運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2005-80256
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18ネ10054特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成18行ケ10380審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ3155特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  共有 /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  不存在 /  実施 /  設定登録 /  移転登録 /  請求の範囲 /  公知事実 /  国際出願 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 18年 (行ケ) 10447号 審決取消請求事件
原告インバーネス・メディカル・スウィッツァ ーランド・ゲゼルシャフト・ミット・ベ シュレンクテル・ハフツング
訴訟代理人弁護士中島和雄
同弁理士川口義雄
同小野誠
同大崎勝真
被告株式会社ミズホメデイー
訴訟代理人弁護士武末昌秀
補佐人弁理 士平野一幸
同溝口督生
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/03/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2005-80256号事件について平成18年8月23日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告の有する後記特許の請求項1ないし7について,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求原因(1) 特許庁における手続の経緯オランダ国ロッテルダムに本店を置くユニリーバー・ナームローゼ・ベンノートシャープ(以下「訴外会社」という。)は,昭和63年(1988年)4月26日(パリ条約に基づく優先権主張1987年〔昭和62年〕4月27日〔以下「本件優先日」という。〕及び同年10月30日,いずれも英国)に国際出願した特願昭63-503518号の一部を平成8年10月25日新たに特許出願(特願平8-284355号)し,平成11年4月23日に設定登録がなされた(特許第2919392号。請求項の数7。以下「本件特許」という。)。本件特許は,その後,訴外会社から原告に譲渡され,平成14年8月16日付けで移転登録手続がなされた。
これに対し被告は,平成17年8月25日,本件特許の請求項1ないし7について特許無効審判請求をした。そこで特許庁は,これを無効2005-80256号事件として審理した上,平成18年8月23日,「特許第2919392号の請求項1ないし7に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成18年9月4日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件発明の内容は,下記のとおりである(以下順に「本件発明1」〜「本件発明7」という。)。
記【請求項1】検体を含むと思われる水性液体試料の適用によって湿潤された多孔質キャリヤ中を自由に移動し得る,検体に対して特異結合性の標識付き試薬を使用すること,前記多孔質キャリヤ上に検出区域が設けられており,前記検出区域には検体に対して特異結合性の無標識試薬が固定化されて湿潤状態でも移動せず,前記無標識試薬は前記標識付き試薬および前記検体と共にサンドイッチ型反応に参加し得ること,および前記多孔質キャリヤが分析試験装置の一部を構成することを含む特異結合アッセイにおいて,a)標識が粒状の直接標識であること,b)前記多孔質キャリヤの検出区域の下流に対照区域が設けられており,前記対照区域は前記標識付き試薬と結合し得る固定化された抗体または固定化された検体を含むこと,およびc)前記標識付き試薬は,前記分析試験装置内における乾燥状態から前記水性液体試料によって捕捉されて前記検出区域および対照区域に亘って移動し,その結果,陽性のアッセイ結果は同一標識付き試薬の検出区域と対照区域の両者における可視的結合により示され,陰性のアッセイ結果は標識付き試薬の対照区域のみにおける可視的結合により示されることを特徴とする前記特異結合アッセイ。
【請求項2】前記粒状の直接標識が染料ゾルまたは金ゾルであることを特徴とする請求項1に記載の特異結合アッセイ。
【請求項3】前記粒状の直接標識が着色ラテックス粒子であることを特徴とする請求項1に記載の特異結合アッセイ。
【請求項4】前記多孔質キャリヤが,分析試験装置の一部を構成し,且つ検出区域の試験結果を観察するための開口部および対照区域の試験結果を観察するための他の開口部を有する容器本体内に含まれていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の特異結合アッセイ。
【請求項5】前記多孔質キャリヤが,多孔質材料のストリップまたはシートより成ることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の特異結合アッセイ。
【請求項6】前記多孔質材料がニトロセルロースであることを特徴とする請求項5に記載の特異結合アッセイ。
【請求項7】前記検体がhCGであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の特異結合アッセイ。
(3) 審決の内容ア 審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。
その要点は,本件発明1ないし7は,下記刊行物1発明ないし刊行物6発明及び周知の技術的事項に基づいていずれも当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものであった。
記@特開昭61-145459号公報(審判刊行物1・本訴甲1。以下,「刊行物1」と,同記載の発明を「刊行物1発明」という。)A特開昭61-142463号公報(審判刊行物2・本訴甲2。以下,「刊行物2」と,同記載の発明を「刊行物2発明」という。)B特開昭53-47894号公報(審判刊行物3〔審判甲1〕・本訴甲3。以下,「刊行物3」と,同記載の発明を「刊行物3発明」という。)C特開昭60-53847号公報(審判刊行物4〔審判甲3〕・本訴甲4。以下,「刊行物4」と,同記載の発明を「刊行物4発明」という。)D特開昭60-192261号公報(審判刊行物5・本訴甲5。以下,「刊行物5」と,同記載の発明を「刊行物5発明」という。)E1986年(昭和61年)9月ダイナボット株式会社作成の取扱説明書「HCGテストパック」(審判刊行物6〔審判甲2〕,本訴乙10の1。以下,「刊行物6」と,同記載の発明を「刊行物6発明」という。)イなお審決は,刊行物1発明を次のように認定し,かつ本件発明1との一致点及び相違点を下記のように摘示した。
記<刊行物1発明>「検体を含むと思われる水性液体試料の適用によって湿潤された帯状片(多孔質キャリヤ)中を自由に移動し得る,検体に対して特異結合性の標識付き試薬を使用すること,前記帯状片上に検出区域が設けられており,前記検出区域には検体に対して特異結合性の無標識試薬が固定化されて湿潤状態でも移動せず,前記無標識試薬は前記標識付き試薬および前記検体と共にサンドイッチ型反応に参加し得ること,を含む特異結合アッセイにおいて,前記標識付き試薬は帯状片内における乾燥状態から前記水性液体試料によって捕捉されて前記検出区域に亘って移動し,その結果,陽性のアッセイ結果は標識付き試薬の検出区域における可視的結合により示されることを特徴とする前記特異結合アッセイ」の発明。
<一致点>「検体を含むと思われる水性液体試料の適用によって湿潤された多孔質キャリヤ中を自由に移動し得る,検体に対して特異結合性の標識付き試薬を使用すること,前記多孔質キャリヤ上に検出区域が設けられており,前記検出区域には検体に対して特異結合性の無標識試薬が固定化されて湿潤状態でも移動せず,前記無標識試薬は前記標識付き試薬および前記検体と共にサンドイッチ型反応に参加し得ること,および前記多孔質キャリヤが分析試験装置の一部を構成することを含む特異結合アッセイにおいて,前記標識付き試薬は,前記分析試験装置内における乾燥状態から前記水性液体試料によって捕捉されて前記検出区域に亘って移動し,その結果,陽性のアッセイ結果は標識付き試薬の検出区域における可視的結合により示されることを特徴とする前記特異結合アッセイ」 である点。
<相違点1>本件発明1では,標識が「粒状の直接標識」であるのに対し,刊行物1には,標識剤が直接に検出されるものであることは記載されているが,粒状の直接標識を用いることは記載されていない点。
<相違点2>本件発明1では,「前記多孔質キャリヤの検出区域の下流に対照区域が設けられており,前記対照区域は前記標識付き試薬と結合し得る固定化された抗体または固定化された検体を含むこと」,および前記水性液体試料によって捕捉された前記標識付き試薬は「前記検出区域および対照区域に亘って移動し」,その結果,「陽性のアッセイ結果は同一標識付き試薬の検出区域と対照区域の両者における可視的結合により示され,陰性のアッセイ結果は標識付き試薬の対照区域のみにおける可視的結合により示される」ものであるのに対し,刊行物1には,前記多孔質キャリヤの検出区域の下流に対照区域が設けられること,及び,前記対照区域が前記標識付き試薬と結合し得る固定化された抗体または固定化された検体を含み,前記水性液体試料によって捕捉された前記標識付き試薬が前記検出区域および対照区域に亘って移動し,その結果,陽性のアッセイ結果が同一標識付き試薬の検出区域と対照区域の両者における可視的結合により示され,さらに陰性のアッセイ結果は標識付き試薬の対照区域のみにおける可視的結合により示されるものであることは記載されていない点。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決は,以下に述べる理由により,相違点1についての判断を誤ったから(相違点2についての判断は争わない。),違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(相違点1についての判断の誤り1:刊行物5の認定の誤り)(ア) 審決は,刊行物5(甲5)の「担体の孔径は,トレーサー(粒子状ラベルで標識したリガンド)がバインダーまたはバインダーと結合した被検定物と結合したとき担体の表面に残る程度のものである。例えば孔径0.2〜0.45μのニトロセルロース担体により特に好ましい結果が得られる」(甲5の3頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)との記載から,「刊行物5には粒子状ラベルで標識したリガンドが担体内を移動し得ることを窺わせる記載があり」(審決25頁第1段落)と認定したが,刊行物5にはそのようなことを窺わせる記載はなく,上記認定は誤りである。そして,上記認定が,刊行物5の「粒子状ラベルで標識したリガンドがバインダー又はバインダーに結合した被検定物質と結合し」て凝集塊を形成するとの誤った認識を前提とする場合には,上記認定の誤りは,審決に影響を与えることになる。
(イ) 刊行物5(甲5)の上記記載の趣旨は,バインダー(したがって,それと結合した粒状標識付リガンド)が担体表面から外側に剥がれ落ちることなく担体の表面に安定的に吸着し得る程度の孔径を意味するものにほかならず,ニトロセルロースの場合,そのような好ましい孔径として,0.2〜0.45μを推奨したものである。
審決が「粒子状物質が多孔質材料中を移動できるか否かについては,フィルターや濾過技術において一般に知られているように,粒子状物質の大きさと多孔質材料の孔径との関係などで左右されるもので,粒子であるから多孔質キャリヤ内を絶対に移動できないとはいえない」(19頁最終段落)と説示した点については,原告に異存はない。しかし,本件における原告の主張は,上記説示のような個別の粒子ではなく,粒状標識を使用する場合の凝集法において形成される凝集塊が,多孔質キャリヤ内を移動することは本件優先日(1987年〔昭和63年〕4月27日)当時は知られていなかったというものである。一方,刊行物5の検定法は,その特許請求の範囲の記載から明らかなように,凝集法によるものではなく,「トレーサー(粒子状ラベルで標識したリガンド)がバインダーまたはバインダーと結合した被検定物と結合した」結合物は,凝集塊を形成しない。
したがって,審決が,その点を正しく認識した上で,上記認定の誤りを冒したにすぎないのであれば,その誤りは必ずしも審決に影響を及ぼさないかも知れないが,審決は,刊行物5は,粒子の凝集塊が形成される場合と誤解している可能性があり,審決がこのような誤解をしているのであれば,上記認定の誤りは審決に影響を及ぼすべきものとなる。
イ取消事由2(相違点1についての判断の誤り2:刊行物4の認定の誤り)(ア) 審決は,刊行物4(甲4)から,「(4e)粒子の寸法と濃縮(4頁右上欄下から2行〜右下欄5行)「水性媒体における条件の適当な選択により,空気-液体界面に粒子が全然集まらないか又は少量の粒子が集まり,その結果観測し得る部位は存在しないように,溶媒前面(solvent front)をたどる(follow)のとは対照的に空気-液体界面に濃縮する粒子の寸法をモジュレートすることができる。
条件の選択は,寸法,電荷,極性又は粒子相互の反発,又は吸引に影響する他の性質に関して粒子の性質と共に変るであろう。濃縮された粒子部位を形成するために,特定の寸法の粒子間で又は異なった寸法の粒子間で区別をすることが望まれる。前者の状況においては,本方法は媒体中に存在する所定の寸法より大きい粒子を濃縮するのに役立つ。この状況においては,粒子はアナライトの存在の結果としての粒径分布の変化を受けない。後者の状況においては,アナライトの存在は,粒子の相互の結合をもたらし,この場合にもとの寸法の粒子は溶媒前面をたどるが,相互に結合している粒子は空気-液体界面において吸水性表面上に残存するであろう。故に,条件は,或る寸法より大きい粒子が空気液体界面に保持され,一方その寸法より小さい粒子は空気-液体界面から遠ざかるように移動するように選ばれるであろう。」(審決16頁第3段落。以下「記載(4e)」という。)と引用した上,「刊行物4には,粒子状の標識付き試薬物質でも,その寸法によっては多孔質キャリヤ内を水性溶媒の毛管移送に伴い,空気-液体界面に留まらせず移動させ得ることが教示されている(上記記載(4e)参照)」(20頁第2段落。下線付加)と認定したが,この認定は,「粒子状の標識付き試薬物質」の用語を,これと検体が結合した複合体同士の凝集塊をも含む意味で用いている点で誤りである。刊行物4は,そのような凝集塊が多孔質キャリヤ内を毛管移送できず必ず空気-液体界面に留まる現象を利用した検定法であり,したがって,刊行物4は,むしろ刊行物1に粒状標識を適用することの阻害事由となる刊行物に位置づけられるべきであり,上記認定の誤りは,審決に影響を及ぼすものである。
(イ) 刊行物4(甲4)7頁左下欄14行以下のビーズを用いて抗原を検出する場合について概略説明すると,@抗体を結合させたビーズ(粒子)を試料溶液中に加える。
A該試料溶液が抗原を含む場合には,該抗原は「ビーズ-抗体」と特異結合して,「ビーズ-抗体-抗原」複合体が形成される。
B抗体及び抗原は,いずれも二個所の結合部位を有するから,「ビーズ-抗体-抗原」複合体どうしの特異結合も生じて「ビーズ-抗体-抗原-抗体-ビーズ-抗体-抗原-抗体-ビーズ-…」という多重複合体が形成され,その結果,多数のビーズからなる凝集塊が形成される。
C上記凝集塊が形成されている反応液中に吸水性部材の下端を浸すと,反応液の液体溶媒は毛細管効果によって吸水性部材に吸い上げられるが(ウイッキング),凝集塊もその流れに沿って吸水性部材に向かって集まってくる。
D吸水性部材に吸い上げられた液体溶媒は,液面,すなわち「空気-液体界面」を超えて吸水性部材内を上方に進むが,凝集塊は吸水性部材の毛細管に入り込めないから当該液面付近の吸水性部材表面上で目詰まりを起こしてそこに残留・蓄積する(刊行物4ではこの現象を「濃縮」と呼ぶ。)。
E以上に対し,試料溶液が抗原を含まない場合は,当然ながら,抗原抗体反応は生じないから反応液中に凝集塊は形成されず個々の抗体付きビーズが存在するにすぎないが,個々のビーズは十分に小さく毛細管を自由に通り抜けることができるので,液体媒体とともに「空気-液体界面」を超えて吸水性部材内を上方に移動し,したがって液面付近の吸水性部材の表面上には何も残らない。
Fいずれの場合も,反応後の吸水性部材は,試験溶液から引き上げて,液面付近の吸水性部材の表面を観察し,凝集塊の濃縮物が存在すれば陽性であり,存在しなければ陰性と判定する。
というものである。
(ウ) 凝集反応を利用する刊行物4の検定原理は以上のとおりであるから,検体が存在すれば必ず凝集塊の濃縮物が吸水性部材上に形成され,検体が存在しなければ凝集塊の濃縮物が形成されない条件を設定することが必要で,記載(4e)はそのような条件について述べたものである。
審決のいう上記「粒子状の標識付き試薬物質」が,検体と結合せずしたがって凝集塊を形成していない個々の「粒子状の標識付き試薬物質」のみを意味しているにすぎないのであれば,さほどの問題とすることもない(ただし,個々の「粒子状の標識付き試薬」であって,毛管移送できない大きな寸法のものも水性溶媒中に存在するかのような上記認定は誤りである。)が,審決25頁の<阻害事由4について>の説示に照らすと,審決は,上記「粒子状の標識付き試薬」を,検体と結合後の凝集塊を含める意味で使用していること,記載(4e)が,個々の粒子と凝集塊とを区別せずに,「或る寸法より大きい」ものは空気-液体界面に留まり「その寸法より小さい」ものは毛管移送により移動する,つまり凝集塊でも小さい寸法のものは,吸水性部材内を移動することを教示していると誤認していることが分かり,これは重大な誤認といわざるを得ない。
刊行物4は,粒子の濃縮を利用する検定手技を提案するに当たり,粒子を濃縮する条件を記載するものであるから,その条件を満たす場合は必ず濃縮することを教示していると読むべきである。そして,刊行物1発明に粒状標識を適用すれば,液体試料中に,上記記載の結合手段(特異的結合対の構成員)を添加することになり,刊行物4の粒子濃縮の条件を満たすことになるから,刊行物4は,刊行物1に粒状標識を適用することを妨げるものというべきである。
ウ取消事由3(相違点1についての判断の誤り3:阻害事由2の判断の誤り)(ア) 審決は,「刊行物5には粒子状ラベルで標識したリガンドが担体内を移動し得ることを窺わせる記載があり…,粒状標識を用いた場合には必ず「凝集反応」が生起するという事実そのものが全く根拠のないものであることから,当然に生起する「凝集反応」を回避し得るという事実を窺わせる記載が見いだせないことをもって阻害事由があるとする被請求人の上記主張は理由がない」(審決25頁第1段落)として,原告の<阻害事由2>の主張を排斥したが,誤りである。
(イ) 原告は,「粒状標識を用いた場合は必ず「凝集反応」が生起する」などと述べたことはなく,凝集反応が生起するような条件下,つまり均一液相中で粒状標識付き免疫成分とこれと特異結合する検体免疫成分を共存させる条件下においては,必ず凝集反応が生起するというのがT.C.J.グリブナウほか著「粒子標識化免疫学的検定」1986年(昭和61年)発行「ジャーナルオブクロマトグラフィ」誌(審判乙4・本訴甲9。以下「甲9刊行物」という。)にみるように,本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時の技術常識であったと主張しているのにすぎない。刊行物4は,上記条件下では必ず凝集反応が生起するとの前提において成立する発明である。刊行物5の場合は,担体上の検出区域に固定したバインダーに,被検定物質及びトレーサーを互いに時間差を設けて各別に結合させるものであるから,均一液相に粒状標識付き免疫成分及び検体免疫成分が同時に共存することにはならず,したがって,粒状標識を使用する免疫反応ではあるが,凝集反応を生じない場合である。均一液相中に標識付き免疫成分とこれに特異結合する免疫成分とを共存させれば必ず凝集反応が生起するという技術常識が存在する中で,これを回避し得る事実を示唆する刊行物が全く引用されない以上,凝集反応が生じてはならない刊行物1発明に粒状標識を適用することが容易に想到できないことは当然であり,審決の<阻害事由2について>の判断は誤りである。
(ウ) 被告は,石川榮治・河合忠・宮井潔編「酵素免疫測定法(第2版)」株式会社医学書院1982年〔昭和57年〕12月15日発行〔第2版第1刷〕10頁〜21頁(乙1。以下「乙1刊行物」という。)等を引用して本件発明1の容易想到性について主張するが,これらの証拠は審判手続において審理判断されなかったものであるから,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決(民集30巻2号79頁)に反し,許されない。
エ取消事由4(相違点1についての判断の誤り4:阻害事由3の判断の誤り)(ア) 審決は,「刊行物1における当該記載は固相ゾーンに係るものであって,多孔質キャリヤに結合パートナーを固定するために用いられるラテックス粒子について述べられているものであり,このようなラテックス粒子はもともと固定を目的として用いられるもので,標識として認識されているわけでもないから,このような記載があるからといって,多孔質キャリヤ内を移動する試薬に付する標識として粒状標識を用いるという試みを妨げる事由とはなり得ない」(審決25頁第2段落)として,原告の<阻害事由3>の主張を排斥したが,誤りである。
(イ) 粒状の直接標識は刊行物1発明の出願前から周知のものであったにもかかわらず,刊行物1発明の発明者が,「標識には様々な可能性が知られているが中でも酵素標識が好ましい」(5頁右下欄最終段落)とするほかは,蛍光標識及び化学発光標識に言及するだけで,周知の粒状標識に一切の言及をしていないのは,刊行物1(甲1)のような均一液相中の免疫反応に粒状標識を使用した場合に,技術常識に照らし当然予想される凝集反応を回避するため,その選択を意識的に除外したとみるのが自然である。すなわち,刊行物1発明の発明者にとって,酵素標識等に代わって周知の粒状標識を用いることなどは到底容易に想到し得なかったとみるべきである。そこで,原告は,刊行物1の7頁に,ラテックス粒子等の粒子分散体を「固相ゾーン」(検出区域)における反応試薬の固定手段として使用することが記載されていることを指摘し,この記載は,移動可能な標識粒子の技術的思想を意識的に排除しているものであるとみて,これを<阻害事由3>として主張したものである。それにもかかわらず,審決は,単に,「このようなラテックス粒子はもともと固定を目的として用いられているもので,標識として認識されているわけでもない」などと,陳腐かつ的外れな理由をもって排斥したもので,審決の結論に影響を及ぼす違法な判断といわざるを得ない。
オ取消事由5(相違点1についての判断の誤り5:阻害事由1の判断の誤り)(ア) 審決は,甲9刊行物について,「粒子標識が「凝集反応」を利用した検定のみに用いられ,それ以外の検定の用途には全く用いられていなかったことを示すものではなく,また,すべての粒状標識が「凝集反応」により凝集塊を形成することを示すものでもない」(24頁下第2段落)として,原告の<阻害事由1>の主張を排斥したが,誤りである。
(イ) 甲9刊行物は,検体免疫成分と粒子標識付き免疫成分がその中を自由に移動し得る均一液相系の場合,すなわち均一SPIAについて,「すべての均一SPIAは,抗体で被覆された金粒子の凝集型又は凝集阻害型に基づいている。このような均一検定では,固定及び遊離の標識化免疫成分の分離は要求されない」(訳文9頁第1段落)と記載するものであって,従来技術において粒状の直接標識が凝集反応を利用した検定にのみ用いられていたことは明らかである。これに対して,検体免疫成分と粒子標識付き免疫成分を均一液相内で反応させない不均一SPIAにおいては,当然ながら凝集反応は生ずる余地がなく,凝集反応を利用するものではない。したがって,刊行物1はシート上の均一液相中で標識付き試薬と検体とを反応させるものであるから,標識が粒状標識である場合は,正に甲9刊行物の「均一SPIA」に該当することとなり,本件優先日当時の技術常識においては,必ず凝集反応が生じて凝集塊が形成され,シート内の標識の移動が妨げられて検出区域にサンドイッチ結合できないと予想されたものである。
原告の<阻害事由1>の主張は,刊行物1の場合に粒状標識を用いた場合には,甲9刊行物の均一SPIAのように必ず凝集反応が生じるという技術常識の存在をもって,刊行物1に粒状標識を適用することに対する阻害事由としたものであり,これを排斥した審決の判断は,原告の主張を正しく理解せず,甲9刊行物の記載を無視するものであって,誤りである。
カ取消事由6(相違点1についての判断の誤り6:容易想到性の判断の誤り)(ア) 審決は,相違点1について,「刊行物1記載の多孔質キャリヤの検出区域に粒状の直接標識による可視的結合が形成された場合の利点は,粒状の直接標識が酵素標識や放射性標識などに代わるものとして開発された特異結合アッセイ技術分野の技術常識から,刊行物1の記載をみた当業者に容易に理解される事項にすぎないから,刊行物1記載の特異結合アッセイにおいて,粒状の直接標識を標識として標識付き試薬の検出区域における可視的結合を行ってみようとすることは,当業者が容易に想到し得ることである」(20頁第3段落)と判断したが,誤りである。
(イ) 刊行物1(甲1)の検出区域に粒状の直接標識による可視的結合が形成された場合の利点が当業者に容易に理解されるといってみても,その前提となるべき,刊行物1の場合に粒状の直接標識が多孔質キャリヤ内を移動して検出区域に結合し得るかが不明であれば,単なる願望をいうものにすぎない。また,粒状の直接標識を用いて可視的結合を行ってみようとすることが容易というが,均一液相に粒状標識を用いる場合の凝集反応の生起という技術常識に逆らってまでそのように試みることは,決して想到容易とはいえない。
キ 取消事由7(本件発明2ないし7についての判断の誤り)本件発明2ないし7は,いずれもその構成中に上記相違点1を含むものであり,相違点1についての審決の判断が上記のとおり誤りである以上,本件発明2ないし7についての審決の判断は,本件発明1におけると同様に誤りである。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論審決の認定判断は正当であり,審決には原告が主張するような違法はない。
(1) 取消事由1に対しア凝集塊を生じないように制御する技術は,本件優先日当時には周知であったのであるから,あえて「ラテラルフロ-の妨げ」を生ずるような条件を当業者が選択する理由はない。原告が主張する「免疫反応により均一液相中で粒子標識が大きな凝集塊を形成することが当時の技術常識」であるという点は,全く事実に反する。
イまた,刊行物5(甲5)には,凝集塊が発生するかどうかについては,明確な記載はないが,本件発明1は,本件優先日当時に公知であった多孔質キャリアの中で粒状の直接標識が凝集塊を生じさせない条件下での免疫反応である。したがって,刊行物5に凝集塊の記載が明確に存在するか否かは,本件発明1の技術には関係がなく,取消事由1における原告の主張は失当である。
(2) 取消事由2に対しア刊行物4(甲4)の5頁左上欄第2段落には,「pHは,複数の粒子が相互に接合されている場合を除いては,粒子の移送を促進するように,粒子間の温和な反発を保持するように,選ばれるであろう」と記載され,1つの標識に1種類の結合手段(抗原基)しか備わっておらず,この1種類の結合手段に検体が結合しているだけの状態であれば,標識は移動できることを開示している。すなわち,刊行物4において,本件発明1の標識が移動可能であることが明らかにされているものであり,原告の主張は理由がない。
イ気孔サイズを上回る大きな凝集塊が形成されれば,凝集塊は多孔質キャリア内を移動しないのであるから,「粒子状の標識付き試薬物質」から大きな凝集塊が除外されるのは当然であって,審決はこの当然のことを断らなかっただけであり,この点に関する原告の主張は,審決の当否に何ら影響しない。
ウまた,原告は,審決のいう上記「粒子状の標識付き試薬物質」が,検体と結合せずしたがって凝集塊を形成していない個々の「粒子状の標識付き試薬物質」のみを意味しているにすぎないのであれば,さほどの問題とすることもないというが,本件優先日当時,均一液相中で免疫反応を行っても粒子が凝集を起こさない制御技術は周知であったことから,検体と結合しても凝集塊を形成していない個々の「粒子状の標識付き試薬物質」が存在していたことは明らかであって,原告の主張は理由がない。
(3) 取消事由3に対しア凝集塊を生じないように制御する技術は,本件優先日当時には周知であったのであるから,原告の取消事由3の主張は失当である。
イ本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)前に刊行された次の刊行物には,それぞれ以下の記載がある。
(ア) 乙1刊行物「…ある特定のhybridoma cell line は融合した単一の脾細胞に特異的な抗体のみを産生しうることである。すなわち,モノクローン抗体で,それぞれのクローンに属する抗体産生細胞はたった1種類の抗体のみを産生する。…ごく限られた特異性に基づくため,沈降反応や凝集反応にはむしろ非能率的である。」(20頁第3段落〜最終段落)(イ) 昭和60年10月1日医学の世界社発行「産婦人科の世界」1985年10月号(Vol.37.No.10.乙2。以下「乙2刊行物」という。)「…すなわち,本試薬と被検尿とを反応させると,もし尿中にintactなhCGが存在する場合には,2種類の抗体によって,hCGがサンドイッチされ,その結果ラテックス凝集反応を示すことになる。しかし,尿中にhLHが存在する場合には,その一部は抗hCG-β抗体と反応するが,抗hCG-αβ抗体との反応はなく,ラテックス凝集反応を示さぬことになる…。」(63頁右欄第1段落)「…すなわち,今回使用した pregslideは,hCG-βおよびhCG-αβに対する,2種類のモノクローナル抗体をラテックス担体に感作させ,両抗体でintactなhCG分子のみをはさみこむいわば,サンドイッチ法を応用したものである…。」(67頁左欄最終段落〜右欄第1段落)(ウ) 昭和62年4月1日医学の世界社発行「産婦人科の世界」1987年4月号(Vol.39.No.4.乙3。以下「乙3刊行物」という。)「…被検尿中に感度以上のhCGが存在している場合には,hCGが2種類の抗体によってサンドイッチされるためにラテックスが凝集反応を起こし,その結果管底にラテックスがSmooth mat状に沈降し,凝集像を呈する(陽性反応)。…2種類の抗体と反応しなければラテックスは凝集しないため,LH,FSH,hCGα,hCGβなどが存在しても一方の抗体とだけ反応して,もう一方の抗体とは反応しないためラテックスは凝集せずにそのまま沈降する…。」(97頁右欄第1段落)「したがって同じα subunit を持つLH,FSH,TSHなどは抗hCGα抗体感作ラテックス粒子には結合できても,抗hCGβ抗体感作ラテックス粒子とは結合不能であるために,2種類のラテックス粒子は凝集反応を起こさない。」(101頁右欄最終段落〜102頁左欄)(エ)特開昭61-187659号公報(乙5。以下「乙5公報」という。)抗hCGα抗体(モノクローナル抗体であってポリクローナル抗体ではない。)を2種,あるいは,抗hCGβ抗体(モノクローナル抗体であってポリクローナル抗体ではない。)を2種使用した場合には,凝集しないことを開示する(特に4頁の「第1表」参照)。
ウ上記イの(ア)ないし(エ)の記載によれば,本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時,均一液相中で免疫反応を行っても粒子が凝集を起こさない反応系は公知であり,甲1発明の技術に甲4公報の「粒状の直接標識」を適用するに当たって,凝集反応を生じせしめない反応系を生成することは,当業者にとって公知であったことが明らかである。
(4) 取消事由4に対し原告は,技術常識に照らし当然予想される凝集反応を回避するためその選択を意識的に除外したとみるのが自然であると主張するが,刊行物1(甲1)において除外したという記載はなく,そう判断しなくてはならない客観的な事実もない。
加えて,直接標識が液相中で免疫反応を行っても凝集反応を生じさせない制御技術は周知であり,刊行物1発明に刊行物4の粒状の直接標識を適用することの阻害事由はない。
(5) 取消事由5に対し原告は,本件優先日当時の技術常識においては,必ず凝集反応が生じて凝集塊が形成され,シート内の標識の移動が妨げられて検出区域にサンドイッチ結合できないと予想されたと主張するが,直接標識が液相中で免疫反応を行っても凝集反応を生じさせない制御技術は本件優先日当時から周知であったのであり,原告の上記主張は事実に反する。
(6) 取消事由6に対し直接標識が液相中で免疫反応を行っても凝集反応を生じさせない制御技術は本件優先日当時から周知であったのであるから,原告の取消事由6の主張は誤りである。
(7) 取消事由7に対し相違点1についての審決の判断に誤りがないことは上記のとおりであるから,原告の取消事由7の主張は前提において誤りである。
当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。
2取消事由1(相違点1についての判断の誤り1:刊行物5の認定の誤り)について(1) 原告は,「刊行物5には粒子状ラベルで標識したリガンドが担体内を移動し得ることを窺わせる記載があり」(審決25頁第1段落)とした審決の認定は誤りであると主張する。
(2) 刊行物5(甲5)には,次の記載がある。
@「被検定物質および下記バインダーの何れか一方に結合性を有するリガンドを肉眼判別可能な粒状ラベル剤で標識してなるトレーサーを下記接触条件下で肉眼判別可能に結合させうる量の下記バインダーを支持しうる表面を持つ材料よりなる固体担体上の検定区域に,被検定物質に対して又は被検定物質および前記トレーサーに対して結合性を有するバインダーを支持させ,該バインダーを被検定物質と前記トレーサーとに接触させることによって前記トレーサーを前記担体上のバインダーおよび前記担体上のバインダーに結合した被検定物質の何れか一方に結合させ,しかるのち,前記担体の検定区域に結合したトレーサーの有無をサンプル中の被検定物質の有無もしくは量の指標として肉眼的に判定することよりなる,被検定物質の検定方法」(特許請求の範囲(1)。下線付加)A「この検定において使用されるトレーサーは粒子状ラベル剤で標識したリガンドであり,粒子状ラベル剤は検出可能な標識物であるかまたはこの標識物を含むものであり,リガンドはバインダーまたは被検定物の何れか一方に結合する。…検定で用いられるトレーサーは,バインダーまたはバインダーと結合した被検定物と結合したとき更に処理することなく視覚化しうる粒子状ラベルで標識化されたリガンドであり,このリガンドはバインダーまたは被検定物の何れかに結合される。ここで“視覚化”とは器械を使用することなくラベルが肉眼で見えることを意味する。本発明のさらに別の面によれば,担体表面の検定区域(試験区域)で視覚化しうるトレーサーを使用することによりこの試験区域で被検定物を検出することができ,この担体は試験区域においてバインダーを支持するのに十分多孔性でありこのため被検定物が検体中に低濃度で存在するとき検定に使用されるトレーサーが試験区域で視覚化されることからなる低濃度で検体中に存在する被検定物を測定する方法および物質を提供するものである。…検定に用いられる担体は通常はセルロースエーテルであり,ニトロセルロースが非常に良好な結果をもたらす。…ニトロセルロースは担体を作るのに好ましい材料であるが,必要な多孔性を有する他の材料もまたこのような担体を作るのに使用されうるということも理解されたい。上述したように,検定で使用される担体は,少なくとも10μg/□好ましくは少なくとも4010μg/□の濃度でバインダーを支持することができる程度に多孔性を有するものである。特に好ましい実施態様によれば,担体の孔径は,トレーサー(粒子状ラベルで標識したリガンド)がバインダーまたはバインダーと結合した被検定物と結合したとき担体の表面に残る程度のものである。例えば孔径0.2〜0.45μのニトロセルロース担体により特に好ましい担体が得られる。」(3頁左上欄第1段落〜右下欄第1段落)B「手順1.ニトロセルロース紙を1pのディスクに切る。
2.ディスクの中央へHCG抗体の1:50希釈液…3μlをピペットでのせる。
3.室温にて15分間乾燥する。
4.BSAの5%AB5液…300μlをピペットで各ディスクへ移す。
5.ディスクを1時間37℃でインキュベートする。
6.液体をデカントする。
7.尿対照液または尿200μlをピペットでのせる。
8.1時間室温でインキュベートする。
9.対照液または尿をデカントする。
10.1.5mlAB5でディスクを2回洗う。
11.トレーサー1:12希釈液…300μlをピペットでディスクへのせる。
12.室温で1時間インキュベートする。
13.トレーサーをデカントする。
14.AB51.5mlで2回洗う。」(11頁左下欄最終段落〜12頁左上欄第1段落)(3) 上記記載によれば,原告指摘のとおり,刊行物5の検定法は,例えば,被検定物質が抗原,バインダーが抗体,トレーサーが抗体付き粒状標識である場合,担体上の検出区域に固定したバインダーに液体試料を接触させると,試料中の抗原がバインダーと結合し,次いで,ここにトレーサーを含む水性媒体を接触させると,トレーサーの抗体が,先にバインダーと結合している抗原と結合するので,粒状標識が検出区域に固定されることを利用する検定法であり,刊行物5の「粒子状ラベルで標識したリガンド」は担体内を移動するものではない。したがって,刊行物5の上記(2)A下線部の記載から,「刊行物5には粒子状ラベルで標識したリガンドが担体内を移動し得ることを窺わせる記載があり」(審決25頁第1段落)とし,これを原告の主張を排斥する理由とした審決の説示は,適切を欠く点があるといわざるを得ない。
しかし,審決の上記認定は,原告の阻害事由2の主張,すなわち,「本件発明は,抗原抗体反応の反応担体として「多孔質キャリヤ」を使用した場合,理論的詳細はなお不明であるが従来技術では当然に生起すべきものと予想されていた「凝集反応」を回避し得るという事実を確認して成立したものであって,刊行物1〜6のいずれにもこの事実を窺わせるに足る記載は見いだせない」との主張を排斥した説示に係る部分であるところ,刊行物5の記載を引用しなくても,原告の阻害事由2の主張が理由がないことは後記4のとおりであるから,上記の点は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
したがって,原告の取消事由1の主張は採用することができない。
3取消事由2(相違点1についての判断の誤り2:刊行物4の認定の誤り)について(1) 原告は,「刊行物4には,粒子状の標識付き試薬物質でも,その寸法によっては多孔質キャリヤ内を水性溶媒の毛管移送に伴い,空気-液体界面に留まらせず移動させ得ることが教示されている(上記記載(4e)参照)」(審決20頁第2段落。下線付加)とした審決の認定は,「粒子状の標識付き試薬物質」の用語を,これと検体が結合した複合体どうしの凝集塊をも含む意味で用いている点で誤りであり,刊行物4(甲4)は,そのような凝集塊が多孔質キャリヤ内を毛管移送できず必ず空気-液体界面に留まる現象を利用した検定法であり,むしろ刊行物1に粒状標識を適用することの阻害事由となる刊行物に位置づけられるべきであると主張する。
(2) 刊行物4(甲4)には,次の記載がある。
@「1.液体検定媒体中の特異的結合対の構成員(sbp構成員)の存在を検出する方法において,該特異的結合対はリガンド及び対応受容体(homologous receptor)から成り,特異的結合対の少なくとも1員が結合している粒子と,固体の吸水性部材と,該粒子又はsbp構成員に結合している少なくとも1種の標識を含む信号生成系が関与する方法であって,前記吸水性部材が水性検定媒体と接触せしめられるとき,空気/液体界面に隣接した該吸水性部材上の区域に所定の寸法,範囲及び電荷の範囲内のみの粒子が濃縮する条件下に,水性検定媒体中で該試料及び該粒子の少なくとも1種及び標識されたsbp構成員を一緒にし,但し該試料がsbp構成員を有するに欠ける場合に粒子を加えるものとし,該吸水性部材を該検定媒体と接触せしめ,該検定媒体は該区域を通り過ぎてウイツキングされ(wicked),該所定の寸法及び電荷の範囲内の粒子は該区域の小さな部位に濃縮し,そして該信号生成系の結果として信号を検出し,該信号は該区域における標識の量に関係し,そして該区域中の標識の量は該試料中の該sbp構成員の量に関係していることを含む方法。」(1頁の特許請求の範囲1.)A「本発明は,試料中のアナライトの存在又は不存在に関連して吸水性固体支持体上に,一般に約1mm巾より小さい1つの寸法を有する小さな部位における粒子の濃縮に基づいている。前記部位は点,直線状バンド又は曲線状バンド等であることができる。所定の部位における粒子の濃縮は部位における検出可能な信号を与えるのに使用することができる。試料は該部位における粒子の濃縮及び/又は検出可能な信号の生成に影響を与えることができる。検出可能な信号は検出ゾーンにおいて決定され,該検出ゾーンは濃縮部位であつてもなくてもよい。」(3頁左上欄第2段落〜右上欄第1段落)B「検定に含まれる粒子は試料中に存在することができ,試薬として加えることができ又はその場で形成することができる。粒子の性質は広範囲に変わることができ,天然に存在しているか又は合成のものであり,単一物質,数種の物質又は広範な物質の組合わせであることができる。天然に存在する粒子は核,…等を包含する。合成粒子は合成の又は天然に存在する物質,たとえば,金属コロイド又はポリスチレンポリアクリレートから製造されたラテツクス粒子又は…アガロース等から製造することができる。
…粒子の寸法は広範に変わり,一般に約0.05ミクロン乃至100ミクロン,より普通には約0.1ミクロン乃至75ミクロンの範囲にある。」(3頁右上欄第2段落〜左下欄第2段落)C「濃縮部位における又は濃縮部位から離れたところで検出可能な信号を検出するための手段は粒子の固有の性質であつてもなくてもよい。粒子は検出 を 可 能 と す る 広 範 な 多 様 な 物 質 , た と え ば 放 射 性 核 種 (radionuclides),染料,けい光物質(fluorescers),酵素或いは,目視により観測可能であるかもしくは機器により検出可能な検出可能信号を与える他の便利な標識で標識化されていてもよい。」(3頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)D「水性媒体における条件の適当な選択により,空気-液体界面に粒子が全然集まらないか又は少量の粒子が集まり,その結果観測し得る部位は存在しないように,溶媒前面(solvent front)をたどる(follow)のとは対照的に空気-液体界面に濃縮する粒子の寸法をモジュレートすることができる。条件の選択は,寸法,電荷,極性又は粒子相互の反発,又は吸引に影響する他の性質に関して粒子の性質と共に変るであろう。濃縮された粒子部位を形成するために,特定の寸法の粒子間で又は異なった寸法の粒子間で区別をすることが望まれる。前者の状況においては,本方法は媒体中に存在する所定の寸法より大きい粒子を濃縮するのに役立つ。この状況においては,粒子はアナライトの存在の結果としての粒径分布の変化を受けない。後者の状況においては,アナライトの存在は,粒子の相互の結合をもたらし,この場合にもとの寸法の粒子は溶媒前面をたどるが,相互に結合している粒子は空気-液体界面において吸水性表面上に残存するであろう。故に,条件は,或る寸法より大きい粒子が空気液体界面に保持され,一方その寸法より小さい粒子は空気-液体界面から遠ざかるように移動するように選ばれるであろう。」(4頁右上欄最終段落〜右下欄第1段落。
審決の「記載(4e)」)E「大抵の場合,本方法が粒子の添加を含む場合には,粒子に共有結合により又は非共有結合的に実質的に非可塑的に結合された特異的結合対の構成員(member)を有する粒子を上記キットは含むであろう。粒子の表面に結合し又は粒子内に分散した標識,特に,可視範囲で着色し又はけい光を発することができる染料も存在し得る。或る場合には粒子は酵素で標識されていてもよい。」(8頁左下欄第2段落)F「実験下記実験において,種々の色及び寸法の多様なビーズが組合わされて,ビーズの寸法及びそれらの色に依存して種々の異なる色のバンド及びバンドにおけるビーズの組合わせの効果を達成することができることを示す。…下記表は使用されたビーズ,予期された色及び観測された色を示す。…表1…色は界面に隣接した表面に保持されている0.5ミクロン粒子に基づいて予期され,一方小さな粒子は溶媒前面…と共に移行し,かくして大きいビーズの補色が見られる。」(8頁右下欄最終段落〜9頁右上欄下第2段落)(3) 上記記載によれば,刊行物4(甲4)の「ある寸法より大きい粒子が空気液体界面に保持され,一方その寸法より小さい粒子は空気-液体界面から遠ざかるように移動するように選ばれるであろう」(上記(2)D)との記載は,アナライト(判決注:検体)の存在が粒子相互の結合をもたらし,粒子寸法が拡大した結果ある寸法を超えるものとなった粒子が吸水性部材表面上に残存することを利用し,アナライトの存在と,空気-液体界面への粒子の濃縮とを関連づけることを記載したものと認められ,記載(4e)(上記(2)D)の溶媒前面をたどる粒子はアナライトと結合がなされなかったものといえるから,この記載を根拠に,「刊行物4には,粒子状の標識付き試薬物質でも,その寸法によっては多孔質キャリヤ内を水性溶媒の毛管移送に伴い,空気-液体界面に留まらせず移動させ得ることが教示されている(上記記載(4e)参照)」(審決20頁第2段落)として,刊行物1記載の特異結合アッセイにおいて粒状の直接標識を用いることが当業者に容易に想到し得るとした審決の説示は,原告指摘のとおり適切ではないというべきである。
ところで,原告の上記指摘は結局のところ,刊行物1発明に粒状標識を適用すれば,液体試料中に上記記載の結合手段(特異的結合対の構成員)を添加することになり,刊行物4の粒子濃縮の条件を満たすことになるから,刊行物4は,刊行物1に粒状標識を適用することを妨げるものであるとの主張を導くに当たって,この点に関連する審決の認定中の誤りを指摘しているものと解されるところ(前記第3の1(4)イ参照),刊行物1発明において標識として刊行物4に記載されたような粒状標識を選択したとしても,必ずしも大きな凝集塊を形成して多孔質キャリア内部を移動し得なくなるわけではなく,刊行物4の粒状標識と刊行物1発明を組み合わせることに阻害事由が存在するとの原告の主張に理由がないことは,後記4のとおりである。
そうすると,審決の上記認定には原告指摘のとおり適切ではない点があるが,この点は審決の結論に影響を及ぼすものではない。
したがって,原告の取消事由2の主張は採用することができない。
4取消事由3(相違点1についての判断の誤り3:阻害事由2の判断の誤り)について(1) 原告は,原告の阻害事由2の主張,すなわち,「本件発明は,抗原抗体反応の反応担体として「多孔質キャリヤ」を使用した場合,理論的詳細はなお不明であるが従来技術では当然に生起すべきものと予想されていた「凝集反応」を回避し得るという事実を確認して成立したものであって,刊行物1〜6のいずれにもこの事実を窺わせるに足る記載は見いだせない」との主張を排斥した審決の判断は誤りであると主張する。
(2)ア 乙1刊行物には,次の記載がある。
(ア) 「1.抗原抗体反応の機序沈降反応の起こり方については,BORDETの2相説にしたがって,2段階に分けて考えられている。すなわち,第1段階では抗原分子と抗体グロブリンが特異的に結合し,第2段階では免疫コンプレックスが集まって不溶性の沈降物を形成する。
a.第1段階-抗原と抗体の結合ハプテンと抗体との結合について述べたことがほとんどすべて適用することができる。この結合反応は特異的で,極めて速やかに起こり,混合してから2〜3分間でほぼ完結すると考えられる。
…抗原と抗体の結合にはいろいろの因子が影響するが,特に最適のpHがあり,pH3.0以下,9.0以上では抗原抗体結合が起こらない。
そのほか塩類濃度も影響するが,第1段階に関する限り温度は大きな影響を及ぼさない。ただし,60℃以上の高温では抗体分子の一部が抗原から解離することがある。
b.第2段落-不溶性沈降物の形成この反応はゆるやかに起こり,時に完結するのに数日を要する。二相説では物理化学的環境によって非特異的に起こると考えたが,第1段階と同様に血清学的特異性も関与していることは確かである。
c.抗原と抗体の結合状態-格子説抗原決定群と抗体結合群の結合についてはいろいろな非共有結合働いていることは前述した。いずれにしても,これらがどのように結合しているかが次に問題となる。これを説明するのに古くから用いられているのが格子説lattice theoryである。すなわち,抗原分子と抗体分子の量的関係の違いによって図2に示すようないろいろな構造を持った“格子”が形成され,この性状によって沈降物を生じたり,可溶性結合物を生じたりすると考えるのである。
d.抗原抗体反応に影響を及ぼす非特異的因子前述のように,抗原と抗体の結合は極めて速やかに起こり,ほとんど物理化学的影響を受けないが,第2段階の沈降物形成ではさまざまな非特異的因子によって影響を受けやすい。…@抗原と抗体の濃度:後述するように,反応の場からはずれた抗原濃度および抗体濃度の組み合わせでは沈降反応が認められない。沈降反応の認められる限界,すなわち鋭敏度は抗原の種類によっても異なるが,抗体濃度としておおよそ2〜10μg抗体N/ml程度である。したがって,明らかな沈降反応を認めるためには抗体濃度がある一定以上でなければならない。
A抗原の加え方:抗体力価の一定した抗血清に抗原を加える場合,最適比に相当する抗原量を一度に加えた時,最も多量の沈降物が形成される。通常,少量ずつの抗原を順次加えていく場合は沈降物が少なくなる。…B温度:第1段落には4〜37℃程度の温度範囲ではほとんど影響がない。しかし,比較的反応速度の遅い沈降反応の第2段階では温度の上昇とともに速やかになる。…C補体:C が抗原抗体化合物に結合し,これがsteric hindranceによ1qり沈降物形成を妨げる。…D塩類:膠質溶液の安定性はいろいろな塩類,また同一の塩類でも濃度によって異なることが知られている。…EpH:タンパク分子はそれぞれの等電点で最も沈殿しやすいが,同様に抗原抗体結合物の等電点は抗体グロブリンのそれに近づき,通常pH7前後で最も沈殿しやすい。
F脂質:抗血清から脂質をとり除くと沈降反応に影響を及ぼすことがある。…」(11頁第1段落〜12頁最終段落),(イ) 「…ある特定のhybridoma cell line は融合した単一の脾細胞に特異的な抗体のみを産生しうることである。すなわち,モノクローン抗体で,それぞれのクローンに属する抗体産生細胞はたった1種類の抗体のみを産生する。…ごく限られた特異性に基づくため,沈降反応や凝集反応にはむしろ非能率的である。…」(20頁第3段落〜最終段落),イ上記各記載によれば,多価可溶性抗原と抗体との間に生じる凝集反応,及び更に凝集化が進んで不溶性沈降物を形成する反応は,第2段階と呼ばれ,抗原と抗体が結合する第1段階の反応が極めて速やかに起こるのに比較して,ゆるやかに起きるものであり,抗原と抗体の濃度,抗原の加え方,温度,pH等の様々な非特異的因子によって影響を受けること,また,凝集反応が生じても,抗原分子と抗体分子の量的関係によっていろいろな構造を持った格子が形成され,この性状によって沈降物を生じたり,可溶性結合物を生じたりし,必ずしも吸収性部材の孔を通過できないような大きな凝集塊を形成するわけではないこと,モノクローン抗体が,沈降反応や凝集反応には非能率的であることが認められ,また,乙1刊行物が酵素免疫測定法に関する一般的な教科書であることにかんがみると,これらの事項は本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識であったと認められる。
(3) また,甲9刊行物(T.C.J.グリブナウほか著「粒子標識化免疫学的検定」1986年(昭和61年)発行「ジャーナルオブクロマトグラフィ」誌)の「これらのいわゆる試験管テストは,非常に一般的なものである。…しかしながら,それらのテストは,沈殿パターンを妨害し得る振動に敏感である」(訳文4頁下第2段落),「…このような短い時間での目に見える凝集の形成は,測定される物質が比較的高い濃度にあることが今なお要求される」(同5頁最終段落)との記載によれば,粒状物に抗体を結合した場合についても凝集反応が非特異的因子の影響を受けやすいことが推測できる。
(4) さらに,昭和60年(1985年)10月1日発行の乙2刊行物の「すなわち,本試薬と被検尿とを反応させると,もし尿中にintactなhCGが存在する場合には,2種類の抗体によって,hCGがサンドイッチされ,その結果ラテックス凝集反応を示すことになる。しかし,尿中にhLHが存在する場合には,その一部は抗hCG-β抗体と反応するが,抗hCG-αβ抗体との反応はなく,ラテックス凝集反応を示さぬことになる…」(63頁右欄第1段落)との記載,昭和62年(1987年)4月1日発行の乙3刊行物の「被検尿中に感度以上のhCGが存在している場合には,hCGが2種類の抗体によってサンドイッチされるためにラテックスが凝集反応を起こし,その結果管底にラテックスがSmooth mat状に沈降し,凝集像を呈する(陽性反応)。…2種類の抗体と反応しなければラテックスは凝集しないため,LH,FSH,hCGα,hCGβなどが存在しても一方の抗体とだけ反応して,もう一方の抗体とは反応しないためラテックスは凝集せずにそのまま沈降する…」(97頁右欄第1段落2行目),同じく「したがって同じαsubunit を持つLH,FSH,TSHなどは抗hCGα抗体感作ラテックス粒子には結合できても,抗hCGβ抗体感作ラテックス粒子とは結合不能であるために,2種類のラテックス粒子は凝集反応を起こさない」(101頁右欄最終段落〜102頁左欄)との記載によれば,モノクローナル抗体被覆粒子が対応抗原の存在下で凝集しない現象は本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時当業者に周知であったと認められる。
また,乙4公報(特開昭57-86051号公報,公開日 昭和57年〔1982年〕5月28日)には,「モノクロナル抗体は均質であり簡単な製法で最大限量製造できるため一般的に前述の免疫化学的定量法の試薬として特に適切である。…モノクロナル抗体は対応抗原と結合して沈殿物を生成することがなく,モノクロナル抗体で被覆された粒子(赤血球,ラテックス球,金属粒子)は対応抗原の存在下で凝集せず…」(3頁右上欄下第2段落〜左下欄第1段落),「免疫化学反応を利用して抗原を少くとも2個の抗体分子と結合させることにより抗原を定量的に測定する方法がここに知見された。その特徴は同一の抗原に対応して2個かそれ以上の異種のモノクロナル抗体が使用されていることである」(3頁左下欄第2段落)と記載され,乙7公報(特開昭57-118159号公報,公開日 昭和57年〔1987年〕7月22日)には,「抗原性物質,第1抗体および第1抗体とは異るサイトにて該抗原に結合する第2の抗体の三元錯体を,流体試料と第1および第2抗体とを接触させることにより形成することを含む,流体試料中の抗原性物質の存在もしくはその濃度を検査するための免疫学的検定法において,前記第1および第2抗体の夫々に対して単クローン性抗体を使用することを含む,改良された前記免疫学的検定法」(1頁の特許請求の範囲(1))が記載され,乙6公報(特開昭60-20149号公報,公開日 昭和60年〔1985年〕2月1日)には,乙4公報や乙7公報を従来技術として引用し,「これらモノクロナル抗体を利用する抗原の免疫化学的測定方法に関する従来提案に於ては,従来のポリクロナル抗体の場合とは異なって,単一種のモノクロナル抗体は対応抗体抗原と結合して沈殿物を生成せず,複数種の異種モノクロナル抗体の使用によってはじめて沈殿物を生成できるという事実から当然のことながら,複数種の異種モノクロナル抗体の使用が必須であるという点で共通している」(3頁右上欄第2段落〜最終段落),「…抗原分子の多数の部位を認識できる従来のポリクロナル抗体利用の場合とは異なって,上述したように,モノクロナル抗体は一つの特定部位しか認識しないので,ポリクロナル抗体利用の場合に比して,凝集反応における凝集性は著るしく弱いことが予期され,…更に,前述した前者の提案においては,複数種の異種モノクロナル抗体を利用してもなお,凝集を生じない場合があるという技術的欠陥のあることを開示している」(3頁右下欄5行〜4頁左上欄第1段落)と記載されている。乙2刊行物,乙3刊行物の記載に加えて,これらの記載から,モノクローナル抗体被覆粒子が対応抗原の存在下で凝集しない現象は,本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時,当業者に周知であったと認められ,さらに,乙6公報の記載は,凝集反応における凝集性は,抗体が認識可能な抗原分子の認識部位の数にも依存すると理解され,複数種のモノクローナル抗体を利用してもなお凝集を生じない場合があることも示している。
(5) そして,本件発明1に使用する抗体及び刊行物1発明に使用する抗体に特に限定はないからモノクローン抗体を含むものであるところ,上記(2)ないし(4)に検討したところからすれば,抗原と抗体の結合により生じる凝集反応の進行には様々な要因が関与しており,粒状標識を用いても必ずしも大きな凝集塊を形成するわけではなく,検定方法に応じて,積極的に凝集化させたり又は凝集化させないために,標識の種類の選択も含めて様々な条件設定を行っていたというのが,本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時における当業者の技術常識であり,特にモノクローン抗体を用いれば凝集性を小さくすることが予期できたものと認められる。
したがって,刊行物1発明において標識として刊行物4に記載されたような粒状標識を選択したとしても,必ずしも大きな凝集塊を形成して多孔質キャリア内部を移動し得なくなるわけではないから,原告の阻害事由2の主張は採用することができず,これを排斥した審決の判断に誤りはない。
したがって,原告の取消事由3の主張は採用することができない。
(6) なお,原告は,乙1刊行物等の証拠は審判手続において審理判断されなかったものであるから,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決(民集30巻2号79頁)に反し許されないと主張するので検討する。審判手続において審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を審決取消訴訟において主張することが許されないことは,上記最高裁判決の判示するところであるが,他方,審判手続において審理判断されなかった資料であっても本件優先日(1987年〔昭和62年〕4月27日)当時における当業者の技術常識を認定するために用いることは許されると解される(最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決〔民集34巻1号80頁〕参照)。そして,本判決において,乙1刊行物等は上記趣旨の資料として採用したにすぎないことは上記(2)ないし(4)に説示したとおりであり,原告の上記主張は採用することができない。
5取消事由4(相違点1についての判断の誤り4:阻害事由3の判断の誤り)について(1) 原告は,刊行物1の7頁に,ラテックス粒子等の粒子分散体を「固相ゾーン」(検出区域)における反応試薬の固定手段として使用することが記載されていることを指摘し,この記載は,移動可能な標識粒子の技術的思想を意識的に排除しているものであるとみて,これを阻害事由3の主張(「刊行物1には,ラテックス粒子等の「粒子分散体」は「固相ゾーン」に固定されて移動し得ないものとされている旨の記載があり,このような記載は,刊行物1記載の発明において,固相ゾーンを移動する着色ラテックス粒子等の「粒状の直接標識」を使用する試みを妨げるものである」との主張)をしたものであり,これを排斥した審決の判断は誤りであると主張する。
(2) 刊行物1(甲1)には,固相ゾーンの調製手段として,ラテックス粒子に生物学的親和性を有する結合パートナーを表面に結合した状態で担持させて,ペーパーマトリックスに固定することが記載されているが,担体として使用できることが直ちに標識として使用できないことを意味するものではないから,この記載をもって,刊行物1において移動可能な標識粒子の技術的思想を意識的に排除されているものということはできない。そして,刊行物1発明において,標識として刊行物4公記載された粒状標識を選択することに原告主張の阻害事由がないことは上記4に検討したとおりである。
したがって,原告の阻害事由3の主張を排斥した審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由4の主張は採用することができない。
6取消事由5(相違点1についての判断の誤り5:阻害事由1の判断の誤り)について(1) 原告は,<阻害事由1>の主張(「「凝集反応」は目視可能な凝集塊を生成するため抗原抗体反応を利用した簡便な免疫検定法の一つとして周知であり,粒状標識は「凝集反応」の要件としての「担体粒子」そのものに他ならないことも周知であり,これらの周知事実を前提とすれば,標識が粒状標識の場合は「凝集反応」により「目に見える大きい凝集塊」を形成することが不可避であるから,刊行物1記載の発明において刊行物4等に記載の「粒状の直接標識」を使用することは不可能である」との主張)は,刊行物1の場合に粒状標識を用いた場合には,甲9刊行物の均一SPIAのように必ず凝集反応が生じるという技術常識の存在をもって,刊行物1に粒状標識を適用することに対する阻害事由としたものであり,これを排斥した審決の判断は,甲9刊行物の記載を無視するものであって誤りであると主張する。
(2) 甲9刊行物には,「均一SPIA すべての均一SPIAは,抗体で被覆された金粒子の凝集型又は凝集阻害型に基づいている。このような均一検定では,固定及び遊離の標識化免疫成分の分離は要求されない」(訳文8頁最終段落〜9頁第1段落)との記載があるが,すべての均一SPIAが凝集型又は凝集阻害型に基づいているとの記載が,均一系では必ず凝集塊が生じることを意味するものということはできない。他方,甲9刊行物には,「このタイプの標識化された抗体は,不均一及び均一双方の免疫学的検定に使用され得る」(訳文6頁最終段落)として,凝集を利用しない検定法へ使用可能であることが記載され,また,甲9刊行物の記載から,粒状物に抗体を結合した場合についても凝集反応が非特異的因子の影響を受けやすいことが推測できることは,上記4(3)のとおりである。したがって,甲9刊行物の記載から,刊行物1の場合に粒状標識を用いた場合には甲9刊行物の均一SPIAのように必ず凝集反応が生じるという技術常識があったということはできない。そして,刊行物1に粒状標識を適用することに対する阻害事由がないことは,上記4のとおりであり,原告の阻害事由1の主張を排斥した審決の判断に誤りはない。
したがって,原告の取消事由5の主張は採用することができない。
7取消事由6(相違点1についての判断の誤り6:容易想到性の判断の誤り)について(1) 原告は,刊行物1(甲1)の場合に粒状の直接標識が多孔質キャリヤ内を移動して検出区域に結合し得るかが不明であれば,単なる願望をいうものにすぎず,また,均一液相に粒状標識を用いる場合の凝集反応の生起という技術常識に逆らってまで粒状の直接標識を用いて可視的結合を行ってみようと試みることは,想到容易とはいえないと主張する。
(2) しかし,刊行物1発明において標識として刊行物4に記載されたような粒状標識を選択したとしても,必ずしも大きな凝集塊を形成して多孔質キャリア内部を移動し得なくなるわけではないことは上記4(5)のとおりであり,また,上記6(2)に検討したところによれば,均一液相に粒状標識を用いる場合に凝集反応が必ず生起するという技術常識が存在したと認めることもできない。
したがって,原告の取消事由6の主張は,前提において誤りというほかなく,採用することができない。
8 取消事由7(本件発明2ないし7についての判断の誤り)について原告は,相違点1についての審決の判断が誤りである以上,その構成中に相違点1を含む本件発明2ないし7についての審決の判断も本件発明1におけると同様に誤りであると主張する。
しかし,相違点1についての審決の判断に原告主張の誤りがないことは,上記2ないし7に検討したとおりである。
したがって,原告の取消事由7の主張も前提において誤りというほかなく,採用することができない。
9 結論以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉