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関連審決 異議2003-72588
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 180号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本電波工業株式会社
訴訟代理人弁理士 大川晃
同 田邉隆
被告 特許庁長官小川 洋
指定代理人 植松伸二
同 高橋泰史
同 吉村宅衛
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/12/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2003-72588号事件について平成16年3月11日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「温度補償水晶発振器」とする特許第3399563号発明(平成4年8月31日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成15年2月21日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがされ,異議2003-72588号事件として特許庁に係属し,原告は,平成16年3月5日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等について訂正(以下「本件訂正」という。)を求める訂正請求をした。
特許庁は,同事件について審理した結果,同月11日,「訂正を認める。特許第3399563号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。
2 本件訂正に係る明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲記載の発明の要旨 【請求項1】水晶共振子に直列にコンデンサを,かつ該コンデンサとサーミスタを並列に接続した温度補償回路を接続して水晶共振子の負荷容量を制御して常温よりも高温度域側を補償する高温領域補償回路および低温度域側を補償する低温領域補償回路によって各別に温度補償を行うものにおいて,1個のコンデンサに高温用サーミスタを並列に接続して高温領域補償回路とし,このコンデンサに低温用サーミスタを並列に接続して低温領域補償回路とし, 上記水晶共振子に直列に温度補償特性の傾きを補正する温度係数を有する傾き補正コンデンサを接続し,該傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できるようにしたことを特徴とする温度補償水晶発振器。
【請求項2】請求項1に記載のものにおいて,傾き補正コンデンサは温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する容量を有することを特徴とする温度補償水晶発振器。
(以下,【請求項1】,【請求項2】の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 決定の理由 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1,2は,いずれも,実願昭58-10287号(実開昭59-118307号)のマイクロフィルム(刊行物1・本訴甲6,以下「刊行物1」という。)及び実願昭59-165049号(実開昭61-81208号)のマイクロフィルム(刊行物2・本訴甲7,以下「刊行物2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1,2に係る本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,特許法(注,平成15年法律第47号附則2条7項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法の趣旨と解される。)113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
原告主張の決定取消事由
決定は,本件発明1と刊行物2に記載された発明(以下「刊行物2発明」という。)との相違点(T)についての判断を誤り(取消事由1),また,本件発明2と刊行物2発明との相違点(U),(V)についての判断を誤った(取消事由2,3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1と刊行物2発明との相違点(T)についての判断の誤り) (1) 決定は,本件発明1と刊行物2発明との相違点(T)として認定した,「本件発明1が,さらに温度補償手段として,水晶共振子に直列に傾き補正コンデンサを接続し,該傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用するのに対して,刊行物2(注,甲7)に記載された発明(注,刊行物2発明)はそうしていない点」(決定謄本5頁最終段落〜6頁第1段落,以下「相違点(T)」という。)について,「刊行物1(注,甲6)には,水晶振動子(水晶共振子)に直列に傾き補正コンデンサを接続して温度補償を行うこと,温度補償用コンデンサに種々の温度係数のもの,N-タイプのもの等があり,第6図示される特性(補償前の1)には第5図に示されるN-タイプのものを必要とすることが記載されていて,温度補償前後の特性を考慮して傾き補正コンデンサを選択することが示唆されており,温度補償手段として,水晶共振子に直列に傾き補正コンデンサを接続し,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用することは,当業者が効果的な温度補償を考慮して適宜なしうる」(同頁第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件発明1の温度補償水晶発振器は,水晶共振子に直列に接続した「傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数(以下『第1の機能』という。),容量の変化しない零温度係数(以下『第2の機能』という。),及び容量の減少する負の温度係数(以下『第3の機能』という。)を有し,補償特性全体の傾きを勘案して第1〜第3の機能を選択的に使用できる(以下『第4の機能』という。)ようにした」とする,第1〜第4の四つの機能を備えている。これに対して, 刊行物1(甲6)には,水晶共振子(刊行物1記載の「水晶振動子」は本件明細書の「水晶共振子」と同義であると認められ,以下「水晶共振子」という。)に直列に,傾き補正コンデンサを接続して温度補償を行うこと,温度補償用コンデンサに種々の温度係数のもの,N-タイプ(負の温度係数を持つもの)のもの等があり,第6図に示される特性(補償前の1)には,第5図に示されるN-タイプのものを必要とすることが記載されているにとどまり,第1〜第4の機能を備えた傾き補正コンデンサを具備し,三つの温度係数を持つものから選択して使用することは全く示唆されていない。本件発明1は,このような機能(特性)を具備することにより,本件明細書に記載があるように,「簡単な構成で高精度の温度補償を行うことができコストも安価で小型化に適する温度補償水晶発振器を提供することができる」ようになる。昭和48年9月20日誠文堂新光社発行「材料科学と材料工学 電気材料科学」(甲8,以下「甲8文献」という。)に記載されるように,コンデンサには,個別に正の温度係数を持つもの(図6・1に図示される容量の温度係数が右下がりの傾きを示すもの,例えば,N750,N470等),負の温度係数を持つもの(同右上がりの傾きを示すもの,Pl00)及び零温度係数のもの(図6・1のNPO)があることは,本件特許出願前に知られていたが,この種の3種類の温度係数を持つコンデンサを温度補償水晶発振器に具備して,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用することは,当業者が到底想到し得ないことである。本件訂正前の明細書(甲2,以下「訂正前明細書」という。)の記載から明らかなように,本件発明1の温度補償水晶発振器に具備される一つの「傾き補正コンデンサ」が,第1〜第4の機能を備えている。上記三つの特性を,補償特性全体の傾きを勘案して選択する手段,すなわち,第4の機能が本件発明1の温度補償水晶発振器に具備されていることは,訂正前明細書の「補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用する」(段落【0006】)との記載から自明のことである。これに対し,刊行物1(甲6)の第5図に記載された「N-タイプ」とは,周知のように,「容量の減少する負の温度係数を持つもの」のみを示すものであって,いわゆる正,零及び負の温度係数を併せ持つ,本件発明1のような「傾き補正コンデンサ」を示唆するものではない。
2 取消事由2(本件発明2と刊行物2発明との相違点(U)についての判断の誤り) (1) 決定は,本件発明2と刊行物2発明との相違点(U)として認定した,「本件発明2が,さらに温度補償手段として,水晶共振子に直列に傾き補正コンデンサを接続し,該傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用するのに対して,刊行物2(注,甲7)に記載された発明(注,刊行物2発明)はそうしていない点」(決定謄本6頁第4段落,以下「相違点(U)」という。)について,相違点(U)は,相違点(T)と同じであるから,相違点(T)についてと同じ理由により,「当業者が適宜なしうる」(同頁最終段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件発明2は,本件発明1の傾き「補正コンデンサ」が,更に「温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する容量を有する」構成を備えたものであり, 刊行物1(甲6)には,この点についての開示ないし示唆はなく,また,決定は,相違点(T)についての判断理由において,この点に全く言及していない。
3 取消事由3(本件発明2と刊行物2発明との相違点(V)についての判断の誤り) (1) 決定は,本件発明2と刊行物2発明との相違点(V)として認定した,「本件発明2が,温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する容量を有する傾き補正コンデンサを有するのに対して,刊行物2(注,甲7)に記載された発明(注,刊行物2発明)は有していない点」(決定謄本6頁第4段落,以下「相違点(V)」という。)について,「刊行物1(注,甲6)には傾き補正コンデンサを用いて水晶振動子(水晶共振子)の温度補償を行うことが記載されているから,温度補償を行うに足る容量を持ったコンデンサとすることに格別困難性を要しない」(同7頁第1段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件発明2の温度補償水晶発振器に具備された傾き補正コンデンサは,本件発明1の第1〜第4の機能に加えて,更に「温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する容量を有する」との「第5の機能」を備えたものである。これに対し, 刊行物1(甲6)には,補正コンデンサを用いて水晶共振子の温度補償を行うことを記載するにとどまり,当該傾き補正コンデンサが温度補償を行うに足りる容量を有することについて何らの開示ないし示唆もなく,また,この技術的事項は,当業者に自明の事項でもない。刊行物1に,本件発明2の「該傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できるようにした」構成についての開示ないし示唆がない以上,刊行物1に記載された,「傾き補正コンデンサ」を用いて温度補償を行うという技術的思想を,刊行物2発明に用いても,当業者が本件発明2の「温度補償水晶発振器」に想到することは,格別の困難性を要する。
被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明1と刊行物2発明との相違点(T)についての判断の誤り)について 本件明細書(甲4添付)の記載によれば,本件発明1に係る温度補償水晶発振器において使用する「傾き補正コンデンサ」は,「補償特性全体の傾き」(【請求項1】,段落【0005】,【0006】)又は「補償特性の傾向」(段落【0006】)を勘案して,一つの温度特性を有する一つの傾き補正コンデンサを使用するということであり,四つの機能を備えた傾き補正コンデンサが,温度補償水晶発振器に組み込まれるわけではない。本件明細書には,四つの機能を備えた傾き補正コンデンサについては何ら記載がなく,「たとえばセラミックコンデンサであって温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数で,かつ温度係数の比較的大きな『++温系』のもの,温度係数の比較的小さな『+温系』のもの,容量の変化しない零温度係数の『0温系』のものおよび容量の減少する負の温度係数で,かつ温度係数の比較的大きな『--温系』のもの,温度係数の比較的小さな『-温系』のもの」(段落【0006】)と記載されるように,それぞれの特性を持つ別々のものとして記載されている。原告の引用する甲8文献においても,磁器コンデンサの磁器材料が異なることによって温度係数が異なることが開示されているが,四つの機能を備えた傾き補正コンデンサについては何ら記載されていない。また,四つの機能を備えた傾き補正コンデンサが,温度補償水晶発振器に組み込まれるとすると,温度補償水晶発振器に,何らかの選択手段が組み込まれていなければ,「補償特性全体の傾きを勘案して第1〜第3の機能を選択的に使用できる」との第4の機能を有する構成とすることはできないが,本件明細書には,そのような選択手段が備えられていることの開示は全くない。刊行物1(甲6)の「この場合用いる温度補償用負荷コンデンサは第5図に示す如きN-タイプを必要とする」(4頁第1段落)の「この場合」とは,別の場合には,別のタイプのものを使用するということを意味するから,それぞれの場合に応じて選択することを示唆するものである。また,温度特性をより平坦にする,すなわち温度による偏位量をより少なくすることを目的としているのであるから,偏位量をより増すような傾き補正コンデンサを選択するはずもない。甲8文献が示すように,コンデンサに種々の温度係数を持つものがあることは,本件特許出願前に,当業者に周知の事項であり,刊行物1の上記記載に接した当業者が,それぞれの場合に対応したコンデンサを,種々の温度係数を持つコンデンサから選択することにより,温度特性が改善されるであろうと想到することは容易であり,補償特性全体の傾きを勘案して,傾き補正コンデンサを選択的に使用することは,当業者が,効果的な温度補償を考慮して,適宜し得ることである。
2 取消事由2(本件発明2と刊行物2発明との相違点(U)についての判断の誤り)について 本件発明2は,本件発明1の構成をすべて備えているものであって,本件発明2と刊行物2発明とを対比すると,本件発明1と刊行物2発明を対比した場合と同じ相違点が当然存在するから,決定が,この相違点(U)について,相違点(T)と同じであるから,相違点(T)についてと同じ理由により,「当業者が適宜なしうる」(決定謄本6頁最終段落)とした判断に誤りはない。
3 取消事由3(本件発明2と刊行物2発明との相違点(V)についての判断の誤り)について 本件発明2が,発振器に係るものである以上,当然に,設計した目的とする発振周波数が存在し,一方,発振回路に組み込むコンデンサの容量により発振回路の発振周波数が変化することは,当業者に周知の事項である。また,刊行物1(甲6)に記載された発明は,発振周波数の温度補償を行うだけでなく,設計した目的とする発振周波数に調整することも考慮しているものである。したがって,刊行物1に記載された,傾き補正コンデンサを用いて温度補償を行うという技術的思想を,刊行物2発明の温度補償水晶発振器に用いる際に,温度補償水晶発振器に組み込む「傾きコンデンサ」として,上記設計した目的とする発振周波数に合う容量のものを採用することに,当業者に格別の困難性はないというべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と刊行物2発明との相違点(T)についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明1の温度補償水晶発振器は,上記第3の1(2)の第1〜第4の機能,すなわち,水晶共振子に直列に接続した「傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数(第1の機能),容量の変化しない零温度係数(第2の機能),及び容量の減少する負の温度係数(第3の機能)を有し,補償特性全体の傾きを勘案して第1〜第3の機能を選択的に使用できる(第4の機能)との四つの機能を備え,このような機能(特性)を具備することにより,本件明細書に記載があるように,「簡単な構成で高精度の温度補償を行うことができコストも安価で小型化に適する温度補償水晶発振器を提供することができる」ようになるのに対して,刊行物1(甲6)には,第1〜第4の機能を備えた傾き補正コンデンサを具備し,三つの温度係数を持つものから選択して使用することは全く示唆されていないと主張する。
そこで,まず,本件発明1が,第1〜第4の機能を備えるものであるということができるかについて検討すると,本件明細書(甲4添付)には,「傾き補正コンデンサ」を選択的に使用することに関して,特許請求の範囲に,「上記水晶共振子に直列に温度補償特性の傾きを補正する温度係数を有する傾き補正コンデンサを接続し,該傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できるようにしたことを特徴とする温度補償水晶発振器」(【請求項1】)との記載が,発明の詳細な説明に,「上記水晶共振子に直列に温度補償特性の傾きを補正する温度係数を有する傾き補正コンデンサを接続し,該傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できるようにしたことを特徴とするものである」(段落【0005】),「そして25は上記水晶共振器22に直列に接続され補償特性全体の傾きを補正する温度係数を有する傾き補正コンデンサである。この傾き補正コンデンサ25は,たとえばセラミックコンデンサであって温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数で,かつ温度係数の比較的大きな『++温系』のもの,温度係数の比較的小さな『+温系』のもの,容量の変化しない零温度係数の『0温系』のものおよび容量の減少する負の温度係数で,かつ温度係数の比較的大きな『--温系』のもの,温度係数の比較的小さな『-温系』のものを補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用する。すなわち,低温部,高温部,それぞれの補償特性の傾向に対応して次の表1に示すような温度係数の傾き補正コンデンサ25を使用すればよい」(段落【0006】)との記載がある。また,【図1】及び【図3】に,「傾き補正コンデンサ25」として,1個のコンデンサが図示されている。他方,四つの機能を備えた傾き補正コンデンサが,温度補償水晶発振器に組み込まれるとすると,温度補償水晶発振器に,何らかの選択手段が組み込まれていなければ,「補償特性全体の傾きを勘案して第1〜第3の機能を選択的に使用できる」との第4の機能を有する構成とすることはできないが,本件明細書には,そのような選択手段が備えられていることの開示ないし示唆は全くない。
上記記載及び図示によれば,本件発明1の「補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できる」とは,単に「『補償特性全体の傾き』ないし『補償特性の傾向』を勘案して,一つの温度特性を有する一つの傾き補正コンデンサを使用する」ことを意味し,本件発明1が,補償特性全体の傾きを勘案して第1〜第3の機能を選択的に使用できるとの機能(第4の機能)を備える構成を有するものとは認められない。原告は,第4の機能が本件発明1の温度補償水晶発振器に具備されていることは,訂正前明細書(甲2)の「補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用する」(段落【0006】)との記載から自明のことであると主張するが,訂正前明細書にも,第4の機能を有する構成とするための上記選択手段が備えられていることの開示ないし示唆は全くなく,本件発明1の「補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できる」とは,上記同様,単に「『補償特性全体の傾き』ないし『補償特性の傾向』を勘案して,一つの温度特性を有する一つの傾き補正コンデンサを使用する」ことを意味するものと解するほかなく,原告の主張は採用することができない。
以上によれば,本件発明1が,第4の機能を備えるものであるとの原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものというほかなく,理由がないことが明らかである。
(2) 他方,刊行物1(甲6)について見ると,刊行物1には,「本考案は上記の欠点を除去したもので,発振回路の負荷用コンデンサに圧電振動子の一次の温度係数を相殺させる様な温度特性を持たせることにより0°〜40℃の重要な常温付近の発振周波数-温度特性の平坦度を得るものである。この場合に用いられる圧電振動子の周波数-温度特性は,一次または三次以上の温度係数が支配的なものが適当である」(3頁第2段落),「第2図に基本的な発振回路構成を示す。1は温度補償用コンデンサを示す。この場合圧電振動子2を第3図に示すような1の一次温度係数あるいは2の三次温度係数,3の四次温度係数が支配的なものとすると効果が大きい。・・・圧電振動子の負荷容量特性は,・・・となることが知られており,圧電振動子の温度特性の一次係数分が判れば,この傾斜から必要なコンデンサの温度特性が割り出される。第6図に三次係数が支配的な圧電振動子の補償前の温度特性1と温度補償用負荷コンデンサによる補償量2,補償後の発振周波数-温度特性3を示す。この場合用いる温度補償用負荷コンデンサは第5図に示す如きN-タイプを必要とする。補償された温度特性第6図3は低温側及び高温側では補償前の1の特性に比べ常温中心からの変化が大きくなるが実際の使用上で重要な常温付近の温度特性は平坦となり使用温度範囲があまり広くない機器の基準信号として極めて良い安定性を与える」(同3頁最終段落〜4頁第1段落)と記載され,第3図には,温度補償可能な温度特性のタイプとして,一次温度係数分が正である1の例と,これが負である2の例とが図示されている。上記記載及び図示によれば,刊行物1には,温度特性の一次温度係数分が正〜負の温度特性を有する圧電振動子について,その一次温度係数分を相殺するような温度特性を持つ負荷コンデンサにより,温度特性を平坦化し,発振周波数を安定にすることが開示されている。また,第5図及び第6図には,その一例として,負の一次温度係数を有する圧電振動子に,N-タイプの温度補償用負荷コンデンサを適用した場合のものが,実施例として記載されている。
そうすると,刊行物1には,圧電振動子の一次温度係数分を勘案して,正〜負の温度特性を持つ負荷コンデンサの中から一つの負荷コンデンサを使用することが記載されていると認められ,これは,「補償特性全体の傾き」ないし「補償特性の傾向」を勘案して,一つの温度特性を有する一つの傾き補正コンデンサを使用すること,すなわち,本件発明1の第1〜第3の機能及び「補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できる」ことが開示されているということができる。原告は,刊行物1(甲6)の第5図に記載された「N-タイプ」とは,周知のように,「容量の減少する負の温度係数を持つもの」のみを示すものであって,いわゆる正,零及び負の温度係数を併せ持つ,本件発明1のような「傾き補正コンデンサ」を示唆するものではないと主張するが,刊行物1(甲6)の「この場合用いる温度補償用負荷コンデンサは第5図に示す如きN-タイプを必要とする」(4頁第1段落)の「この場合」とは,別の場合には,別のタイプのものを使用するということを意味し,それぞれの場合に応じて選択することを示唆するものと認められるから,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上検討したところによれば,相違点(T)について,「刊行物1には,水晶振動子(水晶共振子)に直列に傾き補正コンデンサを接続して温度補償を行うこと,温度補償用コンデンサに種々の温度係数のもの,N-タイプのもの等があり,第6図示される特性(補償前の1)には第5図に示されるN-タイプのものを必要とすることが記載されていて,温度補償前後の特性を考慮して傾き補正コンデンサを選択することが示唆されており,温度補償手段として,水晶共振子に直列に傾き補正コンデンサを接続し,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用することは,当業者が効果的な温度補償を考慮して適宜なしうる」(決定謄本6頁第2段落)とした決定の判断に誤りはない。
したがって,原告の取消事由1の主張は,理由がない。
2 取消事由2(本件発明2と刊行物2発明との相違点(U)についての判断の誤り)について 原告は,本件発明2は,本件発明1の傾き「補正コンデンサ」が,更に「温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する容量を有する」構成を備えたものであり,刊行物1(甲6)には,この点についての開示ないし示唆はなく,また,決定は,相違点(T)についての判断理由において,この点に全く言及していないと主張する。
しかしながら,決定は,本件発明2が,「温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する容量を有する」傾き補正コンデンサである構成を有する点は,別途相違点(V)として認定判断しているから,原告の取消事由2の主張は,前提において失当であり,採用することができない。
3 取消事由3(本件発明2と刊行物2発明との相違点(V)についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明2の温度補償水晶発振器に具備された傾き補正コンデンサは,本件発明1の第1〜第4の機能に加えて,更に「温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する容量を有する」との「第5の機能」を備えたものであるのに対し,刊行物1(甲6)には,補正コンデンサを用いて水晶共振子の温度補償を行うことを記載するにとどまり,当該傾き補正コンデンサが温度補償を行うに足りる容量を有することについて何らの開示ないし示唆もなく,また,この技術的事項は,当業者に自明の事項でもないと主張する。
しかしながら,刊行物1(甲6)の「回路構成としては,第7図に示すような周波数調整用トリマコンデンサ1に上記の温度特性を持たせる方式や,第8図に示す如くゲート側の負荷コンデンサ3をIC中に内蔵しドレイン側の負荷コンデンサとして,温度補償用固定コンデンサ2と周波数調整用トリマコンデンサ1を並列接続する構成が考えられる」(4頁第2段落)との記載及びその実施例の発振回路に係る第7図の図示によれば,刊行物1には,周波数調整用トリマコンデンサ1に,温度補償用負荷コンデンサとしての温度特性を持たせることが開示されていると認められる。そうすると,周波数調整用トリマコンデンサは,周波数の変位を調整するためのものであるから,温度補償用負荷コンデンサが,「温度補償特性の傾きの補正によって生じる周波数の変位を補償する」こと,すなわち,周波数の変位を考慮した「温度補償を行うに足る容量を有する」ことが,刊行物1に開示されていることが明らかである。原告の上記主張は採用することができない。
(2) また,原告は,刊行物1に,本件発明2の「該傾き補正コンデンサが,温度の上昇とともに容量の増大する正の温度係数,容量の変化しない零温度係数,及び容量の減少する負の温度係数を有し,補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できるようにした」構成についての開示ないし示唆がない以上,刊行物1に記載された,「傾き補正コンデンサ」を用いて温度補償を行うという技術的思想を,刊行物2発明に用いても,当業者が本件発明2の「温度補償水晶発振器」に想到することは,格別の困難性を要するとも主張する。しかしながら,刊行物1に,本件発明1の第1〜第3の機能及び「補償特性全体の傾きを勘案して選択的に使用できる」ことが開示されていることは上記1(2)のとおりであり,原告の上記主張は,その前提において誤りである。
(3) したがって,原告の取消事由3の主張も理由がない。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴