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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成17ワ4556職務発明譲渡対価請求事件 判例 特許
平成15ネ4867「窒素磁石」に係る発明の対価請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  考案者 /  職務発明 /  無償の通常実施権 /  相当の対価(相当な対価) /  協議 /  技術的思想 /  製造方法 /  使用方法 /  共同発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  慣用技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  ライセンス /  抵触 /  存続期間 /  優先日 /  数値限定 /  技術的意義 /  均等 /  均等侵害 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  信義則 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  販売数量(販売数) /  実施料 /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  対価 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  審決確定(審決が確定) / 
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事件 平成 18年 (ワ) 7073号 職務発明の対価金請求事件
原告 P1
訴訟代理人弁護士藤川義人
同 清水良寛
同 四宮章夫
補佐人弁理 士北村光司
被告ホ シデン株式会社
訴訟代理人弁護士松本司
同 井上裕史
同 田上洋平
同 速見禎祥
訴訟代理人弁理士北村修一郎
補佐人弁理 士山崎徹也
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2007/07/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求の趣旨1被告は,原告に対し,2億円及びこれに対する平成18年7月26日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2訴訟費用は被告の負担とする。
3仮執行宣言第2事案の概要1本件は,被告の従業員であった原告が,その在職中にした職務考案及び職務発明につき,実用新案法11条3項及び特許法35条3項(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下同じ )に基づいて,実用新案登録及び特許 。
を受ける権利を使用者である被告に承継したことに対する相当な対価の未払分の一部である2億円及びこれに対する平成18年7月26日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
2前提事実(争いがないか後掲証拠又は弁論の全趣旨により明らかに認められる )。
(1)当事者, (「」。) 被告は エレクトレットコンデンサマイクロホン 以下 ECM というを含む音響製品等の情報通信機器の製造販売を業とする株式会社であり,マイクロホンの生産拠点として 子会社であるホシデン九州株式会社 以下 ホ , (「シデン九州」という )を有している。。
原告は,昭和45年3月に被告に就職し,退職するまでの間,専らECMの技術開発に取り組んだ。
(2)原告による職務考案及び職務発明原告は,被告での在職中,その職務として,次の考案及び発明をし,その実用新案登録を受ける権利及び特許を受ける権利を被告に譲渡した(ただしこれらが原告の単独考案・単独発明であるか否かについては争いがある。。)これらの考案及び発明については,次のとおり被告が実用新案登録出願及び特許出願をし,実用新案権及び特許権の設定登録がされて,被告が権利者となった(以下,次のアの考案を「本件考案 ,それに係る実用新案権を「本 」件実用新案権 ,それに係る実用新案登録を「本件実用新案登録」といい, 」次のイの発明を「本件発明 ,それに係る特許権を「本件特許権」という。 」ア本件考案(甲3)登録番号第2540506号登録日平成9年4月18日考案の名称エレクトレットコンデンサマイクロホンユニット優先日平成2年8月20日(実願平2-86874)出願日平成3年4月19日(実願平3-26840)公開日平成4年8月20日(実開平4-96199)消滅日平成17年4月18日(登録料不納により消滅)考案者願書上は,原告及びBとされている。
実用新案登録請求の範囲別紙実用新案登録公報記載のとおりイ本件発明(甲6)登録番号第3387012号登録日平成15年1月10日発明の名称エレクトレットコンデンサマイクロホン及びその製造方法優先日平成10年3月23日(特願平10-95337)平成10年8月5日(特願平10-234954)出願日平成10年9月25日(特願平10-288851)( ) 公開日平成12年4月21日 特開2000-115895発明者願書上は,原告,C及びDとされている。
特許請求の範囲別紙特許公報記載のとおり(3)ECMの概要(甲10,弁論の全趣旨)アコンデンサマイクロホンは,外部からの音響(音圧)で振動する「振動膜」と 「固定電極 ( 背極 「バックプレート」ともいう )とで,コン ,」「」 。
デンサを構成し,音響(音圧)を電気信号に変換する方式のマイクロホンである。振動膜が音響(音圧)によって振動すると,固定電極との距離が変動し,コンデンサの静電容量が変化し,この変化を電気信号として取り出している。
コンデンサは予め振動膜又は固定電極に直流電圧を印加しておく必要が。,( , ある ECMでは エレクトレット現象 ある物質に強い電界をかけるとその電界を取り去った後でも電荷が残る現象)を利用して,定常的に電荷を持たせたエレクトレット層を振動膜または固定電極に形成することで,。 , 外部からの直流電圧の印加を不要としている エレクトレット層としては通常,FEP(fluoro ethylene propylene)の高分子フィルムが使用されている。
なお,音響(音圧)の変化により生じた電気信号の感度を改善するためのIC素子としては,通常FET(Field-Effect Transistor電界効果トランジスタ)が使用される。
イ本件考案の実用新案登録出願前には,少なくとも2種類のECMが市場で製造販売されていた。
一つは,ホイルエレクトレットタイプと呼ばれ,振動膜自体がエレクトレット化された高分子フィルムで出来ているECMである。被告が製造販売するECMでは「KUCシリーズ」の名称が付されている。
他は,バックエレクトレットタイプと呼ばれ,固定電極に高分子フィルムを熱溶着等してエレクトレット化したECMである。被告が製造販売するECMでは「KUBシリーズ」の名称が付されている。
これらいずれのECMにおいても,マイクロホンの筺体であるカプセルの内部に,天板側から振動膜・固定電極の順で配置されていた。
(4)被告による実施等の有無, , 。 ア被告は その製造販売に係るECMにおいて 本件考案を実施してきたただし,その本件考案を実施した製品の範囲については争いがある。本件考案の実施品であることに争いがないのはフロントエレクトレットタイプと呼ばれ,マイクロホンの筺体であるカプセルの前面板(天面)を固定電極とする(以下,この型のECMを「兼用タイプ」という )とともにこ。
れをエレクトレット化し,その内側に振動膜を配しているECMで 「K,UFシリーズ」の名称が付されている。
また被告は 「KURシリーズ」の名称が付されたECMも製造販売し ,ているが,これが本件考案の実施品であるか否かについては争いがある。
イ被告が本件発明を実施してきたか否かについては争いがある。
, 。 ウ被告が他社に対して 本件考案及び本件発明を実施許諾したことはない(5)報奨金の支払(弁論の全趣旨)被告は,発明考案取扱規定(乙1)に基づき,原告を含む願書上の考案者ないし発明者に対し,出願報奨金及び登録報奨金として,合計で本件考案について1万円前後(原告主張は1万5000円,被告主張は7500円 ,)本件発明について1万5000円又は1万1500円を支払った(弁論の全趣旨 。)3争点本件の争点は,被告が原告に対して支払うべき相当な対価の額であるが,これを細分化すると次のとおりである。
(1)本件考案及び本件発明により被告が受けるべき利益(独占の利益)の存否及び額(2)被告が貢献した程度(考案・発明者貢献度)( ) (3)本件考案の考案者及び本件発明の発明者 原告の単独考案・発明か否か第3争点に関する当事者の主張1争点(1)(独占の利益の存否及び額)について【原告の主張】(1)基本的な主張ア本件考案及び本件発明の実施による売上高次のとおり,本件考案及び本件発明の実施による被告の売上高は,*************を下回らない。
(ア)本件考案の実施による売上高についてa被告は,平成4年4月ころから現在まで,子会社であるホシデン九州に対し,本件考案を実施したECMを製造させ,同社からその供給を受けて販売している。本件考案の実施品は,主として携帯電話の内臓マイクとして使用されており,小型化・薄型化・低価格化された製品は,松下電器産業(正式名は松下電器産業株式会社,以下もこの略称でいう,ソニーエリクソン,日本電気,シャープ,三菱電機, 。)三洋電機及び京セラ等の携帯電話機器の主要メーカーに対して供給され,国内市場についてはほぼ独占状態に近いといえる。また,本件考案の実施品は,携帯電話以外にもビデオカメラ,パソコン及びデジタルカメラなどにも使用されており,さらには携帯電話の連動ツールとして,車載の運転席のハンドルに設置するマイクとしても販売されているので,今後,車の部品メーカーである日本電装に対する売上げも伸びると想定される。
ホシデン九州が製造して被告が販売する本件考案の実施品は,KUFシリーズとKURシリーズの2種類がある。
bKUFシリーズは,平成4年4月から販売されているところ,平成11年までの売上額は,*******を下らない。また,その平成12年1月から本来の存続期間が満了する平成18年3月までの売上高は*****を下回らない。したがって,KUFシリーズの平成4年4月から同18年3月までの売上げは,*******を下回らない。
KURシリーズは平成14年ころから販売されているところ,KURシリーズの売上高は,KUFシリーズの売上高の******であることから,少なくとも********の売上高が存する。したがって,KURシリーズの平成14年1月から同18年3月までの売上げは*********を下回らない。
(イ)本件発明の実施による売上高についてa被告は,平成14年ころから現在まで,ホシデン九州に対し,本件発明を実施した製品であるECMを製造させ,同社から本件発明の実施品の供給を受けて販売している。本件発明の実施品も,本件考案の実施品と同じく,主として携帯電話の内臓マイクとして使用されるほか,携帯電話以外にも使用されており本件考案の実施品と同じ状況にある。
本件発明の実施品は,KUFシリーズのみである。
b本件発明の実施品であるKUFシリーズの売上高は,少なくとも******であるので,平成14年1月から本件特許権の存続期間満了日である平成30年9月25日までの売上げは,*****を下らない。
イ被告が得る独占の利益の額について被告が,第三者に本件考案ないし本件発明の実施を許諾した場合,被告はECM市場において本件考案ないし本件発明以外に格別の優位性を有していないことから,当該第三者は,被告の売上高の2分の1に相当する売上げを獲得する可能性があるといえる。そうすると,本件考案及び本件発明の実施による売上高の合計は少なくとも*********であるので,第三者がそれらを実施したと仮定した場合の売上高は,少なくとも**********である。
そして,本件考案及び本件発明は,前述のとおり,ECMの小型化・薄型化・低価格化に資するものであり優位性が高いこと,被告は,本件考案及び本件発明を実施することによって,国内のECM市場をほぼ独占していることを考慮すれば,被告が第三者に本件考案及び本件発明の実施を許諾する場合の実施料率は少なく見積もっても売上高の10%を下回るものではない。
したがって,被告が得る独占の利益の額は,*********を下回るものではない。
(2)被告の主張に対する反論ア本件考案の無効理由について(ア)被告の主張にいう実公昭57-29432号実用新案公報(乙5,公告日:昭和57年6月28日。以下「松下考案公報」といい,これに記載された考案を「松下考案」という )の対象物は「固定電極の両面 。
と一定間隙をもって相対向する2枚の振動膜」を備えた「単一指向性を有するエレクトレット・コンデンサマイクロホン (同3欄7,8行)」である 「単一指向性」マイクロホンでは,振動板の後ろ側にも音の通 。
り道として穴や溝が設けられており,この構造のために,マイクロホンは前方への単一な指向性を持つことになる。松下考案は,この「単一指向性 という前提の下で 2枚の振動膜の間に固定電極を位置させ両 」, ,「面に…エレクトレット層が形成された…固定電極 (実用新案登録請求」の範囲)を必須要件としているものである。
したがって,松下考案の単一指向性マイクロホンにおいて,固定電極をエレクトレット化し,しかもその固定電極は2枚の振動膜の間に収納するという構成は,被告の主張にいう特開昭61-265000号公開特許公報(乙3の1,公開日:昭和61年11月22日。以下「松下発明公報」といい,これに記載された発明を「松下発明」という )のカ。
プセル側に背極を位置させる構成とは相容れないものであるから,松下考案をもって本件考案の進歩性欠如の資料とする主張は成り立たないというべきである。
また,一般に,FEPフィルム付金属の板に対して,曲げや絞り加工を施すと,フィルムにダメージが生じ,エレクトレットの安定性に問題が生じると考えられる。しかし,原告は,あえてカプセルとして絞りの加工を施し,内壁にFEPフィルムを配置し,回転カシメ・シロのフィルムを削るなどして,エレクトレットの安定性,構造面,量産性及びカプセル単価等を十分に検討して本件考案を完成させたものである。
(イ)もっとも,本件実用新案登録に無効理由が存するか否かの点は,その独占の利益の存否及び額に何らの影響を及ぼすものではない。なぜなら,他社が本件考案に係る権利を無視して経済活動をした事情が存しない以上,被告は本件考案により利益を得ていたと認めるべきだからである。
実際にも,本件実用新案権は,被告が本来の存続期間満了の1年前に年金を納付せず権利放棄するまでの間,無効審判請求を提起されることなく現実に存続してきた。松下電器産業からは,被告製品が松下発明に係る特許権を侵害するとして訴訟等が提起され,これに対して被告から同特許権につき無効審判請求を提起するなどして争い,最終的に松下電器産業の上記特許権の無効審決が確定した経緯があるが,松下電器産業にとっては,本件考案は自らの侵害主張の障害となり得る存在であることは明らかであるから,その松下電器産業が本件実用新案権に対して無効審判請求を申し立てなかったのは,本件実用新案登録を無効にすることが無理であると判断していたと推察するのが自然である。また,たとえ無効化に成功しても市場競争において実効性がないと考えていた可能性もある。
いずれにせよ,松下電器産業が敗訴し,同社の特許権が無効となったにもかかわらず,対立当事者である被告の本件実用新案権が維持されていることから,本件実用新案権の有効性と独占的排他的地位に対する業界内の認識は決定的なものとなったといえる。
以上のことは,被告が,本件考案につき,平成17年4月19日に年金の不払いにより権利が終了するまでの間,登録料を納付し続けていたことからも明らかである。
イ本件考案の実施品についてKURシリーズが被告の主張のような構造を有していることについては定かでないが,仮にそのような形状であったとしても,固定電極の上にスペーサとカプセルを重ねて配置することに独自の技術的利点が存するか疑問であり,本件考案の単なる付加であるとも思われる。
ウECMをめぐる市場状況について(ア)被告は,ECMのシェアについて,被告が****であると主張する。しかし,会社四季報によれば,平成13年度から平成18年度までの間,被告の特色として「携帯電話マイク部品首位」との記載がある。
携帯電話マイク部品首位の被告がECMのシェアで*****ということは,真実に反しているといわざるを得ない。被告は,世界の携帯電話出荷台数に対するKUFシリーズのシェアが低いことを論じているが,日本国内の携帯電話市場は,器機の小型化による身近さを求めるユビキタスという品質にこだわった特殊な市場であるから,携帯電話の分野では,シェアの比較は,まず国内市場において論じなければならない。
そこで,国内携帯電話市場における被告のKUFシリーズのシェアの推移を見ると,別紙1(甲16)のC2欄のとおりであり,平成6年から平成9年の間の国内携帯電話出荷台数に占めるシェアは,それぞれ****************である このように 本件考案は小 。,,「径薄型高音質」という品質を効果として獲得し,その品質を「フロントエレクトレット」という名称により化体し,市場を形成しており,平成9年ころまでに 「小径薄型高音質」という品質を市場に知らしめ,独 ,。, , 自の市場を形成した かかる状態では 競合企業もそれを無視しきれず同調,あるいは対抗手段をとらざるを得ない状況となっている。このような状況下にある平成9年に,絶妙のタイミングで本件考案は登録されたのである。
そして別紙1のB2欄によれば,被告は,平成9年から平成12年に至るまで,携帯電話以外の市場への参入も含め,一気に,KUFシリーズの生産数量を拡大した。この「他者が競合を無視できない」時期に,他社がフロントエレクトレットECMを製造しなかったという事実及び数値的な推移からすれば,本件実用新案権が強力な抑止力を作用させたことは,明白である。このことは,四季報における「携帯電話マイク部品首位」との文言が,平成13年以降になって掲載され始めたこととも一致する。
以上のとおり,本件実用新案権は,二番手が生じる以前に,被告を高いシェアにまで一気に引き上げる役割を果たし,被告は以降その恩恵に浴しているのである。そして,被告は,携帯電話におけるKUFシリーズの成功をキーに,これらの他の製品分野の幾つかにおいても,平成9年から平成12年の間にKUFシリーズが独占的地位を築いたであろうことが予想される。
(イ)被告が指摘する別紙2は 「日系企業」及び「日系企業以外」がそ ,れぞれどの企業を意味するのか開示されておらず不明であり,また,被告が認めるとおり,KUFシリーズは,********************に採用されておらず,その他,著名な海外携帯電話メーカーからも採用されていないので 「日系企業向け」及び「日系企業以外 ,向け」の携帯電話向けKUFシリーズの販売台数が,同別紙記載のような比率になることは,にわかには信用できない。しかも,平成11年以降しか開示されておらず,平成10年以前の状況が全くわからないものとなっている。
仮に同別紙記載の数値がある程度正確であったとしても,それによれば,携帯電話向けKUFシリーズの世界シェアは,日系企業の携帯電話生産台数に占めるKUFシリーズの割合(国内シェア)よりも相当低くなっているが,これは,本件考案が日本でのみ登録され,海外で登録されていない結果,日本でのみ独占力を有していることに由来しているものであり,結果として,KUFシリーズの国内シェアが,本件考案によって維持されていることを意味しているに他ならない。したがって,このデータからも本件考案の独占性が裏付けられたというべきである。
エ兼用タイプの長短について(ア)高さ(厚み)について被告は,兼用タイプであるKUFシリーズは高さ(厚み)を低く抑えることができるとしつつ,KUBシリーズでも同程度の高さ(1o)の製品があると主張している。しかし,KUFシリーズは外径がΦ6oに対し,KUBシリーズは外径がΦ10oと大きく異なっている。このタイプのKUBは,薄さを強調したECMとして,特別な構造の製品とし,,,, て位置付けられており 薄くする反面 外径が大きくなり その用途は携帯電話用ではない。携帯電話用に用いられるKUBシリーズは,薄くても,厚み1.5oの製品しか存在しない。KUFタイプは,優位性を活かした薄型製品であり,0.9mmという世界最小の薄い製品(KUF4723)も存在する。
(イ)ノイズについて被告は 本件考案にはノイズの問題点があり それを被告の別考案 乙 , ,(7の2。以下「被告考案」という )によって解決したと主張するが, 。
同考案は,過去のわずかな期間に実施されたに過ぎず,本件考案の公開されたころ以降から実施されていない。すなわち,当初は,被告考案が実施されていた製品には板厚0.3mmのアルミニウム板が用いられており,この板厚によって被告考案のシールドを行うスリットを形成する余裕があった。しかし,その後,板厚0.12mmの洋白が材料として用いられるに至った。この場合,被告考案のシールドを行うスリットを形成する余裕はなく,単なる丸孔を開口できるだけであるが,ユーザーはノイズを問題視することなくKUFシリーズを使用している。
また, KUFシリーズが多く使用される現状の携帯電話では,現在はデジタル信号処理が一般化しつつあり,その結果,基本的にノイズを問題視する必然性がなくなってきた。また,現状の携帯電話のマイクが音声を収音する周波数帯域は音声の300Hz〜5KHz間であり,誘導雑音の原因となる光ノイズ等の300Hz以下のノイズ音を収音しにくい。また,アナログ信号処理においても,上記音声帯域以外はフィルターで音声信号をカットするので,誘導ノイズなどの問題が解消される。
したがって,被告が主張する本件考案の問題点は存しない。
(ウ)その他の問題点について塵埃及び唾液等水滴の侵入の問題については,被告は,この問題に対処するために,カプセル前面のクロスを水滴や塵埃の侵入しにくいクロスに変更して,同問題を解決している。
また,カプセルの天壁に加わる外圧の問題については,要因はカプセルの素材がAl材という柔らかい材料であった一方で,外国人の作業者が大きな指で力任せにカプセル天壁を押すことにあったが,現在は,カプセルの材質が洋白材という薄くても硬い材料に変更されているので,解決済みである。
(エ)以上より,KUFシリーズは,KUBシリーズに比して,小型かつ薄型化することが可能なので,優位性を有しているのである。また松下発明とKUFシリーズを比較した場合でも,KUFシリーズは,松下発明よりも,部品数が少なく,マイク感度が高く,周波数帯域が広く,高温による感度変化が小さく,振動ノイズが小さく,作業性に優れ,小型・薄型化が可能であり,また,高音質を実現できるという全ての点で,優位性を有している。これらはすべて,本件考案を採用したことにより直接又は間接的に導かれる効果である。
, , 被告は ****がKUFシリーズを採用していない点を指摘するが****がKUFシリーズを採用しない最大の理由は,同社が調達先を複数社とする方針を採用している一方で,KUFシリーズが被告の実用新案・特許の実施品であり,被告の同業他社による生産ができないという事情によるものであって,KUFに優位性がないから採用しないという関係にはない。なお,日本国内の携帯電話メーカーは,****のような方針を有していないので,すべてのメーカーが,小型かつ薄型化が可能なKUFシリーズを採用している。
オ被告による本件発明の実施の有無について(ア)被告が使用するスプレー液の粘度および温度が*****************に設定されているとの点は,乙第13号証では必ずしも明確ではない。また,**************************************************************にもかかわらず,乙第13号証の記載条件が特許請求の範囲を外れるというのは不合理であり,かかる主張は許されないというべきである。
また,そもそも,被告製品の製造に使用されるスプレー液の粘度と温度が,本件発明の構成要件の数値から外れるとしても,本訴訟の結論には何ら影響を及ぼさない。というのは,特許権とは排他権であって,被告の製品は必ずしも当該特許された職務発明技術的範囲に含まれるものでなくてもよいのであって,競業他社の実施を禁止することで,自社の代替製品の売上げに貢献があれば,それは当該職務発明による使用者の受けるべき利益に値するからである。そして,被告製品の製造方法が本件発明を基本的原理として利用した技術であることは明らかであるから,競業他社に対して本件発明の実施を禁止することにより,被告がECMの市場において競業他社に対して優位な立場を獲得していることは,優に認められるところである。そうすると,仮に被告のECMが厳密には本件発明の技術的範囲に属しないとしても,被告は本件発明の独占の利益を得ているというべきである。
(イ)被告は,本件発明のスプレー液の粘度及び温度の構成は,補正によって追加されたものであると主張する。しかし,被告が本件発明の出願過程において,請求の範囲減縮したことが不必要かつ不用意なものなのであり,本来であれば「粘度が30c.p.,温度が25℃以下」とまで減縮しなくとも,たとえば,実施例に当初から記載されている「高分子FEPの微粒子を分散させたスプレー液・・としては ・・・粘度が1,0〜30c.p.,25℃ (甲6,乙8【0029 【0051「スプ 」 】】),レー液・・に ・・増粘剤,界面活性剤を混入し,その粘度は30〜9 ,,」(【】),「, 0c.p.25℃としたもの同0036増粘剤・・を混入し粘度を35〜40c.p.,25℃としたスプレー液 (同【0042 ) 」】という範囲内で減縮することも可能だったのである。このような経緯があるにもかかわらず,被告が本件発明の独占性を否定する主張をすることは,信義則に違反するというべきであり,許されるべきではない。
【被告の主張】本件考案及び本件発明に独占の利益は存しない。
(1)本件考案についてア無効理由の存在(ア)本件考案の明細書によれば,本件考案は,ECMにおいて,@カプセルを固定電極とすることにより部品点数を減少させ,またA固定電極(背極)側をエレクトレット化することで,振動膜に最適な材料を選択できることを目的とした考案であるが,前者は松下電器産業の出願に係る松下発明公報ないし米国特許第4249043号公報(乙4,登録日:1981年2月3日)に,後者は松下電器産業の出願に係る松下考案公報に開示された公知技術である。しかも,上記Aの点は,松下考案公報には「従来のエレクトレット・コンデンサ・マイクロホンは1枚の振動板と1個の固定電極からなり,振動膜と固定電極のどちらか一方をエレクトレット化したものである 」と説明されていて,当時から被告ほ 。
か他社でも販売していたバックエレクトレットタイプにおける慣用技術であるから,当業者にとって両者を組み合わせることには何らの阻害事由もない。したがって,本件考案の進歩性はないと言わざるを得ない。
原告は,単一指向性のマイクロホンに関する松下考案の技術は,カプセル側に背極を位置させる本件考案の構成と相容れないと主張するが,被告が本件考案の進歩性に関係するとして主張している技術は,松下考案公報が開示している,固定電極にエレクトレット層を形成する技術である。この技術は,単一指向性のマイクロホンにのみ適用する技術ではなく,いわゆるバックエレクトレットタイプでも一般に採用されていた技術であるので,原告の主張は失当である。
このような本件考案に独占の利益は存しない。
(イ)原告は,松下電器産業が本件考案を無効化することが無理であると判断していたと主張するが,同社が本件考案に対して無効審判を請求しなかった理由としては,無効化する必要がなかったからと推測する方が自然である。
イ本件考案の実施品について(ア)KUFシリーズは,本件考案を実施した製品である。
(イ)KURシリーズは,本件考案を実施した製品ではない。KURシリーズは,リバースエレクトレットタイプと呼ばれ,バックエレクトレットタイプの固定電極と振動膜の位置関係を逆転させた構造であり,固定電極とカプセルの前面板とが兼用される構造ではない。
ウECMをめぐる市場状況(ア)KUFシリーズの中では,携帯電話用のものが販売額,数量ともに最も多いが,被告の販売先上位5社に対する携帯電話用(一部,固定電話の子機用を含む )に販売された被告のECMは,販売額,数量とも 。
, 。 にKUBシリーズ***** 販売額はKUFシリーズ****である被告のKUFタイプのECMの販売数量は,世界の全ECMの出荷個数や携帯電話の販売台数に比べてはるかに小さく,また,被告の全ECMの販売数の一部にすぎない。すなわち,被告以外の競合メーカーからも被告の全ECM以上の数量のECMが販売されており,それらはすべてKUFシリーズとは異なった構造であるホイルエレクトレットタイプやバックエレクトレットタイプのECMである。したがって,KUFシリーズがECMの市場を独占していたとはいえないし,携帯電話の販売台数が大幅に増えているにもかかわらず,KUFシリーズの販売台数は横ばいもしくは下降しており,KUFシリーズに独占性がないことは明白である。
(イ)平成13年8月ころの調査によれば,日本におけるECMの大手メーカーとしては,松下電器産業(ECMの製造は,子会社の「元」松下通信工業株式会社 「現」パナソニックエレクトロニックデバイス株式 ,会社,被告,及び,株式会社プリモ(以下「プリモ」という )が存 。) 。
在し,ECMの国内シェアは,それぞれ*************と推測される。また,KUFシリーズと同じ兼用タイプのECMを製造販売していたのは,国内では松下電器産業(平成4年ころより製造販売開始)だけであるが,世界では韓国のBSE(Best Sound Electronics)社が,カタログに同型のECMを掲載していた。なお,KUFシリーズと同じ兼用タイプのECMは,全ECMのうち,松下電器産業では*****被告では******にすぎない。
なお,KUFシリーズを含めたECMの製造メーカーとしては,世界でも,本件考案の出願前から,実質上,松下電器産業,被告,及びプリモの3社しかなかったが,その後,後発メーカー,例えば平成15年ころから韓国のBSE社がECMの国際市場に参入するとともに,最近では中国企業が参入しており,また,国内では平成16年ころからスター精密株式会社やその他の会社が参入してきたが,日本企業でのECMの,,, 。 シェア上位は 松下電器産業 被告 プリモの順位に大きな変動はないそして,本件考案の有効期間経過(平成17年4月19日)後に本件考案の実施品,すなわち,KUFシリーズと同型のECMの製造を開始した企業はない。
(ウ)KUFシリーズは,その多くが携帯電話向けであるが,平成11年から平成18年までの携帯電話向けKUFの販売台数(平成10年以前は被告保存データでは携帯電話向けか否かの調査が不能)は,別紙2のC欄記載のとおりであり,そのうち日系企業に販売した台数は同別紙E欄,日系企業以外に販売した台数は同別紙G欄のとおりである(なお,KUB及びKURシリーズの日系企業への販売台数は8年平均して,KUFシリーズの***であるが,逆に日系企業以外への販売台数は***である。そして,日系企業の携帯電話生産台数は,同別紙J欄の 。)とおりである。以上から,同別紙K欄の%表示は,やや高いが,KUFシリーズの日系の携帯電話メーカーに対するシェアということになる。
また,全世界の携帯電話の販売台数が同別紙O欄であり,同別紙P欄の%表示は,同別紙B欄(同別紙E欄と同別紙G欄の合計)のKUF販売台数を同別紙O欄の台数で割った値で,KUFシリーズの全世界の携帯電話メーカーに対するシェアということになる。
(エ)以上のような製品市場の状況からすると,本件考案には事実上の独占性もなかったというべきである。
エ兼用タイプの長短(ア)高さ(厚み)について兼用タイプであるKUFシリーズは天壁と固定電極(背極)とを兼用するため,原理的には,他のタイプのECMと比較して高さ(厚み)を低く抑えることができ,小型化を図ることができる。もっとも,実際の製品では,バックエレクトレットタイプのKUBシリーズでも,携帯電話も主用途の一つとして開発されたものに同程度の高さの製品がある。
(イ)ノイズについてa本件考案は固定電極をカプセルの前面板(天壁)としたため,前面板に近接して振動板が配されて,FETのゲート(入力側)に接続される関係で,音孔から入るノイズ(誘導雑音)が大きいという問題があった(これはKURシリーズでも同様である。これに対して,。)バックエレクトレットタイプでも,前面板に近接して振動板が配され,() , るが 振動板の下方 前面板の反対側 に固定電極が配される関係上固定電極がFETのゲート(入力側)に接続されるので,音孔から入るノイズ(誘導雑音)の問題は少なかった。
被告がこの問題を解決したのが,原告が関与していない被告保有の実用新案登録第2548513号の考案(乙7の2,被告考案)である。この考案は,前面板の音孔をスリットとすることによって振動板に対するシールド効果を高め,ノイズ(誘導雑音)を小さくすることを可能としたが,このノイズ(誘導雑音)を小さくできたことが,KUFシリーズが携帯電話用ECMとして使用された最大の理由である。このため,KUFシリーズは,この考案が出願された平成4年1月20日以降に販売を開始している。
このような本件考案に独占の利益は存しない。
b原告の主張に対する反論KUFシリーズには,原告の主張するとおりカプセルの材料をアルミに代えて洋白とした製品があり,平成13年2月からその販売を開始した。洋白はアルミに比べて硬くて加工がし難いため,被告考案のスリット音孔に代えて小さな音孔にすることによりノイズに対応している製品があるが,現在でもカプセルの材料にアルミを使用したKUFシリーズ製品には被告考案を実施している。洋白を使用した製品の平成13年2月から平成18年4月19日(本件考案の本来の権利満了日)までの販売額は,***************であるのに対し,被告考案の実施品の同期間の販売額は **************である。
また,被告が現在までに販売したKUFシリーズはすべてアナログ信号処理のマイクロホンである。携帯電話としてデジタル信号処理が一般化しつつあるとしても,それによってマイクロホンとしてのノイズ問題が解消されるわけではない。原告は,携帯電話における信号処理等によりノイズ問題は解決されている旨主張するが,音声信号のノイズは携帯電話における信号処理だけで防げる問題ではなく,ECM, 。 自体に対策を講じて できる限り誘導ノイズをカットする必要がある(ウ)塵埃,唾液等水滴の侵入カプセルの天壁である固定電極には音孔が開いているが,この音孔から送話時の風圧等で塵埃が,固定電極と振動板との間の微小間隙(間隔35μm前後)に侵入し,性能に影響が生じるおそれがあり,また,送話時に飛散した唾液や飲み物等の水滴が音孔から上記の微小間隙に入ると,電極間がショートし,エレクトレットの性能やマイクとしての特性が劣化したり機能しなくなるという問題がある。ECMのカプセル前面にクロス(薄い不織布)があっても,塵埃,唾液の侵入の問題は解決していない(リバースエレクトレットタイプも同様の問題がある。こ。)れに対して,ホイルエレクトレットタイプ及びバックエレクトレットタイプでは,音孔から侵入した塵埃や唾液等水滴は,構造上,振動膜で侵入を遮断され,振動膜と固定電極との微小間隙には侵入しないので,この問題はない。
(エ)カプセルの天壁に加わる外圧,() フロントエレクトレットタイプでは 天壁が薄い 0.15〜0.3o程度, , ため ECMを携帯電話等の機器に組み込んだ時または機器の使用中に機器の筐体側からカプセルの天壁に強い圧力が加わると,天壁と固定電極が兼用されたKUFシリーズでは固定電極と振動板との間の微小間隙, 。, が影響を受け それによって特性が変化する問題がある これに対してホイルエレクトレットタイプ及びバックエレクトレットタイプでは,天壁と固定電極が兼用されていないので,そのような問題はない。
(オ)以上のとおり,KUFシリーズは,KUCやKUBシリーズ,特にKUBシリーズに対して優位性を持っているものではない。事実,*****************では,携帯電話にはバックエレクトレットタイプのみを使用し,KUFシリーズ等の兼用タイプは一切採用していない。
(2)本件発明についてア本件発明では,すべての請求項に「前記スプレー液は,FEPの微粒子が分散されるとともに,増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希,, 」 釈されたものであって 粘度が30c.p. 温度が25℃以下となっているとの限定が付されている。これは,拒絶理由通知に対する補正において追加された構成である。したがって,この構成を充足しないスプレー液を使用したECM及びその製造方法は,文言侵害及び均等侵害を含めて,本件発明の技術的範囲には属さない。
他方,被告のECM(KUF及びKURシリーズ)の一部は,******************************************************************************このように,被告は,本件発明を実施しておらず,このような本件発明の独占性はほとんど無いに等しいといわざるを得ない。
イ原告の主張に対する反論原告は,被告が厳密には本件発明を実施していなくとも,本件特許権が存在するだけで競合他社に対して優位な立場を獲得していると主張する。
しかし,本件特許権はスプレー液の粘度を数値限定することにより登録となったものであるが,被告が実施しているように,この限定した数値範囲内でなくともECMの製造は可能であるし,本件発明と同様のエレクトレット層のエレクトレット電位の残存率の向上等の効果は得られるのである。したがって,本件特許権の存在により被告が競業他社に対して優位な立場に立つことは不可能に近く,本件特許権の独占の利益はほとんど無いに等しい。
また原告は,本件発明の特許出願過程で被告がした補正が,不必要かつ不用意なものであったと主張するが,拒絶理由通知で示された引用例(乙10の1及び3)が存在するにもかかわらず本件発明に進歩性があると主張するためには 「増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈さ ,れたものであって,粘度が30c.p.,温度が25℃以下となっている」との部分を追加する補正をする必要があったのである。
したがって,原告の主張は失当である。
2争点(2)(考案・発明者貢献度)及び(3)(単独考案・発明の有無)について【原告の主張】(1)本件考案及び本件発明の願書では,原告のほかに共同考案・発明者が存するとされている。しかし,本件考案の共同考案者とされるBは,原告の具体的指示に基づいて本件考案の性能実験の補佐を行ったのみであり,何ら技術的思想を提供していない。また,本件発明の共同発明者とされるうちのDは本件発明の評価実験を担当したにすぎず,またCは開発部長であって,開発方針等の助言を行うことはあっても具体的な発明等に関与することはなかった。したがって,本件考案及び本件発明はいずれも原告の単独考案・発明である。
(2)原告は,開発設備,予算及び人員等の十分な手当てを受けることなく,単独で,勤務時間の内外や昼夜を問わず,研究開発に取り組み,独自の発想によって,本件考案及び本件発明に至った。他方,被告は,原告に給与を支, , 。 払い 一定の開発設備を用意し 本件発明の際には一定の予算も与えているしかし,被告は,従来,液晶事業に力を入れており,音響関係については,,,。, 原告に一任していたことから その貢献度は 決して大きくない 以上より本件考案及び本件発明について,考案者かつ発明者である原告の貢献度は,少なくとも50%を下回らないといえる。
【被告の主張】原告の主張は争う。
本件考案は,松下発明とバックエレクトレットタイプの慣用技術の組合せにより,当業者が極めて容易に想到できたものである。また,原告が本件考案の実証ための研究や検討を行ったとしても,それは,本件考案完成後の実施品や, 。 試作品に関する検討にすぎず 日常業務の一環としてなされたものにすぎないしたがって,原告の貢献は無いに等しいものというべきである。
第4当裁判所の判断1争点(1)(独占の利益の存否及び額)のうち,本件考案に関する点について(1)実用新案法11条3項及び特許法35条4項にいう 「その発明により,使用者等が受けるべき利益」とは,使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について無償の通常実施権を有すること(同条1項)からして,単に当該発明を実施することにより得るべき利益をいうものではなく,これを超えて,使用者等が従業者等から特許等を受ける権利を承継して特許等を受けた結果,発明等の実施を排他的に独占することによって得られる利益(いわゆる「独占の利益 )をいうものと解される。そして,この独占の利益の存 」否及び額の判断に当たっては,権利承継後の事情を斟酌し得るところ,本件のように使用者等が当該発明等を自社で独占して実施し,他社に実施許諾をしていない場合には,特許権等の効力として他社に当該発明等の実施を禁止したことに基づいて,当該使用者等の売上げが増大したのか否かを考慮すべきである。したがって,当該発明等による独占の利益の存否は,他社が事業活動を展開するに当たって,実際に当該特許権等による制約を受けたと認められるか否かの観点から判断すべきである。
そこで以下では,この観点から,本件で独占の利益の存否に影響を与えると考えられる諸要素について検討し,最後にそれらの検討結果に基づいて,本件考案による独占の利益の存否について判断することとする。
(2)本件考案の技術的意義と無効理由の存否についてア本件考案について(ア)本件考案の実用新案登録請求の範囲は,次のとおりである。
a請求項1前面板に音孔が形成された金属製の円筒状カプセルと,そのカプセルの上記前面板の内面に被着され,上記音孔と連通した孔を有するエレクトレット高分子フイルムと,その高分子フイルムと近接対向して配された導電性振動膜と,その導電性振動膜の周縁部を保持する導電性保持体と,上記カプセルの背面を塞ぐ配線基板と,上記カプセル内に配され,上記保持体,上記配線基板および上記カプセルに接続されたインピーダンス変換用IC素子と,を具備するエレクトレットコンデンサマイクロホンユニット。
b請求項2上記保持体の後方端は上記配線基板と対接され,その保持体により上記導電性振動膜の背面側に背室を構成していることを特徴とする請求項1記載のエレクトレットコンデンサマイクロホンユニット。
c請求項3上記保持体と上記配線基板との間に絶縁材の筒状体が介在され,その筒状体により,上記導電性振動膜の背面側に背室を構成していることを特徴とする請求項1記載のエレクトレットコンデンサマイクロホンユニット。
(イ)また 本件考案の明細書には 次の記載があることが認められる 甲 ,, (3 。)【0002 【従来の技術】】図6に従来のエレクトレットコンデンサマイクロホンユニットを示す。アルミニュウムの円筒状カプセル11の前面には前面板11aが一体に形成され,前面板11aには音孔12が形成され,前面板11aの前面にクロス13が張り付けられている。前面板11aの内面の周縁部と接して金属性の振動膜リング14が対接されると共に電気的に接続され,その振動膜リング14の前面板11aと反対の面にエレクトレット振動膜15が張り付けられている。エレクトレット振動膜15は高分子フイルム,例えばFEP(Fluoro Ethylene Propylene)フイルムの一面に金属が蒸着され,その高分子フイルムは分極されており,その蒸着膜が振動膜リング14に接して取り付けられている。
その振動膜15にリング状スペーサ16を介して背極17が近接対向され,背極17は筒状の背極保持体18の前面に保持されている。
【0003 【考案が解決しようとする課題】 】図6に示した従来のエレクトレットコンデンサマイクロホンユニットは背極17を必要とし,部品点数が多く,自動組立てを行うことが難しく,低価格化に限度があった。振動膜としてエレクトレット膜を使用しているため,薄くするのに限度があり,感度を高くすることができなかった。
【0017 【考案の効果】】以上述べたように,この考案によれば従来のマイクロホンユニットと比較して,少なくとも背極を必要とせず,それだけ部品点数が少なく,自動組立てが容易である。特にスペーサも省略する場合は一層自動組立てに適する。更に,従来においてエレクトレットフイルムの振動膜を用いる場合は,厚さを12.5μm 以下にすることが困難であり,それだけ感度を高くすることができず,1KHzで-45dBであったが,この考案では振動膜29の厚さを例えば2μm と薄くすることができ,図1Bの構造で,1KHzで-38dBと7dBも改善することができ,その結果,S/Nも45dB以上となり,従来品より5dBよくなった。
【0018】またカプセルの内面にエレクトレットフイルム26を形成するため,その厚さを厚く,例えば25μm とすることができ,それだけ製品による分極強度のばらつきが小さく,かつ安定性がよいものとすることができる。
(ウ)以上の記載からすると,上記公報図6に示された従来のECMは,いわゆるホイルエレクトレットタイプであるところ,これに対して本件考案は,@カプセルの前面板を固定電極とするとともに,背極を必要とせずに部品点数が少なくなり,自動組立てが容易になる,Aこの固定電極にエレクトレット高分子フイルムを被着させてエレクトレット化したことにより,振動膜を薄くして感度を高める一方,エレクトレットフイルムを厚くして製品による分極強度のばらつきが小さく,かつ安定性がよいものとすることができるという点に特徴を有するものであると認められる。
そして,請求項2及び3は,請求項1における導電性振動膜の周縁部を保持する導電性保持体と,カプセルの背面を塞ぐ配線基板の構造関係を具体化したもので,請求項2においては,導電性保持体は,導電性振動膜の周縁部を保持する部分からその後方端が配線基板と対接する部分にまでにわたって設けられており,その導電性保持体により導電性振動膜の背面側に背室を構成している(したがって,実用新案登録請求の範囲の記載にはないが,導電性保持体とカプセルの間は絶縁されているものと考えられる )のに対し,請求項3においては,導電性保持体と配 。
線基板との間に絶縁材の筒状体が介在され,その筒状体により,導電性振動膜の背面側に背室を構成している(したがって,保持体とカプセルの間に筒状体が介在して絶縁されている)というものであると認められる。
イ他方,本件考案の優先日である平成2年8月20日より前である昭和61年11月22日に公開された松下発明公報(特開昭61-265000号)には,次の記載があることが認められる(乙3の1 。)(ア)特許請求の範囲a請求項1天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記天面に対向して一定間隔をとって振動膜を設けてなるエレクトレットコンデンサマイクロホン。
b請求項2筒状金属ケースの内面を絶縁処理してなる特許請求の範囲第1項記載のエレクトレットコンデンサマイクロホン。
(イ)従来の技術第8図は従来のエレクトレットコンデンサマイクロホンの断面図である。第8図において,1は面布,2は天面の中央部に音孔2aを有する筒状の金属ケース,3は金属ケースを構成する上記天面の内側に設けられた振動膜保持用の膜リング,4は表面に蒸着等によって金属層を形成したエレクトレット材からなる振動膜,5はギャップスペーサ,6は固定電極,7は凹状の絶縁体,8はFET,8aは入力リード,8bは出力リード,9はプリント基板,10は前気室,11は背気室,12はコンデンサギャップである。
(ウ)発明が解決しようとする問題点以上の如く構成されたエレクトレットコンデンサマイクロホンにおい(),,, ては部品点数が多く 第8図の場合9点特に固定電極6 絶縁体7FET8,プリント基板9のアンプブロック部は4点もの部品点数があり,組立が難しく,多くの時間を要するため,どうしてもコストアップとなってしまう。又,部品点数が多いということは自動組立化も複雑となり,多大な設備費を要するとともに,難点もあり,稼働率の低下はまぬがれない。本発明は以上の様な欠点を除去し,部品点数を少なくすることにより構成・組立を簡単にし,自動組立機の設備費等を減少するとともに稼働率の向上を計り,大量生産に適し,コストの安いエレクトレットコンデンサマイクロホンを提供することを目的とする。
(エ)問題点を解決するための手段本発明は上記目的を達成するために,筒状の金属ケースの天面を固定, 。 電極とし これに対向して一定間隔をとって振動膜を設けたものである(オ)実施例a第1実施例第1図は本発明の一実施例を示す断面図であり,第8図と同一部分は同一番号にて示している。第1図において,第8図との相違点は固, , 定電極6がなく 金属ケース2の天面が固定電極2bの役割をはたし振動膜4が背気室11側に構成されている点である。又,FET8の入力リード8aは膜リング3と絶縁体7の間にはさみ込み,接触等により導通を可能としている。
…アンプブロック部の部品点数は従来4点から3点に少なくなっている。従って,本実施例の場合,従来9点の部品点数であったのに対し,8点と少なくできる (2頁右上欄8〜左下欄5行目) 。
b第2実施例第3図は本発明の第2の実施例であり,第3図の場合,第4図の如く金属ケース2の内面に絶縁層2cをコーティング等により形成し,膜リング3と金属ケース2の絶縁を可能とした場合の例であるが,この場合,膜リング3は金属ケース2へ落とし込むのみであり,第1図の場合よりさらに組立を容易にできるものである (2頁左下欄12。
〜18行目)c実施例の効果本発明のいずれの実施例の場合でも,部品点数を減少できるのみならず,固定電極がないので,この板厚分はエレクトレットコンデンサマイクロホンの全高を低く構成することができる。又,全高が同一な, 。, らば 背気室を大きくできるので高感度とすることができる 従って全高の低い薄型のエレクトレットコンデンサマイクロホンを得るのにも適するといえる (2頁右下欄13〜20行目) 。
(カ)発明の効果以上の如く,本発明によれば固定電極を金属ケースの天面を利用し構成しているので部品点数が少なくなり組立が簡略化されるとともに材料費の低減が可能である。又,自動組立機も簡単な構成でできるので設備費が減少でき,稼働率の向上も可能となるので大量生産に適し,安価なエレクトレットコンデンサマイクロホンとすることができる効果を有する (3頁左上欄2〜9行目) 。
ウ以上の松下発明公報の各実施例のECMと本件考案の請求項1とを対比すると,@松下発明公報の「天面の中央部に音孔2aを有する筒状の金属ケース2」が,本件考案の「前面板に音孔が形成された金属製の円筒状カプセル」に相当し,A松下発明公報の「金属ケース2の天面」が,本件考案の「カプセルの前面板」に相当し,B松下発明公報の「振動膜4」が,本件考案の「導電性振動膜」に相当し,C松下発明公報の「膜リング3」が,本件考案の「導電性振動膜の周縁部を保持する導電性保持体」に相当し,D松下発明公報の「プリント基板9」が,本件考案の「カプセルの背面を塞ぐ配線基板」に相当し,E松下発明公報の「FET8」が,本件考案の「インピーダンス変換用IC素子」に相当するといえる。
これよりすれば,松下発明公報の各実施例に記載された発明(以下「松下発明実施例」という )と本件考案の請求項1とは,次の点で一致する 。
といえる。
前面板に音孔が形成された金属製の円筒状カプセルと,そのカプセルの上記前面板と近接対向して配された導電性振動膜と,その導電性振動膜の周縁部を保持する導電性保持体と,上記カプセルの背面を塞ぐ配線基板と,上記カプセル内に配され,上記保持体,上記配線基板および上記カプセルに接続されたインピーダンス変換用IC素子と,を具備するエレクトレットコンデンサマイクロホンユニット。
他方,松下発明実施例と本件考案の請求項1とは,次の2点で相違するといえる。
[相違点1]松下発明実施例では,振動膜がエレクトレット化されているのに対し,本件考案では,カプセルの前面板の固定電極側がエレクトレット化されている点。
[相違点2]エレクトレット化する方法として,松下発明実施例では,エレクトレット材からなる振動膜の表面に蒸着等によって金属層を形成しているのに対し,本件考案では,カプセル前面板の音孔と連通した孔を有するエレクトレット高分子フィルムがカプセルの前面板の内面に被着されることによっている点。
以下,これら相違点について検討する。
エ相違点1について(ア)本件考案の優先日より前である昭和57年6月28日に公告された松下考案公報(実公昭57-29432号)には,次の記載があることが認められる(乙5 。)a実用新案登録請求の範囲両面に厚さ12.7μm〜25.4μm程度のエレクトレット層が形成された厚さ0.2o〜0.5o程度の金属板からなり複数の貫通孔が穿設された固定電極と,片面に金属蒸着層を形成した高分子フィルムあるいは金属箔からなり前記固定電極の両面と一定間隙をもって相対向する2枚の振動膜と,中央部にキャビティを有する板体からなり前記2枚の振動膜のうち一方の振動膜と一定の間隙をもつて相対向するキャビィティ板と,一方の面に凹部を有しかつ複数の背音孔が穿設された板体からなり前記凹部を有する面が前記キャビティ板に接する背板とを設け,前記一方の振動膜と前記キャビティ板との間隙を0.1o程度にしたことを特徴とするマイクロホン。
b考案の詳細な説明(a)本考案は,マイクロホン,特に単一指向性エレクトレット・コンデンサ・マイクロホンに関する。
従来のエレクトレット・コンデンサ・マイクロホンは1枚の振動膜と1個の固定電極とからなり,振動膜と固定電極のどちらか一方をエレクトレット化したものである (1欄30〜35行目) 。
(b)…上記構成(注:実施例の構成のこと)のマイクロホンにおいては,固定電極13の両側に振動膜7,15を配置するプッシュプル構造とした… (3欄39〜41行目) 。
(c)…また振動膜7,15にエレクトレット層10,11を形成する場合には,振動膜7,15の材料としてエレクトレット層10,11を形成し得るものを用いなければならないが,上記構成のマイクロホンでは固定電極13側にエレクトレット層10,11を形成する,いわゆるバックエレクトレット方式としたので,振動膜7,15に最適な材料を用いることができ,したがって良好な周波数特性を得ることができる (4欄4〜13行目) 。
(イ)松下考案公報に記載されたECMは,単一指向性を有するものであり,固定電極の両側に2枚の振動膜を有する構成とされている。他方,, , 前記松下発明実施例のECMは 筒状金属ケースの天面を固定電極としその天面に対向して1枚の振動膜を設けた構成である。したがって,両ECMは,固定電極と振動膜の基本的な構成を異にしており,松下考案公報に記載されたECMの振動膜及び固定電極の構成を,そのまま松下発明実施例のECMの振動膜及び固定電極の構成と置き換えることはできない。この点は,原告が主張するとおりである。
しかし,前記松下考案公報の記載からすると,同公報においては,このような単一指向性を有する特定の構成を有するECMが記載されているのみならず,@従来のECMは,1枚の振動膜と1個の固定電極とからなり,振動膜と固定電極のどちらか一方をエレクトレット化したものである,A固定電極側にエレクトレット層を形成する,いわゆるバックエレクトレット方式とした場合には,振動膜に最適な材料を用いることができ,したがって良好な周波数特性を得ることができるという,ECMに関する一般的な技術的知見までもが記載されているものと認められる。そして,前記前提事実記載のとおり,本件考案の出願前には,ホイルエレクトレットタイプとバックエレクトレットタイプの2種類のECM(これは上記@の2つのタイプに対応する)が現実に市場で製造販売されていたのであるから,バックエレクトレットタイプに関する上記Aの技術的知見は,当業者の間では周知の事柄であったと推認される。
そうすると,前記相違点1はこのような周知技術に係るものであるから,松下発明公報に接した当業者が,松下発明実施例に上記Aの周知な技術的知見を適用して本件考案を想到することは,極めて容易になし得たものというべきである。
オ相違点2について(ア)原告の陳述書(甲10)によれば,原告が本件考案を行う以前に市場に存在していたECMのうち,ホイルエレクトレットタイプでは,振動膜にFEPフィルム(12.5μm)を採用し,振動膜をエレクトレット化した構造を有していたのに対し,バックエレクトレットタイプでは,背極(固定電極)の振動膜側にFEPフィルム(25μm)を熱でラミネートしてエレクトレット化した構造を有していたと認められる。
また,前記のとおり,本件考案の実用新案登録公報では,従来の技術として,ホイルエレクトレットタイプのECMについて 「エレクトレ,ット振動膜15は高分子フイルム,例えばFEP…フイルムの一面に金, 」(【】) 属が蒸着され その高分子フイルムは分極されており…0002と記載されている。
, , (イ)これらの記載からすると 相違点2に係る松下発明実施例のように振動膜の表面に蒸着等によって金属層を形成するエレクトレット方式は,振動膜をエレクトレット化するホイルエレクトレットタイプについて従来から用いられていた方法であり,他方,本件考案のように,エレクトレット高分子フィルムを被着するエレクトレット方式は,固定電極をエレクトレット化するバックエレクトレットタイプについて従来から用いられていた方法であり,いずれも当業者にとっては周知技術に属するものであったと推認される。そうだとすると,松下発明公報に接した当業者が松下発明実施例の固定電極側をエレクトレット化するに当たり,従前から固定電極をエレクトレット化するためにバックエレクトレットタイプについて用いられていたエレクトレット方式を用いることは,やはり極めて容易に想到することができたものというべきである。
この点について,本件考案の実用新案登録公報には,考案の効果として 「またカプセルの内面にエレクトレットフイルム26を形成するた ,め,その厚さを厚く,例えば25μm とすることができ,それだけ製品による分極強度のばらつきが小さく,かつ安定性がよいものとすることができる( 0018 )との記載があるが,これは上記のように従 。」【】来からバックエレクトレットタイプについて用いられてきたエレクトレット方式を採用することに伴う効果にすぎないものというべきである。
カ以上からすれば,本件考案に係る実用新案登録(請求項1)は,実用新案法3条2項(平成5年法律第26号による改正前のもの)に違反する無効理由が存するものといえる。なお原告は,FEPフィルムを金属製の板に被着させたものに曲げや絞り加工を施す際の問題点を指摘するが,それは良質な製品を製造する際の問題であって,本件考案を想到するに当たっての阻害事由となるものではない。
キ次に本件考案の請求項2について検討する。
本件考案の請求項2は 松下発明実施例のうち 第2の実施例 以下 松 ,,(「下発明実施例2」という )との間において,前記の相違点1及び2のほ 。
か,次の点で相違していると認められる。
[相違点3]松下発明実施例2においては,膜リング3(導電性保持体)とプリ()(), ント基板9 配線基板 との間に絶縁体7 筒状体 が介在しており絶縁体7によって背室を構成しているのに対し,本件考案の請求項2においては,導電性保持体の後方端が配線基板と対接しており,その保持体によって背室を構成している点。
しかしながら,松下発明実施例2においても,筒状金属ケースの内面を絶縁処理しているため膜リング3をプリント基板9方向に長くしても筒状金属ケースと接触通電することはないから,導電性振動膜を保持する膜リング3とプリント基板9との間に絶縁体7を介在させる必要はないのであって,絶縁体7を介在させないで膜リング3を長くして後方端をプリント。,, 基板9に対接させることもできるものである そして このような置換は部品点数の減少や適宜の材料の選択を考えて当業者が技術の具体的適用に伴って行う設計変更的な事項の範囲内にすぎないというべきであるから,本件考案の請求項2は,松下発明実施例2及び前記周知な技術的事項から当業者が極めて容易に考案することができたものであり,無効理由を有するものといえる。
ク次に本件考案の請求項3について検討する。
本件考案の請求項3の筒状体は,松下発明実施例のうち,第1の実施例の絶縁体7に相当すると認められるから,上記第1の実施例においても本件考案の請求項3に特有の構成を具備していると認められる。
したがって,請求項3は請求項1と同様の理由により,無効理由を有するといえる。
ケ以上のとおり,本件考案は,いずれの請求項についても無効理由を有するといえるが,上記の検討において無効理由を構成する主たる公知技術が記載された松下発明公報は,後に認定するようにECM業界トップの松下,, , 電器産業が出願し 特許権を取得し 実施している発明に係るものでありまた被告がフロントエレクトレットタイプのECMを販売する際にそれとの牴触の有無やその拒絶可能性(有効性)を吟味した(乙20)ことからしても,フロントエレクトレットタイプのECMの製造販売を企図する当業者であれば当然に検討の対象とするものであると認められる。そうすると,本件考案は,このような松下発明公報に記載された発明に,当業者の周知技術を適用して得られるものなのであるから,それが無効理由を有することは,当業者にとって比較的明らかなことであったと推認することができる。
(3)被告における本件考案の実施状況ア証拠(乙21及び乙24)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア)被告の製品であるKUFシリーズは,本件考案を実施した製品である。
(イ)KUFシリーズは,平成4年4月から販売されたが,その平成18年9月までの販売金額及び販売数量は,別紙3記載のとおりである。
(ウ)KUFシリーズの用途は,携帯電話,一般電話のほか,DVC(デジタルビデオカメラ ,DSC(デジタルスチルカメラ ,PDA(携 ) )帯情報端末 ,PC(パソコン)及び音響機器一般であるが,携帯電話 )向けのものが販売数及び販売額ともに最も多い。平成11年度以降の被告の全KUFシリーズの販売数のうち,携帯電話向けのものの数量は別紙2のC欄記載のとおりであり,その割合(同別紙D欄)は***********なお,被告は,国内及び海外の電話機器メーカーに対して,携帯電話向け及び固定電話の子機向けのECMとして,KUFシリーズとKUBシリーズの双方を販売しているが,KUBシリーズの販売額は,KUFシリーズの販売額の***となっている。
イ原告は,被告のKURシリーズも本件考案の実施品であると主張している。
弁論の全趣旨によれば,KURシリーズは,バックエレクトレットタイプの固定電極と振動膜の位置関係を逆転させた構造のECMであり,カプセルの内部に,その前面板(天面)と対向する位置に固定電極を設けて,その内側にエレクトレット高分子フィルムを被着し,さらにその内側に振動膜を設けた構造を有しているものと認められる。そうすると,KURシリーズは,カプセルの前面板を固定電極としておらず,本件考案の構成要件のうち 「カプセルの上記前面板の内面に被着され,上記音孔と連通し ,た孔を有するエレクトレット高分子フイルム」の要件を充足しないことが明らかであるから,KURシリーズは本件考案の実施品とはいえない。
(4)ECMをめぐる市場状況証拠(後掲書証,乙21及び乙24)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
,, ,, ア従来は 世界的に見ても ECMの実質的なメーカーは 松下電器産業被告及びプリモの3社しか存在していなかった。
イ平成13年8月ころの日本市場におけるECMメーカーのシェアは,************************************このうち,松下電器産業の場合は****がバックエレクトレットタイプで,****が兼用タイプ(甲第23号証からすると松下発明を実施したものであると考えられる )であり,被告の場合は,****がバック 。
エレクトレットタイプ(KUBシリーズ)で,****が兼用タイプのフロントエレクトレットタイプ(KUFシリーズ)と推測された。また,プリモは兼用タイプの製造販売をしていなかった(乙19 。したがって,)これらを単純に乗じると,日本における全ECM市場において,****************************************************************************************松下電器産業が兼用タイプの販売を開始したのは,被告と同じ平成4年ころのことである(乙21。なお乙第19号証では,被告と同じ平成6年ころから販売を開始したとされているが,被告がKUFシリーズの販売を開始したのは平成4年であるから,乙第21号証の記載の方が信用性が高いというべきである )。
平成13年8月当時,海外のECMメーカーでは,韓国のBSE社のみが,同年ころからフロントエレクトレットタイプを販売していた (乙1。
8 。)なお,以上の国内各社のシェアについて,原告はこれを否認する。しかし,上記乙第18号証及び乙第19号証は,かつて松下電器産業が被告に対して提起した後記侵害訴訟に対応する過程で,ホシデン九州の技術部から被告の知的財産部に送付された連絡文書(乙18)と,被告の知的財産部から担当弁護士及び弁理士に送付された連絡文書(乙19)なのであって,本件とは全く関係のない文脈で,しかも被告内部での別訴への対応協議用に作成されたものなのであるから,そこに記載された内容は当時の被告自身の認識を正しく記載したものと認めるのが相当である。そして,それらに記載された上記シェアは,松下電器産業との係争当初に,被告の技術部及び営業部が調査した結果を記載したものなのであるから,信用し得るものと認めるのが相当である。
ウ被告のKUFシリーズのうち,平成11年度以降の日系携帯電話メーカー向けのものの販売数量は,別紙2のE欄記載のとおりである。他方,日系携帯電話メーカーの携帯電話製造数量は別紙2のJ欄,そのうち日本での製造数量はL欄記載のとおりである(乙23の各号 。したがって,被)告のKUFシリーズが日系携帯電話メーカーの製造数量に占める割合は,同別紙のK欄のとおりであり,*******************(なお,乙23の各号によれば,海外系携帯電話メーカーは日本での製造を行っていないと認められる一方,日系携帯電話メーカーの日本での生産数量は同別紙L欄のとおりと認められるから,上記割合は,日本での携帯電話の全製造数量に対する被告のKUFシリーズのシェア割合の一応の傾向を示すものと推測される。。)また,同時期の世界全体での携帯電話製造数量は同別紙のO欄のとおりであるから,被告のKUFシリーズが世界全体の携帯電話製造数量に占める割合は,同別紙のP欄のとおりであり,*******************************なお原告は,被告のKUFシリーズの国内携帯市場におけるシェアは,別紙1のとおりであると主張する。しかし,そこで前提にしている被告のKUFシリーズの販売数(同別紙のB1欄)は,国内市場向けでないものも含まれている数字であるから,単にそれを携帯国内生産数量(C1)ないし携帯国内出荷数量(D1)で除して被告のKUFシリーズのシェアを算定するのは相当でないというべきである(実際,別紙2のKUFシリーズの携帯電話向け販売数量の,別紙1の国内携帯電話製造数量に対する割合を算定すると,別紙2のI欄のとおりとなり,************************** 。)また原告は,上記別紙2に示された被告の日系携帯電話メーカー向けのものの販売数量の信用性を争うが,その信用性を疑わしめるに足りる証拠はない。
エ従来,兼用タイプに関する特許権等としては,松下電器産業が有する松下発明に係る特許権(特許第2000905号)と被告が有する本件考案に係る本件実用新案権があった(なお松下電器産業は,このほかに,2件の特許出願をしている[乙20,特開昭和61-247200号,特開平2-31600号。])このうち松下電器産業の上記特許権は,被告が請求した無効審判において,平成13年9月26日に無効審決が下され(乙6の1 ,さらにその)審決取消訴訟においても平成16年2月27日に請求を棄却する旨の判決が出されて(乙6の2 ,無効審決が確定した。 )また,被告は,平成17年4月18日に支払うべき本件考案の登録料を納付せず,本件実用新案権を消滅させた。
しかし,被告が本件実用新案権を消滅させた後,現在までの間に,兼用タイプのECMの製造販売を新たに開始したメーカーは存しない。
オ従来,携帯電話用マイクにはECMが用いられてきたが,近時,プリント基板に直接ハンダ付けができることや,性能が優れることから,Siマイクに置き換える動きが始まっている。これを最初に製品化したのは米国のKnowles Electronics LLC.であり,平成16年から日本市場向けの携帯電話機やデジタルカメラ向けに量産を始めた。次いで,デンマークのSonion A/Sも,平成17年12月に北欧の大手携帯電話機メーカー向けに量産を始め,その後平成18年以降,各社が参入するに至った (乙14,1。
6の2,22)(5)兼用タイプの長短ア長所(ア)本件考案に係るフロントエレクトレットタイプを含む兼用タイプでは,カプセルの前面板を固定電極としていることから,カプセルの内部に固定電極と振動膜を設けるバックエレクトレットタイプと比べて,@部品点数を減少でき,それにより組立ても簡略化でき,自動化も容易になる,Aマイクロホンの高さ(厚さ)を低く抑えて小型化することがで(,,,)。 きるという利点がある 甲3 10及び13 乙3-1 弁論の全趣旨このうち@(部品点数の減少)の点は,量産による低価格化にもつながる(甲10 。ちなみに,被告の販売先上位5社に対する携帯電話用 )(一部に固定電話の子機用を含む )に販売された被告のECMのKU 。
BシリーズとKUFシリーズの販売額,販売数量及び1個当たり販売額(単価)は別紙4のとおりである(弁論の全趣旨 。もとより,1個当)たり販売額の大小は,取引量等の種々の要因による影響を受けるものではあるが,同別紙によれば,概していえば,KUFシリーズはKUBシリーズに比べて1個当たり販売額が低い(総平均で*****)ことが。, 。 認められる もっとも 近時はその傾向が薄らいでいることも窺われるまた,A(小型化)の点については,被告のECMの仕様一覧表(甲2,乙17)によれば,被告のKUBシリーズとKUFシリーズの高さの低いものは別紙5のとおりとなっていることが認められる。
これによれば,KUBシリーズも,高さの限りではKUFシリーズと遜色のない程度に小型化が実現されているといえる。しかし,上表記載のKUFシリーズでは径がいずれも4o又は6oであるのに対し,KUBシリーズでは10o又は6oであるから,全体としての小型化という, 。 点では なおフロントエレクトレットタイプが優位にあると推認されるそして,この小型化という特徴は,現在では特に携帯電話向けのマイクにおいて重視される要素であると認められる(甲27 。)(イ)また,特に本件考案については,松下発明(ホイルエレクトレットタイプのもの)に比べて,振動膜を薄くすることができることから,感度を高くすることができ,同時にエレクトレットフィルムを厚くすることができることから,製品による分極強度のばらつきが小さく,かつ安定性がよいものとすることができるとの利点がある(甲3【0017】【0018。】)そして,実際の製品においても,被告のKUFシリーズは,松下電器産業の製品に較べて,マイク感度が高くて周波数帯域が広く(振動膜が薄く,その張力が高いため ,組立工程でエレクトレット部分に手が触 )れないために作業性が良い等の点で優れている(甲23 。)イ短所(ア)他方,フロントエレクトレットタイプを含む兼用タイプでは,カプセルの前面板を固定電極とし,その前面板に音孔が空けられて,振動膜が近接していることから,音孔から誘導ノイズ,塵埃,唾液や水滴等が入り込みやすくなるといった問題点や,カプセルの前面板に強い圧力が加わると固定電極と振動膜との間の微小な間隔が影響を受けるといった問題点があり,これらはマイクロホンとしての性能・品質に影響を与える問題である(乙7の1の1及び2,21 。)(イ)これに対して原告は,誘導ノイズの問題は存しないと主張する。
しかし,被告は,平成4年1月20日に「マイクロホン」に関する実用新案を出願しているが(実願平4-1478 ,それは,音孔による )誘導雑音の問題を課題とし,それを解決するためにカプセルに設ける受音用の音孔を特殊なスリット構造とすることによって解決するもので,その実施例では,フロントエレクトレットタイプに関して適用したものが記載されている(乙7の2 。また,乙第7号証の1の2は,平成4 )年10月1日にホシデン九州の技術課の従業員が,被告本社に対して,*******************************************************************************************************************************これらの事実からすると,平成4年当時,被告の内部においては,フロントエレクトレットタイプのマイクロホンを開発するに当たり,誘導ノイズの問題が認識され,その解決策として上記音孔の構造が開発されたも。, , のと推認される そして 被告がKUFシリーズの販売を開始したのは上記実用新案が出願された後の平成4年4月からであり,そこには上記特殊なスリット構造が採用されていた(弁論の全趣旨)のであるから,誘導ノイズの問題は実際に存在する問題であると認められる。
もっとも被告では,KUFシリーズのうちでカプセルに洋白を使用したものを販売しているが,それには上記のスリット構造を用いていない(弁論の全趣旨 。しかし,洋白を使用したものは平成13年2月から )販売しているものであるから,少なくともそれ以前はすべてのKUFシリーズについて上記のスリット構造を採用していた(同)のであるし,それ以後も,洋白を使用しないKUFシリーズについては,なお上記のスリット構造を使用し続けている(同)のであるから,カプセルに洋白を使用したものがあるからといって,誘導ノイズの問題が存しないとは認められない(洋白を使用した製品における誘導ノイズの問題は,洋白を使用した製品の平成13年2月から平成18年4月19日までの販売額が,***************であるのに対し,それ以外のKUFシリーズの同期間の販売額は **************であること(同)を勘案すると,この点に関する製品の品質を落としているか,又は他の何らかの技術で補っていることが推測される。。)(ウ)また原告は,誘導ノイズの問題は,携帯電話の側で信号処理等をすることによって解消されると主張する。
しかし,携帯電話の側での信号処理によってどの程度問題が解消されるのか定かでない上,このような負担を携帯電話の側に負わせること自体が,既にマイクロホンとしての性能・品質の上で問題点があることを示しているというべきである。
(エ)さらに原告は,塵埃や唾液等の侵入,カプセルの前面板に加わる圧,, 力に対する対策も既に講じられていると主張するが その対策によってそれらの問題点がバックエレクトレットタイプと同程度にまで解消されたのか否かは定かでない。
ウまとめこのようにフロントエレクトレットタイプを含む兼用タイプには,バックエレクトレットタイプと比べて,長所と短所の両面を有しているといえる。もしこれが,原告の主張するように,長所ばかりを有していて,短所を有していないのであれば,特に本件考案については日本の実用新案権しか取得していないのであるから,海外の携帯電話メーカーに広く採用されてしかるべきものである。しかし,証拠(乙21)によれば,**********************は,バックエレクトレットタイプのみを採用していることが認められる。この理由について原告は,****は複数調達先からの調達方針をとっているから,被告が本件実用新案権を有していることが障害となって複数からの調達ができないからであると主張するが,兼用タイプについては被告のほか松下電器産業と韓国のBSE社が製造販売しているのであるから,それらメーカーから調達することは可能なはずであるし,特に本件考案は日本においてのみ権利化されているにすぎないのであるから,他の海外ECMメーカーから調達することも自由になし得るはずである。このように考えると,****が兼用タイプを採用しない理由は,被告が主張するとおり,その性能・品質面の問題を重視する点にあると推認するのが相当である。
他方,このような問題点があるとしても,兼用タイプがECM市場の一分野を構成しており,日系携帯電話メーカーの市場においては,被告のKUFシリーズだけでも***********を有しているのも事実である。とりわけ,本件考案は,松下発明(ホイルエレクトレットタイプのもの)に比べて,振動膜を薄くすることができることによる前記ア(イ)記載の利点がある。このことからすると,フロントエレクトレットタイプが抱える問題点は,克服ないし軽減できないほどのものではなく,対策を施せば,携帯電話メーカーの考え方次第では,その長所を重視して採用されるだけの性能を有しているということができる。
(6)松下電器産業との係争の経緯後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア前記松下発明は,昭和60年5月20日に特許出願され,昭和61年11月22日に出願公開(特開昭61-265000号)された後,平成7年4月19日に公告され(特公平7-36640号,乙3の2 ,同年1)()。 2月20日に特許第2000905号として設定登録された 乙6の1() ,。 出願公告時点での特許請求の範囲 請求項1 は 次のとおりであった天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜と,前記固定電極と導電性部材を介して電気的接触を行う能動素子とを備えるエレクトレットコンデンサマイクロホンイ被告は,フロントエレクトレットタイプのECMを開発するに当たり,上記松下発明ほか1件の松下電器産業の特許出願(特開昭61-247200号)との抵触の有無等を検討した。そして,当時被告に在職していた原告が作成した技術報告書(平成3年6月13日付け。乙20)では,松下発明については,特開昭57-107700号及び特開昭53-48519号により拒絶できること,他1件の松下電器産業の特許出願についても,公知文献により拒絶し得ることが結論されている。なお,上記技術報告書で検討対象とされた被告の製品は「KUC27」であるが 「金属ケ,ース側にエレクトレット材を有する考え (乙20の4頁)の製品である 」()。 からフロントエレクトレットタイプ KUFシリーズと同型 と解される, , ウこうして被告は 平成4年4月からKUFシリーズの販売を開始したが松下電器産業は,平成9年11月18日付け書面により,被告に対し,上記松下発明に係る特許権について通常実施許諾に応じる旨の通知(すなわち,通常実施許諾契約を締結してライセンス料を支払えという要求)をした。しかし,これに対して被告側が公知文献を提示して,同特許は無効とされるべきものであると主張したため,松下電器産業は,特許請求の範囲の訂正審決を得た上で,平成12年9月25日,被告を相手方として特許権侵害差止訴訟を提起し,同旨の仮処分を申し立てた (甲12)。
この時点の訂正審決後の特許請求の範囲は,次のようなものであった。
天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記筒状金, , 属ケース内に配置され 前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜と前記固定電極と導電性部材を介して電気的接触をおこなう能動素子とを備えるエレクトレットコンデンサマイクロホンこれに対して被告は,同年12月28日,特許庁に対し,米国特許4249043号公報(以下「米国公報」という )を主たる引用例として, 。
松下発明の請求項1について無効審判を請求した。
エその審決及びその審決取消訴訟では,主たる引用例とされた米国公報には次の発明が記載されていると認定された。
天面を有する筒状導電性プラスチック製のバックプレートの前記天面を固定電極とし,前記筒状導電性プラスチック製のバックプレート内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエレクトレットコンデンサを備える音響電気変換器そして,松下発明の請求項1と米国公報記載の発明(以下「米国公報発明」という )との一致点として,次の点を認定した。 。
天面を有する筒状導電体の前記天面を固定電極とし,前記筒状導電体内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエレクトレットコンデンサを備える音響電気変換器である点。
そして,松下発明の請求項1と米国公報発明との相違点として,次の点を認定した。
@前記 音響電気変換器 に 松下発明の請求項1においては筒 「」 , ,「状導電体内に配置され,固定電極と導電性部材(筒状導電体)を介して電気的接触を行う能動素子」が備えられているのに対して,米国公報発明においては,能動素子が備えられていない点。
A 前記「音響電気変換器」が,松下発明の請求項1においては 「エ,レクトレットマイクロホン」であるのに対して,米国公報発明においては 「エレクトレットトランスジューサ」である点。 ,B前記「筒状導電体」が,松下発明の請求項1においては 「筒状,金属ケース」であるのに対して,米国公報発明においては 「筒状,導電性プラスチック製のバックプレート」で 「ケース」と表現し,ていない点。
その上で,審決及びそれに対する審決取消訴訟の判決も,米国公報発明から,上記の相違点を克服して,松下発明の請求項1を想到することは,当業者が容易になし得たものであるとして,松下発明の請求項1に係る特許を無効とした。
オ上記の松下発明の請求項1について見ると,その特許請求の範囲の記載は比較的広範なものであり,これを文言通りに理解するときには,フロントエレクトレットタイプのマイクロホンであれば広く構成要件を充足するとも解されるものであり,本件考案さえも該当するかのように解されるものである。ちなみに,原告が被告に在職中の時期に,被告が開発中であった製品であると思われるKUC27(前示のとおりフロントエレクトレットタイプと認められる )と松下発明との抵触を検討した乙第20号証に 。
おいても,KUC27は松下発明の請求項1と「同じ」であるとされている。
また,その進歩性の有無についても,まず上記無効審決の主引用例となった米国公報は,上記乙第20号証においても公知例として取り上げられなかったものであるから,当業者であれば当然に認識するものとはいえない。また,松下発明の請求項1と米国公報発明の上記相違点についても,それら相違点が当然に周知慣用技術に基づくものとはいえない。したがっ, ,,, て 松下発明の請求項1については 本件考案と異なり 当業者にとって出願について拒絶査定がされる又は特許に無効理由があることが比較的明らかとはいえない。
他方,松下発明は,前記のとおり****************松下電器産業の出願に係るものであり,被告と並んで兼用タイプのECMを製造販売している主たるメーカーであるから,新たにフロントエレクトレットタイプの製品市場に参入しようとする事業者であれば,当然,それとの抵触の有無を調査するはずのものである。
以上の検討からすると,松下発明に係る特許権は,本件考案に係る本件実用新案権に比べて,新規参入に対する高い障害事由になっていたものと推認することができる。
(7)本件考案による被告の独占の利益について, 。 以上の諸点を前提に 本件考案による被告の独占の利益について検討するア被告は,平成17年4月18日までに納付すべき9年分の登録料(後記のとおり4万3400円)を納付せず,権利期間を1年残して本件実用新案権を消滅させている。このことは,少なくともその時点では,被告において,本件実用新案権を,年間わずか4万3400円の登録料を負担するほどの価値もないと判断したことを物語るものである。したがって,この時点においては,本件実用新案権の独占の利益は皆無になっていたと認めることができる。
そして,直前の平成16年度の1年間に特に被告のKUFシリーズの売上が激減したという事情や,その他本件実用新案権の価値を消滅させるような市場状況の変化が生じたことも窺われないこと(近年,いわゆるSiマイクがECMに取って代わりつつある傾向が生じているが,平成16年の時点においてはまだECMが断然優位にある状態が続いている[乙16の2,企業がその保有する特許権等の知的財産権を自ら消滅させるにつ ]。)いては,その事業上の価値を入念に見極めた上で行うはずのものであること,本件実用新案権の維持費(登録料)は,1年目から3年目は年間1万1500円,4年目から6年目は年間2万1700円,7年目以降は年間4万3400円(甲5)と少額であって,本件実用新案権の放棄を急ぐ必要はないことからすると,被告は,少なくともそれ以前から,本件実用新案権の価値に疑問を抱いてきたものと推認される。
もっとも,被告は,本件考案の実用新案登録出願後,審査請求をし,実。, 用新案権の設定登録後は毎年前記登録料を支払ってきている このことは被告において,ある時点以降は疑問を抱いていたにせよ,本件実用新案権を独占権として保有する方が有利であろうと認識していたことを物語るものである。したがって,失効前の本件実用新案権による独占の利益は,上記被告の認識と疑問をも一事情としつつ,他社に対する制約について個別具体的にその有無を判断すべきである。
イ松下電器産業に対する独占の利益について(ア)前記認定のとおり,松下電器産業は,自社が有する松下発明に係る特許権を実施した兼用タイプのECM(以下「松下製品」という )を。
製造販売している。この松下製品は,日本国内市場における兼用タイプのシェアを被告との間でほぼ二分していると窺われる。したがって,松下製品は,日本国内の兼用タイプの製品市場において一応の成功を収めていると評価することができる(なお,被告のKUFシリーズは,松下製品に較べて優れている点があることは前記(4)ア(イ)のとおりであるが,製品全体としての優劣は,その点のみによって決定されるものではなく,これを認定するに足りる証拠はない。。)ところで,松下製品に追加して本件考案を実施することはできないから,松下電器産業が本件考案を実施するには,松下製品を別の製品に変更しなければならない。しかし,製品の市場シェアは,部品や製造方法使用方法等製品の製造販売に必要な技術・情報の蓄積と設備投資の上に成立っているものであるから,現在製品の変更は,これら既存の技術・情報と設備投資の相当部分を捨て,新たな技術・情報の取得と設備投資にコストをかけることを意味するが(松下製品では,例えばエレクトレット振動膜の技術は不要となり,前面板に良質なエレクトレット層を形成する技術が必要となる,変更後の製品が従来製品以上の市場シ 。)ェアを獲得できるという保証があるわけでもない。
松下電器産業のこのような状況からすると,仮に本件特許権を被告ではなく原告が有しており,その使用許諾を受けることができる状況にあったとしても,一応の成功を収めた松下製品を擁する同社にとって,ライセンス料を支払ってまで本件考案を実施する必要性が存したかどうかは,はなはだ疑問といわざるを得ない。
(イ)もっとも,本件考案には有利な点があることからすると,同社としても本件考案を実施する必要性を感じていた可能性は,なお検討する必要がある。
しかし,そのような必要性を感じたのであれば,本件考案は前記のとおり松下電器産業自身の松下発明公報と周知技術に基づいて無効理由を有することが比較的明らかなのであるから,松下電器産業としては,被告考案に係る実用新案登録の無効審判を請求したはずである。しかし,同社は,そのような無効審判請求を行っていない。この点について原告は,松下電器産業がそのような無効審判請求をしなかったのは,本件考案を実施した被告製品の市場シェアが圧倒的であったために,本件考案に係る実用新案登録を無効としても,競争上無意味だと考えた可能性もあると主張するが,兼用タイプの製品市場のシェアが松下電器産業と被告とでほぼ二分されていたと窺われることは先に述べたとおりである。
また,松下電器産業は,平成12年9月25日に被告に対して,特許権侵害差止めを求める訴訟等を提起している。しかし,松下電器産業が被告に対して当初から通常実施許諾契約の締結を申し入れていたことからすると,同訴訟等を提起した同社の目的は,真に被告のKUFシリーズの製造販売を差し止めなければならないというものではなく,被告からライセンス料を徴収して利益をあげることにあったものと推認される。そうすると,松下電器産業は,本件考案はその実施を禁止しなければならないような脅威ではなく,本件考案の実施品に対しては,自社製品(松下製品等の競合製品)によって十分対抗できると認識していたと考えられるのであり,この点からも,いくら有利な点があるとはいえ,本件考案をライセンス料を支払ってまで実施する必要性を感じていたとは考え難いところである。
(ウ)以上よりすると,松下電器産業は,本件実用新案権によってその事業活動に何らかの抑制を受けたとは認められないから,同社に対する関係で,被告に本件考案による独占の利益があったと認定することはできない。
ウその他のECMメーカー(特にプリモ)に対する独占の利益について(ア)兼用タイプのECMの市場は,********************************それ以後の数年間は携帯電話市場の伸びとともに売上規模を増大させ,日系携帯電話メーカー向けの全ECM市場においても,***************************(別紙2 。このことからすると,近年は,世界全体の携帯電 )話向けECM市場での被告のKUFシリーズのシェアは低下が著しい(別紙2)とはいっても,ECMメーカーにとって,兼用タイプの製品市場は,事業展開上の魅力ある市場であったといえるようにみえる。
しかし,日本国内で兼用タイプのECMの製造販売を行っているメーカーは,現在に至るまで松下電器産業と被告のみであることは先に認定したとおりである。
(イ)このように他のECMメーカーが兼用タイプ(特にフロントエレクトレットタイプ)の製品市場に参入しない理由については,本件実用新案権が存在することが理由の候補としてあげられる。
しかし,本件実用新案登録が松下発明公報と周知技術に基づく無効理, , 由を有すること 及びそのことが当業者にとって比較的明らかなことは先に述べたとおりであるから,その他のECMメーカーが真に兼用タイプの製品市場に参入しようという意欲を有していたのであれば,本件考案の存在にかかわらず実際に参入したか,本件実用新案登録の無効審判請求をしたか,又は被告に対し無効理由があることを指摘して廉価での実施許諾を求めるなど,何らかの動きに出たはずであると考えられる。
もっとも,他社が特許出願をしていたり特許権等を有している状況の下では,たとえそれらに無効理由があると判断していたとしても,なお。, リスクを慮って製造販売を差し控えるということも考えられる しかし例えば現に被告は,KUFシリーズを開発するに際し,松下発明ほかの松下電器産業の特許出願との抵触の有無やその拒絶可能性を調査・判断しており,その結果,それらについて何ら公権的な判断がされていない, , 段階であるにもかかわらず 拒絶可能であるとの自己の判断に基づいてKUFシリーズの製造販売に踏み切っているが,このような態度が被告のみに特有のものとは思われない。加えて,本件実用新案登録は,松下発明に係る特許と比べて無効理由の存在が分かりにくいともいえないのであるから,やはり上記のとおり考えられるところである。
(ウ)被告は,本件実用新案権を登録料不納付で消滅させる以前から,その価値に疑問を抱いてきたものと推認されることは前示のとおりである。
加えて,松下発明に係る特許権が平成16年2月27日の東京高裁判決により無効となったから,その確定以後は松下発明の実施が,また被告が本件実用新案権を平成17年4月18日に登録料不納付により消滅(登録日は平成18年1月11日)させたから,その後は本件考案の実施が,それぞれ自由にできるようになったにもかかわらず,現在に至るまで,兼用タイプの製品市場に新たに参入したメーカーは存在していない。
これらの諸点からすると,何らかの理由(例えば参入困難な事情がありそれが予想収益を上回るなど)により,少なくとも近年は,他のECMメーカーにとって,兼用タイプの製品市場に事業上の魅力がなくなっていると推認することができる。そして,その理由が,近年急に発生したことを推認させる事情も窺えないから,以前から存在していた事柄ではないかとも疑われるところである。
(エ)前記認定のとおり,兼用タイプのECMには,長所もあれば短所もあり,製品として実用化するには短所を補う技術が必要になる。そして被告も,KUFシリーズを販売したのは,被告考案によってノイズ対策を開発した後のことであり,平成13年に洋白製のカプセルを使用するようになるまでは,すべて被告考案の技術を採用しており,その後も洋白製のカプセルを使用しない製品(****)にはすべて被告考案の技術を使用してノイズ対策を行っている。また,ノイズ以外にも兼用タイプのECMには品質上の問題があることは前記認定のとおりである。そして,被告は,これらの問題点に対して対策を施しているものの,*********************は,品質上の理由から,兼用タイプを採用するに至っていない。
これらの諸点からすると,他のECMメーカーが実際に兼用タイプの製品市場に参入しようとする場合には,これらの品質上の問題点に対して対策を施す必要があることになる。この技術の有無は,他のECMメーカーが兼用タイプの製品市場に参入する障害となり得るということができる。
(オ)被告及び松下電器産業の兼用タイプのECMの販売が開始された平成4年の時点では,本件考案以外に松下発明公報が頒布(出願公開)されており,松下発明は本件考案に先立つ平成7年4月19日に出願公告された。そして,出願公告時の松下発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,その文言のみに従う限り,被告の本件考案をも含む,およそ兼用タイプのECMのすべてを包含し得る広範なものであったということができる。また,先に述べたように,松下発明に係る特許は,最終的,, には米国公報発明を主引用例として無効とされたが 本件考案のように当業者にとって無効理由を有することが比較的明らかとはいえないものであった。
他のECMメーカーにとって,このような松下発明に係る特許の存在が,新たに兼用タイプの製品市場に参入することを考えるに当たって大きな障害となったことは明らかであり,実際に松下電器産業が,平成12年に被告に対して特許権侵害訴訟を提起したことも影響を与えたと考えられる。
(カ)以上の諸点を総合すると,被告が登録料を負担して本件実用新案権を維持してきたことは事実であるものの,他のECMメーカーがそもそもフロントエレクトレットタイプの製品市場に参入しなかった主たる理由は,松下発明に係る特許権の存在,兼用タイプの品質,製品市場自体の事業上の魅力に存すると考えられるのであって,当業者に比較的明らかな無効理由のある本件実用新案登録によって,他のECMメーカーの事業活動が抑制され,本件実用新案権によって被告に独占の利益があったとは認めるに足りないというべきである。
エ以上より,本件考案に係る本件実用新案権により被告が独占の利益を得たと認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。
2争点(1)(独占の利益の存否及び額)のうち,本件発明に関する点について(1)本件発明についても,本件考案と同様,独占の利益の存否に影響を与えると考えられる諸要素について検討して,本件発明による独占の利益の存否について判断する。
(2)被告による本件発明の実施の有無ア本件発明の請求項1の構成要件は,次のとおりである。
振動板と,その後面側に配置された電極板としての背極板と,背極板の振動板側の表面に形成されたエレクトレット層とでコンデンサ部を形成するバックエレクトレット方式のエレクトレットコンデンサマイクロホンにおいて,前記背極板は背極板となる素材の表面にFEPの微粒子が分散されたスプレー液を噴霧した後,焼成してエレクトレット層とし,かつ所望の形状に加工されたものであり,前記スプレー液は,FEPの微粒子が分散されるとともに,増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈されたものであって,粘度が30c.p.,温度が25℃以下となっているものであることを特徴とするエレクトレットコンデンサマイクロホン。
他方,証拠(乙13・本件発明の公開前である平成11年6月4日付けの*********作成に係る被告宛ての「エレクトレット材製品納入仕様書 )及び弁論の全趣旨によれば,被告が************ 」エレクトレット層を形成する方法でECMを製造する際に,上記*****において使用している方法は,次のとおりであると認められ,これ以後にこの製造方法変更されたことを認めるに足りる証拠はない。
*********************************************************************************************************************************************以上によれば,被告が実施している製造方法では,その使用するスプレー液について,本件発明の「粘度が30c.p.,温度が25℃以下」との構成要件を充足していないから,被告は本件発明を実施していないと認められる。
この点について原告は,被告の上記方法は本件発明の明細書に記載された実施例に記載された条件と全く同じか,又は前者が後者に含まれていると主張する。しかし,被告が本件発明を実施しているか否かは,その排他的独占権の対象である特許請求の範囲の記載に基づいて決すべきであるから,この原告の主張は,前記認定判断に影響を及ぼすものではない。
イなお原告は,スプレー液の「粘度が30c.p.,温度が25℃以下」との構成要件は,被告が出願過程で不必要かつ不用意に補正をしたことによって加えられたものであると主張する。
発明について特許を受ける権利を譲渡した場合,譲渡人は,譲受人が明細書及び図面(以下,単に「明細書」という )を正しく記載できるよう 。
に,当該発明の内容を適切に譲受人に教示しなければならない。そして,普通は,譲渡人の上記教示に基づいて出願当初の願書に添付された明細書(以下「当初明細書」という )が記載されるから,当初明細書の記載に 。
当たり譲受人が譲渡人の明示の教示に反した等の特段の事情のない限り,当初明細書に記載された内容が,譲渡人が譲受人に教示した発明(すなわち,譲渡に係る発明)であったものと推認される(逆にいえば,譲受人は適切な教示を受けるまでは当該発明を知ることができないから,特段の事情のない限り,譲受人に当初明細書の記載の不足・不備の責を負わせることはできない。。)したがって,出願過程を問題とするときは,譲受人の行為が不必要・不用意であったか否かは,当初明細書を基準として判断されるべきである。
(ア)証拠(乙8)によれば,本件発明の出願公開当時の特許請求の範囲及び明細書の記載は,次のとおりであったと認められ,弁論の全趣旨によれば,当初明細書の記載も同じであったと認められる。
a特許請求の範囲(a)請求項1振動板と,その後面側に配置された電極板としての背極板と,背極板の振動板側の表面に形成されたエレクトレット層とでコンデンサ部を形成するバックエレクトレット方式のエレクトレットコンデンサマイクロホンにおいて,前記背極板は背極板となる素材の表面にFEPの微粒子が分散されたスプレー液を噴霧した後,焼成してエレクトレット層とし,かつ所望の形状に加工したものであることを特徴とするエレクトレットコンデンサマイクロホン。
(b)その他の請求項の概要請求項2及び3は請求項1をカプセルの前面部の裏面又はカプセルに取り付けられた電極板の裏面にエレクトレット層を形成したフロントエレクトレットタイプについて適用したもの,請求項4は請求項1ないし3においてスプレー液に増粘剤又は界面活性剤が混入されたもの,請求項5は請求項1ないし4においてスプレー液に増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈されたものであって,粘度が30c.p.,25℃以下となっているものである。
請求項6ないし10は,それぞれ請求項1ないし5のエレクトレットコンデンサマイクロホンの製造方法である。
請求項11は,請求項6ないし10のエレクトレットコンデンサマイクロホンの製造方法において,エレクトレット層を形成する焼成の工程の後に,再度の焼成を行うものである。
請求項12は,請求項6ないし11のエレクトレットコンデンサマイクロホンの製造方法において,素材の表面にFEPの微粒子が分散されたスプレー液を噴霧する工程と,この素材を焼成して表面にエレクトレット層を形成する工程とを複数回繰り返して行うものである。
請求項13は,請求項6ないし12のエレクトレットコンデンサマイクロホンの製造方法において,素材が,アルミニウム板,真鍮板,ステンレス板又はチタン板をロール状に巻回したものである。
b発明が解決しようとする課題【0013】従来のようにエレクトレットコンデンサマイクロホンにエレクトレット層の厚さ等のばらつきに起因する性能の個体差を生じることがなく,しかもより高性能で,製造の容易なエレクトレットコンデンサマイクロホンとすることができるエレクトレットコンデンサマイクロホン及びその製造方法を提供することを目的としているc発明の実施の形態(a)…エレクトレット層形成工程は,高分子FEPの微粒子を分散したスプレー液100を真鍮板200上に噴霧する工程と,高分子FEPの微粒子を分散したスプレー液100が噴霧された真鍮板200を加熱してエレクトレット層5を焼成し,分極する工程とを有している( 0028。…高分子FEPの微粒子を分散させたス 【】)プレー液100としては,例えばダイキン工業株式会社製のネオフ() 。 ロン 商標 FEPディスパージョンであるND-1が適しているこのND-1は,粘度が10〜30c.p.,25℃であり,背極板4となる真鍮板200へのスプレーに適している( 0029。次【】)に,…前記スプレー液100がスプレーされた真鍮板200を加熱してスプレー液100に含まれる有機溶媒110を除去してエレクトレット層5のベースとなる高分子FEPの微粒子が堆積した薄膜50を形成する。ここでは電気炉により,300℃程度の雰囲気温度で20分程度加熱する。この加熱によって有機溶媒110のみが除去され,高分子FEPの微粒子が堆積した薄膜50が真鍮板200の上に形成される( 0031。【】)(b)なお,上述した実施の形態では,スプレー液100として,ダイキン工業株式会社製のネオフロン(商標)FEPディスパージョンであるND-1を用いたが,このND-1に,DS-101(ユニダイン社製 ,EV-1300(ユニセフ社製 ,ポリスタOM ) )(日本油脂社製)等の増粘剤,界面活性剤を混入し,その粘度は3, (【】)。 0〜90c.p. 25℃としたものを使用してもよい0036(c)例えば,このスプレー液100を純水で希釈し,粘度を30c.p.,25℃とした希釈スプレー液を用いると,エレクトレット層5(【】)。, のエレクトレット電位の残存率が向上する0037例えばスプレー液100と純水との比率を1:4の割合で混合した希釈スプレー液を用いると,図3に白丸印で示すように,エレクトレット電位の残存が向上する。すなわち,背極4を150℃の雰囲気内に長時間晒してもエレクトレット層5のエレクトレット電位は安定しているのである( 0038。このエレクトレット電位の残存率 【】)が向上するのは,その詳細な理由には不明確な部分は残るが,粘度を低下させたことにより表面粗さの少ないエレクトレット層5が形成されるためであると考えられる( 0039。【】)(d)また,背極4として完成したものを再焼成すると,エレクトレット電位の残存率がさらに向上することが確認できた。例えば,330℃で10分の焼成を行った場合には,図3に黒丸印で示すように,純水で希釈した希釈スプレー液を用いた場合よりもエレクトレット電位の残存率が向上したことが確認できた( 0040。こ【】)の理由としては,FEPの結晶化度,結晶性がより高くなったという理由が考えられる( 0041。【】)(e)さらに,スプレー液100を噴霧した後に焼成するという工程を繰り返して行うと次のようになる。例えば,前記ND-1に増粘剤としてのポリスタOM(日本油脂社製)を混入し,粘度を35〜40c.p.,25℃としたスプレー液100を噴霧した後,330℃で20分間焼成した後,再度スプレー液100を噴霧し,前記と同じ条件で焼成すると,より安定したエレクトレット層5とすることができた( 0042。この理由は,次のように考えられる。1 【】)回目のエレクトレット層5の形成では,エレクトレット層5の膜厚にばらつきがあったり,ピンホールがあったりしてエレクトレット層5の平坦度に問題があるが,2回目のエレクトレット層5の形成により,ピンホールが無くなって平坦度が向上した膜厚の均一化されたエレクトレット層5となるのである( 0043。また,1 【】)回目のエレクトレット層5は,背極板4と2回目のエレクトレット層5とのいわば接着剤としての役目を果たすものであると考えることもできる( 0044。【】)(イ)証拠(乙9)によれば,これに対して特許庁審査官は,平成14年9月11日,被告に対し,本件発明は,いずれも特開昭59-101998号公報,特開平8-107599号公報及び特開昭53-52543号公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとして,拒絶理由を通知した。
後掲各書証によれば,これらの引用例に記載された内容は,次のとおりであると認められる。
a特開59-101998号公報(乙10の1。以下「引用例1」という )。
(a)発明の名称エレクトレット装置とその製造方法(b)特許請求の範囲(請求項4)所定の振動特性を有する金属板と該金属板と所定の距離を隔てて対向的に設けられた固定板を具備するエレクトレット装置の製造方, , 法において 前記金属板の一方の面または前記固定板の一方の面を印刷,スプレイ,塗装等により高分子材料を薄膜状に被覆し,乾燥焼付けにより固着し,分極帯電させてエレクトレット膜を形成させることを特徴とする,エレクトレット装置の製造方法
(c)実施例(3頁左上欄12〜20行目)…振動性薄板31の表面に微細な高分子材料,例えばフッ素樹脂系材料としてはFEP…樹脂を印刷,塗布又はスプレイなどによって均一に薄膜状に付着させ,FEP膜32を形成させる。…薄板31上に形成された膜32を乾燥焼付などにより乾燥させながら,膜32を薄板31に固着させる。
(d)効果(3頁右下7〜11行目)…上記振動性エレクトン板の製造方法は,従来方法に比しFEPフィルムに電極を付着する過程,FEPフィルムに張力を付与する過程が不要になり,製造時間の短縮,品質の向上及び低価格化が図れるという利益を有する。
(e)第5図には,このような振動性エレクトレット板3を包含するエレクトレット装置を組み込んだエレクトレットマイクロフォンが示されている。
b特開昭53-52543号公報(乙10の3。以下「引用例3」という )。
(a)発明の名称防火塗料(b)発明の詳細な説明の要旨従来の防火塗料は,ラテックスに,多量の無機質粉末とアスベストを添加して泥漿状とし,コテ塗りにより塗工が行われていたが,コテ塗りは多大の労力を要する等の問題点があった。他方,防火塗料をスプレー塗装することも考えられるが,規則上,アスベストの使用濃度が5%以下とされていることから,このように低いアスベスト濃度では塗装膜がズリ落ちる等の問題点があった。
そこで,本発明では,ポリクロロプレンラテックスのポリクロロプレン分100重量部あたり無機質粉末50〜200重量部,増粘剤1〜20重量部,界面活性剤0.5〜20重量部並びに組成物全体の5%以下のアスベスト短繊維を添加した組成物を主成分とする吹付け用防火塗料を発明したものである。これによれば,アスベストが全体の5%以下であっても塗布層のずり落ちがなく,スプレー塗装により容易に施工することができる。
(ウ)証拠(乙12)によれば,被告は,この拒絶理由通知に対し,主として特許請求の範囲について,スプレー液を「FEPの微粒子が分散されるとともに,増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈されたものであって,粘度が30c.p.,温度が25℃以下となっている」ものに限定する補正を行い,意見書(乙11)を提出したことが認められる。そして,本件発明は,この内容により特許査定を得て,特許権として設定登録されるに至ったものである。
ウ前記のような本件発明の出願公開当時の明細書の記載によれば,本件発明の特徴は,バックエレクトレットタイプ及びフロントエレクトレットタイプのECMにおいて,固定電極にエレクトレット層を形成する方式として,従来のFEPフィルムを溶着する方法に代えて,FEPの微粒子を分散させたスプレー液を塗布する方法によった点に特徴を有するものであり,さらにそのスプレー液や各種の工程を工夫した点に特徴を有するものとされていると認められる。
他方,前記拒絶理由通知に記載された引用例の記載によれば,@ECMの固定電極をエレクトレット化する方法において,電極にFEPフィルムを溶着する方法に代えて,FEPの微粒子を分散させたスプレー液を噴霧する方法を用いることは,引用例1に記載されていたところである。
また,引用例3には,防火用スプレー塗料において,スプレー液の粘度を調整するために原液に増粘剤や界面活性剤を添加することが記載されている。そして,引用例3の塗料は防火用のものであるが,その発行年が昭和53年であることからすると,一般にスプレー塗料に増粘剤や界面活性, , 剤を添加することによって粘度を調整して 塗膜の固着を確保することは本件発明の出願当時には周知の事柄であったと推認される。
そうすると,このような引用例1及び引用例3の記載からすると,ECMの固定電極をエレクトレット化する方法において,電極にFEPフィルムを溶着する方法に代えて,FEPの微粒子を分散させたスプレー液を噴霧する方法を用いること,及びその際にスプレー液に増粘剤,界面活性剤及び純水を添加することによって粘度を調整して,塗膜の固着を確保する, 。, ことは 当業者が容易に発明することができたものといえる したがってそれにもかかわらず本件発明が進歩性を認められるには,例えば,@それら増粘剤等の添加量を特定のものとした場合に顕著な効果が得られることを示して,発明の内容をそれに限定するとか,あるいは,A単にスプレー液を噴霧するだけでない,特別の工夫を加えることによって顕著な効果が得られることを示して,発明の内容をそれに限定するといった補正を行う必要があったものというべきである。
, , この観点からすると 上記@の観点から補正を行う根拠の記載としては先に引用した【0036】の記載があり,ここでは「増粘剤,界面活性剤を混入し,その粘度は30〜90c.p.,25℃としたものを使用してもよい 」との記載がある。そして,この場合のエレクトレット電位の残存率 。
「 」。 については明細書の図3の 増粘したエレクトレット として記載があるしかし,この数値範囲とした場合に,特に顕著な効果が得られることについての記載及びその裏付けは明細書にないから,この数値範囲によって発明の内容を限定する補正をしても,その進歩性を基礎づけることはできない。したがって,被告がこの内容の補正をしなかったからといって,それを不適切とすることはできない。
次に同じく上記@の観点から補正を行う根拠の記載としては,先に引用した【0037】及び【0039】の記載があり,ここでは 「このスプ,レー液100を純水で希釈し,粘度を30c.p.,25℃とした希釈スプレー液を用いる」との記載がある。そして,これによる場合の効果は,図3において 「純水で希釈したエレクトレット」として,純水で希釈しない ,「増粘したエレクトレット」と比較して,エレクトレット電位の残存率が向上することが裏付けられている。したがって,この数値範囲によって発明の内容を限定する補正をすれば,その進歩性を基礎付けることができることになる。被告は,まさにこの内容の補正をしたものである。
次に,上記Aの観点から補正を行う根拠の記載としては,先に引用した【0040】及び【0041】の記載があり,ここでは 「背極4として,完成したもの」を「330℃で10分」の「再焼成」をすると 「純水で,希釈した希釈スプレー液を用いた場合よりもエレクトレット電位の残存率が向上したことが確認できた 」との記載がある。そして,これによる場 。
合の効果は,図3において 「再焼成したエレクトレット」として 「増 , ,粘したエレクトレット 「純水で希釈したエレクトレット」と比較して, 」。, エレクトレット電位の残存率が向上することが裏付けられている しかしこれらの記載によっても,図3の「再焼成したエレクトレット」に用いた,( )(【】) スプレー液が 単なるND-1 ダイキン工業株式会社製0029なのか,ND-1に増粘剤や界面活性剤を混入したもの( 0036 )【】なのか,このスプレー液100を純水で希釈して粘度を30c.p.,25℃とした希釈スプレー液( 0037 )なのかが直ちに一義的明らかとい 【】うわけではない。そうすると,被告が,このような当初明細書の記載を踏まえて 【0037】の記載に基づき,再焼成を行うことを特徴とする方 ,法に係る特許請求の範囲(請求項7)について,スプレー液が「増粘剤又は界面活性剤が混入され,かつ純水で希釈されたものであって,粘度が30c.p.,温度が25℃ (請求項4ないし6を引用)とする補正をしたこ 」とは,上記の種々の可能性の中で最も確実なものに限定したということができるから,被告がした上記補正が,不必要・不用意なものであったとはいえない。
最後に,同じく上記Aの観点から補正を行う根拠の記載としては,先に引用した【0042】ないし【0044】の記載があり,そこでは 「例,えば,前記ND-1に増粘剤としてのポリスタOM(日本油脂社製)を混入し,粘度を35〜40c.p.,25℃としたスプレー液100を噴霧した後,330℃で20分間焼成した後,再度スプレー液100を噴霧し,前記と同じ条件で焼成すると,より安定したエレクトレット層5とすることができた 」との記載がある。しかし,この方法によった場合に,特に顕 。
著な効果が得られることについての裏付けは明細書に記載がないから,この数値範囲によって発明の内容を限定する補正をしても,その進歩性を基礎づけることはできない。したがって,被告がこの内容の補正をしなかったからといって,それを不適切とすることはできない。
以上によれば,被告が不必要・不用意な補正をしたとの原告の主張は理由がない。
(3)本件発明による被告の独占の利益について先に述べたとおり,被告は,本件発明の方法を実施しておらず,本件発明による数値範囲外の方法を実施していると認められる。一般に営利を追求する企業は,その能力の範囲内で,品質や費用等の面から最も自己に有利な効果を奏する技術を実施するものであるから,被告が,本件発明による特許権を有しているにもかかわらず,その数値範囲外の技術を実施しているということは,本件発明の方法よりも,実際に被告が実施している方法の方が品質や費用等の面から優れているということを推認させるものである。
そうすると,被告が現に実施している,より優れた方法については,本件発明の効力は何ら及ばず,したがって競業者も自由に実施することができるのであるから,本件発明の存在によって他のECMメーカーの事業活動が抑制され,本件発明によって被告に独占の利益があったとは認められないというべきである。
, , この点について原告は 被告が本件発明の方法を実施していないとしても本件発明の実施を特許権によって禁止することで,その代替方法による売上げに貢献があれば,それは当該職務発明による使用者の受けるべき利益に値すると主張する。しかし,上記の点からすれば,本件においては,本件発明の実施を特許権によって禁止することで,被告が実際に使用していた方法による売上げに貢献があったとは認められない。
3結語以上の次第で,本件実用新案権及び本件特許権には独占の利益が認められないから,本件考案及び本件発明により被告が受けるべき利益の額があるとは認められない。以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件考案及び本件発明の実用新案登録及び特許を受ける権利を被告に承継したことに対する相当な対価を認めることはできないから,原告の請求にはいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山田知司
裁判官 高松宏之
裁判官 村上誠子