで表示されている。
記載アには「住宅地図」及び「住居地図」の用語が混用されているが,これらが異なる意味であると認めることはできず,以下では「住宅地図」との用語に統一する。
したがって,引用例1には次のような発明(引用発明)が記載されていると認めることができる。
「住居及び建物をポリゴンで表示した住宅地図において,検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住居及び建物について居住人氏名や建物名称の記載を省略し住所の番地及び号のみを記載して地図を構成し,該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し,付属として索引欄を設け,該索引欄に前記地図に記載の全ての住居建物の所在する丁目及び番地を前記地図上における前記住居建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載した住宅地図。」(3)本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定本願発明における「一般住宅」の具体的定義について,その文言のみからは不明確である。
そこで,発明の詳細な説明参酌するに,「一般住宅とは,一般の住民が寝食を行う住宅を指し,官公庁,公共建物・施設,企業の社屋・工場屋,ビル・マンション・アパート等の建物,店舗等を除く。」(段落【0009】)とされており,マンション・アパート等が除かれているから,いわゆる一般人の居住用戸建て住宅を指すものと解される。他方,引用発明の「一般住居及び建物」は「検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く」とされており,一般人の居住用戸建て住宅は「検索の目安となる公共施設や著名ビル等」に該当しないと考えられるから,本願発明の「一般住宅」は引用発明の「一般住居及び建物」に包含される。もっとも,上記段落【0009】の「店舗等を除く」が店舗付き住宅まで除く趣旨なのかどうか不明確であるけれども,除く趣旨であっても含む趣旨であっても,本願発明の「一般住宅」が引用発明の「一般住居及び建物」に包含されることには変わりはない。
引用発明の「ポリゴン」は「住居及び建物」を表示するものであり,「住居及び建物」は「一般住宅」を包含するから,一般住宅を表示するポリゴンは本願発明の「一般住宅の家形枠」と異ならない。
本願発明は「該枠中に,住民名の表示を行わず住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番のみを表示した特徴を保持」と限定しており,これを文言どおり解釈すれば,住民名の表示を家形枠中に表示しないことは限定されているものの,家形枠外にも表示しないことまでは限定されていない。しかし,発明の詳細な説明には「一般住宅の家形枠と共に,該枠中に住居番号等を記載し,住民名表示を行わない。」(段落【0009】)及び「一般住宅の住民名表示を行わないから,住民名は地図上では確認できない。」(段落【0014】)等の記載があるから,住民名は家形枠外にも表示されないと解するのが相当である。少なくとも,文言上も,本願発明は,家形枠内外を問わず,一般住宅の住民名表示を行わない住宅地図を包含しており,以下ではそのような住宅地図に限定して検討をすすめる。
引用発明の「住所の番地及び号」と本願発明の「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」は,住所を特定するための番号(以下「住所特定番号」という。)である点で一致し,上記説示によれば,本願発明でいう「一般住宅」を対象とした場合,住所特定番号のみを表示する(住民名の表示を行わない。)住宅地図である点において,本願発明と引用発明は一致する。
この点請求人は,「本願発明においては,一般住民名のみが省略される。この構成により,著名ビルに該当しないごく普通の企業の事務所や店舗を探すニーズに対応できる,ごく普通のアパート・共同住宅に居住している住民の探索を容易にする,また,ごく普通の企業の事務所・店舗の店構えや看板が目印となって現地における目標の探索を容易にし迅速・容易に目標に辿りつけるなど,引用発明が果たせない効果を可能にしている。」(審判請求書4頁21〜26行)と主張するが,本願の【請求項1】には,一般住宅以外の表示をどのようにするかについては何ら限定されていないのだから,本願発明の要旨に基づく主張ではなく,採用することができない。百歩譲って,請求人の主張する趣旨であるとしても(その場合,一般住宅以外は必ず住民名等の表示を行うのか,「検索の目安となる公共施設や著名ビル等」のみ住民名等の表示を行うのかが相違点となる。),どの建物に住民名等の表示を行うかは,地図の見易さと情報量との兼ね合いで適宜決定すべき設計事項にすぎないから,進歩性を左右するほどの相違点にはならないことを付記しておく。
そして,住宅地図に限らず,一般に地図は紙に記録するか,又は電子的記録媒体に記録するものであるから,「紙にあるいは当該表示を保持するよう電子的記録媒体に記録された」との事項は本願発明と引用発明の相違点にはならない。
したがって,本願発明と引用発明とは,「住宅地図上における一般住宅の表示において,一般住宅の家形枠とともに,住民名の表示を行わず住所特定番号のみを表示した特徴を保持して,紙にあるいは当該表示を保持するよう電子的記録媒体に記録された住宅地図」である点で一致し,以下の各点で相違する。
〈相違点1〉「住所特定番号」表示箇所につき,本願発明が「該枠中」すなわち家形枠中と限定しているのに対し,引用発明はかかる限定を付していない点。
〈相違点2〉「住所特定番号」につき,本願発明が「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」としているのに対し,引用発明は「住所の番地及び号」としている点。
(4)相違点についての判断及び本願発明の進歩性の判断ア相違点1について引用例1の【図2】,【図3】及び【図5】によれば,住所特定番号が家形枠中に収まっている場合と,家形枠からはみ出ている場合がある。また,これら図においては,住所特定番号が横書きで記入されている。
ところで,家形枠の横幅が狭い場合,横書きで住所特定番号を表示するに当たっては,住所特定番号を小さくして家形枠内に収めるか,又は家形枠からはみ出して表示することが考えられる。また,本件出願当時,例えばマイクロソフト社開発に係る表計算ソフト「エクセル」にあっても,セル(枠の一種である。)内に,文字を収める(字を縮小する。)こととセルからはみ出すことが選択可能となっており,枠中に文字を表示することは周知であると認める。
加えて,引用例2に「家屋番号付与結果をプロッタにより図3のように出図する(ステップS5)。・・・図3の出図結果をもとにオペレータは家屋に割り付けられた番号を見ながら,その番号に対応する住所,氏名等の情報(属性情報)を別途コンピュータに入力する(ステップS6)。・・・白地図を住宅地図として完成させるため・・・家屋内に図4のように文字を配置させる。」(段落【0013】〜【0016】)との記載があり,「家屋に割り付けられた番号」(【図3】)及び「文字」(【図4】)が家屋内(本願発明でいう「家形枠中」に同じ。)に表示されている。引用例2【図4】において,家形枠中に表示されるものは「住所特定番号」ではないけれども,引用発明において家形枠と対応させて表示すべきは「住所特定番号」なのだから,上記周知技術を併せ考慮するならば,引用発明における住所特定番号表示箇所を家形枠中とすること,すなわち相違点1に係る本願発明の発明特定事項を採用する程度のことは設計事項というべきである。
イ相違点2について請求人は,「引用発明は,我が国の住所の仕組みに適応していない。「住居表示に関する法律」の存在さえ把握されていない。住居番号の制度が施行されている地域では,地番(番地・号)ではなく街区・住居番号が用いられているから,図面(図2,3,5)のようにはならない。本願発明は,「住居表示に関する法律」が全国に敷衍され,住居番号の制度が我が国に広く浸透していることを承知しているから,「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」という用語を使用するとともに,住居番号の制度が施行されている所,そうでない所への適応を踏まえ,有効性を証明・開示している。」(審判請求書5頁6行〜13行)と主張している。
本願発明及び引用発明に共通して,「住所特定番号」は個々の一般住宅を特定し,他と区別するため,特に隣接する住宅と区別するための番号である。そして,個々の住宅所在地は,住所を表す文字・数字の末端部分(通常は数字である。)によって,隣接住宅と区別される(隣接住宅が同一番号の場合もあるが。)ものであり,隣接住宅を含めた同一区画内の住宅群は,住所を表す文字・数字の末端部分以外が共通であり,この共通部分を家形枠と対応づけて表示する必要はない(実際,多くの地図において,丁目と番地まで表示する場合に,丁目までは個々の区画以外に表示し,個々の区画には番地のみ表示していることからも明らかである。)。
そうである以上,引用発明においても,個々の家形枠と対応づけて表示するものを住所を表す文字・数字の末端部分,具体的には「住居表示に関する法律」に沿うように「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」とする(さらに具体的には,住居番号制度が施行されている地域では住居番号とし,同制度が施行されていない地域では「地番あるいは地番の枝番」とする。)こと,換言すれば相違点2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは設計事項というべきである。
ウ本願発明の進歩性の判断以上述べたとおり,相違点1,2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは設計事項であり,これら発明特定事項を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって,本願発明は引用発明,引用例2記載の技術及び周知事実に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(5)審決の「むすび」本願発明が特許を受けることができない以上,本願は拒絶を免れない。
第3当事者の主張の要点1原告主張の審決取消事由の要点(1)取消事由1(引用発明の認定の誤り)審決は,引用発明を,「住居及び建物をポリゴンで表示した住宅地図において,検索の目安となる・・・」と認定したが,以下のとおり,この認定は誤りである。
ア引用例1に記載された請求項1には,「住宅地図において,検索の目安となる・・・」と記載されているのみであり,審決の認定は,同請求項が意味するところと異なっている。
イ「住宅地図」とは,「建物名や建物ごとの居住者名を記載した地図」であるから,審決が認定したような「住居及び建物をポリゴンで表示した」地図は,「住宅地図」ではない。
なお,被告は,仮に「住宅地図」が「建物名や建物ごとの居住者名を記載した地図」であるとするならば,本願発明は,もはや「住宅地図」ではないことになる旨主張するが,本願発明においては,一般住宅以外のすべての建物にその名称等が記載されるのであるから,住宅地図としての概念上の本質部分を失っていないほか,住所を探すこと,現地で容易に目標にたどり着くこと,企業等にとっての宣伝・広告効果,大縮尺の地図として詳細な情報を盛り込むことができること,位置や距離を測定する上での精度が高いことなどの住宅地図としての機能上の本質を失っておらず,したがって,本願発明は,「住宅地図」に該当するものである。また,被告が援用する特開2002-202144号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)は,「住宅地図」の厳格な定義付けを行っているものではないし,同公報に記載された内容が共通認識であるという証拠もない。
(2)取消事由2(相違点の認定の誤り)本願発明と引用発明の相違点として,以下のとおり,「本願発明が,一般住宅以外の建物について,建物名,居住者名を表示しているのに対し,引用発明は,一般住宅以外の建物について,公共施設や著名ビル等のみに限定して建物名,居住者名を表示している点。」(以下「原告主張相違点」という。)が認定されるべきであるのに,審決は,この点の認定を看過したものであり,誤りである。
ア審決は,「本願の【請求項1】には,一般住宅以外の表示をどのようにするかについては何ら限定されていない」と説示するが,本件出願に係る平成18年3月6日付け手続補正書による補正後の明細書(甲1,6。以下「本願明細書」という。)の記載及び図面を参酌すれば,本願発明が「一般住宅以外の建物名を表示する」との態度で一貫していることは明らかである。
イまた,引用発明においては,「建物名や建物ごとの居住者名を記載している地図」である従来の住宅地図と比較して,建物名や居住者名を「表示する建物は何か」との視点に立ってその請求項1が記述されているのに対し,本願発明においては,そのような従来の住宅地図と比較して,建物名や居住者名を「表示しない建物は何か」との視点に立ってその請求項1が記述されているのであるから,一般住宅以外の建物について建物名が表示されることについては,本願発明の要旨に十分に表現されているといえる。
なお,本願発明が「住宅地図」に該当すること及び乙1公報の問題点については,上記(1)イにおいて主張したとおりである。
ウそして,引用発明においては,公共施設や著名ビル等を除く一般住宅以外の建物の建物名,居住者名が表示されないのであるから,本願発明と引用発明との対比の結果,上記のとおりの原告主張相違点が認定されるべきである。
(3)取消事由3(原告主張相違点についての判断の誤り)審決は,仮に原告主張相違点が本願発明と引用発明との相違点となる場合であっても,「どの建物に住民名等の表示を行うかは,地図の見易さと情報量との兼ね合いで適宜決定すべき設計事項にすぎないから,進歩性を左右するほどの相違点にはならない」と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
ア引用発明は,机上(地図上やコンピュータ画面上)で検索の役に立てばよいものであるのに対し,本願発明は,「ごく普通の企業の事務所・店舗を探すニーズに対応することができる,ごく普通のアパート・共同住宅に居住している住民の探索を容易にする,ごく普通の企業の事務所・店舗の店構えや看板が目印となって現地における目標の探索を容易にし,迅速・容易に目標にたどり着ける」などの作用・効果を奏するものであり,住所を訪ねる現場において役に立たなければならないものである。
したがって,引用発明においては,公共施設や著名ビル等以外の建物名・住民名は検索に妨害的に働くとみられるのに対し,本願発明においては,現場で目標や現在位置などを判断できるものとして,棟名(棟番号),マンション・アパート名等が価値の高い要素となる。
なお,被告は,引用例1の【請求項1】にいう「公共施設」や「著名ビル」は例示であるから,引用発明においては,「検索の目安となる」建物については,居住人名や建物名称の記載が省略されないと解すべきである旨主張するが,同請求項にいう「検索の目安となる」は,「公共施設や著名ビル等」にかかる「まくらことば」であり,上記のように解するのは相当でない。現に,引用例1の【図2】,【図3】及び【図5】に記載された建物名称は,「○×公民館」のみであり,著名ビルの名称の記載さえない。
また,被告は,引用例1の記載によれば,引用発明は,現地において目的地の探索に使用されることをも意図したものである旨主張する。確かに,地図である以上,現地で使用することはできるが,問題は,その適応度(有効性)であり,引用例1からは,引用発明が現場での探索に配慮しているということはできない。
イそもそも,本願発明も引用発明も,「地図の見易さと情報量との兼ね合い」を第一に考えた適宜の選択などしておらず,各目的に照らし,「地図の見易さと情報量」に問題があれば,適正な縮尺(引用発明は約1/5000を,本願発明は約1/3000を,それぞれ適当と考察している。)を選択しているのである。
ウ以上からすると,「どの建物に住民名等の表示を行うか」は,解決すべき課題の設定,解決手段の構成(建物名や居住者名の持つ情報価値の認識,当該価値認識に基づく地図上に表現すべき情報の選択等)における発明者の意思(思想)によって決定されるものであり,「地図の見易さと情報量との兼ね合いで適宜決定すべき設計事項」などではない。そして,従来の住宅地図においては,ユーザーの多様な要請にこたえるために,すべての建物について建物名や居住者名が必要とされていたところ,本願発明は,一般住宅については,現地で目標を探索する上でその住民名をほとんど必要としないことや,当該住民のプライバシーを考慮して,住民名の表示をしないことにし,これを住居番号又は地番若しくはその枝番(住所中の末端の番号。以下「住所末端番号」という。)に置き換えることにしたものであり,このような誰も想到しなかった点を採用して住宅地図としたところに,本願発明の進歩性が認められるのである。
エまた,引用発明の上記目的に照らせば,引用発明からは,本願発明における「公共施設や著名ビル等に該当しない建物・店舗名にも大いに価値がある」とする思想が生まれる余地はなく,両者の間には,相容れない隔たりがあるといえる。
オ被告は,実際の現場において目的の建物を探索する上で必要な建物名称等は,地図の縮尺,建物の多さ,道路の複雑さなどにより変化するのであるから,地図上のどの建物についてその名称等を表示するかは,これらの各条件を考慮して決定すべきことである旨主張するが,実際の現場において目的の建物を探索する上で必要なことは,千差万別の目的を持つユーザーの需要にこたえ得る目印的なものの存在であるから,住宅地図においては,特定の種類の建物に限定しないで建物名を表示することが重要となるのであって,建物名を表示すべき建物が,地図の縮尺,建物の多さ,道路の複雑さなどにより変化することはないし,どの建物についてその名称を表示するかは,これらの各条件を考慮して決定すべきことではない。
(4)取消事由4(相違点1についての判断の誤り)審決は,相違点1について,マイクロソフト社開発に係る表計算ソフト「エクセル」の例を挙げて「本件出願当時,・・・枠中に文字を表示することは周知であると認める。」とした上,「引用例2に『家屋番号付与結果をプロッタにより図3のように出図する・・・。』・・・『家屋に割り付けられた番号』(【図3】)及び『文字』(【図4】)が家屋内(本願発明でいう『家形枠中』に同じ。)に表示されている。引用例2【図4】において,家形枠中に表示されるものは『住所特定番号』ではないけれども,引用発明において家形枠と対応させて表示すべきは『住所特定番号』なのだから,上記周知技術を併せ考慮するならば,引用発明における住所特定番号表示箇所を家形枠中とすること,すなわち相違点1に係る本願発明の発明特定事項を採用する程度のことは設計事項というべきである。」と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
ア引用発明においては,住所を特定するための番号(住所中の番地及び号。以下「住所特定番地等」という。)が最大で8文字程度となるため,「迅速に住所を探すために縮尺を小さくする」,「ポリゴンの中に黒点を打つ」という引用発明の構成を維持するとなると,住所特定番地等の文字数が少ない場合を除き,家形枠の中に住所特定番地等を収めないで表示するという選択をせざるを得ない。これは,被告が主張するように,建物の見やすさ,番号の見やすさなどの各種条件を勘案した結果ではなく,引用発明における縮尺の選択と,住所特定番地等を表示するという構成を採用したことから生ずる必然の結果であるが,引用発明の課題(縮尺の圧縮)に照らすと,引用発明においては,縮尺を大きくすることにより住所特定番地等を家形枠内に収めるということは不可能である。
これに対し,本願発明においては,住所を特定するための番号である住所末端番号が最大でも4文字となるため,住所末端番号を家形枠の中に収めて表示することが容易である。
イそうすると,引用発明においては,住所特定番地等が,これが付される家形枠,隣接する家形枠,道路等の図形と重なり合い,文字データが図形データを妨害することになる(特に,一般住宅については,建物が密集していることは普通にあることであるから,その場合には,重なり合いの度合いは極めて大きくなる。)。
これは,現地で居住者を訪ねる際などには,極めて好ましくないことである。
これに対し,本願発明においては,このように文字データが図形データを妨害することはないから,地図上に各種情報を盛り込むことができるほか,現地の実相を描くことの容易さ,地図全体の見やすさ,電子地図への加工の容易さが生み出される。
このように,本願発明と引用発明には,作用・効果上の大きな差異があるところ,これは,引用発明において,住所特定番地等を家形枠に収められないこと(元を正せば,家形枠に表示する番号が住所特定番地等であること)に由来するものである。
また,文字と図形が随所において重なり合う引用発明を,当業者が「現地で使用する住宅地図」に好んで適用するとは考えられない。
ウさらに,審決は,上記のとおり,引用例2について,「家形枠中に表示されるものは『住所特定番号』ではない」と認定しているにもかかわらず,同引用例において「住所特定番号」でない数字(せいぜい1桁か2桁のもの)が家形枠に収まっていることから当然のように,「住所特定番号」(引用発明においては,最大で8文字程度のもの)についても,これを家形枠内に収めることが容易であるとの結論を導いてしまっている。
エ以上からすると,審決が判断したように,相違点1に係る本願発明の発明特定事項を引用発明に採用することが設計事項であるということはできない。
(5)取消事由5(相違点2についての判断の誤り)審決は,相違点2について,「個々の住宅所在地は,住所を表す文字・数字の末端部分・・・によって,隣接住宅と区別される・・・ものであり,・・・この共通部分を家形枠と対応づけて表示する必要はない」,「そうである以上,引用発明においても,個々の家形枠と対応づけて表示するものを住所を表す文字・数字の末端部分,具体的には『住居表示に関する法律』に沿うように『住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番』とする(さらに具体的には,住居番号制度が施行されている地域では住居番号とし,同制度が施行されていない地域では『地番あるいは地番の枝番』とする。)こと,換言すれば相違点2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは設計事項というべきである。」と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
ア引用発明において採用されている住所特定番地等は,番地のみの場合は番地のみ,番地と号又は枝番がある場合は番地と号又は枝番をそれぞれハイフンでつないだものである。これを,住居表示に関する法律(昭和37年法律第119号)の施行区域(以下「法施行区域」という。)についてみると,引用発明の構成では,例えば,街区2番に所在する建物のすべてに「2-1」,「2-2」,「2-3」等の共通の数字(この例では「2」)を含んだ番号が付されることとなる。
これに対し,本願発明において採用されている住所末端番号は,住所を特定するための番号の末端部分である。これを,法施行区域についてみると,本願発明の構成では,上記の例によれば,街区2番に所在する建物に「1」,「2」,「3」等の末端の数字のみが付され,共通の数字は付されないことになるから,本願発明の構成を採用するに当たっては,上記共通の数字によって表される街区を他の街区と区別するための仕組みが必要となる。
ところが,引用例1は,そのような仕組みについて,何ら開示も示唆もしていない(むしろ,引用発明においては,迅速な検索のために,共通の数字をすべての建物に付すほうがよいと考えられる。)。その意味で,引用発明は,我が国の住居表示の仕組み,特に,法施行区域における住居表示の仕組みに対応することができる構造・機能を有しないものである。
さらに,引用発明においては,迅速な検索を図るため,地図を区画化し索引を設ける構成が採用されているところ,法施行区域は,統一性と規則性のある区画化が図られており,同区域においては,町(丁目)から街区,住居番号の順にたどれば,容易に目標にたどり着けるのであるから,同区域について,町(丁目)や街区の区分けと一致しない地図の区画を設けることは,無価値又は無駄な浪費にすぎない。
逆にいえば,法施行区域について,引用発明に本願発明の構成(街区を共通化し,建物には住所末端番号のみを付すこと)を適用すると,引用発明における地図の区画化及び索引の存在意義が失われてしまうことになり,大きな矛盾を抱えることになる。
イ法施行区域は,全国にごく普通に存在するものであるから,これに対応するためには,本願発明の構成のように家形枠に住所末端番号を付す対応が適切であるといえる。
ウ以上からすると,審決が判断したように,相違点2に係る本願発明の発明特定事項を採用することが設計事項であるということはできない。
2被告の反論の要点(1)取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対しア審決は,引用発明を認定するに当たり,引用例1の全体を見た上,同引用例に記載されている技術事項(発明)を認定したものであるところ,特に,同引用例には,【図3】に示された「住宅地図」の「住宅その他の建造物」が「ポリゴン」で表されていることが記載されている。
イまた,仮に,「住宅地図」の定義が,原告の主張するとおり「建物名や建物ごとの居住者名を記載した地図」であるとするならば,「一般住宅」について居住者名の表示を行わない本願発明や引用発明は,もはや「住宅地図」ではないことになるが,本願明細書においても,引用例1においても,これらの地図を「住宅地図」と呼称している。加えて,乙1公報において,「住宅地図は,地上建造物等の外形を表す図形及び,道路名称等が表示される市街図である。」と記載されていることをも併せ考慮すると,「住宅地図」が,すべての建物に建物名,居住者名が表示されている地図を一義的に意味するとはいえない。
ウ以上のとおりであるから,審決が,引用発明について,「住居及び建物をポリゴンで表示した住宅地図において,検索の目安となる・・・」と認定したことに誤りはない。
(2)取消事由2(相違点の認定の誤り)に対しア原告は,本願明細書の記載及び図面を参酌すれば,本願発明が「一般住宅以外の建物名を表示する」との態度で一貫していることは明らかであると主張するが,本願発明の認定は,特許請求の範囲の請求項の記載に基づいて行うべきものであって,請求項に記載のない事項は,たとえ明細書の発明の詳細な説明や図面に記載されていても,原則として,これを参酌することは許されず,その参酌が許されるのは,請求項に記載された発明を特定するための事項の意味内容をその文言のみでは明確に把握できないなどの特段の事情がある場合のみである。
そして,本願発明の要旨には,「一般住宅」の表示の仕方が特定されているだけで,一般住宅以外の建物の表示については何ら記載されていないのであるから,審決が「本願の【請求項1】には,一般住宅以外の表示をどのようにするかについては何ら限定されていない」と説示したことに誤りはない。
イまた,「住宅地図」が,すべての建物に建物名,居住者名が表示されている地図を一義的に意味するといえないことは,上記(1)イのとおりであるから,従来の住宅地図との比較に基づき,本願発明の要旨に一般住宅以外の建物について建物名が表示されることが十分に表現されているとの原告の主張は,失当である。
ウ以上のとおり,本願発明における「一般住宅以外の表示」についての審決の説示は妥当であるから,本願発明と引用発明とを対比しても,原告主張相違点を認定することはできず,したがって,審決に同相違点の認定を看過した誤りはない。
(3)取消事由3(原告主張相違点についての判断の誤り)に対しア引用例1の【請求項1】には,居住人名や建物名称の記載を省略する建物として,「検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住居及び建物」と記載されているところ,ここでいう「公共施設」や「著名ビル」は例示であるから,引用発明においては,「検索の目安となる」建物については,居住人名や建物名称の記載が省略されないと解すべきである。
イまた,引用例1の記載によれば,引用発明は,現地において目的地の探索に使用されることをも意図したものであるということができるところ,実際の現場において目的の建物を探索する上で必要な建物名称等は,地図の縮尺,建物の多さ,道路の複雑さなどにより変化するのであるから,地図上のどの建物についてその名称等を表示するかは,これらの各条件を考慮して決定すべきことである。
ウそうすると,一般住宅以外の建物のすべてに対して建物名を表示するか,必要な建物にのみ建物名を表示するかは,上記用途要請に応じて適宜に設定すべき設計事項であるといえるから,「どの建物に住民名等の表示を行うかは,地図の見易さと情報量との兼ね合いで適宜決定すべき設計事項にすぎないから,進歩性を左右するほどの相違点にはならない」とした審決の判断に誤りはない。
(4)取消事由4(相違点1についての判断の誤り)に対しア引用例1の【図2】,【図3】及び【図5】には,住所特定番地等が家形枠内に収まっている場合と,家形枠からはみ出ている場合の両方が見て取れ,いずれにせよ,住所特定番地等の少なくとも一部は,家形枠内に表示されている。
イ引用例2には,住宅地図を作成する地図作成方式に関する技術事項が記載されており,【図3】は,白地図上の建物に番号を付与したものであるので,住宅地図の元になる地図といえるところ,各建物に割り付けられた番号は,個々の建物を特定するための番号であることに変わりはないから,引用例2においては,建物を特定するための番号が家形枠内に収まるように表示されているといえる。
ウ以上に加え,決められた枠内に文字が収まるように表示すること,逆に,はみ出すように表示することは,例を挙げるまでもなく,ともに周知技術である点を併せ考慮すると,引用発明において,住所を特定するための番号を家形枠内に収まるように表示することは,建物の見やすさ,番号の見やすさなどの各種条件を勘案して,当業者が適宜になし得る設計事項であるというべきである。
さらに,後記取消事由5に対する反論において主張するとおり,相違点2に係る本願発明の構成を採用することは設計事項であるところ,そうすると,住所を特定するための番号の桁数が少なくなるから,なお一層,当該番号を家形枠内に収まるように表示することは,設計事項であるといえる。
したがって,「相違点1に係る本願発明の発明特定事項を採用する程度のことは設計事項というべきである。」とした審決の判断に誤りはない。
(5)取消事由5(相違点2についての判断の誤り)に対し丁目と番地まで表示する地図においては,特定されるべき最小の単位は番地の区画であるのに対し,住宅地図においては,特定されるべき最小の単位は建物であり,それは,家形枠により表示された区画である。
そして,前者の地図において上記最小単位(番地の区域)を特定するための番号は,番地,すなわち,表示すべき住所の末端部分であるところ,これと同様に,住宅地図においても,上記最小単位(建物)を特定するための番号を,表示すべき住所の末端部分,すなわち,住所末端番号とすることは,設計事項であるといえる。
そうすると,「相違点2に係る本願発明の発明特定事項を採用することは設計事項というべきである。」とした審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断1取消事由1(引用発明の認定の誤り)について(1)ア原告は,審決が引用発明を「住居及び建物をポリゴンで表示した住宅地図において,検索の目安となる・・・」と認定したことに関し,引用例1に記載された請求項1には,「住宅地図において,検索の目安となる・・・」と記載されているのみであり,審決の認定は,同請求項が意味するところと異なっている旨主張する。
しかしながら,審決が,引用例1の請求項1のみに基づいて引用発明を認定したものでないことは,引用例1の記載事項として,請求項1以外の記載部分(段落【0019】,【0020】)や図示を引用していることに照らして明白であるから,原告の上記主張は,前提を欠くものであって,失当である。
なお,仮に,原告の主張が,引用発明の認定は,引用例1に記載された特許請求の範囲の請求項1の記載のみに基づいて行うべきであるとの趣旨であるとすれば,以下のとおり,誤りである。
すなわち,審決において,引用例1は,特許法29条2項において引用する同条1項3号所定の「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物」として,引用されているものであるところ,同号所定の「刊行物」は,もとより特許公報に限られるものではなく,不特定又は多数の者を対象として発行される書籍や雑誌等もこれに当たるものである。そして,同号所定の「頒布された刊行物に記載された発明」は,そのような「刊行物」の記載全体から認定し得るものであれば足りるものであり,このことは,当該「刊行物」として,審決に引用されたものが,偶々,本件における引用例1のように公開特許公報であったとしても,何ら変わるところはないから,引用例1記載の発明(引用発明)は,引用例1の全体から認定し得るものであればよく,その認定を,特許請求の範囲の請求項1の記載のみに基づいて行うべきであるとする理由はない。なお,このことは,後記2(取消事由2)のとおり,本願発明に係る発明の要旨認定を,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載のみに基づいて行うべきことと混同されてはならないところである。
イ引用例1には,次の各記載がある。
(ア)「【特許請求の範囲】【請求項1】住宅地図において,検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住居及び建物について居住人氏名や建物名称の記載を省略し住所の番地及び号のみを記載して地図を構成し,該地図を記載した各ページを適宜に分割して区画化し,付属として索引欄を設け,該索引欄に前記地図に記載の全ての住居建物の所在する丁目及び番地を前記地図上における前記住居建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載したことを特徴とする住宅地図。」(2頁1欄1〜10行)(イ)「図1は,一実施の形態における番地(住所の地番及び号)のみを記載した住宅地図のページの一例を示す図である。・・・この地図の図形は,原画,イメージスキャナ,ベクトルデータ変換装置,ポリゴン(多角の囲い図形)変換装置,及びコンピュータを用いて作成し,後述する番地データや一部の名称・・・は,手作業による入力によって付加する。・・・。
図2は,上記一例として示したページの第4区分を拡大して示すページ・・・を示している。
・・・。
図3は,・・・図2の・・・第6区画を更に拡大して示している。・・・やや右方に集中して,住宅その他の建造物(以下,これらを建物という)が,ポリゴンで表され,公共施設の『○×公民館』の記載7の他には,一般住居及び建物について居住人氏名や建物名称の記載が省略されている。」(段落【0017】〜【0019】)(ウ)「図5は,図2と同じ検索用地図4を縦横に仕切って合計24区画に分割した例を示している。」(段落【0032】)また,図2,3及び5には,住居も含めた建物が多角の囲い図形であるポリゴンによって表示される様子が示されている。
ウ引用例1の上記記載及び図示によれば,引用例1には,「住居及び建物をポリゴンで表示した住宅地図」が記載されているものと認められるから,審決が,引用発明について,「住居及び建物をポリゴンで表示した住宅地図において,検索の目安となる・・・」と認定した点に,原告の上記アの主張に係る誤りはない。
(2)ア原告は,「住宅地図」とは,「建物名や建物ごとの居住者名を記載した地図」であるから,「住居及び建物をポリゴンで表示した」地図は,「住宅地図」ではない旨主張するが,地図に,建物名や建物ごとの居住者名を記載することと,住居及び建物をポリゴン(多角の囲い図形)で表示することとは,相反するものではない(建物をポリゴンで表示した上,建物名や建物ごとの居住者名を記載することは可能である。)から,原告の上記主張は,引用発明が,「住居及び建物をポリゴンで表示した」点ではなく,「検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住居及び建物について居住人氏名や建物名称の記載を省略し住所の番地及び号のみを記載」する構成を採用した点を捉えて,「住宅地図」に当たらない旨主張するものと解される。そこで,以下,この点につき検討する。
イ引用例1には,次の各記載がある。
(ア)「【発明の属する技術分野】本発明は,住宅,ビル等を一軒ごとに住居者名や会社名等を付した・・・住宅地図及びその作成方法に関する。」(段落【0001】)(イ)「【従来の技術】従来の住宅地図には,建物表示に住所番地ばかりでなく,居住者氏名も全て併記されており,このため,それらの記載を一軒ごとに建物表示の輪郭内に納めるために一軒毎の建物の記載スペースを大きく取る必要があった。」(段落【0002】)(ウ)「また,従来より住宅地図には氏名と住所を記載することが必須とされており,このため,アルバイト生などを雇って一軒一軒尋ね歩かせ,・・・人海戦術によって地図の作成を行っていた。このように,氏名の記載に伴う地図作成の繁雑さ及び地図作成後の・・・氏名の記載変更作業の繁雑さは並大抵のものではなく,・・・人件費が経費の相当部分を占めて,これが住宅地図の制作費を押し上げる要因となっていた。
また,このような住宅地図は,住所番地と氏名あるいは建物などが同色で併記されているため雑然としていて見にくく,・・・ますます縮尺度を低いものにさせていた。」(段落【0004】〜【0005】)(エ)「・・・住宅地図の利用においては,一般に,目的とする建物を探し出す過程で必要な情報は,公共施設や著名ビル等の一部例外を別にすれば専ら住居番地であり,この住居番地が目的とする建物に検索が近づいているか否かを判別するための手掛かりとなる。氏名は目的とする建物が見つかったとき更なる確認のために必要とされることはあっても,必須不可欠のものではない。のみならず,検索中における付近の建物の住人の氏名は不要なばかりか,総じて,検索に対して妨害的に作用するものである。実際,氏名は漢字やかなで表記されるため,住宅地図上の建物輪郭内に必要とするスペースの割合が大きく,結果的に,数字である住所番地はその片隅に小さく記載されざるを得ないから,記載情報を読み取る際の人間の習性として,検索中は,住所番地ばかりでなく付近の不要な文字(氏名)まで読み取ることになり迅速な検索の支障になっている。
更に,現存の住宅地図の作成では,例えば・・・電話帳に電話番号を掲載しない住民その他氏名の公表を希望しない住民についても住宅地図に登載してしまうこととなる。このため,プライバシーの保護という点からも問題を有している。」(段落【0007】〜【0008】)(オ)「本発明の課題は,上記従来の実情に鑑み,迅速な検索ができ,廉価,最新,正確,小型で且つプライバシーに配慮した住宅地図及びその作成方法を提供することである。」(段落【0010】)(カ)「【課題を解決するための手段】先ず,請求項1記載の発明の住居地図は,検索の目安となる公共施設や著名ビル等を除く一般住居及び建物について居住人氏名や建物名称の記載を省略し住所の番地及び号のみを記載して地図を構成し,該地図を・・・区画化し,・・・索引欄を設け,該索引欄に・・・丁目,番地及び号を・・・上記住居建物の記載ページ及び記載区画の記号番号と一覧的に対応させて掲載して構成される。」(段落【0011】)(キ)「【発明の効果】・・・本発明によれば,・・・住居人の氏名を記載する必要がなく,したがって,当該住宅地図に記載するのは番地だけとなるため,・・・小判で,薄い,取り扱いの容易な廉価な住宅地図を提供することができる。・・・更に,同様の理由により,公共施設や著名ビル等以外は,住居番地のみを記載するとともに,全ての建物についてその掲載ページと当該ページ内の該当区画が容易にわかる,番地や号に至るまでの詳しい索引欄を付すことによって,簡潔で見やすく,迅速な検索の可能な住宅地図を提供することができる。」(段落【0039】)ウ上記イの各記載によれば,引用発明は,「従来の住宅地図」を,住宅,ビル等の建物の1軒ごとに住居者の氏名や会社名等が記載されている地図,すなわち,原告の主張に係る「建物名や建物ごとの居住者名を記載した地図」とおおむね同旨のものとして捉えた上,このような「従来の住宅地図」が抱えていた,目的とする建物を探し出すこと等に関する各種問題点を改善するため,公共施設,著名ビル等を除く建物について,居住人氏名や建物名称の記載を省略し,住所特定番地等のみを記載するなどしたものといえる。そうすると,引用発明は,従来の住宅地図に,住宅地図の用途等に沿った改良を加えたものといえるのであって,これをなお「住宅地図」と認定することに何ら妨げはないというべきである。
エ以上のとおりであるから,原告の上記主張を採用することはできない。
(3)したがって,引用発明の認定の誤りをいう取消事由1は,理由がない。
2取消事由2(相違点の認定の誤り)について(1)原告は,原告主張相違点を認定すべき理由として,本願明細書の記載及び図面を参酌すれば,本願発明が「一般住宅以外の建物名を表示する」との態度で一貫していることは明らかであると主張する。
しかしながら,審決が認定した本願発明の要旨は,上記第2の2のとおりであり,原告は,この要旨認定を争わないものとしている(訴状「請求の原因」3項(審決の理由に対する認否)の(1)に,「1,「手続きの経緯及び本願発明」については,認める。」とある。)。そして,上記本願発明の要旨は,一般住宅以外の建物に関し,何らかの表示を行うのか,行うとして何を表示するのかについては,全く規定していないのであるから,「一般住宅以外の建物名を表示する」ことは,たとえ,本願明細書や図面に記載,図示されているとしても,本願発明の発明特定事項に当たらず,原告の上記主張は,本願発明の要旨に基づかないものとして,失当であるといわざるを得ない。
仮に,原告の上記主張が,上記本願発明の要旨認定を争うもの,すなわち,本願発明の要旨は,「一般住宅以外の建物名を表示する」ことを含めて認定すべきであるとする趣旨であったとしても,この主張は採用することができない。なぜなら,特許出願に係る発明の要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができないとか,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないところ(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照),本件特許出願に係る特許請求の範囲の文言上,一般住宅以外の建物に関し,何らかの表示を行うのか,行うとして何を表示するのかについては,全く記載されていないのであるから,上記特段の事情があるとは到底認められず,したがって,本願発明の要旨認定に当たり,本願明細書の発明の詳細な説明の記載や図面の表示を参酌することは許されないからである。
そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明参酌することを前提とする原告の主張は,いずれにせよ,採用することができない。
(2)原告は,本願発明においては,建物名や建物ごとの居住者名を記載した従来の住宅地図と比較して,建物名や居住者名を「表示しない建物は何か」との視点に立って発明の要旨が規定されているのであるから,一般住宅以外の建物について建物名が表示されることについては,本願発明の要旨に十分に表現されているとも主張するが,本願発明の要旨に,「一般住宅以外の建物名を表示する」ことが規定されていないことは,上記(1)のとおりであり,「一般住宅以外の建物名を表示する」ことは,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載・表示されているにすぎないことであるから,本願発明の要旨が,建物名や居住者名を「表示しない建物は何か」との視点に立って規定されているとか,一般住宅以外の建物について建物名が表示されることについては,本願発明の要旨に十分に表現されているなどといえないことは明らかであり,上記主張を採用することもできない。
(3)以上のとおりであるから,本願発明と引用発明との対比において,原告主張相違点を認定することはできず,したがって,相違点の認定の誤りをいう取消事由2は,理由がない。
3取消事由3(原告主張相違点についての判断の誤り)について取消事由2に理由がないことは,上記2において説示したとおりであるから,原告主張相違点の存在を前提とする取消事由3は,その前提を欠くものとして失当であり,理由がない。
4取消事由5(相違点2についての判断の誤り)について便宜上,取消事由5,取消事由4の順に判断する。
(1)ア住宅地図に限らず,一般に,住所(住居表示を含む。以下同じ。)の全部又は一部を表示する地図において,当該表示の対象(例えば,@市又は区内の町域,A法施行区域における街区域,B同区域内の個々の建物)を特定するために,すべての表示対象について,住所の冒頭部分(国内の地図であれば都道府県名)から,それぞれの対象に対応した末端部分(上記の例を特許庁の所在地に当てはめると,順に,@「霞が関三丁目」,A「4番」,B「3号」)までの全部が表示されることは皆無といってよく,通常は,地図上の文字(数字)表記をできるだけ少なくして,見やすくするとともに,地図の小型・軽量化を図るために,住所中の他の表示対象との共通部分(同様に,順に,@「東京都千代田区」,A「東京都千代田区霞が関三丁目」,B「東京都千代田区霞が関三丁目4番」)の全部又は一部を抽出して地図上の1箇所又は数箇所に表示し(例えば,千代田区全域の地図においては,「東京都千代田区」との表示を共通部分として抽出し,地図上に表示する必要はないし,東京都全域の地図においても,「千代田区」との表示を地図上ではなく,地図の欄外等に表示することもある。),個々の表示対象には,当該抽出された共通部分の次に続く部分のみを表示するとの技術が,本件出願前から広く採用されてきたことは,よく知られているところである。
すなわち,住宅地図のように,表示対象の住所の全部又は一部を表示する地図において,住所中の各表示対象に共通する部分の全部又は一部を抽出して地図上の1箇所又は数箇所に表示し,個々の表示対象には,当該抽出された共通部分の次に続く部分のみを表示することは,本件出願時において,周知の技術であったものと認めることができる。
そして,引用例1には,引用発明において,地図上に「住所の番地及び号のみを記載」する構成を採用した技術的意義に関し,「この住宅地図は番地の記載のみであるから,番地が判読出来る程度に小さく縮尺できる。」(段落【0030】),「本発明によれば,・・・住居人の氏名を記載する必要がなく,したがって当該住宅地図に記載するのは番地だけとなるため,・・・小判で,薄い,取り扱いの容易な廉価な住宅地図を提供することができる。」(段落【0039】)との各記載があり,これらの記載によれば,引用発明が,上記周知技術を適用して,地図上に「住所の番地及び号のみを記載」する構成を採用したことは明らかである。
イところで,住宅地図においては,表示対象は,ほとんどの場合,家形枠によって表される個々の建物(ただし,例えば,附属建物がある場合には,主たる建物と併せたものが1個の表示対象となるし,その他にも,複数の建物が同一の住所を有する1個の表示対象となる場合があり得る。)であり,このことは,本願発明と引用発明との一致点を構成しているが,このように,表示対象が家形枠によって表される個々の建物である場合に,一つの表示対象を他の表示対象から識別して特定するために地図上に記載すべき情報として,最低限必要なものが住所のうちの住所末端番号であることは,明白である。そして,住所末端番号のみを記載するとすれば,地図上の表記は最も少なくて足り,地図の見やすさや小型・軽量化に資することとなるが,反面,近隣の住所との識別・特定という観点からは,とりわけ,法施行区域外の地域において,不十分な場合があり得ることも否めないところである(1例を挙げれば,数個の建物の所在番地が,下記Aのような場合,地図上の表記は下記Bのとおりとなって,十分に識別し得るものとはいえない。)。
そうすると,住宅地図において,表示対象の建物の住所を特定表記するために,本願発明のように「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」とするか(住所末端番号のみ記載するか),引用発明のように「住所の番地及び号」とするか(番地より下位の番号がある場合にも,番地部分から記載するか)は,それぞれの適用区域や利害得失を勘案して,当業者が適宜定める設計事項というべきであり,したがって,引用発明の相違点2に係る「住所の番地及び号」との構成を,「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」とすることは,当業者が容易になし得るところいわざるを得ない。
(2)ア原告は,引用例1には,例えば,法施行区域内のある街区を他の街区と区別するための仕組みについて,何ら開示も示唆もない旨主張する。
しかしながら,引用例1の図3には,同図が示す地域に所在する各建物に付された住居表示中の共通部分である「字丙原」が,同図の1箇所に「丙原」との文字で表示されているところ,同図上に「字丙原」ではない区域(例えば「字甲原」)に所在する各建物も表示されるとすると,同図の開示内容に照らし,当然に,これらの各建物に付された住居表示中の共通部分である「字甲原」が,同図上に「甲原」との文字で表示されることになると考えられる。そして,この場合に,「甲原」の文字で表示される区域と「丙原」の文字で表示される区域の各範囲が分からなければ,各建物が「字甲原」に所在するのか,「字丙原」に所在するのか,地図上判読できないこととなるのであるから,引用例1は,「字甲原」の区域を「字丙原」の区域と区別するための仕組み(両区域の境界を示す線等)が必要となることを,当然に示唆しているものといえる。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
イ原告は,引用発明においては,迅速な検索のために,共通の数字をすべての建物に付すほうがよいと考えられると主張するが,そのように考えるのが合理的であるものと認めるに足りる証拠はない。
ウ原告は,引用発明は,我が国の住居表示の仕組み,特に,法施行区域における住居表示の仕組みに対応することができる構造・機能を有しないと主張するが,当該主張は,引用発明自体が抱える問題点を指摘するにすぎないものであり,上記容易想到性の判断を左右するものではない。
エ原告は,法施行区域について,引用発明に相違点2に係る本願発明の構成を適用すると,引用発明における地図の区画化及び索引の存在意義が失われてしまうと主張するが,法施行区域においても,ある町名,その中の街区,更にその中の住居番号をより容易に探し当てるためには,地図の区画化と索引の設置が有効な機能を発揮することは明らかであるから,原告の上記主張を採用することはできないというべきである。
(3)上記(1)のとおり,引用発明の相違点2に係る「住所の番地及び号」との構成を,「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」とし,本願発明の相違点2に係る構成とすることは,設計事項であって,当業者が容易になし得るものというべきところ,相違点2についての審決の判断は,これと同旨であるものと解されるから,その判断に誤りはない。
5取消事由4(相違点1についての判断の誤り)について(1)ア引用発明は,「住所の番地及び号」を住宅地図に記載するに当たり,本願発明のような「家形枠中」に表示するとの限定を付さず,実際,引用例1の図3には,各建物について,番地を表す「30」などの数字又は番地及びその枝番を表す「53-1」などの2つの数字をハイフンで結合したものが横書きで表示されているが,多くの建物については,当該数字等が家形枠内に収まらずに家形枠外にはみ出している様子が示されている。
しかしながら,引用例1には,「【従来の技術】従来の住宅地図には,建物表示に住所番地ばかりでなく,居住者氏名も全て併記されており,このため,それらの記載を一軒ごとに建物表示の輪郭内に納めるために一軒毎の建物のスペースを大きく取る必要があった。」(段落【0002】)との記載があり,建物表示に係る「住所番地」を「建物表示の輪郭内に納める」こと,すなわち,住所を特定する番号を家形枠内に収めるよう表示することが,従来技術であったことが示されている。
そして,引用例1には,引用発明において,当該数字を家形枠外にはみ出させることにつき,特段の技術的意義がある旨の記載はなく,そうであれば,単に,住所を特定する数字(ハイフンを含む。)の桁数を表示するのに要するスペースが,家形枠の大きさ(横幅)を超えた結果であるにすぎないものと理解される。現に,引用例1の図3には,住所を特定する数字(番地)に枝番がなく,2桁までで表される場合には,それが家形枠内に収まっている例も,少数ながら見て取ることができる。
他方,引用例2(発明の名称・「地図作成方式」)には,「【産業上の利用分野】本発明は,・・・特に住宅地図を効率的に入力する地図作成方式に関する。」(段落【0001】),「【課題を解決するための手段】本発明は,道路及び家屋の平面輪郭形状を示す白地図をコンピュータへ入力し,住宅地図を作成する地図作成方式において,前記白地図をスキャナで読み込んで道路,家屋を自動認識し,前記認識された家屋(ビル等の建物も含む)に自動的に家屋番号を付与してデータベース化するとともに該家屋番号付与結果を出図し,前記出図した地図をみながら家屋番号に対応する属性データをコンピュータへ入力し,前記自動認識された家屋と,その家屋番号に対応する属性データとを自動的に対応させてデータベース化し,前記自動認識された家屋の座標値に基づいて文字列方向を求め,家屋に対応する属性データを家屋内の前記求められた方向に自動配置することを特徴としている。」(段落【0010】)との記載があって,図3には,16個の家形枠によって示される各建物に付与された家屋番号(「1」から「16」までの数字)が,いずれも当該家形枠内に収まるように表示された家屋番号付与結果例(出図されたもの)が,図4には,6個の家形枠によって示される各建物の属性データである氏(「後藤」),企業名(「大崎商事」)等が,いずれも当該家形枠内に収まるように表示された住宅地図生成例(出図されたもの)が,それぞれ示されている。この数字は,住居表示そのものではないが,住宅地図の作成経過において,個々の建物に付され,当該建物を識別・特定するための数字であるから,引用例2には,住宅地図に関し,個々の建物に付され,当該建物を識別・特定するための数字が家形枠内に収まるよう表示された図面を作成するとの技術が開示されているということができるところ,このことを,引用例1の上記従来技術に関する記載,及び引用発明にも,住所を特定する数字が家形枠内に収まっている例もあることと併せ考えれば,住宅地図において,住所を特定する数字を家形枠内に収めるよう表示することは,本件出願時において,従来周知の技術であったものと認めることができる。
イところで,引用発明において,住所を特定する数字が家形枠内に収まらず,家形枠外にはみ出している理由として,住所を特定する数字の桁数を表示するのに要するスペースが,家形枠の大きさを超えた結果であると考えられるのは,上記のとおりであるが,引用発明のように,住宅地図の小型・軽量化を図ることを前提とした場合であっても,当該数字の大きさを小さくすれば,たとえ,桁数が多くとも,これを家形枠内に収まるよう表示することは可能である。もっとも,そうした場合には,住所を特定する数字が読みにくくなることはいうまでもなく,そうすると,住宅地図において,住所を特定する数字を記載するに当たり,上記周知技術を採用して,数字の大きさを小さくし,家形枠内に収まるよう表示するか,引用発明のように,数字の大きさを小さくせずに,家形枠外にはみ出すことも辞さないものとするかは,地図の全体としての見やすさや,住所を特定する数字の読みやすさ等,それぞれの利害得失を勘案して,当業者が適宜定める設計事項であるということができる。
したがって,引用発明に,住所を特定する数字の表示箇所を家形枠中と限定する構成を採用することは,当業者が容易になし得るところというべきである。
なお,仮に,引用発明において,地図中に記載する住所を特定する数字の桁数が多すぎて,これを家形枠内に収まるよう表示するためには,その大きさを通常では読めない程度にまで小さくしなければならず,実際上は不可能である(すなわち,引用発明の相違点2に係る構成が阻害事由となる)としても,上記4のとおり,引用発明の相違点2についての「住所の番地及び号」との構成を,「住居番号若しくは地番あるいは地番の枝番」とすることは,当業者が容易になし得るところ,そのような構成を採用すれば,住所を特定する数字が,より桁数の少ない数字で構成されることになるから,上記阻害事由を解消し得ることは明らかである。
(2)ア原告は,引用発明においては,家形枠内に住所特定番地等が収まるように表示することは不可能である旨主張するが,上記のとおり,かかる主張は失当である。
イ原告は,引用発明においては,住所特定番地等が家形枠等の図形と重なり合うという極めて好ましくない点があり,そのような地図を,当業者が「現地で使用する住宅地図」に好んで適用するとは考えられない旨主張するが,当該主張は,引用発明自体が抱える問題点を指摘するにすぎないものであり,上記容易想到性の判断を左右するものではない。
ウ原告は,本願発明に係る相違点1の構成を採用することにより,文字データが図形データを妨害することがなくなる結果,地図上に各種情報を盛り込むことができることのほか,現地の実相を描くことの容易さ,地図全体の見やすさ,電子地図への加工の容易さといった作用・効果を奏する旨主張するが,これらの作用・効果が,当該構成を採用することにより当然に奏する範囲を超えるものと評価することはできない。
エ原告は,審決が,引用例2において家形枠内に収まっているせいぜい1桁か2桁の数字は「住所特定番号」でないと認定しているのに,そのような「住所特定番号」でない数字が家形枠内に収まっていることから当然のように,「住所特定番号」(引用発明においては,最大で8文字程度のもの)についても,これを家形枠内に収めることが容易であるとの結論を導いてしまっている旨主張するが,上記(1)アにおいて説示したとおり,引用例2は,それに開示された,住宅地図に関し,個々の建物に付され,当該建物を識別・特定するための数字を家形枠内に収めるよう表示することが,本件出願時において,従来周知の技術であったことを,間接的に証明する証拠として援用したものにすぎないから,原告の上記主張を採用することはできない。
オ以上のとおり,相違点1に係る本願発明の構成を採用することが容易に想到し得るものであるとの趣旨の判断をした審決は,結論において相当であるから,結局,同相違点についての判断の誤りをいう取消事由4は,理由がない。
(3)上記(1)のとおり,引用発明に,住所を特定する数字の表示箇所を家形枠中と限定する構成を採用することは,設計事項であって,当業者が容易になし得るところというべきところ,相違点1についての審決の判断は,これと同旨であるものと解されるから,その判断に誤りはない。
6結論よって,原告の主張する審決取消事由は,いずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 石原直樹
裁判官 古閑裕二
裁判官 浅井憲