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関連審決 不服2003-6917
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  上位概念 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  クレーム /  援用権(援用) /  参酌 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  属地主義 /  混同 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 255号 審決取消請求事件
原告 株式会社安川電機
訴訟代理人弁理士 本多弘徳
同 小栗昌平
同 矢澤清純
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 尾崎淳史
同 三輪學
同 瀧廣往
同 高橋泰史
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/02/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求める裁判
1 原告 (1) 特許庁が不服2003-6917号事件について平成16年4月27日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「磁気式エンコーダ装置」とする発明について,1998年9月8日を国際出願日として特許出願(平成10年特許願第541482号,優先権主張1997年9月8日及び1998年1月30日,日本国。以下「本件出願」という。後記補正後の請求項の数は2である。)し,平成15年2月7日付け手続補正書をもって特許請求の範囲等の補正(以下,「本件補正」といい,本件補正後の明細書を「本願明細書」という。)をしたが,同年3月18日,拒絶査定を受けたため,同年4月24日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを不服2003-6917号事件として審理し,その結果,平成16年4月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年5月10日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件補正後の請求項1) 「回転体に固定され円板状でかつ2極に着磁された永久磁石と,前記永久磁石の外周側に空隙を介して対向し,固定体に取り付けられた磁界検出素子と,前記磁界検出素子からの信号を処理する信号処理回路とを備え,前記回転体の位置の絶対値を検出するようにした磁気式エンコーダ装置において, 前記永久磁石は,希土類磁石からなる直線異方性のものを用い,磁化の方向を前記回転体の軸と垂直方向の一方向に揃えたものであり,前記固定体はリング状の磁性体で形成されたことを特徴とする磁気式エンコーダ装置。」(以下「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭58-162813号公報(以下「引用文献1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術(例えば特開昭61-292503号公報,特開昭63-227701号公報(以下「引用文献2」という。),特開平5-333032号公報(以下「引用文献3」という。))に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許を受けることができない,としたものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(引用発明の内容) 「シャフト1に取付られた円板状でかつ2極に着磁された永久磁石2と,前記永久磁石2の外周側に間げきを介して対向し,磁性体3に取り付けられたホール素子4,5と,前記ホール素子からの信号により回転子(永久磁石2・シャフト1)の位置を検出するようにした位置検出器において,前記永久磁石は磁化の方向を前記シャフト1の軸に垂直方向としたものであり,前記磁性体3は円筒形の磁性体で形成されている位置検出器」 (一致点) 「回転体に固定され円板状でかつ2極に着磁された永久磁石と,前記永久磁石の外周側に空隙を介して対向し,固定体に取り付けられた磁界検出素子とを備え,前記回転体の位置の絶対値を検出するようにした磁気式エンコーダ装置において,前記永久磁石は,磁化の方向を前記回転体の軸と垂直方向の一方向としたものであり,前記固定体はリング状の磁性体で形成された磁気式エンコーダ装置」である点 (相違点) (1) 本願発明のものでは磁界検出素子からの信号を処理する信号処理回路を備えているのに対し,引用発明のものでは当該信号処理回路を備えているかどうかが明確でない点 (2) 本願発明では永久磁石が希土類磁石からなる直線異方性であって,磁化の方向を揃えたものであるのに対し,引用発明のものでは永久磁石の種類,特性等が特定されていない点 (以下「相違点2」という。)
原告主張の取消事由の要点
審決は,引用文献3記載の技術内容を誤認し,引用発明と周知技術との組み合わせの困難さを看過するなど,相違点2についての判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 引用文献3記載の技術内容の誤認 審決は,相違点2について,「センサの検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いることも周知技術(例えば,特開平5-333032号公報参照)である」(審決書4頁)としている。
しかし,審決が指摘する特開平5-333032号公報(引用文献3)記載の磁気異方性は,センサの検出構成要素としての「軟磁性体」の例であって,「磁石」の例でないことは明らかである。この「軟磁性体」は,外部磁界によって磁化された後,外部磁界を取り去ると磁化をほぼ失って元の状態に戻るものであり,磁化された状態になってしまう「永久磁石」とは全く別物である。
したがって,引用文献3は,審決のいうような「センサの検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いること」を示しているものではなく,これを示しているとした審決の認定は誤りであり,「引用発明3を考慮すると引用発明1の永久磁石として引用発明2の永久磁石を用いることに格段の困難性は認められない」とした審決の判断は,その前提を誤ったものである(なお,引用文献3記載のセンサは「回転数」センサであり,引用発明や本願発明の「回転位置検出」センサとは全く異なる技術分野であるから,引用文献3を基に,引用文献2の希土類直線異方性磁石を引用発明に用いることもできない。)。
なお,被告が本訴において援用する乙1号証(特開平5-203403号公報,以下「乙1文献」という。)記載の磁石は,「直線異方性」磁石ではない。すなわち,乙1文献には,「直線異方性」や「磁化の方向が併行」といった記載や示唆はなく,かえって「着磁ズレ」,「Dカット」,「回転変位検出装置に組み込んだ状態での再着磁」といった「等方性」磁石であることを示す記載が見られるのであって,単に「模式的」に示された図5に磁区の方向の揃ったようなものが描かれていることのみから,「直線異方性」磁石が記載されていると即断することはできない。
2 容易想到性の判断の誤り 審決は,相違点2について,「引用発明1の永久磁石として,一軸磁気異方性(直線異方性)を持ち磁化の方向の揃った希土類元素含有合金製永久磁石を用いることに格別の困難性は認められない。」(審決書4頁)としている。しかし,この判断は誤りである。
(1) 引用発明の位置検出原理は,本願発明のものとは異なっており,引用発明の磁石を直線異方性磁石に代える動機付けがない。
すなわち,引用文献1記載の位置検出原理は,その第8図に4極,第9図に6極のものが示されているように,多極化することで高分解能を得る「多極化型タイプ」のものであり,第4図及び第10図の2極を持つ円板は,これらの多極化型原理の原型(原点)に位置しているものである。これに対し,本願発明の位置検出原理は,平行磁力線による2極の円板1枚だけを用いる位置検出であり,磁化の方向をできるだけ平行にして正確な正弦波に近づけることで高分解能を得る「平行磁力線タイプ」のものである。
このように,多極化型円板の原型である引用文献1の第4図の2極円板と本願発明の平行磁界タイプとは別物であり,単に@NS2極に着磁されていること,A正弦波が得られると書いてあることを根拠に,磁化の方向・平行度の違いや得られる両正弦波の精度の違いを看過して,両者が検出原理を同じくするということはできない。
そして,引用文献1の第4図の「多極化型タイプ」の磁石は,引用文献1に記載のように位置検出器として満足したものとなっており(すなわち,1回転の128分の1程度の分解能は不満で,これを改良しようという動機付けが見られない。),また,この磁石についての課題・欠点が引用文献1ないし3のどこにも記載されていないことからすれば,この「多極化型タイプ」の磁石を「平行磁力線タイプ」である磁極集中のない直線異方性磁石にわざわざ置き換える理由はないし,むしろ,引用発明の磁極集中タイプの永久磁石として,「平行磁力線タイプ」である直線異方性磁石を用いることは技術の後退であって,あり得ないのである。また,このことは,引用文献1の第8図〜第10図の「多極化型タイプ」が,本願発明の「平行磁力線タイプ」を採用することの阻害事由となっていることからも裏付けられる。
(2) 引用文献2記載の「直線異方性」磁石は高価であり,引用文献1記載の磁石を直線異方性磁石に代える動機付けがないのに,そのような高価な磁石にわざわざ置き換えることはしない。
すなわち,直線異方性磁石は,磁界配向機による配向プロセスが加わる分だけ,「等方性」磁石と比べ約1.5倍位高価と推測できる。しかるに,引用文献1の第4図の磁石による位置検出器はこれで十分に機能しており,これについての課題・欠点は,引用文献1ないし3のどこにも記載がなく,しかも位置検出原理を異にしているのであるから,この磁石をわざわざ高価な直線異方性磁石に代えることはしないというべきであり,引用発明の永久磁石として,直線異方性磁石を用いることは,当業者にとって容易とはいえない。
(3) また,審決のいうように,引用発明の磁石を引用文献2記載の磁石と置き換えることが容易であったとすれば,引用文献1ないし3が刊行されてから本件出願までに10年間もあったのであるから,この間に本願発明のようなエンコーダが世の中に出現していたはずである。
しかし,実際は,本件出願前に,このようなエンコーダは出現していないし,現在に至るまで,原告の製造するエンコーダ以外に存在していない。かかる事実は,本願発明が,引用文献1ないし3によっても容易に発明をすることができないものであることの証拠である。
(4) 本願発明については,米国特許商標庁において,2004年7月13日に「希土類磁石からなる」といった限定のないクレームで登録されており(特許第6,762,897号),また,欧州特許庁においても,2004年3月26日に認可予告を受け,既に登録料を支払い,現在,特許付与を待つ状態にある。米国特許商標庁も欧州特許庁も,引用文献1の存在を知った上でこのように判断しているものであって,この事実は,本願発明が引用文献1を斟酌しても進歩性があることを示す証左である。
3 顕著な作用効果の看過 審決は,「本願発明の作用効果は,上記引用文献に記載のもの,及び周知技術から予測可能なものであって,格別顕著な作用効果は認められない。」(審決書4頁)としている。
しかし,本願発明は,直線異方性を有する磁石を用いることによって,従来技術と比べて格別の開きのある作用効果を達成したものであり,これを看過した審決の判断は誤りである。すなわち,本願発明においては,磁極集中型円板ではなくて,磁化の方向が精密に平行に揃った磁石円板を用いると,N,S磁極部位からゼロ部位に至るまで正確な正弦波が得られることに気がつき,これにより,それまで不可能であった,1回転の32000分の1(本願発明の第2の実施例ではさらに64000分の1)まで検出(識別)できるようになったという予想を超える大きな効果が得られたものである。
審決は,周知技術(1回転の128分の1程度のもの)に対して「1回転の32000分の1」という高分解能が得られる本願発明の効果について何ら触れることなく,また,「それまで不可能であった1回転の32000分の1」という本願発明の効果が,なぜ予測可能なものであるのかの説明もなく,さらに,「1回転の32000分の1」と250倍も分解能が増したにもかかわらず,何ら理由を示すことなく,格別顕著な作用効果は認められないとしたものであり,本願発明の効果を看過したものといわざるを得ない。
被告の反論の要点
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
1 引用文献3記載の技術内容の誤認について 審決において周知技術として例示した引用文献3には,「軟磁性体として一軸異方性を導入されたもの」が記載されており,その発明の詳細な説明の段落【0017】では,センサの検出構成要素として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いることが示されている。
また,乙1文献には,「回転シャフトの他端に接着剤で接着固定された円筒形の永久磁石と磁気検出素子とにより,回転シャフトの回転変位を検出する回転変位検出装置」に用いる円筒形の永久磁石が「磁区12の方向を一方向に揃えた永久磁石」であるものが記載されており,この磁区12の方向を一方向に揃えた永久磁石は,「一軸異方性(直線異方性)を備えた磁石」にほかならない。したがって,乙1文献には,「センサ検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったもの」が記載されているのであり,審決が「センサ検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったもの」は周知技術であると認定した点に誤りはなく,そのことを前提にした相違点2の判断についても誤りはない。
2 容易想到性の判断の誤りについて (1) 磁気エンコーダ装置の位置検出原理は,円板状でNS2極に着磁された永久磁石に,磁界検出素子を対向して設け,発生する正弦波状の出力により回転体の位置を検出するものであって,本願発明も引用発明もそのための構成を備えているから,両者の位置検出原理が異なるものではない。
また,引用文献1には,第4図の永久磁石2の磁化の状態が「等方性」であることを示唆する記載はなく,むしろ,磁化の方向を平行に揃えることは当業者が普通に採用することであるから,第4図の永久磁石2も磁化の方向が平行に揃っていると想定されるものである。
原告は,引用文献1の第8〜10図の実施例を根拠に,磁石のタイプが異なるとも主張しているが,審決が引用発明として認定したものは,引用文献1の第4図に記載された,円板状の永久磁石2をNS2極に着磁した実施例であるから,第8〜10図の実施例は審決の認定・判断とは関係しないものである。
そして,引用発明は,NS2極に着磁した円板状の永久磁石2を用いた回転検出器(磁気エンコーダ)であり,このような回転検出器において,円板状の永久磁石を磁化の方向が平行に揃うように着磁して正弦波信号を得ることは周知である。そうすると,検出精度の向上などを目的として,磁石材料として磁化の方向がより平行に揃うものなどを用いることは当業者が普通に試みることであり,引用発明の永久磁石として,周知である一軸磁気異方性を持ち磁化の方向の揃った希土類元素含有合金製永久磁石を採用することの動機付けがあることは,明らかである。
(2) 原告は,直線異方性磁石は高価であるなどと主張するが,容易性の判断は,本願発明が,その出願前に公知の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたか否かの技術的な判断であって,前記のとおり,引用発明の磁石を直線異方性磁石に代える動機付けがないとはいえない以上,直線異方性磁石が等方性磁石よりも高価であるといったような商業的な要素は容易性の判断に関係しない。
(3) 審決は,本願発明が,その出願前に公知の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断しているのであって,発明の実施品が世の中に出現していたか否かは,容易性の判断において考慮されるべき要素ではないから,本願発明のようなエンコーダが世の中に出現していたか否かは,相違点2についての判断とは関係しない。
(4) 原告は,本願発明が他国において特許されていることなどを主張するが,特許権の付与は,属地主義に基づいて,各国の権限のある当局が独立した判断の下に行うものであるから,他国の特許庁で特許がされ,又はされようとしている事実があるからといって,本願発明が引用発明から容易に発明をすることができたものではないということはできない。
3 顕著な作用効果の看過について 原告は,引用発明の分解能を「せいぜい1回転の128分の1程度と推測される」と主張するが,引用文献1には,分解能については一切記載されておらず,原告の主張は,原告の推測によるものであり,根拠がない。
また,本願明細書によれば,原告が主張する「1回転の32000分の1」の分解能は,「4個の磁界検出素子」を設けた実施例においてのものであることが明らかであるのに対し,本願発明の請求項1には,「磁界検出素子が4個」である点は記載されていないのであるから,原告が主張するような効果は,本願発明の効果とはいえない。
当裁判所の判断
1 引用文献3記載の技術内容の誤認について 原告は,審決は引用文献3記載の技術内容を誤認したものであり,「引用発明3を考慮すると引用発明1の永久磁石として引用発明2の永久磁石を用いることに格段の困難性は認められない」とした審決の判断は,その前提を誤ったものであると主張する。
(1) しかし,審決は,相違点2について,「製品磁石の着磁方向と一致させた一軸磁気異方性(直線異方性)を持ち磁化の方向の揃った希土類元素含有合金製永久磁石は周知技術(例えば,特開昭63-227701号公報参照)であって,センサの検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いることも周知技術(例えば,特開平5-333032号公報参照)であることを考慮すれば,引用発明1の永久磁石として,一軸磁気異方性(直線異方性)を持ち磁化の方向の揃った希土類元素含有合金製永久磁石を用いることに格別の困難性は認められない。」(審決書3頁最終行〜4頁7行)と認定判断したものであって,引用文献3は,「センサの検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いること」が周知技術であることの一つの例示として引用されたものに過ぎず,また,審決が,原告の主張するように「引用発明3を考慮すると引用発明1の永久磁石として引用発明2の永久磁石を用いることに格段の困難性は認められない」と判断したものでないことも明らかである。
(2) 原告の主張は,「センサの検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いること」が周知技術であるとした審決の認定を非難する趣旨を含むものと解されるので,以下,この点について検討する。
確かに,引用文献3に「【請求項1】回転軸の端部平坦面に形成された磁気異方性を有する軟磁性体と,該軟磁性体に対向して固定されたコイルとを具備したことを特徴とする回転数センサ。」(甲6号証)と記載されていることから明らかなように,同文献記載の発明で使用されている磁性体は,「軟磁性体」であって「磁石」でないことは,原告の主張するとおりである。しかしながら,「磁石」も「軟磁性体」も,共に「磁性体」であることにおいて差異はないのであり,審決が引用文献3を例示するに当たり,それが軟磁性体であることを付記すべきであったかどうかはともかく,上記のとおり,引用文献3記載の技術が「磁気異方性を有する軟磁性体」を用いたセンサに関する技術であることは明らかであるから,引用文献3には,少なくとも「磁石」の上位概念である「磁性体」について,「センサの検出構成要素としての磁性体として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いること」が周知技術であることが明らかにされているということができる(なお,原告は,引用文献3記載のセンサと引用発明・本願発明のセンサとは技術分野を異にすると主張するが,いずれも回転装置に係るセンサであり,共通の技術分野に属するものであることはいうまでもない。)。
また,乙1文献には,次の記載がある(乙1号証)。
ア 「【0001】【産業上の利用分野】この発明は,永久磁石の回転変位を,磁気検出素子の感磁面上の磁束方向の変化として検出する回転変位検出装置に関するものである。」 イ 「【0002】【従来の技術】図3および図4はそれぞれ従来の回転変位検出装置の一例を示す断面図および模式的な斜視図であり,図において1は磁気検出素子であり,・・・。
【0003】2は例えばポリブチレンテレフタレート樹脂でモールド成形された回転変位検出装置のケース,3はケース2に回転自在に配設された回転シャフト,4は回転シャフト3の一端に固着されたアーム,5は回転シャフト3の他端に接着剤6で接着固定された円筒形の永久磁石,7は・・・回路基板としてのセラミック基板であり,このセラミック基板7上には,感磁面1bが基板面に平行となるように磁気検出素子1が搭載されている。・・・」 ウ 「【0005】・・・上記従来の回転変位検出装置における永久磁石5の着磁方法について説明する。まず,磁石材料を金型を用いて,高温で溶体化した後,例えば磁界中冷却処理を施し,図5に模式的に示すように,磁区12の方向を一方向に揃えた円筒形の永久磁石5を作製する。ついで,ケース2に装着され,一端にアーム4が固着された回転シャフト3の他端にこの円筒形の永久磁石5を接着剤6で接着固定する。この時,アーム4が所定の角度にあるときに,永久磁石5は,磁区12の方向が所定の方向に向くように回転シャフト3に固定される。永久磁石5の着磁の際には,磁区12の方向と着磁の方向とが一致するように,アーム4を所定の角度に保持して,着磁を行っている。」 エ 「【0006】・・・上記従来の回転変位検出装置の動作について説明する。例えば車両の燃料流路である吸気管内のスロットルバルブ(図示せず)の開閉状態に連動してアーム4が回転する。このアーム4の回転は回転シャフト3を介して永久磁石5に伝達され,アーム4の回転に連動して永久磁石5が回転する。この永久磁石5の回転によって,磁気検出素子1の感磁面1bを平行に横切る磁束方向が変化し,この感磁面1bを横切る磁束方向の変化に応じて磁気抵抗素子1aの磁気抵抗パターンの抵抗値が変化し,永久磁石5の回転角度に対応した電圧が出力される。磁気検出素子1からの出力電圧は増幅され,・・・スロットルバルブの開閉状態が検出される。」 上記記載によれば,乙1文献には,従来技術として,回転シャフトの他端に接着固定された円筒形の永久磁石と磁気検出素子により,回転シャフトの回転変位を検出する回転変位検出装置において,その用いる円筒形の永久磁石が「磁区12の方向を一方向に揃えた永久磁石」であるものが開示されており,この「磁区12の方向を一方向に揃えた永久磁石」が「一軸異方性(直線異方性)を持った磁石」を意味することは,図5に,磁化の方向が平行に揃っていることを表した永久磁石の磁区の模式的な平面図が示されていることや,上記ウにおいて,磁石の着磁方法につき,「高温で溶体化した後,・・・磁界中冷却処理を施し,・・・作製する」として,磁界中冷却効果を用いることが示されていることからも明らかである。
原告は,乙1文献には,「着磁ズレ」,「Dカット」,「回転変位検出装置に組み込んだ状態での再着磁」といった記載があることなどから,「直線異方性」磁石が記載されていると即断できないと主張する。しかし,その主張のような着磁ズレやDカットあるいは再着磁があれば直線異方性磁石ではないと解すべき具体的な根拠を示す証拠はないのであり(引用文献2によれば,一軸磁気異方性を持った希土類元素含有合金製永久磁石の製造方法において,磁気特性の優れたものを得るために再着磁を行うことが記載されている。甲5号証2頁左上欄),原告の主張は採用することができない。
以上のとおり,引用文献3(軟磁性体に関するもの)及び乙1文献(永久磁石に関するもの)の記載から明らかなように,「センサの検出構成要素としての磁石として一軸磁気異方性(直線異方性)を持ったものを用いること」は周知技術であったものであり,この点に関する審決の認定に誤りはない。
2 容易想到性の判断の誤りについて (1) 原告は,引用発明の位置検出原理と本願発明のそれとは異なるものであり,引用発明の磁石を直線異方性磁石に代える動機付けがないと主張する。
しかし,審決が引用文献1の記載内容として認定するとおり(審決書2頁3行〜25行。甲4号証によれば,この認定に誤りはない。),引用発明の位置検出器は,円板上でNS2極に着磁された永久磁石に磁界検出素子(ホール素子)を対向して設け,発生する正弦波状の出力により回転体の位置を検出するものであって,その位置検出原理は,本願発明のそれと異なるものではない。
原告は,引用発明の位置検出原理は,引用文献1の第8図,第9図のように「多極化型タイプ」のものであり,その原型である第4図の2極円板と本願発明の「平行磁力線タイプ」とは異なると主張するが,審決が認定した引用発明は,前記第2の3記載のとおり,「シャフト1に取付られた円板状でかつ2極に着磁された永久磁石2と,前記永久磁石2の外周側に間げきを介して対向し,磁性体3に取り付けられたホール素子4,5と,前記ホール素子からの信号により回転子(永久磁石2・シャフト1)の位置を検出するようにした位置検出器において,前記永久磁石は磁化の方向を前記シャフト1の軸に垂直方向としたものであり,前記磁性体3は円筒形の磁性体で形成されている位置検出器」であって,引用文献1の第8図,第9図のものではなく,第4図のNS2極に着磁されたものであるから,原告のいう多極化型タイプのものでないことは明らかである。原告の上記主張は,引用発明の内容を正解しないか,あるいは,引用文献1に「他の実施例」として記載された多極型の磁石のものを用いる場合と引用発明とを混同するものであって,採用することができない。
また,原告は,引用文献1の第4図の磁石は,位置検出器として満足したものとなっており,引用文献1ないし3には,この磁石についての課題・欠点が記載されていないから,引用発明の磁石を直線異方性磁石に置換する理由はないと主張する。
しかし,およそ回転検出器などのセンサにおいては,引用文献3にも「近年,電動機などに代表される回転装置は,各種工作機械,ロボットなどはもちろん,あらゆる機器に利用されている。特に,工作機械などにおいては,回転数の精密な制御のために高精度な回転数センサが求められている。」(甲6号証2頁1欄12行〜16行)と記載されているように,その検出精度が重要な要素を占めており,センサの精度の高い信頼性に優れたものが求められていることは明らかである。
そして,引用文献2の「磁気異方性の大きな希土類元素含有合金で形成された永久磁石,特にNd-Fe-B系合金で形成された永久磁石は高いエネルギー積を有することが知られている。」(甲5号証1頁右欄1行〜4行)との記載,並びに,引用文献3の「本発明に用いられる軟磁性体としては,磁歪がなるべく小さいものが好ましい。・・・磁歪の大きい材料を用いると,利用しようとする磁気異方性以外に逆磁歪効果による不要な磁気異方性が導入されるおそれがある。このように不要な磁気異方性が導入されると,センサ機能が著しく損なわれる。」(甲6号証3頁3欄8行〜15行)及び「本実施例のセンサを用いることにより,高精度制御が可能になった。」(同4頁6欄9行〜11行)との記載からすれば,磁気特性の良い直線異方性を持った磁性体を用いることによりセンサの精度を高めることも知られていたことが認められる。
そうすると,引用発明のNS2極に着磁した円板状の永久磁石を用いた回転検出器(磁気式エンコーダ)において,当業者が,検出精度を向上させることを目的として,周知の技術であった一軸磁気異方性(直線異方性)を持ち磁化の方向の揃った希土類元素含有合金製永久磁石を用いることには,十分な動機付けがあるということができ,そのことに特段の阻害事由があったとも認められない(原告は,引用発明が「多極化型タイプ」であり,「平行磁力線タイプ」を採用することに阻害事由がある旨主張するが,前記のとおり,引用発明の磁石は「多極化型タイプ」のものではないから,原告の主張はその前提において失当である。)。
(2) 原告は,直線異方性磁石は高価であり,その動機付けがないのに,引用発明の磁石を高価な磁石にわざわざ置き換えることはしないと主張する。
しかし,引用発明の磁石として直線異方性磁石を採用する動機付けがあることは,前記のとおりであり,センサにそのような磁石を用いることが周知の技術である以上,それが高価であるとしても,そのことは,相違点2に係る本願発明の構成が容易に想到し得るものであるとの判断を妨げるものではないから,原告の上記主張は理由がない。
(3) また,原告は,引用文献1ないし3が刊行されてから本件出願まで10年もの間,本願発明のようなエンコーダが出現しなかったことは,本願発明が引用文献1ないし3によっても容易に発明をすることができないものであることの証拠であると主張する。
しかし,特定の発明がそれなりの作用効果を奏しても,商業的な理由などによりこれを実施しない場合もあり得るのであって,仮にこれまで本願発明のようなエンコーダが世の中に出現しなかったとしても,そのことが当然に本願発明の進歩性を根拠付けることになるものではなく,原告主張の点は,本願発明の容易想到性についての判断を左右するものではない。
(4) 原告は,本願発明が米国特許商標庁で特許され,欧州特許庁でも認可予告を受けていると主張するが,我が国と法制,技術水準及び審査基準を異にする外国において,特許され,あるいは特許されようとしている事実があるからといって,我が国において出願された発明が公知技術及び周知技術に基づいて容易に想到し得るものと判断される以上,外国における上記事情を参酌して進歩性を肯定しなければならないとする理由はない。
3 顕著な作用効果の看過について 原告は,本願発明は,直線異方性を有する磁石を用いることによって,それまで不可能であった,1回転の32000分の1(本願発明の第2の実施例ではさらに64000分の1)まで検出(識別)できるようになったという予測を超える大きな効果を達成したものであると主張する。
しかしながら,原告が主張する本願発明の上記作用効果に関して,本件出願当初の明細書には,次の記載がある(甲2号証)。
「(第1の実施例)」 ア 「永久磁石3は,材質はフェライト系磁石,Sm-Co系磁石,Ne-Fe-B系磁石,または前記各種磁石を高分子材料で結合した分散型複合磁石によって形成し,平面部21に回転体1の軸に垂直方向と平行に一方向に磁化されN-Sの2極となっている。」(6頁5行〜8行) イ 「このように,円板状の永久磁石2を平面部21に沿って一方向に磁化し,永久磁石2の外周面に対向する4個の磁界検出素子4を設けてあるので,各磁界検出素子4は正確な正弦波信号を検出できる。1回転の絶対位置を検出したところ,1回転を32000分割した絶対位置信号が得られ,極めて高い分解能が得られた。」(7頁4行〜8行目) ウ 「また,上記永久磁石は,一方向に磁化することが容易な直線異方性磁石で構成し,磁化効率を高めてもよい。」(7頁20行〜21行) 「(第2の実施例)」 エ 「本実施例は,リング状の固定体3が周方向に4分割されその空隙部に磁界検出素子4を配置したものである。他の構造および角度検出方法は第1の実施例と同じである。」(7頁27行〜29行) オ 「1回転の絶対位置を検出したところ,1回転を64000分割した絶対位置信号が得られ,従来方式より2倍精度が向上した。」(8頁16行〜17行) 上記の記載によれば,本願発明の第1,第2の実施例において,いずれも平面部21に沿って一方向に磁化した磁石を用いたことが示されているものの,原告の主張する作用効果(1回転を32000分割あるいは1回転を64000分割した絶対位置信号の検出)が,直線異方性を有する磁石を用いたことにより,もたらされたものでないことは明らかである。
そうすると,直線異方性を有する磁石を用いることによって本願発明の上記作用効果が達成されたとする原告の主張は,本件出願当初の明細書の記載と矛盾するものといわなければならない。そして,上記第1の実施例のアないしウの記載部分は,本件補正によって改められ,アについて,「希土類系の磁石」,「一方向に磁化することが容易な直線異方性磁石」を用いることなどが記載され,また,ウの記載部分が削除されるなどしたが,本件補正後の明細書(本願明細書・甲3号証)においても,原告主張の作用効果が直線異方性磁石を用いたことによって達成されたものであることを実証的に明確にした記載は見当たらない。
以上からすると,原告が主張する作用効果(1回転を32000分割あるいは1回転を64000分割した絶対位置信号の検出)が,直線異方性を有する磁石を用いることのみによって達成されたものであると的確に認めることはできないというべきである。もっとも,磁気特性の良い直線異方性を持った希土類磁石を用いることにより検出精度が高まることは前記のとおりであるから,本願発明においても,希土類磁石からなる直線異方性の永久磁石を用いることにより,相応の検出精度の向上が見られるものといえるが,そのことは,当業者において予測可能なものであって,特許性を根拠付ける格別の作用効果ということはできない。
したがって,「本願発明の作用効果は,上記引用文献に記載のもの,及び周知技術から予測可能なものであって,格別顕著な作用効果は認められない。」とした審決の判断に誤りはない。
4 結論 以上のとおりであって,原告が主張する取消事由は理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りがあるとは認められない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 若林辰繁
裁判官 瀬順久