関連審決 | 異議2002-72718 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 慣用技術 / 発明の詳細な説明 / 援用権(援用) / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
16年
(行ケ)
181号
特許取消決定取消請求事件
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原告 三洋電機株式会社 訴訟代理人弁理士 山口隆生 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 平上悦司 同 大元修二 同 小曳満昭 同 涌井幸一 同 宮下正之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/02/14 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-72718号事件について平成16年3月12日にした決定中「特許第3281862号の請求項2ないし5に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「食器洗浄機」とする特許第3281862号の特許(平成10年4月3日出願,平成14年2月22日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は5である。)の特許権者である。 本件特許のうち請求項2ないし5について特許異議の申立てがなされ,特許庁は,これを異議2002-72718号事件として審理した。原告は,審理の過程で,平成16年1月19日,特許請求の範囲の文言の訂正を請求した(以下,この請求に係る訂正を「本件訂正」といい,本件訂正による訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成16年3月12日,本件訂正を認めた上で,「特許第3281862号の請求項2ないし5に係る特許を取り消す。」との決定をし,同月30日,その謄本を原告に送達した。 2 本件訂正による訂正後の特許請求の範囲(請求項2ないし5) (1) 請求項2 ノズル状の水噴射手段を配設した洗浄室と,該洗浄室の底壁に連通する貯水槽と,前記洗浄室内に給水を行う給水手段と,前記洗浄室底部に貯留された水を前記貯水槽を介して吸引し前記水噴射手段に送出する水循環手段とを備え,前記水噴射手段から噴射した水により前記洗浄室内に収容されている洗浄対象物を洗浄する食器洗浄機において, 前記洗浄室の底壁面の一部に平坦に窪んで前記貯水槽に連なる水溜部を形成し,該水溜部内に,前記洗浄室の底壁面よりも低い位置にヒータを配設するとともに,前記水溜部の上面を覆う多数の通水孔を穿孔した蓋状のヒータカバーを着脱自在に設け, 前記ヒータカバーは,貯水槽側において折り曲げられた折曲部を有し, 前記水溜部における前記貯水槽に流れ込む水の流れの下流側において,前記ヒータカバーの前記折曲部の下縁端と前記水溜部の底面とは所定の隙間を有することを特徴とする食器洗浄機。 (2) 請求項3 前記隙間は指が挿入できる程度に大きくすることを特徴とする請求項2に記載の食器洗浄機。 (3) 請求項4 水噴射手段を配設した洗浄室と,該洗浄室の底壁に連通する貯水槽と,前記洗浄室内に給水を行う洗浄手段と,前記洗浄室から前記貯水槽に流れ込む水を吸引し前記水噴射手段に送出する水循環手段とを備え,前記水噴射手段から噴射した水により前記洗浄室内に収容されている洗浄対象物を洗浄する食器洗浄機において, 前記洗浄室の底壁面よりも低い底面を有し前記貯水槽に連なる水溜部を形成し,該水溜部に,前記洗浄室の底壁面よりも低い位置にヒータを配設するとともに,洗浄対象物から落ちた大きな固形物を引掛けて捕集するヒータカバーを前記水溜部の上面に装着し, 前記ヒータカバーは,貯水槽側において折り曲げられた折曲部を有し, 前記水溜部における前記貯水槽に流れ込む水の流れの下流側において,前記ヒータカバーの前記折曲部の下縁端と前記水溜部の底面とは所定の隙間を有することを特徴とする食器洗浄機。 (4) 請求項5 水噴射手段を配設した洗浄室と,該洗浄室の底壁に連通する貯水槽と,前記洗浄室内に給水を行う給水手段と,前記洗浄室から前記貯水槽に流れ込む水を吸引し前記水噴射手段に送出する水循環手段とを備え,前記水噴射手段から噴射した水により前記洗浄室内に収容されている洗浄対象物を洗浄する食器洗浄機において, 前記洗浄室の底壁面よりも低い底面を有し前記貯水槽に連なる水溜部を形成し,該水溜部にヒータを配設するとともに,洗浄対象物から落ちた大きな固形物を引掛けて捕集するヒータカバーを前記水溜部の上面に装着し, 前記ヒータカバーは,貯水槽側において折り曲げられた折曲部を有し, 前記水溜部における前記貯水槽に流れ込む水の流れの下流側において,前記ヒータカバーの前記折曲部の下縁端と前記水溜部の底面とは所定の隙間を有することを特徴とする食器洗浄機。 (以下,順に「本件発明2」,「本件発明3」,「本件発明4」及び「本件発明5」といい,全部を合わせて「本件発明」ともいう。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明2ないし5は,いずれも,特開平3-195531号公報(以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)並びに特開平9-248268号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び周知・慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた,というものである。 4 決定が認定した,引用発明1の内容,本件発明2との一致点・相違点 (1) 引用発明1の内容 「ノズル30を備えた吹付け腕29を配設したタブと,タブの底14に連通する集め容器16と,ノズル30から流出する液体はタブの底で集められ,集め容器16を介して液体は循環ポンプ27によって吸い出され,回転するノズル30を備えた吹付け腕29に吐出される皿洗い機において, タブの底14の面の一部に平坦に窪んだ集め容器16を形成し,集め容器16内に底14の面よりも低い位置に加熱源31を配設する皿洗い器。」(決定書4頁) (2) 本件発明2と引用発明1との一致点 「「ノズル状の水噴射手段を配設した洗浄室と,洗浄室の底壁に連通する液体循環用スペースと,洗浄室底部に貯留された水を液体循環用スペースを介して吸引し水噴射手段に送出する水循環手段とを備え,水噴射手段から噴射した水により洗浄室内に収容されている洗浄対象物を洗浄する食器洗浄機において,洗浄室の底壁面の一部に平坦に窪んで液体循環用スペースに連なる加熱源用スペースを形成し,加熱源用スペース内に,洗浄室の底壁面よりも低い位置にヒータを配設する食器洗浄機」の点」(同6頁) (3) 相違点 「[相違点1] 連なる「加熱源用スペース」及び「液体循環用スペース」が,本件発明2においては,「水溜部」及び「貯水槽」であるのに対し,引用発明1においては,「集め容器16」における「『加熱源31』対応部分」及び「液体循環のための吸い出し対応部分」である点。 [相違点2] 本件発明2においては,水溜部の上面を覆う多数の通水孔を穿孔した蓋状のヒータカバーを着脱自在に設けるのに対し,引用発明1においては,その構成を有しない点。 [相違点3] 本件発明2においては,ヒータカバーは,貯水槽側において折り曲げられた折曲部を有し,水溜部における貯水槽に流れ込む水の流れの下流側において,ヒータカバーの折曲部の下縁端と水溜部の底面とは所定の隙間を有するのに対し,引用発明1においては,その構成を有しない点。」 [相違点4] 本件発明2においては,洗浄室内に給水を行う給水手段を有するのに対し,引用発明1においては給水手段が明らかでない点。」(同頁) 5 本件発明3と引用発明1との一致点・相違点 (1) 一致点は,本件発明2と引用発明1とのそれと同じ。 (2) 相違点は,上記相違点1ないし4に加え, 「[相違点5] 本件発明3が,隙間は指が挿入できる程度に大きくするのに対し,引用発明1が,その構成が明らかでない点。」(決定書8頁) 6 本件発明4と引用発明1との一致点・相違点 (1) 一致点 「「水噴射手段を配設した洗浄室と,洗浄室の底壁に連通する液体循環用スペースと,洗浄室から液体循環用スペースに流れ込む水を吸引し水噴射手段に送出する水循環手段とを備え,水噴射手段から噴射した水により洗浄室内に収容されている洗浄対象物を洗浄する食器洗浄機において,洗浄室の底壁面よりも低い底面を有し液体循環用スペースに連なる加熱源用スペースを形成し,加熱源用スペース内に,洗浄室の底壁面よりも低い位置にヒータを配設する食器洗浄機」の点」(決定書8頁) (2) 相違点は,上記相違点1,3及び4に加え, 「[相違点6] 本件発明4が,洗浄対象物から落ちた大きな固形物を引掛けて捕集するヒータカバーを水溜部の上面に装着するのに対し,引用発明1が,その構成を有しない点。」(同頁) 7 本件発明5と引用発明1との一致点・相違点 (1) 一致点 「「水噴射手段を配設した洗浄室と,洗浄室の底壁に連通する液体循環用スペースと,洗浄室から液体循環用スペースに流れ込む水を吸引し水噴射手段に送出する水循環手段とを備え,水噴射手段から噴射した水により洗浄室内に収容されている洗浄対象物を洗浄する食器洗浄機において,洗浄室の底壁面よりも低い底面を有し液体循環用スペースに連なる加熱源用スペースを形成し,加熱源用スペースにヒータを配設する食器洗浄機」の点」(決定書9頁) (2) 相違点は,上記相違点1,3,4及び6である。 |
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原告の主張
決定は,本件発明2ないし5について,相違点3についての判断を誤るとともに,その顕著な作用効果を看過し,また,相違点5の認定及びこれについての判断を誤ったものであり,違法として取り消されるべきである。 1 本件発明2ないし5についての取消事由 【相違点3についての判断の誤り】 (1) 決定は,相違点3について「上記相違点2について指摘したところのヒータをカバーする態様として蓋状のものを選択すれば,「水溜部の底面とは所定の隙間を有する」ことは明らかである。また,引用発明2のヒータカバーのような金属板体の成型品端部において折曲部なる構造を採用することは,成型品の形状維持や補強を兼ねて広く普通に採用されている慣用手段の付加(例えば,端部にフランジを採用すること。)であるといえる。そうすると,上記蓋状のヒータカバーを付加するに際して,上記慣用手段を用いて相違点3に係る本件発明2の構成とすることは,当業者が通常なす程度の設計事項に過ぎない。」(7頁)とし,本件発明3ないし5についてもこの判断を援用している。しかし,この判断は誤りである。 (2) 本件明細書の段落【0007】ないし【0009】の記載から明らかなとおり,本件発明は,使用者が未だ冷却していないヒータに触れて火傷したり,合成樹脂製の食器がそれに触れて溶解するなどの事故を防ぐことを目的とし,そのため,発明の構成の一部として「前記ヒータカバーは,貯水槽側において折り曲げられた折曲部を有し,前記水溜部における前記貯水槽に流れ込む水の流れの下流側において,前記ヒータカバーの前記折曲部の下縁端と前記水溜部の底面とは「所定の隙間」を有する」ことを特徴とするものである。 すなわち,水溜部24内に,洗浄室2の底壁23の水平面の高さよりも下の位置に配置されているシーズヒータ15は,それなりの高さにあるので,ヒータカバー27の前面(貯水槽側)が開口していると,手を入れたり,物が落下してきた場合には,ヒータ15に接触する恐れがある。これを回避するためには,ヒータカバー27に,貯水槽側において,ヒータに接触しないように折り曲げられた折曲部を設ければよく,こうすることにより,シーズヒータ15にある程度の高さがあっても,食器や手がヒーターに触れることが防げるのである。 このように,本件発明の「所定の隙間」は,誤って手を入れたり,合成樹脂製の食器等が落下してきた場合に,ヒータ15に接触することが回避できるようなものである。また,その下限は,カバーの通水孔を通過するような小さな固形物や,ヒータカバー27の折曲部28の下縁部と傾斜側壁26との隙間を通過した大きな固形物を水の流れに乗って水溜部24から流れ出すに必要な程度のものである(本件明細書【0015】及び【0025】参照。)。 (3) 被告は,「所定の隙間」の用語は,文言上,定められた隙間を意味するに過ぎず,特許請求の範囲の記載からみても,定められたあるいは一定の隙間と解するほかはないと主張する。 しかし,「所定の隙間」が,「定められた隙間」であれば何でもよく,適宜の隙間があればよいのであれば,特許請求の範囲で,単に「隙間」というように表現しておけば十分であったはずである。 本件発明において,敢えて「所定の隙間」という言葉を用いたのは,その隙間について,技術的意義を有する定められた上限及び下限を有するという意味で用いたものである。確かに,特許請求の範囲には,「所定の隙間」の上限及び下限を具体的に特定した記載はないが,このように,特許請求の範囲の記載において,「所定の隙間」が一義的に特定できず,かつ,「所定の隙間」が技術的意義を有する上限,下限を有するものであることが明らかな場合,発明の詳細な説明を参酌して,「所定の隙間」の意味するところを認定すべきである。 (4) 引用発明2のシーズヒータ3の周囲を包囲する金属のケース体9には,上記の折曲部の構成が存在しないばかりか,本件発明のような機能を有する,折曲部の下縁部と水溜部の底面との間に所定の隙間を形成する構成も全くなく,また示唆もされていない。 蓋状のヒータカバーの先端を曲げるとの周知技術があり,引用発明2のヒータカバーに成型品の形状維持や補強を兼ねて折曲部を形成することが慣用手段の付加であったとしても,本件発明が特徴とする,誤って手を入れたり,合成樹脂製の食器等が落下してきた場合に,ヒータ15に接触することを防止でき,かつ,カバーの通水孔を通過するような小さな固形物や,ヒータカバー27の折曲部28の下縁端と傾斜側壁26との隙間を通過した大きな固形物が水の流れに乗って水溜部24から流れ出すのに必要なだけの「所定の隙間」を形成する考えは全く出てこない。 相違点3に係る本件発明の構成は,引用発明1,2及び周知・慣用技術から容易に推考できるものではない。 (5) 相違点3についての判断が誤っている以上,決定は,本件発明2ないし5すべてについて取り消されるべきである。 【本件発明2ないし5の顕著な作用効果】 本件発明2ないし5では,「所定の隙間」を設けることにより,たとえ加熱手段が冷える以前に洗浄室内に使用者が手を入れたとしても,カバーのため加熱手段に手が触れることはなく,高い安全性を確保でき,また,食器が加熱手段に直接触れて溶解・変形する恐れがない。また,固形物が水溜部外部に流れ出ることができ,固形物が溜まることがなくなる,という格別の効果を持つものである。 また,本件発明3は,以上に加え,ヒータカバーの取り外しが容易にできるという作用効果を有する。 2 本件発明3についての取消事由 【相違点5の認定の誤り】 本件発明3は,発明の構成の一部として,「前記ヒータカバーは,貯水槽側において折り曲げられた折曲部を有し,前記水溜部における前記貯水槽に流れ込む水の流れの下流側において,前記ヒータカバーの前記折曲部の下縁端と前記水溜部の底面とは隙間を有し,前記隙間は指が挿入できる程度に大きくする」ことを特徴とするものである。すなわち,ヒータカバーを備えていることを前提としている。 これに対し,引用発明1は,ヒータカバーがない食器洗浄機であるから,隙間の幅が明らかでないのではなく,隙間そのものを考える余地がないのである。 したがって,決定のした「本件発明3が,隙間は指が挿入できる程度に大きくするのに対し,引用発明1が,その構成が明らかでない点。」との相違点5の認定は誤りである。 【相違点5についての判断の誤り】 (1) 本件発明3の「所定の隙間」は,前記のとおり,使用者が誤って手を入れたり,合成樹脂製の食器等が落下してきた場合に,それらがヒータ15に接触することを防止でき,かつ,カバーの通水孔を通過するような小さな固形物や,ヒータカバー27の折曲部28の下縁端と傾斜側壁26との隙間を通過した大きな固形物を水の流れに乗って水溜部24から流れ出すことができるものである。 また,この「所定の隙間」は,ヒータカバー27自体を洗浄する際には,使用者はヒータカバー27の折曲部29の下縁端の隙間に指を入れて上に持ち上げることによりヒータカバー27を容易に外すことができる程度のものである(本件明細書の段落【0016】及び【0026】)。 (2) 引用発明2の,シーズヒータ3の周囲を包囲する金属のケース体9には,上記の折曲部の構成が存在しないばかりか,本件発明3のような機能を持たせるために,折曲部の下縁端と水溜部の底面との間に指が挿入できる程度に大きくした所定の隙間を形成する構成は全くなく,また示唆もされていない。 たとえ,引用発明2のヒータカバーに成型品の形状維持や補強を兼ねて折曲部を形成することが慣用手段の付加であったとしても,本件発明3の特徴である,使用者が誤って手を入れたり,合成樹脂製の食器等が落下してきた場合に,それらがヒータ15に接触するのを防止でき,かつ,カバーの通水孔を通過するような小さな固形物や,ヒータカバー27の折曲部28の下縁端と傾斜側壁26との隙間を通過した大きな固形物を水の流れに乗せて水溜部24から流出させることができ,さらに,ヒータカバー27自体を洗浄する際には,使用者はその折曲部29の下縁端の隙間に指を入れて上に持ち上げることにより容易にこれを外すことができる程度の「所定の隙間」を形成する考えは全く出てこない。 他方,引用発明1は,もともとヒータカバーがないタイプのものであるので,相違点5に係る本件発明3の構成は全く存在しない。 したがって,引用発明1に引用発明2を組み合わせ,さらに周知・慣用技術を参酌しても,本件発明3の構成は容易に推考できない。 (3) 被告は,引用発明2において,このようなヒータカバーの着脱に際してのつまみ部分として開口91に着目することは当業者にとってごく普通に思いつく程度のことといえると主張するが,たとえ,引用発明2のヒータカバーが開口91を有するものであっても,それはヒータカバーに本件発明3のような折曲部を形成しないタイプのものであるので,隙間をなす開口に着脱の際に指を挿入して下方から支持できる程度の大きさとする,相違点5に係る本件発明3の構成は,当業者といえども容易に想到することはできない。 |
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被告の反論
1 【相違点3についての判断の誤り】に対して (1) 「所定の隙間」なる用語は,文言上,定められた隙間を意味するに過ぎず,特許請求の範囲の記載からみても,定められたあるいは一定の隙間と解するほかない。したがって,原告が主張するような機能を発揮し,その上限が特定された隙間であるとはいえない。 原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づいたものといえず,失当である。 (2) 原告は,「所定の隙間」をその主張のように解すべき根拠として,ヒータカバー27の前面(貯水槽側)が開口していると,手を入れたり,物が落下してきた場合には,ヒータ15に接触する恐れがある,といったことを挙げている。しかし,本件明細書には,特許請求の範囲はもとより,発明の詳細な説明の欄にも,「所定の隙間」の上限が「ヒータカバー27の前面(貯水槽側)が開口していると,手を入れたり,物が落下してきた場合には,ヒータ15に接触する恐れがある。」といった事項を考慮して定められるべきものである旨の記載はないし,特許請求の範囲には,貯水槽側が前面であることの限定もなされていない。 むしろ,本件明細書においては,子供等が誤って洗浄室2内に手を挿入する等の行為を行うと火傷する恐れがあり,また,食器籠からプラスチック製のフォーク,スプーン等が落下してヒータに接触すると溶けて変形してしまうという従来技術の問題に対して,これを解決することができた(【0007】〜【0009】)のは,水溜部の上面を覆う多数の通水孔を穿孔した蓋状のカバーを着脱自在に設けたこと(段落【0010】)によると説明されているのであって,所定の隙間に上限を設けたことによるとは説明されていない。 また,ヒータカバーの取外しの際に挿入された指が加熱手段に触れないのも,シーズヒータ15はちょうどU字形状に折れ曲がって後退している(段落【0016】及び【0026】)からであって,所定の隙間に上限を設けたからではない。 (3) 「所定の隙間」が,原告が主張するような,ある特別の隙間,特殊な機能を奏するためのある特定された隙間であるとはいえない以上,引用発明2には,本件発明と同様の「所定の隙間」を形成する構成があるといえる。 すなわち,引用発明2のケース体9は,開口を有するものであり,これを蓋状にして「蓋状のヒータカバー」とした場合にもその開口に相当する部分を塞ぐべき理由はない。したがって,引用発明1に引用発明2の「蓋状のヒータカバー」を適用した際には,該「蓋状のヒータカバー」は,当然に「水溜部の底面との間に所定の隙間が設けられたもの」となる。 2 【本件発明2ないし5の顕著な作用効果】に対して 原告が主張する本件発明2ないし5の作用効果は,引用発明1に引用発明2を適用した構成が,当然奏するものである。 3 【相違点5の認定の誤り】に対して 決定の相違点5の認定において,引用発明1がヒータカバーを具えていることを前提としているかのように解される表現が適切さを若干欠いているとしても,その点は結論には影響しない。決定は,相違点5を相違点1ないし4に加えての相違点であると認定し,引用発明1がヒータカバーを備えていない点は,相違点2として取り上げ,その容易推考性を検討している。 4 【相違点5についての判断の誤り】に対して (1) 「所定の隙間」が,原告の主張するような意義(シーズヒータに手や食器が触れないようなものであると共に,固形物が水溜部から流出できるようなものであること)を持つものではないことは,既に述べたとおりである。 (2) 引用発明2のヒータカバーも着脱自在なものであり,開口91を有するものであって,このようなヒータカバーの着脱に際してのつまみ部分として上記開口91に着目することは,当業者にとってごく普通に思いつく程度のことであるから,この開口91を,指を挿入できる程度のものにすることは,当業者が容易に推考できる。 相違点5についての決定の判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 【相違点3についての判断の誤り】について (1) 原告は,本件発明の「所定の隙間」が,原告の主張するような特有の目的を達成するためのものであり,そのような隙間を設けることは引用例1,2及び周知・慣用技術から容易に推考できるものではない,と主張する。そこで,この「所定の隙間」の意味について検討する。 ア 「所定」の意味は,広辞苑によれば,「定まっていること。定めてあること。」であり,そうすると,「所定の隙間」なる用語は,文言上は,「定められた隙間」を意味するに過ぎない。そのため,本件発明において,「隙間」がどのように定められるものかをさらに考察する必要がある。 請求項2の記載によれば,本件発明2は,「洗浄室」「貯水槽」「給水手段」「水循環手段」を備えた食器洗浄機において,「洗浄室」の底壁面の一部に「貯水槽」に連なる「水溜部」が形成され,当該「水溜部」内に,前記「洗浄室」の底壁面よりも低い位置にヒータが配設されており,「ヒータカバー」は,「貯水槽側」において折り曲げられた折曲部を有し,前記「水溜部」における前記「貯水槽」に流れ込む水の流れの下流側において,前記ヒータカバーの下縁端と前記「水溜部」の底面とが「所定の隙間を有する」ものと理解できる。そして,この点の構成は,「・・・ことを特徴とする本件発明2に記載の食器洗浄機」である本件発明3はもとより,本件発明4及び5においても,水溜部及びヒータの位置について,洗浄室の底壁面よりも低い底面を有し貯水槽に連なる水溜部にヒータを配設するとしている点以外は,基本的に異なるところはない。 そうすると,本件発明においては,「洗浄室」の底壁面,あるいはそれよりも低い底面を持って形成された「水溜部」から「貯水槽」に洗浄水が流れ込むのであるから,「所定の隙間」は,当該洗浄水が通過できる程度のものであると把握できる。 また,上記構成からは,洗浄対象物から落ちた固形物は水溜部に到達するものであるから,それをそのまま滞留させることが好ましくないことからすれば,「所定の隙間」とは,固形物を流出させるのに充分な隙間であると理解することもできる。 したがって,発明の詳細な説明を参酌するまでもなく,特許請求の範囲の記載から,本件発明における「所定の隙間」の意味は,上記のようなものとして十分理解することができるといえる。 イ 上記のことは,本件明細書の発明の詳細な説明を参酌しても,変わるものではない。 本件明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(甲第3号証)。 「【0007】 【発明が解決しようとする課題】 上記従来の食器洗浄機では,シーズヒータ15は洗浄室2底部に配設されており,通常の作業では使用者がこのシーズヒータ15に触れる恐れはない。 しかしながら,例えば洗浄乾燥運転終了直後には,シーズヒータ15自体は未だ熱くなっているため,例えば子供等が誤って洗浄室2内に手を挿入する等の行為を行うと火傷する恐れがある。そこで,より安全性を高めるには,使用者が安易にシーズヒータ15に触れることができないような構造となっていることが望ましい。・・・ 【0008】 更に,従来の食器洗浄機では,食器籠から例えばプラスチック製のフォーク,スプーン等が落下してヒータに接触すると,溶けて変形してしまう。そのため,食器籠から物が落下しないようにその籠の隙間を狭くしており,その結果,水が通過しにくく洗浄性能が犠牲になっていた。 【0009】 本発明・・・の目的とするところは,使用者に対する安全性を一層高めるとともに,合成樹脂製の食器等が落下した場合でもその溶解を回避することができる食器洗浄機を提供することにある。 【0010】 【課題を解決するための手段,発明の実施の形態及び発明の効果】 上記課題を解決するために成された本発明は,・・・該水溜部にヒータを配設するとともに,洗浄対象物から落ちた大きな固形物を引掛けて捕集するヒータカバーを前記水溜部の上面に装着したことを特徴としている。 【0011】 この構成では,・・・加熱手段は該貯留された水の中に浸るので,該加熱手段により水は効率的に加熱される。・・・洗浄対象物から流れ落ちた大きな固形物は上記カバーの通水孔に引掛かって捕集される。該カバーは着脱自在であるので,多くのゴミがカバーに付いたときには,使用者は容易にカバーを取り外して洗浄することができ,清潔さが維持できる。 【0012】 このように本発明に係る食器洗浄機では,たとえ加熱手段が冷える以前に洗浄室内に使用者が手を入れたとしても,カバーにより加熱手段に手が触れることが妨げられるので,高い安全性が確保できる。また,・・・合成樹脂製の食器類が落下した場合でも,該食器類が直接加熱手段に接触しないので,熱による溶解や変形の恐れがない。」(4頁〜6頁) 「【0015】 また,水溜部の下流側(つまり貯水槽に近い側)において,カバーの縁端部と水溜部の底面とは所定の隙間を有する構成としておくとよい。すなわち,この構成では,カバーの通水孔を通って水溜部内に入り込んだ小さな固形物が水流に乗って,上記隙間から水溜部外部に流れ出る。このため,水溜部内にゴミが溜まることを防止できる。」(7頁) 以上の記載からは,使用者の手や食器がヒータに触れることが防止されるのは,ヒータカバーを設けたこと自体により達成されるものであること,所定の隙間は,水溜部に小さな固形物が溜まることを防止するためのものであることを読み取ることができる。すなわち,「所定の隙間」は,発明の詳細な説明を参酌して解釈するとしても,手や食器がヒータに触れないようなものという観点から定められるべきものとは理解できないのである。 (2) 決定が相違点についての判断で説示しているとおり,引用発明2を引用発明1に適用して,ヒータカバーを設けることに想到するのは容易であり,それを蓋状のものにすることは,当業者が適宜選択して採用し得る設計事項である。 そして,引用発明1も,洗浄室の底壁面の一部に平坦に窪んで液体循環用スペースに連なる加熱源用スペースを形成し,そのスペース内に,洗浄室の底壁面よりも低い位置にヒータを配設するものであるから,その加熱源用スペースに水や洗浄対象物から落ちた固形物が流れ込むことがあるのであって,ヒータに蓋状のカバーを設けるとして,その水や固形物が流出できるよう隙間を設けることもまた,当業者が当然なすことである。 さらに,食器洗浄機において洗浄の対象となる食器に,どのような固形物が付着しており,そのうちのどのような大きさのものが水溜部(引用発明1の加熱源用スペース)に到達するかは一概にいえないから,そこから固形物が流出できるようにいかなる隙間を設定するかは,当業者が,現実の使用態様を想定しつつ,適宜設計し得ることに過ぎない。 (3) なお,仮に,「所定の隙間」を,原告が主張するような危険防止等の観点から設定すべきものであるとしても,以下に述べるとおり,上記結論は変わらない。 引用例2には,「【0003】【発明が解決しようとする課題】・・・シーズヒータ3が露出しているため,乾燥終了後,食器を取り出す際に使用者がシーズヒータに触れ火傷を負うことがある。・・・【0004】・・・食器篭載置している食器,例えばスプーンが食器篭より落下して食器篭とシーズヒータの間にはいると,食器篭の回転を止めてしまうとの欠点があった。」(2頁1欄〜2欄)との記載があり,本件発明で想定されている事態とはやや異なるものも含まれるものの,シーズヒータが露出されているために生じる問題点が指摘されている。 「所定の隙間」とは,要するにシーズヒータが外部に向かって露出している箇所であるから,それをできるだけ小さくすることは,上記引用例2の記載から,当業者が容易に考え得ることである。そして,一口に人の手や食器といっても,いろいろな大きさのものが考えられるから,どのようなものを想定して「所定の隙間」を定めるかは,まさに当業者が適宜なし得ることに過ぎないのである。 (4) 以上のとおりであるから,相違点3における「所定の隙間」を「当業者が通常なす程度の設計事項に過ぎない」とした決定の判断に誤りはない。 そして,決定が説示しているとおり,ヒータカバーのような金属板体の成型品端部において成型品の形状維持や補強のために折曲部なる構造を採用することは慣用手段である,といえる。 したがって,当業者にとって,相違点3に係る構成を推考することは容易であるということができ,決定の相違点3についての判断に誤りはない。 2 【相違点5の認定の誤り】について 引用例1(甲第4号証)には,細かい網ふるい20及び荒い網ふるい21を設けることが記載されているものの,ヒータカバーを設けることの記載あるいは示唆はなく,ヒータカバーは存在しないものと認められる。そして,決定も,相違点2において,引用発明1にはヒータカバーがない点を明確に指摘しており,そのことを前提として,相違点2についての判断において,引用発明1にヒータカバーを設けることの容易推考性を肯定し,その上で相違点5についての判断を行っているものである。このことからすれば,決定が,相違点5において「引用発明1が,その構成が明らかでない」とした点は,表現にやや適切さを欠くきらいはあるとしても,これをもって誤りであるとはいえない。 3 【相違点5についての判断の誤り】について (1) 本件明細書の記載「【0016】また,該隙間を指が装入(判決注・「挿入」の誤記と認める。)できる程度に大きくしておけば,使用者がカバーを取り外す際に,その取外しの作業が容易になる。・・・」(甲第3号証7頁)からは,本件発明3において,「所定の隙間」を指が挿入できる程度にすることは,ヒータカバーを取り外し容易にするためであると認められる。 (2) 引用例2の「【0015】9は本発明の特徴をなすケース体であって,図2に示すようにステンレス鋼板から成る箱体の前後の面を開口91,92して形成されたもので,・・・両側部に延設した取付片93の係合口94で洗浄槽2の底面に設けた係合爪21に係合することにより,洗浄槽2の底面に着脱自在に構成されている。」(甲第3号証3頁3欄)の記載から明らかなとおり,引用発明2のヒータカバーは,着脱自在のものである。そして,カバーの取り外しにおいて,指を挿入して引っ掛ける部分があれば,取り外しがしやすくなることは当然であるから,引用発明2の着脱自在なヒータカバー(ケース体9)の開口部を見た当業者が,これを,ヒータカバーの取り外しをしやすくするための指を引っ掛ける部分ともし得ると認識することは容易である。 引用発明2を引用発明1に適用して蓋状のヒータカバーを設けること,ヒータカバーに折曲部を設けその下縁端と水溜部の底面との間に「所定の隙間」を設けることが容易に推考できることは,1において説示したとおりであり,その上で,当業者が,引用発明2のヒータカバーの開口部に対する上記認識をもとに,着脱自在のヒータカバーの取り外しをしやすくするため,上記所定の隙間を,指が挿入できる程度のものにすることは,容易に推考できることである。 以上のとおりであるから,相違点5についての判断にも誤りはない。 4 【本件発明2ないし5の顕著な作用効果】について 原告が主張する本件発明2ないし5の顕著な作用効果は,本件発明3固有の作用効果として主張するものを含め,容易に推考できるその構成に当然伴われるものに過ぎず,進歩性を基礎付けるものとはいえない。なお,このことは,原告が主張するように「所定の隙間」が使用者の火傷の防止,食器の接触・溶解を防止するという観点から定められるべきものであるとしても,何ら異なるものではない。 5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定にこれを取り消すべき誤りがあるとは認められない。 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |