関連審決 | 不服2004-26338 |
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関連ワード | 特許を受ける権利 / 発明者 / 新規性 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 公衆に利用可能 / 電気通信回線 / 新規性喪失(新規性の喪失) / 新規性喪失の例外(喪失の例外) / 刊行物に発表 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 出願公開 / 技術情報 / 翻訳文 / 発明の利用 / 出願公開の請求(64条の2) / 補償金請求権 / パリ条約 / 優先権 / 抵触 / 置換 / 実施 / 優先期間 / 拒絶査定 / 同盟国 / 特許協力条約 / 国際出願 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10559号
審決取消請求事件
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原告バクスター・インターナショナル・インコーポレイテッド 訴訟代理人弁理士山本秀策,安村高明,森下夏樹, ? 谷剛志,長谷部真久 被告特許庁長官肥塚雅博 指定代理人森田ひとみ,谷口博,唐木以知良,森山啓 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/08/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2004-26338号事件について平成18年8月28日にした審決を取り消す。 第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「腹膜透析または連続的な腎臓置換治療のための2部分の重炭酸塩ベースの溶液」とする発明につき,平成13年6月1日,特許を出願した(以下「本件出願」という。請求項は全部で20項あり,これらの請求項に係る発明を「本願発明」という。)。原告は,本件出願時に,特許法30条1項の適用を申し立て,同月4日付けで,本願発明が同項に規定する発明であることを証する書面として,国際公開第01/17534号パンフレット(甲第1号証,以下「本件パンフレット」といい,本件パンフレットによって公開された国際出願を「本件国際出願」という。)を提出したが,平成16年9月27日付けの拒絶査定(甲第6号証)を受けたため,同年12月24日,審判を請求した。 特許庁は,上記審判請求を不服2004-26338号事件として審理した結果,平成18年8月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月7日,審決の謄本が原告に送達された。 2審決の理由審決の判断は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,特許法29条1項の新規性喪失に関する例外規定である同法30条1項にいう「刊行物に発表」するとは,特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合をいうと解されるところ,本件パンフレットによる公開は,特許協力条約21条の規定に基づき国際事務局が行ったものであって,同法30条1項の適用を受けないから,本願発明は,本件パンフレットに記載された発明と同一であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないとするものである。 第3審決取消事由の要点審決は,特許法30条1項に定める「刊行物に発表」することの解釈・適用を誤ったため,本件パンフレットによる公開が同項の適用を受けないと判断し,本願発明が特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないとしたものであるところ,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。 1「刊行物」の解釈の誤り特許法30条1項の「刊行物」について,公開特許公報とそれ以外の刊行物とで別異の取り扱いをするのは合理性に欠ける。その理由は,次のとおりである。 (1)特許法30条は,同法29条の例外を規定したものであるから,両者に共通して用いられている「刊行物」という文言は同じ意味に解釈されるべきであり,公開特許公報とそれ以外の刊行物とを区別すべき文理上の根拠がない。 (2)出願公開制度の趣旨は,発明の利用を図るためであり,その意味では特許公報による公開は通常の学術文献等の学術誌に発明を発表することと変わらない。 (3)特許出願は研究成果の発表としての一面を有するから,特許公報は,技術的文書としての側面もあり,学術文献と別異に扱う理由に欠ける。 (4)著作権法の公表権の解釈において,公開特許公報への掲載と学術文献への公表とで異なるところがない。 2「刊行物に発表する」との文言の解釈の誤り「刊行物に発表する」ことが「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」と解されるべきであったとしても,本件出願は,特許法30条1項の適用があるというべきである。 (1)公開特許公報への発表は,学術文献や新聞への発表よりも,発表者の主体的意思が尊重される程度が強いものであるところ,学術文献や新聞には特許法30条1項の適用があるのであるから,公開特許公報についても当然に同規定の適用があるべきである。 (2)公開特許公報による公開について判示した最高裁判所昭和61年(行ツ)第160号事件・平成元年11月10日判決(民集43巻10号1116頁。 以下「最高裁平成元年判決」という。)は,その後に行われた法改正や社会状況の変化から,もはや本件には適用される余地がない。 (3)昭和45年法律第91号により追加された特許法65条の2の立法の経緯にかんがみると,「公開」は,出願人の意思に係ること,すなわち出願人が主体的に発表する場合に相当することを想定していたものである。 (4)特許出願人は,発明の保護を目的として出願をするのであり,出願公開の効果として,出願人すなわち特許を受ける権利を有する者は,補償金請求権を取得し得ることになり,発明の保護を受けるから,出願公開は出願人の主体的行為に基づくものである。 (5)国際出願においても,国際公開によって補償金請求権が発生するのであり,(4)と同様に,国際公開は出願人の主体的行為に基づく公開であるということができる。 (6)特許法改正により早期公開制度(同法64条の2)が導入され,公開行為の主体が出願人であることがより明確になった。 (7)上記(6)の早期公開制度と同様の制度は,国際出願について,本件国際出願の時点において既に制度化されていた。また,欧州及び米国においても採用されている。 (8)本件国際出願をした原告は,特許協力条約21条が適用され,本願発明が国際公開公報により公開されることを知った上で,国際出願をしたのであるから,本件パンフレットによって本願発明を公表する意図を有していたものであり,主体的な発表に該当する。 3第三者の不利益についての解釈の誤り仮に外国特許公報等に掲載されることを新規性喪失の例外事由として認めたとしても,パリ条約による優先権等の主張の利益と重複する過重な保護を与えることにならず,第三者に不測の不利益をもたらすものでもなく,むしろ,公開公報を他の刊行物と公平に取り扱うことの利益の方が大きい。 特許協力条約には,出願の復活規定(25条)があり,特許法184条の20はこれに対応する規定である。最近では,特許協力条約に,移行期間を徒過した出願をも救済する規定が設けられようとしており,特許法30条1項の適用にこだわったとしても第三者に不測の不利益が生じることもあり得るから,むしろ別異に取り扱うことによる混乱の不利益の方が大きい。 4国際的調和特許協力条約では,新規性の喪失の例外規定の適用において,刊行物について公開特許公報を特別に扱う旨の規定はない。また,米国特許法においても,刊行物について別異の取り扱いを行なっていない。したがって,公開特許公報とそれ以外の刊行物とを別異に取り扱うことは,国際的調和の観点からも妥当でない。 5意に反する公知特許法の趣旨にかんがみれば,仮に同法30条1項の適用を否定するのであれば,特許公報による公開は「意に反して」公開されたとしか考えられず当然に同条2項が適用されるべきである。 第4被告の反論の骨子審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1「刊行物」の解釈の誤りについて審決は,本件出願について特許法30条1項の適用を否定したのは,「国際公開パンフレット」と通常の「刊行物」とが別異のものであることを理由にしたのではなく,「国際公開パンフレット」への掲載が同項にいう「特許を受ける権利を有する者が・・刊行物に発表し」たことには当たらないことを理由としているのである。したがって,審決は,「国際公開パンフレット」が学術文献等の「刊行物」として同等ではないとしたとの理解を前提とする原告の第3の1(1)〜(4)の主張は,いずれも審決を取り消すべき根拠になるものではない。 特許法30条1項にいう「刊行物に発表」とは,「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」をいうと解すべき理由は以下のとおりである。 特許法30条の趣旨は,特許出願することなく,自ら発明を公開した者がその後に特許を受けられないことになると,発明者,特に特許法の規定を十分知らない技術研究者にとって酷であり,また産業の発達に寄与するという特許法の目的(同法1条)に悖る結果ともなることから,一定の要件を具備した場合には,発明が既に公開されていることを理由に特許出願を拒絶されることがないようにするというものである。したがって,同条の解釈適用は,その趣旨に合致するよう発明者の救済措置として必要な限度に留めるべきであり,発明者を必要以上に保護したり,社会一般に不測の損害を与える結果を招来することがあってはならないものである。 最高裁平成元年判決は,特許法30条の趣旨を上記のように解釈することを前提にして判示されたものである。 2「刊行物に発表する」との文言の解釈の誤りについて原告は,仮に,「刊行物に発表する」ことが,「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」と解されるべきであったとしても,公開公報に基づく公開は,上記の主体的に発表した場合に当たるから,特許法30条1項の適用が認められるべきであると主張する。 (1)原告は,明細書の内容をそのまま掲載する点において,公開特許公報への発表は,学術文献や新聞への発表よりも,発表者の主体的意思が尊重される程度が強いから,学術文献や新聞には特許法30条1項の適用がある以上,公開特許公報についても当然に同項の適用があるべきであると主張する。 しかし,「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」とは,発表をするとき,その主体となって働きかけることと解され,もっぱら発表を行う行為の主体性が問題とされるのである。そうであるから,発表に使用される媒体(学術雑誌,新聞,特許公報)の編集者等が発表内容について発表者に一定レベル以上の内容を要求したり,レバイズ指示を出したり,オリジナルの内容から修正されたりする場合があることは,上記の発表の主体性とは関係がない。 出願公開制度の目的は,審査遅延により出願された内容が長期間公表されないことによって,企業活動を不安定にし,重複研究,重複投資を招く弊害を除去することにある。また,特許協力条約においても,「新たな発明を記載した文書に含まれている技術情報の公衆による利用が容易かつ速やかに行われるようにすることを希望し,・・」とあるように,国際公開の趣旨は,出願人に発明を発表する場を提供するものではなく,技術情報の公表による公衆による利用がその目的であり,出願人の公表の意思の有無に拘わらず国際出願の手続の一環として一定の時期を経た後に国際公開パンフレットが発行されるのであって,そこに出願人が主体的に関わる余地はない。したがって,国際公開パンフレットが特許法30条1項の「刊行物」であっても,そこへ掲載されることは同項の「刊行物に発表」したことに当たらない。 (2)原告は,公開特許公報の学術的評価が上昇したことなどから,公開特許公報が他の文献と同列に評価することができないことを前提とする最高裁平成元年判決の判示事項は,その後に行われた法改正や社会状況の変化から,もはや本件には適用される余地がないと主張する。 しかし,公開特許公報の学術的評価の上昇は,発表の主体性についての判断に何ら影響するものではない。また,乙第2号証によれば,出願人自身の公開公報を新規性喪失の例外とすべきであるとの意見は少なく,原告の主張するような社会状況の変化は見られない。 (3)出願公開及び補償金請求権の制度の趣旨は,乙第3号証のとおり,出願公開は,出願に係る発明を広く第三者に公開するものではあるが,いまだ特許性の有無についての実質的な審査が行われていない段階での公開であるから,特許権の設定の登録と同様な強い保護を与えることはできない。といって,全くなんらの保護も与えないとすると,公開によって出願に係る発明が広く第三者に公示されるという公開制度は,ただ出願人の犠牲の上に立つ制度ということになり,特許出願人の出願についての意欲を弱めることになる。そこで,出願人と,第三者公衆との間の利益衡量を計り,その調和として見いだされたものが補償金請求権であるというものであって,出願行為が公開行為と同視され,出願行為を行った出願人は,主体的に刊行物たる公開特許公報に発表したということはできないし,補償金請求権を発生させる意思主体が出願人であるともいえない。原告の出願公開制度や補償金請求権に関する前記第3の2(3)ないし(5)の主張は,最高裁平成元年判決における「刊行物に発表」の解釈に影響を及ぼすものではない。国際公開と補償金請求権の発生についても同様に,最高裁平成元年判決における「刊行物に発表」の解釈に影響を及ぼすものではない。 (4)出願人による早期出願公開は,既に公開前から出願人が発明を実施している場合の保護(この場合において,発明は既に実施されているのであるから新しい技術情報を公衆に利用させるという意味はない。),あるいは出願自体は公開前に拒絶されたが,特許法29条や29条の2の後願排除効を求めるため公開されることを求める(この場合において,既に特許性がないと判断された技術内容であるから公衆の利用という意味はない。)など,発明の発表とは別の目的のために早期公開が請求されるのである。したがって,早期公開制度は,特許法30条1項と関連づけて解釈すべきものではなく,早期公開制度に基づいて「公開行為の主体が出願人にある」ということはできない。国際出願についても,早期公開制度があるからといって「公開行為の主体が出願人にある」ということはできない。 3第三者の不利益についての解釈の誤りについて国際公開パンフレットによる国際公開は,特許協力条約21条の規定に基づき国際事務局が行ったものであるから,これをもって,国際特許出願を行った者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したということはできないし,この判断は,パリ条約による優先権等の規定に何ら抵触するものではない。 パリ条約4条のBは,「A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国においてされた後の出願は,その間に行われた行為,例えば,他の出願,当該発明の公表又は実施,当該意匠に係る物品の販売,当該商標の使用等によつて不利な取扱いを受けない・・・」と規定し,優先期間中に行われた当該発明の公表によって第2国出願に係る発明が新規性を失ったとして拒絶される等の不利益を被らないよう保護されている。優先権主張を行った第2国出願は優先期間の間の当該発明の公表によっては新規性を喪失しないことになる。 優先期間が過ぎ,第1国で公開特許公報が出たときに,これに対し特許法30条を適用するならば,本来優先期間(1年)を限度としてその期間内の当該発明の公表については新規性の喪失を免れていたものが,優先期間(1年)を過ぎても重ねて後の当該発明の公表による新規性の喪失を免れることになり,実質的に新規性の喪失を免れる範囲が拡大されたことになる。また,優先期間内に優先権を主張して出願した場合と,優先権を主張せず第1国での公開特許公報の発行から6ヶ月以内に同条の適用を申請して出願した場合とでは,後者は第1国における公開特許公報の発行の時から後願を排除することができる上,第2国出願が遅い分,前者より特許権の有効期間が後ろにずれることになる。 したがって,優先期間を徒過したのち,第1国での公開特許公報に基づく同法30条1項の適用を申し立てられた第2国(日本)への出願に対して同項の適用を認めることは,出願人に対し不当な利益を与えることになり,また,第三者に対しては不測の不利益を与えることとなるのであって,本制度の趣旨にそぐわないことになる。 原告は,特許協力条約では25条に出願の復活規定があることや現行の条約では指定国制度は廃止されたことを挙げ,外国特許公報等に掲載されることを新規性喪失の例外事由として認めるべきであるとするが,これらと我が国特許法における30条1項の「刊行物に発表」の解釈とは何ら関連するものではない。 4国際的調和について原告の挙げる特許協力条約に基づく規則4.1(c)(iii),規則4.17に関する実施細則第215号の規定は,あくまで国際出願の国内的要件に関する申立てについてのものであって,特許法30条の解釈適用に直接影響するものではない。 また,米国のグレースピリオドの制度における「刊行物」の解釈も同様に特許法30条の解釈適用に影響するものではない。 そもそも,審決は国際公開パンフレットが「刊行物」として通常の学術文献とは別異に扱うべきであるとの理由を述べているものではない。 5意に反する公知原告は,本件出願に当たり,特許法30条1項の規定の適用を求めていたのであり,訴訟においても,主体的に発表する意思が存在したと主張してきたのであるから,本件パンフレットに掲載されたことをもって,意に反する公知とする主張はこれらと矛盾するものであり,同条2項の意に反する公知に該当しない。 第5当裁判所の判断審決は,本件パンフレットによる公開は,特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が・・刊行物に発表し(た)」場合に当たらないから,同規定の適用を受けることができず,本願発明は,本件パンフレットに記載された発明と同一であり,同法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないと判断した。これに対し,原告は,本件パンフレットによる公開は,同法30条1項の上記場合に当たるから同規定の適用があると主張し,この点が本件訴訟における唯一の争点である。 1「刊行物」の解釈の誤りについて特許法30条1項は,「特許を受ける権利を有する者が試験を行い、刊行物に発表し、電気通信回線を通じて発表し、又は特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもつて発表することにより、第二十9条第1項各号の一に該当するに至つた発明は、その該当するに至つた日から六月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第一項及び第二項の規定の適用については、同条第一項各号の一に該当するに至らなかつたものとみなす。」と規定し,同法29条1項3号は,「特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明」と規定している。したがって,同法30条1項の「刊行物」は「特許を受ける権利を有する者が・・発表し」たものでなければならないのに対し,同法29条1項3号の「刊行物」には,このような限定はなく,出願前に日本国内又は外国において頒布されていれば足りると解される。 原告は,特許法30条が29条の例外を規定したものであるから,両者に共通して用いられている「刊行物」という文言は同じ意味に解釈されるべきであると主張するが,各条の文言上,上記の違いがあることは明らかであるから,原告の主張を採用することはできない。 もっとも,原告の主張は「刊行物」という文言に限れば,特許法30条と29条とで意味が同じであるべきだとの趣旨にも理解されるが,審決は,国際公開パンフレットへの掲載が同項にいう「特許を受ける権利を有する者が・・刊行物に発表し(た)」ことには当たらないことを理由としているのであるから,「刊行物」という文言のみを取り出して論じても意味はない。いずれにしても,国際公開パンフレットと学術文献等が刊行物として同等であることを主張する原告の主張(第3の1(1)〜(4))は,いずれも審決を取り消すべき根拠になるものではない。 2「刊行物に発表する」との文言の解釈の誤りについて原告は,特許法30条1項の「刊行物に発表」することが「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」と解されるべきであったとしても,本件パンフレットによる公開は,原告が自ら主体的に刊行物に発表した場合であるから,本件出願に同項の適用があると主張する。 (1)特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表」することの意義について,原告も引用する最高裁平成元年判決は,発明が公開特許公報に掲載されることが特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表し(た)」ことに該当するか否かが争われた事案において,「特許を受ける権利を有する者が,特定の発明について特許出願した結果,その発明が公開特許公報に掲載されることは,特許法30条1項にいう『刊行物に発表』することには該当しないものと解するのが相当である。けだし,同法29条1項のいわゆる新規性喪失に関する規定の例外規定である同法30条1項にいう『刊行物に発表』するとは,特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合を指称するものというべきところ,公開特許公報は,特許を受ける権利を有する者が特許出願をしたことにより,特許庁長官が手続の一環として同法65条の2の規定に基づき出願にかかる発明を掲載して刊行するものであるから,これによって特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないからである。」と判示している。 (2)最高裁平成元年判決の事案は,我が国又は外国の公開特許公報による公開が特許法30条1項の「特許を受ける権利を有する者が…刊行物に発表し」たことに該当するか否かが争われた事案であり,このような事案において,公開特許公報による公開は,特許庁長官が特許法の規定に基づいて刊行するものであって,特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に当該発明を刊行物に発表したものということができないと判示されている。事案と判示事項との関係からみれば,最高裁平成元年判決のいう「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」には,公開特許公報による公開のように,特許出願手続の一環として制度的に公開される場合は含まれないと解される。また,最高裁平成元年判決は,「主体的」であるか否かについて,個々具体的事案における特許を受ける権利を有する者の意思内容によって判断したものではないから,「主体的」であるか否かは,発明の公開について定めた国内法や外国法の規定の解釈によって制度的に判断すべきもので,特許を受ける権利を有する者の具体的意思によって判断するものではないと解される。仮に,特許を受ける権利を有する者の意思を考慮したとしても,後に発明が公開されることを認識し,公開されることを認容して出願をすることは,最高裁平成元年判決にいう「主体的」に該当しないことも,事案と判示事項から明らかである。 本件パンフレットによる公開は,国際公開パンフレットによる国際公開であり,国際出願があった場合において,特許協力条約21条の規定に基づき,国際事務局が行うものであること,国際出願においても,国際公開によって補償金請求権が発生し得ること,の2点において,公開特許公報による公開と共通する。また,我が国への特許出願ではない点において,外国の公開特許公報による公開と共通する。 (3)以上によれば,本件パンフレットによる公開が最高裁平成元年判決のいう「特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に刊行物に発表した場合」に該当しないことは,最高裁平成元年判決の判示内容から導き出されるものであると認められる。 3第三者の不利益についての解釈の誤りについて原告は,仮に外国特許公報等に掲載されることを新規性喪失の例外事由として認めたとしても,パリ条約による優先権等の主張の利益と重複する過重な保護を与えることにならず,第三者に不測の不利益をもたらすものでもなく,むしろ,公開公報を他の刊行物と公平に取り扱うことの利益の方が大きいと主張する。 (1)特許法30条1項の趣旨は,特許要件として新規性が要求されているため,特許出願をすることなく,自ら発明を公開した者は,その後に特許を出願しても,自ら発明を公開したことにより特許を受けられない結果になることがあり得るところ,この結果は,発明者,特に特許法の規定を十分知らない技術研究者にとって酷であり,また,発明を公開した者が公開によって不利益を受けることになっては,産業の発達に寄与するという特許法の目的(同法1条)に悖る結果ともなることから,一定の要件を具備した場合には,発明が既に公開されていることを理由に特許出願を拒絶されることがないようにするというものである。 また,特許法30条は,29条1項の例外を定めた規定であり,その解釈適用は,例外を定めた趣旨に合致するように,上記のような発明者を救済するために必要な限度で行われるべきであり,発明者を必要以上に保護したり,社会一般に不測の損害を与える結果を招来したりすることがあってはならないと解される。 (2)特許法30条1項の趣旨が上記のようなものであるところからすれば,原告は,本件出願の前に,国際出願を行った(甲第1号証)のであるから,既に特許出願手続に着手したものということができ,この点において,原告は,もはや同項が救済しようとしている技術研究者等に該当しない。 (3)甲第1号証(本件パンフレット)によれば,原告は,1999年9月10日,米国において特許出願をしていたところ,2000年7月27日の国際出願においては,米国における出願を特許協力条約8条に基づく優先権主張の根拠として記載し,我が国も指定国に含まれていたこと,この国際出願は,2001年3月15日,本件パンフレットにより公開されたことが認められる。 他方,原告は,平成13年(2001年)6月1日,本件出願をするとともに,特許法30条1項の適用を申し立て,同月4日付けで,本願発明が同項に規定する発明であることを証する書面として本件パンフレットを提出したことは,当事者間に争いがない。 上記の事実経過からすれば,原告は,1999年9月10日から12か月間,パリ条約による優先権を主張して特許出願(第2国出願)をすることができたし,また,原告は,わが国を指定国に含めて,2000年7月27日に国際出願をしていたのであるから,特許法184条の4第1項に定める翻訳文を同項所定の期間内に提出するなどしていれば,なお特許協力条約に基づき優先権を主張することができたものである。 さらに,原告は自ら主体的に国際出願をしたのであるから,前記の優先出願(1999年9月10日,米国)から約18か月後に,本件パンフレットによる公開がされることは,容易に予見することができたはずである(特許協力条約21条2項(a))。 しかるに,原告は,以上のいずれの期間内にも出願等の措置をも採ることなく,本件出願に至ったものである。 既に述べたとおり,特許法30条1項の趣旨は前記(1)のとおりであり,少なくともパリ条約による優先期間を徒過した者や同法184条の4に定める手続を怠った者を救済するためのものでないことは明らかである。したがって,本件パンフレットによる公開に同法30条1項を適用すると,同項が同法29条1項の例外を定めた本来の趣旨以上に特許を受ける権利を有する者を保護することになるから,このような解釈を採ることはできない。 (4)以上のとおり,特許法30条1項の趣旨から検討しても,本件パンフレットによる公開に同規定を適用することはできず,原告の上記主張を採用することはできない。 4原告のその余の主張について(1)原告は,国際的調和の観点から,特許協力条約に基づく規則4.1(c)(iii),規則4.17に関する実施細則第215号の規定や米国のグレースピリオドの制度における「刊行物」の解釈を挙げるが,これらはいずれも「刊行物」の解釈に関するもので,前記1のとおり,いずれも審決を取り消すべき根拠になるものではない。 (2)原告は,特許法30条1項の適用を否定するのであれば,特許公報による公開は「意に反して」公開されたとしか考えられず,当然に同条2項が適用されるべきであると主張する。 しかし,甲第2及び第4号証によれば,原告は,本件出願に当たり,本件パンフレットによる公開について特許法30条1項の適用を求めていたのであり,本件パンフレットによる公開が「意に反する公知」に該当するとして同条2項の適用を求めていたものでない。それ故,審決も後者の主張については判断していないのであって,原告の上記主張は失当である。 5結論以上に検討したところによれば,審決取消事由には理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 田中信義 |
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裁判官 | 古閑裕二 |
裁判官 | 浅井憲 |