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関連審決 異議2002-72588
関連ワード 技術的思想 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的特徴 /  抵触 /  参酌 /  均等 /  実施 /  構成要件 /  具体的態様 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 305号 特許取消決定取消請求事件
原告 三菱電機株式会社
同訴訟代理人弁理士 永井豊
同 中鶴一隆
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 平井良憲
同 稲積義登
同 高橋泰史
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-72588号事件について平成16年5月24日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実
1 手続の経緯(文中に証拠を掲記したもの以外は,当事者間に争いがない。) (1) 原告は,平成8年5月23日,名称を「液晶表示装置」とする発明について特許出願(特願平8-128797号,以下「本件出願」という。)をした。
(2) 本件出願につき,平成9年12月2日,特開平9-311341号公報(甲3。以下「本件公開公報」という。)にて出願公開がなされた。
(3) 原告は,平成13年10月3日,本件出願時の願書に添付した明細書(本件公開公報に掲載されたものと同じ。以下「当初明細書」という。)につき,その内容を補正する手続補正を行った(以下「本件手続補正」という。)。
(4) 特許庁は,本件出願につき特許すべき旨の査定をし,平成14年2月8日,特許第3276557号として設定登録をした(甲2。以下,この特許を「本件特許」という。)。
(5) 本件特許については,平成14年10月22日付けで,Aから本件特許の請求項1ないし3に係る特許について特許異議の申立てがされ,同申立ては異議2002-72588号として特許庁に係属した(甲4)。特許庁は,上記事件について審理を遂げ,平成15年3月31日,「特許第3276557号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定(以下「前件決定」という。)をした。
(6) 原告は,前件決定の取消しを求めて当庁に訴訟を提起し,当庁平成15年(行ケ)第208号特許取消決定取消請求事件として審理された。当庁は,平成16年1月28日,前件決定を取消す旨の判決(以下「前件判決」という。)を言渡した。
(7) 特許庁は,前件判決の確定を受けてさらに審理を行い,平成16年5月24日,「特許第3276557号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年6月14日,その謄本は原告に送達された。
2 本件特許の請求項1ないし3に係る発明の要旨は,本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された,次のとおりのものである(甲2。以下,請求項1ないし3に係る発明をそれぞれ「本件発明1」等という。下線部は,本件手続補正によって補正された箇所を示す。)。
【請求項1】 透明絶縁性基板上に複数本形成された走査電極配線と,この走査電極配線と交差する複数本の信号電極配線と,上記走査電極配線と信号電極配線の各交点に設けられた薄膜トランジスタと,この薄膜トランジスタに接続された透明導電膜よりなる画素電極を備えたTFTアレイ基板,透明電極およびカラーフィルタを有し,上記TFTアレイ基板の画像表示部の周辺部に形成されたシール領域において上記TFTアレイ基板に接合され, 上記TFTアレイ基板との間に液晶を挟持する対向電極基板,上記TFTアレイ基板の画像表示部の周辺部に実装される走査電極駆動用集積回路および信号電極駆動用集積回路を備えた液晶表示装置であって,上記TFTアレイ基板の4辺中のいずれか1辺に,上記走査電極駆動用集積回路および信号電極駆動用集積回路にそれぞれ接続される走査電極側端子および信号電極側端子を並置すると共に,上記走査電極配線および信号電極配線と上記走査電極側端子及び信号電極側端子とを上記画像表示部周辺に形成される導電パターンによりそれぞれ接続し,かつ,上記画像表示部の角のシール領域において上記TFTアレイ基板と対向電極との間隔が均一に保たれるように,上記TFTアレイ基板上の走査電極側端子および信号電極側端子が並置された1辺と対向する辺の端部近傍に亘って上記導電パターンを引き回した ことを特徴とする液晶表示装置。
【請求項2】走査電極側端子および信号電極側端子は,TFTアレイ基板の画像表示部の長辺のいずれか一辺に,同一方向に並置されていることを特徴とする請求項1記載の液晶表示装置。
【請求項3】走査電極駆動用集積回路は,TFTアレイ基板の画像表示部の長辺のいずれか一辺の両端部に配置され,走査電極配線用の導電パターンは上記画像表示部の両短辺から一方の長辺に向かって引き回されていることを特徴とする請求項2記載の液晶表示装置。
3 本件決定の理由 本件決定は,本件手続補正は特許法(平成15年法47号による改正前のもの。以下「法」という。)17条の2第3項に規定する要件を満たしていないから,本件発明1ないし3に係る特許は法113条1項1号の規定に該当すること(下記(1)ないし(3),以下それぞれ「説示事項1」のようにいう。),及び,本件明細書は法36条4項及び6項に規定する要件を満たしていないから,本件発明1ないし3に係る特許は法113条1項4号の規定に該当すること(下記(4))を理由に,いずれもこれを取消すべきものであると判断した(甲1)。
(1)ア 本件特許の請求項1のうち,「画像表示部の角のシール領域において上記TFTアレイ基板と対向電極との間隔が均一に保たれるように,上記TFTアレイ基板上の走査電極側端子および信号電極側端子が並置された1辺と対向する辺の端部近傍に亘って上記導電パターンを引き回した」との事項(以下「本件補正追加事項」という。)は,当初明細書又は本件願書に最初に添付した図面(以下あわせて「当初明細書等」という。)に記載された事項の範囲内のものではない。
イ 原告(特許権者)は,本件手続補正は,当業者にとって当初明細書等から自明な事項の範囲内の補正であると主張する。
しかし,当初明細書等には,TFTアレイ基板の下側の辺についての記載がなく,その端部と導電パターンの関係についての記載もない以上,本件補正追加事項が,当初明細書等の記載から自明な事項の範囲内にあるとはいえない。
(2) 原告は,TFTアレイ基板が,本件願書に最初に添付した図面における図1(甲3。以下「本件図1」のようにいう。)に示された画像表示部及び配線領域等を含む最小の矩形を呈した基板に相当することは,当業者にとって自明であると主張する。
しかし,仮にそうであるとしても,少なくとも,本件図1の画像表示部1の左側下部には導電パターンが配されていないのであるから,当該導電パターンがTFT基板の下側の辺の端部近傍に亘って引き回されることにはならない。したがって,本件図1が,本件補正追加事項を意味するものとして記載されたものでないことは明らかである。
(3)ア 当初明細書の【請求項6】には,導電パターンの引き回しについて,「導電パターンは,画像表示部周辺部の端部にまで引き回され,TFTアレイ基板と対向電極基板との間隔が均一に保たれるように形成されている。」との記載がある。
イ そして,この導電パターンが引き回される「画像表示部周辺部の端部」とは,当初明細書の下記各記載及び本件図8に照らすと,従来ダミー配線31を設ける必要があった画像表示部1の角の近傍のことであり,本件図1でいえば,画像表示部1の上側角の近傍のことであると認められ,TFTアレイ基板の下側辺の端部近傍のことではない。
「【0004】図8に示す従来の液晶パネル装置の導電パターンでは,ゲート側端子16とソース側端子15の取り出し方向が異なっており,画像表示部1の角の近傍では,ダミー配線31を設ける必要がある。なぜなら,ダミー配線31を設けない場合,基板上の高さの差から対向電極基板との間に数ミクロンのセルギャップの面内不均一が発生し,表示不良の原因となるためである。」 「【0012】本実施の形態による導電パターンは,画像表示部周辺部の端部にまで引き回され,TFTアレイ基板と対向電極基板との間隔が面内で均一に保たれるように形成されているので,図8に示す従来例の導電パターンで必要であったセルギャップを均一にするためのダミー配線31は不要となる。」 ウ したがって,この点からも,導電パターンの引き回しについての本件補正追加事項が当初明細書等に記載されたものでないことは明らかである。
(4) 以上のことから,本件特許明細書が特許法36条4項及び6項に規定する要件を満たしていないことも明らかである。
原告の主張
本件決定が,本件手続補正が法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないと判断したこと(説示事項1ないし3)は,下記のとおり誤りである。また,本件明細書が法36条4項及び6項に規定する要件を満たしていないとの判断は,法17条の2第3項に関する説示事項1ないし3の判断を前提とするものであるから(説示事項4),これらの判断が誤りである以上,当然に誤りである。よって,本件決定は取り消されるべきである。
1 説示事項1について (1) 画像表示部とTFTアレイ基板との位置関係について ア 本件各発明の構成要素として,画像表示部を載置した矩形のTFTアレイ基板が存在すること,本件図1において「下辺」にあたるTFTアレイ基板の一辺が存在すること,画像表示部がTFTアレイ基板の大半の面積を占める点は,当業者にとってごく一般的な常識的事項である。
イ 当初明細書【0004】段の記載及び本件図5から,画像表示部の両側辺とTFTアレイ基板の両側辺との間隔は,導電パターンの配線領域に極めて近接したものであることが,容易に読み取れる。
また,当初明細書【0009】段及び【0006】段並びに本件図1の記載からすれば,画像表示部の下辺とTFTアレイ基板の下辺との間には,走査電極側端子及び信号電極側端子を設ける必要がないし,導電パターンの配線もない。そうすると,周辺領域の広さを極力小さくするという本件発明1の技術的特徴からすれば,対向電極基板をTFTアレイ基板に接着するために必要な最小の幅程度でよいことは,当業者なら直ちに理解できる事項である。
したがって,画像表示部とTFTアレイ基板の位置関係は,両側辺においては配線領域の幅に極めて近接する狭い間隔のものであり,下辺においてはこれよりもさらに狭い間隔のものである。このことは,当業者であれば,明示的な記載がなくても自明な事項である。
(2) 当初明細書【0009】段及び本件図1の記載に接した当業者は,導電パターン12が,画像表示部1の両側辺とTFTアレイ基板の両側辺間の狭い配線領域13,14上を,TFTアレイ基板の上辺側から下辺端部近傍に亘って順次引き回されていることも直ちに理解できる。
なお,当初明細書【0014】段の記載から,導電パターンが引き回される一端は,画像表示部周辺部の端部であることがわかる。ここで,「画像表示部周辺部」とは,TFTアレイ基板上における画像表示部以外の周辺領域を指し,さらに,画像表示部周辺部の「端部」とは,画像表示部がTFTアレイ基板の大半の面積を占める点や,画像表示部の角部とTFTアレイ基板の角部とは近接して相対する位置関係にある点に鑑みると,TFTアレイ基板の下端部近傍に相当し,当該領域をTFTアレイ基板側から特定すれば,TFTアレイ基板下辺の端部近傍に合致するのである。
(3)ア 本件発明1の技術的特徴は,導電パターンを,TFTアレイ基板上の画像表示部の周辺領域でTFTアレイ基板の上辺側から下辺側まで万遍なく引き回すことによって,従来技術で問題になった導電パターンの疎密な領域が形成される不具合を解消したことにある。かかる構成を採用することによって,TFTアレイ基板と対向電極基板との間隔が面内で均一に保たれ,従来の液晶表示装置に設けられていたダミー配線が不要になるという顕著な効果を奏する。
そして,導電パターンが引き回される一端を,「画像表示部周辺部の端部」と表現するのか,あるいは「TFTアレイ基板の下辺の端部近傍」と表現するのかという事項は,本件発明1の技術的思想を何ら酌み取らない瑣末な形式論に過ぎない。
イ 被告は,本件図8の記載等を根拠に,従来の液晶表示装置においてダミー配線が設けられていたことが明らかなのは画像表示部の上方角の近傍のみであり,下方角の近傍についてもダミー配線が設けられていたことは明らかでないから,ダミー配線を不要にするという点に本件発明1の技術的特徴があるとしても,画像表示部の下辺側の端部についてまで導電パターンが引き回されていることにはならないと主張する。
しかしながら,従来技術を開示する特許公開公報(特開昭63-26631号公報,甲12)には,ダミー配線が設けられるのは画像表示部の上方角の近傍には限られないことを示唆する記載が多々見られる。そして,上記特許公開公報及び本件図8の記載に基づいて,従来技術におけるTFTアレイ基板の右側の状況を再現すれば,別紙図面のとおりとなり,画像表示部の下方角の近傍にもダミー配線が設けられていると考えるのが自然であって,被告の主張は失当である。
(4) 本件決定は,当初明細書等には,TFTアレイ基板の下側の辺についての記載がなく,その端部と導電パターンとの関係についても記載がないと説示するが,上記(1)ないし(3)のとおり,いずれも当業者にとっては自明な事項である。
そもそも「近傍」とは,ある程度の空間的拡がりを有する概念であって,本件発明1において,画像表示部の各辺がTFTアレイ基板の各辺に対して極めて近接し,画像表示部の角部もTFTアレイ基板の角部が同様に近接しているという構成に鑑みると,「画像表示部周辺部の端部」と「TFT基板の下辺端部近傍」とは,実質的には同一の領域を指している。したがって,当初明細書等に接した当業者にとっては,TFTアレイ基板の下側の辺及びその端部と導電パターンの関係は,自明な事項であり,本件決定の上記説示は,このことを無視したものであって,誤りである。
2 説示事項2について 説示事項2は,本件図1の画像表示部1の左側下部には導電パターンが配されていないから,TFTアレイ基板の下辺の左側の端部近傍に亘って導電パターンが引き回されることにはならない,と認定判断したものであるが,以下のとおり誤りである。
(1) 本件図1は,画像表示部1の左右の側辺から発する走査電極配線に接続された導電パターンが,所定の本数ごとに左右交互にTFTアレイ基板上辺のゲート側ドライバー8ないし12まで引き回されている,という技術的思想を具体化したものである。当初明細書【0011】段では,走査電極配線が左右300本ずつある場合が例示されているが,その全てを本件図1中に描くのは作図上極めて困難なので,それぞれ8本ずつを代表させて模式的に描いているのである。もとより,願書に添付する図面は模式的なものであってよく,厳密な正確性を要求されるものでもない。
そして,当初明細書【0011】段の具体例では,左右300本ずつの走査電極配線の導電パターンが,左右交互に4本ずつ画像表示部の側辺から発するのであるから,画像表示部の左側辺でTFTアレイ基板の下辺の端部近傍から発する最初の4本の導電パターンは,右側辺と同様,TFTアレイ基板の上辺側から下辺の端部近傍にわたって引き回されていることは明らかである。本件決定の説示事項2は,当初明細書の記載を何ら顧みずに本件図1を寸法的に正確な図面と曲解したものであり,誤りである。
(2) 被告は,本件図1では画像表示部の左側辺の導電パターンが下側の端部近傍に達していないことを問題にするが,これは,当初明細書の記載との関係における本件図1の位置付けを正解しないものである。
すなわち,本件手続補正によって補正された本件発明1の特許請求の範囲は,当初明細書の請求項1(以下「当初請求項1」のようにいう。)に当初請求項6の内容を加えて限定したものである。そして,本件図1は,当初請求項1の技術的特徴を表わす限度では正確ではあるものの,当初請求項6の技術的特徴を表わしたものではない。したがって,本件手続補正後の本件発明1の技術的特徴が本件図1から読み取れるか否かを問題にすること自体が,妥当ではない。
3 説示事項3について 本件決定は,説示事項3において,当初明細書等にいう導電パターンが引き回される「画像表示部周辺部の端部」とは,画像表示部1の上側角の近傍のことであると認められ,TFTアレイ基板の下側辺の端部近傍のことではない,と認定しているが,かかる認定は前件判決の趣旨に違背するものであって,誤りである。
4 説示事項4について 上記1ないし3記載のとおり,本件決定の説示事項1ないし3の判断が誤りである以上,それが正当であることを前提とする説示事項4の判断も,その前提を欠き,誤りである。
被告の反論
原告の上記主張はいずれも失当であり,本件決定の判断には原告の主張する誤りはない。
1 説示事項1について (1) 原告は,前記第3の1(1)において,TFTアレイ基板と画像表示部との関係は当業者にとって自明であると主張するが,本件において問題になるのは,そのような個別の事項が常識的事項であるか否かではなく,当初明細書の「画像表示部周辺部の端部」との記載が,本件補正追加事項中の「TFTアレイ基板の下辺の端部近傍」を指すことが自明であるか否かである。
(2) 原告は,前記第3の1(2)において,当初明細書【0014】段において導電パターンが「画像表示部周辺部の端部」にまで引き回されると記載されており,「画像表示部周辺部の端部」とは,TFTアレイ基板下辺の端部近傍を指すと主張する。
しかし,まず,当初明細書【0014】段等に記載された「画像表示部周辺部の端部」としては,画像表示部の左上,右上,左下,右下それぞれの角の近傍という4箇所が想定される。そして,本件図1においては,左下角部の近傍には導電パターンは全く配されておらず,右下についても,右辺から発する導電パターンは単に右側に引き出し上方に折り曲げただけであるから,角部の近傍に導電パターンが引き回されているということはできない。
したがって,当初明細書等から,導電パターンを引き回す「画像表示部周辺部の端部」が,原告の主張するようにTFTアレイ基板下辺の端部近傍であることが自明であるということはできない。
(3) 原告は,前記第3の1(3)において,本件発明1の技術的特徴が,従来技術では必要とされたダミー配線を不要にするところにある旨を主張する。
しかし,従来技術を示した本件図8において,ダミー配線が必要であった旨が示されているのは画像表示部の右上角部分である。また,本件発明1の実施の形態を示した本件図2においても,導電パターンを引き回した様子が示されているのは画像表示部の右上角部分についてのみである。したがって,これらの図面の記載を勘案すれば,原告が主張する本件発明1の技術的特徴参酌しても,本件発明1において導電パターンが引き回される「画像表示部周辺部の端部」が,原告の主張するように「TFTアレイ基板下辺の端部近傍」を指すことが自明であるとはいえない。
(4) 本件補正追加事項に関連する当初明細書の記載は,当初請求項3,同6並びにこれらに関連する記載である。
このうち,まず,当初請求項3は,導電パターンが「画像表示部の両短辺から一方の長辺に向かって」引き回されている旨を記載しており,本件補正追加事項にいう「TFTアレイ基板下辺の端部近傍」とは何ら関係のない記載である。
また,当初請求項6は,「画像表示部周辺部の端部にまで」導電パターンを引き回すことによってTFTアレイ基板と対向電極基板との間隔を均一に保つという事項を記載したものである。しかるに,当初明細書の【0004】,【0005】,【0012】等の記載を参酌すれば,従来技術において上記の両基板の間隔を均一に保つことが困難であるためダミー配線が必要になったのは,本件図8に示されるように,TFTアレイ基板の上部と右側にソース側端子15とゲート側端子16をそれぞれ配置した場合に,その取り出し方向が異なるためであった。そうすると,本件図8で明示された画像表示部の右上角部はともかく,それ以外の3箇所の角部については,従来技術において,両基板の間隔を均一に保つためにダミー配線を設けていたことが自明であるとはいえないのであるから,当初請求項6も,本件発明1において導電パターンを引き回すのが本件補正追加事項にいう「TFTアレイ基板下辺の端部近傍」であることとは,関係のない記載である。
2 説示事項2について 原告は,本件図1は,画像表示部の左右両辺につき多数本(当初明細書【0011】段記載の具体例でいえば300本)ずつ引き出される走査電極配線が,4本ずつ交互に左右両辺から引き出されることを模式的に表わしたものであることは明らかであると主張する。
しかしながら,もし原告主張のとおりであれば,本件図1において,ゲート側ドライバー8と9の間,及び同10と11の間に多数のゲート側ドライバーが存在するはずであり,これを省略した旨の表示がされるはずであるが,そのようには記載されていない。むしろ,本件図1は,例えば,ゲート側ドライバー8に入る導電パターンの全て(当初明細書【0011】段記載の具体例でいえば左辺から出る300本のうち半分の150本)を図面上は4本で表わし,その150本が引き出される位置は本件図1に表示されたとおりであって,左側辺のうち下側4分の1については導電パターンが存在しないことを示しているとみるのが相当である。
このように,左側辺のうち下側4分の1には導電パターンが存在しないものとして記載された本件図1に接した当業者にとって,本件補正追加事項のように,TFTアレイ基板の下辺の端部近傍に亘って導電パターンが引き回されているという事項が記載されているのと同然であると理解できるものではない。したがって,本件決定の説示事項2における認定判断にも,原告主張の誤りはない。
3 説示事項3について 原告は,本件決定の説示事項3は前件判決の判断に抵触すると主張する。
しかしながら,前件判決は,本件補正の後における本件発明1の構成要件の解釈について判示したものであり,当初明細書等の記載内容について何ら判示したものではない。したがって,当初明細書等の記載との関係において本件補正が適法であったか否かの点について,本件決定が説示事項3のとおり認定判断を行うことは,前件判決の趣旨に何ら違背するものではない。
4 説示事項4について 上記1ないし3記載の事実から明らかなとおり,本件特許の請求項1ないし3に記載された事項に対応する具体的な技術手段が発明の詳細な説明に記載されていないから,本件明細書が法36条4項及び6項所定の要件を具備していないといわざるを得ない。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告が本件決定の取消事由として主張するところには理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 説示事項1について (1) TFTアレイ基板と画像表示部の位置関係について 下記ア及びイに説示するとおり,TFTアレイ基板と画像表示部の位置関係については,原告が上記第3の1(1)で主張するとおりであると認められる。
ア 原告が前記第3の1(1)アにおいて主張するとおり,液晶表示装置において,@画像表示部を載置した矩形のTFTアレイ基板が存在すること,A本件図1において「下辺」に当たるTFTアレイ基板の1辺が存在すること,及びB画像表示部がTFTアレイ基板の大半の面積を占めることが,いずれも当業者にとって自明であることについては,被告もこれを争わないところである。
イ 当初明細書等の記載によれば,当初請求項1ないし6の各発明(以下「補正前本件発明1」のようにいい,総称して「補正前本件各発明」という。)が開示する液晶表示装置における画像表示部とTFTアレイ基板の位置関係についても,原告が上記第3の1(1)イにおいて主張するとおり,画像表示部とTFTアレイ基板の位置関係は,両側辺においては配線領域の幅に極めて近接する狭い間隔のものであり,下辺においてはこれよりもさらに狭い間隔のものであることが認められる。
(ア) 本件図1において両側辺に当たる2辺について 当初明細書の【0004】段は,従来技術の液晶表示装置に関して述べたものではあるが,「画像表示部1以外の領域として,配線領域32はシール領域30を含み,パネルの両側に必要である」(2欄27行〜29行)と記載され,同じ従来技術の液晶表示装置の平面図を示した本件図5には,画像表示部の側辺とTFTアレイ基板の側辺とに挟まれた領域が,その幅一杯にわたって配線によって占められている状態が示されている。そして,補正前本件各発明の目的の一つが「端子および配線領域等の周辺領域を縮小することによりパネルサイズを縮小し,ガラス基板からのパネル取り数を増やし,さらにガラス基板上における周囲の領域に余裕を持つことで,製造上の歩留まり向上を図ること」(当初明細書【0006】段,3欄11行〜15行)である点からして,画像表示部の側辺とTFTアレイ基板の側辺との間隔は,配線領域として最小限必要な幅に極力近いものとされることは,当業者にとって明らかなものと認められる。
(イ) 本件図1において下辺に当たる1辺について 当初明細書【0009】段の記載によれば「ソース側ドライバー2〜5,ゲート側ドライバー8〜11を,ともにパネル4辺の中のいずれか1辺(本実施の形態では上側)に設け」るものとされており(4欄7行〜10行),これに対向する辺(本実施の形態を示す本件図1では下辺)の側には端子領域を設ける必要はない。また,ソース(信号電極)用の配線(本件図1では垂直方向の配線)は全て端子に近い上辺側から取り出す方が合理的であることは明らかであるから,下辺側には配線領域を設ける必要もない。そして,前記(ア)で引用した当初明細書【0006】段の記載のとおり,補正前本件各発明の目的の一つが周辺領域の縮小にあることに照らすと,下辺側においては,画像表示部とTFTアレイ基板との間隔は,対向電極基板をTFTアレイ基板に接着するために必要な最小の幅程度とされることも,当業者の技術常識であるものと認められる。
(2) 「引き回す」という文言の意味について ア 原告は,前記(1)に認定したとおりの画像表示部とTFTアレイ基板との位置関係を前提として,上記第3の1(2)のとおり,「当初明細書【0009】段及び本件図1の記載に接した当業者は,導電パターン12が,画像表示部1の両側辺とTFTアレイ基板の両側辺間の狭い配線領域13,14上を,TFTアレイ基板の上辺側から下辺端部近傍に亘って順次引き回されることも直ちに理解できる。」と主張している。しかしながら,下記イに述べるとおり,かかる理解は,原告が引用する当初明細書【0009】段の記載及び本件図1から自明なものとはいえず,採用することはできない。
イ 当初明細書【0009】段の記載は,次のとおりである。
「本実施の形態では,ソース側ドライバー2〜5,ゲート側ドライバー8〜11を,ともにパネル4辺の中のいずれか1辺(本実施の形態では上側)に設け,その一辺方向のみに導電パターンを引き回している。また,ゲート側ドライバー8〜11は,TFTアレイ基板の画像表示部1上方の両端部に配置され,ゲート電極配線用の導電パターン12は画像表示部1の左右両辺から上方に向かって引き回されている。」(4欄7行〜15行,下線部はいずれも本判決注) これらの記載を本件図1に即して理解すると,ゲート(走査電極)配線の導電パターンを「引き回す」始点は画像表示部の左右両側辺であり,「引き回す」終点はTFTアレイ基板の上辺に並列して載置されたゲート側ドライバーである。そうすると,画像表示部の左右両側辺から発した導電パターンは,画像表示部の左右両側の周辺部を上方に進み,画像表示部の左上及び右上の角部の近傍を必ず通過するということはできる。しかしながら,画像表示部の左下及び右下の角部の近傍を通過するか否かは,上記記載からは必ずしも明らかではないといわざるを得ない。
このように,原告の上記主張は,「引き回す」始点がTFTアレイ基板の上辺側に配置されたドライバーであるとした点において既に当初明細書の【0009】段の記載に基づかないものである。また,「引き回す」終点がTFTアレイ基板の下辺の両端部近傍(上記(1)のとおりのTFTアレイ基板と画像表示部との位置関係によれば,これは,画像表示部の左下及び右下の角部の近傍と同じ場所を意味する。)であるとする点も,当初明細書の【0009】段の記載から自明な事項であるとはいえない。
(3) ダミー配線について ア 原告は,本件発明1に対応する補正前本件発明1,3及び6の技術的特徴及び効果は,従来技術の液晶表示装置において設けられていたダミー配線が不要になる点にあり,かかる技術的特徴及び効果は,導電パターンが,画像表示部の上辺側の端部近傍のみならず,下辺側の端部近傍にも引き回されていることによって得られているものであるから,当初請求項6にいう「画像表示部周辺部の端部」も,画像表示部の下辺の端部近傍を意味していると主張する。
原告の上記主張は,従来技術におけるダミー配線が,画像表示部の上辺側の角部の近傍だけでなく,下辺側の角部の近傍にも設けられていたことを前提とするものである。しかしながら,下記イに述べるとおり,従来技術でダミー配線が設けられており,補正前本件各発明の構成を採用することによって当該ダミー配線が不要になることが当初明細書等の記載から自明であるといえるのは,画像表示部の右上の角部の近傍についてにとどまる。これに対して,下記ウのとおり,画像表示部の左下及び右下の角部の近傍については,従来技術においてダミー配線が設けられていたこと,及び,補正前本件各発明の構成を採用することによって当該ダミー配線が不要になることが,当初明細書等の記載から自明であるとはいえない。
イ(ア) 当初明細書中,従来技術におけるダミー配線についての記載は次のとおりである。
「図8に示す従来の液晶パネル装置の導電パターンでは,ゲート側端子16とソース側端子15の取り出し方向が異なっており,画像表示部1の角の近傍では,ダミー配線31を設ける必要がある。なぜなら,ダミー配線31を設けない場合,基板上の高さの差から対向電極基板との間に数ミクロンのセルギャップの面内不均一が発生し,表示不良の原因となるためである。」(【0004】段,2欄32行〜39行) 「また,図8に示す特開昭63-26631号公報で提案された従来の液晶表示装置では,ゲート側端子16とソース側端子15の取り出し方向が異なるため導電パターンの占有する領域が大きく,さらに画像表示部1の角の近傍ではセルギャップの面内不均一が原因で生じる表示不良を設けるために,ダミー配線31を設ける必要があった。」(【0005】段,3欄3行〜9行) 当初明細書のこれらの記載によれば,画像表示部の角部近傍にダミー配線が必要になる理由として,水平方向のゲート(走査電極)用配線と垂直方向のソース(信号電極)用配線とで配線の取り出し方向が異なることが挙げられている。
ところで,補正前本件各発明は,ゲート側端子及びソース側端子をTFTアレイ基板の上側の一辺に一列に並置することを技術的特徴とするものであるから(例えば,当初請求項1中の「走査電極側端子および信号電極側端子を上記TFTアレイ基板の4辺中のいずれか1辺に並置したことを特徴とする液晶表示装置」(甲3の1欄15行〜17行)との記載),これと対向するTFTアレイ基板の下側の辺,即ち画像表示部の下辺側からは導電パターンが取り出されないことは明らかである。そうすると,画像表示部の左下及び右下の角部近傍については,配線が取り出されているとしても水平方向(横向き)にゲート(走査電極)用の配線が取り出されるだけであり,垂直方向(下向き)に取り出される配線はない。このように,画像表示部の左下及び右下の角部近傍においては,2つの異なる方向に配線が取り出されているという状況にはないのであるから,本件図8で図示された右上の角部と同じ理由によっては,ダミー配線が必要になるとはいえない。
(イ) 当初明細書等の中で,ダミー配線を設ける従来技術を示した本件図8においては画像表示部の右上の角部近傍だけが表示されている。そして,本件図8には,ゲート(走査電極)側端子16に向けて取り出される走査電極配線の導電パターン12は,画像表示部の右上の角部で右斜め下へ向けて折り曲げられ,他方,ソース(信号電極)側端子15に向けて取り出される走査電極配線の導電パターン12は,画像表示部の右上の角部で左斜め上へ向けて折り曲げられているため,画像表示部の右上の角部近傍においてはシール領域30に導電パターンが存在せず,導電パターンの代わりにダミー配線31が設けられている,という具体的態様が,図示されている。
一方,補正前本件各発明の実施の形態を示した本件図2においては導電パターンを引き回す具体的態様が示されており,これと本件図8を重ね合わせると,本件図8においてダミー配線31が設けられていたシール領域30に相当する部分について,補正前本件各発明では導電パターンが存在することになることが明らかであり,補正前本件各発明にはダミー配線を不要にするという作用効果があることが明確に示されているといえる。しかしながら,本件図2の記載も,本件図8と同様,画像表示部の右上の角部近傍の状況を示したものであり,左下及び右下の角部近傍の状況は何ら示されていない。
(ウ) なお,画像表示部の左上の角部近傍については,従来技術において画像表示部の左辺側の周辺領域にもゲート(走査電極)側端子を配列する構成を採用するならば(当初明細書【0004】段の「端子領域33が少なくとも片側には必要なため」(2欄29〜30行,下線部は本判決注)との記載は,左辺側にもゲート側端子の一部を配列する構成を示唆しているといえる。),右上の角部近傍と同じく,2つの異なる方向に配線が取り出されているという状況にあり,ダミー配線が必要になるということができる。
(エ) このように,本件各図の記載からみても,従来技術において設けられていたダミー配線が,補正前本件各発明のように導電パターンを構成することによって不要にされたことが自明であるといえるのは,画像表示部の右上の角部近傍のみか,せいぜいこれに加えて左上の角部近傍についてにとどまる。
ウ そして,本件図8を含む当初明細書等においては,従来技術の液晶表示装置における画像表示部の下辺側の構成は開示されておらず,下記(ア)及び(イ)のとおり,画像表示部の左下及び右下の角部の近傍については,従来技術においてダミー配線が設けられていたことが自明であるとはいえない。
(ア) 上記イのとおり,画像表示部の右上ないし左上の角部近傍については,本件図8によって,従来技術ではシール領域において導電パターンが存在する部分と存在しない部分がどのような位置関係にあるかを示したうえ,角部近傍において面内不均一の問題が生じ,角部にダミー配線を設けることによってこの問題を解決していたことが明確に示されている。すなわち,画像表示部の上辺側からはソース(信号電極)側配線が,側辺側からはゲート(走査電極)側配線が取り出されるため,シール領域のうち右上ないし左上の角部だけが導電パターンの存在しない領域となって,導電パターンが横切っているその他の領域との間で面内不均一の問題が生ずることが,明確に理解できる。
(イ) これに対し,画像表示部の右下及び左下の角部については,上記イ(ア)のとおり,画像表示部の下辺側からは配線が取り出されていない。そうすると,例えば右下の角部について,従来技術における配線の取り出し方が,仮に原告主張のように別紙図面のとおり画像表示部の右辺付近で斜め右上方に折り曲げるものであったとしても,右下の角部近傍において面内不均一の問題が生じるか否か,生じる場合にはどの程度のものになるかということは,右上の角部近傍とは自ずから状況が異なるというべきである。
したがって,本件図8によって示される従来技術において,右下及び左下の角部について,面内不均一の問題を解決するためにダミー配線を設けるという構成が採用されていたことが明らかであるとはいえないし,仮にダミー配線が設けられていたとしても,それが原告主張の別紙図面のような位置及び形状のものであったか否かは明確ではないといわざるを得ないのである。
(ウ) 原告は,本件図8の出典である特開昭63-26631号公報(甲12)には,ダミー配線は画像表示部の右上だけでなく四隅の全ての角部近傍について設けられることを示唆する記載が多々見られると主張し,下記@ないしCの各記載を引用する(下線部はいずれも本判決注)。
@「2.特許請求の範囲 (1) 第1の基板の1主面上に,………,前記第1基板上の少なくとも接着部において ,前記接着部を貫通する電気的接続とは無関係のダミー配線を形成したことを特徴とする液晶表示装置。」(161頁左下4行〜14行) A「 (2) 第1及び第2の基板の角部に,ダミー配線が形成されてなることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の液晶表示装置。」(同15行〜17行) B「 一方基板表面の凹凸は基板の全域にわたり必ずしも均一に分布しているものではない。特に両基板の両主面を接着する領域では,表示要素へ給電する為の配線が形成された領域が存在するのが常であるが,この配線がかならずしも均等に分布しておらず,ある領域では密であり,他の領域では,全く配線が存在しないことがある。この様な場合,配線が密な領域近傍ではギャップが大きくなり,存在しない領域近傍ではギャップが小さくなる。
従って特に表示装置の周辺部でギャップの不均一が生じることがしばしば出現した。」(162頁左上18行〜右上9行) C「 すなわち,ダミー配線8は,母線,接続配線と同時に形成すればよく表示基板の一部となる第1の基板1のコーナー部に形成されており,この部分には接続用の配線4,6が形成されていない。なお,ダミー配線8は,配線4相互の間隔が広くすなわち分布密度が疎となる部分においては,配線4の間に形成してもよい。このことは,配線6においても同様である。」(162頁右下6行〜13行) 確かに,甲12には,ダミー配線を設ける箇所を画像表示部の右上の角部近傍のみに限定する記載は見られない。そして,上記Aの「角部」及び同Cの「コーナー部」は,四隅の全てを指したものであると解することもできることは,原告主張のとおりである。
しかしながら,他方,上記@の「少なくとも接着部において」及び同Bの「表示装置の周辺部で」との記載並びに「ダミー配線8は,配線4相互の間隔が広くすなわち分布密度が疎となる部分においては,配線4の間に形成してもよい」との記載によれば,ダミー配線を設ける位置は,画像表示部の四隅の角部近傍のみに限られず,接続配線(本件発明の「導電パターン」に相当するものと解される。)の配線の状況によっては,角部近傍以外の位置にもダミー配線が設けられることがあることが開示されているところ,それが具体的にどのような状況を意味するのかについては,甲12の記載からは不明であるというほかない。
このように,甲12においては,接続配線がどのような状況になった場合にダミー配線が必要になるのかが,その特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載において明確にされていない。そうすると,上記A及びCの記載についても,甲12の第1図によってダミー配線が必要になる状況及び理由が明確にされている画像表示部の右上の角部近傍はともかくとして,他の三隅の角部については,ダミー配線が必要になるのか否か,必要になるとすればどのような形状のものかは,結局のところ明確でないといわざるを得ない。
よって,原告の引用する甲12の各記載を参酌しても,補正前本件各発明が解決の課題とした従来技術において,原告の主張する別紙図面のように導電パターン及びダミー配線が設けられていたことが自明であるということはできない。
エ 以上述べたとおり,ダミー配線を不要にするという補正前本件各発明の技術的特徴及び効果を参酌しても,それが,当初明細書等が明確に開示する画像表示部の右上ないし左上の角部についての技術的特徴及び効果であるにとどまらず,画像表示部の右下及び左下の角部近傍についても同様に補正前本件各発明の技術的特徴及び効果である,ということはできない。そうすると,ダミー配線を不要にするために,画像表示部の左下及び右下の角部近傍において導電パターンが引き回されているという技術的構成を当初明細書等が開示していることが,自明であるということはできない。
(4) したがって,本件補正追加事項によって,導電パターンが,TFTアレイ基板の下辺の両端部にわたって(即ち,画像表示部の左下及び右下の角部近傍においても)引き回されているという構成を追加することは,当初明細書等の記載から自明な範囲の補正であるということはできない。
2 説示事項2について (1) 原告は,本件決定が,本件図1の画像表示部の左側下部には導電パターンが配されていないから,画像表示部の左下の角部近傍にわたって導電パターンが引き回されることにはならない,と認定判断したことは誤りであると主張する。
確かに,原告の主張するように,願書に添付する図面は厳密な正確性を要求されるものではなく,模式的なものであっても差し支えないのであるから,本件図1は,画像表示部の左下の角部近傍に導電パターンが引き回されていないことを積極的に示すものとまではいえない。しかしながら,本件手続補正が適法といえるか否かの判断にあたっては,本件図1を含む当初明細書等から,画像表示部の左下の角部近傍に導電パターンが引き回されているという技術的事項が自明であるといえるか否かが問題となるのであり,かかる判断をするにあたって,本件図1の記載では左下の角部近傍に導電パターンが配されていないという事実が,当該技術的事項が自明であることを否定する方向に働く事実であることは明らかである。なぜなら,被告が主張するように,本件図1は,画像表示部の左側辺のうち下側約4分の1についてはゲート(走査電極)側配線の導電パターンが全く引き出されないという構成を示唆するものであるという解釈も,十分に成り立ち得るからである。本件決定の説示事項2は,この理を説示したものであると解することができ,誤りであるとはいえない。
(2) 原告は,本件図1は当初請求項1に対応するものであり,当初請求項6の実施の形態を示したものではないから,当初請求項6により当初請求項1を限定した本件発明1が当初明細書等の記載から自明といえるか否かを判断するにあたって,本件図1の記載を参酌するのは適切でないと主張する。しかしながら,以下に述べるとおり,当初明細書等の記載によれば,本件図1は当初請求項1のみならず当初請求項6の実施の形態をも示したものと解されるので,原告の主張は採用できない。
すなわち,当初明細書中【発明の実施の形態】に関する【0009】段ないし【0012】段の記載を検討すると,本件図1について「図1は,本発明の実施の形態1である液晶表示装置を示す平面図である。」(4欄1行〜2行)と記載された後,それに続く記載において,「本発明の実施の形態」の「2」以下についての言及はなく,「本実施の形態」という用語が複数の箇所(4欄7行,同20行,同40行,5欄15行)に見られるだけである。そうすると,「本実施の形態」は「本発明の実施の形態1」にほかならず,本件図1も,「本実施の形態」として説明されているところ全てに妥当するものと解される。そして,当初明細書の【0012】段における「本実施の形態による導電パターンは,画像表示部周辺部の端部にまで引き回され」(5欄15行〜16行,下線は本判決注)という記載が,当初請求項6中の「導電パターンは,画像表示部周辺部の端部にまで引き回され」という文言を受けたものであることは明らかであるから,結局のところ,「本実施の形態」すなわち「本発明の実施の形態1」は,当初請求項6を含めて,補正前本件各発明の全てについてその実施の形態を示したものであり,本件図1はこれらを図示したものであるとみるほかない。
3 説示事項3について 原告は,本件決定の説示事項3における判断は,前件判決の趣旨に違背し,失当である旨の主張をする。
しかしながら,前件判決(甲4)は,本件発明1の「電極側端子が並置された1辺と対向する辺」という文言がTFTアレイ基板上の対向する辺を意味していると認定判断するにあたり,「(このことは,)特許請求の範囲の記載に基いて,一義的に明確に理解できる技術事項であるから,発明の詳細な説明の記載を参酌するまでもなく,まして,当初明細書等の記載や本件補正の経緯を参照するまでもないことである。」(11頁13行〜17行)との判示に基づいて結論を導いているのであり,当初明細書等の記載内容について何ら判示するものではない。したがって,被告が本件決定において,当初明細書等に記載されている事項について,当初請求項6の導電パターンが引き回される「端部」がTFTアレイ基板の下辺の端部近傍(画像表示部の左下及び右下の角部の近傍)であることは自明とはいえない旨の説示をすることは,前件判決の趣旨に違背するものではない。
4 説示事項4について 上記1ないし3のとおり,本件手続補正が法17条の2第3項に違反するものである旨の本件決定の説示事項1ないし3における認定判断には原告主張の誤りはないから,これに誤りがあることを前提として本件決定の説示事項4における認定判断にも誤りがあるとする原告の主張も,採用することはできない。
5 結論 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がなく,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 上田卓哉