関連審決 | 無効2004-35022 |
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関連ワード | 発明者 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 周知技術 / 試行錯誤 / 技術的手段 / 技術常識 / 優先権 / 優先日 / 参酌 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 不存在 / 実施 / 加工 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 釈明 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10751号
審決取消請求事件
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原告バイエル アクチエンゲゼルシャフト 同訴訟代理人弁護士加藤義明 同 町田健一 同 木村育代 同弁理士アインゼル・フェリックス= ラインハルト 同 杉本博司 被告大 八化学工業株式会社 同訴訟代理人弁護士山上和則 同弁理士山本秀策 同 安村高明 同 森下夏樹 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/04/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が無効2004-35022号事件について平成17年6月17日にした審決を取り消す。 第2事案の概要1特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「耐応力亀裂性難燃性ポリカーボネート/ABS成形コンパウンド」とする特許第3168124号(平成6年8月22日出願(優先権1993年8月26日,ドイツ国),平成13年3月9日設定登録。以下,「本件特許」といい,本件特許の明細書(甲30)を「本件明細書」という。)の特許の特許権者である。 被告は,平成16年1月13日,本件特許の請求項1ないし16に係る発明についての特許に対し,無効審判請求をした。特許庁は,この審判請求を無効2004-35022号事件として審理し,その過程で,原告から同年6月7日付け訂正請求がされたが,平成17年6月17日,この訂正請求を却下した上で,「特許第3168124号の請求項1乃至16に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同月29日,審決の謄本が原告に送達された。 2特許請求の範囲本件特許の請求項1ないし16に係る発明((以下,審決と同様に,それぞれ「本件発明1ないし16」という。)は,次のとおりである。 「【請求項1】A)40〜98重量部の芳香族ポリカーボネート,B)3〜50重量部のビニルコポリマー,C)0.5〜40重量部のグラフトポリマー,D)0.5〜20重量部の混合物,前記混合物はD.1)D)に関して10〜90重量%の式(I)【化1】式中,R ,R およびR は相互に独立にハロゲン化されていてもよ12 3いC -C アルキル,C -CアリールまたはC -Cアラルキルを 18 620 712意味し,mは0または1を意味し,そしてnは0または1を意味する,のモノリン化合物と,D.2)D)に関して90〜10重量%の式(II)【化2】式中,R ,R ,R およびR は相互に独立にC -C アルキル,C456 718-C シクロアルキル,C -CアリールまたはC -Cアラルキル 56 610 712を意味し,nは相互に0または1を意味し,Nは1〜5を意味し,そしてXは6〜30個の炭素原子を有するモノシクロまたはポリシクロ芳香族残基を意味する,のオリゴマーのリン化合物との混合物である,およびE)0.05〜5重量部の0.05〜1000μmの平均粒子直径,1.2〜2.3g/cm の密度および65〜76重量%のフッ素含量を有する3フッ素化ポリオレフィン,を含有する難燃性熱可塑性成形コンパウンド。 【請求項2】50〜95重量部の芳香族ポリカーボネートAを含有する請求項1の成形コンパウンド。 【請求項3】5〜95重量部の混合物,すなわち,50〜95重量部のスチレ18 ン,α-メチルスチレン,ハロゲンまたはアルキル環置換スチレン,C -Cアルキルメタクリレート,C -C アルキルアクリレートまたはこれらの化合181物の混合物と5〜50重量部のアクリロニトリル,メタクリロニトリル,C-C アルキルメタクリレート,C -C アルキルアクリレート,無水マレイ8 18ン酸,C -C アルキルまたはフェニルN-置換マレイミドまたはこれらの化 14合物の混合物との混合物を,5〜95重量部の-10℃以下のガラス転移温度をもつゴム上に,共重合させることによって製造されたグラフトポリマーC)を含有する請求項1の成形コンパウンド。 【請求項4】成分D)として12〜50重量%のD.1)および50〜88重量%のD.2)の混合物を含有する請求項1の成形コンパウンド。 【請求項5】成分D)として15〜40重量%のD.1)および60〜85重量%のD.2)の混合物を含有する請求項1の成形コンパウンド。 【請求項6】化合物D.1)としてトリフェニルホスフェートを含有する請求項1の成形コンパウンド。 【請求項7】成分D.2)としてR ,R ,R およびR がフェニル基であり,456 7そしてXがフェニル基であるオリゴマーのホスフェートを含有する,請求項1の成形コンパウンド。 【請求項8】XがビスフェノールA,レゾルシノール,ハイドロキノンまたはそれらの塩素化または臭素化誘導体から誘導されるジフェノール残基である請求項1の成形コンパウンド。 【請求項9】R 〜R がフェニル基であり,mが1であり,nが1であり,X17がビスフェノールA,レゾルシノールまたはハイドロキノンから誘導されるジフェノール残基である請求項1の成形コンパウンド。 【請求項10】Nが1〜2の平均値を有する請求項1の成形コンパウンド。 【請求項11】-10℃以下のガラス転移温度をもつゴムが,ポリブタジェン,アクリレートゴム,ポリイソプレン,ポリイソブテン,並びに,スチレン,アクリロニトリル,アルコール成分中に1〜4個の炭素原子を有するアクリル酸エステルまたはアルコール成分中に1〜4個の炭素原子を有するメタクリル酸エステルの残基を50%まで含有することができるブタジェンポリマー,から選ばれる請求項3の成形コンパウンド。 【請求項12】-10℃以下のガラス転移温度をもつゴムが,ポリブタジェン,ブタジェン/スチレンコポリマーまたはブタジェン/アクリロニトリルコポリマーである請求項3の成形コンパウンド。 【請求項13】安定剤,染料,顔料,滑剤および離型剤,充填剤および強化剤,核化剤および静電防止剤から成る群より選択される添加剤を含有する請求項1の難熱性熱可塑性成形コンパウンド。 【請求項14】請求項1の成形コンパウンドを使用する成形品の製造方法。 【請求項15】請求頂1の成形コンパウンドから製造される成形品。 【請求項16】請求項1の成形コンパウンドから製造される薄い壁の成形品。」3審決の内容別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明1ないし16は,特開平2-32154号公報(甲3。以下,「甲3」といい,甲3記載の発明を「甲3発明」という。)及び特開平3-24135号公報(甲9。以下,「甲9」といい,甲9記載の発明を「甲9発明」という。)に記載された発明並びに周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1ないし16に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とされるべきであるとするものである。 審決は,上記結論を導くに当たり,以下のとおり,本件発明1と甲3発明との一致点及び相違点を次のとおり認定し,相違点について容易想到性があると判断した(以下,「ポリカーボネート」を「PC」と略記することがある。)。 (1)一致点A)40〜98重量部の芳香族ポリカーボネート,B)3〜50重量部のビニルコポリマー,C)0.5〜40重量部のグラフトポリマー,D)0.5〜20重量部のリン化合物,E)0.05〜5重量部の0.05〜1000μmの平均粒子直径,1.2〜2.3g/cm の密度および65〜76重量%のフッ素含量を有する3フッ素化ポリオレフィン,を含有する難燃性熱可塑性成形コンパウンド(2)相違点本件発明1においては,D)のリン化合物が,D)に関して10〜90重量%の式(I)(略)で表されるモノリン化合物D.1)(以下「D1化合物」という。)と,D)に関して90〜10重量%の式(II)(略)で表されるオリゴマーのリン化合物(以下「D2化合物」という。)との混合物であるのに対し,甲3におけるD)のリン化合物は本件発明1のD1化合物に該当するモノリン化合物であり,本件発明1のD2化合物については記載されていない点(3)相違点に対する容易想到性の判断の概要ア本件発明1と甲3発明との対比甲3にはD1化合物が難燃剤として作用することは明記されてはいないものの,D1化合物は難燃剤として周知であり,また,甲3の組成物が耐炎性に優れていることが記載されていることから,甲3発明においてもD1化合物が難燃剤として作用していると解するのが自然であり,これに代えて,難燃剤として周知のD1化合物及びD2化合物を併用することは,当業者が適宜行う事項である。 D1化合物およびD2化合物の量比については,甲9には3部:9部の割合で使用することが,甲7には5〜80重量%:95〜20重量%の割合で使用することが,甲8ではD1化合物が40重量%以下の割合で,使用することが,それぞれ記載されているから,難燃性の向上を目的として本件発明1のD)に関してD1化合物を10〜90重量%,D2化合物を90〜10重量%とすることは当業者が適宜決定できる事項である。 本件発明1の耐応力亀裂性における効果は,D1化合物およびD2化合物を併用することにより当然得られる効果であり,また,甲3発明は耐炎性とともに応力ひび割れに対する抵抗性を目的としているものであるから,難燃剤として特定量のD1化合物とD2化合物とを併用した場合に,耐応力亀裂性についても確認することは当業者が当然に行う事項であり,その得られた効果も本件実施例1(比較例)と実施例7において差異はなく,予想外の格別顕著な効果を奏するものではない。 イ甲3と甲9との組合せの困難性について原告(被請求人)は,甲3発明の効果は耐衝撃性(ノッチ衝撃強度)の改良であり,甲9発明の効果は難燃性および耐熱性の改良であるから,両者の組合わせによる効果は「耐衝撃性,難燃性および耐熱性」についての改良が予想できるところ,本件発明1の効果は,「耐応力亀裂性」についての改良であり,全く予見不可能な異質の顕著な効果であるとの主張する。 しかし,@甲9において,難燃性は,難燃剤であるD1化合物とD2化合物の併用によって得られているのであり,ハイドロキノンは耐熱性の向上のために酸化防止剤として添加されているにすぎないから,甲9発明においてハイドロキノンを必須とすることが,甲3の組成物に難燃剤としてD1化合物とD2化合物を適用する際の阻害要因となるものではない,A「耐応力亀裂性」の改良については,甲3に記載された難燃剤D1化合物に代えて,D1化合物とD2化合物を併用することにより,自ずと得られる効果であって,その効果を確認したにすぎないものである。 第3取消事由に係る原告の主張審決には,本件発明1の甲3発明の相違点に係る容易想到性の判断を誤った違法(取消事由1),これにより,本件発明2ないし16の容易想到性の判断を誤った違法(取消事由2),及び審判手続における手続違背の違法(取消事由3)がある。 なお,本件発明1と甲3の一致点,相違点の認定に誤りがないことは認める。 1取消事由1(本件発明1の相違点に係る容易想到性判断の誤り)本件明細書記載の「耐応力亀裂性」と甲3記載の「応力ひび割れに対する抵抗性」とは性質が異なり,本件発明1は「耐応力亀裂性」の改善という顕著な効果があり,また,甲3には「応力ひび割れに対する抵抗性」の記載はあるものの「耐応力亀裂性」についての何らの記載も示唆もされていない。 しかるに,審決は,「耐応力亀裂性」と「応力ひび割れに対する抵抗性」とを同じ効果であるとの誤った理解に立った上,本件発明1が甲3発明と周知事実を組み合わせて容易に想到することができたと判断した点に誤りがある。 そこで,まず,「応力ひび割れに対する抵抗性」(甲3)と「耐応力亀裂性」(本件明細書)の相違について主張し,その上で審決の容易想到性の判断が誤りであることを主張する。 (1)「応力ひび割れに対する抵抗性」(甲3)と「耐応力亀裂性」(本件明細書)の相違についてア甲3発明の「応力ひび割れに対する抵抗性」は,「応力ひび割れが生じても本来の「衝撃強さ」を失わないという性質を意味する。これに対し,本件明細書の「耐応力亀裂性」は,無負荷ではほとんど影響のない液体あるいは気体中で,応力が長期間負荷されている場合に,材料の表面に亀裂が発生する現象である環境応力割れ(environmental stress cracking :ESC,「応力亀裂」はこれと同義に使われる。)に対する抵抗性をいう。 また,『JISハンドブック26プラスチックT(試験)』(第1版第1刷,2004年1月31日。甲47)及び『高分子材料強度学』(甲27)によれば,「ひび」と「亀裂」との差異について,「亀裂」の割れ目は完全に分離したものであるのに対し,「ひび(割れ)」の割れ目は完全に分離していないものとしている。 JISハンドブックによれば,応力亀裂とは,破壊強さよりも小さい応力により材料の表面あるいは内部に生じる亀裂であるとされているから,生じる亀裂は,「応力により」生じるものでなければならない。本件明細書には,溶媒中に保存し続け,すなわち応力を付加し続け,それによって生じた亀裂を測定することが記載されている。 これに対し,甲3においては,予備延伸を行い材料に小さい応力を掛けているものの,実際に生じる亀裂や破壊は,溶媒から取り出した後に行われるアイゾット衝撃によって起こる。したがって,甲3における測定方法は,亀裂が「応力により」生じたものではなく,「破壊強さよりも小さい応力により」生じた亀裂を測定したものでもないから,上記の定義による「応力亀裂」を測定するものではない。 イ甲3発明の「応力ひび割れに対する抵抗性」及び本件明細書の「耐応力亀裂性」の各試験方法は異なる。甲3発明の「応力ひび割れに対する抵抗性」は,耐衝撃強度を改善するものであるから,衝撃強度や引張強度等の機械的強度は,比較的短い時間に加えられた負荷が増加し,破壊に至る条件で測定されるのに対して,本件明細書の「耐応力亀裂性」は,低い一定負荷を加え,特定の環境の下で長い時間の経過の後の破壊に至る条件で測定される。 すなわち,材料に応力がかけられるのは,甲3発明の「応力ひび割れに対する抵抗性」では,耐衝撃強度の試験をする際の前処理段階の一回のみであるのに対し,本件明細書の「耐応力亀裂性」の試験では,継続的に行われる。 したがって,甲3においては,どの程度の応力ひび割れが生じるかについての実験は行われていないことになる。 甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」の測定方法と本件明細書の「耐応力亀裂性」に関する測定方法とは,「溶媒中にサンプルを保存する」という工程があることにおいて共通するとしても,共通する工程が一つあることだけでは測定対象が共通であるとはいえないし,両者とも,サンプルの「性能の低下を測定」している点としても,本件明細書では,どのような性能が低下しているかの指摘がないから,測定対象が共通することにはならない。 ウ甲3のアイゾット衝撃試験で得られる測定値は強度(kJ/m )である2のに対し,本件明細書の実施例で行われる耐応力亀裂性試験で得られる測定値は時間(分)である点で,ディメンジョン(次元)を異にする。また,アイゾット衝撃強度が大きく,耐溶剤性が小さい場合(甲48),衝撃強さが大きく,環境応力に関する特性の強さが小さい場合(甲56)があり,アイゾット衝撃強度と環境との相互作用が関係する特性との間で,強さが逆転する例が存在する。このように,これらの測定値によって表わされる特性の間には一定の法則が見い出されないから,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と本件明細書の「耐応力亀裂性」とが同質であるという前提は採り得ない。 エ乙8の測定方法は,甲3と同様に,ノッチ付アイゾット衝撃試験であるし,使用されているサンプルは破損していないものであるから,乙8の「亀裂」は,原告が定義した「ひび割れ」を意味していることとなる。また,乙8で用いられているのは「環境応力亀裂耐性」という用語であり,「耐応力亀裂性」ではない。そうすると,乙8は,甲3と同様に,「応力ひび割れに対する抵抗性」の改善を目的としたものであるから,測定方法が類似するのは当然であり,これによって,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と「耐応力亀裂性」が類似するという結論を導くことはできない。 アイゾット衝撃試験によって測定される物性は,材質のみで決定される性質であるのに対し,本件発明1の耐応力亀裂性は,材質と試験環境との相互作用の結果奏される性質であることに照らせば,両者は同質又は相互に関連する性質とはいえない。被告は,「材料に加わる応力に対して材料が破壊せずに耐える性能」という点において,両者は共通すると主張するが,「破壊せずに耐える性能」という概念は,抽象的にすぎ,科学的技術的に定義されたものとはいえないから,このような概念によって,両者を共通のものということはできない。 オ乙6及び乙7においては,いずれもひび割れが測定されていることから,これらに記載の発明は,「応力ひび割れが生じにくいという性質」又は「ひび割れを防止するという技術的利点」を目的とするものである。しかし,甲3発明は,「ひび割れ」を発生させるのは,予備延伸のためであって,それ以降に行われる衝撃試験は,「ひび割れ」が生じるか否かに関わるものではないから,「ひび割れを防止するという技術的利点」を目的とするものではない。したがって,乙6及び乙7において改善される性質は,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と異なるのであるから,これらを根拠として,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と「耐応力亀裂性」が同様の方法で評価されるものということはできない。 (2)甲3発明と甲9発明との組合せの困難性甲9には,難燃効果に優れた芳香族系リン酸エステル化合物に含まれるD1化合物及びD2化合物の記載がある。しかし,甲3発明に甲9発明を組み合わせることには,以下のとおり困難性があり,相違点について容易想到性はない。 アベースポリマーの構成の相違甲9発明は,非ハロゲン含有難燃性有機重合体に関する発明であるが,そのベースポリマーが不明確である。すなわち,甲3発明の必須成分Cは,ABSのグラフト重合体であるところ,甲9にはベースポリマーとして有機重合体が一般的な名称で列記されているが,「ABS/PCアロイ」はその中の一つにすぎず,具体的にどのような組成物であるかは記載されていない。 また,ポリマー組成物の成分が相違すれば,ポリマー組成物の性質も異なるところ,甲9の実施例5ないし7及び比較例5,6には,その他のポリマー成分,特に,甲3発明の必須成分のテトラフルオロエチレン重合体Eを含むことは全く記載されていないなど,甲9発明の一部の成分が甲3発明のポリマー成分と大きく異なる。 イ動機付けの不存在ポリマーアロイ分野においては,ベースポリマーが異なれば,相互に組み合わせに用いるという動機付けは生じない。 甲9の記載によって,当業者が難燃性に優れた製品が得られることを理解することができたとしても,それは,ポリカーボネートおよびABSのブレンド樹脂をベースポリマーとすることが前提であって,ベースポリマーが異なれば予測は極めて困難になり,この前提がなければ,当業者が明確に理解することはできない。 ウ甲9の実施例の再現不能甲9には,「実施例5・・・実施例7テトラフェニルフェニレンホスフェートの代わりに式(U)で表されるオリゴマー(n=1〜10)を用いて試験片を得たこと以外は実施例6と同様である。」(5頁右下欄)と記載され,同記載によれば,実施例7で使用された成分は,クレジルジフェニルホスフェート(3部)と,式(U)で表されるオリゴマー(n=1〜10)(9部)とからなる。しかし,甲9の表3(6頁右下欄)において,実施例7の成分は,トリフェニルホスフェニート(3部)と,式(U)で表されるオリゴマー(n=1〜10)(9部)と記載されているから,上記の記載と矛盾する。 式(U)で表されるオリゴマー(n=1〜10)について,実施例全体の記載をみても,具体的な構造が不明であって,甲9の明細書においても広い概念で説明されるのみであるから,当業者が,実施例7について,過度の試行錯誤を行うことなく再現することは不可能である。 甲9には,効果として引張強度の測定結果が記載されているが,組成物発明の構成(成分の種類と量)との対応について記載がないから,測定結果として意味はない。 (3)甲3発明と甲7記載の発明との組合せの困難性甲7には,ポリフェニレンエーテル系樹脂組成物(いわゆるPPO系ポリマーアロイ)の難燃化に関する発明が記載されているが,PC/ABS系ポリマーアロイに関する甲3発明とは技術分野が相違する。PC/ABS系,PPO系等のポリマーアロイは,それぞれ含有成分又は含有量が異なると,物理的,機械的,化学的性質が相違し,実際に各成分を混合してポリマーアロイを調製し測定を行って初めて諸性質が理解されるものであるから,甲3発明と甲7記載の発明とを組み合わせることには困難性があり,相違点について容易想到性はない。 (4)甲3発明と甲8記載の発明との組合せの困難性甲8には,難燃性に関する発明が記載されているが,対応力亀裂性に関する記載はない。また,甲8には,ポリカーボネート系(PC/ABS系)ポリマーアロイについて,熱可塑性樹脂の例として一般的に挙げられているにすぎず,実施例においてもPC/ABS系組成物は具体的に開示されていない。甲8は,所定の構造を有するポリリン酸エステルに,熱可塑性樹脂という極めて広い範囲の分野について難燃性を付与することを開示するにすぎない。したがって,甲3発明と甲8記載の発明とを組み合わせることには困難性があり,相違点について容易想到性はない。 (5)顕著な作用効果の看過ア甲3発明等からの予測困難性前記(1)のとおり,甲3の応力ひび割れに対する抵抗性と本件明細書の耐応力亀裂性は,その技術的意味,測定方法を異にする特性であるところ,審決が引用する甲5,甲7及び甲8並びに甲9のいずれにも,耐応力亀裂性に関する記載がない。したがって,これらの刊行物の記載に基づいて本件発明1の構成により耐応力亀裂性が改善されることを予測することは不可能である。 イポリマーアロイ一般における物性の予測困難性ポリマーアロイにおいては,組み合わせた試験材料の特性から組合せ後の物質の特性につき予測を行うことは極めて困難である。「耐応力亀裂性」は試験材料の化学的組成のみならず,その試験環境との相互作用の結果奏される性質であるから,試験環境を考慮せずに応力亀裂性を予想することは原理的に不可能である。本件発明1は,A)ないしE)の各成分すべてを混合したことによって初めて耐応力亀裂性が著しく向上するのであって,D1及びD2化合物が混合されていることだけで当然に耐応力亀裂性が得られるものではない。甲3には,耐応力亀裂性について示唆する課題も実際の測定結果も記載されていない。したがって,本件明細書の耐応力亀裂性における効果は,D1化合物及びD2化合物を併用することに当然得られる効果であるととはいえない。 ウ作用効果の顕著性本件明細書の表1は,本件発明1においてD1化合物及びD2化合物を併用したことにより奏される効果(耐応力亀裂性)についての実験データであるところ,このデータはいわゆる加速試験の結果実測された差であって,通常の使用条件に換算すると,極めて大きな差となることは,当業者にとって常識である。 本件発明1において,D1化合物及びD2化合物をいずれも混合した場合に予想される耐応力亀裂性の効果は,各物質単独で構成した場合に生じる結果(伸び率2.4%における破損までの時間は,D1化合物を含まない実施例1が3.4分,D2化合物を含まない実施例8が2.5分)を双方の混合比率を乗じて足したものであり,以下の参考図1の直線で示される。 本件明細書の表1及び参考図1からみれば,本件発明1においてD1化合物,D2化合物の2種類の成分を併用することにより,それぞれ単独使用の場合に比べて,耐応力亀裂性が増加している。 また,D1化合物とD2化合物の比により効果の程度が異なり,山型のカーブを示すことから,D1化合物及びD2化合物の併用により,相乗効果が得られる。このことは,ポリマー組成物中で,ベースポリマーその他の成分と極めて複雑な相互作用が存在することを強く示唆するものであり,当業者であってもこのような相互作用の存在や程度については全く予想ができない。 被告は,本件明細書の実施例7及び実施例2と実施例1(比較)とは,破損までの時間がほとんど同じであり,原告の主張するような顕著な効果が認められないと主張する。 しかし,比較されるべきは,上記参考図の「予想される値」と各実施例の値との関係であって,単に破損までの時間を比較すべきではないから,被告の主張は失当である。 また,被告は,原告の予想値が正しくないとして,耐応力亀裂性の正しい予想値を記入したものを提示するが,破損までの時間の最も低い点と最も高い点をつないだ線を「予想される値」であるとしており,その技術的意味は不明である。予想される値は予想の基礎となる両端の実験点(D1化合物が0の場合及びD2化合物が0の場合の実測値)を通るようにすべきである。 参考図1なお,被告は,他の耐応力亀裂性を改善する発明(甲20)と比較して,本件発明1の効果である耐応力亀裂性改善の程度は小さいから,本件発明1には進歩性がないと主張する。 しかし,本件発明1は,特定の成分及び含有量からなるPC/ABSポリマーアロイを採用したものであって,甲20とは用いるベースポリマーが相違するから,比較することに技術的な意味がない。 被告は,本件明細書の実施例に記載されたデータが1回の実験により測定されたものであるから,信憑性がないと主張する。 しかし,実験の回数が1回であることから直ちに不正確ということはできず,実験結果の信憑性は充分である。 2取消事由2(本件発明2ないし16の進歩性判断の誤り)審決は,本件発明1の進歩性の判断を前提として,本件発明2ないし16について,いずれも進歩性がないものと判断した。 しかし,本件発明1に関する審決の判断は,上述のとおり誤りであるから,この判断を前提とする本件発明2ないし16の進歩性に関する判断についても誤りである。 3取消事由3(審判手続における重大な手続違背)審決は,「応力ひび割れに対する抵抗性」(甲3)と「耐応力亀裂性」(本件明細書)のそれぞれの効果について同一であるとの前提に立って,判断したにもかかわらず,本件審判手続における審理の過程において,「応力ひび割れに対する抵抗性」と「耐応力亀裂性」の異同について,当事者に意見を述べる機会を与えていない。したがって,審判手続には,特許法153条2項に違反する重大な違法がある。 なお,被告は,平成16年12月9日の口頭審理の際に,審判長が,甲3に「応力ひび割れに対する抵抗性」との記載がある旨を指摘し,この記載が応力亀裂性に関連すると考えられる旨を説明したと主張する。しかし,審理調書(乙9)に,審判長からの指摘や説明は何ら記載はなく,また,口頭審理後に原告及び被告から提出された上申書(甲44ないし46)に,この論点に関する記載はないから,審判長からの指摘や説明はなかったものと認められるべきである。 第4被告の反論審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1取消事由1(本件発明1の容易想到性判断の誤り)について(1)「応力ひび割れに対する抵抗性」(甲3)と「耐応力亀裂性」(本件明細書)の相違について以下のとおり,甲3発明の「応力ひび割れに対する抵抗性」と本件明細書の「耐応力亀裂性」との間に,実質的な相違はない。 ア甲47は,2004年に発行されたJISハンドブックであり,本件特許優先日(平成5年8月26日)の進歩性を検討するに当たり参酌することはできない。1993年(平成5年)発行のJISハンドブック(乙1)には,「ひび」が「製品の表面又は内部に生じたごく細かいき裂」であると記載されている。また,『実用プラスチック用語辞典』187頁(乙3)には,クラック(すなわち,亀裂)の小さいものが「ひび割れ」であると記載されている。したがって,本件特許優先日当時において,当業者は,「ひび割れ」を「製品の表面又は内部に生じたごく細かいき裂」を指すものと認識し,亀裂とひび割れとの間の相違は大きさだけであると理解していた。 甲50,乙4(米国特許第5001935号)及び乙5(米国特許第4240426号)の記載によれば,ひび割れは,長期間の応力により大きい亀裂が完成する前の小さい亀裂を意味しているのであり,ひび割れを防止することは亀裂を防止することであるから,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」が向上すれば,当然に耐応力亀裂性も向上する。 そうすると,ひび割れを防止するという技術的利点と,亀裂を防止するという技術的利点との間に,実質的な相違はない。 JISハンドブック(乙1)によれば,「応力亀裂」とは,「破壊強さよりも小さい応力により材料の表面あるいは内部に生じる亀裂」であるから,小さい応力により材料の物理的強度が低下して破壊が生じる現象を意味している。甲3では,予備延伸を行って材料に小さい応力をかけ,溶媒中に保存した後に材料の物理的強度が低下したか否かを測定しているのであるから,甲3発明において測定されているのは,正に「耐応力亀裂性」である。 イ甲3に記載された,応力をかけたサンプルを溶媒中で長時間保存した後の衝撃強度の低下を測定する方法は,溶媒中にサンプルを保存することによる性能の低下を測定する点で,本件明細書中に記載された耐応力亀裂性の測定方法(段落【0096】)と共通の原理に基づいている。また,甲3の上記測定方法は,乙8(特開昭59-230050号公報)に記載された耐応力亀裂性の測定方法と類似している。 甲3において,アイゾット衝撃試験の前に行う円形型板による予備延伸及び燃料浴中での貯蔵は,本件明細書の実施例における円弧の型板での応力付与及び試験媒質中での貯蔵と同一である。甲3では,一定の時間の貯蔵により亀裂が発生した状態における強度をアイゾット衝撃測定によって得られる数値として測定するのに対し,本件明細書では,亀裂の発生までの時間を測定する点が異なる。しかし,亀裂発生までの時間も亀裂による衝撃強度の低下も,応力をかけて溶媒中で貯蔵して亀裂が発生する状況を評価した尺度であるという点で共通するから,甲3と本件明細書の実施例の測定方法との間に,実質的な相違はない。 ウ甲3のアイゾット衝撃試験と,本件明細書の時間測定とではディメンジョン(次元)において物理的に相違するとしても,評価対象である「応力をかけて溶媒中で貯蔵して亀裂が発生する状況」が同一である以上,耐応力亀裂性と異なる性能が評価されることになならない。 甲48及び甲56には,試験片に応力をかけて溶媒中で貯蔵した後の衝撃強度ではなく,樹脂製品の初期の衝撃強度が記載されているのであるから,甲3に記載された衝撃強度とは関係がない。また,甲48の「耐溶剤性」および甲56の「弱アルカリの影響」・「強アルカリの影響」は,試験片に応力をかけて亀裂が発生するまでの時間を測定するものではないから,本件明細書に記載された耐応力亀裂性の測定方法とは関係がない。 エ乙8は,「優れた環境応力亀裂耐性を有するポリカーボネイト樹脂混合物」に係るものであり,測定方法についても,試験片に応力を与えて溶媒中に長時間保存した後に材料の物理的強度が低下したか否かを評価している。 したがって,本件明細書における耐応力亀裂性の評価方法(応力をかけて溶剤に浸漬し破損を評価する方法)と同一の原理に基づいて,アイゾット衝撃試験を利用して耐応力亀裂性を測定することができることは,乙8記載のとおり,公知であったから,甲3が耐応力亀裂性を測定していることは明らかである。 オ乙6(特表昭62-500894号公報)には,ポリマー製ワイヤーのサンプルを溶剤中に長時間浸漬してひび割れを観察して応力ひび割れに対する感受性を評価したことが記載されており,応力ひび割れに対する抵抗性と耐応力亀裂性とが同様の性能であることが公知であった。 乙7(特開昭56-92951号公報)には,耐応力亀裂性の試験に際してひび割れを観察することが記載されており,亀裂の前段階の現象であるひび割れも,亀裂と同様に耐応力亀裂性の試験の際に評価されることが公知であった。 以上から,当業者は,ひび割れに対する抵抗性についての甲3の記載が耐応力亀裂性に密接に関係していると理解する。 仮に,ひび割れと亀裂とは,橋かけの有無において相違があったとしても,甲3に耐応力亀裂性に密接に関係する記載がある以上,本件発明1には,甲3発明と異なる技術的利点があるとはいえない。また,乙7には,「環境応力ひび割れおよび亀裂」の記載があり,「応力ひび割れ」と「応力亀裂」とを合わせて1つの概念として考えることができることが公知であったから,「応力ひび割れ」と「応力亀裂」との間に顕著な相違がないことも明らかである。 (2)甲3発明と甲9発明との組合せの容易性甲3発明に甲9発明を組み合わせることについて困難性はない。 アベースポリマーの構成の相違甲9発明で用いられたABS樹脂について,重合の方法及び順番の詳細が不明であっても,特定に欠けることはない。ABS樹脂を特定するのに重合の方法及び順番の記載は不要である(本件発明1においても「グラフトポリマー」と記載しているが,実施例として,一種類のABS樹脂しか記載していない。)。 テトラフルオロエチレン重合体は本件優先日当時,周知の滴下防止剤である(甲3,甲5及び甲6)。また,原告自身が本件特許出願についての平成13年11月23日付意見書(甲35)において,「・・・ポリテトラフルオロエチレンは,本願発明においては,単に周知慣用の耐滴下剤として使用されているだけのものであって,本願発明の本質にかかわるものではありません。」と述べている。したがって,テトラフルオロエチレン重合体の有無は,甲3発明と甲9発明とを組み合わせることについての阻害要因はない。 イ動機付けの存在原告は,ポリマーアロイ分野においては,ベースポリマーが異なれば,相互に組み合わせに用いるという動機付けは生じないと主張する。 しかし,原告の主張は理由がない。 甲9に記載されたポリカーボネート/ABS樹脂におけるモノリン化合物/オリゴマーリン化合物の混合難燃剤の作用効果を期待して,甲9記載の難燃剤混合物を甲3に記載されたポリカーボネート/AS樹脂/ABS樹脂に応用することは容易であり,ポリマーアロイの分野において,ベースポリマーが異なれば相互に組み合わせに用いるという動機付けは生じ得ないということはできない。 甲9に接した当業者は,ポリカーボネートおよびABSのブレンド樹脂に,難燃剤としてモノリン化合物とオリゴマーリン化合物とを併用した配合において,難燃性に優れた製品が得られると理解する。すなわち,本件発明1のD1化合物(モノリン化合物)とD2化合物(オリゴマーリン化合物)とを組み合わせることによって,性能の優れた製品が得られると理解する。 本件発明1と甲9発明とは,芳香族ポリカーボネイト樹脂を主成分とする点で共通しているから,甲9発明のベースポリマーが本件発明1と異なっても,甲9発明から添加剤の効果を予測することに阻害要因はない。 ウ甲9の実施例の再現可能性甲9の表3を考慮すれば,甲9の実施例7についての「実施例6と同様である」との記載(5頁右下欄15〜16行)は,「実施例5と同様である」の誤記であることが明らかであるから,甲9の実施例7の配合に関する記載に矛盾はない。 オリゴマーリン化合物は周知である(甲5ないし甲8)から,当業者は容易に甲9のオリゴマーを理解することができるから,甲9の実施例で用いられるオリゴマーが不明瞭であるとはいえない。 甲9の表3の実施例5ないし7並びに比較例5及び6の記載によれば,ポリカーボネート及びABSのブレンド樹脂に,難燃剤としてモノリン化合物とオリゴマーリン化合物とを併用すれば,難燃性に優れた製品が得られることが明確に示されているから,甲9の表3の構成と効果との対応が不明であるとはいえない。 したがって,当業者は,甲9発明を充分に理解し,発明を実施することができる。 (3)甲3発明と甲7記載の発明との組合せの容易性甲7により,モノリン化合物及びオリゴマーリン化合物との混合物を難燃剤として用いることは,本件優先日前に周知であったから,甲3発明及び甲7記載の発明はともに,樹脂に難燃性を付与するという共通の技術的課題を有するから,甲3に甲7記載の発明を組み合わせることの動機付け,すなわち,甲3のモノリン化合物に代えて,モノリン化合物とオリゴマーリン化合物との混合物を用いることの動機付けとなる。したがって,甲3発明と甲7記載の発明とを組み合せることに困難性はない。 (4)甲3発明と甲8記載の発明との組合せの容易性甲8についても,甲7における前記(3)と同様に,モノリン化合物及びオリゴマーリン化合物との混合物を難燃剤として用いることは,本件優先日前に周知である。甲3発明及び甲8記載の発明はともに,樹脂に難燃性を付与するという共通の技術的課題を有するから,甲3に甲8記載の発明を組み合わせることの動機付け,すなわち,甲3のモノリン化合物に代えて,モノリン化合物とオリゴマーリン化合物との混合物を用いることには動機付けがある。したがって,甲3発明と甲8記載の発明とを組み合せることに困難性はない。 (5)顕著な作用効果の不存在ア甲3発明等からの予測困難性の不存在前記(1)のとおり,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と本件明細書の「耐応力亀裂性」は,実質的に異ならないから,これらが異なる性質であることを前提とする原告の主張は失当である。 耐応力亀裂性は,材質のみで決定される。このことは,本件特許請求項1に組成のみで特定され,試験環境が規定されていないことからも明らかであり,また,原告が無効審判の口頭審理において「成形コンパウンドがA)からE)の構成を満たせば,得られる成形品は必ず耐応力亀裂性の効果を奏する」と陳述したこと(乙9)からも明らかである。 イポリマーアロイ一般における物性の予測困難性の不存在本件発明1の組成物中,A)ないしC)の各成分,D1化合物(モノリン化合物)及びE)成分の組合せは,甲3によって公知であるから,本件発明1は,モノリン化合物にオリゴマーリン化合物を追加すること,すなわち,低分子量の添加剤の組合せたことにのみ新規な点があるにすぎない。ポリマーに低分子量の添加剤を添加する場合には,新しいポリマーアロイを作るときのような性能の予測困難性はない。 ウ作用効果の顕著性の不存在甲5に記載のように,ポリカーボネートの添加剤をモノリン化合物からオリゴマーリン化合物(少量のモノリン化合物を含む。)に変更することにより,伸び及び耐衝撃性などの物性が改良されることは,本件優先日前に公知であった。そして,材料の伸び特性が向上すれば,亀裂が発生しにくくなることが当然に理解されるから,耐応力亀裂性の向上が予想される。また,アイゾット衝撃性が向上すれば,耐応力亀裂性が向上することが予想される。 したがって,甲3のモノリン化合物に代えて,甲9記載のモノリン化合物及びオリゴリン化合物の混合物を用いれば,耐応力亀裂性がかなり向上することが予想される。 原告提示の参考図1における予想値は正しくない。正しい予想値は以下の参考図2のとおりとすべきである。参考図2をみれば,本件明細書中の実施例には,予想を超える耐応力亀裂性の改良効果は示されていない。 参考図2本件明細書の表1において,実施例7の破損までの時間(3.4分)は実施例1(比較)と同じであり,実施例2の破損までの時間(3.5分)は実施例1(比較)とほぼ同じであるから,モノリン化合物とオリゴマーリン化合物とを5:5または1:9の比率で混合する場合について,顕著な効果は認められない。 特開平2-500984号公報(甲20)によれば,ポリカーボネート樹脂組成物のアイゾット衝撃強度を若干向上させれば,耐応力亀裂性の数値が劇的に改良されることが公知であり,また,オリゴマーリン化合物を用いることによりアイゾット衝撃強度が約2.3倍に改良されることが公知であった(甲5)から,オリゴマーリン化合物を用いることにより耐応力亀裂性の破損までの時間が相当に長くなることは,当然に予想されることである。 本件明細書の表1の実施例のデータにおける,2倍程度の改良は,顕著な効果と評価することができるものではない。 破損までの時間の測定値には必然的に相当の誤差が含まれるところ,本件明細書の実施例は1回の実験しか行っていないから,その実験結果には相当の誤差が含まれていることが明らかである。 2取消事由2(本件発明2ないし16の進歩性判断の誤り)について上記のとおり,本件発明1について取消事由1が認められないから,これを前提としてされた本件発明2〜16の進歩性についての判断にも誤りはない。 3取消事由3(審判手続における手続違背の不存在)について平成16年12月9日の口頭審理の際に,審判長は,甲3に「応力ひび割れに対する抵抗性」との記載がある旨を指摘し,この記載が応力亀裂性に関連すると考えられる旨を説明した。しかし,原告(被請求人)は何ら反論をせず,また,当該口頭審理の後に原告(被請求人)の主張を補充するために提出した平成17年1月14日付け上申書(甲45)及び平成17年2月4日付け上申書(甲46)においても,反論を行わなかった。上記の事実関係に照らせば,原告が主張する手続上の瑕疵はない。 第5当裁判所の判断1取消事由1(本件発明1の相違点に係る容易想到性の判断の誤り)について(1)はじめに審決は,相違点について,以下のとおり,本件発明1が,甲3及び甲9並びに周知技術から容易に想到することができるものであると判断した。すなわち,@D1化合物及びD2化合物は,甲9,甲5のように,周知の難燃剤であり,D1化合物及びD2化合物の併用によって,難燃効果を示すことは,甲7,甲8に示されているとの認定を前提として,甲3発明においてD1化合物が難燃剤として作用していると解するのが自然であり,これに代えて,D1化合物及びD2化合物を併用することは,当業者が適宜行う事項であると判断し,進んで,A本件発明1の耐応力亀裂性における効果については,D1化合物及びD2化合物を併用することにより当然得られる効果であり,また,甲3発明は,耐炎性とともに応力ひび割れに対する抵抗性を目的とするものであるから,D1化合物とD2化合物とを併用した場合に耐応力亀裂性についても確認することは当業者が当然に行う事項であり,予想外の格別顕著な効果を奏するものではないと判断した(争いはない)。 当裁判所は,審決の上記認定判断に違法とすべき誤りはないと解する。その理由を以下に述べることとするが,原告の取消事由に係る主張が重複しているため,当裁判所の判断も一部重複する。 (2)「応力ひび割れに対する抵抗性」(甲3)と「耐応力亀裂性」(本件明細書)の相違について甲3発明の「応力ひび割れに対する抵抗性」と本件明細書の「耐応力亀裂性」との間に実質的な相違はなく,また,少なくとも,本件特許の優先日に,当業者が,両者の間に実質的な相違があるものとして理解することはなかったと解される。その理由は,以下のとおりである。 ア原告は,「ひび」と「亀裂」との差異につき,『JISハンドブック26プラスチックT(試験)』(第1版第1刷,2004年1月31日。甲47)及び『高分子材料強度学』(甲27)により,「亀裂」の割れ目は完全に分離したものであるのに対し,「ひび(割れ)」の割れ目は完全に分離していないと主張する。原告の主張は,以下のとおり理由がない。 すなわち,甲47は,本件出願の優先日後に発行された文献であり,同文献に記載された内容が本件出願の優先日当時において技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。また,甲27には,「環境応力割れ現象がクレジングと異なる点は,材料の表面に発生するき裂が完全な割れであるという点である」(273頁)との記載部分があるけれども,当該部分に続く箇所には「クレイズの発生がやはり環境により促進され,結果的にはボイドが成長してき裂に変化することから,クレイズも環境応力割れとする考え方もあり,微視的な発生機構も似ているが,ここでは一応別に取り扱う」(273頁)との記載部分もあり,環境応力亀裂について,「クレイズ(ひび)」と「亀裂」とを厳密に区分することが技術常識であったとまでは認められない。 『JISハンドブックプラスチック』(第1版第1刷,1993年4月20日,(財)日本規格協会。乙1)によれば,「き裂」は「製品が内部の応力,外部の衝撃又は環境などの影響を受けて生じた割れ」(39頁)を意味し,また,「ひび」は「製品の表面又は内部に生じたごく細かいき裂」(68頁)を意味することから,「ひび」と「亀裂(き裂)」との差異は,割れ目の大きさの程度にあると認められる。 また,乙1によれば,「応力き裂」は「破壊強さよりも小さい応力により材料の表面あるいは内部に生じるき裂」(32頁)を意味し,「環境応力き裂」は「環境によって促進される応力き裂」(37頁)を意味する。 本件明細書には,「環境応力亀裂」ではなく,「耐応力亀裂性」と記載されている。本件明細書では,「耐応力亀裂性」に関する試験方法として,応力が付加された試験片を試験溶媒に浸漬しながら破損時間を測定する方法が示されており,これは,環境応力亀裂に対する抵抗性を評価する代表的な試験方法である「ベントストリップ法」(甲27)と類似している点に照らすならば,本件明細書記載の「耐応力亀裂性」は,環境及び応力の両者に起因する「環境応力亀裂」に関する抵抗性を意味すると解するのが相当である。 他方,甲3においても「環境応力亀裂」ではなく,「応力ひび割れに対する抵抗性」と記載されている。甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」に関する試験方法は,予備延伸を施した試料片を試験浴に浸漬した後,衝撃強度を測定するものであって,環境と応力の二つの要因に影響された試料片を使用する点に照らすならば,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」も,「環境応力亀裂」に関する抵抗性を意味すると解するのが相当である。 したがって,本件明細書における応力亀裂に対する抵抗性である「耐応力亀裂性」と甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」とは,割れに対する抵抗性という点で共通する。 イ原告は,本件発明の「耐応力亀裂性」の試験方法と甲3発明の「応力ひび割れに対する抵抗性」の試験方法とが異なることに照らすと,両者の内容は異なると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 a本件明細書には,試験方法に関し次の記載がある。 「【0095】本発明による成形コンパウンドの製造および試験成分A〜Eを3リットルの内部混練機で一緒に混合した。成形品をアーバーグ(Arburg)270E射出成形機で260℃において製造した。 【0096】応力亀裂の挙動は,寸法80×10×4mm,溶融温度260℃の棒について決定した。試験媒質は60容量%のトルエンと40容量%のイソプロパノールとの混合物であった。試験片を円弧の型板上で前以て応力にかけ(伸び率2.4%),そして室温において試験媒質中で貯蔵した。 亀裂または破損を試験媒質への暴露の長さの関数として評価することによって,応力亀裂の挙動を決定した。 【0097】試験した材料の組成および得られた結果を下表に要約する。 【0098】この表から理解することができるように,それぞれ純粋な成分D.2)およびD.1)をもつ比較例1および8は,本発明による実施例2〜7より明確により低い耐応力亀裂性を有する。 【0099】【表1】表」bこれに対して,甲3には,試験方法に関し次の記載がある。 「応力ひび割れ挙動に用いた規準は,円形型板(circulartemplatA)で予備延伸した試料片を模擬燃料浴(50重量%のトルエンと50重量%のイソオクタンとの混合物)中に室温で貯蔵したのちの衝撃強度(寸法50×6×4mmの試験棒状体についてDIN53453/lSOR179に従って測定した値)の減少である。応力ひび割れを受け易い物質の場合には,この値はかなり好ましくないものであると予想することができる。 すなわち,試料片を試験浴に貯蔵する期間が長ければ長いほど,また,予備延伸ε (%)が大きければ大きいほど,性質の劣化が大きいと予想するこXとができる。試験浴にさらしていない非予備延伸試料片の出発値はいずれの実施例についてもn.b.(“非破壊”)である。本発明記載の実施例1については(以下の表の1を参照),ε =1%で,試験浴中,7日間の貯蔵X後にn.b.から90kJ/m への衝撃強度の減少が観測され,ε =1%2Xで30日間の貯蔵後には85kJ/m への減少が観測される。対照的に,2比較例2(以下の表の2)は,ε =0.5%で,試験浴中,7日間のみのX貯蔵後にn.b.から15kJ/m までの衝撃強度の減少を示し,同一の2条件下で30日の貯蔵後には10kJ/m への減少が観測される。より大2きな予備延伸ε にも拘わらず,本発明記載の実施例の衝撃強度の減少の程 X度は,比較例の場合に比べてはるかに小さい。以下の表1が示すように,本発明記載の成形用組成物は,同一の耐炎性で,顕著に高いノッチ衝撃強度をも示す。」(11頁右下欄16行〜12頁右上欄4行)c以上のとおり,本件明細書記載の試験方法は,結果を破損時間に基づいて評価するのに対して,甲3記載の試験方法は,結果を衝撃強度に基づいて評価する点において,両者は異なる。しかし,樹脂材料の環境応力亀裂性に関する抵抗性の評価を目的とする試験である点で共通する。したがって,甲3には,環境応力亀裂に関する抵抗性が,試験され,開示されていると認められるから,この点に関する原告の主張は理由がない。 ウ原告は,甲3のアイゾット衝撃試験で得られる測定値と本件明細書の実施例で行われる耐応力亀裂性試験で得られる測定値とは,物理的に完全に相違するディメンジョン(次元)を有し,アイゾット衝撃強度が大きく,耐溶剤性が小さい場合(甲48),衝撃強さが大きく,環境応力に関する特性の強さが小さい場合(甲56)があり,アイゾット衝撃強度と環境との相互作用が関係する特性との間で,強さが逆転する例もあるから,これらの測定値によって表わされる特性の間には一定の法則が見い出されず,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と本件明細書の「耐応力亀裂性」とが同一であるとはいえないと主張する。しかし,原告の主張は理由がない。 すなわち,環境応力亀裂に関する抵抗性を評価する場合に,試験方法及び測定値には様々なものが利用可能であることは,前記イのとおりであるから,測定値の次元が相違することをもって評価する対象が異なるとはいえない。 また,原告の挙げる甲48の「耐溶剤性」及び甲56の「弱アルカリの影響」・「強アルカリの影響」は,本件明細書の耐応力亀裂性又は甲3の応力ひび割れに対する抵抗性のように,あらかじめ応力をかけてから溶剤に浸漬するという処理をした後に評価された性質でないことは,上記各記載から明らかである。したがって,「耐応力亀裂性」(本件明細書)と「応力ひび割れに対する抵抗性」(甲3)は,試験方法が相違することによりその性質,内容が異なるとする原告の主張は理由がない。 エ原告は,乙8の測定方法が甲3と同様のノッチ付アイゾット衝撃試験であることなどから,乙8の「環境応力亀裂耐性」は,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と同様であり,本件明細書の「耐応力亀裂性」とは異なると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 すなわち,乙8記載の発明は,「優れた環境応力亀裂耐性を有するポリカーボネイト樹脂混合物」に係るものであり,測定方法が試験片に応力を与えて溶媒中に長時間保存した後に材料の物理的強度が低下したか否かを評価している。したがって,本件明細書における耐応力亀裂性の評価方法(応力をかけて溶剤に浸漬し破損を評価する方法)と同一の原理に基づいて,アイゾット衝撃試験を利用して耐応力亀裂性を測定しているのであり,この点の原告の主張は理由がない。 オ原告は,乙6及び乙7において改善される性質が甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と異なるから,乙6及び乙7を根拠として,甲3の「応力ひび割れに対する抵抗性」と本件明細書の「耐応力亀裂性」が同様の方法で評価されるものということはできないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 乙6(特表昭62-500894号公報)には,ポリマー製ワイヤーのサンプルを溶剤中に長時間浸漬してひび割れを観察して応力ひび割れに対する感受性を評価したことが記載されており,応力ひび割れに対する抵抗性と耐応力亀裂性とが同様の性能であることが公知であったことが認められる。 乙7(特開昭56-92951号公報)には,耐応力亀裂性の試験に際してひび割れを観察することが記載されており,前記アのとおり,「ひび」と「亀裂(き裂)」との差異は,割れ目の大きさの程度にあるから,亀裂の前段階の現象であるひび割れも,亀裂と同様に耐応力亀裂性の試験の際に評価されることが公知であったことが認められる。 このため,当業者は,ひび割れに対する抵抗性についての甲3の記載が耐応力亀裂性に密接に関係していると理解する。したがって,原告の主張は理由がない。 カ以上のとおり,本件明細書記載の「耐応力亀裂性」と甲3記載の「応力ひび割れに対する抵抗性」は,環境応力亀裂に関する抵抗性という観点では,同種の性質であると認められるから,甲3発明が本件発明と同様な技術的利点を有するものであると認定した審決に誤りがあるとはいえない。 (3)甲3発明と甲9発明との組合せの困難性について原告は,甲9発明が甲3発明と組み合わせることに困難性があると主張する。 アベースポリマーの構成の相違原告は,@甲9発明のベースポリマーが不明確であり,A甲9発明のポリマー組成物の成分が甲3発明のポリマー成分と大きく異なり,甲9の実施例5ないし7並びに比較例5及び6には,その他のポリマー成分,特に,甲3発明の必須成分のテトラフルオロエチレン重合体Eを含むことは記載されていないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 a甲9には,次の記載がある。 (a)「本発明の難燃性有機重合体組成物に含有される有機重合体としては,例えば,・・・ポリカーボネートがある。・・・変性されたプラスチックは,・・・変性ポリカーボネート(PC),ABS/PCアロイ・・・などがあり,これらはエンジニアリングプラスチックとして有効である。上記樹脂は,1種または2種以上が混合されて用いられ得る。」(2頁右下欄下から6行〜3頁左上欄11行)(b)「組成物に含有される芳香族系リン酸エステル化合物には,モノホスフェート類およびポリホスフェート類がある。モノホスフェート類としては,・・・トリフェニルホスフェート・・・などがある。・・・上記ポリホスフェート類は,芳香族二価ヒドロキシ化合物と,オキソ塩化リンと,芳香族一価ヒドロキシ化合物との反応により生成する次式(II)の化合物である:ここで,R ,Rは芳香族基,Aは上記芳香族二価ヒドロキシ化合物56の残基,nは1〜20の整数である。 上記芳香族二価ヒドロキシ化合物としては,例えば,ハイドロキノン,レゾルシン,ビスフェノールA・・・が用いられ得る。芳香族一価ヒドロキシ化合物としては,例えば,フェノール,・・・が使用可能である。なお,ポリホスフェートはモノホスフェートと混合して使用することも可能である。 芳香族リン酸エステル化合物は,上記有機重合体100重量部に対し,1〜50重量部,好ましくは5〜30重量部の範囲で含有される。1重量部を下まわると,得られた難燃性有機重合体組成物に所望の難燃性が付与されない。50重量部を上まわると,難燃性がそれほど向上しないばかりか,得られる難燃性有機重合体組成物の物性に好ましくない影響を与える。」(3頁左上欄12行〜左下欄末行)(c)「実施例5ポリカーボネート60部,ABS樹脂40部,トリフェニルホスフェート3部,テトラフェニルフェニレンジホスフェート9部および2,5-ジ-tert-ブチルハイドロキノン0.1部をミキサーで混合し,260℃に保持した押し出し機を通してコンパウンドペレットを得た。このペレットを射出成形機に入れ,250〜260℃で成形し,試験片を得た。この試験片を用いて,実施例1と同様の方法で難燃性,変色性および引っ張り強度を測定した。これらの結果を表3に示す。後述の実施例6および7,および比較例5および6の結果もあわせて表3に示す。 実施例6トリフェニルホスフェートの代わりにクレジルジフェニルホスフェートを用いて試験片を得たこと以外は実施例5と同様である。 実施例7テトラフェニルフェニレンホスフェートの代わりに式(U)で表わされるオリゴマ-(n=1〜10)を用いて試験片を得たこと以外は実施例6と同様である。」(5頁左下欄15行〜右下欄16行)(d)「難燃性有機重合体組成物の組成(部)」(表3の欄内の標題)3)「有機重合体として,ポリカーボネート60部およびABS樹脂40 3)部を含有する。」(欄外の注記)表3の実施例7の項の「トリフェニルホスフェート」欄に「3」「テトラフェニレンジホスフェート」欄に「9」4)「テトラフェニルフェニレンジホスフェートの代わりに式(U)で表 4)わされるオリゴマー(n=1〜10)を使用する。」(欄外の注記)b甲3には,次の記載がある。 (a)「実施例1.使用する成分A)塩化メチレン中,23℃で,0.5重量%の濃度で測定して1.31の相対溶液粘性ηを有する2,2-ビス-(4-relヒドロキシフェニル)-プロパン(ビスフェノールA)のポリカーボネート。 B)50重量%のスチレン/アクリロニトリル混合物(重量比72:28)を50重量%の,乳化重合により得た0.4μmの平均粒子サイズ(d50)を有する粒状ポリブタジエンにグラフトさせたSANグラフト共重合体。 C)スチレンのアクリロニトリルに対する比が72:28であり,0.55dl/g(ジメチルホルムアミド中,20℃で測定して)の粘性数〔η〕を有するスチレン/アクリロニトリル共重合体。 D)リン酸トリフェニルE)B)記載のSANグラフト重合体の水中乳濁液とテトラフルオロエチレン重合体の水中乳濁液との凝集混合物の形状のテトラフルオロエチレン重合体。・・・」(10頁右下欄9行〜11頁左上欄末行)(b)「本発明記載の好ましいポリテトラフルオロエチレンは0.05ないし20μmの,好ましくは0.08ないし10μmの平均粒子サイズと1.2ないし1.9μg/cmの密度とを有し,テトラフルオロエチレン重合3体E)の乳濁液とグラフト重合体B)の乳濁液との凝集混合物の形状で使用される。・・・テトラフルオロエチレン重合体の使用は,とりわけ,火災の場合において熔融成形用組成物の滴下(dripping)を減少させ,または完全に回避する。」(9頁右上欄18行〜左下欄11行)c甲5には,次の記載がある。 「芳香族ポリカーボネート,ABS樹脂,SAN樹脂,オリゴマー性リン酸エステルおよびテトラフルオロポリエチレンを含む樹脂組成物の配合。」(実施例4,7〜9,11)d甲6には,次の記載がある。 「滴下防止・・・特性を・・・芳香族エステルの成形コンパウンドにテトラフルオロエチレン重合体により与えることは公知である」(段落【0004】)e甲9には,難燃性有機重合体組成物に関して記載されており,ポリカーボネート,ABS/PCアロイ等が例示され(上記a(a)),実施例5〜7において,ポリカーボネートとABS樹脂を混合した組成物が具体的に記載されている(上記a(c),a(d))から,甲9におけるベースポリマーの記載は明確であり,原告の上記@の主張は失当である。 また,甲3発明のE)成分は,「テトラフルオロエチレン重合体」(上記b(a))であり,火災時の滴下を減少させる滴下防止剤としての効果を奏するものである(上記b(b))ところ,甲6の上記dの記載によれば,「テトラフルオロエチレン重合体」は,滴下防止剤として周知である。また,原告が本件特許出願の審査において提出した平成13年11月23日付け意見書(甲35)では,「ポリテトラフルオロエチレンは,本願発明においては,単に周知慣用の耐滴下剤として使用されているだけのものであって,本願発明の本質にかかわるものではありません。」と述べている。したがって,甲9発明がテトラフルオロエチレン重合体を含有しないものであっても,その点は,甲3発明に甲9発明を組み合わせることの阻害要因とならないことは明らかであり,上記Aの主張も採用することができない。 以上のとおり,甲3発明と甲9発明のベースポリマーに差異はなく,両者の組合せを阻害することにはならない。したがって,原告の主張は理由がない。 イ甲9の実施例の再現不能原告は,甲9について,@実施例7で配合された成分の記載に矛盾がある,A実施例7の式(U)で表されるオリゴマー(n=1〜10)の具体的な構造が不明である,B表3記載の測定結果と組成物の構成との対応関係が不明である,C甲9には当業者が実施できる程度に記載されていないので甲9発明は引用発明になり得ないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 甲9において,5頁右下欄の「実施例7・・・実施例6と同様である」(上記アa(c))の記載と,表3の実施例7の配合組成(上記アa(d))の記載との間に,形式的には矛盾とみられる部分があるが,表3に記載された実施例5〜7の組成に照らせば,甲9の5頁右下欄の記載は,「実施例5と同様」は「実施例6と同様」の誤記であることは明らかである。したがって,原告の上記@の主張を採用することはできない。 甲9には,難燃剤として芳香族系リン酸エステル化合物を配合し,当該化合物としてモノホスフェート類とポリホスフェート類とを混合して使用することが可能である旨が記載されている(上記アa(b))。甲9に例示されたモノホスフェート類とポリホスフェート類の化合物は,本件発明1のD1成分のモノリン化合物とD2成分のオリゴマーリン化合物に包含されることは,リン化合物に関する本件明細書(段落【0069】,【0071】〜【0074】)及び甲9(3頁左上欄12行〜14行)の記載から明らかである。 そして,甲9の表3には,ポリカーボネート及びABS樹脂からなる組成物が記載され,トリフェニルホスフェート(モノリン化合物)及びオリゴマーリン化合物を配合した実施例7の組成において良好な難燃性(V-0)の評価が得られたものが示されているから,甲9に開示されたモノリン化合物とオリゴマーリン化合物を併用するという配合手段を甲3の難燃性樹脂に適用してみることは,当業者にとって格別困難であるとはいえない。 本件発明1のD1成分及びD2成分は,本件特許の請求項1記載のように広範な化合物を包含し,甲9に例示されたモノリン化合物及びオリゴマーリン化合物が本件発明1のD成分を含まれることは前記のとおりであるから,甲9に,モノリン化合物とオリゴマーリン化合物を併用する手段が開示されていることは明らかである。 したがって,原告の上記AないしCの主張を採用することはできない。 ウ動機付け原告は,ポリマーアロイ分野においては,ベースポリマーが異なれば,相互に組み合わせに用いるという動機付けは生じないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 本件特許の請求項1には,A)ないしC)成分及びE)成分について規定されているだけで,「PC/ABS系ポリマー」に限定されてはいるわけではないので,原告の主張は前提を欠き,失当である。 もっとも,本件明細書の段落【0001】には,本件発明1は,難燃性ポリカーボネート/ABS成形コンパウンドに関するものであるとされ,本件明細書の段落【0047】に「とくに好ましいポリマーC)は,例えば,ABSポリマー・・・」と記載されている。しかし,「PC/ABS系ポリマー」は,本件発明1における,好ましい一例にすぎない。そして,甲9等にはPC/ABS樹脂を含む難燃性PC系ポリマーについて記載されている以上,両者を組み合わせる動機付けがないとはいえない。 エ以上のとおり,甲3発明と甲9発明との組合せが困難であるということはできず,原告の主張は採用することができない。 (4)甲3発明と甲7記載の発明との組合せの困難性原告は,甲3発明と甲7記載の発明とを組み合わせることはできないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 ア甲7には,次の記載がある。 a「ポリフエニレンエーテル系樹脂,トリフエニルホスフェート及び次の一般式(I)で表されるポリホスフエート化合物から成る難燃化ポリフエニレンエーテル系樹脂組成物(式中,Rは水素原子又はメチル基を示し,nは1〜10を示す。)」(特許請求の範囲)b「本発明者らはポリフエニレンエーテル系樹脂組成物の難燃化について検討した結果,トリフエニルホスフエートと特定のレゾルシン・ポリホスフエートを併用することにより,各々単独使用と比較して極めて優れた難燃効果を示し,更に加工時の発煙,ブリードが少く,優れた相溶性を有することが判明した。」(2頁左上欄7〜13行)c難燃剤がトリフエニルホスフエート30重量%とオリゴホスフエート70重量%の混合物の場合に難燃性および熱変形温度で最高の結果が得られることが示されている。(実施例2)イ甲7に記載された「トリフェニルホスフェート」,「ポリホスフェート化合物」(上記アa)は,本件発明1のD1化合物,D2化合物にそれぞれ相当する。また,同号証には,それらの化合物を併用することにより優れた難燃効果が得られることが記載されている(上記アb,c)。 これらの記載によれば,甲7に記載される難燃剤は,本件発明1で用いられるモノリン化合物とオリゴマーリン化合物に相当し,同号証には,樹脂に難燃性を付与するという技術的手段が開示されている。甲7に甲3発明の樹脂組成が記載されていないとしても,それらの難燃剤を甲3発明に適用してみることは,当業者が適宜なし得ることである。 したがって,甲3発明と甲7記載の発明とを組み合せることができないとする原告の主張は採用することができない。 (5)甲3発明と甲8記載の発明との組合せの困難性原告は,甲3発明と甲8記載の発明とを組み合わせることはできないと主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 ア甲8には,「1オキシ塩化燐とHOAr OHで表わされる2価のフェ1ノール類及びAr OHで表わされる一価のフェノール類との反応によって 2得られるポリ燐酸エステルにして該ポリ燐酸エステルのn量体のn(nは1以上の整数で,分子中の燐原子の個数を表す)が1〜15の整数の混合物であり,n=1の成分を40重量%以下含有し,かつ酸価が15以下のポリ燐酸エステルを主成分として5〜30重量%含有してなる難燃性熱可塑性樹脂組成物。 ここにAr ,Arは夫々同一又は相異なる芳香族基を示す。」(特許1 2請求の範囲1)との記載がある。 イ甲8には,難燃剤として,「ポリ燐酸エステルのn量体のn(nは1以上の整数で,分子中の燐原子の個数を表す)が1〜15の整数の混合物」(上記ア)が記載されており,この混合物は,本件発明1のD1化合物とD2化合物の混合に相当する。 したがって,甲7における前記(3)と同様に,甲3発明と甲8記載の発明とを組み合せることに困難性はなく,原告の主張は採用することができない。 (6)顕著な作用効果の看過についてア甲3発明等からの予測困難性原告は,甲5,7,8,9のいずれにも,耐応力亀裂性に関する記載がなく,これらの刊行物の記載に基づいて本件発明1の構成により耐応力亀裂性が改善されることは,予測不可能であると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 甲27には,「高分子材料の用途は・・・強度設計の手順として,まず基本的な強度特性に目を向けることから始める。この場合は強度特性といっても範囲が広いから,次のような強度特性のどれを最も重要視する設計とするかを決める必要がある。・・・C衝撃強度D雰囲気,薬品などによるストレスクレイズあるいはストレスクラックの発生応力とひずみ・・・これらの特性が複合している場合もあり,また温度・湿度によるこれらの強度特性の変化を考慮しなければならない設計もあり得る。」(11頁)との記載があるとおり,ポリマーの「環境応力亀裂」は,ポリマーの強度特性に要求される一般的課題の1つであるから,当該強度特性の中でどれを重要視するかは適宜決定されるべきものであることが認められる。 甲3発明は,耐炎性に加え,応力ひび割れに対する抵抗性について優れた効果を必要とするものであり,前記(1)のとおり甲3発明の応力ひび割れに対する抵抗性は,本件明細書の耐応力亀裂性と同種のものであることに鑑みれば,甲3発明にD1化合物及びD2化合物を併用し適用した場合に,耐応力亀裂性に係る作用効果についてもD1化合物と同等以上の作用効果を奏することを確認するのは当業者が当然に行う事項であるといえる。原告の上記主張は,採用できない。 イポリマーアロイ一般における物性の予測困難性原告は,ポリマーアロイにおいて,組み合わせた試験材料の特性から組合せ後の物質の特性につき予測を行うことは極めて困難であり,「耐応力亀裂性」は試験材料の化学的組成のみならず,その試験環境との相互作用の結果奏される性質であるから,試験環境を考慮せずに応力亀裂性を予想することは不可能であると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 耐応力亀裂性と同類の応力ひび割れに対する抵抗性に優れる樹脂組成物は,甲3に開示されていて,本件発明1と甲3発明との相違は,樹脂組成物に添加されるD)成分のリン化合物の種類にあって樹脂組成物の全成分ではないから,ポリマー成分を混合するポリマーアロイ一般の予想困難性が直ちに当てはまるとはいえない。 また,耐応力亀裂性の試験環境は,本件特許の請求項1に記載された事項ではないから,予想が困難であるとの根拠にはならない。 ウ作用効果の顕著性原告は,本件発明1が顕著な効果を奏していると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 a本件明細書の表1には,D1化合物とD2化合物の添加量を変化させて破損時間を測定した結果が示されており,D1化合物のみを添加した実施例8(比較)は2.5分,D2化合物のみを添加した実施例1(比較)は3.4分,D1化合物とD2化合物とを併用添加した実施例2〜7は3.4〜5.6分との結果がある。本件発明1は,D1化合物及びD2化合物を特定範囲の添加量で併用したものであり,その添加量範囲に含まれる実施例2〜7は,いずれもD1化合物単独添加の実施例8(比較)よりは破損時間が長いものの,D2化合物単独添加の実施例1(比較)と比べた場合には,実施例2の3.5分と実施例7の3.4分が実施例1(比較)とほぼ同程度であり,他の実施例であっても最大で実施例1(比較)の約1.6倍程度である。したがって,本件明細書の表1の結果をみる限りでは,本件発明1の効果は顕著なものではない。 b原告は,本件発明1の作用効果は「予想される値」と各実施例の値との差でもって比較すべきであると主張する。しかし,本件発明1の特徴がD1化合物とD2化合物とを併用した点にある以上,本件発明1の有利な効果は,D1化合物とD2化合物を併用しない実施例1及び8(比較)と比較した際に優れているものでなければならない。したがって,原告の上記主張は採用することができず,本件発明1の効果が顕著なものであるということはできない。 c原告は,D1化合物及びD2化合物の併用による効果は相乗的なものであるから,本件発明1の効果は予想することができない顕著なものであると主張する。本件明細書の表1及び前記参考図1によれば,実施例2〜7の破損時間は,実施例1及び8(比較)の値を結んだ直線よりも上にあって,山形を描いているから,いわゆる相乗効果の可能性はある。しかし,本件発明1のD1化合物及びD2化合物の含有範囲には,D2化合物単独添加の場合と比べて同程度の効果しか奏し得ないもの(実施例2及び7)が含まれ,併用した効果が最大で1.6倍程度の増加であることが認められるから,本件発明1の奏する効果が相乗的であったとしても,予想外に顕著であるとまではいえない。 エ原告は,実施例と比較例との差は,いわゆる加速試験により実測された有意の差であって,それが通常の使用条件に換算すれば極めて大きな差として実測されることは常識であると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 本件明細書には,通常の使用条件で使用した場合の効果は記載されていない。しかも,実施例1(比較)と実施例7は,加速試験により実測した本件明細書記載の結果において同じ数値を示していることから,それが通常の使用条件になれば顕著な差として実測されることの根拠を認めることはできない。よって,原告の主張は採用することができない。 (7)まとめ以上のとおり,本件発明1は,甲3発明,甲9発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の認定・判断に誤りはない。 2取消事由2(本件発明2ないし16の進歩性判断の誤り)について本件発明2〜16の進歩性について,審決は,本件発明1の進歩性の判断を前提として,いずれも進歩性がないものと判断したのであり,前記1のとおり,その判断に誤りはないから,本件発明2ないし16の進歩性に関する判断についても誤りはない。 3取消事由3(審判手続における重大な手続違背)について原告は,甲3発明の奏する効果である「応力ひび割れに対する抵抗性」と本件明細書における「耐応力亀裂性」との関係は,当事者に相違点ないし争点として認識されていなかったから,審判手続には,特許法153条2項に違反する重大な違法があると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。 すなわち,甲3は無効審判の審判手続において証拠として提出されていた以上,主張された無効理由と関係する証拠上の記載は,すべて適法に審決における判断の資料となり得るのであり,審決手続に原告の主張する違法はない。なお,この点は,平成16年12月9日の口頭審理の際に,審判長が釈明を求めたか否かによって左右されるものではない。 4結論その他,原告は縷々主張するがいずれも理由はない。以上のとおり,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決を取り消すべきその他の誤りも認められない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 三村量一 |
裁判官 | 古閑裕二 |