審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17ネ10040特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ネ10005損害賠償等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成19ネ10005損害賠償等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ネ10024特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ネ10096損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 技術的思想 / 進歩性(29条2項) / 同一技術分野(同一の技術分野) / 周知技術 / 公知技術 / 課題の共通性 / 出願公開 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 共有 / 権利の濫用(権利濫用) / 優先日 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 実施料 / 変更 / 同一証拠(同一の証拠) / 国際出願 / |
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事件 |
平成
18年
(ネ)
10054号
特許権侵害差止請求控訴事件
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控訴人インバーネス・メデイカル・スウイツツア ーランド・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシ ユレンクテル・ハフツング 訴訟代理人弁護士中島和雄 補佐人弁理 士川口義雄 同小野誠 同大崎勝真 被控訴人株式会社ミズホメデイー 訴訟代理人弁護士武末昌秀 補佐人弁理 士平野一幸 同溝口督生 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/03/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1本件控訴を棄却する。 2控訴費用は控訴人の負担とする。 3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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控訴の趣旨
1原判決を取り消す。 2被控訴人は,原判決別紙物件目録1記載のインフルエンザウイルス抗原検出試薬「クイックチェイサーFluA,B」を製造し,販売し又は販売の申し出をしてはならない。 3被控訴人は,原判決別紙物件目録2記載のHBs抗体検出試薬「クイックチェイサーHBsAb」を製造し,販売し又は販売の申し出をしてはならない。 4被控訴人は,原判決別紙物件目録3記載のHBs抗原検出試薬「クイックチェイサーHBsAg」を製造し,販売し又は販売の申し出をしてはならない。 5被控訴人は,その保有する上記第2項ないし第4項記載の物件をいずれも廃棄せよ。 6被控訴人は,控訴人に対し,2億0295万円及び内金1億8795万円に対する平成17年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 7 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 |
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事案の概要
注:本判決においては,特に断らない限り,原判決の略語をそのまま用いる。 1本件は,本件特許権1,2を有する控訴人が,被控訴人が原判決別紙物件目録1記載のインフルエンザウイルス抗原検出試薬を製造販売等することは本件特許権1を,同目録2及び3記載のHBs抗体・抗原検出試薬を製造販売等することは本件特許権2を,それぞれ侵害すると主張して,被控訴人に対し,原判決別紙物件目録1ないし3記載物件の製造販売等の差止め・廃棄と,損害賠償金3億2800万円及び内金3億1300万円に対する遅延損害金の支払を求めた事案である。 2平成18年4月13日に言い渡された原判決は,本件特許権1,2は特許法29条2項違反(進歩性の欠如)により無効とされるべきものであるとして,特許法104条の3第1項の適用により,控訴人の請求をいずれも棄却した。 そこで,控訴人は,これを不服として,製造販売禁止と廃棄請求については全部につき(控訴の趣旨第2,3,4,5項),損害賠償請求については2億0295万円の限度で(ただし,原判決17頁3(1)イの実施料率を25%から15%に改めたことに基づくもの。弁護士費用1500万円は変更なし。控訴の趣旨第6項),本件控訴を提起した。 3なお,本件特許権1・2につき,被控訴人から特許無効審判請求がなされ(本件特許権1につき無効2005-80256号事件,本件特許権2につき無効2005-80236号事件),特許庁がこれをいずれも認容する審決をしたことから,控訴人から審決取消訴訟が提起され(本件特許権1につき平成18年(行ケ)第10447号,本件特許権2につき平成18年(行ケ)第10380号),本件訴訟と並行して審理されている。 |
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当事者の主張
1当事者双方の主張は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2,第3記載のとおりであるから,これを引用する。 2 控訴人の主張(1) 本件発明1の進歩性ア 刊行物4の記載事項の認定の誤り(ア) 原判決は,免疫学的検定法において分散金属粒子標識を使用する刊行物4(乙4)を従たる引用例として,相違点@(粒状標識)について当業者に想到容易と判断したが,以下のとおり誤りである。 (イ) サンドイッチ技術の手技は,刊行物1(乙1)の場合は,@検体との特異的結合成分を酵素標識付かつ乾燥状態でシート上に移動可能に配置し,そこから離間した下流のシート上の検出区域に検体との特異的結合成分を固定しておく,Aシートの上流端部に適用する液体試料はシートを湿潤しつつ検出区域に向かって流れるが,液体試料に含まれる検体は,その途次,移動可能な標識付結合成分と結合し(二成分複合体),次いで検出区域において固定された結合成分と結合し(三成分複合体,すなわちサンドイッチ結合),該区域に標識を固定的に堆積させるというものである。 これに対し,刊行物4の場合は,その6頁左下欄及び多数の実施例(実施例Zを除く。)にその具体的手技を開示するが,端的には,検体との特異的結合成分でプレートの凹部を被覆しておき,そこに検体を含む液体試料を注入して所定の温度・時間放置し,検体を,凹部を被覆している特異的結合成分と結合させた後,凹部内の液体試料を吸引して凹部を空にし,そこに標識付特異的結合成分を分散させた分散液を投入して所定温度で一昼夜放置すると,標識付特異的結合成分はプレートの凹部に固着している検体と結合(サンドイッチ結合)するので,再び吸引により凹部を空にして洗浄した後,凹部に固着した標識を含む三成分複合体を化学的に解離して分光光度計で吸光度を測定するというものである。 このように,両刊行物のサンドイッチ技術は,いずれも特異的結合成分のサンドイッチ結合を利用した免疫学的検定法である点で共通するとしても,刊行物1では,乾燥状態の標識付反応成分が液体試料の適用に伴って湿潤したシート内を移動する間に試料中の検体と結合して検出区域の固相と可視的結合するのに対し,刊行物4では,固相担体(プレートの凹部)に既に結合固定している検体に標識付反応成分を結合させるものであって,サンドイッチ技術利用の具体的な手技,態様において全く異なるものであるから,後者の分散金属粒子標識を前者の検定手技における標識として使用することが示唆されているとは到底いえない。 (ウ) 刊行物1(乙1)には,標識に関して「標識には様々な可能性が知られているが中でも酵素標識が好ましい」(5頁右下欄最終段落)とするほかは,蛍光標識及び化学発光標識に言及するだけで,分散金属粒子標識はもとより,およそ粒子標識に関しては一切の言及がなされていない。かえって,粒子に関しては,ラテックス粒子等の粒子分散体を「固相ゾーン」(検出区域)における反応試薬の固定手段として使用することが記載されている(7頁左上欄)ぐらいであることからみて,移動可能な標識粒子の技術的思想は,刊行物1の発明者の念頭には全くなかったか,むしろ意識的に排除されていたと理解するのが自然である。 (エ) 刊行物4の分散金属粒子を使用したサンドイッチ技術は,多くの実施例に見られるように,複雑な一連の操作と長時間を要するもので,本件発明1のように家庭内でも容易簡便かつ短時間に検定結果を得ることを解決課題としていない,すなわち,刊行物4のサンドイッチ技術で使用されている分散金属粒子標識は,本件発明1とは異なる目的で使用されているから,その点からも本件発明1の課題の解決には示唆を与えることはないというべきである。 イ 分散金属粒子標識の刊行物1への適用阻害要因に関する判断の誤り(ア) 原判決は,「刊行物4には……,刊行物1の標識のように,当初は乾燥状態で多孔質キャリヤ内に保持させておき,液体試料の適用に伴って湿潤したキャリヤ中を移動させるとともに検体と結合させるものについても,その適用が阻害されるとはいえない」(28頁第3段落)と判示したが,誤りである。 (イ) 控訴人は,刊行物4(乙4)における金属コロイドゾルは懸濁液の形態で,既に液体試料と接触している固相に直接適用するにすぎないもので,本件発明1のように,当初は乾燥状態で多孔質キャリヤ内に保持させておき,液体試料の適用に伴って湿潤したキャリヤ中を移動させて検出区域の固相と可視的結合をさせるというものではないという動機づけ欠如を指摘したものである。刊行物4の分析方法では,標識成分は,必ず分散水溶液として使用されるのであって,刊行物1や本件発明1のように,乾燥状態のままで使用されることはない。刊行物4のサンドイッチ技術は,前記のとおり,標識成分を既に検体が結合しているプレートの凹部に投入して検体と反応させるものであるから,標識成分が乾燥状態のままでは,検体と反応させることができず,検定目的を達することができない。したがって,刊行物4の金属標識成分が安定凍結乾燥生成物として得られることと,刊行物1(乙1)ないし本件発明1の標識成分が乾燥状態でシートに保持されることとの間には何の関係もない。 いずれにせよ,原判決の上記判断は,阻害事由の存否以前の検討事項として,刊行物4の検定手技における分散金属粒子標識の使用が,手技の全く異なる刊行物1ないし本件発明1への適用を,そもそも示唆するものかどうかについての適切な検討を怠り,かつ,事実誤認に基づくもので,全くの誤りというほかはない。 ウ 刊行物4の刊行物1への適用阻害要因(ア) 刊行物4(乙4)には,免疫学的検定法の標識として分散金属粒子の使用が一般的に示唆されているとはいえ,陰陽の肉眼判定に適する直接標識として機能する旨の示唆がなされているのは実施例Zの凝集法の場合に限られ,それとの対比において,サンドイッチ法の場合は,むしろ直接的な肉眼的判定には適さないことが強く示唆されているといいうる。本件発明1における肉眼視可能な着色シグナルの形成は,液体試料の流れに伴って連続的,重層的に到着する粒状標識の狭い検出区域内での堰止効果によるものであるから,このような堰止効果とは無縁の刊行物4のサンドイッチ結合においては,肉眼視可能な着色シグナルの形成は何ら示唆されていないとみるのが合理的でもある。そうすると,検出区域に堆積した標識を視覚的に検出するため,刊行物1(乙1)のように試薬の添加等の作業を必要とすることなく,より簡便容易な検定技法の提供を目的とする本件発明1の発明者にしてみれば,刊行物1の標識として刊行物4の分散金属粒子を適用することを阻害すべき事由があるというべきことになる。 (イ) 刊行物4(乙4)記載のサンドイッチ技術は,例えば実施例\においては,@HCG受容蛋白質を塗布したマイクロ滴定プレートの凹部(第1抗体を固定した固相)に標準HCG溶液(抗原を含む試験液)を移し入れて,室温で1時間温置する(抗原と固定第1抗体との第1段階免疫反応),A次に凹部を空にして,凹部に金粒子-HCG配合体をを移し入れ,室温で1晩温置す(固定第1抗体-抗原複合物と粒状標識付第2抗体との第2段階の免疫反応),といった具合に,検体を含む液体試料と標識付反応成分とを時間差を設けて各別に凹部に移し入れるものである。仮に両者を同時に凹部に注入したとすると,均質液相中での凝集反応が起こり凝集塊が生じて,サンドイッチ結合を妨げることが当然予測される。 したがって,刊行物4の実施例等の記載は,粒状標識を使用するサンドイッチ技術においては,液体試料と粒状標識付反応成分は均質の液相中に混在させてはならないということを強く教示するものである。一方,刊行物1は酵素標識付反応成分が配置されている同じシート上に液体試料を適用するものであって,均質液相中に両者が混在することになるから,酵素標識に換えて,刊行物4の分散金属粒子標識を適用することは阻害されるというべきである。 エ 本件発明1の作用効果以上述べたところによれば,原判決が,「刊行物1に記載された分析デバイスに金属コロイドゾルのような粒状の直接標識を組み合わせた本件発明1の効果は,検出区域に集積した標識を可視的に検出するに当たり,試薬の添加等の作業を不要とした点にある」(31頁第3段落)と認定した点はよいとして,そこから,「このような効果は,刊行物1に記載された分析デバイスに金属コロイドゾル等の直接標識を用いることから当然予測される効果にすぎない。したがって,本件発明1に顕著な効果があるとはいえない」(同及び第4段落)としたことは,誤りである。そもそも,原判決は,刊行物1に記載された分析デバイスに金属コロイドゾル等の直接標識を用いることには,失敗可能性があると認定した(30頁第2段落)にもかかわらず,ここで当然予測される効果にすぎないとすることは,支離滅裂の論理といわざるを得ない。 (2) 本件発明2の進歩性ア本件発明2と刊行物1との相違点A(粒状の直接標識)についての判断の誤り(ア) 原判決は,刊行物9の5(乙9の5)と刊行物1(乙1)とが,ただ特異結合を伴う免疫学的検定法という同一分野に属するというだけの理由から,刊行物1に記載された標識に刊行物9の5に記載された金属コロイドなどの粒子標識を適用して本件発明2の構成を得ることは容易に想到し得たと判断したが,刊行物1の標識に代えて金属粒子標識を適用することが予測困難であることは,本件発明1に関して上記(1)に述べたところと同様である。 (イ) 刊行物4(乙4)には,前記のとおり,凝集反応とともに,本件両発明とは手法が大きく異なるものの分散金属粒子標識を使用するサンドイッチ技術が開示されていたが,刊行物9の5(乙9の5)には金属コロイド等の粒子を使用する凝集反応型の手技しか開示されていない。刊行物1(乙1)において,酵素標識の代わりに金属コロイドを使用することにより凝集反応が生じれば,サンドイッチ結合が果たされなくなるから,刊行物9の5は,金属コロイドを刊行物1に適用することの動機づけにはならないばかりか,むしろ上記適用の阻害要因となるべき刊行物というべきである。 イ 特許法167条違反本件発明2については,かつて無効審判が請求されたが(無効2002-35551号),審判請求不成立の審決(甲10添付の乙2。以下「前審決」という)がなされて,平成15年7月2日に確定した(甲4)。前審決は,刊行物1を主引用例とし,本件発明2との相違点につき刊行物4を引用した上,容易想到性を否定したものである。 したがって,本件特許2に対しては,もはや何人も刊行物1及び刊行物4に基づいて無効審判を請求することはできないものである(特許法167条)。 一方,特許法104条の3は,特許権者が権利行使できない場合を「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」と規定しているのであるから,もはや刊行物1及び刊行物4を証拠としては無効審判請求できなくなった本件発明2を,侵害訴訟の場において,同一証拠に基づいて,特許無効審判により無効にされるべきものと認めることは許されないというべきである。 (3) 損害賠償請求額ア控訴人が本件特許権1及び2を取得した平成14年8月16日以降の被控訴人の原判決別紙物件目録記載の各物件の売上高の合計は,原判決17頁の3(1)ア(ア)ないし(エ)の次第で,合計12億5300万円である。 イ本件における損害額の算定に際して適用すべき実施料率は,15%とすべきである(原審において25%と主張したのは15%と改める。)。 ウ したがって,被控訴人の被った損害額は,1億8795万円となる。 エ 弁護士費用 1500万円オそうすると,控訴人は被控訴人に対し,前記損害賠償金合計2億0295万円及び前記ウの損害賠償金1億8795万円に対する平成17年10月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。 3 被控訴人の認否と反論控訴人の当審における主張は,以下に述べるとおり,いずれも失当である。 (1) 本件発明1の進歩性についてア 刊行物4の記載事項の認定の誤りの主張に対し(ア) 控訴人の主張の要旨は,刊行物1(乙1)と刊行物4(乙4)の双方のサンドイッチ検定法の違いを主張するにとどまるものである。原判決は,双方のサンドイッチ検定法に違いがあることを前提事実として,当時の技術水準や公知技術から想到容易と判断したものであり,控訴人の主張は原判決の判断を誤りする根拠となり得ないものである。 (イ) 両者のサンドイッチ検定法は,関連する(むしろ同一の)技術分野における技術手段の適用の試みの範囲であり,想到容易性の要件を満たしている。 免疫学的検定法には,サンドイッチ法,凝集法のほかに,免疫沈降反応,補体結合反応,競合法,免疫比濁法,免疫比朧法,免疫ブロット法等多数の方法が存在するところ,一分野にすぎないサンドイッチ法という共通の技術背景にある刊行物1と刊行物4の組合せを想到することは,当業者としては容易というべきである。 イ分散金属粒子標識の刊行物1への適用阻害要因に関する判断の誤りの主張に対し(ア) 控訴人の主張は,前提事実たる想到容易性の事実認定の判断を誤りと主張するにとどまるものであって,同事実認定を前提とした上での具体的な主張立証が求められる阻害要因について主張立証がなされるに至っていない。 (イ) 本件明細書1(甲2)の発明の詳細な説明では,市販されている0.5ミクロン以下の粒子や市販されている1ミクロン以上の多孔質材料の選択が容易であると記載しているのに対し,粒子を多孔質材料へ適用することが困難であったことの,他の課題の記載はなされていない。 ウ 刊行物4の刊行物1への適用阻害要因の主張に対し控訴人は,刊行物4(乙4)の刊行物1(乙1)への適用阻害要因として,凝集反応により粒状標識の使用がサンドイッチ法において使用することができないとの技術常識が存在したと主張するが,同主張は,事実に反するものであり,客観的根拠を有しないものである。 当時の技術として,検体を含む液体試料と標識付反応成分を同時に注入したとしても,均質液相中で粒状の直接標識が凝集を起こさないこともあることが当業者に認識されていたものであることは,明らかである。 エ 本件発明1の作用効果の主張に対し控訴人の主張に係る本件発明1の効果は,主に刊行物1の発明の内容によってもたらされている効果であり,本件組合せによる作業の簡便化の程度は,金属コロイド等の直接標識を用いることによりもたらされる効果から当然予測される範囲のものにすぎず,格段の効果が生じているものとは認められない。 (2) 本件発明2の進歩性についてア本件発明2と刊行物1との相違点A(粒状の直接標識)についての判断の誤りの主張に対し同一の技術分野であり,課題の共通性が存在していることから,刊行物1(乙1)に刊行物9の5(乙9の5)を適用することが想到容易であることは,原判決が判示するとおりである。 イ 特許法167条違反の主張に対し原判決においては,前審決で審理判断された刊行物の組合せに加え,新たに刊行物9の5(特開昭60-53847号公報)等の他の特定の周知技術をもとに新たに想到容易性の主張立証がなされているものであるから,特許法167条違反はなく,したがって,本件において特許法104条の3の適用が妨げられるものではない。 仮に適用が妨げられるとしても,権利濫用の法理が適用されてしかるべきものであり,結論に変わりはないというべきである。 |
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当裁判所の判断
1当裁判所も,本件特許権1,2は,いずれも特許無効審判により無効とされるべきものと認めるので,特許法104条の3の適用により,控訴人は本件特許権1及び2を行使することができないと判断する。その理由は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第4,2記載のとおりであるから,これを引用する。 2 当審における控訴人の主張に対する判断(1) 本件発明1の進歩性についてア 刊行物4の記載事項の認定の誤りの主張につき(ア) 控訴人は,原判決が,免疫学的検定法において分散金属粒子標識を使用する刊行物4(乙4)を従たる引用例として相違点@(粒状標識)について当業者に想到容易と判断したことは誤りであるとするが,その理由として主張するところは,以下のとおりいずれも採用することができない。 (イ) 控訴人は,刊行物1(乙1)では,乾燥状態の標識付反応成分が液体試料の適用に伴って湿潤したシート内を移動する間に試料中の検体と結合して検出区域の固相と可視的結合するのに対し,刊行物4(乙4)では,固相担体(プレートの凹部)に既に結合固定している検体に標識付反応成分を結合させるものであって,サンドイッチ技術利用の具体的な手技,態様において全く異なるものであるから,後者の分散金属粒子標識を前者の検定手技における標識として使用することが示唆されているとは到底いえないと主張する。 しかし,本件発明1と刊行物1(乙1)記載の発明との相違点@は,「本件発明1では,標識が「粒状の直接標識」であるのに対し,刊行物1記載の発明では,酵素標識,蛍光標識ないし化学発光標識である点」(原判決24頁第1段落)であるところ,刊行物1の「標識」に刊行物4(乙4)の金属コロイドゾルなどの分散金属粒子標識,すなわち,「粒状の直接標識」を適用するに当たって,上記検定手技等の相違が何ら阻害要因とならないことは,後記ウのとおりである。 (ウ) また,控訴人は,刊行物1(乙1)には,およそ粒子標識に関しては一切の言及がなく,かえって,粒子に関しては,ラテックス粒子等の粒子分散体を「固相ゾーン」(検出区域)における反応試薬の固定手段として使用することが記載されている(7頁左上欄)ぐらいであることからみて,移動可能な標識粒子の技術的思想は,刊行物1の発明者の念頭には全くなかったか,むしろ意識的に排除されていたと主張する。 確かに刊行物1(乙1)には,固相ゾーンの調製手段として,ラテックス粒子に生物学的親和性を有する結合パートナーを表面に結合した状態で担持させて,ペーパーマトリックスに固定することが記載されているが,担体として使用できることが直ちに標識として使用できないことを意味するものではないから,この記載をもって,刊行物1において移動可能な標識粒子の技術的思想を意識的に排除されているものということはできない。そして,刊行物1記載の発明において,標識として刊行物4(乙4)に記載された粒状標識を選択することに阻害事由がないことは,後記ウのとおりである。 (エ) さらに,控訴人は,刊行物4(乙4)の分散金属粒子標識を使用したサンドイッチ技術は,本件発明1のように家庭内でも容易簡便かつ短時間に検定結果を得ることを解決課題としてなく,分散金属粒子標識は本件発明1とは異なる目的で使用されているから,その点からも本件発明1の課題の解決には示唆を与えることはないと主張する。 しかし,刊行物1(甲1)記載の多孔質キャリアの検出区域に粒状の直接標識による可視的結合が形成された場合の利点,すなわち,酵素標識や放射性標識などに代わり粒状の直接標識を適用することにより「その後使用者が何をしなくても分析結果を観察できる」(本件明細書1〔甲2〕の段落【0003】)という本件発明1の目的が達成できることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に理解できる事項にすぎないから,刊行物1記載の特異結合アッセイにおいて,粒状の直接標識を標識として標識付き試薬の検出区域における可視的結合を行ってみようとすることは,当業者が容易に想到し得ることである。そうすると,刊行物4の分散金属粒子標識を使用したサンドイッチ技術が家庭内でも容易簡便かつ短時間に検定結果を得ることを解決課題としていないとしても,そのことは刊行物1記載の発明において刊行物4に記載された粒状標識を選択することの想到容易性を何ら左右するものということはできない。 イ分散金属粒子標識の刊行物1への適用阻害要因に関する判断の誤りの主張につき控訴人は,刊行物4(乙4)における金属コロイドゾルは懸濁液の形態で,既に液体試料と接触している固相に直接適用するにすぎないもので,本件発明1のように,当初は乾燥状態で多孔質キャリヤ内に保持させておき,液体試料の適用に伴って湿潤したキャリヤ中を移動させて検出区域の固相と可視的結合をさせるというものではないから,刊行物1(甲1)に適用する動機づけが欠如すると主張する。 しかし,刊行物1記載の多孔質キャリアの検出区域に,酵素標識や放射性標識などに代わり粒状の直接標識を適用することにより「その後使用者が何をしなくても分析結果を観察できる」(本件明細書1〔甲2〕の段落【0003】)という本件発明1の目的が達成できることは当業者が容易に理解できる事項にすぎず,刊行物1記載の特異結合アッセイにおいて,粒状の直接標識を標識として標識付き試薬の検出区域における可視的結合を行ってみようとすることが当業者が容易に想到し得ることは,上記ア(エ)のとおりであるから,刊行物1記載の発明において刊行物4に記載された粒状標識を適用することには動機づけがあるというべきである。 ウ 刊行物4の刊行物1への適用阻害要因の主張につき(ア) 控訴人は,刊行物1(乙1)のように試薬の添加等の作業を必要とすることなく,より簡便容易な検定技法の提供を目的とする本件発明1の発明者にしてみれば,刊行物1の標識として刊行物4の分散金属粒子を適用することを阻害すべき事由があると主張する。 しかし,刊行物1記載の発明において,粒状の直接標識を標識として刊行物4の分散金属粒子を適用した場合に,より簡便容易な検定技法を提供するという本件発明1の目的が達成し得なくなる理由は全くないから,控訴人の主張は採用することができない。 (イ) また,控訴人は,刊行物4(乙4)記載のサンドイッチ技術は,検体を含む液体試料と標識付反応成分とを同時に凹部に注入したとすると,均質液相中での凝集反応が起こり凝集塊が生じて,サンドイッチ結合を妨げることが当然予測され,液体試料と粒状標識付反応成分は均質の液相中に混在させてはならないということを強く教示するものであるから,刊行物1の酵素標識に代えて,刊行物4の分散金属粒子標識を適用することは阻害されると主張する。 (ウ) 石川榮治・河合忠・宮井潔編「酵素免疫測定法(第2版)」株式会社医学書院1982年〔昭和57年〕12月15日発行〔第2版第1刷〕10頁〜21頁(乙17。以下「乙17刊行物」という。)には,「1.抗原抗体反応の機序沈降反応の起こり方については,BORDETの2相説にしたがって,2段階に分けて考えられている。すなわち,第1段階では抗原分子と抗体グロブリンが特異的に結合し,第2段階では免疫コンプレックスが集まって不溶性の沈降物を形成する。 a.第1段階-抗原と抗体の結合ハプテンと抗体との結合について述べたことがほとんどすべて適用することができる。この結合反応は特異的で,極めて速やかに起こり,混合してから2〜3分間でほぼ完結すると考えられる。 ……抗原と抗体の結合にはいろいろの因子が影響するが,特に最適のpHがあり,pH3.0以下,9.0以上では抗原抗体結合が起こらない。そのほか塩類濃度も影響するが,第1段階に関する限り温度は大きな影響を及ぼさない。ただし,60℃以上の高温では抗体分子の一部が抗原から解離することがある。 b.第2段落-不溶性沈降物の形成この反応はゆるやかに起こり,時に完結するのに数日を要する。二相説では物理化学的環境によって非特異的に起こると考えたが,第1段階と同様に血清学的特異性も関与していることは確かである。 c.抗原と抗体の結合状態-格子説抗原決定群と抗体結合群の結合についてはいろいろな非共有結合が働いていることは前述した。いずれにしても,これらがどのように結合しているかが次に問題となる。これを説明するのに古くから用いられているのが格子説lattice theoryである。すなわち,抗原分子と抗体分子の量的関係の違いによって図2に示すようないろいろな構造を持った“格子”が形成され,この性状によって沈降物を生じたり,可溶性結合物を生じたりすると考えるのである。 d.抗原抗体反応に影響を及ぼす非特異的因子前述のように,抗原と抗体の結合は極めて速やかに起こり,ほとんど物理化学的影響を受けないが,第2段階の沈降物形成ではさまざまな非特異的因子によって影響を受けやすい。……@抗原と抗体の濃度:後述するように,反応の場からはずれた抗原濃度および抗体濃度の組み合わせでは沈降反応が認められない。沈降反応の認められる限界,すなわち鋭敏度は抗原の種類によっても異なるが,抗体濃度としておおよそ2〜10μg抗体N/ml程度である。 したがって,明らかな沈降反応を認めるためには抗体濃度がある一定以上でなければならない。 A抗原の加え方:抗体力価の一定した抗血清に抗原を加える場合,最適比に相当する抗原量を一度に加えた時,最も多量の沈降物が形成される。通常,少量ずつの抗原を順次加えていく場合は沈降物が少なくなる。……B温度:第1段落には4〜37℃程度の温度範囲ではほとんど影響がない。しかし,比較的反応速度の遅い沈降反応の第2段階では温度の上昇とともに速やかになる。……C補体:C が抗原抗体化合物に結合し,これがsteric hindranceによ1qり沈降物形成を妨げる。……D塩類:膠質溶液の安定性はいろいろな塩類,また同一の塩類でも濃度によって異なることが知られている。……EpH:タンパク分子はそれぞれの等電点で最も沈殿しやすいが,同様に抗原抗体結合物の等電点は抗体グロブリンのそれに近づき,通常pH7前後で最も沈殿しやすい。 F脂質:抗血清から脂質をとり除くと沈降反応に影響を及ぼすことがある。……」(11頁第1段落〜12頁最終段落),「ある特定のhybridoma cell line は融合した単一の脾細胞に特異的な抗体のみを産生しうることである。すなわち,モノクローン抗体で,それぞれのクローンに属する抗体産生細胞はたった1種類の抗体のみを産生する。……ごく限られた特異性に基づくため,沈降反応や凝集反応にはむしろ非能率的である。」(20頁第3段落〜最終段落),との記載がある。 上記記載によれば,多価可溶性抗原と抗体との間に生じる凝集反応,及び更に凝集化が進んで不溶性沈降物を形成する反応は,第2段階と呼ばれ,抗原と抗体が結合する第1段階の反応が極めて速やかに起こるのに比較して,ゆるやかに起きるものであり,抗原と抗体の濃度,抗原の加え方,温度,pH等の様々な非特異的因子によって影響を受けること,また,凝集反応が生じても,抗原分子と抗体分子の量的関係によっていろいろな構造を持った格子が形成され,この性状によって沈降物を生じたり,可溶性結合物を生じたりし,必ずしも吸収性部材の孔を通過できないような大きな凝集塊を形成するわけではないこと,モノクローン抗体が,沈降反応や凝集反応には非能率的であることが認められ,また,乙17刊行物が酵素免疫測定法に関する一般的な教科書であることにかんがみると,これらの事項は本件発明1の優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時,当業者の技術常識であったと認められる。 (エ) また,T.C.J.グリブナウほか著「粒子標識化免疫学的検定」1986年(昭和61年)発行「ジャーナルオブクロマトグラフィ」誌(甲13)の「これらのいわゆる試験管テストは,非常に一般的なものである。……しかしながら,それらのテストは,沈殿パターンを妨害し得る振動に敏感である」(訳文4頁下第2段落),「このような短い時間での目に見える凝集の形成は,測定される物質が比較的高い濃度にあることが今なお要求される」(同5頁最終段落)との記載によれば,粒状物に抗体を結合した場合についても凝集反応が非特異的因子の影響を受けやすいことが推測できる。 (オ) そして,本件発明1に使用する抗体及び刊行物1(乙1)記載の発明に使用する抗体に特に限定はないからモノクローン抗体を含むものであるところ,上記検討したところからすれば,抗原と抗体の結合により生じる凝集反応の進行には様々な要因が関与しており,粒状標識を用いても必ずしも大きな凝集塊を形成するわけではないというのが,本件発明1の優先日当時における当業者の技術常識であり,特にモノクローン抗体を用いれば凝集性を小さくすることが予期できたものと認められる。 したがって,刊行物1(乙1)記載の発明において標識として刊行物4(乙4)に記載されたような粒状標識を選択したとしても,必ずしも大きな凝集塊を形成して多孔質キャリア内部を移動し得なくなるわけではないから,控訴人の上記阻害要因の主張は採用することができない。 エ 本件発明1の作用効果の主張につき控訴人は,「刊行物1に記載された分析デバイスに金属コロイドゾルのような粒状の直接標識を組み合わせた本件発明1の効果は,検出区域に集積した標識を可視的に検出するに当たり,試薬の添加等の作業を不要とした点にある……このような効果は,刊行物1に記載された分析デバイスに金属コロイドゾル等の直接標識を用いることから当然予測される効果にすぎない。したがって,本件発明1に顕著な効果があるとはいえない」(31頁第3段落及び第4段落)とした原判決が誤りであると主張する。 しかし,刊行物1記載の多孔質キャリアの検出区域に,酵素標識や放射性標識などに代わり粒状の直接標識を適用することにより「その後使用者が何をしなくても分析結果を観察できる」(本件明細書1〔甲2〕の段落【0003】)という本件発明1の目的が達成できることは当業者が容易に理解できる事項にすぎないことは,上記ア(エ)のとおりであるから,「検出区域に集積した標識を可視的に検出するに当たり,試薬の添加等の作業を不要とした」本件発明1の効果は,当業者が当然予想する効果にすぎず,本件発明1の作用効果についての原判決の上記認定判断に誤りはない。 (2) 本件発明2の進歩性についてア本件発明2と刊行物1との相違点A(粒状の直接標識)についての判断の誤りの主張につき(ア) 控訴人は,刊行物1(乙1)の標識に代えて金属粒子標識を適用することが予測困難であることは,本件発明1に関して述べたところと同様であると主張する。 しかし,控訴人が本件発明1に関して主張するところがいずれも採用できないことは,上記(1)に述べたとおりである。 (イ) また,控訴人は,刊行物1(乙1)において,酵素標識の代わりに金属コロイドを使用することにより凝集反応が生じれば,サンドイッチ結合が果たされなくなるから,刊行物9の5は,金属コロイドを刊行物1に適用することの動機づけにはならないばかりか,むしろ上記適用の阻害要因となるべき刊行物というべきであると主張する。 しかし,粒状標識を用いても必ずしも大きな凝集塊を形成するわけではないというのが,本件発明1の優先日当時,すなわち本件発明2の優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時における当業者の技術常識であったことは上記(1)ウのとおりであるから,刊行物1において酵素標識の代わりに金属コロイドを使用することにより必ず凝集反応が生じると当業者が認識していたと認めることはできず,控訴人の本件発明2についての阻害要因の主張も採用することができない。 イ 特許法167条違反の主張につき控訴人は,本件発明2については,無効審判が請求されたが(無効2002-35551号),審判請求不成立の前審決(甲10添付の乙2)がなされて平成15年7月2日に確定した(甲4)が,前審決は本件刊行物1を主引用例とし本件発明2との相違点につき刊行物4を引用した上,容易想到性を否定したものであるから,本件特許権2に対しては,何人も刊行物1及び刊行物4に基づいて無効審判を請求することはできないものである(特許法167条)と主張する。 しかし,前審決は,同審決にいう甲第2〜7号証(甲2は特開昭61-145459号公報〔本訴の刊行物1・乙1〕,甲3は特開昭61-142463号公報〔本訴の刊行物9の3・乙9の3〕,甲4は特開昭53-47894号公報〔本訴の刊行物3・乙3〕,甲5は特開昭55-15100号公報〔本訴の刊行物4・乙4〕,甲6は国際出願公開WO86/03839号パンフレット〔本訴では提出がない。対応する我が国の出願文献は特表昭62-501645号公報。乙13の6〕,甲7は中垣正幸外著「コロイド化学の基礎」〔本訴では提出がない〕)によっては無効とすることができないというものであるところ,原判決は,本件発明2について,刊行物1,刊行物9の3,刊行物9の5により容易想到としたものであって,そのうち刊行物9の5(特開昭60-53847号公報)は前審判においては審理判断されていない刊行物である。 したがって,本件訴訟において被告である被控訴人が本件発明2につき進歩性欠如の無効事由があるとして引用する証拠は,前審判と同一の証拠ということはできず,控訴人の上記主張は前提において誤りであり,採用することができない。 3 結論以上検討したところによれば,当審における控訴人の主張はいずれも理由がない。 よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した原判決は相当であり,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 上田卓哉 |