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関連審決 無効2004-80140
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10855号 審決取消請求事件
原告出 光興産株式会社
訴訟代理人弁護 士片山英二
同 林康司
訴訟復代理人弁護 士江幡奈歩
訴訟代理人弁理 士小林浩
同 大谷保
同 東平正道
同 平澤賢一
被告昭和シェル石油株式会社
被告日 興産業株式会社
被告エヌ・エスルブリカンツ株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士島田康男
同 石川順道
被告ら訴訟代理人弁理士友松英爾
同 亀川義示
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2004-80140号事件について平成17年11月14日にした審決を取り消す。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,昭和63年11月15日にした特許出願(特願昭63-286868号)の一部を分割して,平成4年12月24日に発明の名称を「塑性加工用潤滑油剤」とする発明につき特許出願(特願平4-343672号。以下「本件出願」という。)をし,平成9年4月25日,特許第2128578号として特許権の設定登録(設定登録時の請求項の数1。以下,この特許を「本件特許」という。)を受けた。
これに対し被告らから特許無効審判請求がされ,特許庁はこれを無効2004-80140号事件として審理し,その係属中の平成17年7月11日,原告は,本件出願の願書に添付した明細書について特許請求の範囲減縮を目的とする訂正をした(以下,この訂正後の明細書を図面と合わせて「本件明細書」という。)。
そして,特許庁は,審理の結果,同年11月14日,「訂正を認める。特許第2128578号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その謄本は同月25日原告に送達された。
2 特許請求の範囲本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
「(A)1-オクテン,1-デセン,1-ドデセン,1-テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデセン,1-エイコセン及びこれらの混合物から選択される直鎖オレフィン2〜50重量%,及び(B)40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン及びその水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物を含有してなるアルミニウムフィン成形用潤滑油剤。」3 審決の内容審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。
その理由の要旨は,本件発明が,刊行物A(米国特許第3288715号明細書。審判甲15・本訴甲1),刊行物B(潤滑,15巻6号(1970年)343〜352頁,「油性向上剤および極圧添加剤」。審判甲14・本訴甲2),刊行物C(特開昭61-85492号公報。審判甲6・本訴甲3),刊行物D(特開昭52-114602号公報。本訴甲4)に記載された発明(以下,それぞれ「刊行物A記載発明」,「刊行物B記載発明」などという。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができないとしたものである。
審決が認定した本件発明と刊行物A記載発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(一致点)アルミニウム製品加工用の潤滑油剤において,1-デセン,1-ドデセン,1-テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデセンから選択される直鎖オレフィン10〜50重量%を含有するものである点。
(相違点(1))潤滑油剤の直鎖オレフィン以外の成分が,本件発明では40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン及びその水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物であるのに対し,刊行物A記載発明では,鉱油又はジエステル油等であり,その粘度が「潤滑油粘度」とされていて,オレフィン組成物が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油が,25〜10,000セイボルトユニバーサル秒の粘度を持つ石油から得られたもの,とされている点。
(相違点(2))アルミニウム製品の加工に関し,本件発明ではアルミフィン成形用と特定されているのに対し,刊行物A記載発明では,アルミニウム製品の加工とされている点。
当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告の主張本件発明と刊行物A記載発明との一致点及び相違点(1),(2)についての審決の認定に誤りがないことは認める。
審決には,相違点(1)についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1),相違点(2)についての容易想到性の判断の誤り(取消事由2),本件発明の顕著な効果を看過したことによる相違点(1),(2)についての容易想到性の判断の誤り(取消事由3)があり,違法として取消しを免れない。
(1) 取消事由1(相違点(1)についての容易想到性の判断の誤り)ア 刊行物B及びA記載の各発明の誤認審決は,「刊行物Bの記載によると,α-オレフィンが油性向上剤としての効果を有すること,及び,アルミニウムの潤滑に対しても有効に作用することも知られており(摘記k),刊行物Aで長鎖オレフィンの具体例として挙げられているヘキサデセン-1(セテン)は刊行物Bにおいてその例とされているものであるから(摘記k),当業者であれば,刊行物A記載発明におけるそのような長鎖オレフィン(ヘキサデセン-1はα-オレフィンである。)が油性向上剤として機能するものであると理解することができ,そうすると,刊行物Aにおいて『他の公知の潤滑剤への添加剤として優れた特性』(摘記e)とは油性向上剤としての特性であること,そして,オレフィン類と混合されるとする鉱油又はジエステル油(摘記e)は,潤滑油組成物における基油(基材)に相当するものであるということも理解できるものである。」(審決書16頁12行〜22行)として,刊行物Aにおける潤滑油剤の直鎖オレフィン以外の成分である「鉱油又はジエステル組成物等」は基油に相当すると理解できる旨認定しているが,以下のとおり誤りである。
(ア)刊行物Bには,「α-オレフィン,あるいは芳香族化合物の油性剤としての効果が注目されている」及び「これらのオレフィン類は,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物と混合される。」との記載があり,上記記載に関連して文献49),50)(甲11,12)が引用されている。しかし,刊行物Bには,α-オレフィンの油性剤としての効果を実際に確認した旨の記載やこれを推認させる記載はない。また,油性剤の機能は,金属表面の摩擦の低減にあり,その結果として磨耗を減少することにあるが,文献49),50)には,1-セテン(α-オレフィン)は潤滑油として記載されており,油性剤の機能を有することを裏付ける記載はない。
したがって,審決が,刊行物Bはα-オレフィンが「油性向上剤」としての効果を有することを開示していると認定した点には誤りがある。
(イ)刊行物A記載発明は,アルミニウム加工において,従来から使用されていた他の液状物に代えて長鎖オレフィンを用いると,特にアルミニウムが塑性流動又は塑性変形を起こす条件下で,アルミニウムの付着を防止できるという発見に基づく発明であって,刊行物Aの特許請求の範囲及び実施例に記載されているとおり,本質的には,長鎖オレフィン単体で,アルミニウム加工に用いることしか意図していない。このように刊行物Aは,直鎖オレフィンを基油(潤滑油)として開示しているにすぎない。もっとも,刊行物Aには,長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)について「他の潤滑剤への添加剤として優れた特性」との記載があるが,その特性については何ら記載されておらず,上記記載は,単に材料の広い用途を漠然と確保しようとするための記載とみるのが妥当であり,「他の潤滑剤への添加剤として優れた特性」が油性向上剤としての特性であると一義的にはいえないから,上記記載から直鎖オレフィンを油性向上剤などの添加剤として認識することには無理がある。
(ウ)以上のとおり,刊行物Aには,直鎖オレフィンを基油として用いることが記載されているだけであり,刊行物Bに直鎖オレフィンを油性向上剤として用いることのできる旨の記載があったとしても,直鎖オレフィンは油性剤でなく,これを油性剤ないし油性向上剤として他の基油と混合しようと理解すべきではないから,審決が,刊行物Aにおける潤滑油剤の成分である直鎖オレフィンは油性向上剤として機能し,直鎖オレフィン以外の成分である「鉱油又はジエステル組成物等」は基油に相当すると理解できると認定した点には誤りがある。
イ 刊行物C記載発明の誤認審決は,「潤滑油基油に油性向上剤として働くアルキルペンタエリスリトール(判決注・「アルキルペンタエリトリトール」の誤記)及びホスホン酸エステル(摘記l,n)を配合したアルミニウム塑性加工の際に使用できる(摘記m)潤滑剤組成物の発明に関する刊行物C」(審決書16頁23行〜25行)として,刊行物Cには「油性向上剤と基油からなる潤滑剤組成物」の発明が記載されていると認定している。
しかし,刊行物B記載の表7によれば,刊行物Cの「アルキルペンタエリトリトール」(正しくは「アルキルペンタエリトリトールホスファイト」)などのホスファイト類は「油性剤」ではなく,「極圧剤」として扱われており,また,刊行物Cの発明者らは,刊行物Cに係る発明の出願後に他の特許出願をした際に,アルキルペンタエリトリトールホスファイトを極圧剤として認識している(甲8,10)。このようにアルキルペンタエリトリトールホスファイトは油性向上剤ではなく,極圧剤であり,刊行物C記載発明は,基油に極圧剤を配合してなる潤滑剤組成物に関する発明であるから,審決の上記認定は誤りである。
容易想到性の判断の誤り(刊行物A及びCの組合せの障害事由の存在)(ア)審決は,前記のとおり刊行物A記載の長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)は油性向上剤として機能し,刊行物Cには油性向上剤と基油からなる潤滑剤組成物(潤滑油組成物)の発明が記載されているとした上で,「刊行物Cの記載によると,アルミニウム材の塑性加工時に使用される油性向上剤とベース油からなる潤滑油組成物においてベース油として用いられる潤滑油(基油)として,鉱油の外に,合成油であるジオクチルセバケート,トリメチロールプロパントリカプリレートと並んでポリブテンが知られているから(摘記o,p),刊行物Cと同じ加工対象の潤滑油組成物である刊行物Aに記載された発明に係る潤滑油組成物の基油である鉱油又はジエステル油に代えて,ジエステル油と同じ合成油として刊行物Cに記載されている,金属加工油基油として周知のポリブテンを使用することは,当業者が容易に想到することができるものである。」(審決書16頁25行〜34行)として,アルミニウム塑性加工用の潤滑油の共通点及び油性向上剤の共通点から刊行物Aと刊行物Cを組み合わせ,刊行物Aの潤滑油組成物の基油である鉱油又はジエステル油に代えて,合成油として刊行物Cに記載され,基油として周知のポリブテン(相違点(1)に係る本件発明の成分)を使用することは,当業者が容易に想到することができたと判断しているが,以下のとおり誤りである。
@前記アのとおり,刊行物A記載の潤滑油剤の成分である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)は,基油であって,油性向上剤ではないから,油性向上剤の共通点に基づいて刊行物Aと刊行物Cとを組み合わせる審決の論理はそもそも成り立たない。
A仮に刊行物A記載の直鎖オレフィンが油性向上剤であるとしても,通常,組み合わせる成分の一方の成分を別のものに変更しようとする動機づけは,少なくとも他の成分の機能・作用機構が同じ場合でないと生じ得ないものであるが,前記イのとおり,刊行物Cで用いられているアルキルペンタエリトリトールホスファイトが油性向上剤ではなく,極圧剤である以上,刊行物Aの直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジエステル油」を刊行物Cの「ポリブテン」に代える動機づけは存在しない。
B仮に刊行物Cで用いているアルキルペンタエリトリトールホスファイトが油性向上剤としての効果を有するとしても,以下のとおり,刊行物Aの直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジエステル油」を刊行物Cの「ポリブテン」に代える動機づけは存在しない。
a刊行物A記載発明は,アルミニウム加工において,従来から使用されていた他の液状物に代えて直鎖オレフィンを用いることにより,優れた仕上がりの加工を可能とし,かつ,残留汚染物を少なくするというものである。そして,刊行物Aには,これらのオレフィン類について,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等と混合できる可能性が示唆されている。一方,刊行物C記載発明は,請求項1記載のとおり,「潤滑油にアルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上を配合させることを特徴とする冷間加工用潤滑剤」であり,刊行物C中には,本発明のベース油として用いられる潤滑油として,鉱油,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及び混合油があること,当該冷間加工用潤滑剤がアルミニウムあるいはアルミニウム合金の冷間鍛造に好適な潤滑剤であることについても記載されている。そうすると,刊行物Cには,鉱油,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油等の潤滑油に,アルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の両者を必須成分として配合させたアルミニウム冷間加工用潤滑剤について記載されているといえる。これらの記載からすると,刊行物A記載の潤滑油は直鎖オレフィンを必須成分とするのに対し,刊行物C記載の潤滑油はアルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の両者を必須成分とし,刊行物A及びC記載の各潤滑油は本質的に構造及び機能が全く異なるものである。
そうすると,刊行物Aで用いている直鎖オレフィンについて,潤滑油として構造及び機能が全く異なる刊行物Cの記載に基づいて,組合せの相手である刊行物Aの「鉱油,ジエステル油」を刊行物Cの「ポリブテン」に代える動機づけは存在しない。
また,刊行物Cは,基油に,アルキルペンタエリトリトール及びホスホン酸エステルを添加剤として用いることを特徴とした潤滑油剤に関するものであり,基油自体に特徴があるわけではないので,刊行物Cの記載に基づいて刊行物A記載のベース油(基油)を変更する動機づけも存在しない。
b鉱油に代替する基油として合成油を選択するのは単純なことではない上,刊行物Cの記載においては,ポリブテン油は例示化合物の一つにすぎず,実施例において使用された基油の中でも最も性能が悪い(実施例8)。また,甲5には,同一粘度の鉱物油と比べるとポリブテンの潤滑性能は非常に悪いと記載されている。
したがって,刊行物C記載のベース油から積極的に合成油であるポリブテンを基油として選択して,刊行物A記載の鉱油に代える合理的根拠はない。
c刊行物Aには,長鎖オレフィンは低い摩擦係数を示すけれども,激しい磨耗を起こすこと(2欄11行〜20行),潤滑剤として,不飽和添加物を含有することは望ましくないとこと(2欄20行〜28行)の記載があり,これらの記載によれば,不飽和化合物である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)を混合した潤滑油剤は好ましくないことが,当業者に認識されていたといえる。
刊行物Aは,このことを前提に,「〜アルミニウム加工の際に改善を生じるオレフィンの能力に顕著に影響しないその他の希釈剤及び展延剤と混合してもよい。かくして,・・・潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等と混合できる。」(審決摘記e)として,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限定された条件下において,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性を示唆している。そうすると,当業者は,オレフィンと,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という鉱油,ジエステル油以外の潤滑油とを混合しようとする発想には至らない。
d刊行物A,Cのいずれにも,直鎖オレフィンと,「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン又はその水素化物」(相違点(1)に係る本件発明の構成)を組み合わせることにより,加工性が向上するとともに,使用中に発生する臭気が少なく,作業環境が向上し,さらに加工製品の表面の脱脂性が向上する塑性加工用潤滑油剤が得られることを示唆する記載は存在しない。
C刊行物Aでは,直鎖オレフィン,鉱油などを基油として認識しているのに対し,刊行物Bでは直鎖オレフィンを油性向上剤として捉えている。また,刊行物Bにおいては,ホスファイト類が極圧剤とされているのに対し,刊行物Cでは,それが油性剤として記載されており,刊行物Bと刊行物Cとでは,明らかに油性剤と極圧剤の範囲が異なる。このように「基油」,「油性向上剤」,「極圧剤」などの定義・範囲は明確でなく,当業者間でもその認識する範囲が異なるものである。
そして,代替させようとしている添加剤(油性向上剤)の用語の意味が異なる文献間において,その定義の異なる成分を代替するという発想を当業者がすることはあり得ないから,油性剤と極圧剤の意味において異なっている刊行物Bと刊行物Cの組合せをすることは困難である。
また,刊行物Aでは直鎖オレフィンを基油として開示しているのに対し,刊行物Bでは直鎖オレフィンが油性向上剤としての効果がある旨示唆しており,基油として開示されている刊行物Aの直鎖オレフィンを油性向上剤として,刊行物Cに適用することも困難である。
このように刊行物AないしCを組み合わせることには阻害事由がある。
Dしたがって,審決が,刊行物Aの潤滑油組成物の基油である鉱油又はジエステル油をポリブテン(相違点(1)に係る本件発明の成分)に置換することは当業者が容易に想到することができたとした判断には誤りがある。
(イ)審決は,「刊行物Aにおいて,オレフィンに混合される鉱油,ジエステル油は『潤滑油粘度』であるとされ(摘記e),具体的には,鉱油の場合として,25〜10,000SUSとされており(摘記g),本件発明のように『40℃における動粘度が0.5〜30cSt』という規定はされていないが,刊行物Aにおいても,アルミニウムの塑性加工に用いられる潤滑油を目的とするものであり,25〜10,000SUSは,前記のとおり,少なくとも2.0〜2160cStの範囲を包含する,広い範囲のものであるから,刊行物Aにおける粘度の規定は,本件発明のものと重複する範囲のものであるか,あるいは,例えば,刊行物Cで潤滑油の基油として鉱油と並んで具体的に使用されているジオクチルセバケートの粘度が12.5cSt(100゜F(=37.8℃))である(・・・)ことを考慮すると,『40℃における動粘度が0.5〜30cSt』という規定は,当業者がアルミニウムの塑性加工において,普通に使用する潤滑油(基油)の粘度範囲を規定したものにすぎず,格別の範囲を規定したものではない。」(審決書16頁37行〜17頁12行)として,刊行物A記載の潤滑油粘度の鉱油又はジエステル油に代えて「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン及びその水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物」(相違点(1)に係る本件発明の構成)とすることは当業者が容易に想到することができたと判断しているが,以下のとおり誤りである。
@一般的に,ポリブテンのような繰り返し単位を持つ化合物は,構成単位がどの程度繰り返されているか(いわゆる「重合度」),ひいては分子量がどの程度の大きさであるかによってその性質が顕著に異なるものであるから,重合度や分子量を無視してその物を解釈してはならない。本件明細書中(甲19)にも,「特に低分子量ポリブテン,低分子量ポリプロピレンさらには炭素数8〜14のα-オレフィンオリゴマーが好ましい。上記のポリブテン及びその水素化物としては,通常40℃における動粘度が0.5〜500cSt,特に0.5〜30cStのものが好適に用いられる。」(段落【0005】)と記載されており,「0.5〜30cSt」の動粘度の限定は,ポリブテンが低分子量のものであることを意味していることが読み取れる。したがって,本件発明の「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」は,40℃における動粘度が0.5〜30cSt程度の分子量(あるいは重合度)を有するポリブテンを意味することを念頭において,構成要件を分断することなく理解すべきである。
一方,刊行物Cでは,「ベース油としての潤滑油」としてのポリブテン油を記載しているが,「ベース油としての潤滑油」という場合には,比較的高粘度のものを意味する(甲A12等)。また,刊行物C記載の潤滑油の粘度は,ジオクチルセバケートに関するものであり,ポリブテンあるいはその水素化物に関するものではない。
したがって,刊行物Cは,潤滑油としてのポリブテンあるいはその水素化物について「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」であることを何ら開示するものではない。
Aそして,本件発明において,ポリブテンあるいはその水素化物の動粘度を「40℃で0.5〜30cSt」とするのは,このような特定の動粘度により特徴づけられる特定の分子量(重合度)のポリブテンを選択するという趣旨であるが,この要件を鉱油やジオクチルセバケートに関する粘度の記載に基づいて導き出すことはできない。
なお,鉱油とポリブテンは,動粘度が同程度であっても潤滑油としての性能は全く異なるから(前記(ア)Bb),両者に潤滑油に用いられる物質であることの共通性があるとしても,鉱油に関する動粘度の記載をもって,ポリブテンあるいはその水素化物の動粘度を論じることはできない。
Bしたがって,「ベース油としての潤滑油」としてポリブテンを記載するにすぎない刊行物Cから,当業者が「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」を想起することは容易ではないから,審決が,刊行物Cの記載に基づいて,刊行物A記載の潤滑油粘度の鉱油又はジエステル油に代えて相違点(1)に係る本件発明の構成とすることは当業者が容易に想到することができたとした判断には誤りがある。
(2) 取消事由2(相違点(2)についての容易想到性の判断の誤り)審決は,相違点(2)について,「刊行物A記載発明では,それらの加工に際し,アルミニウム材と加工部材の摩擦面における潤滑の問題点を解消しようとするものであり,刊行物A記載発明は,その課題解決のために,1-ヘキサデセン等のオレフィンを潤滑油組成物の成分として用いることを教示するものであるから,当業者にとって,アルミフィンの成形加工についても当然その点に関して共通の課題を持つものと理解されるものと認められ,さらに,アルミフィンの成形加工自体はアルミニウム製品の加工として周知のものと認められるから,刊行物A記載発明のアルミニウム製品の加工としてアルミフィン加工を挙げてその用途に限定した潤滑油剤とすることに何ら困難なことはない。」(審決書16頁1行〜10行)と判断しているが,以下のとおり誤りである。
ア「アルミフィン加工」と,刊行物A記載のアルミニウムの切削,引き抜き,圧延では,用いる潤滑油に対する要求性状が異なる。具体的には,まず通常の引き抜き加工とは,例えば柱状の被加工部材を一定の力でダイスを通過させて引っ張ることで柱状部材の直径を細く加工することであり,また,圧延加工とは,例えば板状の被加工部材に一定の圧力をかけて薄板化する工程である。これらの加工は,一定の圧力がかかった条件で行われる加工法である。
これに対しアルミフィン加工は,アルミニウム材料として0.09〜0.12oという非常に薄い板材を用い,@「穴あけ」(薄板に7〜9oの小さな孔を多数空ける工程),A「しごき」(上記の小さな孔をポンチとダイスで瞬時にしごいて,しごく方向に円柱状のフィンカラー部を作り出すとともに,一定長さまで伸ばし滑らかにする工程),B「リフレアー」(一定長さに伸ばされたフィンカラー部の先端端を折り返す工程)という主に3工程からなる。各工程で薄板にかかる圧力が大きく異なる上,「しごき」工程が約300ショット/分という高速で繰り返して行われる非常にセンシティブ(繊細)な加工法であるため,潤滑油の潤滑性能が良好であるだけでなく,摩擦により生じる磨耗粉や潤滑油の劣化物などが局所的に凝集し付着したり,凝着したりしないことが要求される。この僅かな凝着物に起因してフィンカラー部に割れ,変形などが生じ,製造ラインの停止を余儀なくされるなど連続加工が阻害されるからである。さらに,加工されたアルミニウム板は,加工後,何重にも重ね合わせ,銅管を加工した孔に通し,アルミフィンと密着させるため,銅管の径を拡大させるため,孔径,フィンカラー部の均一な加工が要求され,さらに極力汚れなどが除去される必要がある。
イこのようにアルミフィン加工は非常にセンシティブな工程を要するのであるから,通常のアルミニウムの打抜き,圧延などと同系列に扱うことはできないものであり,そのため潤滑油に要求される性能も大きく異なるにもかかわらず,審決は,当業者の認識を全く無視し,アルミニウムを加工するいう点の共通性だけに着目して当然に共通の課題を有すると誤って認定し,本件発明が,アルミフィン成形加工の用途に特定したこと(相違点(2)に係る構成)が何ら困難なことではないと判断したのは誤りである。
(3)取消事由3(本件発明の顕著な効果を看過したことによる相違点(1),(2)についての容易想到性の判断の誤り)審決は,本件発明の効果について「本件発明の加工性が向上するという効果については,刊行物Bに記載されているα-オレフィンの油性向上剤としての効果から予測される範囲のものであり」(審決書17頁15行〜17行),刊行物AないしDに記載された発明に基づいて容易に想到する本件発明の潤滑油剤の構成が奏する効果の単なる確認にすぎず,格別のものとは認められないと判断しているが,以下のとおり誤りである。
ア本件発明は,刊行物Aに他の潤滑油と混合すると加工性が劣ると示唆されている直鎖オレフィンと,潤滑油としては加工性に劣る最悪の部類に属するボリブテン等とを混合することで,本件明細書の実施例に示すように,しごき不良率2%という,極めて良好な加工性が得られることを見いだしたものである。そして,炭素数6〜40の直鎖オレフィン2〜50重量%と,動粘度を0.5〜30cStのポリブテン等とを組み合わせたこと,及び両者の配合比として直鎖オレフィン2〜50重量%を選択したことによる本件発明の効果は,刊行物AないしDのいずれを参酌しても予想できるものではない。
イ本件発明が優れた効果を奏することは,加工性に関する実験結果からも明らかである。
(ア)甲6(試験報告書(5))の表1に示すように,組成物の各成分単体での摩擦係数から予測される結果に反して,直鎖オレフィンである1-オクタデセンとイソパラフィン(ポリブテン等)の組成物は,ブチルステアレートとイソパラフィン(ポリブテン等)の組成物よりも,摩擦係数は小さく潤滑性能が優れていることを本件発明の発明者らは見いだした。つまり本件発明(請求項1)の特定の直鎖オレフィンと特定粘度のポリブテン等の組合せのみが良好な潤滑性能を有していることを見いだしたものであり,このことが,本件明細書の実施例1記載のしごき不良率2%(第1表)という顕著な効果につながっている。
(イ)また,甲14(試験報告書(7))の表3に示すように,直鎖オレフィンである1-テトラデセンと特定粘度のイソパラフィン(ポリブテン等)の組成物が,最も良好な加工表面性状を示している。特に注目すべきであるのは,試作油(イソパラフィン+1-テトラデセン),比較油(3)(パラフィン系鉱油+1-テトラデセン)及び比較油(5)(1―テトラデセン単体)の摩擦面性状の違いである。イソパラフィン+1-テトラデセンを混合してなる本件発明の試作油を用いて,アルミニウムからなる試験板材上で鋼球を往復摺動させた場合の摩擦面は,微細な摩耗粉が広範囲に均一に分散し,摩擦状態も安定しており,良好な加工表面を形成していることがわかる。これに対し比較油(3)(パラフィン系鉱油+1-テトラデセン)及び比較油(5)(1―テトラデセン単体)を用いて同様の試験を行った場合の摩擦面は,凝集した摩耗粉が多く発生し,これらが摩擦面や摩擦境界部に付着し,良好な加工表面を形成していない。この実験結果から,本件発明による塑性加工用潤滑剤の優れた加工性が確認できる。
(ウ)さらに,甲15(試験報告書(6)),甲16(試験報告書(8))記載の実験結果からも,本件発明の成分の組合せにより顕著に加工性が向上していることが確認されている。
なお,原告は,直鎖オレフィンの含有量「2〜50重量%」及びポリブテン等の40℃における動粘度「0.5〜30cSt」の各数値それぞれに臨界的な意義があると主張するものではなく,本件発明の成分の組合せにより顕著な効果を奏することを主張するものである。
ウ以上のとおり,審決には,本件発明の顕著な効果を看過した誤りがある。
2 被告らの反論(1) 取消事由1(相違点(1)についての容易想到性の判断の誤り)に対しア刊行物B及びA記載の各発明の誤認に対し「油性向上剤」は「油性を向上させる目的に用いられる潤滑油添加剤。油性剤ともいう。」をいい(乙8),潤滑油に加えられる添加剤の構造(分子構造)によって一義的に「油性向上剤」であるか「油性向上剤」でないかが決められるものではない。また,「α-オレフィン」を含め,「油性向上剤」と「(狭義の)極圧添加剤」をその言葉に捉われて峻別することに実質的な意味はなく,いずれも広く一般に潤滑油の油性を改良するものとして加えられるものである。
したがって,刊行物B記載の「油性剤」がいわゆる「油性剤(油性向上剤)」であることは明らかであり,当業者であれば,刊行物Bの記載に基づいて,刊行物Aの潤滑剤の成分中,「直鎖オレフィン(α-オレフィン)」は油性向上剤に,「鉱油又はジエステル組成物(合成油)」は基油に相当すると理解すると認定した審決に誤りはない。
イ 刊行物C記載発明の誤認に対し上記アによれば,刊行物Cの「アルキルペンタエリトリトールホスファイト」は油性向上剤に相当するから,審決が,刊行物Cに,「油性向上剤と基油からなる潤滑油組成物」が記載されていると認定したことにも誤りはない。
容易想到性の判断の誤りに対し前記ア,イのとおり,審決に,原告主張の刊行物A記載発明及び刊行物C記載発明の誤認はなく,刊行物A記載の潤滑油粘度の鉱油又はジエステル油に代えて刊行物C記載のポリブテンを採用し,相違点(1)に係る本件発明の構成とすることは当業者が容易に想到することができたとの審決の判断にも誤りはない。
(ア)甲5には,「ポリブテン単体の潤滑性能はよくない。」と記載されているだけで,この「ポリブテン」に油性剤を加えたものの潤滑性能がよくないと記載されているわけではない。また,甲5には,「c)ポリブテンに対するオレイン酸(10%)の添加は著しい効果がある。」(149頁右欄17行〜18行),「オレイン酸の2重結合またはカルボキシル基がポリブテンの2重結合に何らかの作用を及ぼしてポリブテンを高圧下でも安定にする作用が考えられる。」(149頁右欄22行〜24行)と記載されていることに照らすと,上記オレイン酸は脂肪酸であって油性剤と考えられ,「α-オレフィン」もオレイン酸と同様に2重結合を有するのであるから,甲5は「油性剤とポリブテンを組み合わせると潤滑性能がよくなる」ことが示唆されているというべきである。したがって,刊行物C記載のベース油(基油)からポリブテンを選択し,刊行物A記載の鉱油に代える動機づけがある。
原告の指摘する刊行物Aの工作条件(前記1(1)ウ(ア)Bc)は,刊行物A記載発明の端緒に関する記述にすぎず,刊行物Aにはそうした工作条件に限定されなければならないとは記載されていない。むしろ,刊行物Aは,オレフィンがアルミニウムの加工(圧延,切削,押出,引抜き等)に有効であることを指摘している。
(イ)刊行物Cに記載されている「ポリブテン」は「アルミニウムの塑性加工に用いる潤滑剤の基油」に用いられているものであるから,この「ポリブテン」は,当然に,アルミニウム塑性加工用潤滑剤の基油として相応しいものであることは明らかであり,その重合度(分子量)は際限のないものではない。また,当業者であれば,必要に応じて適宜の動粘度のポリブテンを選択できる。
そして,刊行物Aには,オレフィンに混合される鉱油,ジエステル油は「潤滑油粘度」であるとされ,刊行物Cに,潤滑油の基油として鉱油と並んで具体的に使用されているジオクチルセバケートの粘度が12.5cSt(100°F(=37.8℃))であることが記載されていることを考慮すると,「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」という規定は,当業者がアルミニウムの塑性加工において,普通に使用する潤滑油(基油)の粘度範囲を規定したものにすぎず,格別の範囲を規定したものではないとした審決の判断に誤りはない。
なお,本件発明の「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」は,40℃における動粘度が0.5〜30cSt程度の分子量(あるいは重合度)を有するポリブテンを意味するとの主張は,特許請求の範囲(請求項1)の記載に基づかないものであり,失当である。
(2) 取消事由2(相違点(2)についての容易想到性の判断の誤り)に対し刊行物Aには,アルミニウム材に対する「切削,押出,プレス,スタンピング,鍛造」に限らず様々な態様のアルミニウム製品の加工法について記載されている。
そして,原告が主張するアルミフィン加工における「穴あけ」,「しごき」,「リフレアー」は,いずれも刊行物A記載の「プレス」の一種であることは当業者にとって技術常識であるから,刊行物Aに開示されているといえる。
また,刊行物A記載の「アルミニウム製品,例えば,フィルム,フォイル等を含むアルミニウムシート,アルミニウムワイヤを加工する際」は,原告がいう「厚さ0.1o程度のアルミニウム板材を加工する場合」を含むものであることは明らかである。
さらに,アルミフィン加工がセンシティブなものであるか否かは別論として,アルミフィン加工とアルミニウム加工とが,相互における技術・知識を参考にし得ないほど技術分野が異なるとはいえない。
したがって,審決が,相違点(2)について,「刊行物A記載発明のアルミニウム製品の加工としてアルミフィン加工を挙げてその用途に限定した潤滑油剤とすることに何ら困難なことはない。」と判断したことに誤りはない。
(3)取消事由3(本件発明の顕著な効果を看過したことによる相違点(1),(2)についての容易想到性の判断の誤り)に対し審決は,本件明細書に「表1中の実施例1のしごき不良率が2%である」の記載があることを前提とした上で,「本件発明の加工性が向上するという効果については,刊行物Bに記載されているα-オレフィンの油性向上剤としての効果から予測される範囲のものであり」と認定判断しているのであって,審決の認定判断に瑕疵はない。
また,原告主張の各実験結果は,本件明細書に記載されている「表1」の結果のトレースにすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(1)についての容易想到性の判断の誤り)について原告は,相違点(1)についての容易想到性の判断の誤りとして以下の3点を挙げる。すなわち,審決は,@刊行物B記載発明の認定を誤った結果,刊行物A記載発明について,潤滑油剤の成分である直鎖オレフィンは油性向上剤として機能し,直鎖オレフィン以外の成分である「鉱油又はジエステル組成物等」は基油に相当すると認定した点に誤りがあり,またA刊行物Cに「油性向上剤と基油からなる潤滑剤組成物(潤滑油組成物)」の発明が記載されていると認定した点に誤りがあり,B上記誤った認定を前提に,刊行物A記載の潤滑油粘度の鉱油又はジエステル油を刊行物Cに記載のポリブテンと置換して,相違点(1)に係る本件発明の構成とすることが容易想到であるとした判断に誤りがあると主張する。しかし,原告の主張は理由がない。以下,順に判断する。
(1) 本件発明の内容本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「(A)1-オクテン,1-デセン,1-ドデセン,1-テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデセン,1-エイコセン及びこれらの混合物から選択される直鎖オレフィン2〜50重量%」(以下「A成分」という。)と「(B)40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン及びその水素化物よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物」(以下「B成分」という。)を「含有してなるアルミニウムフィン成形用潤滑油剤」と記載されている。
そして,@特許請求の範囲には,A成分につき潤滑油剤中の含有割合が「2〜50重量%」と規定されているが,B成分の含有割合は規定されていないことに照らすならば,A成分がその範囲内にあれば,B成分の含有割合については,格別の制約はなく,それ以外の成分の含有を排斥していないこと,A本件明細書(甲19)の「発明の詳細な説明」中に,本件発明の潤滑油剤に,公知の油性剤,極圧剤,乳化剤,防錆剤,腐食防止剤,消泡剤などを適宜添加することができること,添加される油性剤や極圧剤の配合量は特に制限はないことが記載されていること(段落【0007】)によれば,本件発明において,A成分又はB成分の少なくとも一方は,基油(ベース油)としての機能を果たす必要があるが,他方が添加剤としての機能を果たす場合を排斥していないことが明らかである。
(2) 刊行物A及び刊行物Bの各記載内容についてア 刊行物Aの記載内容(ア)刊行物A(甲1)の「特許請求の範囲」欄には,「1.切削,圧延,引き抜き及び押出から成る群から選ばれる加工方法に用いる加工部材とアルミニウム材を接触することによるアルミニウム材の加工方法において,加工部材とアルミニウム材との間の界面に,下記の一般式を有し本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給(supplying)することを特徴とする改良方法。
式(略)(式中,R’は水素及びメチル基から成る部類から選ばれる基であり,R”は8〜20個の炭素原子を有し,実質的にアルキル基の全ての炭素が直鎖の中にある一価のアルキル基である。)2.圧延ロールと圧延対象のアルミニウムとの間の界面に,下記の一般式の本質的に単量体オレフィンから成る皮膜を供給することを特徴とするアルミニウムの圧延方法。(化学式とその説明省略。)」(7欄57行〜8欄14行・審決の摘記(h))との記載がある。
また,刊行物Aの「発明の詳細な説明」には,@加工部材とアルミニウム材を接触することによるアルミニウム製品の加工方法において,加工部材とアルミニウムとの間の潤滑に関する様々な困難な問題点を解決し,アルミニウム製品の加工性を向上させることを目的として,加工部材とアルミニウム材の間の摩擦面(界面)に「1-デセン,1-ドデセン,1-テトラデセン,1-ヘキサデセン,1-オクタデセン」から選択される直鎖オレフィン類(本件発明のA成分に相当)を導入すること,A上記直鎖オレフィン類は,製造が容易なこと,合成原料が容易に入手できること,潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤としての優れた特性を有することを理由に,特に12〜25個の炭素原子の鎖長で1-又は2-の位置にオレフィン系不飽和結合を有する直鎖不飽和脂肪族炭化水素を使用することが好ましいこと,B上記直鎖オレフィン類は,単独あるいは混合物として使用され得るものであり,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等とも混合され得ること,C潤滑油組成物に対するオレフィンの濃度は,溶液又は混合物の総重量の10〜95重量%の範囲なら使用に好都合であること,D上記直鎖オレフィン類が混合される典型的な鉱油又は炭化水素油は,25〜10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)の粘度を持つ石油から得られたものであり,単一の炭化水素でも炭化水素混合物でもよいこと等の記載がある。
(イ)上記記載によれば,刊行物Aには,本件発明のA成分に相当する直鎖オレフィン類が「潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤として」,「単独あるいは混合物として」使用され,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物等とも混合される得るものであり,潤滑油組成物に対する上記直鎖オレフィン類の濃度は「総重量の10〜95重量%」の範囲であれば使用に好都合であることが開示されている。そうすると,刊行物Aに接した当業者は,上記直鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様としては,潤滑剤の基油同士として混合される場合及び添加剤として混合される場合があり得ると理解するものと考えられる。
イ 刊行物Bの記載内容刊行物B(甲2)には,油性向上剤と従来の極圧添加剤の上位概念としての潤滑性能を向上させる添加剤について「極圧添加剤」又は「油性剤」との用語を使用した上で,従来からα-オレフィンはアルミニウムの潤滑に対しても有効に作用する「潤滑剤として」知られていたが,最近ではα-オレフィンが配合された潤滑油剤において「油性剤」としての効果を有する側面があることが注目されているとの記載がある。
これに対して,原告は,油性剤の機能は,金属表面の摩擦の低減にあり,その結果として磨耗を減少することにあるが,刊行物Bには,α-オレフィンの油性剤としての効果を確認した旨の記載はないので,刊行物Bはα-オレフィンが「油性向上剤」としての効果を有することを開示するものではないと主張する。しかし,後記のとおり,刊行物Bに接した当業者がどのように理解するかの観点に照らすならば,α-オレフィンの油性剤としての効果を確認した旨の記載のあることが,必ずしも必要とまではいえない。
(3) 刊行物Aの「直鎖オレフィン類」の機能についての当業者の理解ア前記(2)ア及びイの認定を総合すれば,刊行物A及びBに接した当業者は,「潤滑剤として」従来から知られていた刊行物B記載のα-オレフィンは,刊行物A記載の直鎖オレフィン類に相当し,最近では「油性剤」(潤滑性能を向上させる添加剤)としての効果を有する側面があることが注目されていることを認識し,潤滑剤として公知の「鉱油,ジエステル組成物等」と上記直鎖オレフィン類とを基油同士として混合できるとともに,「鉱油,ジエステル組成物等」を基油として,上記直鎖オレフィン類を添加剤である「油性剤」として混合することができると理解するものと認められる。
そうすると,潤滑性能を向上させる添加剤である「油性剤」を「油性向上剤」と言い換えた上で,刊行物Bの記載に基づいて,刊行物Aの潤滑油剤の成分である直鎖オレフィンは油性向上剤として機能し,直鎖オレフィン以外の成分である「鉱油又はジエステル組成物等」は基油に相当すると理解できると認定した審決に誤りがあるとはいえない。
イこれに対して,原告は,刊行物Aは,直鎖オレフィンを基油(潤滑油)として開示しているにすぎず,刊行物A記載の「他の潤滑剤への添加剤として優れた特性」が油性向上剤としての特性であると一義的にいえないから,上記記載から直鎖オレフィンを油性向上剤などの添加剤として認識することには無理があり,直鎖オレフィンを油性剤として他の基油と混合しようと考えるものではないと主張する。
しかし,前記(2)ア(イ)認定のとおり,刊行物Aには,本件発明のA成分に相当する直鎖オレフィン類が「潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤として」,「単独あるいは混合物として」使用され得ることが開示されており,潤滑剤の基油としてのみ用いられることが記載されているのでないこと,また,前記ア認定のとおり,刊行物A及びBに接した当業者は,刊行物A記載の直鎖オレフィン類と「鉱油,ジエステル組成物等」とを混合する態様としては,潤滑剤の基油同士として混合できるとともに,「鉱油,ジエステル組成物等」を基油,上記直鎖オレフィン類を添加剤である「油性剤として」混合できると理解するであろうから,この点の原告の主張は採用することができない。
(4) 刊行物Cの記載内容についてア刊行物C(甲3)の「特許請求の範囲」の請求項3には,「3.潤滑油にアルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上を配合させた冷間加工用潤滑剤を被加工材の表面に塗布し,被加工材表面にアルキルペンタエリトリトール及びホスホン酸エステルと被加工材との反応によって形成される膜の存在の下に被加工材の塑性加工を行うことを特徴とするアルミニウム塑性加工方法。」との記載がある。また,刊行物Cの「発明の詳細な説明」等によれば,@アルキルペンタエリトリトールホスファイトは,油性向上剤として機能すること,Aベース油(基油)として用いられる潤滑油は,「鉱油の他に,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及びこれらの混合油」が例示されていること等の記載がある。
上記記載によれば,刊行物Cには,潤滑油基油に油性向上剤として働くアルキルペンタエリトリトールホスファイト及びホスホン酸エステルを配合した潤滑油組成物(潤滑剤組成物)が開示されていると認められる。
イこれに対し原告は,刊行物Cのアルキルペンタエリトリトールホスファイトなどのホスファイト類は「油性剤」ではなく,「極圧剤」であり,刊行物C記載発明は,基油に極圧剤を配合してなる潤滑剤組成物に関する発明であると主張する。
しかし,本件明細書(甲19)には,「本発明の塑性加工用潤滑油剤には,各種のアルコール類,脂肪酸類,エステル類,ジエステル類,多価エステル類,油脂類,硫化油脂類,硫化エステル類,硫化オレフィン,塩素パラフィン,リン酸エステル,亜リン酸エステル,ジチオリン塩(ジチオリン酸亜鉛,ジチオリン酸モリブデン等),ジチオカルバミン酸塩(ジチオカルバミン酸モリブデン等)などの公知の油性剤や極圧剤を添加することができ」(段落【0007】)と記載されていること,例示する各化合物が「油性剤」と「極圧剤」のいずれに該当するかについて特に区別しておらず,潤滑性能を向上させる添加剤を総称して「油性剤や極圧剤」と表現していることに照らすならば,刊行物Cのホスファイト類も「油性剤や極圧剤」に該当するものであり,刊行物C記載発明は,「極圧剤」の場合に限って開示したものと理解することはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(5) 容易想到性についてア 取消事由1についての結論前記認定のとおり,@刊行物Aには,本件発明のA成分に相当する直鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様としては,潤滑剤の基油同士として混合される場合と添加剤として混合される場合があり得ることの示唆があり(前記(2)ア(イ)),また,上記直鎖オレフィン類が混合される鉱油,ジエステル組成物等は潤滑油粘度であり,具体的には,「25〜10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)」の粘度であることの記載があること(甲1の2欄67行〜3欄10行・審決の摘記(e)及び3欄31行〜35行・審決の摘記(g)),A刊行物Bには,従来からα-オレフィンはアルミニウムの潤滑に対しても有効に作用する「潤滑剤として」知られていたが,最近ではα-オレフィンが配合された潤滑油剤において「油性剤」としての効果を有する側面があることが注目されていることが開示されていること(前記(2)イ),B刊行物Cには,ベース油(基油)として用いられる潤滑油は,「鉱油の他に,αオレフィン油,モノエステル油,ポリブテン油,ポリグリコール油などの合成油及びこれらの混合油」が例示されており(前記(4)ア),鉱油と並んで,ポリブテン(ポリブテン油)及びその混合油がベース油(基油)として使用できることが示唆されていること(前記(2)ア),C「25〜10,000セイボルトユニバーサル秒(S.U.S.)」の粘度は,「少なくとも2.0〜2160cSt」の範囲を包含することが認められること(甲A27),D刊行物AないしC(甲1ないし3)は,アルミニウム製品の塑性加工においてその加工性を向上させるための潤滑剤の技術分野に関する文献である点で共通することに照らすと,刊行物AないしC(甲1ないし3)に接した当業者であれば,刊行物A記載の上記直鎖オレフィン類に,潤滑油粘度の鉱油,ジエステル組成物を組み合わせることに代えて,刊行物C記載のポリブテン油を組み合わせ,相違点(1)に係る本件発明の構成(B成分)に想到することは格別困難ではないものと認められる。
イこれに対し原告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用することができない。
(ア)原告は,刊行物A記載の潤滑油剤の成分である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)は,基油であって,油性向上剤ではないこと,あるいは,刊行物Cで用いられているアルキルペンタエリトリトールホスファイトが油性向上剤ではなく,極圧剤であることを理由に,刊行物Aの直鎖オレフィンの組合せの相手である「鉱油,ジエステル油」を刊行物Cの「ポリブテン」に代える動機づけは存在しないと主張する。
しかし,刊行物A記載の直鎖オレフィンは,基油として混合される場合のみならず,潤滑性能を向上させる添加剤である「油性剤」ないし「油性向上剤」としての効果を有するものとして混合される場合があり得ること,また,アルキルペンタエリトリトールホスファイトが「油性剤」ないし「油性向上剤」に相当することは,前記認定のとおりであり,原告の上記主張は,その前提を欠くので,採用することができない。
(イ)原告は,@刊行物A記載の潤滑油は直鎖オレフィンを必須成分とするのに対し,刊行物C記載の潤滑油は,アルキルペンタエリトリトールホスファイトの1種以上とホスホン酸エステルの1種以上の両者を必須成分として含まなければならず,刊行物A及びC記載の各潤滑油は本質的に構造及び機能が異なり,Aまた,刊行物Cは,基油に,アルキルペンタエリトリトール及びホスホン酸エステルを添加剤として用いることを特徴とした潤滑油剤に関するものであり,基油自体に特徴があるわけではないので,刊行物Aで用いている直鎖オレフィンについて,組合せの相手である刊行物Aの「鉱油,ジエステル油」を刊行物Cの「ポリブテン」に代える動機づけは存在しないと主張する。
しかし,前記認定のとおり,刊行物Aには,直鎖オレフィン類が「潤滑剤として及び他の公知の潤滑剤への添加剤として」,「単独あるいは混合物として」使用され得ることが開示されており,また,刊行物Cには,鉱油と並んで,ポリブテン(ポリブテン油)及びその混合油がベース油(基油)として使用できることが示唆されており,当業者は刊行物Aの「鉱油,ジエステル油」の少なくとも一部につき,これに代えて刊行物Cの「ポリブテン」の使用を試みようとする契機があるといえるから,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ)原告は,鉱油に代替する基油として合成油を選択するのは単純ではない上,刊行物Cにおいて,ポリブテン油は例示化合物の一つにすぎず,実施例において使用された基油の中でも最も性能が悪く(実施例8),また,甲5には,同一粘度の鉱物油と比べるとポリブテンの潤滑性能は非常に悪いことが記載されているから,刊行物C記載のベース油から積極的にポリブテンを基油として選択して,刊行物A記載の鉱油に代えることが容易であるとはいえないと主張する。
しかし,ポリブテンの潤滑性能は,同一粘度の鉱物油と比較して非常に悪いとの記載(甲5)は,ポリブテンを単体で使用した場合に関するものであって,ポリブテンを他の基油と混合し,又はポリブテンに添加剤を混合した場合に潤滑性能が劣ることを示唆するものではないから,刊行物Aの直鎖オレフィンと混合する成分として鉱油に代えてポリブテンを組み合わせることを妨げる理由にはならず,原告の上記主張は採用することができない。
(エ)原告は,刊行物Aには,不飽和化合物である長鎖オレフィン(直鎖オレフィン)を混合した潤滑油剤は好ましくないことを前提として,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限定した条件下において,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性が示唆されているのであるから,オレフィンと,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という鉱油,ジエステル油以外の潤滑油とを混合しようと発想することは容易ではないと主張する。
しかし,刊行物Aは,オレフィンと他の潤滑油との混合の可能性を示唆した点が,「オレフィンの能力に顕著に影響しない」という限定された条件下であったとしても,刊行物Aには,鉱油,ジエステル油以外の潤滑油が上記条件を充足しないとの記載や示唆があるわけではないから,原告の上記主張は採用することができない。
(オ)原告は,刊行物AないしCでは,「基油」,「油性向上剤」,「極圧剤」,「添加剤(油性向上剤)」などの用語について,その意義,当業者間での認識は異なるので,刊行物AないしCを組み合わせることに阻害事由があると主張する。
しかし,刊行物AないしCによれば,刊行物B記載の「油性向上剤」,「極圧添加剤」及び「油性剤」,刊行物C記載の「油性向上剤」がいずれも潤滑性能を高める添加剤として基油と区別され,上記添加剤が刊行物A記載の「添加剤」に属することは自明であり,また,前記認定のとおり,刊行物Aには,直鎖オレフィン類が鉱油,ジエステル組成物等と混合される態様として,潤滑剤の基油として混合される場合と添加剤として混合される場合の両者があり得ることが示唆されているから,刊行物AないしCを組み合わせることに阻害事由があるとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。
(カ)原告は,本件発明の「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」は,40℃における動粘度が0.5〜30cSt程度の分子量(あるいは重合度)を有するポリブテンを意味するのに対し,刊行物Cでは,「ベース油としての潤滑油」としてのポリブテン油が記載されているが,「ベース油としての潤滑油」は,比較的高粘度のものを指すので,潤滑油としてのポリブテンあるいはその水素化物について「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」であることを開示するものではなく,鉱油とポリブテンは,動粘度が同程度であっても潤滑油としての性能は全く異なるから,刊行物A,Cの記載から「40℃における動粘度が0.5〜30cStのポリブテン」を選択することは,当業者が容易になし得るものとはいえないと主張する。
しかし,@そもそも,本件明細書(甲19)には,本件発明のB成分について,「特に低分子量ポリブテン,低分子量ポリプロピレンさらには炭素数8〜14のα-オレフィンオリゴマーが好ましい。上記の分岐オレフィン及びその水素化物としては,通常40℃における動粘度が0.5〜500cSt,特に0.5〜30cStのものが好適に用いられる。」(段落【0005】)との記載はあるものの,他方で,「好適」の具体的な意味の説明はなく,また,実施例記載のポリブテンの具体的な粘度の記載もないことからすれば,B成分のポリブテンの粘度を「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」とすることについて,潤滑性能等における固有の技術的意義があると認めることはできないこと,Aこれに対して,刊行物C(甲3)には,潤滑油剤の基油である潤滑油として,鉱油,合成油またはこれらの混合油が例示され,これらの粘度につき,「40℃における粘度が10o /2S(cSt)以上が好ましい」との記載(2頁右下欄下から2行〜末行)があり,「40℃における粘度が10o /S(cSt)以上」の2性状を有する潤滑油剤の基油としての鉱油,合成油等は公知であったことが認められ,これらを総合すれば,刊行物Cの記載に基づいて,ポリブテンの粘度を「40℃における動粘度が0.5〜30cSt」とすることが困難であったということはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(6)以上のとおりであり,審決が相違点(1)について容易想到性があると判断したことに誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点(2)についての容易想到性の判断の誤り)について原告は,アルミフィン加工は非常にセンシティブな工程を要するのであるから,通常のアルミニウムの打抜き,圧延などと同系列に扱うことはできないものであり,そのため潤滑油に要求される性能も大きく異なるにもかかわらず,審決は,当業者の認識を全く無視し,アルミニウムを加工するという点の共通性だけに着目して,当然に共通の課題を有するとして,本件発明がアルミフィン成形加工の用途に特定したこと(相違点(2)に係る構成)が何ら困難なことではないと判断したのは誤りであると主張する。
しかし,そもそも,本件明細書(甲19)には,アルミニウム製品の加工に関し,圧延,絞り,打抜き,引抜き,冷間鍛造等の塑性加工に関する記載がされているだけであって,本件発明が塑性加工用潤滑油剤の発明として特にアルミニウムフィンの成形に固有の問題点が存在して,その問題を解決したこと,すなわち,本件発明が,刊行物A記載発明の用途と異なる課題を解決したということはできないから,原告の上記主張は,その前提において採用することができない。
3取消事由3(本件発明の顕著な効果を看過したことによる相違点(1),(2)についての容易想到性の判断の誤り)について原告は,本件発明は,刊行物Aに他の潤滑油と混合すると加工性が劣ると示唆されている直鎖オレフィンと,潤滑油としては加工性に劣る最悪の部類に属するボリブテン等とを混合することで,本件明細書の実施例に示すように,しごき不良率2%という,極めて良好な加工性が得られることを見いだしたものであり,本件発明の効果は,刊行物AないしDのいずれを参酌しても予想できるものではなく,また,本件発明が優れた効果を奏することは,甲6,14ないし16記載の加工性に関する実験結果からも明らかであるから,審決には,本件発明の顕著な効果を看過した誤りがあると主張する。
しかし,本件明細書(甲19)によれば,@特許請求の範囲(請求項1)は,A成分及びB成分のみから構成されるものに限るのではなく,「A成分」,「B成分」及び「それ以外の成分」を含むものをその範囲に含む極めて広範なものとして記載されていること(前記1(1)),A本件発明は,従来の塑性加工油と比べて,加工性が向上,使用中に発する臭気の軽減,作業環境の向上,加工製品の表面の脱脂性の向上等の作用効果を奏するとされているが,他方,実施例としては,成分Aとして1-ヘキサデセンと1-オクタデセンの1:1の混合物20重量%に,成分Bとしてポリブテン(分子量265)80重量%のもの一態様のみが示されている(段落【0008】〜【0013】,【表1】)のであって,この実施例と従来の塑性加工油を用いた比較例1,2との対比結果だけでは,本件発明が,従来の塑性加工油の問題点を解決し,作用効果を奏すること(例えば,広範な範囲を含む発明の態様のすべての場合について,しごき不良率2%を奏すること)が明らかにされているとはいえないこと,B本件発明が解決すべき課題の一つとして,従来の塑性加工油では,油性剤,極圧剤等の添加により加工部分の脱脂や防錆面で様々な不都合があったことを挙げているが,油性剤,極圧剤が添加された実施例は示されていないこと等の点からすれば,本件発明は,甲6,14ないし16を参酌しても,原告の主張するとおりの顕著な作用効果を奏するものと認めることはできない。
そうすると,本件発明の効果は格別のものとはいえないことを前提として,本件発明は容易に想到することができたとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。
4 結論以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。原告は,他にも審決の認定判断の誤りを縷々主張するが,審決を取り消すべき瑕疵に該当しない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大鷹一郎
裁判官 嶋末和秀