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関連審決 無効2004-80217
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19行ケ10105審決取消請求事件 判例 特許
平成18ネ10038損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成15行ケ314審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10347審決取消請求事件 判例 特許
平成13行ケ402審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  優先権 /  着想 /  援用権(援用) /  優先日 /  参酌 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  変更 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10732号 審決取消請求事件
原告味の 素 株式会社
訴訟代理人弁護士増井和夫
同 橋口尚幸
被告中 外製薬株式会社
訴訟代理人弁護士牧野利秋
同 福田親男
同 尾崎英男
同 那須健人
同 丸山隆
同弁理士江尻ひ ろ子
同 深澤憲広
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2004-80217号事件について平成17年9月7日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が特許権者である後記特許に関し,被告からの特許無効審判請求に基づき,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因(1)特許庁における手続の経緯原告は,昭和63年7月8日(優先権主張昭和63年3月9日,日本),名称を「生理活性タンパク質の製造法」とする発明につき特許出願をし,平成8年11月7日,特許第2576200号として設定登録を受けた(請求項は1〜5。
甲1-1。以下「本件特許」という。)。
ところが本件特許に対し,平成9年7月24日付けで第三者から特許異議の申立てがなされ,同申立ては平成9年異議73453号事件として特許庁に係属したが,その中で原告は,平成14年6月17日付けで訂正の請求をしたところ,特許庁は,平成14年6月18日,上記訂正を認めるとした上,「特許第2576200号の請求項1ないし5に係る特許を維持する」との異議決定をした(甲1-2)。
そこで被告は,平成16年11月5日,本件特許の請求項1ないし5に係る発明についての特許無効審判請求をしたので,特許庁は,同請求を無効2004-80217号事件として審理した上,平成17年9月7日,「特許第2576200号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする」との審決をし,その謄本は平成17年9月13日原告に送達された。
(2)発明の内容上記異議決定によって訂正が認められた後の本件特許の請求項1〜5に係る発明の内容は,次のとおりである(【請求項1】には審決に従って(A)〜(D)の段落番号を付加。以下順に「本件発明1」等という。)。
【請求項1】(A)生理活性タンパク質をコードする遺伝子及びジヒドロ葉酸還元酵素(以下dhfrとする。)遺伝子を発現可能な状態で有するプラスミドを元来付着性であるチャイニーズ・ハムスターオバリージヒドロ葉酸還元酵素欠損株(CHO dhfr )細胞に予め形質転換して得られた形質転換細胞を-培地中に懸濁させ,(B)浮遊攪拌培養を継代して行うことにより浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞を樹立し,(C)当該浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞を浮遊攪拌培養し,培養液中に目的生理活性タンパク質を生産させ,そして目的生理活性タンパク質を取得することを特徴とする(D)生理活性タンパク質の製造法。
【請求項2】生理活性タンパク質がヒト分化誘導因子BUF-3(以下BUF-3とする),ヒトインターロイキン2(以下IL-2とする),及びヒトB細胞分化因子(以下BSF-2とする)のいずれかである請求項(1)記載の製造法。
【請求項3】プラスミドがpSD(x)/BUF-3△SV40初期プロモーター-BUF-3をコードする遺伝子-SV40スプライシングシグナル-SV40初期プロモーター-ジヒドロ葉酸還元酵素(以下dhfrとする)遺伝子-SV40スプライシングシグナルである請求項(1)記載の製造法。
【請求項4】プラスミドがpSD(x)/BSF-2△SV40初期プロモーター-dhfr遺伝子-SV40スプライシングシグナル-SV40初期プロモーター-BSF-2をコードする遺伝子-SV40スプライシングシグナルである請求項(1)記載の製造法。
【請求項5】プラスミドがpSD(x)/IL-2△SV40初期プロモーター-dhfr遺伝子-SV40スプライシングシグナル-SV40初期プロモーター-IL-2をコードする遺伝子-SV40スプライシングシグナルである請求項(1)記載の製造法。
(3)審決の内容審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件発明1〜5は,その出願前に頒布された下記の甲3論文・甲4論文・甲5論文と,甲9書籍の記載事項を組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項等により無効とすべきものである,等としたものである。
記甲3論文:Michael A. Recny et al., Structural Characterization ofNaturalHumanUrinaryandRecombinantDNA-derivedErythropoietin(TheJournalofBiologicalChemistry,Vol.262, No.35, pp. 17156-17163,1987)(審判甲2)甲4論文:山崎達美,尾野雅義「遺伝子工学によるリコンビナント造血因子の精製:hG-CSF」医学のあゆみ,Vol.143, No.6, 503-505頁,1987.11.7(審判甲3)甲5論文:Joel Haynes et al., Constitutive, long-term production ofhuman interferons by hamster cells containing multiplecopies of a cloned interferon gene (Nucleic Acids Research,Vol.11,No.3,687-706,1983)(審判甲4,以下「甲5ハインズ論文」という。)甲9書籍:中井準之助ほか「組織培養」朝倉書店,第4刷1980年2月20日刊(審判甲12,初版第1刷は1976年(昭和51年)9月30日刊,以下「甲9組織培養」という。)(4)審決の取消事由しかしながら,審決は,以下に述べるとおり,本件発明1等の進歩性についての判断を誤ったから,違法として取消しを免れない。
ア 取消事由1(甲9組織培養の解釈の誤り)審決は,甲9組織培養に開示された方法の認定を誤り,本件発明1の構成要件(B)の方法が,甲9組織培養に開示された周知技術と同一であるとの誤った認定をしたものである。
(甲9組織培養の記載は形質転換細胞についての浮遊培養の可能性を示すものではな(ア)いこと)甲9組織培養は,昭和51年(1976年)に出版された書籍であり,その当時,動物細胞の形質転換細胞を取り扱う技術は存在しなかったため,形質転換細胞について浮遊培養に適した細胞株を樹立することについては何らの言及もない。また,そのような細胞株を用いたタンパク質の安定生産についても全く記載はない。
したがって,甲9組織培養の文中に,付着性の動物細胞を浮遊培養することについての記載があることをもって,本件発明1における「浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞を樹立」する工程が開示されていると解釈することは,誤りである。
(甲9組織培養の記載は動物細胞一般について浮遊培養が可能であるとの技術常識が(イ)あったことを裏付けるものではないこと)甲9組織培養が出版された昭和51年(1976年)当時,動物細胞の浮遊培養については知見が極めて少なく,著者はもっぱら自らの経験を記載せざるを得なかったのである。すなわち,甲9組織培養には,動物細胞の「従来考えられているほどその培養は困難なものではなく」(69頁10行)浮遊培養が(69頁14〜との記載があるが,その根拠としては,少数の文献を挙げた上22行) (同23〜,主としてHeLa S-3細胞に関する著者自身の経験に言及するにとどまっている。そうすると,これらの記載から,動物細胞を浮29行)遊培養することが原則として可能であるとの技術常識が存在したかのごとく認定することは,誤りである。
このように,甲9組織培養の文中における動物細胞の浮遊培養についての記載は,多くの研究者の業績により確立された知見を集めたものではない。したがって,この点において,甲9組織培養に記載された内容を,それが教科書的な書籍に記載されているという文献の体裁だけから「周知技術」として認定することはそもそも不適切であり,動物細胞の浮遊培養が原則として可能であるとの技術常識が存在したと認定することもできない。
(甲9組織培養に記載された浮遊培養の例は工業生産に応用できるものではないこ(ウ)と)a細胞の培養においては培地の選択が極めて重要である。甲9組織培「単層培養用の培養液を浮遊培養に使用すれば,養には,培地の選択に関して,細胞塊が形成されやすいばかりでなく培養液に添加した血清タンパクの凝集沈殿がおこり,細胞増殖に大きな支障を来たす。………培養液を構成する基本塩類の中からCaあるいは同時にMgを除去することによりこの問題を解決し,………」(71頁2+ 2+26〜32行)「われわれの使用している浮遊培養用の培養液の組成は表2.9のとおり,である。EagleのBM培地をすこし改変し,CaとMgを除き,………」(72頁下11〜9行)との記載があり,甲9組織培養の開示する浮遊培養の方法は,Ca(カルシウム)とMg(マグネシウム)を除いた培地を使用するというものである。
しかるに,カルシウムは動物細胞を構成する成分の一つであり,動物細胞の大量培養のための必須成分であるから,カルシウムを除いた培地において浮遊培養に成功したとしても,細胞の十分な増殖性を得ることができない以上,目的とするタンパク質の工業的な大量生産に利用することができない。
「L細胞のように単細胞の状態で長期間浮遊培養できる例もあb甲9組織培養のるが,細胞相互の凝集結合による細胞塊の形成は,浮遊培養では避けられない現象である。その増殖は細胞数の算定を困難にし,定量的な培養の採取に支障を来たすばかりでなく,浮遊培養に特異ないろいろの利点が失うことなる。」(76頁23〜25行)との記載によれば,甲9組織培養が開示する浮遊化手段では,L細胞「浮遊培養に特異ないろのような特殊な細胞を除き,時間の経過によってわれるほどに細胞塊が形成されるというのである。すないろの利点が失」わち,甲9組織培養に記載された方法では,単に一過性の浮遊性を示す細胞が得られたにとどまる。上記記載から推測されることは,甲9組織培養に記載された浮遊化とは,安定した浮遊化の段階に到達したものではなかったか,あるいは,カルシウム等を除いた培地での浮遊培養は細胞の性質をあまり変更することなく浮遊状態を得るものであると考えられるから,逆に付着状態にも戻りやすいのであろう,ということである。
「………多くの場c上記a,bの点を正しく考慮すれば,甲9組織培養の合,継代培養の確立された株細胞では,このような環境の変化に耐えて比較的速かに新しい条件に適応するか,あるいは適応しうる細胞だけが選択的に生き残り,安定した培養に発展して増殖を維持できるようになる。………もし細胞が浮遊培養に適応しにくく,細胞の死亡率が増加するか,細胞の凝集がひどく大きな細胞塊(clump)を作る傾向にある時には,健全な細胞あるいは細胞塊を作りにくい細胞だけを選択して培養を更新すべきである。………この方法をくり返せば最終的には浮遊培養に適応した細胞だけが残り,その目的を達成することができる。この状態に達した細胞は,長い単層培養の後でもその性質を変えず,浮遊培養にただちに移行できるのが普通であとの記載から,付着性動物細胞を浮遊る」(同第69頁下1行〜第70頁14行)化することに本質的な困難がないかのごとく解釈するのは誤りである。
すなわち,上記aのとおり,カルシウム等を除いた培地を使用するという,実験室で単に浮遊培養の状態を得るための条件下であれば,浮遊化が可能になる場合が多いのかもしれないが,タンパク質生産を目的とするとき必要とされる量のカルシウム等を含む通常の培地において,しかも,容器に特段の付着防止処理も行わずに浮遊化を実現しようとすれば,それは,決して容易な作業ではない。しかも,上記bのとおり,甲9組織培養において「浮遊培養」と呼ぶ状態は,時間の経過によって細胞塊が形成され,浮遊培養の利点が失われる程度の不完全なものにすぎなかったのである。
このように,甲9組織培養の記載は,実験室で細胞を取り扱う目的の限度で,特殊な培地を使用した上,長期間は浮遊状態が維持できない程度の不完全な浮遊化の手段を開示しているにとどまるのである。
これは,本件発明1が意図するタンパク質の大量生産のために形質転換細胞を浮遊攪拌培養に適合させる手段とは,次元の異なる手段にすぎない。
イ 取消事由2(甲5ハインズ論文の解釈の誤り)「………少なくとも,浮遊培養下審決は,甲5ハインズ論文の記載について,において,安定な増殖性と,単層培養での生産性に匹敵する高いタンパク質産生能を示す幾つかのクローンが得られたことが記載されている。………当該クローンが………『充分に浮遊撹拌培養条件に耐えられる細胞』であることは明らかである。そして,甲第4号証〔判決注:甲5ハインズ論文〕中の『浮遊培養で増殖でき,繰り返し収穫できる』という上記記載自体は,被請求人の主張する如く将来の可能性を示したものでしかないとしても,形質転換 CHO dhfr 細胞を用いた浮遊培養におけるIFN大量生産の可能性を強く示唆する記-として,浮遊攪拌培養において安定した増載ではある」(19頁第3〜第5段落)殖性とタンパク質生産性を有する CHO dhfr 細胞を開示したものであると認-定したが,以下のとおり誤りである。
すなわち,甲5ハインズ論文の全体を通じ,具体的な記載はすべて付着培養に関するものであり,浮遊培養については,その基本的な条件(培地の選択,培養装置の種類等)についてすら何の記載もないまま,浮遊培養でもIFN(インターフェロン)が得られたという結果が示されているだけである。そうすると,甲5ハインズ論文から知り得ることは,付着培養で増殖させたIFN産生能を有する形質転換 CHO dhfr 細胞を,何らかの手段で浮-遊状態に置き,IFNの産生性を調べたところ,浮遊状態でもIFNを産生したという事実だけである。浮遊培養をした時間は記載されていないのであるから,IFN産生が「安定に推移した」といっても,何日間そうであったのかは不明であり,浮遊状態に適合できない細胞が死滅するまでの1週間程度の期間中における安定性を意味している。また,「安定に」とは,むしろ,変動がないこと,すなわちIFN産生量が時間とともに増大したのではないこと(細胞密度も増大を示さなかったこと)を示唆している。
このように,甲5ハインズ論文は,形質転換 CHO dhfr 細胞を浮遊攪拌培-養してタンパク質産生性を検討した文献ではあるが,浮遊攪拌を維持した時間について明示の記載がなく,浮遊攪拌培養につき継代を繰り返したとの記載もないから,短期間のものにすぎないと解さざるを得ない。このような短期間の浮遊攪拌培養を,「一過性の浮遊培養」と呼ぶことができる。
「形質転換 CHO細胞で達成されたIFNのしかるに,審決は,甲5ハインズ論文のレベルは,………産生が構成的であり,細胞が浮遊状態で増殖でき,繰り返し収穫できる………」(702頁21〜28行。審決17頁にいう記載(ヨ)) 「記との記載等を引用した上,載(ヨ)の『浮遊培養で増殖でき』の原文が『can be grown』であることから,実際に細胞数もしくは細胞密度までを正確に確認したものとはいえないものの,………浮遊培養条件下でも『安定な』IFN生産が行われていることを確認し,かつ浮遊培養下での細胞の生育状態を観察した結果を踏まえて『増殖でき』と述べたと解することが自然であるから,当該『クローン』が『浮遊培養下でも増殖できる』細胞であるということはできる」(18頁第2と解釈したが,この解釈は,甲5ハインズ論文の記載からあまりにも段落)離れたものといわなければならない。しかも,審決は,さらに進んで,甲「……少なくとも,浮遊培養下において,安定な増殖性と,単層5ハインズ論文には培養での生産性に匹敵する高いタンパク質産生能を示す幾つかのクローンが得られたこととまで述べているが,「安定な増殖性」のが記載されている」(19頁第3段落)根拠となる記載は甲5ハインズ論文には何ら見いだせない。
上記のとおり,甲5ハインズ論文に浮遊培養での安定な増殖性及びタンパク質生産性が開示されているとの解釈は誤りであるところ,安定な増殖性及びタンパク質生産性が開示されているか否かは審決の理由における重要な事実であるから,この誤りは,審決を取り消すべき事由に該当する。
ウ取消事由3(甲3,4,6〜8論文の記載についての認定及び評価の誤り)審決は,甲3論文,甲4論文にも,甲5ハインズ論文と同様に,浮遊攪拌培養において安定した増殖性とタンパク質生産性を有するCHO dhfr 細胞-が開示されているとの誤った認定をした。加えて,審決は,後記甲6〜8論文についても,甲5ハインズ論文と同様に,CHO dhfr 細胞を用いた浮遊-攪拌培養下での安定な増殖性及びタンパク質生産性についての多数の成功例であるとの,誤った評価をした。
(ア)甲3論文につき「安審決は,甲3論文の記載事項のうち,形質転換したCHO細胞につき定な形質転換体が,半合成培地と完全合成培地の両方で,ローラーボトル中でコンフルエントな単層培養として,そして深いタンク型バイオリアクターで浮遊培養として維持との記載を引用し,当該記された」(17156頁右下欄。審決13頁にいう記載(チ))「本件優先日前の形質転換 CHOdhfr 細胞を浮遊撹拌培養に供してタンパク質載は,-を産生させた例に該当」(19頁下第5段落) 「充分に浮し,ここで得られた細胞はであると認定したが,遊攪拌培養条件に耐えられる形質転換細胞」(同下第4段落)誤りである。
甲3論文の上記記載には, とあるだけで,増「浮遊培養として維持された」殖性を示したとも,タンパク質の生産性を示したとも記載されていない。
とは,浮遊条件で死滅せずに維持されたという「浮遊培養として維持された」以上の内容を示してはいない。また,浮遊培養として維持された期間は明らかでないし,この浮遊培養が,培地やタンク壁面の構成により容易になったものか,細胞本来の性質によったものか,浮遊状態で大きな細胞塊を形成していたか,といった点も一切不明である。
このように,甲3論文における形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養に関-する開示は,甲5ハインズ論文に比べても,内容の薄いものである。してみれば,甲5ハインズ論文に関する審決の認定・評価が誤りである以上,甲3論文についての判断も同様に誤りであることは必然である。
(イ)甲4論文につき「………著者らはこのCHO細胞株をサスペンジョン化し,低審決は,甲4論文の血清培地からきわめて高い回収率でr-hG-CSFを得ている。以上述べてきたように,遺伝子工学を用いてhG-CSFの高発現株が得られ,大腸菌,動物細胞のいずれにおいても大量培養,大量精製に成功しており,純化r-hG-CSFの入手が可能となった。」(504頁右欄との記載を引用し,当該著下3行〜505頁左欄4行。審決15〜16頁にいう記載(ヌ))「充分に浮遊攪拌培養条件に耐えられる形質転換細胞」(審決19者らが得た細胞は頁下第4段落) 「CHO dhfr 細胞(を)形質転換宿主とした浮であり,上記記載(ヌ)は-遊培養での大量培養,大量精製の可能性を強く示唆するものである」(同下第3段落)と認定・評価しているが,誤りである。
すなわち,上記記載(ヌ)では,先行する大腸菌に関する説明に続き,付着培養について具体的に説明した後で,サスペンジョン化にわずかに触れ,そして「以上述べてきたように」と記載しているのであるから,「大量培養,大量精製に成功」したのがCHO dhfr 細胞を用いた場合かど-うか,付着培養と浮遊培養のどちらで成功したかは不明であり,さらに,サスペンジョン(浮遊培養)の内容,特にサスペンジョンを維持した時間,継代の有無について何も示していない。したがって,甲4論文に開示された内容が,付着培養のために用意された形質転換 CHO dhfr 細胞を,-強制的に浮遊状態を短期間維持してタンパク質を生産させる方法にすぎなかったとしても,記載(ヌ)とは何ら矛盾しない。
(ウ)甲6〜8論文につき-審決は,「本件優先日(判決注:昭和63年3月9日)前には,形質転換 CHO dhfr細胞を用いて浮遊培養下でタンパク質を生産し取得したことが,上記2例以外にも,甲と第7号証,甲第8号証及び甲第9号証において記載されている」(19頁下第2段落)「形質転換 CHO dhfr 細胞を用いた浮遊撹拌培養下での安認定し,甲6〜8論文を-とし定な増殖性及びタンパク質生産性についての多数の成功例」(21頁下第3段落)て評価しているが,以下のとおりいずれも誤りである。
a甲6論文(審判甲7。Keith C. Deen et al., A soluble form of CD4(T4) protein甲6論文には,inhibits AIDS virus infection (Nature Vol. 331, 82-84, 7 January 1988))形質転換 CHO dhfr 細胞を4日間浮遊培養してタンパク質を得たことが-記載されているにとどまる 。4日間だ(審決19頁最終段落〜20頁第1段落)けの浮遊培養であれば,付着培養により用意した細胞を強制的に浮遊化させる手段により行われたという以上の意味はない。浮遊攪拌培養に適合させるという技術思想とは無関係であり,かえって,細胞を浮遊状態に維持することが4日程度しかできなかったことを示唆しているということができる。
b甲7論文(審判甲8。R.E.Spier et al. (edit.), Modern Approaches審決は,甲7論文to Animal Cell Technology, 1987)「……CHO, L and BHK cells could beのうち,6grown in fermenters with bubble-free aeration to cell densities up to 7x10cells/ml (see Buntemeier, H. and Lehmann, J., this volume). The productivity ofthe respective recombinant cells was not changed significantly under theseconditions. Purification of the recombinant proteins from serum free medium wasdone according to established protocols.(訳文:7×10 細胞/mlの細胞密度まで無6泡性通気ファーメンター(本巻のBuntemeyer,H.とLehmann,J.を参照)で増殖できた。
それぞれの組換え細胞の生産性はこれらの条件でも顕著な変化はなかった。無血清培地からの組換えタンパク質の精製は確立された手順でおこなった)」(191頁18〜24との記載を引用し,この記載は形質転換 CHO行。審決20頁にいう記載(タ))dhfr 細胞に関するものであるとした上で,「大型の浮遊攪拌培養装置-での培養条件下でも,安定な増殖能及び生産性を保持していることになる」(審決20頁14〜22行)と評価した。しかし,上記記載(タ)の原文(英語)と,言及されている「本巻のBuntemeyer,H.とLehmann,J.」の研究内容を参酌すると,上記記載(タ)から審決のような評価を導くことはできない。
すなわち,まず,上記記載(タ)の「増殖できた」の原文は「could begrown」である。事実を述べるのであれば「were grown」とすべきところ,「could be grown」という表現を用いているのは,事実ではなく単なる可能性を述べようとしたものであり,「増殖できるであろう」と翻訳すべきである。
また, とは,甲7論文(審判甲8)「本巻のBuntemeyer,H.とLehmann,J.」の411頁以下(以下「Lehmann文献」という。)を指すが,Lehmann文献で実際に示されているデータは,元来浮遊性のBリンパ球細胞についてのものだけであり, というのも,Bリンパ「7×10 細胞/mlの細胞密度」6球細胞について得られた実験結果中の最大の数値である。CHO dhfr 細-胞については何らのデータも示されておらず,かえって,Lehmann文献(Roland Wagner and Juergen Lehmann, Theの実質的な続報に当たる甲46論文growth and productivity of recombinant animal cells in a bubble-free aerationにおける CHO dhfr 細胞についsystem (TIBTECH-MAY 1988 [Vol.6] pp. 101-104)-「現在の問題は,これらの細胞を効率的に大量培養で増殖させるての言及の中にと記載されていることからしても,甲7論ことだ」(101頁右欄11〜12行)文の段階では CHO dhfr 細胞についての浮遊培養を実際に行ってはいな-かったことが明らかである。
これらの事情を考慮すると,甲7論文の上記記載(タ)は,Lehmann文献の新しい培養技術の報告には「7×10 細胞/mlの細胞密度」までの浮6遊培養が可能であったとの記載があるから,自分たちの作った形質転換細胞でも,同じ装置を使用すれば,最大限同様の細胞密度での培養が可能であろう,との希望ないし予想を挿入したものにすぎないと評価するのが合理的なのである。
c甲8論文(審判甲9。P. Ferrara et al., Characterization of審決は,甲8論文recombinant glycosylated human interleukin 2 produced by a recombinant plasmidtransformed CHO cell line (FEBS LETTERS, Vol. 226, No. 1, 47-52, December1987)) 「実際に浮遊培養による大量培養を行った結果にについて,その記載は基づくものではないと解されるから,用いられた組換えヒトIL-2を産生する形質転換CHO dhfr 細胞自身が『浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞』として樹立された細胞-と正しく認定したにもかかわら株であるとまではいえない」(21頁第3段落)「しかしながら,……本来付着細胞であるはずの形質転ず,これに続く段落で,換 CHO dhfr 細胞に対してあえて浮遊培養条件下での生産性を検討していること自体-が,将来的には浮遊培養法での大量生産をめざすものであることを強く示唆する」という誤った評価を与えている。
(同第4段落)審決の上記評価は,浮遊攪拌培養による工業的生産が実施されるようになった現在の知識に影響された,誤ったものである。元来付着性の動物細胞であっても,培養条件が適当であれば,1週間程度の短期間は強制的に浮遊状態に維持してタンパク質を産生させ得ることが多く,形質転換 CHO dhfr 細胞においてもこのことは当てはまる。甲8論-文も,形質転換 CHO dhfr 細胞の増殖性や浮遊培養の期間について開示-がない以上,このような短期間の強制的浮遊培養についての知見を示すにとどまるのであり,これを審決のように評価することは誤りである。
エ 取消事由4(形質転換 CHO dhfr 細胞に対して甲9組織培養に記載された-浮遊培養適合株の樹立の手法を適用することの困難性についての判断の誤り)-審決は,「被請求人が主張するように,本件優先日前に,特に『形質転換 CHOdhfr細胞』に対して,浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞が樹立できない,もしくは極めて困難であったという技術常識が存在したのであれば,甲第4号証〔判決注:甲5ハインズ論文〕の上記クローンに対して甲第12号証〔判決注:甲9組織培養〕に記載される周知の浮遊細胞を樹立する手法を適用しようとする阻害要因となるといえるから,以下,本件優先日前にそのような技術常識が存在したかどうかについて検討する」(21頁最終段落〜22頁第1段落) (審判甲19。K外「遺伝子導入を利用した物質生産」として,甲11K論文月刊組織培養,13(4),19-24頁,1987)(審判乙5。尾野雅義「総論-,甲24尾野論文,甲G-CSFが生まれるまで」造血因子,第2巻第4号,17-21頁,1991年10月15日発行)(審判乙6。M,平成16年12月28日)(審判乙7。三井洋司監25M意見書 ,甲26書籍等を検討した上,訳「動物細胞培養の実際」丸善株式会社,平成2年2月28日発行)「本件優先日前に,『形質転換 CHO dhfr 細胞これらの文献の記載を考慮しても,-』が浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞が樹立できない,もしくは極めて困難であったと旨判いう技術常識が存在したという被請求人の主張はあたらない」(23頁下第2段落)断したが,以下のとおり誤りである。
(ア)甲11K論文につき「組換えC127細胞及びCHO細胞は,いずれも接着依存性の細胞で浮甲11K論文にはと明確に記載されている。
遊化できない」(20頁左欄。審決22頁にいう記載(ナ))審決は,当該記載について,@ 甲11K論文がCHO細胞の浮遊化を検討した文献ではないこと,A 実験データ等を示さず単に結論を記載しているにすぎないこと,B 甲3〜8論文には浮遊培養での物質生産の多数の成「当業者に対しては,形質転換 CHO功例が示されていること,等を理由に,dhfr 細胞に対する『浮遊細胞樹立』の強い動機付けを断念させるものではありえな-と判断したが,誤りである。
い」(22頁下第2段落)まず,上記@の理由については,甲11K論文自体はCHO細胞の浮遊化を検討したものではないとしても,著者であるK博士は,甲11K論文に先(審判乙3。K「ヒト正常細胞および遺伝子組換え動物細胞を用いたヒ立つ甲22論文において,甲5ハインズ論文トインターフェロン産生に関する研究」,1989年)に従って形質転換 CHO dhfr 細胞を扱ったことを報告しており,その経験-をも踏まえて「浮遊化できない」という見解に達しているのであるから,K博士の同見解は十分な根拠を有する。
次に,上記Aの理由については,元来付着性である細胞の浮遊化に成功した事例であればその条件を報告するのが当然であるが,不成功の事例であれば,詳細な記載はしないのが普通であるから,実験データ等が示されていないことは,「浮遊化できない」という結論の信頼性を減殺するものではない。
さらに,上記Bの理由については,甲3〜8論文が浮遊培養での物質生産の成功例を示したものとはいえないことは,上記イ,ウで述べたとおりである。
そして,K博士が本件優先日(昭和63年3月9日)前においてインターフェロン研究の第一人者であったことも踏まえれば,審決が挙げる@〜Bの理由をもって,甲11K論文の「浮遊化できない」という明確な記「当業者に対しては,形質転換 CHO dhfr 細胞に対する『浮遊細胞樹立』の強い動載が-ということはでき機付けを断念させるものではありえない」(審決22頁下第2段落)ない。
(イ)甲24尾野論文につき審決は,甲24尾野論文における,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養細-胞株を樹立するに際して た旨「根気よくサスペンジョンカルチャーを繰り返し」の記載は,甲9組織培養にも記載されたルーチン的作業を記述している「当該記載が『形質転換 CHO dhfr 細胞』についての浮遊以上の意味はないから,-細胞株の樹立工程における特別な困難性を記述したものとはいえない」(23頁第3段とする。
落)しかし,甲24尾野論文は被告(中外製薬株式会社)の従業員による報告であるところ,被告は,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊化技術を米国の-ジェネティックス・インスティチュート社から導入し,導入した知識に「壁から基づいて上記浮遊化を行ったのであるが,それでも,その経過は細胞をはがした後,根気よくサスペンジョンカルチャーを繰り返し」(甲24の19頁左とわざわざ記載するほど困難な作業だったのである。予備知識のない欄)当業者であれば,途中で浮遊化できないと判断したであろう。
(ウ)甲25M意見書につき甲25M意見書には,CHO dhfr 細胞の浮遊培養実験においては細胞塊の-生成やフラスコ壁面への付着が生じる旨の記載がある。審決は,当該記載についても,M博士は CHO dhfr 細胞の浮遊培養ではなくBHK細胞のマ-イクロキャリア法による培養を目指していたから,甲9組織培養に記載された根気のいるルーチン作業をあえて行わなかったものである,とする。
しかし,M博士は,動物細胞培養に取り組んでいた第一線の技術者であり,同氏が実際に CHO dhfr 細胞の浮遊化を試みて困難性を認めた経験-を無視してよいはずがない。
(エ)甲26書籍につき「(2)少な甲26書籍において開示されている浮遊培養の具体的な方法はくとも二つの,できれば三つかそれ以上,紡績機型培養装置を用意し,培養液(カルシというものであるが,ウム-マグネシウム非含有とした培地)を加える」(74頁)「いくつかの細胞,とくに血球系由来の細胞は浮遊培養でよく増殖する。
それでも,その他にも順化や選択により浮遊培養が可能になる例がある」(72頁),「浮遊培養法で細胞が増殖できるようになるかは細胞株(cell lines)によって大きく異なる」(73との記載にあるとおり,浮遊化が成功するかどうかは細胞の種類によ頁)るのである。
そうすると,カルシウム,マグネシウムを含有する通常の培地を用いて浮遊化させる場合には,甲26書籍の説明よりもさらに困難性があると認識されなければならない。
(オ)形質転換細胞一般の問題点につき形質転換細胞については,元来付着性の細胞を浮遊培養に適合させる過程で,遺伝子の形質転換した部位にも悪影響を及ぼす可能性があるため,形質転換細胞の浮遊培養適合株の樹立は,一般に通常の細胞に比べて,より困難なものと考えられていた。このことは,甲11K論文におい「細胞に導入された外来遺伝子は,染色体に組込まれた場合でもその安定性を欠く傾てとして指摘されているところである向にあることが知られており」(20頁左欄)(D. Broad et al., Production of recombinant proteins in serum-freeし,甲39論文media (Cytotechnology 5, 47-55, 1991))「TIMPという金属プロテアーゼの組織由にも来阻害剤を生産するCHO細胞のみが浮遊攪拌培養へ適合させる過程で,タンパク質の生として指摘されているところである。
産性が失われた。」(52頁左欄)2 請求原因に対する認否請求の原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論原告が,審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,いずれも失当である。
(1)取消事由1に対しア形質転換細胞を浮遊化させる方法が本願優先日当時において知られていなかったとしても,従来から知られていた「付着細胞に対して継代培養を繰り返して浮遊培養に適した細胞を樹立する方法」を,付着性の形質転換細胞に対して適用してみて,うまく浮遊化されるかどうかを試みてみることは,極めて当たり前のことである。甲9組織培養が発行された当時には動物細胞の形質転換技術が開発されていなかったのであるから,甲9組織培養に形質転換細胞を浮遊化させる具体的な記載は存在しないのは当然である。そうであれば,本願優先日(昭和63年3月9日)において,甲9組織培養に記載された方法を適用してみるのも当然のことである。
イ培地の組成について,甲9組織培養には,カルシウム等を含む培養液を使用する場合にも,付着性細胞の浮遊化が可能であることを示す文献が記載されている。また,甲9組織培養の著者らがCHO細胞の浮遊培養のために使用したとして記載している培養液も,カルシウムを除いてはいるが血清を添加しており,この血清に含まれるカルシウムイオンはCHO細胞の増殖を十分可能にする量である。したがって,この点からも原告の主張は誤りである。
(2)取消理由2に対しア原告は,審判段階から一貫して,甲5ハインズ論文の記載は「一過性の浮遊培養」であると主張してきたが,本件優先日当時の当該技術分野の技術水準において,原告が主張するような一過性の浮遊培養を行いその間にタンパク質の産生量を測定する,という技術自体が知られておらず,ましてや一般的なものであったことを示す証拠は何も存在しない。したがって,甲5ハインズ論文の結果が一過性の浮遊培養を示すものにすぎないことを前提とする原告の主張は,失当である。
また,仮に甲5ハインズ論文が原告のいう「一過性の浮遊培養」を行いその間にタンパク質の産生量を測定する,という技術を用いていたとした場合,このような技術は甲5ハインズ論文の刊行日当時においてほとんど誰も知らない手法を用いて実験を行っていたことになるのであるから,当然にその手法が記載されていなければならないが,甲5ハインズ論文には手法について全く記載がない。したがって,甲5ハインズ論文においては,当時一般的であった手法(少なくとも原告が主張する手法ではない。)を用いて浮遊培養を行い,タンパク質の産生量を測定したと考えるのが自然である。
イ審決は,甲5ハインズ論文を非常に慎重に検討し,その文中に記載され「少なくとていない事実を認定の根拠として全く採用しないとしてもなお,も,浮遊培養下において,安定な増殖性と,単層培養での生産性に匹敵する高いタンパク質産生能を示す幾つかのクローンが得られたことが記載されている」「形質こと,及び転換 CHOdhfr細胞を用いた浮遊培養におけるIFN大量生産の可能性を強く示唆する記載-ことを認定したものであり,その認定自体にではある」(19頁第3〜第5段落)疑念の余地は全くない。
(3)取消理由3に対しア甲3,4,6,8論文につき原告は,これらの論文は「一過性の浮遊培養」においてタンパク質を生産させる方法を開示していると解釈されると主張するが,上記(2)アのとおり,本件優先日当時の当該技術分野の技術水準において,原告のいう「一過性の浮遊培養」という技術自体が存在しなかったのであるから,原告が審決の認定の誤りであるとして主張する内容は,すべて客観的根拠を伴わない主張であって失当である。
イ 甲7論文につき原告は,甲7論文中には CHO dhfr 細胞を浮遊化させたことについて記載-がなく,この文献が進歩性を否定する根拠として採用されることは不適切であると主張する。しかし,甲7論文によれば,CHO細胞が浮遊培養によって「増殖できた」と記載されているのであり,その原文である「could begrown」を原告主張のように可能性を意味する表現として解釈すべきものではないし,仮にそのような解釈が正しかったとしても,浮遊攪拌培養に適した形質転換 CHO dhfr 細胞株の樹立の可能性を強く示唆するものであるこ-とには変わりがない。したがって,甲7論文に関する原告の解釈は誤りであるか,仮に正しかったとしても審決の結論に影響はない。
(4)取消理由4に対しア甲11K論文につき審決においても認定されているように,本件特許の優先権主張日前に,既に形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊化が行われ,浮遊培養に適応した細胞株-が作製されていたことは,甲5ハインズ論文等の文献に開示されていたのである。このような状況下において甲11K論文を参照しても,その記載が,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養適合株が作製されていたことについての-当時既に知られていた数多の成功事例が否定される根拠とはなり得ない。
イ 甲24尾野論文につき浮遊細胞適合株の樹立の困難性を示すものとして原告が指摘する記載は,甲9組織培養等によって既に当業者には当然のこととして知られていた,付着性細胞を浮遊化させるために根気よく浮遊化処理を繰り返すという処理を行ったことを示すにすぎない。当業者であればそのような根気の要る処理を要することを予備知識として持っていたのであるから,そのような処理を途中で放棄して浮遊化を断念することはあり得ない。したがって,当該記載は浮遊細胞適合株の樹立の阻害要因ではないとした審決の判断に誤りはない。
ウ 甲25M意見書につき原告が,浮遊培養適合株の樹立の困難性を示すものとして指摘する甲25M意見書の記載は,甲9組織培養において既に指摘されている問題点をいうものにすぎず,また,甲9組織培養には,かかる問題点の解決策まで開示されているのである。したがって,甲25M意見書における浮遊培養の困難性に関する記載は,本件優先日前に既に解決されていた問題点であって,当該記載は浮遊細胞適合株の樹立の阻害要因ではないとした審決の判断に誤りはない。
エ甲26書籍につき甲26書籍には,細胞の浮遊培養への適合性は細胞の種類によって異なることが説明されているだけであり,しかも,CHO細胞について,浮遊培養ができないとの記載があるわけでもないから,甲26書籍には,CHO dhfr 細胞-について浮遊培養適合株を樹立することが困難であることを示す記載はない。したがって,甲26書籍の記載は浮遊細胞適合株の樹立の阻害要因ではないとした審決の判断に誤りはない。
オ 形質転換細胞一般の浮遊培養の困難性をいう主張につき原告は,甲11K論文に,浮遊培養適合株の樹立の過程における導入遺伝子の不安定性を指摘する記載があると主張するが,形質転換細胞の細胞浮遊化の実例が本件優先日前に報告されているから,当該不安定性は,浮遊培養適合株の樹立の阻害要因となるものではない。また,甲39論文における同趣旨の記載も,非常に稀な事例を報告したものにすぎず,その他の事例においては遺伝子が安定であったことが記載されているのであるから,当該記載を重視する必要はない。
当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない((1)の審決謄本送達日は弁論の全趣旨によりこれを認める。)。
そこで,以下,原告の主張する審決の取消事由について順次判断する。
2 取消事由1について(1)原告は,甲9組織培養は遺伝子操作による細胞の形質転換技術が一般化する前の文献であって,形質転換細胞を対象とした浮遊培養については何の言及もなく,また,形質転換細胞によるタンパク質の安定生産についても全く記載はないから,甲9組織培養の記載内容をもって,本件発明1の進歩性を判断するに当たっての周知技術の認定に用いるのは不当であると主張する。
しかし,審決は,甲9組織培養の記載を,元来付着性である動物細胞一般について浮遊培養を行う方法としていかなる方法が周知であったかを認定す(審決の「理由」中「第2」の「2.本件発明1におけるために参照しているのであるる『浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞を樹立』の用語の意味について」(4頁第5段落〜このようにして甲9組織培養から認定した,付着性の動物細8頁第2段落))。
胞を浮遊培養するための周知技術を,形質転換 CHO dhfr 細胞について適用す-るのが容易といえるか否かは,別の箇所において他の証拠も詳細に検討の上(審決の「理由」中「第6」の「2.本件優先日前に,『形質転換 CHO dhfr判断している細胞』に対しては,浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞が樹立できない,もしくは極めて困-難であったという技術常識が存在したか否かについて」(22頁第2段落〜23頁下第2段落),。
「3.その他の本件優先日前の技術常識について」(23頁最終段落〜26頁下第2段落))したがって,甲9組織培養に,形質転換細胞の浮遊培養の方法や,浮遊培養適合株として樹立された形質転換細胞のタンパク質生産性についての記載がないことは,甲9組織培養の記載内容を,浮遊培養適合株の樹立に関する周知技術の認定に当たって参照することを妨げるものではない。
よって,原告の上記主張は,審決の論旨を正しく理解しないものであって,採用することができない。
(2)原告は,甲9組織培養の執筆・出版当時,動物細胞の浮遊培養についての知見は極めて少なく,その記載は少数の文献と著者自身の限られた経験に基づいてなされたものにすぎないから,甲9組織培養の記載事項をもって周知技術であると認定するのは不適切である,と主張する。
しかし,一般に,多くの研究者の業績により確立された知見を集めたものでなければ周知技術として認定できないというものではない。また,審決は,(審決6頁第3甲9組織培養だけではなく,これと同様の「細胞培養の教科書」である甲26書籍の記載事項をも踏まえて,付着性の動物細胞を対象とす段落)(審決6る浮遊培養適合株の樹立についての周知技術を認定しているのである甲26書籍は本件優先日(昭和63年3月9日)の直前頁第3段落〜8頁第2段落)。
(表紙裏に「○1986」との記載がある。)である昭和61年(1986年)に発行された原著cを平成2年に訳書として刊行したものであるから,審決が,甲9組織培養と甲26書籍との記載事項を総合して本件優先日における周知技術の認定を行ったことは,相当なものとして是認することができる。
よって,原告の上記主張も採用することができない。
(3)原告は,甲9組織培養に記載された浮遊培養の方法は,元来付着性の動物細胞を用いたタンパク質の工業的生産に応用できるものではないと主張するが,以下のとおり,採用することができない。
ア 培地に関する主張につき(ア)原告は,甲9組織培養の下記記載を指摘し,甲9組織培養に記載された浮遊培養の方法は,細胞の増殖のための必須成分であるカルシウムを除去した培地を使用するというものであるから,この方法を適用しても,安定した増殖性とタンパク質生産性を示す浮遊攪拌培養適合株は到底得られないと主張する。
記@「d.浮遊培養用培養液単層培養用の培養液を浮遊培養に使用すれば,細胞塊が形成されやすいばかりでなく培養液に添加した血清タンパクの凝集沈殿がおこり,細胞増殖に大きな支障を来たす。特に攪拌力の強大な振とう培養ではタンパク沈殿は絶対避けられない現象である。無血清培養液を使用できれば問題はないが,多くの細胞は血清添加によって増殖の促進と安定化が得られるので,血清の除外はあまり好ましくない。培養液を構成する基本塩類の中からCaあるいは同時にMgを除去することによりこの2+ 2+問題を解決し,少なくともspinner用の培養液として使用できるが,振とう培養用としては不十分である。」(71頁25〜32行)A「われわれの使用している浮遊培養用の培養液の組成は表2.9のとおりである。
EagleのBM培地をすこし改変し,CaとMgを除き,NaHSO を加え,グリシンとセリン4を補添したものである。10%ウシ血清と0.1%のPluronic F-68とを含む。」(72頁下11〜9行)(イ)しかし,甲9組織培養には,上記(ア)の記載Aに続けて,次の記載Bがある。
B「またFe,Cu,ZnならびにCaを除き10%のウシ血清と5%の胎児ウシ血清を含むF-10に0.1%のPluronicF-68を加えた培養液を用いて,チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO)を振とう培養し,単層細胞と同様な増殖能を認めている」(72頁下7〜5行)(インビトロジェン株式会社従業員から原告従業員宛て,2005また,甲49回答書には,次の記載Cがある。
年(平成17年)10月20日付け)C「CHO細胞の浮遊培養用のメディウム(判決注:培地)のカルシウムイオン濃度について回答いたします。……カルシウムイオンがないと増殖できません。血清を必要とする培地では,FBS(判決注:胎児ウシ血清 fetal bovine serum)に含まれるカルシウムイオンで間に合うのですが,無血清培地ではカルシウムイオンを0.7〜0.8mM加える必要があるとのことでした。」甲9組織培養の上記記載Bによれば,甲9組織培養の著者は,CHO細胞を浮遊培養するに当たり培地からカルシウムを除去しているが,当該培地にはウシ血清及び胎児ウシ血清が添加されており,甲49回答書の上記記載Cによれば,これらの血清に含まれるカルシウムイオンで細胞の増殖には「間に合う」ことが認められる。したがって,甲9組織培養に記載された浮遊培養の方法が,細胞の増殖のための必須成分であるカルシウムを除去した培地を使用するものであるということはできない。
さらに,甲9組織培養には,上記記載Bに続けて,次の記載Dがある。
D「PluronicF-68の濃度は0.02%まで低下することができ,もし0.1%の濃度を使用すればCa,Mgを含む単層培養用培養液の血清沈殿を防止するので,必要に応じてはF-68の添加のみで浮遊培養に転用できる。」(72頁下5〜3行)上記記載Dは,PluronicF-68の濃度を適切に調節すれば培地からカルシウムを除去しなくてもよい場合があることを示唆するものであるということができる。
このように,甲9組織培養は,浮遊培養の培地からカルシウムを除去することが必須であるとしているのではなく,血清に由来するカルシウムを含む培地や,PluronicF-68の濃度を高めてカルシウムを除去しない培地も開示している。そうすると,原告の上記(ア)の主張の前提となっている,甲9組織培養の開示する浮遊培養の方法はカルシウムを除去した培地を使用するものであるという見解は,それ自体,十分な根拠を有しないといわざるを得ない。
よって,原告の上記(ア)の主張は,採用することができない。
(ウ)原告は,甲9組織培養の上記(イ)の記載Bについて,記載Bの組成の培養液では,ウシ血清及び胎児ウシ血清に由来するカルシウムイオン濃度(HarryEagle,TheSaltは計算上0.521mMであるところ,甲50論文Requirements of Mammalian Cells in Tissue Culture (Archives of Biochemistry andによれば,カルシウムイオン濃度が0.5mMBiophysics 61, 356-366, 1956))では細胞の長期間の増殖性を得るのは困難であり,安定した増殖性を維持するには約1mM以上のカルシウムイオン濃度が必要であるから,甲9組織培養の培地は,安定した増殖性の維持を可能にするものではないとも主張する。
しかし,原告の上記主張のうち,安定した増殖性を維持するには約1mM以上のカルシウムイオン濃度が必要であるとの部分は,マウス線維芽細胞(L細胞)に関する甲50論文の図7の説明に依拠するものであって,CHO細胞に関するものではない。また,甲50論文には,HeLa細胞に関「Much smaller concentrations sufficed for the sustained growth of the HeLaして,cells, which showed a maximum response at 0.1 - 0.2 mM CaCl (365頁5〜7行,訳文2「ずっと少ない濃度でもHeLa細胞の持続的な増殖のためには十分であり,0.1〜0.2mMとの記載があり,この記載も考慮すれば,のCaCl で最大の反応性を示した」)2安定した増殖のために必要なカルシウム濃度は細胞によって大きく異なるものであって,L細胞では1mM程度の濃度が必要であっても,HeLa細胞では0.1〜0.2mMの濃度でも十分であることが認められる。このように,L細胞とHeLa細胞において必要なカルシウム濃度には10倍もの差が存在することを考慮すれば,すべての細胞に関して増殖に必要とされるカルシウム濃度を一般化することはできず,CHO細胞において0.521mMのカルシウム濃度では細胞の長期間の増殖性を得られない,ということもできない。
よって,原告の上記主張も,採用することができない。
(Harry Eagle, Amino Acid Metabolism in Mammalian Cell(エ)原告は,甲51論文Cultures (Science, Vol. 130, 432-437))@「Caは細胞塊形成を最小限ににおいて,と記載抑えるために除くか,著しく減少させるべきである」(433頁の表1の説明文)A「表1にある28の必須代謝物に血清タンパク質を添加した培されている一方で,地が,単層培養においても浮遊培養においても,対数増殖期18時間から24時間の平均世代時間で,連続培養可能な多くの種類の細胞株の大量培養を可能にした」(436頁右と記載されており,表1では塩化カルシウム(CaCl )濃度が1.8mM欄)2であるとされているから,浮遊培養に適合させるためにカルシウムを除くということと,大量培養を可能にするためにカルシウムを含有させることとは両立しないと主張する。
しかし,甲51論文の表1(Table 1, 433頁)のCaCl の項には「1.82(0)†」との数値が記載され,表1の脚注によれば,「(0)†」とあるのは浮遊培養においては塩化カルシウム濃度をゼロにするとの趣旨であると認められる。そうすると,表1において,浮遊培養の場合には塩化カルシウム濃度は1.8mMではなくゼロとするのであって,記載Aによればそのような培地でも大量培養は可能であるということになる。
そして,甲51論文の上記各記載は細胞の種類を特定しないものであることをも考慮すれば,培地のカルシウム濃度に関して原告の指摘する甲51論文の上記各記載は,CHO細胞を浮遊培養の方法によって大量培養することを妨げるものとはいえない。
イ 浮遊培養が可能であるのはL細胞等に限られるとの主張につきL細胞のように単細胞の状態で長期間浮遊培養で(ア)原告は,甲9組織培養の「きる例もあるが,細胞相互の凝集結合による細胞塊の形成は,浮遊培養では避けら」等の記載によれば,甲9組織培養が開れない現象である。(76頁23〜24行)示する浮遊化手段では,L細胞のような特殊な細胞を除き,細胞塊の形成が不可避であり,浮遊培養適合株の樹立は不可能であると主張する。
しかし,以下のとおり,原告のこの主張も採用することができない。
(イ)原告の上記主張は,細胞塊の形成は浮遊培養適合株の樹立の失敗を意味するという前提に立つものであるが,かかる前提自体に十分な根拠が(Florian M. Wurm, Production of recombinant proteinない。すなわち,甲47論文therapeutics in cultivated mammalian cells (Nature Biotechnology, Vol.22, No. 11,1393-1398,2004)「大部分の樹立された細胞株は,もしそれらの細胞を浮遊培養増に殖に適応させるための特別な努力を行わなければ,付着依存性の性質を維持する。」と記載されている(1396頁右欄下17〜6行 Suspension culture〔浮遊培養〕の項)ように,樹立された細胞株であっても,浮遊性を維持するための努力を怠れば付着依存性の性質を維持するというのであるから,細胞塊の形成が,浮遊培養適合株として樹立されなかったことを意味するものではない。そうすると,甲9組織培養の上記記載が,細胞塊の形成が避けられない現象であることを意味しているとしても,そのことによって,甲9組織培養には,L細胞以外の細胞について浮遊培養適合株の樹立の例は記載されていない,ということになるものではない。
「細胞の凝集がまた,細胞塊が形成されたとしても,甲9組織培養には,ひどく大きな細胞塊(clump)を作る傾向にある時には,健全な細胞あるいは細胞塊をとの記載作りにくい細胞だけを選択して培養を更新すべきである」(70頁7〜9行)もあり,細胞塊が形成された場合の解決策が具体的に開示されているのであるから,細胞塊が形成されることが直ちに浮遊培養適合株の樹立の失敗を意味するものではない。
「われわれの研究室でも1959年以来HelaS-3細(ウ)そして,甲9組織培養には,胞を主体とした浮遊培養を実施,培養の保存と維持ばかりでなく各種の生化学的あるいは分子生物学実験に使用して多大の効果をあげているので(Muellerら,1962;梶原,1965;梶原,1970),われわれの培養方法や条件あるいは注意事項を中心として,動物細胞の浮遊培養法について述べる。なお,われわれは本法で,L,H.Ep-2,BHK,Chinese Hamster Ovary,Chinese Hamster Lung,L-5178Y,われわれの研究室で胎児ラット肺から分離したML-2(上皮細胞),ML-3(繊維芽細胞)の諸と記細胞も単層培養と同様な増殖能を示すことを認めている。」(69頁23〜29行)(審判甲6。日経バイオテク編「日経載されているのである。また,乙1辞典にも,「チャイニーバイオテクノロジー最新用語辞典87」日経マグロウヒル社刊)[Chinese Hamster Ovary cell: CHO]「CHOズ・ハムスター卵巣細胞 」の項に,との記載がは培養器の壁に付着し増殖するが,条件を調節すると浮遊培養も可能だ」ある。
このように,CHO細胞を浮遊培養によって増殖させることが,本願優先日前に刊行された書籍及び辞典に明記されているのである。このような事実も併せ考えれば,浮遊培養が可能であるのはL細胞等に限られる,あるいはCHO細胞については浮遊培養適合株の樹立が不可能である,といった認識が一般的であったということはできない。
3 取消事由2について(1)原告は,審決は甲5ハインズ論文に形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養での-安定な増殖性及びタンパク質生産性が開示されていると解釈しているところ,かかる解釈は誤りであると主張する。そして,その理由として,甲5ハインズ論文では浮遊攪拌培養における培養条件が明らかでないことや,細胞数やタンパク質産生量についての詳細な経時的データの開示がないこと等を指摘「浮遊培養下において,安定な増殖性と,単層培養での生産性に匹敵する高いし,審決のタンパク質産生能を示す幾つかのクローンが得られたことが記載されている」(19頁第3段等の認定は根拠を欠く,とする。
落)しかし,甲5ハインズ論文の認定及び評価に関する審決の記載を総合的に見ると,審決は,本件発明1の進歩性を判断するに当たっての論理付けの中に,甲5ハインズ論文の内容を,他の公知文献等から認定できる本件優先日時点(昭和63年3月9日)の技術水準を踏まえて正当に位置付けているということができ,原告の主張は,採用することができない。この点を詳細に述べると,以下のとおりである。
(2)審決の理由中から,甲5ハインズ論文についての認定・評価を述べる箇所を抽出すると次のとおりである。
@「ところで,記載(オ)には「IFN合成は構成的であり少なくとも数ヶ月にわたって維持された。」ことが記載されているが,対応する実験結果の部である第693頁下から2行〜最下行及び「Table1」の脚注をあわせ読めば付着培養した細胞についてのIFN産生能の試験結果を述べたにすぎないものであり,記載(オ)及び(ヨ)で,産生が「構成的」である旨の記載は,単に染色体中に組み込まれたことを意味していると解される。」(17頁最終段落〜18頁第1段落)A「一方,記載(ヨ)の「浮遊培養で増殖でき」の原文が「can be grown」であることから,実際に細胞数もしくは細胞密度までを正確に確認したものとはいえないものの,記載(ワ)で「IFN産生は・・・安定に推移した。」と記載され,記載(カ)で1日あたりのIFN-γ産生量が示されていることからみて,浮遊培養条件下でも「安定な」IFN生産が行われていることを確認し,かつ浮遊培養下での細胞の生育状態を観察した結果を踏まえて「増殖でき」と述べたと解することが自然であるから,当該「クローン」が「浮遊培養下でも増殖できる」細胞であるということはできる。」(18頁第2段落)B「とはいえ,「増殖でき」の用語に続く「繰り返し収穫できる」という用語は,必ずしも増殖した細胞を用いて「繰り返し収穫できた」ことまでは意味しないから,記載(ヨ)全体の記載が,IFN産生形質転換 CHO dhfr 細胞の,将来の可能性を述べた文章であるとす-る被請求人の主張は首肯し得る。」(18頁第3段落)C「上記第5:で述べたように,甲第4号証〔判決注:甲5ハインズ論文〕には,樹立された浮遊細胞株を用いてタンパク質を生産したことまでは記載されていたとはいえないものの,少なくとも,浮遊培養下において,安定な増殖性と,単層培養での生産性に匹敵する高いタンパク質産生能を示す幾つかのクローンが得られたことが記載されている。
当該クローン自体が,浮遊培養に適した「樹立」株であるとまではいえないことは上述の通りであるが,当該クローンが浮遊培養下での安定な増殖性,及び高いタンパク質産生能を呈していることからみて,乙第7号証〔判決注:甲26書籍〕において「浮遊させた状態では全く培養できない細胞」として例示された「ヒト二倍体細胞株」とは全く性状が異なり,「充分に浮遊撹拌培養条件に耐えられる細胞」であることは明らかである。」(19頁第3,第4段落)D「そして,甲第4号証〔甲5ハインズ論文〕中の「浮遊培養で増殖でき,繰り返し収穫できる」という上記記載自体は,被請求人の主張する如く将来の可能性を示したものでしかないとしても,形質転換 CHO dhfr 細胞を用いた浮遊培養におけるIFN大量生産の可-能性を強く示唆する記載ではある。」(19頁第5段落)E「本件優先日前の当業者が甲第4号証〔判決注:甲5ハインズ論文〕に接するとき,これらの形質転換 CHOdhfr 細胞を用いた浮遊撹拌培養下での安定な増殖性及びタンパク-質生産性についての多数の成功例も同時に考え合わせることになるから,甲第4号証で得られた「浮遊培養下において,安定な増殖性と,単層培養での生産性に匹敵する高いタンパク質産生能を示すクローン」を,大量培養に耐えられる程度の高い安定性を有する「浮遊撹拌培養に適した樹立株」としようとすることを想起することはむしろ当然である。」(21頁下第3段落)(3)審決は,上記@Aの箇所において,甲5ハインズ論文に記載された実験結果を入念に検討した上,著者らが行った実験では,浮遊培養を実際に行っていること,タンパク質(IFN-γ)の一日当たり産生量のデータが開示されていることを認定した。しかし,その一方で,細胞の増殖性やタンパク質産生の永続性については,具体的なデータがあるのは付着培養に関するもののみ細胞数もしくは細胞密度までをであることを正しく把握し,浮遊培養に関しては「正確に確認したものとはいえない」(前記A)産生が『構成的』である旨の記載は,単,「との認定を行ってに染色体中に組み込まれたことを意味していると解される」(前記@)いる。
次に,審決は,このような認定を踏まえて,上記Bの箇所において,甲5「形質転換 CHO細胞で達成さハインズ論文の「DISCUSSION」(考察)の節におけるれたIFNのレベルは,最も効率のよい未修飾のヒト細胞のそれに比べて著しく高いというわけではないが,産生が構成的であり,細胞が浮遊状態で増殖でき(can be grown),繰り返し収穫できる」(702頁21行以下。審決17頁にいう記載(ヨ)) 記載(ヨ)全との記載について,「体の記載が,IFN産生形質転換 CHO dhfr 細胞の,将来の可能性を述べた文章であるとする被-と評価している。このように,審決は,甲請求人の主張は首肯し得る」(上記B)5ハインズ論文に対して,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊細胞適合株を樹立し-てIFN-γを永続的に産生させる技術の将来の可能性を述べたもの,という評、、、、、、
価を与えるにとどめ,当該技術を確立したものであるとまでは評価していないのである。
進んで,審決は,上記Cの箇所において再び甲5ハインズ論文を取り上げ,樹立された浮遊細胞株を用いてタンパク質を生産したことまでは記載されていたとはいえ「として上記Bの箇所における評価を繰り返しつつも,甲5ハインズ論文ない」記載(ワ)で『IFN産生は・・・安定にに記載された事実(上記Aの箇所で指摘する「」)は,推移した。』と記載され,記載(カ)で1日あたりのIFN-γ産生量が示されていること浮遊培養下において,安定な増殖性と,単層培養での生産性に匹敵する高いタンパク質産「が得られていることを開示するものであり,当該ク生能を示す幾つかのクローン」乙第7号証〔判決注:甲26書籍〕において『浮遊させた状態では全く培養でローンは,「きない細胞』」として例示された『ヒト二倍体細胞株』とは全く性状が異なり,『充分に浮との評価に至ってい遊撹拌培養条件に耐えられる細胞』であることは明らかである。」「浮遊培養法で細胞が増殖できるようになるかはる。審決のこの箇所は,甲26書籍のによって細胞株(cellline)によって大きく異なる」(73頁。審決6頁にいう記載(ホ))認定される,浮遊培養適合性は細胞の種類によって異なるとの技術常識を前提として,甲5ハインズ論文に記載された事実によれば,CHO dhfr 細胞は,-浮遊培養に適合し得る可能性が比較的高いものに分類される,という判断を述べているものである。
そして,審決は,上記Dの箇所において,上記BCの箇所における評価を形質転換 CHO dhfr 細胞を用いた浮遊培養踏まえて,甲5ハインズ論文について,「-との評価を与え,さらに,におけるIFN大量生産の可能性を強く示唆する記載ではある。」上記Eの箇所において,甲5ハインズ論文に加えて他の公知文献(甲3,4,「当業者が………甲第4号証〔判決注:甲6〜8論文)の記載をも考え合わせれば,5ハインズ論文〕で得られた『浮遊培養下において,安定な増殖性と,単層培養での生産性に匹敵する高いタンパク質産生能を示すクローン』を,大量培養に耐えられる程度の高い安定性を有する『浮遊撹拌培養に適した樹立株』としようとすることを想起することはむしろとの結論に至っているのである。
当然である。」(4)審決の上記(3)のとおりの論旨にかんがみれば,審決の甲5ハインズ論文についての理解及び位置付けは,次のようなものであるということができる。
a 形質転換 CHO dhfr 細胞を浮遊培養してIFN-γを産生させることにつき,-甲5ハインズ論文において,実験結果に基づく事実の記載と,当該事実を踏まえた考察の記載とを正確に分けて把握している。
形質転換 CHOdhfr 細b その上で,甲5ハインズ論文の考察部分の記載が「-との胞を用いた浮遊培養におけるIFN大量生産の可能性を強く示唆する記載ではある」評価に至っている。
c甲5ハインズ論文によってかかる可能性の示唆を受けた当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,他の公知文献(甲3,4,6〜8論文)の記載をも踏まえて,「可能性」を現実のものとするために,さらに検討を行うことは当然であるとの判断をした。
このように,審決は,原告が主張するように,甲5ハインズ論文に形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養での安定な増殖性及びタンパク質生産性が開示さ-れていると安易に解釈したものではないのである。また,審決は,甲5ハインズ論文のみをもって,形質転換 CHO dhfr 細胞を浮遊培養してタンパク質を-産生させるという構成の開示又は示唆があると認定しているものではなく,甲5ハインズ論文はあくまでもそのような開示又は示唆をする公知文献の一つとして位置付けた上で,甲3,4,6〜8論文の記載等をも踏まえた総合的な判断として,形質転換 CHO dhfr 細胞を浮遊培養してタンパク質を産生さ-せる方法を採用することの当業者に対する強い動機付けが存在した,と認定しているのである。
したがって,原告の主張は,審決を正しく理解しないものであって,採用することができない。
(5)原告は,本件優先日(昭和63年3月9日)前に甲5ハインズ論文に接した当業者は,形質転換 CHO dhfr 細胞を浮遊培養してタンパク質を生産する可能-性を教示した文献であると理解することはなかったと主張し,その根拠とし(S,2004年11月17日付け)(T,平成17年11月6て,甲43S陳述書,甲44T鑑定書に示された見解を援用する。これらの陳述書等は,それぞれ平成16年日付け)及び平成17年に作成されたものであって,最近の時点から本件優先日現在の当業者の理解を振り返ろうとするものである。
しかるに,これらの陳述書等と同様に,平成16年の時点から本件優先日現(審判甲18-1。K,2004年7月1日付け)在の当業者の認識を振り返る甲10K意見書「参考資料5〔判決注:甲5ハインズ論文〕によれば,甲5ハインズ論文について,には,組換えCHOdhfr-を浮遊培養して組換えインターフェロンを産生したことが明確に記載されております………仮に,1987年半ばに発行された参考資料1の記載から,『組換えCHOdhfr-細胞は浮遊化できない』と考えた研究者がいたとしても,1988年3月までに発行されていた組換えCHOdhfr-細胞の浮遊培養が記載されたこれらの報告を見れば,『組換え,CHOdhfr-細胞は浮遊化できる』と認識したことでしょう。」(3頁最終〜4頁第1段落)「参考資料5に記載された組換え細胞は浮遊培養されたことが明確に記載されていますから,浮遊培養で安定した組換えタンパク質の生産を維持し,しかも,浮遊培養で増殖し,継代さとの見解が表明されている。これたことは明らかであると考えます」(4頁第3段落)のような見解の存在をも考慮すれば,原告の援用する甲43S陳述書,甲44T鑑定書に示された見解は,審決の甲5ハインズ論文に対する評価に誤りがないことを左右するものではない。
(6)原告は,甲5ハインズ論文は「一過性の浮遊培養」を試みた結果を報告しているにすぎないから,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養での安定な増殖性-及びタンパク質生産性が甲5ハインズ論文に開示されているということはできない,と主張する。原告のいう「一過性の浮遊培養」とは,付着性細胞を強制的に浮遊状態に置いた場合,浮遊培養に適合しているわけではないから通常は1週間程度で死滅するが,死滅するまでの間は生命現象としてタンパク質を生産することができる,という意味である。
確かに,甲5ハインズ論文には,形質転換 CHO dhfr 細胞を浮遊培養してタ-ンパク質産生量を計測するに当たり,細胞数及び細胞密度の測定結果は示されていないし,IFN-γの産生がどの程度の期間継続したかについてのデータも示されておらず,原告は,この点をとらえて,甲5ハインズ論文は「一過性の浮遊培養」を試みたものにすぎないと主張しているものである。しかし,細胞数及び細胞密度の測定結果や,IFN-γの産生の継続期間が示されていないことは,それが「一過性の浮遊培養」であったことを直ちに意味しているわけではない。むしろ,甲5ハインズ論文の記載の全体を詳細に検討すれば,形質転換 CHO dhfr 細胞を用いた浮遊培甲5ハインズ論文の記載は当業者に対して「-というのが審決の評養におけるIFN大量生産の可能性を強く示唆する」(19頁第5段落)価なのであり,かかる評価に誤りがないことは,上記(3),(4)のとおりである。
したがって,原告の上記主張も,採用することはできない。
4 取消事由3について原告は,審決の甲3,4,6〜8論文に関する認定及び評価は誤りであると主張する。すなわち,これらの論文は形質転換 CHO dhfr 細胞について「一過性-の浮遊培養」を試みてタンパク質生産性を調べてみたという以上の意味を持たず,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養による増殖や目的タンパク質の安定的な-産生についての具体的なデータの記載を欠き,そのような細胞の増殖やタンパク質の産生が確認されたかにみえる記載も実際には希望ないし予想の表明にとどまるものである,等というのである。
しかし,甲5ハインズ論文について上記2に述べたのと同様に,審決は,甲3,4,6〜8論文の記載事項について慎重な検討を重ねており,例えば甲8「上記各記載は,実際に浮遊培養による大量培養を行った結果論文の記載事項について,に基づくものではないと解されるから,用いられた組換えヒトIL-2を産生する形質転換 CHOdhfr 細胞自身が『浮遊攪拌培養に適した形質転換細胞』として樹立された細胞株であるとまで-はいえない。」(21頁第3段落)「しかしながら,………当該文献中で,本来付着細胞であ,るはずの形質転換 CHO dhfr 細胞に対してあえて浮遊培養条件下での生産性を検討していること-自体が,将来的には浮遊培養法での大量生産をめざすものであることを強く示唆するものである。」(同第4段落)「そうであるから,甲第9号証〔判決注:甲8論文〕中の上記記載も,また,本件優先日前の当業者に対して,形質転換 CHO dhfr 細胞における『浮遊攪拌培養に適し-と認定・評価た細胞株』の樹立に対する期待を高めることは明白である。」(同第5段落)しているとおり,十分な実験データに基づかない過度の一般化を戒めつつも,これらの文献の記載事項から認定できる本件優先日(昭和63年3月9日)前の当業者の技術常識は,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養適合株を樹立してこれ-を用いた大量かつ安定したタンパク質生産性を行う技術を完成させようとする期待ないし意欲を,高めることこそあれ妨げるものではなかったと評価しているのである。
このように,本件発明1の進歩性を検討する審決の論旨展開にかんがみると,甲3,4,6〜8論文の開示する内容が,個々にみれば,データの具体性を欠いているものであったり,長期間にわたる細胞の安定した増殖や大量のタンパク質産生を必ずしも示していないものであることは,甲3,4,6〜8論文に対する審決の認定及び評価が誤りであることの理由になるものではない。
よって,原告の上記主張も採用することはできない。
5 取消事由4について(1)甲11K論文につき原告は,甲11K論文には形質転換 CHO dhfr 細胞が「浮遊化できない」と明-言する記載があり,著者のK博士はインターフェロン研究の第一人者として「形質転換 CHO dhfr 細胞に対す知られていたにもかかわらず,審決が,同記載は-る『浮遊細胞樹立』の強い動機付けを断念させるものではありえない」(22頁下第2段落)と評価したのは不当であると主張する。
しかし,審決が説示するように,甲11K論文の上記記載は,(22頁下第3段落)具体的な実験データや参照文献の裏付けを欠くものである。また,甲11K論文と正反対の趣旨を述べるものとして,乙1辞典には,「チャイニーズ・ハ[Chinese Hamster Ovary cell: CHO]「CHOは培養器の壁に付ムスター卵巣細胞 」の項にとの記載がある(なお,乙1辞着し増殖するが,条件を調節すると浮遊培養も可能だ」典には上記記載の後に と「実際には………DHFRを欠損させたCHO細胞に形質導入する」の記載もあるから,乙1辞典にいう「CHO細胞」とは,CHO dhfr 細胞のことを-指していると解するのが自然である。)。そして,乙1辞典は,その表題及び体裁からしてひろく一般に市販(「日経バイオテクノロジー最新用語辞典87」)されていた辞典であって,その内容は当業者に周知であったと認められる。
「形質転換 CHO dhfr 細胞に対すしたがって,審決が,甲11K論文の上記記載は-と評価したことる浮遊培養適合株樹立の強い動機付けを断念させるものではあり得ない」が,不当であるとはいえない。
(2)甲24尾野論文及び甲25M意見書につき原告は,これらの文献は,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養適合株を樹立-するに際しての特別な困難性を明らかにしており,審決が,そのような困難性は,浮遊培養適合株の樹立に当たっての阻害要因とはならないと判断したのは誤りであると主張する。
しかし,これらの文献において樹立に際しての困難性に言及する記載は,「壁から細胞をはがした後,根気よくサスペンジョンカルチャ甲24尾野論文においては旨の記載であるが,これは,甲9組織培養ーを繰り返し(た)」(19頁左欄8〜9行)「細胞の凝集がひどく大きな細胞塊(clump)を作る傾向にある時には,健全な細胞あるいには細胞塊を作りにくい細胞だけを選択して培養を更新すべきである。………この方法をくり返せば最終的には浮遊培養に適応した細胞だけが残り,その目的を達成することができる」として開示されている,健全な細胞だけを選択して培養を更新(70頁7行以下)するという解決手段を適用したことを示すにすぎないから,樹立に特別の困「培養時間難性があったということはできない。また,甲25M意見書におけるの経過とともに細胞凝集塊を生じて浮遊し,またフラスコ壁面にも付着して増殖するために,との記載についても,その解決手段は上記均質な培養は難しく,……」(2頁6項)のとおり甲9組織培養に開示されて当業者の技術常識となっていたと認められるから,特別の困難性に該当するということはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3)甲26書籍につき原告は,甲26書籍にも,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養適合株を樹立す-るに際しての特別な困難性を明らかにした記載が存在すると主張する。
「浮遊培養法で細胞が増殖できるようになるかは細胞株しかし,甲26書籍には,(cell lines)によって大きく異なる。」(73頁)「浮遊培養法は大量培養化にたいへん適,している。いくつかの細胞,とくに血球系由来の細胞は浮遊細胞でよく増殖する。その他にも順化や選択により浮遊培養が可能になる例がある。しかし,一方ヒト二倍体細胞株との記載が(W1-38,MRC-5)は,浮遊させた状態では全く培養できない。」(72頁〜73頁)あるにとどまり,これらの記載によれば,「ヒト二倍体細胞株(W1-38,MRC-5)」については培養が不可能であるとの明確な結論が得られるだけで,他の細胞については特段の情報は得られないのである。したがって,形質転換 CHO dhfr 細胞が,「細胞株によって大きく異なる」浮遊培養適合性として-どの程度のものを示すかを,甲26書籍の記載からうかがい知ることはできない。
よって,甲26書籍に,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培養適合株を樹立する-に際しての特別な困難性を示す記載があるとはいえず,原告の主張は採用することができない。
(4)その他の論文等の記載につき(審判乙8。須山忠和「大規模装置を用いての動物細胞培養の実ア原告は,甲27論文や甲47論文にも形質転換 CHO dhfr 細胞を浮際」組織培養 9(8), 291-295, 1983)-遊培養に適応させることは困難である旨の記載があること,甲39論文には浮遊培養に馴化させる過程で形質転換細胞のタンパク質生産性が失われた旨の記載があることを指摘し,これらも,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊培-養適合株を樹立しようとする着想を妨げる阻害要因となると主張する。
確かに,原告の指摘する各論文の記載が,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊-培養適合株を樹立するに当たっての障害や問題点を明らかにしているということはできる。しかし,審決が認定したように,本件優先日(昭和63年3月9日)前において,甲5ハインズ論文等の研究成果の集積によって,長期かつ安定的なタンパク質生産を目的とした形質転換 CHO dhfr 細胞の浮-遊細胞適合株の樹立への強い動機付けが存在していたことを前提とすれば(この認定に誤りがないことは上記3,4のとおり。),原告の指摘する「『浮遊細胞樹立』の強い動機付けを断念させるものではありえな各論文の記載は,い」(審決22頁下第2段落)「樹立を躊躇するほどの阻害要因とはいえない」(審決25,,というべきである。
頁第2段落)イそして,樹立の困難性や問題点をいうものとして原告が指摘する上記の論文等の存在にもかかわらず,本件優先日(昭和63年3月9日)前の当業者が,形質転換 CHO dhfr 細胞の浮遊細胞適合株の樹立という本件発明1の-方法を容易に着想できたという審決の判断は,当時の研究開発の状況を示す下記の辞典類の記載に照らしても是認し得るものである。
(「バイオテクノロジー事典」株式会社シーエムシー刊,1986年(昭和@甲14事典の「浮遊細胞培養」の項(937頁)61年)10月9日発行)「CHO細胞,BHK細胞,HeLa細胞なども浮遊培養が可能である」「現在,最大スケールのタンクは8.000□でWellcome(英)社がナマルバ細胞,CHO細胞を培養してインターフェロン,プラスミノーゲンアクチベターを製造している」A乙1辞典 の「チャイニーズ・ハムスター卵(前出,1987年5月25日発行)巣細胞」の項(359頁)「CHOは培養器の壁に付着し増殖するが,条件を調節すると浮遊培養も可能だ」「米国Genentech社は,CHOを宿主として,……(TPA)を生産している」「実際には………DHFRを欠損させたCHO細胞に形質導入する」「現在のところ,Genentech社はTPAの他,……などを発現している。イスラエルInter Pharm 社は……,米国 AMGen社-キリンビールは……,鐘淵化学は……,東レは……を,組み換えCHO細胞により発現させている」上記@及びAの辞典類の記載によれば,本件優先日前において,形質転換 CHO dhfr 細胞を浮遊培養してタンパク質の長期かつ安定的な生産を行う-ことは,複数の事業者によって実用化される段階に至っていたものということができる。このような背景のもとでは,当業者にとって,形質転換CHO dhfr 細胞を浮遊培養してタンパク質の長期かつ安定的な生産を行う方-法を見いだすことの強い動機付けが存在するということができ,かかる動機付けのもとに,甲5ハインズ論文等の記載に,当時周知であった甲9組織培養記載の浮遊培養適合株の樹立方法を適用して本件発明1の方法を着想することに,格別の困難があったとはいえないというべきである。
なお,この点につき,原告は,上記Aの各社のうちGenentech社が宿主細胞として使用していたのがCHO細胞の中でもdhfr ではない他の細胞株であ-った可能性があること,米国AMGen社-キリンビール及び東レは浮遊培養以外の方法を採用していたこと等が,本件優先日には既に公知であった旨を指摘する。しかし,そのような事実があったとしても,上記Aの辞典の記載を素直に読むことによって導かれる,CHO dhfr 細胞の浮遊培養という本-件発明1の方法が排除されるということはできず,その採用が容易でないということにはならないというべきである。
6 結語以上のとおり,原告が取消事由として主張するところは,いずれも採用することができない。よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉