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事件 平成 16年 (ネ) 2722号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 日綜産業株式会社
同訴訟代理人弁護士 矢野義宏
被控訴人 三伸機材株式会社
同訴訟代理人弁護士 中島和雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
1 事案の要旨 控訴人は,自らが有する特許権に基づき,被控訴人による建築足場装置の貸渡しを差し止める仮処分決定を得た上,これを被控訴人に対して執行した。控訴人は,被控訴人に対し,上記仮処分の被保全権利を訴訟物として,本案訴訟も提起したが,後に,本案訴訟については,控訴人(本案訴訟の原告)敗訴の判決が確定した。
そこで,被控訴人は,控訴人に対し,上記仮処分の執行が不法行為にあたる旨主張して,民法709条に基づき,損害金2659万0750円及び内金2126万7551円については不法行為後である平成13年5月3日(支払催告書到達日の翌日)から,内金532万3199円については不法行為後である平成14年3月28日(訴状送達日の翌日)から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
原判決は,損害金2636万6385円及び内金2126万7551円については平成13年5月3日から,内金509万8834円については平成14年3月28日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,被控訴人の請求を認容し,被控訴人のその余の請求を棄却した。
控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。
2 争いのない事実及び当事者の主張 次のとおり当審における追加的な主張の要点を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。なお,以下,原判決と同様の略語を用いる。
(ただし,原判決2頁16行目の「特許請求の範囲1」を「請求項1に係る発明」と,同頁17行目の「特許請求の範囲5」を「請求項5に係る発明」と,同頁19行目の「特許請求の範囲1」を「請求項1に係る発明」とそれぞれ改め,同3頁17行目の「改造を行い,」の次に「本件仮処分執行の一部について,」を加え,同頁23行目の「平成10年」の前に「東京地方裁判所」を加え,同6頁14行目の「英国特許と,」を削除し,同頁18行目の「本件発明に」を「本件発明を容易に」と改め,同頁22行目の「後記」の前に「特許権に基づく侵害差止等請求訴訟において,」を加え,同8頁1行目の「(1)」を「(1) 控訴人の故意又は過失について(改行) ア」と,同頁25行目の「(2)」を「イ」と,同9頁17行目の「(3)」を「ウ」と,同頁18行目の「ア」を「(ア)」と,同頁22行目の「本件特許1の審決取消訴訟」を「本件特許1について再度の審決取消訴訟」と,同頁25目の「イ」を「(イ)」と,同10頁10行目の「ウ」を「(ウ)」と,同頁15行目の「(4)」を「エ」と,同頁18行目の「(5)」を「(2)」と,それぞれ改める。) (1) 当審における控訴人の追加的な主張の要点 ア 被控訴人は,本件仮処分申立事件についての本案訴訟での準備書面(乙20)において,債務者装置(一),(二)のリース業務(以下「本件リース業務」という。)は,債務者装置(一),(二)の購入原価を考慮すれば,粗利益自体が大幅な赤字である上,加えて一般管理費(装置専用の整備機械の償却費,装置の保管費,装置の維持保管のための専業従業員の人件費,運搬費,営業活動費等)も要するため,被控訴人は,上記業務により純利益を全く得ていない旨主張している。したがって,本件仮処分執行による被控訴人の損害は発生していない。
本件仮処分執行により被控訴人に生じた損害とは,一般の会計原則に準拠して算出された,被控訴人が得るべき純利益の喪失である。したがって,得べかりしリース料そのものを損害ということはできない。債務者装置(一),(二)の購入原価も,製造原価,仕入原価等と同様の変動費であるから,その減価償却費を純利益から控除すべきである。
イ 被控訴人は,債務者装置(一),(二)を改造すべき義務を負っていたわけではないから,改造に要した費用は,本件仮処分執行と相当因果関係を有するものとはいえない。
(2) 当審における被控訴人の追加的な主張の要点 ア 債務者装置(一),(二)の購入原価について 被控訴人の本件リース業務の採算は,昭和60ないし62年に一括購入した債務者装置(一),(二)の購入原価を,その後のリース売上の積み重ねにより,いかに回収するかにかかっているところ,上記主張の時点においては,稼働率が悪く,いまだ購入代金の回収にも満たない状態であった。したがって,粗利益自体が大幅な赤字である旨の主張をしたものである。
このような状況下で,本件仮処分執行がなされたため,当初支出した債務者装置(一),(二)の購入原価には変化がない反面,リース売上がなくなった分がそのまま被控訴人の損害となる。
イ 一般管理費について 本件仮処分執行から本件仮処分の執行解放までの期間も,装置専用の整備機械の償却費,装置の保管費,装置の維持保管のための専業従業員の人件費は従来のまま発生していた。また,運搬費は顧客負担であったことが判明した。さらに,営業活動費は,計算困難であるのみならず僅少である。したがって,被控訴人が本件仮処分執行によりこれらの一般管理費を免れたとはいえない。
3 本件の争点 (1) 本件仮処分執行につき控訴人に過失があったか―控訴人に,過失の推定を覆すに足りる特段の事情が存したか。
(2) 控訴人の過失が肯定される場合,被控訴人は,本件仮処分執行によって損害を被ったか。その損害額はいくらか。
当裁判所の判断
1 認定事実 後記証拠(認定事実中に括弧書きした証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(適宜,前記争いのない事実も再掲する。)。
(1) 本件特許1は,昭和58年7月23日に出願され,平成2年10月11日に設定登録された(乙1の1,2)。その後,被控訴人から無効審判が申立てられ,平成4年4月23日,米国特許明細書(甲12)記載の発明と同一であるとの理由で本件発明1,2に係る本件特許1を無効とする第1次審決(甲13)がされた。そのため,控訴人は,平成4年8月7日,訂正審判を請求したところ(乙3),平成5年3月10日,上記訂正審判請求について公告決定がされた(乙4)。これに対して,被控訴人は,平成5年10月26日,訂正異議の申立を行った(甲14に添付の甲3)。
(2) 平成9年3月27日付け訂正異議決定(甲14に添付の甲3)は,訂正後の本件発明1,2の構成のほとんどは,当業者が容易に想到できるものにすぎないとしたが,「主歩廊の枠体の内側中間に足場板を設け,又副歩廊の枠体内側 には開口部を介して水平方向に延長する足場板を設けている」点(なお,訂正前の本件発明1,2の対応部分は,「主歩廊の枠体の上,下又は内側には足場板を水平に設け,又副歩廊の枠体には前記開口部を介して水平方向に延長する足場板を設け,」というものである(乙1の1)。)については,上記構成により,足場板より上方に起立する主歩廊の枠体の上部の部分に巾木の役目を担わせ,足場板上の作業者が安全であり,工具等の落下を防止できるという作用効果を奏せしめることは,訂正異議事件で被控訴人が引用した米国特許明細書(甲12)等の刊行物の組み合わせによっても当業者が容易に想到することができたものとはいえない,すなわち進歩性があるから,法126条3項(平成5年法律第26号による改正前のもの)の訂正要件を充たすものと認めて訂正を認容した。
(3) 平成9年3月27日に控訴人の訂正を認める旨の審決がされたことにより,東京高等裁判所において,平成9年7月9日,第1次審決を取り消すとの判決がされた(乙5)。そこで,訂正後の本件発明1,2に係る本件特許1を対象とする無効審判が再開されることとなったが,なおも被控訴人は訂正後の本件特許1の無効を主張するべく,平成9年10月20日,審判請求理由補充書(甲14)を提出し,公知資料として,英国特許明細書(甲14に添付の甲4)を新たに主引用例として引用した。そして,訂正異議決定において唯一進歩性ありとされた,上記の「主歩廊の枠体の内側中間に足場板を設け,又副歩廊の枠体内側には開口部を介して水平方向に延長する足場板を設けている」点については,英国特許明細書の記載自体,あるいは,これに補助的引用例を組み合わせることにより容易に推考でき,進歩性は認められないと主張した。
(4) その後,平成9年10月28日に本件仮処分が申し立てられた。被控訴人は,その審尋においても,上記審判請求理由補充書の写しを提出し,訂正後の本件特許1が無効とされる蓋然性が高く保全の必要性を欠く旨,かかる特許による権利行使は権利濫用である旨を主張したが(甲11の1ないし4),平成10年4月10日,本件仮処分決定がされた(甲1)。
そして,控訴人は,同月16日及び21日,本件仮処分執行を行った。
(5) 本件仮処分決定の決定書自体には具体的な理由は記載されていないが,仮処分異議申立に対する決定である平成10年12月25日付け本件変更決定(甲4)は,債務者装置(一)(二)は本件発明1,2の技術的範囲に属するが,被控訴人申立ての改造を加えることで範囲内でなくなる旨を理由としている。そして,その理由中には,本件特許1,2は進歩性を欠くもので権利濫用である旨の被控訴人の主張には何ら触れられていない。
(6) 再開後の無効審判について,平成11年4月12日,被控訴人の無効審判請求が成り立たない旨の審決が出され(第2次審決,甲16),これに対して,平成11年6月14日,被控訴人から審決取消訴訟が提起されたところ,東京高等裁判所において,平成12年7月4日,第2次審決(本件特許1を維持した審決)を取り消すとの判決がされ(甲17),控訴人は,上告及び上告受理申立をしたが(乙6の1ないし3),同年11月10日,上告棄却及び上告不受理とされ(乙7),上記判決が確定した。
(7) 第2次審決の取消訴訟の判決(甲17)では,@英国特許明細書(甲14に添附の甲4)には,「プラットフォーム10の一方の側に沿ってハンドレールまたはフットボードを装着することも可能である」との記載があるところ,プラットフォーム10に,ハンドレールと同様に装着されるという「フットボード」の語から,通路における足元付近に設けられた板を想起し,この板が少なくとも通路からの物や人の落下を防止する役目を果たすものと認識することは当業者のみならず一般人にとっても,誠にたやすいことということができるから,これには,巾木の役目をし,足場板上の作業者が安全であり工具等の落下を防止できる技術が記載されているものというべきであるとされ,A墜落防護工安全基準の解説(甲14に添附の甲8)から,床から起立した状態で取り付けられる爪先板が墜落防護を目的とするものであることは明らかであるとされ,B本件意匠(甲14に添附の甲9)から,通路の左右の起立部が,通路からの物や人の落下を防止する役目(巾木の機能)を有していることが明らかであるとされ,Cこれら@からBまでの事実からすれば,足場板に巾木の役目をする板を起立させ,足場板上の作業者や工具等の落下防止を図るという技術ないし技術的思想が,当時,周知慣用のものであったことが明らかであり,英国特許明細書記載の発明に,この周知慣用の技術ないし技術的思想を適用して,本件発明1,2に係る構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たことである(本件発明1,2の主歩廊,副歩廊の足場板に相当する英国特許明細書記載の発明のパネルに巾木の役目をする板を起立させ,足場板上の作業者や工具等の落下防止を図ることは,当業者にとって極めて容易なことであった)とし,本件発明1,2に進歩性を認めた第2次審決の判断は不当であって取り消すべき旨を判断している。
(8) その後,平成12年11月28日,本件特許1に無効理由が存することは明らかであるから,上記特許権に基づく差止等の請求は,権利の濫用に当たり許されないとして,控訴人敗訴の本案判決がされ(甲7),平成13年3月14日,本件特許1(本件発明1,2)を無効とする審決(第3次審決)がされた(甲18)。
(9) 本件特許2は,昭和58年7月31日にされた特許出願(特願昭58-140207号)の一部を,平成4年8月31日に新たな特許出願としたものである(特願平4-255498号)が(乙9,10の2),一旦は拒絶査定を受けたものの(乙10の1,2),控訴人から拒絶査定不服審判が申立てられ(乙11),平成9年10月9日に設定登録された(乙13)。本件仮処分において,控訴人は,本件特許2も被保全権利として主張しているが(乙16の1,2),本件変更決定(本件仮処分異議申立に対する決定)において,債務者装置(一)(二)は本件特許2の技術的範囲に属さないものとされている(本件特許2が本件仮処分決定の被保全権利とされていないことは明らかである。)。
なお,本件特許2は,平成11年12月2日,これを無効とする審決(甲19)がされ,控訴人から審決取消訴訟が提起されたが(乙14の1,2),平成13年4月24日に請求棄却の判決がされた(甲20,乙15)。
2 争点(1)について (1) そもそも,被保全権利が存在しないために仮処分命令が当初から不当であったことが本案訴訟において確定した場合,上記命令を受けてこれを執行した債権者に故意又は過失があるときには,債権者は民法709条により債務者が当該仮処分の執行により受けた損害を賠償すべき義務があることは明らかである。そして,債権者に故意又は過失があるか否かに関しては,他に特段の事情のない限り,債権者に過失があったものと推定すべきであるが,債権者において,その挙に出るについて相当な事由があった場合には,同人に過失があったということはできないと解するのが相当である(本件判例1参照)。なお,控訴人は,本件判例2を引用して,債権者の過失が当然に推定されるものではないと主張するが,本件判例2は,訴えの提起が不法行為となるか否かが問題とされた事案であり,仮処分の執行が不法行為となるか否かが問題とされる本件とは事案を異にしており,適切ではない。
本件仮処分手続においては,債権者が特許権侵害を主張しているところ,特許権は,特許庁の審査を経て成立する権利であるが,対世効を有するため,法は,無効事由が存するときは,その特許を無効にすることについて審判を請求できるとして無効審判制度を設けている。そして,特許権の無効事由には新規性の欠如や進歩性の欠如などがあり,中でも進歩性の判断は微妙な技術的評価を伴う特に困難なものであることから,一旦は特許庁における審査の上で登録された特許権であっても無効審判や審決取消訴訟において無効事由があると判断されることは珍しいことではない(甲21,22参照)。したがって,債権者が特許権に基づく差止請求権を保全するためあえて仮処分を得てこれを執行するについては,特許権が無効審判等で無効とされる可能性について慎重に検討すべきは当然のことであり,このほか当事者の衡平の観点に照らしてみれば,債務者が当該特許権を有効な権利と認めて行動していた事実があることなどから,債権者において当該特許権が無効とされる可能性を無視できる程度と考えてもやむを得ない事情があれば格別,当該特許権が特許庁において審査の上で登録されたものであることから,債権者が無効事由のない有効な権利であると信じていたというだけでは,相当な事由があったとすることはできない。
(2) 上記の観点に立って,以下検討する。
ア 前記認定事実によれば,@本件特許1は,平成2年10月に設定登録されたものの,被控訴人からの無効審判の申立てに対して平成4年4月には米国特許明細書記載の発明と同一であるとして特許無効の審決(第1次審決)がされ,控訴人からの訂正審判請求により,かろうじて(「主歩廊の枠体の上,下又は内側には足場板を水平に設け,又副歩廊の枠体には前記開口部を介して水平方向に延長する足場板を設け,」を「主歩廊の枠体の内側中間に足場板を設け,又副歩廊の枠体内側には開口部を介して水平方向に延長する足場板を設けている」と訂正した1点により)進歩性ありとして訂正が認められ,特許として維持された(第2次審決)ものであるところ,本件仮処分執行後において,結局,第2次審決は取り消され,特許無効の審決(第3次審決)がされており,本件特許1はそもそも権利として不安定であったといえること,Aまた,第2次審決の審決取消訴訟の判決の内容は,英国特許明細書記載の発明に,墜落防護工安全基準の解説,本件意匠から導かれる周知慣用の技術ないし技術的思想(足場板に巾木の役目をする板を起立させ,足場板上の作業者や工具等の落下防止を図るという技術ないし技術的思想)を適用して,本件発明1,2(本件特許1)に係る構成とすることは,当業者において容易に想到し得たことであるというのであり,この判断自体合理性があって説得的であり,当業者の通常の判断からすれば,本件特許1が無効とされる可能性は十分に予見できるものといえること,Bこれらの点は,既に本件仮処分執行より前の時点で,被控訴人から,無効審判及び本件仮処分の審尋において明確に主張され,控訴人に対してその主張を基礎付ける英国特許明細書等の引用刊行物が交付され,これを前提として控訴人も反論を展開している(乙17)のであるから,控訴人としても,被控訴人が指摘した点について十分検討する機会を与えられていたこと,以上の事情からすれば,本件仮処分執行に当たり,控訴人において本件特許1が無効とされる可能性は無視できる程度と考えてもやむを得ない事情があったとは認められない。
イ 控訴人は,被控訴人が主張した本件特許1の無効の主張は本件仮処分裁判所の採用するところとならず,本件仮処分決定が出されたから,本件特許1が無効とならないものと信じて行動するのも無理からぬことである旨を主張する。確かに,本件判例3は,特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されないと判示し,それ以後の特許侵害訴訟においては,特許無効の抗弁が出されると,裁判所は無効理由の存在が明らかか否かについて審理をし,判決中でその判断を示す実務が定着することとなったものである。しかしながら,それ以前においては,必ずしもそのような扱いはされておらず,むしろ,判例上,我が国の特許制度の理解としては,権利の付与・剥奪を特許庁の専権事項とし,侵害訴訟と審判手続・審決取消訴訟とを厳格に区別しているものであるから,原則として,対象とされる特許権に無効事由を内包する場合であっても,特許庁の審決によって対世的に無効とされるまでは有効であることを前提に判断することとされ(大審院明治37年9月15日判決・刑録10輯1679頁等参照。これらの判例は本件判例3によって変更された。),ただ,特許の内容の一部に公知部分があるときにはこれを除外して当該発明の権利範囲を限定して解釈することができるとされるにとどまっていたものであり(最高裁昭和37年12月7日第2小法廷判決・民集16巻12号2321頁),本件判例3が出される以前の本件仮処分決定(その異議審である本件変更決定)においても,被控訴人からの本件特許1,2についての無効事由の存在の主張に対して何ら触れるところがないことからして,本件仮処分裁判所が本件特許1が無効であるとの被控訴人の主張を検討した上でこれを斥けたということはできず,本件仮処分決定が出されたからといって,控訴人において本件特許1が無効とされる可能性は無視できる程度と考えてもやむを得ない事情があったということはできない。
ウ 本件仮処分執行について,他に過失の推定を覆すべき特段の事情があることを認めるに足りる証拠はなく,控訴人には過失があったと認めるのが相当である。
3 争点(2)について 次のとおり補正,付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」「3 争点(2)について」(1),(2)記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決19頁2行目「。甲8」を「(甲8)。なお,同年4月16日には,リース売上はなく(弁論の全趣旨),本件仮処分執行も行われたことから,同日を売上実績の算定期間に含めるのは相当ではない。」と,同頁11行目の「有する上」を「有する上(被控訴人平成15年6月26日付準備書面(第1審)参照)」とそれぞれ改める。
(2) 控訴人は,「被控訴人は,本件仮処分申立事件についての本案訴訟での準備書面(乙20)において,本件リース業務について,債務者装置(一),(二)の購入原価を考慮すれば,粗利益自体が大幅な赤字である上,加えて一般管理費も要するため,純利益が全くない旨主張している。したがって,本件仮処分執行による被控訴人の損害は発生していない。」旨主張する。
控訴人の指摘するように,上記準備書面(乙20)には,「被告装置のリース業務につき各年の粗利益を算出する際には,前記各購入価格を当該被告装置の使用年数に応じて各年に均等に割りふった価格をもって原価とし,その年の売上高から控除すべきである。」(9頁),「すなわち,各年とも被告装置のリースによる粗利益は大幅なマイナスとなっている。」(10頁),「被告の試算によれば,前記計算期間を通して控除さるべき一般管理販売費としては,被告装置専用の整備機械の償却費517万3756円,被告装置の保管費(保管場所の被告装置対応分の家賃等)1295万7132円,被告装置の維持保管のための専業従業員6名の人件費5718万6000円等があり,他に,計算困難であるが,運搬費,営業活動費等も要している。以上の通りであるから,前記計算期間における被告装置のリース業務は,粗利益そのものが大幅に赤字であり,まして純利益においておやというのが実情である。」(11〜12頁)との記載がある。
しかしながら,まず,債務者装置(一),(二)の購入原価については,同装置の購入自体は,既に本件仮処分執行より前にされていることは明らかであるから,上記購入原価は,本件仮処分執行の有無にかかわらず,発生済みのものである。そうであれば,本件仮処分執行による損害額の算定に際して,上記購入原価が影響を与えることはないというべきである。換言すれば,本件仮処分執行による損害額の算定に際して控除されるべき経費は,本件仮処分執行により被控訴人が支出を免れることができた経費と解すべきところ,被控訴人は,本件仮処分執行により,上記購入原価を免れることができるわけではないから,上記購入原価を損害額から控除することはできない。
また,被控訴人が,本件仮処分執行の約1年後に,本件変更決定に基づき債務者装置(一),(二)の改造を行い,本件仮処分の執行解放を得た経緯(争いのない事実)に,弁論の全趣旨を併せれば,上記主張中の一般管理費のうち,同装置専用の整備機械の償却費,同装置の保管費,及び同装置の維持保管のための専業従業員の人件費は,いずれも本件仮処分執行の後も,従前どおり発生していたものと認められるから,これらも,本件仮処分執行による損害額の算定に影響を与えることはないというべきである。その他に,損害額の算定に影響を与えるべき費用は特段認められない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(なお,控訴人は,「本件仮処分執行により被控訴人に生じた損害とは,一般の会計原則に準拠して算出された,被控訴人が得るべき純利益の喪失である。」旨主張する。しかしながら,上記のとおり,本件仮処分執行による損害額の算定に際して控除されるべき経費は,本件仮処分執行により被控訴人が支出を免れることができた経費と解すべきであるから,損害額算定方法が,固定経費も控除して算定されるいわゆる純利益の算定方法と一致しない場合も生じることは,当然である。) (3) 控訴人は,「被控訴人は,債務者装置(一),(二)を改造すべき義務を負っていたわけではないから,改造に要した費用は,本件仮処分執行と相当因果関係を有するものとはいえない。」旨主張する。
しかしながら,被控訴人が,本件仮処分執行により,上記装置を改造すべき法的義務を負わされたわけでなくても,本件仮処分執行による自らの損害の拡大を防ぐために,上記装置を改造することにより,本件仮処分の執行解放を得ることは,通常予見されることであるから,その改造に要した費用も,本件仮処分執行と相当因果関係を有するものというべきである。したがって,控訴人の上記主張も理由がない。
4 結論 以上によれば,被控訴人の控訴人に対する本訴請求は,原判決が認容した限度,すなわち,損害金2636万6385円及び内金2126万7551円については不法行為後である平成13年5月3日(支払催告書到達日(甲10の1,2)の翌日)から,内金509万8834円については不法行為後である平成14年3月28日(訴状送達日の翌日)から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。よって,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 青柳馨
裁判官 清水節
裁判官 沖中康人