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関連審決 不服2005-331
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19行ケ10304審決取消請求事件 判例 特許
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平成18行ケ10511審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10097審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10429審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 容易に実施 /  実施可能要件 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明細書の記載要件 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10310号 審決取消請求事件
原告X
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人鈴木俊光
同 向後晋一
同 小池正彦
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2005-331号事件について平成18年5月22日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実及び証拠上明白な事実1特許庁における手続の経緯原告は,平成5年9月14日,発明の名称を「合成画像システム」として特許出願(特願平5-269408号)をしたが,平成16年11月26日,拒絶査定を受けたので,平成17年1月6日,これに対する不服の審判請求をした。特許庁は,これを不服2005-331号事件として審理した結果,平成18年5月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月10日,その謄本を原告に送達した。
2平成15年11月13日,平成16年2月4日及び同年8月27日付け手続補正書によって補正された明細書(甲2,4,6,9,以下「本件明細書」という。)の請求項1及び3に記載された特許請求の範囲【請求項1】一様な偏光板,または異なる偏光方向の複数の小偏光板を1平面に並べて成る偏光板の前面または後面に,一つまたは複数の潜像(肉眼では見えないが,特殊な眼鏡をかければ見える像)を陽画(ポジ)または陰画(ネガ(陽画の補色像))で記し,該偏光板の前面または後面の潜像の対応部に,潜像の陰画または陽画を記し,肉眼には,陽画と陰画の合成光と,その周囲の背景光の色及び照度(明度)が同様に見えるように選択して成る画像板と,画像板中の見たい潜像の偏光を通すか,その偏光を遮断する偏光眼鏡とより成る,肉眼では見えない潜像が,眼鏡をかければ見えるようになる,合成画像システム。
【請求項3】請求項1に記載の合成画像システムにおける画像板の前方に,透明合成樹脂製直方体を設け,該直方体中に空間潜像形成用の空洞を設け,その中に直方体と同色同屈折率の液晶を入れ,該液晶の配向方向を制御するためのPVA板や透明電極を空洞内に設け,直方体の周面に通電により偏光性や透光性を制御するための偏光板や液晶パネル,または液晶パネルと偏光板とを重ねたものを張り付け,直方体中の液晶や,直方体外の液晶パネルの偏光性や,液晶パネルと偏光板とを重ねたものの透光性を制御するための太陽電池等の通電装置を設けたことを特徴とする,請求項1に記載の合成画像システム。
(以下,【請求項1】の発明を「本願発明1」,【請求項3】の発明を「本願発明3」という。)3審決の理由審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明3は,本件明細書に「実施例3」(段落【0064】〜【0072】)として記載されているところ,@液晶パネル27に関する記載について,液晶分子が面に直角な方向から水平方向にそろって傾いたとしても非偏光の光を水平偏光にすることはできず,A透明な合成樹脂の空洞中に収められた液晶25及びPVAの薄板26に関する記載について,液晶25の配向した液晶分子が偏光板として機能するわけではないので,偏光板を介して液晶25が見えるようにすることはできず,したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていないから,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項(以下「特許法旧36条4項」という。)の規定により特許を受けることができないとした。
第3原告主張の審決取消事由審決は,液晶パネル27及び液晶25等に係る実施可能要件についての判断を誤り(取消事由1,2),その結果,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていないとの誤った結論を導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(液晶パネル27に係る実施可能要件の判断の誤り)( ) 審決は,液晶パネル27について,「技術常識から考えて,液晶分子が面1に直角な方向から『前後方向』(水平方向)に揃って傾いたとしても,複屈折の状態が変化するだけで,非偏光の光を水平偏光にすることはできないから,液晶パネルが水平偏光板化することはない。よって,請求項3に係る発明を当業者が容易に実施することはできない。」(審決謄本4頁第4段落)と認定判断したが,誤りである。
( ) 2枚の偏光板を,それぞれの偏光軸が直交するように重ねた状態,すなわ2ち,直交ニコルの状態としたときの2枚の偏光板を透過する光の量は,それぞれの偏光軸が平行になるように重ねた状態,すなわち,平行ニコルの状態としたときの2枚の偏光板を透過する光の量に比べ,例えば,99%減少したり30%減少したりすることがある。これは,自然光が1枚目の偏光板(偏光子)を通過して,偏光度に応じた偏光量になった偏光を,次の偏光板(検光子)で更に偏光度に応じて遮断することによるものである。
ところで,液晶ディスプレーや液晶パネルの作用は,一組の偏光板の間に挾まれて存在する液晶層に電圧を印加し,その電圧印加のオン・オフによる偏光作用により,また,直交ニコルと平行ニコルとを利用し,白濁状態と透明状態とを切り替えたりして,偏光を遮断させたり通過させたり,あるいは,散乱と透明とを制御したりするものである。このように,液晶分子が配向して結晶化するならば,偏光板化し,偏光板として機能するものであり,したがって,液晶パネル27は,偏光性を有するものである。
( ) 「液晶パネル中の液晶は,複屈折の状態を変化させるだけのものである」3ことが,各種文献に記載され,一応の技術常識となっていたことは認める。
しかし,液晶パネルにおける光量制御は,そもそも偏光性の制御にほかならない。液晶パネルにおいて,複屈折が強く起こるので,この複屈折による偏光作用が存在することは認めるが,巨視的現象としての偏光作用も無視することができない。
例えば,平成14年2月28日日刊工業新聞社発行「トコトンやさしい液晶の本」(甲18,以下「甲18文献」という。)には,明確に液晶パネルの光量制御のために偏光の制御が用いられていることが記載されている。平成11年12月10日株式会社技術評論社発行「イラスト・図解液晶のしくみがわかる本」(甲19,以下「甲19文献」という。)には,液晶分子の傾斜が通電の増減により変わり,透過光量を制御し得るとしているが,複屈折と関連があるという程度にしか記載されていない。複屈折を通電により,どのように制御し,それが偏光板との関係において,どのような作用を現し,通過光量を増減させ得るのかなどについては,何も記載されていないので,これをもって複屈折のみによる液晶パネルの作用であるとすることはできない。
また,昭和54年11月25日株式会社コロナ社発行「画像電子ハンドブック」(甲15,以下「甲15文献」という。)には,液晶の偏光効果を利用することしか記載されておらず,液晶パネルにおける複屈折の具体的な有効な作用については,複屈折の状態(屈折方向)のことか,常光と異常光のなす角度のことか,それら各々の屈折角や方向が変わるというのか,特定波長の光のそれらが変わるというのか,両者の時間位相が変わるというのか,空間位相が変わるというのか,それらの透過率が変わるというのかが,不明である。なお,甲15文献には,「液晶の双極子モーメントが分子の長軸に直角方向に向いているネマチック液晶を,その長軸が液晶セルの電極面に対し垂直になるように配向した液晶パネルと直交ニコルとの組合せでは,そのままでは光は通過しないが」(312頁右欄末行ないし313頁左欄第1段落)との記載があるが,これは,直交ニコルをなす偏光板間に液晶パネルを挟み込んでいるものを表しており,自然光が液晶パネルへ入射する際の液晶パネルの作用について説明するものである。
要するに,審決は,液晶シャッターのオン・オフ切替え作用が複屈折で説明され得るとしているのであるが,複屈折を通電により,どのように制御し,それが偏光板との関係において,どのような作用を現し,透過光量を増減させ得るのかなどについては不明であるから,複屈折のみによる液晶パネルの作用をすることはできないのであり,液晶には偏光板的な作用が全くないとはいえない。
( ) 平成18年8月30日原告作成「実験報告書」(甲14,以下「本件実験4報告書1」といい,本件実験報告書に記載された実験を「本件実験1」という。)は,原告が,同月24日,和歌山県工業技術センターにおいて,同センターのA研究員とともに,10mm角で,厚さ0.05mm(20分の1mm)の液晶層を含む液晶セル1及び2(検甲1の1,2)を準備し,光源を,懐中電灯の発する自然光のまま又はこれを偏光板を通したものとし,偏光作用が認められるか否かを実験したものである。その結果,いずれの実験でも,2枚の偏光板(偏光子,検光子)の偏光方向が平行な状態(平行ニコル)より,垂直な状態(直交ニコル)の方が,通過光量が小さいことが判明した。すなわち,@偏光子を通過し,垂直偏光化した光が,垂直偏光板化している液晶層を通過する際は,あまり減光しないが,偏光子が水平で,通過光が水平偏光化している場合には,垂直偏光板化している「液晶層」をやや通過しにくくし,通過光量が減少するということができる,A偏光子を用いない場合において,自然光は,垂直偏光板化している液晶層を通過すると,垂直偏光化し,「垂直検光子」を通る際は,あまり減光しないが,「水平検光子」を通る場合には,それより減光する,ということができる。
本件実験1では,それほど大きな照度差が生じなかったが,液晶層の厚さを何倍にも増加させれば,偏光度は増すことが予想される。また,もっと別の現存する優れた液晶を選ぶか,将来造られる可能性もある,はるかに優れた液晶を用いれば,更に良好な結果が得られると思われる。
このように,延伸したPVA等のように分子方向がそろったり,水晶のように結晶中の原子配列が異方性にそろったりすると,大小の差はあっても,偏光作用が生じてくる現象は,自然界に広く存在しており,液晶分子に限り,分子方向がそろっても,何らの偏光作用も生じないというようなことはあり得ない。
( ) 平成18年11月30日付け原告作成「実験報告書2」(甲22,以下5「本件実験報告書2」といい,本件実験報告書2に記載された実験を「本件実験2」という。)は,原告において,同年9月29日,株式会社サンリッツ社製のサングラス用偏光板3枚(検甲1の3ないし5)を用いて行った実験である。本件実験2によると,偏光板2枚を偏光方向が直交するように重ねて直交ニコルを形成すると,偏光板2枚を偏光方向が平行になるように重ねて平行ニコルを形成した場合に比べ,光量が約1/10になるが,上記2枚の偏光板の間に,45度に傾斜した3枚目の偏光板を挿入すると,9/10の減光量が,3/10程度にとどまった。これは,液晶セルのシャッターのオン・オフ切替え作用が液晶セルの複屈折を利用しているとする被告の主張と矛盾する。なぜならば,これらの偏光板は,サングラス用のものであり,複屈折が起これば,二重視が生じ,使いものにならないから,複屈折は,起こっていない可能性がある。
( ) したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の液晶パネル27に係る記載6に実施可能要件に欠ける不備はないから,液晶パネル27に関する記載について,液晶分子が面に直角な方向から水平方向にそろって傾いたとしても非偏光の光を水平偏光にすることはできないとして,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていないとした審決の認定判断は,違法として取り消されるべきである。
2取消事由2(液晶25等に係る実施可能要件の判断の誤り)( ) 審決は,「配向した液晶分子は偏光板として機能するわけではないので,1液晶分子を上下方向に配向した状態で,非偏光による照明下で水平偏光眼鏡や水平偏光板を通して見たり・・・,照射される光を水平偏光としても・・・,非偏光照明下で偏光板を介さない場合に透明であった空洞内の液晶が,空洞の形に黒く見えることはないから,請求項3に係る発明を当業者が容易に実施することはできない。」(審決謄本5頁最終段落)と認定判断したが,誤りである。
前記1( )と同様,液晶の分子がそろって結晶化すれば,偏光板化,すな2わち偏光板として機能するのであり,液晶25は,偏光性を有するものである。
( ) 審決は,「液晶25が納められた空洞内に上下方向に分子が配向したPV2A薄板26を入れたとしても,PVA薄板の近傍の分子を上下方向に配向させることは可能であっても,空洞内の全領域にわたって液晶を上下方向に配向させることはできない・・・という点からも,発明の詳細な説明の記載に基づいて当業者が請求項3に係る発明を容易に実施することはできない。」(審決謄本5頁最終段落)と認定判断したが,誤りである。
液晶は,その名のとおり,結晶的な性質も持っており,PVA配向膜のような配向誘導体(結晶種子・結晶核)があれば,まず,その周囲で配向され,次には,それに接する別の液晶分子が次々に配向・結晶化して,ある程度の時間がたてば,かなりの広範囲にまで,同方向に結晶化が進行する。場合によっては,空洞中に偏光板材料の延伸したPVAや,電気石の彫刻等を用いてもよいことを本件明細書に記載している。
そして,神像は,別に人身大である必要はなく,ゴマ粒ほどのものでもよく,その厚みも複雑な細かな凹凸を初期からつける必要もないのであり,その時々の技術で可能なものにしていけばよいのであって,審決のいうように「空洞内の全領域にわたって液晶を上下方向に配向させることはできない」ものではない。
( ) したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の液晶25等に係る記載に不3備はなく,透明な合成樹脂の空洞中に収められた液晶25及びPVAの薄板26に関する記載について,液晶25の配向した液晶分子が偏光板として機能するわけではないので,偏光板を介して液晶25が見えるようにすることはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていないとした審決の認定判断は,違法として取り消されるべきである。
第4被告の反論審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(液晶パネル27に係る実施可能要件の判断の誤り)について( ) 液晶パネルにおける電圧印加のオン・オフ切替えにより,液晶分子の長軸1がパネル面に直角な方向に向いている状態と,水平方向にそろって傾いた状態との間で切り替わるタイプの液晶パネルは,「液晶セル」とも称され,液晶分子の配向方向に平行な偏光,垂直な偏光のいずれをも通過させるものであって,特定方向の偏光のみを通過させるものではない。
このことは,平成6年4月15日産業図書株式会社発行「液晶の世界」(乙1,以下「乙1文献」という。)に,「図4・5のように液晶分子が基板に平行な方向に配向した(ホモジニアス配向)セルにおいて,偏光板の偏光方向を液晶の長軸方向に合わせるようにすると,偏光板を通り直線偏光となった入射光は液晶セルに対して異常光となるが,常光成分がないので偏光状態は変わらずにそのまま液晶セルを通り抜ける。偏光板を九〇度回転して液晶分子の長軸方向に垂直な偏光とした場合には,常光成分のみとなり,同様に同じ偏光状態のままで液晶セルを通り抜ける。」(93頁第2段落)と記載されていること,特開平2-4212号公報(甲16,以下「甲16公報」という。)の複屈折の状態の変化を利用した発明に関する記載からも明らかである。
( ) 原告は,甲15文献,甲18文献,甲19文献等を挙げて,光量制御は,2そもそも偏光性の制御にほかならず,液晶において,複屈折が強く起こるので,それによる偏光作用が存在することは認めるが,巨視的現象としての偏光作用も無視できない旨主張する。
しかし,甲18文献は,ねじれネマティック型液晶について述べたものであるところ,この液晶は,電圧無印加状態で液晶の配向方向が液晶パネルの厚さ方向においてねじれているものであって,電圧無印加状態で液晶分子の配向方向がそろっているものではなく,前提において異なる。
また,甲19文献は,偏光フィルムの作用について記載したものであって,液晶の作用について記載したものではない。
さらに,甲20文献(甲19文献と同一)は,液晶分子が複屈折を有することを述べたものであって,液晶分子の配向方向がそろった液晶セルが自然光を偏光にするというものではない。なお,甲20文献の50頁には,光の振動方向と液晶分子の配向方向とが平行な場合と直交する場合において光速が異なることが記載されており,いずれの場合にあっても光が透過することが前提とされていることが明らかである。
その他,原告は,甲15文献には偏光を利用することしか記載されていないとし,要するに,複屈折により,どのようにして,偏光板と組み合わせた液晶パネルの透過光量が変わるのかが不明であると主張しているので,甲16公報を参考に説明すると,互いに平行な配向軸となるように配向処理が施された透明電極基板の間に液晶を封止した液晶セルの外側に,上記各配向軸と45度で,かつ,互いの偏光軸が直交するように2枚の偏光板を貼着したものにおいて,偏光板で直線偏光とされた光が,その偏光板の偏光軸に対して45度の角度をなす配向軸をもった液晶セルに入射すると,液晶の分子の配向軸方向に沿った偏光成分と,それに直交する方向の偏光成分との間では,複屈折により光速が異なり,両偏光成分の間に位相差が生じるので,液晶セルを通り抜けた後,偏光方向が入射光と異なる直線偏光となる。そこで,液晶セルにおいて電圧印加のオン・オフ切替えにより,液晶分子が面に直角な方向に並んでいる状態と,水平方向(前後方向)にそろって傾いた状態とに切り替わり,こうして,複屈折の作用に基づいて,偏光板との組み合わせにより光の透過量が制御されるのである。
( ) 本件実験1の測定結果により,液晶の配向方向と偏光子又は検光子の偏光3軸とを平行な状態から直交する状態にした場合の透過光の照度の減少割合を計算すると,わずか2〜7%程度である。しかも,本件実験報告書1の「備考」欄には,「懐中電灯の電池の起電力が時間経過の間に低下したため,『液晶セル1』の場合より,『液晶セル2』の実験の場合の方が,光源の明るさが減少している。」との記載もあり,仮に,光源の照度を一定に保った状態で測定した場合の減少割合は,より低い可能性も十分考えられる。
したがって,本件実験報告書1によっても,液晶分子の配向方向がそろえられた液晶セルが,特定方向の直線偏光以外の光はほとんど通さない偏光板として機能しているとは到底いえない。
( ) 原告は,本件実験2において,PVA製偏光板3枚を用い,そのうち2枚4で直交ニコルを形成させると,平行ニコルの場合より,光量が約1/10になるが,その間に45度に傾斜した3枚目の偏光板を挿入すると,9/10の減光量が,3/10程度にとどまることをもって,液晶セルのシャッターのオン・オフ作用が「複屈折である」という説明に矛盾するから,複屈折が起こっていない可能性がある旨主張する。
しかし,直交ニコルに配置した偏光板間に,複屈折性を有する液晶セルを挿入した場合と,偏光板を挿入した場合とでは,異なる現象が起こり,結果として,透過光の強度も大きく異なるものである。したがって,直交ニコルに配置した偏光板間に45度に傾斜した偏光板を挿入したときに透過光量が増えるという一事をもって,液晶セルの複屈折による作用を否定することはできない。
2取消事由2(液晶25等に係る実施可能要件の判断の誤り)について原告は,審決のいうように「空洞内の全領域にわたって液晶を上下方向に配向させることはできない」ものではない旨主張する。
しかし,通常,液晶セルは,配向膜を設けた2枚の基板の間に薄い液晶層を形成することにより,液晶分子の配向を行っている。これに対し,本件明細書の実施例3は,直方体24の中に設けた神像型の空洞中に液晶25を収め,その中に液晶分子を上下に配向させるためのPVA薄板26を設けることにより空洞内全域の液晶分子の配向をそろえるというものである。そして,本件明細書の実施例3において,PVA薄板26による液晶分子の配向の作用が,空洞内壁面側を含む空洞内全域の液晶分子の配向をそろえるほどのものであるとは,技術常識からは到底考えられない。また,たとえ,空洞内壁面に配向膜を設けるとしても,空洞は神像型のような複雑な3次元形状をしており,その結果,内壁面は様々な方向をとるので,空洞内全域の液晶分子の配向を一方向にそろえるのは困難である。
第5当裁判所の判断1取消事由1(液晶パネル27に係る実施可能要件の判断の誤り)について( ) 前記第2の2【請求項3】のとおり,「画像板の前方に,透明合成樹脂製1直方体を設け,該直方体中に空間潜像形成用の空洞を設け,その中に直方体と同色同屈折率の液晶を入れ,該液晶の配向方向を制御するためのPVA板や透明電極を空洞内に設け,直方体の周面に通電により偏光性や透光性を制御するための偏光板や液晶パネル,または液晶パネルと偏光板とを重ねたものを張り付け,直方体中の液晶や,直方体外の液晶パネルの偏光性や,液晶パネルと偏光板とを重ねたものの透光性を制御するための太陽電池等の通電装置を設けた」との構成を有する本願発明3について,審決は,液晶パネル27及び液晶25等に関し,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,発明の構成が発明の詳細な説明に記載されていないと判断したのに対し,原告は,その判断が誤りである旨主張するので,まず,「液晶パネル27」についての本件明細書の記載についてみると,以下の記載がある。
ア「(実施例3)図13は空間潜像を含む実施例の正面図。図14はその横断面図である。22は台板。23はそれに取り付けた太陽電池。24は台板上に取り付けた透明な合成樹脂の直方体で,その前面には鳥居が描かれている。25はその内部に設けた神像形の空洞中に収められた直方体と同色で,同屈折率の液晶。26はその中に入れた上下方向に分子が配向し,周囲の液晶の分子を配向しているPVAの薄板。27は直方体の左側面と上面をおおう液晶パネルで,通電時には液晶の分子が面と直角に向き,透過光は非偏光光のままであるが,通電量が減少すると分子が前後方向に傾き,水平偏光板化する。28は直方体の右側面をおおう水平偏光板。29は垂直偏光板で,前面には,比較的まばらな多数の白点から成る霞と,潜像の社殿の陽画とが描かれ,後面には社殿の陰画とが描かれている。30はその後面に張り付けた白に近い灰色の反射板である。」(段落【0064】)イ「これを明るい室内に置くと,太陽電池23の出力電圧が液晶パネル27の透明電極にかかり,透過光は非偏光のまま,前面からの光と共に,直方体24中に入る。」(段落【0065】)ウ「正面から見ると,液晶から成る神像25やPVA薄板26は透明で見えず,偏光板29の前面の陽画と後面の陰画も合成されて一様な灰色に見え,ただ,前面の霞だけが見える。」(段落【0066】)エ「ここで,水平偏光眼鏡で正面から見ると,垂直偏光板29の後面の光が遮断され,かすかな霞の中に社殿が見え,社殿の前に彫刻のように,液晶25から成る黒っぽい神像が見える。」(段落【0067】)オ「また,眼鏡をかけなくても,右側面から見ると,水平偏光板28を通して,社殿と神像を見る事ができる。」(段落【0068】)カ「室内が薄暗くなると,太陽電池23の出力が減少し,液晶パネル27は水平偏光板化し,直方体24中に入る大部分の光が水平偏光になり,社殿と神像が見えてくる。」(段落【0069】)キ「なお,液晶25を入れた空洞の底に有機シランその他の物質を塗膜し,液晶分子を垂直方向に配向したり,空洞内に透明電極を取り付け,通電して配向したり,電気石,PVA,その他の垂直偏光体を彫刻し,その周囲に透明樹脂をモールドする等してもよい。」(段落【0070】)( ) 一般に,「偏光」とは,「一定の方向にだけ振動する光波,すなわち直線2偏光(平面偏光)。また,その振動が楕円振動・円振動などである光波をそれぞれ楕円偏光・円偏光という。」(広辞苑第五版),「電場ベクトル(あるいは磁場ベクトル)の振動方向の分布が一様でなく,かたよっている光。
振動方向が一直線上に限られる直線偏光,円を描いて振動する円偏光などがある。」(大辞林第三版)などといった意味とされている。
本件明細書の発明の詳細な説明の上記記載によれば,液晶パネル27は,直方体の左側面と上面をおおう液晶パネルで,通電時には液晶の分子が面と直角に向き,透過光は非偏光光のままであるが,通電量が減少すると分子が前後方向に傾き,水平偏光板化すること,すなわち,通電時には,直方体24に入るのが非偏光光であるので,直方体と同色,同屈折率の液晶から成る神像25及びPVA薄板26を見ることができないが,通電量が減少すると,「直方体24中に入る大部分の光が水平偏光」であるので,上記神像25及びPVA薄板26を見ることができるというものである。したがって,ここで問題となるのは,通電量が減少すると水平偏光板化し,「直方体24中に入る大部分の光が水平偏光」になるという記載が,当業者において容易に実施可能か否かということであり,換言すると,本願発明にいう液晶パネル27において,通電量が減少すると液晶パネル27を透過する「大部分の光が水平偏光」であるか否かである。
( ) 審決は,液晶パネル27について,「技術常識から考えて,液晶分子が面3に直角な方向から『前後方向』(水平方向)に揃って傾いたとしても,複屈折の状態が変化するだけで,非偏光の光を水平偏光にすることはできないから,液晶パネルが水平偏光板化することはない。よって,請求項3に係る発明を当業者が容易に実施することはできない。」(審決謄本4頁第4段落)と認定判断したのに対し,原告はこれを争い,液晶分子がそろって結晶化すれば,偏光板化,すなわち偏光板として機能するのであり,液晶パネル27は,偏光性を有する旨主張するので,検討する。
ア「液晶パネル中の液晶は,複屈折の状態を変化させるだけのものである」ことが,各種文献に記載され,一応の技術常識となっていたことは,原告も認めるところである。
イ乙1文献について(ア) 乙1文献には,以下の記載がある。
( ) 「液晶は普通の液体のように流動性を持っているが,一方ではそのa分子配列の方向によって性質が異なるという異方性も合わせ持つことが大きな特徴である。すなわち,液晶の光学的,電気的,また磁気的性質は液晶分子配列の方向によって異なっている。液晶における光学的異方性には,液晶分子の長軸方向とそれに垂直な方向で屈折率が異なるという複屈折や,入射光の振動(偏光)の方向が物質を通る間に回転するという旋光性,右回りと左回りの円偏光に対する吸収(透過)特性が異なるという円偏光二色性などがある。」(88頁第1ないし第2段落)( ) 「光学的に異方性を持つ物質に光が入射するときに,二つの屈折光bが現われる場合があり,このような性質は『屈折率異方性』または『複屈折』と呼ばれており,結晶などに特有なものである。方解石の結晶を通して物体を見ると,複屈折のために物体が二重に見えることは古くから知られていた。結晶の光軸と呼ばれる方向と垂直方向に振動(偏光)する光は『常光線()』と呼ばれており,常光ordinary ray線に対する屈折率はn で表わされる。一方,光軸に平行に振動する 0光は『異常光線()』と呼ばれ,屈折率はn で表わさ extrordinary ray eれる。常光線は等方性の物質の中での光と同様の性質を持ち,スネルの法則(注,異なる媒質の境界に光が入射するとき,入射角の正弦と屈折角の正弦との比は,媒質の屈折率の比に等しいという法則〔広辞苑第五版〕)は常光線に対してだけ成立する。」(89頁第2段落ないし90頁第1段落)( ) 「次に,このような複屈折性を示す液晶に光が入射した場合についcて考えてみる。・・・複屈折性を示す物質の光軸を含む面内に光が入射すると,常光線に対する屈折率n と異常光線に対する屈折率n が0 e互いに異なるので,・・・入射光線はそれぞれ常光線と異常光線に分かれて物質内を進むことになる。また,・・・偏光板を通して液晶セルに偏光を入射した場合について考えてみる。・・・液晶分子が基板に平行な方向に配向した(ホモジニアス配向)セルにおいて,偏光板の偏光方向を液晶の長軸方向に合わせるようにすると,偏光板を通り直線偏光となった入射光は液晶セルに対して異常光となるが,常光成分がないので偏光状態は変わらずにそのまま液晶セルを通り抜ける。
偏光板を九〇度回転して液晶分子の長軸方向に垂直な偏光とした場合には,常光成分のみとなり,同様に同じ偏光状態のままで液晶セルを通り抜ける。」(93頁第2段落)( ) 「液晶セルの反対側,すなわち光が通り抜けて出てくる側に,もうd一枚の偏光板を置いてみる。この偏光板は入射光側に置かれた偏光板を偏光子と呼ぶのに対して,検光子と呼ばれる。検光子の偏光方向が入射側の偏光板と同じ方向の場合を,平行偏光子または平行ニコル,偏光子と検光子の偏光方向を互いに直交させた場合を,直交偏光子または直交ニコルという。」(96頁第2段落)(イ) 上記記載によれば,液晶は,その分子配列の方向によって性質が異なるという異方性を有することに特徴を有する液体であり,液晶における光学的異方性の1つとして,液晶分子の長軸方向とそれに垂直な方向で屈折率が異なるという複屈折の特性があること,複屈折性を示す物質の光軸を含む面内に光が入射すると,常光線に対する屈折率と異常光線に対する屈折率とが異なるので,入射光線はそれぞれ常光線と異常光線に分かれて物質内を進むことが認められる。
(ウ) そうすると,複屈折性を示す液晶においては,入射光線が,常光線と異常光線に分かれて液晶内を進むものであり,液晶パネル内で入射光の一定方向のみが遮断されるなどといった偏光作用が生じるとはいえず,液晶分子が配向しているからといって,直ちに,偏光板化したり,偏光板として機能したりすることはないものである。
ウ甲18文献について(ア) 甲18文献には,「液晶ディスプレイは,2枚のガラス基板の上に液晶材に電圧をかけるための電極と液晶分子を並べさせるための配向膜を付け,この2枚のガラス板の間に液晶材を封じ込めます。前述の配向膜はある種の布でこすり(ラビング処理)ますと,一方向に細長い溝ができます。この溝に液晶分子を並べさせます。ここで,溝を作る配向膜のラビング方向は上と下の基板では90度異なるように作ります。このような状態にしますと,液晶分子は2つの配向膜間で90度ねじれて配列します。用いる液晶材は,ネマティック型液晶材のために『ねじれネマティック(,略して,TN)型液晶』と呼ばれます。9Twisted Nematic0度ねじれて配列された液晶材をはさんだパネルの表と裏にそれぞれ偏光板(前項参照)を貼り付けます。このように構成したパネルの電極に電圧を加えたり,切ったりしますと光のシャッターになります。いま,電圧がゼロの場合,偏光板を通ってきた光は,一方向の振動である直線偏光になります。この偏光方向と液晶分子の配列方向が合っていると光は液晶分子の中に入り,液晶分子が上図のように90度ねじれて配列されていますので,光も分子に沿って90度ねじれます。対向の偏光板は直交した方向(90度)に置かれていますので光は透過し白色に見えます。一方,電圧が加わる場合,偏光板を通ってきた直線偏光は電界の力で液晶分子が・・・立ち上がっていますので液晶分子の中ではねじれることなく,そのまま進んでしまいます。対向の偏光板は直交した方向(90度)に置かれておりますので光は透過できずに黒色に見えます。
以上のように,電圧のオン,オフによって光がオフ,オンされます。また,中間の電圧では,光の半透過状態,すなわち,灰色が得られます。」(54頁)との記載がある。
(イ) 上記記載によれば,液晶パネル(液晶ディスプレイ)において,2つの配向膜間の液晶材の液晶分子を同パネルの厚さ方向に90度ねじれるように配列すると,この液晶パネルに入射した光は,同パネルの厚さ方向に90度ねじれた液晶分子に沿って,90度ねじれること,当該液晶パネルに電圧が印加して,液晶分子の長軸方向が同パネルに直交する方向を向くと,この液晶パネルに入射した光は,同パネルに長軸方向が直交している液晶分子に沿って直進し,ねじれることがないこと,このような作用を有する上記液晶パネルの表裏両面に,偏光方向が直交するように偏光板を置くと,液晶パネルに印加する電圧がゼロの場合,第1の偏光板を通過した偏光は,同パネルの厚さ方向に90度ねじれた液晶分子に沿って90度ねじれるので,偏光方向が第1の偏光板に直交している第2の偏光板をそのまま通過するが,液晶パネルに電圧が印加された場合,第1の偏光板を通過した偏光は,長軸方向が同パネルに直交する液晶分子に沿って直進するので,第2の偏光板で遮断されることが認められる。
(ウ) そうすると,液晶パネルに対する電圧のオン・オフ切替えによって,第2の偏光板に至った光が通過したり遮断されたりするのは,液晶分子の向きの制御により,液晶パネル通過中に偏光の方向が変えられるためであり,液晶パネル内で入射光のうちの特定方向のみが通過するといった偏光作用によるものとはいえず,液晶分子が配向しているからといって,直ちに,偏光板化したり,偏光板として機能したりするとはいい難いものである。
エ甲16公報について(ア)甲16公報の【従来の技術】欄には,「従来のこの種の液晶シャッタ素子21の構成を示すものが第2図であり,夫々の内面側に透明電極が設けられ,お互いが平行な配向軸2a,3aとなるように配向処理が施された透明電極基板2と3の間に液晶4が封止された液晶セル5の外側に,前記配向軸2a,38と45度で且つお互いの偏光軸6a,7aとが直交するように偏光板6,7を貼着したものであり,例えば入射側とされた偏光板6を透過し偏光軸6aと方向を一致する直線偏光の光として前記液晶セル5に入射され,この液晶セル5に駆動電圧を印加しないときには液晶4の分子が配向軸2a,3aの方向に揃うことで液晶セル5はこの配向軸2a,3aを偏光軸とする被屈折特性を有するものとなり,前記偏光板6の偏光軸6aの方向と45度としたことで前記偏光軸6aの方向から90度旋回させるものとなり,前記偏光軸6aと直交する偏光板7を透過するものとなる。他方,前記液晶セル5に駆動電圧を印加したときには液晶4の分子が透明電極基板2,3と直角の方向に揃うことで,この液晶セルは等方性となり前記偏光板6からの偏光に何等の作用を及ぼさないものとなり,この偏光板6を通過する光は偏光軸を直交する偏光板7を通過せず遮光され,よって駆動電圧の開閉によってシャッタ作用が得られるものとなる。」(1頁右欄ないし2頁左上欄第1段落)との記載がある。
(イ) 上記記載によれば,互いに平行な配向軸となるように配向処理が施された透明電極基板の間に液晶を封止した液晶セルの外側に,上記各配向軸と45度で,かつ,互いの偏光軸が直交するように2枚の偏光板(第1,第2の偏光板)を貼着したものにおいて,第1の偏光板で直線偏光とされた光が,その偏光板の偏光軸に対して45度の角度をなす配向軸をもった液晶セルに入射すると,複屈折により偏光成分の間に位相差が生じ,液晶セルを通り抜けた後,偏光方向が入射光と異なる直線偏光となるので,第2の偏光板を通過することができること,一方,液晶セルに電圧を印加すると,液晶分子の方向が変わり,入射した直線偏光が液晶セルを通り抜けた後,入射前と同じ偏光方向を有する直線偏光のままにすることができ,そのため,第1の偏光板と偏光軸が直交している第2の偏光板を透過することはできずに遮光されることが認められる。
(ウ) そうすると,液晶パネルに対する電圧のオン・オフ切替えによって,第2の偏光板に至った光が通過したり遮断されたりするのは,液晶分子の向きの制御により,液晶パネル通過中に偏光の方向が変えられるためであり,液晶パネル内で入射光のうちの特定方向のみが通過するといった偏光作用によるものとはいえず,液晶分子が配向しているからといって,直ちに,偏光板化したり,偏光板として機能したりするとはいい難いものである。
オその他,本件全証拠を検討しても,液晶分子が偏光板化したり,偏光板として機能したりすることをうかがわせる証拠を見いだすことができない。
カ本件実験報告書1(甲14)に記載されている本件実験1は,以下のとおりのものである。
(ア) 実験装置・機材等@光源:ベニア板上に懐中電灯を固定し,左方に向かう光束が,100mmに到る点に直径8mmの孔を開けた黒塗りの紙製暗箱をかぶせ,細目の光束を得るようにした自然光の光源。
A偏光子固定装置:暗箱の左面に接する前後2枚のプラスチック製板バネ。
B液晶セル固定装置:光源から120mmの位置に設けた前後2本の支柱から成る。
C検光子固定装置:光源から140mm左方に設けた前後2本の支柱から成る。
D照度計:光源から150mmの位置に直径5mmの孔を開けた黒色紙製マスクをかけた照度計(アズワン株式会社製のModelLM-331のデジタル照度計)のセンサーヘッドを固定する。
E「液晶セル1」及び「液晶セル2」:いずれも透明電極付ガラス板(株式会社EHCのSZ-B111N1N,24×20mm)にポリイミド薄膜を付け,上下方向に布でこすって,いわゆるラビング処理をほどこした配向膜2枚を後記の厚み分だけの間隙を残して張り合わせたセルであり,その間隙の中央付近に0.05mmの厚みを有する10mm角の間隙が生じるよう,周囲のうち3辺を接着し,この間隙に液晶(化学名4 シアノ 4: n ペンチルビフェニル,東京化成‐‐‐‐工業株式会社から購入。)を注入したものである。
F偏光子:株式会社サンリッツ製のヨウ素で染めたPVAを用いたサングラス用偏光板,NC-82-120を偏光軸が長辺に一致するように,30×50mm角に切ったものであり,セルより光源側に固定して用いる。
G検光子:偏光子と同じものであるが,セルよりセンサー側に固定して用いる。
(イ) 実験法「液晶セル1」又は「液晶セル2」(E)を光源(@)から120mmの位置に配向方向が直交するようにクリップ等で固定(B)し,光源から100mm離れた位置又は140mm離れた位置に,「偏光子」(F)又は「検光子」(G)を水平方向又は直交方向に固定(A,C)する。透過光量を照度計(D)で読み取り記録する。
(ウ) 測定結果「液晶セル1」を用いた実験(以下「実験( )」という。) 1測定番号 偏光子の 液晶の 検光子の照度後-直前 後/直前の軸方向軸方向軸方向(ルクス)の差比(%)測定10直交019.0測定2直交直交09.5測定3水平直交09.3-0.2 97.89測定40直交直交9.9測定50直交水平9.2-0.7 92.92「液晶セル2」を用いた実験(以下「実験( )」という。) 2測定番号 偏光子の 液晶の 検光子の照度後-直前 後/直前の軸方向軸方向軸方向(ルクス)の差比(%)測定60直交013.5測定7直交直交07.2測定8水平直交06.8-0.4 94.44測定90直交直交7.0測定0直交水平6.5-0.5 91.8510(表中の「偏光子の軸方向」「検光子の軸方向」において「0」とあるのは,偏光子又は検光子を用いない場合を表す。)(エ) 上記の測定結果によれば,@光源からの光が,配向軸が直交する液晶セルのみを通過した場合の照度は,実験( )では19.0ルクス(測定11),実験( )では13.5ルクス(測定6)であったこと,A偏光子 2を用いてその軸方向を直交させた場合には,実験( )では9.5ルクス 1(測定2),実験( )では7.2ルクス(測定7)であり,水平とした 2場合には,それぞれ,9.3ルクス(測定3),6.8ルクス(測定8)であったこと,B検光子を用いてその軸方向を直交させた場合には,実験( )では9.9ルクス(測定4),実験( )では7.0ルクス(測定1 29)であり,水平とした場合には,それぞれ,9.2ルクス(測定5),6.5ルクス(測定10)であったことが認められる。
そして,実験( ),実験( )のいずれも,検光子の軸方向を水平にする12と,直交の場合よりも照度が多少減少しているが,直交時の9.9ルクス(実験( )),7.0ルクス(実験( ))に対して,水平時でも9.21 2ルクス(実験( )),6.5ルクス(実験( ))もの照度となっている。 1 2なお,検光子の軸方向を水平にすると,直交させた場合よりも照度が多少減少している点については,前者において,何らかの光学的作用によって,検光子を通過する光を減少させている可能性があるが,それが液晶自体の偏光の性質を示すものか否かは,不明である。
前記( )のとおり,本件において問題となるのは,通電量が減少する2と水平偏光板化し,「直方体24中に入る大部分の光が水平偏光」になるという本件明細書の記載が,当業者において容易に実施可能か否かということであるところ,本件実験1においては,上記のとおり,液晶セル1又は液晶セル2は,軸方向を直交にするか水平にするかにかかわらず,光の大部分を通過させているものであるから,本件明細書の「直方体24中に入る大部分の光が水平偏光」になるという記載を裏付けるには足りない。
( ) 原告の主張について4ア原告は,光量制御は,そもそも偏光性の制御にほかならず,液晶において,複屈折が強く起こるので,それによる偏光作用が存在することは認めるが,巨視的現象としての偏光作用も無視できない,あるいは,複屈折を通電により,どのように制御し,それが偏光板との関係において,どのような作用を現し,通過光量を増減させ得るのか等については文献に記載されていない旨主張する。
しかし,本件で問題とされるべきは,本願発明にいう液晶パネル27において,液晶の分子の向きの制御により,偏光板のように,一方向(水平方向)の光のみを通過させる作用を有するか否かであって,複屈折の作用と偏光作用の関係を探究することでも,巨視的現象としての偏光作用を探究することでもない。
イ原告は,本件実験1では,それほど大きな照度差が生じなかったが,液晶層の厚さを何倍にも増加させれば,偏光度は増すことが予想される,また,もっと別の現存する優れた液晶を選ぶか,将来造られる可能性もある,はるかに優れた液晶を用いれば,更に良好な結果が得られると思われる旨主張する。
しかし,明細書の記載要件としての実施可能要件を定める特許法旧36条4項は,「前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定するものであり,本件訴訟において問題とされているのは,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易に実施可能な程度の記載があるか否かである。ところで,本件明細書には,前記( )ア,カのとおり,1「27は直方体の左側面と上面をおおう液晶パネルで,通電時には液晶の分子が面と直角に向き,透過光は非偏光光のままであるが,通電量が減少すると分子が前後方向に傾き,水平偏光板化する。」(段落【0064】),「室内が薄暗くなると,太陽電池23の出力が減少し,液晶パネル27は水平偏光板化し,直方体24中に入る大部分の光が水平偏光になり,社殿と神像が見えてくる。」(段落【0069】)と記載され,液晶パネル27は,通電量が減少したときには,分子が前後方向に傾いているものであって,直方体24中に入る大部分の光を水平偏光にするものとして説明されており,この記載に係る技術事項の実施可能要件を論じているのである。したがって,液晶層の厚さを何倍にも増加させるとか,もっと別の現存する優れた液晶を選ぶとか,将来,はるかに優れた液晶が造られる可能性があるとかいう,本件明細書には記載されていないことに基づく上記主張は,失当というほかない。
ウ原告は,延伸したPVA等のように,分子方向がそろったり(更にその作用を強化するため,ヨウ素その他の色素を加える場合もある),水晶のように結晶中の原子配列が(異方性に)そろったりすると,大小の差はあっても,偏光作用が生じてくる現象は,自然界に広く存在しており,液晶分子に限り,分子方向がそろっても,何らの偏光作用も生じないというようなことはあり得ない旨主張する。
しかし,本件明細書においては,上記のとおり,「27は直方体の左側面と上面をおおう液晶パネルで,通電時には液晶の分子が面と直角に向き,透過光は非偏光光のままであるが,通電量が減少すると分子が前後方向に傾き,水平偏光板化する。」(段落【0064】),「室内が薄暗くなると,太陽電池23の出力が減少し,液晶パネル27は水平偏光板化し,直方体24中に入る大部分の光が水平偏光になり,社殿と神像が見えてくる。」(段落【0069】)と記載されており,そこに記載されている液晶パネル27及び液晶25等に係る実施可能性が問題となっているのであって,自然界に存在する偏光作用を有する液晶を対象としているのではない。
エ原告は,甲15文献の「液晶の双極子モーメントが分子の長軸に直角方向に向いているネマチック液晶を,その長軸が液晶セルの電極面に対し垂直になるように配向した液晶パネルと直交ニコルとの組合せでは,そのままでは光は通過しないが」(312頁右欄末行ないし313頁左欄第1段落)との記載について,これが,直交ニコルをなす偏光板間に液晶パネルを挟み込んでいるものを表しており,自然光が液晶パネルへ入射する際の液晶パネルの作用について説明するものである旨主張する。
しかし,上記記載は,液晶パネルと直交ニコルとの組合せに関するものであって,液晶パネルへの入射光が直線偏光であることを前提として,分子が電極面に対して平行であるときには,入射直線偏光はだ円偏光となり特定の波長域の光が通過するようになることを説明するものであり,自然光が液晶パネルへ入射する際の液晶パネルの作用について説明するものではない。
オ原告は,株式会社サンリッツ社製のサングラス用偏光板3枚(検甲1の3ないし5)を用いて行った本件実験2において,偏光板2枚を偏光方向が直交するように重ねて直交ニコルを形成すると,偏光板2枚を偏光方向が平行になるように重ねて平行ニコルを形成した場合に比べ,光量が約1/10になるが,上記2枚の偏光板の間に,45度に傾斜した3枚目の偏光板を挿入すると,9/10の減光量が,3/10程度にとどまったところ,これは,液晶セルのシャッターの切替え作用が液晶セルの複屈折を利用しているとする被告の主張と矛盾する,なぜならば,これらの偏光板は,サングラス用のものであり,複屈折が起これば,二重視が生じ,使いものにならないから,複屈折は,起こっていない可能性があるからであると主張する。
原告の上記主張は,おそらく,液晶には偏光作用があるとの前提で,液晶に複屈折が生ずるならば,サングラス用の偏光板も複屈折を生ずるはずであり,そうすると,そのサングラスは使いものにならないはずであるとしているものと思われる。
しかしながら,液晶には偏光作用があるとの前提が誤りであることは,前記( )のとおりである。また,前記( )ウ及びエに認定したところによれ3 3ば,常に液晶の複屈折が利用されているわけではない。加えて,そもそも,仮に,液晶に複屈折が生ずるからといって,偏光板も複屈折を生ずるとするのは,根拠を欠くものであって論理の飛躍である。
なお,原告主張のとおり,2枚の偏光板の間に,45度に傾斜した3枚目の偏光板を挿入すると,減光量が低減するとしても,例えば,直交ニコルに配置した偏光板間に,複屈折性を有する液晶セルを挿入した場合と,偏光板を挿入した場合とでは,異なる現象が起こり,結果として,透過光の強度が大きく異なってくる可能性もあるのであるから,直ちに,液晶自体の偏光の性質を示すものとはいい難い。
( ) 以上のとおり,原告の取消事由1の主張は,いずれも採用の限りでない。
52取消事由2(液晶25等に係る実施可能要件の判断の誤り)について( ) 審決は,「配向した液晶分子は偏光板として機能するわけではないので,1液晶分子を上下方向に配向した状態で,非偏光による照明下で水平偏光眼鏡や水平偏光板を通して見たり・・・(注,前記1( )エ,オ),照射される1光を水平偏光としても・・・(注,同カ),非偏光照明下で偏光板を介さない場合に透明であった空洞内の液晶が,空洞の形に黒く見えることはないから,請求項3に係る発明を当業者が容易に実施することはできない。」(審決謄本5頁最終段落)と認定判断したのに対し,原告は,これを争い,液晶の分子がそろって結晶化すれば,偏光板化,すなわち偏光板として機能するのであり,液晶25は,偏光性を有する旨主張する。
( ) 本件明細書の発明の詳細な説明には,前記1( )アのとおり,「25はそ2 1の内部に設けた神像形の空洞中に収められた直方体と同色で,同屈折率の液晶。26はその中に入れた上下方向に分子が配向し,周囲の液晶の分子を配向しているPVAの薄板。」(段落【0064】)との記載があるから,神像形の空洞中に収められた液晶25の液晶分子は上下方向に配向されていることになる。
ところで,液晶25の液晶分子が上下方向に配向されるとしても,液晶25が水平偏光を遮光するものとして作用するといえないことは,前記1の液晶パネル27の場合と同様である。
したがって,非偏光の光が直方体24に入るときに,水平偏光眼鏡や水平偏光板28を通してこれを見たり,水平偏光が入ると黒っぽい神像が見えるとはいえない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明中の「ここで,水平偏光眼鏡で正面から見ると,垂直偏光板29の後面の光が遮断され,かすかな霞の中に社殿が見え,社殿の前に彫刻のように,液晶25から成る黒っぽい神像が見える。」(段落【0067】),「また,眼鏡をかけなくても,右側面から見ると,水平偏光板28を通して,社殿と神像を見る事ができる。」(段落【0068】)との記載は,当業者において容易に実施可能であるとはいい難い。
( ) 以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,本願発明3につ3いて,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていないとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は失当というほかはない。
3以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明