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関連審決 無効2002-35464
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18行ケ10470審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10185審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ280審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10196審決取消請求事件 判例 特許
平成16行ケ294審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  先願発明との同一性 /  上位概念 /  下位概念 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術情報 /  実質的に同一 /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 83号 審決取消請求事件
原告 リンテック株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉 整
同 田倉 保
同 弁理士 志水 浩
被告 三水株式会社
訴訟代理人弁護士 小坂志磨夫
同 弁理士 永井義久
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/02/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2002−35464号事件について平成16年1月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「記録紙」とする特許第2619728号発明(平成2年1月25日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成9年3月11日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成14年10月29日,本件特許を無効にすることについて審判の請求をし,無効2002-35464号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,上記事件について審理した上,平成16年1月28日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月7日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨 【請求項1】下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a),(1b)の表面に形成されたことを特徴とする,記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子 (B)成膜性を有する水性ポリマー 【請求項2】タコグラフ用の請求項1の記録紙。
(以下,上記【請求項1】,【請求項2】記載の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(注,原告)の主張する無効理由,すなわち,本件発明1,2は,@本件特許出願の出願日前の特許出願であってその出願後に出願公開(特開平2-80288号)がされた特願昭63-232200号の願書に最初に添付した明細書(審判甲16・本訴甲16添付,以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるから,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないものであり,A本件特許出願前に頒布された特公昭50-14567号公報(審判甲24・本訴甲24,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づき,又は,これに昭和63年発行「表面」Vol.26(1988)No.6,392頁〜403頁,財部邦英「中空樹脂顔料の機能とその応用展開」(審判甲18・本訴甲18,以下「甲18刊行物」という。)及び同年色材協会発行「色材」Vol.61(1988),No.9,494頁〜508頁,財部邦英「中空樹脂粒子の性質と応用」(審判甲19・本訴甲19,以下「甲19刊行物」という。)に記載された発明の組合せから,更にこれらに周知技術,技術水準としての日本国有鉄道関東地方資材部長A作成の昭和52年4月20日付け「記録計用紙(タコグラフ)の試験結果について」(審判甲26・本訴甲26,以下「甲26報告書」という。),矢崎総業株式会社製タコグラフ用記録紙(型式TCO-15-5,1日用,120K)(審判甲27-1・本訴甲27-1),同社製タコグラフ用記録紙(型式TCO-15-5,S-7,120K)(審判甲27-2・本訴甲27-2,以下,併せて「甲27記録紙」という。),日本製紙株式会社の原反を使用した小芝記録紙社製タコグラフ用記録紙(MSM,型式TCO-15-5,120km,No.24×7-120)(審判甲28・本訴甲28,以下「甲28記録紙」という。)及びベルギー王国LP社製タコグラフ用記録紙(LP806AUT,3300U/MIN)(審判甲29・本訴甲29,以下「甲29記録紙」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許は,同法第123条1項2号の規定により無効とされるべきものであるとの主張に対し,本件発明1,2は先願発明と同一ではなく,また,引用発明,甲18刊行物及び甲19刊行物に記載された発明並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,請求人の主張及び証拠方法によっては本件発明1,2に係る本件特許を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明1と先願発明との同一性の認定判断を誤り(取消事由1),その結果,本件発明2と先願発明との同一性の判断を誤り(取消事由2),また,本件発明1と引用発明との相違点についての認定判断を誤り(取消事由3),その結果,本件発明2の引用発明に基づく進歩性についての判断を誤った(取消事由4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1と先願発明との同一性の認定判断の誤り) (1) 審決は,「先願明細書(注,甲16添付)には,『着色層上』に『熱可塑性樹脂からなる中空球体状微粒子』,具体的には『アクリル・スチレン共重合体からなる中空球体状微粒子(ローペイクOP84J 42.5%濃度のエマルジョン)』を用いた『白色不透明の感熱層』を有する『感熱記録体』について記載されてはいるが,本件特許発明1(注,本件発明1)に係る『記録紙』(注,以下「本件記録紙」という。),すなわち,インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』について記載されておらず,また,『隠蔽層』についても,『(A)〔隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子〕と(B)〔成膜性を有する水性ポリマー〕の重量比が1から3の範囲の組成物からなる』こと,及び『1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の上に形成された』ことについて,実質的に記載されているとは認められない」(審決謄本8頁最終段落)と認定した上,本件発明1と先願発明との同一性を否定したが,誤りである。
(2) 本件記録紙の認定の誤り ア 上記説示によれば,審決は,本件記録紙を,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」と認定したものであるが,本件記録紙をこのように限定する根拠はない。特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たつては,この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限つて,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないと解すべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁〔以下「リパーゼ事件最高裁判決」という。〕参照)。これを本件についてみると,一見して特許請求の範囲の記載が誤記であることを示唆するような事情は,本件明細書(甲1)の特許請求の範囲の記載はもちろん,発明の詳細な説明の記載においても,一切存在せず,その他にも,上記のように限定すべき特段の事情は認められない。本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】においては,単に「記録紙」とあるのであるから,本件記録紙は,上記限定のない「記録紙」として認定すべきである。さらには,先願明細書(甲16添付)にも,「支持体上に着色層を設け,その上に白色不透明の感熱層を設けた感熱記録体は,古くから透明化法(ワックス型感熱紙)として知られており,熱により感熱層が溶けて透明となり,着色層が顕色する方式であって,心電計などに古くから使用されている」(3頁第2段落)との記載があり,従来から,記録紙は,上記のような限定がされていなかったことが明らかであり,本件発明1に係る「記録紙」という文言は,当業者の理解という観点からもいっても,上記のような限定された意味のものではない。
イ また,本件明細書(甲1)の「尖針による引掻き記録」の記載は,平成4年12月14日付け手続補正書(甲4)による補正(以下「平成4年補正」という。)で追加された事項であるが,この事項は,本件特許出願の願書に添付した明細書又は図面(甲2添付,以下,併せて「本件当初明細書」という。)の記載から自明な事項ではないから,本件発明1の要旨認定に採用すべきではない。
ウ 記録紙は,そもそも,記録の用途,目的や記録紙への印字スピードにより印字方式(感圧記録,感熱記録等)を適宜選択することも周知のことであり,本件記録紙は,「感熱記録紙」としても利用することが可能なものである(原告従業員B作成の平成14年5月22日付け報告書〔甲56,以下「甲56報告書」という。〕)。したがって,本件記録紙は,感圧記録紙や感熱記録紙を下位概念として包含するものである。先願明細書(甲16添付)には,「感熱記録紙」が開示されているから,その上位概念である記録紙については,先願明細書に記載されているに等しい事項であるということができる。
(3) 重量比についての認定判断の誤り ア 先願明細書(甲16添付)の「本発明(注,先願発明)の感熱記録体の感熱層中に含まれる中空球体状微粒子の含有量は,発色性の点から感熱層の全固形分の30〜100重量%が好ましい」(5頁第2段落)の記載及び単純な算式から,(A)/(B)は,重量比で0.43から∞(無限大)の範囲であることが簡単に判明し,「重量比が1から3」の範囲では,先願発明と本件発明1とは重複し,先願明細書には,「(A)と(B)の重量比が1から3の範囲」であることが開示されているということができ,このことは,株式会社東京環境測定センター作成の平成16年5月10日付け分析試験成績書(甲58)及びB作成の同月13日付け報告書(甲59,以下「甲59報告書」という。)からも明らかである。審決は,中空球体微粒子と水溶性バインダーの比について,「『0.43〜∞(無限大)』の範囲であることが請求人(注,原告)の主張通りに導かれたとしても」(審決謄本10頁第2段落)としながら,(A)/(B)=1〜3の範囲が記載されていないというものであって,明らかに矛盾である。
イ 発明の目的及び効果には格別の差異が生じないような単なる構成の変更,例えば,単なる数値の限定に相当する場合には,発明は実質的に同一であるとされるところ,本件発明1の「(A)と(B)の重量比が1から3の範囲」は,発明の目的及び効果には格別の差異が生じないような単なる構成の変更であり,技術的意義はないから,本件発明1は,先願発明と実質的に同一である。本件当初明細書(甲2添付)においては,「混合割合は1:9〜9:1であり好ましくは1:3〜3:1である」(7頁第2段落)と記載され,「1から3」の範囲外も有効であるとの認識であった。上記数値限定は,先行発明による同一性喪失を回避するためであったことは,その限定の時期や選択した数値からみても明らかであり,下限を1としたことに,技術的,臨界的な意義があるわけではなく,また,先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであることの実証も全くない。分析試験を行なった結果,重量比が「1より小さな範囲」,「1から3の範囲」及び「3より大きな範囲」のいずれの場合でも,記録紙として商用化に耐え得るかは別として,取りあえず判読が可能であることが判明した(甲59報告書の「表1」参照)。また,甲18刊行物396頁の写真6の説明及び甲19刊行物499頁の写真-4の説明には,中空樹脂粒子エマルジョン(中空孔ポリマー粒子)の隠蔽性を評価するに当たって,中空樹脂粒子とバインダーの重量比を2とした例が記載されていることから,重量比の「1から3」は,当業者が容易に採用する範囲であり,実際にも,本件特許出願前からよく利用されてきた範囲である。
(4) 膜厚についての認定判断の誤り ア 先願明細書(甲16添付)の「中空球体状微粒子は,支持体上に少なくとも1g/u以上必要であり,好ましくは2〜15g/u程度である」(6頁第3段落)の記載によれば,先願明細書には,直接の膜厚開示はないものの,JISに開示された単純な計算式によって,上記塗工量から膜厚が容易に算出できる。審決は,膜厚の計算に際し,請求人(原告)が中空球体状微粒子とバインダーの配合比1:1を採用したことについて,先願明細書には,「何ら直接的な記載があるわけではない」(審決謄本11頁第1段落)と説示するが,先願明細書には,上記(3)のとおりの重量範囲が開示されており,上記計算に際し,そのほぼ中間に該当する50%の含有量という数字を採用したものであるから,正に先願発明の開示内容に沿ったものである。したがって,「1から20ミクロンの膜厚」も,先願明細書に記載されているに等しい事項から把握されるものである。
イ 加えて,本件発明1の隠蔽層の厚さは,少なくとも本件発明1に含まれるタコグラフ用記録紙について,本件特許出願前の周知技術にすぎない限定である(甲26報告書,甲27〜29記録紙及びB作成の平成13年10月13日付け「他社製タコグラフチャート紙」と題する報告書〔甲31,以下「甲31報告書」という。〕)。そもそも,この膜厚は,印字前の隠蔽性と印字後の記録性で決まるものであるから,隠蔽層で下地の色を隠蔽し,その隠蔽層を削り,又は溶解し,隠蔽性を低下させることで記録するような記録紙においては,むしろ,共通で普遍的な膜厚である。 2 取消事由2(本件発明2と先願発明との同一性の判断の誤り) (1) 審決は,本件発明2について,「本件特許発明1(注,本件発明1)に係る『記録紙』(注,本件記録紙)において,さらに『タコグラフ用』と限定したものであるから,上記・・・理由(注,本件発明1についての理由)により,さらに先願明細書(注,甲16添付)には『タコグラフ用』について記載も示唆もない」(審決謄本11頁第3段落)として,本件発明2と先願発明との同一性を否定したが,誤りである。
(2) 感熱紙がタコグラフ用として使用可能なことは,本件特許出願前に,当業者の技術常識であり(特開昭49-21153号公報〔甲22,以下「甲22公報」という。〕,特公昭43-17821号公報〔甲23,以下「甲23公報」という。〕),本来,明細書の記載をする上で,このような自明の事項を記載することまでは要求されていない我が国の特許制度の趣旨から,少なくとも,先願明細書(甲16添付)に記載されているに等しい事項であるというべきである。したがって,本件発明2は,本件特許出願前の当業者の技術常識ないし周知技術参酌すれば,先願明細書に記載された事項ないし記載されているに等しい事項から把握される発明にすぎない。
3 取消事由3(本件発明1と引用発明との相違点についての認定判断の誤り) (1) 審決は,本件発明1と引用発明の相違点1として,「前者(注,本件発明1)の記録用紙が尖針による引掻き記録できる『記録紙』に関するものであるのに対し,後者(注,引用発明)の記録用紙は『感圧コピーシート』である点」(審決謄本19頁最終段落,以下「相違点1」という。),相違点2として,「前者の『(A)隠蔽性を有する中空孔ポリマー粒子』は『水性』の中空孔ポリマー粒子であるが,後者のものは,『水性』の中空孔ポリマー粒子でない点」(同,以下「相違点2」という。),相違点3として,「前者の『隠蔽層』は『(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物』からなるが,後者の塗膜の成分の重量比は明らかでない点」(同最終段落〜20頁第1段落,以下「相違点3」という。),相違点4として,「前者の『隠蔽層』は『1から20ミクロンの膜厚』であるが,後者の塗膜の膜厚は明らかでない点」(同第1段落,以下「相違点4」という。)を認定した上,本件発明1の引用発明に基づく容易想到性を否定したが,誤りである。
(2) 相違点1について ア 本件記録紙を,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」に限定することができないことは,上記1(2)のとおりである。引用発明の記録紙は,「感圧コピーシート」であり,感圧紙であるところ,記録紙はその上位概念の関係に立つから,本件記録紙は,引用発明の記録紙を含むものである。したがって,両者を相違点1において,相違するとした審決の認定は誤りである。
イ 仮に,本件記録紙が,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる記録紙」に限定されるとしても,引用例(甲24)の「スタイラス」(3欄第2段落)は,タコグラフ装置のような自動記録針も含め,正に「インクを用いない記録ペンすなわち尖針」そのものであるからであるから,相違はない。
(3) 相違点2について ア 審決は,相違点2について,「甲第24号証(注,引用例)では,『マイクロカプセル』を調製するにあたっては『油溶性部分縮合熱硬化性樹脂』を用いるものであるから,本件特許発明1(注,本件発明1)における『水性』の中空孔ポリマー粒子を用いた場合とは,材質的にかなり異なったものであり,『隠蔽層』としての機械的性質等も大きく異なってくることが予期される」(審決謄本21頁第2段落)として,容易想到性を否定したが,誤りである。
イ 引用発明の「空気含有マイクロカプセル」は,「水性」であって,本件発明1の「中空孔ポリマー粒子」と同じである。すなわち,本件発明1の「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」とは,中空孔ポリマー粒子が水に分散する性質を備えたものであることを意味し,その中空孔ポリマー粒子は,水に分散することが必要であって,正にこれを「水性」としている。また,本件明細書(甲1)には,「中空孔ポリマー粒子」について,その素材が列挙されている(4欄最終段落〜5欄第1段落)が,これらの素材は,いずれも水中に分散する性質を有するものである。そして,「水性」とは,水溶性又は水分散性を意味し,その成分材料が限定されないことは,当業者の技術常識である。引用発明のマイクロカプセルも,油性の成分や材料を使っていたとしても,塗布液として水中に分散している以上,「水性」である。したがって,引用発明の「空気含有マイクロカプセル」は,本件発明1の「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」に相当することになる。審決は,引用発明の記録紙の製造過程に使われる塗布液が「水性」であることを無視し,マイクロカプセル自体を作成するため用いられた油性物質をもって,記録紙の製造過程におけるマイクロカプセルまでもが油性であると断定した誤りがある。引用発明では,油性物質を使用するのはマイクロカプセルを作成する段階であり,マイクロカプセルを作成した後は,油性物質を使用しておらず,本件発明1と全く同じ製造過程をたどるものである。
ウ また,審決は,引用発明では,「マイクロカプセルはいわゆる『ビニル系樹脂』等からなるものでなく,本件特許発明1(注,本件発明1)における『水性』の中空孔ポリマー粒子であるとは言い難い」(審決謄本19頁第2段落)としたが,本件発明1に係る本件明細書(甲1)の特許請求の範囲【請求項1】には,「中空孔ポリマー粒子」と記載されるにとどまり,「ビニル系樹脂」である旨の記載は一切ない。他方,引用発明のマイクロカプセルも,熱硬化性縮合製品と水溶性重合物質が重合したポリマーである。したがって,本件発明1の中空孔ポリマー粒子も,引用発明の空気含有マイクロカプセルも,いずれもポリマーから成るものであり,何らの相違点はない。したがって,審決の「材質的にかなり異なったものであり,『隠蔽層』としての機械的性質等も大きく異なってくることが予期される」(審決謄本21頁第2段落)とした部分は,その前提である「材質的にかなり異なったもの」と認定した点において誤りであるから,「予期される」とした結論も誤りである。両者は,機械的性質においても,ほとんど同じであるというのが正しい結論である。
(4) 相違点3について ア 審決は,相違点3について,「甲第24号証(注,引用例)に記載の発明(注,引用発明)では,(A)に対応する『中空孔ポリマー粒子』が『水性』ではないので,『(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子』と『(B)成膜性を有する水性ポリマー』の『重量比』を計算することが,意味をなさない」(審決謄本21頁第3段落)としたが,引用発明の「空気含有マイクロカプセル」と「バインダー」の重量比は,その実施例から容易に算出できる上,1から3のほとんどをカバーしており,また,技術水準を参酌することにより,上記重量比は当業者が容易に想到できるものである。
イ まず,引用発明の「中空孔ポリマー」が「水性」であることについては,上記のとおりであるから,「『中空孔ポリマー粒子』が『水性』ではない」とした審決は,前提において誤りである。
ウ また,引用例(甲24)の実施例4には,空気含有マイクロカプセル不透明化剤とバインダーの比について,具体的な重量比が開示され,重量比が1.2以上であることが分かるから,引用例には,本件発明1の(A)/(B)比1〜3のうち,1.2以上の数値が記載されているということができる。すなわち,東京工業大学大学院有機・高分子物質専攻教授C作成の平成16年5月12日付け見解書(甲64,以下「甲64見解書」という。)及び原告従業員D作成の同月13日付け陳述書(甲65,以下「甲65陳述書」という。)によれば,引用発明の「空気含有マイクロカプセル」と「バインダー」の重量比は,その実施例から容易に算出できる上,1から3のほとんどをカバーしていることが認められる。したがって,引用発明の重量比が1.2以上の場合を前提にすると,当業者は,記録紙の性能を発揮させるために,適宜,(A)/(B)比を,1から3の範囲で選択することは容易に想到できるものということができる。
エ 加えて,甲18刊行物396頁の写真6の説明及び甲19刊行物499頁の写真-4の説明には,中空粒子及びバインダーを配合し,成膜とした(A)/(B)が2となる具体例が記載されている。そして,引用例(甲24)の実施例1である「スチレン-マレイン酸共重合体(アンモニウム塩6%溶液150g),10%ポリビニルアルコール溶液10g」の場合に,このような技術情報を適用することは当業者にとって容易であるから,この組合せによれば,本件発明1の成膜性を有する水性ポリマーをバインダーとして使用することも開示されていることになる。また,引用例の「メチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースおよびポリビニルアセテートエマルジョンの如き物質はバインダーとして使用されているが本発明(注,引用発明)にも使用される」(9欄第1段落)との記載からも,同じ結論に至ることができる。したがって,当業者は,引用例に実質的に記載されている事項と技術水準として記載されている事項とを組み合わせることにより,本件発明1に容易に想到できるというべきである。
(5) 相違点4について ア 引用例(甲24)には,塗膜の膜厚について明記されていないが,着色層の表面を隠蔽層が被覆し,この被覆層を破壊(溶融,削り取り,潰し)することで記録する記録紙においては,膜厚を1〜20μm程度とすることは,周知技術ないし技術水準であり,少なくとも,本件発明1の「1から20ミクロンの膜厚」は,本件特許出願前に周知であり(甲26〜甲29記録紙,甲31報告書),相違点4に係る本件発明1の「『隠蔽層』は『1から20ミクロンの膜厚』である」点は,この周知技術ないし技術水準を参酌することにより容易に想到できるものである。
イ また,上記周知技術ないし技術水準から,上記「1から20ミクロン」という数値は,何ら技術的意義を有する限定ではあり得ず,単なる設計変更の範囲内でしかない。 4 取消事由4(本件発明2の引用発明に基づく進歩性についての判断の誤り) 本件発明1に進歩性がないことは上記3のとおりであり,本件発明2は,本件記録紙を更に「タコグラフ用」に限定したにすぎないものであるところ,引用発明の「感圧コピーシート」も,スタイラスを用いて記録する点から,「タコグラフ用」とすることは自明の事項であるにすぎず,進歩性がないものである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明1と先願発明との同一性の認定判断の誤り)について (1) 本件記録紙の認定の誤りについて ア 本件明細書(甲1)には,本件特許出願前に,記録計で記録を得るやり方には非常に多くの方法があり,多様な記録紙が存在したことが示され,本件発明1に係る特許請求の範囲【請求項1】自体には,着色原紙の表面上に特定の隠蔽層が形成された記録紙が示され,【請求項2】には,「タコグラフ用の請求項1の記録紙」と規定されていることから,本件記録紙が,どのような記録器具を用い,どのような記録機構によるものであるかは,当業者が一見して理解するところということができ,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」(審決謄本8頁最終段落)以外には思い至らないのが,当業者の技術常識である。このような,特定の記録形態と深く関係する発明の解釈に当って,記録紙は上位概念であり,あらゆる記録形態を包含したものであるとの原告の主張は,発明の実態を無視したものである。
イ 原告は,本件明細書(甲1)の「尖針による引掻き記録」の記載は,平成4年補正で追加された事項であり,本件当初明細書(甲2添付)の記載から自明な事項ではないから,本件発明1の要旨認定に採用すべきではないと主張するが,審決が審理判断しない事項に係る主張であり,それ自体失当である。
ウ 先願発明の「記録紙」は,「感熱記録体」であり,記録器具としての感熱ヘッドを使用し,その熱により感熱層が溶けて透明となり着色層が顕色する記録機構により記録を得るための記録紙であることは明らかである。したがって,本件発明1と先願発明とは,記録器具及び記録機構が全く異なるため,それぞれの記録紙には,特定の構造,機能,性質等が要求され,その要求に沿った記録紙の構成がそれぞれ規定されるから,記録紙として同一であるとすることはできない。
(2) 重量比についての認定判断の誤りについて 先願明細書(甲16添付)から,中空球体状微粒子と水溶性バインダーの比が「0.43〜∞(無限大)」の範囲であることが導かれたとしても,その範囲中,特に「重量比が1から3の範囲」であることについては,先願明細書に記載も示唆もない。また,先願明細書に記載された唯一の具体例としての実施例1は,中空球体状微粒子(ローペイクOP84J 42.5%濃度のエマルジョン)を塗工しており(8頁第2段落),水溶性バインダーについての記載がないので,「重量比が1から3の範囲」に該当するとはいえない。したがって,先願明細書には,「隠蔽層」について,本件発明1の「(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる」ことに相当する点が実質的に記載されているとすることはできない。なお,東京農工大学大学院生物システム応用科学研究科教授E作成の平成14年2月9日付け鑑定書(甲53)の実験は,カゼインをバインダーとして採用するものであるが,先願明細書の実施例1は,水溶性バインダーを添加していないものであるから,特定のバインダーを独自に採用する上記実験は,先願発明から離れたものであり,追試の意味がない。また,甲56報告書は,本件特許出願後に販売した被告製のタコグラフ記録紙に係るものであって,本件特許出願前の事実ではないから,反論するまでもなく,採用の余地がない。
(3) 膜厚についての認定判断の誤りについて 原告が引用するタコグラフ用記録紙は,本件発明1の「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」を有するものでなく,かつ,「A/B=1〜3」との重量比にあるものではない。したがって,これらの「1から20ミクロンの膜厚」のタコグラフ用記録紙が知られていたとしても,上記構成をもって規定された本件記録紙の膜厚を開示するものではないし,まして,先願発明との関連で,その感熱層を「1から20ミクロンの膜厚」とすることの周知技術を開示するものではない。
2 取消事由2(本件発明2と先願発明との同一性の判断の誤り)について 本件発明2は,本件記録紙を更に「タコグラフ用」に限定したものであるから,上記1と同じ理由により,先願発明と同一とすることはできない。
3 取消事由3(本件発明1と引用発明との相違点についての認定判断の誤り)について (1) 相違点1について ア 原告は,本件発明1と引用発明を,相違点1において相違するとした審決の認定は誤りであると主張するが,同主張に理由がないことは,上記1のとおりである。
イ 引用例(甲24)は,引用発明の「感圧コピーシート」をタコグラフ用記録紙として使用することについて,教示も示唆もしていない。したがって,「甲第24号証(注,引用例)に記載された発明(注,引用発明)は,『感圧コピーシート』に関するものであって,『普通のスタイラスあるいはタイプライター』による圧力を応用することによって多数のシートを使った印字が可能な『コピーシート』に関するもの・・・であり,したがって,両者は適用されるべき記録方式が異なるものであるから,甲第24号証に記載の発明における『感圧コピーシート』は本件特許発明1(注,本件発明1)に係る『記録紙』とは相違するものである」(審決謄本18頁第2段落)とした審決の認定に誤りはない。また,本件記録紙は,「尖針例えば鉄針,サファイヤー針,ダイヤモンド針等のインクを用いない室温の記録針で印字(尖針による引掻き記録)できる記録紙・・・であり,タコグラフ装置で用いる記録紙として特に好適であるものである」(同20頁第4段落)とし,一方,引用例における「感圧コピーシート」及び「感圧コピーシステム」に関する記載は,「手書きやタイプライター用の感圧コピーシートが教示されているだけである。したがって,甲第24号証(注,引用例)には,・・・『感圧コピーシート』をタコグラフ装置で用いる記録紙のような尖針例えば鉄針,サファイヤー針,ダイヤモンド針等により引掻き記録できる記録紙として応用することまで示唆しているとはいえない」(同第5段落〜第6段落)とした審決の認定に,何らの誤りはない。 (2) 相違点2について 原告は,本件発明1では,ポリマー粒子が水に分散することを「水性」としているとし,引用発明の「空気含有マイクロカプセル」は「水性」であって,本件発明1の「中空孔ポリマー粒子」と同じであると主張するが,的外れである。すなわち,審決は,「水性」の意義について,「『(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子』については,(A)『水中に分散している中空孔ポリマー粒子』であるが具体的には『内部に小孔(ミクロボイド)を有する非造膜性ビニル系樹脂エマルジョン』等と解することにより,また,『(B)成膜性を有する水性ポリマー』についても,『水中で分散ないし溶解した状態で提供される成膜性を有するポリマー』と解することにより,『水性』の意義は当業者の通常の理解に沿うものとなる」(審決謄本19頁第1段落)と認定したものであるところ,当業者の理解する「水性」の意義及び本件発明1における「水性」の意義は,上記審決の認定したとおりであり,疎水性の「油溶性部分縮合熱硬化性樹脂」からなる「マイクロカプセル」を使用する引用発明は,本件発明1における「水性」に該当しない。
(3) 相違点3について 原告は,甲64見解書及び甲65陳述書に基づいて,引用発明の「空気含有マイクロカプセル」と「バインダー」の重量比は,その実施例から容易に算出できる上,1から3のほとんどをカバーしていることが認められるなどと主張するが,甲64見解書は,引用例(甲24)における実施例4の「キヤンデリラワックスの代わりに低分子量のポリエチレンが使用される」(11欄第3段落)との記載を全く考慮せずに計算したものである。「ミネラルスピリットに溶解され」(10欄第2段落)る「低分子量のポリエチレン」(分子量1000未満)は,ポリマーではないから,本件発明1の「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」の構成材料でないことが明らかである。原告の上記主張は,計算の出発点から誤りであり,これを前提とするその余の主張も誤りである。
(4) 相違点4について 原告が引用するタコグラフ用記録紙は,本件発明1の「隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子」を有するものでなく,かつ,「A/B=1〜3」との重量比にあるものでもない。したがって,これらの「1から20ミクロンの膜厚」のタコグラフ用記録紙が知られていたとしても,前提となる上記構成をもって規定された本件記録紙の膜厚を開示するものではない。
4 取消事由4(本件発明2の引用発明に基づく進歩性についての判断の誤り)について 本件発明2は,本件記録紙を更に「タコグラフ用」に限定したものであるから,上記3と同じ理由により,引用発明,甲18刊行物及び甲19刊行物に記載された発明並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と先願発明との同一性の認定判断の誤り)について (1) 本件記録紙の認定の誤りについて ア 審決の「先願明細書(注,甲16添付)には,『着色層上』に『熱可塑性樹脂からなる中空球体状微粒子』,具体的には『アクリル・スチレン共重合体からなる中空球体状微粒子(ローペイクOP84J 42.5%濃度のエマルジョン)』を用いた『白色不透明の感熱層』を有する『感熱記録体』について記載されてはいるが,本件特許発明1(注,本件発明1)に係る『記録紙』(注,本件記録紙),すなわち,インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』について記載されておらず,また,『隠蔽層』についても,『(A)〔隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子〕と(B)〔成膜性を有する水性ポリマー〕の重量比が1から3の範囲の組成物からなる』こと,及び『1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の上に形成された』ことについて,実質的に記載されているとは認められない」(審決謄本8頁最終段落)との説示によれば,審決は,本件記録紙を,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」と認定したものであることが認められるところ,原告は,本件記録紙を上記のように限定する根拠はないと主張するので,まず,審決の上記認定の当否について検討する。
イ 特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たつては,この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限つて,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないと解すべきであり(リパーゼ事件最高裁判決参照),この理は,同法29条の2所定の特許要件について審理する場合においても,同様であると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件発明1に係る本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】の記載は,上記第2の2記載のとおり, 「下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a),(1b)の表面に形成されたことを特徴とする,記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子(注,以下,単に「A」ともいう。) (B)成膜性を有する水性ポリマー(注,以下,単に「B」ともいう。)」 というものであり,「(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a),(1b)の表面に形成されたことを特徴とする」との構成を有する「記録紙」であると規定されているから,本件記録紙は,着色原紙の表面に「隠蔽性を有する水性ポリマー粒子」及び「成膜性を有する水性ポリマー」の組成物からなる隠蔽層(以下「本件隠蔽層」という。)が形成されたものであって,本件隠蔽層における「隠蔽性を有する水性ポリマー粒子」と「成膜性を有する水性ポリマー」の重量比及び本件隠蔽層の膜厚が所定範囲に規定された記録紙であると認められるものの,これを,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」に限定する旨の記載はない。そうすると,本件明細書の特許請求の範囲の記載に基づいては,審決の上記認定のように限定することはできないから,進んで,リパーゼ事件最高裁判決のいう特段の事情の有無について検討する。
ウ まず,「記録紙」の用語の意義について見る。
(ア) 昭和55年社団法人日本化学会発行「化学と工業」第33巻第2号73頁〜75頁(甲68,以下「甲68文献」という。)は,「事務複写,コンピューター,画像通信(ファクシミリ)などに使われている記録紙」(73頁左欄最終段落〜右欄第1段落)の概要について記載するものであるが,そこには,「1 はじめに」の項に,「その表面あるいは紙全体を特殊加工して,・・・紙自体に発色特性を付与した紙を記録紙と呼ぶ」(同),「2 記録紙の概要」の項の冒頭に,「研究開発途上のものを除いて現在広く実用化している記録紙の概要を表1に示す」(同欄第2段落)と記載され,その「表1 おもな記録紙」には,感熱記録紙及び感圧記録紙を含む多種類の記録紙が列挙されている。上記多種類の記録紙は,主に「記録エネルギー」の観点により分類して列挙されているが,「記録エネルギー」として,「光」,「電気」,「熱」,「磁気」及び「圧力」があり(「表1」の「記録エネルギー」の欄),上記「2 記録紙の概要」の項には,上記記載に続けて,記録紙を主に記録エネルギーの観点により分類して,「2-1 光記録紙」,「2-2 電気記録紙」,「2-3感熱記録紙」,「2-4 感圧記録紙」などの項目を立てて,それぞれの記録紙について説明している。
(イ) 昭和60年10月20日学会出版センター発行「記憶・記録・感光材料」135頁〜140頁(乙2,以下「乙2文献」という。)には,「情報記録用紙,略して記録紙は,情報の出入力媒体に使われている紙の総称である。・・・情報産業・・・の中で,事務複写,コンピュータ,画像通信(ファクシミリ)などオフィスオートメーション(OA)に使われ,あるいは使われようとしている出力媒体を中心に・・・記述する」(135頁第1段落),「記録とは,情報を情報像として人間の視感,その他の感覚で感知できる形に変換したものである。情報を記録するにはエネルギーが必要で,記録媒体がエネルギーを吸収して記録が可能となる。情報記録に使われるエネルギーには次のものがある。@光・・・D熱・・・F力(ハンマー,筆圧など)」(139頁最終段落〜140頁第1段落)と記載され,「表8.1 記録方式の特性比較」には,種々の記録方式の特性が記載され,その記録方式として,「感熱記録」,「感圧記録」などが記載されている。
(ウ) 昭和55年11月15日紙業タイムス社発行「新・紙加工便覧」687頁(甲69)は,情報関連用紙について記載するものであり,その「表2.2-1 おもな記録紙」には,甲68文献の「表1」と同様の記載がある。
これらの記載によれば,記録紙とは,「情報を情報像として人間の視感(等)で感知できる形に変換したもの」(乙2文献)である記録をするための「情報の出入力媒体に使われている紙」(乙2文献)をいい,更に狭義には,「その表面あるいは紙全体を特殊加工して,・・・紙自体に発色特性を付与した紙」(甲68文献)をいうものと認められる。そして,「情報を情報像として人間の視感(等)で感知できる形に変換」する,すなわち,「情報を記録する」には,「エネルギーが必要で,記録媒体がエネルギーを吸収して記録が可能となる」(乙2文献)ものであって,その記録エネルギーには,熱エネルギー,力エネルギー(圧力エネルギー)などがあり,熱エネルギーを使って記録する記録紙を感熱記録紙といい,力エネルギー(圧力エネルギー)を使って記録する記録紙を感圧記録紙という(甲68文献,乙2文献)ことが認められる。
エ 本件記録紙は,その構成からみて,本件隠蔽層における「隠蔽」及び「隠蔽性を有する水性ポリマー粒子」における「隠蔽」とは,着色原紙の色の「隠蔽」をいうものであり,その隠蔽性は,主に本件隠蔽層における水性ポリマー粒子の中空孔などに起因する微細孔による光散乱に基づくものであると認められる。したがって,本件記録紙における情報の記録,すなわち,「情報を情報像として人間の視感(等)で感知できる形に変換」することは,本件隠蔽層に何らかの記録エネルギーを作用させることによって,本件隠蔽層の隠蔽性を情報を情報像として人間の視感等で感知できる程度に低減させ,着色原紙の色を現出させることにより行われるものであると認められるから,その記録方法は,本件隠蔽層の隠蔽性を所定程度以下に低減させられ得るものであれば足りるというべきである。
他方,審決が認定した「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」の「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)」は,「インクを用いない記録ペン」ないし「尖針など」が,記録紙に記録エネルギーを作用させる手段であることをいうにとどまり,情報の記録方法として,具体的にどのような記録エネルギーを使用するものであるかを明らかにするものではなく,また,「尖針」の動作についても,「引掻き」であることをいうものであって,記録エネルギーが力エネルギー(圧力エネルギー)を含むものであるとしても,他の記録エネルギーの適用を排除するものではないが,少なくとも,審決は,本件記録紙に記録エネルギーを作用させる手段について,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針など」であることを規定した記録紙であると限定して認定したものであることは明らかである。
しかしながら,本件記録紙において,本件隠蔽層の隠蔽性の低減は,本件隠蔽層の水性ポリマー粒子の中空孔などに起因する微細孔の光散乱を低減させることにより行われるものであることは上記のとおりであるから,記録エネルギーを作用させる手段は,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針など」に限定されるものではなく,微細孔における光散乱を所定程度に低減させることができるように調整したものであれば,他の記録エネルギーを作用させる手段,例えば,このような微細孔における光散乱に起因する隠蔽層を有する記録紙に慣用されている「タイプライター」(引用例〔甲24〕3欄第2段落)等によっても可能であることは明らかである。
そうすると,本件明細書(甲1)の特許請求の範囲【請求項1】の記載から,本件記録紙の記録方法については,上記のとおり「本件隠蔽層の隠蔽性を所定程度以下に低減させられ得るものであれば足りる」ものであることが,これに接する当業者において一義的に明確に理解できるものであるというべきところ,一見してその記載が誤記であることが本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどのリパーゼ事件最高裁判決のいう特段の事情は認められない。
オ 被告は,本件記録紙が,どのような記録器具を用い,どのような記録機構によるものであるかは,当業者が一見して理解するところということができ,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」(審決謄本8頁最終段落)以外には思い至らないのが,当業者の技術常識であると主張する。しかしながら,被告主張に係る技術常識を認めるに足りる証拠はないばかりでなく,本件記録紙の構成は上記のとおりであって,記録エネルギーを作用させる手段は,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針など」に限定されるものではないことは上記のとおりであるから,本件記録紙が「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」に限定されるということはできない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
カ 以上検討したところによれば,審決が,本件記録紙を,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」と認定したことは誤りというほかない。ところで,審決は,「先願明細書(注,甲16添付)には,『着色層上』に『熱可塑性樹脂からなる中空球体状微粒子』,具体的には『アクリル・スチレン共重合体からなる中空球体状微粒子(ローペイクOP84J 42.5%濃度のエマルジョン)』を用いた『白色不透明の感熱層』を有する『感熱記録体』について記載されてはいるが,本件特許発明1(注,本件発明1)に係る・・・『隠蔽層』についても,『(A)〔隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子〕と(B)〔成膜性を有する水性ポリマー〕の重量比が1から3の範囲の組成物からなる』こと,及び『1から20ミクロンの膜厚で着色原紙の上に形成された』ことについて,実質的に記載されているとは認められない」(審決謄本8頁最終段落)と認定判断したものであり,「隠蔽層」に係る上記認定判断に誤りがなければ,本件記録紙について,上記「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」と認定した誤りは,審決の結論に影響を及ぼさないこととなるから,進んで,隠蔽層に係る審決の上記認定判断の当否について検討する。
(2) 本件隠蔽層の重量比及び膜厚についての認定判断の誤りについて 審決の上記(1)カの説示によれば,審決は,本件発明1は,「隠蔽層」について,@(A)と(B)の重量比が1から3の範囲であること,A1から20ミクロンの膜厚であることの2点,すなわち,@の重量比及びAの膜厚に係る各数値限定において,本件発明1は,先願発明との同一性が否定されると認定判断したものであると理解される。ところで,数値限定発明の同一性の判断に当たっては,数値限定技術的意義を考慮し,数値限定に臨界的意義が存することにより当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときは,同一性が否定されるから,上記数値限定によって先願発明との同一性が否定されると判断するには,その前提として,本件発明1の数値範囲が臨界的意義を有するものであるか否かを検討する必要があるというべきである。しかしながら,審決は,本件発明1の上記@,Aの数値範囲の臨界的意義を何ら検討していないことが,その説示から明らかである。
したがって,審決の上記判断も誤りというほかない。
(3) 以上検討したところによれば,本件発明1と先願発明との同一性についての審決の認定判断は誤りというほかはなく,原告の取消事由1の主張は理由がある。
2 取消事由2(本件発明2と先願発明との同一性の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明2について,「本件特許発明1(注,本件発明1)に係る『記録紙』(注,本件記録紙)において,さらに『タコグラフ用』と限定したものであるから,上記・・・理由(注,本件発明1についての理由)により,さらに先願明細書(注,甲16添付)には『タコグラフ用』について記載も示唆もない」(審決謄本11頁第3段落)として,本件発明2と先願発明との同一性を否定した。
(2) しかしながら,本件発明2は,本件記録紙を更に「タコグラフ用」に限定したにすぎないものであるところ,甲22公報及び甲23公報などによれば,感熱紙がタコグラフ用として使用可能なことは,本件特許出願前に,当業者の技術常識であったことが認められるから,本件発明2は,本件発明1と実質的に相違するところはない。そうすると,本件発明1と先願発明との同一性についての審決の認定判断が上記1のとおり誤りである以上,本件発明2と先願発明との同一性についての審決の上記判断も,誤りというほかない。
(3) したがって,原告の取消事由2の主張も理由がある。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1,2は理由があり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れず,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴
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