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関連審決 無効2000-35453
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19行ケ10017審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
平成17行ケ10818審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ62審決取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ258審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  協議 /  技術的思想 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実質的に同一 /  警告 /  援用権(援用) /  優先日 /  対象製品 /  均等 /  置き換え /  置換 /  置換容易性 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  設定登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  訂正要件 /  国際出願 /  国際公開 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 329号 審決取消請求事件
原告 大正薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士 吉原省三
同 小松勉
同 三輪拓也
同 竹田吉孝
同 弁理士 朝日奈宗太
同 秋山文男
被告 3Mカンパニー(旧名称) ミネソタ マイニング アンド マニュフ ァクチャリング カンパニー
訴訟代理人弁護士 片山英二
同 北原潤一
同 弁理士 小林純子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/02/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2000-35453号事件について平成14年5月29日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等 被告は,名称を「ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを含んで成るエアロゾル製剤」とする特許第2769925号発明(1991年〔平成3年〕10月9日を国際出願日とする国際特許出願による特許出願,優先権主張1990年〔平成2年〕10月18日〔以下「本件優先日」という。〕・アメリカ合衆国,平成10年4月17日設定登録,以下,「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成12年8月28日,本件特許につき無効審判の請求をし,同請求は,無効2000-35453号事件として特許庁に係属したところ,被告は,平成14年1月15日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下,「本件訂正」といい,本件訂正前の明細書を「訂正前明細書」,本件訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)を請求した。特許庁は,上記事件につき審理した上,同年5月29日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年6月8日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 (1) 設定登録時のもの 【請求項1】治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンを含んで成る噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;を含んで成るエアロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤。
【請求項2】0.02〜0.6重量%のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,1〜20重量%のエタノール及び80〜99重量%の前記噴射剤を含んで成る請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項3】前記ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートが0.05〜0.5重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項4】前記エタノールが2〜12重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項5】前記エタノールが2〜10重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項6】前記噴射剤が88〜98重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項7】実質的に唯一の噴射剤として,1,1,1,2-テトラフルオロエタンを含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項8】実質的に唯一の噴射剤として,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパンを含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項9】0.05〜0.5重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜12重量%の量のエタノール及び88〜98重量%の量の前記噴射剤を含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項10】0.05〜0.45重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜10重量%の量のエタノール及び90〜98重量%の量の前記噴射剤を含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項11】0.05〜0.35重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜8重量%の量のエタノール及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより本質的に成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項12】存在しているエタノールの量が,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶かすのに必要な量を実質的に超過していないが,しかしながら前記ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの有意な沈殿を伴うことなく,-20℃の温度に前記製剤を委ねることを可能とするのに十分な量である,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項13】人間を除く哺乳動物における気管支ぜん息を処置する方法であって,このぜん息症状を処置するのに十分な量の請求項1に記載の製剤を前記哺乳動物に投与することを含んで成る方法。
【請求項14】治療的に有効な量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれる噴射剤,及びこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶かすのに有効な量のエタノールを合わせる段階を含んで成る,溶液状エアロゾル製剤の製造方法であって,ここでこの製剤は実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,且つこの製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とするものである,前記方法。
(2) 本件訂正に係るもの(注,訂正部分を下線で示す。なお,この訂正により設定登録時の【請求項4】は削除され,設定登録時の【請求項5】〜【請求項14】が【請求項4】〜【請求項13】に繰り上げられた。) 【請求項1】治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンのみからなる噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;のみからなるエアロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,前記エタノールが2〜12重量%の量において存在し, 且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤。
【請求項2】0.02〜0.6重量%のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜12重量%のエタノール及び80〜99重量%の前記噴射剤のみからなる 請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項3】前記ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートが0.05〜0.5重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項4】前記エタノールが2〜10重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項5】前記噴射剤が88〜98重量%の量において存在している,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項6】実質的に唯一の噴射剤として,1,1,1,2-テトラフルオロエタンを含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項7】実質的に唯一の噴射剤として,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパンを含んで成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項8】0.05〜0.5重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜12重量%の量のエタノール及び88〜98重量%の量の前記噴射剤のみからなる,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項9】0.05〜0.45重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜10重量%の量のエタノール及び90〜98重量%の量の前記噴射剤のみからなる,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項10】0.05〜0.35重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,2〜8重量%の量のエタノール及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより本質的に成る,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項11】存在しているエタノールの量が,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶かすのに必要な量を実質的に超過していないが,しかしながら前記ベクロメタゾン17,21ジプロピオネートの有意な沈殿を伴うことなく,-20℃の温度に前記製剤を委ねることを可能とするのに十分な量である,請求項1に記載の溶液状エアロゾル製剤。
【請求項12】人間を除く哺乳動物における気管支ぜん息を処置する方法であって,このぜん息症状を処置するのに十分な量の請求項1に記載の製剤を前記哺乳動物に投与することを含んで成る方法。
【請求項13】治療的に有効な量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれる噴射剤,及びこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶かすのに有効な量のエタノールを合わせる段階を含んで成る,溶液状エアロゾル製剤の製造方法であって,ここでこの製剤は,治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンのみからなる噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;のみからなるエアロゾル製剤であって, 実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,前記エタノールが2〜12重量%の量において存在し, 且つこの製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とするものである,前記方法。
(以下,本件訂正後の上記【請求項1】〜【請求項13】に係る発明を,それぞれ「本件発明1」〜「本件発明13」といい,それらを総称して「本件各発明」という。また,「ベクロメタゾン17,21ジプロピオネート」を「BDP」と,「1,1,1,2-テトラフルオロエタン」を「HFC-134a」と,「1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン」を「HFC-227」と,「ハイドロフルオロカーボン」を「HFC」ということがある。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写しのとおり,本件訂正を認めた上,本件各発明は,@特開平2-200627号公報(審判甲1,本訴甲7-1,以下「刊行物1」という。),1975年〔昭和50年〕発行,G. GUNELLAら「Minerva Pneumologica 14」34頁〜45頁(審判甲2,本訴甲7-2,以下「刊行物2」という。),1986年〔昭和61年〕LEA & FEBIGER 発行,LEON LACHMANら編「The Theory and Practice of Industrial Pharmacy」第3版,589頁,597頁〜599頁,603頁〜604頁(審判甲3,本訴甲7-3,以下「刊行物3」という。),1979年〔昭和54年〕Werbe - und Vertriebsgesellschaft Deutscher Apotheker m.b.H.発行,K. Thoma「Aerosole -Moglichkeiten und Probleme einer Darreichungsform」153頁〜161頁(審判甲4,本訴甲7-4,以下「刊行物4」という。),米国特許第3320125号明細書(審判甲5,本訴甲7-5,以下「刊行物5」という。),昭和58年11月10日薬業時報社発行「全訂 医薬品便覧」292頁(審判甲9-1,本訴甲7-9-1,以下「刊行物9-1」という。)及び昭和56年7月25日廣川書店発行「第十改正 日本薬局方解説書」A-36頁(審判甲9-2,本訴甲7-9-2,以下「刊行物9-2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり(以下「無効理由1」という。),又はA刊行物2,刊行物1,1990年〔平成2年〕3月発行「Pharmaceutical Technology」26頁〜33頁(審判甲6,本訴甲7-6,以下「刊行物6」という。),1990年〔平成2年〕9月Hoechst社発行「Hoechst zum Ersatz von FCKW」(審判甲7,本訴甲7-7,以下「刊行物7」という。),1990年〔平成2年〕3月1日発行「Pharmazeutische Zeitung」Nr.9・135,30頁〜31頁(審判甲8,本訴甲7-8,以下「刊行物8」という。),刊行物9-1及び刊行物9-2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(以下「無効理由2」という。)旨の請求人(注,原告)の主張に対し,本件発明1は,刊行物1,刊行物2〜5,9-1,2に記載された発明又は刊行物2,刊行物1,6〜8,9-1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできず,本件発明1に更に限定を加えた発明等である本件発明2〜13についても同様であるとして,請求人の主張する無効理由1,2及び提出した証拠方法によっては,本件発明1〜13に係る本件特許を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件訂正が,新規事項を追加し,実質的に特許請求の範囲変更するものであるにもかかわらず,誤ってこれを認めた(取消事由1)上,さらに,本件発明1について,刊行物1を主引例とする無効理由1に係る容易想到性の判断を誤り(取消事由2),また,刊行物2を主引例とする無効理由2に係る容易想到性の判断をも誤った(取消事由3)ものであり,同様に,本件発明2〜13の容易想到性の判断をも誤った(取消事由4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り) 本件訂正は,本件発明に係るエアロゾル製剤に含まれる成分を,@BDP,AHFC-134a,HFC-227及びそれらの混合物よりなる群から選ばれるHFCのみから成る噴射剤,及びBエタノール(2〜12重量%)の3成分のみに限定したが,訂正前明細書(甲3)には,上記「3成分のみ」から成る構成が好ましいとする記載はない。
他方,訂正前明細書には,実施例1,4として,BDPをトリクロロモノフルオロメタン(以下「CFC-11」ともいう。)との溶媒化合物として含有するエアロゾル製剤の実施例があり,当該エアロゾル製剤は上記3成分以外にCFC-11を含有するから,「3成分のみ」から成るものではないが,訂正前明細書によれば,実施例1,4のエアロゾル製剤は,3成分のみから成る実施例2,3,5〜7に比べて吸入率が最も高く,性能的には最も優れていることが示されている。
この点について,審決は,組成物中のCFC-11の量は,「実施例1においては組成物全体の0.015重量%,実施例4においては0.045重量%となり,その量は組成物全体から見て極めて微量であって,溶媒化合物を使用することにより実質的に組成が変わるものではない」(審決謄本7頁第2段落)とするが,本件発明においては,界面活性剤について,0.0005重量%という微量も問題としており,当該「0.0005重量%未満」との要件が「実質的に含まない」ということを意味するのであるとすると,0.015重量%や0.045重量%はその30倍及び90倍であって,実質的に含んでいるということにほかならない。そして,それゆえに,上記実施例1及び4は,他の実施例に比べて吸入率が高く,性能的に優れていると解されるのであるから,上記実施例1及び4においては,CFC-11溶媒化合物を使用することによって,実質的に組成が変わったものというべきである。
そうすると,本件発明は,「3成分のみ」でなくとも,よりよい作用効果を奏することになるから,3成分のみでなければ所期の作用効果を奏することができないというものではない。しかも,「3成分のみ」と限定することによって,性能的に最も優れた実施例を特許請求の範囲から外すことになるが,それは,技術的思想としての一体性の観点から,不合理というほかはない。すなわち,本件発明には,「3成分のみ」に限定することによって初めて所期の作用効果が達成されるという認識はないのである。
以上によれば,本件訂正により「3成分のみ」に限定する点は,訂正前明細書に記載されていない新規事項に係るものであり,かつ,実質上特許請求の範囲変更するものであるから,本件訂正は,平成15年法律第47号による改正前の特許法(以下,単に「特許法」という。)126条2項及び3項に規定する訂正要件を満たさないというべきであって,本件訂正を認めた審決の判断は誤りである。
2 取消事由2(無効理由1に係る容易想到性の判断の誤り) (1) 界面活性剤に関する判断の誤り ア 審決は,本件発明1と刊行物1(甲7-1)記載の発明との相違点として認定した,「前者が界面活性剤を0.0005重量%以上含まず,エタノールの含有量が2〜12重量%であるのに対し,後者は界面活性剤を含有し,エタノールを約25%含む点」(審決謄本14頁第1段落)のうち,界面活性剤の点について,「界面活性剤を含むことは甲第1号証(注,刊行物1)の発明の構成に欠くことのできない事項であって,甲第1号証の発明から界面活性剤を除くべき理由があるとはいえない」(同15頁第2段落)などとした上,本件発明1は,刊行物1,刊行物2〜5,9-1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断したが,誤りである。
イ 本件発明1の要旨において,界面活性剤を0.0005重量%以上含まないと規定したことは,「界面活性剤を実質的に含まない」(本件明細書〔甲4添付〕の段落【0014】参照)ということであり,0.0005という数値自体には格別意味がない。そして,刊行物1記載の発明について,本件発明1のような界面活性剤を用いない構成とすることは,以下のとおり,当業者が容易に想到し得ることであったというべきである。
(ア) 刊行物2(甲7-2)に見られるように,界面活性剤を含まない,BDPを有効成分とする溶液状エアロゾル製剤は,本件優先日前に知られており,刊行物2記載の「クレニルスプレー」は,臨床試験に使用され,優れた治療効果を示している。
また,界面活性剤を使用しない溶液状エアロゾル製剤は,一般に広く知られていた。例えば,昭和46年11月15日地人書館発行「医薬品開発基礎講座XI 薬剤製造法(下)」(甲9,以下「甲9文献」という。)は,「液化ガス系」の「二相系」について,「噴射剤液化ガスと主薬溶液が均等に溶解し合ったもので,容器内は液相と上部気相の二相よりなる最も代表的な形式である」とした上で,空間噴霧剤は,「空気中に主薬溶液を微細な粒子として噴霧させるもので通常,原液3容以下と液化ガス7容以上の割合で圧力は約3.5〜4.5kg/cm2,G(30°)である」(542頁)としているが,ここでいう液化ガス系の2相系のエアロゾル製剤も,界面活性剤を含有しない溶液状製剤であり,上記で示された噴射剤と溶剤(原液)との割合は,本件発明1に規定する範囲を含むものである。そして,保存中における懸濁粒子の凝集を防止するために界面活性剤を配合することが要求される懸濁エアロゾル製剤とは違い,本件発明1のような溶液状エアロゾル製剤の場合には,必ずしも界面活性剤を必要としないことも知られていた(刊行物3〔甲7-3〕,刊行物4〔甲7-4〕の訳文1頁下から第3段落及び2頁第2段落,甲9文献の543頁)。
(イ) 審決は,刊行物1(甲7-1)の「プロペラント134a(注,HFC-134a)に,プロペラント134aより極性の高い化合物を添加することにより,プロペラント134a単独中に溶解する場合に比べてより多量の界面活性剤が溶解し得る混合物が得られる。溶解した多量の界面活性剤の存在により,安定で均一な医薬粒子の懸濁液が調製できる。溶解した界面活性剤の多量の存在はまた特定の医薬の安定な溶液製剤を得ることに役立っている」(3頁右上欄第2段落)との記載を引用して,「界面活性剤を含むことは甲第1号証(注,刊行物1)の発明の構成に欠くことのできない事項であって,甲第1号証の発明から界面活性剤を除くべき理由があるとはいえない」(審決謄本15頁第2段落)と判断したが,刊行物1の上記記載は,BDPを含む医薬一般についてではなく,特定の医薬について界面活性剤が安定な溶液製剤を得るのに役立っていることをいうにすぎず,そして,BDPは当該「特定の医薬」には該当しない。
すなわち,刊行物9-1,2〔甲7-9-1,2〕の記載から,BDP1gは23.7g以上79g未満のエタノールに溶解することが明らかであるところ,刊行物1の実施例10〜12の処方では,BDP1g当りのエタノールの量は270gになるから,BDPを溶解するのに十分である。加えて,フロン系噴射剤は溶剤としての働きも有している(甲9文献の553頁〜555頁)から,刊行物1の実施例10〜12の製剤においても,噴射剤であるHFC-134aがBDPの溶解に寄与していることは明らかであり,実施例10〜12の処方を見た当業者は,BDPのエタノールに対する溶解性及び噴射剤の溶解への寄与についての上記各知見から,界面活性剤がなくとも安定な溶液状製剤が得られることを理解する。
また,一般に,エアロゾル製剤において界面活性剤を加える目的は,懸濁液において薬剤と溶剤とを均一に混合することにあり,したがって,薬剤が溶剤に溶解して溶液となる場合には,本来,薬液の均一化のための界面活性剤は必要でない。そして,刊行物1において,実施例7〜9は懸濁液であり,実施例10〜12は溶液であるが,その違いは,溶剤がn-ペンタン(前者)であるか,エタノール(後者)であるかという点によるのであり,界面活性剤の存在は溶液となるか否かには関係がない。
そうすると,刊行物1の実施例10〜12に記載されている溶液状BDPエアロゾル製剤において界面活性剤を使用しているのは,専ら,バルブ部材を滑りやすくするためであると考えられる(4頁右下欄下から第2段落参照)が,上記のクレニルスプレーの例からも明らかなように,溶液状エアロゾル製剤においては,用いるバルブが潤滑剤による潤滑を必要としないものであれば,バルブ部材を滑りやすくするために界面活性剤を使用する必要はないから,刊行物1の実施例10〜12の処方を見た当業者にとって,この処方から界面活性剤を除くことを思い止まらせるような障害はなかったというほかはない。しかも,吸入療法に使用するエアロゾル製剤において,トリオレイン酸ソルビタン(刊行物1の実施例10で使用されているスパン85)は,脂肪肺炎を惹起する危険性の点から使用しないのが望ましいことが知られていた(刊行物5〔甲7-5〕)から,人体に悪影響を及ぼす可能性のある成分を極力除き,より安全なエアロゾル製剤を開発することは,当業者の通常の開発行為である。
(ウ) ところで,刊行物1(甲7-1)に係る特許(特許第2786493号,甲19はその特許公報,以下「甲19特許」という。)の出願人であるライカー ラボラトリース インコーポレーテッド(以下「ライカー社」という。)は,被告の子会社である(甲18)から,被告と実質的に同一人であるライカー社が,界面活性剤を含む組成のものを甲19特許に係る発明として出願し,被告は,界面活性剤を含まない組成のものを本件特許に係る発明として出願したことになる。
また,ライカー社は,甲19特許に係る特許異議の手続において,平成13年1月26日に意見書(甲20)を提出し,「134aと極性アジュバントとの組み合わせにより,製剤全体として,市場での標準的なCFC製剤系と同様に処方された製剤系を提供することができるという作用効果を奏する。この作用効果自体が,所望であれば従来の界面活性剤を使用することができる,ということは除いて,界面活性剤とは何の関係もない独立した作用効果であって,またこの作用効果を見出したことは重要な発見であった」(4頁第3段落)と主張した。すなわち,甲19特許に係る発明,すなわち刊行物1記載の発明における界面活性剤は,「所望であれば」使用することができる任意の成分にすぎないことを,ライカー社は自認していたのである。
(エ) 以上によれば,エアロゾル製剤の分野の当業者にとって,刊行物1の実施例10〜12のエアロゾル製剤の処方において,必須成分ではなく,かつ,人体に悪影響を及ぼす可能性のあるトリオレイン酸ソルビタンやその他の界面活性剤を除くことは容易に想到し得ることというべきである。
ウ さらに,本件発明1については,界面活性剤を実質的に含まない構成としたことによる効果が何ら認められない。
(ア) 本件発明1の効果は,本件明細書(甲4添付)に,「本発明の一定の好ましい製剤は非常に所望される化学的安定性を示し,そして市販のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート製品よりも有意に高い吸入率を提供する」(段落【0008】)と記載されているとおり,化学的安定性が有意に高いことと,有意に高い吸入率を提供することとにあるが,このうち,化学的安定性の向上は,出願人である被告の主張によると,界面活性剤を含まないことによる効果であるとされる。
(イ) 化学的安定性の有無は,製剤中のBDPが分解し易いかどうかの問題であるところ,本件特許の審査過程において出願人である被告が提出した平成9年4月10日付け上申書(甲5-3,以下「被告上申書」という。)は,界面活性剤を加えない場合と加えた場合とについて,12週までのBDPの回収率を比較するとともに,BDPの分解によって生じる不純物についても比較し,「製剤中の不純物の経時的な増大(BDPの分解に基づく)の程度は,界面活性剤を含む製剤の方がそれを含まない製剤よりも有意に高いことがわかります」(2頁10行目〜12行目)とする。
そこで,原告は,英国王立製薬協会のメディシンズ・テスティング・ラボラトリィ(以下「MTL」という。)に依頼し,被告上申書に示された組成の検体について,界面活性剤を加えない場合と加えた場合とにおける,BDPの回収率及び不純物の生成状況に関する比較実験を実施した(甲7-12-1,2,甲12-1,2,甲13,以下,この実験を「MTL実験」という。)。
MTL実験は,界面活性剤0%(コントロール)のものと,界面活性剤として,ソルビタン(0.1%),オレイン酸(0.1%),リポイド(0.1%)を加えたものとについて,初期,3か月後及び6か月後における不純物量を対比したものであり,その結果をまとめたものが,別紙原告作成表である。これによれば,@エタノール25%製剤の方がエタノール8%製剤に比べて不純物が多いということはできない,Aコントロールとオレイン酸含有製剤とを比較すると,3か月後と6か月後とで不純物量が逆転しており,コントロールがオレイン酸含有製剤より安定であるということはできない,Bエタノール8%製剤において,初期値との差の大きい順に並べると, 3か月:リポイド>ソルビタン>コントロール>オレイン酸 6か月:ソルビタン>オレイン酸>リポイド>コントロール となり,コントロールが最も安定であるということはできない,との結論が導かれる。
(ウ) ところで,本件明細書(甲4添付)は,「実施例4の製剤の化学的安定性は,この製剤を40℃で保存したときの時間に対する活性成分の回収率によって決定した。表Uにそのデーターを含ませた」(段落【0020】)とするが,表U(段落【0021】)に示されたデータは,2〜3%にも及ぶばらつきを有している。にもかかわらず,本件明細書では,こうしたばらつきのあるデータに基づいて,「非常に所望される化学的安定性を示」す(段落【0008】)との結論を導いているのであるから,たかだかBDP量の1%程度の分解物が生じたとしても,そもそも誤差の範囲内にすぎない。
(エ) そうすると,上記(イ)のMTL実験の結果から明らかなとおり,本件発明1に係る製剤と界面活性剤含有製剤との間においては,化学的安定性に関し,誤差の範囲内ということができるような差異しか存在せず,統計的に見ても,有意な差は認められないから,界面活性剤の添加,無添加によって化学的安定性が変わることはないというべきである。
(オ) これに対し,被告は,被告の研究者であるA博士が平成10年に実施した,HFC-134a/BDP製剤中のBDPの化学的安定性に関する実験に基づく技術報告書(乙6,以下「Aレポート」という。)に基づき,本件発明1の製剤が高い化学的安定性を有することは明らかである旨主張する。
しかしながら,Aレポートのデータによっても,エタノール濃度25%におけるリポイド0.5%含有製剤と,界面活性剤を含まない製剤とを比較する(訳文3頁の表2のG及びL)と,エタノール濃度25%において,界面活性剤を含まない製剤は,リポイド0.5%を含む製剤よりも不純物の量が多いという結果になっている。したがって,少なくともリポイド含有製剤との比較では,界面活性剤を含まない製剤の化学的安定性が向上しているということはできない。
エ 以上のとおり,界面活性剤を実質的に含まないという本件発明1の構成は容易に想到できるものである上,それによる作用効果も何ら認められないから,当該構成を根拠に本件発明1の容易想到性を否定した審決の上記判断は明らかに誤りである。
(2) エタノール含有量に関する判断の誤り ア 審決は,刊行物1(甲7-1)記載の発明との相違点のうち,エタノール含有量の点について,「甲第1号証(注,刊行物1)の記載事項・・・から見て,甲第1号証の発明におけるエタノールの含有量は界面活性剤が溶解する量と解されるから,甲第1号証の発明(実施例10,11,12)における25%のエタノール含有量を2〜12%とすることも,当業者が適宜調整しうるものであるということもできない」(審決謄本15頁第4段落)から,「甲第2号証〜第5号証(注,刊行物2〜5)の記載事項を考慮しても,甲第1号証の発明において,発明の構成に欠くことのできない事項である界面活性剤を除き,エタノールの含有量を実質的に界面活性剤が存在しない状態でBDPを溶解せしめるのに有効な量である2〜12重量%とすることが,当業者にとって容易であるということはできない」(同頁下から第3段落)と判断したが,誤りである。
イ 刊行物2(甲7-2)には,エタノールの量が7.94重量%(製剤全重量15gに対してエタノール1.191g)である,BDPを有効成分とする溶液状エアロゾル製剤の例が示されているから,エタノールの量を2〜12重量%とすることに新規な特徴はない。甲9文献にも,噴射剤と溶剤(原液)との割合が本件発明1における範囲を含む溶液状エアロゾル製剤が記載されている(542頁)。
刊行物1(甲7-1)には,「プロペラント134a(注,HFC-134a)の蒸気圧が望ましい範囲内となるよう該蒸気圧を減じるアジュバント(注,補助剤)が選択される」(4頁右上欄第2段落)と記載され,さらに,好ましいアジュバントとしてエタノールが挙げられている(同頁右下欄第3段落)。また,刊行物4(甲7-4)には,「吸入用エアゾールは,溶液エアゾールまたは懸濁エアゾールとして製造される。エタノールが,一般に溶剤として使用される;処方ではその圧力低減作用を考慮に入れなければならない」(訳文1頁末行〜2頁第1段落)と記載されているから,以上によれば,エアロゾル製剤の製造において,蒸気圧の調整などの点から,エタノールの量を調整することは当業者が必要に応じて適宜行っていることである。
さらに,刊行物5(甲7-5)には,吸入療法に使用するためのエアロゾル組成物について,「さらに他の目的は,エアゾール組成物において許容できるかぎりエタノールの存在を回避し,それによって惹起される粘膜への刺激作用およびそれが寄与する可能性がある金属部分の腐食を排除することである」(訳文1頁第4段落),「トリクロロフルオロメタン(フレオン11)の有効性は極めて大きいので,望ましい場合は,組成物からエタノールを排除できる,従って一部の人々には刺激性であり,さらに特にスプレー装置がアルミニウム製部品を有する場合には腐食問題を惹起する成分が回避される。だがエタノールの使用が望ましい場合は5%まではエアゾール組成物中に使用することができ,使用する場合の好ましい量は約2%である」(同1頁最終段落〜2頁第1段落)と記載され,エタノールを使用する場合,粘膜への刺激作用などの点から使用量をできるだけ少なくするのが好ましいことが示されている。
一方,本件明細書(甲4添付)には,エタノールの量を2〜12重量%にすることが好ましいとする根拠は記載されていない。本件明細書の段落【0012】の記載からすれば,エタノールの量は,BDPを溶解し,かつ,エアロゾル製剤の保存時にその溶解状態を維持するに十分な量として規定されたものであると考えられるが,そうであれば,溶液状エアロゾル製剤において当然に考慮される基本的な要件にすぎない。
ウ 以上によれば,刊行物1(甲7-1)の実施例10〜12の溶液状エアロゾル製剤の処方において,エタノールの量を2〜12重量%とすることは,当業者であれば,蒸気圧の調整,粘膜への刺激作用の軽減,BDPの溶解性などの点を考慮して,必要に応じて適宜行い得ることというべきである。
加えて,エタノールの量を2〜12重量%とすることによる効果についても,化学的安定性に関するMTL実験の結果(甲7-12,甲12,13)によれば,エタノールの量を2〜12重量%にすることによって化学的安定性が向上するということができないことは明らかであるから,結局,本件発明1に係る「エタノールが2〜12重量%」との構成は,刊行物1から当業者が容易に想到し得るものというほかはない。
(3) 吸入率の向上という効果の不存在 ア 本件明細書(甲4添付)によれば,さらに,市販のBDP製品よりも「有意に高い吸入率を提供する」(段落【0008】)ことも本件発明1の効果であるとされる。
イ そこで,原告は,本件特許の侵害品であるとして,被告が原告に対し製造販売の差止めを求めている「ベクラゾン50インヘラー」と,先発の市販品であり,界面活性剤を含有する製剤である「ベコタイド50インヘラー」について,吸入率の比較を行った(甲7-13,以下「B報告書」という。)。当該実験においては,吸入率は,人体を用いて直接測定することはできないので,直径0.5〜5μmの粒子が人体による吸収に有効であるという知見(甲7-4,11)に基づき,カスケードインパクター(本件明細書〔甲4添付〕の段落【0023】参照)を用いて,噴射された粒子の径の分布を測定することにより吸入率を求めたものである。
B報告書(4頁)によると,対照薬(従来品)と試験薬(本件発明1相当品)とでは,捕集量が,缶No.1では対照薬が小さくなっているのに対し,缶No.2及びNo.3では対照薬の方が大きくなっている。このことから明らかなとおり,本件発明1のものの方が捕集量,すなわち吸入率がよいと一概にいうことはできず,統計的に見ても,両者の間に有意の差は認められない。
ウ さらに,原告は,界面活性剤を含まないことにより,被告主張の計算式による「吸入率」に差異が生じるかについて,実験を行った(甲22〜24)が,いずれの実験結果からも有意の差は認められなかった。
エ 以上のとおり,本件発明1については,上記化学的安定性の点と同様,吸入率の向上という効果も認めることができないから,その点においても,本件発明1は進歩性を欠くものである。
3 取消事由3(無効理由2に係る容易想到性の判断の誤り) (1) 審決は,本件発明1と刊行物2記載の発明との相違点として認定した,「前者が,1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a),1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン(HFC-227)及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンのみからなる噴射剤を用いるのに対し,後者はCFC-12/114及びCFC-113を使用する点」(審決謄本15頁最終段落〜16頁第1段落)について,「甲第2号証(注,刊行物2)の発明におけるCFC-12/CFC-114及びCFC-113をHFC-134a又はHFC-227及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンに置き換えることは,甲第1号証(注,刊行物1)及び甲第6号証〜甲第8号証(注,刊行物6〜8)に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に推考することができたものではない」(同17頁下から第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件発明1の対象であるエアロゾル製剤の噴射剤として,かつては,専らクロロフルオロカーボン(以下「CFC」という。)が用いられていた。CFCは不活性で腐蝕性がなく,変質しないため冷蔵庫やクーラーの冷媒用ガスなどにも広く用いられていたが,昭和49年ころから,CFCが地球のオゾン層を破壊することについて警告がされるようになり,昭和62年に地球的規模での取組みを定めたモントリオール議定書が作成され,さらに,本件優先日後の平成7年をもってCFCは全廃されることとなった(刊行物1〔甲7-1〕の2頁左上欄第2段落参照)。
このように,本件優先日当時,CFCからHFCへの変更は地球的規模での緊急の課題であったところ,CFCに代って使用されるようになったのがHFC-134a,HFC-227などのHFCであり,本件発明1は,噴射剤として,従来用いられていたCFCに代えてHFCを用いたものにすぎない。そして,HFC-134aをエアロゾル製剤に用いることも,刊行物1により公知となっていたから,刊行物2のエアロゾル製剤におけるCFCをHFCに置き換えることは,当業者のだれしも思い付くことであって,本件発明1は,本来,発明ということができるようなものではない。
(3) 審決は,刊行物2(甲7-2)のCFCを本件発明1のHFCに置き換えることが容易であると認められない理由について,「甲第2号証(注,刊行物2)の発明におけるCFC-113が噴射剤(圧力調整用)として用いられていると仮定した場合」(審決謄本16頁最終段落〜17頁第1段落)と「甲第2号証の発明においてCFC-113が溶剤として用いられると仮定した場合」(同頁第2段落)とに分けて検討した上,いずれも,置換が容易であったということはできないと判断した。
しかしながら,CFC-113の主な用途が洗浄剤や溶剤であったとしても,エアロゾル製剤の分野では,本件優先日前から噴射剤として使用されており,このことは,刊行物1(甲7-1)の「プロペラント11,12,114,113,142b,152a,124と通常称されている他の噴射剤」(2頁右下欄第1段落)との記載から明らかである。また,CFC-113のように蒸気圧の低い噴射剤が圧力調整用に主噴射剤と併用されることは,甲9文献にも記載されている(549頁,551頁)。
さらに,甲9文献の「液化ガス噴射剤は容器内では液体であり溶媒としての役割も大である」(553頁〜555頁)との記載からも明らかなように,フロン系噴射剤は溶剤としての働きも有し,また,エタノールなどの溶剤も圧力調整用に使用される(刊行物1〔甲7-1〕の4頁右上欄第2段落,右下欄第3段落)ものであって,そもそも,エアロゾル製剤における溶剤,噴射剤の区別は厳密なものではない。
そうすると,刊行物2のエアロゾル製剤の処方に含まれるCFC-113につき,噴射剤又は溶剤のいずれか一方の機能しか持たないことを前提に,「噴射剤(圧力調整用)として用いられていると仮定した場合」と「溶剤として用いられていると仮定した場合」とに分けて検討した,審決の上記判断は,その前提において誤りである。
(4) 本件発明1は,刊行物2記載の発明との関係では,噴射剤(溶剤としての機能も有する。)として,CFC-113,CFC-12及びCFC-114に代えて,HFC-134a又はHFC-227を用いる点においてのみ異なることは明らかである。
そして,刊行物1(甲7-1)には,噴射剤の全量をHFC-134aで置き換えたBDPエアロゾル製剤が開示されており,従来一般に定量投与吸入器に使用するエアロゾル製剤の噴射剤として「製剤に望ましい蒸気圧や安定性を与えるべく」使用されていた「プロペラント11,12および114」(CFC-11,CFC-12及びCFC-114,1頁右下欄最終段落〜2頁左上欄第1段落)から成る混合噴射剤をHFC-134aで置き換える際の課題及び解決手段が示されている。すなわち,「極性,蒸気圧,密度,粘度や界面張力のような全ての物理的パラメーターは,安定なエアゾール製剤を得るために重要であり,そして,プロペラント134a(注,HFC-134a)より極性の高い化合物の選択を適切に行うことにより,プロペラント134aを用いた安定なエアゾール製剤が調製される」(3頁左上欄末行〜右上欄第1段落),「噴射剤系の蒸気圧は医薬に推進力を与えるため,重要な因子である。プロペラント134aの蒸気圧が望ましい範囲内となるよう該蒸気圧を減じるアジュバントが選択される」(4頁右上欄第2段落)と記載され,さらに,好ましいアジュバントとしてエタノールが挙げられている(4頁右下欄第3段落)のであって,エアロゾル製剤においてCFCから成る混合噴射剤(CFC-11,CFC-12及びCFC-114)を,HFCから成る噴射剤(HFC-134a)で置き換える技術は,刊行物1記載の発明によって,ほぼ完成されていた。
また,刊行物1に記載されているCFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤について,1987年(昭和62年)Ellis Horwood Ltd.発行「Drug Delivery to the Respiratory Tract」(甲10)によれば,CFC-11は沸点が23.7℃であり,常温で液体で,20℃の蒸気圧が0.90kg/cm2(絶対値)であるとされている(92頁の表9.1,訳文1頁)。このCFC-11は,刊行物2におけるCFC-113(沸点47.57℃)と類似した物性を有する噴射剤であるから,刊行物1には,CFC-113と類似の物性値を有するCFC-11を含むCFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤の全量をHFC-134aで置き換えることが記載されているということができる。
そうすると,エアロゾル製剤分野の当業者は,刊行物2におけるCFCから成る噴射剤(CFC-113,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤)の全量を,HFC(HFC-134a)で置き換えることを当然試みるはずである。そうとすれば,刊行物2におけるCFCから成る噴射剤の全量をHFC(HFC-134a)で置き換えたものが,本件発明1のエアロゾル製剤なのであるから,単に,そのように試みさえすれば,本件発明1に到達するものであって,そこには,何らの創意工夫も存在しない。
(5) この点について,審決は,「甲第1号証(注,刊行物1)の発明は,噴射剤としてHFC-134aを使用するにあたり,HFC-134aよりも極性の高い物質(エタノール等のアジュバント)を使用し,界面活性剤を含有することを必須の構成要件とするものであるから,甲第1号証の発明は,CFC-113を含むCFC-11,CFC-12及びCFC-114からなる混合噴射剤を,単にHFC-134aで置き換えたものということはできない」(審決謄本17頁下から第3段落)と判断する。
しかしながら,刊行物1において好ましいアジュバントとして挙げられているエタノールは,エアロゾル製剤で汎用される溶剤であり(刊行物4〔甲7の4〕の訳文2頁第1段落),また,界面活性剤は,噴射剤の蒸気圧などに特に影響を及ぼすものではないから,刊行物1を従来技術として見る場合,噴射剤を他の成分から分離して考えることに無理はない。そうすると,噴射剤に着目すれば,刊行物1には,CFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤をHFC-134aで置き換える技術が開示されているということができ,刊行物1には,刊行物2におけるCFC-113,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤をHFC-134aで置き換える強力な動機付けがある。
(6) 他方,本件発明1の効果として本件明細書(甲4添付)にいう,「非常に所望される化学的安定性」,「有意に高い吸入率」(段落【0008】)についても,そのような効果が認められないことは,上記2(1)ウ及び上記2(3)のとおりであり,そもそも,明細書に記載されているこれらの効果は,CFCをHFCに置き換えたことによるものではない。
(7) 以上によれば,本件発明1は,刊行物2からも当業者が容易に発明をすることができたものであり,審決の上記判断は誤りというべきである。
4 取消事由4(本件発明2〜13の容易想到性の判断の誤り) 上記2及び3のとおり,本件発明1の容易想到性に関する審決の判断は誤りであるから,これに基づく本件発明2〜13の容易想到性に関する審決の判断も誤りである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について (1) 訂正前明細書(甲3)には,「本発明に関する好ましい製剤は,製剤の総重量に基づいて約0.05〜約0.35重量%の量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート,製剤の総重量に基づいて約2〜約8重量%の量のエタノール,及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより成る」(3頁6欄14行目〜18行目)と記載され,少なくとも実施例2,3,5,6,7に上記3成分のみからなる製剤が記載されているから,本件発明のエアロゾル製剤を上記3成分に限定する本件訂正は,訂正前明細書に記載した事項の範囲内においてされたことが明らかであり,特許法126条2項違反となる余地はない。
(2) 特許請求の範囲減縮による訂正が,特許法126条3項に定める実質上特許請求の範囲変更するものに該当するか否かを判断するにあたっては,当該訂正が第三者に不測の不利益を与えるか否かを最重要のメルクマールとすべきである。
これを本件訂正について見れば,「3成分を含んでなる」との構成要件を「3成分のみからなる」と限定することが特許請求の範囲減縮に該当することは明らかであるところ,訂正前であれば当該3成分以外の成分を実質的に含んでいる製剤にも本件特許権の効力が及んでいたのに対し,本件訂正に基づく減縮により,そのような製剤には本件特許権の効力は及ばなくなるのであるから,これにより第三者に不測の不利益を与えることはあり得ない。 したがって,本件訂正が,特許法126条3項に定める実質上特許請求の範囲変更するものに該当する余地はない。
2 取消事由2(無効理由1に係る容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1(甲7-1)記載の発明において,界面活性剤は必須の成分ではない旨主張する。
ア しかしながら,刊行物1記載の発明は,「医薬,1,1,1,2-テトラフルオロエタン(注,HFC-134a),界面活性剤,及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより極性が高い少なくとも1種の化合物を含むエアゾール製剤」(特許請求の範囲の請求項(1))という構成を有するものであり,その実施例10〜12は,BDP0.005g,界面活性剤0.006g,エタノール1.350g,HFC-134a4.040g(組成比は,BDP0.09重量%,界面活性剤0.11重量%,エタノール25.00重量%及びHFC-134a74.80重量%)から成る溶液状エアロゾル製剤である。
また,刊行物1には,発明の詳細な説明として,「1,1,1,2-テトラフルオロエタンより極性が高い界面活性剤やアジュバントと併用される場合,1,1,1,2-テトラフルオロエタンが,医薬エアゾール製剤の噴射剤として使用されるための特に望ましい性質を有することが見い出された。本発明によれば,医薬,界面活性剤,1,1,1,2-テトラフルオロエタン,及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより極性の高い少なくとも1種の化合物を含むエアゾール製剤が提供される」(2頁右上欄最終段落〜左下欄第2段落),「プロペラント134aに,プロペラント134aより極性の高い化合物を添加することにより,プロペラント134a単独中に溶解する場合に比べてより多量の界面活性剤が溶解し得る混合物が得られる。溶解した多量の界面活性剤の存在により,安定で均一な医薬粒子の懸濁液が調製できる。溶解した界面活性剤の多量の存在はまた特定の医薬の安定な溶液製剤を得ることに役立っている」(3頁右上欄第2段落),「本発明のエアゾール製剤は,製剤を安定化させるためまたバルブ部材を滑りやすくするため,界面活性剤を含む」(4頁右下欄下から第2段落),「界面活性剤は一般に製剤の総重量にたいして5重量%を超えない量で存在する。これらは,通常界面活性剤:医薬が1:100〜10:1の重量比で存在するが,製剤中の医薬濃度が非常に低い場合は界面活性剤はこの重量比を超えてもよい」(5頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落)との記載がある。
イ 原告は,一般に,エアロゾル製剤において界面活性剤を加える目的は,懸濁液において薬剤と溶剤とを均一に混合することにあり,したがって,薬剤が溶剤に溶解して溶液となる場合には,本来,薬液の均一化のための界面活性剤は必要でない旨主張する。しかしながら,溶液製剤であっても,薬液の均一化以外の目的,例えば,製剤の安定化等の目的のために界面活性剤を加えることは,本件優先日前,一般に行われており,刊行物1記載の発明もその一例である。
ウ なお,原告は,ライカー社が甲19特許に係る特許異議の手続において,界面活性剤が任意の成分である旨主張していた(甲20)旨指摘するが,ライカー社の当該主張が誤りであることは,上記アのとおりであり,現に,当該特許異議の手続において,特許庁は,ライカー社の主張を認めず(乙8),その結果,ライカー社は特許請求の範囲の記載を訂正するに至っている(乙9-1,2)。
エ 以上によれば,刊行物1記載の発明においては,懸濁製剤及び溶液製剤のいずれの場合においても,界面活性剤が必須の構成であることは明らかであるから,原告の上記主張は誤りである。
(2) また,原告は,@界面活性剤を含有しない溶液状エアロゾル製剤は一般に広く知られていたこと,Aエアロゾル製剤において界面活性剤であるトリオレイン酸ソルビタンの使用は好ましくないことが知られていたから,人体に悪影響を及ぼす可能性のある成分を極力除き,より安全なエアロゾル製剤を開発することは,当業者の通常の開発行為であることを主張する。
ア しかしながら,上記(1)のとおり,刊行物1(甲7-1)記載において,界面活性剤は必須の構成であるから,上記@及びAの主張の当否にかかわらず,刊行物1記載の発明から界面活性剤を取り除くことが容易であったとすることはできず,原告の主張は,その前提において失当である。
イ また,原告が上記@の主張の根拠として挙げる刊行物3(甲7-3),刊行物4(甲7-4)及び甲9文献のうち,甲9文献の該当箇所には,溶液製剤が界面活性剤を含有しないことを示す記載はないし,刊行物3にも,「溶液状エアロゾル製剤が界面活性剤を必要としない」ことは記載されていない。なお,刊行物4及び甲9文献の該当箇所には界面活性剤についての記載があるが,当該記載は懸濁系エアロゾル製剤に関するものであり,本件発明1のような溶液系エアロゾル製剤に関するものではない。むしろ,1992年(平成4年)発行,Paul J. Atkinsほか「The Design and Development of Inhalation Drug Delivery Systems」(乙1),1990年(平成2年)3月発行,Richard N. Dalbyほか「CFC Propellant Substitution: P-134a as a Potential Replacement for P-12 in MDIs」(乙2),国際公開特許WO92/22287号公報(乙3,以下「乙3公報」という。)及び米国特許第5202110号明細書(乙4,以下「乙4明細書」という。)によれば,本件優先日当時,定量噴霧式吸入剤は,溶液製剤でも懸濁製剤でも,一般的に界面活性剤を含むものと考えられており,例えば,本件優先日後に出願されたBDP/HFC-134a溶液製剤に関する発明に係る乙3公報にも,界面活性剤を使用する処方が記載されている。
以上によれば,原告の上記@の主張は誤りである。
ウ 原告は,上記Aの主張の根拠として,刊行物5(甲7-5)を挙げるが,刊行物5には,界面活性剤であるトリオレイン酸ソルビタンの使用は好ましくない旨記載されているものの,その使用を避けるためには5〜50%のCFC-11を組成物に配合することを必須の要件としており,一般的に界面活性剤を取り除くことによって好ましいエアロゾル製剤が得られるとするものではない。そうすると,刊行物5は,刊行物1記載の種々の界面活性剤を含む製剤の発明から,必須成分である界面活性剤を一般的に取り除く動機付けを与えるものではないし,何らかの動機付けを与える余地があったとしても,その動機付けは,刊行物1記載の発明から界面活性剤を取り除くとともにCFC-11を添加することに関するものであるから,本件発明1のエアロゾル製剤とは構成が異なるCFC-11を含有する製剤が得られるにすぎない。
したがって,原告の上記Aの主張も誤りである。
(3) さらに,原告は,MTL実験の結果(甲7-12-1,2,甲12-1,2,甲13)を根拠に,本件発明1の製剤の化学的安定性を否定する。
しかしながら,原告の当該主張は,刊行物1の実施例10〜12と比較した場合における本件発明1の化学的安定性についての主張ではないから,その主張自体,当を得ないものというほかはない。
かえって,Aレポート(乙6)によれば,本件発明1の製剤が,刊行物1の実施例10〜12に比べ,高い化学的安定性を有することは明らかである。
(4) 原告は,B報告書(甲7-13)に基づき,本件特許に係る侵害事件における対象製品「ベクラゾン50インヘラー」と,先発のCFC懸濁製剤である「ベコタイド50インヘラー」とについて,カスケードインパクターにより捕集されたBDP合計量に基づき,前者は,後者と比べて有意に高い吸入率を有しない旨主張する。
しかしながら,本件発明1にいう吸入率とは,本件明細書(甲4添付)に,「吸入率(即ち,薬理作用が及ぼされる肺の気道に達することのできる活性成分のパーセンテージ)」(段落【0004】),「実施例1-7の製剤により提供される吸入率を,Andersen MK II カスケードインパクターを用いて決定し」(段落【0023】)と記載されているように,「カスケードインパクターにおけるステージ3〜7のBDP捕集量/インダクションポート以降のBDP捕集量」という計算式によって求められる「率」のことを指す。
ここで,定量噴霧式吸入剤から放出される粒子中,気道に沈着するのに最適な粒子径は2〜5μmであり,肺胞に到達し作用し得るのは粒子径1〜2μmあるいはそれ以下であるが,0.5μm以下の粒子は肺胞にまで到達するが沈着せず,呼吸により排出されるから,吸入率計算式の分子となる「肺へと吸引されるのに適するサイズの薬剤」とは,粒子径0.5〜5μmの粒子を意味する。そして,カスケードインパクターの各ステージでとらえられる粒子径の範囲のうち,0.5〜5μmの粒子径範囲に相当するのは,ステージ3〜7(0.43〜4.7μm)である。
この点に関し,本件特許の発明者の一人であるC博士作成の技術報告書(乙7,以下「Cレポート」という。)の証拠Bは,本件特許出願当時のラボノートに基づいて,本件明細書の実施例1〜7の吸入率のデータを詳細に記載したものであり,そこでは,吸入率は,インダクションポートからステージ7までで捕集されたBDP量を分母とし,ステージ3〜7で捕集されたBDP量を分子として計算されたとされ,当該計算方法によって求められた実施例1〜7の吸入率は,それぞれ76.2%,62.6%(n=2),53.7%(n=2),70.4%,50.3%,52.0%,41.1%(n=2)とされている。これは,本件明細書の「実施例1-7の製剤により提供される吸入率を,Andersen MK II カスケードインパクターを用いて決定し,それぞれより得られる平均吸入率は40%以上であった。実施例1及び4の製剤の場合,吸入率はそれぞれ約76%及び約70%であった」(段落【0023】)との記載と完全に一致している。
ところが,原告は,本件発明1の吸入率の向上という作用効果を否定する根拠として,B報告書(甲7-13)におけるステージ3〜6(0.65〜4.7μmの範囲)で捕集されたBDP量を挙げるだけであり,本件発明1の「吸入率」については何ら根拠を示していない。したがって,原告の上記主張は失当である。
かえって,Cレポート(乙7)の証拠Aによれば,本件発明1におけるエタノール含量の下限値(2重量%)又は上限値(12重量%)を含む製剤と,刊行物1の実施例10〜12の製剤を作成し,これらの吸入率を測定して比較するとともに,B報告書の実験データを使用して,原告製品「ベクラゾン」と市販のCFC懸濁製剤「ベコタイド」の吸入率とを比較した結果は, 本件発明1の製剤:46〜88%という高い吸入率 ベクラゾン(原告製品):51%という高い吸入率 ベコタイド(市販のCFC懸濁製剤):31%という中程度の吸入率 刊行物1の実施例10〜12:25%という低い吸入率 であったことが示されている。
以上のとおり,本件発明1の製剤は,市販のBDP製剤(CFC懸濁製剤)であるベコタイドに比べて顕著に優れた吸入率を示しており,本件明細書に記載された「有意に高い吸入率」を有することは明らかである。
3 取消事由3(無効理由2に係る容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物2(甲7-2)記載の発明においては,噴射剤(溶剤としての機能も有する。)として,CFC-113,CFC-12及びCFC-114が用いられている旨主張する。
しかしながら,刊行物2は,1975年(昭和50年)発行のイタリア国内の臨床関係の雑誌に掲載された論文であり,「我々は“クレニル スプレー”として知られている製剤を使用した。このものは計量エアロゾルの形態をとっている。
エアロゾルのいずれの缶もつぎの組成を有する液体15gを収容している:ベクロメタゾン-17,21-ジプロピオネート0.010g,無水エタノール1.191g,フレオン113(注,CFC-113)の2.361g,フレオン12/114(注,CFC-12/114)(40:60)の11.438g。1回のエアロゾル噴射で50μgのベクロメタゾンジプロピオネートが放出される」(訳文下から第3段落〜最終段落)と記載されているだけで,当該エアロゾル製剤の物理化学的性質や製造に関する教示は全く含まれていない。しかも,刊行物2には,CFC-113が噴射剤として用いられることを示す記載はどこにもなく,他方,平成5年5月1日オゾン層保護対策産業協議会発行「オゾン層破壊物質使用削減マニュアル」(乙5,以下「乙5文献」という。)によれば,CFC-113の主な用途が洗浄剤や溶剤であると認められることからすれば,刊行物2に記載された2.361gのCFC-113は溶剤として添加されたものであり,噴射剤は11.438gのCFC-12/114(40:60)であると考えるのが妥当である。
したがって,原告の上記主張は誤りである。
(2) 原告は,本件優先日当時,CFCからHFCへの変更は地球的規模での緊急の課題であったとした上,そのことを主たる論拠として,刊行物2(甲7-2)のエアロゾル製剤におけるCFCをHFCに置き換えることは,当業者のだれしも思い付くことである旨主張する。
確かに,CFC-11などの特定フロン(CFC)は,「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」に基づき,平成元年以降,段階的に規制され,平成7年末までに全廃されることになったが,喘息,慢性閉塞性肺疾患及びその他の肺疾患用の経口吸入剤等の特別用途については,例外として全廃の対象から除外された。刊行物1(甲7-1)に記載されているように,CFCの医薬への使用は全使用量の1%以下にすぎず,医薬用エアロゾル製剤は,患者の生命の安全に直結するものであるから,現在でもなお例外的に,これらの特別用途についてはCFCの使用が許されている(2頁左上欄第2段落)。現に,原告の引用するベコタイド(B報告書〔甲7-13〕参照)を含め,CFCを含有する製剤は現在においても数多く市販されている。このように,医薬用エアロゾル製剤の分野におけるCFCからHFCへの切り替えは,本件優先日当時,決して原告が主張するような地球的規模での緊急課題というほどのものではなかった。
また,原告は,CFCやHFCという上位概念を用いて置換容易性を論じているが,CFCにもHFCにも各種のものが存在し,その性質はそれぞれ異なり,用途も異なっている。例えば,すべてのCFCが噴射剤として使用されてきたわけではなく,CFC-11,CFC-12及びCFC-114は噴射剤として使用されていたが,CFC-113の主な用途は洗浄剤や溶剤であった(乙5文献)。また,CFC-11,CFC-12及びCFC-114を噴射剤の用途に供する場合でも,単独で用いられるのではなく,蒸気圧等の特性を調整するために,CFC-12/114,あるいはCFC-11/12といった混合物として用いるのが一般であった(刊行物7〔甲7-7〕の本文3枚目のグラフ参照)。
このような状況下において,昭和63年ころから,様々な技術分野において,各種のHFCが各種のCFCの代替品として使用可能かどうか検討されるようになったのであり,用途や性状の異なる各種のCFC及びHFCを単純にひとまとめにして,相互の置換が容易であるとする原告の主張は,人に対する安全性が重視されるエアロゾル製剤の技術分野においては,誤りというほかはない。
以上によれば,原告の上記主張は失当というべきである。
(3) 原告は,@刊行物1(甲7-1)には,CFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤をHFC-134aで置き換える際の課題及び解決手段が示されており,また,ACFC-11は,CFC-113と類似した物性を有するものである旨主張する。
ア しかしながら,上記@の主張についてみると,刊行物1の特許請求の範囲においては,いずれの請求項においても,界面活性剤が必須の構成要件とされているから,刊行物1記載の発明は,原告の主張するように,界面活性剤の含有の有無に関係なく,単に,CFCからなる混合噴射剤をHFC-134aで置き換えたものということはできない。また,刊行物1の請求項(3)は,噴射剤として,HFC-134aのほかに,5重量%を限度として,CHCl2(HCFC-22)等の他の噴射剤を包含してもよいとしているから,この点からも,刊行物1記載の発明は,CFCから成る混合噴射剤を単にHFC-134aで置き換えたものであるとの原告の主張は誤りである。
さらに,刊行物1には,各請求項に係る発明の必須の構成要件である「1,1,1,2-テトラフルオロエタン(注,HFC-134a)より極性が高い・・・化合物」の具体的内容が例示されているが,その中には「プロペラント11,12,114,113,142b,152a,124と通常称される他の噴射剤」(2頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)が挙げられている。このうち,プロペラント11,12,113及び114は,オゾン破壊係数が高いCFCであるから,刊行物1記載の発明は,その必須成分の一つとして,CFCを用いることを許容さえしているものである。
このように,刊行物1は,主な噴射剤はHFC-134aであるが,他の噴射剤を含有することを許容しており,また,刊行物1記載の発明の必須成分である「HFC-134aよりも極性が高い化合物」として,オゾン破壊係数が高いCFC-11やCFC-12,CFC-114などを使用することを許容しているから,刊行物1には,CFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤をHFC-134aで置き換える際の課題及び解決手段が示されている旨の原告主張は誤りである。
そもそも,刊行物1に,CFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤をHFC-134aで置き換えることの開示があるとする原告の主張自体,根拠がない。刊行物1中,原告が根拠として挙げる箇所は,「プロペラント11,12及び114(注,CFC-11,CFC-12及びCFC-114)は,吸入投与のためのエアゾール製剤中で最も広く用いられている噴射剤である」(1頁右下欄最終段落〜2頁左上欄第1段落)と記載されているにすぎず,「プロペラント11,12及び114の混合物は,吸入投与のためのエアゾール製剤中で最も広く用いられている噴射剤である」とは記載されていないし,本件優先日以前,これらCFC-11,CFC-12,CFC-114は,CFC-12/114,あるいはCFC-11/12といった混合物として用いるのが一般的であった(刊行物7〔甲7-7〕の本文3枚目のグラフ,刊行物2〔甲7-2〕,B報告書〔甲7-13〕添付のベコタイドの「添加物」の欄参照)。そうすると,刊行物1における上記記載は,CFC-11,CFC-12及びCFC-114という,従来の噴射剤に用いられてきたCFCの種類を示すことを意図しただけであり,これら3種類のCFCから成る混合噴射剤が存在したことを示すものではないというべきである。もとより,刊行物1は,このような混合噴射剤をまとめてHFC-134aに置換し,CFCを一切使用しないエアロゾル製剤を得るという技術的思想を開示するものではない。
イ 次に,上記Aの主張について,原告は,その根拠として,CFC-11は沸点が23.7℃,常温で液体,20℃の蒸気圧が0.90kg/cm2であること,及びCFC-113の沸点が47.57℃であることを挙げるのみである。それだけであれば,両者は類似するどころか,むしろ類似していないことが示唆されるというべきであるから,原告の主張は失当というほかはない。
(4) さらに,原告は,本件発明1の効果が認められないことについても主張するが,当該主張が失当であることは,上記2(3)及び(4)のとおりである。
4 取消事由4(本件発明2〜13の容易想到性の判断の誤り)について 上記2及び3のとおり,原告の取消事由2及び3の主張は失当であるから,これを前提とする原告の取消事由4の主張も失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正要件に関する判断の誤り)について (1) 原告は,本件訂正のうち,本件発明に係るエアロゾル製剤に含まれる成分を,@BDP,AHFC-134a,HFC-227及びそれらの混合物よりなる群から選ばれるHFCのみから成る噴射剤,及びBエタノール(2〜12重量%)の3成分のみに限定した点(以下「本件限定」という。)は,特許法126条2項及び3項に規定する訂正要件を満たさない旨主張する。
(2) 訂正前明細書(甲3)には,特許請求の範囲の請求項1に,「治療的に有効量のベクロメタゾン17,21ジプロピオネート;1,1,1,2-テトラフルオロエタン,1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンを含んで成る噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;を含んで成るエアロゾル製剤であって,実質的に全てのベクロメタゾン17,21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており,且つ,この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする,肺,頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤」(下線付加)と記載されているから,当該請求項には,上記@〜Bの3成分のみを含むエアロゾル製剤の発明と,上記@〜Bの3成分を含み,そのほかに他の成分をも含むエアロゾル製剤の発明との双方が記載されていたものと認められる。そして,前者については,原告も自認するとおり,訂正前明細書にその具体的な実施例として,実施例2,3,5〜7が記載されていたことも明らかであるから,本件訂正に係る特許請求の範囲の請求項1に記載された,上記@〜Bの3成分のみを含むエアロゾル製剤の発明は,本件訂正前の上記請求項1に記載された事項の範囲内であり,かつ,訂正前明細書に記載された事項の範囲内のものというべきである。
そうすると,本件限定に係る本件訂正は,特許請求の範囲減縮に該当し,かつ,訂正前明細書に記載された事項の範囲内のものであって,特許法126条1項及び2項に規定する要件を満たすものと認められる。
(3) さらに,原告は,訂正前明細書記載の実施例1,4のエアロゾル製剤は,上記3成分以外にCFC-11を含有するものであるが,3成分のみから成る他の実施例よりも性能的に優れていることを根拠に,本件発明は,3成分のみでなければ所期の作用効果を奏することができないというものではないし,「3成分のみ」と限定することによって,性能的に最も優れた実施例を特許請求の範囲から外すことは,技術的思想としての一体性の観点から,不合理であるなどと主張して,本件限定に係る本件訂正は,実質上特許請求の範囲変更するものであって,特許法126条3項に違反する旨主張する。
しかしながら,本件限定に係る本件訂正が,特許請求の範囲減縮に該当することは上記のとおりであるところ,特許請求の範囲減縮を行う場合,訂正前の特許請求の範囲に記載された発明のうち,いずれの部分に減縮するかは権利者の任意であって,必ずしも,訂正前の特許請求の範囲に記載された発明のうち,最善の結果が得られるものに限定する必要はない。そして,訂正前明細書及び本件明細書(甲4添付)を見ても,本件訂正に係る発明,すなわち,上記3成分のみを含むエアロゾル製剤の発明は,本件訂正の前後を問わず,一貫して明細書に記載されていたと認められるから,技術的思想としての一体性に関する原告の主張は採用の限りではなく,結局,本件限定に係る本件訂正は,特許法126条3項に規定する要件を満たすものというべきである。
(4) 以上によれば,本件限定に係る本件訂正は,特許法126条1項〜3項に規定する訂正要件をいずれも満たすものであり,本件訂正を認めた審決の判断に誤りはないというべきであるから,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(無効理由1に係る容易想到性の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明1と刊行物1(甲7-1)記載の発明との相違点として認定した,「前者が界面活性剤を0.0005重量%以上含まず,エタノールの含有量が2〜12重量%であるのに対し,後者は界面活性剤を含有し,エタノールを約25%含む点」(審決謄本14頁第1段落)について,「界面活性剤を含むことは甲第1号証(注,刊行物1)の発明の構成に欠くことのできない事項であって,甲第1号証の発明から界面活性剤を除くべき理由があるとはいえない」(同15頁第2段落)などとした上,本件発明1は,刊行物1,刊行物2〜5,9-1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断した。
これに対し,原告は,刊行物2(甲7-2)に見られるように,界面活性剤を含まない,BDPを有効成分とする溶液状エアロゾル製剤は,本件優先日前に知られていたこと,界面活性剤を含有しない溶液状エアロゾル製剤は広く知られていたことなどを根拠に,刊行物1記載の発明について,本件発明1のような界面活性剤を用いない構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることであったとして,審決の上記判断は誤りである旨主張する。
(2) 刊行物1(甲7-1)記載の発明は,その特許請求の範囲の請求項(1)に,「医薬,1,1,1,2-テトラフルオロエタン(注,HFC-134a),界面活性剤,及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより極性が高い少なくとも1種の化合物を含むエアゾール製剤」と記載されるとおり,少なくとも,特許請求の範囲の記載を見る限り,(a)医薬(発明の詳細な説明中,実施例において,BDPが具体的に挙げられている。),(b)HFC-134a,(c)界面活性剤,(d)HFC-134aより極性が高い化合物(発明の詳細な説明において,エタノール等が具体的に挙げられている。)の4成分を必須の成分とするエアロゾル製剤に係る発明に関するものである。
そして,刊行物1には,界面活性剤について,@「1,1,1,2-テトラフルオロエタンより極性が高い界面活性剤やアジュバントと併用される場合,1,1,1,2-テトラフルオロエタンが,医薬エアゾール製剤の噴射剤として使用されるための特に望ましい性質を有することが見い出された。本発明によれば,医薬,界面活性剤,1,1,1,2-テトラフルオロエタン,及び1,1,1,2-テトラフルオロエタンより極性の高い少なくとも1種の化合物を含むエアゾール製剤が提供される」(2頁右上欄最終段落〜左下欄第2段落),A「プロペラント134aに,プロペラント134aより極性の高い化合物を添加することにより,プロペラント134a単独中に溶解する場合に比べてより多量の界面活性剤が溶解し得る混合物が得られる。溶解した多量の界面活性剤の存在により,安定で均一な医薬粒子の懸濁液が調製できる。溶解した界面活性剤の多量の存在はまた特定の医薬の安定な溶液製剤を得ることに役立っている」(3頁右上欄第2段落),B「本発明のエアゾール製剤は,製剤を安定化させるためまたバルブ部材を滑りやすくするため,界面活性剤を含む」(4頁右下欄下から第2段落),C「界面活性剤は一般に製剤の総重量にたいして5重量%を超えない量で存在する。これらは,通常界面活性剤:医薬が1:100〜10:1の重量比で存在するが,製剤中の医薬濃度が非常に低い場合は界面活性剤はこの重量比を超えてもよい」(5頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落)と記載され,さらに,BDPを有効成分とする製剤の具体的な実施例として,BDP,界面活性剤(スパン85,オレイン酸,リポイドS100),n-ペンタン,P-134a(HFC-134a)からなる実施例7〜9,BDP,界面活性剤(スパン85,オレイン酸,リポイドS100),エタノール,P-134a(HFC-134a)からなる実施例10〜12が示されている(7頁右上欄第2段落〜左下欄下から第2段落)。
これらの記載によると,刊行物1(甲7-1)においては,製剤として,懸濁製剤と溶液製剤の両者が開示されており,界面活性剤は,懸濁製剤であると溶液製剤であるとを問わず,製剤の安定化のために配合されるものであること(更にバルブ部材の潤滑という目的もある。)を理解することができるから,刊行物1に接した当業者は,界面活性剤を必須の成分とする上記請求項(1)の記載とあいまって,文字どおり,刊行物1記載の製剤においては,界面活性剤を含有することが必須であると理解するというべきである。そうすると,原告主張のように,本件優先日当時,刊行物2(甲7-2)記載の「クレニルスプレー」など,界面活性剤を使用しないエアロゾル製剤が知られていたとしても,刊行物1記載の製剤から,界面活性剤を除いた製剤を想到することは,当業者にとって容易なことであるとは認められない。
(3) これに対し,原告は,刊行物1(甲7-1)の上記(2)Aの記載は,BDPを含む医薬一般についてではなく,特定の医薬について界面活性剤が安定な溶液製剤を得るのに役立っていることをいうにすぎず,BDPは当該「特定の医薬」には該当しない旨主張する。確かに,刊行物1の上記(2)Aにいう「特定の医薬」とは,医薬一般を指すものでないことは文言上明らかであるが,もとより,刊行物1において具体的に摘示された医薬は当然に含まれると解するのが自然であって,原告主張のように,BDPは「特定の医薬」に該当しないと解すべき合理的な根拠は見いだし難い。むしろ,刊行物1においてBDPを有効成分とする製剤として示された,実施例7〜12の製剤がいずれも界面活性剤を含有していることからすれば,BDPは,当該「特定の医薬」の代表例として摘示されているものと解するのが相当というべきであるから,原告の上記主張は採用の限りではない。
また,原告は,一般に,エアロゾル製剤において界面活性剤を加える目的は,懸濁液において薬剤と溶剤とを均一に混合することにあり,薬剤が溶剤に溶解して溶液となる場合には,本来,薬液の均一化のための界面活性剤は必要でないとし,刊行物1において,実施例7〜9は懸濁液であり,実施例10〜12は溶液であるが,その違いは,溶剤がn-ペンタン(前者)であるか,エタノール(後者)であるかという点によるものであり,界面活性剤の存在は溶液となるか否かには関係がないなどとも主張する。しかしながら,刊行物1記載の製剤において,界面活性剤は,懸濁製剤における薬液の均一化のためのみならず,溶液製剤をも含め,製剤の安定化のために配合されるものであることは上記(2)のとおりであり,また,溶液製剤である実施例10〜12についても,製剤の安定化のために界面活性剤が配合されたものであるとみて,特段,矛盾なく理解することができるから,結局,原告の上記主張は上記(2)の判断を左右するものではないというべきである。
さらに,原告は,刊行物5(甲7-5)において,トリオレイン酸ソルビタン(刊行物1の実施例10で使用されているスパン85)は,脂肪肺炎を惹起する危険性の点から使用しないことが望ましいとされていること等を根拠に,人体に悪影響を及ぼす可能性のある成分を極力除き,より安全なエアロゾル製剤を開発することは,当業者の通常の開発行為である旨主張する。しかしながら,刊行物5の該当部分の記載は,トリオレイン酸ソルビタンという特定の物質を超えて,界面活性剤一般について使用しないことが望ましいとの示唆を与えるものであるとは解されない。そうすると,界面活性剤のうちの特定の1物質が好ましくないとの知見があるというだけで,刊行物1記載の製剤から界面活性剤を除くことが容易になるということはできないから,原告の上記主張は失当というほかはない。
(4) ところで,原告は,刊行物1(甲7-1)記載の発明に係る甲19特許について,その特許異議の手続において,被告の子会社であり,当該特許の出願人であるライカー社が,当該発明における界面活性剤は「所望であれば」使用することができるものにすぎないことを自認していたことを指摘する。
確かに,ライカー社の平成13年1月26日付け意見書(甲20)には,原告の上記主張を裏付ける記載があるが,他方,当該特許異議の手続において,特許庁は,同年7月31日,「請求項5〜8に係る各発明においては,医薬,1,1,1,2-テトラフルオロエタン,界面活性剤及び・・・極性が1,1,1,2-テトラフルオロエタンより高い少なくとも1種の化合物,の4成分を全て含むことが要件とされてはいないが,発明の詳細な説明には,上記4成分を全て含む態様のもの以外のエアゾール製剤については記載されていない」との点で不備のため,明細書の記載が特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていないとして,請求項5〜8に係る特許について取消理由を通知したこと(乙8),この取消理由の通知を受けて,ライカー社は,同日,すべての請求項が上記4成分をすべて含む形となるよう訂正請求をしたこと(乙9-1,2)が認められるから,これら一連の流れを全体として見れば,むしろ,甲19特許に係る特許異議の手続においては,特許庁においても,出願人においても,最終的には,当該発明において界面活性剤が必須の成分であるとの前提で対応したものと認めるのが相当である。したがって,原告の上記主張は,上記(2)の判断を左右するものではない。
(5) 以上によれば,本件発明1と刊行物1記載の発明との相違点に係る,本件発明1の「界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていない」との構成は,当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないから,その余の点につき検討するまでもなく,無効理由1に係る審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。
(6) なお,原告は,MTL実験の結果(甲7-12-1,2.甲12-1,2,甲13)に基づき,本件発明1については,界面活性剤を実質的に含まない構成としたことによる効果が何ら認められない旨主張する(さらに,本件発明1には,吸入率の向上という効果も存在しないとも主張する。)。しかしながら,一般に,発明の構成について容易想到性が否定されるときは,作用効果を論じるまでもなく,進歩性が肯定されるから,上記判示のとおり,本件発明1の構成について,無効理由1に係る容易想到性が否定される以上,進んで本件発明1の作用効果を論じる意味はないが,原告の主張にかんがみ,念のため,その点について検討する。
原告の援用するMTL実験の結果(別紙原告作成表参照)によっても,エタノール8%製剤において,6か月後の不純物増加量は,界面活性剤を含まない製剤が最も少ないと認められ,3か月後についても,界面活性剤としてリポイド又はソルビタンを含む製剤よりは,界面活性剤を含まない製剤の方が不純物増加量は少なく,オレイン酸を含む製剤との不純物増加量の差もごく微量であることが認められるから,当該実験の結果を全体として見れば,界面活性剤を含まない製剤の方が界面活性剤を含む製剤よりも化学的安定性が高い傾向が存在するということができ,このことは,Aレポート(乙6)によっても裏付けられている。
そうすると,原告の提出する証拠によっては,化学的安定性の向上という本件明細書記載の効果の存在を疑わせるに足りず,いずれにしても,原告の上記主張は採用の限りではない。
3 取消事由3(無効理由2に係る容易想到性の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明1と刊行物2記載の発明との相違点として認定した,「前者が,1,1,1,2-テトラフルオロエタン(HFC-134a),1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオロプロパン(HFC-227)及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンのみからなる噴射剤を用いるのに対し,後者はCFC-12/114及びCFC-113を使用する点」(審決謄本15頁最終段落〜16頁第1段落)について,「甲第2号証(注,刊行物2)の発明におけるCFC-12/CFC-114及びCFC-113をHFC-134a又はHFC-227及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンに置き換えることは,甲第1号証(注,刊行物1)及び甲第6号証〜甲第8号証(注,刊行物6〜8)に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に推考することができたものではない」(同17頁下から第2段落)と判断した。
これに対し,原告は,@本件発明1は,CFCをHFCに置き換えることが地球的規模の課題とされていた本件優先日当時において,従来用いられていたCFCに代えてHFCを用いたものにすぎない,A本件発明1は,刊行物2(甲7-2)記載の発明との関係では,噴射剤(溶剤としての機能も有する。)として,CFC-113,CFC-12及びCFC-114に代えて,HFC-134a又はHFC-227を用いる点においてのみ異なるところ,刊行物1(甲7-1)には,CFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤をHFC-134aで置き換える際の課題及び解決手段が示されている,BCFC-113はCFC-11と類似した物性を有する,Cそうすると,当業者は,刊行物2におけるCFC-113,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤の全量を,HFC-134aで置き換えることを当然に試みるなどとして,審決の上記判断は誤りであると主張する。
(2) そこで検討すると,刊行物1(甲7-1)には,「計量投与量吸入器は,製造に用いられる噴射剤系の推進力に依存する。噴射剤は,一般に,液化クロロフルオロカーボン(以下,単に,「CFC」という)の混合物を含むものであり,このCFCは製剤に望ましい蒸気圧や安定性を与えるべく選ばれたものである。プロペラント11,12及び114(注,CFC-11,CFC-12及びCFC-114)は,吸入投与のためのエアゾール製剤中で最も広く用いられている噴射剤である。近年,CFCが地球をとり囲むオゾン層と反応し,オゾン層破壊に関与していることが確証されている。CFCの使用の削減を求める圧力が世界中で沸き起こっており,多数の政府がCFCの『非必須の』使用を禁止している。このような『非必須の』使用は冷媒や発泡剤としてのCFCの使用を含むが,現在のところ,CFCの医薬への使用(CFCの総使用量の1%以下に相当する)は制限されていない。しかし,CFCのオゾン層への悪影響を考慮すると,吸入エアゾール中の使用に適する別の噴射剤システムの探索が望まれる」(1頁右下欄最終段落〜2頁左上欄第2段落),「1,1,1,2-テトラフルオロエタンより極性が高い界面活性剤やアジュバントと併用される場合,1,1,1,2-テトラフルオロエタンが,医薬エアゾール製剤の噴射剤として使用されるための特に望ましい性質を有することが見い出された」(同頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落),「1,1,1,2-テトラフルオロエタン(以下,単に「プロペラント134a」という)より極性が高い化合物(以下,単に「アジュバント」という)と併用された場合,プロペラント134aは,吸入治療に適するエアゾール製剤の噴射剤として用いられることが見出された・・・。適切なアジュバントは,エチルアルコール・・・プロペラント11,12,114,113(注,CFC-11,CFC-12,CFC-114,CFC-113)・・・と通常称される他の噴射剤やジメチルエーテルを含む。単独又は複数のこのようなアジュバントとプロペラント134aとの併用によって,CFCに基づく噴射剤系に匹敵する性能を有する噴射剤系が得られ」(同頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)との記載がある。
これらの記載によれば,刊行物1には,@CFC-11,CFC-12及びCFC-114は,吸入投与のためのエアロゾル製剤中で最も広く用いられている噴射剤であるが,オゾン層破壊に関与しているCFCを削減することが世界的に求められることから,代替物質が探索されていること,AHFC-134aは,界面活性剤やアジュバント(エタノールもその中に含まれる。)と併用することにより,医薬エアロゾル製剤の噴射剤として望ましい性質を有することが記載されているものと認められるが,他方,HFC-134aが具体的にどのCFCの代替となるものであるかについては記載がなく,CFCとして具体的に列挙されているCFC-11,CFC-12及びCFC-114についても,それらが広く用いられていたという事情が述べられているだけで,それら3種のCFCを混合した噴射剤についての記載はないし,そうした混合噴射剤の存在を示唆する記載すら見当たらない。そうすると,刊行物1(甲7-1)には,「CFC-11,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤」をHFC-134aで置き換える際の課題及び解決手段が示されているということはできないから,原告の上記(1)Aの主張は誤りというべきである。
また,原告の上記(1)Bの主張についても,原告が,CFC-113はCFC-11と類似した物性を有することの根拠として挙げるのは,CFC-11は沸点が23.7℃であり,常温で液体で,20℃の蒸気圧が0.90kg/cm2(絶対値)であること,CFC-113の沸点が47.57℃であることのみであり,これだけでは両者が類似した物質であると認めるに足りないというほかはない。
以上によれば,原告の上記(1)の主張のうち,少なくともA及びBの主張は採用することができないから,これを前提とする上記Cの主張,すなわち,刊行物2記載の発明におけるCFC-113,CFC-12及びCFC-114から成る混合噴射剤の全量をHFC-134aで置き換えることが容易である旨の主張も採用することができない。
(3) また,原告は,上記(1)@のとおり,本件発明1は,CFCをHFCに置き換えることが地球的規模の課題とされていた本件優先日当時において,従来用いられていたCFCに代えてHFCを用いたものにすぎない旨主張する。しかしながら,用途や性状の異なる各種のCFC(乙5文献参照)について,単純に特定のHFCとの置換が容易であるとすることはできないし,このことは,本件発明1に係る製剤のように,人体に対する安全性が重視される製剤の分野ではより妥当するというべきである。
加えて,刊行物1記載の発明が,界面活性剤やHFC-134aより極性の高い化合物(エタノール等)を必須の構成要件とするものであることは上記2(2)において判断したとおりであるから,仮に,刊行物2記載のエアロゾル製剤について刊行物1記載の発明を適用して,刊行物2記載の製剤に含まれるCFCをHFC-134aで置き換えることに想到したとしても,単純に本件発明1の構成に至ることはできず,この点からも,原告の上記主張は採用の限りではない。
(4) さらに,原告は,ここでも,本件発明1による効果が認められない旨主張するが,この点に対する判断は上記2(6)のとおりである。
(5) 以上によれば,本件発明1と刊行物2記載の発明との相違点に係る構成は,当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないから,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(本件発明2〜13の容易想到性の判断の誤り)について 原告の取消事由4の主張は,取消事由2又は3の主張を前提とするものであるところ,上記2及び3のとおり,原告の取消事由2及び3の主張はいずれも理由がないから,これを前提とする原告の取消事由4の主張も理由がない。
5 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 早田尚貴