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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ16739特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  技術的手段 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  権利の濫用(権利濫用) /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  実施 /  交換 /  構成要件 /  侵害 /  請求の範囲 /  変更 /  補助参加 / 
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事件 平成 16年 (ワ) 8967号 損害賠償請求権等不存在確認請求事件
原告 パナソニックモバイルコミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 市橋智峰
同 玉井裕子
同 荒井紀充
同補佐人弁理士 田中久子
原告補助参加人 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ
同訴訟代理人弁護士 竹田稔
同訴訟代理人弁理士 小栗久典
被告 明星電気株式会社
同訴訟代理人弁護士 永島孝明
同 伊藤晴國
同 明石幸二郎
同 安國忠彦
同補佐人弁理士 中尾俊輔
同 伊藤高英
同 大倉奈緒子
同 玉利房枝
同 鈴木健之
同 磯田志郎
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2005/01/18
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告が携帯電話端末ムーバP505iS及びFOMA P900iを販売したことにつき,被告が原告に対して,特許番号第1647230号の特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を有しないことを確認する。2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
事案の概要
1 争いのない事実等 (1) 当事者 原告は,携帯電話端末等の製造,販売等を主たる業務とする株式会社である。
被告は,通信,電子,電気計測,情報処理,その他電気一般に関する装置等の製造,販売等を業とする株式会社である。 (2) 被告の特許権 被告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲の発明を「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書(甲2。別紙特許公告公報参照)を「本件明細書」という。)を有している。
特許番号 第1647230号 発明の名称 着信表示方式 出願年月日 昭和61年4月16日 出願番号 特願昭61-087773号 出願公告年月日 平成3年1月30日 出願公告番号 特公平3-6711号 登録年月日 平成4年3月13日 特許請求の範囲 「着信時に発信者番号情報が送られてくる電話回線に接続される端末装置において,電話番号とその加入者名との対応を,当該加入者のランク別に登録したメモリを設け,着信時に上記発信者番号情報を上記メモリに登録された電話番号と照合し,一致した電話番号があれば,対応する加入者名を表示するとともに上記ランク別の着信音表示を行なうようにした着信表示方式。」 (3) 構成要件の分説 本件発明は,次のとおり分説することができる。
A 着信時に発信者番号情報が送られてくる電話回線に接続される端末装置において, B 電話番号とその加入者名との対応を,当該加入者のランク別に登録したメモリを設け, C 着信時に上記発信者番号情報を上記メモリに登録された電話番号と照合し,一致した電話番号があれば,対応する加入者名を表示するとともに上記ランク別の着信音表示を行なうようにした D 着信表示方式。
(4) 原告の行為 原告は,携帯電話端末ムーバP505iS(以下「イ号製品」という。その構成は,別紙イ号物件目録記載のとおりである。)及びFOMA P900i(以下「ロ号製品」という。その構成は,別紙ロ号物件目録記載のとおりである。)を製造,販売している(イ号製品とロ号製品とを併せて,以下「原告製品」という)。
(5) 原告補助参加人の行為 原告補助参加人(以下「補助参加人」という。)は,原告から原告製品の継続的供給を受け,販売元を「NTTドコモグループ」として,代理店であるドコモショップ,小売店等を通じて販売している(丙1の1及び2,2)。
(6) 確認の利益 被告は,平成16年3月10日,前記1(4)記載の原告の行為が本件特許権を侵害するとして,原告製品について,本件特許権に基づく製造販売等禁止の仮処分を申し立てた(当庁平成16年(ヨ)第22021号)。
2 本件は,原告が,被告に対し,原告の前記1(4)記載の販売行為が本件特許権を侵害するものではないと主張して,被告の原告に対する本件特許権侵害を理由とする損害賠償請求権及び不当利得返還請求権が存在しないことの確認を請求する事案である。
3 争点 (1) 原告製品は,本件発明の技術的範囲に属するか否か。
ア 原告製品は,構成要件B「ランク別に登録したメモリを設け」を充足するか。
イ 原告製品は,構成要件C「ランク別の着信音表示を行なう」を充足するか。
(2) 本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か。
ア 本件特許は,新規性を欠くか(特許法29条1項3号)。
イ 本件特許は,進歩性を欠くか(特許法29条2項)。
ウ 本件特許出願は,記載要件に違反したものか。
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(構成要件Bの充足性)について 〔被告の主張〕 (1) 原告製品は,相手の名前,電話番号等を電話帳データとしてメモリに登録することができ,電話帳データを登録する時にグループを選択できるので,構成要件Bを充足する。
(2) 原告は,ランクとグループは異なると主張するが,原告製品において,グループを選択して電話帳データを登録することは,実質的に本件発明の「加入者のランク別に登録した」ことと同一である。
本件明細書の記載から,「加入者のランク別に登録」するという技術的意味は,受け手側が,加入者の重要度の大小又は応答必要性の緊急度等に従って,加入者を分類して,着信時にその分類を識別できるように事前にそれらを登録することである。原告製品における「グループ」は,加入者を一定の判断基準に従って分類するものであり,原告製品は,加入者の電話番号及び名前等をメモリに登録する際に,一つのグループを選択して登録することができる構成を有する。「グループを選択して登録する」ということは,ユーザー(受け手側)が,相手(加入者)の重要度の大小又は応答必要性の緊急度等に従って,どのグループに属するかを評価判断して加入者を分類して登録することである。したがって,原告製品における「グループ」は,加入者の重要度又は応答必要性の緊急度等の判断に影響を与える情報であり,原告製品は,本件発明の「加入者のランク別に登録したメモリ」の構成を充足するのである。
(3) 原告は,原告製品にはグループに分かれたメモリという構成がなく,構成要件Bを充足しないと主張するが,これは構成要件Bの解釈を誤ったものである。
本件明細書の記載から,「加入者のランク別に登録したメモリを設け」ることの技術的意味は,加入者の電話番号及び加入者名の情報を加入者がどのランクに属するかを識別できるように登録したメモリを設けるということである。構成要件Bは,「ランク別にメモリを設ける」という記載にはなっておらず,原告が主張する「ランクに分かれた[別個の]メモリ」は,本件特許の特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも記載されていない。したがって,構成要件Bは,加入者の属するランクを識別する手段としてランクごとに別個のメモリを設ける構成に限定されるものではない。
原告製品は,電話番号,名前及びグループ番号をメモリに登録しているので,着信時に加入者の属するグループ番号を識別して,グループごとに設定された着信音を鳴らすように構成されているのであるから,加入者の属するランクを識別できるように電話番号とその加入者名との対応をメモリに登録しており,構成要件Bを充足するのである。
〔原告の主張〕 (1) 「ランク」とは,「順位。順位づけること。」という意味であり,本件発明は,端末装置自体の構成に,重要度の大小を反映して順位づける「ランク」を備えることが必須である。
これに対し,原告製品においては,「ランク」という概念は存在していない。被告は,原告製品におけるグループが「ランク」に該当すると主張するが,原告製品におけるグループは,順位という概念が全くなく,「ランク」には該当しない。グループという言葉自体も,「群。集団。」という意味であって,順位という概念は全くない。
したがって,原告製品におけるグループは,構成要件Bを充足しない。
(2) 本件発明においては,ランク別のメモリが設けられて,ランクに分かれたメモリに,「電話番号とその加入者名の対応」が登録される。
原告製品のメモリ構成は,別紙イ号及びロ号物件目録記載のとおりであり,登録内容にしたがって2つのメモリに分かれており,グループに分かれたメモリという構成は備えていない。
被告は,加入者がどのランクに属するかを識別できるように登録したメモリを設ければ,構成要件Bを充足すると主張するが,本件特許請求の範囲及び本件明細書の「ランク別に登録する」との記載に反する。
したがって,原告製品におけるメモリは,構成要件Bを充足しない。
2 争点(1)イ(構成要件Cの充足性)について 〔被告の主張〕 (1) 原告製品は,着信時に通知されてきた相手の発信者番号通知をメモリに登録されている電話帳データの電話番号と照合し,一致した電話番号があれば,電話帳データから,電話番号と名前を表示部に表示し,更に電話帳データのグループに設定された着信ランプ色(イ号製品)又は着信イルミネーション(ロ号製品)を点滅し,着信画像を表示し,着信音を鳴らす動作を行っているから,構成要件Cを充足する。
(2) 原告は,原告製品は,グループが異なれば自動的に着信音が異なるという構成ではないから,構成要件Cを充足しないと主張するが,構成要件Cの「ランク別に着信音表示する」ということは,単にランクが異なれば着信音を異なるようにできる機能を具備していればよく,ランクが異なれば自動的に着信音を変えなければならないということを要件とするものではない。
原告製品は,グループごとに異なった着信音を設定する機能を具備しており,グループに着信音を設定すると,着信時に加入者の属するグループを識別して,グループごとに設定された着信音を鳴らすように構成されている。したがって,原告製品は,構成要件Cにおける「ランク別の着信音表示を行なうようにした」という要件を充足する。
〔原告の主張〕 (1) 構成要件Cの「ランク別に着信音表示する」とは,ランクが異なれば着信音が異なることを意味している。
しかし,原告製品は,グループが異なれば,自動的に着信音が異なるという構成になっていない。すなわち,原告製品においては,特定の(発信者)電話番号に,別個のグループ名,例えば「会社」,「家族」などの名称を割り当てたとしても,自動的に異なる着信音が当てられるのではない。ユーザーが会社と家族で異なる着信音を割り当てる手続を特に行えば,会社というグループと家族というグループに異なる着信音が対応することになるが,そうでなければ会社というグループと家族というグループは同一の着信音が対応する設定となっている。
(2) 被告は,単にランクが異なれば着信音を異なるようにできる機能を具備していればよいと主張するが,ランクは重要度の大小であるから,ランク別の着信音表示を行わなければ,ランク別に登録する本件発明の技術的意味はない。したがって,ランクが異なれば必ず着信音が変わるという構成を有していなければ,構成要件Cは充足されない。そして,原告製品は,グループが異なれば着信音が自動的に異なるという構成にはなっていないので,ランク別の着信音表示を行うようにしているとはいえず,構成要件Cを充足しない。
3 争点(2)ア(新規性の有無)について 〔原告及び補助参加人の主張〕 本件特許出願前に頒布された刊行物である発明協会公開技報Vol.10-1公技番号85-257(甲3の2。以下「引用例1」という。)は,本件発明と同一であり,本件特許権は,特許法29条1項3号に基づいて,明らかに無効とされるべき特許権であるから,本件特許権に基づく請求は,権利の濫用として許されるべきではない。
(1) 引用例1には,次のとおりの構成が記載されている。
A’着信時に交換機から電話端末へ発番が送られる。
B’電話端末に登録・記憶機能を持たせ,端末より発番と呼出音ランクを登録して記憶させる。(発番を登録する際に,発信者名との対応を登録しておくことは,周知・慣用の技術手段) C’送られた発番と登録されている発番が端末内で照合される。照合により抽出された呼出音ランクにより呼出音あるいは表示を切替えるため,呼出音や表示により発信者を知ることができる。(呼出時に,発信者名を表示することは,周知・慣用の技術手段) D’発番による呼出音切替電話機。
以上のとおり,引用例1は,本件発明の構成要件のすべてを実質的に開示している。
(2) 被告は,本件発明と引用例1とは,「発信者番号情報」ではなく,「発番」が送られてくる点で相違すると主張し(以下「相違点a」という。),「発番」とは「発信者がダイヤルした番号」であって「発信者番号情報」ではないと主張する。
しかし,次のとおり,「発番」とは「発信者番号情報」を意味するものであり,相違点aは存在しない。
ア 引用例1には,交換機から送られてくる「発番」を用いて「呼出音あるいは表示を切替える」ことにより「発信者を知ることができる」と記載されているのであるから,引用例1における「発番」が,発信者を特定できる番号,すなわち「発信者番号情報」であることは,引用例1の記載自体から明らかである。
被告は,引用例1の「緊急電話をかけることも可能となる」という記載のみを抜き出して,「発番」は電話の内容に合わせて適宜変更可能な「発信者がダイヤルする番号」であると主張するが,引用例1には,発信者を知ることができることの付随的な効果として,受信すべき人が直ちに電話に出られることと緊急電話を掛けることができることが列挙されているのであるから,引用例1の「緊急電話」は,受け手が,電話に出る前に発信者を知ることにより,緊急に電話に出るべき発信者であるか否かを判断できるということを意味する。
そもそも,本件発明自体が,電話の内容に合わせて変更することが不可能な「発信者番号情報」を用いても,緊急度の判断等が的確に可能であるとするのだから,電話の内容に合わせて適宜変更可能な「発信者がダイヤルする番号」を用いなければ緊急かどうか判断できないという被告の主張を前提とすれば,本件発明は,本件明細書に記載された発明の効果を奏さないことになってしまう。
イ 本件特許出願前に,電話端末において,発呼者電話番号(発信者番号情報)と発信者名の対応を予め登録しておくことにより,送られてきた発呼者電話番号に対応する発信者名を表示して,使用者が着信に応答する前に発信者を知ることができるようにすることは,当業者の技術常識を構成する周知・慣用の技術手段となっていたのであるから(甲3の3ないし6),当業者が,「(電話に出る前に)発信者を知ることができる」ようにする引用例1に接した場合,「発番」が発呼者電話番号(発信者番号情報)を意味すると理解するのが合理的である。
ウ 実願昭56-135195号(実開昭57-78154号)のマイクロフィルム(甲4)では,「発信加入者の局番と加入者番号…で構成される情報(以下発信番号と略称する)」,すなわち「発信者番号情報」が「発番」と呼ばれている。したがって,本件特許出願当時,「発番」という用語は,一般的に「発信者番号情報」の意味で用いられており,「発信者がダイヤルする番号」を意味することはなかった。
エ また,甲第4号証には,加入者が発呼すると,「加入者がダイヤルする被呼者番号」だけでなく「発信番号」も,発信局から少なくとも記録局までは,通話路を転送されることが示されている。この技術常識を踏まえてみると,被告が提示した乙第3号証においても,「発呼加入者がダイヤルする」番号は,「被呼加入者番号」と呼ばれており,「被呼加入者番号」が「着番」に対応し,「発信者番号」が「発番」に対応するものと考えられることから,「発番」とは,「発信者番号情報」を意味するものであることが分かる。
オ 被告が引用する発明協会公開技報Vol.9-52公技番号84-014327(乙4)は,着信側の端末が「一端末二重番号の電話」である場合に,どちらの着信番号に発信者がダイヤルしたのかを知らせるために,「ダイヤルされた番号に応じて,リンギング(着信音)を異ならす」ものであるから,確かに「発信者がダイヤルした番号」によって異なる着信音表示をするものである。しかし,引用例1は,これとは全く別の技術思想であるからこそ,乙第4号証とは別々に発明協会公開技報に登録されているのであり,それぞれの開発者も,単に複数名のうちの一名が共通するというだけで,全体として異なる開発者とみなされるものである。そもそも,乙第4号証のどこにも「発番」という記載が存在しない一方,引用例1のどこにも「発信者がダイヤルした番号」という概念は存在しない。
カ 特開昭56-43857号(甲5)には,「発信電話機番号」すなわち「発信者の電話番号」を略して「発番」と称することが明示されている。現在では,NTTの提供する「発番通知」サービスが,発信者側の電話番号を通知するものであることがよく知られている(甲6)。昭和55年に公開された日本電信電話公社の研究実用化報告第29巻第1号(甲7)では,電話網において交換機から「発番」が送られること,この「発番」が「発信加入者番号」であることが示されている。昭和58年に公開された日本電信電話公社の研究実用化報告第32巻第1号(甲8)では,「発信者の電話番号」を「発番」と略称することがさらに一般化している。
(3) 被告は,本件発明は「電話番号とその加入者名との対応を,当該加入者のランク別に登録」するのに対し,引用例1は「発番と呼出音ランクを登録」する点において相違すると主張する(以下「相違点b」という。)。
しかし,まず,引用例1の「発番」が「発信者番号情報」ではないとの被告の主張が誤りであることは,前記(2)のとおりである。
また,被告は,引用例1の「呼出音ランク」が,本件発明の「加入者のランク別に登録すること」を意味するものではないとも主張するが,次のとおり,被告の主張は誤りであり,相違点bは存在しない。
ア 被告は,引用例1の「呼出音ランク」が着信音あるいは表示の種類を示すにすぎないと主張しているが,これが,引用例1の「呼出音ランク」では加入者がどのレベルの「重要度」を有しているかを識別できないという意味であれば,原告製品の「グループ」も加入者がどのレベルの「重要度」を有しているか識別できるものではないので,原告製品は本件発明の構成要件を充足しないことが明らかである。逆に,もし,原告製品の「グループ」が本件発明の「加入者のランク別に登録」に相当するのであれば,発信者から着信があったときに鳴らすべき着信音あるいは表示の種類を示すだけでも,本件発明の「加入者のランク別に登録」したことになるから,引用例1と本件発明には相違点bは存在しないことになる。
イ また,被告の主張が,引用例1では「呼出音ランク」自体が登録されるが,本件発明では登録されるのはあくまで「電話番号とその加入者名の対応」であって,「ランク」は「ランク別」に登録されるのに使われるという主張であるとすれば,本件発明は,電話番号と加入者名を登録項目とするメモリに,当該項目をランク分けして,すなわちランクに分かれたメモリの該当するランクの部分に,登録することを要件とするものであり,引用例1は,ランクに分かれたメモリを用いるのではなく,メモリに「呼出音ランク」という新たな登録項目を設けたものである点で,相違するということになる。そうであれば,グループに分かれたメモリを用いるのではなく,「グループ番号」という新たな登録項目を設けた原告製品は,本件発明の構成要件を充足しないことが明らかである。逆に,もし,原告製品の「グループ番号」の登録が本件発明の構成要件に該当するのであれば,引用例1と本件発明には相違点bは存在しないことになる。
ウ 被告は,引用例1の「呼出音ランク」は,発信者と1対1に対応するから,「受け手側が…加入者を分類して,着信時にその分類を識別できるように事前にそれらを登録する」ことを開示していないと主張する。
しかし,引用例1の「呼出音ランク」は,発信者と1対1に対応するものに限定されない。なぜなら,引用例1に開示されたものは,呼出音ランクがA,B,Cの3種類しかなく,通常の電話においては,発信してくる相手が3名しかいないということはあり得ないし,そもそも,引用例1には,それぞれの発番に特有の呼出音を割り当てるとは記載されておらず,あくまでそれぞれの発番の「呼出音ランク」を登録することが記載されている。したがって,引用例においても,受け手側が発信者を「呼出音ランクA,B,C」のうちのいずれかに対応させて,着信時にそのランクを識別できるように事前にそれらを登録しているのであり,本件発明と何ら相違はない。
仮に,引用例1が発信者と1対1に対応するものであったとしても,本件発明は,加入者とランクが1対1に対応するようにすることを妨げるものではないから,やはり,引用例1と本件発明との間に相違は存在しない。
(4) 被告は,本件発明は「対応する加入者名を表示するとともに上記ランク別の着信音表示を行う」のに対し,引用例1は「呼出音ランクにより呼出音を切替える」点において相違すると主張する(以下「相違点c」という。)。
しかし,本件発明の構成要件Cと引用例1との間には,次のとおり,実質的な相違はなく,被告の主張するような相違点cは存在しない。
引用例1は,「呼出音ランクにより呼出音を切替える」のであるから,発信者の「呼出音ランク」が異なれば呼出音が変わるものであり,本件発明の「ランク別の着信音表示を行う」ものである。すなわち,引用例1においても,被告の主張する「発信者のランク」が,呼出音によって表示されており,本件発明と何ら相違はない。
〔被告の主張〕 本件発明と引用例1との間には,次の相違点が存在するので,引用例1に基づく新規性欠如の主張は成り立ち得ない。
(1) 構成要件Aにおいて,本件発明では「発信者番号情報」が送られてくるのに対し,引用例1では「発番」が送られてくる点が相違する(相違点a)。引用例1の「発番」は,「発信者がダイヤルした番号」を意味し,「発信者番号情報」を意味するものではない。理由は次のとおりである。
ア 引用例1では,「発番」による着信音切替えによって,緊急電話を掛けることが可能となるという効果を記載するが,緊急電話を掛けるためには,「電話の内容が緊急である」という発信者の意図を着信者に伝える必要があるところ,電話の内容の緊急性は一定ではなく変化するから,緊急電話を掛ける時には,「緊急用の番号」を発信者がダイヤルすることで,「緊急用の番号」が発番として着信側の電話機に送られ,着信者に電話の内容が緊急であることを伝えることができるのである。
イ 原告は,甲第3号証の3ないし6に見られる周知・慣用の技術手段からすれば,発番が発呼者電話番号を意味すると理解するのが合理的であると主張するが,甲第3号証の3ないし6には,「発信者電話番号」,「発呼者番号」,「送信側の電話番号」及び「発呼者の電話番号等」という記載は存在するが,「発番」という記載及びそれを示唆する記載は存在しない。また,引用例1にも,「発信者電話番号」,「発呼者番号」,「送信側の電話番号」及び「発呼者の電話番号等」という記載は存在しない。後述するとおり,乙第3号証において,「発番」という記載が,「発呼加入者がダイヤルした番号」を意味することが開示されている。したがって,当業者は,引用例1の「発番」とは,発信者の電話番号ではなく,発呼加入者がダイヤルした番号を意味すると解釈するのである。
ウ 原告は,甲第4号証から,「発番」という用語は,一般的に,「発信者番号情報」の意味で用いられていたと主張するが,甲第4号証に記載された技術は,発呼者側の端末及び交換機に関するものであり,着呼者側の呼出音を切替える引用例1の技術とは異なるものである。甲第4号証における「発信番号」は,集中記録自動課金方式という特定の課金方式において必要な情報であり,発信加入者の通話料金を記録するため,発信加入者の端末から課金記録装置に送出されるものである。したがって,甲第4号証の「発信番号」は,着信加入者の端末に送られることはなく,引用例1の「発番」とは全く異なる。甲第4号証においては,あくまでも「発信番号自動証明」を「発番証明」と短縮しているだけであって,「発番」を定義しているわけではない。
エ 引用例1以前に発行された特開昭60-7257号(乙3)の実施例には,端末機器である電話機311から発呼された番号は,市内交換機201によって「発番送出」され,関門交換機202によって「発番転送」されて,ほん訳処理機203に送出されるとの記載がある。つまり,「発番送信」は,端末機器から「発呼された番号を送出する」ことを,「発番転送」は,端末機器から「発呼された番号を転送する」ことをそれぞれ意味しており,引用例1の「発番」と同じ意味で使用されている。
オ 引用例1以前に発行された発明協会公開技報Vol.9-52公技番号84-014327(乙4)は,その開発者の一人が引用例1の開発者の一人と共通しているが,二つの電話番号を有する電話機において,交換機から送られてきた発信者がダイヤルした電話番号によって,リンギング(着信音)を変える技術が開示されている。引用例1も同様に交換機からの情報に基づいて着信音を切替える技術であり,乙第4号証の延長線上にある技術である。乙第4号証では,一端末二重番号の電話に限定されているが,引用例1では,「発番」として登録することで電話番号の数の制限を無くし,各「発番」に対して発信者及び緊急を振り分け,発信者がダイヤルした発番によって,発信者名又は緊急電話であるかを特定するのである。
(2) 構成要件Bにおいて,本件発明では「電話番号とその加入者名との対応を加入者のランク別に登録」するのに対し,引用例1では「発番と呼出音ランクを登録」する点が相違する(相違点b)。前記(1)のとおり,引用例1の「発番」は,「発信者がダイヤルした番号」を意味し,「発信者番号情報」を意味するものではないことに加えて,引用例1の「呼出音ランク」は,「加入者のランク別に登録すること」を意味するものではない。理由は次のとおりである。
ア 本件発明において,「加入者のランク別に登録したメモリを設け」ることの技術的意味は,前記1〔被告の主張〕(3)に記載した通り,着信時に送られてきた発信者番号情報と加入者番号を照合し,ランク別の着信音表示を行うために,加入者がどのランクに属するかを識別できるように加入者の電話番号及び加入者名の情報を登録したメモリを設けることである。他方,引用例1の「呼出音ランク」は,発番と対応させて着信音あるいは表示を切替えるための識別情報として登録されるものであり,着信音あるいは表示の種類を示すにすぎず,音によって「発信者のランク」を表示するものではない。また,引用例1の「呼出音ランク」は,発信者と1対1に対応しているものである。
このように,音による発信者の表示機能から判断すると,引用例1は,発番を登録する際に,「発番」とそれに対応する発信者を「呼出音ランク」として登録するだけであり,発信者の重要度の大小又は応答必要性の緊急度等にしたがって分類して登録することを行っていない。
イ 原告は,引用例1の「呼出音ランク」は,発信者と1対1に対応するものに限定されないと主張する。
しかし,引用例1は,呼出音ランクによって切り替えた呼出音で発信者を知ることができるのであるから,各呼出音ランクに発信者を識別できる特有の呼出音を割り当てていることは自明である。呼出音A,B,Cの記載は,呼出音を3種類に限定したものではなく,単に呼出音の種類を例示したにすぎない。
他方,本件発明は,受け手側が加入者の重要度の大小又は応答必要性の緊急度等にしたがって加入者を分類して,着信時にその分類を識別できるように事前にそれらを登録することを要件としており,1対1に対応することを要件とするものではない。
したがって,加入者を分類して登録することを要件とする本件発明と,加入者を分類することを開示していない引用例1とは明確に相違するのである。
(3) 構成要件Cにおいて,本件発明では「対応する加入者名を表示するとともに上記ランク別の着信音表示を行う」のに対し,引用例1では「呼出音ランクにより呼出音を切替える」点が相違する(相違点c)。
前記(2)のとおり,引用例1の「呼出音ランク」には,本件発明の「ランク別」の概念は存在せず,引用例1は,単に発信者を着信音によって表示しているにすぎず,「発信者のランク」を表示していない。
原告は,引用例1においても,「発信者のランク」が,呼出音によって表示されていると主張するが,引用例1では,発番を登録する際に,重要度の大小又は応答必要性の緊急度等にしたがって分類して登録することは行なわれていないので,「呼出音ランク」によって切り替えた呼出音で発信者を知ることはできるが,受け手側による加入者の分類(ランク)を知ることはできないのである。
4 争点(2)イ(進歩性の有無)について 〔原告の主張〕 (1) 仮に,本件発明と引用例1との間に相違点が存在するとすれば,次の2点であり,いずれも当業者の技術常識に基づいて当然に導き出される事項のみである。
@ 引用例1には,「電話番号」だけでなく「その加入者名との対応」も登録することが明示されていないこと(以下「相違点@」という。) A 引用例1には,「対応する加入者名を表示する」ことが明示されていないこと(以下「相違点A」という。) (2) 上記の相違点@及びAに関しては,本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭57-4639号(甲3の3。以下「引用例2」という。),特開昭59-168756号(甲3の4。以下「引用例3」という。),特開昭54-504号(甲3の5。以下「引用例4」という。),特開昭60-59851号(甲3の6。以下「引用例5」という。)に明示的に記載されている。
例えば,引用例2には,相違点@に関して,電話端末の「メモリ23にはあらかじめ重要な電話番号と名称の組合せが登録され」と記載されている。また,相違点Aに関して,電話端末に「着側交換機より,発呼者電話番号が…通話線36を介して来る」と,「比較回路24」がこの発呼者電話番号を表す「数字レジスタ出力17とメモリ電話番号出力2を比較し,一致したときは…発呼者電話番号に対応した名称が出力」する結果,「表示器35に発呼者名称として表示」されることが,記載されている。
(3) 引用例1ないし5は,いずれも交換機から発信者番号情報(発番)が送られる電話端末における,着信表示に関するものであり,全く同一の技術に属するものであるから,これらの技術を相互に適用しようと試みることは,当業者が当然に行なうことにすぎない。そして,引用例1ないし5が解決する課題は,着信時に発信者を知るということにおいて共通し,これらを結び付けることには,何の困難性も存在しない。
したがって,本件発明は,引用例1に基づき,引用例2ないし5を参照することにより,当業者が容易にすることができた発明であり,進歩性を有しないから,無効である。
補助参加人の主張〕 (1) 本件発明は,引用例1及び引用例3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,無効である。
仮に,引用例1に相違点@及びAが存在するとしても,引用例3には,「発呼者番号と,発呼者氏名等の発呼者識別情報を対応させて登録できるメモリを設備」することが記載されている。また,「上記発呼者番号により上記メモリより発呼者番号に対応する発呼者識別情報を索引し,上記表示デバイスに発呼者氏名等の発呼者識別情報を文字表示する」ことが記載されている。
引用例1には,表示によって発信者が誰であるかを知らせることが示唆されている。したがって,発信者が誰であるかを表示によって知らせるための具体的手段として,引用例3に記載された,電話番号と氏名との対応を登録・記憶しておき,発信者電話番号に対応する発信者名を表示する構成を採用することは,容易に想到される事項であり,引用例3は引用例1と技術的分野を共通とし,課題,作用においても共通であるから,本件発明は,引用例1に引用例3を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであることは明らかである。
(2) 本件発明は,引用例1及び本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭58-38055号(丙3。以下「引用例6」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,無効である。
引用例6には,発呼者番号(発信者電話番号)と発呼者の名前の音声データが対応してメモリに登録された構成が開示されているから,相違点@が開示されていることになる。また,本件明細書には,「デイスプレイ表示器8に代え,又はデイスプレイ表示器8とともに音声合成回路を設け,発信者名を音声合成によって可聴的に(すなわち,着信音表示器7のスピーカによって)表示するように構成することもできる」と記載されているから,引用例6に,一致した電話番号に対応する加入者名を音声表示する構成が開示されていることにより,相違点Aも開示されていることになる。
引用例1には,表示によって発信者が誰であるかを知らせることは示唆されており,引用例6は引用例1と技術的分野を共通とし,課題,作用においても共通であるから,本件発明は,引用例1に引用例6の電話番号と氏名との対応を登録・記憶しておき,発信者電話番号に対応する発信者名を表示する構成を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであることは明らかである。
(3) 本件発明は,引用例3及び本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭60-46160号(丙4。以下「引用例7」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,無効である。
ア 引用例3と本件発明を比較すると, A”着信時に発信者番号情報が送られてくる電話回線に接続される端末装置において B”電話番号とその加入者名との対応を,登録したメモリを設け, C”着信時に上記発信者番号情報を上記メモリに登録された電話番号と照合し,一致した電話番号があれば,対応する加入者名を表示する D”着信表示方式。
である点で一致し, @ 本件発明が電話番号とその加入者名との対応をランク別に登録しているのに対し,引用例3がそうではない点(以下「相違点@」という。), A 本件発明がランク別の着信音表示を行うのに対し,引用例3はこれを行わない点(以下「相違点A」という。) において相違する。
イ 引用例7では,発信者を識別する番号と当該番号に対応する発信者氏名を登録しておき,更に当該登録された発信者を話したい相手と話したくない相手の2つのランクに区分して記憶しておく構成が開示されている。
ウ そうであれば,登録番号ではなく発呼者番号,すなわち電話番号と当該電話番号に対応する発信者の氏名等が登録されているという違いはあるものの,発信者を識別する番号と当該番号に対応する発信者氏名を登録しているという点では引用例7と共通する引用例3において,引用例7の当該登録された発信者を話したい相手と話したくない相手の2つのランクに区分して記憶しておく構成を組み合わせて,「電話番号とその加入者名との対応を,当該加入者の話したい相手,話したくない相手のランク別に登録したメモリを設け」る構成とすることは当業者であれば容易に想到できたものということができる。したがって,相違点@に係る本件発明の構成は,引用例7により当業者であれば容易に想到できたものである。
また,当業者であれば,引用例7に開示された,話したい相手と話したくない相手の2つのランク付けに応じて,音による着信の表示の仕方を変えるという構成を引用例3と組み合わせることで,「ランク別の着信音表示を行う」という相違点Aに係る本件発明に相当する構成を容易に想到し得たものと言うことができる。
〔被告の主張〕 (1) 引用例1と引用例2ないし6との組み合わせについて 前記のとおり,本件発明と引用例1とでは,少なくとも相違点a,b及びcにおいて相違する。
ア 引用例2ないし6には,全体としてみれば,「着信時に発信者番号情報が送られてくる電話回線に接続される端末装置において,電話番号とその加入者名との対応を登録したメモリを設け,着信時に発信者番号情報をメモリに登録された電話番号と照合し,一致した電話番号があれば,対応する加入者名を表示する着信表示方式」が開示されている。しかし,相違点bの「電話番号とその加入者名との対応を加入者のランク別に登録」する点及び相違点cの「対応する加入者名を表示するとともに上記ランク別の着信音表示を行う」点については,引用例2ないし引用例6のいずれにも開示されていない。したがって,相違点b及び相違点cは,当業者にとって容易に想到できるものではない。
イ 相違点aの「発信者番号情報」が送られてくる点については,引用例2ないし引用例6に開示されている。しかし,引用例1の「発番」は,電話の内容に合わせて適宜変更可能な「発信者がダイヤルする番号」であり,発信者ごとに固定された「発信者番号情報」と本質的に相違する。加えて,引用例1においては,固定された「発信者番号情報」を使用すると,緊急電話を掛けることができなくなるので,引用例1の「発番」を引用例2ないし引用例6に開示されている「発信者番号情報」に置換することは当業者にとって容易に想到できるものではない。
ウ 本件発明においては,「電話番号とその加入者名との対応を加入者のランク別に登録し,対応する加入者名を表示するとともに上記ランク別の着信音表示を行う」ことによって,着信時に,受け手側が,「加入者名」だけではなく,「加入者のランク」をも識別できるので,応答必要性の緊急度等をより的確に判断できるという顕著な効果がある。電話機の分野において,着信音は,かかってきた電話の内容に関する情報を有するものとして,非常に大きな意味をもっており,着信音として新規な情報を表示することは当業者において当然に予測できるような範囲内のものとは到底考えられない。
したがって,引用例1と引用例2ないし引用例6とを組み合わせても,本件発明は容易に想到できるものではないので進歩性を有する。
(2) 引用例3と引用例7との組み合わせについて ア 本件発明と引用例3の一致点及び相違点は補助参加人主張のとおりであるが,以下のとおり,引用例3と引用例7を組み合わせても,本件発明を容易に想到できるものではない。
イ 引用例7には,着信者から特定の発呼者に予め登録番号を与え,着呼者側電話機に話したい相手,話したくない相手を設定しておき,発呼者と着呼者との間で応答状態を形成した後に,着呼者側から発呼者に対して登録番号を送出するようにメッセージを送出し,発呼者から発信された登録番号を番号氏名対応表によって解読し,発呼者の登録番号又は氏名を表示し,話したい相手のときは通話ができるようにし,それ以外の相手の場合には自動的に回線を開放する電話装置が開示されている。
しかし,引用例7は,そもそも本件発明及び引用例3と技術分野が異なるので,本件発明と引用例3との相違点を開示するものではない。引用例7は,応答後つまり課金が開始された後の発信側の端末と着信側の端末との間の対向通話期間に関するものである。本件発明及び引用例3の表示方式は,応答前すなわち課金が始まる前の交換機による端末間の接続制御期間における表示方式である。接続制御期間の回線は,応答状態を形成していない状態であるので,その状態に課金が始まった状態である対向通話期間の回線に使用される引用例7の電話装置を適用できないのである。
更に,引用例7においては,登録番号を得るまでにメッセージや登録番号等を送受信するので時間を必要とする。接続制御期間の回線では,一つの交換機の共通制御機器(レジスタやセンダー)が,非常に多くの回線に対して同時に並行して処理を行うので,一つの回線当たりの処理時間をなるべく短くする必要がある。このため,当業者は,処理時間が長くなる引用例7を接続制御期間の回線に適用することなどあり得ない。
ウ 引用例7の「登録番号」は,接続制御期間において使用される本件発明の「電話番号」ではない。引用例7における「登録番号」は,着信者から予め与えられたものであり,着信者側からメッセージを受け取った後に,発信者によってダイヤルされる番号である。本件発明の「電話番号」は,着信時に送られてくる「発信者番号情報」と照合されるものであり,発信者ごとに固定されたものである。引用例7における「登録番号」は,発信者を特定するものではなく,本件発明の「電話番号」及び「発信者番号情報」とは本質的に相違する。
エ 引用例7の「話したい相手,話したくない相手を設定」することは,本件発明の「加入者のランク別に登録」することではない。引用例7は,秘書をおかなくとも,電話の取次が選択できるようにするため,話したい相手に設定された電話については一律に取り次ぎ,それ以外の相手の電話については一律に自動的に回線を開放する。「それ以外の相手」の中には,「登録番号を与えていない発信者」が含まれるのは明らかである。結局のところ,引用例7は,「話したい相手」だけを設定できればよく,「話したい相手」を取り次ぐだけなので,受け手側が加入者の重要度の大小又は応答必要性の緊急度等にしたがって加入者を分類して,着信時にその分類を識別できるように事前にそれらを登録するものではない。
オ 上記エのとおり,引用例7において「話したくない相手」の場合は,「着信音表示を行わない」のである。したがって,引用例7には,「ランク別の着信音表示を行う」ことは開示されていない。
したがって,引用例7は,本件発明と引用例3との相違点を開示するものではなく,引用例3と引用例7とを組み合わせても,本件発明は容易に想到できるものではないので進歩性を有する。
5 争点(2)ウ(記載要件違反)について 〔原告の主張〕 発明の構成に欠くことができない事項のみを記載するという本件出願当時の特許法36条4項違反の類型として,昭和63年1月1日以前の出願に適用される「一般審査基準『明細書』」(甲3の8)には,「物の発明において,技術的手段が方法的に表現されているとき」が挙げられている。本件特許請求の範囲は,「…メモリを設け,…電話番号と照合し,…加入者名を表示するとともに…着信音表示を行なう」となっており,一定の目的に向けられた系列的に関連のある数個の「行為」が規定されているところ,本件発明が物の発明であるとすれば,技術的手段が「方法」的に表現されているという,まさに上記審査基準が特許請求の範囲の記載要件違反とする類型に該当する。
したがって,本件特許の特許請求の範囲の記載は不明瞭であって,発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものとはいえないから,本件特許は無効理由を有することが明らかである。
〔被告の主張〕 「一般審査基準『明細書』」(甲3の8)は,原告の引用部分に続けて,「ただし,表現不可能なときにはこの限りでない。」と記載する。
本件発明は,端末装置の着信表示方式に関するものであり,その技術的手段は情報の送受信又は処理動作をもって特定せざるを得ない。そして,本件発明は,「応答しなければならない発信者名を着信側で直ちに判断できるような着信表示方式を得る」という目的を達成し,「本発明ではID情報を登録加入者に付き具体的加入者名に変換して端末装置に表示し,また登録加入者にランク付けを行ないランク別の着信表示を行なうようにしているので,電話の受け側において即座に発信者名が判断でき,いたずら電話等の防止,又は応答必要性の緊急度の判断等が的確に可能である等」という効果を得るための技術的手段を請求項に明瞭に記載している。
さらに,特許庁では,マイクロコンピュータを利用した装置において,特定の技術的目的を達成するためにマイクロコンピュータが果たす種々の役割を複数の機能としてとらえれば,各機能に対応した実現手段が存在することになり,これらの機能を実現する手段により構成される発明は,装置発明として成立するという運用がなされていた。
したがって,本件特許は,発明の構成に欠くことができない事項のみを記載すべきであるという本件出願当時の記載要件に違反するものではない。
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(構成要件Bの充足性)について (1) 本件発明の「ランク」の意義 ア 本件明細書(甲2)には次の記載がある。
(ア) 「メモリへの電話番号の登録を重要度に応じてランク分けして行ない,加入者名の表示とともに上記ランク別の着信表示を行なうようにして,いたずら電話等の排除のみならず,応答必要性の緊急度等をより的確に判断できるようにしたものである。」(3欄2ないし7行) (イ) 「メモリ6への電話番号と加入者名の登録の方法は,全ての電話番号を同一の重みで登録する方法と,重要度の大小によりランク付けを行なってランク別に登録する方法とがある。」(3欄41ないし44行) (ウ) 「登録加入者にランク付けを行ないランク別の着信表示を行なうようにしているので,電話の受け側において即座に発信者名が判断でき,いたずら電話等の防止,又は応答必要性の緊急度の判断等が的確に可能である」(6欄17ないし21行) イ 広辞苑(第5版。2783頁)によれば,「ランク」とは,「順位。順位づけること。」という意味である。
ウ 以上のとおり,もともと「ランク」という言葉は,本来的に何らかの基準に基づく「順位」が観念されるものであること,本件明細書において,「重要度」に応じてランク分けし,その結果,電話を受ける側が「応答必要性の緊急度」を判断できることが本件発明の作用効果とされていることからすると,本件発明における「ランク」とは,「順位」を観念できるものであると解される。
(2) 原告製品の構成 原告製品の構成は,別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載のとおりであり,電話帳データに名前やグループ等を設定し,メモリに登録することができ,グループ設定に際してはグループの名称や着信音を設定することができる。また,グループに名前だけを設定し着信音を設定しないこともでき,あるグループと別のグループに同じ着信音を設定することもできる。
このように,原告製品の「グループ」には,「順位」という観念はない。
(3) 充足性 以上によれば,本件発明における「ランク」とは,「順位」を観念できるものであるのに対し,原告製品の「グループ」は,「順位」の観念を有しないから,「ランク」には該当しない。
(4) 被告の主張に対する判断 被告は,原告製品においても,受け手側が相手方の重要度の大小又は応答必要性の緊急度等に従って,どのグループに属するかを評価判断して加入者を分類して登録するものであると主張する。
しかし,「グループ」に重要度又は応答必要性の緊急度等の判断材料を加えれば被告主張のとおりとなるが,原告製品は,そのような判断材料を加えないでグループ分けをすることも可能であるから,原告製品の「グループ」を順位の観念を有する「ランク」と同一視することはできない。
(5) 小括 したがって,その余の点につき判断するまでもなく,原告製品は,本件発明の構成要件Bを充足しない。
2 争点(1)イ(構成要件Cの充足性)について (1) 本件発明の「ランク別の着信音表示を行なう」の意義 本件発明は,「重要度」に応じて加入者をランク分けして登録し,その結果,電話を受ける側が「応答必要性の緊急度」を判断できることを作用効果としていることは,前記1(1)アで認定したとおりである。
したがって,構成要件Cの「ランク別の着信音表示を行なう」とは,単にランクが異なれば着信音を異なるようにできる機能を具備していることに止まらず,「ランク」に合わせて「ランク別の着信音」が予め設定されていたり,又は,着信音を選択できるとしても,予め決められたいくつかのパターンの中から1つのパターンを選択できるようになっているなど,「ランク」が異なれば,その重要度に合わせて着信音が異なることを要件とするというべきである。「ランク」が異なっても,同じ着信音表示を選択すれば,加入者の「重要度」や「応答必要性の緊急度」を受け手側が知ることはできず,本件発明の作用効果が得られないからである。
(2) 原告製品の構成 原告製品は,別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載のとおり,受け手側が加入者を「グループ」に分類しても,受け手側がある「グループ」に異なる着信音を割り当てる手続を行わない限り,基本的には同一の着信音が対応する設定となっており,受け手側がある「グループ」に異なる着信音を割り当てる手続を行って初めて,そのグループには異なる着信音が対応することになるものである。
(3) 充足性 以上のとおり,本件発明は,「ランク」が異なればそれに合わせて着信音が異なることを要件とするのに対し,原告製品は,「グループ」が異なってもそれに合わせて着信音が当然に異なるものではないから,構成要件Cの「ランク別の着信音表示を行なう」を充足しない。
3 争点(2)ア,イ(新規性及び進歩性の有無)について (1) 引用例1について ア 引用例1(甲3の2)には,以下の記載がある。
(ア) 「本技術は,発番による呼出音切替電話機に関するものである。」(左欄1ないし2行) (イ) 「本技術の目的は,発番によって呼出音を切替えられる電話機を提供することにあり,その要旨は,予め,発番と呼出音ランクを登録しておき,交換機から発番が送られた時,呼出音ランクに従って呼出音あるいは表示を切替えることにある。」(左欄5ないし10行) (ウ) 「電話端末に登録・記憶機能を持たせ,端末より発番と呼出音ランクを登録して記憶させるものである。交換機から発番が送られると,送られた発番と登録されている発番が端末内で照合され,呼出音ランクが抽出される。そして,呼出音切替機能は,抽出された呼出音ランクにより呼出音を切替える。」(左欄12行ないし右欄6行) (エ) 「本技術によれば,呼出音や表示により発信者を知ることができるので,受信すべき人が直ちに電話に出られる。また,緊急電話をかけることも可能となる。」(右欄9ないし12行) (オ) 引用例1の図には,呼出音A,B,Cの表示があり,「呼出音A,B,Cの区別は,リンギングやボリュームを変化させる方法,トーキーシステムを用いる方法などで行なう。」と記載されている。
これらの記載からすると,引用例1には,次の構成が開示されていると認められる。
A’着信時に交換機から電話端末へ発番が送られる。
B’電話端末に登録・記憶機能を持たせ,端末より発番と呼出音ランクを登録して記憶させる。
C’送られた発番と登録されている発番が端末内で照合される。照合により抽出された呼出音ランクにより呼出音あるいは表示を切替えるため,呼出音や表示により発信者を知ることができる。
D’発番による呼出音切替電話機。 イ よって,本件発明と引用例1の相違点は,次の2点であり,その余は一致するものということができる。
@ 引用例1には,「電話番号」だけでなく「その加入者名との対応」も登録することが開示されていないこと(相違点@)。
A 引用例1には,「対応する加入者名を表示する」ことが開示されていないこと(相違点A)。 ウ 被告は,引用例1の「発番」と本件発明の「発信者番号情報」が相違する旨主張する(相違点a)。
(ア) 証拠(甲3の2ないし6,甲4ないし8)によれば,次の事実が認められる。
(a) 引用例1(甲3の2)には,「発番」の定義は記載されていない。また,引用例2ないし5(甲3の3ないし6)には,「発番」という記載はない。
(b) 実願昭56-135195号(実開昭57-78154号)のマイクロフィルム(甲4。昭和57年公開)は,発信番号自動証明装置に関する発明であるが,「発信加入者に関する情報即ち発信加入者の局番と加入者番号,発信加入者のカテゴリ(サービスの種類)などで構成される情報(以下発信番号と略称する)」(2頁4ないし7行)との記載がある。そして,「このような場合発信番号の検出転送動作は一般に加入者がダイヤルする被呼者番号を記録局交換機のレジスタセンダ(RS)などで受信蓄積を終了した時,その記録局交換機から送られる発信番号要求信号を発信局交換機の発番証明系に属する出トランクOGTが受信識別することにより開始される。」(3頁6ないし11行)と記載されており,そこでは,「発信番号」は,「加入者がダイヤルする被呼者番号」とは区別されている。
また,「この考案の目的は例えば端局の市内交換機から記録局への出トランクをその市内交換機に付加された発番証明系で発信番号を証明する呼と,その端局に属する従局交換機に付加された発番証明系で発信番号証明を行なう呼とに共用することができる発信番号自動証明装置を提供するにある。」(6頁9ないし14行)と記載されており,そこでは,発信番号を証明する装置を「発番証明系」と呼ぶものということができる。
(c) 特開昭56-43857号(甲5。昭和56年公開)には,「電話交換方式」という発明が開示されているが,その中に,「この発明により,電磁系交換機において,発信電話機番号が必要な諸サービス(発番通知,国際自即,キャンプオン等)を容易に導入することができる。」(3頁左上欄15ないし18行)という記載がある。
上記発明の出願人は,日本電信電話公社(現NTT)であるが,NTTの提供する「発番通知」サービスについてリポートした日経コミュニケーション1998年3月16日号(甲6)には,「NTTは,ISDNサービス『INSネット』の発信者番号通知(発番通知)機能を変更した。」との記載があり,発番通知サービスとは,発信者の電話番号を受け手側に通知するサービスであることが示されている。
(d) 日本電信電話公社の研究実用化報告第29巻第1号(甲7。昭和55年)では,「ファクシミリ通信方式(FICS)」に関する技術が開示されている。
これは,「通信サービスを経済的に実現するために,加入者線,市内交換機(LS),市外交換機(TS)は電話網と共用する。」(16頁左欄4ないし6行)という電話網技術であり,「基本動作としては,加入者が発呼・ダイヤルすると,LSは相手番号等をTS-FXへ転送する。発・着加入者が収容される各々のTS-FXでは加入者データファイルに基づき,サービス加入の有無,ファクシミリ端末の保有の有無と機種などの照合を行う。」(16頁左欄16ないし20行)と記載され,図1(16頁)には,加入者が発呼・ダイヤルすると,LSからTS-FXへ「発・着番転送」がなされ,これに基づいて,発加入者が収容されるTS-FXでは「発加入者照合」がなされ,着加入者が収容されるTS-FXには着番号が送られて「着加入者照合」がなされることが記載されている。図5(22頁)にも,「(a)一般通信」の場合は,発信者が発呼し,宛先をダイヤルすると,LSからTS-FXへ「発・着番転送」がなされ,TS-FXでこれに基づいて「発信者照合」がなされ,「(b)同報通信」の場合は,発信者が発呼し同報通信サービスを表す151をダイヤルすると,LSからTS-FXへ「発番,サービスコード転送」がなされ,TS-FXでこれに基づいて「発信者照合」がなされることが記載されている。また,「TS-FXあるいはSTOCで発信加入者番号および端末機種を知る方法としては,表10に示すような案が考えられる。」(25頁右欄13行ないし26頁左欄1行)との記載があり,表10(25頁)には,「網側送出:LSで加入者収容位置から発番号を検出し,これをTS-FXまたはSTOCへ転送し,そこで加入者ファイルと照合して,端末機種等を知る。」と記載されている。
したがって,甲第7号証では,「発信加入者番号」と「発番号」を同義で使用しているということができる。
(e) 日本電信電話公社の研究実用化報告第32巻第1号(甲8。昭和58年)には,「ファクシミリ通信方式(FICS)」の機能を拡充する技術が開示されており,「(3)日付発番付加 FCAPではSTOCから送られてくる情報にもとづき,出力頁の先頭に受付日付,発信者番号を付加する。」(102頁左欄13ないし15行)と記載されている。
したがって,甲第8号証では,「発番」と「発信者番号」を同義で使用しているということができる。
(イ) 被告は,乙第3及び第4号証をもって,相違点aの根拠とする。しかし,特開昭60-7257号(乙3)には,「接続動作としては,例えば電話機311より発呼があると,市内交換機201は発番送出を行い,関門交換機202は発番転送を行い,ほん訳処理機203に送出する。」(3頁左下欄11ないし14行)との記載があるものの,「発番」の定義の記載はないし,仮に乙第3号証は「発番」を「発呼された番号」という意味で使用しているとしても,引用例1の「発番」が同じ意味で使用されていると認めるに足りる証拠はない。また,乙第4号証には,「発番」という語の記載すらない。
(ウ) さらに,被告が主張するように「発番」を「発信者がダイヤルする番号」と解釈すると,以下のとおり不合理な点がある。
(a) 「発番」を「発信者がダイヤルする番号」であるとすると,引用例1は,一端末多重番号が可能となるシステムが前提となるところ,二重番号電話着信方式と明記されている発明協会公開技報Vol.9-52公技番号84-014327(乙4。昭和59年)と異なり,引用例1には,その前提が全く記載されていない。逆に,「発番」を「発信者番号情報」と解するのは,通常のシステムを前提としても解釈可能である。
(b) 被告は,引用例1に記載された緊急電話を掛けることが可能となるという効果を発生させるには,「緊急用の番号」を発信者がダイヤルすることが必要であるとして,「発番」とは「発信者がダイヤルする番号」であるとする。
しかし,本件明細書(甲2)には,「更には,メモリへの電話番号の登録を重要度に応じてランク分けして行ない,加入者名の表示とともに上記ランク別の着信表示を行なうようにして,いたずら電話等の排除のみならず,応答必要性の緊急度等をより的確に判断できるようにしたものである。」(3欄2ないし7行),「以上,詳細に説明したように,本発明ではID情報を登録加入者に付き具体的加入者名に変換して端末装置に表示し,また登録加入者にランク付けを行ないランク別の着信表示を行なうようにしているので,電話の受け側において即座に発信者名が判断でき,いたずら電話等の防止,又は応答必要性の緊急度の判断等が的確に可能である」(6欄15ないし21行)との記載がある。
すなわち,「発信者番号情報」を基にする本件発明においても,引用例1と同様に緊急度の判断が可能であるという作用効果が記載されているのであるから,「発信者番号情報」を基にしても,緊急電話を掛けることは可能であるはずである。
引用例4(甲3の5)でも同様に,送信側の電話番号を表示する装置について,その発明の効果として,「緊急時の連絡が迅やかにできる。」(4頁右下欄10行)ことを挙げている。
よって,緊急電話を掛けることが可能となるという効果を発生させるために,「発番」を「発信者がダイヤルする番号」であると解する根拠はない。
(エ) 以上のとおり,引用例1は「発番」を定義してはいないものの,当時,「発番」という語を「発信者番号」と同義で使用している文献等が複数存在する(前記(ア))。また,相違点aの根拠として被告が主張する証拠をもってしても,相違点aを認めるに足りない(前記(イ))。さらに,「発番」という語を「発信者がダイヤルする番号」と解釈すると,不合理な点があるから(前記(ウ)),結局,本件発明の「発信者番号情報」と引用例1の「発番」とは,相違しないと解するのが相当である。
(オ) したがって,引用例1における「発番」とは,本件発明の「発信者番号情報」と同義であると解すべきであるから,相違点aは存在しない。
エ 被告は,引用例1の「呼出音ランクの登録」は,本件発明の「ランク別に登録」と相違する旨主張する(相違点b)。
(ア) 被告は,その理由として,引用例1の「呼出音ランク」は,発信者と1対1に対応しており,「発番」とそれに対応する発信者を「呼出音ランク」として登録するだけである旨主張する。しかし,発信者と1対1に対応して呼出音を設定していたのでは,発信者の数に合わせて膨大な種類の呼出音が必要となり,対応しきれないと思われる。しかも,「発番」を「発信者がダイヤルする番号」であるとする被告の主張を前提とすると,受け側の電話番号を電話を掛けてくる可能性のある者の数だけ割り当てるとともに,発信者に各電話番号のランクを予め知らせておく必要があり,不合理である。確かに,引用例1の図に表示された,呼出音A,B,Cの記載は,呼出音を3種類に限定したものではなく,単に呼出音の種類を例示したにすぎないと考えられるが,そうだとしても,呼出音の種類に一定の限度はあるのであり,発信者をいくつかのグループに分けて,グループごとに呼出音を割り当てる作業を行なうことは明らかである。
(イ) 被告は,さらに,引用例1においては,発信者の重要度の大小又は応答必要性の緊急度等にしたがって分類して登録することを行っていないと主張する。しかし,引用例1は,「呼出音ランク」という語及び「緊急電話をかけることも可能となる。」という作用効果を有することから,それらのグループをランク付けしている,すなわち,重要度の大小又は応答必要性の緊急度等にしたがって分類して登録していると考えられる。
(ウ) したがって,引用例1における「発番と呼出音ランクを登録」するとは,本件発明の「電話番号・・・を加入者のランク別に登録」することを開示しているということができる。
オ 被告は,引用例1には,本件発明の「ランク別の着信音表示」がない点において両者が相違する旨主張する(相違点c)。
しかしながら,前記エのとおり,引用例1の「呼出音ランク」には,本件発明の「ランク別」の概念が存在しており,引用例1においても,「ランク別の着信音表示」が呼出音によって行われているということができる。
カ 以上によれば,本件発明と引用例1とは,前記イの相違点@及びAにおいて相違し,被告が主張する相違点a,b及びcは存在しない。なお,このように,本件発明と引用例1とは,相違点@及びAが存在する以上,同一ということはできないから,本件発明が新規性を欠くとはいえない。
(2) 引用例2について ア 引用例2(甲3の3)には,次のように記載されている。
(ア) 「本発明は,発信局もしくは発端末から,発呼者電話番号を着信局経由で着信電話端末へ送り,その発呼者電話番号を基に発呼者名称を検索し表示するものである。」(1頁右欄7ないし10行) (イ) (本発明を実施した電話端末の)「メモリ23にはあらかじめ重要な電話番号と名称の組合せが登録される。」(2頁右上欄9ないし10行) (ウ) 「着信端末には着側交換機より,発呼者電話番号が多周波の組合せで,通話線36を介して来る。」(2頁右上欄13ないし14行) (エ) 「比較回路24は(発呼者電話番号を表す)数字レジスタ出力17とメモリ電話番号出力27を比較し,一致したときは比較回路出力28に出力信号を出し,ゲート20を閉じてアドレスの更新を止めるとともにゲート25を開く。」(2頁左下欄8ないし12行) (オ) 「メモリ23のメモリ名称出力26には発呼者電話番号に対応した名称が出力されているので,この出力はゲート25を通して文字発生回路30に入力される。」(2頁左下欄12ないし15行) (カ) 「文字発生回路30はコード化された名称出力26を文字に変換し,表示器35に発呼者名称として表示する。」(2頁左下欄15ないし17行) イ 上記(イ)の記載は,電話番号とその加入者名との対応を登録することを開示しているといえるから,引用例2は,相違点@を開示している。上記(ア)及び(ウ)ないし(カ)の記載は,一致した電話番号があれば,対応する加入者名を表示することを開示しているといえるから,引用例2は,相違点Aも開示している。
(3) 引用例3について ア 引用例3(甲3の4)には,次のように記載されている。
(ア) 「本発明は,加入者端末が,着信加入者端末に対する発呼者番号転送機能を有する交換機とインターフェースし,かつ上記発呼者番号の受信機能を有する場合に,上記加入者端末に液晶ディスプレイ等の文字表示デバイスおよび発呼者番号と文字表現による発呼者識別情報を対応させて登録したメモリを設備し,上記加入者端末への着信時に,上記加入者端末にて発呼者番号を受信し,上記発呼者番号により上記メモリより発呼者番号に対応する発呼者識別情報を索引し,上記表示デバイスに発呼者の識別情報を文字表示することを特徴とする。」(2頁左上欄4ないし15行) (イ) 「メモリ11には,あらかじめ発呼者番号と発呼者識別情報とを対応させて記憶しておき,発呼者番号受信レジスタ12に蓄積された発呼者番号と,メモリ内の発呼者番号とを比較回路15により順次比較してゆき,上記双方の発呼者番号が一致したときにはメモリ内より発呼者番号に対応した発呼者識別情報がメモリ読出しレジスタ14に読み出され蓄積され,LCD駆動回路16によりディジタル電話機表面に取り付けられた液晶ディスプレイ17に文字表示される。この発呼者識別情報は,会社名,会社略号,氏名,その他文字及び数字で表される表示である。」(2頁左下欄19行ないし右下欄10行) (ウ) 「本発明は以上説明したように,加入者端末に液晶ディスプレイ,CRTディスプレイ等の文字表示デバイスを設け,さらに発呼者番号と,発呼者氏名等の発呼者識別情報を対応させて登録できるメモリを設備し,上記加入者端末への着信時,上記加入者端末にて発呼者番号を受信し,上記発呼者番号により上記メモリより発呼者番号に対応する発呼者識別情報を索引し,上記表示デバイスに発呼者氏名等の発呼者識別情報を文字表示することを可能にするものであり,着信側加入者が着信の相手先を前もって知ることができる効果がある。」(3頁右上欄9ないし19行) イ 上記(ア)ないし(ウ)の記載は,発呼者の電話番号とその発呼者の氏名,会社名等を含む識別情報との対応を登録すること,受信した発呼者の電話番号と一致した電話番号があれば,対応する発呼者氏名等の発呼者識別情報を表示することを開示しているといえるから,引用例3は,相違点@及びAを開示している。
(4) 引用例4について ア 引用例4(甲3の5)には,次のように記載されている。
(ア) 「受信側においては,呼出信号を検出すると,判定回路9によって記憶装置11を有効にし,送られてくる送信側の電話番号を記憶する。その記憶内容は表示装置12によって電話機の外側に表示され,受信側において受話器1を上げることなく,送信側の電話番号を表示するとともに記憶することができる。」(3頁左下欄16行ないし右下欄2行) (イ) 「記憶装置である書込メモリ20に余裕があれば,電話番号と相手の名前,ニックネームの対照表をこの書込メモリ20に記憶しておくことにより,かかってきた電話の番号が誰であるかを,表示装置12により文字で表すことができ,社内外の区別,緊急なものであるか否か,などの素早い判断をすることができる。」(4頁右上欄13ないし19行) イ 上記(ア)及び(イ)の記載からは,送信側の電話番号と相手の名前との対照表を書込メモリに記憶しておくこと,受信した電話番号とともに対応する相手の名前を表示することを開示しているといえるから,引用例4は,相違点@及びAを開示している。
(5) 引用例5について ア 引用例5(甲3の6)には,次のように記載されている。
(ア) 「本発明は,加入者どうしの通信開始前に発呼者の電話番号等を着側に自動的に転送・表示する発呼者識別情報転送・表示・記録方式に関するものである。」(2頁右上欄18行ないし左下欄1行) (イ) 「発ADP(発側付加装置)2から送出されたID信号は,着ADP(着側付加装置)14に転送されてID信号受信器18で受信され,プロセッサ24を介して時計20から出される時刻情報と共にID情報(本実施例では電話番号)としてメモリ19に記憶される。」(4頁左下欄3ないし7行) (ウ) 「メモリ19には,着側加入者があらかじめID情報(電話番号)と対応づけて登録して置いた名前あるいは称号等の他の発呼者識別情報が記憶されており,前述のように受信された発呼者電話番号がメモリ19に入力されると,プロセッサ24は,あらかじめ登録してあるID情報(電話番号)と一致するものがあるかどうかを検索し,もし一致するものがあれば該当する名前あるいは称号等と共に時刻情報及び発呼者電話番号をID情報表示装置21に表示する。」(4頁左下欄8ないし17行) イ 上記(ア)ないし(ウ)の記載からは,着側加入者があらかじめ電話番号と対応づけて名前等の発呼者識別情報をメモリに登録しておくこと,受信した電話番号と一致するものがあるかどうかを検索し,一致する場合は,該当する名前を表示することを開示しているといえるから,引用例5は,相違点@及びAを開示している。
(6) 引用例6について ア 引用例6(丙3)には,次のように記載されている。
(ア) 「本発明の電話機は,被呼者に発呼者識別信号を送出する交換機に接続された電話機において,受信した上記発呼者識別信号を対応する音声データに変換する手段と,該音声データを蓄積するメモリと,該音声データを音声に合成する手段を有し,着信呼があると発呼者識別内容の音声を出力することを特徴とする。」(2頁左上欄4ないし10行) (イ) 「この電話機が接続される構内交換機等において,発呼を検出すると,制御部から制御回線13,14を介して着信信号とともに発呼者番号あるいは発呼電話機の収容位置情報等の発呼電話機識別番号を被呼電話機に送出する。」(2頁右上欄13ないし17行) (ウ) 「制御回路16は受信した発呼者識別情報(発呼者番号あるいは発呼電話機収容位置情報)をもとにして,メモリ18内の発呼者識別情報/音声データの変換テーブルを索引し,出力すべき個別音声情報の先頭番地およびデータ語長を読み出して,音声合成器17にこれらの情報を転送し,呼出信号音に引き続いてその個別音声情報を音声で出力するように指示する。」(2頁右下欄12ないし19行) (エ) 「発呼者を識別する音声としては,構内交換機の場合には,例えば,人の名前,役職等を含めて,「○○課長から電話です」と出力し,また公衆通信網の交換機の場合には,例えば人の名前,住所,電話番号等を含めて「○○市の△△さんから電話です」あるいは「△△(△△△)△△△△番から電話です」と出力する。」(4頁左欄9ないし15行) (オ) 「本発明によれば,電話機に呼の着信があると発呼者を識別できる音声を発生するので,速やかに応答でき,かつ応答後の会話が円滑に進む等,きわめて便利となる。」(4頁右欄1ないし4行) イ 上記(ア)ないし(オ)の記載からは,あらかじめ電話番号と対応づけて名前等の発呼者識別情報をメモリに登録しておくこと,受信した発呼者識別番号と一致するものがあるかどうかを検索し,一致する場合は,名前等を含めた発呼者識別情報を音声で表示することを開示しているといえる。
なお,本件明細書(甲2)には,「デイスプレイ表示器8に代え,又はデイスプレイ表示器8とともに音声合成回路を設け,発信者名を音声合成によって可聴的に(すなわち,着信音表示器7のスピーカによって)表示するように構成することもできる。」(4欄33行ないし38行)とあるように,音声による「表示」も含むから,引用例6が音声で表示する点は,本件発明の「表示」に含まれる。
したがって,引用例6は,相違点@及びAを開示している。
(7) 容易想到性について 以上のとおり,引用例2ないし6には,いずれも相違点@及びAの構成が開示されている。そして,引用例1も引用例2ないし6も,いずれも交換機から発信者番号情報が送られる電話端末における着信表示に関するものであって,同一の技術分野に属するものであり,いずれも解決すべき課題は,従来の方法では被呼者は着信を知り,受話器を上げ相手と通話をするまで発信者がだれであるかを知ることができなかったものを呼出音や表示により発信者を知ることができるようにすることであるから,共通しており,当業者がこれらを結び付けることは容易である。
したがって,本件発明は,引用例1に基づき,引用例2ないし6のいずれかを組み合わせることにより,当業者が容易にすることができた発明というべきであり,進歩性を有しないことが明らかである。
4 結論 以上のとおり,原告製品は,本件発明の構成要件B及びCを充足しないので,本件発明の技術的範囲に属しない。
加えて,本件特許は,その発明が進歩性を欠き,特許法29条2項により無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく権利行使は,権利の濫用であって許されない。
したがって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官 東海林保
裁判官 瀬戸さやか