運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2005-80332
関連ワード 発明者 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 18年 (行ケ) 10402号 審決取消請求事件
原告船 井電機株式会社
訴訟代理人弁護 士安江邦治
訴訟代理人弁理 士渋谷和俊
被告大宇電子ジャパン株式会社
訴訟代理人弁護 士牧野利秋
同 矢部耕三
同 花井美雪
同 河野祥多
訴訟代理人弁理 士大塚就彦
同 西山文俊
同 松山美 奈子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/06/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2005-80332号事件について平成18年7月31日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が有する後記特許の請求項1について,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が上記特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする旨の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成4年2月28日,名称を「ビデオ装置及び映像装置」とする発明について特許出願(特願平4-79224号。優先権主張平成3年11月6日日本)をし,平成11年4月30日に,特許第2921538号として設定登録を受けた(請求項の数9,以下「本件特許」という。特許公報は甲2)。
これに対し被告は,平成17年11月21日付けで本件特許の請求項1について無効審判請求を行ったところ,特許庁はこれを無効2005-80332号事件として審理した上,平成18年7月31日,「特許第2921538号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(甲1)をし,その謄本は平成18年8月8日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件特許の請求項1は,次のとおりである(以下「本件発明」という。)。
「【請求項1】回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり,該回路基板の上方にビデオ機構部品搭載用シャーシが略平行に配置され,かつ該ビデオ機構部品搭載用シャーシ上にビデオ・ヘッド・シリンダが搭載されたビデオ装置であって,前記高周波トランスは,その高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を前記回路基板の面に対して水平となるように配置し,該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成したことを特徴とするビデオ装置。」(3) 審決の内容ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件発明は,下記の各文献に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明することができた,というものである。
記・特開平1-245597号公報(以下「甲5公報」といい,同公報に記載された発明を「引用発明」という。)・特開昭58-30291号公報(以下「甲3公報」という。)・実願昭55-111406号(実開昭57-35015号)のマイクロフィルム(以下「甲4公報」という。)イなお審決は,引用発明の内容,同発明と本件発明との一致点及び相違点を,次のとおり認定している。
〈引用発明の内容〉「プリント基板10上に,スイッチング用トランジスタとスイッチング波形平滑用のコイル6と平滑用コンデンサとを含むスイッチング電源が設けてあり,該プリント基板10の上方にメカ基板12が略平行に配置され,かつ該メカ基板12上にテープ走行機構及び回転シリンダ11を固定された磁気記録再生装置であって,前記平滑用コイル6をシールドケース9で密封状態とするとともに,シールドケース9と同一または略同一形状で,シリンダ11,ヘッドアンプ13,フレキシブル線材15,16に対面する部分に材質の異なるシールド材14(パーマロイ等の強磁性体)を接着して2重にシールドした磁気記録再生装置。」〈一致点〉「回路基板上にスイッチング電源回路が設けてあり,該回路基板の上方にビデオ機構部品搭載用シャーシが略平行に配置され,かつ該ビデオ機構部品搭載用シャーシ上にビデオ・ヘッド・シリンダが搭載されたビデオ装置。」〈相違点〉「スイッチング電源回路」に関し,本件発明においては,高周波トランスを含むものであり,この高周波トランスはその高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を回路基板の面に対して水平となるように配置するものであり,該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成するものであるのに対し,引用発明においては,このことについて示されていない点。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決の判断には,出願当時の当業者の技術常識を無視した結果,相違点の認定を誤り,相違点について誤った判断をしたから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(相違点の認定の誤り)(ア)審決は,別添審決写しのとおり,本件発明の構成を次のとおり分説している。
「(A) 回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり,該回路基板の上方にビデオ機構部品搭載用シャーシが略平行に配置され,かつ該ビデオ機構部品搭載用シャーシ上にビデオ・ヘッド・シリンダが搭載されたビデオ装置であって,(B) 前記高周波トランスは,その高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を前記回路基板の面に対して水平となるように配置し,(C) 該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成したことを特徴とするビデオ装置。」しかし,審決の上記分説は,相互に密接不可分な関係性を有する構成(B)と構成(C)を分離して分説している点で誤っている。したがって,本件発明の構成は,次のとおり分説すべきである。
「A回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり,該回路基板の上方にビデオ機構部品搭載用シャーシが略平行に配置され,かつ該ビデオ機構部品搭載用シャーシ上にビデオ・ヘッド・シリンダが搭載されたビデオ装置であって,B’ 前記高周波トランスは,その高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を前記回路基板の面に対して水平となるように配置し,該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成したことを特徴とするビデオ装置。」(イ)ところで,本件発明は,高周波トランスの高周波磁束を生じるコア・ギャップの面を回路基板に対して水平になるように配置し,高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するようにしたことにより,高周波トランスからのノイズを最小に押さえ,高周波トランスからのノイズをビデオ・ヘッド・シリンダが拾うという欠点を解消するというものであって,「前記高周波トランスの回りを磁気シールドする必要もない」(甲2の3頁右欄45行〜46行)という記載から明らかなとおり,磁気シールドによらずにノイズ対策をしようとするものである。
これに対し,引用発明は,「シールドケースを2重構造にすることにより,スイッチングノイズを防止するようにした磁気記録再生装置を提供する」(甲5公報の2頁右上欄3行〜5行)ものであって,シールドケースを2重構造にしてシールドを強化するノイズ対策を行っている。
したがって,本件発明と引用発明とのノイズ対策手法は正反対である。審決は,この点を看過している。
イ 取消事由2(相違点についての判断の誤り)(ア) 判断の脱漏審決は,上記アのとおり,本件発明と引用発明との相違点を正しく認識せず,本件発明と引用発明との間に,そのノイズ対策手法において正反対の思想が採用されている点を看過している。このように,本件発明と引用発明とのノイズ対策手法が正反対の技術思想である点を相違点に含めることなく,相違点の検討を行っている審決の判断には,脱漏がある。
(イ) 相違点についての判断の誤りa審決は,松下電器産業株式会社奥田吉秋ほか著「新技術搭載スーパーVHSビデオ松下電器積層形アモルファスヘッド搭載NV-FS900」テレビ技術1990年2月号(電子技術出版株式会社)19頁〜29頁(甲6),東北リコー株式会社大内二郎著「高周波スイッチング電源」電子技術1990年11月号(日刊工業新聞社)53頁〜55頁(甲7)の記載に関する認定を行っている(10頁下6行〜11頁3行)が,甲6,甲7についての考察を全くすることなく,本件発明と引用発明との相違点について判断している。
しかし,甲6,甲7から認められる本件発明の出願時の次の技術常識を考慮すべきである。審決は,この技術常識を考慮することなく誤った結論に至っている。
(a)本件発明の出願当時,据置型ビデオ装置において,AC商用電源入力のスイッチング電源回路が広く用いられていたが,当該スイッチング電源回路の据置型ビデオ装置への搭載形態としては,弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納された状態で,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板とは独立して搭載される構造のものしか存在しなかった。このような構造のビデオ装置の一例が,甲6のビデオデッキ装置である。甲6のビデオデッキ装置においては,AC商用電源入力の電源回路が弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納された状態でビデオデッキ装置の後方中央に配置されている(甲6の第2図参照)。
(b)本件発明の出願当時,高周波スイッチング電源は,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板とは独立している,いわゆる電源パッケージであった。甲7には,その電源パッケージが記載されている(甲7の図2参照)。
(c)据置型ビデオ装置において,AC商用電源入力のスイッチング電源回路を,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は,本件発明者が最終アッセンブルメーカーで一貫生産するという考え方を導入するまでは存在しなかった。
(d)なお,被告は,「Service Manual Panasonic OmnivisionPV-1230 PV-1222 PV-1225」(Vol.4)4-13,14頁(乙2)に基づく主張をしているが,このマニュアルに記載されている据置型ビデオ装置は,電源装置が電磁シールドで囲われているので,技術思想としては,電源装置が弁当箱形状の電磁シールドケースに覆われた据置型ビデオ装置と何ら異なるところがない。したがって,このマニュアルは,甲6のビデオデッキ装置と同じように,スイッチング電源回路が,弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納された状態で,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板とは独立して搭載される構造のものしか開示していない。
b審決は,「VTR等の磁気記録再生装置(ビデオ装置)の電源回路として,高周波トランスを含むスイッチング・レギュレータ回路を使用することは,特開昭61-79393号公報,特開昭63-253866号公報,及び,特開昭64-12859号公報にもみられるように本件の出願前にごく周知の技術にすぎない。」(12頁22行〜25行)と認定している。
しかし,この審決の認定は,上記aで述べたとおり,本件発明の出願当時,ノイズレベルが大きいAC商用電源入力のスイッチング電源回路(特開昭61-79393号公報,特開昭63-253866号公報及び特開昭64-12859号公報にみられるスイッチング電源回路)に関しては,弁当箱形状の電磁シールドケースに収納することでノイズ対策を施すことが技術常識であって,据置型ビデオ装置において,AC商用電源入力のスイッチング電源回路を,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は存在しなかった点を看過している。
c審決は,「また,甲第13号証(判決注甲4公報)には,DC-DCコンバータ(スイッチング・レギュレータ)に用いる高周波トランスのE-I形コアのギャップ面をプリント基板に平行に配置して取り付けることが記載されており,基板に対するこのようなコアの取付け方はごく通常の態様である。」(審決12頁26行〜29行)という。
上記aで述べた点,すなわち,本件発明の出願当時,ノイズレベルが大きいAC商用電源入力のスイッチング電源回路に関しては,弁当箱形状の電磁シールドケースに収納することでノイズ対策を施すことが技術常識であって,据置型ビデオ装置において,AC商用電源入力のスイッチング電源回路を,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は存在しなかった点を考慮すると,「基板に対するこのようなコアの取付け方はごく通常の態様である。」(審決12頁28行〜29行)とされる「基板」には,「弁当箱形状の電磁シールドケース内の電源用基板」は含まれるが,「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」は含まれない。
審決は,「基板に対するこのようなコアの取付け方はごく通常の態様である。」(審決12頁28行〜29行)の「基板」に「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」が含まれない点を看過している。
d審決は,「してみると,磁気記録再生装置をその対象とする引用発明において,電源回路として,スイッチング用トランジスタとスイッチング波形の平滑用コイルと,平滑用コンデンサとを含むスイッチング電源に替えて,単に,上記周知の高周波トランスを含むスイッチング・レギュレータ回路を使用し,該回路に用いる高周波トランスのコアのギャップ面をプリント配線基板に対し平行に配置する程度のことは当業者が容易に想到できたものである。」(12頁下6行〜下1行)と判断している。
しかし,引用発明はカメラ一体型等の磁気記録再生装置すなわちモバイル型のビデオ装置を対象にしており,その電源回路は,バッテリ入力の電源回路すなわち数Vあるいは十数VのDC電圧入力のスイッチング・レギュレータ回路である(甲5公報の1頁右欄20行〜2頁左上欄1行参照)。これに対して,「上記周知の高周波トランスを含むスイッチング・レギュレータ回路」(審決12頁下4行〜下3行)はAC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路であるから,審決の上記判断に係る電源回路の置換えは,本件発明の出願当時の技術常識に反することである。したがって,審決の上記判断には誤りがある。
ここで,本件発明の出願当時の技術常識を念頭において,審決の上記判断に係る電源回路の置換えを実行する場合を考えることにする。
この場合,@AC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路は,数Vあるいは十数VのDC電圧入力のスイッチング・レギュレータ回路と比べて,ノイズレベルが格段に大きいこと,A上記aで述べたとおり,本件発明の出願当時,ノイズレベルが大きいAC商用電源入力のスイッチング電源回路に関しては,弁当箱形状の電磁シールドケースに収納することでノイズ対策を施すことが工場あるいは市場での不測のトラブルを避ける為の技術常識であったこと,の2点を考慮する必要がある。この2点に加え,上記アで述べたように引用発明がシールドを強化するノイズ対策を採用していることも考え併せると,審決の上記判断に係る電源回路の置換えを実行する場合,AC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路を引用発明の「プリント基板10」上に設けず,弁当箱形状の電磁シールドケースに収納して,「プリント基板10」とは独立して搭載することになり,審決が認定した「回路基板上にスイッチング電源回路が設けてあり」(12頁3行)という一致点は,本件発明の出願当時の技術常識に反するものということになる。したがって,審決の上記判断には誤りがある。
また,上記cで述べたとおり,審決は,本件発明の出願当時の技術常識を無視するが故に,「基板に対するこのようなコアの取付け方はごく通常の態様である。」(審決12頁28行〜29行)の「基板」に「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」が含まれない点を看過している。このため,審決は「高周波トランスのコアのギャップ面をプリント配線基板に対し平行に配置する程度のことは当業者が容易に想到できたものである。」(12頁下2行〜下1行)」という誤った判断に至ったのである。
e審決は,「その場合,回転シリンダ(ビデオ・ヘッド・シリンダ)のヘッド・ギャップの面が,プリント配線基板(回路基板)と平行に設けられるメカ基板(ビデオ機構部品搭載用シャーシ)に対してほぼ垂直の方向に設けられることがごく通常の態様であることを考えると,スイッチング電源の高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記回転シリンダ(ビデオ・ヘッド・シリンダ)のヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成されることは明らかである。」(13頁1行〜7行)と判断している。
しかし,上記dで述べたとおり,審決の上記dの判断に係る電源回路の置換えは,本件発明の出願当時の技術常識に反することである。
このため,審決の上記判断の「その場合」は,本件発明の出願当時の技術常識に基づく発想からは起こり得ないものであり,審決の上記判断はその前提からして誤っている。
また,上記dで述べたとおり,審決の上記dの判断に係る電源回路の置換えを実行する場合,高周波トランスは弁当箱形状の電磁シールドケースに収納されることになり,電磁シールドケース内の電源用基板上に設けられることになる。そして,電磁シールドケース内の電源用基板とメカ基板(ビデオ機構部品搭載用シャーシ)との位置関係は一つに定まるものではなく,また,この点について審決は何ら検討していないため,「スイッチング電源の高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記回転シリンダ(ビデオ・ヘッド・シリンダ)のヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成されることは明らかである。」(審決13頁4行〜7行)ということにはならない。
f甲3公報の発明は,「遅延素子のコイル軸線とフライバック・トランスからの磁束とが直交するようにして,シールドケースなどのシールド部材を使用せずとも遅延素子がフライバック・トランスに対して磁気的に結合しないようにした遅延素子の配置構造を提供する」(甲3公報の2頁右上欄6行〜11行)ことを技術課題とするものである。すなわち,テレビ受像機においてノイズ対策を行うものである。
ここで,テレビ受像機において,遅延素子がフライバック・トランスに対して磁気的に結合した場合に発生するノイズは「水平妨害縞成分」(テレビ受像機の画面上に明暗の縦縞模様が現れるノイズ)といわれるものである(甲3公報の2頁左上欄4行〜16行参照)。これは,「リンギング成分」(通常,水平同期信号(NTSC方式では15.75kHz)の数十倍から数百倍である約500kHzから5MHz)が,輝度信号(数Hzから5MHz)に対して影響を及ぼすことにより発生するノイズである(甲3公報の2頁左上欄13行〜16行)。
一方,本件発明の対象たるビデオテープ記録再生装置において,ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップによって高周波トランスからの高周波漏れ磁束がピックアップされた場合に発生するノイズは,色信号に影響するものであり,該ビデオテープ記録再生装置に接続されたモニター画面上には,不規則に動くノイズが発生し,見るに耐えない状態となる。これは,高周波トランスの発振周波数(通常70kHzから170kHz)の数倍のノイズ成分が,低域変換された色信号(NTSC方式では629kHz)に対して影響を及ぼすことにより発生するノイズである。
また,ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップは,磁気テープに記録された極めて微少な磁気を読み取るものであって,ノイズの影響を極めて受けやすいものであるのに対し,甲3公報の「遅延素子1」はコイルの周囲が金属で覆われたものである(甲3公報の第1図に「アース端子4」が示されていることから,シールドが施されていることは当業者には自明である)から,比較的ノイズの影響を受けにくいものである。
このように,甲3公報に開示されたノイズ対策と本件発明のノイズ対策とでは,ノイズ成分の磁力線方向とノイズを受ける対象の磁力線方向を直交させるという点で共通しているものの,対策の対象となるノイズ成分も異なれば,実際にノイズの影響を受けた場合の問題の深刻さも異なっている。さらに,甲3公報のフライバック・トランスは,ブラウン管駆動のための昇圧用トランスであるから,本件発明の高周波トランスとは異なる。
上記aで述べたとおり,本件発明の出願当時の技術常識として,ノイズレベルが大きいAC商用電源入力のスイッチング電源回路に関しては,弁当箱形状の電磁シールドケースに収納することでノイズ対策を施すことが技術常識であったため,甲3公報に開示されたノイズ対策を,「フライバックトランス」を「高周波トランス」に置換し,「遅延素子」を「ビデオ・ヘッド・シリンダ」に置換した上でビデオテープ記録再生装置においても用いることができることを見い出したこと自体,当業者にとって容易であったとはいえない。
したがって,甲3公報の「フライバック・トランス」と本件発明の「高周波トランス」との差異,甲3公報の「遅延素子」と本件発明の「ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップ」との差異を全く無視した審決の「甲第12号証(判決注甲3公報)にもみられるように,トランスの磁束を生ずるコア・ギャップの面を基板に対して平行となるように配置して素子の作用磁束と略直交させれば,トランスからの磁束による素子に対する磁気的影響を抑制できることは明らかである」(13頁12行〜15行)との認定は誤りであり,また,「引用発明において,上記のように,電源回路として周知の高周波トランスを含むスイッチング・レギュレータ回路を用いた場合,スイッチング電源の高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記回転シリンダ(ビデオ・ヘッド・シリンダ)のヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成されることにより,該高周波トランスからの磁束による回転シリンダ(ビデオ・ヘッド・シリンダ)に対する磁気的影響を抑制できることは技術上当然予測しうる作用効果と言うべきである。」(13頁15行〜22行)との審決の判断も誤りである。
gなお,被告は,原告が本件特許の米国対応特許の審査過程において提示したパナソニックのPV-1231及びPV-1225に基づく主張をしているが,これらは,電源装置が弁当箱形状の電磁シールドケースと同等機能の電磁シールドで囲われたものである。したがって,パナソニックのPV-1231及びPV-1225は,「弁当箱形状の電磁シールドケースと同等機能の電磁シールドが設けられている回路基板」に対する高周波トランスの取り付け方を教示しているにすぎないから,それらから本件発明を容易に想到することができるということはない。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論(1) 取消事由1に対し原告は,審決は,本件発明が磁気シールドによらないノイズ対策であるのに対して,引用発明は磁気シールドによるノイズ対策を行っており,ノイズ対策手法が正反対である点を看過している,と主張する。
しかし,本件特許請求の範囲の請求項1には,磁気シールドを廃止する旨の限定はなく,請求項4において初めて「磁気シールドが存在しない」旨の限定を付しているのであるから,請求項1には「磁気シールドが存在する」態様も含まれており,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。本件発明と引用発明とのノイズ対策手法が正反対であるとはいえない。
また審決は,本件発明が「高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直行するように構成する」ものであるのに対して,引用発明ではこのことについて示されていない点を相違点として認定している。したがって,審決は,磁気シールドによらないノイズ対策を行う引用発明の構成について相違点として認定しているのであるから,原告の主張は誤りである。
(2) 取消事由2に対しア 判断の脱漏の主張につき上記(1)のとおり,審決における相違点の認定に誤りはないから,審決に判断の脱漏はない。
イ 相違点についての判断の誤りの主張につき(ア)原告は,本件発明の出願当時,AC商用電源入力のスイッチング電源回路の据置型ビデオ装置への搭載形態としては,弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納された状態で,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板とは独立して搭載される構造のものしかなかったこと,及びAC商用電源入力のスイッチング電源回路を,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する電源回路に設けるという技術思想がなかったことを主張する。しかし,この主張は,次のとおり誤りである。
a本件特許請求の範囲の請求項1には,「磁気シールド」を廃止する旨の限定がないことは,上記(1)のとおりである。
また,本件特許請求の範囲の請求項1には,「高周波トランスを含む電源回路」と記載されているにすぎず,この電源回路が「AC商用電源入力のスイッチング電源回路」であるとの限定はない。本件特許の明細書(甲2)中には「AC商用電源入力のスイッチング電源回路」なる記載はなく,段落【0018】に「前記電源回路部品のある電源領域には,AC商用端子とCRT電子ビーム制御回路へ接続する端子とを分離して配置し」と記載されているにすぎない。したがって,AC商用端子とスイッチング電源回路の間の接続関係は不明であり,電源領域にAC商用端子が設けられていることから直ちに「AC商用電源入力のスイッチング電源回路」が導かれるものではない。
仮に,原告が主張するとおり,本件発明の出願当時において,据置型ビデオ装置に搭載されるAC商用電源入力の電源回路が原告のいう「いわゆる電源パッケージ」であることが技術常識であったのであれば,本件特許請求の範囲の請求項1の「電源回路」がいわゆる電源パッケージでないことを明確に記載するはずである。その旨の記載がないのであれば,請求項1の「電源回路」は,「いわゆる電源パッケージ」を意味していると解するのがむしろ自然である。したがって,本件発明においては,「電源回路」には「いわゆる電源パッケージ」も含まれる。
そうすると,「本件発明の出願当時において,AC商用電源入力のスイッチング電源回路が弁当箱形状の電磁シールドケースに収納された物しか存在しなかったか否か」は,本件発明の進歩性の判断に何ら影響を与えない。
bスイッチング電源回路の据置型ビデオ装置への搭載形態として,弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納された状態で,プリント配線基板とは独立して搭載される構造のものしか存在しなかったとはいえない。
東京農工大学伊藤健一著「スイッチング電源内製化の時代がやってくる!!」電子技術Vol.23No.10(1981年発行)日刊工業新聞社96頁〜99頁(乙1)には,電子回路の組み立てにおいてスイッチング電源の内製化が進行しスイッチング用高周波トランスを内製しはじめたこと,小型軽量を押し進めると結局は「1枚のプリント基板に電源を組む」ことになること,内製化により電源のシールドと機器本体のシールドを総合して対策できること,「筐体なしの電源」を販売している電源メーカーもあること,トランスの2次側については普通のロジック回路のようにいくら接近してパターンを描いてもよいこと等が記載されており,フェライトコアをプリント基板に実装した実例(99頁の図3)も写真で紹介されている。したがって,乙1の発行から10年を経過した本件発明の出願時において,スイッチング電源回路が弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納されたもの以外に存在しなかったというのは不自然である。
また,スイッチング電源回路が弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納されていないVCRが1980年において市販されていた( 「 ServiceManualPanasonicOmnivisionPV-1230PV-1222PV-1225」(Vol.4)2-31頁[乙2])。
したがって,スイッチング電源回路の据置型ビデオ装置への搭載形態として,弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納された状態でプリント配線基板とは独立して搭載される構造のものしか存在しなかったという原告の主張は誤りである。
(イ)原告は,「本件発明の出願当時,ノイズレベルが大きいAC商用電源入力のスイッチング電源回路に関しては,弁当箱形状の電磁シールドケースに収納することでノイズ対策を施すことが技術常識であって,据置型ビデオ装置において,AC商用電源入力のスイッチング電源回路を,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は存在しなかった点を考慮する」と,「基板に対するこのようなコアの取付け方はごく通常の態様である。」(審決12頁28行〜29行)とされる「基板」には,「弁当箱形状の電磁シールドケース内の電源用基板」は含まれるが,「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」は含まれない,と主張する。
しかし,上記(1)及び上記(ア)のとおり,本件発明はスイッチング電源回路を収納する電磁シールドケースを廃止することについて何ら規定しておらず,また,本件発明の出願当時には既に電磁シールドケースを使用しないノイズ対策が用いられていたのであるから,原告の主張は前提において誤っている。また,甲4公報の教示内容は,基板に対する高周波トランスのコアの取り付け方そのものであって,基板がどのようなものであろうとも教示内容が変わるものではない。
したがって,原告の主張は誤りである。
(ウ)原告は,引用発明の電源回路は,数Vあるいは十数VのDC電圧入力のスイッチング・レギュレータ回路であるのに対して,本件発明はAC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路であり,電源回路の置換えは,本件発明の出願当時の技術常識に反する,と主張する。
しかし,上記(ア)aのとおり,本件特許請求の範囲の請求項1において,「AC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路」との記載はなく,「高周波トランスを含む電源回路」と記載されているにすぎず,「AC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路」なる構成が導かれるものではない。
したがって,引用発明の「スイッチング用トランジスタとスイッチング波形の平滑用コイルと,平滑用コンデンサとを含むスイッチング電源」を「AC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路」に置き換えることが本件発明の出願当時に困難であったか否かを,進歩性の判断の対象にする原告の主張は誤りである。
また,本件発明は,本件特許の「特許請求の範囲」請求項1に明記されている以外のノイズ対策を行うことを排除するものではない。したがって,本件発明の電源回路が,引用発明の電源回路よりもノイズが大きいとしても,引用発明の電源回路をよりノイズの大きい電源回路に変更することが当業者にとって困難であることにはならない。原告の主張するAC商用電源入力のスイッチング・レギュレータ回路のノイズが大きいこと,AC商用電源入力のスイッチング・レギュレータ回路が弁当箱状の電磁シールドケースに収納する形であること,引用発明がシールドを強化するノイズ対策を採用していることは,いずれも,電源回路を置き換えることを容易であると判断した審決の判断が誤りであることの理由にはならない。
(エ)原告は,電源回路の置換えを実行する場合を発想するに当たっては,高周波トランスは弁当箱形状の電磁シールドケース内の電源用基板上に設けられることになる,と主張する。
しかし,引用発明において,電源回路が電磁シールドケース内の「電源用基板」上に設けられていることは記載されておらず,このように断定することはできない。また,電源回路を高周波トランスに置き換えるに当たり,高周波トランスを弁当箱状の電磁シールドケースに収納する必然性はない。
したがって,上記原告の主張に基づき審決の判断が誤りであるということはできない。
(オ)原告は,甲3公報は,テレビ受像機において,水平妨害縞成分のノイズ対策であるのに対して,本件発明のノイズは色信号に影響するものであるから,ノイズの成分とそれによって生じる映像上の不具合が全く異なることから,審決の判断は誤りである,と主張する。
しかし,甲3公報も本件発明も,Hzの値に違いがあるとしても,ともに磁気的影響を与えるノイズである点で共通している。その上,電源回路からの磁束による素子に対する磁気的影響を防止する方法として,ノイズを生じるトランスのコアギャップを基板に対して平行となるように配置して素子の作用磁束と直行させる構造による点でも共通である。
各々のノイズの結果生じる不具合が異なるとしても,磁気的影響によるノイズ対策が必要である点では共通であり,ノイズ対策の動機付けにならないとする理由にはならない。
原告は,本件発明の「ビデオ・ヘッド・シリンダのコア・ギャップ」と甲3公報の「遅延素子」とでは,ノイズの拾い易さが異なると主張するが,ノイズを拾いやすいか否かは程度の違いにすぎない。
原告は,甲3公報のフライバック・トランスは,本件発明の高周波トランスとは異なると主張する。電子機器から放射される不要輻射による電波渉外(EMI)に関してFCC(米国連邦通信委員会)が定める妨害電圧は10kHzから30MHzであり,妨害電界強度は10kHzから1GHzである。原告は,甲3公報のフライバック・トランスによるノイズ成分が15.75kHzと主張しているから,これは上記妨害電圧及び妨害電界強度の範囲に含まれていることになる。したがって,フライバック・トランスは高周波トランスである。
以上のとおり,原告の上記各主張に基づき審決の判断が誤りであるということはできない。
(3)パナソニックPV-1225等のサービス・マニュアル(「ServiceManual Panasonic Omnivision PV-1230 PV-1222 PV-1225」[乙4,5])には,1枚のプリント配線基板上に,トランスを含む電源領域と,他の領域とが区分けされて設けられていること,電源領域にはプリント配線基板に対してコア・ギャップが水平方向になるようにトランスが実装されていることが記載されている。このパナソニックのサービス・マニュアルは,原告が平成10年(1998年)6月18日に,本件特許の米国対応特許に関して,情報開示陳述書として自ら米国特許商標庁に提出したものである(乙7)。さらに,原告は,同年8月26日に補充の情報開示陳述書を提出し,昭和59年(1984年)7月発行の刊行物「Audio Video International」14頁に「パナソニック1230」に関する記載があること並びにパナソニックPV-1231及びPV-1225プレイヤーの実物の形態等について陳述している(乙8)。これらの陳述書に対して,米国特許商標庁審査官は,1999年(平成11年)5月24日付け指令書を発し,「パナソニックPV-1231及びPV-1225プレイヤーは,各々,電源が実装されている領域と電源が実装されていない他の領域とを有する回路基板と,ビデオヘッドシリンダが回路基板に対して平行に且つ回路基板の上方に実装されているシャーシと,コアギャップに対応する少なくとも1つの水平スリット及び巻物を有するトランスとを有する。少なくとも1つのスリットまたはコアギャップと主張されるものの面は,トランスが実装されている状況の回路基板に平行である」と認定した上で,新規性がないと判断している(乙9の訳文)。
また,原告は,1999年12月2日付けの米国特許商標庁審査官に対する異議の再提出書において,高周波トランスのコアギャップ面をプリント基板に平行に配置して取付けるトランスの取付け方が通常の態様であることを認めている(乙10の訳文2枚目)。
以上のように,原告は,本件発明の構成(プリント配線基板が電源回路の電子部品を実装した電源領域と,電源回路以外のビデオ電子部品を実装した電源領域以外の領域とを具備する点,トランスがそのコアギャップの面をプリント配線基板に平行に配置する点,ビデオヘッドシリンダのコアギャップがその面に対して垂直の方向になるように形成されたビデオ機構部品搭載用シャーシを具備する点)が新規なものでないことを遅くとも1999年(平成11年)には知っていた。
第4当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本件発明の意義について(1)本件特許公報(甲2)には,「特許請求の範囲」【請求項1】に前記第3,1(2)の記載があるほか,次の記載がある。
ア 特許請求の範囲「【請求項4】前記回路基板上の高周波トランスと,前記ビデオ機構部品搭載用シャーシ上のビデオ・ヘッド・シリンダとの間には,磁気シールドが存在しない請求項1乃至3のいずれかに記載のビデオ装置。」イ 発明の詳細な説明「【産業上の利用分野】本発明はテレビ装置とビデオ装置を同一ケース内に収容した映像装置に関する。テレビ装置とはテレビジョン放送を受信し,映像及び/または音声を再生する装置をいい,ビデオ装置とは例えばビデオテープレコーダ,ビデオディスクプレーヤ等のように,映像及び/または音声を記録及び/または再生する装置をいう。」(段落【0001】)「【従来の技術】従来のテレビ装置とビデオ装置を同一ケース内に収容し一体化した映像装置は図6(映像装置の背面図),図7(同横断面図)に示すようにビデオ装置1がケース2内の底板2a上に記載され,その前面がケース2の前板2bの前方でビス3止めされ,さらに,その後部は図7に示すようにリヤーキャビネット8にビス3止めされている。
そして,ビデオ装置1のシャーシ1aはプラスチックモールドされたケーシング1bに装着され,図7に示すようにシャーシ1aの後部またはケーシング1bの後部にはビデオ用プリント配線基板4が複数枚配設されている。
テレビ装置用のテレビ用プリント配線基板5はケース2内の一方の内側面に沿って取り付けられ,このテレビ用プリント配線基板5には高圧用の高周波トランス6を含むテレビ用電源が配設されている。またビデオ用プリント配線基板4にはビデオ用電源(図示してない)が別途に配設されている,図6において,7はビデオ装置上面に設けられたシールド板である。」(段落【0002】〜【0004】)「【発明が解決しようとする課題】以上のように,従来はテレビ装置のケース内にビデオデッキを割り込ませて,そのまま取り付けた構造であった。したがって,図6,図7に示すテレビ用プリント配線基板5とビデオ用プリント配線基板4との間の多数の接続線を長く配線しなければならなかった。
図8から明らかなように,ビデオブロック回路80の輝度・色信号回路83やオーディオ記録・再生アンプ88からテレビブロック回路92のクロマ回路93やオーディオ・スピーカ・アンプ97への接続線及び,AC入力端子101からビデオ電源回路91とテレビ電源回路98への接続線の配線が必要であった。また,テレビ用プリント配線基板5及びビデオ用プリント配線基板4・・・4の取り付けに手間がかかっていた。
さらに,従来はビデオデッキをそのままケース内に収容した設計であったので,ビデオデッキにはビデオ用の電源が配設され,テレビ装置用としてテレビ用の電源がそれぞれ配設され部品点数が多く,かつ,テレビ用の電源によりビデオ装置がノイズを拾う欠点があった。本発明は上述した事情に鑑みてなされたものである。」(段落【0006】〜【0008】)「【課題を解決するための手段】本案をビデオ装置に適用した発明は,回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり,該回路基板の上方にビデオ機構部品搭載用シャーシが略平行に配置され,かつ該ビデオ機構部品搭載用シャーシ上にビデオ・ヘッド・シリンダが搭載されたビデオ装置であって,前記高周波トランスは,その高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を前記回路基板の面に対して水平となるように配置し,該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成したことを特徴とするビデオ装置である。」(段落【0009】)「【実施例】以下添付図に基づいて本発明を詳細に説明する。図1は本発明のケースを後方から見た状態の横断面図,図2は本発明のケースを横から見た状態の縦断面図,図3は高圧用高周波トランスの正面図,図4は高圧用高周波トランスの側面図である。
図1および2において,11はケース,12はCRT用窓,13はスピーカ用窓,14はメイン回路基板,14Aはその電源領域,14Bは電子部品を実装する1所定領域である。…15はビデオ機構部品搭載用シャーシ…である。…図において16は高周波トランスであり,図1,図2および図3を見比べて明らかなように,図1に表われた高周波トランス16は正面視におけるそれである。…ビデオ機構部品搭載用シャーシ15にはビデオ・ヘッド・シリンダを始めとするビデオ用機構部品を実装する。図1のようにケース後方から見てメイン回路基板14の左端側から約1/4以内の電源領域14Aに電源回路部品を実装する。上記領域以外の残りの約3/4の1所定領域14B,すなわち,ビデオ機構部品搭載用シャーシ15の下方に対向したメイン回路基板14の領域に,テレビ装置のCRT電子ビーム制御回路および電源回路を除く電子部品とビデオ装置の電源回路を除く電子部品とを実装する。テレビ関連電子部品とビデオ関連電子部品の間はプリント配線などにより最短距離になるように配線する。
前記電源回路部品のある電源領域には,AC商用端子とCRT電子ビーム制御回路へ接続する端子とを分離して配置し,また,高電圧電源用高周波トランスを配設した高電圧電源と前記テレビ及びビデオ電子部品の低電圧電源を実装する。…前記高周波トランスの図3及び図4において,16は高周波トランス,30は1次及び2次のコイル,31はコア,32はコア・ギャップである。前記コア・ギャップ32の面が前記メイン回路基板14の面に対して水平になるように配置し固着する。この状態では前記コア・ギャップ32から生ずる磁力線は,図3に示すように水平成分はない。この磁力線方向は前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピック・アップしやすい磁力線方向とほぼ直交しているので前記高周波トランスからのノイズを最小に押さえることができる。前記高周波トランスの回りを磁気シールドする必要もない。」(段落【0011】〜【0020】)「【発明の効果】以上詳細に説明した本発明によれば下記のような効果を奏する。請求項1記載の構成とすることにより,高周波トランスからの漏れ磁束によるビデオヘッドへの干渉が少ないビデオ装置を得ることができる。…請求項4記載の構成とすることにより,さらに部品数を削減することができる。…」(段落【0022】)(2)上記(1)の記載と本件特許公報(甲2)の図面(図1〜8)の記載を総合すると,本件発明は,従来のテレビ装置とビデオ装置を同一ケース内に収容し一体化した映像装置は,テレビ装置のケース内にビデオデッキを割り込ませて,そのまま取り付けた構造であったため,多数の接続線を長く配線しなければならず,また,部品点数が多く,テレビ用の電源によりビデオ装置がノイズを拾うなどの欠点があったところ,それらの課題を解決するためにされたものであって,「回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり,該回路基板の上方にビデオ機構部品搭載用シャーシが略平行に配置され,かつ該ビデオ機構部品搭載用シャーシ上にビデオ・ヘッド・シリンダが搭載されたビデオ装置であって,前記高周波トランスは,その高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を前記回路基板の面に対して水平となるように配置し,該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成したことを特徴とするビデオ装置。」という発明であると認められる。
3 取消事由1(相違点の認定の誤り)について(1) 原告は,審決が,本件発明の構成要件を,「(A) 回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり,該回路基板の上方にビデオ機構部品搭載用シャーシが略平行に配置され,かつ該ビデオ機構部品搭載用シャーシ上にビデオ・ヘッド・シリンダが搭載されたビデオ装置であって,(B) 前記高周波トランスは,その高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を前記回路基板の面に対して水平となるように配置し,(C) 該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成したことを特徴とするビデオ装置。」と分説したことについて,(B)と(C)を分離して分説している点で誤っていると主張する。
しかし,前記2でも述べたように,(B)と(C)は,相互に関連しているものの,(B)は高周波トランスの配置方法を,(C)は高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向とビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向との関係をそれぞれ規定しているのであるから,(B)と(C)に分離して分説することが誤りであるということはできない。
(2)ところで,特開平1-245597号公報(甲5公報,引用発明)の「発明の詳細な説明」には,次の記載がある。
ア産業上の利用分野「本発明は,カメラ一体型等の磁気記録再生装置の小型軽量化及び低消費電力化に関し,特にスイッチング電源を備えた磁気記録再生装置に関するものである。」(1頁左欄15行〜18行)イ 従来の技術「近年例えばカメラ一体型のように小型,軽量,低消費電力化された磁気記録再生装置の開発が急速に進められており,低消費電力化のために,スイッチング電源は必要不可欠であるが,一方小型化していく上でスイッチングノイズ妨害の対策が必要となってきている。」(1頁左欄末行〜右欄5行)「第3図は従来の磁気記録再生装置の電源部の回路図,第4図は従来の平滑用コイルの斜視図である。」(1頁右欄7行〜9行)「第3図において,1はバッテリ入力端子である。2と3はスイッチングノイズがラインへ出ないよう防止するLCフィルタを構成するコイル及びコンデンサ,4はスイッチングトランジスタ,5はスイッチングトランジスタ4を制御するスイッチングパルス入力端子である。6と7はスイッチングトランジスタ4の出力を平滑するLCフィルタを構成するコイル及びコンデンサである。8はスイッチングされて平滑されたDC電圧の出力端子である。」(1頁右欄10行〜19行)「バッテリ入力端子1よりのDC(ここでは9Vとする。)9Vの非安定化直流電圧…」(1頁右欄20行〜2頁左上欄1行)「ここで第4図に示すようにスイッチングトランジスタ4のコレクタに接続されたコイル6には,スイッチングパルスノイズによる,録再映像信号に妨害が発生することを防止するためにプリント基板10への実装時,コイル6をすっぽりと覆うシールドケース9(ブリキ板等により構成)によるシールドが施こされている。」(2頁左上欄11行〜17行)ウ 発明が解決しようとする課題「しかしながら上記の構成では,平滑用コイル6のシールド効果が十分でなく特に小型化した時の録再映像信号に妨害が発生するという課題を有していた。」(2頁左上欄19行〜右上欄2行)エ 課題を解決するための手段「上記課題を解決するために本発明の磁気記録再生装置は,スイッチング電源のスイッチング平滑用コイルをシールドケースと前記シールドケースに重ね合わせる仕様の異なる材質のシールド材にて2重シールドするという構成を備えたものである。」(2頁右上欄8行〜12行)オ 実施例「第1図は本発明の一実施例における磁気記録再生装置の要部の構成を示すものである。
第1図において,6は平滑用のコイル,9はシールドケース,10は部品及びシールドケース9を実装するプリント基板,11は映像信号をテープ上へ記録再生する回転シリンダ,12はテープ走行機構及び回転シリンダ11を固定するメカ基板,13はシリンダ11に搭載された磁気ヘッドにより前記テープ上から再生された微弱信号を約1000倍に増幅するヘッドアンプ,14は強磁性体のパーマロイ等よりなる2重シールド用のシールド材,15,16は基板間で信号を接続するためのフレキシブル線材である。」(2頁左下欄2行〜14行)「第1図においてスイッチング波形平滑用のコイル6から幅射するスイッチングノイズは,対面するシリンダ11の磁気ヘッド,回転トランス及びフレキシブル線材15,16へ影響し画面上にスイッチング電源ビートとしてあらわれる。このスイッチングノイズを防止するため,ブリキ板等により密封状態とするシールドケース9によりシールドを行ない,録再映像信号へ飛び込むスイッチングノイズを防止している。」(2頁左下欄18行〜右下欄6行)「しかしながら特に超小型化が進むカメラ一体型磁気記録再生装置においてはシールドケース9のみではシールド効果が十分でない。そこでシールドケース9と同一又は略同一形状で,シリンダ11,ヘッドアンプ13,フレキシブル線材15,16に対面する部分に,材質の異なるシールド材(パーマロイ等の強磁性体)を接着することにより,スイッチング平滑用のコイル6より幅射するスイッチングノイズを大幅に低減でき,小型化のためにコイル6が前記シリンダ6(判決注「11」の誤記),ヘッドアンプ13,フレキシブル線材15,16に最近接しても,映像信号へノイズ妨害が入ることを防止できる。」(2頁右下欄7行〜19行)カ 発明の効果「以上のように本発明は,スイッチングトランジスタのスイッチング波形の平滑用として設けたコイルのシールド構造を異なる材質の部材で2重シールドする事により,コイルにより幅射するスイッチングノイズを大幅に低下させることができ,小型軽量化に際して録再映像信号に妨害を発生させないというすぐれた効果を得ることができる。」(3頁左欄10行〜16行)(3)甲5公報の第1図には,メカ基板12がプリント基板10に対して略平行に配置され,かつメカ基板12 の上に搭載された回転シリンダ11が示されている。
(4)上記(2)及び(3)の記載によると,甲5公報には,審決が認定するとおり,次の発明(引用発明)が記載されているものと認められる。
「プリント基板10上に,スイッチング用トランジスタとスイッチング波形平滑用のコイル6と平滑用コンデンサとを含むスイッチング電源が設けてあり,該プリント基板10の上方にメカ基板12が略平行に配置され,かつ該メカ基板12上にテープ走行機構及び回転シリンダ11を固定された磁気記録再生装置であって,前記平滑用コイル6をシールドケース9で密封状態とするとともに,シールドケース9と同一または略同一形状で,シリンダ11,ヘッドアンプ13,フレキシブル線材15,16に対面する部分に材質の異なるシールド材14(パーマロイ等の強磁性体)を接着して2重にシールドした磁気記録再生装置。」(5)原告は,本件発明は,磁気シールドによらずにノイズ対策をしようとするものであるのに対し,引用発明は,シールドケースを2重構造にしてシールドを強化するノイズ対策を行っているから,本件発明と引用発明とのノイズ対策手法は正反対であるのに,審決は,この点を看過している,と主張する。
しかし,本件特許の「特許請求の範囲」【請求項1】には,磁気シールドが存在しない旨の記載はない。これに対し,前記2(1)アのとおり,【請求項4】には,「磁気シールドが存在しない」旨の記載がある。また,前記2(1)イのとおり「発明の詳細な説明」には「前記高周波トランスの回りを磁気シールドする必要もない。」との記載(段落【0020】)があるが,この記載は,実施例についての記載であって,この記載から,本件発明は,磁気シールドが存在しないものと認めることはできない。さらに,本件発明のような構成を採った上で,磁気シールドをすれば,ビデオヘッドに対するノイズ対策はより徹底したものになることは明らかであるから,本件発明のような構成を採ることが磁気シールドを必然的に排除するということはできない。これらのことからすると,本件発明は,磁気シールドが存在しないとの内容を含むものではなく,引用発明が磁気シールドによるノイズ対策を行っているからといって,ノイズ対策手法が正反対であるということはできない。
もっとも,本件発明は,前記2のとおり,高周波トランスを含むものであり,この高周波トランスはその高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を回路基板の面に対して水平となるように配置するものであって,この高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成するものであるのに対し,引用発明においては,そのことについて示されておらず,シールドケースを2重構造にしてシールドを強化するノイズ対策のみが示されている点が異なるが,この点は,審決においては,〈相違点〉として認定されている。
したがって,審決の相違点の認定に誤りがあるということはできない。
(6) 以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がない。
4 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について(1) 判断の脱漏の主張につき原告は,審決につき,「本件発明と引用発明との相違点を正しく認識せず,本件発明と引用発明との間に,そのノイズ対策手法において正反対の思想が採用されている点を看過している。このように,本件発明と引用発明とのノイズ対策手法が正反対の技術思想である点を相違点に含めることなく,相違点の検討を行っている審決の判断には,脱漏がある。」と主張するが,前記3のとおり,審決の相違点の認定に誤りはなく,したがって,審決の判断に脱漏があるということはできない。
(2) 相違点についての判断の誤りの主張につきア「回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり」についての容易想到性(ア)本件特許の「特許請求の範囲」【請求項1】には,電源回路について,「回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり」との記載しかなく,「AC商用電源入力のスイッチング電源回路」との限定はない。前記2(1)イの「発明の詳細な説明」の実施例には,「高電圧電源用の高周波トランスを含む電源回路」を用いる旨の記載及び電源領域に「AC商用端子」が存する旨の記載はあるが,「スイッチング電源回路」を用いる旨の記載はない。この「AC商用端子」について「AC商用電源入力」の端子であると理解することができるとしても,実施例の記載にすぎない。
したがって,本件発明の「電源回路」については,「回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり」という以上に限定して解することはできない。
(イ)一方,特開昭61-79393号公報(甲9),特開昭63-253866号公報(甲10)及び特開昭64-12859号公報(甲11)には,ビデオ装置に高周波トランスを含むスイッチング電源回路を用いることが示されているから,ビデオ装置に高周波トランスを含むスイッチング電源回路を用いることは,審決が説示するように,本件発明の出願前からの周知技術であったことが認められる。
引用発明は,前記3(4)のとおり,プリント基板10上に,スイッチング用トランジスタとスイッチング波形平滑用のコイル6と平滑用コンデンサとを含むスイッチング電源を設けるものであるが,引用発明と上記周知技術は,共にスイッチング電源回路に関するものであって,後記(ウ)のとおり,本件発明の出願前,据置型ビデオ装置において高周波トランスを含む電源回路をビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想が存在しなかったとは認められない(ビデオ装置において1枚のプリント配線基板にトランスを含む電源領域を設けた例があった)ことからすると,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,引用発明の構成に上記周知技術を適用することを容易に想起することができたというべきであり,そうすると,「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」であるプリント基板10上に高周波トランスを含むスイッチング電源回路を設けたものが想起されることになるところ,これは,上記(ア)の本件発明における「回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり」に該当することになる。
なお,引用発明は,前記3(4)のとおり,シールドケースを2重構造にしてノイズ対策を行ったものであるから,引用発明の構成に上記周知技術を適用したものが,シールドケースを用いたものであったとしても,本件発明は,前記3(5)のとおり,磁気シールドが存在しない内容のものではないから,シールドケースが存したとしても,上記(ア)の本件発明における「回路基板上に高周波トランスを含む電源回路が設けてあり」に該当することになる。
(ウ)原告は,据置型ビデオ装置において,AC商用電源入力のスイッチング電源回路は,弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納された状態でビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板とは独立して搭載される構造のものしか存在せず,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は存在しなかったと主張し,その根拠として,松下電器産業株式会社奥田吉秋ほか著「新技術搭載スーパーVHSビデオ松下電器積層形アモルファスヘッド搭載NV-FS900」テレビ技術1990年2月号(電子技術出版株式会社)19頁〜29頁(甲6),東北リコー株式会社大内二郎著「高周波スイッチング電源」電子技術1990年11月号(日刊工業新聞社)53頁〜55頁(甲7)の記載を挙げる。
そもそも,本件発明の「電源回路」は,前記(ア)のとおり,「AC商用電源入力のスイッチング電源回路」に限られるものではないから,原告の上記主張は,その前提において本件発明とは異なるものである。また,前記3(5)のとおり,本件発明は,磁気シールドが存在しない内容のものではないから,電源回路を弁当箱形状の電磁シールドケースの中に収納することが技術常識であったかどうかということは,上記(イ)のように認定することの妨げとなるものではない。
上記甲6の「第2図」(センターメカ構成概略図,20頁)には,据置型ビデオ装置において,トランスがビデオ・ヘッド・シリンダの後方に配置されている図が記載されており,電源回路をビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという構成を示した図とはいえない。しかし,この図から直ちに,据置型ビデオ装置において,高周波トランスを含む電源回路は,回路基板とは独立して搭載される構造のものしか存在せず,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は存在しなかったと認められるものではない。また,上記甲7の「図2」(実装図,54頁)には,「高周波スイッチング電源」の構成を示した図が記載されているのみであるから,この図から直ちに,据置型ビデオ装置において,高周波トランスを含む電源回路は,回路基板とは独立して搭載される構造のものしか存在せず,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は存在しなかったと認められるものではない。
これに対し,東京農工大学伊藤健一著「スイッチング電源内製化の時代がやってくる!!」電子技術Vol.23No.10(1981年発行)日刊工業新聞社96頁〜99頁(乙1)には,電子回路の組み立てにおいてスイッチング電源の内製化が進行し,スイッチング用高周波トランスを自ら作るようになってきたこと,小型軽量を押し進めると結局は「1枚のプリント基板に電源を組む」ことになること,内製化により電源のシールドと機器本体のシールドを総合して対策を打つことができること,「筐体なしの電源」を販売している電源メーカーがあることが記載されており,フェライトコアをプリント基板に実装した写真(99頁の図3(a))が掲載されている。また,乙3(米国特許第5654778号の情報開示引用)によると1980年に発行されたと認められるパナソニックのビデオ装置のサービス・マニュアルである「ServiceManual Panasonic Omnivision PV-1230 PV-1222 PV-1225」(Vol.4)[乙2]には,据置形ビデオ装置において,1枚のプリント配線基板にトランスを含む電源領域を設けることが記載されている(なお,前記3(5)のとおり,本件発明は,磁気シールドが存在しないとの内容を含むものではないから,上記サービル・マニュアル記載のビデオ装置のトランスを含む電源領域に磁気シールドが存在するかどうかは,考慮する必要がない。)。
そうすると,本件発明の出願前に,据置型ビデオ装置において,高周波トランスを含む電源回路は,回路基板とは独立して搭載される構造のものしか存在せず,ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想は存在しなかったとは認められないから,原告のこの点についての主張も,上記(イ)の認定を覆すに足りるものではない。
(エ)原告は,引用発明はカメラ一体型等の磁気記録再生装置すなわちモバイル型のビデオ装置を対象にしており,その電源回路は,バッテリ入力の電源回路すなわち数Vあるいは十数VのDC電圧入力のスイッチング・レギュレータ回路であるのに対して,「周知の高周波トランスを含むスイッチング・レギュレータ回路」はAC商用電圧を入力するスイッチング・レギュレータ回路であって,ノイズレベルが格段に大きいから,審決の上記判断に係る電源回路の置換えは,本件発明の出願当時の技術常識に反することであると主張する。前記3(2)認定の甲5公報の記載によると,引用発明は,カメラ一体型等の磁気記録再生装置の小型軽量化及び低消費電力化に関する発明であって,電源回路に入力する電圧も9V程度のDC電圧が想定されているということができるが,上記(イ)のとおり,引用発明と上記(イ)認定の周知技術は,スイッチング電源回路という点で共通しており,また上記(ウ)のとおり,本件発明の出願前,据置型ビデオ装置において高周波トランスを含む電源回路をビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板上に設けるという技術思想が存在しなかったとは認められない(ビデオ装置において1枚のプリント配線基板にトランスを含む電源領域を設けた例があった)ことからすると,引用発明に上記(イ)認定の周知技術を適用することを想起することができるというべきである。そして,ノイズレベルの違いについては,当業者であれば,当然にそのための対策を適宜講ずることになるから,この点が引用発明に上記(イ)認定の周知技術を適用することを阻害することはないということができる。
イ「前記高周波トランスは,その高周波磁束を生ずるコア・ギャップの面を前記回路基板の面に対して水平となるように配置し,該高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,前記ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成したこと」についての容易想到性(ア) 甲4公報につきa実願昭55-111406号(実開昭57-35015号)のマイクロフィルム(甲4公報)の「考案の詳細な説明」には,次の記載がある。
「本考案は増幅回路,発振回路などトランスを有する電気回路に係り,特にプリント基板上に構成した電気回路において使用するトランスの取付構造に関する。」(1頁11行〜14行)「第1図は本考案の対象になるDC-DCコンバータの回路図を示し,6は電流電源,13は電源スイッチ,30は直流電源6の電圧を発振動作により高圧の交流に変換するための発振回路,8はその交流出力を整流して高圧の直流に変換するためのダイオード,10はダイオード8の高圧直流出力を蓄電するコンデンサである。発振回路30はスイッチングトランジスタ7aと,1次側巻線2と2次側高圧巻線4を有するトランス5aと,コンデンサ9,22と,抵抗23及びトランジスタ保護用のダンパーダイオード25よりなり,第2図示のようにこの発振回路30の構成に必要なパターン33を備えたプリント基板34に,必要部品,即ちトランジスタ7a,トランス5a,コンデンサ9,22,抵抗23及びダンパーダイオード25等を取付け配線して構成される。そして必要部品中のトランス5aは互いに組み合わされるコア31,32をプリント基板34に挟んで取り付けられる。」(2頁5行〜3頁2行)「例えばE形-I形のコア組合せの場合は第3図示のようにプリント基板34にE形コア31の中心コア部31aを貫通させる孔34aと両側コア31b,31cを嵌込む切欠部34b,34cを形成し,この孔34a及び切欠部34b,34cにそれぞれE形コア31のコア部31a及び31b,31cを挿通せしめ,基板34より突出した中心コア部31aに1次側巻線2及び2次側高圧巻線4を嵌装して上下2層に積層し,E形コア31の開放側にI形コア32を接着してトランス5aをプリント基板34に組立て取付けるものである。」(3頁2行〜12行)。
b上記aの「考案の詳細な説明」の記載及び甲4公報の第1図〜第3図によると,甲4公報には,DC-DCコンバータに用いる高周波トランスのE-I形コアのギャップ面をプリント基板に平行に配置して取り付けることが記載されているものと認められる。
(イ) 甲3公報につきa特開昭58-30291号公報(甲3公報)には,次の記載がある。
(a)特許請求の範囲「(1)フライバック・トランスから発生する磁束が直交する仮想平面に,遅延素子のコイル軸線が合致するように,該遅延素子を上記フライバック・トランスに対して配置して成ることを特徴とするテレビ受像機における遅延素子の配置構造。」「(2)上記フライバック・トランスが,取付基板に垂直に取り付けられ,上記仮想平面が該取付基板に対して平行な平面であることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のテレビ受像機における遅延素子の配置構造。」(b)発明の詳細な説明「本発明は,テレビ受像機における遅延素子の配置構造に関する。」(1頁左欄19行〜20行)「NTSC方式によるカラーテレビ受信機では,色信号が輝度信号よりも遅れるために,このままでは色が右にずれた画面となる不都合があり,これを改善するために,一般にはコイルを円筒状に巻回して成る分布定数形の遅延素子を輝度信号経路に介在させて,その輝度信号を遅延させ色信号とのタイミングを合わせるようにしている。そして,上記遅延素子は回路設計上などの制約から,フライバック・トランスの近くの場所に取り付けられるのが一般である。」(1頁右欄1行〜10行)「第2図は,その遅延素子1の取付基板5に対する従来の取付状態を示す図であり,遅延素子1は取付基板5上の部品取付パターンの設計上から上記したように,取付基板5にコイル軸線Y-Yが直交するように取り付けられたフライバック・トランス6の近傍で,しかもコイル軸線X-Xがそのフライバック・トランス6に向けられるように,その取付基板5に直接取り付けられている。」(1頁右欄16行〜2頁左上欄3行)「ところで,フライバック・トランス6から発生する磁束Fは,磁界中心点を通る仮想水平面Z-Z(取付基板5に平行)とその接線が直交し,その下側に配置されている取付基板5に対しては,フライバック・トランス6に帰還する緩やかな円弧を描いて交差する。
この取付基板5上における磁束Fは,ベクトル的に水平磁束成分FH V Hと垂直磁束成分F に分解することができ,この内の水平成分Fがコイル軸線X-Xに沿って遅延素子1内を通過する。しかも,この場合この成分F にはリンギング成分が多く含まれている。このHため,遅延素子1に好ましくない電圧が誘起され,これが水平妨害縞成分の発生原因となっている。」(2頁左上欄4行〜16行)「そこで従来では,このような原因を取り除くために,遅延素子1にシールドケース7を被せているが,コスト的に割高となるばかりか取り付けに手間がかかり,更にシールドケース7自体にも電圧が誘起されるために,フライバック・トランス6との間と分布容量を介してそのフライバック・トランス6と遅延素子1とが磁気的に結合するおそれがあり,充分なものではなかった。」(2頁左上欄17行〜右上欄4行)「本発明は以上のような点に鑑みたもので,その目的は,遅延素子のコイル軸線とフライバック・トランスからの磁束とが直交するようにして,シールドケースなどのシールド部材を使用せずとも遅延素子がフライバック・トランスに対して磁気的に結合しないようにした遅延素子の配置構造を提供することである。」(2頁右上欄5行〜11行)「本実施例は,第3図に示すように,フライバック・トランス6から発生する磁束の接線が直交する前記した仮想水平面Z-Zに,遅延素子1をそのコイル軸線X-Xが一致するように配置したものである。」(2頁右上欄13行〜17行)「上記のように遅延素子1を位置づけすることにより,その遅延素子1を通る磁束Fは,すべてそのコイル軸線X-Xに直交することになり,その磁束Fに含まれているリンギング成分による電圧誘導は効果的に抑制される。よって,シールドケースなどの磁気シールド材を用いなくとも,遅延素子1とフライバック・トランス6との磁気的結合は問題とならず,水平妨害縞成分が有効に除去される。」(2頁左下欄5行〜13行)「また,仮想水平面Z-Zの決定は,ホール素子などの感磁素子を用いて最小水平方向成分高さを測定することにより,容易に行なうことができる。更に,上記仮想水平面Z-Zはこれに限られず,磁束Fに直交すれば必ずしも水平(取付基板5に平行)である必要はない。」(2頁左下欄18行〜右下欄4行)(c) 図面第2図及び第3図には,フライバック・トランス6のコアギャップの面を取付基板5に対して水平となるように配置していることが示されている。
b上記aの甲3公報の記載によると,甲3公報には,テレビ受像機における「フライバック・トランス」から発生する磁束が直交する仮想平面に,「遅延素子」のコイル軸線が一致するように配置することにより,ノイズを除去することが記載されている。
このノイズ除去の動作原理は,フライバック・トランスから発生した磁束と,遅延素子のコイル軸線とを直交させることであるが,この原理自体は広く知られたものであって,磁束の発生源となるトランスの種別や,磁束に影響される回路素子の種別,回路を流れる信号の種類いかんにかかわらず適用できるものと解される。
(ウ)以上のとおり,甲4公報には,高周波トランスのコアのギャップ面をプリント基板に平行に配置して取り付けることが記載されており,また,甲3公報には,フライバック・トランスから発生した磁束と,遅延素子のコイル軸線とを直交させることによってノイズを除去することが記載されているのであるから,引用発明の構成を有するものにおいて,前記ア(イ)のとおり,プリント基板10上に高周波トランスを含むスイッチング電源回路を設けるに当たって,高周波トランスのコア・ギャップ面をプリント基板に平行に取り付けることによって,高周波トランスからの漏れ磁束の磁力線方向が,ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップのピックアップしやすい磁力線方向と略直交するように構成することを,当業者が容易に想到することができたものと認められる。そして,そのような構成を採ることによりノイズが防止できることは,当業者が予測することができる作用効果にすぎないというべきである。
(エ)原告は,高周波トランスが取り付けられる「基板」には「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」が含まれないと主張するが,前記ア(イ)のとおり,当業者は,引用発明の構成に前記ア(イ)の周知技術を適用することを容易に想起することができ,そうすると,「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」上に高周波トランスを含むスイッチング電源回路を設けたものが想起されることになるから,高周波トランスが取り付けられる「基板」には「ビデオ機構部品搭載用シャーシの下方に位置する回路基板」が含まれないということはなく,原告の上記主張を採用することはできない。
原告は,甲3公報において,テレビ受像機において遅延素子がフライバック・トランスに対して磁気的に結合した場合に発生するノイズは「水平妨害縞成分」といわれるものであって,「リンギング成分」が,輝度信号に対して影響を及ぼすことにより発生するノイズであるのに対し,本件発明の対象たるビデオテープ記録再生装置においてビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップによって高周波トランスからの高周波漏れ磁束がピックアップされた場合に発生するノイズは,色信号に影響するものであり,高周波トランスの発振周波数の数倍のノイズ成分が,低域変換された色信号に対して影響を及ぼすことにより発生するノイズである点で異なると主張する。また,原告は,ビデオ・ヘッド・シリンダのヘッド・ギャップはノイズの影響を極めて受けやすいものであるのに対し,甲3公報の遅延素子は比較的ノイズの影響を受けにくいものであると主張する。さらに,原告は,甲3公報のフライバック・トランスはブラウン管駆動のための昇圧用トランスであるから,本件発明の高周波トランスとは異なると主張する。
甲3公報の記載と本件発明ではノイズやトランスに関して原告が主張するように違いがあるとしても,上記(イ)のとおり,甲3公報におけるノイズ除去の動作原理は,フライバック・トランスから発生した磁束と,遅延素子のコイル軸線とを直交させることであって,この動作原理は,磁束の発生源となるトランスの種別や,磁束に影響される回路素子の種別,回路を流れる信号の種類によらないものであるから,本件発明にも適用することができるというべきである。原告が主張するノイズやトランスに関する違いは,上記(ウ)の認定を左右するものではない。
ウ以上のとおり,当業者は,相違点に係る構成を容易に想到することができたから,審決の相違点についての判断に誤りはなく,したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
5結論以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がないことになる。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 澁谷勝海