関連ワード | 協議 / 分割出願 / 実施 / 構成要件 / 侵害 / 損害額 / 実施料 / 不法行為(民法709条) / 実施権 / 通常実施権 / 実施許諾(実施の許諾) / 独占的通常実施権 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
16年
(ワ)
6353号
損害賠償請求事件
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原告 三山工業株式会社 訴訟代理人弁護士 渡邊敏 同 森利明 補佐人弁理士 林宏 同 林直生樹 被告 株式会社フレックスシステム 訴訟代理人弁護士 深井潔 補佐人弁理士 犬飼新平 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2005/01/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
被告は,原告に対し,金1004万8526円及びこれに対する平成16年3月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
原告の主張は,その内容が必ずしも明らかであるとはいえないが,おおむね,以下のような事案であると善解される。すなわち,@後記矢倉ヒューム管工業等がステップ付きマンホールを製造,販売する行為は,後記ニチコンの有していた特許権に係る独占的通常実施権を侵害すること,A被告がステップを製造し,矢倉ヒューム管工業等に販売する行為は,教唆,幇助行為として,上記特許権に係る独占的通常実施権侵害の不法行為を構成すること,A原告は,同特許権に係る独占的通常実施権者である後記三菱マテリアル建材から,独占的通常実施権侵害に基づく損害賠償請求権の債権譲渡を受けたことなどを主張して,被告に対し,損害賠償金の支払を求めた。 1 争いのない事実 (1)当事者等 原告は,マンホールのステップ等を製造販売する株式会社である。 被告は,建築資材,建築金物の販売等を営む株式会社である。 株式会社ニチコン(以下「ニチコン」という。)は,ヒューム管(マンホールなどに使われるコンクリート管)等の省力化機械の設計,製造,販売等を営む株式会社である。 (2)本件各特許権 ニチコンは,次の各特許権(以下,順に「本件第1特許権」,「本件第2特許権」といい,両者を併せて「本件各特許権」という。また,本件第1特許権の特許請求の範囲1記載の発明を「本件第1発明」,本件第2特許権の特許請求の範囲1の発明を「本件第2発明」といい,両者を併せて「本件各発明」という。)を有する。 ア 本件第1特許権 特許番号 特許第1670406号 発明の名称 コンクリート製品におけるステップ取付方法 出願日 昭和58年8月27日 登録日 平成4年6月12日 特許請求の範囲 「1 両側に所定長さの挿着端部を残して全体を樹脂モールドしたコ字状ステップの前記両挿着端部に,夫々接着用樹脂を含浸させたスポンジ材を被着させ,該スポンジ材と共に前記両挿着端部をコンクリート製品の対応する取付孔内に圧入させて接着固定することを特徴とするコンクリート製品におけるステップ取付方法。」 イ 本件第2特許権 特許番号 特許第1710674号 発明の名称 ステップ付マンホール 出願日 昭和58年8月27日 登録日 平成4年11月11日 特許請求の範囲 「1 コ字状両端の挿着端部が接着用樹脂含浸スポンジ材を介してマンホール・体の取付孔内に接着固定され,かつ挿着端部を除く部分が樹脂モールドされたステップを備えたことを特徴とするステップ付マンホール。」 (3)構成要件の分説 本件各発明の構成要件は,次のとおりに分説することができる。 ア 本件第1発明 T-A 両側に所定長さの挿着端部を残して全体を樹脂モールドしたコ字状ステップの, T-B 前記両挿着端部に,夫々接着用樹脂を含浸させたスポンジ材を被着させ, T-C 該スポンジ材と共に前記両挿着端部をコンクリート製品の対応する取付孔内に圧入させて接着固定することを特徴とする T-D コンクリート製品におけるステップ取付方法 イ 本件第2発明 U-A コ字状両端の挿着端部を設け,当該挿着端部を除く部分が樹脂モールドされたステップであり, U-B 当該挿着端部が接着用樹脂含浸スポンジ材を介してマンホール躯体の取付孔内に接着固定された U-C ステップ付マンホール (4)被告の行為 被告は,別紙イ号物件目録記載のマンホール用ステップ(以下「被告ステップ」という。)を製造し,これを矢倉ヒューム管工業株式会社(以下「矢倉ヒューム管工業」という。),古山ヒューム管工業株式会社(以下「古山ヒューム管工業」という。),岩手ヒューム管工業株式会社(以下「岩手ヒューム管工業」という。)及び有限会社青森ヒューム(以下「青森ヒューム」といい,四社を併せて「矢倉ヒューム管工業等」という。)に対して販売した。 (5)被告ステップの構成 被告ステップは,次の構成を備えるマンホール用ステップである(以下,「構成a」,「構成b」などという。)。 a マンホールの駆体に取付けて使用されるコ字状ステップであって,該ステップは所定の径を有する芯材がコ字状に成形され,該芯材の両端は挿着端部として所定長さ残して,他の全部を樹脂モールドにより被着して形成してあり, b 当該挿着端部においては,芯材である鉄筋に異形鉄筋状の凹凸2Tが複数条形成し, c 当該挿着端部に臨む樹脂モールドの部分にマンホールの取付孔の開口部を塞ぐ大きさに肥大させた肥大部が設けられた d マンホール用ステップ (6) 本件第1発明と被告ステップとの対比 ア 被告ステップの構成aは,本件第1発明の構成要件T-Aを充足する。 イ 被告ステップの構成bは,本件第1発明の構成要件T-Bのステップの両挿着端部に,夫々接着用樹脂を含浸させたスポンジ材を被着させることを容易にする構成である。 (7) 本件第2発明と被告ステップとの対比 ア 被告ステップの構成aは,本件第2発明の構成要件U-Aを充足する。 イ 被告ステップの構成b及びcは,本件第2発明の構成要件U-Bの当該挿着端部が接着用樹脂含浸スポンジ材を介してマンホール躯体の取付孔内に接着固定することを容易にする構成である。また,肥大部により,ステップが取付孔に容易に固定される。 2 争点 (1)三菱マテリアル建材株式会社(以下「三菱マテリアル建材」という。)は,本件各特許権の独占的通常実施権者であるか。 (2)被告がステップを製造し,矢倉ヒューム管工業等に販売する行為は,矢倉ヒューム管工業等の三菱マテリアル建材に対する特許権に係る独占的通常実施権侵害についての共同不法行為を構成するか。 (3)三菱マテリアル建材に生じた損害額等 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(三菱マテリアル建材は独占的通常実施権者であるか)について (原告の主張) (1)ニチコンは,三菱マテリアル建材(当時は日本ロックラーパイプ株式会社であったが後に合併し,三菱マテリアル建材となる。)に対し,昭和58年12月20日,本件各特許権の通常実施権を許諾する旨の契約をした(以下「昭和58年契約」という。)。 昭和58年契約においては,柳沢コンクリート工業株式会社(以下「柳沢コンクリート工業」という。)及び日本高圧コンクリート株式会社(以下「日本高圧コンクリート」という。)の2社を除き,本件各特許権を第三者に許諾するには,ニチコン及び三菱マテリアル建材の相互の了解を要することが約された。 (2)しかし,昭和58年契約締結後,柳沢コンクリート工業に対しては,ニチコンは,本件各特許権の通常実施権を許諾しなかった。 また,日本高圧コンクリートに対しては,ニチコンは,三菱マテリアル建材と協議した結果,本件各特許権の通常実施権を許諾した三菱マテリアル建材から再許諾することによって,本件各特許権の実施をさせることとした。そして,三菱マテリアル建材は,日本高圧コンクリートに対し,昭和60年8月26日,本件各特許権の通常実施権を再許諾する旨の契約をした(以下「昭和60年契約」という。)。 (3)以上のとおり,昭和60年契約の締結により,昭和58年契約において相互了解の対象から除外された柳沢コンクリート工業及び日本高圧コンクリートに対して,ニチコンが本件各特許権の通常実施権を許諾することはなくなった。すなわち,本件各特許権の通常実施権の許諾には,すべてニチコン及び三菱マテリアル建材の相互了解が必要となった。 したがって,三菱マテリアル建材が昭和58年契約により許諾された通常実施権は,特許権者(ニチコン)が通常実施権者(三菱マテリアル建材)の了解なしには第三者に対して新たに通常実施権を許諾できないものとなったから,その性質は,独占的通常実施権であると解すべきである。 (被告の認否) 昭和58年契約により,ニチコンが三菱マテリアル建材に対し,本件各特許権の独占的通常実施権を許諾したこと,昭和60年契約により,三菱マテリアル建材が日本高圧コンクリートに対し,本件各特許権の通常実施権を再許諾したことは,いずれも否認する。 2 争点(2)(被告の被告ステップ販売行為は,共同不法行為を構成するか)について (原告の主張) (1)昭和59年4月17日,三菱マテリアル建材及び日本高圧コンクリートが母体となり,本件各発明の実施に係るステップ付マンホール(以下「本件ステップ付マンホール」という。)の販売を推進する全国プレホール工業会(以下「プレホール工業会」という。)が設立された。 三菱マテリアル建材は,プレホール工業会の会員となった会社に対して本件各特許権の通常実施権を再許諾し,当該再許諾を受けた同工業会の会員会社が,官公庁などの需要者に対して本件ステップ付マンホールを製造販売するという方法で,本件ステップ付マンホールの販売を拡大する体制が作られた。 (2)三菱マテリアル建材は,プレホール工業会の会員会社に対して本件各特許権の通常実施権を再許諾するに当たり,本件ステップ付マンホールの器材は,三菱マテリアル建材が指定するプレホール工業会の準会員である原告より購入することことを書面(覚書)で取り決めた。 すなわち,三菱マテリアル建材がプレホール工業会の会員会社に対して再許諾した通常実施契約は,原告が製造したステップを使用して本件ステップ付マンホールを製造し,これを販売することを内容とするものであった。 (3)本件各特許権は,ステップとスポンジ及び接着剤を要素としているが,被告は,ステップ,スポンジ及び接着剤をそれぞれ別々の会社が販売すれば,本件各特許権の侵害を回避できると考え,プレホール工業会の会員会社が原告からステップを購入する覚書を締結していることを知りながら,原告製のステップに外観上極めて類似するステップを製造し,同工業会の会員会社に対して,「被告がステップのみを販売し,スポンジ及び接着剤は別々の会社から販売する形にすればニチコンの本件特許を侵害しない」と説明し,安価な価格を提示して被告ステップの購入を働きかけ,平成12年3月から平成13年6月までの間,プレホール工業会の会員会社である矢倉ヒューム管工業等に対し,被告ステップを合計1万0729個販売した。 (4)前記(2)のとおり,プレホール工業会の会員会社である矢倉ヒューム管工業等の通常実施権は,原告が製造したステップを使用して本件ステップ付マンホールを製造し,これを販売することを内容とするものであるから,矢倉ヒューム管工業等が被告ステップを購入し,これを使用して本件ステップ付マンホールを製造販売することは,三菱マテリアル建材の再許諾の範囲を越えることとなり,本件各特許権(ないし独占的通常実施権)の侵害行為となる。 したがって,被告の上記(3)の行為は,矢倉ヒューム管工業等の本件各特許権(ないし独占的通常実施権)の侵害行為を教唆ないし幇助するものであり,矢倉ヒューム管工業等の侵害行為と共同不法行為を構成する。 (被告の認否) 争う。 3 争点(3)(三菱マテリアル建材の被った損害額)について (原告の主張) (1)特許法102条2項の適用 矢倉ヒューム管工業等は,被告からステップを購入したことによりステップの仕入原価が低下し,これによる原価低減の利益を得,また,被告から購入したステップを使用した本件ステップ付マンホールの製造販売について,三菱マテリアル建材に対して本件各特許権の実施の報告をせず,実施料を支払わなかったことによる利益を得た。これらの利益の合計額は,特許法102条2項により,矢倉ヒューム管工業等が三菱マテリアル建材の独占的通常実施権を侵害したことにより,三菱マテリアル建材が被った損害額と推定される。 (2)矢倉ヒューム管工業等の原価低減の利益 ア 被告は,矢倉ヒューム管工業に被告ステップを8500個販売した。矢倉ヒューム管工業は,原告から本来1600円で仕入れるべきステップを被告から980円で仕入れた。 したがって,矢倉ヒューム管工業は, (1600-980)×8500=5,270,000 の原価低減の利益を得た。 イ 被告は,古山ヒューム管工業に被告ステップを719個販売した。古山ヒューム管工業は,原告から本来1600円で仕入れるべきステップを被告から750円で仕入れた。 したがって,古山ヒューム管工業は, (1600-750)×719=611,150 の原価低減の利益を得た。 ウ 被告は,岩手ヒューム管工業に被告ステップを800個販売した。岩手ヒューム管工業は,原告から本来1290円で仕入れるべきステップを被告から710円で仕入れた。 したがって,岩手ヒューム管工業は, (1290-710)×800=464,000 の原価低減の利益を得た。 エ 被告は,青森ヒュームに被告ステップを710個販売した。青森ヒュームは,原告から本来1290円で仕入れるべきステップを被告から735円で仕入れた。 したがって,青森ヒュームは, (1290-735)×710=394,050 の原価低減の利益を得た。 オ したがって,矢倉ヒューム管工業等が得た原価低減の利益の合計は,673万9200円である。 (3)実施料を支払わなかったことによる利益 ア 矢倉ヒューム管工業等の平成12年度の被告ステップの購入本数,本件ステップ付マンホール1基当たりのステップ使用本数及び本件ステップ付マンホール1基当たりの売上単価は,別紙「平成12年度実績から推定したロイヤリティ未申告額」(以下「平成12年度実績」という。)の(A)欄,(B)欄及び(D)欄記載のとおりである。 また,矢倉ヒューム管工業等の平成13年度の被告ステップの購入本数,本件ステップ付マンホール1基当たりのステップ使用本数及び本件ステップ付マンホール1基当たりの売上単価は,別紙「平成13年度上半期実績から推定したロイヤリティ未申告額」(以下「平成13年度実績」という。)の(A)欄,(B)欄及び(D)欄記載のとおりである。 イ 平成12年度の矢倉ヒューム管工業等が三菱マテリアル建材に対して申告していないマンホール生産基数は,平成12年度実績の(A)欄の被告ステップ購入数を(B)欄のマンホール1基当たりのステップ使用本数で除して得られる(C)欄の数と推定できる。 これに,(D)欄のマンホール1基当たりの売上単価を乗ずれば,(E)欄の未申告の総売上額が得られ,これにロイヤリティの1.5%を乗ずれば,(F)欄の未申告のロイヤリティ額が算出される。 同様にして,平成13年度上半期の矢倉ヒューム管工業等の未申告ロイヤリティ額についても,平成13年度実績の(F)欄のとおり算出される。 ウ 以上によると,矢倉ヒューム管工業等の平成12年度のロイヤリティ未申告額は,合計291万8996円,平成13年度上半期のロイヤリティ未申告額は,39万0329円と推定され,その合計は,330万9326円となる。 (4)損害額の合計 三菱マテリアル建材は,独占的通常実施権の侵害による損害賠償として,矢倉ヒューム管工業等に対し,上記(2),(3)の合計1004万8526円を請求することができる。 そして,被告は,矢倉ヒューム管工業等の上記侵害行為を教唆ないし幇助した共同不法行為者であるから,三菱マテリアル建材は,被告に対しても上記1004万8526円の損害賠償請求権を有する。 (5)債権譲渡 ア 三菱マテリアル建材は,ニチコンに対し,上記(4)の被告に対する損害賠償請求権を譲渡し,平成16年3月12日到達の内容証明郵便により被告に対して当該譲渡の通知をした。 イ ニチコンは,原告に対し,三菱マテリアル建材より譲渡を受けた上記(4)の被告に対する損害賠償請求権を譲渡し,平成16年3月12日到達の内容証明郵便により被告に対して当該譲渡の通知をした。 (被告の認否) 争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1)(三菱マテリアル建材が独占的通常実施権者であるか)について (1)事実認定 争いのない事実に証拠(甲4,6,14,15,20ないし24。枝番号の記載は省略する。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア ニチコンは,昭和58年8月27日,本件第1発明について特許出願をし,平成元年,本件第2発明について,本件第1発明に係る特許出願の分割出願をした。 イ ニチコン(当時は,日コン機械工業株式会社であるが,以下では,すべて「ニチコン」と表記する。)と三菱マテリアル建材(当時は,日本ロックラーパイプ株式会社であるが,以下では,すべて「三菱マテリアル建材」と表記する。)は,昭和58年12月20日,ロックラーマンホールの技術提携に関する契約を締結した(昭和58年契約)。 昭和58年契約の契約書(甲6,以下「昭和58年契約書」という。)には,次の条項が定められている。なお,以下の条項で,甲とは三菱マテリアル建材を,乙とはニチコンを指す。 「第1条(目的) 本契約はロックラーマンホールの技術開発並びに技術提携に関する下記事項について定めるものとする。 1 ロール転圧工法の実施に関する事項 2 ロックラーマンホールの製造及び施工に関するノウハウ及び特許の実施等に関する事項 3 技術提携の費用に関する事項 (中略) 第4条(特許の実施) 乙が所有するハッコーリート(商品名)に付帯する施工方法については甲が乙からハッコーリートを購入して使用することを条件にその付帯する施工方法及び特許の実施等については無償とする。 2) 乙が所有するハッコーリートに付帯する施工方法について乙は柳沢コンクリート工業(株)と日本高圧コンクリート(株)を除き,甲,乙協議し,相互了解なしに組立式マンホールに使用させないものとする。 3) 前項に基づく甲の特許の実施に関し,甲とハッコー間に紛議が生じた場合は,乙の責任で解決するものとする。 (以下略) 」 ウ 昭和59年4月,三菱マテリアル建材と日本高圧コンクリートが母体となってプレホール工業会が設立された。プレホール工業会は,含浸接着工法による下水道組立式マンホール(プレホール)の普及を図るための事業者の団体である。 プレホール工業会のカタログには,含浸接着工法は,プレキャストコンクリート部材の接着及びステップの取付を,エポキシ樹脂(ハッコーリート)を含浸させたスポンジにより行う工法であると説明されており,含浸接着工法によるステップの取付は,本件各発明の実施行為に当たる。 エ 三菱マテリアル建材と日本高圧コンクリートは,昭和60年8月26日,ニチコンを立会人として,三菱マテリアル建材がニチコンから実施権を許諾された下水道用組立式マンホール(プレホール)へのハッコーリートによる含浸接着工法に関するすべての特許権及びノウハウ(本特許権)の第三者への再実施権の許諾に関する契約を締結した(昭和60年契約)。 昭和60年契約の契約書(甲14,以下「昭和60年契約書」という。)には,次の条項が定められている。なお,以下の条項で,甲とは三菱マテリアル建材を,乙とは日本高圧コンクリート,丙とはニチコンを指す。 「第1条 目的 本契約は本特許権に関する下記事項について定める。 1 プレホールの再実施許諾地域に関する事項 2 プレホールの製造・販売・施工に関するノウハウ及び特許の再実施に関する事項 3 技術供与の費用に関する事項 第2条 甲及び乙の第三者への許諾 甲及び乙が,第三者に本特許権に係る再実施権を与えようとする場合は,甲は乙に,乙は甲に文書による承諾を得るものとする。 第3条 第三者への許諾の地域 甲は乙に対し,関東のうち埼玉・群馬・栃木・茨城の4県及び東北6県,北海道全域における第三者への再実施権を許諾する。 (以下略) 」 (2)判断 前記(1)認定の事実に基づき,三菱マテリアル建材が本件各特許権の独占的通常実施権者であるかどうかについて,判断する。 ア 原告は,昭和58年契約及び昭和60年契約により,三菱マテリアル建材が本件各特許権の独占的通常実施権者となった旨主張し,ニチコン代表者の確認書(甲18)にはこれに沿った記載がある。 イ そこで,まず,昭和58年契約について検討する。 (ア)昭和58年契約が締結されたのは,ニチコンが本件第1発明について特許出願をして間もない時期であり,昭和58年契約書(甲6)には,本件各特許権に関する記載は存在せず,本件第1発明に関する明示的な記載も存在しない。 しかし,前記(1)イのとおり,昭和58年契約書の第1条の目的の一つに「ロックラーマンホールの製造及び施工に関するノウハウ及び特許の実施等に関する事項」が挙げられ,第4条(特許の実施)では,「ニチコンが所有するハッコーリート(商品名)に付帯する施工方法」について,三菱マテリアル建材はニチコンからハッコーリートを購入して使用することを条件に「その付帯する施工方法及び特許の実施等については無償とする」と定められている。また,第4条2項では,ニチコンが所有する「ハッコーリートに付帯する施工方法」について,ニチコンは柳沢コンクリート工業と日本高圧コンクリートを除き,三菱マテリアル建材とニチコンが協議し,相互の了解がなければ,組立式マンホールに使用させないことが定められている。 そして,三菱マテリアル建材等が母体となったプレホール工業会の会員が実施するプレホールの含浸接着工法には,本件各発明の実施行為が含まれることからすれば,昭和58年契約書における「ハッコーリートに付帯する施工方法」には本件各発明の実施も含まれるものと認めるのが相当である。 (イ)昭和58年契約書第4条2項では,ニチコンは,柳沢コンクリート工業及び日本高圧コンクリートの2社に対しても,「ハッコーリートに付帯する施工方法」を使用させることができる旨定められている。したがって,同契約において,三菱マテリアル建材は,本件各発明の実施を含む「ハッコーリートに付帯する施工方法」について独占的な実施許諾を受けたと解することはできない。 ウ この点,原告は,昭和58年契約書第4条2項には,三菱マテリアル建材以外の2社に対して,本件各特許権の通常実施権を付与できる旨が定められていたが,このうち,日本高圧コンクリートについては,通常実施権者である三菱マテリアル建材が同社に対して,本件各特許権の実施権を再許諾する旨の昭和60年契約を締結したことにより,ニチコンが本件各特許権の通常実施権を許諾する余地はなくなった旨主張する。 (ア)前記(1)認定のとおり,昭和60年契約は,三菱マテリアル建材と日本高圧コンクリートとの間の,下水道用組立式マンホール(プレホール)へのハッコーリートによる含浸接着工法に関する特許権等の第三者への再実施権の許諾に関する契約である。そして,昭和60年契約書の第2条では,三菱マテリアル建材及び日本高圧コンクリートが上記特許権等を第三者に再許諾する場合には,相互に相手方の文書による承諾を得る必要がある旨定められている。また,第3条では,三菱マテリアル建材が日本高圧コンクリートに対し,日本高圧コンクリートが関東地方の4県など特定の地域において上記特許権等を第三者に再許諾することを許諾する旨が定められているが,この三菱マテリアル建材の許諾は,第2条の「文書による承諾」に相当するものと解される。 (イ)上記のとおり,昭和60年契約は,三菱マテリアル建材及び日本高圧コンクリートがハッコーリートによる含浸接着工法に関する特許権等の実施を第三者に再許諾する場合の権利義務関係を定めたものであり,三菱マテリアル建材による日本高圧コンクリートに対する上記特許権等の実施許諾を定めたものではなく,そのような条項は昭和60年契約書に一切存在しない。 したがって,昭和60年契約は,三菱マテリアル建材が日本高圧コンクリートに対して本件各特許権の実施権を再許諾する契約であるとの原告の上記主張は採用できない。 エ 以上に認定判断したところによれば,昭和58年契約及び昭和60年契約により,三菱マテリアル建材が本件各特許権の独占的通常実施権者となったとの事実は,これを認めることができず,甲18の記載中これに反する部分は採用できない。 (3)小括 したがって,三菱マテリアル建材は本件各特許権の独占的通常実施権者ではないから,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がないが,念のため,被告による被告ステップの製造販売が本件各特許権に対する侵害行為の共同不法行為を構成するかどうかについても以下に判断する。 2 争点(2)(被告は共同不法行為を行ったか)について (1)事実認定 証拠(甲6ないし8,14)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア プレホール工業会の会員が実施するプレホールの含浸接着工法には,本件各発明の実施行為が含まれるが,ニチコンは,プレホール工業会の母体となった三菱マテリアル建材に本件各発明の実施を許諾し,更に三菱マテリアル建材がプレホール工業会の会員となった事業者に対し,本件各発明の実施を再許諾することを認めていた。 イ 三菱マテリアル建材と矢倉ヒューム管工業は,平成元年8月25日,含浸接着工法を使用したプレホールの製造,販売に関する契約を締結したが,同契約には,三菱マテリアル建材が矢倉ヒューム管工業に対し,本件各発明の実施を再許諾するとの合意も含まれていた。また,両社は,同日付けで同契約に基づく覚書を交わしたが,同覚書においては,プレホールの器材は三菱マテリアル建材が指定するプレホール工業会の準会員より購入するものとされた。 ウ 矢倉ヒューム管工業等は,いずれもプレホール工業会の会員であり,古山ヒューム管工業,岩手ヒューム管工業及び青森ヒュームは,三菱マテリアル建材との間で上記イと同様の含浸接着工法を使用したプレホールの製造,販売に関する契約を締結するとともに,プレホールの器材を三菱マテリアル建材が指定するプレホール工業会の準会員より購入するものとするとの覚書を交わした。上記契約には,三菱マテリアル建材が本件各発明の実施を再許諾するとの合意も含まれていた。 (2)判断 ア 原告は,三菱マテリアル建材が矢倉ヒューム管工業等に許諾した通常実施契約は,原告が製造したステップを使用して本件ステップ付マンホールを製造し,これを販売することができるという内容であるから,矢倉ヒューム管工業等が被告ステップを購入し,これを使用して本件ステップ付マンホールを製造販売することは,三菱マテリアル建材の再許諾の範囲を越え,本件各特許権(独占的通常実施権)の侵害行為となる旨主張する。 イ 前記のとおり,三菱マテリアル建材と矢倉ヒューム管工業等は,含浸接着工法を使用したプレホールの製造,販売に関する契約(以下「本件各製造販売契約」という。)を締結したこと,同契約には,三菱マテリアル建材が矢倉ヒューム管工業等に対し,本件各発明の実施を再許諾するとの合意も含まれていたこと,三菱マテリアル建材と矢倉ヒューム管工業等は,上記契約に基づく覚書を交わし,同覚書においては,プレホールの器材は三菱マテリアル建材が指定するプレホール工業会の準会員より購入するものとされたこと,以上の事実が認められる。 上記覚書においては,プレホールの器材は三菱マテリアル建材が指定するプレホール工業会の準会員より購入するものとされたが,この点が本件各発明の実施を許諾するに当たっての条件であると明示されているわけではないから,矢倉ヒューム管工業等が被告ステップを使用して本件ステップ付マンホールを製造販売しても,三菱マテリアル建材に対する契約不履行となる余地があるかはさておき,本件各特許権(ないし独占的通常実施権)の侵害とはならないと解すべきである。 また,上記覚書の他には,本件全証拠によっても,本件各製造販売契約において,三菱マテリアル建材が矢倉ヒューム管工業等に対して許諾した本件各発明の実施の範囲が原告の製造したステップを使用したものに限定されていたとの事実を推認し得る事情は認められない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (3)小括 以上によれば,矢倉ヒューム管工業等が被告ステップを購入し,これを使用して本件ステップ付マンホールを製造販売することは本件各特許権ないし独占的通常実施権の侵害には当たらないから,これを前提とする,原告の被告に対する共同不法行為に基づく損害賠償請求は,その前提を欠き,理由がない。 3 結論 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 榎戸道也 |
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裁判官 | 一場康宏 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |