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関連審決 無効2003-35086
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  援用権(援用) /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 104号 審決取消請求事件
原告 株式会社堀場製作所
訴訟代理人弁理士 伊藤晃,石井久夫,竹内三喜夫,田村啓,角田敦志
被告 株式会社島津製作所
訴訟代理人弁理士 喜多俊文,江口裕之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/02/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2003-35086号事件について平成16年2月10日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,特許を無効とする審決の取消しを求める事件であり,原告は無効とされた特許の特許権者,被告は上記特許に対する無効審判の請求人である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「紫外線酸化分解法による全リン測定方法および装置」とする特許第3316664号(請求項の数2。平成8年1月24日に出願,平成14年6月14日に設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 被告は,平成15年3月10日,本件特許について無効審判の請求をし(無効2003-35086号事件として係属),これに対し,原告は,平成15年12月16日,明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。
(3) 特許庁は,平成16年2月10日,「訂正を認める。特許第3316664号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同年2月20日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載(本件訂正請求による訂正後のもの。以下,請求項記載の番号に従い「本件発明1」,「本件発明2」という。) 「【請求項1】 試料水中の縮合リン酸を含めた全リンを定量分析する紫外線酸化分解法による全リン測定方法において,採取した試料水に酸化剤としてペルオキソ二硫酸カリウムと硫酸を添加した後,ヒータとともに紫外線ランプを用い,該ヒータにより試料水を常圧下,100℃未満で縮合リン酸を分解可能な高温に加熱した状態で,所定時間該紫外線ランプにより紫外線を照射して縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させ,その後,前記オルトリン酸を含む試料水に還元剤と発色剤を添加して吸光度法により前記オルトリン酸を定量することを特徴とする紫外線酸化分解法による全リン測定方法。
【請求項2】 試料水中の縮合リン酸を含めた全リンを定量分析する紫外線酸化分解法による全リン測定装置において, 酸化剤としてペルオキソ二硫酸カリウムと硫酸を添加した試料水を95℃に加熱可能なヒータと,該ヒータにより試料水を加熱した状態で,試料水に所定時間紫外線を照射する紫外線ランプとを有し,縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させる紫外線酸化分解器と, 還元剤水溶液と発色剤水溶液を貯蔵するタンクと, 前記酸化分解後の試料水に前記タンクから供給された還元剤水溶液と発色剤水溶液を添加して吸光度法により前記オルトリン酸を定量する測定セルとを有することを特徴とする紫外線酸化分解法による全リン測定装置。」 3 審決の理由の要点 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件訂正請求による訂正は,特許法(平成15年法律第47号による改正前のもの。以下同じ。)134条2項ただし書の規定,同条5項で準用する同法126条2項及び3項の規定に適合するので,本件訂正を認めるとした上,本件特許は,同法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,その特許を無効とすべきである,というものである。
(1) 訂正について 本件訂正請求による訂正は,特許法134条2項ただし書及び同5項で準用する特許法126条2項及び3項の規定に適合するので,本件訂正を認める。
(2) 無効理由について ア 引用刊行物とその記載事項 (ア) 引用刊行物 審判において通知した無効理由に引用した刊行物は,次のものである。
刊行物1:Talanta,33(1),pp.98-100(1986)(本訴甲3) 刊行物2:ЖЧРНАЛ АНЛИТИКОИ ХИИ Том45,Вып.8,1615〜1623頁(1990)(本訴甲4) 刊行物3:Analytical Chemistry,50(6),pp.707-711(1978)(本訴甲5) 刊行物4:特開平7-311155号公報(本訴甲6) 刊行物5:特開平7-27758号公報(本訴甲7) (イ) 引用刊行物の記載事項 a 刊行物1の記載事項 「紫外線照射を用いた光化学分解による水中の全リンの定量」と題する論文である刊行物1には, (a) 要約の項に,「要約-自然水及び汚水に含まれる全リンの定量について,簡単で便利な光化学分解法が開発された。有機リン化合物及び無機ポリリン酸塩は,0.3M硫酸及び0.12%ペルオキソ二硫酸カリウムが存在下において,50分間の照射により完全にオルトリン酸塩に転化し得る。」(98頁7〜10行)と記載され, (b) 実験装置について,「反応器(図1)は,1000W高圧水銀アークランプ(・・製),反応器本体(長さ65cm,直径24cm)と冷却ファンにより構成されている。・・・反応器には容量50mlのサンプル管が12本をセットすることができる。サンプル管は石英ガラス製で,小さな穴があけられた栓により,照射中に発生する圧力を逃がす構造となっている。」と記載され(98頁左欄下から6行〜右欄2行),98頁右欄下部に対応する図1が示され, (c) 実験手順について,「校正曲線は,Shoji等により記述された方法を用いて作成する。光分解を標準品に適用するか否かに関わらず同じ勾配が得られる。
光分解の場合,リン含有溶液(10〜30ml)をサンプル管にピペットで移す。それぞれに3.0%ペルオキソ二硫酸カリウム2.0ml,及び7.5M硫酸1.0mlを加え,再蒸留水を使って50mlとする。サンプル管を反応器に入れてランプを点灯させる。10分間照射を行った後に冷却ファンを作動させ,事前に設定した時間の間照射を継続する。冷却後,オルトリン酸塩の定量に適した量をピペットで採取する。水分析の場合も同じ手順を使用するが,照射時間は合計50分とする。」と記載され(98頁右欄19行〜99頁左欄5行), (d) 「結果と考察」の項において,「酸性度」について,無機ポリリン酸塩の加水分解における主要要因は,溶液の酸性度と温度であって,加水分解は,酸の濃度に依存し,またペルオキソ二硫酸カリウムの有無は結果に影響を及ぼさないことが分かること,酸性度を0.3M硫酸より高くした場合には加水分解率は目立った上昇を示さず,その後の実験においては,照射用pHと再びの最終定量用pHの無駄なpH調整を避けるために,0.3M硫酸を使用したことが,ポリリン酸塩の加水分解における酸性度の影響を実験したデータを示す「表1」と共に記載され(99頁左欄7行〜右欄3行), (e) 続いて,「温度と照射時間」について,「無機ポリリン酸塩の加水分解率は温度に依存する。我々の反応器の場合,加水分解に必要な熱は高圧水銀アークランプにより供給される。冷却を制御する本提案システムを使用する方が,一般に使用されている冷却方法を用いるよりもはるかに短時間でサンプル溶液を沸点に到達させられることが分かっている。異なる冷却方法を用い場合の温度と照射の関係を図2に示す。0.3M硫酸を用いて冷却制御を行った場合の結果を表2に示すが,40分以上照射しても溶液中のオルトリン酸濃度は増加しないことが分かる。光分解が確実に行われるように50分間の照射を行い,その後,分析によりオルトリン酸塩の含有量を調べる。」(99頁右欄4行〜100頁左欄12行)と記載され,図2には,温度と照射時間の関係を10分間照射後に冷却ファンを作動した場合(○-○)とランプと冷却ファンを同時に作動した場合(●-●)で示され,前者の場合には約25分で,後者の場合は約10分で100℃に到達する様子が示されている(99頁左欄)。
b 刊行物2の記載事項 「低圧水銀灯を用いた有機物質の光化学酸化による天然水中に溶解した炭素とリンの有機的形態の同時測定」と題する論文である刊行物2には, (a) 各種水銀ランプによる紫外線照射について,(i)低圧水銀石英ランプは,ペルオキソ硫酸カリウムと組み合わせて,紫外線照射の作用によって形成される二酸化炭素の量によって天然水中の溶解有機炭素を測定する際の溶解有機物質の光酸化のためにうまく用いられていたこと,(ii)紫外線照射によるサンプル酸化が,窒素とリンの溶解形態の濃度を調べるために,すでに約20年用いられ,この際,主に中圧あるいは高圧の水銀石英ランプが用いられてきたが,これらのランプの発光スペクトル全体における紫外線照射の割合はあまり大きくなく,可視光線と赤外線の割合が大きく,赤外線は照射を受ける対象を沸騰にいたるまでの加熱を招くので,それを避けるためにランプの照射を受ける液体からある程度離す必要があり,これが溶解有機物質の光化学酸化の効率を著しく低下させ,また器具の構造を複雑にすること,(iii)ところが,低圧の水銀石英ランプは紫外線照射の割合が高く,可視光線と赤外線の割合が低いことを特徴とするので,照射を受ける液体と接蝕させることもでき,そのため光化学酸化の効率を著しく高め,またサンプルを強く加熱することもない(40℃以下[2])ことが記載されている(1615頁9行〜36行)と共に, (b) 「結果とその考察」の項の中で,リンについて,ペルオキソ硫酸塩の存在の下での溶解有機物質中に含まれるリンのオルトリン酸塩に至るまでの酸化は,紫外線照射の作用下でも恒温の作用下でも,酸性溶液(H2SO4が0.1〜0.2M)の中でもっとも完全に起こること,そして比較的低出力の低圧水銀灯による紫外線照射が0.01〜0.02Mのペルオキソ硫酸カリウムを含む0.005〜0.1Mの硫酸中で有機リンをオルトリン酸塩に変化させるのに効果があることが分かったことなどが記載され(1619頁6行〜24行), (c) 変化後の溶液中のオルトリン酸塩の測定は,中和後にモリブデン酸アンモニウム溶液とアンチモニル酒石酸カリウム,硫酸,アスコルビン酸の混合物からなる混合試薬を用いて,モリブドリンヘテロポリ酸の生成による発色を882nmの波長で吸光光度計で測定することにより行うことが記載されている(1616頁21行〜25行,1621頁30行〜48行,特に41行〜45行)。
なお,刊行物2において「ペルオキソ硫酸カリウム」と呼ばれている物質が,「ペルオキソ二硫酸カリウム」であることは,1619頁2行のその光化学反応式から明らかである。
c 刊行物3の記載事項 「有機リン化合物の光化学分解と加水分解後の天然水及び汚水中のリンの定量」と題する論文である刊行物3には, (a) 「水サンプルに含まれる全溶解及び浮遊リン酸塩は,有機リン化合物の光化学分解と酸加水分解性リン酸塩の熱加水分解を行った後に,遊離オルトリン酸塩を従来の分光光度法でモリブデンブルーとして定量することにより定量することができる。ここで説明する手順では,光分解及び加水分解用に75Wの中圧Zn-Cd-Hgランプを使用する。ランプによりUV照射と加熱を同時に行うことで,有機リン酸塩と酸加水分解性リン酸塩が同時にオルトリン酸塩に転化される。薄いアルミニウム板をランプと酸性化サンプル溶液の間に置くと加水分解のみが行われる。
この方法により,オルトリン酸塩,・・・全リン酸塩を定量することができる。この方法では煩雑で時間のかかる化学的前処理は不要で,自動化も容易である。」と記載されている(707頁左欄下から22〜7行)と共に, (b) 複合Zn-Cd-Hgランプ(中圧,75W)が非常に優れた光源であり,低圧単一素子ランプ(Zn,Cd,またはHg,12〜15W)と異なり,この論文の装置において使用した複合ランプは,サンプル溶液を6分で沸点まで加熱するのに丁度良いだけの熱を発生させ,酸性溶液中で照射を行うと,縮合リン酸塩の加水分解は約20〜25分で完了することが記載され(708頁左欄32行〜40行), (c) 実験の装置についての項で,75Wの中圧Zn-Cd-Hgランプと低圧ランプ(Zn,CdまたはHg,12〜15W)の放射するZn,Cd,またはHgスペクトル(重要な輝線はそれぞれ214,229,254nm)について説明され,Zn-Cd-Hgランプが200〜250nmの範囲において好ましい放射を行うこと,多くの有機リン化合物のモル吸光率はこの範囲において,波長の減少とともに著しく増加するため,これが重要な特性であり,従来のHgまたはXe高圧ランプの放射が250nm以下において著しく低下するので,Zn-Cd-Hg光源の使用が有益であることが記載され(708頁右欄5行〜23行), (d) 分析手順は,試料水に溶液A(硫酸)添加した後に,所定時間照射し,分解後の溶液を冷却後,溶液B(モリブデン酸アンモニウム)と,溶液C(アスコルビン酸,酒石酸アンチモニルカリウム,EDTA及び蟻酸の混合溶液)を加え,880nmで吸光度測定により,モリブデンブルーとして定量することが記載されている(708頁左欄下から11行〜3行,709頁右欄2行)。
d 刊行物4の記載事項 「水中の窒素化合物濃度及びリン化合物の分析装置」の発明に関する刊行物4には, (a) 本件明細書記載の【発明が解決しようとする問題点】と同様に,「また,酸化剤による酸化方法では水の沸点以上の120℃というような高温に加熱するため,耐圧構造の反応釜を必要とし,酸化装置の構造や操作が複雑になり,高価格になる問題がある」ことも,【発明が解決しようとする問題点】のひとつであることが記載され(【0005】), (b) 試料水を50〜100℃に加温し,光酸化触媒としてのTiO2又はPtやRuO2を添加したTiO2の存在下でその試料水に紫外線を照射して試料水中の窒素化合物とリン化合物を同時に酸化して窒素化合物から硝酸イオン,リン化合物からリン酸イオンを生じさせる酸化反応槽を備え,生じたリン酸イオンを,測定槽でモリブデン酸アンモニウム溶液とL-アスコルビン酸溶液と反応させて得た発色液の吸光度を測定することによりリン化合物濃度を算出する分析装置が記載され(特許請求の範囲,【0011】〜【0020】,【図2】), (c) 【0037】の10欄30〜36行にも「吸光測定セル252には発色剤218,220をペリスターポンプ222を介して供給する発色剤供給管224が接続されている。発色剤218,220はリン酸イオンと反応して発色するものであり,発色剤218はモリブデン酸アンモニウム溶液,発色剤220はL-アスコルビン酸溶液である。」と記載されているように,発色剤であるモリブデン酸アンモニウム溶液と還元剤であるL-アスコルビン酸溶液が供給される測定個所を測定セルとすることも【0032】〜【0040】,【図7】〜【図8】に記載され,明記はされていないが,【図8】中で上記符号218,220が付されている箇所には,液体等の収納物がテーパが設けられた下端部から排出されるタンクを通常表す図形が記載されており, (d) さらに,試料水の加温手段として反応槽の外側にシースヒータを埋め込んだヒートシンクを設けること,及び紫外線の照射手段として低圧水銀灯を使用することが実施例として記載されている(【0013】,【0012】)。
e 刊行物5の記載事項 同様に,「水中の窒素化合物及びリン化合物の分析方法並びに光酸化分解装置」の発明に関する刊行物5にも,オートクレーブ法の問題点や,試料水を50〜100℃に加温し,酸素またはオゾンを含有するガスを吹き込みながら,その試料水に紫外線を照射して試料水中の窒素化合物とリン化合物を同時に酸化して窒素化合物から硝酸イオン,リン化合物からリン酸イオンを生じさせる酸化反応槽を備え,生じたリン酸イオンを測定槽でモリブデン酸アンモニウム溶液とL-アスコルビン酸溶液とを供給して反応させて得た発色液の吸光度を測定することが記載され(特許請求の範囲,【0005】,【0012】〜【0020】,【図2】),試料水の加温手段として反応槽にカートリッジヒータを埋め込むこと,及び紫外線の照射手段として低圧水銀灯を使用することが実施例として記載されている(【0014】,【0013】)。
イ 対比,検討 (ア) 本件発明1について a 刊行物1記載の発明 刊行物1において水中の有機リン化合物及び無機ポリリン酸塩が光化学酸化分解後に転化する「オルトリン酸塩」は,本件明細書に記載の縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解して変化させた「オルトリン酸」と相違するものではない(刊行物2,3の「オルトリン酸塩」,及び刊行物4,5の「オルトリン酸イオン」も同様である。)。
また,刊行物1記載の照射時間50分という紫外線酸化分解条件と冷却ファンの使い方の異なる2つの時間-温度曲線についての図2の記載から,刊行物1記載の全リン測定方法の紫外線酸化分解時においては,試料水が高圧水銀ランプの照射により常圧下,100℃すなわち沸点まで加熱されているものと認められるから,刊行物1には,試料水中の縮合リン酸を含めた全リンを定量分析する紫外線酸化分解法による全リン測定方法において,採取した試料水に酸化剤としてペルオキソ二硫酸カリウムと硫酸を添加した後,高圧水銀ランプを用い,冷却ファンを併用しつつ所定時間高圧水銀ランプにより紫外線を照射して,試料水を常圧下,沸点まで加熱した状態で,縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させ,その後,前記オルトリン酸を含む試料水を分析して前記オルトリン酸を定量する紫外線酸化分解法による全リン測定方法が記載されている。
b 一致点,相違点 本件発明1と刊行物1に記載された発明とを比較すると,両者は,「試料水中の縮合リン酸を含めた全リンを定量分析する紫外線酸化分解法による全リン測定装置において,採取した試料水に酸化剤としてペルオキソ二硫酸カリウムと硫酸を添加した後,紫外線ランプを用い,試料水を常圧下で縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した状態で,所定時間該紫外線ランプにより紫外線を照射して縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させ,その後,前記オルトリン酸を含む試料水を分析することにより前記オルトリン酸を定量する紫外線酸化分解法による全リン測定方法。」である点で一致し,次の点で相違する。
(相違点1) 紫外線照射時における試料水の常圧下での加熱手段として,本件発明1では,紫外線ランプとともにヒータを用いて,該ヒータにより試料水を100℃未満で縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した状態で,加熱するのに対して,刊行物1記載の発明では,使用する紫外線ランプが高圧水銀ランプであるので,冷却ファンを併用して該ランプからの照射だけで試料水の沸点まで加熱ができ,ヒータを別途必要としない点。
(相違点2) オルトリン酸を定量するためのオルトリン酸を含む試料水の分析方法が,本件発明1では,還元剤と発色剤を添加して吸光度法によりオルトリン酸を定量するのに対し,刊行物1には,分析方法が具体的に記載されていない点。
c これらの相違点について検討する。
(a) 相違点1について 酸化剤や硫酸のような腐食性物質を含む試料水を100℃を超える高温で処理することは,処理装置に耐熱性や耐圧性,耐薬品性等の負担をかける問題点があることは,本件明細書の従来技術の記載を参照するまでもなく,技術常識にすぎず,そのような負担が軽減される,常圧下で比較的低い100℃を超えないような温度条件下での,全リン測定のための縮合リン酸のオルトリン酸への加水分解法が研究開発されていることは,刊行物4,5にも記載されているとおりである(前記ア(イ)d,e)。
一般に,反応は加熱により促進されることが多く,縮合リン酸のオルトリン酸への加水分解も,溶液の酸性度と温度に左右されることが刊行物1に記載されている(前記記載ア(イ)a(d),(e)参照)。刊行物1記載の方法では,なるほど沸点まで加熱されて縮合リン酸のオルトリン酸への加水分解が行われているが,硫酸が添加された酸性条件下においては,100℃を少し下回った加熱状態であるからといって,反応速度が遅くなることがあるとしても,当該加水分解が起こらないと当業者が理解するような開示が,刊行物1に存在するわけでもない。また,試料水の沸騰加熱は,測定精度に好ましくない影響を及ぼす可能性のある,沸騰に伴うミスト状での試料水の飛散損失や試料水の体積変化等も伴うことも懸念される実験条件であるし,できるだけ低い温度で酸化分解を行うことが,必要なエネルギーの観点からも,技術上の一般的要請にすぎない。また,試料の分析にあたり,高温加熱状態で処理した後に常温で分析しなければならない場合は,できるだけ低い温度での高温加熱処理の方が常温までの冷却に要する時間的,エネルギー的の観点から望ましいことも,当業者であれば技術常識として認識しているレベルの事項にすぎない。
そして,従来,有機リン化合物を紫外線照射による酸化に用いられていた中圧あるいは高圧の水銀石英ランプは,そのランプの発光スペクトル全体における紫外線照射の割合があまり大きくなく,可視光線と赤外線の割合が大きく,赤外線による好ましくない照射試料の加熱を生じ,器具構造の複雑化等の不都合を招く一方,低圧の水銀石英ランプは紫外線照射の割合が高く,可視光線と赤外線の割合が低いことを特徴とするので,照射を受ける液体と接蝕させることもでき,そのため光化学酸化の効率を著しく高め,またサンプルを強く加熱することもない(40℃以下)こと,そして,試料水に酸化剤としてペルオキソ二硫酸カリウムと硫酸を添加した後,低圧水銀ランプを用いて所定時間紫外線照射を行うことにより有機物質に含まれるリンのオルトリン酸への酸化が完全に行えることが,刊行物2に記載されている(前記記載ア(イ)b(a),(b)参照)。
さらに,刊行物3にも,ランプから放射される紫外線波長に関して,有機リン化合物のモル吸光率の著しく増加する波長のより短い紫外線を放射する低圧水銀ランプのような紫外線ランプのほうが,高圧水銀ランプに比べて好ましいことが記載されている(前記記載ア(イ)c(c)参照)。
低圧水銀ランプは,刊行物2にも記載されているように,試料水を50℃を超える温度に加熱するほどの赤外線等を放射しないので,試料水を常圧下,高温に加熱した状態で,所定時間該紫外線ランプにより紫外線を照射して縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させる際に,低圧水銀ランプを紫外線ランプとして使用する場合は,ヒータとともに用い,該ヒータにより試料水を100℃未満で縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した状態で,オルトリン酸に変化させることが,刊行物4,5にも記載されている。
そうすると,刊行物1に特に高圧水銀ランプを使用した際の不都合点が記載されていないとしても,刊行物1においては,刊行物2にも示唆されている試料水の過剰過熱を防止する冷却ファンを併用しつつ試料水の沸点までの加熱に高圧水銀ランプを使用しているものであるから,刊行物1の冷却ファンを併用しつつ試料水の加熱手段兼紫外線放射源として使用されている高圧水銀ランプに代えて,より穏和な条件を選択できる,低圧水銀ランプをヒータとともに用い,該ヒータにより試料水を100℃未満で縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した状態で,オルトリン酸に変化させるようなことに,格別の困難性は認められない。
(b) 相違点2について 刊行物2〜5にも記載のように,オルトリン酸を定量するためのオルトリン酸を含む試料水の分析方法として,還元剤と発色剤を添加して吸光度法によりオルトリン酸を定量することは,慣用されている方法にすぎない。
(c) そして,被請求人の提出した平成15年12月16日付けの意見書における確認実験も,その実験条件と結果の関係は,刊行物1の縮合リン酸のオルトリン酸への加水分解の主要要因は溶液の酸性度と温度であるとの記載から当然予測される範囲内のものであって,上記相違点の構成による効果が,予測される範囲内のものではないことを示すものとは認められない。
(イ) 本件発明2について a 刊行物1記載の装置 さらに,刊行物1には,試料水中の縮合リン酸を含めた全リンを定量分析する紫外線酸化分解法による全リンの測定を行う装置において,酸化剤としてペルオキソ二硫酸カリウムと硫酸を添加した試料水を,高圧水銀ランプを有し,試料水に冷却ファンを併用しつつ所定時間高圧水銀ランプにより紫外線を照射して,試料水を常圧下,沸点まで加熱した状態で,縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させる紫外線酸化分解器を有し,前記酸化分解後のオルトリン酸を含む試料水をピペットで採取,分析して前記オルトリン酸を定量する手段とを組み合わせて紫外線酸化分解法により全リン測定を行う装置が記載されている。
b 一致点,相違点 本件発明2と刊行物1に記載された装置とを比較すると,両者は,(一致点)「試料水中の縮合リン酸を含めた全リンを定量分析する紫外線酸化分解法による全リン測定を行う装置において, 酸化剤としてペルオキソ二硫酸カリウムと硫酸を添加した試料水を,加熱した状態で,試料水に所定時間紫外線を照射する紫外線ランプを有し,縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させる紫外線酸化分解器と,前記酸化分解後の試料水を分析して前記オルトリン酸を定量する手段とを組み合わせて紫外線酸化分解法により全リン測定を行う装置。」である点で一致し,次の点で相違する。
(相違点1) 紫外線酸化分解器の紫外線照射時における試料水の加熱手段として,本件発明2では,紫外線酸化分解器が紫外線ランプに加えて,試料水を95℃に加熱可能なヒータを有するものであるのに対し,刊行物1記載の装置では,紫外線酸化分解器が紫外線ランプとして高圧水銀ランプを有するものであって,冷却ファンを併用しつつ該ランプからの照射だけで試料水を沸点まで加熱ができるので,試料水を加熱するためのヒータを別途有していない点。
(相違点2) 酸化分解後の試料水のオルトリン酸を定量分析する手段が,本件発明2では,還元剤水溶液と発色剤水溶液を貯蔵するタンクと,前記酸化分解後の試料水に前記タンクから供給された還元剤水溶液と発色剤水溶液を添加して吸光度法により前記オルトリン酸を定量する測定セルであって,全リン測定を行う装置が『紫外線酸化分解器と,還元剤水溶液と発色剤水溶液を貯蔵するタンクと,前記酸化分解後の試料水に前記タンクから供給された還元剤水溶液と発色剤水溶液を添加して吸光度法により前記オルトリン酸を定量する測定セルとを有する全リン測定装置』という一つの装置として構成された装置であるのに対し,刊行物1記載の装置では,該定量分析手段が具体的に記載されていないとともに,紫外線酸化分解器から酸化分解後の試料水をピペットで採取し別途分析するもので,全リン測定を行う装置が紫外線酸化分解器を含めた一つの全リン測定装置として構成されたものではない点。
c これらの相違点について検討する。
(a) 相違点1について 前記(ア)c(a)で検討したように,全リン測定のために,試料水を常圧下,高温に加熱した状態で,所定時間該紫外線ランプにより紫外線を照射して縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させる刊行物1記載の紫外線酸化分解器において,冷却ファンを併用しつつ試料水の加熱手段兼紫外線放射源として使用されている高圧水銀ランプに代えて,ヒータとともに低圧水銀ランプを用い,該ヒータを試料水を100℃未満で100℃に近い95℃に加熱可能なものとして,オルトリン酸に変化させるようにすることは,当業者が容易に設計し得る範囲内の事項にすぎない。
(b) 相違点2について 刊行物2〜5にも記載のように,オルトリン酸を定量するためのオルトリン酸を含む試料水の定量分析方法として,還元剤と発色剤を添加して吸光度法によりオルトリン酸を定量することは,慣用されている方法にすぎない。
しかも,刊行物4に,紫外線酸化分解器と,還元剤水溶液と発色剤水溶液との供給源と,前記酸化分解後の試料水に前記供給源から供給された還元剤水溶液と発色剤水溶液を添加して吸光度法により前記オルトリン酸を定量する測定セルとを有する一つの装置として構成された全リン測定装置が記載されている。水溶液状態の分析試薬の供給源として試薬水溶液を貯蔵するタンクは常套手段にすぎないから,酸化分解後の試料水をピペットで採取して別途分析する手段でオルトリン酸を定量分析するのではなく,刊行物4にも記載されているように,紫外線酸化分解器と,還元剤水溶液と発色剤水溶液を貯蔵するタンクと,前記酸化分解後の試料水に前記タンクから供給された還元剤水溶液と発色剤水溶液を添加して吸光度法により前記オルトリン酸を定量する測定セルとを有する全リン測定装置という一つの装置として試料水中の全リンを測定する装置を設計することは,当業者が適宜必要に応じてなし得る範囲内の事項である。
(c) そして,本件発明1におけるものと同様,上記相違点の構成による効果も,予測される範囲内のものであって格別のものとは認められない。
(3) 審決のむすび 以上のとおりであるから,本件発明1及び本件発明2は,本件出願前外国及び日本において頒布された上記刊行物1〜5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,特許法123条1項2号に該当し,その特許を無効とすべきものである。
当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由 審決は,本件発明1と刊行物1に記載された発明との相違点1についての判断を誤り(取消事由1),また,本件発明2と刊行物1に記載された装置との相違点1についての判断を誤り(取消事由2),その結果,本件発明1,2が刊行物1ないし5(甲3ないし7)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本件発明1に関する相違点1についての判断の誤り) ア 相違点1に係る構成の容易想到性について (ア) 審決は,「刊行物1の冷却ファンを併用しつつ試料水の加熱手段兼紫外線放射源として使用されている高圧水銀ランプに代えて,より穏和な条件を選択できる,低圧水銀ランプをヒータとともに用い,該ヒータにより試料水を100℃未満で縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した状態で,オルトリン酸に変化させるようなことに,格別の困難性は認められない。」と判断したが,誤りである。
(イ) 甲8(「水中の全リン定量のためのペルオキソ二硫酸カリウムによる試料の分解における加熱効果」と題する論文,BUNSEKI KAGAKU,Vol.35,1986)には,「試料の分解にはなるべく速く100℃以上に加熱するのがよい。」(128頁左欄20,21行)と記載され,また,刊行物3(甲5)には「低圧単一素子ランプ(Zn,CdまたはHg,12〜15W)と異なり,我々のセットアップで使用した複合ランプは,サンプル溶液を6分で沸点まで加熱するのにちょうどいいだけの熱を発生させる。」(708頁左欄35ないし38行)と記載されているように,本件出願時,ペルオキソ二硫酸カリウム又は硫酸を用いて縮合リン酸を効率的に加水分解するには,迅速に100℃以上に加熱することが必要であるというのが当業者の技術常識であった。したがって,刊行物1における高圧水銀ランプに代えて,刊行物4及び5に記載されたヒータと低圧水銀ランプとを使用して,試料水を100℃未満に加熱し,縮合リン酸の分解を行うようにすることは,当業者が容易に想到することではない。
(ウ) また,刊行物1(甲3)における縮合リン酸の加水分解は,沸点以上で酸を必須として行うものであるのに対し,刊行物4(甲6)及び5(甲7)に記載された方法は,全リンと全窒素を同時に測定することを目的として,リン化合物を光酸化分解する方法を採用したものであって,ペルオキソ二硫酸カリウムも硫酸も使用しない。刊行物4及び5において,試料水の温度を50ないし100℃にするのは,光酸化分解反応を促進するためであり,刊行物4及び5には,縮合リン酸を加水分解することについて開示も示唆もない。したがって,刊行物1に記載された発明と刊行物4及び5に記載された発明とを組み合わせることは,反応メカニズムの同一性を無視するものであるだけでなく,本件出願当時,紫外線酸化分解法では縮合リン酸の測定が困難であるとされていた当業者の技術常識(本件明細書【0003】)にも反する。
イ 相違点1に係る構成に基づく効果について (ア) 審決は,「平成15年12月16日付けの意見書(甲9)における確認実験も,その実験条件と結果の関係は,刊行物1の縮合リン酸のオルトリン酸への加水分解の主要要因は溶液の酸性度と温度であるとの記載から当然予測される範囲内のものである」と判断したが,誤りである。
(イ) 低圧水銀ランプが有機リンを光酸化分解するのに有効であることは,刊行物2(甲4)から明らかであるが,本件出願時,沸点未満の硫酸酸性下で縮合リン酸の加水分解を完全に行わせることは知られていなかった。
(ウ) しかし,本件発明者らは,ヒータとともに紫外線ランプを用い紫外線を照射することにより,照射しない場合に比べて,リンの回収率を大幅に増加させ,90℃(好ましくは,加熱温度のバラツキが回収率に与える影響を少なくするために,95℃とする。)でも,縮合リン酸の加水分解を完全行うことができることを見出したのであり,このことは,原告が実施した実験結果(甲11,13)に示されている。
刊行物1には,紫外線と加水分解との関係について開示も示唆もないから,本件発明1の効果は,刊行物1の記載から予測できるものではない。
(2) 取消事由2(本件発明2に関する相違点1についての判断の誤り) 審決は,「刊行物1記載の紫外線酸化分解器において,冷却ファンを併用しつつ試料水の加熱手段兼紫外線放射源として使用されている高圧水銀ランプに代えて,ヒータとともに低圧水銀ランプを用い,該ヒータを試料水を100℃未満で100℃に近い95℃に加熱可能なものとして,オルトリン酸に変化させるようにすることは,当業者が容易に設計し得る範囲内の事項にすぎない。」と判断したが,(1)に主張したのと同じ理由で,誤りである。
2 被告の反論 審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1(本件発明1に関する相違点1についての判断の誤り)に対して ア 相違点1に係る構成の容易想到性について (ア) 刊行物3には,「Na4P 2O 7を加水分解するための熱源としてZn-Cd-Hgランプを使用した場合の有益性を,蒸気層を用いて処理を行った場合と比較し,その結果を図3に示す。最初のうちはランプによる加熱よりも蒸気層による加熱の方が幾分効率的に思われるが,最終的にはランプが最も効率的な熱源であることが証明されている。これは,蒸気層内の溶液の到達温度が98℃であるのに対し,ランプにより加熱された溶液の到達温度がその沸点であることに由来するものと思われる。」(710頁左欄1ないし9行)と記載され,また,乙3(「モリブデンとマラカイトグリーンを用いた河川中のリンの吸光光度法による定量」と題する論文,Analyst,Vol.108,1983)には,「検討した4種の縮合リン酸塩は硫酸媒体(0.35M)中で,水槽内で,90℃約30分の加熱により完全にオルトリン酸塩に加水分解された。」(364頁8ないし10行)と記載され,さらに,乙5(「土壌中のピロリン酸ナトリウムとトリポリリン酸ナトリウムの加水分解速度における温度とリン酸塩濃度の影響」と題する論文,CANADIAN JOURNAL OF SOIL SCIENCE,Vol.57,1977)には,「添加されたポリリン酸塩のうち120時間内に土壌により加水分解される割合は,定温放置の温度を高くすると増加し,5℃においては約40〜70%だった割合が35℃と50℃においては約80〜95%となった」(271頁15ないし18行),「ピロリン酸塩だけを使用し,5℃,20℃,35℃,50℃,65℃で定温保持を行った結果を図3,図4に示す。・・・添加されたリン酸塩の水での回収率は,前述の実験結果と類似し,同様の傾向を示した。」(275頁1ないし11行)と記載されているように,本件出願時,沸点以下の温度で縮合リン酸塩を完全に加水分解することができたというのは,周知の技術であった。
原告が引用する甲8は,硫酸がない場合における加水分解の条件を記載したものであり,これに引き続き,「硫酸の存在では,試料の分解速度は大きくなるが,ペルオキソ二流酸カリウムの分解も著しくなるため」(128頁左欄22行,右欄1行)と記載されていて,硫酸が存在する場合については,硫酸なしの場合の条件を否定しているから,硫酸が存在する場合は,必ずしも100℃以上に加熱することを推奨していない。また,刊行物3は,単に複合ランプが熱源になるということを示しているだけで,沸点以下の温度では加水分解できない旨の開示はない。
(イ) 刊行物1には,迅速に沸点まで到達させることができる加熱方法が好ましいことなどが記載されていないところ,刊行物4及び5は,縮合リン酸を含むリン化合物の分析方法において,加熱源として低圧水銀ランプとヒータを使用することを開示しているから,同様なリン化合物の分析方法の技術分野に属する刊行物1の熱源に刊行物4及び5の熱源を転用する(組み合わせる)のは,当業者にとって容易である。
(ウ) 原告は,刊行物4及び5に記載の方法は,リン化合物を光酸化分解する方法を採用したものであり,縮合リン酸を加水分解することについては開示も示唆もないと主張するが,そもそも本件発明1の特許請求の範囲には,「縮合リン酸を含むリン化合物を酸化分解してオルトリン酸に変化させ」と記載されているから,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
イ 相違点1に係る構成に基づく効果について (ア) 縮合リン酸のオルトリン酸への加水分解は,刊行物1及び乙3に記載されたように,酸と熱に支配されるのであり,紫外線照射に支配されるものではない。このことは,被告が実施した実験結果(乙4,8)に示されている。
したがって,本件発明の1効果は,刊行物1の温度と酸性度の記載から当然予測される範囲のものである。
(イ) 本件明細書に記載されているのは,前処理段階で硫酸を添加することにより,縮合リン酸の分解速度が大となり,縮合リン酸の測定が可能となったということであり,低圧水銀ランプに代表される紫外線領域と縮合リン酸のオルトリン酸への加水分解との因果関係は開示も示唆も全くないし,その認識もないから,原告は,明細書に全く記載のない事項の実験結果を示しているにすぎない。
(2) 取消事由2(本件発明2に関する相違点1についての判断の誤り)に対して 本件発明2に関しても,(1)に主張したのと同じ理由で,相違点1についての審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1に関する相違点1についての判断の誤り)について (1) 相違点1に係る構成の容易想到性について ア 刊行物1(「紫外線照射を用いた光化学分解による水中の全リンの定量」と題する論文,Talanta,vol.3,No.1,甲3)には,「自然水及び汚水に含まれる全リンの定量について,簡単で便利な光化学分解法が開発された。有機リン化合物及び無機ポリリン酸塩は,0.3M硫酸及び0.12%ペルオキソ二硫酸カリウムが存在する環境において50分間の照射により完全にオルトリン酸塩に転化し得る。」(98頁7ないし10行),「0.12%ペルオキソ二硫酸カリウムを含有する0.3M硫酸内において,有機リン化合物の光分解及びポリリン酸塩の熱加水分解は,照射50分で完了する。」(98頁左26ないし30行),と記載されており,この記載によれば,刊行物1には,有機リン化合物の光分解及びポリリン酸塩(縮合リン酸)の熱加水分解により全リンをオルトリン酸に転化させて定量する方法が記載されていることが認められる。そして,刊行物1には,さらに,「無機ポリリン酸塩の加水分解における主要要因は,溶液の酸性度と温度である。」(99頁左11ないし14行)と記載され,また,Fig.3.には,サンプル溶液が50分の照射により100℃に加熱されることが図示されている。
イ 他方,刊行物4(特開平7-311155号公報,甲6)は,被告が特許出願した名称を「水中の窒素化合物及びリン化合物の分析装置」とする発明の公開特許公報であるが,これには,「試料水を50〜100℃に加温し,」(【特許請求の範囲】),「酸化剤による酸化方法では水の沸点以上の120℃というような高温に加熱するため,耐圧構造の反応釜を必要とし,酸化装置の構造や操作が複雑になり,高価格になる問題がある。」(【0005】),「・・石英製の反応槽40の内部に光源の低圧水銀灯22が装着され,」(【0012】),「反応槽40内の試料水の温度を50〜100℃の間の一定温度に保つために,反応槽40の外側にはヒートシンク42としてアルミニウム製保護槽が反応槽40に接触して設けられている。・・試料水の温度はヒートシンク42からの熱と低圧水銀灯22の発熱で急激に上昇して90℃になる。」(【0013】),「紫外線放射源としては低圧水銀灯22に限らず,エキシマレーザ,重水素ランプ,キセノンランプ,Hg-Zn-Pbランプなど,強いエネルギーで紫外線を放射できる光源であればいずれも使用することができる。・・」(【0014】)と記載され,また,刊行物5(特開平7-27758号公報,甲7)は,被告が特許出願した名称を「水中の窒素化合物及びリン化合物の分析方法並びに光酸化分解装置」とする発明の公開特許公報であるが,これには,「試料水を50〜100℃に加温し,」(【特許請求の範囲】),「酸化剤による酸化方法では水の沸点以上の120℃というような高温に加熱するため,耐圧構造の反応釜を必要とし,酸化装置の構造や操作が複雑になり,高価格になる問題がある。」(【0005】),「・・反応槽20内に紫外線照射用の低圧水銀灯22が設けられ,反応槽20内で試料水と直接接触する。・・」(【0013】),「反応槽20はアルミニウム製であり,カートリッジヒータ32と温度センサ34が埋め込まれており,反応槽20は約90℃に温度制御される。・・」(【0014】),「紫外線放射源としては低圧水銀灯22に限らず,エキシマレーザ,重水素ランプ,キセノンランプ,Hg-Zn-Pbランプなど,強いエネルギーで紫外線を放射できる光源であればいずれも使用することができる。・・」(【0015】)と記載されている。
これらの記載によれば,本件出願当時,リン化合物等の測定装置において,水を沸点以上に加熱することは,その構造の点で,コスト高になるという課題が既に知られていたこと,この課題に対し,刊行物4及び5に記載された各発明は,試料水を50ないし100℃に加温する(【特許請求の範囲】),具体的には,ヒータと低圧水銀ランプを有する装置を採用したものであることが認められる。
ウ そして,刊行物3(「有機リン化合物の光化学分解と加水分解後の天然水及び汚水中のリンの定量」と題する論文,ANALYTICAL CHEMISTRY,Vol.50,No.6,1978,甲5)には,「Na4P 2O 7を加水分解するための熱源としてZn-Cd-Hgランプを使用した場合の有益性を,蒸気槽を用いて処理を行った場合と比較し,その結果を図3に示す。・・・蒸気槽内の溶液の到達温度が98℃であるのに対し,ランプにより加熱された溶液の到達温度がその沸点である・・・」(710頁1ないし9行)と記載され,図3には,「0.3MH2SO 4を含む10-5Mピロリン酸ナトリウム溶液」の加水分解について,蒸気槽による加熱,すなわち98℃の到達温度でも,完全に加水分解が行われることが図示されている。また,乙3(「モリブデンとマラカイトグリーンを用いた河川中のリンの吸光光度法による定量」と題する論文Analyst,Vol.108,1983)には,「数種の縮合リン酸塩のオルトリン酸塩への加水分解について検討した結果を図5に示す。
検討した4種の縮合リン酸塩は硫酸媒体(0.35M)中で,水槽内で90℃約30分の加熱により完全にオルトリン酸塩に加水分解された。」(108頁7ないし12行)と記載されている。
これらの記載によれば,縮合リン酸の加水分解反応が,沸点に到達しなくても完全に行われることが認められる。
エ 以上によれば,刊行物1に記載された発明においても,サンプル溶液が100℃に加熱されるのであるから,装置の構造の点で,コスト高になるという課題があること,また,刊行物1における縮合リン酸の加水分解は,溶液の酸性度と温度に影響を受けるものの,必ずしも沸点以上に加熱しなくても完全に行えることは,いずれも当業者が当然に認識するものであると認められる。そうであれば,刊行物1における高圧水銀ランプに代えて,刊行物4及び5に記載されたヒータと低圧水銀ランプとを使用して,試料水を100℃未満に加熱し,縮合リン酸の分解を行うようにすることは,当業者が容易に想到するものというべきである。
オ 審決は,「刊行物1の冷却ファンを併用しつつ試料水の加熱手段兼紫外線放射源として使用されている高圧水銀ランプに代えて,より穏和な条件を選択できる,低圧水銀ランプをヒータとともに用い,該ヒータにより試料水を100℃未満で縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した状態で,オルトリン酸に変化させるようなことに,格別の困難性は認められない。」としているが,これは,刊行物1の高圧水銀ランプに代えて刊行物4及び5記載の低圧水銀ランプとヒータを用いることにより,相違点1に係る構成に想到することは容易であると判断したものと解され,その判断に誤りはない。なお,審決は,「・・・低圧水銀ランプを紫外線ランプとして使用する場合は,ヒータとともに用い,該ヒータにより試料水を100℃未満で縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した状態で,オルトリン酸に変化させることが,刊行物4,5に記載されている」と認定しているが,縮合リン酸は,原告主張のとおり,加水分解してオルトリン酸に変化するから,審決が,ここにおいて,「縮合リン酸を酸化分解可能な高温に加熱した」としたのは誤りである。原告は,オルトリン酸への変化は加水分解を伴うことを主張の前提としているが,そうであるとしても,ウに判示したところに従えば,審決のこの誤りの部分は,結論に影響を及ぼすものではない。
カ 原告は,本件出願時,ペルオキソ二硫酸カリウム又は硫酸を用いて効率的に縮合リン酸を加水分解するには,迅速に100℃以上に加熱することが必要であるというのが当業者の技術常識であったから,刊行物1における高圧水銀ランプに代えて,刊行物4及び5に記載されたヒータと低圧水銀ランプとを使用して,試料水を100℃未満に加熱し,縮合リン酸の分解を行うようにすることは,当業者が容易に想到することではないと主張する。しかし,原告の主張するように,効率的に縮合リン酸を加水分解するには100℃以上に加熱することが必要であるというのが当業者の技術常識であったとしても,他方において,イに判示したように,100℃以上に加熱することがコスト高になるという課題があるというのもまた技術常識であったと認められるところ,ウに判示したように,刊行物3や乙3には,硫酸存在下において,100℃に満たない温度であっても,縮合リン酸が完全にオルトリン酸に加水分解されることが示されている。そうすると,コスト高になるという課題の解決を重視する場合には,100℃未満の温度で加水分解を行うようにするということは当業者が容易に想到することであるから,原告の主張するような上記の技術常識があるからといって,「100℃未満」という温度範囲を採用することは阻害されないというべきである。原告の上記主張は,採用することができない。
また,原告は,刊行物1に記載された発明と刊行物4及び5に記載された発明とを組み合わせることは,反応メカニズムの同一性を無視するものであるだけでなく,本件出願当時,紫外線酸化分解法では縮合リン酸の測定が困難であるとされていた当業者の技術常識にも反すると主張する。しかしながら,刊行物1と刊行物4及び5とに記載されているのは,リン化合物等の測定という同じ技術分野に属する技術であるところ,刊行物1に記載されているのは,アに判示したように,有機リン化合物の光分解とポリリン酸塩の熱加水分解とを同時に行い,全リンをオルトリン酸塩に転化させるものであり,また,刊行物4及び5に記載されているのは,そこに「・・試料水中の窒素化合物やリン化合物を酸化してそれぞれ硝酸イオンやリン酸イオンに変える。・・」(刊行物4の【0010】),「試料水中の窒素化合物とリン化合物をともに酸化してそれぞれ硝酸イオンとリン酸イオンとする」(刊行物5の【特許請求の範囲】),「本発明はまた,そのような分析方法で試料水中の窒素化合物とリン化合物を酸化してそれぞれ硝酸イオンとリン酸イオンに変える酸化分解装置に関するものである。」(刊行物5の【0001】)などとあるように,リン化合物の光酸化分解反応を行い,リン酸塩イオンに変えるものである。そうであれば,刊行物1と刊行物4及び5とに記載されているのは,リン化合物等の測定に際し,リン化合物を光分解してリン酸塩に変化させる点で,反応メカニズムが一部重複しているから,刊行物1に記載された発明と刊行物4及び5に記載された発明とを組み合わせることが,反応メカニズムの同一性を無視するものであるとまではいうことができない。また,イに判示したように,100℃以上に加熱することがコスト高になるという課題があるから,これが動機付けとなって,刊行物4及び5に記載された「ヒータと低圧水銀ランプ」という手段を,刊行物1に記載された発明に適用することは当業者にとって容易に想到し得るのであって,刊行物4及び5の紫外線酸化分解法によって刊行物1における縮合リン酸の測定ができなければ,このような適用ができないというわけではないから,刊行物1に記載された発明と刊行物4及び5に記載された発明とを組み合わせることが,紫外線酸化分解法では縮合リン酸の測定が困難であるとの技術常識に反するということもできない。したがって,原告の上記主張も,採用することができない。
(2) 相違点1に係る構成に基づく効果について ア 平成15年12月16日付けの意見書(甲9)における確認実験には,「実験2(温度の効果:酸の添加なし)」の結果として,「分解温度を60℃から90℃へ高くすると回収率は大きく増加したが,回収率はまだ不十分である。」(10頁)と記載され,また,「実験3(酸の効果)」の結果として,「試料水に硫酸を添加することにより回収率は増加し・・・」(11頁)と記載され,「実験4 本実験では,実験3の結果に基づき,試料水に酸化剤と硫酸を添加するという化学的条件下で,温度の影響を詳細に検討した」結果として,「分解温度を90℃以上とすることにより,縮合リン酸の加水分解が促進され,95%以上の高い回収率を得られることを確認した。」(11,12頁)と記載されている。これらの記載によれば,上記の確認実験においては,本件発明1によるリンの回収率は温度と酸に影響されることが確認されていると認められる。
そして,刊行物1には,「無機ポリリン酸塩の加水分解における主要要因は,溶液の酸性度と温度である」(99頁左11ないし14行)と記載されているから,そうであれば,「平成15年12月16日付けの意見書(甲9)における確認実験も,その実験条件と結果の関係は,刊行物1の・・・記載から当然予測される範囲内のものである」とした審決の判断に,誤りはない。
イ 原告は,ヒータとともに紫外線ランプを用い紫外線を照射することにより,照射しない場合に比べて,リンの回収率を大幅に増加させ,90℃でも,縮合リン酸の加水分解を完全に行うことができることを見出したと主張し,原告が実施した実験結果(甲11,13)を援用する。
しかしながら,本件明細書(甲2の2)には,縮合リン酸をオルトリン酸に変化させるプロセスは加水分解であり,この分解速度は酸性・高温下で大きくなることが記載されているが(【0007】,【0014】,【0017】),紫外線を照射することにより,縮合リン酸の加水分解が向上するなどとは記載されていない。
しかも,甲11の表3,甲13の図2によれば,紫外線照射をした場合であっても,設定温度が100℃よりも低くなればなるほど,リンの回収率が低下することが認められるから,紫外線を照射することにより,照射しない場合に比べて,リンの回収率を大幅に増加させ,90℃でも縮合リン酸の加水分解を完全に行うことができるという原告主張の効果が,加熱温度として「100℃未満で」という広範な温度範囲を構成要件とする本件発明1全体の効果であるということはできない。したがって,原告の主張は,明細書に記載されていない効果を主張するものであるから,採用の限りでない。
(3) 以上のとおりであるから,取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(本件発明2に関する相違点1についての判断の誤り)について 取消事由1に理由がない以上,取消事由2に理由がないことは明らかである。
結論
したがって,原告主張の審決取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利
裁判官 高野輝久