関連審決 | 無効2005-80085 |
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関連ワード | 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 出願公開 / 技術常識 / 優先権 / 優先日 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10372号
審決取消請求事件
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原告ライヒレ・ウント・デーマサリ・アクチェンゲゼルシャフト 訴訟代理人弁理士江崎光史,荒垣恒輝,鍛冶澤實 被告ヘラマンタイトン株式会社(旧商号タイトン株式会社) 訴訟代理人弁理士鈴江正二,木村俊之 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/03/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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全容
本判決においては,「ウェブ」,「ウエブ」について,前者の表記に統一した。 第1原告の求めた裁判「特許庁が無効2005-80085号事件について平成18年4月5日にした審決を取り消す。」との判決。 第2事案の概要本件は,特許を無効とした審決の取消しを求める事案であり,原告は無効とされた特許の特許権者,被告は無効審判の請求人である。 1特許庁における手続の経緯(1)原告は,発明の名称を「弱電装置の複式接触ピンホルダー」とする特許第3408882号(平成7年3月9日に出願,平成15年3月14日に設定登録。 以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲1)。 (2)被告は,平成17年3月18日,本件特許について無効審判の請求をし(無効2005-80085号事件として係属),これに対し,原告は,同年8月24日,明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。 (3)特許庁は,平成18年4月5日,「訂正を認める。特許第3408882号の請求項1〜3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同月17日,その謄本を原告に送達した。 2特許請求の範囲の記載(本件訂正請求後のもの)【請求項1】ろう付けしないでクリップ刃で配線するための手段を備えた,電話または弱電装置のためのモジュール式差し込みコネクタの複式接触ピンホルダーであって,この手段が接触ピンホルダー(1)の本体(2)に押し下げ可能である少なくとも一つの揺動蓋(3)を備え,この揺動蓋から接点側へ押圧リブ(4)が突出し,揺動蓋(3)を本体(2)上へ押し下げるときに押圧リブが本体の線挿入スリット(5)に入り,挿入された線を接触ピン(7)のクリップ刃(6)に押し込む,複式接触ピンホルダーにおいて,線挿入スリット(5)が上下に設けられた側方の線保持突起(11,12)を備え,少なくとも1個の上側の線保持突起(11)が線挿入スリット(5)に挿入された線を保持する働きをし,少なくとも1個の下側の線保持突起(12)がクリップ刃(6)に押し込まれた線を固定保持する働きをし,揺動蓋(3)がその背面のウェブ手段(9)によって挿入および揺動可能に,本体(2)の背面の肩(8)に下側から係合していることを特徴とする複式接触ピンホルダー。 【請求項2】揺動蓋(3)がその最大開放位置で本体(2)の背面と面一であることを特徴とする請求項1の複式接触ピンホルダー。 【請求項3】揺動蓋(3)が複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具であることを特徴とする請求項1の複式接触ピンホルダー。 3審決の理由の要点審決の理由は,要するに,本件訂正を認めるとした上,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである,というのである。 ( ) 訂正の適否についての判断 1本件訂正は,平成6年改正前特許法134条2項ただし書に適合し,特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前特許法126条2項の規定に適合するので,当該訂正を認める。 ( ) 各甲号証の記載2ア 審判甲2(欧州特許出願公開第0310832号明細書,本訴甲2(以下「甲2」という。))の記載事項甲2には,「無はんだクリップ刃で配線するための手段を有する,電話/弱電流設備用モジュラジャックのマルチ接点ピンホルダであって,前記のクリップ刃で配線するための手段は接点ピンホルダ(1)の本体(2)上に圧接可能な少なくとも1個の回旋カバーから成り,該回旋カバーから接点側に圧接突起(4)が突出し,該突起はカバー(3)が本体(2)上に圧接される際に該本体に設けられた回線嵌め込みスロット(5)内に侵入して,同所に嵌め込まれた回線を接点ピン(7)のクランプエッジ(6)内に押し入れる,マルチ接点ピンホルダにおいて,回旋カバー(3)は接点ピンホルダ(1)の本体(2)に着脱式に配置され,接触形成ポジションに固定することができ,回旋カバー(3)は側方に回旋中心ピン(8)を有し,該ピンは接点ピンホルダ(1)の本体(2)に設けられたそれぞれ1本のガイド溝(9)に下側から係合して回旋中心点を形成すると同時に同所に係脱式に係止されている,マルチ接点ピンホルダ。」(以下「甲2記載の発明」という。)が記載されていると認められる。 イ 審判甲3(米国特許第3778750号明細書,本訴甲3(以下「甲3」という。))の記載事項甲3には,「コンタクト片27のグリップ部70を備えてなるスロット86の対面壁に,スロット86の底壁88に隣接して回線保持手段である楔状突出部92を備えているとともに底壁88から離れる方向に楔状突出部92と所定の間隔をもって回線拘束突起90を備えていて,挿入された回線を回線拘束突起90にてグリップ部70の外端に隣接して保持し,回線がグリップ部70に差込まれた後,グリップ部70で回線の導電部を機械的に保持するととともに楔状突出部92で回線を保持してなるコネクタ」(以下「甲3記載の発明」という。)が記載されていると認められる。 ウ 審判甲4(米国特許第4191442号明細書,本訴甲4(以下「甲4」という。))の記載事項甲4には,「上下方向に所定間隔をもって上耳部108,下耳部114を設けてなる回線受入開口部94Bがコネクタの前壁36Bに設けられていて,上耳部108が回線受入開口部94Bに挿入された,電気的接続がなされる前の回線を保持し,下側の下耳部114が電気的接続の完了した回線と係合してなるコネクタ」(以下「甲4記載の発明」という。)が記載されていると認められる。 ( ) 訂正後の本件特許の無効理由について3ア 請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)について(ア) 対比本件発明1と甲2記載の発明を対比すると,その構造・機能から,後者の「無はんだクリップ刃で配線するための手段を有する,電話/弱電流設備用モジュラジャックのマルチ接点ピンホルダ」,「本体上に圧接可能」に設けられた「少なくと1個の回旋カバー」,「回旋カバーから接点側に」,「突出し」た「圧接突起」,「回線嵌め込みスロット」,「回線」,「接点ピン」,「クランプエッジ」は,前者の「ろう付けしないでクリップ刃で配線するための手段を備えた,電話または弱電装置のためのモジュール式差し込みコネクタの複式接触ピンホルダー」,「本体に押し下げ可能である揺動蓋」,「揺動蓋から接点側へ」「突出し」た「押圧リブ」,「線挿入スリット」,「線」,「接触ピン」,「クリップ刃」に,それぞれ相当する。 また,後者の「突起はカバーが本体上に圧接される際に該本体に設けられた回線嵌め込みスロット内に侵入して,同所に嵌め込まれた回線を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れる」は,「カバーが本体上に圧接される際に」は「カバーを本体上へ押し下げるときに」ともいうことができ,「回線嵌め込みスロット内に侵入して」は「回線嵌め込みスロットに入り」ともいうことができ,「嵌め込まれた」は「挿入された」ともいうことができ,「クランプエッジ内に押し入れる」は「クランプエッジに押し込む」ともいうことができるから,前者の「揺動蓋を本体上へ押し下げるときに押圧リブが本体の線挿入スリットに入り,挿入された線を接触ピンのクリップ刃に押し込む」に相当する。 したがって,両者は,「ろう付けしないでクリップ刃で配線するための手段を備えた,電話または弱電装置のためのモジュール式差し込みコネクタの複式接触ピンホルダーであって,この手段が接触ピンホルダーの本体に押し下げ可能である少なくとも一つの揺動蓋を備え,この揺動蓋から接点側へ押圧リブが突出し,揺動蓋を本体上へ押し下げるときに押圧リブが本体の線挿入スリットに入り,挿入された線を接触ピンのクリップ刃に押し込む,複式接触ピンホルダー」である点(以下「一致点A」という。)で一致し,次の点で相違する。 【相違点1】本件発明1は,線挿入スリットが上下に設けられた側方の線保持突起を備え,少なくとも1個の上側の線保持突起が線挿入スリットに挿入された線を保持する働きをし,少なくとも1個の下側の線保持突起がクリップ刃に押し込まれた線を固定保持する働きをするのに対して,甲2記載の発明は,このような線保持突起を備えていない点。 【相違点2】本件発明1は,揺動蓋がその背面のウェブ手段によって挿入および揺動可能に,本体の背面の肩に下側から係合しているのに対して,甲2記載の発明は,回旋カバーは接点ピンホルダの本体に着脱式に配置され,接触形成ポジションに固定することができ,回旋カバーは側方に回旋中心ピンを有し,該ピンは接点ピンホルダの本体に設けられたそれぞれ1本のガイド溝に下側から係合して回旋中心点を形成すると同時に同所に係脱式に係止されている点。 (イ) 審決の判断a 相違点1について甲3記載の発明において,「スロット」は,甲2記載の発明における「回線嵌め込みスロット」に相当するものである。そして,甲2記載の発明に,甲3記載の発明を適用することを阻害する技術的理由も見当たらないから,甲2記載の発明に甲3記載の発明を適用して,回線嵌め込みスロット(線挿入スリット)が上下に設けられた側方の線保持突起を備え,少なくとも1個の上側の線保持突起が線挿入スリットに挿入された線を保持する働きをし,少なくとも1個の下側の線保持突起がクリップ刃に押し込まれた線を固定保持する働きをするようにして相違点1における本件発明1の構成要件とすることは,当業者であれば適宜なし得たものである。 また,甲4記載の発明において,「回線受入開口部」は,甲2記載の発明における「回線嵌め込みスロット」に相当するといえる。そして,甲2記載の発明に,甲4記載の発明を適用することを阻害する技術的理由も見当たらないから,甲2記載の発明に甲4記載の発明を適用して,回線嵌め込みスロット(線挿入スリット)が上下に設けられた側方の線保持突起を備え,少なくとも1個の上側の線保持突起が線挿入スリットに挿入された線を保持する働きをし,少なくとも1個の下側の線保持突起がクリップ刃に押し込まれた線を固定保持する働きをするようにして相違点1における本件発明の構成要件とすることも,また,当業者であれば適宜なし得たものである。 そして,上記相違点における本件発明の構成要件による「揺動蓋の機能に関係なく,挿入された線も押し込まれた線も,その挿入スリットから飛び出すことがない。更に,揺動蓋を押し下げた後,押し込まれた線を固定するために,揺動蓋をそのままの状態にする必要がない。」という効果も,当業者が甲2記載の発明及び甲3又は甲4記載の発明から予測できた範囲のものであり,格別なものではない。 なお,被請求人は,甲2には,蓋を取り替えでき,その蓋を工具として使用するために,二段保持要素(回線拘束突起及び楔状突出部,上耳部及び下耳部)を取り付ける必要性あるいは動機付けが記載されていないし,また,甲3又は甲4には,ケーブルの固定保持に関する回動性蓋を備えていないから,甲3又は甲4に記載の二段保持要素を備える構成を,甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用することはできない旨主張している。 しかしながら,甲2記載の発明においても,回線が回線嵌め込みスロットに嵌め込まれた時点から回旋カバーを閉じ圧接突起が回線を圧接するまでは,回線は該スロットに嵌め込まれたままで,格別拘束されていないから,その間に回線が変位する可能性があるので,回線の所定位置を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れて安定的かつ確実に回線を接続するには,スロットに嵌め込まれたままの回線を拘束する必要があるといえる。さらに,甲2には,「回旋カバーは接点ピンホルダの本体に着脱式に配置されるのが好ましく,さらに,接触形成ポジションに固定可能とされるのが好ましい。それゆえ第一のケースでは,・・・この種の回旋カバーを幅に応じてずらし,クリップ刃での配線用の扱いやすいツールとして使用することが可能である。」(2欄6行〜15行)と記載されており,この記載は,回旋カバーは着脱自在であるとともに,接触形成ポジション,つまり回線を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れた位置,に固定されている回旋カバーを開放して,幅に応じてずらし,幅方向にずれている回線嵌め込みスロットに嵌め込まれた回線を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れる工具(ツール)として使用できることを教示している。この場合,回旋カバーを接触形成ポジションから開放し,幅に応じてずらしているから,この回旋カバーを開放したスロットの接点ピンのクランプエッジ内に押し入れられた回線は,回旋カバーによる保持がなくなるので,別の保持手段による保持が必要であるといえる。また甲2記載の発明においても,回線の接続変更や導通不良のチェック等のために,一旦接触形成ポジションに閉じた回旋カバーを開く場合があることは明らかであって,この場合にも,スロットの接点ピンのクランプエッジ内に押し入れられた回線を保持する必要があるといえる。そうだすると,甲2及び甲3又は甲4の記載に接した当業者であれば,甲3又は甲4記載の発明の二段保持要素を備える構成を甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用することは,容易に考え付くことであるといえるから,上記被請求人の主張は,採用できない。 b 相違点2についてコネクタにおいて,揺動する部材に突出部を設け,この突出部を相手側部材の係合部に係合して揺動可能に支持することは従来周知の技術である(例えば,特開昭62-154590号公報(本訴甲5,押え板部12(揺動する部材に相当する)の凹面の湾曲部43(突出部に相当する)及び絶縁ハウジング4の上壁部22の前縁下部に設けられた弧状部42(係合部に相当する)に注目),特開平1-105482号公報(本訴甲6,第4実施例におけるカバー31(揺動する部材に相当する)のスペーサ部用被ロック部39Aの先端上端部43A(突出部に相当する)及び挿入孔21の前縁(係合部に相当する)に注目),実願平1-93473号(実開平3-33975号,本訴甲7)のマイクロフィルム(キー部品33(揺動する部材に相当する)の差込み係合片17(突出部に相当する)及びハウジング本体32の開口部14の後縁(係合部に相当する)に注目)を参照)。そうだとすると,甲2記載の発明において,揺動する部材である回旋カバーを回旋(揺動)自在に支持する構成として,回旋カバーの側方に設けられた回旋中心ピンにかえて,上記従来周知の技術のように回旋カバーの側方に突出部を設けるようにしてウェブ手段とすることは,当業者であれば適宜なし得たものである。また,回旋中心ピンにかえてウェブ手段とすることに伴い,ウェブ手段が係合する本体の係合部を,本体に設けられたそれぞれ1本のガイド溝とすることにかえて,本体の背面に設けられた肩とすることは,要は,ウェブ手段が下側から係合することができ,この係合により回旋カバーを回旋(揺動)自在に支持できるのであれば適宜の形状のものでよいのであるから,当業者であれば適宜なし得たものである。 したがって,相違点2における本件発明1の構成要件のようにすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。 また,上記相違点における本件発明の構成要件による効果も,格別なものではない。 したがって,本件発明1は,甲2記載の発明,甲3又は甲4記載の発明及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 請求項2に係る発明(以下「本件発明2」という。)について(ア) 対比本件発明2は,本件発明1を引用し,本件発明1を全て含むものであるから,本件発明2と甲1記載の発明1とを対比すると,上記一致点Aで一致し,上記相違点1及び2に加えて,次の点で相違するといえる。 【相違点3】本件発明2は,揺動蓋がその最大開放位置で本体の背面と面一であるのに対して,甲2記載の発明は,そのようになっていない点。 (イ) 審決の判断相違点3について回旋カバー(揺動蓋)の最大開放位置をどの程度にするかは,必要に応じ適宜決め得る技術的事項であり,回旋カバー(揺動蓋)の最大開放位置を本体の背面と面一であるようにすることを阻害する技術的理由も見当たらず,また,このように本体の背面と面一であるようにしたことによる格別顕著な効果も認められないから,相違点3における本件発明2の構成要件のようにすることは,当業者であれば適宜なし得たものである。 したがって,本件発明2は,甲2記載の発明,甲3又は甲4記載の発明及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ 請求項3に係る発明(以下「本件発明3」という。)について(ア) 対比本件発明3は,本件発明1を引用し,本件発明1を全て含むものであるから,本件発明3と甲2記載の発明とを対比すると,上記一致点Aで一致し,上記相違点1及び2に加えて,次の点で相違するといえる。 【相違点4】本件発明3は,揺動蓋が複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具であるのに対し,甲2記載の発明は,揺動蓋(回旋カバー)が,多重使用可能な補助工具といえるか明りょうでない点。 (イ) 審決の判断相違点4について甲2記載の発明における回旋カバーは,閉じることにより,その圧接突起で線嵌め込みスロットに嵌め込まれた回線を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れるから,補助工具ということができる。 そして,回旋カバーは,「接点ピンホルダの本体に着脱式に配置され」るものであり,また,当然のことながら,クランプエッジ内に押し入れた回線の接続ミス等の場合には,回旋カバーを開放して回線をはずし,新たに回線嵌め込みスロットに嵌め込まれた回線を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れることになるから,多重使用可能な補助工具ということができる。 また,甲2には,「回線ないし心線への押圧作用に係わる主たる問題は上記の対策によって全面的に解決され,その際,本発明によるこの種の回旋カバーを幅広に形成し,複数本の回線たとえば4本の回線を対応する接点ピンのそれぞれのクランプエッジ内に同時に押し込むことができるようにすることが可能である。この場合,回旋カバーは接点ピンホルダの本体に着脱式に配置されるのが好ましく,さらに,接触形成ポジションに固定可能とされるのが好ましい。それゆえ第一のケースでは,使用時に初めて回旋カバーを取り付けるかまたはこの種の回旋カバーを幅に応じてずらし,クリップ刃での配線用の扱いやすいツールとして使用することが可能である。」(1欄54行〜2欄15行)と記載されており,この記載は,回旋カバーが多重使用可能な補助工具(ツール)であることを示しているといえる。 そうすると,相違点4に実質的な差異はないことになる。 したがって,本件発明3は,甲2記載の発明,甲3又は甲4記載の発明及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 ( ) 審決のむすび4以上のとおりであるから,本件発明1〜3に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。 第3当事者の主張の要点1原告主張の審決取消事由(1)取消事由1(相違点1の判断の誤り)審決は,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用して,相違点1における本件発明1の構成要件とすることは,当業者であれば適宜なし得たものであると判断したが,以下のとおり,誤りである。 ア審決は,甲2記載の発明に,甲3又は甲4記載の発明を適用することを阻害する技術的理由が見当たらないとする。 (ア)甲3記載の発明のスロットに用いられる工具106は, 特別に内側の中空間に押し込まれるように設計されている。同様に,甲4記載の発明のユニット(押込み工具)98も,中央の小室へ押し込むものである。そうであれば,甲3又は甲4記載の発明のスロットに甲2記載の発明の回旋カバーを工具として用いると,押圧リブ4が邪魔になってワイヤ(回線)を押し込むことができないから,甲2記載の発明の回旋カバーの押圧リブ4は,甲3又は甲4記載の発明のスロットに適用することができない。 (イ)また,本件発明1は,蓋の設置に余分の工具を必要とせず,蓋の変位も元来最初から実際に可能であり,その操作が簡単であって,現場で,別個の工具なしに同一の補助手段である蓋を利用して,蓋を開放あるいは変位して,ワイヤ(回線)を簡単に押し込むことができるというものである。これに対し,甲2ないし4にはそのような開示も示唆もなく,甲3では工具使用後に配置される蓋が開示され,甲4では製作時に一個の工具しか利用せず,後からの装着もないし,蓋も用意されていない。 (ウ)したがって,技術的にみて,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用することはできない。 イ審決は,相違点1における「本件発明の構成要件による「揺動蓋の機能に関係なく,挿入された線も押し込まれた線も,その挿入スリットから飛び出すことがない。更に,揺動蓋を押し下げた後,押し込まれた線を固定するために,揺動蓋をそのままの状態にする必要がない。」という効果も,当業者が甲2記載の発明及び甲3又は甲4記載の発明から予測できた範囲のものであり,格別なものではない。」と判断した。 甲2に係る発明の特許出願(1988年(平成元年)9月)以前に,回旋カバーのある接点ピンホルダーにおいて,カムによる二段保持要素を備えることを予想することはできなかったから,審決が説示する上記効果は,当業者が甲2記載の発明及び甲3又は甲4記載の発明から予測できた範囲のものではない。 ウ審決は,「甲2及び甲3又は甲4の記載に接した当業者であれば,甲3又は甲4記載の発明の二段保持要素を備える構成を甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用することは,容易に考え付くことである」と判断した。 (ア)本件発明1の課題は,「挿入された線が線挿入スリットに押し込む前に比較的に容易に跳ね上がるので,挿入作業を繰り返す必要がなく,更に揺動蓋を押し下げた後,押し込まれた線を固定するために,揺動蓋をそのままの状態にしなければならないなどの欠点を克服した複式接触ピンホルダーを提供する」(本件明細書の段落【0003】,【0004】)ことにあるが,甲2及び甲3又は甲4には,「挿入作業を繰り返す必要がなく,更に揺動蓋をそのままの状態にしなければならない」ことを解決しようとする課題について開示も示唆もない。そして,甲2は,「蓋と挿入工具を一つに造る」という点を開示するにとどまり,本件発明1の「閉鎖による移動性のために挿入されたケーブルに保持を与える」,「蓋の取り外し交換する」という機能については記載も示唆もなく,本件発明1と共通する課題が見当たらないから,本件発明の動機付けがない。 (イ)甲2には,使用時には蓋でワイヤを固定することが記載されているから,蓋には工具を当てる溝を備えて,指や工具を使用してワイヤを押し下げるようになっていること(図4,5),ワイヤが挿入されて,蓋が載せられると,一度載せられた蓋は簡単には外せないこと(図4,5のつめ突起11)が分かり,また,蓋は接触を引き起こす位置に固定され,使用前には載置でき,再び開放できることが記載されているから,甲2には,蓋は,挿入されたワイヤと共に固定された後にはもはや開放されず,ホルダーの本体を通るワイヤをただ単に挿入するためには本体と蓋を別個に提供するのが有効であるという技術的事項が記載されているところ,「甲2記載の発明においても,回線が回線嵌め込みスロットに嵌め込まれた時点から回旋カバーを閉じ圧接突起が回線を圧接するまでは,回線は該スロットに嵌め込まれたままで,格別拘束されていないから,その間に回線が変位する可能性があるので,回線の所定位置を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れて安定的かつ確実に回線を接続するには,スロットに嵌め込まれたままの回線を拘束する必要があるといえる。」との審決の説示は,甲2に記載された上記技術的事項を理解しないものである。 また,甲2には,「回旋カバーは接点ピンホルダの本体に着脱式に配置されるのが好ましく」との記載があるが,甲2記載の発明では,容易に開放旋回できるようにはなっていないのであって,回旋カバーは複数回使用することを前提にしていない。 さらに,甲2記載の発明では,審決が説示するような「回線の接続変更や導通不良のチェック等のために回旋カバーを開くこと」を想定して構成されていないのであって,単に回線保持手段として回旋カバー(蓋)が設けられているにすぎない。 (ウ)したがって,甲2及び甲3又は甲4に本件発明の動機付けはないし,甲3又は甲4記載の発明の二段保持要素を備える構成を甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用する必要性もない。 エそうすると,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用して,相違点1における本件発明1の構成要件とすることは,当業者であっても適宜なし得たものではない。 (2)取消事由2(相違点2の判断の誤り)審決は,コネクタにおいて,揺動する部材に突出部を設け,この突出部を相手側部材の係合部に係合して揺動可能に支持することが従来周知の技術であるとした上,相違点2における本件発明1の構成要件のようにすることは,当業者であれば容易に想到し得たものであると判断したが,誤りである。 ア審決が従来周知の技術として挙げたものは,単に揺動可能に支持する機能を達成する構成を開示するだけであって,挿入の機能を達成する構成を開示していないから,本件発明1の該当技術とは明らかに相違するものであり,回旋中心ピンをウェブ手段に代えて,このような挿入の機能を達成する構成を想起できるのか,その理由が明らかでない。 イ甲2は,回旋カバーにより回線を設置できることを開示するにとどまり,回旋カバーを交換可能に用いることやカバーを載置しないことについて開示も示唆もない。また,甲2では,蓋の側方にピンがあるので,保持に関係するピンの摺動が必要である。これに対し,本件発明1は,直線的並進及び旋回運動ができるのであって,「揺動蓋3がその背面のウェブ部9によって挿入及び揺動可能に本体2の背面の肩8に下側から係合している」という構成により,「ワイヤを回転又は旋回変位させて押し下げると,接点ピンホルダーの前面から離れる方向に,即ちワイヤの端の方向の力のベクトルになり,その結果,いかに利用者が押そうとも,ウェブ手段が肩部に係入して,しっかりと保持される。これは肩から始まってワイヤの方向と押圧リブの方向の間の角度が閉鎖時に継続して縮小し,力の水平成分ができるからである」という顕著な作用効果を奏する。 ウ本件発明1は,従来周知の技術が開示していない構成によって,周知の技術及び甲2ないし4記載の技術から想起することができない顕著な作用効果を奏するから,相違点2における本件発明1の構成要件のようにすることは,当業者であっても容易に想到することができない。 (3)取消事由3(相違点3の判断の誤り)審決は,本件発明2は,甲2記載の発明,甲3又は甲4記載の発明及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断したが,誤りである。 本件発明2は,回旋カバー(揺動蓋)の最大開放位置が本体の背面と面一であって,このカバー(蓋)は肩の下に係止し,この開放位置では縁の部分から出ていない。この「カバー(蓋)が肩の下に係止し,最大開放位置では縁の部分から出ていない」という構成によって,初めて,場所をとらない挿入が可能になる(そうでなければ,接点ピンホルダーは,向かい側に配置された接続小箱体との間に蓋が揺動できるスペースがなければならない。)上,複数箇所での蓋の交換をきちんと行うことができ,ワイヤ(回線)の挿入以前に蓋を容易に除去することができるのであって,その結果,ワイヤを短縮することができるとともに,ワイヤのはみ出しがないという顕著な作用効果を奏する。 これに対し,甲2ないし4には,「カバー(蓋)が肩の下に係止し,最大開放位置では縁の部分から出ていない」という構成について開示がないし,また,従来周知の技術から想起できるという構成も,作用効果も見当たらない。 本件発明2は,上記のような顕著な作用効果を奏するから,相違点3における本件発明2の構成要件のようにすることは,当業者であっても容易に発明をすることができない。 (4)取消事由4(相違点4の判断の誤り)審決は,相違点4に実質的な差異はないとして,本件発明3が,甲2記載の発明,甲3又は甲4記載の発明及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断したが,誤りである。 本件発明3は,「多重使用可能な補助工具」として,蓋を開放して設置し直す必要がある場合,例えば誤った箇所のクリップにケーブルを装着した場合に,ケーブル設置箇所を替える作業が容易にでき,また,ケーブルの端部を切断する場合に,蓋が切断作業にとって邪魔にならないよう蓋を簡単に取り外して作業ができるから,蓋を何回も使用することができるという作用効果を奏する。 これに対し,甲2記載の発明は,「好ましい構成は,さらに,回旋カバーが上側でその接点ピンから離れて,回旋カバーを閉鎖或いは開放するためにレバー作用を可能とする工具を設置するくぼみを有することである。」(2欄32ないし37行)との記載や図5から明らかなように,利用者が工具なしに蓋を開けることはできない。また,甲3又は甲4には,複数回に使用可能な補助工具としての蓋についての開示も示唆もない。 したがって,本件発明3は,甲2記載の発明,甲3又は甲4記載の発明及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができないものである。 2被告の反論(1)取消事由1(相違点1の判断の誤り)に対してア審決は,甲2記載の発明を主引用例とし,甲3又は甲4記載の発明を副引用例とした上で,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用することに阻害事由はないと判断したのであり,甲3又は甲4記載の発明のスロットに甲2記載の発明の回旋カバーの押圧リブ4を適用することに阻害事由があるか否かを判断したものではない。 原告が本件発明1の特徴と主張する「蓋の設置に余分の工具を必要とせず,蓋の変位も元来最初から実際に可能であり,その操作が簡単であって,現場で,別個の工具なしに同一の補助手段である蓋を利用して,蓋を開放あるいは変位して,ワイヤ(回線)を簡単に押し込むことができる」という点は,そもそも適用阻害事由にさえならないものであるし,その構成自体が甲2に記載されているから,格別のものではない。 イ進歩性の判断は出願日(優先権主張を伴っている場合は優先日)を基準に判断されるべきであるから,甲3又は甲4記載の発明の二段保持要素を備える構成を甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用することが容易に想到することができたか否かは,本件発明1の優先日(1994年(平成6年)3月10日)を基準に判断すべきであって,甲2に係る発明の特許出願(1988年(平成元年)9月)以前に,回旋カバーを有する接点ピンホルダーにおいて,二段保持要素を備えることを予想することができなかったか否かは関係がない。そして,本件発明1の優先日(1994年(平成6年)3月10日)において,甲2ないし4は公知であり,また,回線を保持する必要性という技術課題も公知であった。 ウ本件発明は,甲2を従来技術として引用した上で,「このような構造の場合,挿入された線が線挿入スリットに押し込む前に比較的に容易に跳ねるので,挿入作業を繰り返す必要がある」(本件明細書の段落【0003】)という技術課題を解決するとしているのであって,かかる技術課題が甲2記載の発明に内在していることは,当業者にとって自明であるだけでなく,原告自身が本件明細書において自認しているのである。また,上記技術課題は,挿入された線を線挿入スリットに押し込む前に生じる問題であり,線挿入スリットに挿入された線を最終的にどのような手段でクリップ刃内に押し込むか(揺動蓋か別の工具か)とは関係がない。さらに,甲2記載の発明及び甲3記載の発明は,共に電話産業に用いられると記載されているから,技術分野が共通するとともに,本件発明の技術分野とも共通する。 そうすると,甲2ないし4記載の発明は,いずれも「回線保持の必要性」という共通の技術課題を有しているのであって,これらの発明を結び付ける動機付けがあることは明らかである。 甲2には,一度閉じた蓋(回旋カバー)を開放することが不可能ないし極めて困難であることを示す記載はない。原告は図4,5のつめ突起11を挙げるが,それのみで,直ちに,蓋を閉じれば再度の開放が極めて困難であるとまではいうことができない。そして,一度閉じた蓋を固定するための強度をどのようにするかは適宜選択し得る事項にすぎないこと,甲2記載の発明の回旋カバーは,そもそも揺動自在,つまり開閉自在に構成されていること,甲2には,「回旋カバーは接点ピンホルダーの本体に離脱可能に配置されるのが好ましく」(2欄6ないし9行),「それ故,・・・使用時に初めて回旋カバーを取り付けるか,またはこの種の回旋カバーを幅に応じてずらしてクリップ刃での配線用の扱い易い工具として使用することが可能である」(2欄10ないし15行)との記載があることにかんがみれば,甲2記載の発明の蓋(回旋カバー)は,一度閉じれば再度の開放が不可能ないし極めて困難になるほど強固に固定されるように構成されているとのみ理解すべき合理的理由はない。技術常識に照らせば,「回線の接続変更や同通不良のチェック等のために,一旦接触形成ポジションに閉じた回旋カバーを開く場合があること」は自明のことである。また,甲2は,回旋カバーを工具(ツール)として使用できることを教示しているのであって,工具(ツール)として使用することができる以上,容易に開放旋回することや複数回使用することが前提となるのは当然である。さらに,甲2には,上記のように,「回旋カバーを幅に応じてずらしてクリップ刃での配線用の扱い易い工具として使用する」との記載があり,工具(ツール)として使用することができる以上,いったん接触形成ポジションに閉じた回旋カバーを開くことは当然に想定されている。 エしたがって,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用して,相違点1における本件発明1の構成要件とすることは,当業者であれば適宜なし得たものであるから,審決の判断に誤りはない。 (2)取消事由2(相違点2の判断の誤り)に対してア審決が従来技術として挙げた甲5ないし7には,「揺動部材がその背面の突出部によって挿入および揺動可能に,相手側部材の背面の係合部に下側から係合している」という構成が開示されているから,係合構造という点で見れば,本件発明1の「揺動蓋(3)がその背面のウェブ手段(9)によって挿入および揺動可能に,本体(2)の背面の肩(8)に下側から係合している」という構成と実質的な差がなく,しかも,このような係合構造が周知であって,かつ,これを甲2記載の発明に適用することを阻害する事由もないから,甲2記載の発明の「回旋中心ピン」及び「ガイド溝」という構成をそれぞれ「ウェブ手段」及び「肩」という構成に代えることは当業者にとって適宜なし得たものである。 また,甲5ないし7に記載の構成は,単に揺動可能であるだけでなく(つまり旋回変位が可能なだけでなく),水平方向へのスライドも可能であるから,原告の主張する本件発明1の構成と変わらない。そして,このような構成が周知である以上,直線的並進及び旋回運動ができることは格別のものではない。 イ甲2には,「回旋カバーは接点ピンホルダーの本体に離脱可能に配置されるのが好ましく,さらに,接触形成ポジションに固定可能とされるのが好ましい。それゆえ第一のケースでは,・・・この種の回旋カバーを幅に応じてずらしてクリップ刃での配線用の扱い易い工具として使用することが可能である」(2欄6ないし15行)との記載があり,この記載は,回旋カバーは着脱自在であるとともに,接触形成ポジション,つまり回線を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れた位置に固定されている回旋カバーを開放して,幅に応じてずらし,幅方向にずれている回線嵌め込みスロットに嵌め込まれた回線を接点ピンのクランプエッジ内に押し入れる工具(ツール)として使用できることを教示しているから,回旋カバーを交換可能に用いることやカバーを載置しないことが甲2に開示も示唆もされていないという原告の主張は前提において誤っている。 ウしたがって,相違点2における本件発明1の構成要件のようにすることは,当業者であれば容易に想到し得たものであるから,審決の判断に誤りはない。 (3)取消事由3(相違点3の判断の誤り)に対して省スペース化自体は,技術一般に普遍的な課題であるから,かかる課題の解決のために,「揺動蓋(3)がその最大開放位置で本体(2)の背面と面一である」ように構成することは,当業者であれば適宜なし得たものである。また,原告が主張するその他の作用効果も,省スペース化に付随する作用効果にすぎず,当業者が予測し得る範囲内にとどまるのであって,格別のものではない。 したがって,相違点3における本件発明2の構成要件のようにすることは,当業者であれば適宜なし得たものであるから,審決の判断に誤りはない。 (4)取消事由4(相違点4の判断の誤り)に対して原告が指摘する甲2の記載は,「好ましい構成」の一例,つまり一実施例として挙げられているにすぎず,それのみに限定されるものではない。すなわち,甲2では,工具なしで蓋を開けることも許容されていることが当業者には明らかであるから,原告主張のように限定的に解することはできない。 上記(1)ウのとおり,甲2には,「回旋カバーを幅に応じてずらしてクリップ刃での配線用の扱い易い工具として使用する」との記載があり,回旋カバー(揺動蓋)を補助工具として使用することが明記されているから,複数回使用することができるのは当然である。 したがって,本件発明3は,甲2記載の発明,甲3又は甲4記載の発明及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,審決の判断に誤りはない。 第4当裁判所の判断1取消事由1(相違点1の判断の誤り)について(1)原告は,甲3又は甲4記載の発明のスロットに甲2記載の発明の回旋カバーを工具として用いると,押圧リブ4が邪魔になってワイヤ(回線)を押し込むことができないから,甲2記載の発明の回旋カバーの押圧リブ4は,甲3又は甲4記載の発明のスロットに適用することができないし,また,本件発明1は,蓋の設置に余分の工具を必要とせず,蓋の変位も元来最初から実際に可能であり,その操作が簡単であって,現場で,別個の工具なしに同一の補助手段である蓋を利用して,蓋を開放あるいは変位して,ワイヤ(回線)を簡単に押し込むことができるのに対し,甲2ないし4にはそのような開示も示唆もないから,技術的にみて,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用することはできないと主張する。 ア審決は,甲3記載の発明の回線拘束突起90及び楔状突出部92が,「挿入された回線を回線拘束突起90にてグリップ部70の外端に隣接して保持し,回線がグリップ部70に差込まれた後,グリップ部70で回線の導電部を機械的に保持するととともに楔状突出部92で回線を保持してなる」と認定し,また,甲4記載の発明の上耳部108及び下耳部114が,「上耳部108が回線受入開口部94Bに挿入された,電気的接続がなされる前の回線を保持し,下側の下耳部114が電気的接続の完了した回線と係合してなる」と認定した上,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用して,相違点1における本件発明の構成要件とすることが,当業者であれば適宜なし得たものであると判断したのであって,このような審決の説示によれば,審決は,相違点1の構成,すなわち,回線嵌め込みスロット(線挿入スリット)が上下に設けられた側方の線保持突起を備え,少なくとも1個の上側の線保持突起が線挿入スリットに挿入された線を保持する働きをし,少なくとも1個の下側の線保持突起がクリップ刃に押し込まれた線を固定保持する働きをするという構成が公知であることを示すために甲3又は甲4を引用したものであり,甲3又は甲4記載の発明のスロットに甲2記載の発明の回旋カバーを工具として用いることを示すために甲3又は甲4を引用したものではない。そうであるから,甲2記載の発明の回旋カバーの押圧リブ4が,甲3又は甲4記載の発明のスロットに適用することができないとの原告の主張は,審決を正解しないものであるといわざるを得ない。 イ甲2には,「この場合,回旋カバーは接点ピンホルダーの本体に離脱可能に配置されるのが好ましく,さらに,その接触を引き起こす位置に固定可能とされるのが好ましい。それ故,第一の場合には,使用時に初めて回旋カバーを取り付けるか,またはこの種の回旋カバーを幅に応じてずらしてクリップ刃での配線用の扱い易い工具として使用することが可能である。」(2欄6ないし15行)との記載があり,この記載によれば,甲2記載の発明の回旋カバーは,配線用の扱い易い工具として使用することができるところ,その場合には,幅に応じてずらして使用するものである。そして,甲3又は甲4には,上記アのとおり,二段保持要素(甲3の回線拘束突起及び楔状突出部,甲4の上耳部及び下耳部)が記載されているところ,甲3記載の発明の「スロット」又は甲4記載の発明の「回線受入開口部」は,甲2記載の発明の「回線嵌め込みスロット」に相当するから,甲2ないし4記載の発明は,いずれも,回線をスロットに挿入し保持するための技術に関するものであるということができる。そうであれば,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用することが,技術的に困難であるということはできない。 ウしたがって,甲2記載の発明に,甲3又は甲4記載の発明を適用することを阻害する技術的理由が見当たらないとした審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は,採用することができない。 (2)原告は,甲2に係る発明の特許出願(1988年(平成元年)9月)以前に,回旋カバーのある接点ピンホルダーにおいて,カムによる二段保持要素を備えることを予想することはできなかったから,審決が説示する効果は,当業者が甲2記載の発明及び甲3又は甲4記載の発明から予測できた範囲のものではないと主張する。 しかしながら,甲3(1973年(昭和48年)12月11日公開)及び甲4(1980年(昭和55年)3月4日公開)は,甲2に係る発明の特許出願以前に公開されたものであるところ,甲3及び甲4には,上記(1)のとおり,二段保持要素(甲3の回線拘束突起及び楔状突出部,甲4の上耳部及び下耳部)が記載されているから,甲2記載の発明に甲3又は甲4記載の発明を適用して,相違点1における本件発明1の構成要件としたことによる「揺動蓋の機能に関係なく,挿入された線も押し込まれた線も,その挿入スリットから飛び出すことがない。更に,揺動蓋を押し下げた後,押し込まれた線を固定するために,揺動蓋をそのままの状態にする必要がない。」という効果は,当業者が甲2記載の発明及び甲3又は甲4記載の発明から予測できた範囲のものであるということができる。 原告の上記主張は,採用の限りでない。 (3)原告は,甲2及び甲3又は甲4に本件発明の動機付けはないし,甲3又は甲4記載の発明の二段保持要素を備える構成を甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用する必要性もないと主張する。 ア甲2及び甲3又は甲4に本件発明の動機付けがないとの点について(ア)甲2記載の発明についてa甲2には,次の記載がある。 「比較的狭い連続挿入スリット或いは限定するウェブを備える接点ピンホルダーの配列では,確実な電気的接触が形成されるように,回線或いは心線を挿入スロットに挿入し,特にクランプ刃の該当みぞに回線或いは心線を押し込むことは,問題がある。舌状工具も,ドライバーなどによる圧力付与でも,弊害除去対策とはならない。」(1欄30ないし39行)「それ故に,この発明の課題は,無半田クリップ刃で配線する手段を速やかに確実且つ全く問題なく行うことのできる冒頭に述べた類の複式接点ピンホルダーを創作することである。これは,この発明によると,クリップ刃で配線する手段が接点ピンホルダーの本体上に圧接可能な少なくとも1個の回旋カバー(回旋蓋)から成り,該回旋カバーから接点側に圧接突起が突き出し,該突起はカバーが本体に圧接される際に,本体に設けられた回線嵌め込みスロット内に侵入して,スロットに嵌め込まれた回線を接点ピンのクランプ刃内に押し入れることによって解決される。 回線ないし心線への押圧作用に係わる主たる問題は上記の対策によって全面的に解決され,その際,本発明によるこの種の回旋カバーを幅広く形成し,複数本の回線, 例えば4本の回線を対応する接点ピンのそれぞれのクランプ刃内に同時に押し込むことができるようにすることが可能である。」(1欄40行ないし2欄9行)「この場合,回旋カバーは接点ピンホルダーの本体に離脱可能に配置されるのが好ましく,さらに,その接触を引き起こす位置に固定可能とされるのが好ましい。 それ故,第一の場合には,使用時に初めて回旋カバーを取り付けるか,またはこの種の回旋カバーを幅に応じてずらしてクリップ刃での配線用の扱い易い工具として使用することが可能である。第二の場合には,閉鎖された回旋カバーは保護機能を引き受けて印付け担体として用いられ得る。このために,この発明による配列の構成は,一方では,回旋カバーが横方向回旋ピンを包含し,その回旋ピンが接点ピンホルダーの本体における一個ずつの案内みぞに回旋中心点を形成して離脱可能に下方係合し,他方では,回旋カバーが回旋ピンと反対の端面では接点ピンホルダーの本体におけるつめみぞに下方係合する弾力的つめを保持する。特に,所謂複式回旋カバーの場合や閉鎖方向或いは開放方向において十分な回旋力を発生させるために,好ましい構成は,さらに,回旋カバーが上側でその接点ピンから離れて,回旋カバーを閉鎖或いは開放するためにレバー作用を可能とする工具を設置するくぼみを有することである。」(2欄10ないし37行)「前述したように,回旋カバー3は接点ピンホルダー1の本体2に分離可能に配置され,接触形成ポジションの固定可能とされるのが好適である。このために各々の回旋カバー3は先ず側方に回旋中心ピン8を有し,該ピンは,図1乃至図3に具体的に示したように,接点ピンホルダー1の本体2にモジュール間隔で配置されたそれぞれ1本の案内みぞ9に回旋中心点を形成して且つそこに離脱可能に下側から係止される。さらに,回旋カバー3は回旋中心ピン8と反対位置した端面には接点ピンホルダー1の本体2のつめみぞ12に下方から係合する弾力的つめ11を保持する。この場合に,特につめが図4で表現にて直角な回旋カバー3にて認識されるように,上記つめ11はスロットによって分割されている。さらに,回旋カバー3は上側に且つその回旋ピン8から離れて,回旋カバーを閉鎖或いは開放するためにレバー作用を可能とする工具を設置するくぼみ10を有することが重要である。」(3欄30ないし58行)b上記aの記載によれば,甲2には,@第一の場合として,回旋カバーは,接点ピンホルダーの本体に離脱可能に配置されるのが好ましく,使用時に初めて回旋カバーを取り付けるか,又はこの種の回旋カバーを幅に応じてずらしてクリップ刃での配線用の扱い易い工具として使用することが可能であるために,回旋カバーが横方向回旋ピンを包含し,その回旋ピンが接点ピンホルダーの本体における一個ずつの案内みぞに回旋中心点を形成して離脱可能に下方係合すること,その実施例として,回旋カバー3は接点ピンホルダー1の本体2に分離可能に配置され,接触形成ポジションの固定可能とされるのが好適であり,このために各々の回旋カバー3は先ず側方に回旋中心ピン8を有し,このピンは,接点ピンホルダー1の本体2にモジュール間隔で配置されたそれぞれ1本の案内みぞ9に回旋中心点を形成して,そこに離脱可能に下側から係止されることが開示され,A第二の場合として,接触を引き起こす位置に固定可能とされるのが好ましく,閉鎖された回旋カバーは保護機能を引き受けて印付け担体として用いられ得るために,回旋カバーが,回旋ピンと反対の端面では,接点ピンホルダーの本体におけるつめみぞに下方係合する弾力的つめを保持すること,その実施例として,回旋カバー3は,回旋中心ピン8と反対位置した端面には,接点ピンホルダー1の本体2のつめみぞ12に,下方から係合する弾力的つめ11を保持することが開示され,さらに,B複式回旋カバーの場合や閉鎖方向あるいは開放方向において十分な回旋力を発生させるために好ましい構成は,回旋カバーが上側でその接点ピンから離れて,回旋カバーを閉鎖あるいは開放するためにレバー作用を可能とする工具を設置するくぼみを有すること,その実施例として,回旋カバー3は,上側にその回旋ピン8から離れて,回旋カバーを閉鎖あるいは開放するためにレバー作用を可能とする工具を設置するくぼみ10を有することが開示されていると認められる。 cそうすると,回旋カバーを開放するためにレバー作用を可能とする工具を設置するくぼみは,複式回旋カバーの場合や開放方向において十分な回旋力を発生させるために好ましい構成であるから,選択的に設置することが好ましいというにとどまり,弾力的つめが,挿入されたワイヤと共に一度載せられたならば,手で動かそうにも,固定されて取り外すことができないとまでは解することができない。また,弾力的つめ自体も,好ましい第二の場合の実施例として,接触を引き起こす位置に固定可能とするために,回旋カバーに保持されているというものであって,選択的に保持されることが好ましいというにとどまるから,甲2には,回線の接続変更や導通不良のチェック等のために閉じた回旋カバーを開く場合があるか否かは別にして,少なくとも,挿入されたワイヤと共に固定された後であっても,回旋カバーを開く場合があることが記載されているということができる。 (イ)甲3記載の発明についてa甲3には,次の記載がある。 「50本回線を束にして扱うときに回線の差込みを容易にするために,コネクタブロック25の各スロット86は,さらに,差込みに先立って,絶縁された回線を適当な工具によって容易に差込み可能な位置に保持するための回線拘束構造を備えている。この回線拘束構造は,本実施例では,各スロット86の対面壁から延びる4つの突起90の連なりとして構成されている」(7欄56ないし63行)「各スロット86は,さらに,図9及び図13aに最もよく示されている保持手段を備える。この保持手段は,本実施例では,スロット86の底壁88に隣接するスロット86の両壁から延びる一対の楔状突出部92として構成されている。」(8欄36ないし41行)「回線保持手段92は,回線が差込まれた後,回線が引き抜かれるのを阻止する手段として機能すると共に,コンタクトによりグリップされた回線部分に対するストレインリリーフとして機能する。」(8欄67行ないし9欄3行)「チャンネルみぞ100は,すべての回路が完成された後にコネクタブロック上の適切な場所に(図16),蓋101を保持するよう共働する。蓋101は,コネクタブロックの側面44と56を包囲する短い側壁103と長い側壁105を有する横断面が長方形のプラスチックチャンネルみぞである。短い側壁はブロックの側面に位置され,そのブロックから回線が延びて,回線保持手段92の丁度上に終結してその保持手段と共働して回線の取り出しを防止する。長い側壁105はブロックの側面に位置され,そこで回線は切断され,スロット86の全端をカバーして接点の汚れや腐食を防止する。側壁103と側壁105は蓋の長さにわたり内方に延びる一対の対向隆起107を備えている。これら隆起はブロックのチャンネルみぞと適合して蓋を適切位置に保持する積極的ロックを提供する。蓋はチャンネルみぞ100に沿って蓋を摺動させることにより,或いは側壁を曲げてブロック25上に横方向に蓋を移動されることにより適用され得る。」(9欄54〜10欄6行)「工具を取り除いた後も,回線112は,保持構造と,接点27のグリップ部70が回線112の導電部を機械的に握持することと相俟って,図20に示された位置に保持される。」(12欄43ないし48行)図15〜図20には,回線保持手段である楔状突起92と,それと所定間隔をもって回線拘束突起90とを,スロット86の底壁88に備えていることが図示され,図16〜図20には,スロット86に回線112が挿入され,突起90で回線が拘束され,工具で回線がグリップ部70に差し込まれ,楔状突起92で回線が保持される一連の工程が図示されている。 b上記aの記載によれば,甲3には,スロット86に回線112が挿入され,突起90で回線が拘束され,工具で回線がグリップ部70に差し込まれ,楔状突起92で回線が保持されること,工具を取り除いた後も,保持構造が回線112の導電部を機械的に握持することが開示されている。 (ウ)甲4記載の発明についてa甲4には,次の記載がある。 「この発明の幾つかの目的と特徴の中では,回線ハーネスに使用する改良型多接点電気コネクタを提供し,コネクタにおける電気的接続に先立って回線を所望位置に機械的に保持するコネクタを提供し,更に,回線ハーネスの製造にてレイアウト板に据え付けられたストリップ或いは回線保持ジグを別々に風を送る必要性を回避するコネクタを提供し,接続後に回線を保持するひずみ軽減(strain relief)を与えるコネクタを提供する・・・ことが言及されている。」(1欄47ないし61行)「整列された一対の回線受入開口部94B及び96Bを形成している前壁36Bと後壁38Bの起立指部90B及び92Bは,それぞれ上耳部108を有し,この耳部108は対応開口部内の内方に延びて,上収縮喉部110を形成している。各耳部108は当接面112から成り,収縮喉部を通して挿入された回線と係合して,回線の電気的終結の前に開口部から抜け出ることを防止する。上収縮喉部110は挿入される回線の直径よりも小さい幅を有する。前壁36Bに開口部を形成する隣合った指部90Bは,また,下耳部114を有し,この下耳部114は開口部94B内の下方へ延びて,回線28の直径よりも小さい幅の下収縮部116を形成している。同様に,各下耳部114は下当接面118を有し,下収縮部を通して挿入された回線と係合して,ひずみ緩和(strain relief)として機能する」(6欄51ないし68行)「上耳部108は回線28の電気的接続に先立って,回線28を各回線受入スロットに沿ってしっかりと機械的に保持する保持手段を構成する」(7欄19ないし23行)「コネクタ32Bの際立った利点は,ハウジングの前壁及び後壁のそれぞれに設けられた上耳部108のおかげで,回線は端子の両側で機械個的に保持されていることにより,回線の端末が外れて回線接続装置と干渉することを防止する点にある。」(7欄46ないし52行)図6ないし8には,上下方向に所定間隔をもって,上耳部108と下耳部114を設けている回線受け入れ開口部94Bが,コネクタの前壁36Bに図示されている。 b上記aの記載によれば,甲4には,この発明の目的が,コネクタにおける電気的接続に先立って,回線を所望位置に機械的に保持するコネクタを提供し,接続後に回線を保持するひずみ軽減(strain relief)を与えるコネクタを提供すること,上耳部108は,回線の電気的終結の前に開口部から抜け出ることを防止すること,下耳部114は,下収縮部を通して挿入された回線と係合して,ひずみ緩和として機能することが開示されている。 (エ)そうすると,甲2には,少なくとも,挿入されたワイヤと共に固定された後であっても,回旋カバーを開く場合があることが記載されているから,「蓋の取り外し交換する」という機能が開示されているといわなければならない。 また,甲3には,回線の挿入時に回線が拘束され,回線を接続して工具を取り除いた後も,回線を握持することが記載され,また,甲4には,開口部から抜け出すのを防止するために,回線の電気的接続の前に回線を保持し,接続後も保持することが記載されているから,甲3及び甲4には,本件発明のカムによる二段保持要素と同様の構成により,開口部から抜け出すのを防止するために,回線の電気的接続の前に回線を保持し,回線を接続して工具を取り除いた後も,回線を保持することが開示されていると認められる。そして,本件発明1は,揺動蓋が線を押し込むための補助工具であるところ,甲3及び甲4には,「挿入された線が線挿入スリットに押し込む前に比較的に容易に跳ねるので,挿入作業を繰り返す必要がある」という課題,「揺動蓋をそのままの状態にしなければならない」という課題,「閉鎖による移動性のために挿入されたケーブルに保持を与える」という機能が記載されているということができる。 (オ)したがって,甲2及び甲3又は甲4は本件発明1と共通する課題が記載されているから,甲2及び甲3又は甲4には本件発明1の動機付けがあるものといわなければならない。 イ甲3又は甲4記載の発明の二段保持要素を備える構成を甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用する必要性がないとの点について上記(1)イのとおり,甲2記載の発明の回旋カバーは,配線用の扱い易い工具として使用することができるところ,その場合には,幅に応じてずらして使用するというものである。そして,上記ア(ア)cのとおり,甲2には,少なくとも,挿入されたワイヤと共に固定された後であっても,回旋カバーを開く場合があることが記載されているから,甲2記載の発明の回旋カバーは,配線用の扱い易い工具として,複数回使用可能なものであるということができる。そうすると,甲2記載の発明において,幅に応じて回旋カバーをずらして使用するときや挿入されたワイヤと共に固定された後に回旋カバーを開放するときには,スロットに嵌め込まれたままの回線やスロットの接点ピンのクランプエッジ内に押し入れられた回線を保持する必要があるといわなければならない。 したがって,甲3又は甲4記載の発明の二段保持要素を備える構成を甲2記載の発明であるマルチ接点ピンホルダに適用する必要性はあるものと認められる。 ウ原告の上記主張は,採用の限りでない。 (4)以上のとおりであって,原告主張の取消事由1(相違点1の判断の誤り)は,理由がない。 2取消事由2(相違点2の判断の誤り)について(1)原告は,審決が従来周知の技術として挙げたものは,単に揺動可能に支持する機能を達成する構成を開示するだけであって,挿入の機能を達成する構成を開示していないから,本件発明1の該当技術とは明らかに相違するものであり,回旋中心ピンをウェブ手段に代えて,このような挿入の機能を達成する構成を想起できるのか,その理由が明らかでないと主張する。 審決の説示によれば,審決は,コネクタにおいて,揺動する部材に突出部を設け,この突出部を相手側部材の係合部に係合して揺動可能に支持することが従来周知の技術であることを示すために甲5ないし7を引用したものであって,甲5ないし7に記載された技術が本件発明1の該当技術と同一であることを示すために甲5ないし7を引用したのではない。そうであるから,甲5ないし7に記載された技術が本件発明1の該当技術と相違するとの原告の主張は,審決を正解しないものであって,採用することができない。 (2)原告は,甲2は,回旋カバーにより回線を設置できることを開示するにとどまり,回旋カバーを交換可能に用いることやカバーを載置しないことについて開示も示唆もない上,甲2では,蓋の側方にピンがあるので,保持に関係するピンの摺動が必要であるのに対し,本件発明1は,直線的並進及び旋回運動ができるのであって,「揺動蓋3がその背面のウェブ部9によって挿入及び揺動可能に本体2の背面の肩8に下側から係合している」という構成により,「ワイヤを回転又は旋回変位させて押し下げると,接点ピンホルダーの前面から離れる方向に,即ちワイヤの端の方向の力のベクトルになり,その結果,いかに利用者が押そうとも,ウェブ手段が肩部に係入して,しっかりと保持される。これは肩から始まってワイヤの方向と押圧リブの方向の間の角度が閉鎖時に継続して縮小し,力の水平成分ができるからである」という顕著な作用効果を奏すると主張する。 ア上記1(3)イのとおり,甲2記載の発明の回旋カバーは,配線用の扱い易い工具として,幅に応じてずらして使用するというものであり,また,複数回使用可能なものであるから,甲2には,回旋カバーを交換可能に用いることやカバーを載置しないことについて開示されているということができる。 イまた,本件明細書には,ウェブ手段について,次の記載のみがある。 「【請求項1】・・・揺動蓋(3)がその背面のウェブ手段(9)によって挿入および揺動可能に,本体(2)の背面の肩(8)に下側から係合していることを特徴とする複式接触ピンホルダー。」(特許請求の範囲)「【課題を解決するための手段】この課題は本発明に従い,線挿入スリットが上下に設けられた側方の線保持突起を備え,少なくとも1個の上側の線保持突起が線挿入スリットに挿入された線を保持する働きをし,少なくとも1個の下側の線保持突起がクリップ刃に押し込まれた線を固定保持する働きをすることによって解決される。それによって,揺動蓋の機能とは無関係に,挿入された線も押し込まれた線も,その挿入スリットから飛び出すことがない。更に,供される必要スペースがますます狭くなっていることを考慮するため,更に,揺動蓋の取扱操作を改善するために,有利な実施形では,揺動蓋がその背面のウェブ手段によって挿入および揺動可能に,本体の背面の肩に下側から係合している。揺動蓋はその最大開放位置で本体の背面と面一である。更に,揺動蓋は複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具である。」(段落【0005】,【0006】)「更に,供される狭い必要スペースを考慮し,揺動蓋の取扱操作を改善するために,有利な実施形では,図1に示すように,揺動蓋3がその背面のウェブ手段9によって,挿入および揺動可能に,本体2の背面の肩8に下側から係合している。この場合,揺動蓋3がその開放位置で本体2の背面から突出しないように,すなわち最高でもこの背面と面一になるようにすることが重要である。」(段落【0011】)上記記載によれば,本件明細書には,ウェブ手段について,供される狭い必要スペースを考慮し,揺動蓋の取扱操作を改善するために,揺動蓋3が,その背面のウェブ手段9によって,挿入及び揺動可能に,本体2の背面の肩8に下側から係合していることのみが開示されているから,「揺動蓋3がその背面のウェブ部9によって挿入及び揺動可能に本体2の背面の肩8に下側から係合している」という構成により,「ワイヤを回転又は回旋変位させて押し下げると,接点ピンホルダーの前面から離れる方向に,すなわちワイヤの端の方向の力のベクトルになり,その結果,ウェブ手段が肩部に係入して,いかに利用者が押そうと確保される。これは肩から始まってワイヤの方向と押圧リブの方向の間の角度が閉鎖時に継続して縮小し,力の水平成分ができるからである」という直線的並進及び旋回運動からなる作用効果を奏するとの原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。 そして,甲5ないし7によれば,コネクタにおいて,揺動する部材に突出部を設け,この突出部を相手側部材の係合部に係合して揺動可能に支持することは,従来周知の技術であると認められるから,回旋中心ピンをウェブ手段に代えて,これにより原告が主張する直線的並進及び旋回運動からなる挿入機能を有する構成とすることに格別の困難があるとは認められない。 ウ原告の上記主張は,採用することができない。 (3)以上のとおりであって,原告主張の取消事由2(相違点2の判断の誤り)は,理由がない。 3取消事由3(相違点3の判断の誤り)について(1)原告は,本件発明2は,「カバー(蓋)が肩の下に係止し,最大開放位置では縁の部分から出ていない」という構成によって,初めて,場所をとらない挿入が可能になる上,複数箇所での蓋の交換をきちんと行うことができ,ワイヤ(回線)の挿入以前に蓋を容易に除去することができるのであって,その結果,ワイヤを短縮することができるとともに,ワイヤのはみ出しがないという顕著な作用効果を奏するのに対し,甲2ないし4には,「カバー(蓋)が肩の下に係止し,最大開放位置では縁の部分から出ていない」という構成について開示がないし,また,上記従来周知の技術から想起できるという構成も,作用効果も見当たらないと主張する。 ア本件明細書には,最大開放位置について,次の記載のみがある。 「【請求項2】揺動蓋(3)がその最大開放位置で本体(2)の背面と面一であることを特徴とする請求項1の複式接触ピンホルダー。」(特許請求の範囲)「【課題を解決するための手段】この課題は本発明に従い,線挿入スリットが上下に設けられた側方の線保持突起を備え,少なくとも1個の上側の線保持突起が線挿入スリットに挿入された線を保持する働きをし,少なくとも1個の下側の線保持突起がクリップ刃に押し込まれた線を固定保持する働きをすることによって解決される。それによって,揺動蓋の機能とは無関係に,挿入された線も押し込まれた線も,その挿入スリットから飛び出すことがない。更に,供される必要スペースがますます狭くなっていることを考慮するため,更に,揺動蓋の取扱操作を改善するために,有利な実施形では,揺動蓋がその背面のウェブ手段によって挿入および揺動可能に,本体の背面の肩に下側から係合している。揺動蓋はその最大開放位置で本体の背面と面一である。更に,揺動蓋は複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具である。」(段落【0005】,【0006】)「更に,供される狭い必要スペースを考慮し,揺動蓋の取扱操作を改善するために,有利な実施形では,図1に示すように,揺動蓋3がその背面のウェブ手段9によって,挿入および揺動可能に,本体2の背面の肩8に下側から係合している。この場合,揺動蓋3がその開放位置で本体2の背面から突出しないように,すなわち最高でもこの背面と面一になるようにすることが重要である。」(段落【0011】)イ上記アの記載によれば,本件明細書には,最大開放位置について,供される狭い必要スペースを考慮し,揺動蓋の取扱操作を改善するために,揺動蓋3がその開放位置で本体2の背面から突出しないように,すなわち最高でもこの背面と面一になるようにすることのみが開示されているから,「場所をとらない挿入が可能になる上,複数箇所での蓋の交換をきちんと行うことができ,ワイヤ(回線)の挿入以前に蓋を容易に除去することができるのであって,その結果,ワイヤを短縮することができるとともに,ワイヤのはみ出しがない」という作用効果を奏するという原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。 そして,蓋を開放するためには,蓋が揺動することができるだけの十分なスペースがなければならないから,蓋の最大開放位置は,蓋を揺動するために不可避なスペースを考慮して,当業者が必要により適宜決めればよい技術的な設計事項であるといわなければならない。このことは,揺動可能に支持する機能を達成するという本件発明と同様の技術を開示する特開平1-105482号公報(甲6)や実願平1-93473号(実開平3-33975号)のマイクロフィルム(甲7)に,蓋の最大開放位置が本体から突出しない構造が何の説明もなく図示されていることからみても,明らかである。 ウ原告の上記主張は,採用することができない。 (2)以上のとおりであって,原告主張の取消事由3(相違点3の判断の誤り)は,理由がない。 4取消事由4(相違点4の判断の誤り)について(1)原告は,本件発明3は,「多重使用可能な補助工具」として,蓋を開放して設置し直す必要がある場合,例えば誤った箇所のクリップにケーブルを装着した場合に,ケーブル設置箇所を替える作業が容易にでき,また,ケーブルの端部を切断する場合に,蓋が切断作業にとって邪魔にならないように蓋を簡単に取り外して作業ができるから,蓋を何回も使用することができるという作用効果を奏するのに対し,甲2記載の発明は,利用者が工具なしに蓋を開けることはできないし,また,甲3又は甲4には,複数回に使用可能な補助工具としての蓋についての開示も示唆もないと主張する。 ア本件発明3に係る特許請求の範囲の請求項3は,「揺動蓋(3)が複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具であることを特徴とする請求項1の複式接触ピンホルダー」というものであり,引用する請求項1は,「・・・この揺動蓋から接点側へ押圧リブ(4)が突出し,揺動蓋(3)を本体(2)上へ押し下げるときに押圧リブが本体の線挿入スリット(5)に入り,挿入された線を接触ピン(7)のクリップ刃(6)に押し込む,複式接触ピンホルダー・・・」というものであって,工具なしで蓋を開けることについてまでは,特定していない。 イまた,本件明細書には,補助工具について,次の記載がある。 「【請求項3】揺動蓋(3)が複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具であることを特徴とする請求項1の複式接触ピンホルダー。」(特許請求の範囲)「それによって,揺動蓋の機能とは無関係に,挿入された線も押し込まれた線も,その挿入スリットから飛び出すことがない。更に,供される必要スペースがますます狭くなっていることを考慮するため,更に,揺動蓋の取扱操作を改善するために,有利な実施形では,揺動蓋がその背面のウェブ手段によって挿入および揺動可能に,本体の背面の肩に下側から係合している。揺動蓋はその最大開放位置で本体の背面と面一である。更に,揺動蓋は複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具である。」(段落【0006】)「押し込まれた線20が下側の突起12によって抑えられることにより,複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むために多重使用可能な補助工具として,揺動蓋3を使用することができる。」(段落【0013】)上記の記載によれば,揺動蓋は,複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むために,多重使用可能な補助工具として使用することができることが開示されているにすぎず,どのようにして蓋を開けるかについてまでは開示も示唆もないから,工具なしで蓋を開けることができるという原告の主張する作用効果は,本件明細書の記載に基づかないものである。 ウまた,上記1(3)ア(ア)cのとおり,甲2記載の発明において,回旋カバーを開放するためにレバー作用を可能とする工具を設置するくぼみは,複式回旋カバーの場合や開放方向において十分な回旋力を発生させるために好ましい構成であるから,選択的に設置することが好ましいというにとどまるのであって,利用者が工具なしに蓋を開けることはできないというものではない。そして,上記1(3)イのとおり,甲2記載の発明の回旋カバーは,配線用の扱い易い工具として,複数回使用可能なものであるから,「本件発明3は,揺動蓋が複数の接触ピンホルダーのクリップ刃に線を押し込むための多重使用可能な補助工具であるのに対し,甲2記載の発明は,揺動蓋(回旋カバー)が,多重使用可能な補助工具といえるか明りょうでない点。」という相違点4において,本件発明3と甲2記載の発明との間に実質的な差異はない。 エ原告の上記主張は,採用することができない。 (2)以上のとおりであって,原告主張の取消事由4(相違点4の判断の誤り)は,理由がない。 第5結論よって,原告の主張する審決取消事由は,いずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 高野輝久 |
裁判官 | 佐藤達文 |