関連審決 | 不服2001-22977 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成19ネ10008職務発明対価支払等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成23行ケ10148審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ474特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 承継 / 有用性 / 新規性 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 先行技術 / 翻訳文 / 優先権 / 実施 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 国際出願 / 国際公開 / 国内公表 / |
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事件 |
平成
16年
(行ケ)
233号
審決取消請求事件
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原告 メレルファーマスーティカルズ インコーポレイテッド 訴訟代理人弁理士 佐々井克郎,復代理人弁理士 高木千嘉,結田純次,三輪昭 次,新井信輔 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 横尾俊一,竹林則幸,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/02/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-22977号事件について平成15年12月10日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は,本願発明「肝臓が損われた患者での抗ヒスタミン剤としてのターフェナジン誘導体の用途」の特許出願人である。 本件出願は,1992年(平成4年)5月11日及び同年7月31日の米国出願に基づく優先権を主張して,日本国を指定国としてする平成5年4月6日の国際出願に係るものであるが(平成5年11月25日国際公開,WO93/23047,平成7年7月27日国内公表,特表平7-506828),平成13年9月12日拒絶査定があったので,原告は,同年12月21日に不服審判の請求をした(不服2001-22977号)。 同審判において,平成15年12月10日,審判請求不成立の審決があり,その謄本は平成16年1月24日原告に送達された(出訴期間90日付加)。 2 本願発明(請求項1に記載の発明を指す。その余の請求項記載の発明については省略)の要旨 式 [式中,φはフェニル基を表す。]の化合物,又は製薬上受入れられるその塩類,又はその光学異性体類の抗ヒスタミン有効量を含有する,ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用の抗ヒスタミン剤。 3 審決の理由の要点 (1) 引用例 本件優先権主張日前に頒布された刊行物である特公平1-32823号公報(引用例。本訴甲1)には以下の事項が記載されている。 「本発明の化合物の有用性を示すと,4[4-[4-(ヒドロキシジフェニルメチル)-1-ピペリジニル]-1-ヒドロキシブチル]-α,α-ジメチルベンゼン酢酸は,1×10-7Mの濃度で,ヒスタミンで誘発された単離されたモルモットの回腸筋肉収縮において著るしい減少をもたらした。」(4頁右欄4〜9行) 「α-(p-第三ブチルフェニル)-4-(α-ヒドロキシ-α-フェニルベンジル)-1-1ピペリジンブタノール(対照化合物I:先行技術の化合物)と本発明の化合物4-[4-[4-(ヒドロキシジフェニルメチル)-1-ピペリジニル]-1-ヒドロキシブチル]-α,α-ジメチルベンゼン酢酸(実施例2の化合物)の作用の速さを比較した。 上記2つの化合物をモルモットのヒスタミン二燐酸で誘発された皮膚膨疹(0.1μg/膨疹)に対する抗ヒスタミン効果について試験した。2つの化合物を各々0.8mg/kgで静脈内投与した。この方法で試験したとき対照化合物Iの抗ヒスタミン効果は徐々に現われ,薬物投与240分後に効果のピークに達した(85%の阻止)。一方実施例3の化合物はヒスタミンで誘発された膨疹に対する効果を現わし始めるのが早く,薬物投与30分後に阻止効果はピークに達した(90%阻止)。 このように上記の条件下で実施例2の化合物は作用の速い抗ヒスタミン物質であって,速い作用が望まれるときに有利な効果を有すると考えられる。」(8頁左欄15〜35行) 「新規化合物の投与量は,希望する効果を得るためには,1日当たり約0.01〜20mg/kgの患者体重の単位適量形の有効量を与えるように広い範囲で変化できる。」(3頁右欄24〜27行) (2) 対比判断 引用例の実施例2の化合物(4[4-[4-(ヒドロキシジフェニルメチル)-1-ピペリジニル]-1-ヒドロキシブチル]-α,α-ジメチルベンゼン酢酸)は,本件請求項1の式で示される化合物と同一の化合物であるから,引用例には,本件請求項1の式で示される化合物の抗ヒスタミン有効量を含有する抗ヒスタミン剤が記載されているといえる。(以下,本件請求項1の式で示される化合物をターフェナジンカルボキシレートという。) 本願発明と引用例記載の発明とを対比すると,両者は,ターフェナジンカルボキシレートの抗ヒスタミン有効量を含有する抗ヒスタミン剤である点において一致し,一方,本願発明が「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用」のものであるのに対し,引用例のものはかかる限定事項が記載されていない点で一応の相異があると認められる。 しかし,引用例記載の発明は「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒト患者に使用すること」を特に除外するものではないから,「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒト患者用」であるとの限定を付加することによって,ターフェナジンカルボキシレートの有効量を含む抗ヒスタミン剤として実質的に相違がもたらされるものではない。 また,先行技術の化合物であるターフェナジンは一部の患者においてQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすという副作用があるが,本願発明において,ターフェナジンカルボキシレートにはそのような副作用がないことを新たに発見したとしても,その結果,ターフェナジンカルボキシレートの有効量を含む抗ヒスタミン剤の新たな用途が拓かれたわけではない。 したがって,本願発明は引用例に記載された発明であるといわざるを得ない。 なお,請求人(原告)は,拒絶理由通知に対する意見書において,引用例には動物実験の結果が記載されているにすぎず,ヒトの患者に対する具体的な使用を開示していないから,ヒトの患者に対する抗ヒスタミン剤を開示又は示唆しない旨主張している。 しかし,一般に医薬品の開発は,まず動物実験によって有効性,安全性等を確認した後にヒトを対象とした臨床試験を行うという手順で進められるものであって,ヒト用の医薬に係る発明が開示されるために,必ずしもヒトに投与した臨床試験の結果を記載することが要求されるものではない。 そして,引用例には,動物実験によってターフェナジンカルボキシレートが抗ヒスタミン剤として先行技術の化合物(ターフェナジン)に比べて有利な効果があることを確認したことが記載されており,この試験方法がヒトに用いる抗ヒスタミン剤の試験方法として不適当なものであるとも,引用例が専ら動物用医薬の開発を目的としているとも認められない。 したがって,請求人の上記主張を採用することはできない。 (3) 審決のむすび 以上のとおり,本願発明はその出願前に頒布された刊行物である引用例に記載された発明であるから,特許法29条1項3号の規定に該当し特許を受けることができない。 |
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原告主張の審決取消事由
便宜,原告の主張を取消事由1〜3として整理した。 1 取消事由1(相違点の看過) 引用例は,本願発明の用途を特に記載せず,引用例記載の発明は,本願発明の用途があることを知らなかったのであるから,審決が「抗ヒスタミン剤が記載されているといえる」とした抗ヒスタミン剤は,どのような患者にも使用できる抗ヒスタミン剤が記載されているといえるものではなく,他方で,本願発明はあらゆる患者全体用として特許出願するものではない。したがって,本願発明と引用例記載の発明とを対比すると,両者は抗ヒスタミン有効量を含有する点でのみ一致し,前者はターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒト患者用の抗ヒスタミン剤であるのに対し,後者はかかる用途を認識していない抗ヒスタミン剤である点で相違するものというべきである。 なお,本願発明が「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者」用であることは本件優先権証明書に記載されている事項である。 本願の優先権証明書には,損われた肝臓機能(アルコール肝硬変,肝炎)を持つ患者や,ケトコナゾールやトロールアンドロマイシン療法を受けている患者,又はQT延長に至る症状(例えば低カリウム血症,うっ血性QT症候群)のある患者は,ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を経験し得ることが記載されているから,ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者がどのような患者であるか不明瞭であることもない。 したがって,特許請求の範囲に不明瞭な記載があるために本願発明が引用例記載の発明と同一と考えることもできない。 2 取消事由2(実質的な相違でないとしたことの誤り) (1) 引用例の発行日,本件優先権主張日,ターフェナジン(テルフェナジンと同じ意味)に稀ではあるが致死的な重大な副作用があることがわかった時期(甲9翻訳文7行参照),本願発明の医薬で用いられる化合物を含む組成物が米国で医薬として承認された日(世界で最初の薬としての使用)(甲9の翻訳文21行参照),本願発明の医薬で用いられる化合物を含む組成物が日本で医薬として承認された日(甲10の43頁中ごろ),それが販売され始めた時期(甲10の43頁中ごろ)をそれぞれ先のものから順番に並べると,次のとおりである。 @ 引用例の発行日:平成1.7.20 (この間ターフェナジンカルボキシレートの問題の副作用の可能性が否定されることは公知でなかった) A 本件優先権主張日:平成4.5.11 / 副作用明らかに:H4ごろ B アレグラが米国で医薬として承認された時期:平成8 C アレグラが日本で医薬として承認された時期:平成12.9 D アレグラが日本で販売され始めた時期:平成12.11 (2) 審決は,「引用例記載の発明は「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者に使用すること」を特に除外するものではない」としているが,これは次の理由で誤りである。 第1に,引用例にターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者に使用することについて記載がないのに,一体なぜ特に除外するものではないといえるかの理由が示されていない。 第2に,「使用することを特に除外するものではない」ということの判断については,本願発明に係る特定の患者に対する致命的な副作用があることが引用例に記載されているか又はあることが周知であったら,除外するものということができる。 第3に,本願発明の医薬に用いられる化合物すなわち引用例に記載された化合物を含む組成物が医薬として承認されたのは上記のとおり平成12年9月であり,本件優先権主張日より後である。したがって,本件優先権主張日以前に本願発明に係る特定の患者への副作用の有無が不明であった医薬であって本件優先権主張日よりもずっと前に刊行された引用例に記載された医薬の使用について,本願発明に係る特定の患者にはその使用を除外するものか除外するものではないかということを議論するのは無意味である。 (3) したがって,重要な点は,引用例の抗ヒスタミン剤が本願発明に係る特定の患者への使用を除外するものでないかどうかではなく,本件優先権主張日において,ターフェナジンに稀ではあるが致死的な結果を招く極めて重大な副作用があることが本願発明の克服すべき課題として本願明細書に記載されていること,ターフェナジンに代わる特定の患者に安全な抗ヒスタミン剤が求められていたこと,本願発明の医薬に用いられる化合物がターフェナジンの代謝物であることが本件優先権主張日当時公知であったこと(甲11(J. Pharm. and Biome. Anal., vol9, Nos 10-12(1991)の932頁図5)参照),ターフェナジンと同様の効果を奏することがわかっていたこと,代謝物が効果を保持するということは副作用も保持する可能性が高いこと,本願発明の医薬にその重大な副作用がないということは,本件優先権主張日以前にはわかっておらず引用例にも記載されていなかったこと,本願発明は抗ヒスタミン剤全般を特許出願するものではなく,本願発明における特定の患者,すなわち「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者」用の抗ヒスタミン剤のみを特許出願するにすぎないこと,以上の点にある。 (4) ここで,薬理活性のある化合物が代謝されて薬理効果を保持しその副作用のみを持たないという例は極めて少ないこと,それゆえ副作用で使用できない例が多いことの根拠は,以下のとおりである。 甲15(THE LANCET Vol. 356, Issue 9241, 2000年11月4日, p1587-1591)は本件優先権主張日よりずっと後の平成12年の刊行物であるが,その5頁目には「ほとんどの特異性の(idiosyncratic)薬剤反応の機構(mechanisms)について確実にわかっていることは少ない。沢山の状況証拠は親(代謝される前)の薬よりもむしろその薬の反応性代謝物がほとんどの特異的な薬剤反応の原因となっていることを示唆している。(図1)」と記載されている。この記載は,薬理効果を有し致命的な副作用を生じ得る化合物が代謝を受けて生じる代謝物に関して,代謝物が薬理効果を保持するなら,通常その副作用もついてくる場合が多いと考えるのが普通であることを示す。 甲16(Drug Safety Concepts (New Zealand), vol. 11 (1994年8月), p114-144)は本件優先権主張日より後の平成6年の文献であるが,その2頁目(115頁)左欄には「薬剤の毒性は親(代謝前)の薬又は薬剤代謝酵素によって形成されたその代謝物によるものであり得る。又は,稀ではあるが,代謝物は親化合物の固有の化学的不安定性によって形成され得る。」と記載され,毒性の生じる過程では,プロドラッグも代謝物も,薬理効果を生じたあとの結果として毒性が発生する機構の図が示されており,図の下に「毒性は薬又はその薬理活性代謝物の薬理効果の2次的な結果としてその後に続いて起き得る。」と記載されている。また2頁目(115頁)右欄には「効き目の点からいうと,大多数の薬にとり代謝は化合物を治療上不活性にする。しかし代謝はまた生物に活性の代謝物の形成につながり得,このことが親化合物の薬理作用と毒性作用の生じる理由の一部又は全部である。事実プロドラッグにとって代謝とはそれらの治療的な作用の不可欠の部分である」と記載されている。これらの記載は,薬理効果を有し致命的な副作用を生じ得る化合物が代謝を受けて生じる代謝物に関して,代謝物が薬理効果を保持するなら,通常その副作用もついてくる場合が多いと考えるのが普通であることを示すものである。 甲17(Clin. Pharmacokinet. Vol. 31 (1996), issue 3, p215-230)は,本件優先権主張日より後の平成8年の刊行物であるが,その1頁目には「薬の化学的に反応性の代謝物への代謝は特異性(idiosyncratic)薬剤毒性の病原性に重要な役割を果たし得る。数多くの試験管内(インビトロ)研究と限られた数の生体内(インビボ)研究は,多くの薬がそれら自体は毒性がなく,化学的に反応性の種に酵素を介した生物活性化を受けた後に毒性を生じることを実証している。」と記載されている。さらに,11頁目(226頁)16〜19行には「特異性の薬剤毒性のある種の形態は,薬代謝酵素による,化学的に反応性の代謝物への,薬の生物による活性化のためであるという強力な証拠が存在することが明らかである。」と記載されている。これらの記載も,薬理効果を有し致命的な副作用を生じ得る化合物が代謝を受けて生じる代謝物に関して,代謝物が薬理効果を保持するなら,通常その副作用もついてくる場合が多いと考えるのが普通であることを示しているものである。 上記甲15〜17の記載から,本願発明の医薬で用いられる化合物,すなわち引用例記載の化合物は,本件優先権主張日以前にはターフェナジンと同様の副作用が予測されたはずであることがわかる。したがって,そのような状況にあって本願発明がなされたにもかかわらず,審決において「引用例記載の発明は「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者に使用すること」を特に除外するものではない」としたのは誤りであり,また,致命的な副作用がないことの発見を新たな用途を拓くものではないとするのも,誤りである。 3 取消事由3(新たな用途に関する判断の誤り) (1) 審決は「先行技術の化合物であるターフェナジンは一部の患者においてQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすという副作用があるが,本願発明において,ターフェナジンカルボキシレートにはそのような副作用がないことを新たに発見したとしても,その結果,ターフェナジンカルボキシレートの有効量を含む抗ヒスタミン剤の新たな用途が拓かれたわけではない。」と説示しているが,上記のターフェナジンの副作用のためターフェナジンが使用できずに困っていた一部の患者にターフェナジンカルボキシレートの使用ができることを本願発明が明らかにしたことによって,ターフェナジンカルボキシレートの新たな用途が拓かれたのであるから,「新たな用途が拓かれたわけではない」との判断は誤りである。 (2) 被告は,ターフェナジンカルボキシレートは,引用例に示されるように作用の開始までの時間が短い抗ヒスタミン剤を与える化合物として開発されたものであることを述べている。しかし,「ターフェナジンは代謝されてターフェナジンカルボキシレートとなって抗ヒスタミン作用を生ずる...」と被告も述べている(必ずしも本件優先権主張日前公知という意味で述べているのではないと思われる。)とおり,ターフェナジンの代謝物であるターフェナジンカルボキシレートがその抗ヒスタミン効果を発揮する機構は,プロドラッグとその代謝物であることの違いを除けば,ターフェナジンとは異なっているというものではないことは本件優先権主張日前に予測できたことである。プロドラッグとその代謝物との関係で作用の開始までの時間が代謝物の方が短いことは理解できることであるから,そのことによりターフェナジンカルボキシレートがその抗ヒスタミン効果を発揮する機構はターフェナジンとは異なっているとは予測されず,同時に副作用を生じる機構も両者とも共通点がある確率が極めて高いと考えられるから,抗ヒスタミン作用の保持された代謝物であるターフェナジンカルボキシレートにターフェナジンの持つ毒性も承継されると予測されるはずである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1について 原告は,引用例における「抗ヒスタミン剤」がどのような患者にも使用できる抗ヒスタミン剤が記載されているとはいえず,また,本願発明はあらゆる患者全体用として特許出願するものではない,と主張する。 しかしながら,審決は,「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者用」であるとの本願発明の限定部分をもって,「一応の相違点」として認定しているのであり,審決に原告主張の相違点の看過はない。この限定は,1992年(平成4年)に知られるようになったターフェナジンの副作用が生じる患者(甲9,12)に対するものを除外する趣旨である。 取消事由1は理由がない。 2 取消事由2,3について (1) 引用例記載の発明は,「作用の開始までの時間が短い,抗ヒスタミン剤を与え得る化合物を提供する」ことを目的としており,実施例2として本願発明に係る抗ヒスタミン剤と同一化合物(ターフェナジンカルボキシレート)が挙げられている。そうすると,引用例の刊行により,ターフェナジンカルボキシレートが抗ヒスタミン剤の有効成分として公知になった時点から,本件優先権主張日までの間においては,抗ヒスタミン剤の有効成分として,ターフェナジン(本願明細書も引用する先行技術)とターフェナジンカルボキシレート(引用例の実施例2)の双方が公知であったことになる。 なお,原告は,引用例の実施例2の化合物である(4-[4-[4-(ヒドロキシジフェニルメチル)-1-ピペリジニル]-1-ヒドロキシブチル]-α,α-ジメチルベンゼン酢酸)が,本件特許の請求項1に記載された式で示される化合物と同一の化合物であることを認めている(平成16年6月30日付け準備書面中,審決の理由に対する認否の項)。 原告は,主張の根拠として, ・ターフェナジンに稀ではあるが致死的な結果を招く極めて重大な副作用があること ・ターフェナジンに代わる特定の患者に安全な抗ヒスタミン剤が求められていたこと ・本願発明の医薬に用いられる化合物,すなわち,ターフェナジンカルボキシレートがターフェナジンの代謝物であることがわかっていたこと を挙げている。 ここで,引用例が発行された後であって,ターフェナジンに関する副作用の最初の報告以前においては,ターフェナジンも,ターフェナジンカルボキシレートも同様に,抗ヒスタミン剤の有効成分として知られていたのであり,両者は作用の開始までの時間の長短等に違いがあると認識されていたものであるところ,その後,ターフェナジンには,特定の患者に対する副作用があることが発見されたという経緯にあることは,原告の主張から明らかである。 しかしながら,引用例においては,ターフェナジンについての適用対象患者を特に除外していないのであるから,審決が,「引用例記載の発明は「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者に使用すること」を特に除外するものではない」とした点に誤りはないといわざるを得ない。 (2) 原告が強調して主張しているのは,引用例の抗ヒスタミン剤が本願発明に係る特定の患者への使用を除外するものでないかどうかではなく,本件優先権主張日において,ターフェナジンに稀ではあるが致死的な結果を招く極めて重大な副作用があることが本願発明の克服すべき課題であること,本願発明の医薬にその重大な副作用がないということは,本件優先権主張日以前にはわかっておらず引用例にも記載されていなかったこと,本願発明は抗ヒスタミン剤全般を特許出願するものではなく,本願発明における特定の患者,すなわち「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者」用の抗ヒスタミン剤のみを特許出願するにすぎないこと(原告は,本願発明は選択発明に該当するとも主張する。),にある。 しかし,引用例には,ターフェナジンカルボキシレート(実施例2)はターフェナジンよりも抗ヒスタミン作用の効き目が速い化合物であることが記載されている(8頁左欄14〜35行)。そして,ターフェナジンは,肝臓で急速に代謝されてターフェナジンカルボキシレートに変化するために,その血中濃度が極めて低いこと((J. Pharm. and Biome. Anal., vol9, Nos 10-12(1991), p929 =甲11)も知られていた。すなわち,ターフェナジンの抗ヒスタミン作用は,肝臓により代謝されて生じるターフェナジンカルボキシレートに起因するものであることが知られていたのである。 一方,ケトコナゾールなどターフェナジンの代謝を阻害する医薬と併用した場合には,ターフェナジンが血中に蓄積されてQT延長の原因になると推定されていた事実もある(The Canadian Journal of Hospital Pharmacy-Vol.45,No.1,Feb. 1992 =乙1)。 これら本件優先権主張日当時の技術水準からすると,抗ヒスタミン作用を期待して投与されたターフェナジンが,肝臓によりターフェナジンカルボキシレートに代謝されないと,ターフェナジンの血中濃度が上昇し,それによって稀にではあるが致死的な結果を招くようなQT延長症候群の発症という,一連のメカニズムが理解されていたものと認めることができ,ターフェナジンによる副作用が報告された後においては,ターフェナジンよりも,その代謝物であるターフェナジンカルボキシレートが,「ターフェナジンのすすめられる投与量でQT延長及び/又は心室頻拍の心臓の異常を起こすヒトの患者」用の抗ヒスタミン剤として有利であることは,当業者にとって自然に理解し得たものというべきである。そうすると,本願発明をもって,抗ヒスタミン剤としてのターフェナジンカルボキシレートが記載されている引用例との関係で選択発明として認めるべきであるとすることはできず,引用例記載の発明との対比において新規性を欠くものではないとすることはできない。 本願発明は,ターフェナジンカルボキシレートにはターフェナジンが有する副作用がないことを確認したものであるとしても,抗ヒスタミン剤に関する本件優先権主張日までの既知の用途を拡大したものでもないし,新たな用途を見いだしたものでもない。本願発明は,引用例に記載の抗ヒスタミン剤であるターフェナジンカルボキシレートに関して,ターフェナジンによる副作用が観察されない範囲を特定したものにすぎないものである。 (3) よって,取消事由2,3も理由がない。その他,原告が訴状及び準備書面で縷々主張するところも,当裁判所の上記認定判断を覆すものではなく,本願発明は引用例に記載された発明であるとした審決の判断に誤りはない。 |
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結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 野輝久 |