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関連審決 無効2005-80356
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  物の発明 /  方法の発明 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  発明が明確 /  実質的に同一 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10325号 審決取消請求事件
原告X
訴訟代理人弁護士山元眞士
被告株 式会社ムラコシ精工
訴訟代理人弁護士近藤惠嗣
同 丸山隆
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2005-80356号事件について平成18年6月13日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実1特許庁における手続の経緯( )原告は,発明の名称を「地震時ロック方法及び地震対策付き棚」とする特1許第3650955号発明(平成11年3月18日出願〔以下「本件出願」という。〕,平成17年3月4日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
( )被告は,平成17年12月8日,原告を被請求人として,本件特許を無効2とすることを求めて審判の請求をした。
特許庁は,上記請求を無効2005-80356号事件として審理した上,平成18年6月13日,「特許第3650955号の請求項1〜4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月23日,原告に送達された。
2本件出願の願書に添付した明細書(甲8,以下,願書添付の図面も含め,「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし4の記載(以下,請求項1に記載された発明を「本件発明1」などといい,これらを一括して「本件各発明」という。)【請求項1】地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法【請求項2】請求項1の地震時ロック方法を用いた地震対策付き開き戸【請求項3】請求項1の地震時ロック方法を用いた地震対策付き引き出し【請求項4】請求項1の地震時ロック方法を用いた地震対策付き棚3審決の理由審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,@本件各発明は,特許請求の範囲に特許を受けようとする発明が明確に記載されているということができず,本件特許は,特許法(注,平成14年法律第24号による改正前のもの)36条6項2号(以下「特許法旧36条6項2号」という。)に違反してされたものであり(以下「無効理由1」という。),A本件各発明は,本件出願の出願日前の特許出願であって,その出願後に出願公開がされた特願平11-53488号(特開2000-248812号公報参照)の願書に最初に添付された明細書及び図面(甲7〔ただし,6頁以下の手続補正書に係る部分を除く。〕,以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と実質的に同一であり,本件各発明の発明者が先願発明の発明者と同一でなく,本件出願時において,その出願人が先願発明の出願人と同一でもないので,本件各発明に係る特許は,特許法29条の2に違反してされたものであり(以下「無効理由2」という。),無効とすべきであるとした。
第3原告主張の審決取消事由審決は,無効理由1に関し,本件発明1の特許請求の範囲の記載について,特許法旧36条6項2号適合性の判断を誤り(取消事由1),無効理由2に関し,先願発明の認定を誤り(取消事由2),その結果,本件各発明の特許を無効とすべきであるとの誤った結論を導いたものであり,違法であるから取り消されるべきである。
1取消事由1(特許法旧36条6項2号適合性の判断の誤り)( )審決は,「本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,その殆どが極1めて抽象的な表現を用いて記載されたものであり,かつまた,当該記載された事項の意味がその記載された事項自体からは明確に理解できず,このことにより特許を受けようとする発明の構成がその記載された事項によっては明確に把握できないといえる。」(審決謄本5頁第2段落)としたが,失当である。
( )特許庁の特許・実用新案審査基準において,「例えば,『物の発明』の場2合に,発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他,作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現形式を用いることができる。同様に,『方法(経時的要素を含む一定の行為又は動作)の発明』の場合も,発明を特定するための事項として,方法(行為又は動作)の結合の表現形式を用いることができる他,その行為又は動作に使用する物,その他の表現形式を用いることができる。」とされ,請求項が機能・特性等による物の特定を含む場合,「当業者が,出願時の技術常識(明細書又は図面の記載から出願時の技術常識であったと把握されるものも含む)を考慮して,請求項に記載された当該物を特定するための事項から,当該機能・特性等を有する具体的な物を想定できる場合(例えば,当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示することができる場合,当該機能・特性等を有する具体的な物を容易に想到できる場合,その技術分野において物を特定するのに慣用されている手段で特定されている場合等)は,発明の範囲は明確である。」とされている。
そして,方法の発明である本件発明1の特許請求の範囲の記載は,以下のとおり,「当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示すること」ができ,「具体的な物を容易に想到できる」ものであるから,不明確ではない。
( )審決は,無効理由1の検討に当たり,「上記(b)の『扉等が閉じられた3状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態』は,『扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない』『係止体』を用いて,『地震時に』扉等の開く動きを当該『係止体』に当接するまでは許容するものの,当該係止体と当接した位置を超える範囲の扉等の開く動きは(当該係止体の働きによって規制し)許容しない状態にあることを意味したものと,一応解することができる。ところが,上記(a)の『地震時に扉等がばたつくロック状態』とは扉等がロック状態にある,いいかえれば,扉等の開く動きを許容しない状態に保持されるというロック状態にあるにも関わらず,当該扉等が『ばたつく』状態にあるロック状態とは,上述したところの(b)の係止体の働きによって『扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない』という規制された範囲内での開閉両方向の動きのみが扉等に許容されているロック状態と同義の状態を意味するのか否かが,特許請求の範囲の記載事項からは直ちには理解しがたい。」(審決謄本4頁第3段落〜第4段落)とした。
しかし,特許請求の範囲の記載にいう「ばたつく」とは,扉等が,地震時にゆれが弱くなっても,係止体からの摩擦力等の力が原因でその動きが停止することがないという概念(拒絶査定不服審判において出願人である原告が明確にした定義)であり,「ばたつく」の概念は,地震時の概念であり,地震終了時(及び通常使用時)の概念ではない。
一方,特許請求の範囲の記載にいう「当たらない」とは,通常使用時に扉等が閉じられた状態で,係止体に扉等が当たらないことにより解除を確実にする等のための,地震終了時(及び通常使用時)の概念であり,「わずかに開かれるまで当たらない係止体」との構成,すなわち,地震終了時(及び通常使用時)に,閉止状態で「当たらない係止体」という構成をとることにより,解除が確実になり解除機構を単純にできるという効果を伴うものである。
地震時の概念と地震終了時(及び通常使用時)の概念は,そもそも概念が異なるものであるから,「ばたつく」と「わずかに開かれるまで当たらない」について,同義か否かを特許請求の範囲に定義する必要はないし,その定義がなくても何ら不明確にはならない。
本件明細書の図18及び図19の実施例の棚において,扉等が開かれていく過程で扉等に最初に係止体(6)が当たった際には,係止体(6)の後部(6f)が球(9)とわずかに隙間があるから,地震時の「ばたつく」位置は,通常使用時の係止体の「当たる」位置よりもより開いていることになる。
( )審決は,無効理由1の検討に当たり,「上記(c)の『前記係止体は扉等4の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態』とは,係止体が,地震時には,扉等の開く動きを許容しない状態に規制しているとともに,当該規制された状態が扉等の戻る動きで解除されないものであることは(その機能の実現手段が具体的に如何なるものであるのかは不明であるが)一応理解できるものの,『扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず』と記載された点の『扉等の戻る動きとは独立し』が,如何なる事を意味するのかその技術的意義が理解しがたい。
さらに,上記(d)の『地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態』とは,係止体は,地震のゆれがなくなった時には,扉等の開く動きを許容するような動きが可能な状態となるものであることは(その機能の実現手段が具体的に如何なるものであるのかは不明であるが)一応理解できるものの,『扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して…』と記載された点の『扉等の戻る動きと関係なく』が,如何なる事を意味するのかその技術的意義が理解しがたい。」(審決謄本4頁第5段落〜5頁第1段落)とした。
しかし,特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1の係止体は,「通常使用時に扉等がわずかに開かれると,当たって扉等の開く動きを許容して動くが,地震時にゆれがあれば,扉等の開く動きを許容しない状態すなわち動かなくなる」ものと直ちに理解できる。
係止体の「ゆれがあれば動かなくなる」という構成は,本件出願当時,特開平10-30372号公報(図29〜図31,甲1),特開平10-317772号公報(甲2,以下「甲2公報」という。)(図6),特開平10-25945号公報(甲3,以下「甲3公報」という。)(図1〜図3),特開平10-184162号公報(甲4,以下「甲4公報」という。)(図1〜図3)及び特開平7-305551号公報(図5,甲5)等において公知であり,また,扉等のロック方法の最も原理的な構成であるから,当業者にとっては,常識ともいえる程度に周知技術であった。したがって,本件発明1の係止体の「ゆれがあれば動かなくなる」という記載は,「当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示すること」に当たるということができ,「具体的な物を容易に想到できる」ものであり,不明確ではない。
次に,「扉等の戻る動きとは独立して扉等の開く動きを許容しない状態すなわち動かなくなる」という係止体の構成は,本件出願当時,甲2公報(図6の球により動きが妨げられる係止体),甲3公報(図1ないし図3の検知体12と表現された振り子により動きが妨げられる係止体),甲4公報(図1〜図3のブロック体12と表現された振り子により動きが妨げられる係止体)等において公知であった。「扉等の戻る動きとは独立し」,係止体が「独立して動かなくなる」という構成,すなわち,扉等の戻る動きに当たらない位置に設けられたゆれで動く球,振り子等の地震検知体が扉等の戻る動きで解除されない構成は,当業者にとり,周知の技術であり,本件明細書の図18及び図19の実施例の棚を参照すれば,本件発明1の扉等の戻る動きで係止体の動きの「妨げ状態」が解除されない構成は,前記公知文献の構成と同一である。したがって,本件発明1の特許請求の範囲の「扉等の戻る動きとは独立し」という記載は,「当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示すること」に当たり,「具体的な物を容易に想到できる」ものであるから,不明確ではない。
さらに,「扉等の戻る動きと関係なく」という記載,すなわち,「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」という記載について,扉等の戻る動きに当たらない位置に設けられたゆれで動く球,振り子等の地震検知体であれば,扉等の戻る動きと関係ないことは,当業者であれば,「当該機能・特性等を有する周知の具体的な物を例示すること」と理解することができ,「具体的な物を容易に想到できる」ものであって,不明確ではない。
したがって,本件発明1の特許請求の範囲の「扉等の戻る動きとは独立し」という記載や「扉等の戻る動きと関係なく」という記載等は,当業者にとり,具体的な物を例示でき,又は,容易に想到できるものであり,完全に「明確」である。
2取消事由2(先願発明の認定の誤り)( )審決は,「先願発明の『地震の揺れによって』『前記開き戸の開放度を若1干開く程度に規制する』ところの『地震時に開き戸の開放を規制する方法』は,本件発明1の『地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法』に相当するといえる。」(審決謄本14頁最終段落〜15頁第1段落)と認定したが,誤りである。
( )審決は,先願発明について,「先願明細書の段落【0027】には『そし2て,地震が終われば,係止体38の鍔部38bの上面に載っていた球体37が移動スペース34側へ転動するため,係止体38の動きの規制が自動的に解除され,弾性片43がその弾性力によって先端が元の状態に起き上がり,特別な解除動作を行わなくても平常時と同じ状態に復帰する。』と記載されていることから,被請求人(注,原告)が主張するように,『弾性片43は押し下げられた反力として係止体38に「上方への付勢力」を作用する』としても,当該弾性片43による上方への付勢力は,地震が終われば,係止体38の鍔部38bの上面に載っていた球体37が移動スペース34側へ転動できるのを妨げない程度に弱い力で作用する付勢力に設定されている,すなわち,弾性片43の上方への弾性力や当該弾性力による反力もこのような小さなものに設定されているということができる。そうすると,先願明細書の段落【0026】の『一方,地震時には,・・・係止体38の上動が阻止され,係止体38の下端が弾性片43を押し下げながら係止部42の垂直面42bに当接可能な状態になり,開き戸32の開放度が若干開く程度に規制される。』との記載は,・・・『地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法』であるということができる。」(審決謄本17頁最終段落〜18頁第2段落)として,先願発明について,「地震が終われば弾性片43に押さえられていても,球体37が転動できる程度に弾性片43の上方への弾性力が弱く設定されている」と認定しているが,誤りであり,その誤った認定の結果,先願発明を「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法」であると誤って認定したものである。
先願明細書には,相対位置関係について,図1の状態しか図示されていないこと,平常時と地震開始時の説明(段落【0025】〜【0026】)は,図1の状態から地震が開始される説明であることから,段落【0027】の地震終了時の説明は,図1の状態における説明と解釈するほかない。
そうすると,先願明細書の段落【0027】の前半の「地震が終われば,係止体38の鍔部38bの上面に載っていた球体37が移動スペース34側へ転動するため,係止体38の動きの規制が自動的に解除」されるという動作も,後半の「弾性片43がその弾力によって先端が元の状態に起き上がり」という動作も,先願明細書の図1に示された状態で地震が終了した場合についての説明と解釈すべきである。そして,図1の状態においては,球体37は,弾性片43により押さえられていないから,結局,先願明細書の段落【0027】においては,球体37が弾性片43に押さえられている場合に球体37が転動できるか否かについて何ら記載されていない。
審決は,先願明細書の段落【0027】においては,球体37が弾性片43に押さえられている場合に球体37が転動できるか否かについての記載がないにもかかわらず,同段落について,係止部42が係止体38の側面に当たって,球体37が弾性片43に押さえられ,かつ,そうであっても,球体37が転動できる程度に弾性片43の上方への弾性力が弱く設定されているものと誤って認定した。
技術常識及びその後の先願明細書の補正内容に照らせば,先願発明の弾性片43は,球体37を摩擦力で転動不能にするのみならず,地震時のゆれ及び物がぶつかることによる衝撃によっても球体37が外れないように強く挟持するものであり,「弱い弾性片」でなく「十分に強い弾性片」と解するほかない。
すなわち,弾性片43が係止体38を押し上げながら「元の状態に起き上がる」状態は,図1の状態とは異なり,扉等がわずかに開いて,係止部42が係止体38(の側面)に当たった状態である。この状態から弾性片43が「元の状態に起き上がる」ためには,係止体38の下端部の鍔部が扉等側の係止部42の上端の突起に引っ掛かった際に,係止体38をその抵抗に抗して「元の状態」まで上昇させなければならないのであって,技術常識に照らすと,審決が認定するような「弱い弾性片」ではそのような抵抗に抗する力はない。
そして,先願発明について,平成11年4月13日付けで手続補正書が提出され,段落【0026】について,「球体37は・・・強く挟持される」と補正されているのであり,この補正後の記載と先願明細書の段落【0027】の記載を矛盾なく理解するには,先願明細書の段落【0027】の記載は,図1の状態で地震終了した場合の説明であると解し,また,弾性片43は,球体37を摩擦力で転動不能にするだけでなく,地震時のゆれ及び物がぶっかることによる衝撃によっても球体37が外れないように強く挟持される程度以上に「十分に強い弾性片」であると解する必要がある。
以上のとおり,正しい解釈によれば,先願発明は,地震時にゆれが弱くなれば,弾性片43の弾性力によって,球体37が強く挟持され,転動不能になって,開き戸の往復動が停止するものであり,扉が「ばたつく」状態ではないものであって,先願明細書には,本件発明1の「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法」に相当するものは記載されておらず,それが記載されているとした審決の先願発明の認定は誤りであり,本件各発明と先願発明とが実質的に同一であるとはいえない。
( )被告は,先願明細書の段落【0027】について,特に地震が終了したと3きの状態を限定したものでなく,一般的な地震終了時の説明である旨主張する。
しかし,先願明細書には,図1以外の状態は全く図示されていないにもかかわらず,図1以外の状態を含む一般的に地震終了したときの状態の説明とすることは拡大解釈であり,そのような拡大解釈による発明は,特許法29条の2にいう「記載された発明」に該当しないし,被告の上記解釈によれば,技術的矛盾が生じる。
被告は,先願明細書に弾性片による摩擦力や摩擦係数に関する記載は一切ない旨主張するが,記載がなくても当業者に非常職な解釈は当然否定されるのであって,記載がないことをもって非常識な解釈が通用するわけではない。
当業者の常識において,摩擦力や摩擦係数を考慮するのは当然である。
また,被告は,原告が拒絶査定不服審判時と先願明細書の記載の解釈を変えた旨主張するが,主張を変えたとの被告の主張は失当であるし,そもそも,段落【0027】の記載は非常に不明りょうであり,形式的には複数の解釈があり,拒絶査定不服審判時に気付かなかった技術的矛盾にその後気付くことは,不明りょうな先願明細書に責任があるのであるから,原告が気付いた時点で追加主張することには何ら問題がない。要するに,先願明細書は不明りょうと非難されるべきであり,不明りょうな先願明細書を拡大解釈してまで本件特許を無効にする合理的理由など全くない。
第4被告の反論1取消事由1(特許法旧36条6項2号適合性の判断の誤り)について( )審決は,「地震時に扉等がばたつくロック状態」とは,係止体の動きによ1って「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」という規制された範囲内での開閉両方向の動きのみが扉等に許容されているロック状態と同義の状態を意味するのか否かが,特許請求の範囲の記載事項からは直ちには理解し難いとしたのに対し,原告は,「ばたつく」は地震時の表現であり,「当たらない」は地震終了時(及び通常使用時)のための状態の表現であるため,「ばたつく」と「当たらない」とは,同義か否かを限定しなくても何ら不明確ではない旨主張するが,失当である。
特許法旧36条6項2号は,特許を受けようとする発明が明確であることを要求し,原告は,取消事由2についての主張からも明らかなとおり,本件各発明は,先願発明と,「ばたつく」構成を有するか否かに相違点があると主張しており,「ばたつく」という表現は,本件各発明と先願発明を区別する重要な表現である。しかし,本件明細書には,そもそも「ばたつく」という構成を持たせることがどのような作用効果をもたらすのかにつき何の記載もなく,さらに,どの程度の「ばたつき」があれば「ばたつく」といえるのかも全く不明であり,このような記載は不明確といわざるを得ない。
原告は,「ばたつく」と「当たらない」という表現は同義か,又は否かのいずれかに限定したものではない旨主張しているから,原告自身,本件明細書の記載からは「地震時に扉等がばたつくロック状態」の「ばたつく」ロック状態が,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」という規制された範囲内での開閉両方向の動きのみが扉等に許容されているロック状態と同義の状態を意味するのか否かを理解することができないことを認めている。原告は,同義の状態を意味するのか否かを理解できなくても何ら不明確ではないと主張するが,この主張には何らの根拠もなく,このような記載では,特許請求の範囲に記載された発明が明確に把握できず,権利の及ぶ範囲が第三者に不明確となることは明白である。
( )審決は,本件発明1の特許請求の範囲の「扉等の戻る動きとは独立し」が2どのようなこと意味するのかその技術的意義が理解し難いとしたのに対し,原告は,「扉等の戻る動きとは独立し」とは,地震時に揺れがあれば動かなくなることを意味するとし,ゆれがあれば動かなくなる構成は当業者に周知であったため,不明確ではない旨主張するが,失当である。
特許請求の範囲の記載は,「係止体は,扉等の戻る動きで解除されず」という記載に,特に「扉等の戻る動きとは独立し」という記載を挿入しているのであって,この「扉等の戻る動きとは独立し」という記載が,技術的,具体的に,どのような状態を指し,どのような構成によってその状態が達成されるのかは,本件明細書には何も開示されていないから,この記載が不明確であることは明白である。
( )審決は,本件発明1の特許請求の範囲の「扉等の戻る動きと関係なく」が 3どのようなことを意味するのかその技術的意義が理解し難いとしたのに対し,原告は,「扉等の戻る動きと関係なく」という表現について,扉等の戻る動きに当たらない位置に設けられたゆれで動く球,振り子等の地震検知体であれば,扉などの戻る動きと関係ないことは,当業者であれば,例示又は想到できるものであるから明確である旨主張するが,失当である。
「扉等の戻る動きと関係なく」の意味について,原告が主張するような,地震の揺れがなくなることにより,地震検知体(球,振り子等)が戻る動きにより,係止体が扉等の開く動きを許容する位置へと戻ることを意味するということを明確に説明した記載は,特許請求の範囲の記載にはもちろん,本件明細書の発明の詳細な説明の記載にもないのであり,このような記載は,不明確であるといわざるを得ない。
2取消事由2(先願発明の認定の誤り)について( )原告は,審決が先願明細書の段落【0027】の記載を根拠に,「当該弾1性片43による上方への付勢力は,地震が終われば,係止体38の鍔部38bの上面に載っていた球体37が移動スペース34側へ転動できるのを妨げない程度に弱い力で作用する付勢力に設定されている,すなわち弾性片43の上方への弾性力や当該弾性力による反力もこのような小さなものに設定されているということができる。」(審決謄本17頁最終段落〜18頁第1段落)と認定したことが誤りである旨主張するが,失当である。
( )原告は,「ばたつく」という構成要件において,先願発明と本件各発明は,2異なる旨主張するが,特許請求の範囲における「ばたつく」の定義は非常に不明確であるが,本件明細書の記載から判断すると,「扉等がばたつくロック状態」とは,「係止部は扉等の係止具に係止することなく単に停止され」,扉等が閉じられた状態とロック状態において係止具に停止される位置との間で往復動する状態をいうものと理解できる。
この点について,原告は,「ばたつく」とは,扉等が地震時にゆれが弱くなっても係止体からの摩擦力等の力が原因でその動きが停止することがないという意味である旨主張するが,このような定義は,本件明細書のどこにも記載されておらず,単に,拒絶査定不服審判において原告が主張したというだけにすぎない。特許請求の範囲は,明細書の記載から明確に判断されなければならないものであり,拒絶査定不服審判において原告がどのような主張をしたかは無関係であるところ,本件明細書の記載からは,「ばたつく」の技術的意義について,「扉等がばたつくロック状態」とは,「係止部は扉等の係止具に係止することなく単に停止され」,扉等が閉じられた状態とロック状態において係止具に停止される位置との間で往復動するとの状態以上のものを読み取ることができないことは明らかである。
一方,先願発明においても,地震時に係止体32の動きを球体37が制限することによって開き戸32が往復運動することになることは,原告も認めるとおりであるから,この点において,先願発明と本件各発明は異なるところがない。
( )原告は,審決が,弾性片43について,「十分に強い弾性片」と解釈すべ3きところを「弱い弾性片」と解釈した点に,審決の誤りがある旨主張するが,失当である。
原告は,先願明細書の段落【0027】の記載は,図1に示された状態で地震が終了した場合についてのみの説明と解釈すべきである旨主張するが,先願明細書のどこにもそのような記載はない。そもそも,図1の状態であれば,弾性片43は変形していないのであるから,「先端が元の状態に起きあがる」ということはあり得ない。先願発明は,地震終了後の解除動作を不要にすることを目的とした発明であり,段落【0027】が,「係止体の下端が弾性片43を押し下げながら係止部42の垂直面42bに当接可能な状態になり,開き戸32の開放度が若干開く程度に規制される。」という段落【0026】の記載の後にそのまま続けて記載されていることから,段落【0027】の記載は,特に,地震が終了したときの状態を限定することなく,地震の揺れにより,球体が鍔部38b上面に載置し,係止体の下端が弾性片を押し下げて係止部42の垂直面42bに当接可能な状態になった場合一般に関する地震終了後の記載と理解する以外にはない。さらに,先願明細書には,原告が主張するような弾性片43による摩擦力や摩擦係数等に関する記載も一切ない。
したがって,先願明細書の記載からは,当業者は,弾性片43の弾性力は,地震中,地震後を問わず,また,地震終了時の状態を問わず,球体37の自由な動きを阻害するほどのものではないと理解するから,弾性片43には,地震終了後に球体37を挟持し続けるほどの弾性力がない旨認定した審決に誤りはない。
( )本件訴訟において,原告は,先願明細書の図1の状態で地震が終了する4こともあり得るとするが,拒絶査定不服審判においては,原告は,これと異なる解釈に基づく主張をしていた。
また,原告は,審決の認定について,先願発明の手続補正後の記載と異なることを理由として審決の認定が誤りである旨主張するが,先願発明は,願書に最初に添付された,補正前の明細書(先願明細書)に基づき認定されるのであり,また,先願発明の出願後の補正における記載は,先願明細書の段落【0027】の記載とも整合しせず,先願明細書の上記補正は,要旨変更の疑いが強いものであるから,審決の認定が補正後の記載と矛盾していたとしても,そのことは審決の認定の誤りを根拠付けるものではない。
第5当裁判所の判断1取消事由1(特許法旧36条6項2号適合性の判断の誤り)について( )本件発明1は,「地震時に扉等がばたつくロック状態となる方法」に係る1発明であるところ,審決は,「本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,その殆どが極めて抽象的な表現を用いて記載されたものであり,かつまた,当該記載された事項の意味がその記載された事項自体からは明確に理解できず,このことにより特許を受けようとする発明の構成がその記載された事項によっては明確に把握できないといえる。」(審決謄本5頁第2段落)としたのに対し,原告は,本件発明1が明確である旨主張する。
本件発明1の特許請求の範囲には,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において」との記載があるところ,「扉等がばたつくロック状態」について,これを限定する格別の記載は見当たらない。
一般的な用語例に従うと,「ロック」とは,「錠をおろすこと。鍵をかけること。錠。」(広辞苑第5版)とされ,扉についていえば,「ロック状態」とは,鍵をかけるなどして開かない状態をいうと解される。また,「ばたつく」とは,「ばたばたする。騒がしく動きまわる。じたばたする。」(同)などの意味を有する。そうすると,「扉等がばたつくロック状態」とは,「扉等がばたばたした状態にありながら,かつ,鍵をかけるなどして開かない状態」であると,一応理解することができる。しかし,その内容が一義的に理解されるとは,直ちに断定し難いところである。したがって,本件発明1が,これらの語のみで,特許請求の範囲が一義的に発明として特定されるのかは明らかではない。
( )本件明細書(甲8)には,以下の記載がある。
2ア「【発明が解決しようとする課題】本発明は以上の従来の課題を解決し地震時に係止体が扉等の戻る動きとは独立して動くことにより扉等の戻る動きで解除されず地震時にロック位置に到って振動し又はロック位置を保持する構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする。更に本発明の他の目的は係止体が扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする。」(段落【0003】)イ「【課題を解決するための手段】本発明は以上の目的達成のために:地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法等を提案するものである。」(段落【0004】)ウ「以上で明らかな通り図1乃至図5の扉等の地震時ロック方法は棚の本体(90)側に取り付けられた装置本体(1)の係止体(2)が地震時に扉等の開く動きを停止させる位置であるロック位置へと動き,前記係止体(2)は扉等の戻る動きとは独立して動くことにより扉等の戻る動きで解除されず地震時にロック位置に到って振動し又はロック位置を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体(2)は待機位置へと戻る扉等の地震時ロック方法である。そして図示のものは地震時に装置本体(1)の係止体(2)が扉等の係止具(5)に係止し扉等のばたつきのほとんどないロック状態となる扉等の地震時ロック方法であった。」(段落【0005】【発明の実施の形態】,5頁7行目〜14行目)エ「その結果係止具(7)の絞り(7c)を係止部(6b)(溝を有するため溝が縮まって)は通過し開口端(7b)に到ることになる。開口端(7b)において係止部(6b)は段(6c)で係止保持力(係止解除力でもある)が確保される。すなわち段(6c)における係止保持力(係止解除力でもある)以下であれば開き戸(91)は地震のゆれの戻りから受ける力によっては解除されない。すなわち開き戸(91)が隙間を有した状態でロックされることは図1乃至図5の実施例のものと同様である。地震が終わると使用者は隙間を有してロックされている図10及び図11の状態の開き戸(91)を係止保持力以上の力で押す。これにより係止状態が解除され図10及び図11の状態から図6及び図7に示す様に係止体(6)は係止具(7)の絞り(7c)を通過し開口(7a)へと戻り開き戸(91)の開閉は自由になる。」(同段落,6頁37行目〜49行目),オ「以上で明らかな通り図6乃至図11の扉等の地震時ロック方法は棚の本体(90)側に取り付けられた装置本体(1)の係止体(6)が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体(6)は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体(6)は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法である。そして図示のものは地震時に装置本体(1)の係止体(6)が扉等の係止具(7)に係止し扉等のばたつきのほとんどないロック状態となる扉等の地震時ロック方法であった。」(同段落,7頁2行目〜9行目)カ「すなわち図1乃至図11の扉等の地震時ロック方法に共通することは地震時に装置本体(1)の係止体(2)(6)が扉等の係止具(5)(7)に係止し扉等のばたつきのほとんどないロック状態となることであった。以上の地震時ロック方法のいずれかに適用が可能な振動エリアAの他の実施例(但しこれに限るものではない)を図12乃至図17に示す。」(同段落,同頁10行目〜14行目)キ「次に図18及び図19の実施例は図6乃至図11に示したものと比較し地震時に扉等がばたつくロック状態となる扉等の地震時ロック方法であることを特徴とする。すなわち係止体(6)の係止部(6b)は扉等の係止具(7)に係止することなく単に停止されるものであり地震時に扉等がばたつくロック状態となる。次に図20の実施例は図1乃至図5に示したものと比較し地震時に扉等がばたつくロック状態となる扉等の地震時ロック方法であることを特徴とする。すなわち係止体(2)の係止部(2e)は扉等の係止具(5)の係止部(5a)に係止することなく単に停止されるものであり地震時に扉等がばたつくロック状態となる。」(同段落,同頁18行目〜25行目)ク「【発明の効果】本発明の扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の実施例は以上の通りでありその効果を次に列記する。本発明の地震時ロック方法は特に係止体が扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る。」(段落【0006】)( )上記によれば,本件明細書の図1ないし図17に示されたロック方法は,3地震時に扉等のばたつきのほとんどないロック状態となるものに係り(上記( )ウないしカ),本件発明1の実施例に相当するものではない。これに対2し,図18ないし図20に示されたロック方法のみが,地震時に扉等がばたつくロック状態となるものであり(同キ),本件発明1の実施例に相当するものである。
そして,本件明細書において,本件各発明について説明する部分は,発明が解決しようとする課題(上記ア),課題を解決するための手段(上記イ),発明の効果(上記ク)び上記キの実施例の説明と図18ないし図20しかない。
本件明細書には,前記のとおり,本件発明1の特許請求の範囲にいう「扉等がばたつくロック状態」について直接定義する記載はないものの,「地震時に扉等のばたつきのほとんどないロック状態」と「地震時に扉等がばたつくロック状態」を明確に区別しており,そのうちの「地震時に扉等がばたつくロック状態となる扉等の地震時ロック方法」に係る発明が本件発明1であるから,「ばたつきのほとんどない」構成と「ばたつく」構成との間にどのような相違があるのかが明確にされる必要がある。
この点について,上記( )ウの「そして図示のものは地震時に装置本体2(1)の係止体(2)が扉等の係止具(5)に係止し扉等のばたつきのほとんどないロック状態となる扉等の地震時ロック方法であった。」との記載や同カの「すなわち図1乃至図11の扉等の地震時ロック方法に共通することは地震時に装置本体(1)の係止体(2)(6)が扉等の係止具(5)(7)に係止し扉等のばたつきのほとんどないロック状態となることであった。」との記載によれば,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」とは,「装置本体(1)の係止体(2)が扉等の係止具(5)に係止」するものであることが分かる。
また,「扉等がばたつくロック状態」とは,上記( )キによれば,実施例2の図18,19及び図20で示されるものであり,棚の本体側に設けられた係止体について,「その係止体(6)の係止部(6b)が,扉等の係止具(7)に係止することなく単に停止される」ロック状態(図18,19),ないしは,「係止体(2)の係止部(2e)が,扉等の係止具(5)の係止部(5a)に係止することなく単に停止される」というロック状態(図20)を意味するものをいうと理解することができる。
以上によれば,係止体との関係で,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」は,扉等の係止具に「係止」するのに対し,「扉等がばたつくロック状態」は,扉等の係止具の係止部に「係止」するのでなく,単に「停止」するものをいうと認められる。
したがって,本件発明1にいう「扉等がばたつくロック状態」は,棚本体に設けられた係止体を用いて扉等の開閉を制御している状態であるが,係止体の存在にもかかわらず,扉等に設けられた係止具に「係止」せず,単に「停止」される状態をいうものと認められる。
そこで,さらに,「係止」と「停止」の技術的意義及び区別がどのようなものであるかが明らかにされる必要がある。
本件明細書の発明の詳細な説明において,この点に関する記載としては,「係止体(6)の係止部(6b)が,扉等の係止具(7)に係止することなく単に停止される」,「係止体(2)の係止部(2e)が,扉等の係止具(5)の係止部(5a)に係止することなく単に停止される」があるが,これらはいずれも「係止体の係止部」の機能,作用が記載されているのみである。
一般に,「係止」とは,「係わり合って止まること。」(平成12年8月28日日刊工業新聞社発行特許技術用語集-第2版-)などとされており,上記( )ウないしカを併せ考えると,本件明細書において,「係止」とは,2扉等が「開く方向にも閉じる方向にも動きが封殺されていること」を意味するものと理解できる。また,本件明細書においては,「停止」という用語が,「係止」と対比して使用されていることから,「停止」は,上記の「係止」とは異なる意味を有するものと理解することができる。このことに,「扉等がばたつくロック状態」が,前記( )のとおり,一般的な用語例に従うと,1「扉等がばたばたした状態にありながら,かつ,鍵をかけるなどして開かない状態」にあることを意味していることを併せ考えると,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」とは,「扉等が係止された状態」すなわち「扉等が,開く方向にも閉じる方向にも動きが封殺されるロック状態」をいうのに対し,本件発明1における「扉等がばたつくロック状態」とは,「扉等が,係止されることなく単に停止されるロック状態」であり,「扉等が,ロック位置からそれ以上開く方向への動きが封殺されるが,ロック位置から閉じる方向については,開く方向及び閉じる方向の動きが許容され,往復動可能となるロック状態」をいうものと,一応解釈することができる。
そして,扉等は,技術常識によれば,通常は,閉じられているものであるから,「扉等がばたつくロック状態」において,地震時において,通常時に閉じられている位置と前記ロック位置との間を往復動可能であるといえる。
上記( )クには,発明の効果として,「解除機構を単純に出来る」旨の記2載があるが,同効果は,地震時において,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」と対比される「扉等がばたつくロック状態」の効果とは認められず,「扉等がばたつくロック状態」により,どのような効果を奏するかについて,本件明細書には,何らの記載もない。
( )本件発明1は,特許請求の範囲の記載から明らかなとおり,「扉等が閉じ4られた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体」が,「地震時に扉等の開く動きを許容しない状態」になるというものである。
そして,「扉等のばたつきのほとんどないロック状態」を,一応上記のように解釈すれば,本件発明1は,装置本体に設けられた係止体を用い,「地震時に扉等の開く動き」,すなわち,地震時に扉等の開く方向への動きを許容しない状態になるものであると理解することができる。
ここで,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体」との記載について,特許請求の範囲には,同機能的記載と「ばたつくロック状態」との関連を示す記載はなく,その関係は不明である。
もっとも,前記のように明細書の発明の詳細な説明等を参酌し,また,「ばたつくロック状態」において,扉がロック状態となるのは係止体の存在によるものであり,その係止体が扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで扉等に当たらないという構成を有することにかんがみ,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで開かない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態」とは,一応,「ばたつくロック状態」を,「係止体」を主体として規定したものと理解することができないものではなく,仮に,そのように理解したとするならば,同記載は,扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで,扉に当たらないとの構成を有する係止体を用い,扉等が閉じられた状態からわずかに開かれたときに当たる係止体が,扉がわずかに開かれたとき,地震時にそれ以上の扉等の開く方向への動きを許容しない状態になることをいうものと,一応理解することができないわけではない。
しかし,本件発明1は,係止体を用いて地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になるものであるが,係止体が,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」という機能的記載を採用していることの効果の記載は,本件明細書において皆無であり,上記( )ク記載の効果も,上記2機能による効果であるとは認められない。
念のため,本件明細書において,「扉等がばたつかないロック状態となるロック方法」を説明する部分についてみると,以下の記載がある。
「以上で明らかな通り上昇した状態を継続している係止体(2)の係止部(2e)は開く方向の動きを継続する開き戸(91)の係止具(5)の係止部(5a)に係止し開き戸(91)は隙間を有してロックされる(図4から図5に到るのである)。開き戸(91)は地震のゆれの戻りの際に開き戸(91)の重量と地震の加速度に応じて係止を外そうとする力を係止部(2e)(5a)に作用する。この係止を外そうとする力が係止体(2)の係止部(2e)の近くに設けられた弾性部(2f)の弾性抵抗(係止保持力)(係止解除力でもある)以下であれば係止状態は保持される。すなわち開き戸(91)の重量と予想される地震の加速度の両者から係止部(2e)(5a)の(係止保持力)(係止解除力でもある)を設定しておくことにより予想される範囲の地震においては地震が終了するまで係止状態が保持される。
地震が終わると使用者は隙間を有してロックされている図5の開き戸(91)を係止保持力以上の力で押す。これにより係止状態が解除され図5の状態から図1に示す様に係止体(2)の係止部(2e)は下降し開き戸(91)の開閉は自由になる。ここで球(9)については地震が終わると係止状態の解除と関係なく装置本体(1)の振動エリアAの床面の傾斜により中央後端の安定位置に戻る。」(段落【0005】【発明の実施の形態】,4頁41行目〜5頁6行目)上記記載によれば,「扉等がばたつかないロック状態となるロック方法」において,扉等は,「隙間」を有してロックされ,使用者が隙間を有してロックされている扉等を係止保持力以上の力で押して,係止状態が解除されることが記載されている。これによれば,このような「隙間」の存在が,係止状態の解除のために利用されているといえる。
しかし,このような記載によっても,なお,「地震時に扉等がばたつくロック状態となる扉等の地震時ロック方法」に係る発明である本件発明1において,係止体が,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」という機能的記載がいかなる技術的意義を有し,また,いかなる効果を奏するのかが不明である。
すなわち,上記記載によれば,「扉等がばたつかないロック状態となるロック方法」において,「球(9)については地震が終わると係止状態の解除と関係なく装置本体(1)の振動エリアAの床面の傾斜により中央後端の安定位置に戻る」ものであり,使用者が隙間を有してロックされている扉等を押して,係止状態が解除されるのは,係止部における係止保持力以上の力を加えることによる。ところが,本件発明1は,「扉等がばたつくロック状態となるロック方法」すなわち「扉等が,係止されることなく単に停止されるロック状態」であって,係止部において,係止されていないのであるから,「隙間」の存在や使用者が扉を押すことは,ロック状態の解除にはなんら関係せず,本件発明1における係止体が,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」ことによる効果は依然として不明である。
( )以上を総合すると,本件発明1は,前記のとおり,「地震時に扉等がばた5つくロック状態となるロック方法」において,「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態にな(る)」ものである。ここにおいて,「ばたつく」状態にあるロック状態と,係止体が「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない」状態との関係は,特許請求の範囲の記載からは,明らかでない。
また,仮に,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,上記( )及3び( )のように一応,理解して,本件発明1は,地震時において,本体側に 4設けられた係止体が,扉等がわずかに開かれるまで当たらないが,扉等がわずかに開いて係止体が扉に当たり,それ以上,扉等が,開かないようにするものの,扉等の動きを完全に封殺するものではなく,扉等が閉じられた状態からわずかに開いて係止体が扉に当たるまでの間は,往復動可能であることをいうものとして,「地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法」及び「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態にな(る)」に係る構成を理解したとしても,係止体が扉に当たるまでの距離及び扉が往復動可能に開く程度については,特許請求の範囲の記載において,「わずかに」とされるのみで,きわめて抽象的な表現であって,特許請求の範囲の他の記載を参酌しても,その内容が到底明らかになるものではない。技術常識によれば,扉のロック方法において,製造誤差,組付誤差が生じることがあるほかに,ロック状態を確実にするため,一定のいわゆる「遊び」が設けられることもあるのであるが,それらを「わずかに」との表現が含むのかは全く不明である。
そして,本件明細書の発明の詳細な説明中にも,「わずかに」で表される程度を具体的に説明したり,その程度について示唆するような具体的な記載はない(なお,「ばたつきのほとんどないロック状態」という表現が存在することについては,後記( )参照)。加えて,係止体が「わずかに」開かれ7るまで当たらないことや扉等が「ばたつく」ことによる効果についても,本件明細書の発明の詳細な説明には,何ら記載されていない。
そうすると,当業者にとって,その技術常識を勘案しても,本件発明1の「わずかに」で表される,係止体が扉に当たるまでの距離及び地震時に扉が往復動可能に開く程度の上限及び下限を理解することは,困難であるといわざるを得ない。
( )原告は,特許請求の範囲の記載にいう「ばたつく」とは,扉等が,地震時6にゆれが弱くなっても,係止体からの摩擦力等の力が原因でその動きが停止することがないという概念(拒絶査定不服審判において出願人である原告が明確にした定義)であり,「ばたつく」の概念は,地震時の概念であり,地震終了時(及び通常使用時)の概念ではないのに対し,特許請求の範囲の記載にいう「当たらない」とは,通常使用時に扉等が閉じられた状態で係止体に扉等が当たらないことにより解除を確実にする等のための,地震終了時(及び通常使用時)の概念であり,「わずかに開かれるまで当たらない係止体」との構成,すなわち,地震終了時(及び通常使用時)に,閉止状態で「当たらない係止体」という構成をとることにより,解除が確実になり解除機構を単純にできるという効果を伴うものであって,「ばたつく」と「わずかに開かれるまで当たらない」は,そもそも概念が異なるものであるから,同義か否かを特許請求の範囲に定義する必要はないし,その定義がなくても何ら不明確にはならない旨主張し,また,本件明細書の図18及び図19の実施例の棚において,扉等が開かれていく過程で扉等に最初に係止体(6)が当たった際には,係止体(6)の後部(6f)が球(9)とわずかに隙間があるから,地震時の「ばたつく」位置は,通常使用時に係止体が「当たる」位置よりもより開いていることになる旨主張する。
原告は,「ばたつく」の概念は,地震時の概念であるのに対し,「当たらない係止体」との概念は,地震終了時及び通常使用時の概念であり,それらの構成の適用場面が異なる旨主張するようであるが,「ばたつく」について,地震時に扉等が,係止体からの摩擦力等の力が原因でその動きが停止することがないという意味をある面において有するとしても(上記( )にいう「係3止」しない状態),本件発明1は,「ばたつくロック状態」を規定するものであり,地震時において「ロック状態」,すなわち,扉が一定以上開かないという構成を有するものである。そして,原告の上記主張のように,係止体の「わずかに」開かれるまで当たらないとの構成のうち,「わずかに」で表される範囲について,地震時における状態と関係しないとすると,地震時の「ばたつくロック状態」において,扉が往復動可能である範囲を規定するものは全くなくなるのであって,上記( )のように,本件発明1について,地5震時において,本体側に設けられた係止体が,扉等がわずかに開かれるまで当たらないが,扉等がわずかに開いて係止体が扉に当たり,それ以上,扉等が,開かないようにするものの,扉等の動きを完全に封殺するものではなく,扉等がわずかに開いて係止体が扉に当たるまでの間は,往復動可能であることをいうものと一応理解した場合より,本件発明1の特許請求の範囲の記載は,更に不明確になる。
( )なお,本件明細書には,本件発明1の「扉等がばたつくロック状態となる7ロック方法」と対比され,「ばたつきのほとんどないロック状態となる扉等の地震時ロック方法」(前記( )オ)との記載がある。
2しかし,本件明細書中において,「ばたつきのほとんどない」の用語を説明する記載は一切ないから,「ほとんどない」の意味について,製造誤差,組付誤差を指すほかに,ロック状態を確実にするための一定のいわゆる「遊び」を含むものなのか否かなどは全く不明であって,上記記載によって,「扉等がばたつくロック状態となるロック方法」における扉の往復動可能である範囲は不明確なままである。
( )以上によれば,本件発明1は,当業者にとって,その技術常識を勘案して8も,係止体が扉に当たるまでの距離及び地震時に扉が往復動可能に開く程度を理解することは,困難であって,特許請求の範囲の記載が明確でないということができ,また,本件発明1を引用する本件発明2ないし4も,特許請求の範囲の記載が明確でないということができる。
そうすると,本件明細書は,特許法旧36条6項2号に規定する記載要件を満たしていないのであるから,本件各発明に係る特許は,特許法123条1項4号に該当するものとして,無効とされるべきものであり,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
( )したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
92以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がないから,本件各発明に係る特許は,特許法123条1項4号に該当するものとして,無効とされるべきものであり,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 宍戸充
裁判官 柴田義明