関連審決 | 不服2003-13808 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 技術常識 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10385号
審決取消請求事件
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原告X 同訴訟代理人弁理士福島三雄 被告特 許庁長 官中嶋誠 同 指定代理 人中村則夫 同 北川清伸 同 森川元嗣 同 大場義則 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/05/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2003-13808号事件について平成18年7月3日にした審決を取り消す。 第2事案の概要1特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「噛みしめ運動用具」とする発明につき,平成11年11月4日,特許を出願(以下「本願発明」という。)し,平成15年5月19日付け手続補正書により明細書の補正をしたところ(以下,この補正後の明細書を「本願明細書」という。),同年6月9日付けの拒絶査定を受けた。そこで,原告は,同年7月17日,これに対する不服の審判請求をした。 特許庁は,この審判請求を不服2003-13808号事件として審理し,平成18年7月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年7月26日,審決の謄本が原告に送達された。 2特許請求の範囲(請求項1)の記載平成15年5月19日付け手続補正書による補正後の本願発明の請求項1(請求項の数は全部で3項である。)は,以下のとおりである。 「下側の歯に,歯列に沿って装着され,美容や健康の増進及びリハビリを図る為に,左右の奥歯で同時にバランスよく,しかもガムを噛むように何回も噛みしめる噛みしめ運動用具であって,歯の裏側を覆うよう略U字形状に形成された係止部と,この係止部の左右両端部に連設され,左右臼歯の少なくとも咬合面を覆う単なる板状の保護部とからなり,少なくとも前記左右の保護部が,奥歯の噛みしめによって弾性変形すると共に,その噛みしめの解除により元の板状の状態に復元する弾性力を有する弾性材により形成されてなることを特徴とする噛みしめ運動用具。」3審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。 要するに,本願発明は,特開平10-52444号公報(甲1,以下「刊行物1」という。)及び特開平11-290357号公報(甲2,以下「刊行物2」という。)の記載に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。 審決は,(1)のとおり刊行物1記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容を,(2)のとおり本願発明と引用発明との対比を,(3)のとおり一致点及び相違点を,それぞれ認定した(原告が審決の認定,判断を争っている部分のうち主要な部分に下線を引いた。)。 □引用発明についてア引用発明の特許請求の範囲(請求項2)の記載「上下臼歯の咬合面に対応した上下面を有する左右一対の臼歯保護部と,該両臼歯保護部を連接する連接部とを備える臼歯保護具であって,臼歯保護部は,上部層と下部層からなり,上部層および下部層のいずれか一方が,人の体温よりも高く,かつ,水の沸騰温度よりも低い軟化温度を有する熱可塑性樹脂等の易軟化材からなり,上部層および下部層のいずれか他方が,水の沸騰温度以下では軟化しないエラストマー,シリコンゴム,合成ゴム,シリコン樹脂,高温度熱可塑性樹脂等の弾力性を有する難軟化材からなることを特徴とする臼歯保護具。」イ引用発明の内容「下側の歯に,歯列に沿って装着され,臼歯を保護するために上下臼歯間に噛みしめた状態で使用される運動用臼歯保護具であって,歯の裏側を覆うよう略U字形状に形成された連接部3と,この連接部3の左右両端部に連接され,左右臼歯の咬合面の輪郭よりも若干大きな輪郭形状を有し,上下面が平面に形成された板状の臼歯保護部2とからなり,左右の臼歯保護部2は,上部層27と下部層29の2層からなるもので,上部層27および下部層29のいずれか一方が,人の体温よりも高く,かつ水の沸騰温度よりも低い軟化温度を有し,成形後においても適度の柔軟性を保つシリコン樹脂等の熱可塑性樹脂の易軟化材からなり,他方が,水の沸騰温度以下では軟化しないエラストマー,シリコンゴム,合成ゴム,シリコン樹脂,高温度熱可塑性樹脂等の弾力性を有する難軟化材からなる,運動用臼歯保護具。」(2)本願発明と引用発明との対比本願発明と引用発明とを対比すると,引用発明における「連接部3」が,その機能・構造からみて本願発明における「係止部」に,引用発明における「左右臼歯の咬合面の輪郭よりも若干大きな輪郭形状を有し,上下面が平面に形成された板状の」が,本願発明における「左右臼歯の少なくとも咬合面を覆う単なる板状の」に,引用発明における「臼歯保護部2」が,本願発明における「保護部」に,それぞれ相当している。 また,引用発明の「運動用臼歯保護具」は刊行物1の上記記載事項(c)等を参酌すると,上下臼歯間で噛みしめた状態で使用されるものであるから,本願発明の「噛みしめ運動用具」とは,「噛みしめ具」という概念で共通している。 また,引用発明の左右の臼歯保護部2は,上部層27と下部層29の2層からなるもので,上部層27および下部層29のいずれか一方が,人の体温よりも高く,かつ水の沸騰温度よりも低い軟化温度を有し,成形後においても適度の柔軟性を保つシリコン樹脂等の熱可塑性樹脂の易軟化材からなり,他方が,水の沸騰温度以下では軟化しないエラストマー,シリコンゴム,合成ゴム,シリコン樹脂,高温度熱可塑性樹脂等の弾力性を有する難軟化材からなるものであるから,使用時には,左右の臼歯保護部2は,臼歯(奥歯)の噛みしめによって弾性変形すると共に,その噛みしめの解除により元の板状の状態に復元する弾性力を有する弾性材により形成されているといえる。 また,引用発明の臼歯保護部2は左右にあるのであるから,左右の臼歯(奥歯)で同時にバランスよく噛みしめることになるのは明らかなことである。 (3)一致点及び相違点ア一致点下側の歯に,歯列に沿って装着され,左右の奥歯で同時にバランスよく,噛みしめる噛みしめ具であって,歯の裏側を覆うよう略U字形状に形成された係止部と,この係止部の左右両端部に連設され,左右臼歯の少なくとも咬合面を覆う単なる板状の保護部とからなり,少なくとも前記左右の保護部が,奥歯の噛みしめによって弾性変形すると共に,その噛みしめの解除により元の板状の状態に復元する弾性力を有する弾性材により形成されてなる噛みしめ具。 イ相違点噛みしめ具が,本願発明では,美容や健康の増進及びリハビリを図る為に,ガムを噛むように何回も噛みしめる噛みしめ運動用具であるのに対し,引用発明では,臼歯を保護するために上下臼歯間に噛みしめた状態で使用される運動用臼歯保護具である点。 第3取消事由に係る原告の主張審決には,本願発明と引用発明との一致点の誤り及び相違点の看過(取消事由1),相違点についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)があり,取り消すべき違法がある。 1取消事由1(一致点の誤り及び相違点の看過)(1)審決が,引用発明の内容について,「上下面が平面に形成された板状の臼歯保護部」が開示されていると認定した点に誤りがある。 引用発明の臼歯保護部は,使用成形される前の段階においては,上下面が平面であるが,使用段階においては上下面のいずれかに臼歯の歯型が付けられている。臼歯保護部は,使用成形されてから使用されるものであるから,使用成形される前の形状で特定すべきではない。これに対して,本願発明の保護部は,奥歯の噛みしめによって何回も噛みしめを行うときにおいても,単なる板状である。 (2)引用発明は,運動用臼歯保護具であり,瞬間的に噛みしめることはあるとしても,噛みしめること自体が目的ではなく,瞬間的な噛みしめから臼歯の保護を目的とするものである。これに対して,本願発明は,噛みしめ運動用具であり,奥歯によって繰り返し噛みしめる噛みしめ運動を行うことを目的とするものである。 このように両者は,その目的及び各構成部位の機能が異なるから,審決が,@引用発明の「連結部3」が本願発明の「係止部」に相当すると認定した点,A引用発明の「臼歯保護具2」が本願発明の「保護部」に相当すると認定した点,B両者は「左右の奥歯で同時にバランスよく,噛みしめる噛みしめ具」という点で共通していると認定した点には誤りがある。 (3)審決が,本願発明と引用発明との一致点として「その噛みしめの解除により元の板状の状態に復元する弾性力を有する弾性材により形成されてなる」と認定した点には誤りがある。 引用発明は,使用成形により,上層部又は下層部のいずれか一方に臼歯の歯型を形成して使用するものであるから,使用時には上又は下のいずれかの臼歯に適合する歯型の付いた状態に復元するのであり,元の板状の状態に復元することはない。 (4)審決が,本願発明と引用発明との相違点として「噛みしめた状態で使用される」と認定した点には誤りがある。 本願発明は噛みしめた状態で使用されるのに対して,引用発明は単に装着して使用され,一時的に噛みしめることがあるにすぎないから,噛みしめた状態で使用されることはない。 2取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)□審決は,「スポーツをする時に噛みしめた状態で使用される引用発明の運動用臼歯保護具を,適当な弾性力を有する素材を選択する等して,ガムを噛むように何回も噛みしめる噛みしめ運動用具として用いるようにすることは当業者であれば必要に応じて容易に想到し得ることである」としているが誤りである。 刊行物2には,「【0002】従来より,怪我を防ぐためのボクシングのマウスピースがあるが,本発明は,これとは目的,構成に於いて異質のものである」と記載され,同記載からも明らかなとおり,歯を保護することを目的としている引用発明と噛みしめ運動を目的としている本願発明とは,目的が異なり,歯の保護を目的とした引用発明から,噛みしめ運動用具を想到することは困難である。 刊行物2は,噛みしめ運動用具についての発明であり,これをスポーツにおいて歯をくいしばる時に使用することができることは記載されているが,運動用臼歯保護具を噛みしめ運動用具として使用し得ることについては記載も示唆もない。 □審決は,「本願発明の効果も引用発明及び刊行物2に記載された発明から予測される程度のものである」としているが誤りである。 本願発明は,比較的長時間にわたって繰り返し噛むことができ,しかも繰り返して噛んでも安全に使用することができるという特有の効果を奏するものであるのに対し,引用発明及び刊行物2には比較的長時間にわたって繰り返し噛むことができること,しかも繰り返して噛んでも安全に使用することができることについては記載も示唆もなく,これらから,本願発明の上記効果を想到し得たとはいえない。 (3)審決は,引用発明の噛みしめ運動用具の「噛み材」を「単なる板状」とすることについて,容易に想到することができたとしているが,以下のとおり,誤りがある。 ア審決は,「本願発明の保護部を『単なる板状』とすることに関する記載は,本願明細書の『【0009】各保護部5は,単なる板状に形成してもよいが,本実施例では,歯への装着を確実なものとするために,下向き略コ字形状に形成している。すなわち,略帯状の係止部3の左右両端の上端部に,左右方向外側に向けて板状片51を連設し,その板状片51の左右方向外側の端部に,下方に向けて延出片52を一体形成している。』という記載だけである」とするが誤りである。 保護部が「単なる板状」であることは,本願明細書の「【0018】【図面の簡単な説明】【図1】本発明の噛みしめ運動用具の一実施例を示す斜視図である。」,「【図3】図1の噛みしめ運動用具の使用状態を示す平面図である。」,「【図4】図1の噛みしめ運動用具の使用状態を示し,奥歯での係合状態を示す縦断面図である。」,「【図5】図1の噛みしめ運動用具の使用状態を示す縦断面図である。」に,それぞれ記載されている。 イ審決は,「『単なる板状』に形成されていることの意味は,歯への装着を確実なものとするための延出片52が設けられていない形状のことを意味する」としているが,誤りである。 本願発明において,保護部5は,図1の符号5で指し示す部分を意味し,この部分は上下面に歯型が形成されておらず凹凸もない。「各保護部5は,単なる板状に形成してもよい」というのは,図1の延出片52がなく,しかも上下面に歯型や凹凸が形成されていない形状のことを意味していることは明らかである。 ウ審決は,「単なる板状であることにより保護部と上側の臼歯及び下側の臼歯の両方について,ズレを許容しているので,保護部と上側の臼歯だけでなく,保護部と下側の臼歯との微小なズレをも拘束することがなく,長時間の噛み締め運動を行った場合にも顎に悪い影響を与えることがない,という効果についても,本願の出願当初の明細書には何ら記載ないし示唆されていない」としているが,誤りである。 本願明細書には,「【0003】・・・比較的長期間に渡って繰り返して,安全に使用できる噛みしめ運動用具を提供することを目的とする。」,「【0015】・・・ガムを噛むように,保護部5を何回も噛みしめることで,美容や健康の増進や,リハビリ等を図ることができる。例えば,1日に30回程噛むことで,健康を保つことができる。例えば,噛みしめる運動で,口腔内の内側の筋肉が発達し頬が引き締まり,女性は小顔になり男性はりりしい顔つきになる。また,噛むことで,口が寂しくなって間食等をとるのを防止するので,食欲が抑えられダイエット効果も期待できる。 さらに,噛むことで通常よりも多くの唾液が分泌され,その清浄作用により口臭がほとんどなくなる。また,噛む運動が,あごの骨や歯茎を丈夫にし,唾液の分泌もよくなり消化を助け胃腸の調子を整えることもできる。」,「【0018】【発明の効果】本発明の噛みしめ運動用具によれば,比較的長期間に渡って繰り返して,安全に使用できる。」との各記載があり,これらはいずれも同様の意味を説明するものである。 エ審決は,「『単なる板状』が,使用時において保護部の上下面に歯の型がつけられていないことを意味すると仮定したとしても,刊行物1の記載事項(b)を参酌すると,引用発明の運動用臼歯保護具は,使用成形された後の状態であっても,臼歯保護部2のいずれか一方の面には歯の型がつけられておらず,そのことにより臼歯を左右に比較的自由に滑らすことができ,ゲーム時間の長いスポーツにおいても装着したままでいることを可能とするのであるから,ガムを噛むように何回も噛みしめる噛みしめ運動用具として用いる際に,片面に歯の型がつけられていると不都合があるようであれば両面に歯の型をつけないようにする程度のことは当業者であれば適宜なし得る設計的事項にすぎない」としているが,誤りである刊行物1には,単に装着したままでいることについて記載されているにすぎないもので,本願発明のように比較的長期間にわたって繰り返し噛みしめる運動を行うために装着することについては,全く記載されていない。 第4被告の反論1取消事由1(本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り)に対し(1)審決が,引用発明の内容について「上下面が平面に形成された板状」と認定した点に誤りはない。 引用発明の臼歯保護部は,使用段階において臼歯の少なくとも咬合部を覆う左右方向外側に延出する形状であることは明らかであるから,「上下面が平面に形成された板状」と認定した点に誤りはない。 (2)審決が,引用発明と本願発明の各部分を対比した認定に誤りはない。 ア引用発明の「連接部3」と本願発明の「係止部」との対比本願発明の「係止部」は,請求項1の記載によると,「歯の裏側を覆うよう略U字形状に形成された」ものであり,引用発明の「連接部3」は,これと同様の構成を備えている。そして,両者の連接する対象物の目的が異なる点は相違点として認定されているのであるから,引用発明の「連接部3」が本願発明の「係止部」に相当するとした審決の認定に誤りはない。 イ引用発明の「臼歯保護部2」と本願発明の「保護部」との対比本願発明の「保護部」は,請求項1の記載によると,「左右臼歯の少なくとも咬合面を覆う単なる板状」のものであり,引用発明の「臼歯保護部2」の「上下面が平面に形成された板状」が,これに包含されることは明らかである。原告の主張する別異の目的を有する点は,相違点として認定されているから,引用発明の「臼歯保護部2」が本願発明の「保護部」に相当するとした審決の認定に誤りはない。 ウ「噛みしめ具」が一致するとした点引用発明は,「瞬間的な臼歯の噛み締めが連続的ないし長時間に亘って行われ」ることに対応する発明である。一般に「噛みしめ」の態様には,本願発明のような「奥歯によって繰り返し噛みしめる」態様も,引用発明のような「瞬間的な臼歯の噛み締めが連続的ないし長時間に亘って行われ」る態様も含まれると解されるので,両者を「噛みしめ具」という概念で共通しているとした審決の認定に誤りはない。 エ「左右の臼歯で同時にバランスよく噛みしめる」が一致するとした点本願明細書の記載によれば,「バランスよく噛みしめる」ことの意義については,片方だけで噛むのではなく,左右同時に噛むことと理解できる。 また,刊行物1の記載からも,引用発明の左右の臼歯保護部2が,左右の臼歯で同時にバランスよくかみ締めるものであることを否定する合理的理由はない。したがって,「左右の臼歯で同時にバランスよくかみ締める」ものである点で一致する。 (3)審決が,「その噛みしめの解除により元の板状の状態に復元」点を一致すると認定した点に誤りはない。 本願発明において,「板状」について,歯型がつけられていないものであるとの定義や,歯型がつけられているものを排除する旨の記載ないし示唆はなく,引用発明の左右の臼歯保護部2が,歯型が形成された状態においても「板状」と認定し得ることは,刊行物1の図13,14等に示される形状及び技術常識からみて明らかであり,また,本願発明の「元の板状」の「元」とは,噛みしめ運動用具を歯に装着し噛みしめる前を意味するものと解される。 他方,引用発明の左右の臼歯保護部2も,刊行物1の図13,14に示されるような板状で,歯に装着され,臼歯(奥歯)の噛みしめによって弾性変形すると共に,その噛みしめの解除によりまた同図13,14に示されるような板状,すなわち,元の板状の状態に復元するものであるから,両者は,「その噛みしめの解除により元の板状の状態に復元」する点において一致する。 (4)審決が,「噛みしめた状態で使用される」点を相違すると認定した点に誤りはない。 引用発明は,噛みしめた状態で使用されることを前提としたものであり,原告が主張するように一時的に噛みしめるものであったとしても,使用に際して噛みしめた状態であることに違いはないから,審決の認定に誤りはない。 2取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)に対し□原告は,引用発明に刊行物2に記載された発明を適用することによって,引用例の「運動用臼歯保護具」を本願発明の「噛みしめ運動用具」とすることは,容易想到とはいえないと主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 すなわち,刊行物2は,噛み材について記載しているが,その記載に照らすと,噛み材の用途としては,@「歯を食いしばるスポーツ」において常時噛むことを補助するものとして使用すること,A「脳を活性化し眠気を取る等」の目的で常時噛むことを補助するものとして使用すること,B「身体を活性化させる」ために常時噛むことを補助するものとして使用することが開示されている。 刊行物2には,噛み材を噛みしめ運動用具として用いることができることが開示されている以上,その効果について「比較的長時間に渡って繰り返し噛むことができること,しかも安全に比較的長時間に渡って繰り返し噛むことができること」を意味することは当然である。 したがって,本願発明の効果は,「引用発明及び刊行物2に記載された発明から予測される程度のものである」とした審決の判断に誤りはない。 (2)原告は,保護部の形状を「左右臼歯の少なくとも咬合面を覆う単なる板状」とすることは,容易に想到し得ないと主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 ア原告は,本願発明には,「単なる板状であることにより保護部と上側の臼歯及び下側の臼歯の両方について,ズレを許容しているので,保護部と上側の臼歯だけでなく,保護部と下側の臼歯との微小なズレをも拘束することがなく,長時間の噛み締め運動を行った場合にも顎に悪い影響を与えることがない」ことについて,原告がその根拠として指摘する箇所はいずれも,噛みしめ運動用具によって噛みしめを行うこと自体による効果であって,保護部が「単なる板状であること」による効果ではないから,審決の判断に誤りはない。 イ噛みしめ具の臼歯保護部を歯型のつけられていないものとすることは,例えば,乙1にも開示されるように,従来よく知られており,こうした従来技術を前提にすると,引用発明に刊行物2に開示される事項を適用する際に臼歯保護部を歯型のつけられていない形状とする程度のことは,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない。したがって,審決の判断に誤りはない。 第5当裁判所の判断1取消事由1(本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り)について当裁判所は,審決の本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定にいずれも誤りはないと判断する。その理由は以下のとおりである。 (1)原告は,審決が引用発明の内容について,「上下面が平面に形成された板状」と認定した点に誤りがあると主張する。 しかし,引用発明の臼歯保護部は,使用段階において臼歯の少なくとも咬合部を覆う左右方向外側に延出する形状であるから,審決が,「上下面が平面に形成された板状」と認定した点に誤りはない。 (2)原告は,審決が,対比において,引用発明の「連接部3」が本願発明の「係止部」に相当すると認定した点に誤りがあると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。 すなわち,請求項1の記載によると,「係止部」は,歯の裏側を覆うような略U字形状に形成され,その左右両端部に保護部を連接するものである。 他方,刊行物1には,「上下臼歯の咬合面に対応した上下面を有する左右一対の臼歯保護部と,該両臼歯保護部を連接する連接部とを備える」(【特許請求の範囲】),「連接部3は,上記左右の臼歯保護部2,2の前部2c,2c同士を連接するもので,その形状寸法は,下顎の前歯7の裏側面(舌側面)7a……に沿う薄肉の湾曲形状とされている。」(段落【0010】)と記載されている。 同記載によれば,引用発明の「連接部」は,本願発明の「係止部」と同様に,左右一対の臼歯保護部を連接するものであり,歯の裏側を覆うように略U字形状部を有していると認められるから,審決が,対比において,引用発明の「連接部3」が本願発明の「係止部」に相当すると認定した点に誤りはない。 (3)原告は,審決が,対比において,引用発明の「臼歯保護部2」が本願発明の「保護部」に相当すると認定した点に誤りがあると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。 すなわち,請求項1の記載によると,「保護部」は,係止部の左右両端に連接され,左右臼歯の少なくとも咬合面を覆う単なる板状のものであるとされる。他方,刊行物1には,「【発明の実施の形態】本発明に係る臼歯保護具1は左右一対の臼歯保護部2,2および連接部3とからなり,使用に際して,各着用者個人の歯形に合致する形状に使用成形された後,図9に示すように上下臼歯4,5間に噛みしめた状態で使用されるものである。」(段落【0006】),「各臼歯保護部2は,略矩形状の断面を有するとともに,その上下面2a,2bが,標準的な体格の人間を基準として,上記上下臼歯4,5の咬合面に対応した平面とされている。」(段落【0009】)と記載されている。 同記載によれば,引用発明の「臼歯保護部2」は,「連接部の左右両端に連接され,左右臼歯の咬合面の輪郭よりも若干大きな輪郭形状を有し,上下面が平面に形成された板状」の構成を有しているものと認められるから,審決が,引用発明の「臼歯保護部2」が本願発明の「保護部」に相当すると認定した点に誤りはない。 (4)原告は,審決が本願発明と引用発明とが「噛みしめ具」である点で共通すると認定したことは誤りであると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。 すなわち,刊行物1には,「【0005】【課題を解決するための手段】・・しかも,請求項2の発明においては,上部層および下部層のいずれか一方が熱可塑性樹脂等の易軟化材からなり,他方が難軟化材からなるので,臼歯保護具は上下いずれかの臼歯とは合致するが他方の層には歯形形状に形成されていないので,臼歯保護具を装着したままで臼歯を左右に比較的自由に滑らすことができ,ゲーム時間の長いスポーツにおいても装着したままでいることを可能とする。」,「【0006】【発明の実施の形態】本発明に係る臼歯保護具1は左右一対の臼歯保護部2,2および連接部3とからなり,使用に際して,各着用者個人の歯形に合致する形状に使用成形された後,図9に示すように上下臼歯4,5間に噛みしめた状態で使用されるものである。」と記載されている。 同記載によれば,引用発明の臼歯保護具は,臼歯で噛みしめることを一定時間継続することを想定しているものであり,「噛みしめ具」に含まれると理解して差し支えないから,審決が本願発明と引用発明とが「噛みしめ具」である点で共通すると認定したことに誤りはない。 (5)原告は,審決が「左右の奥歯で同時にバランスよく噛みしめる」点を一致すると認定した点に誤りがあると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。 すなわち,本願明細書には「【0003】・・・しかも,左右の奥歯で同時にバランスよく噛むことができる噛みしめ運動用具を提供することを目的とする。」,「【0016】・・・さらに,ガムの場合には,片方の奥歯でしか噛めないが,本実施例の噛みしめ運動用具では,ガムと違って,左右同時にバランスよく噛むことができるので,上記各効果を一層増すことができる。」との記載があり,同記載によれば,本願発明の噛みしめ運動用具は,左右の奥歯で同時にバランスよく噛むことができることは明らかである。他方,刊行物1には,「【0009】・・左右一対の臼歯保護部2,2は,左右対称の同一形状とされている。」,「【発明の効果】□さらに,臼歯保護部が2層からなる場合に,その一方の層を,エラストマー,シリコンゴム,合成ゴム,シリコン樹脂,高温度熱可塑性樹脂等の弾力性を有する難軟化剤によって形成した場合は,易軟化剤である熱可塑性樹脂の層には歯型が十分つき着用者の臼歯に適合するが,難軟化剤からなる側の臼歯は上下左右方向に自由に動かすことができ,会話に支障が少なく長時間スポーツをする場合においても着用していて不自由感を生じることの少ないものである。」(段落【0013】)との記載があり,同記載によれば,引用発明の臼歯保護具も,臼歯で同時にバランスよく噛むことができるものというべきである。したがって,審決が,「左右の奥歯で同時にバランスよく噛みしめる」点を一致すると認定した点に誤りはない。 (6)原告は,審決が「その噛みしめの解除により元の板状の状態に復元する」点を一致すると認定した点に誤りがあると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。 すなわち,刊行物1には「【発明の実施の形態】・・・図7に示すように臼歯保護部が上部層27と下部層29の2層からなり,上部層27が,水の沸騰温度以下では軟化しないエラストマー,シリコンゴム,合成ゴム,シリコン樹脂,高温度熱可塑性樹脂等の難軟化材からなり,下部層29が,人の体温よりも高く,かつ,水の沸騰温度よりも低い軟化温度を有する熱可塑性樹脂の易軟化材からなるものである。・・・」(段落【0006】),「【発明の効果】(6)臼歯保護部が3層からなるときは中間層を,上下2層からなるときはいずれか一方の層をエラストマー,シリコンゴム,合成ゴム,シリコン樹脂,高温度熱可塑性樹脂等の弾性力を有する難軟化材から形成してなるので,使用成形の際や使用時に,十分強く噛みしめても噛みきられたたり,臼歯保護部が薄くなってしまったりするおそれがなく,安心して歯形をつけることができ,またスポーツをする際に上下の歯で強く噛みしめても噛みきるおそれがなく安心して使用することができる。」(段落【00013】)と記載されている。同記載によれば,臼歯保護部の上部層を難軟化材で復元力のある弾性材からなるものとした場合は,引用発明の左右の臼歯保護部2が,歯(奥歯)の噛みしめによって弾性変形すると共に,その噛みしめの解除により,元の板状の状態に復元するものであるから,審決の上記認定に誤りはない。 (7)原告は,審決が,本願発明においては,ガムを噛むように何回も噛みしめる噛みしめ運動用具であるのに対し,引用発明においては,「噛みしめた状態で使用される」点を相違すると認定した点に誤りがあると主張する。 しかし,本願発明は,「何回も噛みしめる噛みしめ運動用具」とする発明であり,噛みしめた状態で使用されるということはできないから,審決の認定に誤りはない。 2取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)について以下,相違点についての容易想到性の有無について検討する。 (1)刊行物2の記載刊行物2には,図1ないし図3とともに,以下の記載がある。 「【特許請求の範囲】【請求項1】柔軟性のある医療用シリコンゴムで形成され,左右にU字溝部を持ち,その2つのU字溝部を,上にふくらんだ中央湾曲部でつないだ,口腔中の上顎と上奥歯に当てる噛み材。」「【0003】【発明が解決しようとする課題】本発明は,歯を食いしばるスポーツや,脳を活性化し眠気をとる等の目的で作られ,又,身体全体を活性化させるもので,上顎と上奥歯に付着させ,常時噛むことを補助するものである。」「【0005】【発明の実施の形態】U字溝部1,2が,左右に1つずつ上を開いて計2つある。このU字溝部1,2が糸切り歯より奥の臼歯に嵌合する。橋のように2つのU字溝部を繋いで,中央に,上にふくらみのある,上より見て四方形の中央湾曲部3を形成する。又,上より見て,噛み材は,上奥歯に合わせて,多少外側に反って湾曲してカーブを形成する。」「【0006】素材は医療用シリコンゴムで,温めると柔軟性を増し,且つ伸び,温めて上奥歯に嵌合させ,指で各所を押さえると,口腔中上顎と上奥歯にフィットする。これにより,それぞれ違う各人の歯に適合できる。」「【0007】使用者は,先ず,噛み材を伸ばしたり,柔らかくするために,湯等で温める。次に,糸切り歯より奥の上顎と,口腔中上奥歯に,U字溝部を嵌合させる。次に,指でその各所を押さえると変形し,歯に具合よくフィットする。又,これは抗菌剤入りで,抗菌,抗カビで,且つ消臭の機能をも果たす。」「【0008】【発明の効果】一般的に,噛むということは非常に大切であり,ガムと同じように,噛むと脳を刺激し眠気がなくなるので,ドライバー等にも良い。又,物が口の中に入ると噛むという動作が自然に出てくる。 噛むと,こめかみを動かし,健康に良い。又,良く噛むとこめかみを動かし,歯根膜を通して脳に伝わり,脳細胞を活性化し,唾液の分泌を促し,発ガン物質を減少させ,ストレスを解消することが分かっている。又,体に活力を与える効果もある。又,唾液は,パロチン,エラスターゼ,ベルオキシターゼ等を分泌し,健康に良い。」「【0009】又,スポーツ等で,噛むと瞬発力が出る。特に,弓道,ボート等では,この噛むという動作は重要である。又,お産の自然分娩の時にも良い。一番大事な時歯を食いしばると,思わぬ力が出て,好結果が得られる。又,これを嵌めても,通常の会話はできるので,着用中何ら障害はない。」(2)容易想到性の判断上記認定によれば,刊行物2には,「噛み材」をスポーツ等の歯を食いしばる時に用いるのみならず,眠気防止や健康の目的で噛むことに使用する事項が記載されているといえる。そうすると,引用発明の運動用臼歯保護具に,刊行物2に記載の発明を組み合わせることにより,これを「噛みしめ運動用具」として使用することは,容易に想到し得ると判断できる。 そして,噛み材を噛みしめ運動用具として使用する場合,その効果として本願発明の「比較的長時間に渡って繰り返し噛むこと」及び「安全に繰り返し噛むこと」という効果は特別な効果とはいえないから,本願発明は引用発明と刊行物2から容易に想到し得るといえる。 (3)原告の主張に対する判断原告は,噛みしめ運動用具について,噛み材を「単なる板状」とすることについては,引用発明及び刊行物2に,記載も示唆もないから,本願発明を容易に想到し得たとはいえないと主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,ア本願明細書には,「【0009】保護部5は,臼歯の少なくとも咬合部を覆うものであり,係止部3の左右両端の各上端部に,左右方向外側に延出するよう連設されている。各保護部5は,単なる板状に形成してもよいが,本実施例では,歯への装着を確実なものとするために,下向き略コ字形状に形成している。すなわち,略帯状の係止部3の左右両端の上端部に,左右方向外側に向けて板状片51を連接し,その板状片51の左右方向外側の端部に,下方に向けて延出片52を一体形成している。」,「【0016】保護部5の板状片51は,ある程度の厚さを有すると共に,シリコン樹脂等の柔らかい素材により形成されているので,歯を噛みしめても,歯を痛めることがない。また,ガムのような粘着性もないので,歯の詰め物が外れるおそれもなく,安心して使用できる。さらに,ガムの場合には,片方の奥歯でしか噛めないが,本実施例の噛みしめ運動用具では,ガムと違って,左右同時にバランスよく噛むことができるので,上記各効果を一層増すことができる。」,「【0018】【発明の効果】本発明の噛みしめ運動用具によれば,比較的長時間に渡って繰り返して,安全に使用できる。しかも,装着,使用時の見栄えが良い。」との記載がある。 上記の記載,すなわち「各保護部5は,単なる板状に形成してもよいが,本実施例では,歯への装着を確実なものとするために,下向き略コ字形状に形成している。すなわち,略帯状の係止部3の左右両端の上端部に,左右方向外側に向けて板状片51を連設し,その板状片51の左右方向外側の端部に,下方に向けて延出片52を一体形成している。」という記載に照らすならば,「単なる板状」に形成されていることの意味は,歯への装着を確実なものとするための延出片52が設けられていない形状程度の意味と理解するのが相当である。 イところで,刊行物1には「【0005】【課題を解決するための手段】・・しかも,請求項2の発明においては,上部層および下部層のいずれか一方が熱可塑性樹脂等の易軟化材からなり,他方が難軟化材からなるので,臼歯保護具は上下いずれかの臼歯とは合致するが他方の層には歯形形状に形成されていないので,臼歯保護具を装着したままで臼歯を左右に比較的自由に滑らすことができ,ゲーム時間の長いスポーツにおいても装着したままでいることを可能とする。」,「【0013】【発明の効果】(7)さらに,臼歯保護部が2層からなる場合に,その一方の層を,エラストマー,シリコンゴム,合成ゴム,シリコン樹脂,高温度熱可塑性樹脂等の弾力性を有する難軟化材によって形成した場合は,易軟化材である熱可塑性樹脂の層には歯形が十分つき着用者の臼歯に適合するが,難軟化材からなる側の臼歯は上下左右方向に自由に動かすことができ,会話に支障が少なく長時間スポーツをする場合においても着用していて不自由感を生じることの少ないものである。」との記載がある。同記載によれば,引用発明においても,保護部の板状片は歯を噛みしめても歯を痛めることがなく歯の詰め物が外れるおそれもないこと,比較的長時間にわたって繰り返して安全に使用できることが,その効果として認められると解して差し支えない。 そうすると,「単なる板状」が保護部に延出片を形成しない形状を指すと解したとしても,そのような形状を有するか否かにかかわらず,比較的長時間にわたって繰り返して安全に使用できるのであるから,比較的長時間にわたって繰り返し安全に使用できるという効果は,「単なる板状」としたことによって生じる効果ということはできない。のみならず,証拠(乙1)によると,保護具の両面を平面のものにすることは周知であるから,引用発明を刊行物2に組み合わせるに当たって,引用発明の臼歯保護部を片面のみならず両面とも板状とすることは単なる設計事項にすぎず,当業者が容易に想到し得るというべきである(なお,乙1は,保護具の両面を平面のものとすることが周知の技術であることの例示として本訴において提出された証拠であり,これを参酌し得ることは,もとより許される。)。 以上のとおりであるから,原告の上記主張は理由がない。 3結論以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 三村量一 |
裁判官 | 上田洋幸 |