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関連審決 無効2003-35048
関連ワード 産業上利用(29条1項柱書) /  公然知られ(29条1項1号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  移転登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10263号 審決取消請求事件
原告社団法人長寿社会文化協会
原告あいおい損害保険株式会社
原告株式会社服部メディカル研究所
原告ら訴訟代理人弁理士吉田芳春
被告東 和医療器株式会社
訴訟代理人弁理 士安形雄三
同 五十嵐貞喜
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2007/02/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告らの請求を棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003-35048号事件について平成18年4月24日にした審決中,「特許第2991989号の請求項1,2に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告社団法人長寿社会文化協会及び原告あいおい損害保険株式会社(旧商号・大東京火災海上保険株式会社)は,平成6年11月8日にした特許出願(特願平6-273838号)の一部を分割して,平成9年3月24日,発明の名称を「高齢者疑似体験用キット」とする発明につき特許出願(特願平9-70285号。以下「本件出願」という。)をし,平成11年10月15日,特許第2991989号として特許権(請求項の数2。以下「本件特許権」といい,本件特許権に係る特許を「本件特許」という。)の設定登録を受けた。その後,原告社団法人長寿社会文化協会及び原告あいおい損害保険株式会社は,株式会社服部メディカル研究所に対し,本件特許権の持分を一部譲渡し,平成14年9月26日,その移転登録がされた。
本件特許に対し被告から平成15年2月12日に特許無効審判請求がされ,特許庁はこれを無効2003-35048号事件として審理し,その係属中の平成17年5月26日,原告らは,本件出願の願書に添付した明細書について特許請求の範囲減縮等を目的とする訂正の請求をした(以下,この訂正後の明細書を図面と併せて「訂正明細書」という。)。
特許庁は,平成18年4月24日,「訂正を認める。特許第2991989号の請求項1,2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その謄本は同年5月9日原告らに送達された。
2 特許請求の範囲訂正明細書の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」という。なお,下線部は,訂正箇所である。)。
【請求項1】高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キットであって,高齢者疑似体験用キットのうち,荷重用上着は,上着本体の前面左右に重りを収納するための収納部としてのポケットを設け,各ポケットに対して上着本体の前面左右に荷重をかける重りを出入自在に収納して前屈姿勢を再現することを特徴とする高齢者疑似体験用キット。
【請求項2】前記ポケットが,上着本体の下段に設けられていることを特徴とする請求項1記載の高齢者疑似体験用キット。
3 審決の内容審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。
その理由の要旨は,本件発明1,2は,公知発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反し,同法123条1項2号の規定により無効とされるべきであるというものである。
審決は,A(以下「A」という。)の口頭審理における証言に基づいて次のとおりの公知発明(以下「本件公知発明」という場合がある。)を認定した上で,本件発明1と本件公知発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(本件公知発明の内容)肩に荷重をかける部材。
(一致点)「高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キットの装具の1つとしての荷重用部材。」である点。
(相違点1)本件発明1の荷重用部材が「上着本体の前面左右に重りを収納するための収納部としてのポケットを設け,各ポケットに対して上着本体の前面左右に荷重をかける重りを出入自在に収納」してなる「荷重用上着」であるのに対し,本件公知発明は肩に荷重をかける以外の構成は不明である点。
(相違点2)本件発明1の荷重用部材が「前屈姿勢を再現する」ものであるのに対し,本件公知発明は「上半身を重いと体感」するものである点。
当事者の主張
1 審決の取消事由に関する原告らの主張審決は,本件公知発明の認定を誤り(取消事由1),本件発明1及び本件発明2の容易想到性の判断を誤った(取消事由2,3)点に違法がある。
(1) 取消事由1(本件公知発明の認定の誤り)審決は,本件の口頭審理におけるAの証言によれば「高齢者特有の症状としては,上半身を重いと感ずることがあり,その疑似体験のために肩に荷重をかけることが,本件出願当時広く行われていたと認めることができる。」(審決書8頁35行〜37行)として,Aの上記証言における「肩に荷重をかける部材」を公知発明であると認定した。
しかし,Aの上記証言は,太めの布に入れた砂嚢を指示された肩部位に縛り付けた学生の学習体験の様子を供述したものであって,構成が一切示されていない。証言によれば,同部材は,肩への縛り付け方法や締め付け具合等が一様でなく,肩への縛り付けは技術のある補助者を要するもので,簡単とはいえず,人体への安全性に欠け,再現性に乏しく,完成度は低い。
したがって,本件出願の当時,肩に荷重をかける部材が存在していたとしても,産業上利用できる高齢者疑似体験装具とはいえないから,審決が,上記証言中の部材を公知発明と認定したのは誤りである。
(2) 取消事由2(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)ア 相違点1についての容易想到性の判断の誤り審決は,相違点1について,「重い上着の着用時に,上半身を重いと体感することは,当業者のみならず広く一般人が経験することであるから,公知発明の重りを,重い上着とすることは当業者にとって想到容易である。」(審決書9頁13行〜15行),「上着に通常設けられているポケット(バランスをとるため等の理由から,前面左右に設けることは設計事項に属する。)に重りを収納する(出入自在である)ことは極めてありふれた態様であり,設計事項というべきである。」(同9頁19行〜22行)として,本件公知発明に基づき,相違点1に係る本件発明1の構成を採用することは当業者にとって容易想到であると判断した。
しかし,審決の上記判断には誤りがある。すなわち,本件発明1の荷重用上着は,前面左右の重りは前面側の胸部に作用して背面側の背筋の起き上がり動作を規制ないしにぶらせようとするものであって,骨盤を中心とする曲げモーメントが人体前面に作用し,疑似体験による日常的動作をとるうちに,体重移動に伴って前側の重りが作用して姿勢が自然に前傾できるようにしたものであり(甲15),健常な高齢者の体験を,本件発明1によって再現させることを目的としたものであるのに対して,「肩に荷重をかける部材」(本件公知発明)は,肩の不特定な部位に荷重をかけて老人病の症状を重さとして体感させるためのものである点で異なる。当業者が,本件公知発明に基づいて本件発明1の荷重用上着の構成を採用することは容易とはいえない。
イ 相違点2についての容易想到性の判断の誤り審決は,相違点2について,訂正明細書(段落【0023】)の記載によれば,「実際にポケットに収納が予定されている重りは1s又は2s程度である。」(審決書9頁31行〜32行),「公知発明は「『上半身を重いと体感』するためのものであるが,かかる体験をするために,重りの重さを1s又は2s程度以上とすることは設計事項程度である」(同9頁33行〜35行)とした上で,相違点2に係る本件発明1の構成を採用することは当業者にとって容易想到であると判断した。
しかし,審決の上記判断には誤りがある。すなわち,本件発明1における高齢者疑似体験は,単に起立して静止しているのではなく,動作を行うのであるから,様々な体験動作による体重移動などの変化を伴う。例えば,歩行動作に際しては,足の前方移動による体重移動と歩行バランスとを利用すれば,少ない重りであっても人体前側への前傾モーメントを発生させる。本件発明1は実施例に示す1〜2sの重りの作用で,自然に前傾する効果を奏する。
審決は,本件発明1につき,単なる起立状態のみを前提として肩に荷重がかかることになると判断したものであって,高齢者疑似体験に伴う体験動作による作用を看過して,容易想到と誤って判断した。
本件発明1に係る「前屈姿勢を再現する」との構成は,容易想到とはいえない。
ウ まとめ以上のとおり,当業者が本件公知発明に基づいて本件発明1を容易に発明することができたとの審決の判断には誤りがある。
(3) 取消事由3(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)本件公知発明に基づいて本件発明1を容易に発明することができたとの審決の判断に誤りがあり,本件発明1は進歩性を有するから,本件発明1と従属項の関係にある本件発明2も進歩性を有する。
したがって,本件発明2について当業者が容易に発明をすることができたとの審決の判断は誤りである。
2 被告の反論(1) 取消事由1に対しAの証言(甲9)によれば,本件出願の当時,大学の看護学部の講義において,疑似体験のために肩に荷重をかけることが実施されていたことが認められる。
Aは,肩に荷重をかける際に補助者の介在が必須であると供述していない。仮に肩に荷重をかける際に補助者による肩への縛り付け行為が必要であるとしても,疑似体験は,補助者に関係なく,肩へ縛り付けた状態で行われるものであり,肩へ縛り付ける手法や手順は,本件公知発明の存在及び内容に影響しない。また,人体への安全性,再現性,完成度等も本件公知発明の存在及び内容に影響しない。
したがって,審決が「肩に荷重をかける部材」を公知発明と認定したことに誤りはない。
(2) 取消事由2に対しア 相違点1の判断の誤りに対し重い上着の着用時に,上半身を重いと体感することは,当業者のみならず広く一般人が経験することである。上着を重くする目的で,上着の材料を金属等の重量のある素材で構成することも考えられるし,その素材に代えて,又は併用して重りをつけたり,若しくはポケットに重りを収納(出入自在)して重い上着とすることは,当業者にとって容易なことである。
また,ポケットは,通常,上着の背面部ではなく,前面側に設けられるものであり,その機能又は作用は物を収納することにあり,収納物は一般に重量を有する。本件発明1の上着は「荷重用上着」となっているが,実質的には前面左右に多くのポケットが設けられた釣り用上着,旅行用上着,登山用上着等と構造上の相違はない。
さらに,本件発明1は,「荷重用上着」として,骨盤を中心とする曲げモーメントが人体前面に作用するような特別な構造を有しているわけではない。
したがって,相違点1に係る本件発明1の荷重用部材の構成を採用することは当業者にとって容易に想到できるとした審決の判断に誤りはない。
イ 相違点2の判断の誤りに対し「上半身を重いと体感」するための本件公知発明について,重りの重さを1s又は2s程度以上とすることは,単なる設計変更にすぎない。
また,訂正明細書の段落【0023】の記載によれば,本件発明1の上着のポケットに実際に収納が予定されている重りは1s又は2s程度であるが,Aの証言(甲9)によれば,1s又は2s程度の重りを収納したことによって,上着装着者が前屈姿勢とせざるを得ないとは認め難い。
したがって,相違点2に係る本件発明1の荷重用部材の構成を採用することは当業者にとって容易想到であるとした審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3に対し本件発明1の進歩性を否定した審決の判断に誤りはないから,本件発明明1と従属項の関係にある本件発明2の進歩性に関する審決の判断にも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件公知発明の認定の誤り)について(1)原告らは,審決が,本件の口頭審理におけるAの証言における「肩に荷重をかける部材」(本件公知発明)を公知発明であると認定したことに誤りがあると主張する。しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
ア 事実認定(ア)甲9(本件の口頭審理におけるAの供述の反訳書)によれば,平成6年当時,千葉大学看護学部教授であったAは,同看護学部の「老人看護学」の授業において,老人が肩が重くて苦しい,背中が曲がって苦しい,上半身が重いと感じる,背中の真ん中が飛び出して猫背になる,首だけが下がる,腰が曲がり,時々は伸ばせるが上半身が重くて曲がってしまうなどの高齢者特有の症状を学生に疑似体験させるため,厚めの布を縫ってその中に砂嚢を入れた重りとし,この重りを学生の肩,首,背中又は腰に縛り付ける方法を用いていたこと,この重りをつける部位は,あらかじめ部位を記載したカードを用意し,学生にこれをひかせて,その結果により指示していたことが認められる。
そして,甲3(看護展望1993年7月号32〜36頁,Aほか千葉大学看護学部の講師等の論稿)によれば,「われわれは,看護学部学生の3年次の老人看護方法論の授業の中で,2年前からこの体験学習を行っている。」,「シミュレーションゲーム“INTOAGING”は,老いと老年期を模擬体験し,その理解を深めることを目的として,Hoffmanらの文献を参考に開発した。」,「@人数体験者7〜13人,進行役4人,アシスタント3人。」,「A用意するもの・・・模擬体験道具(・・・体のだるさを体験するための砂嚢・・・など)。」との記載があることによれば,上記のような疑似体験を採り入れた授業は,本件出願(出願日・平成6年11月8日)の少なくとも2年前から行われていたことが認められる。
(イ)上記(ア)によれば,本件出願の当時,上半身を重いと感じたり,腰が曲がる等の高齢者特有の症状を疑似体験するため,太めの布を縫ってその中に砂嚢を入れたものが,肩等の部位に荷重をかける重りとして使用できることは,千葉大学の学生をはじめ多数の者に知られていたことが認められる。
そうすると,本件出願の当時,高齢者特有の上記症状を疑似体験させるため,上記の砂嚢のような部材を肩に装着して使用することは公然知られていたというべきであるから,審決が本件の口頭審理におけるAの証言に基づいて「肩にかける部材」(本件公知発明)が公知発明であるとした認定に誤りはない。
イ 原告らの主張に対する判断これに対し原告らは,Aの上記証言は,厚めの布に入れた砂嚢を指示された肩部位に縛り付けた学生の学習体験の様子を供述したものであって,構成が明らかでなく,同部材は,肩への縛り付け方法や締め付け具合等が一様でなく,肩への縛り付けは技術のある補助者を要するもので,簡単とはいえず,人体への安全性に欠け,再現性に乏しく,完成度は低いので,本件出願の当時,肩に荷重をかける部材が存在していたとしても,産業上利用できる高齢者疑似体験装具とはいえないから,審決が,上記証言中の部材を公知発明と認定したのは誤りであると主張する。
しかし,@甲2(1992年8月6,7日開催の第23回日本看護学会収録156〜159頁)には,「老人を理解するための体験学習の意義について 」と題する帝京平成短期大-腰曲げ歩行の体験学習の検討から-学看護学科の報告として,「対象:当短期大看護学科2年生115名」,「期間:1991年後期老人看護学の授業の後半を演習と体験学習に当てた(授業の29%)。」,「実施方法:学生は老人役と看護婦役の2人1組として腰を曲げて歩く。腰曲げを意識するために1〜5sの砂嚢を腰に乗せ,角度も約45゜と90゜の2通り行う。」との記載があること,A甲4(大阪府立公衆衛生専門学校紀要第12号(199-老 2年))には,「老人看護学における演習方法のすすめ方と教育効果」,「表1疑似老人体験学習の条件設人のイメージ体験を通しての検証-定」の条件として「7.両足背に1sの砂のうを装着固定する。」との記載があることによれば,本件出願の当時,千葉大学のほかにも複数の大学等において,老人看護学の領域において学生に老人の疑似体験をさせる授業が行われ,その中で,「砂嚢」が腰曲げ等の老人の症状を疑似体験させるための重りとして使用されていたことが認められる。
そうすると,腰曲げ等の高齢者特有の症状を疑似体験させるための重りとして砂嚢を人体に装着することに格別の技術を要するものではないというべきであり,また,肩に装着するために補助者が必要であったとしても,そのことによってAが供述する砂嚢のような「肩に荷重をかける部材」が高齢者特有の症状を疑似体験をするための用具として人体への安全性に欠けるとか,再現性に乏しく産業上利用できないということもできない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(2)したがって,審決の本件公知発明の認定に誤りはないから,原告ら主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について(1) 相違点1に係る容易想到性についてア原告らは,本件発明1の荷重用上着は,前面左右の重りは前面側の胸部に作用して背面側の背筋の起き上がり動作を規制ないしにぶらせようとするものであって,骨盤を中心とする曲げモーメントが人体前面に作用し,疑似体験による日常的動作をとるうちに,体重移動に伴って前側の重りが作用して姿勢が自然に前傾できるようにしたものであり,健常な高齢者の体験を,本件発明1によって再現させることを目的としたものであるのに対して,「肩に荷重をかける部材」(本件公知発明)は,肩の不特定な部位に荷重をかけて老人病の症状を重さとして体感させるためのものである点で異なり,当業者が,本件公知発明に基づいて本件発明1の荷重用上着の構成を採用することは容易とはいえないから,審決の判断には誤りがあると主張する。
イしかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
通常,人が起立し,歩行する場合,転倒を回避するため,装着物や荷物を含めた体の重心が足部の接地面の直上の範囲内となるように姿勢を変えてバランスを保とうとする。そこで,装着物や荷物等を含めた重りが後方に加わることによって重心が接地面よりも後方に移動した場合には,人は,腰を中心として,上半身を前屈させて,バランスを保とうとする。これと逆に,装着物や荷物等を含めた重りが前方に加わることによって重心が接地面よりも前方に移動した場合には,曲げモーメントが人体前面に作用するため,人は,腰を中心として上半身を後ろに反らせることによりバランスを保とうとする。したがって,杖具や身体の拘束手段を用いるなど特段の方法を用いる場合はさておき,上着本体前面に設けたポケットに単に重り(特許請求の範囲の記載からは重りの重量は明らかでない。)を加えることによっては健常な若年の被験者をして,当然に,前屈姿勢を再現する効果を奏することはない。本件発明1は,被験者が,前屈姿勢をとったときには,重さを体感することができるものではあるが,そのような体験は,本件公知発明においても生じるものであって,ごく常識的な事項にすぎない。
そして,本件発明1の荷重用上着の「前面左右における重りを収納するための収納部としてのポケット」(請求項1)は通常の上着のポケットと構造において格別変わるところはない。
そうすると,前記1(1)ア認定のとおり,本件出願の当時,上半身を重いと感じたり,腰が曲がる等の高齢者特有の症状を疑似体験するために,太めの布を縫ってその中に砂嚢を入れた「肩にかける部材」(本件公知発明)が使用されていたのであるから,本件公知発明に基づき,本件発明1における,体の前側に荷重を付加する手段を想到することは容易であると認められる。そして,当業者にとっては,体の前側に荷重を付加する手段として,上記砂嚢のような「肩にかける部材」を使用する代わりに,胸部等の前ポケットに重りを入れた上着を被験者に着用させることも容易に考えつくことであり,設計事項であると認められる。
(2) 相違点2に係る容易想到性についてア原告らは,本件発明1における高齢者疑似体験は,単に起立して静止するのではなく,様々な体験動作による体重移動などの変化を伴うから,少ない重りであっても人体前側への前傾モーメントを発生させ,実施例に示す1〜2sの重りの作用で,自然に前傾させる効果を奏するものであり,本件発明1は,公知発明から容易に想到することはできないから,審決の判断には誤りがあると主張する。
イしかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
前記(1)イで述べたとおり,「肩にかける部材」(本件公知発明)は,高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために,被験者に対し,荷重を付加するものであるから,本件公知発明を基礎として「前屈姿勢を再現」する効果を奏するとの目的で(そのような格別の効果を奏するか否かはさておき),荷重をかける位置を上着本体の前面にするとの構成を採ることは容易であると認められるから,これと同旨の審決の相違点2の判断に誤りはない。
なお,審決は,「訂正明細書の『高齢者疑似体験者(以下体験者と称する)400が荷重用上着30を装着して歩行する場合,図3に示した如く,荷重用上着30の各ポケット31,32,33,34に挿入された重りによって胸部に荷重がかけられることから,体験者400は全体的に前傾姿勢となる。』(段落【0015】)との記載には疑義がある」(審決書10頁6行〜10行)とした上で,仮に「訂正明細書の記載に誤りがないとすれば,公知発明を出発点として,上着前面ポケットに1s又は2s程度の重りを収納したものは,『前屈姿勢を再現する』ものになるといわざるを得ないから,結局のところ,相違点2に係る本件発明1の荷重用部材の構成を採用することは当業者にとって想到容易である。」(同10頁10行〜14行)との判断を示している。上記審決の記載部分からも明らかなように,審決は,そもそも,「体験者が前傾姿勢となる」との訂正明細書の記載に対して疑義を抱いており,本件発明1が容易想到であるとの判断は,あくまでも,訂正明細書の記載に誤りがないという仮定の上でのものである。いずれにせよ,相違点2について容易想到であるとした審決の判断に違法を来す誤りはない。
(3) まとめ以上のとおり,審決の相違点1,2の判断に原告ら主張の誤りはなく,本件発明1は進歩性を有しないというべきであるから,原告ら主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)について前記2のとおり,本件発明1の進歩性を否定した審決の判断に誤りはないから,本件発明1に対して従属関係に立つ本件発明2について進歩性がないとした審決の判断にも誤りはない。
したがって,原告ら主張の取消事由3は理由がない。
4 結論以上のとおり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。なお,原告らは,他にも審決の認定判断の誤りを縷々主張するが,その主張自体審決の結論に影響を及ぼすものではなく,審決を取り消すべき瑕疵に該当しない。
よって,原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大鷹一郎
裁判官 嶋末和秀