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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18行ケ10078審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10485審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  一致点の認定 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実質的に同一 /  優先日 /  参酌 /  技術的意義 /  実施 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10309号 審決取消請求事件
原告コミサリア・ア・レネルジ・アトミック
訴訟代理人弁護 士大場正成
同 高橋淳
訴訟代理人弁理 士園田吉隆
被告日 本サムスン株式会社
訴訟代理人弁護 士大野聖二
同 市橋智峰
同 井上義隆
訴訟代理人弁理 士片山健一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/07/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2005-80138号事件について平成18年2月22日にした審決を取り消す。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,昭和60年5月17日,発明の名称を「電界制御型液晶セル」とする発明につき特許出願(優先権主張・1984年5月18日,フランス。
特願昭60-104104号。以下「本件出願」という。)をし,平成8年3月19日,特許第2029146号として特許権の設定登録(以下,この特許を「本件特許」という。)を受けた。
その後,原告は,平成16年10月6日,本件特許に係る明細書の特許請求の範囲の訂正を求める訂正審判請求をし,特許庁は,同請求を訂正2004-39227号事件として審理した結果,同年12月20日,上記訂正を認める旨の審決(以下「訂正審決」という。)をした。訂正審決は平成17年1月5日確定した。
その後,被告から本件特許について無効審判請求がされ,特許庁は,同請求を無効2005-80138号事件として審理した結果,平成18年2月22日,「特許第2029146号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同年3月7日原告に送達された。
2 特許請求の範囲訂正審決により訂正された本件特許に係る明細書(以下,この明細書を図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明」という。
なお,下線部は訂正箇所である。)。
「【請求項1】電極プレートに電圧が印加されない時にホメオトロピック構造を有する液晶層とこの液晶層の両面に配設された電極プレートとを有する組立体からなり,その電極プレートの少なくとも一つは透明であり,前記組立体の両面の少なくとも一方が光線の入射面であり,前記組立体の入射面となる側にはリニア偏光子と遅延プレートを含む,前記光線を偏光させる偏光手段が設けられ,所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と層厚とが選択されていることを特徴とする電界制御型液晶セル。」3 審決の内容本件審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。
その理由の要旨は,本件発明は,本件出願の優先日前に頒布された刊行物R.A.SorefandM.J.Rafuse“Electrical である「lyControlledBirefringenceofThinNematicFilms”,JournalofAppliedPhysics」(甲2。以下「 Volume43,Number5,pp.2029-2037.刊行物2」という。)に記載された発明(以下「刊行物2発明」という。)と実質的に同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないというものである。
なお,本件審決は,本件発明と刊行物2発明とを対比し,次のとおりの一致点及び一応の相違点を認定した上で,刊行物2発明は相違点に係る本件発明の構成を有するので,両発明は実質的に同一であると判断した。
(一致点)「電極プレートに電圧が印加されない時にホメオトロピック構造を有する液晶層とこの液晶層の両面に配設された電極プレートとを有する組立体からなり,その電極プレートの少なくとも一つは透明であり,前記組立体の両面の少なくとも一方が光線の入射面であり,前記組立体の入射面となる側にはリニア偏光子と遅延プレートを含む,前記光線を偏光させる偏光手段が設けられた電界制御型液晶セル。」である点。
(一応の相違点)本件発明は,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とが選択されている」のに対して,刊行物2発明は,斜め方向±9°から観察を行う場合に100/1以上のコントラスト比が得られ,さらに液晶層厚を1〜5μmに選択するとより広い視野角が得られるものとみられるものの,液晶層の複屈折を補償するように偏光手段と(液晶層の)層厚とが選択されているかどうかは明らかでない点。
当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告の主張審決がした一致点の認定に誤りがないことは認める。
しかし,本件審決は,以下のとおり,一応の相違点についての評価を誤り,本件発明と刊行物2発明とが実質的に同一であると判断した点に誤りがある。
(1) 本件発明の特徴的構成本件発明(請求項1)の特徴は,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とが選択されている」との構成(一応の相違点に係る本件発明の構成,以下「相違点に係る構成」という場合がある。)にある。
このように本件発明では,偏光手段に含まれる遅延プレートと液晶層厚の組合せを,斜めからの観察に関し液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得るように選択することにより,@表示された画像を斜めから観察した場合にコントラストが低く,観察角が増大するに伴って一層悪化するという課題が改善される,A電圧が印加されず液晶層がホメオトロピック構造にあるとき,斜めからの光の複屈折を補償することにより,観察面内で斜め方向から観察した場合でも,高いコントラストが得られるという,作用効果を奏するものである。
(2) 刊行物2における本件発明の特徴的構成の欠如ア本件発明と刊行物2記載の液晶セルとを対比すると,ECB(電界制御複屈折)型液晶セルを斜め方向から観察したときのコントラストの向上及び視野角の拡大という目的では共通している。そして,刊行物2記載の反射型の液晶セルは,偏光手段として,リニア偏光子と4分の1波長板を組み合わせた円偏光子(製品名「ポラロイドHNCP37」)を有しており,4分の1波長板は「遅延プレート」の一種である。
しかし,以下のとおり,刊行物2記載の液晶セルにおいては,斜め方向から観察を行う場合に液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,偏光手段と液晶層厚とを組み合わせて選択することをしておらず,刊行物2記載の液晶セルは,本件発明の特徴的構成を備えていないので,本件発明は刊行物2発明と実質的に同一であるとはいえない。
(ア)刊行物2(甲2)には,「層厚が1〜5μmの範囲で,より広い視野角が得られる」旨の記載がある(訳文甲2の1・19頁)。
しかし,この記載は,「透過型」の液晶セルの実験結果(12.5ミクロン,6.3ミクロンの層厚実験)を示した図9から,より広い視野角を得るため,さらに薄い層厚の実験を示唆したものにすぎない(原文2036頁左欄11行〜15行,2034頁左欄2行〜8行)。この透過型の液晶セルの実験においては,遅延プレート(4分の1波長板等)が使用されていないので,上記示唆は,遅延プレートによる複屈折の補償を考慮することなく,液晶層厚と視野角の関係のみを示したものといえる。
また,刊行物2には,「反射光バルブは,透過型バルブと同じコントラストおよび視界範囲を有している。」(原文2034頁9行以下,訳文甲2の1・13頁)との記載があり,同記載によれば,「反射型」の液晶セルの場合の液晶層厚と視野範囲(視野角)の関係は,図9に係る透過型の液晶セルの上記実験とおおむね同じ結果になることが示されている。
しかし,反射型の液晶セルでは,透過型のものとは異なり,リニア偏光子と4分の1波長板を組み合わせた円偏光子を用いないと機能せず,この円偏光子は液晶層厚と視野範囲の関係にも,コントラストにも必ず影響を与えるので,反射型の液晶セルでは,透過型の上記実験と同じ結果になるものではない。このような前提条件の相違にもかかわらず,刊行物2において,反射型の場合も透過型の上記実験の結果と同じ傾向を示す旨の記載があるのは,刊行物2では,遅延プレートを含む偏光手段による液晶層の複屈折の補償効果によるコントラストの向上については考慮していないことを示しているといえる。
(イ)刊行物2(甲2)には,具体的層厚の液晶層の記載例はあるが,これと組み合わせた偏光手段の具体的特定はなく,偏光手段の光学異方性その他の物性値の記載も一切ないので,遅延プレートを含む偏光手段により液晶層の複屈折を補償する関係にあるかどうか,偏光手段と液晶層厚とを組み合わせて選択することにより斜め方向から観察した場合でもコントラストが向上するかどうかについて確認できない。
(ウ)仮に刊行物2を発表するような研究者であれば,本件発明の内容や効果を知っていれば,斜め方向から観察した場合におけるコントラストの向上や視野角の拡大を目指して,遅延プレートを含む偏光手段と液晶層厚とを組み合わせてテストし,かつ,実際に組み合わせて選択したものを使用しようと考えるのが自然であり,このようなテストもせず,使用もしないということは考えられない。しかし,刊行物2には,液晶層厚と偏光手段との組合せ選択による液晶層の複屈折の補償を考慮し,検討した形跡は全くみられない。このことは,本件出願の優先日前に,本件発明の特徴的構成について,当業者が全く気付いていなかったことを示している。
(エ)以上のとおり,刊行物2においては,斜め方向から観察を行う場合のコントラストや視野角の増大という課題に対して「液晶層厚」を変えることによる改善だけを検討し,偏光手段による液晶層の複屈折の補償効果,及び液晶層厚と偏光手段との組合せ選択による液晶層の複屈折の補償を考慮し,検討した形跡はみられない。
したがって,刊行物2記載の反射型の液晶セルの偏光手段は,斜め方向から観察を行う場合に液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,偏光手段と液晶層厚とを組み合わせて選択したものではない。
イ本件審決は,@刊行物2発明が,本件発明の特徴的構成を具備しているか否かを判断するためには,「両者の偏光手段と液晶層との光学異方性にともなうリタデーションが同じであるか否かを検討する必要がある。」,「当該リタデーションが同じであれば,両者を通過する偏光は同様な変調を受けることになり,その結果一方の装置で(所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とが)選択されているのであれば,他方の装置でも同様に選択されているといえる。」とし,Aこれを前提に検討を加え,刊行物2で示唆された1〜5μm層厚の液晶層(前記ア(ア))のリタデーション値を計算し,このリタデーション値と,本件明細書記載の本件発明の実施例(反射型の液晶セルのもの)のリタデーション値を計算して比較し,「引用例2発明(判決注・「刊行物2発明」の誤記。以下同じ。)には液晶層のリタデーションを0.5とすることが記載されており,また両者の遅延プレートに相違はないから,結局,偏向手段(判決注・「偏光手段の誤記。以下同じ。)と液晶層との光学異方性に伴うリタデーションについては,両者の間に差異があるとはいえない。そうすると,引用例2発明と同じリタデーションを有する本件実施例が『所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とが選択されている』構成を有するのであるから,引用例2発明も同様の構成を有することは明らかであり,両者は,実質的に同一であるといえる。」(審決書25頁6行〜15行)として,本件発明と刊行物2発明とが実質的に同一であるとの結論を導いている。
しかし,本件審決の認定判断は,以下のとおり誤りである。
(ア)本件発明においては,組み合わせて用いられる液晶層厚と偏光手段の関係を課題としているのであるから,本件発明と刊行物2発明とを対比する場合には,刊行物2で組み合わせて用いられた液晶層厚及び偏光手段を対比すべきであり,液晶層厚のみを切り離し,液晶層のリタデーション値のみを比較しても無意味である。
また,本件審決は,液晶層のリタデーション値を知れば当然に,これを補償するように偏光手段を選択する,あるいは,液晶層のリタデーション値が同じであれば常に同じ偏光手段が選択されるという独断的想定を前提とするものであって,妥当を欠く。刊行物2に,このような判断の根拠となる前提に関する示唆はない。
(イ)刊行物2の反射型の液晶セルの遅延プレートと本件明細書(甲4)の実施例記載の反射型の液晶セルの遅延プレートとが「1/4波長板」である点で一致するとしても,「1/4波長板」は,「面内遅延」が「1/4波長」であることを規定するにすぎず,斜め方向から入射する光の偏光状態は,「面内遅延」のみではなく,「面外遅延」及びその他のパラメータにより影響されるものであり,「面外遅延」をも考慮しないと,両者の遅延プレートが同じ光学特性を有するものとはいえないはずである。
したがって,本件審決がいうように「両者の遅延プレートに相違はない。」とはいえない。
ウ以上のとおり,刊行物2発明に,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とが選択されている」との本件発明の特徴的構成を具備するとした審決の判断には誤りがある。
(3) 本件発明と刊行物2の液晶セルとの作用効果における相違ア本件発明の作用効果本件発明においては,液晶層厚に応じた複屈折が補償されるため,同じ液晶層厚でも遅延プレートとの組合せにより,コントラストも視野角も飛躍的に向上する。この場合,液晶層厚は,単に薄いほど良いというものではなく,特定の遅延プレートとの組合せで補償するように選択された液晶層厚において,視野角を選択すれば最も高いコントラストのピークが見られるが(例えば,入射角45°で最大コントラスト比185,入射角60°で最大コントラスト比82,入射角70°で最大コントラスト比39),これより薄くても厚くてもコントラストは低下するという特徴を示す(甲7)。
このピークとなる遅延プレートとの関係で選択した層厚では,例えば,4μm層厚の液晶層でも,許容範囲のコントラスト(例:40/1)で,観察方向傾斜角70°(視野角140°に相当)でも鮮やかなコントラストを得ることができる。現実に70°以上斜めから見ることは稀であるので,観察角度のほとんどをカバーしていると考えられる。
このように本件発明に基づいて使用された遅延プレートが液晶層の厚さ(液晶層厚)に適合するならば,コントラスト及び視野角を劇的に改善するという顕著な作用効果を奏する。
イ刊行物2の液晶セルの作用効果について(ア)これに対し刊行物2において,液晶セルを斜め方向から観察したときのコントラストの向上及び視野角の拡大という目的を達成するための解決手段は,液晶層厚の調整のみ(「層厚が薄いほど良いというもの」)であり,液晶層厚が固定されると,コントラストや視野角が決まり,更なる改善は期待されない。
すなわち,刊行物2(甲2)の図9に示された実験では,11°,20°の視野角(コーン)を確認し,この実験結果に基づいて,3.1μm層厚の液晶層で100/1以上のコントラストを得る視野角(コーン)を40°と推定している(訳文甲2の1・13頁)。しかし,液晶層厚が一定のときは,視野角は一定であり,これをさらに拡げる改善策の提案も考慮もされていない。また,視野角が固定された場合,コントラストは,液晶層厚が薄くなるに従い徐々に改善されるがその改善には限界がある。
このように刊行物2では,許容範囲のコントラストで液晶層厚の調整のみで拡がる視野角は,ごく僅かであって,実質的に正面から観察した場合と大差はなく,本件発明のような遅延プレートを含む偏光手段と液晶層厚との組合せによって生じる顕著な作用効果を奏するものではない。
この点において,刊行物2の反射型の液晶セルで使用された偏光手段(「ポラロイドHNCP37」)は,本件発明の特徴的構成を備えた「遅延プレートを含む偏光手段」とはいえない。
(イ)また,刊行物2記載の反射型の液晶セルについて実施したシミュレーション(甲12,14)によれば,上記液晶セルに使用された偏光手段において,斜め方向から見た場合に鮮明なコントラストを得るために最適な液晶層の層厚は約0.22〜0.24μmであるとの結果が得られたが,本件出願当時の技術では,1μm未満の層厚のものを作ることを実現することは不可能であった。したがって,刊行物2で使用された偏光手段と液晶層厚とを組み合わせて,本件発明の特徴的構成である「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とを選択する」ことを達成することは不可能であった(甲14)。
以上のとおり,刊行物2記載の反射型の液晶セルで使用された偏光手段において,斜め方向から見た場合に鮮明なコントラストを得るために適合する液晶層厚は,刊行物2で開示された1〜5μmの範囲内にはない。
(4) まとめ刊行物2発明は相違点に係る本件発明の特徴的構成を具備していないから,本件発明と刊行物2発明とが実質的に同一であるとの本件審決の判断は誤りである。
2 被告の反論(1) 本件発明の特徴的構成に係る原告の主張に対しア 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載等原告は,本件発明(請求項1)の特徴は,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とが選択されている」との構成にあると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,リニア偏光子と遅延プレートを含む「偏光手段」の具体的な構成(厚みや屈折率分布)についての記載はなく,偏光手段と液晶層厚との組合せを具体的にどのように「選択」するのかについても何ら記載がない。
また,本件明細書の発明の詳細な説明を見ても,本件発明の液晶セルを斜め方向から見た時のコントラストに及ぼす偏光手段のリタデーション(遅延量)については何ら記載がなく,偏光手段のリタデーション(遅延量)と液晶層のリタデーション(遅延量)との具体的な関係を明らかにする記載もない。
そうすると,原告が本件発明の特徴的構成であると主張する請求項1の「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層の)層厚とが選択されている」との記載によっては,「偏光手段」を具体的にどのような構成(厚みや屈折率分布)のものとして選択するのか不明であり,本件発明の「偏光手段」について,具体的な内容も開示されていない。したがつて,その具体的な選択についての限定はない。
イ 刊行物2発明における原告主張の本件発明の特徴的構成の具備(ア)刊行物2(甲2)記載の反射型の液晶セルの偏光手段である「ポラロイドHNCP37円偏光子」(2034頁左欄14行〜15行)が「直線偏光子と一軸異方性媒体からなる1/4波長板によって構成」されている点については,原告自ら認めている(甲12)。
そして,一軸異方性媒体(一軸性複屈折媒体)であれば,その光学異方性の正負如何にかかわらず,面内遅延R と面外遅延Rは所定の0 th関係を満足する。すなわち,一軸性複屈折媒体の「光学軸」をy方向とすると,x方向の屈折率nxとz方向(ホメオトロピック方向)の屈折率nzは等しくnx=nzとなるので,1/4波長板の厚みをdとすると,面内遅延R と面外遅延Rとの関係は,下記の式のとおり0 thとなる。
面内遅延: R =d・(nx-ny) 0面外遅延: R=d・〔nz-(nx+ny)/2〕 th面内遅延と面外遅延の関係:R =R /2 th0すなわち,1/4波長板として機能させるために面内遅延R を決め 0ると,必然的に面外遅延R が定まることとなる。 th(イ)本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載には,「遅延プレート」が一軸異方性のものであるか二軸異方性のものであるかの限定も,異方性の正負の限定もないから,刊行物2記載の「一軸異方性媒体からなる1/4波長板」が本件発明の「遅延プレート」の一態様であることは自明であり,刊行物2記載の「1/4波長板」の役割と本件明細書の実施例として第8図に図示された反射型の液晶セルにおける「1/4波長板」の役割は同一であるといえる。
ところで,「液晶層の複屈折を補償するように偏光手段と液晶層の層厚とが選択されている」態様としては,@「偏光手段」が所与であり「液晶層厚」が選択される場合,A「液晶層厚」が所与であり「偏光手段」が選択される場合,B「偏光手段」と「液晶層厚」のいずれもが選択される場合の三つの場合が考えられる。
刊行物2発明は,1/4波長板(反射型の液晶セルにおける一軸異方性媒体からなる1/4波長板)という「偏光手段」が所与のものである場合(@の態様)であり,1/4波長板として機能させるために面内遅延R を決めると必然的に面外遅延Rが定まることになり,10 th/4波長板中で生じる「位相遅延」は所与のものである以上,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができる」ように選択されるのは「層厚」に限られる。
そして,刊行物2には,「液晶層厚を種々変更して,それによる視野角改善の効果を探索した点」が記載されており,刊行物2発明の液晶層厚を1〜5μmとする技術的意義が視野角の改善を図ることにある以上,刊行物2に接した当業者であれば,液晶層中を伝播する光の位相遅延量が液晶層の厚みの関数として示されている等の技術的事項に基づいて,より良好なコントラスト比を求めて液晶層厚を1〜5μmの範囲で調整(選択)することは当然に行うことであって,このことは「液晶層の複屈折を補償するように偏光手段と液晶層の層厚とが選択されている」関係におくことにほかならず,刊行物2には,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができる」という作用効果も実質的に記載されているといえる。
ウ以上のとおり,本件発明(反射型液晶セルに関するもの)と刊行物2発明は,斜めからの観察時の観覧性を向上させるという「発明の目的」,偏光手段と液晶層との組合せ(選択)によって斜めからの観察時のコントラストを向上させるという「技術思想」,斜め方向から観察を行う場合に液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストが得られるという「作用効果」のいずれにおいても一致しているのであるから,本件発明と刊行物2発明とが実質的に同一であるとした本件審決の判断に誤りはない。
(2) 本件発明と刊行物2発明のその他の相違に対しア 刊行物2における組合せの選択の記載の有無原告は,刊行物2では,液晶層厚と偏光手段との組合せ選択による液晶層の複屈折の補償を考慮し,検討した形跡は全くみられないので,刊行物2記載の反射型の液晶セルの偏光手段は,斜め方向から観察を行う場合に液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,偏光手段と液晶層厚とを組み合わせて選択されたものとはいえないと主張する。
しかし,前記(1)イのとおり,刊行物2には,「偏光手段」(反射型の液晶セルにおける一軸異方性媒体からなる1/4波長板)が所与のものとして記載され,刊行物2に接した当業者であれば,より良好なコントラスト比を求めて液晶層厚を1〜5μmの範囲で調整(選択)することは当然に行うことであるから,「液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と層厚とが選択され」ている関係が開示されているといえる。
なお,本件明細書においては,液晶セル内において,光の偏光状態が液晶層中を伝播するにつれてどのように変化するのかを,楕円偏光の状態として図示しているが,本件明細書において図示されているような光の偏光状態は,本件発明において初めて可能となったものではなく,従来の反射型の液晶セルにおいても実現されていたものであり,従来の反射型の液晶セルにおいて,液晶層厚と偏光手段とが,このような偏光状態の変化を前提として選択されていたという事実に変わりはない(乙1)。
イ 本件発明と刊行物2の液晶セルとの作用効果における相違に対し原告は,刊行物2発明では,図9の実験の結果から3.1μm層厚の液晶層で100/1以上のコントラストを得る視野角(コーン)を40°と推定されるのに対し,本件発明では,層厚に応じた複屈折が補償されるため,同じ層厚でも遅延プレートとの組合せで,70°の観察方向傾斜角でも鮮明なコントラストを得ることができ,本件発明の作用効果は顕著である旨主張する。
しかし,「鮮明なコントラスト」が得られたと判断する基準となるのはコントラスト比であるにもかかわらず,本件発明におけるコントラスト比を示すことなく,本件発明と刊行物2発明との実質的視野角の数値のみを単純に比較し,本件発明の作用効果が顕著であるという原告の主張は失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,刊行物2記載の反射型の液晶セルは,本件明細書に本件発明の実施例として記載された反射型の液晶セルと実質的に同一のものであり,本件発明に含まれるから,本件発明は,新規性を欠くと判断した本件審決に誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本件発明と刊行物2発明との同一性について(1) 本件発明ア 本件発明中の「相違点にかかる構成」の意義等について本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載中,審決が一応の相違点として掲記した「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と(液晶層)の層厚とが選択されている」との構成は,「偏光手段」と液晶層の「層厚」とが,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得る」という作用効果を奏するように選択されることを規定したものであって,機能的な構成ということができる。
ところで,本件発明の特許請求の範囲には,「リニア偏光子と遅延プレートを含む,前記光線を偏光させる偏光手段」との記載はあるものの,偏光手段に含まれる遅延プレートの種類や光学的特性を具体的に特定する記載はなく,特許請求の範囲の記載からは,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得る」ための「偏光手段」と「層厚」との選択が具体的にどのような組合せのものを指すかを,特許請求の範囲の文言のみによって確定することはできない。
そこで,本件明細書(甲4)の発明の詳細な説明及び図面を参酌して,「相違点に係る構成」中の「偏光手段と層厚とが選択されている」との意義について,検討を加える。
イ 本件明細書(甲4)の記載事項(ア)本件明細書の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある。
@「本発明は,補償された複屈折性を備えたホメオトロピック構造を保有する液晶セルに関する。・・・らせんネマチック又は電界制御複屈折タイプの液晶はそれらがホメオトロピック構造にあるときで斜めから観察されるとき,それらのコントラストが悪化し,これは観察角が増大するに伴って増大し,このコントラストが逆になり得るという不利益を被る。本発明の目的は上記不利益を解消することを目的とする。」(2頁左欄38行〜右欄42行)A「本発明によれば,斜め方向からの観察時に,ホメオトロピック方向を通過する楕円偏光の光波に関しての不活性が停止され,コントラストの劣化につながる楕円偏光の光波が改変される。すなわち,所定の観察面に対してそのホメオトロピック構造における複屈折を補償することにより,観察面内で斜め方向から観察した場合でも,高いコントラストを得ることができる。例えば,この電界制御型複屈折セルの場合,70度ぐらいまでの観察角度に対して,コントラストが良好である。・・・より好ましくは,組立体の一側が入射平面波を受け入れ,少なくともその一側に入射平面波を偏光させる手段を備える一方,液晶層の厚さと各偏光手段とにより補償が協働して行われる。更には,前記組立体の両側に第1偏光手段と第2偏光手段と準楕円偏光子とからなり,ホメオトロピック方向に伝搬される入射平面波に対して相互補償性を有し,観察面がホメオトロピック方向に平行で,前記第1偏光手段と前記第2偏光手段とのそれぞれが前記観察面に対応して上方から斜めに入射する平面波に対して一種の楕円偏光を形成することが可能で,該楕円偏光の長軸は前記観察面に対して所定の角度を与えられ,前記液晶層の厚さは斜め方向から入射した平面波が当該液晶層を完全に横切ったときに,前記角度を相殺すべき厚さの2倍に等しいことを特徴とする。また,実施態様として,第1偏光手段と第2偏光手段とは,それぞれ,第1リニア偏光子と該第1リニア偏光子と前記組立体との間に設置の第1遅延プレートとからなる第1組と,第2リニア偏光子と該第2リニア偏光子と前記組立体との間に設置の第2リニア遅延プレートとからなる第2組とを含み,・・・前記遅延プレートは,各遅延軸が同一面の一方側に局在化されるようにして配置され,かつ,遅延プレートはホメオトロピック方向に対応して伝搬する入射平面波が相互補償される準円偏光子として振舞うように設定されていることを特徴とする。」(3頁左欄4行〜47行)B「第4図は第3図に記載の液晶セルに関連する本発明に係わる液晶セルを模式的に示す分解斜視図である。・・・この液晶セルは液晶層とガラスプレートとからなる組立体の両側に第1の直線偏光子21と第2の直線偏光子22とを有する。この直線偏光子21,22は共に板状である。直線偏光子21はガラスプレート19の側に設けられて入射光を受け入れる。液晶セルは更に第1遅延プレート23,第2遅延プレート24を有する。この第1遅延プレート23はガラスプレート19と直線偏光子21との間に位置される。第2遅延プレート24はガラスプレート20と直線偏光子22との間に位置される。直線偏光子21,22と遅延プレート23,24とはガラスプレート19,20に平行である。・・・遅延プレート23(24)は,その二つの中性軸,遅れ軸L (L )と進み軸R (R )の一方と12 12は直線Δに垂直であり,これらの中性軸によって形成される二等分線成分の一方が,かつ,実質的に直線偏光子21(22)の最大吸収軸P (P12 1)に直線Δに関して平行投影されるように位置される。他の進み軸R′(R ′)は直線Δに平行である。遅延プレートは同様にそれらの各2遅れ軸L ,L が平面Mを境にして互いに反対側に局在するように位置 12される。更に,遅延プレート23,24は,直線Δの方向に伝搬する入射平面波に関して,第1の直線偏光子と第1の遅延プレートとからなる組及び第2の直線偏光子と第2の遅延プレートとからなる組が互いに補償し合う準円偏光子として振舞うように選択される。」(3頁右欄31行〜4頁左欄28行)C「観察面P内の斜め入射の条件下で,ある定義が液晶層の複屈折性の補償に導くために,直線偏光子21,22と遅延プレート23,24とが組み合された液晶層18の厚さについて与えられる。この目的のため,平面P内の方向D(図3参照)の平面波と,互いに直交する座標軸X,Yからなる動座標(図5参照)が考慮される。その座標の交点Oは直線Δに属し,座標軸X,Yは互いに直線Δに垂直であり,座標軸Xは観察面Pに垂直である。このように,座標軸XYは直線Δに垂直な平面Nを定義する。座標軸Xと座標軸Xについて座標軸Yを角度iだけ回転させることにより演繹される座標軸Y′とからなる他の動座標が考慮される。・・・まず,角度iが零度に対応する特殊な場合として入射角ゼロについて,すなわち,ホメオトロピック方向に伝搬する平面波が考慮される。・・・第1遅延プレート23の出射側では,準円偏光若しくは円に限りなく近い楕円であり,その準円偏光は図6Bに示すように正方形Rpに内接され,その各辺は実質的に等しく隣合う辺はそれぞれ中央で軸Xと軸Yとに直交している。次に角度iがゼロでない場合(図3,図5の方向Dの平面波の場合)が考慮される。直線偏光子21を通過して第1遅延プレート23に入射する直前,平面波は直線偏光であり,・・・その直線偏光は長方形R′pに両対角方向の一方において内接され,長方形R′pの長辺と短辺との中央直交線から軸l ,r は構11成され,軸l1は図7Aに示すように軸Y′に関して角度uを形成する。
第1遅延プレート23を離れるに従って,斜め入射の条件で出射する平面波は楕円偏光され,その楕円偏光は長方形R′pに内接される。そ1 1 の楕円の長軸は図7bに示すように軸l に沿って延び,その短軸は軸rに沿って延びる。液晶層18のある厚さの方向へ平面波が伝搬するとき,楕円偏光の短軸と長軸とは軸Xと軸Y′に近づき,楕円の長軸と軸Y′との間の角度の値u′は図7Cに示すように値uよりも小さい。
このように,液晶層の固有の厚さe0があり,この液晶層の固有な厚さのもとで,楕円偏光の長軸と短軸とはそれぞれ軸Y′と軸Xとに局在化され,楕円の長軸と軸Y′との角度は図7Dに示すように結果的にゼロになる。本発明では,液晶層18の厚さは固有な厚さe0の2倍の採用されている。」(4頁左欄29行〜右欄27行)D「遅延プレートを製造するためには一軸媒体よりも二軸媒体の方が好ましい。液晶層の高い光学的厚さを補償するに対して適正化される。
進み軸R′ ,R′ は進み軸R1R2よりも進むように選択される。・・1 2・遅延プレート23,24は200マイクロメートルの厚さのセルローズ二酢酸帯状片から形成され,それは,入射角ゼロの条件のもとで約150ナノメーターの光路差遅れを得るようにして抽出される。液晶はシッフ基族から中から選択され,液晶層は約5ミクロンの厚さに製造される。その光学的異方性は0.2に等しい(重屈折率は0.2)。また,フェニルシクロヘキサン群から液晶を選択することもでき,10ミクロンの厚さの液晶層を製造し,光学的異方性を0.1とすることもできる。」(4頁右欄32行〜45行)E「図8は本発明に係わる電界制御複屈折タイプ液晶セルであって反射タイプの展開図である。この液晶セルは平行ガラス板26,27の間に位置する液晶層からなる。一方のガラス板26はその表面に直接液晶層に臨んで,透明電極26aが設けられている。他方のガラス板27はその表面に直接液晶層に臨んで金属が設けられており,それにより光学的反射電極が形成されている。液晶層は,電圧が両電極間に印加されないとき,両ガラス板に垂直なホメオトロピック方向のホメオトロピック構造を持つように配置される。図8に示された液晶セルは,また,ガラス板26,27に平行な板状の直線偏光子28を有し,入射光を受光するガラス板26の近傍で,遅延プレート29と共に,その直線偏光子28は両ガラス板と液晶層とからなる組立体の外側に配置されている。その遅延プレート29は直線偏光子28とガラス板26との間に配置され,この遅延プレート29は直線偏光子28とガラス板26とに平行である。・・・遅延プレート29はその二個の中性軸(それらはその遅延プレート29の進み軸R と遅れ軸L とに対応する)が直線Δに垂直でかつそれらによっ0 0て形成される角度の二等分線の一方が直線偏光子28上での直線Δに関して平行投影されるように位置され,最大吸収軸P0はその直線偏光子28上に示されている。更に,遅延プレート29は直線Δに沿って直線偏光子28に当たる平面波に関して円偏光子を形成するように選択される。液晶層25の厚さは・・・固有の厚さe0に等しく作られる。それから,光学的反射電極27aは,図8に示すように,図4に示すガラス板19,20に平行な対称面π1と同じ役割を有し,対称面π1は液晶層18を厚さe0の二分の1に細分する。このように,液晶層25の複屈折性が補償される。」(4頁右欄46行〜5頁左欄32行)F「四分の一波長板が好ましくは遅延プレート29の製造に用いられる。
直線偏光子28に当たる平面波で,金属電極27aで反射され,直線偏光子28から出て来る平面波の場合には,液晶層の複屈折性の補償,すなわち,当該直線偏光子28から離間する平面波の消光,は厳密に使用される遅延プレートの光学的遅れの4倍に等しい所定波長によって与えられる。遅延プレート又はプレートは分子の平行ホモジニアスな方位を有する追加の液晶セルの補助により実現される。図4,図8に関連して述べた複屈折性液晶層の補償は,いわゆる”外的”である。というのは,(それらの厚さという点を除いて)後者の作用なしにかつ液晶層の両側に適宜の手段を追加することによってもたらされるからである。」(5頁左欄32行〜46行)(イ)上記(ア)の記載と各図面(甲4)によれば,次の事実が認められる。
a本件明細書には,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように」するための「遅延プレート」と「液晶層厚」との関係について,「遅延プレート」は,直線偏光子により直線偏光した平面波が,入射角ゼロで遅延プレートに入射したときに,その出射側では「準円偏光又は限りなく円に近い楕円偏光」とされるものであること,「液晶層厚」は,上記直線偏光した平面波が上記遅延プレートに斜め入射したとき(入射角がゼロでないとき)には,その出射側では楕円偏光とされるが,その楕円の長軸と基準軸(Y’軸)との間の角度を,当該楕円偏光とされた平面波が液晶層を通過して出射したときに結果的に(相殺して)ゼロとなるもの(これを固有の厚さ「e0」という。)を選択すればよいことが記載されている。
b本件明細書には,本件発明に係る透過型の液晶セルの実施例(図4は,その分解斜視図)として,下から(平面波の入射側),直線偏光子21,遅延プレート23,ガラスプレート19,液晶層18,ガラスプレート20,遅延プレート24,直線偏光子22が順に平行に配置された透過型の液晶セルにおいて,遅延プレート23,24は,直線偏光子21と遅延プレート23とからなる組及び直線偏光子22と遅延プレート24とからなる組が互いに補償し合う準円偏光子として振舞うように設定され,液晶層18の層厚は「2eo」のものが採用されていること,具体的には,「入射角ゼロの条件のもとで約150ナノメーターの光路差遅れを得る」遅延プレートと,重屈折率(光学異方性)が0.1の場合には10ミクロン,重屈折率(光学異方性)が0.2の場合には5ミクロンの液晶層厚を組み合わせて選択することができることが記載されている。
c本件明細書には,本件発明に係る反射型の液晶セルの具体例(図8は,その斜視図)として,上から(平面波の入射側),直線偏光子28,遅延プレート29,ガラス板26,透明電極26a,液晶層25,光学的反射電極27a,ガラス板27が順に平行に配置された反射型の液晶セルにおいて,遅延プレート29は直線Δに沿って直線偏光子28に当たる平面波に関して「円偏光子」を形成するように選択し(すなわち,直線偏光子28と遅延プレート29とで構成する「円偏光子」を選択する。これにより,直線偏光子28により直線偏光した平面波が,入射角ゼロで遅延プレート29に入射したときに,その出射側では円偏光となる。),液晶層25の厚さは固有の厚さe0のものが使用されることが記載されている。そして,「円偏光子」を構成する遅延プレートは,光路差遅れが約四分の一波長となる「1/4波長板」であることは,技術常識に照らし自明であるから,遅延プレート29は「1/4波長板」である。
一方で,本件明細書には,本件発明に係る反射型の液晶セルに用いる遅延プレートの具体的な光学的特性や,「液晶層」の「重屈折率や厚み」については何ら記載されていない。
上記aないしcを総合すると,本件明細書には,反射型の液晶セルの具体例(図8)として,直線偏向子(リニア偏光子)と1/4波長板の遅延プレートとで構成される「偏光手段」と,透過型の液晶層厚(「層厚2e0」)の1/2である「層厚e0」のものが記載されていることが認められ,反射型液晶セルの具体例について必要とされる液晶層のリタデーション(「重屈折率×液晶層厚」)は,透過型の半分の「0.5」であるから,反射型の液晶セルにおいて,「1/4波長板」の遅延プレートと,液晶層厚「e0」,すなわち,液晶層のリタデーションが「0.5」となる液晶層厚を選択したものが開示されていると解される。
そうすると,「1/4波長板」の遅延プレートと,液晶層のリタデーションが「0.5」となる液晶層厚を選択したものは,本件発明の「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と層厚とが選択されている」の構成に含まれるものとして開示されているということができる。
(ウ)もっとも,「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得る」ための要素としては,「液晶層厚のリタデーション」の他にも「偏光手段のリタデーション」も考えられる。しかし,本件明細書には,「遅延プレートを製造するためには一軸媒体よりも二軸媒体の方が好ましい。液晶層の高い光学的厚さを補償するに対して適正化される。」との記載があるものの(前記(ア)D),遅延プレートの光学的特性や,偏光手段のリタデーションに関する具体的な記載はないこと,図8に図示された反射型の液晶セルの遅延プレートは「一軸媒体」のもののみが記載され,「二軸媒体」のものについての記載はないことに照らすならば,本件明細書から,反射型の液晶セルに関する偏光手段のリタデーション(遅延量)について,何らかの考慮要素等を示していると解することはできない(なお,この点に関し,審決においても,被告(請求人)の昭和62年改正前の特許法36条4項の適合性違反(特許請求の範囲の記載不備)の無効理由の有無に係る判断中で,「そもそも本件明細書には本件発明の液晶装置を斜め方向から見た時のコントラストに及ぼす偏光手段のリタデーション(遅延量)については何ら開示されていないのであるから,その量についてまで考慮することには無理があり,本件発明の射程の範囲外と解するのが相当である。」(審決書29頁27行〜31行)とし,偏光手段のリタデーション(遅延量)等については,特許請求の範囲の記載において規定されていないとの前提に立った上で,本件発明に記載不備の瑕疵がないと判断している。)。
そうすると,刊行物2記載の反射型液晶セルと本件明細書記載の反射型の液晶セルの同一性を判断するに際しては,偏光手段のリタデーション(遅延量)を考慮要素とすることなく判断するのが相当である。
(2) 刊行物2(甲2)の記載事項ア(ア)刊行物2(甲2)には,次のような記載がある(審決書16頁19行〜18頁15行)。
@「この論文はネマチック液晶の電界誘導再配列を報告する。負の誘電異方性を有する薄いネマチックフィルムは,最初はホメオトロピックである。」A「透過モード[図2(a)]において,電気光学装置はPockelセルまたはKerrセルのように,一対の直線偏光アナライザーの間に置かれている。有用な処理は,偏光子を交差させる(cross)ことである。装置が閾値よりも低いときは,これは光透過の消滅(バルブの締切り)となる。閾値より高いときは,装置の複屈折は増加し,光透過が高まり,バルブを開ける。動作の反射モード[図2(b)]は光入射表面における円偏光子を必要とする。ミラーを装置の後ろに置くことができ[図2(b)],または装置の2番目の電極は反射型とすることができる。円偏光子は1/4波長板の上の直線偏光子により構成される。入力直線偏光は1/4波長板に沿った直交の成分αをおよびβを有している。位相差板を通じたその最初の作動においてβはαに対して90°の遅延を被る。ネマチック・フイルムは閾値以下のときは,如何なる相対的シフトも導入しないし,ミラーもまたαおよびβの位相を同等に扱うものである。反射後かつ位相差板を経たその2回目の伝播(trip)の後,βは更なる90°の相対的遅延を受ける。従って,合成直線偏光α+(-β)の光は直線偏光子に戻り,そして当初の偏光α+(-β)に直交するために吸収される,即ち,バルブが閉鎖される。閾値を越えていると,フィルムがβにさらに位相遅れを生じさせる。そのため,直線偏光子に戻った光線は,直線偏光ではなく楕円偏光しており,光はバルブを通過する。」B「薄いネマチック・フィルムは平行する電極プレートの間に挟まれている。フィルムの厚さは1/4ミル(6.3μm)かまたは1/2ミル(12.5μm)のいずれかであり,電極は透明電導酸化インジュウム(1平方シート抵抗50Ω)で皮膜された平板ガラスにより構成されている。」C「白色光のコリメートされた10-mmビームを偏光子に垂直に入射させながら,偏光方向が交差する方向に固定された1対のリニア偏光子の間で,サンプルを傾斜させることによって,光バルブの視野角領域を決定した。これによってネマチックフイルムヘの垂直でない入射が与えられる。入射光線は投射平面に対して45°に偏光されている。サンプル6.3Bおよび12.5Cのデータは,9図に記載され,傾斜角度の関数としての透過光強度を示している。」D「図9からは[on]および[off]状態の間の光学的コントラスト比は,6.3μmサンプルの場合20°の円錐内で100/1より大きく(最大400/1),12.5μmサンプルの場合11°の円錐内で100/1より大きい。この結果を1/8ミルのサンプルに外挿すると,3.1μmの装置については40°の視野角が予想される。」E「反射光バルブは,透過型バルブと同じコントラストおよび視界範囲を有している。サンプル6.3Bの結果は象徴的である。このサンプルはアルミ化されたミラーの背部表面に接触し,かつ表面をポラロイドHNCP37円偏光子で覆ったモード[図2(b)]で操作された。
He-Neレーザー光線はバルブに斜めに入射され,光検知器は鏡面反射ビームを収集するために位置している。レーザー・ビームは入射平面に対して45°に偏光されている。反射強度はバルブの[on]および[off]の状態の双方における幾つかの入射角で計測された。平常の入射角ではon状態のバルブの反射率はバルブに入射する光強度に対して32%であった。光学on/offコントラスト比は平常の入射角で145/1であった。入射角がいずれかの方向に増加すると,コントラスト比は減少し,入射角度が±9°で100/1に落ちる。反射および透過バルブにつき同様な結果が期待できる,何故ならば,反射バルブは,半波長板(2分の1波長板)が挿入された2つの平行直線偏光子を有している透過バルブと同等であるからである。」F「光学異方性n -n は図5および式(7)からのネマチック混合物 e0Cにつき決定された。図5において,我々はネマチック配列の角度θは印加電圧が29V(第5番目のミニマム)に上昇したときθ≒90°で飽和すると想定する。図5におけるθの飽和は,式(3)および(4)を使用してδ対Vをプロットすることにより確証できる。更に,通常の入射については式(10)θ=ψmにより飽和は予想されている。従って,sin2θ≒1,s=5,λ=0.633μmおよびd=12.5μmとすると,式(7)からはn -n =0.25とe0認められる。」G「図9からは,1〜5μm範囲のより薄いフイルムは広い角度視界範囲を与えることが推論できる。ディスプレイ応用における視界範囲の重要さのために,より薄い装置は更なる研究に値する。」(イ)上記(ア)の認定事実及び各図面(甲2)を総合すれば,刊行物2には,@図2(b)に反射型光バルブ(反射型の液晶セル)として,アルミ化されたミラーに背面を接触させ,かつ,前面をポラロイドHNCP37円偏光子で覆ったものが記載されていること(このポラロイドHNCP37円偏光子が,「直線偏光子と一軸異方性媒体からなる1/4波長板によって構成」されていることは,当事者間に争いがない。),Aこの反射型光バルブにおける液晶層の光学異方性(n -en )は0.25であること,その液晶層厚が6.3μmの場合(サン 0プル6.3B)に,光の入射角を±9°とすると,コントラスト比が145/1から100/1に低下したこと,B図9には,透過型光バルブにおいて,液晶層厚が6.3μm(1/4ミル)の場合(サンプル6.3B),20°の円錐内でコントラスト比が100/1より大きく(最大400/1),12.5μm(1/2ミル)の場合(サンプル12.5C),11°の円錐内で100/1より大きく,この結果を1/8ミルのサンプルに外挿すると,3.1μmの装置については40°の視野角が予想される旨の記載があること,C「図9からは,1〜5μm範囲のより薄いフイルムは広い角度視界範囲を与えることが推論できる。ディスプレイ応用における視界範囲の重要さのために,より薄い装置は更なる研究に値する。」との記載があること(上記(ア)G),D「反射および透過バルブにつき同様な結果が期待できる,何故ならば,反射バルブは,反射バルブは,半波長板(2分の1波長板)が挿入された2つの平行直線偏光子を有している透過バルブと同等であるからである。」との記載があること(上記(ア)E)が認められる。
イ上記アのとおり,刊行物2には,「反射型バルブは,半波長板(2分の1波長板)が挿入された2つの平行直線偏光子を有している透過バルブと同等」であるが,「反射および透過バルブにつき同様な結果が期待できる」と記載されているとおり,反射型の液晶セルは,入射光線が液晶層を2回通過し,透過型の1/2の層厚の時に同等の結果となることは明らかであるから,図9に示された透過型の液晶セルについて「1〜5μm範囲のより薄いフイルムは広い角度視界範囲を与えること」が示唆されている以上,反射型の液晶セルにおいても同様に,「1〜5μm範囲」のものが,より広い角度視野範囲を生じさせることが開示されていると解される。
そうすると,刊行物2には,「円偏向子」(直線偏光子と一軸異方性媒体からなる1/4波長板)と,「光学異方性を0.25とする液晶層」とを有する反射型液晶セルにおいて,液晶層の「層厚」を「1〜5μm範囲」で選択することにより広い角度視野範囲を生じさせることが開示されていると解される。
(3) 小括前記(2)によれば,刊行物2には,「円偏向子」(直線偏光子と一軸異方性媒体からなる1/4波長板)と,「光学異方性を0.25とする液晶層」とを有する反射型液晶セルにおいて,液晶層の「層厚」を「1〜5μm範囲」で選択することにより広い角度視野範囲を生じさせるとの技術思想が開示されており,この「層厚」の範囲の液晶層のリタデーション(「重屈折率(光学異方性)×液晶層厚」)は「0.25〜1.25」(計算式0.25×1〜0.25×5)の範囲内にあり,「0.5」のものを含むことが認められる。そうすると,刊行物2には,偏光手段として「円偏光子」と,「液晶層のリタデーションが0.5となる層厚の液晶層」とを選択した反射型液晶セルの発明が記載されているものと認められる。
そして,前記(1)イ(イ)で認定したとおり,反射型の液晶セルにおいて,「1/4波長板」の遅延プレートと,液晶層のリタデーションが「0.5」となる液晶層厚を選択したものは,本件発明のいう「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができるように,前記偏光手段と層厚とが選択されている」ものに該当することに照らすならば,刊行物2記載の反射型の液晶セルは,本件発明に含まれるものと解される。
これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
2 原告の主張に対する判断(1)原告は,@本件発明においては,組み合わせて用いられている液晶層厚と偏光手段との選択が解決課題であるから,本件発明と刊行物2発明を対比する場合には,組み合わせて用いられている液晶層及び偏光手段を比較すべきであり,液晶層厚のみを切り離し,液晶層のリタデーション値を比較するのは妥当を欠く,A刊行物2には,1〜5μmの液晶層と組み合わせ使用された偏光手段も,偏光手段の光学異方性その他の物性値の記載も一切なく,液晶層の複屈折を偏光手段により補償する関係にあるかどうか,これが斜め方向からの観察においてコントラストを向上していることについて確認できる記載は一切ないから,刊行物2記載の偏光手段は,特定の液晶層厚との組合せにおいて本件発明の特徴的構成を充たすような選択はされていない,B刊行物2記載の反射型液晶セルの遅延プレートと本件明細書記載の反射型液晶セルの遅延プレートが「1/4波長板」である点で一致するとしても,「1/4波長板」は,「面内遅延」が「1/4波長」であることを規定するにすぎず,斜め方向から入射する光の偏光状態は,「面内遅延」のみではなく,「面外遅延」及びその他のパラメータにより影響されるものであるから,「面外遅延」をも考慮しないと,両者が同じ光学特性を有するものとはいえないなどと主張する。
しかし,原告の上記主張は,いずれも理由がない。
すなわち,本件明細書においては,本件発明でいう「所定の観察面内で斜め方向から観察を行う場合に前記液晶層の複屈折を補償して鮮明なコントラストを得ることができる」作用に影響する「遅延プレート」の光学特性としては,前記1(1)イ(イ)認定のとおり,「直線偏光した平面波が入射角ゼロの場合に,遅延プレートの出射側において準円偏光又は限りなく円に近い楕円偏光となるもの」のみが開示されていること,本件発明の「遅延プレート」の具体例としては,「入射角ゼロの条件のもとで約150ナノメーターの光路差遅れを得る遅延プレート」,あるいは,「1/4波長板」が挙げられているのみであって,斜めに入射した光線が「遅延プレート」の「面外遅延特性」によって受ける影響や,それに伴う液晶層厚の調整方法については何ら開示がない。
そうすると,本件明細書の記載からは,本件発明に用いられる「遅延プレート」に求められている「光学特性」の具体的な内容としては,「直線偏光した平面波が入射角ゼロの場合に,遅延プレートの出射側において準円偏光又は限りなく円に近い楕円偏光となるもの」,すなわち,「1/4波長板」(反射型液晶セルにおける「円偏光子」)の光学特性のみであり,それ以外の「光学特性」,すなわち原告の主張に係る「面外遅延」などを考慮するのは相当でないといえる。
もっとも,前記1(1)イ(ウ)で述べたとおり,本件明細書には,「遅延プレートを製造するためには一軸媒体よりも二軸媒体の方が好ましい。」との記載があるが,反射型の液晶セルにおいて遅延プレートとして図示されたものは「一軸媒体」のものであり,「二軸媒体」のものについての具体的な記載はなく,面外遅延に言及した記載もない。そうすると,本件発明について,「一軸媒体」からなる「遅延プレート」を除外して理解する余地はなく,また,「一軸媒体の1/4波長板」にあっては,面内遅延は約1/4波長の光路差遅れを有し,しかも,面内遅延(R )と面外遅延(R0)とは所定の関係(R=R /2)にあり,面内遅延とは別に面外遅延 th th0による影響を考慮する必要がないことに照らすならば,刊行物2記載の反射型の液晶セルの遅延プレート(1/4波長板)と本件明細書記載の反射型液晶セルの遅延プレート(1/4波長板)とは同じ光学特性を有するものであり,実質的に同一であると解して差し支えない。
以上のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
(2)原告は,@本件発明に基づき,特定の遅延プレートとの組合せで補償するように選択された層厚において,最も高いコントラストのピークが見られ,例えば,4μm層厚の液晶層でも,許容範囲のコントラスト(例:40/1)で,観察方向傾斜角70°(視野角140°に相当)でも鮮やかなコントラストを得ることができ,このように本件発明に基づいて使用された遅延プレートが液晶層の厚さに適合するならば,コントラスト及び視野角を劇的に改善するという顕著な作用効果を奏するのに対し,刊行物2では,許容範囲のコントラストで層厚の調整のみで拡がる視野角は,ごく僅かであって,実質的に正面からの観察と大差はなく,本件発明のような顕著な作用効果を奏するものではない,A刊行物2記載の反射型の液晶セルのパラメータを利用して行ったシミュレーション(甲12,14)によれば,上記液晶セルに使用された偏光手段において,斜め方向から見た場合に鮮明なコントラストを得るために最適な液晶層の層厚は約0.22〜0.24μmであることを示しているところ,本件出願時の技術では,1μm未満の層厚のものを作ることは実現不能であって,刊行物2で使用された偏光手段と組み合わされるべき液晶層厚は実用上利用可能なものはなかったものであるから(甲14),刊行物2記載の反射型の液晶セルで使用された偏光手段において,斜め方向から見た場合に鮮明なコントラストを得るために適合する液晶層厚は,刊行物2で開示された1〜5μmの範囲内にはないと主張する。
しかし,そもそも本件明細書に,本件発明で選択される遅延プレートの光学的特性や,偏光手段のリタデーションに関する具体的な記載がなく,いかなる遅延プレートを選択すべきかに関して具体的な記載がないので,本件発明と刊行物2記載の反射型の液晶セルとの作用効果の異同について,およそ比較対比することができない。本件発明の具体的な作用効果に係る原告の上記主張は,本件明細書に基づくものといえず,採用の限りでない。
また,刊行物2記載の反射型液晶セルの液晶層厚が1μm,5μmについてのシミュレーション結果(甲12)によれば,液晶層厚が1μm又は5μmとした場合には,本件発明の「補償」するとの作用効果を奏しないことが示されているが,同シミュレーション結果をもって,1μm〜5μmのすべての範囲において,本件発明の「補償」するとの作用効果を奏しないということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
3 結論以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大鷹一郎
裁判官 上田洋幸