関連審決 | 不服2001-15071 |
---|
関連ワード | 発明者 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 出願公開 / 同一の発明 / パリ条約 / 優先権 / 分割出願 / 優先日 / 拒絶査定 / 請求の理由 / 拒絶審決 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 国際出願 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
16年
(行ケ)
309号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 コラス・スタール・ベー・ブイ 訴訟代理人弁護士 吉武賢次 同 宮嶋 学 訴訟代理人弁理士 中村行孝 同 高村雅晴 被告 特許庁長官小川 洋 指定代理人 影山秀一 同 市川裕司 同 高橋泰史 同 宮下正之 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/02/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
---|---|
原告の請求
特許庁が不服2001-15071号事件について平成16年2月24日にした審決を取り消す。 |
|
事案の概要
本件は,本件出願の出願人である原告が,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が審判請求不成立の審決をしたことから,原告が同審決の取消しを求めた事案である。 |
|
当事者の主張
1 請求原因 (1) 特許庁における手続の経緯ア 出願 原告は,名称を「鋼ストリップの製造のための機器及び方法」とする発明につき,1997年6月9日(パリ条約による優先権主張1996年6月7日。オランダ国)を国際出願日とする特許出願(平成10年特許願第500448号,以下「本件出願」という。)をした。 本件出願に係る発明の要旨は,平成13年1月4日付け手続補正書により補正された明細書(甲5。以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲に記載されたとおりであるが,このうち,請求項8に係る発明(以下「請求項8発明」という。)は,下記のとおりである。 記 「1.5mm未満の厚さ,1400を越える幅/厚さ比率及び,通常の熱間圧延過程で得られる約0.04mmのクラウンよりも低いクラウン,をもつ鋼ストリップ。」 イ 拒絶査定 本件出願に対し,特許庁は,平成13年5月22日付けで拒絶査定をした。 ウ 審決 そこで原告は,平成13年8月27日付けで前記拒絶査定に対する不服審判の請求を行い,同請求は不服2001-15071号事件として特許庁に係属した(以下「本件審判手続」という。)。 特許庁は,同事件について審理したうえ,平成16年2月24日付で「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,平成16年3月17日,原告に送達された。 エ 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は下記(ア)ないし(エ)のとおりであり,要するに,請求項8発明は,本件出願に対して拡大先願の関係にある他の発明と同一の発明であるから,特許法(以下「法」という。)29条の2第1項の規定により特許を受けることができず,したがって,本件出願はこれを拒絶すべきものであると判断したものである。 記 (ア) 本件の出願の日(優先権主張:1996年6月7日)の前の他の出願であって,本件出願の出願後に出願公開された,1996年3月15日及び同年4月10日の優先権主張を伴う特願平9-63023号(以下「先願3」という。)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「先願3明細書」という。)には,「極薄鋼板,極薄鋼板用熱延鋼板及びその製造方法」に関する技術が記載されている。 (イ) 先願3明細書には,熱延鋼板についての発明例が開示されており,その中の12例の発明例(以下「先願3各発明例」という。)における厚さ,幅/厚さ比率及びクラウンの数値は,請求項8発明の数値範囲に包含されている。したがって,請求項8発明は,先願3各発明例と同一である。 (ウ) 先願3は,上記2つの優先権主張を伴うものであり,上記12例の発明例は,いずれも,先願3の基礎とされた先の出願である特願平8-59666号(出願日1996年3月15日)又は特願平8-112182号(出願日同年4月10日)に記載されている。そして,いずれの出願の出願日も,本件出願の優先権主張日である1996年6月7日よりも前である。 (エ) 以上のとおりであるから,請求項8発明は,先願3明細書に記載されたものと同一である。そして,本件出願にかかる発明の発明者が先願3明細書に記載されたものの発明者と同一であるとも,また,本件出願の出願時に,その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められない。よって,請求項8発明は,法第29条の2第1項の規定により,特許を受けることができない。 (2) 審決の取消事由 本件審決は,査定の理由と異なる拒絶の理由に基づいて本件出願を拒絶すべきものとしたものであるにもかかわらず,本件審判手続において,審判請求人である原告に対し,その理由が通知されていない。したがって,本件審決は,法159条2項,50条に違反してなされたものであり,この手続の違法が本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件審決は取消しを免れない。(なお,現行法の改善多項制のものでは,1つの特許出願において複数の発明を複数の請求項に記載することができるが,そのいずれか1つの発明が特許することのできないものであるときは,他の発明が特許できるものであるとしても,特許出願全体を拒絶すべきものと解されている。このような出願人に酷な取扱いが正当化されるのは,出願人に十分な手続保障が与えられているからである。したがって,出願人に十分な手続保障が与えられているか否かは厳格に解すべきであって,出願人に誤解を生じさせ,補正等の機会を奪い,不意打ちとなるような手続は,違法というべきである。) すなわち, ア 本件審決が拒絶の理由とした法29条の2第1項該当性について,本件出願の審査手続において特許庁が原告に通知した内容は,次のとおりである。 (ア) 拒絶理由通知書 平成12年6月23日付けの拒絶理由通知書(甲3。以下「本件拒絶理由通知書」という。)によって原告に通知された拒絶の理由には,下記のとおりの記載がある。 記 「(2) この出願の下記の請求項に記載された発明は,その出願の日前の出願であって,その出願後に出願公開された下記の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であり,しかも,この出願の発明者がその出願前の出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく,またこの出願の時において,その出願人がその出願前の出願に係る上記特許出願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。 記 請求項1-3,6,7,11,12に対して 先願1:特願平8-234233号(特開平9-122709号参照) (但し,優先日は1995.9.6:DE19538341(A1)参照) 請求項1-3,11,12に対して 先願2:特願平8‐279560号(特開平9-164404号参照) (但し,優先日は1995.11.3:DE19540978(A1)参照) 請求項8に対して 先願3:特願平9-063023号(特開平9-327702号参照) (但し,優先日は1996.3.15,1996.4.10)」 (イ) 拒絶査定 @ 平成13年5月22日付けの特許庁の拒絶査定(甲2。以下「本件拒絶査定書」という。)では,冒頭に本文として下記のとおり記載されている。 記 「 この出願については,平成12年6月23日付け拒絶理由通知書に記載した理由(1),(2),(3)によって,拒絶査定する。 なお,意見書及び手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足る根拠が見出せない。」 A そして,上記本文に引続き,「備考」として,上記理由(1)ないし(3)についての具体的記載があり,そのうち,理由(2)についての記載は下記のとおりである。 記 「 出願人は意見書において,先願1は,反転圧延スタンド(可逆スタンドを意図するものと思料)を備えた薄い圧延鋼ストリップを圧延する装置を開示しているが,該装置は本願発明を実行するのに適さない旨主張するが,特許請求の範囲の記載は,可逆圧延を除外するものではないから,上記主張を採用することはできない。」 イ しかしながら,次に述べるとおり,請求項8発明が先願3各発明例と同一であるから法29条の2に該当するとの拒絶理由(以下「本件拒絶理由」ということがある。)は,実質的に本件拒絶査定書(甲2)には記載されていなかったというべきである。 すなわち, (ア) 原告は,本件拒絶理由通知書(甲3)を受けて,これに記載されている理由を解消するため,平成13年1月4日付け意見書(甲4)を提出し,また同日付けの手続補正書(甲5)によって,請求項8を含む各請求項を補正した。 そして,本件拒絶査定は,原告の上記意見書及び手続補正書を受けてなされたものであるところ,本件拒絶査定書(甲2)には,「この出願については,平成12年6月23日付け拒絶理由通知書に記載した理由(1),(2),(3)によって,拒絶査定する。」とした上,その備考において,本件拒絶理由に関連する理由(2)に関しては,「出願人は意見書において,先願1は,反転圧延スタンド(可逆スタンドを意図するものと思料)を備えた薄い圧延鋼ストリップを圧延する装置を開示しているが,該装置は本願発明を実行するのに適さない旨主張するが,特許請求の範囲の記載は,可逆圧延を除外するものではないから,上記主張を採用することはできない。」とするのみで,本件拒絶理由通知書(甲3)に摘記されていた「先願3」に関する記載がない。 このような経緯に照らすと,本件拒絶査定書に記載された拒絶理由の解釈として,本件拒絶理由通知書(甲3)記載の理由(2)のうち,請求項8発明が「先願3」の発明と同一であるとの拒絶理由は解消したという趣旨のものであると考えるのが,自然かつ合理的である。 したがって,本件拒絶査定書(甲2)には,法29条の2に関する理由(2)については,「先願1」との同一性のみが査定の理由として記載されており,先願3各発明例との同一性という理由は実質的には記載されていないというべきである。 (イ) なお,被告は,後記のとおり,本件拒絶査定書(甲2)には,請求項8発明と先願3各発明例との同一性が拒絶理由として記載されていると主張する。しかし,出願人に対する手続保障という観点からすれば,拒絶査定に拒絶の理由が記載されているか否かは,形式的にではなく,実質的に判断すべきものである。被告の主張は,拒絶査定に拒絶の理由の記載が必要とされる趣旨を看過したもので,失当である。 (ウ) また,被告は,拒絶査定には法49条1号ないし6号に定めた拒絶の理由のいずれによるかを記載すれば足り,本件拒絶査定書(甲2)のように「備考」を記載するか,記載するとして何を記載するかは審査官の裁量によるものであるから,備考欄に請求項8発明と先願3各発明例との同一性について記載がないとしても,請求項8発明と先願3各発明例とが同一でないと判断したことにはならない,と主張する。 しかし,拒絶査定に理由を付すべきものとした法52条1項の立法趣旨は,出願人に対して拒絶の理由を明らかにし,もって出願人に対する手続保障を図ることにあるから,単に法49条1号ないし6号のいずれによるかが記載されていれば足りるものではない。また,本件拒絶査定書(甲2)の「備考」欄が審査官の裁量によって記載されるものであるとしても,だからといって出願人に誤解を与えるような記載をしてよいことにはならず,「備考」欄の記載等によっても的確に把握できない拒絶理由は,拒絶査定に記載されていないのと同視すべきである。よって,被告の主張は失当である。 (エ) 更に,被告は,原告の審判手続における主張からみて,請求項8発明と先願3各発明例との同一性が拒絶理由の一つであることを原告は認識・理解していたはずであると主張する。 しかし,出願人である原告に対して十分な手続保障がなされたか否かは,特許庁がなした行動から判断すべきであって,原告がなした行動によって判断されるべきではない。また,被告が指摘する原告の審判手続における主張は,本願明細書の請求項1等に係る発明について述べたものであることはその記載から明らかであるから,原告が,請求項8発明と先願3各発明例との同一性が査定の理由となっていると理解していたことを示すものではない。 ウ そうすると,本件拒絶査定書(甲2)には,請求項8発明と先願3各発明例との同一性は査定の理由として記載されていなかったというべきであるから,審判手続においてこれを拒絶審決の理由とするのであれば,法159条2項,50条に則って,原告に対して新たに拒絶理由の通知を行い,原告が意見書を提出し,明細書又は図面を補正し,若しくは分割出願する機会を与えるべきであった。したがって,かかる通知をせずになされた本件審決は,違法な手続に基づいてなされたものであり,この手続の違法が本件審決の結論に影響を与えることは明らかである。 2 請求原因に対する認否と反論 (1) 認否 ア 請求原因(1)アないしエの事実は認める。 イ 同(2)は争う。ただし,本件拒絶理由通知書(甲3)及び本件拒絶査定書(甲2)に,原告主張のような記載があることは認める。 (2) 被告の反論 本件出願に係る各発明の法29条の2第1項該当性について,本件出願の審査手続において特許庁が原告に通知した内容は,原告主張のとおりであるが,その審査手続の過程に照らしても,本件審決は,査定と異なる拒絶の理由によってなされたものということはできず,原告の主張は失当である。 すなわち, ア 本件審決は,請求項8発明が先願3各発明例と同一であることを拒絶の理由とするものであるところ,かかる理由は,本件拒絶理由通知書(甲3)の「理由(2)」の「請求項8について」の項に記載されていた。そして,本件拒絶査定書(甲2)では,この「理由(2)」を含めて,「拒絶理由を覆すに足る根拠が見出せない。」との見解が示されているのである。 そうすると,本件拒絶査定書においても,本件拒絶理由通知書におけるのと同様に,請求項8発明について先願3各発明例と同一であって法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない旨の判断が示されていたといえることは明らかである。 イ 原告は,本件拒絶査定書の「備考」欄の記載からすれば,請求項8発明と先願3各発明例との同一性は,実質的には査定の理由として示されていないと主張する。 しかし,拒絶査定には,法49条1号ないし6号に定められた拒絶の理由を記載することが必要ではあるが(法52条1項),理由に「備考」として何を記載すべきかについて,また,備考に何らかの記載をする必要性の有無については,法律上の定めはなく,審査官の裁量にゆだねられている。また,本件拒絶査定書の「備考」の記載において,請求項8発明と先願3各発明例との同一性という拒絶理由を撤回したとの審査官の見解が示されているわけではない。 そうすると,本件拒絶査定書の本文において,請求項8発明と先願3各発明例の同一性の点を含めて本件拒絶理由通知書記載の理由が全て引用されているにもかかわらず,本件拒絶査定書の備考の記載によれば当該同一性の点に関する拒絶の理由は解消したとの判断が示されていると解釈するのが自然かつ合理的であるとする原告の主張は失当である。 ウ また,本件審判手続において,原告は,請求項8発明と先願3各発明例とは同一でないとの主張を現に行っているから,原告は本件拒絶査定書を検討し,両者が同一であることも査定の理由の一つとなっていることを十分に理解・認識していたものである。 したがって,本件拒絶査定書には,理由(2)については「先願1」に関する拒絶理由のみが記載されており,本件拒絶理由は記載されていない旨の原告の主張は,本件審判手続において原告が行った主張との一貫性を欠くものであって,不自然・不合理な主張であると言わざるを得ない。 |
|
当裁判所の判断
1 特許庁における手続の経緯 請求原因(1)アないしエの事実は当事者間に争いがない。 2 審決を取り消すべき事由の有無 (1) 証拠(甲1ないし5,乙1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。 ア 原告は,弁理士A(以下「A弁理士」という。)を代理人として特許庁に対する本件出願に関する手続を行っていたところ,平成11年4月19日付け手続補正書(乙3)による補正後の請求項8は,「1.5mm未満の厚さ,1400を越える幅/厚さ比率及び,通常の熱間圧延過程で得られるよりも低いクラウン,をもつ鋼ストリップ」というものであった。 イ その後,特許庁は,平成12年6月23日付け拒絶理由通知書(甲3)により,A弁理士を通じて原告に対し,本件出願は拒絶されるべき旨の通知を行ったが,その理由は,請求項8に関するものとしては,要旨,@公知文献に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた(法29条2項),A先願発明と同一である(法29条の2),B「通常の熱間圧延過程で得られるよりも低いクラウン」とはどの程度を指すのか不明瞭である,等とするものであった。 ウ これに対し,原告代理人であるA弁理士は,平成13年1月4日付け意見書(甲4)において,同日付け手続補正書(甲5)により請求項1ないし12を補正したので,前記イにより指摘された拒絶理由は全て解消された旨を述べている。 因みに,この補正後の請求項8は本件「請求項8発明」のとおりのものであり,上記意見書では,このように補正することにより,同発明は先願3の発明と同一でないことになった旨を明言している。 エ しかし特許庁は,原告の前記意見書及び補正をしん酌しても本件出願は拒絶すべきものと判断し,平成13年5月22日付け拒絶査定書(甲2)により,「この出願については,平成12年6月23日付け拒絶理由通知書に記載した理由(1),(2),(3)(注:前記イの@,A,Bにそれぞれ対応)によって,拒絶査定する。なお,意見書及び手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。」とした上,その備考において,「理由(2)について」として「出願人は意見書において,先願1は,反転圧延スタンド(可逆スタンドを意図するものと思料)を備えた薄い圧延鋼ストリップを圧延する装置を開示しているが,該装置は本願発明を実行するのに適さない旨主張するが,特許請求の範囲の記載は,可逆圧延を除外するものではないから,上記主張を採用することはできない。」とした。 オ そこで原告は,A弁理士を通じて平成13年8月27日付けで特許庁に対し,前記拒絶査定に対する審判を請求したが,その請求の理由は,「本願は原審における平成12年6月23日付拒絶理由通知書の理由に拘らず,特許されるべきものであり,原査定の認定は誤っている。」等とするものであった(乙1)。 そして,原告は平成14年1月11日付けでA弁理士を通じて手続補正書(乙2)を提出したが,その内容は,拒絶理由(1)(2)(3)の全てにつき詳細に反論したものであり,その要旨は,前記ウの平成13年1月4日付け意見書(甲4)と概ね同一の内容(先願3の発明との比較については全く同一)であった。 カ そして特許庁は,平成16年2月24日付けで本件審決を行い,「本件審判の請求は成り立たない。」としたが,その理由は,請求項8についてのみの判断であり,かつ,同請求項8に係る本願発明が前記先願3の発明と同一である(拒絶理由(2)),というものであった。 (2) 以上の認定事実に基づき,本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。 ア 原告は,まず,本件拒絶査定書(甲2)の「備考」の記載は,本件出願に係る各発明の法29条の2第1項該当性(本件拒絶理由通知書にいう「理由(2)」)については,「先願1」との同一性のみに言及しており,先願3明細書記載の発明との同一性は拒絶理由とはならない旨の判断を表明しているのに等しいと主張する。その上で,本件審決が先願3各発明例との同一性を拒絶理由としたことは,査定の理由と異なる拒絶の理由に基づくものであり,法159条2項,50条に基づく新たな拒絶理由の通知を欠いた本件審判手続は違法であると主張する。 しかしながら,本件拒絶査定書(甲2)の本文の記載は,前記(1)エの認定のとおり,「この出願については,平成12年6月23日付け拒絶理由通知書に記載した理由(1),(2),(3)によって拒絶査定する。なお,意見書及び手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足る根拠が見いだせない。」というものであり,これが,査定の理由を構成していることは文面上明らかである。したがって,本件拒絶査定書には,本件拒絶理由通知書に記載された拒絶理由がそのまま全て引用されているということができ,請求項8発明と先願3各発明例とが同一であるから法29条の2第1項に該当するとの理由も,査定の理由の一つを構成しているというべきである。 したがって,本件審決が,査定の理由と異なる拒絶の理由によってなされたものであるということはできない。 イ のみならず,本件審判手続における原告の主張からみても,請求項8発明と先願3各発明例との同一性が査定の理由の一つを構成していることを,原告自身が理解・認識していたことが認められる。 すなわち,原告が本件審判手続において提出した平成14年1月11日付手続補正書(乙2)には,次の@ないしBのとおりの記載がある。 @「(2) 拒絶査定の理由の要点 原査定の拒絶理由は,平成12年6月23日付の拒絶理由通知書に記載した理由,即ち, 『第1の拒絶理由 本願の請求の範囲に記載された発明は,………の発明から容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 第2の拒絶理由 本願の請求の範囲に記載された発明は, 1.特願平8-234233号(以下先願1という), 2.特願平8-279560号(以下先願2という),及び 3.特願平9-63023号(以下先願3という),の発明と同一であるから,特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。 第3の拒絶理由 本願の請求の範囲の記載は不明瞭であるから,特許法第36条の規定により特許を受けることができない。』 というものである。」(乙2,2頁10行〜3頁11行) A「(xC) 先願3(特願平9-63023号) 先願3は,非常に薄い鋼シートの製造方法を開示している。この方法においては,厚い鋼スラブが鋳造され,鋼バーに別個の工程で荒仕上げされ,鋼バーが他の工程において連結され,引き続く工程においてホット圧延されて,高温圧延鋼ストリップが形成され,このストリップがコイルに巻かれる。他の工程において,高温圧延鋼ストリップが,巻き戻され,コールド圧延される。先願3に開示された方法は,本願発明のような,エンドレス又は準エンドレスの方法に合致しない。この引用例は,本願発明の特徴的構成を開示していない。」(乙2,9頁11行〜18行) B「(5) 結語 上記の通りであるので,本願特許請求の範囲の欄に記載された発明は,………先願1-3………から明確に区別され,………上記先願1-3の発明と同一でもない。 よって,「原査定を取り消す,本件出願の発明は特許すべきものとする。」との審決を求める。」(乙2,12頁5行〜13行) 前述した本件審判手続における原告の主張からみれば,原告は,「本願の請求の範囲に記載された発明は,………先願3の発明と同一であるから,特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。」との点(上記@)が査定の理由の一つとされているとの理解の下に,本件出願に係る各発明と先願3明細書に記載された発明とを具体的に比較し,「先願3は………本願発明の特徴的構成を開示していない」旨主張し(上記A),「本願特許請求の範囲の欄に記載された発明は,………先願3の発明と同一ではない」(上記B)と結論付けている。そして,本件拒絶理由通知書の記載のうえで,先願3明細書は,本件出願に係る各発明のうち請求項8発明との同一性の関係でのみ引用されていることは明らかであるから,このように先願3明細書について原告が言及していることは,請求項8発明と先願3各発明例との同一性という本件拒絶理由についての主張を行ったことにほかならない。 したがって,原告は,乙2を含む本件審判手続において,請求項8発明が先願3発明例と同一であるとの理由により拒絶査定がなされたことを,既に理解・認識していたと認めるのが相当である。 ウ 原告は,原告の前記主張Aは,本件拒絶理由が本件拒絶査定書に記載されていると理解していたことを示すものではなく,むしろ,本件拒絶査定書の「備考」には法29条の2該当性については「先願1」との関係のみが記載されており,本件拒絶理由は記載されていないと理解していたことを示すものであると主張する。そして,原告のかかる理解(誤解)は,本件拒絶査定書の記載が誤解を招く表現だったことによるものであるから,このような場合,本件審判手続において改めて本件拒絶理由を通知することが必要であったと解すべきであると主張する。 しかし,本件拒絶理由通知書(甲3)における「理由(2)」の記載からすれば,先願3明細書は,請求項8発明と同一の発明が開示されているという趣旨で引用されていることは明らかなのであるから,かかる記載に接した出願人たる原告としては,請求項8発明が「物」の発明であることに鑑み,先願3明細書の中に「物」の形状を特定した発明としてどのようなものが開示されているかを検討し,自ら,先願3各発明例が請求項8発明と同一であることを発見し,請求項8を削除する等の対応をすることは容易であったというべきである。しかるに,原告は,かかる対応をとらず,審査手続における意見書(甲4)及び本件審判手続における手続補正書(乙2)のいずれにおいても,代理人であったA弁理士を通じて,従前どおりの主張を繰り返したものである。したがって,このような経緯に鑑みると,本件審判手続において改めて特許庁の側が拒絶理由を通知すべきであったとまでいうことはできない。 エ また,原告は,審判官が改めて拒絶理由を通知しなかったことが原告に対する手続保障に欠けるものであったか否かは,原告が取った行動ではなく,審判官が取った行動を基準に考えられるべきであると主張する。 しかし,法159条2項,50条の趣旨は,出願人に防御権行使のための意見書,手続補正書を提出する機会を与え,特許出願手続の適正妥当な運用を図ることにあるから,拒絶査定不服の審判手続において改めて拒絶理由の通知を要するか否かは,出願人の防御権行使の機会を奪う結果を招来するか否かの視点から判断すべきものである。しかるに,本件審判手続において,原告は,専門家であるA弁理士を通じて,本件拒絶理由たる請求項8発明と先願3明細書記載の発明との同一性について主張立証をする機会を有し,かつ,かかる機会を現実に行使したことは明らかであるから,この点に関する原告の主張も,理由がない。 オ さらに,原告は,出願人に対する手続保障の観点からも,本件審決の手続は違法なものであると主張する。 しかし,手続保障とはいっても,それは,出願人の側でも,自ら行った特許出願の内容を踏まえて先行文献等を自ら精査することを前提としたもので足りるというべきである。 かかる観点に立って本件を見ると,先願3明細書は,本件拒絶理由通知書の段階において既に,請求項8という単一の請求項に対する関係で,同一の発明を開示したものとして引用されていることは明らかである。そして,請求項8発明は「鋼ストリップ」の形状を特定するもので,「物」の発明の範疇に属することも明らかであるから,本件拒絶理由通知書に接した特許出願人たる原告において,先願3明細書の内容を精査のうえ,先願3各発明例が請求項8発明と同一の発明を開示したものであることを確認し,これを踏まえて意見書の提出または特許請求の範囲の補正等の然るべき対応を取ることは,容易になし得ることであったというべきである。 しかるに,原告は,審査段階の意見書(乙4)及び本件審判手続中の手続補正書(乙2)のいずれにおいても,先願3明細書を「方法」の発明という観点からのみ検討することに終始したものである。 このような原告の対応に鑑みると,多数の案件を迅速に処理すべき要請を受けつつ審査・審判の衝に当たる特許庁の側で,原告の誤解を積極的に解くため,本件審判手続中で改めて本件拒絶理由を通知したり,原告の上記主張が本件拒絶理由に対するものとしては不的確である旨を指摘したりすることまでも,法的に義務付けられるとまでいうことはできない。したがって,審判官が,本件拒絶理由は本件拒絶理由通知書を引用した本件拒絶査定書において示されているとの見解のもとに,改めて本件拒絶理由を通知することなく本件審決をしたことが,違法であるということはできない。 3 以上のとおり,原告主張の取消事由によっては,本件審決を違法として取り消すことはできず,また,他に,本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,本件審決は相当であり,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
---|---|
裁判官 | 青柳馨 |
裁判官 | 上田卓哉 |