運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ3155特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成18ワ29554特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
平成16ワ8682損害賠償請求事件 判例 特許
平成11ワ3012特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  協議 /  自然法則 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  物の発明 /  方法の発明 /  物を生産する方法 /  新規性 /  公然知られ(29条1項1号) /  共同発明 /  新規性喪失(新規性の喪失) /  新規性喪失の例外(喪失の例外) /  進歩性(29条2項) /  先願主義 /  発明の詳細な説明 /  要約書 /  技術情報 /  共同出願 /  着想 /  警告 /  抵触 /  置換 /  信義則 /  実施 /  社会通念 /  侵害 /  不法行為(民法709条) /  共同発明者 /  同意 /  請求の範囲 /  変更 /  釈明 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙2PDFを見る pdf
事件 平成 17年 (ワ) 15529号 損害賠償等請求事件
東京都渋谷区<以下略>
原告甲
同訴訟代理人弁護士高木一嘉
同 若林実 東京都東久留米市<以下略>
被告乙A 東京都文京区<以下略>
被告乙B
上記両名訴訟代理人弁護士 秋葉信幸
同 高橋省
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2007/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求1被告らは,原告に対し,連帯して金880万円及びこれに対する平成17年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告に対し,日本疾患モデル学会には別紙謝罪広告(1)記載のとおりの謝罪広告を,日本分子生物学会には別紙謝罪広告(2)記載のとおりの謝罪広告を,日本病理学会には別紙謝罪広告(3)記載のとおりの謝罪広告を,順天堂大学には別紙謝罪広告(4)記載のとおりの謝罪広告を,別紙謝罪広告掲載2方法一覧表記載の方法で,それぞれ1回ずつ掲載せよ。
第2事案の概要等1事案の概要本件は,順天堂大学医学部病理学第二講座の助教授である原告が,被告らが原告に無断で,かつ自らのものとして原告の研究成果ないし発明内容を発表したことにより,研究成果の侵奪による精神的損害及び上記発明に係る特許を受ける権利侵害による財産的損害を被ったと主張して,損害賠償880万円(慰謝料500万円,財産的損害300万円及び弁護士費用相当額80万円)及びこれに対する不法行為の後である平成17年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪広告の掲載を請求する事案である。
2争いのない事実等(1)当事者ア原告は,順天堂大学医学部病理学第二講座(以下「本件講座」という。)の助教授である。
原告は,昭和50年3月,和歌山県立医科大学医学部を卒業し,同年4月,京都大学大学院医学研究科に病理系専攻で入学して研究を始め,昭和54年3月,医学博士号を取得して同研究科を修了した。原告は,昭和54年4月に同大学医学部付属病院病理検査部医員,同年11月に同大学医学部病理学第二講座助手,昭和56年7月に本件講座の助手に順次なり,昭和58年12月から昭和59年12月までは米国のメイヨクリニック免疫遺伝学講座に留学し,昭和60年7月に本件講座の講師,平成2年3月に現在の助教授に順次なって,病理学の研究を続けてきた。
原告は,京都大学医学部病理学第二講座の助手をしていたころから,マウスを用いた免疫病の病因に関する研究を継続してきており,平成14年4月からは兵庫医科大学医学部及び浜松医科大学医学部の各非常勤講師を3兼ねている。
原告は,昭和51年に日本病理学会及び日本免疫学会の会員になり,昭和61年からは日本病理学会の評議員を,平成5年からは同学会の編集委員をそれぞれ務め,平成13年からは日本免疫学会の評議員を務めている。
また,原告は,昭和62年から日本癌学会の,平成6年からは日本リウマチ学会の,平成12年からは米国免疫学会の各会員であり,平成12年ないし13年は科学研究費委員会の専門委員であった。
原告は,昭和55年以来,藤原記念財団から研究奨励金を授与されたり,難病医学研究財団から医学研究振興賞を受賞するなどしてきており,平成14年度ないし17年度に文部科学省から科学研究費補助金の支給を受けている(甲2,4ないし7,弁論の全趣旨)。
イ被告乙A(以下「被告乙A」という。)は,本件講座の教授である。
同被告は,昭和54年に愛媛大学医学部を卒業し,同年に同学部第二病理学教室の助手になり,昭和56年に財団法人癌研究会癌研究所病理部の研修研究員になった。同被告は,昭和59年に同研究所の研究員になるとともに米国のアインシュタイン医科大学肝臓研究センターに留学し,平成元年からは米国のフォクスチェース癌センターに留学し,平成3年から平成15年6月まで上記癌研究所実験病理部の部長を務めた。平成15年3月ころ,本件講座の前任の丙A教授(以下「丙A前教授」という。)の後任を決める教授選が行われ,原告と被告乙Aが候補者となったが,被告乙Aが当選し,本件講座の教授に選任された。
同被告は,平成6年以来,信州大学加齢適応センター等の客員教授を,平成7年以来,大阪市立大学医学部等の非常勤講師を,それぞれ兼ねている(甲3,乙34)。
ウ被告乙B(以下「被告乙B」という。旧姓は乙b,英語では「D●●●●●● Z●●●●」と表記する。)は,本件講座の助手である。
4同被告は,中華人民共和国で出生し,昭和51年1月に同国の北京大学医学部を卒業し,同年2月に中国医学科学院・中国協和医科大学北京協和病院眼科学教室の助手に,昭和60年11月に同教室の講師になったが,平成元年3月,我が国に留学して群馬県桐生市の臨床眼科研究所の研修医に,その後の平成2年3月,順天堂大学医学部眼科学教室の研究生になった。同被告は,平成4年4月には本件講座の協力研究員になり,平成6年3月に順天堂大学医学部で医学博士号を取得し,同年6月から平成8年12月までは静岡市の医療法人杞葉会きゅう眼科医院の臨床研究員を兼ね,平成9年1月に本件講座の助手になった。なお,同被告は,平成11年6月に我が国に帰化した。
同被告は,現在,日本病理学会,日本分子生物学会,日本疾患モデル学会,日本免疫学会,日中医学協会の各会員である(乙1)。
(2)各用語の意義等アH-2遺伝子の意義等H-2遺伝子は,マウスの第17染色体上の主要組織適合抗原遺伝子複合体(MajorHistocompatibilityComplex。「MHC遺伝子」ともいわれる。)であり,個体によってその型がそれぞれ異なり,型の違いによって免疫応答の強弱が生じるものであって,自己免疫疾患と関係する。H-2遺伝子は複数の遺伝子で構成される遺伝子群であるが,その型をアルファベット又はアルファベットと数字の組合せで示すことができ,これを「H-2 」などのように,「H-2」の右b肩に小字で表記することがある。
実験に用いられる純系マウスでは,その系統ごとにH-2遺伝子型が定まっている。H-2遺伝子はK,A,E,TNFa,D亜領域などの複数の亜領域に分けることができるが,後記のとおり,さらにA亜領域はAa及びAb亜領域に,E亜領域はEa及びEb亜領域にそれぞれ分けること5ができる。
他方,H-2遺伝子の構成遺伝子はクラスT及びクラスU等に分類することができるが,K及びD亜領域の遺伝子はクラスTであり,A及びE亜領域の遺伝子はクラスUである。クラスUの遺伝子に係る亜領域は,さらにa亜領域及びb亜領域に分けることができ,したがって,E亜領域はEa亜領域及びEb亜領域に,A亜領域はAa亜領域及びAb亜領域に,それぞれ分けることができる。なお,E亜領域とD亜領域の間には,TNFa亜領域がある。
亜領域の遺伝子型も,父親及び母親に由来する遺伝子型のアルファベットで示すことができ,これをEaなどのように,亜領域の記号の右肩b/dに小字で表記することがある。Ea亜領域の遺伝子型がb/bホモの場合には,E亜領域の遺伝子が発現せず,E分子が形成されないという特徴がある。
イNZBマウス等の意義(ア)コンジェニックマウス系は,導入したい遺伝子を有するマウスを既存の近交系マウス(兄妹交配を繰り返すことによって,性染色体以外の遺伝子の構成が均一になっている系のマウス)と交配させて得られるF1マウス(マウスを1回交配した第1代雑種のマウス)に,この既存の近交系マウスを繰り返し退交配(交配により雑種となった子を片親の系の子と交配すること。「戻し交配」ともいわれる。)させ,上記導入したい遺伝子以外は近交系マウスの遺伝子で置換することによって作製される。H-2コンジェニックマウス系は,このような方法によって作製された,H-2遺伝子の構成のみが異なり,他の遺伝子の構成においては,系内の他のマウスとの間で均一なマウス系である。
他方で,H-2リコンビナントマウス系は,H-2コンジェニックマウス系を作製する過程で生じた遺伝子組換えを,交配によって固定した6マウス系である(乙11,13)。
(イ)NZB(NewZealandBlack)マウス系,B10.GDマウス系及びBXSBマウス系は,いずれも自己免疫疾患自然発症モデルマウスの系の1つである(以下,「自然発症」を単に「発症」ということがある。)。なお,自己免疫疾患とは,自己の免疫系が臓器や細胞を攻撃する疾患であるが,全身性エリテマトーデス及び関節リウマチ(本判決においては,マウスにおけるヒトの全身性エリテマトーデスに極めて類似した病態を「SLE」といい,マウスにおけるヒトの関節リウマチに極めて類似した病態を「RA」という。)がその代表的なものである。全身性エリテマトーデスは,リンパ球,赤血球,血小板の細胞膜表面の分子に対する自己抗体を産生することによってリンパ球等が減少したり,細胞核中のDNAやクロマチンに対する自己抗体を産生し,これに基づく免疫複合体が腎臓に沈着することによって高度の腎障害(ループス腎炎)を発症したりする疾患である。関節リウマチは,自己抗体の1つであるリウマチ因子の出現,変形を伴う関節炎の発症を特徴とする疾患である。
このうち,NZBマウス系は,1959年にニュージーランドのオタゴ大学で作製された,自己免疫疾患を発症する黒毛のマウス系である(なお,本判決においては,NZBマウス系に属するマウスを「NZBマウス」と呼ぶこととする。)。NZBマウスにおいては,赤血球に対する自己抗体の産生が見られ,自己免疫性溶血性貧血を発症するのが特徴である。
白毛のマウス系であるNZW(NewZealandWhite)マウス系(本判決においては,NZWマウス系に属するマウスを「NZWマウス」と呼ぶこととする。)では,自己免疫疾患の発症が見られないものの,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マ7ウスでは,SLEの発症が見られ,この病態の発症の程度は,雌F1マウスの方が雄F1マウスの方よりも高いという特徴がある。
B10.GDマウス系は,遅くとも1980年代に米国のチェーラ教授らによって作製された。
BXSBマウス系は,1978年に米国のジャクソン研究所で作製された,雌よりも雄において高度のSLEを発症することを特徴とするマウス系である。BXSBマウスをNZBマウス又はNZWマウスと交配したF1マウスでは,親マウスよりも重篤なSLEを発症する(弁論の全趣旨)。
(ウ)F1マウス等の表記(特定)においては,×印の前に母親(雌)の系統を,×印の後に父親(雄)の系統を書いて当該マウスの由来する系統を表記するのが通例であり,例えば「(BXSB×NZB)F1」とは,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配して得られた第1代雑種(F1)のことを指す。
また,当該マウスにつきその遺伝子型を表記する場合,注目する遺伝子に係る母親(雌)由来の遺伝子型と父親(雄)由来の遺伝子型とを「/」の前後に表記して(順不同),子の1組の染色体上の遺伝子型を示すのが通例である。ここで,母親由来の遺伝子型と父親由来の遺伝子型が同一である子の遺伝子型を「ホモ型」といい,相異する子の遺伝子型を「ヘテロ型」という。本判決においては,ホモ型の場合に,簡略化して,共通する遺伝子型のみを遺伝子型として表記することがある(例えば,「b/b」のホモ型の場合,「b」と表記する。)。
(3)被告らの学会発表ア被告乙B,被告乙A及び丙Bらは,平成16年11月11日,京都大学で行われた第21回日本疾患モデル学会総会において,一般演題T(口頭発表)の部で「新規自然発症する関節リウマチモデル動物-(BXSB×8NZB)F1雄マウス-」と題する研究発表を行った(発表の分類記号は「O-12」。以下「本件研究発表1」という。)。本件研究発表1は,本件講座及びアトピー研究センターで構成される研究グループの発表という形でされたが,発表者の氏名中に原告の氏名が含まれていなかった。
本件研究発表1では,実験に使用したマウスの系列とH-2亜領域の遺伝子型等との関係を示す表,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウス()の8か月齢における肢関節の肉眼所見(BXSB×NZB)F1及びX線像の写真,同F1マウスの関節の病理組織の写真等を用いて,次の(ア)ないし(ウ)の事項が報告された(乙4の1)。
なお,本件研究発表1の内容は,同日ころに発行された学会抄録に掲載されて会員一般に頒布された(甲12の1の1及び2,弁論の全趣旨)。
(ア)同研究グループは,自己免疫疾患におけるH-2(マウスMHC)亜領域拘束性の研究中に,独自に樹立した,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()がRAを発症(BXSB×NZB)F1♂することを見出した[乙4の1の1頁下段,3頁,4頁上段]。
(B (イ)BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウス()のH-2遺伝子型はb/d,H-2遺伝子中のK,Ab,XSB×NZB)F1Aa,Eb,Ea及びD亜領域の遺伝子型はいずれもb/dであり(乙4の1の2頁上段の表中の@のマウス。),BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスを交配したF1マウス()のH-2(BXSB×NZB.GDr)F1遺伝子型はb/g2rヘテロ,H-2遺伝子中のK,Ab,Aa,Eb及びEa亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテロ,D亜領域の遺伝子型はbホモであり(同表中のAのマウス。表中ではD亜領域の遺伝子型が「b/b」とホモ型であるのを,簡略化して「b」と表記している。
以下,被告乙Bの研究発表の内容において同様である。),BXSB雌(BXSB×NZB.G マウスとNZB.GD雄マウスを交配したF1マウス(9)のH-2遺伝子型はb/g2ヘテロ,H-2遺伝子中のK,Ab, D)F1Aa及びEb亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテロ,Ea及びD亜領域の遺伝子型はいずれもbホモであるところ(同表中のBのマウス。
表中ではEa及びD亜領域の遺伝子型がそれぞれ「b/b」とホモ型であるのを,簡略化して「b」と表記している。),上記のとおりEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロである,BXSB雌マウスとNZB雄マウスを交配したF1雄マウス( )及び(BXSB×NZB)F1(H-2 :Ea D )♂b/db/db/dBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスを交配したF1雄マウス( )において血中IgGリウマト(BXSB×NZB.GDr)F1(H-2:Ea D )♂b/g2rb/dbイド因子価が高く(なお,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()は,BXSB雌マウスとNZB.(BXSB×NZB)F1♂GD雄マウスとを交配したF1雄マウス()及びB (BXSB×NZB.GD)F1♂(BXSB×XSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス()よりも,5か月齢以降において,有意にRAの発症率が高く,NZB)F1♀また5か月齢の時点においてIgGリウマトイド因子価がいずれも高かった。),重篤なRAを発症した一方,Ea亜領域の遺伝子型がb/dヘテロでない,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雄マウス()ではRAをほとんど発症せず,S(BXSB×NZB.GD)F1♂LEを発症した。また,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス(,BXSB雌マウスとNZB.GD(BXSB×NZB)F1♀)r雄マウスとを交配したF1雌マウス()及びB (BXSB×NZB.GDr)F1♀XSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雄マウス( )では,RAの発症がほとんど認め(BXSB×NZB.GD)F1(H-2:Ea D )♂b/g2bbられない一方,SLEの発症が認められた。
したがって,RAの発症には親系のBXSB雌マウスとNZB雄マウス由来のH-2遺伝子のEa亜領域b/dヘテロ接合体及び性差が強く10関与している[乙4の1の2頁上段,4頁下段]。
(ウ)RAの発症とSLEの発症とは逆相関の関係にある[乙4の1の5頁]。
イ被告乙B,被告乙A及び丙Bらは,平成16年12月8日,神戸市内の神戸ポートアイランドで行われた第27回日本分子生物学会年会において,「(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患(RAおよびSLE)におけるMHC亜領域拘束性の解析」と題する研究発表を行った(発表の分類記号は「1PA-476」。以下「本件研究発表2」という。)。本件研究発表2は,本件講座及び順天堂大学のアトピー研究センターで構成される研究グループの発表という形でされたが,発表者の氏名中に原告の氏名が含まれていなかった。
本件研究発表2では,本件研究発表1と同様に,実験に使用したマウスの系列とH-2亜領域の遺伝子型等との関係を示す表等を用いて,同研究グループが自己免疫疾患におけるH-2(マウスMHC)亜領域拘束性の研究中に,独自に樹立した,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()がRAを発症することを見出した(BXSB×NZB)F1♂ことを前提として,次の(ア)ないし(オ)の事項が報告された(乙4の2)。
なお,本件研究発表2の内容は,同日ころに発行された学会抄録に掲載されて会員一般に頒布された(甲12の2の1及び2,弁論の全趣旨)。
(ア)BXSB(H-2 )雌マウスとNZB(H-2 )雄マウス及び同b dグループが樹立したH-2コンジェニックNZB雄マウスを交配して,H-2遺伝子のK,A及びEb亜領域の遺伝子型がいずれもb/dヘテロで,Ea及びD亜領域の遺伝子型がそれぞれ異なるF1マウスを作製し,自己免疫疾患の病態について臨床的及び病理組織学的な評価を比較した。
すると,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウ11ス()及びBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウ(BXSB×NZB)F1♂スとを交配したF1雄マウス( は,5か月齢以降 (BXSB×NZB.GDr)F1♂)RAを発症し,8か月齢では約90パーセントの高率でRAを発症した。
(B BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()は,8か月齢において,肉眼所見で足関節の発赤,腫XSB×NZB)F1♂脹,変形及び強直が認められ,足関節のレントゲン写真でRAに特有の軟骨及び骨の破壊並びに関節変形が認められ,足指関節の病理組織のHE染色像でも滑膜細胞の著しい増殖,パンヌス形成並びに軟骨及び骨の破壊が認められたが,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス()ではこれらの病的変化が認められな(BXSB×NZB)F1♀かった[乙4の2の2頁,3頁上段,5,6頁,7頁上段]。
(イ)BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス(),BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスと(BXSB×NZB)F1♀を交配したF1雌マウス(),BXSB雌マウス (BXSB×NZB.GDr)F1♀(BXSB×NZB.GD)とNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マウス()及びBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1F1♀雄マウス()は,いずれもほとんどRAを発症しな (BXSB×NZB.GD)F1♂いが,蛋白尿の出現率が高い。
とりわけ,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マウス()の蛋白尿の出現率は有意に高い[乙(BXSB×NZB.GD)F1♀4の2の5頁上段]。
(ウ)作製したマウスのプール血清についてELISA法で血中IgG自己抗体価を測定するなどしたところ,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()及びBXSB雌マウ(BXSB×NZB)F1♂(BXSB×NZスとNZB.GDr雄マウスとを交配したF1雄マウス()は,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1B.GDr)F1♂12雌マウス(),BXSB雌マウスとNZB.GDr雄 (BXSB×NZB)F1♀マウスとを交配したF1雌マウス(),BXSB (BXSB×NZB.GDr)F1♀(BXSB×雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マウス()及びBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配NZB.GD)F1♀したF1雄マウス()に比して血中IgGリウマト (BXSB×NZB.GD)F1♂イド因子価が有意に高く,重篤なRAを発症し,他方抗DNA抗体価は有意に低かった。反対に,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マウス()は,抗DNA抗体価が(BXSB×NZB.GD)F1♀有意に高く,重篤なSLEを発症した。なお,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雄マウス(),(BXSB×NZB.GD)F1♂(BXSBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス()及びBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスとを交B×NZB)F1♀配したF1雌マウス()では,軽度のSLEの発 (BXSB×NZB.GDr)F1♀症が認められたものの,RAをほとんど発症しなかった。[乙4の2の7頁下段]。
(エ)上記(ア)及び(イ)から,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()のRAの発症には,親系のB(BXSB×NZB)F1♂XSB雌マウス及びNZB雄マウス由来のH-2遺伝子のEa亜領域b/dヘテロ複合体並びに性差が強く関与していることが明らかである[乙4の2の8頁]。
(オ)上記(ウ)から,RAと同様に自己免疫疾患であるSLEの発症は,RAの発症と逆相関の関係にあることが明らかである[乙4の2の8頁]。
ウ被告乙B,被告乙A及び丙Bらは,平成17年4月14日,横浜市内のパシフィコ横浜で行われた第94回日本病理学会総会の「一般口演運動器,骨,軟部2」の部において,「(BXSB×NZB)F1マウス自己13免疫疾患における性差および雄性ホルモン影響の解析」と題する研究発表を行った(なお,プログラム(甲12の3の1,2)には,「(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患におけるMHC亜領域拘束性および性差の解析」という題名で収録されている。以下「本件研究発表3」といい,本件研究発表1ないし3をまとめて,以下「本件各研究発表」という。)。
本件研究発表3は,本件講座の研究グループの発表という形でされたが,発表者の氏名中に原告の氏名が含まれていなかった。なお,この部においては,被告乙Aが座長を務めた。
本件研究発表3では,実験に使用したマウスの写真等を用いて,次の(ア)及び(イ)の事項が報告された(乙4の3)。
なお,本件研究発表3の内容のうち次の(ア)の部分は,同日ころに発行された学会抄録に掲載されて会員一般に頒布された(甲12の3の1及び2,弁論の全趣旨)。
(ア)自己免疫疾患の研究中に,独自に樹立した,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウス()において雄の(BXSB×NZB)F1みがRAを発症することを見出した。すなわち,同F1マウスにおいては,雄マウスのH-2遺伝子のEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロであるところ,雌マウスに比して,4か月齢以降のRAの発症率が有意に高く,5か月齢時点でのIgGリウマトイド因子価が有意に高い。一方,同F1マウスの雌マウスもH-2遺伝子のEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロであるが,RAを発症せず,5か月齢時点でのIgGリウマトイド因子価も(BXSB×NZB)F1雄マウスのそれに比して有意に低く,SLEを発症した[乙4の3の3,4頁]。
(イ)その後,この(BXSB×NZB)F1マウスの睾丸及び精巣あるいは卵巣を摘出したり,卵巣摘出後にテストステロンを投与したりして,RAの発症における性差及び性ホルモンの影響を解析した。
14その結果,同F1マウスのうち,睾丸及び精巣を摘出していない雄マウス及び卵巣を摘出した後テストステロンを投与した雌マウスではRAの発症が認められたが,睾丸及び精巣を摘出した雄マウス及び卵巣を摘出していない雌マウスではRAの発症が認められなかった(5頁上段)。
(ウ)前記(ア)及び(イ)から,RAの発症には,性差特にテストステロンが強く関与しており,RAの発症とSLEの発症とは逆相関の関係にあることが明らかである[乙4の3の5頁下段]。
(4)本件各研究発表の内容と対象となるマウスの包含関係原告が自らの発明及び研究成果であると主張する6種類の実験用マウスと本件各研究発表との関係は次のとおりである。
ア通常のBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雄マウス(。以下「本件マウス@」という。)のH-2(BXSB×NZB.GD)F1♂遺伝子型はb/g2ヘテロであり,SLEを高率で発症するとともに,RAも低率ではあるが発症する。本件マウス@は本件各研究発表の内容に含まれている(本件研究発表1及び2の表中のBのマウスのうちの雄マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型bホモ(b/b)の雄マウス)。
イ通常のBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスを交配したF1雄マウス(。以下「本件マウスA」という。)のH-2(BXSB×NZB.GDr)F1♂遺伝子型はb/g2rヘテロであり,SLEの発症頻度は低いもののRAを本件マウス@より高率で発症する。本件マウスAは本件各研究発表の内容に含まれている(本件研究発表1及び2の表中のAのマウスのうちの雄マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロの雄マウス)。
ウ通常のBXSB雌マウスと同遺伝子型がg2/dヘテロであるNZB.GD雄マウス又は同遺伝子型がg2r/dヘテロであるNZB.GDr雄(BXSB×NZB.GD(H-2))F1♂(BX マウスとを交配したF1雄マウス( 及びg2/d)のうちH-2遺伝子型がb/dヘテロである SB×NZB.GDr(H-2))F1♂g2r/d15もの(以下「本件マウスB」という。)は,SLEの発症頻度が低いものの,RAを本件マウス@よりも高率で発症する。本件マウスBは本件研究発表3の内容に含まれている(本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロの雄マウス)。
エ通常のBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1雌マウス(。以下「本件マウスC」という。)のH-2遺(BXSB×NZB.GD)F1♀伝子型はb/g2ヘテロであり,SLEを早期かつ高度に発症する。本件マウスCは本件研究発表2及び3の内容に含まれている(本件研究発表2の表中のBのマウスのうちの雌マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型bホモ(b/b)の雌マウス)。
オ通常のBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスとを交配したF1雌マウス(。以下「本件マウスD」という。)のH-(BXSB×NZB.GDr)F1♀2遺伝子型はb/g2rヘテロであり,本件マウスCよりも遅くSLEを発症する。本件マウスDは本件各研究発表の内容に含まれている(本件研究発表1及び2の表中のAのマウスのうちの雌マウス,本件研究発表3のEa亜領域遺伝子型b/dヘテロの雌マウス)。
カ通常のBXSB雌マウスとH-2遺伝子型がg2/dヘテロのNZB.GD雄マウス又は同遺伝子型がg2r/dヘテロのNZB.GDr雄マウ(BXSB×NZB.GD(H-2))F1♀(BXSB× スとを交配したF1雌マウス( 及びg2/d)のうちH-2遺伝子型がb/dヘテロであるもの NZB.GDr(H-2))F1♀g2r/d(以下「本件マウスE」という。本件マウスEのうち,父親のH-2遺伝子型がg2/dヘテロであるものを「本件マウスE-1」といい,父親のH-2遺伝子型がg2r/dであるものを「本件マウスE-2」という。
また,本件マウス@ないしEをまとめて,以下「本件各マウス」という。)は,本件マウスDよりも遅くSLEを発症する。本件マウスEは本件研究発表3の内容に含まれている(本件研究発表3のEa亜領域遺伝子16型b/dヘテロの雌マウス)。
3本件の争点(1)原告が本件各マウスに係る研究成果等を得たか否か(2)被告らによる研究発表が原告の研究成果を奪う不法行為となるか否か(3)被告らによる研究発表が原告の特許を受ける権利侵害する不法行為となるか否か(4)損害の有無及び額(5)謝罪広告の必要性第3争点に関する当事者の主張1争点(1)(原告が本件各マウスに係る研究成果等を得たか否か)について〔原告の主張〕以下のとおり,原告が本件各マウスに係る研究成果を得たものであり,被告乙Bは同研究成果を得ていない。すなわち,同研究成果に係る知的創造活動を行ったのは原告であって,同被告は研究に使用するコンジェニックマウスの飼育及び維持に従事していたにすぎず,知的創造活動を行っていなかった。
(1)NZB.GDマウス系等の樹立原告は,H-2遺伝子の型を入れ替えたNZBマウス及びNZWマウスのコンジェニックマウス系を作製することにより,自己免疫疾患の発症モデルマウスに見られる病態にH-2遺伝子型が大きく寄与していることを証明し,かつその作用機序を解明することをライフワークとして定め,昭和54年から,かかるコンジェニックマウス系,すなわちH-2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニックマウス系,同遺伝子型がzホモのNZBコンジェニックマウス系の作製を開始した。さらに,原告は,平成元年からH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウス系の作製を開始した。
他方,原告は,平成元年に当時の国立遺伝学研究所の丙C氏からB10.GDマウスを譲り受け,同年から,NZB雌マウスとB10.GD雄マウス17を交配して,NZB.GDマウス系を作製する作業を開始した。
原告は,その後,NZB.GDマウス系を樹立して,NZB.GDマウスを使用して研究を行い,平成6年,その成果を論文発表した。
ところが,NZB.GDマウスの繁殖率が低かったため,平成6年,原告は再度同様の方法でNZB.GDマウス系を作製し直す作業を開始した。
なお,原告は,後記(2)のとおり,従前からH-2遺伝子のA及びE亜領域の遺伝子がSLEに与える影響を具体的な研究テーマとして研究活動を行ってきたものであるが,E亜領域の遺伝子がSLEの病態に与える影響を明らかにするためには,H-2遺伝子中の他の亜領域の遺伝子が同一で,Ea亜領域の遺伝子のみが異なるコンジェニックマウスを作製することが必要であった。そこで,原告は,NZB.GDマウスの繁殖の目的及びかかるコンジェニックマウスを作製する目的で,NZB.GDマウスにNZBマウスを交配させた。その結果,番号362番の雄マウスのH-2遺伝子に組換えが生じ,Ea亜領域の遺伝子型がbからdに置き換わった。原告は,このマウスをNZB.GDrと命名し,以後これを使用して交配を行い,平成13年にNZB.GDrマウス系を樹立した。
(2)従前の研究ア原告は,もともと,NZBマウス系及びNZWマウス系のH-2コンジェニックマウスを作製し,これらのマウス同士を交配して得られたF1マウスの病態観察を行い,自己免疫疾患の病態に対するH-2遺伝子の型の違いの影響を研究していた。
すなわち,原告は,NZWマウス系のH-2遺伝子型を本来のzホモからNZBマウス系由来のdホモに置換したNZWマウスのH-2 コンジdェニックマウス系を樹立し,得られたコンジェニックマウスを使用して交配し, の病態と の病態(NZB×NZW(H-2 )F1(H-2 )(NZB×NZW(H-2 )F1(H-2 )d d z d/zとを比較したところ,前者が後者よりもSLEの病態が軽度であることを18発見し,昭和58年,SLEの病態の増悪には,H-2遺伝子型がヘテロであるd/zヘテロであること(H-2ヘテロ接合性)が重要であるd/zことを論文発表した。なお,前者のマウスにおいても後者のマウスにおいてもE分子が形成されており,両者の間で異ならないので,この実験からはSLEの発症に対してE分子が果たす役割は判明しなかった。当時,SLEの発症に対してE分子が果たす役割は世界的にも不明であり,この解明が原告の次なる研究テーマになった。
イニシモトは,E分子が形成されず,自己免疫性の糖尿病を自然発症するモデルマウスであるNODマウスに,E分子を形成する遺伝子を人工的に導入する実験を行い,糖尿病の発症が抑制されることを発見して,昭和62年,この発見について論文発表した。
そこで,原告は,このニシモトの論文に触発され,SLEの発症にE分子が関係しているのではないかと考え,前記(1)のとおり,E亜領域の遺伝子が発現せずE分子を形成しないNZW(H-2 ),NZB.GDb(H-2)及びNZW.GD(H-2)の各コンジェニックマウスのg2 g2作製を開始した。なお,従前からH-2遺伝子型がbホモのマウスがE亜領域の遺伝子が発現しないものとして周知であったが,原告が留学先から持ち帰ったH-2遺伝子型がg2ホモであるNZB.GDマウス等もE分子を形成しないマウスである。
ウ他方,BXSBマウスが初めて作製された昭和53年当時から,BXSBマウスをNZWマウスやNZBマウスと交配させると,得られるF1マウスが親のBXSBマウスよりも重篤なSLEを発症することが知られていたが,その原因は不明であった。そこで,原告は,平成2年ころから,NZWマウス系及びNZBマウス系に由来するSLE病態悪化の遺伝要因の解析を行ってきた。
原告は,この解析の中で,平成2年ころ,自ら作製したH-2遺伝子型19がdホモのNZWコンジェニック雌マウス(NZW(H-2 ))とBXd(NZW(H-2 )×BXSB)F1(H SB雄マウスとを交配し,得られたF1マウス(d)を病態観察し,通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配 -2 )d/bして得られたF1マウス()の病態と比較したとこ (NZW×BXSB)F1(H-2 )z/bろ,前者においてSLEの特徴であるループス腎炎及び血小板減少症の発症の有無が後者よりも顕著に軽度で,SLEの病態増悪がH-2遺伝子型がz/bヘテロであるか否かによって左右されること(H-2ヘテロz/b接合性)を見出し,平成4年にこの研究成果を発表した(甲20の4)。
しかし,これらの2つのF1マウスは,E分子を同レベルで形成するので,当時,SLEの病態に対してBXSBマウスのE亜領域の遺伝子がどのような役割を果たしているかは不明であった。
エそして,原告は,平成3年,自ら作製したH-2遺伝子型がzホモのNZBコンジェニック雌マウス(NZB(H-2 ))とBXSB雄マウスzとを交配し,得られたF1マウスを病態観察し,平成5年,上記発見及びこの研究結果を株式会社技術情報協会発行の「〔疾患別〕モデル動物の作製と新薬開発のための試験実験法」中の第T章第6節[3]の論文「血小板減少症」にまとめた。原告は,この論文の中で,H-2コンジェニックマウスのNZW雌マウス及びNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配して,得られたF1マウスの病態解析を行う研究の方針を提示した。
オところで,BXSBマウスは,H-2遺伝子型がbホモでE亜領域の遺伝子を発現せず,SLEを自然発症するマウス系であるが,メリノ(Merino)らは,前記アの原告の論文発表に触発されて,このH-2遺伝子型をbホモからdホモに置換し,E亜領域の遺伝子を発現し,E分子を形成するようにしたBXSB(H-2 )コンジェニックマウスを作製し,dその病態を観察したところ,H-2遺伝子型を置換する前のマウスよりもSLEの病態が顕著に軽度であることを発見し,平成4年,この旨を論文20発表した。
その結果,BXSBマウスのSLEの発症にE分子の形成の有無が関係している可能性があることが判明したものの,当時は,上記マウスのSLEの病態の違いが,A分子(A亜領域の遺伝子がコードして形成する。)の型の違いによるものである可能性や,A分子の型の違いとE分子の形成の有無の双方によるものである可能性が未だ存在しており,病態の違いの原因は未だ不明なままであった。
カ原告は,A亜領域の遺伝子型を揃え,E分子の形成の有無によるSLEの病態の違いを調べるべく,平成3年から,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()とNZB.GD雌マウ(NZB×NZW)F1(A )d/zスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()を (NZB.GD×NZW)F1(A )d/z作製し,両者の病態を比較した(甲24,甲25の1及び2)。前者と後者とでは,E分子の発現量(形成される量)において,後者が前者の半分であるが,この実験の結果,遅くとも平成4年ころには,後者の病態の方が前者の病態よりも重度であることが判明した。原告は,この研究成果を論文発表(甲20の2)し,A亜領域の遺伝子型が同一のd/zヘテロの場合でも,E分子が形成されるか否かによって型の違いによってSLEの病態が異なり得ることを世界で初めて示した。
なお,原告は,平成4年の実験ノート(甲25の2の5頁)に,上記実験に関連して,「E分子が自己抗体産生を抑制する機序の解析」という研究立案を記している。
ところが,上記F1マウスのうち,前者はTNFa亜領域及びD亜領域の遺伝子型がいずれもd/zヘテロであるのに対し,後者はこれらの遺伝子型がいずれもb/zヘテロであったので,SLEの病態の違いがTNFa亜領域又はD亜領域の遺伝子型の違いに基づく可能性があり,TNFa亜領域及びD亜領域の遺伝子型を同一にして実験を行う必要があった。
21キ原告は,平成7年から,H-2遺伝子がb型のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配して,得られたF1マウスの病態観察を行っていたが,実験実務は主として大学院生の丙D(以下「丙D」という。)に行わせていた(甲35,41)。
ク原告は,前記カのSLE病態の違いの原因の問題を解明する目的で,Ea亜領域とTNFa亜領域の遺伝子に組み替えが生じたコンジェニックマウスを樹立すべく,NZB.GDマウスをNZBマウスで戻し交配する作業を繰り返し,前記(1)のとおり,平成13年にNZB.GDrマウス系の樹立に成功したが,このマウス系樹立の確認のための遺伝子解析作業を,Ea及びDの両亜領域については被告乙Bに,TNFa亜領域については技術員の丙E(以下「丙E」という。)に担当させた。
なお,原告は,事前に確率論的な考察を行ってNZB.GDrマウスの出現の可能性を予測して上記の交配作業等を行わせており,またNZB.GDrマウス系の樹立の有無を確認するためには,TNFa亜領域の遺伝子型の解析が不可欠であったが,同被告はこの解析作業を担当していない。
なお,NZB.GDrマウス系樹立の目的は,これを使用して交配したときのF1マウスとNZB.GDマウスを使用して交配したときのF1マウスとの間で,SLE病態に差異があるか否かを調べるためであり,かつ当時SLE病態との関連が報告されているのはTNFa亜領域の遺伝子であったから,上記のとおり,NZB.GDrマウス系の樹立の有無を確認するためにTNFa亜領域の遺伝子型の解析が不可欠であった。
また,同被告が行った遺伝子解析作業には,特殊な抗体を使用することが不可欠であるが,この抗体を産生する細胞は,原告がH-2遺伝子の研究を通じて知り合った他の研究者との人的関係に基づいて入手し,同被告にその利用を許したからに他ならないのであって,遺伝子型の解析について原告の指示があったことを裏付けるものである。
22ケこれらのように,原告は,H-2遺伝子がSLEの病態に与える影響という壮大な研究テーマの下に,従前から研究を行ってきたもので,平成10年に一定の成果を結実させた原告の次の研究テーマがNZBマウス系のH-2遺伝子型とSLEとの関係であった。BXSBマウスとNZB.GDマウス及びNZB.GDrマウスとの交配も,NZBマウス系由来のSLE病態増悪遺伝要因を解析するためのものであって,本件各マウスに係る研究成果も,原告の一連の研究活動の中で得られたものである。
(3)BXSB雌マウスを使用した最初の実験等ア原告は,平成7年ころから,BXSBマウスの病態に対するE分子が果たす役割の解析を目的として,BXSB雌マウスとNZW(H-2 )雄bマウスとを交配し,これによって得られたE分子が形成されないF1マウスの病態解析を行っていたが(原告がかかるF1マウスを作製し,丙Dと実験補助員の丙Fにその病態解析を行わせた。),病態の増強は認められなかった。そのため,いったん研究を中断した。
イ原告は,平成9年以降,SLEの病態に及ぼすE分子による効果がA亜領域の遺伝子型に影響されるか否かを解析するため,NZB雌マウスとH-2遺伝子型がdホモのNZW雄マウス(NZW(H-2 )♂),dNZB雌マウスとNZW.GD雄マウス,NZB.GD雌マウスとNZW.GD雄マウス,NZB雌マウスとH-2遺伝子型がbホモのNZW雄マウス(NZW(H-2 )♂),NZB.GD雌マウスbとH-2遺伝子型がbホモのNZW雄マウスとをそれぞれ交配してF1マ(NZB× ウスを作製し,作製されたF1雌マウスの病態を観察した(順に,NZW(H-2 ))F1(H-2 :A E )(NZB×NZW.GD)F1(H-2:A E )(NZB.GD×NZW.d ddd d/g2dd/b, ,GD)F1(H-2 :A E )(NZB×NZW(H-2 ))F1(H-2 :A E )(NZB.GD×NZW(H-g2db b d/bd/bd/b, ,)が,被告乙Bがその実験実務の多くを担当した。
2 ))F1(H-2:A E )b g2/bd/bbそして,従前はNZB及びNZWマウスとBXSBマウスとの交配F123マウスの作製は,BXSBマウスを雄マウスにして行ってきたが,NZB.GDマウスはもともと繁殖力が弱い上,NZB.GDマウス自身で交配を重ねることによる系統維持が必要であることや,NZW.GDマウスと交配してF1マウスを作製する実験が必要であることから,使用できるNZB.GD雌マウスの数に限りがあった。そこで,原告は,十分な数のNZB.GD雌マウスが確保できるまでの間,上記とは反対に,NZB.GDマウスを雄マウスにし,BXSBマウスを雌マウスにして,交配を行うことにしたが,ここで使用したNZB.GD雄マウスには,H-2遺伝子型がg2ホモのものとg2/dヘテロのものの双方があった。このとおり,原告は,さらにBXSB雌マウスとNZB雄マウス,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとをそれぞれ交配してF1マウスを作製し(順に, , ),(BXSB×NZB)F1(H-2 :A E )(BXSB×NZB.GD)F1(H-2:A E )b/db/db/d b/g2b/dbそのうちF1雌マウスの病態を上記各F1雌マウスの病態と比較した。なお,この実験においても,被告乙Bが実験実務の多くを担当した。
すると,上記のF1雌マウスのSLEの病態の程度は別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」のとおりであった。
その結果,原告は,A亜領域の遺伝子型がdホモの場合でも,E亜領域の遺伝子が発現せずE分子が形成されない場合には高度のSLEを発症すること(
ないしの比較による実験結果),E分子が形成されない場合においては,A亜領域の遺伝子型がdホモのときよりもd/bヘテロのときの方がより高度のSLEを発症すること(極めて早期に蛋白尿を発症した。の比較による実験結果)及びA亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合,E分子が形成されることによりSLEの病態が高度に抑制される(軽度になる)こと(及びの比較による実験結果)を見出した。
原告は,平成13年9月26日ころ,平成14年度科学研究費研究計画24調書(甲57の3)に,これらの考察を上記
ないしのF1マウスのリストともに記載した。
もっとも,上記の実験結果によっても,SLEの病態の抑制の原因がE分子の形成にあるのか,TNFa又はD亜領域の遺伝子型がdホモであることにあるのかは依然として不明であった。そこで,次に,NZB.GDrマウス系を使用してF1マウスを作製し,病態観察を行う必要があった。
なお,原告は,上記研究計画調書及び平成14年3月に提出した科学研究費研究成果報告書(甲17の2の14頁)に,かかる必要性について記載した。
ウ原告は,平成13年,NZB.GDrマウス系の樹立に成功したことから,同マウス系を使用して交配を行うことにし,実験実務を被告乙Bに行わせた。この実験で作製されたF1マウスが科学研究費申請書(甲46の2)5頁記載の@ないしIのマウスであり,病態観察の結果は別表2「甲46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」のとおりであった(ただし,後記のとおり,上記別表には上記書証中のNZBマウス等の亜領域の遺伝子型に係る記載から導かれるF1マウスのTNF亜領域の遺伝子型も記載した。)。
ここで,同一覧表記載3及び4番のF1マウスは,いずれも,A亜領域の遺伝子型がdホモ,TNF亜領域の遺伝子型がbホモ,D亜領域の遺伝子型がbホモであるが,E亜領域の遺伝子型が,3番のF1マウスではbホモであるのに対して,4番のF1マウスではd/bヘテロと異なっており,E分子の発現量のみが異なっている。このとおり,NZB.GDrマウス系が樹立され,同マウス系を利用することによって,TNFa及びD亜領域の遺伝子の影響を排除してE亜領域の遺伝子型のみの影響を判断できるようになった。
この実験により,A亜領域の遺伝子型がdホモのF1マウスのSLEの25病態がE分子の発現量によって抑制されることが判明した。
他方,原告が同一覧表記載4,5及び7番のF1マウスを作製したのは,前記(2)カのとおり,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスのA亜領域の遺伝子型はd/zヘテロであるところ,E分子を形成する場合でも高度のSLEを発症し,E分子の発現量を減少させると,SLEの病態はさらに悪化したので,A亜領域の遺伝子型がヘテロである場合にSLEの病態が増悪がみられるのは,同遺伝子型がd/zヘテロであるときに限られるのか,例えばd/bヘテロであるときでもかかる増悪がみられるのではないかとの疑問,及び,A亜領域の遺伝子型がヘテロの場合に,E分子が全く形成されないようにすると,SLEの病態はどの程度増悪するのかの疑問を抱いたからである。
そして,この実験により,A亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合にも,これがd/zヘテロの場合と同様に,SLEの病態を増悪させること,A亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合にE分子が形成されないようにする(欠損)と,極めて早期から高度のSLEが発症すること,4番と7番のF1マウスのSLEの病態の違いは,TNF又はD亜領域のd型の遺伝子によるものである可能性があることがそれぞれ判明した。
その後,原告は,平成16年,同一覧表記載のF1マウスのうち,1ないし4番につき,被告乙Bを第1著者とし,自らは最終著者(コレスポンディングオーサー)として,論文発表(甲20の3)を行った。
この論文発表は,原告の平成元年のNZB.GDマウス系作製開始以来の研究テーマであるE亜領域の遺伝子とSLE発症との関係に関する研究成果の1つに係るものであって,F1マウスのH-2遺伝子型がヘテロでなくてもE分子が形成されなければ重篤なSLEを発症することを示したものである。
なお,科学研究費申請書(甲46の2)5頁のF1マウスの病態欄に26「?」が記載されているのは,同被告において該当するF1マウスの病態を解析するよう,原告が同被告に指示したことを示すものである。
エ原告は,平成12年夏,被告乙Bが病気療養のため長期休暇中に,丙Eとともに前記イのF1マウスの病態解析を行っていたところ,それまで全く予期していなかった手足の腫脹を伴う関節炎(RA)が,NZB.GD雌マウスとH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス数匹に発症していることを発見した。
原告は,同年8月,これらのF1マウスを自ら解剖し,上下肢のRAの所見を得た。
RAを発症したF1マウスのH-2遺伝子型はb/g2ヘテロ及びb/dヘテロであったので,原告は,H-2コンジェニックマウス系においても,H-2遺伝子型がb/g2ヘテロ又はb/dヘテロであるもの(1組のH-2遺伝子の一方に片親由来のb型の遺伝子を有するもの)については,本来SLEを発症するマウス系にRAの発症を誘導できるのではないかと考えた。
さらに,原告は,SLEの発症の場合とは異なって,E分子がRAの発症に何ら影響を与えない可能性についても思い至った。
原告は,その後2年間にわたって,H-2遺伝子がb型のNZW雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配させて多数の実験マウスを作製し,RA発症の頻度を解析したが(解析の実務は,大学院生の丙G[以下「丙G」という。]に,学位を取得させるために行わせた。甲62),RAの発症率は1割未満程度にすぎず,RAモデルマウスとしては不適切であった。この交配実験については同被告は何ら関与しておらず,その後に作成された図(甲73の1)も,原告の指示に基づいて丙Gが作成したものである。
(4)本件各マウスの発見等27ア平成13年末ころ,前記(1)のとおり,NZB.GDrマウス系が樹立され,E分子の影響を解析することができるようになった。
BXSBマウスにおいて雄に強いSLEが発症するのは,雄の性染色体であるY染色体上のYaa遺伝子の影響であることが周知となっているから,Yaa遺伝子とH-2遺伝子型との相互作用を解析する場合には,BXSB雄マウスとの交配を行ってF1マウスを作製するのが通常である。
しかし,原告らが樹立したNZB.GDマウス系及びNZB.GDrマウス系は,繁殖力が弱く,NZB.GD雌マウス又はNZB.GDr雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したのでは,得られるF1マウスが少なくなることが予想された。
そこで,原告は,BXSBマウスのSLEの病態に対するE亜領域の遺伝子の役割を,Yaa遺伝子との関係も考慮した上で明らかにすべく,被告乙Bに対し,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス及びNZB.GDr雄マウスとを交配してF1マウスを作製するよう命じた。
BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス及びNZB.GDr雄マウスとを交配してF1マウスを作製し,病態観察を行った場合には,BXSB雄マウスを使用して交配する場合と異なって,Yaa遺伝子の影響を受けない,H-2遺伝子型の影響を単独で解析できることになる。また,かかる交配を行うことにより,昭和54年のマーフィーの論文発表(甲54の1)当時には不明であった,E分子の役割を解明することができる。
なお,同被告が原告の命令に応じて作製したF1マウスの台帳(甲49)の表紙には,「(BXSB×NZB.GD/d)F1&(NZB.GD/d×BXSB)F1と記載されており,この台帳自体にBXSB雌マウスを使用した交配によるF1マウスとBXSB雄マウスを使用した交配によるF1マウスの双方が記載されているが,上記表題及びその内容は,同被告のマウスの作製が原告の指示に基づくことを示すものである。
28イ原告は,前記(3)エで得たA亜領域の遺伝子型がb/dヘテロである場合にRAを誘発する可能性について,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス等とを交配してF1マウスを作製する実験においても確認する必要があると考えていた。
そこで,原告は,平成15年3月ころ,被告乙Bに対し,前記アのとおりBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス及びNZB.GDr雄マウスとを交配したF1マウスを病態観察するよう指示した。
ウ被告乙Bは,前記ア及びイのF1マウスの病態観察を行い,かかるF1マウスの雄(本件マウス@ないしB)にRAが発症していることを発見し,前記イの指示から約1時間後に原告にこの旨を報告した。
原告は,同年5月7日,RAを発症したマウスの家系図を作成し,H-2遺伝子の型とSLE又はRAの発症の有無との関係の解析を行うとともに,同被告に,マウスの血液中の抗DNA抗体価,抗クロマチン抗体価及びリウマチ因子の測定を行わせた。
これらの研究の結果,原告は本件各マウスに係る研究成果を得た。
エ前記ウのとおり,F1雄マウスのみがRAを発症したが,ヒトにおいては女性にリウマチが多いので,原告は,かかるマウスのRAがヒトのリウマチのモデルになるものなのか,それともヒトのリウマチとは異なる関節炎のモデルなのか,詳細に解析する必要があると考えた。また,原告は,BXSB雄マウスを使用して交配を行うと,得られたF1雄マウスにはRAが発症しないが,その原因が何かを解明する必要があると考えた。
さらに,原告は,昭和54年のマーフィーの実験では,BXSB雌マウスを使用して交配が行われているが,同人の論文では得られたF1マウスに関してRAの発症が報告されていないことから,国際的な観点から,市販のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウスを作製してRAの発症の有無を確認する必要があると考え,被告乙Bに対し,かか29る市販のマウスを使用した交配を指示した。
しかし,同被告は,市販のマウスを使用した交配を行ったものの,原告に実験結果を報告せず,研究資料及び材料を返却しなかった。
(5)原告の主張のまとめ@NZWマウス及びNZBマウスのH-2コンジェニックマウスの作製,とりわけNZB.GDマウス及びNZB.GDrマウスの作製,ANZWマウス及びNZBマウスのコンジェニックマウスとBXSBマウスとの交配及び交配によって作製されたF1マウスの病態解析は,いずれも原告が被告乙Bが本件講座の助手として研究に参加する以前から継続して行ってきた一連の研究の基盤となる研究成果である。また,BH-2遺伝子型がbホモのNZWマウスとNZB.GDマウスとを交配したF1マウスがRAを発症することは,被告乙Bが病気休暇中に原告が得た発見(研究成果)である。
原告は,上記@ないしBの研究成果をもとに本件各マウスに係る研究成果を得たものであるから,本件各マウスに係る研究成果はいずれも原告に帰属し,同被告に帰属するものではない。
(6)被告らの主張についてア被告乙Bにおいて自己免疫疾患に関する研究活動を行ってきたこと(後記〔被告らの主張〕(1))について被告乙Bは,原告から独立した研究者ではない。
原告は,被告乙Bが平成2年ころに順天堂大学眼科学教室に来て以来,学位の取得に関する指導を含め,同被告に対する指導を行ってきた。丙A前教授も,同被告に実験テーマ及び実験動物を与えたことはなく,原告を責任者とする研究グループに同被告を実務担当者として参加させていたに止まる。
同被告が本件講座の助手になって以降,被告乙Aが本件講座の教授となるまでの間の被告乙Bの研究業績は,いずれも丙A前教授及び原告の研究30業績に包含されるものであり,被告乙Bの日本免疫学会における研究発表も丙A前教授及び原告の指導に基づくものであった。原告は,被告乙Bが研究の実務の一部を負担しただけでも,同被告を研究論文の共著執筆者としてきた。
被告乙Bの学位論文の内容も,原告が同被告の学位を取得させるために,原告の立案に基づいて実験実務を行わせたものにすぎず,原告が論文の文章作成を行った。
被告乙Bは本件各マウスに係る研究について知的創造活動を行っておらず,研究に使用するコンジェニックマウスの飼育及び維持に従事していた(研究実務者)にすぎない。
ところが,被告乙Aが本件講座の教授に就任して以来,被告乙Bは,突然,原告が本件各マウスに係る研究の指導者であることを認識しながら,原告に無断で,本来部外者である被告乙Aを責任者として本件各研究発表を行ったものである。
なお,被告乙Bは,原告の許可を受けて実験用マウスを購入するなど,自ら原告を指導者と認めている。
イ本件各マウスに係る研究がいずれも被告乙Bが申請及び獲得した日本学術振興会の科学研究費補助金(以下「科研費」という。)の研究に含まれていること(後記〔被告らの主張〕(3))について本件各マウスに係る研究成果は,本件講座の丙A前教授及び原告が研究費を獲得し,必要な経費をまかなってきた結果,初めてなし得たものである。被告乙Bは,研究代表者となって研究費を獲得してきたことはないし,原告の承認を得て,原告が研究代表者として獲得してきた研究費を使用して,実験用マウスを購入してきた。
同被告が平成15年度及び平成16年度に受けた科研費に係る研究テーマは,原告が平成12年度及び平成13年度に受けた研究費を使用して行31った研究の結果,未処理の課題として残ったものを同被告において引き継いだものであり,この研究テーマに係る同被告の研究も,原告のアイデアと指導に基づくものである。
なお,本件各マウスは,いずれも平成14年に誕生したものであって,同被告が平成15年から平成16年にかけて文部科学省から授与された研究費に基づいて作製されたものではない。
研究費を獲得していない研究者が,他人が獲得した研究費を使用して,当該他人に無断で独自の研究を行うことは,文部科学省の研究費使用規定に反する,本来あってはならない違法行為である。
ウ本件各マウスの作製に係る研究成果獲得の経緯(後記〔被告らの主張〕(4)について)(ア)家系図(甲8)記載の394番のNZBマウスによる交配F1マウスは平成14年7月に生まれたので,生後5か月でRAを発症するとすれば,同年12月にはこのF1マウスはRAを発症しているはずである。
ところが,被告乙Bは,平成15年3月にこのF1マウスのRAの発症を確認したとしている。同被告は原告から病態観察を指示された同月ころまで,このF1マウスのRA発症に気付かなかったものである。この事実は,同被告が本件各マウスに係る研究成果を得ていないことを示すものである。
なお,同被告は,RAの発症を最初に確認したのは平成15年1月であると,これを同年3月に確認した旨の従前の主張を
変更するなどしているが,これはつじつま合わせのためであり,同被告の主張が虚偽であることを示すものである。
(イ)BXSB雌マウスと市販のNZB雄マウスとの交配は,当該交配によって得られるF1マウスにRAの発症がないことを確認するため,原告がした指示に基づくものであって,被告乙Bが独自に得た着想に基づ32くものではない。同被告は,平成15年5月7日,原告の上記指示に基づき,原告の承認を受けて市販のNZB雄マウスを注文した。なお,米国のマーフィー博士及びロス博士は,昭和54年(1979年)に既にBXSBマウスとNZBマウスを交配してF1マウスを作製しているが,このF1マウスにRAの発症が見られたとの報告はない。
上記マーフィー博士らによって,昭和54年に既に,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配した雄及び雌のF1マウス,NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配した雄及び雌のF1マウスの病態解析について論文発表がされており,BXSBマウスのY染色体上のYaa遺伝子がSLEを促進していることが報告されている。したがって,同被告が発見する前にBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウスの作製,解析につき報告がなかったとの事実はない。
(ウ)原告は,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスのSLEの発症に,NZB雌マウス由来のd型のH-2遺伝子とNZW雄マウス由来のz型のH-2遺伝子により,同F1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロになること(d/zヘテロ接合体)が必要である旨の命題を定立してはいない。原告の命題との抵触を避けるために被告乙Bが別個の研究を行った事実はない。
また,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスのSLE発症にH-2遺伝子がd/zヘテロ型になることが必要であることと,E分子が形成されない(欠損する)場合に重篤なSLEを発症することは矛盾するものではない。
なお,原告は,H-2遺伝子がd/zヘテロ型になることがSLE発症に必要であることが,H-2遺伝子のクラスU遺伝子であるA亜領域の遺伝子に由来するものなのか,E亜領域の遺伝子に由来するものなのかを解析する研究を行っていたが,NZB.GDマウス系を樹立するこ33とにより,A亜領域の遺伝子がd/zヘテロ型になることに由来し,E分子はむしろSLEの病態を抑制する可能性があることを解明した。この研究成果は,原告が平成6年に発表した論文において開示されている。
原告は,このほかにも,E分子がSLEの発症を抑制することを頻回に発表している。
そして,原告は,同被告の論文発表を拒絶したことはないし,同被告が真に研究責任者であるならば,原告の意向とは無関係に研究をしたり,自由に論文発表したりできるはずであって,誰も同被告に対して論文発表を止めるよう指示することができるわけがない。
(エ)原告が被告乙Bに対し,同被告が独自に研究を行い得る研究素材として82番及び84番のNZB.GDマウス等のマウスを与えた事実はない。
原告は,同被告に対し,マウスの作製及び維持を命じたにすぎない。
仮に同被告が自らの研究のために上記2匹のマウスからNZB.GDマウスを繁殖させるのであれば,従来のマウス台帳とは別にマウス台帳を作成するのが当然であるが,同被告は従前のマウス台帳の続きに記録しており,これは同被告の独自の研究ではなかったことを示すものである。
(オ)原告は,BXSBマウスを使用して解析を行うことを目的としてマウスの交配を行っていたから,F1マウスのうち雄マウスを殺処分することを指示した事実はない。
被告乙Bは,原告の指示がなかったにもかかわらず,乙第7号証34頁に虚偽の指示を記載しているし,かかる記載をした時期につき極めて作為的かつ不自然な主張をするなどしており,原告の上記指示に関する同被告の主張等は虚偽である。
(カ)被告らは,335番ないし349番のマウスは被告乙Bが作製した34ものではないと認めているが,そもそもかかるマウスは原告自身が維持管理を行い,台帳に記載し,H-2遺伝子型を決定したマウスであって,このうち342番のマウスの子孫となった362番のマウスが,H-2遺伝子領域内に遺伝子組換えが起こった重要なマウス(NZB.GDrマウス)である。本件各マウスの親であるNZB.GDマウス及びNZB.GDrマウスは,被告乙Bが上記のとおり作製していない事実を認めているマウスの子孫であって,原告が維持管理を行った上記マウスがなければ,存在し得なかったものである。
(キ)平成11年に丙A前教授とともに順天堂大学に対してした研究費の申請は,原告の研究に関するものであって,被告乙Bの研究に関するものではない。同申請に係る申請書は原告が作成し,その文書ファイルは原告のパソコン内に保存されている。また,従前から,同被告のために原告が研究費の申請を行っていた。
平成14年10月ころにされた科学研究費の申請についても同様である。
(ク)本件講座における研究報告会は,原告ら研究指導者が被告乙Bら研究実務者の担当している研究の進捗状況を把握するために定例として行われていたものであって,同被告の研究発表も,原告が同被告を指導して行わせる予定の研究計画を本件講座の構成員全員に紹介し,かつ同被告が研究内容を正しく理解しているか否かを確認するために,原告が同被告に指示して行わせていたものである。
したがって,同被告が本件講座の研究報告会で研究発表を行ったからといって,同被告が発表した研究成果を獲得したことを示すものではない。
なお,同被告が本件講座の研究報告会で本件各マウスに係る研究計画を発表したとされる平成13年11月14日よりも前に,原告は同年935月26日の研究費申請書(甲57の3)において,これらのマウスについて研究立案を記載していた。
(ケ)平成15年5月6日に本件講座の説明会で研究成果につき説明を行ったのも,説明用のパワーポイントのスライドを作成したのも原告であって,被告乙Bではない。被告らが提出するスライド(乙46の1ないし3)も,原告の指示に基づいて同被告が作成したものである。
なお,原告は,その後,上記の説明用スライドの一部を改変して資料(甲30)を作成し,さらに改変部分を原状に復してスライドのファイルを保存し直したので,スライドのファイルの作成日が平成15年5月13日に変更された。
エ被告乙Bが研究成果を記録したオリジナルデータを保管していること(後記〔被告らの主張〕(5))について被告乙Bが本件各マウスに係る研究データを保持しているとしても,それは同被告が原告の研究に参加し,原告の指示に基づいて研究実務を行っていたことによる当然の結果であり,そのことによって本件各マウスに係る研究成果が同被告に帰属することになるものではない。また,被告乙Bは,原告の長年にわたる指導に対して感謝の気持ちを述べたとともに,原告の求めに応じて,自らが保管すべきでない研究資料を原告に返還しているのであって,これは本件各マウスに係る研究成果が同被告に帰属しないことを示すものである。
(7)発明者前記(1)ないし(5)のとおり,原告が本件各マウスの作製に係る物の発明ないし物を生産する方法を発明したものであり,被告乙Bはかかる発明をしなかった。
〔被告らの主張〕以下のとおり,被告乙Bは原告の研究とは独自に本件各マウスに係る研究成36果を得たものであり,原告は同研究成果を得ていない。
(1)被告乙Bにおいて自己免疫疾患に関する研究活動を行ってきたこと被告乙Bは,平成4年以降は本件講座の協力研究員として,平成9年以降は本件講座の助手として,独自の着想を基に自己免疫疾患に関する研究活動を行ってきた研究者であり,既に多数の論文を発表してきた。自己免疫疾患の研究の分野でも,第1執筆者となって研究論文を発表したことがある。
(2)原告から研究データの提供を受けたことがないこと被告乙Bは,平成9年1月に本件講座の助手に就任した当時,当時の丙A前教授から,「(NZB×NZW)F1マウス自己免疫疾患(SLE)におけるMHC(H-2)の役割の解明」との研究テーマを与えられ,また本件講座から,NZB.GDマウスを研究の素材として供与されて,以後この研究テーマに沿って研究を行ってきた。
なお,同被告は,学位論文作成の際,原告の助力を得たが,原告から実験データの提供を受けたことはなかった。
同被告は,NZWマウス,NZBマウス及びNZBマウスとNZWマウスとを交配したF1マウスの各コンジェニックマウスを作製するとともに,これらのコンジェニックマウスとBXSBマウスとを交配してF1マウスを作製し,自分の研究を行ってきた。
(3)本件各マウスがいずれも被告乙Bが申請及び獲得した科研費の研究に含まれていること被告乙Bは,平成14年秋,文部科学省に対し,「自己免疫抑制MHC領域の同定と抑制性CD8T細胞の機能解析」との研究テーマで,同被告が研究代表者となって科研費の申請を行い,文部科学省から,平成15年度に160万円の,平成16年度に150万円の予算をそれぞれ獲得したが,同研究テーマに係る研究自体は,平成14年5月ころから既に開始していた。
この研究テーマは,SLE発症に対してH-2遺伝子中のE亜領域の遺伝37子が果たす関与について,種々の異なるH-2遺伝子型を有するマウスを作製して確認することを目的とするものであったが,同被告が提出した平成15年度及び平成16年度の科研費申請書にも本件各マウスに当たるマウスについて記載がされている。
他方,本件各マウスは,平成15年度の科研費報告書(甲19)においても,原告が科学技術振興事業団との間でした契約に基づく特許願及び明細書に係る丙H弁理士(以下「丙H弁理士」という。)の草稿(以下「丙H草稿」という。甲11)においても,明確に記述されていない。
(4)本件各マウスの作製に係る研究成果獲得の経緯アそもそも,本件講座においては,丙A前教授が教授に就任して以来,丙A前教授が米国留学から帰国した時に持ち帰ってきた研究テーマである,NZBマウスとNZWマウスとを交配したF1マウスのSLEの発症に対する遺伝的素因等の解明が継続して追求されてきた。
原告自身も,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()を使用して研究を行い,同F1マウスのSLEの発症に(NZB×NZW)F1は,NZB雌マウス由来のd型のH-2遺伝子とNZW雄マウス由来のz型のH-2遺伝子により,同F1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロ(d/zヘテロ接合体)になることが必要である旨の命題を研究発表していた。
被告乙Bも,平成9年1月に本件講座の助手に就任した当時,丙A前教授から,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスのSLE発症におけるMHC遺伝子(H-2遺伝子)の役割の解明という広い範囲の研究テーマを与えられ,同被告はこの研究テーマについて研究を開始した。
その後,同被告は,平成10年ないし11年ころ,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配した数種類のH-2コンジェニックF1マウスの実38験データを比較することにより,かかるF1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロでなくても,E亜領域の遺伝子が発現せず,E分子が形成されなければ(欠損すれば)重篤なSLEを発症するという,原告の上記研究発表の内容と矛盾する研究結果を見出した。
ところが,同被告は,原告ら本件講座の構成員から,過去の業績を覆す報告を同一の研究室から出すことはできないなどと論文発表に対して反対されたため,上記研究結果を論文発表することを断念した。
その後,同被告は,NZB系雌マウスとNZW系雄マウスとを交配したコンジェニックF1マウスを使用して研究を続行する一方で,原告が定立した命題との抵触を避けるべく,NewZealandマウス系以外のマウスを片方の親に使用して実験を行い,E亜領域の遺伝子の発現がない場合に重篤なSLEを発症することを証明できれば,論文発表ができるのではないかと考えた。
なお,当時,BXSB雄マウスは,雄の性染色体であるY染色体上のYaa遺伝子(変異修飾遺伝子)の作用によって,早期に重篤なSLEを発症するが,BXSB雌マウスが発症するSLEの程度は軽度であること,他のマウス系の雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウスもSLEなどの自己免疫疾患を発症することがいずれも報告されていたが,BXSB雌マウスとNZB系雄マウスとを交配してF1マウスを作製することは報告されていなかった。そして,BXSB雌マウスは当時既に市販されており,一度に大量に入手することが容易であった。
そこで,同被告は,平成11年8月上旬ころから,原告らとは別個独立した観点から,NewZealandマウス系ではないBXSB雌マウス(H-2遺伝子はb型である。)とNZB.GD雄マウス(H-2遺伝子はd/g2型である。)とを交配したF1マウス(H-2遺伝子型がb/g2ヘテロの雌マウス及び同遺伝子型がb/dヘテロの雌マウス)とを39使用して,実験及び解析を行い,SLE発症に対するMHC遺伝子(H-2遺伝子),とりわけE分子の関与の研究を行ってきた。
なお,同被告は,平成11年度及び12年度に,丙A前教授とともに,順天堂大学から,研究課題「クラスUE分子の自己免疫疾患抑制機構の解析」について研究費の交付を受けたが(甲59),この研究課題における同被告の研究分担課題は「コンジェニックマウスを利用した自己免疫疾患に対するE分子の役割とその作用機構の解析研究」であった。
イそもそも,ヒトにおいては女性に自己免疫疾患が多くみられるため,本件講座でも,伝統的に雄マウスは観察対象から除外され,原告も,BXSB雄マウス及びBXSBマウスに関連する雄マウスを除いては,主として雌マウスに注目して研究を行っており,平成14年12月ころにも,被告乙Bに対し,雄マウスを全部処分するよう指示していた。
しかし,同被告は,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウスのSLE発症に性差が影響するか否かを判断するために,原告の指示に反して,同一の系のマウスの雄も一定数残し,実験及び解析を行っていた。
同被告は,この実験及び解析の結果,本件マウス@ないしBの発見に至ったもので,雄マウスも対象とする点で,原告の研究とは,研究対象を異にする。
ウ被告乙Bは,市販のBXSB雌マウスとNZB.GD(H-2)雄d/g2マウスとを交配し,平成11年8月1日及び同月3日に,F1マウスを誕生させ,その結果,H-2遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雌マウス(本件マウスCに当たる。)9匹及びH-2遺伝子型がb/dヘテロのF1雌マウス(本件マウスE-1に当たる。)6匹を得た。同被告は,これらのマウスに定期的に採血及び採尿を行った。
すると,同年11月,上記のH-2遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雌40マウス(9匹)について,3か月齢でうち2匹に,5か月齢でうち7匹にループス腎炎の指標である蛋白尿がそれぞれ見られ,さらに6か月齢で,うち8匹に蛋白尿が見られ,かつうち3匹が死亡した。しかし,上記のH-2遺伝子型がb/dヘテロのF1雌マウスは,6か月齢の時点でも全く蛋白尿が見られなかった。このとおり,同被告は,前者の雌マウスにおいては,当時までに報告されたSLEモデルマウスよりも早期に蛋白尿が出現し,早期に死亡するが,後者の雌マウスにおいては,蛋白尿が発現しないことを発見した。
ところが,同被告は,平成12年2月ころに乳癌の診断を受け,その後治療のために病気療養することとなり,実験を半年間中断せざるを得なかった。しかし,同被告は,入院前に,原告に対し,それまで進行していたマウスの定期的な採血及び採尿を続けてくれるよう依頼し,かつ上記のH-2遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雌マウスは早期に蛋白尿を発現するので注意するよう注意喚起を促して,病気療養に入った。同被告が原告に対して上記依頼をした当時,原告はBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1マウス系の存在すら知らなかった。
エ被告乙Bは,平成12年9月ころ,病気療養を終えて本件講座に復帰したが,平成13年1月,実験のために繁殖を維持していたNZB.GD(H-2)マウスのH-2遺伝子型を判定していたところ,偶然,個d/g2体番号362番のマウスのH-2遺伝子に,E亜領域の遺伝子型がdホモ(NZBマウス(H-2遺伝子型はdホモ。)のE亜領域の遺伝子型と同一である。)となり,D亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ(NZB.GD(H-2)マウスのD亜領域の遺伝子型と同一である。)となる遺伝d/g2子組換えが起きていることを発見した。
その後,同被告は,この遺伝子組換えマウスに自己の英語による氏名「D●●●●●●Z●●●●」のイニシャルである「DZ」で始まる専41用の個体番号を付することとし,以後,同マウスとNZBマウスとを交配し,その子孫を繁殖させるとともに,H-2遺伝子の型判定等を行って,ホモ型のリコンビナントマウス系を樹立し,かつ樹立されたマウス系をNZB.GDrと名付けた。
オ被告乙Bは,平成14年5月ころ,平成15年度の科研費を受けた研究として,性差による違いも含めて,SLE発症に対するE亜領域の遺伝子の関与の有無を,H-2遺伝子型が異なる種々のマウス系を作製して観察することにより確認すべく,BXSB雌マウスとNZB雄マウスを交配したほかに,BXSB雌マウスとNZB.GD(H-2)雄マウス,NZg2B.GD(H-2)雄マウス,NZB.GDr(H-2)雄マウd/g2 g2rス及びNZB.GDr(H-2)雄マウスとを交配して,H-2遺d/g2r伝子型の異なるF1マウスを作製した。
同被告は,このようにして作製したF1マウスの雌マウスだけでなく雄マウスについても,2か月齢以降から,1か月に1回採血を行い,また1か月に2回採尿を行ったほか,これらの採血及び採尿の際に皮膚,リンパ節及び関節等の状態を観察した。
同被告が病態解析を行った結果,次の(ア)ないし(カ)の順でSLEの重篤度が小さくなること,並びにSLEの発症とEa亜領域の遺伝子型及び性差との間には強い関連性があることを発見し,かつSLEとRAとの間には逆相関の関係があることの示唆を得た。
(ア)BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス(H-2遺伝子型がg2ホモのものとd/g2ヘテロのものの双方がある。)とを交配したF1(BXSB×NZ 雌マウスのうちH-2遺伝子型がb/g2ヘテロのもの(及び 。本件マウスB.GD)F1(H-2)♀(BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♀b/g2 d/g2 b/g2C。)(イ)BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウス(H-2遺伝子型がg422rホモのものとd/g2rヘテロのものの双方がある。)とを交配し(B たF1雌マウスのうちH-2遺伝子型がb/g2rヘテロのもの(及び 。
XSB×NZB.GDr)F1(H-2)♀(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♀b/g2r d/g2r b/g2r本件マウスD。)(ウ)BXSB雌マウスとNZB.GD(H-2)雄マウス又はNZd/g2B.GDr(H-2)雄マウスとを交配した各F1雌マウスのうd/g2r(BXSB×NZB.GD(H-2))F1 ちH-2遺伝子型がb/dヘテロのもの(d/g2又は 。本件マウスE。) (H-2 )♀(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2 )♀b/d d/g2r b/d(エ)BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス(H-2遺伝子型がg2ホモのものとd/g2ヘテロのものの双方がある。)とを交配したF1(BXSB×NZ 雄マウスのうちH-2遺伝子型がb/g2ヘテロのもの(及び 。本件マウスB.GD)F1(H-2)♂(BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♂b/g2 d/g2 b/g2@。)(オ)BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウス(H-2遺伝子型がg2rホモのものとd/g2rヘテロのものの双方がある。)とを交配し(B たF1雄マウスのうちH-2遺伝子型がb/g2rヘテロのもの(及び 。
XSB×NZB.GDr)F1(H-2)♂(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂b/g2r d/g2r b/g2r本件マウスA。)(カ)BXSB雌マウスとNZB.GD(H-2)雄マウス又はNZd/g2B.GDr(H-2)雄マウスとを交配した各F1雄マウスのうd/g2r(BXSB×NZB.GD(H-2))F1 ちH-2遺伝子型がb/dヘテロのもの(d/g2又は 。本件マウスB。) (H-2 )♂(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2 )♂b/d d/g2r b/dカ被告乙Bは,平成14年9月18日に本件講座内部の研究報告会で前記オのマウスに係る研究結果の一部を発表し,同年10月ころ「自己免疫抑制MHC領域の同定と抑制性CD8T細胞の機能解析」という研究課題で科学研究費の交付申請を行い,平成15年度及び16年度に科学研究費の43交付を受けた。
キ被告乙Bは,平成15年1月ころ,前記オのとおり作製したF1マウスのうち5か月齢の雄マウス数匹に関節の発赤,腫脹が見られることを発見し,さらに同年2月ころ,作製したF1マウスのうち6か月齢の一部の雄マウスに関節の強直,変形が見られることを発見し,同年3月ころに本件講座の丙I等とマウスのRAの発症を確認した。さらに,同被告は,その後,前記オのF1マウスにおいて,雄マウスのみがRAを発症することを発見し,7か月齢での発症率を算出したところ,本件マウスB(前記オ(カ))で約90パーセント,本件マウスA(前記オ(オ))のマウスで約80パーセント,本件マウス@(前記オ(エ))で約11パーセント,本件マウスCないしE(前記オ(ア)ないし(ウ))で0パーセントであった。
ク被告乙Bは,平成15年3月,前記オ(オ)及び(カ)のF1雄マウスの父親である雄マウスがいずれもNZB.GDr(H-2)であり,こd/g2rのH-2遺伝子型のうち片親由来の「d」型が市販されているNZBマウス(H-2遺伝子型がdである。)に由来することに気が付いた。そこで,同被告は,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウス又はNZB.GDr雄マウスを交配する代わりに,市販のBXSB雌マウス(H-2遺伝子型はbホモである。)とNZB雄マウス(H-2遺伝子型はdホモである。)とを交配してF1マウスを作製することによっても,H-2遺伝子型がb/dヘテロのRA自然発症F1マウスを作製できると確信した。
同被告は,直ちに自己の確信を立証すべく,市販のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配してF1マウスを作製し(同年4月15日誕生),それからこのF1マウスの病態を観察していたところ,5か月齢でRAの発症を確認できた。
ケ被告乙Bが,このF1マウス作製と相前後して,平成15年4月ころ,原告に対し,本件マウスB(前記オ(カ))にRAの発症が見られることを44打ち明けたところ,原告は,雄マウスを殺処分していなかったのかと驚いたが,RAを発症するモデル動物は少ないので,原告は本件マウスBの作製に係る発明を特許化することに興味を示した。
さらにその後,同被告は,原告に対し,市販のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配することによってもH-2遺伝子型がb/dヘテロのRA発症F1マウスを簡単に作製できるのではないかとの予想を示し,原告との間で,この予想が正しい場合には,このF1マウスの作製に係る発明を特許化しようと協議した。
本件講座では,平成15年5月6日午後,科学技術事業団特許出願担当者の丙Jが同席して,RA発症F1モデルマウスの作製に係る発明の特許化について説明会が行われた。原告はこの説明会で司会を行い,丙Jが特許化についての説明を行った後で,同被告がRA発症(BXSB×NZB)F1系雄モデルマウスについて発表した。この説明会の際,原告が丙Jに対して発明者及び特許出願申請者等について質問したところ,丙Jが発見者本人が発明者になること,発見者本人の許可があれば上司などの関係者もともに共同発明者となり得ることを回答したので,原告は,参集した一同の前で,同被告が発見者で,原告が責任者であり,原告及び同被告が共同発明者として特許出願申請を行い,原告が申請書を作成する旨を宣言した。この際,同被告は,原告が自己の上司であり,かつ自己の日本語の表現能力が不十分であることにかんがみ,原告らに対し,特許出願申請のためのデータの提供,原告を共同発明者として申請すること,原告において特許出願申請書を作成することを了承した。
そして,同被告は,同日,原告に対し,特許出願のための明細書草稿(甲11)の図1及び図3に相当する図表を手渡した(ただし,後に原告が同図1に矢印を書き込んだ。)。
同被告は,同月7日,原告の求めに応じ,特許出願申請書の作成に役立45てる目的で,原告に対し,既に作成していたマウス台帳の記録を基に,本件マウス@ないしB(前記オ(エ)ないし(カ))の作製に至るマウスの遺伝関係を説明したが,本件マウスCないしE(前記オ(ア)ないし(ウ))の作製に至るマウスの遺伝関係や,本件マウス@ないしEにおけるSLE発症の有無については説明しなかった。原告は,この説明の際,同被告の説明に基づいて本件マウス@ないしBに至る家系図(甲8)を作成し,RAの発症について記載した。したがって,同家系図は,原告が同被告の説明に従って作成したものにすぎず,本件マウス@ないしEの作製に係る研究成果ないし発明が原告に帰属することを示すものではない。
さらに,同被告は,同月下旬,原告に対し,特許出願の準備に資するため,血中リウマチ因子分析結果表(甲9),血清中抗DNA抗体価測定結果の図(甲43),血清中抗クロマチン抗体価測定結果図(甲44),関節リウマチの累積自然発症率及び蛋白尿の累積自然発症率に係る実験データを提供した。
なお,原告は,その後,同被告に対し,自分1人のみが発明者となって特許出願申請をする旨を告げたので,同被告は直ちに原告に抗議するとともに,順天堂大学医学部長に善処を求めるなどした。また,同被告は,丙H草稿の内容が同被告の発明とは異なるものであったので,平成15年11月11日,原告に対し,申請書の内容を変更することなどを求めた。その後,同大学の知的財産担当客員教授が,同被告の要求を容れて特許出願申請をし直す件について調整を行ったが,原告は自主的に特許出願申請を取り下げた。
(5)被告乙Bが研究成果を記録したオリジナルデータを保管していること被告乙Bは,個体番号362番のマウス及びその子孫のマウスについて,自らマウス台帳並びにH-2遺伝子型の判定日時及び使用された抗体などが記入されたFACS台帳を作成したとともに,オリジナルデータを保存した46データメディアを保管している。
(6)原告の主張についてアNZB.GDrマウスの発見(前記〔原告の主張〕(1))についてNZB.GDrマウスは,被告乙BがEa及びD亜領域の遺伝子型を解析する中で発見したものであって,NZB.GDrマウス系の樹立がEa及びD亜領域の遺伝子型の解析に先行するものではない。NZB.GDrマウスは遺伝子型の解析を行わなければ発見できない性質のものである。
仮に,原告が平成6年当時からNZB.GDrマウス系の樹立が不可欠であると考えていたのであれば,当時の科学研究費の申請書に記載されていて当然であるが,当時の申請書にも,同年に発表された論文にも何らかかる樹立について言及されていない。
また,被告乙BがNZB.GDrマウス系の樹立について発表したのは,平成13年6月27日の本件講座の研究発表会においてであった。
さらに,1000匹に7匹の割合程度の確率で遺伝子組換えが起きるのであれば,同被告が入院している間にも遺伝子組換えが起きている可能性があるのであって,原告が自ら発見しようとせず,同被告が退院してからおもむろに遺伝子判定を指示するというのは不自然である。
なお,NZB.GDrマウス系が樹立されているか否かは,TNFa亜領域の遺伝子型解析を行わなくても,他の亜領域の遺伝子型を解析することで確認し得るものである。
イ平成9年ころ以降の原告の発見等(前記〔原告の主張〕(3)イ)について(ア)A亜領域の遺伝子型がdホモの場合でも,E分子が形成されない(欠損する)場合には高度のSLEを発症すること,E分子が形成されない場合においては,A亜領域の遺伝子型がdホモのときよりもd/bヘテロのときの方がより高度のSLEを発症すること及びA亜領域の遺47伝子型がd/bヘテロの場合,E分子が形成されることによりSLEの病態が高度に抑制される(軽度になる)ことを見出したのは被告乙Bであって原告ではない。同被告は,平成11年12月2日の第29回日本免疫学会において,既にこれらと同趣旨の内容につき研究発表を行っている(甲47の2)。
(イ)別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の各F1マウスに係る研究成果(甲20の3)は,被告乙Bの研究成果である。
同一覧表記載の各F1マウスを作製したのは同被告であって,同被告がそれぞれ,平成9年末に同一覧表記載1ないし5番の,平成11年8月上旬に同一覧表記載6番及び7番のF1マウスの作製を完成させた。
平成11年8月にされたBXSB雌マウスを使用した交配は,同被告の研究に基礎を置くものであり,同被告が入院中であったために,たまたま原告が第1発見者になったにすぎないものである。
なお,このときにされた交配においては,BXSB雄マウスを使用した交配は行われておらず,BXSBマウスの雄及び雌を並行して使用したことも,原告からかかる並行使用を指示されたこともなかった。
同被告がBXSB雄マウスを使用して交配を行ったのは,平成14年10月以降に,本件各マウスの対照群としてF1マウスを作製したときのことである。
(ウ)平成14年3月に提出した科学研究費研究成果報告書(甲17の2)及び平成14年度科学研究費研究計画調書(甲57)に記載された研究結果はすべて被告乙Bが得たものである。これらの書類は同被告が同年2月5日に本件講座で行った研究発表に基づいて作成されたものであり,またこれらの書類で使用されている表及び図は同被告が原告に対して提供したものである。したがって,これらの書類が存在するからといって,原告がNZB.GDrマウス系に係る研究結果を得たことを裏48付けるわけではない。
ウ別表2「甲46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の各F1マウスの作製(前記〔原告の主張〕(3)ウ)について甲第46号証の2の5頁の表中に記載された「?」は,同書類の作成当時に解析途中であったF1マウスについて,作業が途中であることを示すために記載したものにすぎず,原告から該当するF1マウスを作製するよう指示を受けたことを示すものではない。
なお,平成16年に発表した論文(甲20の3)の草稿を起案したのは被告乙Bであり,原告はこれに修正及び加筆を行ったのみである。
エBXSB雌マウスとの交配指示(前記〔原告の主張〕(4)ア)について本件各マウスは,いずれもBXSB雄マウス由来のYaa遺伝子がないF1マウスであるから,これらのF1マウスの作製がYaa遺伝子との関連も考慮した上でされたという原告の指示に基づかないことは明らかである。
また,被告乙BがBXSB雄マウスを使用して交配を行ったのは,BXSB雌マウスを使用して交配を行ったときよりも相当以前のことである。
BXSB雄マウスと同雌マウスの双方を使用して交配を行うように原告から同時期に指示されたからではない。
オ平成12年のRA発見及び同15年の指示等(前記〔原告の主張〕(4)イ)について平成12年にF1マウスのRAに気付きながら,何も思い浮かばなかったところに,2年半も経ってから突然にBXSBマウスとNZB.GD又はNZB.GDrマウスと交配するとRAを発症するのではないかと着想するのは不自然である。しかも,RAが生じるのが,平成12年当時に発症したとされる雌マウスではなく,雄マウスであると思い至るというのは,極めて不自然である。
49また,BXSBマウス系においては,性染色体(Y染色体)上の変異修飾遺伝子Yaaが作用することによって雄マウスが高度のSLEを発症することが知られており,雌マウスのSLEの病態は軽度である。そのため,通常はBXSB雄マウスを交配に使用するのであって,一気にBXSB雌マウスを使用して交配するという発想が出てくるはずがない。
カ市販のマウスの使用指示(前記〔原告の主張〕(4)エ)について被告乙Bは原告から市販のマウスを使用して交配を行うよう指示された事実はないし,市販のマウスを使用して交配を行ったのは,原告が指示したと主張する平成15年5月7日よりも前のことであり,同年4月15日には市販のマウスによる交配に基づくF1マウスが誕生している。
キ科学研究費報告書(甲19)等について(ア)原告が作成した科学研究費報告書(甲19)中には,A亜領域のd/bヘテロ型の遺伝子(d/bヘテロ接合性classUA分子)が発現することにより,F1マウスの病態がSLEからRAに変換する旨が記載されているが(46頁),かかる変換の事実はない。また,同報告書13頁には,「-H-2d/b型(NZB×NZW)F1はリウマチ関節炎(RA)を発症」との記載があるが,この記載箇所の付近に掲載されているマウスの写真は(NZB×NZW)F1(H-2)マウb/dスのものではなく,被告乙Bが撮影した別のマウスの写真である。これらのことからも,原告が本件各マウスに係る研究を行っていないことを示すものである。
(イ)パワーポイントのスライド(乙21の2)は,被告乙Bが作成し,平成14年9月18日の本件講座の発表会で使用したものであって,ここで表現されている内容は同被告の研究内容である。同被告は,発表後,原告の求めに応じて,科学研究費申請書の下書きの作成の便宜のため,同スライド等の必要な資料を原告に手渡した。
50ク被告乙Bが原告を指導者として認めていること(前記〔原告の主張〕(6)ア)について被告乙Bは,原告が組織上の実務責任者であったことから,原告からマウス購入の際に許可印を受けたにすぎず,原告が指導者であることを認めていたので原告から許可印を受けていたわけではない。
また,同被告が原告の求めに応じてマウス台帳等を引き渡したのは,当初は引き渡しを拒否したものの,学内の関係者から一つの講座内で紛争が続くのは好ましくないとの助言を受け,早期解決の趣旨から行ったものであったにすぎない。
ケRAの発見時期に関する被告らの主張(前記〔原告の主張〕(6)ウ(ア))について被告乙Bは,平成15年1月ころにF1マウスの関節の発赤及び腫脹を認め,次いで同年3月ころにRAを確認した旨を主張しているのであって,同年3月ころにRA発症の発見をしたとは主張していない。そもそも,RAは,最初からいきなり重度の炎症が認められるわけではなく,関節の発赤や腫脹といった初期病変から次第に進行していくものであって,いきなりRAが確認できるというものではない。
なお,マウスのRAの発症には個体差があり,全てのマウスが同一の時期(月齢)に一斉に発症するという性格のものではない。
(7)発明者前記(1)ないし(5)のとおり,被告乙Bが本件各マウスの作製に係る物の発明ないし物を生産する方法の発明をしたものであり,原告はかかる発明をしなかった。
2争点(2)(被告らによる研究発表が原告の研究成果を奪う不法行為となるか否か)について〔原告の主張〕51(1)被告らが本件各マウスの作製に係る研究成果を,原告に無断でかつ原告の氏名を発表者の氏名中に掲げることなく,学会発表した行為(本件各研究発表)は,原告の長年にわたる研究成果を略奪し,原告が研究者としての栄誉及び名声を享受できる機会を喪失させ,原告の研究者としての信用及び名誉を傷付けるもので,原告に対する故意による不法行為である。
なお,原告は,その後の解析によって,H-2遺伝子型以外の遺伝的変異がRA発症に必要不可欠であることを示す実験結果を得たので,この遺伝的変異の本体を明らかにし,1979年に既にされたBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウスの病態に関する報告との相違点を理論的に説明し得る解析結果が得られるまで,安易に研究報告することを差し控えたいと考えていたが,被告らの研究発表によって,原告の研究者としての真摯な姿勢まで台無しになった。
この不法行為による原告の被侵害利益は重大で,被告らの侵害行為の態様も社会的相当性を著しく欠くものである。
このような研究成果の略奪行為は,前代未聞かつ空前絶後のことで,研究者として絶対に行ってはならないことであって,違法性が高い。
とりわけ,被告乙Aは,様々な学会に所属し,指導的立場にあるべき者であるところ,人として,また研究者としてのモラルを著しく逸脱して,本件講座の教授という地位を利用し,原告を本件講座から追い出して助教授のポジションを確保すべく,独立した他の研究者である原告の人権を侵害する研究成果の略奪行為を行ったものであり,これによって学会の正当性が問われるのみならず,我が国の科学研究の将来にも悪影響を及ぼすことになる,反社会的行為と評価すべきものである。
(2)被告らの主張について被告乙Aは,本件各研究発表の責任発表者(ラストオーサー)としてその氏名を連ねているところ,責任発表者は当該研究の最高責任者であることを52意味する。学会発表は長く苦しい研究生活の唯一の代償となる業績発表の場であるから,研究の最高責任者は,研究に従事した者の成果に対する寄与の大小を正確かつ慎重に検討し,当該寄与の順に従って執筆者ないし発表者の氏名の記載の順を決定すべきであり,かように決定するのが学会における健全な慣行である。研究の最高責任者以外の者が,学会発表において責任発表者としてその氏名を連ねる慣行は存しない。
同被告は,本件各マウスに係る研究の最高責任者ではなく,原告が最高責任者であるから,同被告が責任発表者として学会発表においてその氏名を連ねることは,研究成果及びこれに対する栄誉が同被告に帰属するかのような誤認を惹起させる行為であって,学会の健全な慣行に反する許されない行為であって,社会通念上違法である。
〔被告らの主張〕前記1〔被告らの主張〕のとおり,原告が本件各マウスに係る研究成果を得たものではない。被告らは本件各研究発表によって原告の研究成果を略奪したこと等はなく,本件各研究発表は原告に対する不法行為ではない。
被告乙Aは被告乙Bが学会発表することに関し許可権限を有しているわけではなく,同被告がその自由な意思により,学会発表することを決定した。
被告乙Bのような研究者が年1回以上学会発表を行うのは通常の事柄であって,かつ研究者に要求される事柄である。被告乙Aが本件講座の教授に就任した平成15年12月ころは,原告と被告乙Bとの間の特許出願申請の問題が原告の申請取下げにより収束し,被告乙Bにおいて別の特許出願申請が行われており,同被告は,順天堂大学の知的財産担当の客員教授から積極的に学会発表するよう勧められていた。
被告乙Aが本件各研究発表において発表者の氏名中に自己の氏名を連ねているのは,被告乙Bが本件講座の一員であり,被告乙Aが本件講座の責任者であるため,所属講座の責任者として慣例的にしたものにすぎないし,被告乙Aが53抄録のチェックや助言等を行ったことに対して被告乙Bが配慮したからにすぎない。
なお,論文の最終発表者(ラストオーサー)をいかに位置づけるかについて学会において定着した取扱いはなく,これが研究の最高責任者であるとか,研究成果や栄誉の帰属者であるとする前提自体が誤りである。「生医学雑誌への投稿のための統一規定」(甲56)は雑誌への論文の投稿に関するものにすぎず,当然に学会発表に適用されるものではない。
3争点(3)(被告らによる研究発表が原告の特許を受ける権利侵害する不法行為となるか否か)について〔原告の主張〕(1)前記1〔原告の主張〕(7)のとおり,原告が本件各マウスの作製に係る物の発明ないし物を生産する方法の発明をしたものであるところ,被告らが本件各マウスの作製に係る研究成果を学会発表した行為(本件各研究発表)により,上記発明は新規性を欠くこととなり,特許を受ける権利侵害された。
上記発明は,RAを高率で発症する,全く新規のモデルマウスの作製を可能にするばかりでなく,早い月齢からSLEを高率で発症するモデルマウスの作製を可能にし,かつ,H-2遺伝子型の異同によって,いずれも自己免疫疾患に属するRAからSLEまで病態を変化させることができるモデルマウスの作製を世界で初めて可能にするものであって,新規性及び進歩性をいずれも充足するものである。
なお,原告は,その後の解析によって,H-2遺伝子型以外の遺伝的変異がRA発症に必要不可欠であることを示す実験結果を得たので,この遺伝的変異の本体を明らかにできるまで,特許出願を一時停止しようと考えていたが,被告らの研究発表によって,台無しになった。
被告らのかかる行為が違法性が高いのは,前記2〔原告の主張〕(1)と同様である。
54(2)原告が本件各マウスに係る発明につき特許出願を保留したのは,さらに遺伝子解析を行って関節炎発症の機序を明確にしたいとの学問的興味からであったが,被告乙Aが原告に対して本件講座内でハラスメントを行ったこと,被告乙Bが被告乙Aに同調して原告のコンジェニックマウスを原告に返還せず,自らを出願人として同一発明につき特許出願したこと及び順天堂大学自体が被告乙Bの特許出願に加担し,かつ原告の事態改善要求を無視したことにより,被告乙Bらが学会発表を行ってから6か月以内に特許出願をすることは事実上不可能となった。
被告らが,原告の研究成果を奪い,新規性喪失の例外の機会まで奪っておきながら,原告の特許を受ける権利を否定するのは,信義則に反し許されない。
〔被告らの主張〕前記1〔被告らの主張〕(7)のとおり,被告乙Bが本件各マウスの作製に係る物の発明ないし物を生産する方法の発明をしたものであり,原告はかかる発明をしていない。
なお,本件各マウスは,疾患モデル動物としての価値が小さく,その作製に係る発明は特許を受け得る発明に該当しない。すなわち,本件マウス@は,SLE及びRAの発症率が低く,疾患モデル動物としては不適当である。本件マウスA及びBは,父親のNZB.GDr(H-2)雄マウスの繁殖力がd/g2r弱いためにその維持が困難であり,加えて市販のマウス同士を交配させてもRA発症モデルマウスを作製できるので,疾患モデル動物としての価値が小さい。
本件マウスCは,父親のNZB.GD雄マウスの繁殖力が弱いためにその維持が困難であり,疾患モデル動物としての価値が小さい。本件マウスD及びEも,SLE発症の程度が小さく,RAを発症しないので,疾患モデル動物としての価値が小さい。
また,前記2〔被告らの主張〕のとおり,被告乙Aは被告乙Bが学会発表す55ることに関し許可権限を有しているわけではなく,被告乙Bがその自由な意思により,学会発表することを決定したものであって,被告乙Aが本件各研究発表において発表者の氏名中に自己の氏名を連ねているのも,被告乙Bの所属講座の責任者として慣例的にしたものにすぎない。
なお,仮に被告乙Bによる研究発表が原告の意に反する新規性の喪失に当たるというのであれば,特許法30条の規定の適用を受けることにより,さらに特許出願ができたはずであるが,原告は何らの手続をとらずに放置していたのであって,特許を受けることができないのは原告の責めに基づくものである。
4争点(4)(損害の有無及び額)について〔原告の主張〕原告は被告らによる研究成果の略奪行為によって精神的損害を被ったが,これを金銭に見積もるときは金500万円を下らない。
また,原告が被告らによる研究発表によって特許を受ける権利侵害されたが,これによる損害を金銭に見積もるときは金300万円を下らない。
さらに,弁護士に本件訴訟の追行を委任せざるを得なかったところ,これに要する費用は損害賠償請求額の1割相当額である金80万円を下らない。
〔被告らの主張〕争う。
5争点(5)(謝罪広告の必要性)について〔原告の主張〕原告は,被告らの行為によって研究者としての信用及び名誉を低下させられた。原告の信用及び名誉を回復するためには,被告らによる別紙謝罪広告(1)ないし(4)記載の謝罪広告の掲載が必要である。
〔被告らの主張〕争う。
第4当裁判所の判断561前提事実前記第2の2(争いのない事実等)に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1)他の研究者らによる研究発表ア米国のエドウィン・D・マーフィー及びジョン・B・ロスは,NZBマウス系及びBXSBマウス系の各雄マウス及び同雌マウスを使用して各種のF1マウスを作製してその自己免疫疾患の病態及び寿命を調査し,その研究成果につき,1979年(昭和54年),Arthritis and Rheumatism Vol.22,No.11に,「A Y CHROMOSOME ASSOCIATED FACTOR IN STRAIN BXSB PRODUCING ACCELERATED AUTOIMMUNITY AND LYMPHOPROLIFERATION」(自己免疫及びリンパ球増殖性病態を促進させるBXSBマウスのY染色体連鎖因子)と題する論文発表を行い,BXSB雄マウス由来のY染色体を受け継ぐ雄の交配マウスにおいて重篤な自己免疫疾患が生じることを明らかにしたが,その中には次の内容の記載がある。
なお,抗赤血球自己抗体,抗核抗体及び胸腺細胞障害性自己抗体は,いずれもSLEに特徴的な自己免疫抗体であり,このうち抗赤血球自己抗体が産生すると,同抗体が赤血球を傷害して溶血性貧血を起こし,血中のヘマトクリットが減少するとともに,傷害された赤血球の処理のために脾臓が腫大する(甲54)。
(ア)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス()40匹の平均寿命は166日±6日であり,BX(NZB×BXSB)F1♂(BXSB×NSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()23匹の平均寿命545±37日より短い。NZB雌マウスZB)F1♂とBXSB雄マウスとを交配したF1雌マウス()3 (NZB×BXSB)F1♀5匹の平均寿命325±21日と,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウス()33匹の平均寿命28(BXSB×NZB)F1♀572±11日との間には有意な差がなく,また前2者の中間にある。
(イ)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス()でみられるリンパ節の腫大は,生後18週ないし(NZB×BXSB)F1♂20週齢の時点で,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()のリンパ節腫大に比して13倍,BX(BXSB×NZB)F1♂SB雄マウスのリンパ節腫大に比して6倍それぞれ高度であり,NZB(NZB×BXS 雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雌マウス(),BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雌マウB)F1♀ス()及びBXSB雌マウスの各リンパ節腫大よりも(BXSB×NZB)F1♀高度であった。
(ウ)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス()には,16週齢の時点で,BXSB雌マウスとN(NZB×BXSB)F1♂ZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()に比して, (BXSB×NZB)F1♂高度の赤血球及びヘマトクリットの減少が見られた。23週齢での赤血球破壊に伴うプロトポルフィリンの血中濃度は,前者で543±368mg/100ml,後者で39±1mg/100mlであり,前者が後者よりも高かった。また,前者の20週齢での脾臓の重量は20倍に増加していた。
(エ)NZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス()においては,16週ないし20週齢で,16匹中(NZB×BXSB)F1♂14匹に高力価の血中抗核抗体(200倍)が見られ,また16匹中15匹に胸腺細胞障害性自己抗体が見られた。他方,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄マウス()におい(BXSB×NZB)F1♂ては,16週齢においても血中抗核抗体及び胸腺細胞障害性自己抗体の産生はいずれも見られなかった。
イニシモトらは,自己免疫性の糖尿病を自然発症する,E亜領域の遺伝子58が発現しないNODマウス(非肥満糖尿病マウス)に,E亜領域の遺伝子を発現する遺伝子を人工的に導入して同亜領域の遺伝子を発現させたところ,糖尿病の発症が抑制されるのを発見し,1987年(昭和62年),ネイチャー誌に「Prevention of autoimmune insulitis by expressionof I-E molecules in NOD mice」と題してこの研究成果を発表した(弁論の全趣旨)。
ウメリノ(R.Merino)らは,本来はH-2遺伝子型がbホモであるBXSBマウスのH-2遺伝子型をdホモに置換したコンジェニックマウス()を作製したところ,SLEの病態が高度に抑制されることBXSB(H-2 )dを発見し,1992年(平成4年),E亜領域遺伝子の発現がSLEの病態を抑制する可能性を論文発表した(弁論の全趣旨)。
(2)クラスU亜領域の遺伝子とSLE前記のとおり,マウスのH-2遺伝子のうちクラスU遺伝子の亜領域であるA及びE亜領域はそれぞれa及びbの亜領域に分けられるが,A及びE亜領域の遺伝子はそれぞれ対応する分子を抗原提示細胞の表面上に形成して抗原提示を行う。
すなわち,A亜領域の遺伝子からは,マクロファージやB細胞といった抗原提示細胞の表面に,同遺伝子に対応するA分子が形成され,このA分子に抗原が結合(反応)することで抗原提示がされ,その結果として対応する抗体が産生される。抗原提示細胞表面に形成されるA分子は,α鎖及びβ鎖から成る2量体であるが,前者すなわちAα鎖の型はH-2遺伝子のAa亜領域の遺伝子型の片方(母親由来の遺伝子と父親由来の遺伝子から成る1組の遺伝子のうちの一方)に対応し,後者すなわちAβ鎖の型はH-2遺伝子のAb亜領域の遺伝子型の片方に対応する。したがって,Aa亜領域とAb亜領域の遺伝子型が相違するときは,Aα鎖がd型でAβ鎖がz型といったような,異なる型の組合せのA分子が抗原提示細胞表面に形成される。また,59Aα鎖とAβ鎖は,対応する1組の対立遺伝子の片方からそれぞれ独立に形成されるので,母親由来の遺伝子型と父親由来の遺伝子型が相異する場合には,4通りの組合せの型のA分子(例えば,Aα β ,Aα β ,Aα βdd dz z及びAα β )がそれぞれ抗原提示細胞表面に形成される。
d zzE亜領域の遺伝子についても同様で,H-2遺伝子のEa亜領域の遺伝子型の片方に対応した型のα鎖とEb亜領域の遺伝子型の片方に対応した型のβ鎖から成るE分子が抗原提示細胞の表面に形成される。ところで,b型のEa亜領域遺伝子によっては,Eα鎖が形成されないので,結果としてE分子が抗原提示細胞表面に形成されない(E分子の欠損)。そうすると,例えば,Ea亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合には,Ea亜領域の遺伝子型がdホモの場合に比して2分の1のE分子が抗原提示細胞表面に形成され,Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合にはE分子が抗原提示細胞表面に全く形成されないことになる。このため,本件のようなH-2遺伝子及びその亜領域の違いが問題となる場合においては,特にEa亜領域の遺伝子型が重要であるので,Ea亜領域の遺伝子型でE亜領域の遺伝子型を代表させ,その遺伝子型に従って,Ea であるのを「E 」などと簡略化して表記することb bがある。
これらのようにマクロファージ等の抗原提示細胞の表面に形成されて抗原提示を行う機能を果たす分子を「クラスU分子」というが,この分子の抗原提示機能は対応する遺伝子に由来する型によって異なる(なお,以下,本判決においては,抗原提示細胞表面へのA分子等の形成を「A分子等の発現」ということがある。)。
他方,SLEにおいては,自己の生体中にそれぞれ存在するDNA及びRNAを抗原として産生される抗核酸抗体(抗DNA抗体),ヒストンを抗原として産生される抗ヒストン抗体,Sm等を抗原として産生される抗非ヒストン核蛋白抗体,T細胞等を抗原として産生されるリンパ球自己抗体,カル60ジオリピンを抗原として産生される抗リン脂質抗体,IgGを抗原として産生されるリウマチ因子等の自己抗体が血中から検出されるところ,後記(3)キの丙A前教授が「全身性エリテマトーデスの病理」と題する報告をした平成4年当時では,クラスU分子の一部がDNA等と親和性が高く,よく抗原提示機能を果たすのではないかと考えられていた(甲51,弁論の全趣旨)。
(3)原告らによる従前の研究発表等ア原告及び丙A前教授は,1983年(昭和58年),連名で(原告が第1の論文執筆者,丙A前教授が最終執筆者とされている。),「THE JOURNAL OF EXPERIMENTAL MEDICINE」誌に,「ENHANCING EFFECT OF H-2-LINKED NZW GENE(S) ON THE AUTOIMMUNE TRAITS OF (NZB×NZW)F1 MICE」と題する論文を寄稿して,研究成果を発表した。
同論文の中では,次の内容が明らかにされている(甲20の1,甲21)。
(NZB× (ア)NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()に見られる自己抗体の産生及び腎炎の発症に父親のマウスのHNZW)F1-2遺伝子型(z型)が関与しているか否かを解析する目的で,H-2遺伝子型がdホモのコンジェニックマウス系であるマウス系NZW(H-2 )を樹立し,樹立されたマウス系の雄マウスをNZB雌マウスとd交配してF1マウス( )を作製し病態を比較し (NZB×NZW(H-2 ))F1(H-2 )d dた。
(イ)その結果,このF1マウス( )は,NZB(NZB×NZW(H-2 ))F1(H-2 )d d(NZB×NZW)F1(H 雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()に比して,血中の抗DNA抗体価及びgp70免疫複合体レベル-2 )d/zがそれぞれ低く,腎炎発症の程度が軽度で,死亡率が低かったが,両者の間では胸腺細胞及び赤血球に対する自己抗体のレベル並びに血中のIgG及びIgMのレベルには差異が見られなかった。
61(ウ)NZWマウスのH-2遺伝子は,血中抗DNA抗体及びgp70免疫複合体の産生の亢進に特異的に働き,腎炎の増悪に関与していると見られる。
イ原告らは,平成元年ころから,B10.GDマウスとNZBマウスとを交配させ,さらにNZBマウスを使用して退交配を行う作業を開始し,その後平成2年ころにかけて,マウスの血中のIgG抗dsDNA抗体価の測定等を行った(甲25の1)。
ウ原告らは,平成2年11月ころから平成6年4月ころ(なお,最後のF1マウスが誕生したのは平成5年12月ころである。)にかけて,NZW(NZW×BXS 雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄雌マウス()を作製し,同F1マウスの病態を解析する実験を行った。
B)F1(H-2 )♂♀z/bその結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,多くが3か月齢ないし4か月齢程度で蛋白尿を発症し,ほとんどが概ね6か月齢未満で死亡したが(なお,甲23の2記載の同F1雄マウスのうちの1ないし27番のF1マウスで2か月齢ないし6か月齢程度であった。),同雌マウスは,蛋白尿を発症したものでも5か月齢ないし14か月齢以降の発症であって,1年以上生存したものが少なくなかった。
また,原告らは,平成2年11月ころから平成5年8月末ころ(なお,最後のF1マウスが誕生したのは平成3年10月ころである。)にかけて,H-2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄雌マウス( )を(NZW(H-2 )×BXSB)F1(H-2 )♂♀d d/b作製し,同F1マウスの病態を解析する実験を行った。
その結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,多くが4か月齢ないし9か月齢程度で蛋白尿を発症し,ほとんどが8か月齢未満で死亡したが,同雌マウスは,蛋白尿を発症したものでもほとんどが11か月齢以降の発症であって(ただし,甲23の2記載の同F1雌マウスのうち,15番の雌62マウスは7か月齢程度で発症し,22番の雌マウスは例外的に2か月齢程度で発症した。),多くのものが1年以上生存した(甲23の2)。
エ原告らは,平成3年10月ころから平成5年8月末ころ(なお,最後のF1マウスが誕生したのは平成4年11月ころである。)にかけて,NZ(NZB×BX B雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄雌マウス()を作製し,同F1マウスの病態を解析する実験を行っSB)F1(H-2 )♂♀d/bた。
その結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,ほとんどが4か月齢ないし6か月齢程度で蛋白尿を発症し,9か月齢未満で死亡したが,同雌マウスは,蛋白尿を発症したものでも4か月齢ないし12か月齢程度の発症であり,1年以上生存するものもみられた。
また,原告らは,平成4年4月ころから同年10月ころ(なお,最後のF1マウスが誕生したのは同年4月ころである。)にかけて,H-2遺伝子型がzホモのNZBコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄マウス( )を作製し,同F1(NZB(H-2 )×BXSB)F1(H-2 )♂z z/bマウスの病態を解析する実験を行った。
その結果,上記F1マウスのうち雄マウスは,ほとんどが3か月齢ないし6か月齢程度で蛋白尿を発症し,少なくとも8か月齢未満で死亡したが,同雌マウスはほとんどが4か月齢ないし12か月齢で蛋白尿を発症し,なかには1年程度生存するものもみられた(甲23の1)。
本件講座の丙Kは,平成4年7月31日,作製した各種F1マウスの血中の血小板数のデータを比較し,グラフを作成した(甲23の2)。
オ原告らは,平成3年8月ころから平成4年8月ころ(なお,最後のF1マウスが誕生したのは平成4年10月ころである。)にかけて,NZW雌(N マウスとNZB.GD雄マウスとを交配し,得られたF1雌マウス(。H-2遺伝子型はz/dヘテロ又はz/g2ヘテZW×NZB.GD(H-2))F1d/g263ロである。)の病態の解析をD亜領域の遺伝子型(H-2遺伝子型がz/dヘテロのときのz/d及びH-2遺伝子型がz/g2ヘテロのときのz/b)に注目して行った(甲24)。
カ原告は,平成4年7月ころ以降,それまでに得られた各種F1マウスの抗dsDNA抗体価,抗ssDNA抗体価,抗ヒストン抗体価及び蛋白尿の発症率のデータを基に,グラフを作成して比較した。このグラフ中では,(NZB×NZW) NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()及びNZB.GD雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1F1(H-2 )d/zマウス( )について,後者のF1マウスが前者の (NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/zF1マウスよりも,4か月齢,6か月齢及び8か月齢のすべてを通じて,抗dsDNA抗体価及び抗ヒストン抗体価が有意に高く,かつ0か月齢から12か月齢の全期間を通じて,蛋白尿発症率が有意に高いことが示されている。
また,原告は,同月10日ころ,各F1マウスのTNFαを測定するために使用するリストのサンプルを作成し,このころ,「これから考えられるProject」と題するメモ(以下「原告平成4年メモ」という。)を作成した。原告平成4年メモには,次の内容の記載が含まれている(甲25の2)。
(ア)「NZB/WF1マウスから完全にE分子を消す方法」と題する部分「H-2 とH-2 との間でAαEβ間又はEβEα間にrecombinaz btionを起こさせて,これをNZWマウスのbackgroundに入れる。これをNZB.GDと交配してF を作る。」と記載されており,通常のNZ1Wマウス(H-2遺伝子型はzホモである。)とH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウスとの間で,Aa亜領域とEb亜領域の遺伝子の中間又はEb亜領域とEa亜領域の遺伝子の中間で遺伝子組換64えを生じさせ,組換えが生じた遺伝子をNZWマウスのバックグラウンドに入れ,この同遺伝子がバックグラウンドに入ったNZWマウスをNZB.GDマウスと交配してF1マウスを作製するアイデアが示されている。
なお,上記のような遺伝子組換えを生じさせたマウスの例として,K,Ab及びAa亜領域の遺伝子型がそれぞれuに,Eb,Ea,S及びD亜領域の遺伝子型がそれぞれbになったマウスが示されている。
(イ)「E分子が自己抗体産生を抑制する機序の解析」と題する部分E分子が胸腺レベルで作用し,T細胞の選択(selection)に関与しているかどうかを調べるため,末梢のT細胞V レパートリーを調べる。
βまた,E分子が末梢で作用し,サプレッサーT細胞を誘導しているかどうかを調べるため,αI-EmAbをNZBマウスとNZWマウスを交配した若いF1マウスに投与する。
キ丙A前教授は,平成4年,「全身性エリテマトーデスの病理」と題する報告を行い,その内容が日本病理学会会誌81巻2号に掲載された。この報告中には,次の(ア)ないし(オ)の内容があり,上記報告における質疑応答中では,丙A前教授がした回答中には次の(カ)の回答があり,ニュージーランド系コンジェニックマウスの作製の困難性に関して次の(キ)のとおりの内容の質疑応答があった(甲51)。
(ア)「1.SLEの病理に関する問題点」及び「4.自己抗体の多様性」SLEの病態には,顔面の皮膚病変であるbutterfly rash等があり,いずれも免疫複合体が関与している。組織学的には,表皮の基底細胞にliquefaction degenerationがみられ,基底膜に,蛍光抗体法で免疫複合体の沈着を判定できる(lupus band test)。また,腎糸球体にwireloop lesionと呼ばれる特徴ある病変がみられるほか,血管病変として,65免疫複合体の沈着による血管壁の硝子様変性等がみられる。
なお,SLEでは,核酸及び核蛋白質等や,種々の血液細胞表面,燐脂質及び糖脂質等に対する種々の自己免疫抗体が産生される。
(イ)「5.SLEのモデル」New Zealandマウス系のうち,黒毛のNew Zealand Black(NZB)マウス系及び白毛のNew Zealand White(NZW)マウス系を実験に使用した。このうち前者は1959年に報告された純系マウスで,自己免疫性溶血性貧血を自然に発症し,後者は自己免疫疾患を発症しないが,NZB雌マウスとNZW雄マウスを交配したF1マウスに非常に重篤なSLEが発症する。
このF1マウスでは,加齢とともに尻尾の一部に免疫複合体の沈着が起こり,またlupus band testが陽性となり,そして,糸球体病変が高度になるとwire loop lesionを形成し,免疫複合体の沈着が高度にみられ,大部分のマウスは腎不全で死亡する。同F1マウスの脾臓にonionskin lesionは出ないが,高度の血管壁の硝子化が起こり,onion skin lesionになる前に死亡してしまう可能性もある。同F1マウスでは,dsDNAを含む核酸に対する抗体,histoneやSm等の核蛋白に対する抗体,リンパ球や赤血球等の細胞膜に対する抗体など,ヒトのSLEで検出される自己免疫抗体の多くが産生され,IgGhypergammaglobulinemiaもみられる。
(ウ)「6.SLEはpolygene系の遺伝性疾患」及び「7.NZB病とNZB/WF1病の違い」SLEは,純系マウスの数世代にわたって発症することからも明らかなように,遺伝的に規定されている。
自己免疫性溶血性貧血を発症するNZBマウスと健常なNZWマウスとを交配したF1マウスにSLEが発症すること,すなわち,子供に親66と違う病気が発症するということは,NZBマウスの遺伝子とNZWマウスの遺伝子が子供に集積して,SLEが発症するということを示しており,かつ,SLEの発症を規定する遺伝子の数が1つではなく複数であること(polygene)を示している。
しかし,このpolygeneの実態は未だ解明されておらず,SLEの発症機構が分からないままになっている。
そこで,我々は,まずSLEの発症に関わるpolygeneの1つ1つを分離して,その遺伝子の働きを解析するべく,NZWマウス系でSLE素因遺伝子の解析を行ってきた。
NZBマウスからは抗DNA抗体も検出されるが,その大部分はIgMクラスに属するもので,抗histone抗体及びhypergammaglobulinemiaに関しても同様である。
他方,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスでは,検出される抗DNA抗体はIgGであり,IgGhypergammaglobulinemiaになる。同F1マウスのループス(lupus)腎炎の発症,skin lupus band testの陽性化は,このIgG自己免疫抗体の出現と同時期に現れる。同F1マウスでは,概ね6か月齢ころから蛋白尿が出始め,その後急速にその発症率が上昇し,通常蛋白尿発症後約2か月くらい後に腎不全で死亡する。
(エ)「8.SLE遺伝子の数と連鎖」我々は上記のようなマウスの遺伝子を分離すべく,まず,関与している遺伝子の数を推定することとした。まず,NZB雌マウスとNZW雄マウスを交配してF1マウスを作製し,これを両親系のマウス(NZBマウス及びNZWマウス)で退交配し,これらの子孫にどのくらいの割合でSLE病態が発症するかを調べたところ,IgG抗体の産生には,4つ又は5つくらいの遺伝子が関与していることが推定され,かつその67うちの2つはNZBマウスの遺伝子中にあり,他の2つ又は3つは自己免疫病態を発症しないNZWマウスの遺伝子中にあると推定された。そして,このNZBマウスにある2つの遺伝子は,IgM抗DNA抗体の産生に関わっており,これにNZWマウスの遺伝子が加わることによって,IgG抗DNA抗体の産生が誘発されると考えられた。
(オ)実験の内容及び結果仮説を裏付けるため,我々は他の遺伝的背景は全く同じでありながら,H-2遺伝子型のみが相違するF1マウスを作製した。すなわち,もともとH-2遺伝子型がdホモであるNZBマウスにNZWマウスのH-2遺伝子(zホモ型)を導入したNZBコンジェニックマウス(NZB(H-2 ))を作製し,他方でNZWマウスにNZBマウスのH-2z遺伝子を導入したNZWコンジェニックマウス(NZW(H-2 ))dを作製し,これらのコンジェニックマウスを交配してH-2遺伝子型がzホモ及びdホモ等のF1マウスを作製した。
通常のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスでは,H-2遺伝子型がd/zヘテロであるところ,上記各コンジェニックマウスを使用して交配したH-2遺伝子型がdホモ及びzホモのF1マウス( , )では,腎疾(NZB×NZW(H-2 ))F1(H-2 )(NZB(H-2 )×NZW)F1(H-2 )d d z z患を発症せず,これらの各F1マウスで相違するH-2遺伝子のみがSLEの発症に決定的な役割を果たしていることが判明した。10か月齢におけるIgG抗DNA抗体価を検査した結果,H-2遺伝子型がd/z又はz/dのヘテロである,通常のNZB雌マウスと通常のNZW雄マウスとを交配したF1マウス()及びH-2遺伝(NZB×NZW)F1(H-2 )d/z子型がzホモのNZB雌マウスとH-2遺伝子型がdホモのNZW雄マウスとを交配したF1マウス( )では同(NZB(H-2 )×NZW(H-2 ))F1(H-2 )z d z/d抗体価が高い一方,通常のNZB雌マウスとH-2遺伝子型がdホモの68(NZB×NZW NZWコンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス()及びH-2遺伝子型がzホモのNZB雌マウスと通常の(H-2 ))F1(H-2 )d dNZW雄マウスとを交配したF1マウス( )で (NZB(H-2 )×NZW)F1(H-2 )z zは同抗体価が低く,H-2遺伝子型がヘテロのマウスにのみIgG抗DNA抗体が産生されることが判明した。
classU分子の各亜領域のα鎖とβ鎖はそれぞれ異なる遺伝子から成っており,異なる親系のマウスを交配すると,それぞれ異なる親系マウス由来のα鎖の遺伝子とβ鎖の遺伝子から生成されるclassU分子ができるところ,NZBマウスとNZWマウスとを交配すると,Ad亜領域及びE亜領域に関して,4種類のclassU分子(I-Aαβ ,I-Aα β ,I-Eα β 及びI-Eα β )を生じ得る。同z zd dz zd分子のうちの1つがDNA抗原を提示し,IgG抗DNA抗体の産生に関与している可能性があるが,中でもI-Aα β が有力な候補である。
dz(カ)質疑応答中のBXSBマウスに関する部分(BXSB×N BXSBマウスとNZWマウスとを交配したF1マウス()は非常に高度のSLEを発症するが,この発症に関与するH-ZW)F12遺伝子型はb/zヘテロであり,NZBマウスとNZWマウスとを交配したF1マウス()のうちSLEを発症するもののH-(NZB×NZW)F12遺伝子型がd/zであるのとは異なっている。
前者のF1マウスの病態は,後者のF1マウスの病態と,抗カルデイオリピン抗体価が非常に高い点及び血小板減少症を伴う点で多少異なっているところ,ヒトの各種自己免疫疾患におけるのとは異なるMHC複合体(heterozygosity)が関与している可能性がある。
(キ)報告及び質疑応答中のマウスの育成に関する部分丙A前教授は,ニュージーランドマウスのコンジェニックマウスの作製に関し,「これらのマウスを生産するには大変な時間を要しまして,69約8年ぐらいかかったと思います。理論的には,2年半から3年で生産できるのですが,New Zealandマウス系は大変なbad breederでありまして,とくにNZBマウスは自分の子供を食べてしまうという癖もありますので時間がかかりました」と述べた(81頁)。
質問者である東海大学の丙Lは,「私にとって個人的にimpressiveであったことは,NZBマウスのような繁殖力が弱くて,扱いにくく,また,transgeneをしても卵が弱いというようなマウスは,先ずマウスで研究する人は一寸使わないのですが,それをよく維持し,しかもbackcrossをしてcongenicマウス系を生産してこられた点で,先生達の御努力に敬服したいと思います。」と感想を述べた(98頁)。
(4)その後の本件各マウス等の研究経緯ア丙M,丙B,被告乙B,丙K,丙N,原告及び丙A前教授は,連名で(上記順序で執筆者名が記載され,丙Mが第1の論文執筆者,丙A前教授が最終執筆者とされている。),平成4年12月,「CLINICAL IMMUNOLOGY AND IMMUNOPATHOLOGY」誌のVol.65No.3に,「Heterozygosity of the Major Histocompatibility Complex Controls the Autoimmune Disease in (NZW×BXSB)F1 Mice」(MHCヘテロ接合性の(NZW×BXSB)F1マウスの自己免疫疾患への影響)と題する論文発表を行ったが,その中には,次の内容の記載がある(甲20の4,甲21)。
(ア)通常のNZW雌マウス(H-2遺伝子型はzヘテロ)と,通常のBXSB雄マウス(H-2遺伝子型はbヘテロであり,SLEを発症する。)とを交配したF1マウス()では,もとも(NZW×BXSB)F1(H-2 )z/bとのBXSBマウスよりもSLE病態が増悪するが,この現象は,BXSBマウスのY染色体にある自己免疫疾患促進遺伝子であるYaa遺伝子が同F1マウスにあるか否かにかかわらず見られる。
(イ)NZWマウスのH-2遺伝子がSLEの増悪に関与しているか否か70を解析するべく,H-2遺伝子型を本来のzホモからdホモに置換したNZW(H-2 )コンジェニックマウスを作製し,このコンジェニッd(N クマウスの雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1マウス()を作製し,通常のNZW雌マウスとBXSZW(H-2 )×BXSB)F1(H-2 )d d/bB雄マウスとを交配したF1マウス(上記(ア)のF1マウス)との間で病態を比較した。
後者のF1マウスでは,通常のBXSBマウスに比して,雄雌ともにより蛋白尿発症率が高く,また血小板減少症もより重度であった。
他方,前者のF1マウスでは,通常のBXSBマウスに比して,SLE病態の増悪は見られなかった。
(ウ)通常のNZW雌マウスと通常のBXSB雄マウスとを交配したF1(NZW×(NZW×BXS 雄マウスをNZW雌マウスで退交配した退マウス(。H-2遺伝子型はz/bヘテロ。)の病態を解析したとこB)F1(H-2 )z/bろ,その病態は,前記(イ)の,H-2遺伝子型をdホモに置換したNZWコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス( )の病態よりも高度であった。
(NZW(H-2 )×BXSB)F1(H-2 )d d/b(エ)通常のNZW雌マウスと通常のBXSB雄マウスとを交配したF1マウス()が通常のBXSBマウスよりも高度の(NZW×BXSB)F1(H-2 )z/bSLE病態を発症する原因は,H-2遺伝子型がz/bヘテロであることに起因すると考えられる。従来から,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスのSLE病態の発症に同F1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロ型(H-2ヘテロ接合性)が重要であるこd/zとを明らかにしてきたが,上記実験結果は,異なったH-2遺伝子型のヘテロ接合性が上記F1マウスの病態の増悪に関与していることを示している。
イ原告は,平成5年8月28日ころ,株式会社技術情報協会発行「〔疾患71別〕モデル動物の作製と新薬開発のための試験・実験法」において,「[3]血小板減少症」と題する論文を発表したが,同論文中には,次の内容の記載がある(甲38)。
(ア)NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス()がBXSB雄マウスよりも早期かつ高度の血小板(NZW×BXSB)F1♂減少を示し,また,本来BXSB雌マウスは血小板減少を示さないのに,(NZW× NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雌マウス()において6か月齢ころから血小板減少を示す。上記F1雄BXSB)F1♀マウスにおける血小板減少症の増悪は,それのみでは血小板減少を示さないNZWマウス由来の遺伝子が,BXSBマウス由来の遺伝子の作用を増強するからであると考えられ,他方,上記F1雌マウスにおける血小板減少症の発症に対しては,BXSBマウス又はNZWマウス由来のYaa遺伝子以外の背景遺伝子の相互作用が重要な役割を果たしているものと考えられる。そして,この背景遺伝子の1つにH-2遺伝子がある。
(イ)NZWマウスのH-2遺伝子を本来のzホモ型からdホモ型に置換したNZWコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス( )の病態と,NZW雌マウスと(NZW(H-2 )×BXSB)F1(H-2 )d d/bBXSB雄マウスとを交配したF1マウス()の (NZW×BXSB)F1(H-2 )z/b病態を比較したところ,前者のF1雄マウスは,後者のF1雄マウスとは異なって,BXSB雄マウスよりも血小板減少の程度が軽度で,かつ同減少の出現時期が遅く,3.5か月齢でも同減少を示さなかった。
(ウ)通常のNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス()の病態と,通常のNZW雌マウスとBXSB(NZB×BXSB)F1(H-2 )d/b雄マウスとを交配したF1マウス()の病態を比 (NZW×BXSB)F1(H-2 )z/b較したところ,前者のF1マウスでは雄雌ともに強い血小板減少症を示72し,とりわけ前者のF1雄マウスは後者のF1雄マウスよりも早期に(2か月齢くらいから)血小板減少症を示す。NZBマウスは血小板減少症を示さないから,上記の前者のF1マウスにおいては,NZBマウス由来の遺伝子がBXSBマウス由来の血小板減少症に関与する遺伝子の作用を増強する作用を有していると考えられる。
H-2遺伝子型をdホモに置換したNZW雄マウスとBXSB雌マウスとを交配したF1マウスでは血小板減少症が軽度であることにかんがみると,血小板減少症を発症する遺伝子の作用を増強する作用を有するNZBマウス由来の遺伝子はdホモ型のH-2遺伝子以外の背景遺伝子であると考えられる。実際に,H-2遺伝子型をzホモ型(NZWマウス由来)に置換したNZBコンジェニック雌マウスと通常のBXSB雄マウスとを交配したF1マウス( )の血小板(NZB(H-2 )×BXSB)F1(H-2 )z z/b減少症の程度は,通常のNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス()の血小板減少の程度とほぼ同じ(NZB×BXSB)F1(H-2 )d/bである。
(エ)上記のとおり,BXSBマウスの血小板減少症の程度は,H-2遺伝子型又はそれ以外の背景遺伝子により強く影響を受ける。
これらの遺伝子の作用の解明は重要な課題である。
(オ)通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス( )は,血小板減少症を示すほか,小血管に(NZW×BXSB)F1(H-2 )♂z/b血栓形成を伴う心筋梗塞を高率で発症する。血小板減少症を示す個体では,抗カルジオリピン抗体等の抗リン脂質抗体が高頻度でみられ,しばしば血栓症を続発することから,上記血小板減少症が抗リン脂質抗体により誘発される血栓形成によって生じる可能性が指摘されている。上記F1雄マウスでは,血中に高力価の抗カルジオリピン抗体の出現がみられる。
73一方,上記F1マウスの血小板の表面にはIgGが付着しており,血小板結合性自己抗体の産生がみられるので,上記F1マウスにみられる血小板減少症が抗血小板抗体の出現による自己免疫的な機序によって生じる可能性もある。
通常のNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄マウス( )と通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウ(NZB×BXSB)F1(H-2 )♂d/bスとを交配したF1雄マウス( )との間では, (NZW×BXSB)F1(H-2 )♂z/b血中抗カルジオリピン抗体価は,2か月齢の時点では,両者において差異がなく,3.5か月齢の時点では後者における価が前者における価よりも高く,他方,血小板結合性自己抗体価は,2か月齢の時点で,既に前者における価が後者における価よりも有意に高かった。前者のF1マウスにおいては,明らかな血栓形成は見られないので,同F1マウスにおける血小板減少は,血栓形成による二次的な現象ではなく,抗血小板自己抗体の出現による自己免疫的な機序による可能性が高い。
ウ原告,被告乙B,丙O,丙P及び丙A前教授は,連名で(上記の順序で執筆者名が記載され,原告が第1の論文執筆者,丙A前教授が最終執筆者とされている。),平成6年,「Immunogenetics」誌に,「The E-linked subregion of the major histocompatibility complex down-regulates autoimmunity in NZB x NZW F1 mice.」(MHC内のE亜領域によるNZB×NZWF1マウスの自己免疫疾患の抑制)と題する論文を発表したが,その要旨は次のとおりであった(甲20の2,甲21)。
(ア)通常のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスの自己免疫疾患の発症には,NZB雌マウス由来の遺伝子型がdのH-2遺伝子とNZW雄マウス由来の遺伝子型がzのH-2遺伝子の双方がともに存在すること(H-2ヘテロ接合性)が必要であり,かかる発d/z症はH-2遺伝子中のクラスU分子(遺伝子)の影響によるものと考え74られる。
(イ)クラスU分子(遺伝子)のうちA亜領域の遺伝子とE亜領域の遺伝子のいずれが重要であるかを解析するため,H-2遺伝子型がg2ホモのNZB.GDコンジェニックマウス系を樹立し,これを解析した。
(ウ)通常のNZBマウスにおいては,Ea亜領域の遺伝子型はdホモで,E亜領域の遺伝子が発現しE分子を産生するのに対し,NZB.GDマウスにおいてはEa亜領域の遺伝子型はbホモで,転写活性を欠損する異常遺伝子であるために,E亜領域の遺伝子が発現せずE分子が産生されない。
通常のNZBマウスにおいてもNZB.GDマウスにおいてもA亜領域の遺伝子型はdホモであり,両者の雌マウスをNZW雄マウスとそれぞれ交配させて得られるF1マウスにおいては,A亜領域の遺伝子(遺伝子型はいずれもd/zヘテロ)がいずれも発現するが,E亜領域の発(NZB. 現量(E分子の産生量)は,後者の雌マウスによるF1マウス(GD×NZW)F1 (NZB×N )においては前者の雌マウスによるF1マウス()における2分の1である。
ZW)F1両F1マウスの血中の抗DNA抗体価を比較したところ,後者のF1マウスにおける価の方が前者のF1マウスにおける価よりも有意に高く,また後者のF1マウスの方が前者のF1マウスよりも腎炎発症による蛋白尿の出現頻度が高かった。
したがって,E亜領域の発現(E分子の産生)により,自己免疫疾患が抑制される可能性がある。
エ原告及び丙Dは,平成7年9月ころないし平成8年12月ころ(最後のF1マウスが誕生したのは平成7年10月ころ),H-2遺伝子型を本来のzホモからbホモに置換したNZWコンジェニック雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄雌マウス( )(NZW(H-2 )×BXSB)F1(H-2 )♂♀b b75を作製し,他方で通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配してF1雄雌マウス( )を作製し,各F1マウスの(NZW×BXSB)F1(H-2 )♂♀z/b蛋白尿の発症の有無等を検査した(甲41)。
オ被告乙B,原告,丙B,丙Q及び丙A前教授は,連名で,平成9年12月に京都市で行われた第27回日本免疫学会総会・学術集会において,「自己免疫疾患におけるE分子の役割」と題する研究発表を行ったが(その後刊行された論文集では,上記の順序で発表者が記載され,同被告が第1の発表者,丙A前教授が最終発表者とされている。),その内容は概ね次のとおりであった(甲47の1)。
(NZB× (ア)NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()のSLEの発症にはMHCのヘテロ接合性が必須であるところ,NZW)F1被告乙Bらの研究グループはヘテロ接合性のMHCのマウスがSLEを発症する原因がクラスU分子のうちAα β 分子によるものである可能dz性を示してきたが,他の解析においては,上記原因がEα β に由来すdzるものである可能性を示唆する報告もされている。
そこで,被告乙Bらの研究グループは,上記F1マウスのSLE発症に対するE分子の役割を解析すべく,通常のNZBマウスにB10.GDマウス由来のH-2遺伝子(g2ホモ型)を導入したNZB.GDコンジェニックマウス系(NZB.GD(H-2))を樹立し,その雌g2(NZB.GD×NZW)F1(H- マウスをNZW雄マウスと交配してF1マウス()を作製し,同F1マウスの病態を経時的に観察して上記F1マウ2)g2/zス()の病態と比較した。(NZB×NZW)F1(イ)実験の結果,NZB.GD雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス( )では,血中IgG抗DNA抗体(NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/z価及び抗ヒストン抗体価が通常のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()のそれらに比して有意に高(NZB×NZW)F1(H-2 )d/z76値であり,前者のF1マウスの蛋白尿の発症時期及び発症率は後者のF1マウスのそれよりも早期かつ高値であった。
(ウ)ところで,d型のH-2遺伝子では,Ab,Aa,Eb及びEaの亜領域の遺伝子型がいずれもdであるので,通常のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()では,α(NZB×NZW)F1(H-2 )d/zβ ,α β ,α β 及びα β の4種類の各A分子及びE分子が形成dddzzd zzされる。他方,g2型のH-2遺伝子では,Ab,Aa及びEbの亜領域の遺伝子型はいずれもdであるが,Ea亜領域の遺伝子型はbであるため,Eα分子が形成されず,NZB.GD雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス( )では,A分子につ(NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/zいては上記4種類がすべて形成されるが,E分子については,α β 及zdびα β の2種類のみが形成され,α β 及びα β の2種類は形成さzz dd dzれない。
そうすると,前記(イ)の実験結果から,E分子のうち,SLE病態が後者のF1マウスより軽度である前者のF1マウスが形成するEα βd分子は,むしろSLE病態を抑制する作用を有する可能性がある。
zカ兵庫医科大学の丙R,原告,丙S,丙D,丙T,丙B,被告乙B,丙P及び丙A前教授は,連名で(上記の順序で執筆者が記載され,第1の執筆者は丙R,最終執筆者は丙A前教授とされている。),平成10年,「European Journal of Immunology」誌に「Multigenic control of lupus-associated antiphospholipid syndrome in a model of (NZW×BXSB)F1mice」((NZW×BXSB)F1マウスに見られる抗リン脂質抗体症候群の遺伝支配)と題する論文発表を行ったが,そのうち要約部分の内容は,概ね次のとおりであった(甲20の5,甲21)。
(ア)SLEの関連疾患として,抗カルジオリピン抗体の産生,血小板減少症,血栓症及び習慣性流産を特徴とする抗リン脂質抗体症候群が知ら77れているが,BXSBマウス由来のYaa遺伝子を有するNZW雌マウスとBXSB雄マウスの交配によるF1雄マウス()(NZW×BXSB)F1♂は,SLE合併抗リン脂質抗体症候群のモデル動物である。
(イ)前記(ア)のF1雄マウスをNZW雌マウスと退交配して作製した雄マウス( )を使用して抗カルジオリピン抗体(NZW×(NZW×BXSB))F1♂及び抗血小板自己抗体の産生,血小板減少症並びに心筋梗塞の各病態に関わるBXSBマウス由来の遺伝子の作用の解析を行ったところ,各病態がそれぞれ主として2つずつの遺伝子によって制御されていることが明らかになった。
すなわち,抗カルジオリピン抗体の産生は,第4染色体及び第17染色体上の遺伝子が相加的に作用することによって制御され,抗血小板自己抗体の産生及び血小板減少症は,第8染色体及び第17染色体上の遺伝子が相加的に作用することによって制御され,また心筋梗塞は第7染色体及び第14染色体上の遺伝子が相加的に作用することによって制御されることが明らかになった。
上記の遺伝子のうち第17染色体上の遺伝子は,H-2遺伝子の近傍に存在する。
(ウ)抗リン脂質抗体症候群は,複数の遺伝子の相互作用によって発症する疾患であることが示された。
前記(ア)のF1雄マウス()の病態発症は,前記(NZW×BXSB)F1♂(イ)の複数の遺伝子の相互作用に加え,BXSB雄マウス由来のYaa遺伝子及びNZW雌マウス由来の他の遺伝子の作業が関与している可能性がある。
キ丙D,丙R,丙S,丙U及び原告は,連名で(上記の順序で執筆者が記載され,第1の執筆者は丙D,最終執筆者は原告とされている。),平成10年,「順天堂医学」誌に「ループス腎炎感受性遺伝子群の解析-SL78Eモデル(NZW×BXSB)F1マウスにおける性差-」と題する論文発表を行ったが,その内容は,概ね次のとおりであった(甲20の6)。
(ア)全身性エリテマトーデスの病態は多彩で,抗核酸自己抗体等,検出される自己抗体の種類も多様である。しかし,すべての全身性エリテマトーデス患者にこれらの抗体が検出されるわけではなく,患者によって検出される抗体の種類が異なり,全身性エリテマトーデスの病態の1つであるループス腎炎をとってみても,患者による個体差及び組織像の違いがあり,同一患者においても時期により病態が異なっている。
全身性エリテマトーデスは複数の遺伝子が関与する多遺伝子疾患であることが明らかにされているので,その病態の多様性は全身性エリテマトーデスの発症に関与する遺伝的背景の違いによって生じる現象であると考えられる(153頁)。
(イ)SLE自然発症モデルマウス系の1つであるBXSBマウス系は,C57BL/6雌マウスとSB/Le雄マウスとを交配することで生まれたリコンビナントマウス系であるが,その雄マウスにおいては,高免疫グロブリン血症や,抗DNA抗体,抗血小板抗体及び抗リン脂質抗体などの各種自己抗体の産生が見られ,生後3ないし4か月齢という早期にループス腎炎による蛋白尿が出現する。
通常,ヒトでは全身性エリテマトーデスの発症は女性に高率で見られるが,BXSBマウスでは雄マウスのY染色体上の遺伝子変異によって雄に重篤なSLEが発症する特徴がある。
この遺伝子はYaa(Y-chromosome-linked autoimmune acceleration)と呼ばれる遺伝子で,SLEの増悪作用を示す。
しかし,BXSBマウスのYaa遺伝子を正常のマウス系に導入してもSLEの発症は見られないので,BXSB雄マウスのSLE発症にはYaa遺伝子に加えて,他の背景疾患感受性遺伝子が関与していること79が明らかである(153頁)。
(N (ウ)NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウス()では,BXSBマウスに比較して自己抗体価の上昇が顕ZW×BXSB)F1著で,発症するループス腎炎がより重篤であるが,このSLE病態の増悪はYaa遺伝子を受け継ぐF1雄マウスにおいて特に高度である。同F1雄マウスにおけるSLE病態の増悪は,NZW雌マウス由来の遺伝子がBXSB雄マウス由来のSLE素因遺伝子の作用を増強するためであると考えられる(153頁)。
(エ)マイクロサテライトDNA多型を利用した遺伝子マッピング法や新たに開発されたコンピュータープログラムを用い,BXSBマウスに存在する増殖性ループス腎炎発症に関与する遺伝子の座位(位置)の決定,遺伝子相互作用様式,候補遺伝子の検索及び他のモデルマウス系で検索された既知の感受性遺伝子群との比較を試みた。
具体的には,上記(ウ)の交配マウス,その雄マウスをさらにNZW雌マウスと退交配したマウスを作製し,蛋白尿の測定及びマイクロサテライトDNA多型の解析等を行った。
その結果,前者の交配雄マウスは,BXSB雄マウスより早期にかつ高率で蛋白尿を発症し,前者の交配雌マウスは,BXSB雄マウスよりも遅れてかつ低率で蛋白尿を発症したが,後者の退交配雄マウスの蛋白尿発症率は,前者の交配雄マウスの蛋白尿発症率とNZW雄雌マウスの蛋白尿発症率の概ね中間であった。なお,NZW雄雌マウス及びBXSB雌マウスは蛋白尿を発症しなかった。この実験結果により,BXSBマウスには,Yaa遺伝子が存在するほか,NZW雌マウス由来の遺伝子と相互作用する,ループス腎炎感受性遺伝子が存在することが示唆された。
また,BXSBマウス由来のYaa遺伝子を有する上記退交配雄雌マ80ウスのマイクロサテライトDNA多型を解析した結果から,ループス腎炎感受性遺伝子が,同雄マウスにおいては第7及び第14染色体上に,同雌マウスにおいては第7及び第17染色体上(H-2遺伝子の近傍)に存在することが示された。
さらに,遺伝子相互作用様式を解析した結果から,上記退交配雄マウスにおいては,BXSB雄マウス由来の2つの腎炎素因遺伝子がそれぞれ単独でも作用するが,加算効果を有すること,上記退交配雌マウスにおいては,主としてBXSB雄マウス由来の第17染色体上の遺伝子(H-2遺伝子と連鎖する。)が蛋白尿の発症を規定し,第7染色体上の遺伝子の型がNZWマウス同士を交配した場合に生じる遺伝子型と一致する場合に,SLE病態がより早期に現れることが示された(154ないし161頁)。
(オ)考察前記(ア)ないし(エ)の実験結果から,NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウスのうち,BXSB雄マウス由来のYaa遺伝子を承継し,同遺伝子がその発症に関与するF1雄マウスのループス腎炎と,BXSB雄マウス由来のYaa遺伝子を承継しないF1雌マウスのループス腎炎とでは,異なる遺伝支配を受けていることが明らかになった。すなわち,F1雌マウスにおいては,第17染色体上のH-2遺伝子と連鎖する遺伝子がループス腎炎の発症をほぼ規定し,同連鎖遺伝子の作用は第7染色体上のセントロメア側の遺伝子の変更効果によって増強される。他方,F1雄マウスにおいては,H-2遺伝子と連鎖する遺伝子の効果が弱く,同連鎖遺伝子と相加効果を示す,他の2つの独立して作用する遺伝子との共同効果によって重篤なループス腎炎が発症する。
Yaa遺伝子を正常な他のマウス系に導入してもSLEを発症しない81ので,Yaa遺伝子は,SLE感受性遺伝子の効果を修飾する変更遺伝子としての性格を有しているものと考えられる。
NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスにおいて,H-2遺伝子型がd/zヘテロであることがSLE発症の重要な素因であることが既に明らかにされているが,H-2遺伝子型がヘテロであることがSLE発症に関係することは,NZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウスにおいて,H-2遺伝子型が本来のz/bヘテロであるものとd/bヘテロであるものの比較をした実験結果によっても明らかである。H-2遺伝子型がヘテロである場合には,親系マウスにはない特異なクラスU分子が形成されるので,これが自己抗原と高親和的である結果,自己反応性T細胞の活性化が誘発されることが上記の原因であると考えられる。
Yaa遺伝子は,上記F1雄マウスにおいては,F1雌マウスの場合にはみられない相加効果を示すが,これは同遺伝子が他の遺伝子に対して高度のepistatic効果を示すことを示唆するものであり,Yaa遺伝子には今なお未知の遺伝子効果があることが示唆される。
ク被告乙Bは,遅くとも平成11年2月ころ,自らが作製したF1マウスに係る過去の実験データを比較して,NZB雌マウスとNZW雄マウスとの交配F1マウス()は,H-2遺伝子型がd/zヘテロで(NZB×NZW)F1なくても,E分子が発現しなければ(欠損すれば)重篤なSLEを発症するとの実験結果に至り,本件講座内部の研究発表会で発表した。しかし,原告らから,上記F1マウスのSLE発症にはH-2遺伝子型がd/zヘテロであることが必要であるという前記(3)ア,(4)ア及びウ等の論文の結論とは異なるので外部に発表できないという理由で論文発表を反対されたため,論文発表を断念した。
そこで,同被告は,NewZealandマウス系以外のマウス系の82マウスを使用して,H-2遺伝子型がd/zヘテロでなくても,E分子が発現しなければ(欠損すれば)重篤なSLEを発症することを証明できれば,原告らの過去の論文の結論と抵触せず,論文発表ができるのではないかと考え,以後はBXSB雌マウスも使用して実験を行うことにした(乙35(3頁))。
ケ被告乙Bは,平成11年3月26日ころ,順天堂大学のアトピー疾患研究センター宛の,研究課題名を「クラスUE分子の自己免疫疾患抑制機構の解析」とする,平成11年度及び同12年度の研究プロジェクトに係る研究経費の交付の申請書の草稿を作成した。原告は,上記草稿に修正等を行って申請書を完成させ,本件講座では,同申請書を基に研究経費交付申請が行われた。
同申請書においては,研究代表者が丙A前教授とされており,研究組織は被告乙Bのみで構成され,同被告の研究分担課題は「コンジェニックマウスを利用した自己免疫疾患に対するE分子の役割とその作用機構の解析」とされている。また,同申請書の「研究の目的」欄の最後に,「主な実験は乙bが行い,丙Aが研究を総括する。」と記載されており,同研究プロジェクトでは,主要な実験を同被告が行い,最後に丙A前教授が研究結果を総括することが予定されていた。
そして,同申請書の「研究目的」欄には,「研究の背景」として,@NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスが発症する重篤なSLEは,H-2遺伝子型が特定のd/zヘテロである場合であり,これはMHCのAα β クラスU分子の作用によることが示唆されていること,dzA上記F1マウスのうちE分子の発現量が大きいH-2コンジェニックマウスではSLEの病態が抑制されるので,E分子はむしろSLEの病態を抑制する方向に働いていることが示唆されること,B最近新たなH-2コンジェニックマウス系を樹立することにより,上記F1マウスのうちA亜83領域の遺伝子型がdホモであるものでも,E分子の発現を全く欠く場合には重篤なSLEが発症することを発見したことが述べられ,E分子の役割の解析が,自己免疫疾患のみならず,アレルギー性疾患,アトピー性疾患においても重要であることが述べられている。
さらに,同「研究目的」欄では,研究プロジェクトの特徴として,樹立したコンジェニックマウス系を使用して,A亜領域の遺伝子型が同一で,E分子の発現の有無が異なるF1マウスを作製し,そのSLE病態を比較検討することにより,E分子がSLE病態に果たす役割を解析することなどが述べられており,同研究プロジェクトで作製する予定のF1マウスとして,通常のNZB雌マウスとH-2遺伝子型をdホモに置換したNZW(NZB×NZW(H-2 ))F1 コンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス(d),NZB.GD雄マウスとNZW.GD雌マウスとを (H-2 :Ab Aa Eb Ea )ddddd交配したF1マウス( ),通常のNZB (NZB.GD×NZW.GD)F1(H-2 :Ab Aa )g2dd雌マウスとH-2遺伝子型をbホモに置換したNZWコンジェニック雄マd b d/bd/bd/bウスとを交配したF1マウス( (NZB(H-2 )×NZW(H-2 ))F1(H-2 :Ab Aa)及びNZB.GD雌マウスとH-2遺伝子型をbホモに置換し Eb Ea )d/bd/b(NZB.GD×N たNZWコンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス()が掲げられている(甲59の1ないし3,乙ZW(H-2 ))F1(H-2:Ab Aa )b g2/bd/bd/b35(3頁))。
コ被告乙Bは,平成11年8月ころ,BXSB雌マウスとH-2遺伝子型がg2/dヘテロのNZB.GD雄マウスとをそれぞれ交配し,得られた各F1雌マウス( いずれも同年8月1日又は(BXSB×NZB.GD(H-2))F1♀。
g2/d3日に誕生した。)の蛋白尿の発現時期の解析を行った。これは,A亜領域の遺伝子型が同一だがE分子が全く形成されないか(Ea亜領域の遺伝子型がbホモ),半分量(Ea亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ)形成されるF1マウスを作製して,各F1マウスの病態を比較し,E分子の役割84を解析する目的に基づくものであった。
同被告は,平成11年11月ないし平成12年2月までの間に,本件マウスC( 。書証中ではF1マウスのH(BXSB×NZB.GD(H-2))F1(H-2)♀g2/d b/g2-2遺伝子型を「b/GD」と表記している。甲48の2,4,5,7,9,10,12及び15番のマウス)に,ループス腎炎に起因するものとみられる蛋白尿発症を確認した。
(BXSB× また,平成12年6月ないし9月の間に,本件マウスE-1(。甲48の1,3,8及び13番のマウス)に,NZB.GD(H-2))F1(H-2 )♀g2/d b/d同様の蛋白尿発症が確認された。
そして,同被告は,解析結果から,上記F1雌マウスのうち,本件マウスC(H-2遺伝子型はb/g2ヘテロ)の方が本件マウスE-1(H-2遺伝子型はb/dヘテロ)よりも,早期(3か月齢ころから)かつ重篤な蛋白尿を発現することを発見した。
その後,原告は,上記研究成果に係るノート(表)を基にF1マウスの月齢と蛋白尿発症率の相関を示すグラフを作成し,同ノートに貼付した(甲48,弁論の全趣旨)。
サ本件講座の構成員らは,平成7年11月ころ以降,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスや,同F1マウスの雌マウスをさらにNZW雄マウスと交配する等して,NZWマウス及びNZBマウスを中心に交配を行ってマウスを作製し,尿の解析や脾臓の重量測定等を行ってきた。
原告は,平成11年11月ころ,NZBコンジェニック雌マウスとNZWコンジェニック雄マウスとを交配してF1マウスを作製したところ,その後,H-2遺伝子型がg2/bヘテロ(書証中では「gd/b」と表記されている。)のF1雌マウス(4727番。同月12日生まれ。)に,上下肢の関節炎の発症が見られ(程度は++),かつこのマウスは脾臓が85腫大しており,平成12年8月1日に8.5か月齢で死亡した。しかし,原告が同年12月ころにNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配して作製した,H-2遺伝子型がd/zヘテロのF1雌マウス(4728番ないし4730番)では,脾臓の腫大は見られなかった(甲26)。
なお,上記の関節炎の発症が見られた時点では,被告乙Bは病気療養のため欠勤中であった(弁論の全趣旨)。
シ被告乙B,丙I,丙B,原告及び丙A前教授は,連名で,平成11年12月,京都市内で行われた第29回日本免疫学会総会学術集会で,「全身性エリテマトーデスにおけるE分子の病態修飾効果」と題する研究発表を行ったが(その後刊行された論文集では,同被告が第1の発表者,丙A前教授が最終発表者とされている。),その内容は概ね次のとおりであった。
なお,この研究発表の「考察」欄の最後には,E分子の抑制効果がどのような機序でもたらされているかにつき個体レベル及び細胞レベルで解析中である旨が記載されている(甲47の2)。
(ア)被告乙Bらの研究グループは,A領域の遺伝子型が同一でありながらE亜領域の遺伝子型が異なるH-2コンジェニックマウス系を樹立し,E分子がSLEの病態に及ぼす影響につき解析を行った。
(イ)具体的には,通常のNZBマウス,NZB.GDマウス,H-2遺伝子型がdホモのNZWマウス,NZW.GDマウス及びH-2遺伝子型がbホモのNZWマウスを適宜使用し,各種NZB雌マウスと各種NZW雄マウスとの交配によるF1マウスを作製し,SLE病態を比較した。
その結果,A亜領域の遺伝子型がdホモであっても,d/bヘテロであっても,E分子の発現量に相関してSLE病態の抑制がみられた。
E分子を発現していないF1マウスでは,A亜領域の遺伝子型がdホモであっても重篤なSLEが発症したが,A亜領域の遺伝子型がd/b86ヘテロの場合には,より早期に重篤なSLEを発症した。
(ウ)マウスのSLEはA分子のヘテロ接合性に拘束される(あるいは,A亜領域の遺伝子がヘテロ型である場合に特に重篤なSLEを発症する。)一方で,E分子の関与によりSLE病態が抑制される。
ス原告は,平成12年初めころ,日本学術振興会から,研究課題「クラスU内E領域に規定される自己免疫疾患抑制の機構」につき,平成12年度分として180万円及び同13年度分として150万円の科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))の交付内定を受け,その後,同会から上記補助金を受けた(甲17の1,2)。
セ原告,丙T,丙S及び丙A前教授は,連名で(上記の順序で執筆者名が記載され,第1の執筆者は原告,最終執筆者は丙A前教授とされている。),平成12年,「International Review of Immunology」誌に,「Genetic Aspects of Inherent B-cell Abnormalities Associated with SLE and B-cell Malignancy: Lessons from New Zealand Mouse Models」(ニュージーランドマウス系を用いたSLE及びB細胞腫瘍におけるB細胞異常に関わる遺伝的要因の解析)と題する論文発表を行ったが,この論文中では,@NZB.GD雌マウスとNZW雄マウスを交配したF1マウス( ),ANZB雌マウスとNZW雄マウス(NZB.GD×NZW)F1(H-2)g2/zとを交配したF1マウス(),BNZB雌マウスとN (NZB×NZW)F1(H-2 )d/zZW.PL雄マウスとを交配したF1マウス( ), (NZB×NZW.PL)F1(H-2 )d/uCNZB雌マウスとH-2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニック雄マウスとを交配したF1マウス( )及びDH-2遺(NZB×NZW(H-2 ))F1(H-2 )d d伝子型がzホモのNZBコンジェニック雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス( )につき蛋白尿発症率及び血(NZB(H-2 )×NZW)F1(H-2 )z z中IgG抗DNA抗体価の比較がされるなどしているが,BXSBマウスとの交配マウスについては言及がなかった(甲20の7,甲21)。
87ソ原告,被告乙B,丙V,丙B,丙E,丙I,丙P及び丙A前教授は,連名で,平成12年11月,仙台市内で開かれた第30回日本免疫学会総会学術集会で,「I-E分子によるSLE抑制機構の解析」と題する研究発表を行ったが(その後刊行された論文集では,上記の順序で発表者名が記載されており,原告が第1の発表者,丙A前教授が最終発表者とされている。),その内容は概ね次のとおりであった。なお,この研究発表の「結論」欄の最後には,SLE抑制に関わるT細胞レパトア解析及びE分子(I-E分子)による抗原提示能への影響に関して検討中である旨が記載されている(甲47の3)。
(ア)原告らの研究グループは,A分子の遺伝子型が同一で,E分子が形成されるマウスと形成されないマウスを作製し,E分子がSLEの発症を抑制する機構の解析を行った。
具体的には,H-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌(NZW(H-2 )×NZB.GD)F1(H マウスとNZB.GD雄マウスとを交配し(b),また通常のBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを -2)b/g2交配して( ),それぞれE分子が形成されな (BXSB×NZB.GD)F1(H-2)b/g2い(欠損する)F1マウスを作製し,これらのF1マウスと,それぞれE分子を形成する,H-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニッ(NZW(H-2 )×N ク雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウス(b),通常のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交 ZB)F1(H-2 )b/d配したF1マウス()との間で病態を比較した。 (BXSB×NZB)F1(H-2 )b/d(イ)そうすると,前記(ア)の各F1マウスのうち,E分子を形成しないF1マウスにおいて極めて重篤なSLEの発症がみられた。
また,前記(ア)ののF1マウスのT細胞2×10 個を,若齢で7SLE発症前の同
のF1マウスに2週間間隔で静脈注射したところ,SLEの発症が高度に抑制された。
88(ウ)E分子によるSLEの抑制は,T細胞が担っている可能性がある。
タ本件講座の構成員らは,平成6年7月ころ,NZB雌マウスとB10.GD雄マウスを交配してF1マウスを得,以降平成15年9月ころにかけて,NZBマウスを使用して退交配(戻し交配)する作業を行い,多数の交配マウスを誕生させて,NZB.GDマウス系を樹立した。また,同構成員らは,平成6年9月ころから平成15年9月ころにかけて,NZW雌マウスとB10.GD雄マウスとを交配したF1マウスにNZWマウスを使用した戻し交配を行い,同様に多数の交配マウスを誕生させて,NZW.GDマウス系を樹立した。
なお,上記のうちNZB.GDマウス系の樹立は,平成元年ころにも行われていたのを再度試みたもので,2度目の樹立であった。
これらの作業で誕生したマウスのうち,NZB雌マウスとH-2遺伝子型がg2/dヘテロのNZB雄マウス(NZB(H-2)♂)との交g2/d配によって平成12年12月10日に誕生した362番の交配雄マウスは,そのH-2遺伝子のK亜領域の遺伝子型がdホモ,A亜領域の遺伝子型がdホモ,E亜領域の遺伝子型がdホモ,D亜領域の遺伝子型がb/dヘテロであった。そして,この雄マウスとNZB雌マウスとの交配によって,平成13年5月6日に誕生した交配マウスのうち,394及び395番の雄マウス並びに同397ないし399番及び402ないし404番の雌マウスは,そのH-2遺伝子のD亜領域の遺伝子型がbホモ,E亜領域の遺伝子型がdホモであった(甲36,弁論の全趣旨)。
チ被告乙B及び当時本件講座の構成員であった丙Gは,H-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌マウス(NZW(H-2 )♀。甲62bの最上段左側の白丸で図示された雌マウス。)とH-2遺伝子型がg2/dヘテロのNZB雄マウス(NZB(H-2)♂。甲62の最上段右g2/d側の白い四角で図示された雄マウス。)とを交配してF1マウスを作製し89たところ,作製されたF1マウスのうちH-2遺伝子型がb/dヘテロの雌マウス( 。甲62の第2段の右端か(NZW(H-2 )×NZB(H-2))F1(H-2 )♀b g2/d b/dら2番目の赤丸で図示された雌マウス。)にRAの発症が見られた。
同被告及び丙Gは,このRA発症F1雌マウスと通常のNZB雄マウス(甲62の第2段の右端の白い四角で図示された雄マウス)とを交配して,(NZW 平成13年1月ころ,H-2遺伝子型がdホモのF1雄マウス((。甲62の第3段の右端から3番目(H-2 )×NZB(H-2))×NZB)F1(H-2 )♂b g2/d dの白い四角で図示された雄マウスであり,乙33の31番のマウスである。
なお,甲62では,この雄マウスの世代をBC-1と表記している。以下「BC-1雄マウス」という。)を作製した。
他方,同被告らは,通常のNZB雌マウス(甲62の第3段の左端の雌マウス)とH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雄マウス(甲62の第3段の左端から2番目の雄マウス)とを交配してH-2遺伝子型がd/bヘテロのF1雌マウス( 。甲62の(NZB×NZW(H-2 ))F1(H-2 )♀b d/b第4段の右端の雌マウス。)を作製した。
同被告らは,さらに,同年4月ころ,このF1雌マウスとBC-1雄マ((NZB×NZW(H ウスとを交配して,合計66匹の雄雌マウスを作製した(。甲62の最下段のマウスであ-2 ))×((NZW(H-2 )×NZB(H-2))×NZB))F1b b g2/dり,乙33の32番以降のマウスである。なお,乙33の32番のマウスの父親欄には,「 」とあるが,これは(NZB×NZW H-2 )×NZB 31 d/db「( 」の誤りである。)。作製され (NZW(H-2 )×NZB(H-2))×NZB)F1(H-2 )b g2/d dたF1マウスのうち,H-2遺伝子型がdホモの雄マウスは合計12匹(甲62の最下段左端の雄マウス。ただし,甲62中には「10匹」と記載されている。乙33の33ないし40,43,50,52及び54番。),d/bヘテロの雄マウスは合計10匹(甲62の最下段左端から2番目の雄マウス。乙33の32,41,42,44ないし49及び5190番。),dホモの雌マウスは合計12匹(甲62の左端から3番目の雌マウス。乙33の52,54,56ないし58,60ないし65及び67番。),d/bヘテロの雌マウスは合計4匹(甲62の左端から4番目の雌マウス及び右端の雌マウス。乙33の53,55,59及び66番。)であり,最後者の雌マウスのうち66番のマウス(甲62の右端の雌マウス。系統図中にいう「BC-2」世代。)がRAを発症した(乙33。)。
平成14年4月30日ころ,丙Gから提供を受けた上記各交配マウスに関するデータをもとに,マウスの系統図が作成され,RAの発症率を母集団の別によって5パーセント又は7パーセントと算出された(甲62,73の1,2)。
上記実験結果に関しては,スライド(甲62,73の2)が作成され,原告に提出された(弁論の全趣旨)。
ツ被告乙Bは,平成13年1月11日,NZW.GDマウスの遺伝子解析を行った際,対照として選択したマウス台帳(甲36)のNZW.GDマウスの部に記載の537番のNZW.GD雌マウスの遺伝子型を解析中に,同マウスの抗E分子抗体反応が陽性で,本来のNZW.GDマウスの陰性反応とは異なることを発見し,E亜領域の遺伝子が組換えを起こした(リコンビナント)可能性に気が付いた。そこで,同被告は,上記マウス台帳の537番のメモ欄に「E++u/dord/uD ?」と記入uし,遺伝子組換えの可能性について書き留めた。
次いで,同被告は,遺伝子組換えの可能性があると考えて,まず上記537番のNZW.GD雌マウスの兄弟姉妹の遺伝子型を解析し,その後H-2遺伝子型がd型のNZWコンジェニックマウスやNZW.PLマウスについても遺伝子解析を行ったほか,さらにNZB.GDマウスについても遺伝子解析を行うことにした。
同被告は,同月12日,NZB.GDマウスをNZBマウスで退交配し91たマウスの遺伝子型の解析を行った。
すなわち,同被告は,まず,当時本件講座内で利用可能であった,E分子の解析のための抗E抗体(ISCR。北里大学の丙W教授から提供を受けた細胞から産生された。),D 分子解析のための抗D 抗体(28-8b b-65;Mab114-1及びH141-30;Mab114-2。東京大学の丙X教授から提供を受けた細胞から産生された。)及びD 分子解d析のための抗Dd抗体(T19-191;Mab117。同様に,東京大学の丙X教授から提供を受けた細胞から産生された。)にそれぞれ蛍光色素を結合させ,各マウスの末梢血細胞と反応させた後に,測定器FACSを用いて検体の解析を行った。
この解析の結果,マウス台帳(甲36)のNZB.GDの部に記載のNZB退交配マウスのうち,350番の雄マウス(平成12年9月15日生まれ)及び361番の雌マウス(平成12年9月12日生まれ)のE分子,Db分子及びDd分子の発現量はいずれも半分量(+/-)であって,H-2遺伝子型はd/g2ヘテロと判定された。362番の雄マウス(平成12年12月10日生まれ)のE分子の発現量は充分量(+/+),Db分子及びDd分子の発現量はいずれも半分量(+/-)であり,Ea亜領域の遺伝子が変化したことが示され,そのH-2遺伝子型はd/g2rヘテロと判定されて,これが最初に得られたNZB.GDr雄マウスとなった。363番の雄マウス(平成12年12月10日生まれ)のE分子の発現量はいずれも充分量(+/+),Db分子の発現はなし(-/-),Dd分子の発現量は充分量(+/+)であり,H-2遺伝子型はdホモと判定された。
同被告は,同月13日,この遺伝子解析の結果を踏まえ,上記マウス台帳の362番の欄のH-2遺伝子型を記す欄に「E DE++」と記db/d入して,同マウスのE亜領域の遺伝子型が組換えによりdホモになってい92るがD亜領域の遺伝子型はNZB.GDマウス由来のb/dヘテロのままであり,E分子の発現量が充分量(++)であることを明らかにするとともに,メモ欄にはK,A及びE亜領域の遺伝子型がそれぞれdホモ,D亜領域の遺伝子型がb/dヘテロである旨を記入して,362番のマウスが,NZB.GDマウス由来のE亜領域の遺伝子型がbからdに
置換された,遺伝子組換えマウスであることを明らかにした(甲36,乙16,36ないし42,弁論の全趣旨)。
なお,他方で,原告は,遅くとも平成14年10月ころ,丙Eに命じて,E亜領域の遺伝子に組換えが生じたと見られるNZB.GDマウスにつき,TNFa亜領域の遺伝子の型判定を実施させ,遅くとも平成15年1月28日ころには,E亜領域の遺伝子に組換えが生じていることを確定させた(甲74の1,2,甲75)。
テ被告乙Bは,平成13年6月27日,「背景と研究目的」と題するメモを作成したが,その内容は次のとおりであった(乙26の1,2)。
(ア)SLEはマウスMHCの特定の遺伝子型に強く拘束され,NZB雌マウスとNZW雄マウスを交配したF1マウスが発症する重篤なSLEはH-2遺伝子型がd/zヘテロであることが拘束因子となっている。
かかる関係は,MHCのうちのAα β 分子によるものである可能性がdzある。
(イ)E亜領域の遺伝子を置換した非肥満性糖尿病マウス(NOD)や同様の置換を行ったBXSBマウスを作製して解析することにより,E分子が自己免疫疾患の病態を抑制する可能性があることが報告されている。
しかし,導入されたE分子が過剰に発現したり,過剰に発現したE分子がA分子に結合することで,A分子による抗原提示を障害する等の非生理的現象が生ずるので,E分子が自己免疫疾患に与える影響は必ずしも明らかではない。
93(ウ)そこで,各種のH-2遺伝子コンジェニックマウス及びリコンビナントNewZealandマウスを使用して解析を行った。
(エ)「H-2--congenic New ZealandマウスにおけるH-2 haplotypeの比較」と題する表では,NZBマウス,NZB.GDマウス,NZB.GDrマウス(表中では「NZB.GDre」と表記されている。),NZWマウス,NZW.GDマウス,H-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウス,H-2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニックマウスのそれぞれのH-2遺伝子型,Aa,Ab,Ea,Eb及びTNF各亜領域の遺伝子型等が示されている。
同表の下部には,H-2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニックマウスでは,Eα 分子(Eα鎖)及びEβ 分子(Eβ鎖)がともに形成d dされること,NZB.GDマウス及びNZW.GDマウスではいずれもEa亜領域の遺伝子がbホモであるためにEα分子(Eα鎖)が形成されないこと,H-2遺伝子型がbホモのNZBコンジェニックマウスでは,Ea及びEb各亜領域がいずれもbホモであるためにEα分子(Eα鎖)及びEβ分子(Eβ鎖)が形成されないことが示されている。
さらに,「表-1New Zealand congenicマウスにおけるH-2 haplotypeの比較」と題する表では,別表3「乙26の2各マウス系と遺伝子型一覧表」記載のとおり,各マウス系とそのH-2遺伝子型及び各亜領域の遺伝子型が示されている(ただし,リコンビナントNZB.GDマウスのH-2遺伝子型の符号が未確定であったので,「?」となっているが,上記一覧表ではそれぞれ適当な符号を記した。)。
ト原告は,遅くとも平成13年10月27日ころまでに,平成14年度及び同15年度の研究経費申請のための平成14年度基盤研究研究計画調書を作成したが,同調書の中では,「研究代表者」として被告乙Bの氏名があり,「研究課題」として「クラスU内E領域に連鎖した自己免疫疾患抑94制遺伝子の同定とその作用機構の解明」が掲げられているほか,研究分担の内容として,同被告が「MHC(H-2)亜領域リコンビナントマウス系の樹立,免疫担当細胞の形質および病態の解析」を,原告が「病態抑制機構の解析,研究の総括」を分担することが示されている。
そして,同調書の「研究計画・方法」欄には,得られる研究経費を使用して行う予定の研究の計画の内容が記載されているが,その中で,当時までの研究によって解析された各コンジェニックマウス系F1マウスのH-2遺伝子型,K亜領域等の遺伝子型,E分子の発現及びSLEの病態の程度が,別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載のとおりであることが明らかにされており,また同表記載の結果から,次の(ア)のとおりの考察がされ,次の(イ)のとおりの実験を計画していることが明らかにされている(甲57の1ないし3)。
(ア)別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載1ないし3番の各F1マウス相互の病態の比較から,Aa及びAb亜領域の遺伝子型がいずれもdホモである場合でも,Ea亜領域の遺伝子型又はD亜領域の遺伝子型にbがあると(dホモではなく,b/dヘテロやbホモであると),SLE病態が増悪する(2及び3番のF1マウス)。同表の3番のF1マウスと5番のF1マウスの病態の比較から,Ea又はD亜領域の遺伝子型がbホモの場合,Aa亜領域及びAb亜領域の遺伝子型がd/bヘテロのものの方(5番のF1マウス)がdホモのもの(3番のF1マウス)よりもSLE病態が極めて重篤である。同表の4番と5番,6番と7番のF1マウスの相互の病態の比較から,Aa及びAb亜領域の遺伝子型がd/bヘテロの場合には,Ea又はD亜領域の遺伝子型にdがあると(bホモではなく,b/dヘテロやdホモであると),SLE病態が抑制される。
そこで,SLEの病態の抑制には,E分子が関与しているか,d型の95D亜領域が関与している可能性があるが,そのいずれであるかを解析する必要がある。
(イ)既に予備実験でCD8 T細胞の移入によるSLE病態の抑制+効果が確認されているが,この実験結果を再確認するべく,別表1「甲57各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の1ないし3番,4番及び5番並びに6番及び7番の3つの組合せで,SLEが抑制されているF1マウスのCD8 T細胞を高度のSLEを発症しているF1マウスに移+入して,SLE病態への影響を解析する。
SLE病態を抑制するT細胞の存在を確認した後,その発現又は維持機構を,骨髄移植を利用したin vivo(生体実験)の系で解析し,他方in vitro(試験管実験)の抗体産生系を用いてSLE抑制機構を細胞・分子レベルで解析する。
H-2遺伝子のAb,Aa,Eb,Ea及びD各亜領域内で遺伝子組換え(リコンビネーション)が起きたH-2リコンビナントNewZealandマウス系を樹立し,SLE病態の抑制がどの亜領域の遺伝子に支配されているのかを解析する。
なお,同調書の「研究計画・方法」欄末尾では,「現在,既にEaとD亜領域間にrecombinationが起こったマウス系を得ており,recombinationは比較的高率に起こる現象であると考えられる。」と記載されており,当時既にEa亜領域とD亜領域の遺伝子の中間で遺伝子組換えの生じたリコンビナントマウスを得ていたことが示されている。
ナ被告乙Bは,平成13年11月12日,それまでの解析結果を基に,「New Zealand congenicマウスにおけるH-2 haplotypeの比較」と題する,各コンジェニックマウス等のH-2遺伝子型並びにK,Ab,Aa,Eb,Ea,TNF,D及びL亜領域の遺伝子型を示した一覧表を作成した(別表4「乙20の2各マウス系と遺伝子型一覧表」)。同一覧表記96載29番のマウスは,本件マウスA(雄)及びD(雌)であり,同一覧表記載30番のマウスは,本件マウス@(雄)及びC(雌)である(乙20の1,2)。
ニ(ア)被告乙Bは,平成13年12月ころ以降,H-2遺伝子型がg2/dヘテロ(NZB.GDマウスの交配マウス)及びg2r/dヘテロ(NZB.GDrマウスの交配マウス。証拠(甲49,乙7)中では亜領域の遺伝子型に着目して「D E /d」と表記されている。)のNZbdB雄マウスを使用し,平成14年10月ころからはH-2遺伝子型がg2ホモのNZB雄マウス(NZB.GD雄マウス)も使用し(乙7の167番以降),また平成15年1月ころからはH-2遺伝子型がg2rホモのNZB雄マウス(NZB.GDr雄マウス)も使用して,平成15年3月ころまで,通常のBXSB雌マウスと交配を行って少なくとも合計約270匹のF1雄雌マウスを作製した。
同被告がそのSLEの病態を観察したところ,F1雄マウスについては,H-2遺伝子型がb/dヘテロ,b/g2rヘテロ及びb/g2ヘテロのいずれのものにも関節の強直等が見られ,RAを発症する個体が確認されたほか,生後3か月齢程度の極めて早期から蛋白尿を発症する個体があり,F1雌マウスの病態とは対照的であった。本件各マウスは上記のとおりに作製されたF1マウスにすべて含まれている(甲49,55,乙7)。
(イ)他方で,被告乙Bは,平成14年11月ころから同15年4月ころまで,H-2遺伝子型がg2r/dヘテロのNZB雌マウス(NZB.GDr雌マウス)と通常のBXSB雄マウスとを交配して,少なくとも合計30匹のF1雄雌マウスを作製し,その後,上記F1雄雌マウスの病態の観察を行った(甲49,55,乙7)。
(ウ)被告乙Bは,交配して得た各F1マウスにつき,病態観察のほか,971か月に1回の割合で採血を,1か月に2回の割合で採尿を行い,実験データを採取した(甲49,乙7,35(7頁))。
(エ)被告乙Bは,飼育スペースが手狭になったため,平成14年12月ころ,原告に対し,余分な飼育スペースを割り当てて欲しい旨申し出たが,原告は被告乙Bに対し,雄マウスを処分するよう命じたので,同被告は,雄マウスの一部を処分した(乙35(7頁))。
なお,同被告は,原告の求めに応じて上記マウス台帳のコピーを手渡した後,本件訴訟が提起された後に,同台帳の蛋白尿の検査結果を記したページのうち,68番のマウスに係るメモ欄に,「021210甲先生指示”♂全部処分”No.69以下の雄は処分する予定」と書き込んだが,これは同被告が平成14年12月ころに原告から雄マウスの処分を指示されたことを忘れないようにするためであった(甲49,乙7,17)。
(オ)被告乙Bは,平成15年1月ころ,上記(ア)のF1マウスのうちの5か月齢のF1雄マウスの一部に,関節の発赤及び腫れがあることに気が付き,さらに同年2月ころ,このF1雄マウス(6か月齢)の関節に強直が見られることを発見した。
そして,同被告は,同年3月ころ,本件講座の他の構成員とともに,上記F1雄マウスがRAを発症していることを目で見て確認した(乙35(7,8頁))。
(カ)その後,被告乙Bは,SLE病態の観察に加えてRAの発症の有無も確認するようにしたところ,複数の雄マウスがRAを発症するのを確認した。
同被告は,上記マウス台帳に各F1マウスの遺伝子型に応じてマーカーを引くなどして,実験結果を分析した。同被告は,前記(ア)のF1マウスに関して,7か月齢における,H-2遺伝子型がb/dヘテロのF981雄マウス(本件マウスB)のRA発症率は約90パーセント,同遺伝子型がb/g2rヘテロのF1雄マウス(本件マウスA)のRA発症率は約80パーセント,同遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雄マウス(本件マウス@)のRA発症率は約11パーセントであり,F1雌マウスはRAを発症しないことを発見した。
さらにその後,同被告は,解析を継続し,多数のF1マウスの実験結果から,前記(ア)のF1マウスに関して,SLE病態が,H-2遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雌マウス(本件マウスC),同遺伝子型がb/g2rヘテロのF1雌マウス(本件マウスD),同遺伝子型がb/dヘテロのF1雌マウス(本件マウスE),同遺伝子型がb/g2ヘテロのF1雄マウス(本件マウス@),同遺伝子型がb/g2rヘテロのF1雄マウス(本件マウスA),同遺伝子型がb/dヘテロのF1雄マウス(本件マウスB)の順でより軽度になることを発見し,SLE及びRAの発症にはEa亜領域の遺伝子型及び性差が強く関係していることを発見し,かつSLEの発症とRAの発症とは逆相関(一方が発症すると他方が発症しない)の関係があることの示唆を得た(甲49,乙7,35(8頁))。
(キ)他方で,被告乙Bは,平成15年3月ころ,前記(ア)のとおり作製されたF1マウスのうち,RAを発症するH-2遺伝子型がb/dヘテロ(本件マウスB)及びb/g2rヘテロ(本件マウスA)のF1雄マウスの父親が同一のNZB(H-2)雄マウスであること,このd/g2r父親マウスのH-2遺伝子のうちd型の遺伝子は市販のNZBマウス由来のものであることに気が付いた。
そこで,同被告は市販の通常のBXSB雌マウスと市販の通常のNZB雄マウスとを交配しても簡便にRAを発症するF1マウスを作製できるのではないかと考え,同年4月ころから同年12月ころまで,通常の99BXSB雌マウスと市販の通常のNZB雄マウスとを交配して,少なくとも合計66匹のF1雄雌マウスを作製し,その病態を観察したところ,早くとも同年9月ころ,F1雄マウスが5か月齢でRAを発症することを確認した。なお,マウス台帳(乙7)のうち同F1マウスの系統を示す表の最後には,「以下♀子不要」と,平成15年12月の交配以後は,かかる交配によるF1雌マウスの作製が不要になった旨が記載されている(甲49,55,乙7,35(8頁))。
(ク)なお,被告乙Bが本件マウスDの蛋白尿発症を確認したのは,平成14年5月1日が最初であって(平成13年12月25日に生まれた,甲49及び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の6番の雌マウス。父親はマウス台帳(甲36)のNZB.GDマウスに係る部分に記載されている501番のNZB雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ)。以下,同台帳のNZB.GDマウスに係る部分に記載された番号に従って,当該NZBマウスを「甲36-501番雄マウス」などという。),次いで平成15年1月20日(平成14年9月5日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の47番の雌マウス。
父親は甲36-592番又は595番雄マウス(H-2遺伝子型はいずれもd/g2rヘテロ。)。)から平成15年5月17日(平成14年9月20日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の91番の雌マウス等)までの間,多数の同マウスの蛋白尿発症を確認している。
被告乙Bが本件マウスE-2の蛋白尿発症を確認したのは,平成15年2月10日が最初であって(平成14年9月5日に生まれた,甲49及び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の46番の雌マウス。
父親は甲36-592番又は595番雄マウス(H-2遺伝子型はいずれもd/g2rヘテロ)。),次いで平成15年2月26日(平成14100年7月22日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の33番の雌マウス(父親はH-2遺伝子型がd/g2rヘテロの甲36-394番雄マウス。)及び平成14年9月5日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の45番の雌マウス。父親は甲36-592番又は595番雄マウス。)以降,多数の同F1マウスの蛋白尿発症を確認している。
被告乙Bが本件マウス@の蛋白尿発症を確認したのは,平成15年2月26日が最初であって(平成14年11月2日に生まれた,甲49及び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の191番の雄マウス。
父親は甲36-718番雄マウス(H-2遺伝子型はg2ホモ)。ただし,その後蛋白尿はいったん解消し,平成15年4月30日に再び発症した。),次いで平成15年4月30日に3匹のマウスの蛋白尿発症を確認している(上記191番の雄マウス並びに平成14年11月2日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の189番及び192番の雄マウス。父親は共通の上記甲36-718番雄マウス。ただし,上記189番及び192番の雄マウスの蛋白尿はその後に解消した。)。
被告乙Bが本件マウスAの蛋白尿発症を確認したのは,平成15年3月11日が最初であって(平成14年9月5日に生まれた,甲49及び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の57番及び68番の雄マウス。上記57番の雄マウスの父親は甲36-592番又は595番雄マウス(H-2遺伝子型はいずれもd/g2rヘテロ)で,その後この雄マウスの蛋白尿は解消した。上記68番の雄マウスの父親は甲36-595番雄マウスであった。),次いで平成15年3月25日(平成14年7月22日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の35番の雄マウス。父親は甲36-394番雄マウス(H-2遺伝子101型はd/g2rヘテロ)。)及び平成15年4月30日(平成14年7月22日に生まれた,父親が上記甲36-394番雄マウスである,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の34番の雄マウスと,平成14年9月5日に生まれた,父親が甲36-592番又は595番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ)である,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の55番の雄マウス。)に本件マウスAの蛋白尿発症を確認し,その後も多数の本件マウスAの蛋白尿発症を確認している。
被告乙Bが本件マウスBの蛋白尿発症を確認したのは,平成15年2月26日が最初であって(平成14年9月5日に生まれた,甲49及び乙7の「BXSB×NZB.GD/d」の部の66番の雄マウス。父親は甲36-595番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ)。
ただし,その後に蛋白尿はいったん解消し,平成15年4月11日に再び発症した。),次いで平成15年3月11日(平成14年9月5日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の59番の雄マウス。父親は甲36-592番又は595番雄マウス(H-2遺伝子型はいずれもd/g2rヘテロ)。ただし,その後に蛋白尿は解消した。),平成15年4月30日(平成14年7月22日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の36番の雄マウス。父親は甲36-394番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ。ただし,その後に蛋白尿は解消した。)及び平成15年6月2日(平成14年9月5日に生まれた,上記「BXSB×NZB.GD/d」の部の56番の雄マウス。父親は甲36-592番又は595番雄マウス。)に本件マウスBの蛋白尿発症を確認している(甲49,乙7)。
ヌ原告は,平成14年3月,日本学術振興会から受けた平成12年度及び同13年度の科学研究費補助金に係る研究につき,「クラスU内E領域に102規定される自己免疫疾患抑制の機構」と題する研究成果報告書を作成して,同会に提出したが,この報告書の中では,研究代表者として原告の氏名が,研究分担者として被告乙Bの氏名が掲げられている。この報告書の内容は,概ね次のとおりであった(甲17の2)。
(ア)研究の背景と目的原告らの研究グループは,これまで,NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配させてF1マウス系を作製することにより,SLEの発症がMHCの特定の遺伝子型に強く拘束されること,具体的には,同F1マウスが重篤なSLEを発症するには,そのH-2遺伝子の型が,母親であるNZBマウス由来のd型と,父親であるNZWマウス由来のz型とによりd/zヘテロとなること(d/zヘテロ接合性)が必要であることを見出した。その後,同研究グループが,さらに自己反応性T細胞クローンを樹立して,研究を継続したところ,このd/zヘテロ接合性の必要性が,SLE発症F1マウスのA亜領域のヘテロ接合性に由来する可能性を見出し,他方で,マウスのクラスU分子のうちE分子の存在がSLE病態を抑制する可能性を示す研究結果を得た。この研究は,SLE病態抑制に対するE分子の形成の寄与の有無及びその作用機序の解明を目的とするもので,SLE治療に新しい知見を与え得るものである。
(イ)方法と結果a原告らの研究グループは,NZB.GD,NZW.GD,NZW.H-2 及びNZW.H-2 の各マウス系を既に樹立し,1500匹d bの交配マウスの中から見出したマウスを用いてNZB.GDr及びNZB.GDrrの各マウス系を樹立しつつある。ここで,それぞれ,NZB.GDマウス系はB10.GDマウス系由来のH-2遺伝子(g2型)をNZBマウスに導入したH-2コンジェニックマウス系,NZW.GDマウス系は上記B10.GDマウス系由来のH-2遺伝103子をNZWマウスに導入したH-2コンジェニックマウス系,NZW.H-2 マウス系はNZBマウス系由来のH-2遺伝子(d型)をNdZWマウスに導入したH-2コンジェニックマウス系,NZW.H-2 マウス系はC57BL/6マウス系由来のH-2遺伝子(b型)bをNZWマウスに導入したH-2コンジェニックマウス系である。また,NZB.GDrマウス系はNZB.GD雌マウスとNZB雄マウスとを交配したマウスから生じた,Ea亜領域とTNF亜領域の遺伝子の中間で組換え(recombination)が起きたH-2リコンビナント・コンジェニックマウス系であり,NZB.GDrrマウス系は,さらにEb亜領域とEa亜領域の遺伝子の中間でも組換え(double recombination)が起きたH-2リコンビナント・コンジェニックマウス系である。
Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合にはEα鎖が形成されず,E分子が発現しないので,Ea亜領域の遺伝子型がbホモとなる,H-2遺伝子型がg2ホモのNZB.GD及びNZW.GDマウス,H-2遺伝子型がg2rrホモのNZB.GDrrマウス並びにH-2遺伝子型がbホモのNZW.H-2 マウスでは,E分子が発現しない。
bb原告らの研究グループは,K,Ab,Aa及びEb亜領域の遺伝子型がdホモ及びd/bヘテロのもののそれぞれにつき,Ea亜領域の遺伝子型が異なることによりE分子の発現量が異なる組合せとなるよう,別表5「甲17の2各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の9ないし13番のF1マウスを作製し,その病態,蛋白尿累積発現率及び血中のIgG抗DNA抗体価を比較した。
すると,E分子の発現量に相関して,SLEの病態が抑制されることが示された。すなわち,Ea亜領域の遺伝子型がbホモであるためE分子を発現しないもの,同遺伝子型がd/bヘテロであるためE分104子の発現量が半分であるもの,同遺伝子型がdホモであるためE分子を充分量発現するものの順で,SLEの病態が重度であった。また,Ea亜領域の遺伝子型がbホモでE分子を発現しないF1マウスにおいては,Aa及びAb各亜領域の遺伝子型がdホモのものよりもd/bヘテロのものの方がSLEの病態が極めて重篤であった。A分子がヘテロ接合性であるとSLE病態が促進され,E分子が発現するとSLE発症が抑制されることが示唆された。
しかし,TNF,D及びL各亜領域の遺伝子型はF1マウスごとに異なるので,SLE病態の違いがE分子の発現量に規定されるものとまでは断定できなかった。
そこで,原告らの研究グループは,TNF,D及びL各亜領域の遺伝子型を同一にし,Ea亜領域の遺伝子型のみが異なる複数のF1マウスを作製し,実験を行っている。
c前記F1マウスのうち最も病態が軽度の別表5「甲17の2各マ(NZB×NZW(H-2 ))F1 ウス系と遺伝子型一覧表」記載9番のマウス(d)からT細胞を得,その後にD8 T細胞 (H-2 :K Ab Aa Eb Ea TNF D L )ddddddddd +等を分離し,E分子を半分量発現する,NZB.GD雌マウスとNZ(NZB.GD×NZW W(H-2 )雄マウスとの交配によるF1マウス(d)に静脈注射したところ,D8 T細胞を移入した場 (H-2 ))F1(H-2)d g2/d +合に長期にわたって血中IgG抗DNA抗体価の抑制及び蛋白尿発症の遅延が見られ,一定量のCD8 T細胞が存在することで長期にわ+たって自己抗体産生が抑制されることが明らかになった。
(ウ)考察前記(イ)の研究によって明らかになったのは,次のaのとおりであり,今後の課題は次のbのとおりである。今後,この課題を解決するため,H-2リコンビナント・コンジェニックマウス系の樹立等を進める予定105である。
a明らかになった事項(a)Ea亜領域の遺伝子型がdホモの場合(E分子が充分量発現する場合)にはSLE病態が抑制される。
(b)Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合(E分子が発現しない場合)には,Aa及びAb各亜領域の遺伝子型がd/bヘテロのものの方が,dホモのものよりも重篤なSLEの病態を示す。
(c)CD8 T細胞集団の中には,SLE病態を抑制する細胞群が+含まれている。
b今後の課題(a)SLEの病態の抑制がE分子の発現そのものに由来するのか不明である。
(b)Aa及びAb各亜領域の遺伝子型がヘテロであることによってSLE病態が増悪する機序の解明(c)CD8 T細胞のSLE病態抑制の機序+ネ被告乙Bは,平成14年9月18日,本件講座内部の研究発表会で,パワーポイントのスライドを使用し,「全身性エリテマトーデスにおけるMHC遺伝子多型の影響」と題する研究発表を行ったが,その内容は概ね次のとおりであった(乙21の1,2)。
(ア)背景と研究目的SLEはMHCの特定の遺伝子型と強い拘束性(結び付き)を有し,(NZB×NZ NZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウス()の重篤なSLE発症についてはH-2遺伝子型がd/zヘテロでW)F1あること(d/zヘテロ接合性)が拘束因子となっている。この拘束性に関連して,Aα Aβ 分子によってSLE病態が増悪することが示唆dzされ,他方E分子によってSLE病態が抑制される可能性が示されてい106る。
ところで,H-2コンジェニックNZB雌マウス及びH-2コンジェニックNZW雄マウスを用いて交配を行った実験結果から,E分子のみならずD分子もSLE病態と相関することが強く示唆された。
そこで,E分子がSLE病態に及ぼす影響を,NZB雌マウス及びNZW雄マウスの各種H-2コンジェニックマウス及びH-2リコンビナントマウスを用いて交配し,またBXSB雌マウスとNZB雄マウスを交配して,それぞれF1マウスを作製することにより,比較検討して解析を行った。
(イ)自己免疫疾患に対するE分子の影響各種遺伝子型のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配してF1マウスを作製したところ,A亜領域の遺伝子型がdホモのF1マウスでは,Ea亜領域の遺伝子型がbホモ(E分子が発現しない)のもの,d/bヘテロのもの,dホモのものの順に,蛋白尿の発症がより早期かつ高率で,かつIgG抗dsDNA抗体価が高く,またA亜領域の遺伝子型がd/bヘテロのF1マウスでは,Ea亜領域の遺伝子型がbホモのもの,d/bヘテロのものの順に,蛋白尿の発症がより早期かつ高度で,かつIgG抗dsDNA抗体価が高かった。
(ウ)まとめ実験結果から,次のaないしcが示された。現在,マウスのSLE病態の抑制がE分子それ自体によって生じているのか,E亜領域に連鎖したD亜領域を含む他の亜領域の遺伝子が関与して生じているのかを,E亜領域とD亜領域の遺伝子の中間で組換えを起こしたリコンビナントNZBマウス系を樹立し,BXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配F1マウス(),BXSB雌マウスとNZB.GD雄マ(BXSB×NZB)F1ウスによる交配雄マウスをさらにBXSB雌マウスと交配したF1マウ107ス( ),BXSB雌マウスとNZB.GD(BXSB×(BXSB×NZB.GD))F1r雄マウスによる交配マウスをさらにBXSB雌マウスと交配したF1マウス( )の3種類のF1マウスにつき退(BXSB×(BXSB×NZB.GDr))F1交配マウスを作製して解析中である。
aSLEはA分子のヘテロ接合性に拘束される(Ab及びAa亜領域の遺伝子型がいずれもヘテロ型である場合に重篤なSLEが発症する。)一方で,E分子の関与により抑制される。
(NZB× bNZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウス()でも,BXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配F1マNZW)F1ウス()でも,クラスUのEa亜領域,TNF亜領域(BXSB×NZB)F1及びクラスTのD亜領域の遺伝子型がいずれもbホモであるときに,血中の自己抗体がより高値になり,蛋白尿がより早期に発症し,かつ発症率がより高くなる。
(NZB× cNZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウス()では,クラスUのEa亜領域の遺伝子型がdホモのときに自NZW)F1己抗体の産生量が抑制される。他方,BXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配F1マウス()では,H-2遺伝子型(BXSB×NZB)F1がd/bヘテロのときに血中の抗DNA抗体の産生量及び蛋白尿発症率が抑制される。
(エ)今後の実験予定a前記(ウ)の退交配マウスの作製を行った上で,マイクロサテライト法(Microsatellite)による自己免疫疾患の責任遺伝子を同定する。
b試験管実験(in vitro)で,サイトカインの産生量等を測定し,抑制性T細胞の機構を解析する。
cCMFDA及びGFPをラベル下CD8 T細胞及びCD4 T細胞+ +の移入実験を行い(予備実験が進行中である。),抑制性T細胞の機108構を解析する。
ノ原告は,遅くとも平成14年10月29日ころ,平成15年度及び同16年度の研究経費の申請のため,研究代表者を被告乙Bとする研究計画調書の草稿を作成して,順天堂大学の秘書丙Y宛てに電子メールに添付して送信した。
その後に完成された研究計画調書には,研究課題として「自己免疫抑制MHC領域の同定と抑制性CD8T細胞の機能解析」との課題が,研究組織として被告乙B及び本件講座の助手である丙Iのみの氏名がそれぞれ記載され,かつ同被告が分担する役割として「MHC(H-2)亜領域リコンビナントマウス系の樹立と自己免疫疾患に及ぼす影響の解析,CD8T細胞導入実験」と,丙Iが分担する役割とし「CD8T細胞の病態抑制機構のin vitro解析」とそれぞれ記載されている。
また,上記草稿のうち,研究の目的の欄等の各記載内容は完成された調書の該当欄の内容とほぼ同一であり,その内容は概ね次のとおりである(甲46の1,2,乙15。なお,これらの証拠中には別表2「甲46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」記載の各F1マウスのTNF亜領域の遺伝子型が明らかにされていないが,同証拠中のNZBマウス等の亜領域の遺伝子型に係る記載から容易に導かれるので,別表2には上記各F1マウスのTNF亜領域の遺伝子型も記載した。)。
(ア)研究の目的自己免疫疾患はMHCの特定の遺伝子型に強く拘束されるが,その機構は明らかではない。自己抗体の産生が原因であるSLEにおいては,自己抗原提示の観点から,クラスUがMHCの拘束性を規定している可能性が最も高い。
これまで,MHCであるH-2遺伝子のクラスUのA亜領域とE亜領域の中間で遺伝子組換えを起こしたH-2遺伝子をNewZeala109ndマウス系に導入したH-2コンジェニックマウス系を樹立してSLE病態を解析してきたところ,Ea亜領域以後(下流)の亜領域の遺伝子型がbホモのマウスではSLEを発症するが,これがdホモのマウスではSLE病態が高度に抑制されることを見出した。この知見から,E分子の存在がSLE抑制に関与する可能性,E亜領域より下流のTNF亜領域又はクラスTのD亜領域の遺伝子がSLE抑制に関与する可能性が考えられる。他方,T細胞移入実験の結果から,CD8 T細胞がS+LE病態を抑制する作用を有することを見出した。
SLE病態抑制性CD8 T細胞の機能発現にクラスTであるD亜領+域等の亜領域の遺伝子が関与している可能性や,E分子の発現が特定のCD4 T細胞を活性化し,二次的にSLE病態抑制性CD8 T細胞の+ +機能維持に関与している可能性がある。
そこで,E亜領域とD亜領域の中間で遺伝子組換えを生じたH-2リコンビナント・コンジェニックマウス系を樹立して,SLE病態の抑制に作用しているMHCの領域を同定し,かつCD8 T細胞の発現及び+SLE病態抑制の機構を分子レベルで解明する研究をする必要がある。
(イ)研究の特色,独創性と予想される結果と意義H-2コンジェニックNewZealandマウス系を使用したSLE発症に関するMHCの役割の解析の研究から,MHC遺伝子にはSLE病態の増悪と抑制という相反する影響を示す亜領域が存在することが示された。本研究は従来の研究結果に基づくもので,この点に特色と独創性がある。
(ウ)従来の研究成果,成果と準備状況被告乙Bは,SLE自然発症系マウスである,NZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウスを使用してMHCの役割を解析すべく,NZB.GD,H-2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニックマウス,110NZW.GD及びNZW.PLの各H-2コンジェニックマウス系を樹立して病態を観察し,@E分子がSLE病態を抑制する可能性,AクラスU遺伝子のA亜領域の遺伝子型がdホモであってもE分子が発現しないときは重篤なSLEを発症すること,BNZB雌マウスとH-2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニック雄マウスによる交配F1マウス()のCD8 T細胞をNZB.GD雌マウスとH-(NZB×NZW(H-2 ))F1d +2遺伝子型がdホモのNZWコンジェニック雄マウスによる交配F1マウス( )に移入すると,前者のF1マウスと同程(NZB.GD×NZW(H-2 ))F1d度にSLE病態が抑制されること等を見出した。
現在,MHC遺伝子のE,TNF及びD亜領域の遺伝子の中間で遺伝子組換えを生じたH-2リコンビナント・コンジェニックNewZealandマウス系の樹立を行っており,既にTNF及びD亜領域の遺伝子の中間で遺伝子組換えを生じたNZB.GDrマウス系を樹立した。
同マウス系を利用することで,どの亜領域の遺伝子がSLE病態抑制に関与するのかを解明する。
既に明らかになっている各交配F1マウスのSLEの重症度は別表2「甲46,乙15各マウス系と遺伝子型一覧表」記載のとおりであるが,同一覧表記載1ないし3番,5番と6番,8番と9番のF1マウスのSLE病態を比較したところ,A亜領域の遺伝子型がdホモであるかd/bヘテロであるかにかかわらず,Ea又はD亜領域にd型の遺伝子が存在すると,SLE病態が抑制された。反対に,Ea又はD亜領域にb型の遺伝子があると,SLE病態は増悪した。
SLE病態抑制効果がd型のEa分子の存在によるものか,D亜領域の遺伝子又は同亜領域に連鎖した他の亜領域のd型の遺伝子によるものかを,NZB.GDrマウスを用いた同一覧表記載4番,7番及び10番のF1マウスを作製して解析するが,この研究は主に同被告が行う。
111今後,CD8 T細胞の移入によるSLE病態抑制効果を再確認する+等して,d型のEa又はD亜領域の遺伝子の病態抑制機構を明らかにするが,生体実験(in vivo)の解析は同被告が,試験管実験(in vitro)の解析は丙Iがそれぞれ行う。
ハ被告乙B,丙G,丙B,丙I,丙E,丙Z,丙P及び原告は,連名で(上記の順序で発表者が記載されており,同被告が第1の発表者,原告が最終発表者とされている。),平成14年12月,第32回日本免疫学会総会学術集会において,「MHC亜領域による全身性エリテマトーデス拘束性の解析」という標題で,研究結果を発表したが,その内容は概ね次のとおりであった(甲47の4)。
(ア)自己免疫疾患の発症はMHC遺伝子の特定の遺伝子型に強く拘束されるが,非肥満型糖尿病(NOD)マウスやBXSBマウスを用いた解析から,H-2遺伝子のうちクラスUのA亜領域の遺伝子は病態を増悪させるが,E亜領域の遺伝子は病態を抑制する可能性が示されている。
MHCリコンビナントNODマウスを用いた解析から,MHC遺伝子のクラスTのK及びD亜領域にもSLE病態を規定する遺伝子が存在することが明らかになった。
そこで,SLEに対するE及びD亜領域の遺伝子による拘束性を明らかにするため,H-2リコンビナントNewZealandマウス系を樹立し,各亜領域の遺伝子による拘束性を解析した。
(イ)Ea亜領域とD亜領域の中間で遺伝子組換えを生じたNZB.GDrマウスを用い,H-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウスとによる交配F1マウスを作製して,他の交配マウスとSLEの病態を比較した。
そうすると,NZB.GDマウスとH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウスによる交配F1マウス,上記のNZB.GDrマ112ウスとH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウス,NZBマウスとH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニックマウスによる交配F1マウスの順で病態が高度であった。
(ウ)MHC遺伝子の亜領域の遺伝子のうち,b型のEa亜領域遺伝子(Eα鎖が形成されず,E分子を発現しない。)は高度の,b型のD亜領域遺伝子は軽度のSLE増悪効果をそれぞれ示す。
ヒ被告乙Bは,平成15年4月ころ,原告に対し,BXSB雌マウスとNZBコンジェニック雄マウスの交配によるH-2遺伝子型がb/dヘテロのF1雄マウス(本件マウスB)がRAを発症する事実を報告し,加えて市販の通常のBXSB雌マウスと市販の通常のNZB雄マウスとによる交配F1雄マウスもRAを発症する可能性があることを説明した。
原告は,この際,上記F1雄マウスの発明を特許出願する件につき興味を示した。原告は,その後,関係部局に連絡し,平成15年5月上旬ころ,同被告に対し,「5/6(火)午後リウマチマウスの特許に関して話を聞きに特許の係の人が来ます。打ち合わせしましょう。」とのメモを渡し,上記発明の特許出願につき事前に打合せをしようと提案した(乙22,35(8頁))。
フ平成15年5月6日,本件講座では科学技術事業団の担当者丙Jが同席し,医局員全員が出席して特許出願についての説明会が行われたが,被告乙Bは,この際,パワーポイントのスライドを使用して(乙46の1,2),自らが見出した本件マウスB等のRA発症マウスの説明を行った。
原告は,この説明会の際,本件講座の医局員の前で,「私と乙b先生が一緒に特許を申請します。」とか,「私が特許申請書を作成します。」などと発言した。
そして,原告と被告乙Bとの間では,同被告の日本語の表現能力が十分でなかったことから,同被告が提供したデータをもとに,原告が特許申請113書を作成することになった(乙35(8,9頁))。
ヘ(ア)被告乙Bは,平成15年5月7日,原告の求めに応じ,特許申請書作成の便宜のため,BXSB雌マウスとNZBコンジェニック雄マウスとの交配による本件マウスB等のRA発症マウスについて説明を行った。
具体的には,同被告は,リウマチマウスのマウス台帳(甲49,乙7)に基づき,RA発症F1雄マウスの作製方法,遺伝関係及びRA発症の程度を詳しく説明し,他方,原告はこの説明を聞きながら,別紙本件各マウス系統樹記載のとおり,マウスの系統樹(乙19。以下「本件系統樹」という。)を作成した(甲8,乙18(3頁),19,35(9頁))。
本件系統樹においては,雌マウスが○で,雄マウスが□でそれぞれ表記され,RAを発症したものについてはこれらの塗りつぶし(●又は■等)で表記されており,その内容のうち主要な部分は,概ね次のとおりである(甲8,49,乙7,18(4ないし9頁))。
aグループT甲36-394番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ)と市販の通常のBXSB雌マウスとを交配したところ,平成14年7月22日及び同月28日に誕生したF1雄マウス6匹(本件マウスA及びB。7匹誕生したが,うち1匹は死亡した。)のいずれにもRAの発症が見られたが,F1雌マウス(本件マウスD及びE)にはRAの発症は見られなかった(甲8の上から概ね4段目左側)。このF1雄マウスは,リウマチマウスのマウス台帳(甲49,乙7)の「BXSB×NZBGD/d」の部分の34番及び36ないし40番のF1雄マウス(以下,同台帳の「BXSB×NZBGD/d」の部分に記載された番号に従って,「甲49-34番雄マウス」などという。)である。
114RAを発症した6匹のF1雄マウスのうち3匹(甲49-34,37及び38番雄マウス)のマウスのH-2遺伝子型はb/g2rヘテロであり(本件マウスA。 ),(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂d/g2r b/g2r他の3匹(甲49-36,39,40番雄マウス)のH-2遺伝子型(BXSB×NZB.GDr(H-2)) はb/dヘテロであった(本件マウスB。
d/g2r)。 F1(H-2 )♂b/dbグループU等市販の通常のBXSB雌マウスと甲36-592及び595番雄マウス(H-2遺伝子型はいずれもd/g2r。)とを交配したところ,平成14年9月5日に誕生した合計15匹のF1雄マウス(本件マウスA及びB。16匹誕生したが1匹(甲49-58番雄マウス)は死亡した。)のすべてがRAを発症したが,このF1雄マウスのうち一部(甲49-53,56,59,60,62及び65ないし67番雄マウス。合計8匹。)のマウスのH-2遺伝子型がb/dヘテロであり(本件マウスB。 ),残りのマ(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2 )♂d/g2r b/dウス(甲49-54,55,57,61,63,64及び68番雄マウス。合計7匹。)のH-2遺伝子型がb/g2rヘテロであった(本件マウスA。 )。しかし,(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂d/g2r b/g2rこの交配によって同日に一緒に誕生した雌マウス(H-2遺伝子型がb/dヘテロの雌マウス( )すな(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2 )♀d/g2r b/dわち本件マウスE-2及び同遺伝子型がb/g2rヘテロの雌マウス( )すなわち本件マウスD。な(BXSB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♀d/g2r b/g2rお,本件系統樹では合計「10匹」と記載されているが,甲49-44番ないし52番雌マウスのことであるから,合計「9匹」が正しい。)はいずれもRAを発症しなかった(以上につき,本件系統樹の最下段左側)。
115なお,甲36-592及び595番雄マウスは市販の通常のNZB雌マウスと甲36-550番雄マウスとを交配して得られたマウス( )であるところ,上記甲36-(NZB×NZB.GDr(H-2))F1(H-2)♂d/g2r d/g2r595番雄マウスのほか,その兄妹マウスのうちH-2遺伝子型がd/g2rヘテロの雄マウス(甲36-591番雄マウス)にも左肢の腫れ及び指の潰瘍の発症が見られた(本件系統樹の上から概ね7段目)。本件系統樹中では,甲36NZB雄マウス(591番及び595番)を示す2つの□の中に×印を記入して,RA発症の可能性が示唆されているが,この×印を記入するに際し,原告は被告乙Bに対し,「とりあえず血管炎と記入しよう。」などと述べた。
cグループV市販の通常のBXSB雌マウスと甲36-718番雄マウス(H-2遺伝子型はg2ホモ,すなわちNZB.GDマウス。)とを交配したところ,平成14年10月20日ないし同年11月2日に誕生した合計9匹(合計10匹誕生したが,うち1匹は死亡した。)のF1雄マウス(本件マウス@。甲49-169ないし173,189及び191ないし193番雄マウス。)のうち1匹(甲49-170番雄マウス。 )にRAの発症が見られた(なお,(BXSB×NZB.GD)F1(H-2)♂b/g2この交配においては,F1雄雌マウスとも,H-2遺伝子型はいずれもb/g2ヘテロである。)。しかし,上記期間内に上記交配によって誕生したF1雌マウス(本件マウスC。甲49-167,168及び174ないし188番雌マウス。本件系統樹中には「18匹」とあるが,合計17匹の誤りであると認められる。)にはいずれもRAの発症が見られなかった(以上につき,本件系統樹の右端最下段)。
dグループW等H-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌マウスと甲36116-550番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ。甲36-394番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ。)と甲36-448,449又は452番雌マウス(H-2遺伝子型はいずれもdホモ。)とによる交配マウスである。)とを交配したところ,誕生した合計8匹のF1雌マウスのうちの1匹(H-2遺伝子型はb/dヘテロ。 )にRAの発症が見(NZW(H-2 )×NZB.GDr(H-2)F1(H-2 )♀b d/g2r b/dられた(本件系統樹の上から概ね6段目中央)。
なお,市販の通常のNZB雌マウスと甲36-550番雄マウスとを交配したところ,F1雌マウスのうちの1匹(H-2遺伝子型はdd//g2rヘテロ。甲36-707番雌マウス。 (NZB×NZB.GDr(H-2)にRAの発症が見られた(本件系統樹の上から概ね6g2r d/g2r)F1(H-2)♀段目ないし7段目の左端。なお,本件系統樹中の該当箇所には遺伝子型として「gd/r」とあるが,「d/r」ないし「d/g2r」の誤りであると認められる。)。
また,H-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌マウスと甲36-394番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2rヘテロ。)とを交配したところ,誕生した10匹のF1雌マウスのうちH-2遺b d/g2伝子型がb/g2rヘテロである1匹( (NZW(H-2 )×NZB.GDr(H-2)にRAの発症が見られた(本件系統樹の上から概ね4r b/g2r)F1(H-2)♀段目の右端)。
さらに,甲36-417及び557番雌マウス(H-2遺伝子型は,前者がd/g2rヘテロ,後者がdホモ。)とH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雄マウスとを交配したところ,誕生した3匹のF1雌マウスのうちH-2遺伝子型がg2r/bヘテロである1匹( 。母親は上記417番の(NZB.GDr(H-2)×NZW(H-2 )F1(H-2)♀d/g2r b g2r/b雌マウスである。)にRAの発症が見られた(本件系統樹の上から概117ね5段目中央)。
eその他前記c(グループV)の交配に使用した甲36-718番雄マウス(NZB.GDマウス)は,甲36-435番雌マウスと甲36-350番雄マウス(H-2遺伝子型はいずれもg2/dヘテロ。)の子孫であって,前記a及びd(グループT及びW)の交配に使用した甲36-394及び550番雄マウス(H-2遺伝子型はいずれもg2r/dヘテロ。)及び甲36-417及び557番雌マウス(H-2遺伝子型は,前者がd/g2rヘテロ,後者がdホモ。)と共通の祖先を有し(なお,上記550番のマウスは同394番の子である。),また,前記bの交配に使用した甲36-595番雄マウス(H-2遺伝子型はd/g2r)は上記550番雄マウスの子であるから,やはり共通の祖先を有する。
したがって,前記aないしdの交配に使用したマウスは,いずれも共通の祖先を有する。
(イ)被告乙Bは,その後,本件系統樹を書いたメモのコピーを取り,同コピーの上に上記原本と同様に黄色蛍光ペン及び赤色鉛筆で強調を付した後,同原本を原告に返還した(乙18(9頁),19)。
(ウ)原告は,その後,前記(イ)のメモの下部に,父親マウスと母親マウスの組合せをまとめたメモや,各種NZBマウスの遺伝子型を示した一覧表等を加え,考察を行った(甲8,乙19)。
ホ被告乙Bは,平成15年5月28日,本件講座内部の研究発表会で,パワーポイントのスライドを使用し,「自己免疫疾患におけるMHC遺伝子多型の影響」と題する研究発表を行ったが,その内容は概ね次のとおりであった(乙25の1,2)。
(ア)目的118自己免疫疾患の発症は,MHC遺伝子の特定の遺伝子型に強く拘束される。マウスのMHC遺伝子であるH-2遺伝子のクラスUA亜領域の遺伝子はSLE病態の増悪に働くが,クラスUE亜領域の遺伝子はSLE病態の抑制に働く可能性が示唆されている。H-2リコンビナントNODマウスを用いた解析から,H-2クラスTD亜領域にもSLE病態を規定する遺伝子が存在する可能性が示されている。
そこで,SLE及び他の自己免疫疾患の病態に対するE及びD亜領域の影響を明らかにすべく,H-2リコンビナントNewZealandマウス系を樹立し,これらの亜領域のSLE拘束性につき解析を行った。
(イ)各マウス系の遺伝子型等被告乙Bらが樹立した各H-2コンジェニックマウス及びH-2リコンビナントマウスのH-2遺伝子型,K,Ab,Aa,Eb,Ea,TNF及びD亜領域の遺伝子型並びにF1マウスのE分子の発現の有無は別表6「乙25の2各マウス系と遺伝子型一覧表」記載のとおりであった(ただし,証拠のスライド中の2つの表をまとめた。)。同一覧表記載4ないし6番のF1マウス間で血中IgGクラス自己抗体価を比較したところ,3か月齢及び5か月齢では,5番のF1雄マウスの血中IgGクラスリウマトイド因子が顕著に高かった一方,6番のF1雄雌マウスではこの価が低かった。また,血中IgG抗クロマチン抗体価については,全期間を通じて6番のF1雌マウスの価が顕著に高く,血中IgG抗dsDNA抗体価については,3か月齢ないし5か月齢において,6番のF1雌マウスの価が顕著に高かった。
さらに,これらのF1マウスにつき蛋白尿の発症率を比較したところ,6番のF1雌マウス,5番のF1雌マウス,4番のF1雌マウスの順でより早期かつより高率で蛋白尿を発症し,特に6番のF1雌マウスの発119症率は7か月齢でほぼ100パーセントであった。しかし,5番及び6番のF1雄マウスは,5か月齢程度になって初めて蛋白尿を発症しその発症率も10パーセント程度にすぎず,4番のF1雄マウスに至っては蛋白尿を発症しなかった。
また,これらのF1マウスにつきRAの発症率を比較したところ,4番及び5番のF1雄マウスは5か月齢以降に比較的高率でRAを発症したが,6番のF1雄マウスは7か月齢以降に10パーセント程度がRAを発症したにとどまり,F1雌マウスのRA発症は見られなかった。
(ウ)まとめ前記(イ)のとおり,3種類のF1マウスの解析結果から,K及びA亜領域の遺伝子型がいずれもb/dヘテロであるF1マウスにつき,次のとおりの解析結果が得られた。現在,各亜領域の遺伝子の病態抑制機構の解析が細胞及び分子のレベルで進行中である。
aEa亜領域の遺伝子型がbホモでE分子の発現を欠くF1雌マウスは,重篤な(高度の)SLEを発症する。
bEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロのF1雌マウスの場合,TNF及びD亜領域の遺伝子型がb/dヘテロのものは,TNF及びD亜領域の遺伝子型がbホモのものよりもSLE病態を抑制する。
cEa亜領域の遺伝子型がb/dヘテロのF1雄マウスは,いずれも,血中IgGクラス抗dsDNA及び抗クロマチン抗体価が低く,リウマトイド因子が高く,重篤なRAを発症する。
(エ)今後の実験予定aさらに前記(イ)の3種類のF1マウスを作製し,自己免疫疾患のphenotype(表現型)を比較する。
b前記aのF1マウスを交配して第2代雑種マウス(F2マウス)を作製し,遺伝学的研究により遺伝的要因を解析する。
120c試験管実験(in vitro)で,脾臓,リンパ節及び胸腺の樹状細胞の分画及び機能,T細胞及びナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)のサイトカイン産生量等を測定し,抑制性T細胞の機構を解析する。
d現在,蛍光色素CMFDA及びGFPをラベルしたCD8 T細胞+及びCD4 T細胞の移入予備実験を進行中であるが,試験管試験で+抑制性T細胞の機構を解析する。
(オ)その他NZB.GD雌マウス,NZB.GDr雌マウス及びNZB雌マウスとH-2遺伝子型がbホモのNZW雄マウスをそれぞれ交配してF1マウスを作製してその病態を解析した結果である,各F1マウスの月齢ごとの血中IgG抗DNA抗体価,血中IgG抗クロマチン抗体価,血中抗ヒストン抗体価及び蛋白尿発症率のグラフが示されている。
また,前記(イ)及び(ウ)と同様の実験結果につき,E分子が自己免疫疾患に対して果たす役割という観点から分析を加えたグラフが示されている。
マ本件講座では,実験用マウス及びその餌等の購入につき,使用者が所定の帳簿に品名,必要な個数及び単価等を記入し,原告が同帳簿の許可印欄に署名又は押印して決裁するやり方をとっていたが,平成14年12月ないし同15年6月3日の間で,BXSB雌マウスを発注したのは次の(ア)及び(イ)のみで,その余はNZBマウス等の他の実験用マウスの発注が中心であった。この期間においては,BXSBマウスについては,原告もその雄マウスを発注していたのみで,雌マウスは全く発注していなかった(甲40)。
(ア)年月日平成15年4月3日発注者被告乙B個数10匹(なお,「この撤去等の事実は,その後,被告乙Aにも報告され,順天堂大学の事務局は原告に対し,教授室の原状回復を要求した。
その後,原告は,被告乙Aに対し,電子メールで,教授室の原状回復には応じるが,7月第3週まで待って欲しい旨を申し出た。
これに対し,被告乙Aは,同月7日,原告に対し,電子メールで,原告が本件講座の助教授を辞任し,本件講座の助教授及び助手のポストのうち少なくとも3名分のポストを癌研究所の出身者のために空け,本件講座の有給の構成員の少なくとも半分が丙A前教授時代の免疫関係の研究から被告乙Aの腫瘍関係の研究にシフトすることを暗に求め,これらが実現する目途がつくまでは本件講座に着任するつもりがないことを示唆するとともに,少なくとも同月16日までに教授室の原状回復を完了させるよう要求した。
原告は,上記撤去行為から2週間余り,教授室から退去しなかったが,その後に教授室の原状回復を行った(甲58,乙28)。
イ原告は,平成15年6月17日,「関節リウマチ疾患モデルマウス」と122の名称の発明に係る
特許を受ける権利を,科学技術振興事業団の有用特許取得制度(大学等で開発された有用な研究成果を,同事業団が大学等に代わって特許化を図る制度)に基づいて同事業団に譲渡した(甲10)。
ウ同事業団の依頼を受けた丙H弁理士は,平成15年10月ころ,原告の説明を受けて,丙H草稿を作成した(甲11,乙3の3,弁論の全趣旨)。
丙H草稿では,発明者の欄に原告,被告乙Bの順でその氏名及び住所が記載されており,要約書部分には,「解決手段」として「NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配することにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合体であるH-2 型をH-2型に入れd g2替えたコンジェニックNZB.GD(H-2)系マウスを,さらにNZg2B系マウスに戻し交配する退交配の操作を20代以上繰り返すことにより得られる,関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,BXSB系マウスの雌とを交配して,関節リウマチを自然発症するF1マウスの雄を作製する。」との記載がある。
また,丙H草稿の「特許請求の範囲」の部分には,以下の記載がある。
「【請求項1】NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配することにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合体であるH-2 型をH-2型に入れ替えたコンジェニックNZB.GD(Hd g2-2)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交配する退交配の操作g2を20代以上繰り返すことを特徴とする関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの樹立方法。
【請求項2】主要組織適合遺伝子複合体であるH-2型以外の遺伝子背景がNZB系マウスであり,H-2型のみがB10.GD系マウス由来であることを特徴とする関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウス。
【請求項3】NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配する123ことにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合体であるH-2 型をH-2型に入れ替えたコンジェニックNZB.GD(H-d g22)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交配する退交配の操作をg220代以上繰り返すことにより得られる,関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,BXSB系マウスの雌とを交配することを特徴とする関節リウマチを自然発症するF1マウスの雄の作製方法。
【請求項4】主要組織適合遺伝子複合体であるH-2型以外の遺伝子背景がNZB系マウスであり,H-2型のみがB10.GD系マウス由来である関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,BXSB系マウスの雌とを交配して作製されたF1マウスの雄からなることを特徴とする関節リウマチ自然発症モデルマウス。
【請求項5】請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,被検物質を投与し,関節リウマチの程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,関節リウマチが自然発症する前に被検物質を投与し,関節リウマチ発症の程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防薬のスクリーニング方法。
【請求項7】請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,関節リウマチが自然発症した後に被検物質を投与し,関節リウマチの改善の程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防薬のスクリーニング方法。」また,丙H草稿の明細書の中には,次のとおりの内容の記載がある(甲11,乙3の1ないし3)。
(ア)背景技術「ヒト関節リウマチは単一遺伝子ではなく,多遺伝子疾患,つまりい124くつかの素因遺伝子の総合作用の上に発症する疾患であり,これまで,ヒトと同様の多遺伝子の関与で関節リウマチを自然発症し,しかも一定の病態を示す関節リウマチ疾患モデルマウスは知られていなかった。」8頁,【0008】)(イ)発明が解決しようとする課題「近年多くの人が罹患している関節リウマチ治療の開発のため,ヒトの関節リウマチ疾患と同じように自然発症し,関節リウマチの免疫病理学的特徴を備えたモデル動物が必要とされている。すなわち,本発明の課題は,ヒトの関節リウマチ疾患と酷似した病態を自然発症する関節リウマチ疾患モデルマウスを提供することにある。」(9頁,【0010】)(ウ)課題を解決するための手段a「本発明者は,従来より全身性エリテマトーデス(SLE)素因遺伝子解析等の自己免疫の研究を行っており,かかる自己免疫の研究において,従来,モデル動物としてニュージーランドブラックマウス(中略)や,NZBとニュージーランドホワイトマウス(中略)とを交配した第1代雑種(NZB×NZW)F1マウス等を使用してきた。
上記NZBマウスは,赤血球に対する自己抗体を産生し,自己免疫性溶血性貧血を起こし,この貧血に加えて,全身性自己免疫疾患であるSLEの代表的病態である免疫複合体沈着性の腎炎(ループス腎炎)を晩年に発症するが,その症状は弱く,1年経っても30%程度のマウスにしか蛋白尿の出現が認められない。一方,それ自身では病態を生じないNZWマウスと交配した(NZB×NZW)F1マウスでは,上記ループス腎炎の発症率は1年でほぼ100%ときわめて高くなり,平均生存率が9ヶ月であった。この事実から,NZBマウスとNZWマウス双方に由来する遺伝要因の加算効果が,重篤なSLE発症に必125須ということが解った。」(9,10頁,【0011】),b「その遺伝要因の1つに,主要組織適合遺伝子複合体(MHC:major histocopatibility complex,ヒトではHLA:human leukocyte antigenともいう。マウスではH-2という)の遺伝子型が,NZBマウス由来のH-2がd型とNZWマウス由来のH-2がz型であり,F1マウスではd/zのヘテロ型になっていることが必要であることを,1983年に本発明者は世界に先駆けて証明している。すなわち,NZBマウスあるいはNZWマウスのH-2領域のみを互いに入れ替えたマウス系である,NZB.H-2 マウスあるいはNZW.zH-2 マウス系を樹立して,本来のNZBマウスやNZWマウスとdの交配で,H-2がd/dホモ型あるいはz/zホモ型の(NZB×NZW)F1マウスを作ると,このF1マウスではSLE病態(ループス腎炎)が高度に抑制されることを明らかにした。」(10頁,【0012】),c「本発明者は,SLE素因遺伝子解析等の自己免疫の研究により,免疫機能分子の遺伝子多型がSLE病態の強弱を左右することを見い出し,さらに研究を進める過程で,NZBマウスとB10.GDマウスとを交配して,(NZB×B10.GD)F1(H-2)マウd/g2スを作り,これをさらにNZBマウスに戻し交配して,1:1の割合で生まれるH-2とH-2のマウスを得た。この中から,Hd/d d/g2-2のマウスを選び,さらにNZBマウスと交配し,(中略)。
d/g2この退交配の操作を8回繰り返し,最後にH-2のマウス同士をd/g2兄妹交配して,H-2型以外の遺伝子背景はNZBでありながら,H-2型のみがB10.GD由来であるNZB.GD(H-2)マウg2ス系を樹立した。その後,樹立したNZB.GD(H-2)マウスg2をさらにNZBマウスに戻し交配する退交配の操作を20代以上繰り126返したところ,その中に,関節リウマチが発症するマウスが散発的に発生することを見い出した。そして,この関節リウマチが発症する雄マウスと,SLEモデルであるBXSB雌マウスとを交配したF1雄マウスを作製したところ,このF1雄マウスが5ヶ月齢頃から関節リウマチを発症し始め,約8ヶ月齢でほぼ100%発症することをたまたま見い出し,本発明を完成するに至った。」(11頁,【0014】)d「本発明は,NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配することにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合体であるH-2 型をH-2型に入れ替えたコンジェニックNZB.d g2GD(H-2)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交配するg2退交配の操作を20代以上繰り返すことを特徴とする関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの樹立方法(請求項1)や,主要組織適合遺伝子複合体であるH-2型以外の遺伝子背景がNZB系マウスであり,H-2型のみがB10.GD系マウス由来であることを特徴とする関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウス(請求項2)に関する。」(11,12頁,【0015】),「また本発明は,NZB系マウスをB10.GD系マウスと8回退交配することにより樹立した,NZB系マウスの主要組織適合遺伝子複合体であるH-2 型をH-2型に入れ替えたコンジェニックNd g2ZB.GD(H-2)系マウスを,さらにNZB系マウスに戻し交g2配する退交配の操作を20代以上繰り返すことにより得られる,関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,BXSB系マウスの雌とを交配することを特徴とする関節リウマチを自然発症するF1マウスの雄の作製方法(請求項3)や,主要組織適合遺伝子複合体であるH-2型以外の遺伝子背景がNZB系マウスであり,127H-2型のみがB10.GD系マウス由来である関節リウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの雄と,BXSB系マウスの雌とを交配して作製されたF1マウスの雄からなることを特徴とする関節リウマチ自然発症モデルマウス(請求項4)に関する。」(12頁,【0016】),「さらに本発明は,請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,被検物質を投与し,関節リウマチの程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法(請求項5)や,請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,関節リウマチが自然発症する前に被検物質を投与し,関節リウマチ発症の程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防薬のスクリーニング方法(請求項6)や,請求項4記載の関節リウマチ自然発症モデルマウスに,関節リウマチが自然発症した後に被検物質を投与し,関節リウマチの改善の程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防薬のスクリーニング方法(請求項7)に関する。」(12頁,【0017】)(エ)実施例1[NZB/rhaマウスの作製](【0024】)「NZBの主要組織適合遺伝子複合体であるH-2 型をH-2型d g2に入れ替えた,H-2型以外の遺伝子背景はNZBでありながら,H-2型のみがB10.GD由来であるNZB.GD(H-2)マウス系g2を樹立し,さらにこのNZB.GD(H-2)マウス系から,関節リg2ウマチを散発的に発症するNZB/rha系マウスの樹立した。」(15頁),「樹立したNZB.GD(H-2)をさらにNZBに戻し交配するg2操作を20代以上繰り返したところ,その中に,関節リウマチが発症するものが散発的(約10%)に生まれ,このマウス系をNZB/rha128と名付けた。」(16頁)(オ)実施例2[(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスの作製]「BXSB雌マウス(中略)と実施例1で得られたNZB/rha雄マウスを交配して,(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスを作製した。この(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスは,5ヶ月齢頃から関節リウマチを発症し始め,約8ヶ月齢でほぼ100%発症することを偶然に見い出した。そこで,上記の(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスの他に,(BXSB×NZB/rha)F1雌マウスや,NZB/rha雌マウスとBXSB雄マウスを交配した(NZB/rha×BXSB)F1マウスを作製するとともに,BXSBマウスについても関節リウマチやSLEなどが発症するか調べた。」(16頁)なお,この後に,「できれば空所を補充してください。」と丙H弁理士のコメントがあり,後半部分の比較例部分を補充するよう求められている。
(カ)実施例3「[関節炎の発症](BXSB×NZB/rha)F1雌雄マウス,(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス,及びBXSB雌雄マウスについて,関節炎が発症するかどうか目視により調べた。結果を図1,図2及び表1に示す。図1には,(BXSB×NZB/rha)F1マウスの雄(♂)及び同雌(♀)の8ヶ月齢までの関節炎の発症率(%)及びその病状の写真が示されている。図1で示すとおり,本発明の(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスでは,5ヶ月齢過ぎた頃から関節リウマチを罹っているマウスが出現し,8ヶ月齢では100%のマウスが発症し,5.5ヶ月齢で後足の小指関節に関節炎が見られ,7ヶ月齢では(通常両側性だが)片側の後足に関節炎の症状が現れており,8ヶ月齢で骨,軟骨破壊により後足の変形を伴う慢性関節炎を呈している129ことがわかる。他方,(BXSB×NZB/rha)F1雌マウスでは約8ヶ月齢で関節炎は認められなかった(5%未満)。図2には(中略)染色による関節の組織像として,正常対照の前趾関節の組織像(左)と,(BXSB×NZB/rha)F1雄マウス(8ヶ月齢)における肉芽組織による骨,軟骨の破壊を伴う関節炎の組織像(右)が示されている。なお,表1に示されているように,(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス及びBXSB雌雄マウスには,関節炎は認められなかった。」(17頁)(キ)実施例4「[血清中のリウマチファクター濃度](BXSB×NZB/rha)F1雌雄マウス,(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス,及びBXSB雌雄マウスについて,血清中のリウマチファクター濃度を調べた。血清中のリウマチファクター濃度の測定は(中略)記載の方法に準じて行った。図3に,(BXSB×NZB)F1マウスの雄及び同雌の3ヶ月齢,5ヶ月齢,7ヶ月齢それぞれの血清中のリウマチファクター(IgGのFc部分に対する自己抗体)の濃度を示す。図3より,月齢を経るにつれて,雌マウスに比べて本発明の雄マウスに血清中リウマチファクター濃度が高くなることがわかる。」(17,18頁)(ク)実施例5「[蛋白尿の発症](BXSB×NZB/rha)F1雌雄マウス,(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス,及びBXSB雌雄マウスについて,蛋白尿の発症を調べた。尿中の蛋白量は(中略)記載の方法に準じて測定し,1日あたり(中略)のmg以上蛋白が排出されたとき蛋白尿と判定した。結果を図4及び図5に示す。図4より,(BXSB×NZB)F1雄マウスでは5ヶ月齢からわずかに出現する(5%未満)だけであり,(BXSB×NZB)F1雌マウスでは4ヶ月齢から130発症し始め,8ヶ月齢では約40%の発症率が認められ,(NZB×BXSB)F1雄マウスでは2ヶ月齢から蛋白尿症に罹っているマウスが出現し,8ヶ月齢では100%のマウスが発症し,(NZB×BXSB)F1雌マウスでは4ヶ月齢から発症し始め,9ヶ月齢で約30%発症することがわかる。このように,本発明の(BXSB×NZB)F1雄マウスは,蛋白尿症をほとんど発症しない。また,図5に示すように,本発明のNZB/rha雄マウスとの交配に用いるBXSB雌マウスでは,蛋白尿症が5ヶ月齢からわずかに出現し,10ヶ月齢でも,5%未満のマウスが発症するに過ぎないが,BXSB雄マウスでは,2ヶ月齢から蛋白尿症に罹っているマウスが出現し,8ヶ月齢では,約90%のマウスが発症していることがわかる。」(18頁)なお,この後に,丙H弁理士の,蛋白尿発症の認定基準について教示するよう求めるコメントとともに,「『本発明の(BXSB×NZB)F1雄マウスは,蛋白尿症をほとんど発症しない』のですが,このことは本発明とのかかわりで,どのようなことを意味するのでしょうか。」とのコメントがあり,上記F1雄マウスが蛋白尿を発症しないことの意義が問われている。
(ケ)実施例6「[Yaa遺伝子,ループス腎炎,関節リウマチ]表1に,(BXSB×NZB/rha)F1雌雄マウス,(NZB/rha×BXSB)F1雌雄マウス,及びBXSB雌雄マウスについて,Y染色体上に位置する突然変異遺伝子であるYaa(Y-chromosome-linked autoimmune acceleration)遺伝子の有無,ループス腎炎及び関節リウマチの発症の程度を示す。Yaa遺伝子の有無は,(中略)記載の方法に準じて調べた。ループス腎炎の発症の程度は,実施例5の蛋白尿の発症率から,また関節リウマチの発症の程度は,実施例3の関節炎の発症率からまと131めた。この表1より,本発明の(BXSB×NZB/rha)F1雄マウスは,Yaa遺伝子を有さず,ループス腎炎を発症しない点で,母親マウス系のBXSB雌マウス(BXSB♀)と一致するが,関節リウマチを発症する点で大きく異なることがわかる。」(19頁)なお,この後に,「『本発明の(BXSB×NZB)F1雄マウスは,Yaa遺伝子を有しない』のですが,このことは本発明とのかかわりで,どのようなことを意味するのでしょうか。」との丙H弁理士のコメントがあり,上記F1雄マウスがYaa遺伝子を有しないことの意義が問われている。
(コ)明細書の末尾には,次のとおりの表及び図が添付されている。
a表1BXSB雄雌マウス,NZB雌マウスとBXSB雄マウスによる交配F1雄雌マウス及びBXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配F1雄雌マウスの各H-2遺伝子型,Yaa遺伝子の有無,ループス腎炎の発症の有無及び程度並びにRAの発症の有無及び程度が示されている。
b図1BXSB雌マウスとある種のNZB雄マウス(明細書中ではNZB/rha雄マウスとしている。)による交配F1雄雌マウスのRA発症率を示すグラフである。
なお,RAを発症したと見られる,マウスの変形した足指の写真が説明のための写真として添付されており,写真中のマウスはBXSB雌マウスとNZB/rha雄マウスによる交配F1雄マウスと説明されている。
c図2RAを発症したマウスの関節組織を切り取り,染色して撮影した写132真である。明細書中ではBXSB雌マウスとNZB/rha雄マウスによる交配F1雄マウスのものと説明されている。
d図33,5及び7か月齢の雄及び雌のマウスの血清中リウマチファクター濃度を示したグラフである。明細書中では,BXSB雌マウスとNZB/rha雄マウスによる交配F1雄雌マウスのものであると説明されている。
e図42ないし10か月齢における,ある種のNZB雌マウスとBXSB雄マウスの交配F1雄雌マウス及びBXSB雌マウスと同NZB雄マウスとの交配F1雄雌マウスの蛋白尿発症率を示したグラフである。
明細書中では,上記のNZBマウスはNZB/rhaマウスであると説明されている。
エ被告乙Bは,平成15年11月11日,原告に対し,丙H草稿の内容に関して,「甲先生が書いた『特許願』に対して異議」と題する書面を送り(作成日付は同月10日である。),丙H草稿の発明者の記載順序を同被告,原告の順で記載することを求めるとともに,概ね次のとおり抗議した。
なお,同被告は,同一の書面を,順天堂大学の知的財産担当客員教授である丁A(以下「丁A教授」という。)にも手渡した(乙2,35(10頁),弁論の全趣旨)。
(ア)世界で最初にBXSB雌マウスとNZB雄マウスを交配して新種類のF1マウスを樹立し,そのF1雄マウスにRAが発症することを発見したのは被告乙Bであり,実験の構想,マウス作製の実施,観察及び実験はすべて同被告が行った。原告の指示は雄マウスを全部処分するというものにすぎず,同被告は,何らかの病態が生じる可能性があると考え,原告の指示に反して一部の雄マウスを処分せずに観察を続行し,発明に133至った。
なお,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとの交配F1マウスのうち雄マウスは,4か月齢からRAを発症し,8か月齢までにその95%が重篤なRAを発症するが,同F1雌マウスはRAを発症しない。
同被告は,NZBマウス系とはH-2遺伝子型が異なるNZB.GD雄マウスとBXSB雌マウスの交配も行ったが,その交配F1雄マウスはほとんど(10パーセント未満しか)RAを発症せず,他方同F1雌マウスはRAを発症しないがより重篤なSLEを発症した。したがって,RAの発症にはH-2遺伝子型との間に密接な関係がある。
(イ)丙H草稿のうち要約書の「解決手段」の欄の記載を,BXSB雌マウスとNZB雄マウスを交配し,新種類の雑種1代(F1)を作製し,このF1雄マウスがRAを発症するという内容に改めるべきである。
(ウ)丙H草稿の明細書のうちの,【0011】ないし【0013】の記載は発明と直接関係がなく,【0014】ないし【0016】及び【0018】ないし【0022】で記載された方法では,発明の内容であるRAのモデルマウスを作製することができず,事実と異なるから,いずれも不適切である。同明細書のうちの,実施例1,5及び6の記載は発明と無関係で,明細書中に記載する必要がなく,実施例2,3及び4の記載の内容は不十分で,修正及び補足する必要がある。また,添付された図4及び5は発明と無関係で明細書に加える必要はないし,表1,図1ないし3の内容は不十分で,修正及び補足する必要がある。
オ原告は,平成15年11月ころ,被告乙Bに対し,市販の通常のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウスにつき,本件講座内部の定例の研究発表会で発表するよう指示したところ,同被告は,同月13日,原告に対し,メモを渡して,研究発表を拒否した(甲53,弁論の全趣旨)。
134カ被告乙B,丙B,丙G,丁B,丙Z,丙I,丙P,丙A前教授及び原告は,連名で(その後刊行された論文集では,上記の順序で発表者が記載され,同被告が第1の発表者,原告が最終発表者とされている。),平成15年12月,福岡市内で行われた第33回日本免疫学会総会学術集会で,「全身性エリテマトーデスにおけるMHC亜領域の拘束性の解析」と題する研究発表を行ったが,その内容は,概ね次のとおりであった(甲47の5,弁論の全趣旨)。
(ア)SLEはMHC遺伝子の特定の遺伝子型に強く拘束されるが,被告乙Bらの研究グループは,既に,NZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1コンジェニックマウスを樹立することにより,A亜領域の遺伝子はSLE病態増悪の方向に,E亜領域の遺伝子はSLE病態抑制の方向に作用することを見出している。さらにH-2リコンビナントマウスを樹立することにより,E及びD亜領域の遺伝子のSLE病態への拘束性を解析した。
(イ)通常のNZB雌マウスとH-2遺伝子型がdホモのNZWコン(NZB(H-2 :K Ab Aa Eb Ea D ジェニック雄マウスによる交配F1マウス(dddddd),通常のNd ddddddd ddddddd)×NZW(H-2 :K Ab Aa Eb Ea D ))F1(H-2 :K Ab Aa Eb Ea D )(NZB(HZB雌マウスとNZB.GD雄マウスによる交配F1マウス(-2 :K Ab Aa Eb Ea D )×(NZB.GD(H-2 :K Ab Aa Eb Ea D ))F1(H-2 :K Ab Aaddddddd g2ddddbb d/g2dd),NZB.GD雌マウスとNZW.GD雄マウスによddd/bd/bEb Ea D )g2ddddbb g2dる交配F1マウス( (NZB.GD(H-2 :K Ab Aa Eb Ea D )×(NZW.GD(H-2 :K),NZB.GDr雌マウ Ab Aa Eb Ea D ))F1(H-2 :K Ab Aa Eb Ea D )dddbb g2ddddbb(NZB.GDr(H-2 :K A スとNZB.GD雄マウスによる交配F1マウス(g2rdb Aa Eb Ea D )×(NZB.GD(H-2 :K Ab Aa Eb Ea D ))F1(H-2:K Ab Aa Eb Eaddddb g2ddddbb g2r/g2dddd)をそれぞれ作製し,その病態を比較したところ,上記の>>d/bbD )>>>の順(なお,「>」の数が大きいほど程度の差が大135きい。)でSLE病態が重篤であった。
抗CD3抗体を刺激した各マウスの脾臓細胞培養上清のサイトカインを測定したところ,上記の
のF1マウスではIFNγ及びIL-4の双方が高く,及びのF1マウスではIFNγが高いがIL-4が低く,のF1マウスではIFNγが低いがIL-4が高かった。
(ウ)前記(イ)ののF1マウスのSLE病態は,他の3つのF1マウスのSLE病態より極めて高度(重篤)であるので,各F1マウスの病態比較から,いずれも遺伝子型がbホモのEa及びD亜領域にSLEの原因となる亜領域があると考えられる。
Ea亜領域の遺伝子型がbホモの場合にはE分子が発現しないが,この場合高度のSLE病態増悪効果が見られ,またD亜領域の遺伝子型がbホモの場合にも軽度のSLE病態増悪効果が見られる。サイトカインの測定結果から,E分子が発現するとサイトカインの産生量が左右される可能性が示唆された。
キ丁A教授は,被告乙Bの抗議を受けて原告との間で調整を行っていたが,平成15年12月ころ,調整の結果,原告は以後の特許出願に
発明者として加わらないことになった(乙35(10頁))。
原告は,平成16年3月26日,上記発明の作用機構についてさらに解析をする必要があると考えて,同事業団に対し,特許出願手続の依頼を取り下げたい旨通知した。同事業団は,当時未だ上記発明について特許出願をしていなかったが,同年4月13日ころ,上記発明に係る特許出願手続を取り止めることを決め,このころ,原告との間で,上記特許を受ける権利の譲渡契約を合意解除した(甲29の1,2,弁論の全趣旨)。
丁A教授は,被告乙Bに対し,同被告を単独発明者として順天堂大学と浜松市の日本エスエルシー株式会社(以下「日本SLC」という。)とが共同出願することを提案し,同被告はこれに同意した(乙35(10136頁))。そして,学校法人順天堂及び日本SLCは,平成16年4月23日,被告乙Bを単独の発明者とし,発明の名称を「関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウスおよびこのマウスを使用した関節リウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法」とする発明につき,共同で特許出願をした。
この出願に係る特許請求の範囲は,特許公開公報掲載当時,以下のとおりであった。
「【請求項1】関節リウマチを自然発症するという形質を有し,かつその形質が親系BXSB雌マウスとNZB雄マウスのH-2ヘテロ接合体を持つ雑種一代(F1)のBXB-khs雄マウスに由来することを特徴とする,関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項2】前記雑種一代(F1)のBXB-khs雄マウスが,ヒトの関節リウマチと酷似した病態を自然発症することを特徴とする,請求項1記載の関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項3】関節リウマチは血中リウマトイド因子など自己抗体の産生を伴う多発性・末梢性・対称性・慢性関節炎を自然発症し,滑膜増殖,炎症性細胞の浸潤,パンヌスの形成,軟骨・骨組織の融合と破壊,関節の変形や強直などからなる症状のうちの1つ以上を呈する,請求項1又は請求項2記載の関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項4】BXSB雌マウスとNZB雄マウス由来のH-2ヘテロ接合体であることを特徴とする,請求項1又は請求項2記載の関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウス。
【請求項5】関節リウマチを自然発症するに関してBXSB雌マウスとNZB雄マウス由来のH-2ヘテロ接合体を持つ,雑種一代(F1)のBXB-khs雄マウスであることを特徴とする関節リウマチを自然発症する疾患モデルマウスに,関節リウマチが自然発症前あるいは発症後,被検137物質を投与し,関節リウマチの程度を評価することを特徴とする関節リウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】前記雑種一代(F1)のBXB-khs雄マウスがヒトの関節リウマチと酷似した病態を自然発症することを特徴とする請求項5記載の関節リウマチの予防・治療薬のスクリーニング方法。」なお,上記特許出願に係る明細書の発明の詳細な説明欄には,「2003年,順天堂大学医学部疾患モデルクリーン施設において,BXSB雌マウスとNZB.H-2コンジェニク雄マウス(BXSBとNZBマウスはもともと日本エスエルシー株式会社(中略)より購入)を交配した雑種一代(BXSB×NZB)F1雄マウスの内,H-2b/d型は5ヶ月〜7ヶ月程度で関節リウマチを自然発症し,8ヶ月頃91%を発症したことを見出した。一方,H-2の違うH-2b/g2型は殆ど発症しなかった(中略)。従って,この雑種一代(F1)マウスが関節リウマチを自然発症する原因は親系BXSB雌マウスとNZB雄マウス由来のH-2ヘテロ接合体b/dであるという遺伝的素因にあると考えられた。この雑種一代(F1)マウスをBXB-khsと命名し,(以下略)」(【003(BXSB×N 8】)と,被告乙BがBXB-khsと命名したF1マウス()について説明がされている(甲50)。
ZB)F1(H-2 )b/dク丁A教授は,平成16年5月17日,日本SLCの丁C部長らと出願後の事業活動につき協議を行い,同日,被告乙Bに対し,電子メールで,上記協議を行った旨を連絡したほか,特許出願が完了したので,学会等に研究成果を発表するよう促し,かつ今後の学会発表予定を開示するよう求めた(乙23)。
ケ被告乙Bは,平成16年7月ころ,原告に対し,同年11月に予定されている日本免疫学会に本件マウス@等についての研究成果を論文発表すること(後の本件研究発表1)を相談したが,原告は被告乙Aと一緒に名前138を載せるのは嫌だと発言し,論文に共同発表者の1人として被告乙Aの氏名と原告の氏名が並んで記載されることを拒否した。そこで,被告乙Bは,上記論文の最終発表者(ラストオーサー)となることを被告乙Aに依頼したところ,被告乙Aはこれを了承した(乙34,35(11頁))。
コ被告乙B,丁D,丙Q,丙G,丁E,丁F,丙Z,丁G,丙X,丙P,丙A前教授及び原告は,連名(上記の順序で執筆者名が記載され,同被告が第1の論文執筆者,原告が最終執筆者とされている。)で,平成16年9月,米国の「Proceedings of the National Academy of Sciences」(PNAS)2004年9月21日号に,「Dissection of the role ofMHC class U A and E genes in autoimmune susceptibility in murine lupus models with intragenic recombination」(MHC遺伝子領域内の遺伝子型を組み換えたマウス系の樹立による,MHCクラスUA及びE遺伝子のループス腎炎感受性への影響の解析)と題する論文を発表したが,査読前の完成済みの原稿を査読者が原告から受領したのは,同年7月初めのことであった。
同論文の内容は,概ね次のとおりである(甲20の3)。
(ア)冒頭部分H-2コンジェニックマウスを作製して遺伝的解析を行ったところ,NZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウスの重篤なSLE病態は,H-2遺伝子型がd/zヘテロであることに強く拘束され,H-2遺伝子型がdホモまたはzホモである場合にはSLEを発症しないことが判明した。このことから,クラスUA分子のうちAα β 分子がdz病的な高親和性IgG抗核抗体の産生に関与していると考えられる。
他方,主として遺伝子導入マウスを用いて得られた実験結果から,クラスUE分子はSLE病態を抑制する可能性が示唆されている。すなわち,BXSBマウスのH-2遺伝子型はbホモでA分子を発現するが,139E分子を発現せず,SLEを発症するところ,BXSBマウスにdホモ型のEa亜領域遺伝子を導入してE分子を発現させると,SLE病態が完全に抑制される。同様の病態抑制は,E分子の発現を欠く非肥満型糖尿病マウス(NODマウス)でも見られる。
したがって,A分子及びE分子は,それぞれSLE感受性及び抑制性の遺伝要因として作用していると考えられる。
(イ)材料と方法実験は,各種マウスを交配し,Eb亜領域より上流において遺伝子型が同じdホモであるが,Ea亜領域以下の遺伝子型が相異するF1マウスを作製して行ったが(13839頁表1,訳文4頁表1),このF1マウスの内訳は,NZB雌マウスとH-2遺伝子型がdホモのNZ(NZB×NZW(H-2 ))F1 Wコンジェニック雄マウスとの交配F1マウス(d),NZB雌マウスとNZW.GD雄マ (H-2 :K Ab Aa Eb Ea TNFa D )dddddddd(NZB×NZW.GD)F1(H-2:K Ab Aa Eb Ea TNF ウスとの交配F1マウス(d/g2ddddd/b),NZB.GDr雌マウスとNZW.GD雄マウスとの交 a D )d/bd/b配F1マウス( ), (NZB.GDr×NZW.GD)F1(H-2:K Ab Aa Eb Ea TNFa D )g2r/g2ddddd/bbbNZB.GD雌マウスとNZW.GD雄マウスとの交配F1マウス( )であった。
(NZB.GD×NZW.GD)F1(H-2 :K Ab Aa Eb Ea TNFa D )g2ddddbbb上記の各F1マウスにつき,抗原抗体反応を利用したA,E及びD亜領域の遺伝子型の判定,マイクロサテライトDNA多型解析を利用したTNFa亜領域遺伝子型の判定,蛋白尿測定,抗DNA抗体価及び抗クロマチン抗体価の測定,T細胞の活性化及びT細胞抗原受容体Vβレパートリーの解析,クロマチン特異的T細胞抗原受容体遺伝子の脾臓細胞への導入実験,樹状細胞の分離及び機能解析等を行った。
(ウ)結果前記(イ)の各F1マウスはAa及びAb亜領域の遺伝子型がいずれも140dホモである点が共通するところ,蛋白尿の発症率は,H-2遺伝子型がd/zヘテロのF1マウス(NZB雌マウスとNZW雄マウスとによる交配F1マウス等)に比して,前記(イ)の
のF1マウス(H-2遺伝子型及びEa亜領域の遺伝子型はいずれもdホモである。)で高度に低下し,同のF1マウス(H-2遺伝子型はg2ホモ,Ea亜領域の遺伝子型はbホモでE分子を発現しない。)では早期かつ高率であったが,同(H-2遺伝子型はd/g2ヘテロ,Ea亜領域の遺伝子はd/bヘテロでE分子を半分量発現する。)及び同(H-2遺伝子型はg2r/g2ヘテロ,Ea亜領域の遺伝子はd/bヘテロでE分子を半分量発現する。)は両者の中間であった。したがって,Aa及びAb亜領域の遺伝子型がdホモのF1マウスのループス腎炎の発症率がE分子の発現の程度によって抑制されることが強く示唆される。また,各F1マウスの各月齢における生存率は蛋白尿発症率と相関し,かつE分子を発現しない同のF1マウスは血中のIgG抗DNA抗体価及び抗クロマチン抗体価がいずれも高かったが,E分子を発現する同のF1マウスは両者の価がいずれも低かった。
他方で,NZB雌マウスとNZW雄マウスによる交配F1マウス( )の脾臓T細胞にク(NZB×NZW)F1(H-2 :K Ab Aa Eb Ea TNFa D )d/zd/zd/zd/zd/zd/zd/zd/zロマチン特異的T細胞抗原受容体Vα及びVβ遺伝子導入したものを用い,前記(イ)の各F1マウスから得たCD11c陽性樹状細胞と共培養する等して実験したところ,前記(イ)の
,及びのF1マウスの樹状細胞はいずれも同程度のクロマチン提示能を示し,E分子の発現の有無がクロマチン提示能に影響を与えないことが判明した。
(エ)討論研究の結果,A分子は自己免疫疾患の発症に促進的に作用するが,E分子は抑制的に作用することが明らかになった。
141これは,遺伝子型が混合型のA分子,すなわちAα β 又はAα βdz zのいずれかが自己反応性T細胞の活性化の拘束要因として機能していdる可能性があるとした過去の報告と合致する。
そして,最後に,E分子によるSLE病態抑制作用の機序につき,正確には不明であると断りつつ,存在する各種の仮説につき検討を加えている。
サ原告,丁D,丙Z,丁G,丙X,丙P及び丙A前教授は,連名で(上記の順序で発表者名が掲載されており,原告が第1の発表者,丙A前教授が最終発表者とされている。),平成16年12月,札幌市内で行われた日本免疫学会総会学術集会で,「MHCクラスUAおよびE分子による自己免疫応答の制御」と題する研究発表を行ったが,その内容は,各種のNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配して,A亜領域の遺伝子型が同一のdホモでE分子の発現量が異なるF1マウスを作製した実験の結果から,A分子は自己抗原提示を介してSLE病態を増悪させるが,E分子は胸腺での選択を介してSLE病態を抑制することが明らかになったというものであった。上記のとおり,被告乙Bは発表者として名を連ねていなかった(乙24)。
シ(ア)原告は,平成17年1月28日,被告乙Bに対し,書面をもって以下のとおり通知し,研究成果のすべてを開示するよう求め,かつ研究資料等を引き渡すよう要求した。
a原告と被告乙Bが一緒に行ってきた研究はすべて原告が代表者として給付を受けた研究費で行ってきたもので,原告がすべての研究資料等を管理すべき責任を負担しており,同被告らの原告の研究費を使用し,原告のアイデアに従って研究を行ってきた研究者は,すべての研究成果を代表者たる原告に開示すべき義務がある。
b近時,文部科学省から研究費の使用に係る規則を厳守するよう指導142されているから,原告の指導を離れた被告乙Bは,従前原告と共同で行ってきた研究で得られたすべての実験動物,資料,サンプル及び解析データを早急に返還すべきであり,返還しない場合には同被告が原告の研究費を隠匿した廉で重大な問題に発生する可能性がある。
c被告乙Bが第1の発表者となって日本分子生物学会で発表した研究成果は,原告の指導に基づき,原告の研究費を使用して得た研究成果を含むもので,原告の許可を得ずにかつ原告の氏名を記載せず被告乙Aの氏名を最終発表者として記載したことは,研究者のモラルに反する許されないことである。
(イ)しかし,被告乙Bは原告の要求を拒否し,マウス台帳等の引渡しを拒んだ。
ところが,同被告は,同年3月ころ,順天堂大学の関係者から,同一の講座内で争いが続くのは好ましくないとの意見を受けたので,同月14日,原告に対し,引渡証を添付して,マウス台帳及び研究資料を交付したが,本件各マウスに関係するマウス台帳等はコピーのみを交付して原本は交付しなかった。なお,この引渡証には,「長い間,いろいろ大変お世話に,ありがとうございました。先生からご指摘いただいております未返還データまとめてみました。以下のマウス台帳および研究DATAと考えます。ご確認下さり,ご要望の資料が不足しているようでしたらご指示くだされば所在を確認し,ご提出するよういたします。」との,お礼を兼ねた頭書きで始まっていた(甲15,16,乙35(13頁))。
ス原告は,平成17年4月28日ころ,被告乙Aに対し,郵便で,被告乙Aが原告に対して様々なハラスメントを行っており,原告の研究成果を略奪した等との主張について通知した。しかし,被告乙Aは,同年5月27日ころ,原告に対し,内容証明郵便で回答書を送付し,RAを発症する,143(BXSB×N BXSB雌マウスとNZB雄マウスによる交配F1雄マウス()は,被告乙Bが独自に開発したもので原告の研究成果に属ZB)F1(H-2 )b/dするものではないし,被告乙Aによるハラスメントはなく,原告の主張には根拠がない等と反論した(甲14,弁論の全趣旨)。
(6)順天堂大学の知的財産に係る定め等ア学校法人順天堂の知的財産取扱規程(乙43)順天堂大学を擁する学校法人順天堂は,平成16年4月1日,知的財産取扱規程(規第平15-9号)を定めたが,同規程中には,次のとおりの内容の条項がある。なお,同規程においては,上記学校法人を「本法人」と称している(
1条)。
(ア)3条1項(権利の帰属)「本法人は,職務発明等に係る知的財産権を承継し所有するものとする。ただし,本法人がその知的財産権を承継しないと決定したときは,この限りでない。」(イ)4条1項(届出)「教職員等は,職務発明等に該当する可能性のある発明等を行ったときは,発明・考案届出書(中略)によって,すみやかに所属長を経由して学長に届け出なければならない。」(ウ)5条(知的財産審議委員会による審議)a1項「知的財産審議委員会は,前条の規定による届出があった発明等について,第11条第1項第1号,第2号(中略)の規定に定める各事項を審議し,審議の結果を,学長に答申する。」b2項「学長は答申に基づき決定を行い,当該発明者及び所属長に通知する。」144(エ)6条1項(譲渡書の提出)「前条の規定により知的財産権を本法人が承継する旨の決定が通知された発明者は,権利譲渡書(中略)を学長を経由して理事長に提出しなければならない。」(オ)11条1項(審議事項)「知的財産審議委員会は,次の各号に掲げる事項を審議する。
(1)第4条第1項の規定による届出があった発明等について,職務発明等に該当するか否かの認定に関する事項(2)職務発明等の技術的評価,特許出願の可否,知的財産権の承継の可否及び報奨割合の決定に関する事項(3)ないし(7)(略)」(カ)附則「この規程は,平成16年4月1日から施行する。」イ生医学雑誌への投稿基準International Committee of Medical Journal Editors(国際医学雑誌編集者委員会)は,昭和54年以来,「Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals」(生医学雑誌への投稿のための統一規定)を定めてきており(バンクーバースタイル),現在500以上の生物医学雑誌が同規定に従って論文の掲載等を行うに至っているが,平成9年に改訂された第5版には,次の規定がある(ただし,訳文による要約である。)。
なお,上記委員会は,上記規定とは別に勧告を行っており,論文の著者として不適切な者として,@データの収集に関与しただけの人,A原稿の閲読や助言をしただけの人,B臨床試験に参加しただけの人及びC所属機関の長というだけで,実際的な寄与のない人を挙げている(甲56の2,甲56の3の1)。
145(ア)著者資格(6頁)「著者として指定されたすべての著者には,著者資格が付与されます。
各々の著者は,その内容に対して公的な責任を負うところの研究において,十分な関与をなしている必要があります。
著者資格の証明は,以下の実質的貢献にのみ基づいていなければなりません。1)研究の構想及び計画,もしくは,データの解析及び解釈に対する貢献,及び,2)論文の起草もしくは原稿における重要な知的内容に対する批判的改訂に対する貢献,更に,3)掲載されるべき決定稿の最終的承認に関する関与。なお,上記1,2及び3の条件のすべてが同時に満たされている必要があります。単なる研究資金の調達,あるいはデータの収集における参画は,正当な著者資格としては認められません。研究グループの統括監督は,著者資格として十分ではありません。
論文(記事)のいかなる部分であれ,その主要な結論に対する批判に対しては,最低でも著者の1人が責任を負わなければなりません。」「著者資格の順序は,共著者らの合議において決定して下さい。何故なら,順序は異なる方法で指定されるため,その意味は著者によって述べられない限り正確には推理出来ないからです。」(イ)謝辞(9頁)「論文中の適切な個所(タイトル・ページの脚注や,あるいは本文に対する補遺,その詳細は該当雑誌の規定を参照)に,1〜2センテンス程度の記述で以下のことを明らかにして下さい。1)学部の教授の立場での総括的な漠然とした支援のように,著者資格は認められないが,謝意を表す必要のある貢献。2)専門的助力に対する謝辞。3)援助の性質を明記すべき経済的及び物質的な援助に対する謝辞。そして,4)利害の衝突が持ち上がる可能性のある関係(中略)。
論文に対して知的な貢献をなしてはいるが,著者資格が正当とは認め146られない人々に対しては,彼らの役割や貢献内容を記述し,氏名を挙げることが出来ます。例えば,『学術的助言』,『研究立案の批判的再吟味』,『データ収集』もしくは『臨床試験への参加』のような場合です。
このような人々に対しては,名前を挙げることへの承諾が得られている必要があります。読者がそのデータ及び結論を彼らが是認しているものと考えることがあるため,名前を挙げて謝意を表した人々から書面で承諾を得ることは,著者の責任となります。
専門的助力には,他の貢献に対するものとは段落を変えて,別途謝意を表して下さい。」(ウ)重複若しくは二重投稿(3,4頁)「重複もしくは二重投稿とは,既に発表されたものと実質的にオーバーラップする論文の掲載のことです。
一次情報源としての定期刊行物の読者にとっては,著者と編集者の選択により再掲載された論文であることが明瞭に述べられていない限り,自分達の読んでいるものがオリジナルであると信じるより他ありません。
この論拠の基礎にあるのは,国際的な著作権法,道徳律,及び資源の有効利用です。
大多数の雑誌は,活字媒体,電子媒体の別に係わらず,出版された論文中において既にその大部分が報告されているものや,他所において掲載を目的として投稿中であったり,受理されている他の論文の内容を含むような研究論文を受け取ることを望んではいません。ただし,この方針は,その雑誌が他誌において不採用となった論文,あるいは,専門領域での会合において同僚に対して行われた抄録やポスター掲示のような予備的報告の発表に引き続く完全な報告などを考慮することをあらかじめ排除するものではありません。更にまた,学術的会議の席上で既に口演発表されているが完全な形態ではまだ掲載されていない論文,あるい147は,議事録もしくは類似の形式での掲載を目的として現在考慮中の論文を雑誌が考慮することを妨げるものでもありません。予定された会議の新聞報道は,通常この規則に違反すると見なされることはありませんが,このような報道は追加データや図表のコピーによって詳述されたものであってはなりません。
論文を投稿する際には,同一もしくは非常に類似した研究の,重複もしくは二重投稿と見なされるような以前の研究報告やすべての投稿に関して,著者は常に編集者に完全な申告を行わなければなりません。著者は,その研究に含まれるテーマに関して,以前の報告に既に掲載されている場合には,その旨を編集者に警告しておくべきです。このような研究についてはいかなるものでも,新規の論文において言及し,更に参考文献として引用しておいて下さい。編集者がその問題をどう扱うかを決定するのに役立つように,これらの資料のコピーを投稿論文に含めておいて下さい。
上記の告知なしに重複もしくは二重投稿が試みられたり,そうした事態が起こった場合,著者は編集者がとるべき行動を予期すべきです。少なくとも,投稿原稿の即時不採用を覚悟して下さい。万一編集者が違反に気付かずに,論文が掲載されてしまった場合には,重複もしくは二重投稿の告示文が,著者の釈明や承諾の有無に係わらず,十中八九掲載されることになります。
既に受理されていても,まだ掲載されていない論文中に記述されている科学的情報についての予備的なリリース発表 (通常,公共メディアに対して行われる) は,多くの雑誌の方針に違反します。わずかなケースにおいて,編集者との申し合わせによってのみ,データの予備的なリリース発表が認められます (例えば,公衆衛生上の緊急性が存在するような場合です)。」148ウ産業技術総合研究所の研究者行動規範独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)は,所属する研究者がよるべき倫理規範たる研究者行動規範を定めているが,平成18年8月時点で定められている同規範中には次のとおりの規定が置かれている(甲64の1ないし5)。
(ア)研究者倫理について(甲64の4)「研究者倫理、特に高潔性・誠実性からの逸脱として研究者コミュニティー内部のみならず広く社会からの信頼を失うものに、研究ミスコンダクトがあります。狭義には、データの捏造(Fabrication)、偽造(Falsification)、剽窃(ひょうせつ)(Plagiarism)を言います(これらは併せてFFPと呼ばれます)。データの剽窃は『他の研究者の発表結果や、未発表データあるいはアイディアを適切な手続きを踏まず、かつ、引用もせずに記述すること』です。」,「広義の『研究ミスコンダクト』は、FFPに加え、例えば論文執筆における不適切な引用や、実質的な貢献のない人を論文の著者に加えることなども含まれると考えられています。」(イ)論文発表のあり方(甲64の5)aオーサーシップのあり方「研究の着想・計画、実施、結果の解釈に関して実際に貢献し、論文の原稿執筆や重要な知的内容の批判的な改定を行う等、原稿執筆への本質的な寄与を行い、最終原稿を承認する人がオーサーシップを持つ著者であると考えられています。名誉著者として、実際に貢献をしていない人の名前を入れるのは広義の研究ミスコンダクトと考えられており、避けるべきことです。著者、謝辞の記載法は、研究組織、研究分野、学術誌にそれぞれ固有の慣例や独自のルールがありますので留意することが必要です。著者・謝辞の取り扱いについては、研究を149まとめる段階でよく議論し当事者間で納得を得ることが必要です。」b適切な引用「他の研究者の発表結果や、未発表データあるいはアイディアを適切なプロセスを踏まず、かつ引用もせずに記述することは、暗黙に自分のオリジナルであるかのように剽窃することになり、研究ミスコンダクトに該当します。研究者は自らの行った研究のオリジナリティーを主張するばかりでなく、他の研究者のオリジナリティーも尊重しなければなりません。人は他人から聞いたり、議論の中で出てきた事柄や新しいアイディアを、時間の経過と共に自らのアイディアであったかのように誤認してしまうこともあります。アイディアは印刷物になっていないことも多く、証拠となるものが無い場合もあり得ますので、
その由来を客観的に確認し、必要に応じて適切に引用するように十分注意するべきです。コンピュータープログラム、特許、遺伝子組換え体、合成試薬等の利用についても同様にオリジナリティーを尊重した厳格な運用を行なわなければなりません。」c研究成果と資金の関係「複数の関連するテーマを行っている場合、それぞれの研究資金とその資金によって得られた研究成果を整理しておくことが重要です。」(ウ)特許出願の検討(甲64の5)「研究計画の立案時、実験の過程、実験結果の検討やとりまとめ、学会発表での議論のとき等、何れの段階においても、ある課題を認識し解決策を着想したとき(分野により実験データで着想を証明したとき)が発明の発生時になります。日本をはじめ多くの国の特許制度は、最先の出願人にのみ特許権が与えられるので(先願主義)、発明の発生から一日でも早く出願を行うことが望まれます。」150「誰が真の発明者となるかは、実際に何らかの創造的貢献をした者を発明者とするべきであり、着想に貢献しているかどうかを判断して決めるべきです。単なる管理者、単なる補助者、単なる委託者は発明者とはなりません。産総研での研究により生まれた発明は職務発明とされています。産総研との雇用契約が無い場合には、外部人材受け入れの各制度によりその扱いが定められています。」2本件マウスCに係る特許を受ける権利等の侵害について(1)事案に鑑み,まず,争点(3)のうち,被告らが研究発表した行為が本件マウスCに係る原告の特許を受ける権利侵害する不法行為となるか否かについて検討する。
前記1(4)ソのとおり,原告及び被告乙Bらは,平成12年11月に一般の学者等が参加する学会で行った研究発表(甲47の3)で,通常のBXS(BXSB×NZ B雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1マウス()が極めて重篤なSLEを発症することを明らかにした。本B.GD)F1(H-2)b/g2件マウスCは,上記F1マウス(前記1(4)ソ(ア)○)のうちの雌マウスでBある。上記研究発表では,F1マウスの性別が明らかにされていないが,前記1(4)コのとおり,当時被告乙Bが作製したのは雌マウスであり,かつ重篤なSLEを発症するのは雌マウスであるから,上記研究発表で開示されたのは,上記F1マウスのうち雌マウスについてのみであるというべきである。
そうすると,平成12年11月の時点で,本件マウスCに係る発明は,SLE発症モデルマウスの発明として,我が国において既に公然知られたというべきである。
そして,組み合わせるべきマウスが特定されれば,モデルマウスの作製に携わる当業者であれば誰でも所要の交配マウスを作製することが明らかであるから,当業者には上記程度の開示でも十分であるというべきである。
前記第2の2(3)のとおり,被告らの本件各研究発表がされたのは平成11516年11月11日以降のことであるが,同日は前記平成12年11月の研究発表から約4年も経過しており,発明の新規性の喪失の例外に係る特許法30条の適用がないことは明らかである。そうすると,少なくとも平成16年11月11日前に既に,本件マウスCに係るSLE発症モデルマウスの発明は,物の発明としても,同マウスを生産する方法の発明としても,公然知られた発明になっていたというべきである。したがって,仮に原告が本件マウスCに係るSLE発症モデルマウスの発明をしたとしても,既に本件各研究発表の前に上記発明につき特許を受けることはできず(特許法29条1項1号),特許を受ける権利は消滅していたものというべきであり,この権利の侵害を理由とする不法行為は成立しない。
結局,原告の特許を受ける権利侵害を理由とする不法行為に基づく請求のうち,本件マウスCに係る発明についての特許を受ける権利侵害を理由とする部分は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(2)前記(1)のとおり,原告は自ら本件マウスCがSLEを発症することを研究発表したものであるところ,前記1(6)イ(ウ)のとおり,同一の内容につき重複して論文を投稿することが禁じられていることからすると,仮に原告が本件マウスCのSLE発症に係る研究成果を最初に得た者であるとしても,前記平成12年11月の研究発表に加えて,さらにこれと同一内容の研究発表を原告に保障すべき法的な利益はないというべきである。
したがって,本件マウスCのSLE発症に係る研究成果に関しては,その余の点につき判断するまでもなく,研究成果を奪った不法行為を理由とする原告の請求は理由がない。
なお,以下においては,念のため,本件マウスCについても判断することとする。
3争点(1)(原告が本件各マウスに係る研究成果等を得たか否か)について(1)判断基準152最初に研究成果を得た者が他の者の行為によって最初に研究発表等をする機会を奪われ,又は新規に発明をした者が他の者の行為によって特許を受ける権利侵害されたか否かを判断するためには,最初に当該研究成果又は特許を受ける権利を得た者が誰であるかを確定する必要がある。
特許を受ける権利の帰属について特許を受ける権利は,発明した者に与えられるところ,「発明」とは「自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度のもの」をいうから(特許法2条1項),真の発明者(共同発明者)といえるためには,当該発明における技術的思想創作行為に現実に加担したことが必要である。
したがって,@発明者に対して一般的管理をしたにすぎない者(単なる管理者),例えば,具体的着想を示さずに,単に通常の研究テーマを与えたり,発明の過程において単に一般的な指導を与えたり,課題の解決のための抽象的助言を与えたにすぎない者,A発明者の指示に従い,補助したにすぎない者(単なる補助者),例えば,単にデータをまとめたり,文書を作成したり,実験を行ったにすぎない者,B発明者による発明の完成を援助したにすぎない者(単なる後援者),例えば,発明者に資金を提供したり,設備利用の便宜を与えたにすぎない者等は,技術的思想創作行為に現実に加担したとはいえないから,真の発明者(共同発明者)ということはできない。そして,真の発明者に当たるか否かは,当該発明の特徴(要旨)を把握した上で,それとの関係で当該行為者の具体的行為が技術的思想創作行為に貢献したかどうかという観点から判断すべきものである。
イ研究成果の帰属についてまた,研究成果は科学的ないし学術的な創作行為の結果であって,創作行為に関するものである点において発明と共通するものである。
そして,学会における研究発表や論文投稿等の研究成果の発表行為は,153研究者がした研究の成果を外部に公表する行為であって,論文の作成自体も科学的ないし学術的な創作行為である。
ところで,前記1(6)イ認定のとおり,多数の生物医学雑誌が支持する「生医学雑誌への投稿のための統一規定」においても,論文の著者として掲げることが適切な者は,@研究の構想及び計画並びに実験データの解析及び解釈に貢献し,かつ,A論文の起草又は原稿の重要な部分につき批判的改訂に対する貢献をし,かつ,B決定稿の最終的承認に対して関与した者である旨が規定されている一方,C単なる研究資金を調達したにすぎない者,D実験データの収集のみに関わったにすぎない者又はE研究グループを統括監督したにすぎない者は,論文の著者として掲げることが適切ではない旨が規定されており,また当該論文に対して知的貢献を果たしているが著者として掲げることが適切ではない者については,論文中で謝辞を述べることができる旨が規定され,かかる者の例として,F学部の教授の立場での総括的な漠然とした支援をした者,G専門的助力をした者及びH経済的又は物質的援助をした者等が挙げられている。
そして,前記1(6)ウ認定のとおり,我が国の著名な研究機関である産総研が定めた研究者行動規範においても,研究の着想,計画,実施又は結果の解釈に関して実際に貢献し,論文の原稿執筆への本質的な寄与を果たし,最終原稿を承認する者を論文の著者として掲げることが適切で,実際に貢献していない者を著者に加えることは避けるべきである旨が規定されている。
このとおり,上記統一規定も,研究者行動規範も,論文発表が知的活動ないし創作行為である点に着目して基準を定めているものと評価することができ,当該研究の知的創作行為に具体的に関与した者であって,論文作成に実際に貢献した者に当たるか否かを論文著者として適切な者か否かの判断基準としているものということができる。
154本件の研究の性格及び科学の分野における有力な判断基準にかんがみると,最初に研究成果を得た者に当たるか否かについても,概ね前記アの発明者か否かの判断基準と同趣旨の基準によって決定すべきである。また,学会での研究発表における発表者ないし論文における著者として,その氏名を挙げるべき者は,少なくとも,上記基準によって最初に研究成果を得た者に当たる者のほか,論文作成行為のうち知的創作行為に実際に貢献した者に限られるというべきである。そして,上記に当たらない者については,その者の氏名が発表者ないし著者として挙げられていなかったとしても,保護すべき法的利益を侵害されたとはいえないというべきである。
ウ本件各マウスに係る研究成果ないし発明の特徴(ア)原告が主張する,本件各マウスに係る研究成果ないし発明は,いずれも自己免疫疾患モデルマウスに係るものであって,市販されている通常のBXSBマウスを母親にして行う交配によって作製されるマウスに係るものである。
また,自己免疫疾患モデルマウスについては,ニュージーランドマウスやその各コンジェニックマウス等が今日までに樹立(開発)されてきており,各マウスが示す自己免疫疾患の病態はそれぞれ異なる。
そして,前記1(1)ア及び(4)キ認定のとおり,少なくとも平成10年より相当程度以前には,BXSBマウスの雄が示す自己免疫疾患の原因となる遺伝子の1つは性染色体たるY染色体上のYaa遺伝子であると特定されており,したがって,従前は子マウスが自己免疫疾患を示すことが事前に予想されるBXSB雄マウスを用いて交配実験を行うことが多かったものである。
そうすると,本件各マウスに係る研究成果ないし発明の特徴は,BXSB雌マウスを用い,Eb亜領域より上流の亜領域の遺伝子の型が共通で,Ea亜領域より下流の亜領域の遺伝子の型が異なる各種NZBコン155ジェニック雄マウスを父親マウスに用いて交配し,F1雄マウスではRAを発症するものがあるが同雌マウスではSLEのみを発症し,各遺伝子型によって病態の程度が異なるという点にあるものである。
(イ)なお,前記1(4)キ認定のとおり,SLE及びRA等の自己免疫疾患は,複数の遺伝子の相互作用によって発現する複雑な疾患であり,前記1(3)キ認定のとおり,丙A前教授も,平成4年当時,SLEの発症に係る遺伝子の作用が不明である旨言及していること,現にYaa遺伝子が,H-2遺伝子が存在する第17染色体とは別の性染色体に存在する遺伝子であることにかんがみると(なお,前記1(4)キ認定のとおり,第7染色体等にもSLEの発症に関係する遺伝子の存在が示唆されている。),従前に交配によって作製されるF1マウスの病態が明らかになっていない,新規の組合せで交配を行う場合,同F1マウスの自己免疫疾患の病態を予測することは必ずしも容易ではなく,実際に交配実験を行ってみないと解明できない点が多いというべきである。
エ本件各マウスに係る研究成果ないし発明の帰属主体の判断前記1(4)認定の各事実によれば,被告乙Bは自らが関与した研究については,各種マウスの作製,観察及び検査等の相当部分を自ら行ってきており,TNFa亜領域の判定のための検査等を本件講座の他の構成員が担当したのは,同被告が病気療養中であるなどの例外的な場合であったにすぎないことが認められる。
そうすると,上記実験実務を直接行っていない原告において,本件各マウスに係る科学的ないし学術的な創作行為に現実に加担して最初に研究成果を得たり,技術的思想創作行為に現実に加担して真の発明者であるというためには,後記(2)の各日より前に,被告乙Bに対して,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,前記ウ(ア)の特徴的な部分に関連する具体的な着想を提供したり,あるいは少なくとも,同特徴的部分と関156連する,親となるべきマウスの種類を具体的に特定して交配方針や所要の実験を指示する等の行為を行ったことが必要である。
そして,前記ウ(イ)のとおり,新規な組合せの交配の結果作製されるF1マウスの自己免疫疾患の病態の予測は必ずしも容易でないから,上記着想の提供や交配方針の指示は,相当程度具体的である必要がある。
このように,本件においては,原告において,少なくとも,本件各マウスの作製,すなわち,親となるべきマウスの選択及び交配の結果生まれるF1マウスのSLE又はRAの病態について,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想を提供したり,親となるべきマウスの種類を具体的に特定して,交配方針や所要の実験を指示したことを立証すべきものである。
(2)本件各マウスに係る研究成果ないし発明の完成時期等ア前記1(4)コ認定のとおり,本件マウスCについては,平成11年8月ころまでに得られ,同年11月ないし平成12年2月までの間にSLEの一症状たる蛋白尿の発症が確認されているから,平成12年2月までには,同マウスにつきSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時に,SLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
イ前記1(4)コ認定のとおり,本件マウスE-1については,平成11年8月ころまでに得られ,平成12年6月ないし9月の間に蛋白尿の発症が確認されているから,平成12年6月ころには,本件マウスE-1に係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
ウ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウスDにつき,平成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成14年5月1日に最初の蛋白尿発症を確認し(平成13年12月25日に誕生したマウス),次いで157平成15年1月20日以降に多数の同マウスの蛋白尿発症を確認しているから,平成15年1月20日ころには,本件マウスDに係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
エ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウスE-2につき,平成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成15年2月10日に最初の蛋白尿発症を確認し,同月26日以降に多数の同マウスの蛋白尿発症を確認しているから,平成15年2月26日ころには,本件マウスE-2に係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
オ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウスAにつき,平成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成15年3月11日に最初の蛋白尿発症を確認し,同年3月25日以降に多数の同F1マウスの蛋白尿発症を確認しているから,平成15年3月25日ころには,本件マウスAに係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
カ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウス@につき,平成14年11月2日までに複数匹誕生させ,平成15年2月26日に最初の蛋白尿発症を確認し,同年4月30日にも同F1マウスの蛋白尿発症を確認しているから,同年4月30日ころには,本件マウス@に係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
キ前記1(4)ニ(ク)認定のとおり,被告乙Bは,本件マウスBにつき,平成14年9月5日までに複数匹誕生させ,平成15年2月26日に最初の蛋白尿発症を確認し,同年3月11日及び4月30日に同F1マウスの蛋白尿発症を確認しているから,平成15年4月30日ころには,本件マウ158スBに係るSLE発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にSLE発症モデルマウスとしての発明が完成していたことが認められる。
クさらに,前記1(4)ヘ(ア)認定のとおり,被告乙Bは,平成15年5月7日,原告に対し,本件マウス@ないしBのRA発症について説明しているから,遅くとも上記説明の日である平成15年5月7日までには,本件マウス@ないしBに係るRA発症の有無及び程度に係る研究成果が得られ,同時にRA発症モデルマウスとしての発明がいずれも完成していたことが認められる。
(3)本件マウスC及びE-1についてア原告が研究成果を得たか否か(ア)本件全証拠によっても,本件マウスC及びE-1が得られた平成11年8月ころより以前に,原告が,被告乙Bに対し,本件マウスC及びE-1の作製について,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想を提供した事実又は親となるべきマウスの種類を具体的に特定して交配方針や所要の実験を指示した事実を認めるに足りない。
(イ)前記1(3)及び(4)アないしケ認定のとおり,被告乙BがBXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとの交配実験(前記1(4)コ)を行う前において,丙A前教授や原告らが行ってきたのは,同被告が本件講座の協力研究員となった平成4年以前はもちろん,それ以後平成11年8月までの間においても,主としてNZBマウス,NZWマウスやこれらのコンジェニックマウスによる交配であった。そして,BXSBマウスを使用した交配も,雄性が発現するのに必要な性染色体が承継され,したがってYaa遺伝子を承継することが明らかな,その雄マウスを使用した交配にとどまっていたものであり,前記1(4)コの被告乙Bによる交配実験以前に,BXSB雌マウスも使用した交配実験を行って,積極的にBXSBマウスのYaa遺伝子以外の遺伝子の機能を解析しようと試159みた事情を見出すことは困難である。そして,上記の交配の実施状況は,平成11年8月ころから本件マウスCに係る研究成果等の研究発表(前記1(4)ソ)が行われた平成12年11月当時においても異なるものではない。
前記1(4)ア認定のとおり,平成4年12月の丙Mらによる論文発表においては,被告乙Bも執筆者の1人となっているところ,同(ア)で,通常のNZW雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウスにおいてもともとのBXSBマウスよりもSLE病態が増悪する現象が,Yaa遺伝子の有無にかかわらない,すなわち同F1マウスがY染色体(性染色体)を有する雄のみならずY染色体を有しない雌においても見られる旨の記載がされている。この記載からは,Yaa遺伝子以外のSLE病態増悪因子がNZW雌マウスの遺伝子にあるのか,BXSB雄マウスのYaa遺伝子以外の遺伝子にあるのか全く不明であり,上記論文発表中の他の記載からは,BXSB雄マウスのYaa遺伝子以外の遺伝子に着目されているのかは全く不明である。そして,上記研究成果に引き続いて,被告乙B以外の本件講座の研究員が,BXSBマウスの遺伝子のうちYaa遺伝子以外の遺伝子に着目して解析を続行したことを認めるに足りる証拠はないから,被告乙B以外の本件講座の研究員において,BXSBマウスのYaa遺伝子以外の遺伝子の作用に着目した研究がされていたと見るのは困難である。
(ウ)上記平成11年8月より前にされたBXSB雌マウスを使用した交配として,前記1(1)ア認定のマーフィーらの論文発表がある。しかし,この発表においては,BXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1マウスは,雄雌逆の組合せであるNZB雌マウスとBXSB雄マウスとを交配したF1マウスと比較して血中抗核抗体及び胸腺細胞障害性自己抗体の産生がみられないと報告され,NZB雌マウスとBXSB雄160マウスの交配マウスに対する比較の対象として取り上げられたに止まっており,かつ同F1雌マウスについては特段SLEの発症について報告がないものであって,BXSB雌マウスを使用した交配を行う契機とはなり難いものである。
また,前記1(3)キ(カ)認定のとおり,丙A前教授は,平成4年,自らの学会報告における質疑応答中で,BXSB雌マウスとNZW雄マウスとの交配F1マウス(。なお,K,Ab,Aa,(BXSB×NZW)F1(H-2 )b/zEb及びEa亜領域の遺伝子型はいずれもb/uヘテロ,TNFa及びD亜領域の遺伝子型はいずれもb/zヘテロである。)に関して回答を行っている。しかし,このF1マウスと本件各マウスとは,H-2遺伝子型及びその亜領域の遺伝子型が全く異なる上,父親由来の遺伝子(H-2遺伝子以外のものを含むことは当然である。)はNZWマウスとNZBマウスとで全く異なるから,交配の結果誕生するF1マウスの自己免疫疾患の病態が異なることが予想されるもので,各種NZBコンジェニック雄マウスと交配した本件各マウスとは大きく異なる。
さらに,前記1(4)カ及びキ認定のとおり,丙R及び原告らが行った論文発表には,BXSB雄マウスとの退交配マウスに関し,SLEの一病態であるループス腎炎の発症にBXSB雄マウス由来の第17染色体(性染色体ではない。)上の遺伝子が関与していることが示された旨の記載部分がある。しかし,論文の文面上,BXSB雄マウスを用いた交配により何らかの発見ができる可能性を第一に示しているもので,その論文自体にあるとおり,自己免疫疾患が複数の遺伝子の相互作用によって発現する複雑な疾患であることにかんがみると,さらに種々検討しなければ,BXSB雌マウスと各種NZBコンジェニック雄マウスとを交配したF1マウスを作製することにより得られる結果を予測できないことは明らかである。
161そうすると,上記のマーフィーらの論文発表中の記載,丙A前教授の回答や丙Rらの論文中の記載をもって,平成11年8月以前に本件各マウスの作製につき着想の契機があったとは必ずしもいい難い。
前記1(4)サないしセの各論文等にも上記各マウスの交配について窺わせるような記載は皆無であり,その後平成12年11月の研究発表(前記1(4)ソ)前までにおいても同様である。
これらのほかに,平成11年8月以前に原告が本件各マウスの作製についての着想の契機があったことを認めるに足りる証拠はないし,少なくとも本件マウスC又はE-1の作製につき,原告が被告乙Bに対して具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指示等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
(エ)なお,前記(2)のとおり,本件マウスE-1に係る研究成果の獲得ないし発明の完成がされたのは,平成12年6月ころであり,同年夏ころに被告乙Bは病気療養のため本件講座には不在であったものであるが,前記1(4)コ認定のとおり,蛋白尿測定表(甲48)のH-2遺伝子型がb/dヘテロのF1雌マウス(1,3,6,8及び13番)が誕生したのは前年である平成11年8月1日ないし3日のことであり,同被告が蛋白尿の発現時期の解析を行ったものである。このF1雌マウスの交配に関して,原告の具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指示等があった事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ同被告が計画して実施した交配の結果,誕生した上記F1雌マウスを,同被告が観察し,同被告が病気療養中の間,同被告の依頼に基づいて,原告を始めとする本件講座の構成員らが同被告に代わって,病態観察等を行った結果,本件マウスE-1に係る研究成果ないし発明の完成に至ったものということができる。そうすると,前記1(4)ソ認定に係る研究発表も,原告が第1発表者となっているものの,同被告が得た研究成果を,復帰直後の162同被告に代わり,原告が第1発表者,同被告が第2発表者として発表したものであるというべきである。
(オ)そうすると,原告は本件マウスC及びE-1について科学的ないし学術的な思想の創作行為に現実に加担したとはいえないから,上記各マウスについての研究成果を最初に得たとはいえない。同様に,原告は,上記各マウスの作製に係る技術的思想創作行為に現実に加担したともいえないから,上記各マウスの作製に係る発明の真の発明者にも当たらない。
原告が本件マウスC及びE-1に係る科学的ないし学術的な思想又は技術的思想創作行為に関して行っていたのは,本件講座の管理者として,あるいは構成員を一般に指導して研究者としての成長を促す教育者として,一般的又は包括的な管理行為にとどまっていたのであり,それを超えて,具体的な指示を下し,上記創作行為に現実に加担したものとみるべき事情は存しない。
イ被告乙Bの発明者性他方,被告乙Bは,NZB.GD雌マウス,NZB雌マウス及びNZW雄マウスを使用してA亜領域の遺伝子型が同一(d/uヘテロ)でE分子が半分量形成(発現)されるF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型がb/uヘテロ)と充分量形成されるF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型がd/uヘテロ)を作製した実験結果からEa亜領域の遺伝子型がd/uヘテロの場合にSLE病態が抑制される可能性を発表し(前記1(4)オ),原告の過去の論文の結論との抵触を回避すべく,NewZealandマウス系以外のマウスを使用して,作製されたF1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロでなくてもE分子を形成しないマウスで重篤なSLEの発症がみられることを確認すべく,BXSB雌マウス(H-2遺伝子型がbホモであって,作製されるF1マウスのH-2遺伝子型はd/zヘテロにはな163らない。)を使用した交配を試みることに思い至り(前記1(4)ク),NZB雌マウスやNZB.GD雌マウス等を使用して,A亜領域の遺伝子型が同一(dホモ又はd/bヘテロの2つのグループ)でE分子を全く形成しないか,半分量又は充分量形成するF1マウスを作製することを目的とする研究経費交付申請を行った後(前記1(4)ケ),A亜領域の遺伝子型が同一だがE分子が全く形成されないか(Ea亜領域の遺伝子型がbホモ),半分量(Ea亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ)形成されるF1マウスを作製するべく,BXSB雌マウスとH-2遺伝子型がg2/dホモのNZB.GD雄マウスを交配して各F1マウスを作製したものであって,同被告は,E分子のSLE病態抑制効果の発見及び確認の過程で,自らの着想に基づき,自ら前記1(4)コの実験を行ったものである。
そして,この実験の結果,E分子を全く形成しないF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型がbホモ)の方がE分子を半分量形成するF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型がb/dヘテロ)よりもSLE病態がより早期発症かつ重篤であることを発見したものであるから(前記1(4)コ),同被告が本件マウスC及びE-1のSLE病態につき最初に研究成果を得,かつこれらのマウスにつきSLE発症モデルマウスとしての発明を行ったというべきである。
なお,同被告は,そのころ,E分子の発現量に相関してF1マウスのSLE病態が抑制されること及びE分子が形成されないF1マウスにおいてはA亜領域の遺伝子型がd/bヘテロのものの方がdホモのものよりもSLE病態が重篤であることを第1発表者として発表した(前記1(4)シ)。
また,前記1(4)ソ認定のとおり,第2発表者としてではあるものの(もっとも,前記のとおり,実際には,同被告が得た研究成果を,原告が第1発表者,同被告が第2発表者として発表したものであるというべきである。),上記の本件マウスCに係る知見のほかに,本件各マウスとは別164種の組合せの交配によるマウスについてではあるが,E分子を半分量形成するF1マウス( Ea亜領域の遺伝子型はb(NZW(H-2 )×NZB)F1(H-2 )。
b b/d(NZW(H /dヘテロ。)のT細胞をE分子を全く形成しないF1マウス(Ea亜領域の遺伝子型はbホモ。)に静脈注射す-2 )×NZB.GD)F1(H-2)。
b b/g2るとSLE発症が抑制されたこと等も発表するに至っており(前記1(4)ソ(イ),(ウ)),さらにE分子のSLE病態抑制効果につき解明を進めている。
ウ原告の主張について(ア)他方,原告は,NZB.GD雌マウスの数に限りがあったので,NZB.GD雌マウスとBXSB雄マウスとの交配をするだけでなく,反対の組合せ,すなわち,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとの交配を行うことにし,被告乙Bに対してその旨の指示をした旨主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(3)イ)。
しかし,BXSB雄マウスではなくBXSB雌マウスを使用して交配すると,当時既にSLE病態への関与が明らかになっている,性染色体上のYaa遺伝子が承継されないから,実験方針の転換を動機付ける格別の着想が必要と解されるところ,上記の理由は実験方針の転換の動機付けとして不十分であるし,不自然であることを否定できない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
また,原告は,H-2遺伝子がSLE病態に与える影響という壮大な研究テーマの下に,従前から研究を行い,平成10年に一定の成果を結実させた原告の次の研究テーマがNZBマウス系のH-2遺伝子型とSLEとの関係であり,BXSBマウスとNZB.GDマウス等との交配も,原告の一連の研究活動の中で行われた旨等を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ケ)。
しかし,前記のとおり,BXSBマウスを母親に指定して交配を行う165本件各マウスの作製実験は,原告の従前の研究とはSLE病態とH-2遺伝子の関係の解明という点では一致するものの,交配するマウスの選択の点において相当程度異質なものであることは否定できないし,原告の側にBXSB雌マウスを使用して交配を行おうと試みる契機を見出すことも困難であるから,本件各マウスの作製実験が原告の一連の研究活動の中に含まれているとは一概にいうことができず,原告の上記主張を採用することはできない。
なお,前記(2)のとおり,SLE等の自己免疫疾患は,複数の遺伝子の相互作用によって発現する複雑な疾患であり,現にYaa遺伝子が,H-2遺伝子が存在する第17染色体にない遺伝子であることにかんがみると,H-2遺伝子以外の遺伝子がSLEの発症に関係する可能性があることは否定できないから,単にH-2遺伝子とSLE病態との関係の解明とか,H-2遺伝子中のEa亜領域の遺伝子とSLE病態との関係の解明といった点のみから,BXSB雌マウスを使用する交配の着想に至るとすることは困難である。
(イ)原告は,原告がNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスがSLEを発症するためには,同F1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロになることが必要であるとの命題を定立したことはなく,被告乙Bがこの命題との抵触を回避すべく別個の研究を行ったことはない旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ウ(ウ))。
しかしながら,原告及び丙A前教授は,昭和58年の論文発表(前記1(3)ア)以降,作製されるF1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロとなるものが生じるよう,あるいはH-2遺伝子型がd/zヘテロとなる組合せのF1マウスと比較できるよう,各種の組合せを採用して繰り返し交配実験を行っており(前記1(3)ウないしカ及び(4)サ等),かつ丙A前教授の報告(前記1(3)キ)においても,その後の原告が発表166者又は執筆者の1人となった研究発表等(前記1(4)ウ,オ,ヌ,ネ,(5)サ)においても繰り返しNZB雌マウスとNZW雄マウスとを交配したF1マウスがSLEを発症するためには,同F1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロになることが必要である旨を強調してきており,かつ原告自身が説明して丙H弁理士が作成した明細書中にすら「主要組織適合遺伝子複合体(中略)の遺伝子型が,NZBマウス由来のH-2がd型とNZWマウス由来のH-2がz型であり,F1マウスではd/zヘテロ型になっていることが必要であることを,1983年に本発明者は世界に先駆けて証明している。」と明言しているところであるから(前記1(5)ウ(ウ)b),原告において,上記命題を定立していたというべきである。そして,前記1(4)クのとおり,被告乙Bは,原告の上記命題との抵触を回避するため,従前のマウスの組合せとは全く異なった組合せである,BXSB雌マウスを用いた交配を試みようと考えたのであり,また,同被告の定立した仮説ないし命題は,NZBマウスとNZWマウスとの組合せによる交配において,作製されたF1マウスのH-2遺伝子型がd/zヘテロではなくても,E分子の発現がなければ重篤なSLEを発症するというものであったから,原告の上記命題と両立しないことは明らかである。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
(ウ)なお,原告は,平成11年に丙A前教授とともに順天堂大学(アトピー疾患研究センター)に対してした研究費の申請は,原告の研究に関するものであって被告乙Bの研究に関するものではない旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ウ(キ))。
しかし,生医学雑誌の著者資格として,「単なる研究資金の調達(中略)は,正当な著者資格としては認められません。」とあることから明らかなように(前記1(6)イ(ア)),そもそも研究費の調達と研究成果167ないし発明に対する特許を受ける権利の帰属は関連しないのであって,誰の名義で研究費を受けているかによって研究成果ないし特許を受ける権利が帰属する者を決することができるわけではない。のみならず,前記1(4)ケ認定のとおり,上記研究費の申請の前後にされた他の研究費の申請とは異なり,研究分担者欄に原告の氏名が全く記載されておらず,かつ他の研究費申請が日本学術振興会等に対してされているのとは若干様相を異にしている。また,同被告は日本語の使用が不自由であることにかんがみると,原告が申請書類の作成を行ったり,申請手続を一部代行したり,あるいは申請書類ないしその文書ファイルが手元にあるからといって,申請された研究費に係る研究が原告の研究に属することになるわけでもない。そうすると,上記研究費が原告の研究に関するものということはできず,前記1(4)ケ認定のとおり,同被告が計画した研究に関するものであったというべきである。
エ小括以上のとおり,原告は,本件マウスC及びE-1についての研究成果を最初に得たとはいえないし,同マウスの作製に係る発明の真の発明者ともいうことができない。
(4)本件マウスD及びE-2についてア原告が研究成果を得たか否か(ア)本件全証拠によっても,複数匹の本件マウスDが得られた平成14年9月5日以前はもとより,研究成果ないし発明が完成した平成15年1月20日ころより以前に,原告が,被告乙Bに対し,本件マウスDの作製について,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想を提供した事実又は親となるべきマウスの種類を具体的に特定して交配方針や所要の実験を指示した事実は認められない。
同様に,複数匹の本件マウスE-2が得られた平成14年9月5日以168前はもとより,研究成果ないし発明が完成した平成15年2月26日ころより以前に,原告が,同被告に対し,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想を提供した事実又は親となるべきマウスの種類を具体的に特定して所要の実験を指示した事実は認められない。
(イ)前記(3)アのとおり,平成11年8月ころまでの間に原告や丙A前教授が行っていた交配は主としてNZBマウス,NZWマウスやこれらのコンジェニックマウスによる交配であって,BXSBマウスを使用した交配もその雄マウスを使用した交配にとどまっていたものであり,前記1(4)マ認定のとおり,本件講座においては相当年月が経過した平成14年末ころに至ってもBXSB雌マウスの発注が極めて低水準であったことからすると,その後もかかる状況には変化がないことが窺われる。
そして,平成11年8月以後同15年1月20日ころまでの間において,原告が積極的にBXSB雌マウスを母親とする交配につき検討し,同被告に対し,本件マウスDの交配実験につき,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指示等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。本件マウスE-2の交配実験に関しても,同様に,平成11年8月以後同15年2月26日ころまでの間において,原告が積極的にBXSB雌マウスを母親とする交配につき検討し,同被告に対し,本件マウスE-2の交配実験につき,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指示等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
他方,NZB.GDマウスとNZB.GDrマウスとは関連して樹立されたマウス系のマウスであって,両者の遺伝子型の違いは遺伝子組換えが生じた一部の亜領域の遺伝子にあるのみであるから,前者とBXSB雌マウスとの交配を試みた後であれば,後者とBXSB雌マウスとの169交配を試みることは,極めて自然にされた研究の進展であるといい得る。
イ被告乙Bの発明者性被告乙Bは,前記(3)のとおり,E分子のSLE病態抑制効果の発見及び確認の過程を通じて順次メカニズムの解明を進め,主としてE亜領域の遺伝子型に着目してNZB.GDrマウスをも使用した以後の実験を計画したりした(前記1(4)テ)。
そして,遅くとも平成13年10月27日ころにされた前記1(4)トの研究経費申請においては,研究代表者として被告乙Bの氏名があること,その研究課題が同被告らがアトピー疾患研究センターから得た研究経費をもとに行った研究によって得た前記(3)イの知見を深化させてSLEの発症機構をさらに解明しようとする意図に基づいて設定されたものであることからすると,上記研究経費申請は同被告の研究に関するものであると認められる。
前記1(4)ナ認定のとおり,その翌月である平成13年11月12日に同被告が作成した表(別表4)は,それまでに行った交配をも含めて総括するとともに今後実施すべき交配の構想を示したものであると認められるが,同表29番で本件マウスD(ただし,性別が区別して記載されていないので,同一の交配から作製される本件マウスAも含まれている。)が今後実施すべき交配の1つとして挙げられている。そうすると,遅くとも同日の時点で,同被告がSLE病態を解析するための交配実験として,本件マウスDを作製する交配実験を構想していたことが認められる。もっとも,後記ウのとおり,NZB.GDrマウスは繁殖が困難で,当時においてはH-2遺伝子型がg2rホモのNZB.GDrマウスの数は限られていたから,本件マウスD及びE-2の交配実験においては,H-2遺伝子型がg2r/dヘテロのマウスをも使用することが予定されていたと推認することができる。
170被告乙Bは,このように,F1マウスの交配の組合せを総括して本件各マウスが含まれる交配の計画を練るなどした(前記1(4)ナ)後,前記1(4)ニのとおりの交配実験を行い,本件マウスD及びE-2のSLE発症を確認したものである。
被告乙Bは,E分子のSLE抑制効果の発見及び確認並びにそのさらなるメカニズムの解明という一連の過程で,本件マウスD及びE-2のSLE発症に係る研究成果を獲得し,上記各マウスのSLE発症モデルマウスとしての発明を完成させたというべきである。
よって,同被告が本件マウスD及びE-2に係る研究成果を獲得し,かつ上記発明を完成させた者であるというべきである。
ウ原告の主張について他方,原告は,NZB.GDr雌マウスの数に限りがあったので,NZB.GDr雌マウスとBXSB雄マウスとの交配をするだけでなく,反対の組合せ,すなわち,BXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスとの交配を行うことにし,かつBXSBマウスのSLE病態に対するE亜領域の遺伝子の役割を,Yaa遺伝子との関係も考慮した上で明らかにすべく,遅くとも平成13年末ころ,被告乙Bに対してBXSB雌マウスとNZB.GDr雄マウスとの交配を指示した旨等を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(4)ア)。
前記1(3)キ(キ)認定のとおり,丙A前教授等がニュージーランドマウスのコンジェニックマウスの増殖・維持に非常な困難が伴う旨の発言をしていることにかんがみると,NZB.GDrの増殖自体が容易ではないことが容易に推認できるところである。
しかしながら,BXSB雄マウスではなくBXSB雌マウスを使用して交配すると,当時既にSLE病態への関与が明らかになっている,性染色体上のYaa遺伝子が承継されないから,実験方針の転換を動機付ける格171別の着想が必要と解されるところ,NZB.GDr雌マウスの数に限りがあるということや,BXSB雄マウスとNZB.GDr雌マウスとを交配したF1マウスの比較例とするということだけでは,実験方針の転換の動機付けとして不十分であるし,不自然であることを否定できない。また,従前は未解明であったE分子がSLE発症に果たす役割の解析の必要というのみでは,余りに漠然としており,原告が指示をしたと主張する平成13年ころ以前に,既に被告乙BによってBXSB雌マウスとNZBコンジェニック雄マウスとを交配することによりSLEの病態を観察する研究が進められ(前記1(4)コ及びソ),E分子の果たす役割につき既に本件講座から多数の研究発表がされていることにかんがみると,かような漠然とした理由の下に同被告に対する指示がされたのかは極めて疑わしい。
したがって,原告の上記主張を採用することはできず,また,本件マウスD及びE-2が原告の一連の研究活動の中にあるといえないことは,前記(3)ウ(ア)と同様である。
なお,被告乙Bが作成したマウス台帳にもともとBXSB雄マウスとNZB.GD雌マウスないしNZB.GDr雌マウスとの交配実験の結果も合わせて収録され,かつ表紙の題にかかる組合せの交配についても記載されていたとしても,これらのことの一事をもって原告の具体的な着想の提供ないし交配実験の方針について,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な指示があったとは到底いうことができず,上記結論を左右するものではない。
エNZB.GDrマウス系の樹立者について(ア)ところで,本件において争点となっているのは,NZB.GDrマウスを使用した交配に係る研究成果を最初に得たか否か,同交配に係る発明をしたか否かであって,NZB.GDrマウスは,上記研究成果等の獲得に必要不可欠な実験材料たる位置を占めるにすぎないものである172が,原告の主張が,その樹立ないしこれに係る発明が原告に帰属し,その結果,上記研究成果ないし発明の一部を構成するとの趣旨のものと解する余地があるので,以下,念のため,NZB.GDrマウス系の樹立を行った者ないし同樹立に係る発明を行った者は誰かを検討する。
(イ)前記1(4)ツのとおり,NZB.GDrマウスは,被告乙Bが他のマウス系であるNZW.GDマウスの遺伝子を解析中に,同マウスの遺伝子組換えを偶然発見したことから,他のコンジェニックマウス系にも遺伝子組換えが生じている可能性に思い至り,遅くとも平成13年1月13日にそのH-2遺伝子型g2r/dヘテロの雄マウスを確認したことに基づいて偶然に樹立されたものである。
(ウ)この点,原告は,予め確率的な考察を行い,リコンビナント・コンジェニックマウスの出現の可能性を予測してNZB.GDマウスの退交配作業を行わせた旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ク)。
なるほど,本件講座の構成員丙Zの陳述書(甲70)中には,「NZB.GDrを作成する際,NZB.GDをNZBにバッククロス(退交配)していますが,これはH-2E分子α鎖よりテロメア側でのリコンビネーションを予測しての実験であることは自明のことで,組み換え体をどう同定するかという実験がデザインされていることを考えれば,NZB.GDrが作成され得ることを予測しているのは言わずもがなのことです。」と,原告の上記主張に沿う部分がある。
しかしながら,原告が目指すべき遺伝子組換え後の遺伝子の内容につき具体的な目標を設定した事実を認めるに足りる証拠はないし,被告乙Bらに対して特定の遺伝子組換えの予測を表明した事実を認めるに足りる証拠もない。前記1(4)ツのとおり,原告が丙Eに対しTNFa亜領域の遺伝子の判定を指示したのは,最初にNZB.GDrマウス(ただし,そのH-2遺伝子型はg2r/dヘテロである。)が発見された平173成13年1月13日から約1年3か月も経過した早くとも平成14年10月のことであって,この時点では既に多数のNZB.GDrマウスが誕生しており,同マウス系の樹立がほぼ完成していた時期のことであるから,この時期の遺伝子型判定をもってリコンビナント・コンジェニックマウスの発見のための作業とみることは困難である一方,平成13年の早い時期に原告が丙E等に対してTNFa亜領域の遺伝子型の判定等を指示した事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ,同被告が多数の交配マウスに総花的に行っている,抗原抗体反応を用いた各亜領域の遺伝子型判定によっても,前記1(4)ツのとおり,Ea亜領域の遺伝子組換えの発生を発見し得るのであって,丙Eが原告に指示されて行ったTNFa亜領域の遺伝子型判定は,遺伝子組換えの発生を念押しとして確定したものと評価することができる。そうすると,上記丙Zの陳述書の記載部分は,同人の推測を述べたにすぎないものであって,措信し難い。
また,丙A前教授の陳述書(甲52)中にも,原告の上記主張に沿った部分があるが(7頁),やはり抽象的な言及に止まるものであって,措信し難い。
科学研究費補助金研究成果報告書(甲17の2)では,SLE病態抑制がE分子の発現そのものに由来しているのか否かを解析する必要があるので,H-2リコンビナント・コンジェニックマウス系の樹立を進めている旨が記載されており,上記原告の主張に沿うものである(なお,前記第3の1〔原告の主張〕(3)イの主張にも沿う。)。しかし,同報告書が作成され,提出されたのは平成14年3月のことであって,マウス台帳(甲36)によれば,この時点では既に相当数のNZB.GDrマウスが誕生していることが認められるから,仮に上記記載部分が原告の主観を表明したものであるとしても,上記報告書中の記載をもって原告が事前にNZB.GDrマウス系の樹立を予測していたということは174できない。むしろ,かかる記載部分は,NZB.GDrマウス系に属するマウスを多数誕生させて,同マウス系の樹立作業を完了させつつあることを暗に示すものにすぎないというべきである。そして,この結論は,研究計画調書(遅くとも平成13年10月27日ころに作成。前記1(4)ト。甲57の1ないし3)中の記載部分についても同様である。
また,前記1(3)カのとおり,原告平成4年メモ(甲25の2)では,F1マウスのEa亜領域の遺伝子型がbホモになる組合せができるよう,Ea亜領域の前で遺伝子組換えを起こすアイデアが示されているが,同メモで開示されているのは,NZWコンジェニックマウスにおける遺伝子組換えであって,NZB.GDマウスにおける遺伝子組換えとは基礎となるマウス系の種類がNZWマウス系(H-2遺伝子型はz型)かNZBマウス系(H-2遺伝子型はd型)かの点で大きく異なる。
そうすると,原告が平成4年メモに上記構想を書き留めておいたことがあったからといって,NZB.GDrマウスの樹立を事前に予測したり,その遺伝子型を特定して目標を立て,それに従った交配の方針を具体的に指示したとはいえないから,NZB.GDrマウスの研究ないし発明の着想としては不十分な,抽象的なアイデアにとどまるというべきである。
結局,原告が平成13年1月以前にNZB.GDマウスの遺伝子組換えを予測した事実を認めるに足りる証拠はないし,仮にかかる予測の事実があったとしても,同被告らに対し,Ea亜領域とTNFa亜領域との間で遺伝子が組み換わったリコンビナント・コンジェニックマウスが出現するよう注意を促す等の行為をした事実を認めるに足りる証拠はない。
なお,原告が最初に遺伝子組換えが生じたマウス(362番)の先祖となるマウスを作製ないし維持管理していたからといって(前記第3の1751〔原告の主張〕(6)ウ(カ)),原告がNZB.GDrマウスに係る研究成果を最初に得たと評価されたり,発明に対する創作的関与をしたと評価されることになるものではない。原告が他の研究者との交際を通じて入手した特殊な細胞ないし抗体を用いて同被告が実験を行ったとしても,あるいは原告が長期間にわたって精力を傾けた特殊なコンジェニック・マウス等を同被告が利用して実験を行ったとしても,そのことのみでは,上記と同様に,原告が研究成果の獲得等に対して積極的な評価を受けるものではない。
(エ)そうすると,原告がNZB.GDrマウスを樹立したとも,同マウスの作製に係る発明につき技術的思想創作行為に現実に加担したともいうことができない。
他方,前記(イ)のとおり,被告乙BがNZB.GDrマウスを樹立し,かつ同マウスの作製に係る発明につき技術的思想創作行為に現実に加担したというべきである。
したがって,仮にNZB.GDrマウスの樹立ないしこれに係る発明が本件マウスD及びE-2に係る研究成果ないし発明の一部を構成すると解する余地があるとしても,原告が科学的ないし学術的な思想の創作行為に現実に加担したとはいえないから,その研究成果を最初に得たということはできないし,また,技術的思想創作行為に現実に関与したということはできず,その真の発明者に当たるとはいえない。
オ小括結局,原告は本件マウスD及びE-2についてはもちろん,NZB.GDrマウス系の作製ないし樹立についても,科学的ないし学術的思想の創作行為に現実に加担したとはいうことができないし,技術的思想創作行為に現実に加担したともいうことができない。したがって,原告は上記各マウスについての研究成果を最初に得たとはいえないし,同マウスの作製176に係る発明の真の発明者にも当たらない。
原告が上記各マウスに係る科学的ないし学術的な思想又は技術的思想創作行為に関して行っていたのは,本件講座の管理者として,あるいは構成員を一般に指導して研究者としての成長を促す教育者として,一般的又は包括的な管理行為にとどまっていたのであり,それを超えて,具体的な指示を下し,上記創作行為に現実に加担したものとみるべき事情は存しない。
以上のとおり,原告は,本件マウスD及びE-2についての研究成果を最初に得たとはいえないし,同マウスの作製に係る発明の真の発明者ともいうことができない。
(5)本件マウス@ないしBについてア原告が研究成果を得たか否か本件全証拠によっても,複数匹の本件マウス@ないしBが得られた日より以前はもとより,同各マウスに係る研究成果ないし発明のうち最も遅く完成した同各マウスのRA発症の有無及び程度に係る研究成果ないしRA発症モデルマウスとしての発明の完成時である平成15年5月7日より以前に,原告が,被告乙Bに対し,本件マウス@ないしBの作製について,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想を提供した事実又は親となるべきマウスの種類を具体的に特定して交配方針や所要の実験を指示した事実は認められない。
前記(3)アのとおり,平成11年8月ころまでの間に原告や丙A前教授が行っていた交配は主としてNZBマウス,NZWマウスやこれらのコンジェニックマウスによる交配であって,BXSBマウスを使用した交配もその雄マウスを使用した交配にとどまっていたものであり,前記1(4)マ認定のとおり,本件講座においては相当年月が経過した平成14年末ころに至ってもBXSB雌マウスの発注が極めて低水準であったことからする177と,その後もかかる状況には変化がないことが窺われる。
そして,平成11年8月以後同15年5月7日までの間において,原告が積極的にBXSB雌マウスを母親とする交配につき検討し,同被告に対し,本件マウス@ないしBの交配実験につき,科学的,学術的ないし技術的に明確な目的の下に,具体的な着想の提供ないし交配方法の具体的な指示等を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
原告が上記各マウスに係る科学的ないし学術的な思想又は技術的思想創作行為に関して行っていたのは,本件講座の管理者として,あるいは構成員を一般に指導して研究者としての成長を促す教育者として,一般的又は包括的な管理行為にとどまっていたのであり,それを超えて,具体的な指示を下し,上記創作行為に現実に加担したものとみるべき事情は,後記のとおり存しない。
イ被告乙Bの発明者性他方,被告乙Bは,前記1(4)チ及びテないしナ認定のとおり順次検討を進めて考察を深め,同ニのとおり,同被告は,本件各マウスの組合せで多数の交配F1マウスを作製した結果,いずれも雄マウスである本件マウス@ないしBがRA及びSLEを発症することを発見し,かつその間に前記1(4)ニ(カ)認定のとおりの法則性があることを発見したものである。
そうすると,同被告が本件マウス@ないしBに係る科学的ないし学術的な思想の創作行為及び技術的思想創作行為を現実に行ったもので,同各マウスについての研究成果を最初に得,かつ同各マウスの作製に係る発明についての真の発明者であるというべきである。
なお,前記1(4)ニ(キ)認定のとおり,同被告は市販の通常のBXSB雌マウスと市販の通常のNZB雄マウスを交配したF1雄マウスのRA発症についても,自らの着想に基づいて交配及び病態観察等を行っているから,上記組合せによる交配のマウスについて科学的ないし学術的な思想の178創作行為及び技術的思想創作行為を現実に行ったもので,同マウスについての研究成果を最初に得,かつ同マウスの作製に係る発明についての真の発明者であるというべきである。
ウ原告の主張について原告は,被告乙Bが病気療養中の平成12年8月に観察したH-2遺伝子型がbホモ型のNZWコンジェニック雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1マウスにRA発症が偶然に観察されたことから,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスないしNZB.GDr雄マウスとを交配したF1マウスにもRAが生じるのではないかと着想して,平成15年3月ないし4月ころ,同被告にRA発症の確認を指示した旨主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(3)エ,(4)イ,ウ)。
確かに,前記1(4)サ認定の4727番のF1雌マウスが原告の主張する,NZB.GD雌マウスとH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雄マウスとの交配雌マウスであるとすると,甲第26号証のうちの上記F1雌マウスに係る記載部分は原告の主張に沿うものである。そして,このF1雌マウスのEa亜領域の遺伝子型は,g2型H-2遺伝子由来のb型及びb型H-2遺伝子由来のb型からなるbホモであるから,E分子が形成されず,またAa及びAb亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテロである一方,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配したF1マウスでも,Ea亜領域の遺伝子型がbホモになってE分子が形成されず,Aa及びAb亜領域の遺伝子型はいずれもb/dヘテロとなるから,Aa,Ab及びEa亜領域の遺伝子型において両F1マウスはよく符合する。
なお,前記1(4)ソの論文(甲47の3)に記載されているとおり,上記4727番のマウスがH-2遺伝子型がbホモのNZWコンジェニック雌マウスとNZB.GD雄マウスとの交配F1マウス(上記とは雌雄逆の179組合せ)であったとしても,同様によく符合する。
また,丙Eの陳述書(甲33)中には,原告の上記主張に沿った部分がある(2頁)。
しかしながら,前記1(4)タ認定のとおり,本件講座では少なくとも平成6年7月ころから2度目のNZB.GDマウスの作製を開始し,遅くとも上記4727番のマウスが作製された平成11年11月当時にはNZB.GDマウス系は完全に樹立されて,実験のために専ら維持される段階に至っていたものと推認できるところ,前記1(4)コ認定のとおり,これは被告乙BがBXSB雌マウスを使用した交配実験でE分子が発現しないことによって重篤なSLEが発症するとの実験結果を得たのとほぼ同時期であり,かつ前記1(4)ソ認定のとおり,その後しばらく経った平成12年11月に,同旨の研究発表を行ったものである。しかも,前記1(4)チ認定のとおり,原告は類似の交配に関してスライド(甲73の1,2)の提出を受ける等,RA発症に相当強い関心を寄せていたものである。そうすると,原告としては,遅くとも平成12年末ころには,E分子が発現せず,Aa及びAb亜領域の遺伝子型がb/dヘテロとなる組合せを検討し,BXSB雌マウスとNZB.GD雄マウスとを交配してF1マウスを作製し,RAの発症の可能性を探るのが当然と考えられるところ,原告の上記主張に従うと,上記4727番のマウスがRAを発症した時点から起算して2年半強,平成12年末から起算しても2年強も経ってから突然にRAの有無の点検を指示していることになるのであって,極めて不自然である。
しかも,上記4727番のマウスはNZB.GDマウスとNZWコンジェニックマウスとを交配したF1マウスであって,本件マウス@ないしBがBXSBマウスとNZB.GDマウスないしNZB.GDrマウスといったNZB系コンジェニックマウスとを交配しているのとは,使用しているマウスの種類ないし系統が相当異なるものである。また,上記4727180番のマウスは雌マウスであったところ,本件マウス@ないしBはすべて雄マウスであって,性別が異なる。さらに,上記スライドによると,RAの発症率は5又は7パーセント程度と極めて低く,かつ同スライド中のマウスの系統樹からRA発症に関し一定の規則性を見出すことは極めて困難である。そうすると,遺伝的には前記のとおりの考察が可能であるとしても,上記4727番のRA発症から何らの契機となる出来事もないのに,突然平成15年3月ないし4月ころに,本件マウス@ないしB等のRA発症の可能性に思い至るというのは,極めて不自然といわざるを得ない。
しかも,上記丙Eの陳述書中には,原告が同被告に対し,「乙bさん(乙B助手)に維持してもらっているコンジェニックマウスの中で四肢にリウマチ様の症状が起こっているマウスはいないかどうか確認して」との指示を出した旨が記載されているが,同被告は管理スペースが足りなくなるほど多数のマウスを管理しているし,本件マウス@ないしBは,NZB.GDマウスやNZB.GDrマウスなどと異なって単純に交配を繰り返して維持しているものではなく,交配実験の結果生じた1代限りのマウスであるから,仮にかかる指示をした事実があったとしても,漠然としていて,本件マウス@ないしBを含む特定のマウスを指して指示しているかは疑問である。
加えて,前記1(4)ニ(エ)のとおり,平成14年12月,原告は同被告に対し,交配雄マウスを処分するよう指示しており,BXSB雌マウスを用いた交配について関心があったとはいい難い。
以上によれば,上記丙Eの陳述書の該当部分は信用できず,原告の上記主張のうち少なくとも平成15年3月ないし4月ころのRA点検指示に係る部分を採用することはできないというべきである。
なお,前記1(4)ニ(エ)のとおり,同被告はマウス台帳(甲49,乙7)の64番のマウスの欄に後から書込みをしていることを自認している181が,同被告が原告の特許願作成について原告に交付した書面(乙2)中にも,原告が雄マウスを全部処分するよう指示した旨が記載されているから,上記書込みの事実は,原告の殺処分の指示の事実に係る上記結論を左右するものではない。
エ小括以上のとおり,原告は,本件マウス@ないしBについての研究成果を最初に得たとはいえないし,同マウスの作製に係る発明の真の発明者ともいうことができない。
(6)その余の原告の主張についてア原告は,被告乙Bが原告から独立して活動する研究者ではなく,実務担当者にすぎないなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ア)。
しかし,前記第2の2(1)ウのとおり,同被告は各種学会の会員となっており,前記第4の1(4)のとおり,自ら研究計画を立案し,同計画に従って数々の研究を進め,多数の論文を発表する等しているから,原告が助教授で同被告が助手であるからといって,実験用マウスの飼育実務等を機械的に行う実務担当者にとどまるものではなく,原告と独立して活動する研究者ということができる。実験用マウス等の購入に原告の許可印ないし承認印の押なつが必要であるとしても,それは原告が物品を最終的に管理してきたからにすぎないものと推認でき,研究成果等の帰属とは無関係である。
イ原告は,被告乙Bは原告らが獲得した研究費を使用し,原告のアイデアと指導に基づいて研究を行ったもので,自ら研究成果を得たわけではない旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)イ)。
そもそも研究成果ないし発明に係る特許を受ける権利の帰属と研究費の調達とは無関係であるが,前記第4の1(4)のとおり,同被告も自らの研究に関して研究費を受けており,必ずしも原告のアイデアと指導の下での182み機械的に実験を行ったわけではないから,原告の上記主張は失当である。
ウ原告は,被告乙Bに対し,独自に研究を行い得る研究素材として実験用マウスを与えたことはないなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ウ(エ))。
しかし,仮に実験用マウスの所有権が原告にあるとしても,それを使用して得られた研究成果の帰属の問題は全く別であって,その使用目的が原告の指示に反するからといって研究成果等が原告に帰属することになるわけではなく,原告の上記主張は失当である。なお,マウス台帳の作成は,事務の効率や担当者の管理方法等の観点から様々に異なり得るものであって,同被告が従前のマウス台帳の続きに記録をつけていたとしても,そのことのみによって記録された研究成果等が原告等に帰属することになるわけではない。
エ原告は,平成15年5月6日の本件講座で行われた説明会で発表したのは原告であり,説明用のスライドを作成したのも原告である旨などを主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)ウ(ケ))。
しかしながら,前記1(4)フのとおり,上記説明会で研究成果を発表したのは被告乙Bであると認められ,原告がこの発表を行ったと認めるに足りる証拠はない。
また,原告が作成したと主張する説明用のパワーポイントのスライドのファイル「RA-story」は変更日のみならず作成日も平成15年5月13日となっており,かつ原告のパソコン内の「関節症」フォルダには,他に上記説明会のために作成された説明用のパワーポイントのファイルが見当たらないから(甲78の1),同月6日以前に作成されたファイルを単純に上書きしたとはいい難いし,ファイルの名前を変更して保存し直したともいい難い。原告が上記スライドとして提出する甲第78号証の3は,相当詳細な内容のものであるところ,そのうちスライド15には,NZB雌マ183ウスとBXSB雄マウスとを交配したF1雄雌マウス及びBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配したF1雄雌マウスの各月齢における蛋白尿の発症率のグラフが,スライド16には上記各F1マウスの各月齢におけるRAの発症率のグラフがそれぞれ記載されている。同被告が市販のBXSB雌マウスとNZB雄マウスとを交配してF1マウスを誕生させたのは上記説明会の日からわずか1か月弱前の同年4月15日以後のことであるから(乙7),上記各グラフ中で記載されているBXSB雌マウスを使用した交配はH-2遺伝子型がg2/dヘテロのNZB.GD雄マウス又はH-2遺伝子型がg2r/dヘテロのNZB.GDr雄マウスとによるものであると推認される。上記説明会の時点では,原告は同被告からこれらのマウスによる交配マウスが記載されたマウス台帳(甲49,乙7)の開示を受けていないし,マウスの系統樹につき詳細な説明を受けているわけでもないのに,SLE及びRAを発症したマウスの数まで把握しないと作成できないグラフを原告が上記説明会の前に作成したとするのは不自然である。
以上にかんがみると,甲第78号証の2は上記説明会以前に作成されたものとはいえず,かえって,上記説明会及び同被告の原告に対する説明(上記説明会の翌日である同月7日)の後に作成されたものと推認され,原告の上記主張は採用できない。
オ原告は,被告乙Bが実験のオリジナルデータを保管していることが,同データに係る研究成果等が同被告に帰属することを裏付けるものではなく,原告の求めに応じて資料等を返還したことは,研究成果等が同被告に帰属しないことを示すものである旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(6)エ)。
しかし,オリジナルデータを誰が,どのように保管しているかは,事情にすぎないし,同被告が資料やデータ等を原告に引渡したからといって,184研究成果等が原告に帰属することになるわけでもない。前記1(5)シのとおり,同被告は,順天堂大学の関係者の勧めに従って,紛争を穏便に解決するため,資料等を引渡したにすぎないものであった。
カそして,これらのほかに,前記(3)ないし(5)の結論を左右するに足りる原告の主張又は立証は存しない。
原告が縷々主張する事情は,前記(1)の真の発明者に当たらない者のうち,具体的着想を示さずに単に通常の研究テーマを与えたり,一般的ないし抽象的な指導又は助言を与えた,発明者に対して一般的管理をしたにすぎない単なる管理者か,資金の調達や施設設備及び実験用マウス等の物品の利用の便宜を図った単なる後援者に当たることをいうにすぎないものと評価できるものである。
(7)まとめ以上のとおり,原告は,本件各マウスについての科学的ないし学術的思想の創作行為に現実に加担したとはいえないから,研究成果を最初に得たということはできず,また,本件各マウスに係るRA発症モデルマウスないしSLE発症モデルマウスとしての発明に係る技術的思想創作行為に現実に加担したということもできないから,同発明の真の発明者にも当たらない。
4争点(2)(被告らによる研究発表が原告の研究成果を奪う不法行為となるか否か)について(1)前記3(7)のとおり,原告が,本件各マウスについての研究成果を最初に得たということができないから,被告らによる本件各研究発表が原告の研究成果を奪ったとはいえない。
前記3(1)のとおり,学会での研究発表における発表者ないし論文における著者として,その氏名を挙げるべき者は,少なくとも,前記基準によって最初に研究成果を得た者に当たる者のほか,論文作成行為のうち知的創作行為に実際に貢献した者に限られるというべきである。
185被告乙Aの陳述書(乙34)及び被告乙Bの陳述書(乙35)によれば,本件各研究発表に係る各原稿に関しては,被告乙Bが専ら作成し,被告乙Aにおいて点検を行い,日本語の使用が不自由な被告乙Bのために文章の修正を行ったことが認められ,原告は上記各原稿の作成及び修正について関与していないことが認められる。
そうすると,原告は上記各原稿の作成行為のうち知的創作行為に全く関与していないから,学会での研究発表における発表者ないし論文における著者として,その氏名を挙げられるべき者に当たらないといわざるを得ない。
(2)原告は,本件各研究発表に対する関係では,前記1(6)イの勧告にいう,「所属機関の長というだけで,実際的な寄与のない人」,同イの統一規定にいう,「単なる研究資金の調達」をした者や「研究グループの統括監督」をした者,「学部の教授の立場での総括的な漠然とした支援のように,(中略)謝意を表す必要のある貢献」,「専門的助力」ないし「援助の性質を明記すべき経済的及び物質的な援助」をした者というべきであり,論文の著者としてその氏名を挙げることが不適切な者ないし論文中の謝辞に止めることが適当な者というべきである。
結局,被告らが本件各研究発表をした行為は,原告の研究成果を奪う不法行為であるとはいえないし,原告の法的な利益を侵害する不法行為であるともいうことができない。
(3)もっとも,被告乙Aの陳述書(乙34)によれば,同被告の専門は病理学及び腫瘍学であって,マウスのMHCに係る研究に関しては専門外であることが推認できるから,同被告が被告乙Bの原稿を点検した行為が,概ね形式的な点に止まっていたことは明らかである。
したがって,被告乙Aもまた,上記各研究発表に関し,前記1(6)イの勧告にいう,「所属機関の長というだけで,実際的な寄与のない人」,同イの統一規定にいう,「学部の教授の立場での総括的な漠然とした支援のように,186(中略)謝意を表す必要のある貢献」をした者というべきであり,論文の著者としてその氏名を挙げることが不適切な者ないし論文中の謝辞に止めることが適当な者である。また,被告乙Aの氏名を発表者の1人として本件各研究発表において掲げることは,同ウの研究者行動規範にいう「名誉著者として,実際に貢献をしていない人の名前を入れる」ことに当たり,同規範にいう「広義の研究ミスコンダクト」に当たるというべきである。
そうすると,被告乙Bから要請を受けたにもかかわらず,原告が被告乙Aとともに発表者として氏名を記載することを拒絶し,その後被告乙Bが被告乙Aに氏名を記載することを要請した事実があったとしても,本件各研究発表において,発表者として原告の氏名を挙げず,他方被告乙Aの氏名を挙げたことは,研究発表の在り方として,本来適切ではなかったといわざるを得ない。
しかしながら,前記のとおり,被告らの本件研究発表によって,原告の権利ないし保護されるべき法的利益が害されているわけではないから,上記の不適切な研究発表の在り方によって前記結論が左右されるわけではない。
(4)結局,その余の点について判断するまでもなく,研究成果の侵奪に基づく不法行為を理由とする原告の請求は理由がない。
5争点(3)(被告らによる研究発表が原告の特許を受ける権利侵害する不法行為となるか否か)について前記2のとおり,本件マウスCに係る発明については,本件各研究発表以前に既に特許を受けることができなくなっていたものであり,特許を受ける権利は消滅したものである。
また,前記3のとおり,原告は本件各マウスに係る発明の真の発明者に当たらないから,原告は同各発明について特許を受ける権利を有していない。
そうすると,その余の点について判断するまでもなく,特許を受ける権利侵害に基づく不法行為を理由とする原告の請求は理由がない。
1876結論以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないから,棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
高部眞規子裁判長裁判官中島基至裁判官田邉実裁判官188(別紙)謝罪広告(1)順天堂大学病理学第二講座助教授甲先生日本疾患モデル学会会員各位殿順天堂大学病理学第二講座教授氏名乙A順天堂大学病理学第二講座助手氏名乙B記2004年11月に開かれた日本疾患モデル学会の第1日目(同月11日)において,私乙Aは,一般演題TのO-12の主任(責任発表者)として,私乙B助手をして,関節リウマチを自然発症するNewモデル動物-(BXSB×NZB)F1雄マウスという演題で研究発表を行わせましたが,これは順天堂大学医学部病理第二講座助教授である甲先生の長年の研究成果を同助教授に無断で発表したものであり,同助教授の名誉を著しく傷つけてしまいました。これは研究者として行なってはならないことであることは申すまでもなく,私たちはこれを深く反省し,甲助教授に謝罪すると同時に,今後二度と同様のことを行わないことを誓約します。
以上189(別紙)謝罪広告(2)順天堂大学病理学第二講座助教授甲先生日本分子生物学会会員各位殿順天堂大学病理学第二講座教授氏名乙A順天堂大学病理学第二講座助手氏名乙B2004年12月に開かれた第27回日本分子生物学会年会の第1日目(同月8日)において,私乙Aは一般演題1PA-476の主任(責任発表者)として,私乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患(RAおよびSLE)におけるMHC亜領域拘束性の解析という演題で研究発表を行なわせましたが,これは順天堂大学医学部病理第二講座助教授である甲先生の長年の研究成果を同助教授に無断で発表したものであり,同助教授の名誉を著しく傷つけてしまいました。
これは研究者として行なってはならないことであることは申すまでもなく,私乙A及び私乙Bはこれを深く反省し,甲助教授に謝罪すると同時に,今後二度と同様のことを行わないことを誓約します。
以上190(別紙)謝罪広告(3)順天堂大学病理学第二講座助教授甲先生日本病理学会会員各位殿順天堂大学病理学第二講座教授氏名乙A順天堂大学病理学第二講座助手氏名乙B記2005年4月に開かれた日本病理学会において,私乙Aは,1-F-17の一般口演の主任(責任発表者)として,また一般口演運動器,骨,軟部2の座長として,私乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患におけるMHC亜領域拘束性および性差の解析という演題で研究発表を行わせましたが,これは順天堂大学医学部病理第二講座助教授である甲先生の長年の研究成果を同助教授に無断で発表したものであり,同助教授の名誉を著しく傷つけてしまいました。
これは研究者として行なってはならないことであることは申すまでもなく,私乙A及び私乙Bはこれを深く反省し,甲助教授に謝罪すると同時に,今後二度と同様のことを行わないことを誓約します。
以上191(別紙)謝罪広告(4)順天堂大学病理学第二講座助教授甲先生順天堂大学医学部教職員各位殿順天堂大学病理学第二講座教授氏名乙A順天堂大学病理学第二講座助手氏名乙B記1私乙Aは,平成16年11月に開かれた日本疾患モデル学会の第1日目(同月11日)において,一般演題TのO-12の主任(責任発表者)として,私乙B助手をして,関節リウマチを自然発症するNewモデル動物-(BXSB×NZB)F1雄マウスという演題で研究発表を行わせました。
2私乙Aは,平成16年12月に開かれた第27回日本分子生物学会年会の第1日目(同月8日)において,一般演題1PA-476の主任(責任発表者)として私乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患(RAおよびSLE)におけるMHC亜領域拘束性の解析という演題で研究発表を行なわせました。
3私乙Aは,平成17年4月に開かれた日本病理学会において,1-F-17の一般口演の主任(責任発表者)として,また一般口演運動器,骨,軟部2の座長として,私乙B助手をして,(BXSB×NZB)F1マウス自己免疫疾患におけるMHC亜領域拘束性および性差の解析という演題で研究発表を行わせました。
以上3つの学会発表は,いずれも順天堂大学医学部病理第二講座助教授である甲192先生の長年の研究成果を同助教授に無断で発表したものであり,同助教授の名誉を著しく傷つけてしまいました。これは研究者として行なってはならないことであることは申すまでもなく,私乙A及び私乙Bはこれを深く反省し,ここに甲助教授に謝罪すると同時に,今後二度と同様のことを行わないことを誓約します。
以上