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関連審決 不服2001-21410
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  相当因果関係 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 310号 審決取消請求事件
原告 日本電波工業株式会社
訴訟代理人弁理士 大川晃
同 田邉隆
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 吉村宅衛
同 内田正和
同 矢島伸一
同 立川功
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/02/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001-21410号事件について平成16年5月24日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成5年2月27日,発明の名称を「水晶振動子」とする特許出願(特願平5-63471号,以下「本件特許出願」という。)をしたが,平成13年10月30日に拒絶の査定を受けたので,同年11月29日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2001-21410号事件として審理した上,平成16年5月24日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年6月14日,原告に送達された。
2 願書に添付した明細書(平成13年7月16日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 水晶片の両主面に形成された励振電極の電極間容量を一定に維持して,前記励振電極にガスイオンを照射して厚みを減ずることにより,共振周波数を調整した水晶振動子において,前記励振電極の一方の面積を他方のそれよりも小さく形成し,前記励振電極の一方の厚みを減じて共振周波数を調整したことを特徴とする水晶振動子。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,実願昭62-32833号(実開昭63-140719号)のマイクロフィルム(甲6,以下「引用例1」という。),特開昭56-69914号公報(甲5,以下「引用例2」という。)及び実願昭62-150092号(実開昭64-55730号)のマイクロフィルム(甲4,以下「引用例3」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,本願発明と引用例1(甲6)に記載された発明(以下「引用例1発明」という。)の一致点として,「水晶片の両主面に形成された励振電極の電極間容量を一定に維持して,前記励振電極にガスイオンを照射して厚みを減ずることにより,共振周波数を調整した水晶振動子」(審決謄本3頁第3段落)である点を,相違点として,「本願発明にあっては,励振電極の一方の面積を他方のそれよりも小さく形成し,前記励振電極の一方の厚みを減じているのに対して,引用例(注,引用例1発明)にあっては,励振電極の一方の面積を他方のそれと同じに形成し,前記励振電極の一方の厚みを減じている点」(同第4段落,以下「相違点」という。)を認定した上,相違点について,「引用例1に記載されたもの(注,引用例1発明)においても引用例2,3(注,甲5,4)に記載された周知の技術的事項及び設計事項を斟酌して,本願発明のように構成することは当業者が容易になし得る」(同4頁最終段落)として,容易想到性を肯定した。
審決の上記一致点の認定及び相違点の認定は認めるが,相違点についての判断は誤りである(取消事由)から,審決は,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点の判断に当たって,「本願発明においては,『面積を小さく形成した励振電極』の厚みを減じることにより,ガスイオンのビーム径を小さくし,ビーム内の強度を一定にして,励振電極を均一に切削できるとしているが,この『ガスイオンのビーム径』の構成は製造方法に係わるものであり,かつ該ビーム径と励振電極との関連構成も特許請求の範囲に規定されておらず,また,励振電極の厚みを減ずるために励振電極の面積を小さく形成し,ガスイオンのビーム径を(該ビーム径と励振電極の面積とを関連させることなく)選定しても,励振電極の面積を小さく形成したことのみから当然にビーム内の強度が一定で均一に切削することができるとまではいえず(すなわち,ガスイオンのビーム径と係わりなく不均一なガスイオン部分が電極に照射され,不均一に切削されることもある),したがって前記『面積を小さくした励振電極』の厚みを減じることの技術的意義は,上記した点(注,「励振電極の厚みを一定にして,CI〔注,クリスタルインピーダンス,以下同じ。〕を良好にする」点)に留まるものであって,その他の格別の意義を有するものとは認められない」(審決謄本4頁第1段落)と判断したが,誤りである。
本願発明においては,@水晶片(2)の両主面に大きさ(面積)の異なる非対称の励振電極(6a,6b)を形成し,A小さい方の励振電極(6a)にガスイオンを照射してその厚みを減じ,B水晶振動子の共振周波数を調整することを要旨とし,小さい面積の励振電極(6a)にガスイオンを照射してその厚みを減ずるから,励振電極(6b)より面積を小にした励振電極(6a)の面積に対応してガスイオンのビーム径も小さくでき,当該ビーム内のビーム強度が一定となる(ビームの中心と周辺との強弱がほぼ均一となる)。したがって,面積を小さくした励振電極(6a)の表面を,面積を大きくした励振電極(6b)の表面を切削するのに比べて,均一に切削でき,その結果,本件明細書(甲2添付。ただし,【特許請求の範囲】及び段落【0009】につき平成13年7月16日付け手続補正書〔甲7〕により補正,以下同じ。)の段落【0008】の記載のとおり,CIを小さくして共振特性を良好に維持した共振周波数の調整ができるようになる。すなわち,本願発明では,水晶片の両主面に面積を非対称とした励振電極を形成し,小さい面積の励振電極にガスイオンを照射しているので,イオンビームの強度をほぼ一定として,小さい面積の励振電極面を均一に切削できることになり,面積が対称な励振電極の一方にガスイオンを照射して質量を減じて周波数調整を行う引用例1発明などの従来のものとは,全くその発想を異にしている。本願発明では,単に「励振電極の面積を小さく」するのではなく,水晶片の両主面に形成された励振電極のうちの,「一方の励振電極の面積を他方の励振電極の面積よりも小さくする」とし,その上で「面積の小さい一方の励振電極にイオンビームを照射する」としている。このような構成を具備することにより,本件明細書の発明の詳細な説明中の【従来技術の問題点】(段落【0004】)及び【発明の目的】(段落【0005】)に合致し,かつ,【実施例】(例えば,段落【0008】)及び【発明の効果】(段落【0009】)に記載するように,面積の小さい一方の励振電極の厚みを減じてその厚みを均一とし,基本的に,共振特性を良好にしてクリスタルインピーダンスを小さくでき,更に,両主面の励振電極のいずれをも小さくした場合と比較して,電極間容量を極端に小さくすることなく規定値を維持できるとの作用効果を奏する。
これらの記載を参酌すれば,本願発明においては,強度分布が中心領域で均一なビーム幅のガスイオンを,大きい面積とした他方の励振電極に照射した場合は,強度が均一なビーム幅の周辺となる他方の励振電極の外周に段差が生じ,小さい面積とした一方の励振電極にイオンビームを照射した場合は,強度が均一なビーム幅内で一方の励振電極の厚みが均一になることを想定した上,大きい面積とした他方の励振電極にイオンビームを照射するよりも,小さい面積とした一方の励振電極にイオンビームを照射した場合の方が段差領域(外周の厚みの大きい領域)が少なくなり,厚みの均一性は高まることから,両主面における励振電極のうち,面積を小さくした一方の励振電極にイオンビームを照射して,厚みを均一にするとの本願発明の意図は明確であり,これらのことから,水晶片の両主面における励振電極の面積を異ならせて,小さい面積の一方の励振電極にイオンビームを照射することは,本願発明の必須の構成要件であるということができる。
(2) 審決は,「『励振電極の厚みを一定にして,CIを良好にする』点は,上記引用例1(注,甲6)・・・に『この水晶振動子は両主面の基礎電極3a,3bの厚みを約一定にするので,例えばCI値の低下を防止して振動特性を高めることができる。そして,前実施例と同様に,マスクを不要にして並列容量を一定にできる。』と記載されているように,本願発明と同様意義を有するものであって,この『励振電極の厚みを一定にして,CIを良好にする』点は従来より自明の課題乃至技術的事項である。そして,共振周波数を調整する水晶振動子において,『励振電極の質量を調整(増減)』して共振周波数を調整することは当業者の技術常識であり,この『励振電極の質量を調整』する手段としては,励振電極の厚みを蒸着などにより付加し増加すること,あるいはエッチングなどにより削って減少することのいずれかであって,そのいずれによることも当業者に周知の技術的事項であり,例えば,上記引用例2,3(注,甲5,4)には,水晶片の両主面に励振電極を形成し,前記励振電極の質量などを調整(増減)することにより,共振周波数を調整する水晶振動子において,『前記励振電極を所定に除去(質量を調整)して共振周波数を調整する』(引用例2)こと,また『前記励振電極の質量を付加(厚み調整)して共振周波数を調整する』(引用例3)ことが記載されている。さらに,この引用例2,3は両主面の励振電極の大きさ(面積)をそれぞれ大小として非対称としたもの,すなわち『励振電極の一方の面積を他方のそれよりも小さく形成』したものであり,質量の調整を施こす際の励振電極は,その面積の小さい一方の励振電極とするか,あるいは大きい他方の励振電極とするかのいずれかであって,そのいずれの励振電極を選定して調整するかは当業者が適宜に定めうる設計上の事項と認められる」(審決謄本4頁第2段落)としたが,誤りである。
まず,審決がいうように,「励振電極の厚みを一定にして,CIを良好にする」点及び「共振周波数を調整する水晶振動子において,『励振電極の質量を調整(増減)』して共振周波数を調整すること」が当業者に自明の技術的事項であったとしても,これらの技術的事項と,本願発明のように,水晶振動子の両主面に面積非対称(大小異なる)の励振電極を形成し,小さい面積の励振電極にガスイオンを照射して厚みを減じて共振周波数を調整するとする点との間には,技術的な相当因果関係が全くない。
また,大きい面積の励起電極にガスイオンを照射すれば励振電極表面に凹凸が生じて振動特性を劣化させることは当業者にとって自明であるが,本願発明のように,小さい面積の励振電極にガスイオンを照射すれば,ガスイオンのビーム強度がビームの中心部と周辺部でほぼ均一となり,励振電極の表面に凹凸を生ずることなく切削でき,振動特性を良好にすることができる。当業者は,いずれの励振電極の径も小さくし,両主面間で同一大きさ(面積)の励振電極を形成することを想到することはできるが,このようにした場合には,水晶振動子の両主面間で対向する励振電極の対向面積も小さくなり,並列容量(電極間容量)が小さくなる不都合を生じる。しかしながら,本願発明のように,両主面間に大小の面積を持つ非対称の励振電極を形成すれば,並列容量の減少を防止できるとの効果を奏するようになる。審決は,本願発明の上記作用効果を誤認したものであって,失当である。
被告の反論
1 審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 「励振電極の面積を小さく形成したこと」は,面積に対応してガスイオンのビーム径も「小さくでき」得ることがあるとしても,本願発明において,「励振電極の面積」と「ガスイオンビーム径」の直接的な関係は規定されていないのであるから,ガスイオンのビーム径を規定したものではない。また,たとえビーム径が小さくなっても,そのことから,当然に,ビームの中心と周辺との強弱がほぼ均一となるということはできず,この分野の一般的な技術的事項を考慮しても自明のことではない。本願発明の構成である「ガスイオンを照射して厚みを減ずる」ことは,イオンエッチングとして周知の技術であり,昭和50年7月25日日刊工業新聞社2版発行,日本学術振興会第132委員会編「電子・イオンビームハンドブック」(乙1,以下「乙1文献」という。)の「19・1 イオンエッチング用装置」(440頁第1段落〜444頁第1段落)を参照すると,その代表的とされる装置の例だけでも,「19・1・1 グロー放電型」(440頁最終段落〜441頁第1段落),「19・1・2 イオンビーム型」(441頁第2段落〜443頁第1段落)等,複数の型が存在することが示されている。本願発明は,単に「ガスイオンを照射して」と記載するのみで,そのガスイオンのビーム構成が不明であるが,乙1文献には,大きな径のイオンビームを用いるグロー放電型において,「グロー放電方式のときには,イオンエネルギーや,イオン電流密度は,放電のために投入される電圧,電流,磁界強度,ガスの種類と圧力,高周波の場合にはその周波数などによって変わり,かなり複雑である」(444頁第2段落)と記載され,「ビーム強度」に関連を有する,「イオンエネルギー」や「イオン電流密度」が,かなり複雑な要因によって決定されることが示されている。原告は,ビーム強度が均一になる理由については,照射対象となる電極が「小さい」とすることのみを示し,ビーム径はもちろん,ビームの均一性にかかわる他の条件について何ら明らかにしていないから,励振電極の面積を小さく形成したことのみを示しても,当然にビーム内の強度が一定とならないことは明らかである。
また,表裏の励振電極の相対的面積の大小を規定しても,照射されるビーム径の構成が規定されるといえないことは明らかであり,本願発明の要旨に規定されていない「ガスイオンのビーム径」は,本願発明に係る「水晶振動子」を製造する際の構成要素となり得るものではあるが,単に,製造方法に関する一構成要素であること以上の技術的意義を示すものではない。ビーム径と励振電極との関連構成も,本願発明の要旨においては,特定されておらず,両者の関係が規定されるものではない。
(2) 原告の従来の技術と相当因果関係がないとの主張の根拠は,結局のところ,本願発明は,「励振電極の面積を小さく形成したこと」から当然に「ビーム内の強度が一定」であり「均一に切削することができる」ということができるという点にあると解される。しかしながら,上記(1)のとおり,本願発明の要旨においては,ビーム径はもちろん,ビームの均一性にかかわる他の条件について,何ら規定していない以上,その製造方法上の特有な作用効果を認めることはできないから,「励振電極の厚みを一定にして,CIを良好にする」という,従来より自明の課題ないし技術的事項と本願発明との間に,技術的な相当因果関係が全くないものということはできない。
また,本願発明の要旨は,表裏の励振電極同士の相対的な比較のみで「小さい」と一方を規定しているにすぎないから,励振電極の絶対的な面積が規定されるものではなく,上記主張は,そもそも本願発明の構成に基づく主張ではない。本願発明のように,表裏の両主面に大小の面積を持つ非対称の励振電極を形成することは,引用例2,3(甲5,4)に開示されるように,本件特許出願前に公知のものである。そして,本願発明の要旨において,ガスイオンのビームの具体的な構成及びビーム径と励振電極の面積との関連構成が,何ら規定されていない以上,励振電極の相対的な面積の大小関係だけを特定して,その「面積の小さい方の電極」の厚みを減じると規定しても,他方の電極の厚みを減じることとの作用効果の相違は生じない。
したがって,本願発明の「励振電極の一方の面積を他方のそれよりも小さく形成し,前記励振電極の一方の厚みを減じ」るとの相違点に係る構成について,「そのいずれの励振電極を選定して調整するかは当業者が適宜に定めうる設計上の事項と認められる」(審決謄本4頁第2段落)とした審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,本願発明においては,@水晶片(2)の両主面に大きさ(面積)の異なる非対称の励振電極(6a,6b)を形成し,A小さい方の励振電極(6a)にガスイオンを照射してその厚みを減じ,B水晶振動子の共振周波数を調整することを要旨とし,小さい面積の励振電極(6a)にガスイオンを照射してその厚みを減ずるから,励振電極(6b)より面積を小にした励振電極(6a)の面積に対応してガスイオンのビーム径も小さくでき,当該ビーム内のビーム強度が一定となる(ビームの中心と周辺との強弱がほぼ均一となる)から,本願発明は,面積を小さくした励振電極(6a)の表面を,面積を大きくした励振電極(6b)の表面を切削するのに比べて,均一に切削できるとの技術的意義を有するのに,審決はこれを誤認した旨主張するので検討する。
ア 本願発明に係る特許請求の範囲【請求項1】の記載は,上記第2の2のとおりであり,「励振電極の一方」に照射するガスイオンについて,ビーム状のガスイオンを用いること,当該ガスイオンのビーム径について,これを規定する記載は全くないから,本願発明の要旨において,本願発明の照射ガスイオンが,ビーム状のガスイオンであること及び当該ガスイオンのビーム径について規定されているということはできない。
この点について,原告は,本件明細書(甲2添付)の記載を参酌すれば,本願発明においては,強度分布が中心領域で均一なビーム幅のガスイオンを,両主面における励振電極のうち,面積を小さくした一方の励振電極にイオンビームを照射して,厚みを均一にするとの本願発明の意図は明確であり,水晶片の両主面における励振電極の面積を異ならせて,小さい面積の一方の励振電極にイオンビームを照射することは,本願発明の必須の構成要件であるということができると主張する。確かに,本願発明に係る特許請求の範囲【請求項1】は,@水晶片(2)の両主面に大きさ(面積)の異なる非対称の励振電極(6a,6b)を形成し,A小さい方の励振電極(6a)にガスイオンを照射してその厚みを減じ,B水晶振動子の共振周波数を調整することを規定するから,本願発明において,水晶片の両主面における励振電極の面積を異ならせて,小さい面積の一方の励振電極にガスイオンを照射すること自体は,本願発明の構成要件であるということができる。そこで,本願発明が,上記構成を備えることにより,原告主張に係る,励振電極(6b)より面積を小にした励振電極(6a)の面積に対応してガスイオンのビーム径も小さくでき,当該ビーム内のビーム強度が一定となる(ビームの中心と周辺との強弱がほぼ均一となる)から,面積を小さくした励振電極(6a)の表面を,面積を大きくした励振電極(6b)の表面を切削するのに比べて,均一に切削できるとの技術的意義を有するということができるとの点について,更に検討する。
イ 本願発明の励振電極の面積と照射ガスイオンに関して,本件明細書(甲2添付)には次の記載がある(下線付加)。
(ア) 「【従来技術】第4図はこの種の一従来例を説明する水晶振動子の分解斜視図である。水晶振動子は密閉容器1内に水晶片2を収容して構成される。密閉容器1は,セラミックからなる容器本体3にカバー4を被せてなる。容器本体3は一端側内壁に分割段部5(ab)を有する。分割段部5(ab)には接続用電極が形成され,外表面に表面実装用端子として延出する(未図示)。水晶片2はATカットとした矩形状とする。両主面には,蒸着により,金,銀等の励振電極6(ab)及び引出電極7(ab)が予め形成される。但し,励振電極6(ab)は目的周波数より低くなるようにその厚みを大きく設定される。引出電極7(ab)は励振電極6(ab)から一端部両側に折り返して延出する。なお,裏面側の励振電極6b及び引出電極7bは省略してある。このようなものでは,水晶片2の一端部両側を,容器本体3の分割段部5(ab)に導電性接着剤(未図示)により固着する。そして,第5図に示したようにガスイオンPを一方の主面の励振電極6a上に照射してその質量を減ずる。すなわち,共振周波数を高くしながら目的周波数に調整する。ガスイオンはアルゴン,窒素等の不活性ガスをイオン化してなり,例えばイオンガン(未図示)により照射される。そして,周波数調整後に,シーム溶接やガラス系接着材により,カバー4を被せて封止する。このような周波数調整であれば,蒸着時の飛散による金属粒子の無駄を防止する。また,基本的には,蒸着時のマスクを不要とするので,経済効率や生産性を向上する。さらに,特性的には,励振電極(質量)のみの厚みを減ずるので,周波数調整前後における電極間容量の変化を防止する等の効果を奏する(蒸着ではマスクずれによる電極間容量の変化を来す)。」(段落【0003】) (イ) 「【従来技術の問題点】しかしながら,上記構成の水晶振動子では,経済的,生産性では種々の利点があるとともに,特性的には,電極間容量を一定に維持できるにも拘らず,クリスタルインピーダンス(以下CIとする)に劣化を来す問題があった。その原因を追求したところ,イオンガンから照射されるガスイオンのビーム内における強度は,その中央で最も強くその周辺ほど弱い。したがって,励振電極6aの中央部では周辺に比較してその切削量が多く,その厚みを不均一にする(第6図の模式的断面図)。その結果,本来の共振周波数特性を阻害してCIを劣化させると推測された(第7図のアドミッタンス特性図)。但し,第7図(a)は本来の特性図(調整前),同図(b)阻害された特性図(調整後)である。このようなことから,ガスイオンによる周波数調整を,即座に実施できない問題があった。」(段落【0004】) (ウ) 「【実施例】第1図は本発明の一実施例を説明する図で,同図(a)は水晶片の平面図,同図(b)は断面図である。なお,前従来例図と同一部分には同番号を付与してその説明は簡略する。水晶振動子は,前述したように,密閉容器1内の段部に水晶片2の一端部両側を固着して封止される(前第4図〔注,『第 図』とあるのは誤記と認める。〕参照)。そして,この実施例では,水晶片2の励振電極6(ab)は両主面間にて非対称とする。すなわち,一方の励振電極6aの面積を他方のそれ6bよりして小さくして非対称とする。電極形状は略楕円形状として互いに相似形とする。そして,一方の励振電極面6a側を容器本体3の開口面側として固着される。この例では,水晶片2の外形寸法を長さ5mm,幅2.5mmとし,励振電極6(ab)の一方は面積を7.54mm2,他方を4.32mm2とする。そして,封止前に,面積を小さくした一方の励振電極6aにイオンガンからガスイオンを照射し,目的周波数96MHz(3次オーバトーン)に調整する。」(段落【0007】) (エ) 「この実験結果図(注,第2図)から明かなとおり,本実施例の場合周波数調整量が増加しても初期値28Ωと同様に,ほぼ一定のCI値を得る「曲線(イ)」。これに対し,面積の大きい励振電極6bを調整した場合や,励振電極6(ab)の面積を同一として一方を調整した場合は,周波数調整量に比例してそのCI値が劣化する「曲線(ロ)(ハ)」。すなわち,本実施例では ,一方 の励振電極6aの面積 を小さくしたので ,ガスイオン のビーム 径も小さくでき ,これによりビーム 内の強度 を一定 にして ,励振電極 6aを均一 に切削 できる 。したがって,厚みを一定にすることから,本来の共振特性を損なわずしてCIを良好に維持できると推察された。また,このようなものでは,励振電極間6(ab)の電極間容量は必ずしも一方の小さい面積の励振電極6aに制約されて,その容量値が決定されることなく,他方の励振電極6bの面積にも影響を受ける。すなわち,第3図に示したように,非重畳部分でも電界が発生するため,その分容量を増加させる。したがって,従来例に比して,電極間容量を小さくすることなく規定の容量値を得ることができる。したがって,本実施例のものでは,電極間容量を規定値に設定した上で,周波数の調整前後におけるCIに変化を来すことがない。このようなことから,ガスイオンによる周波数調整の,蒸着に比較した利点を充分に生かすことができる。」(段落【0008】) (オ) 「上記実施例では,イオンガンから照射されるビーム状のガスイオンにより周波数を調整するとして説明したが,ガスイオンは必ずしも ビーム 状ではなく水晶片 2の全面 にガスイオン を照射 する 場合 でもその 効果 は期待 できる 。なぜなら,励振電極径が小さいほど,その平面度に与える影響が小さくなるからである。
また,本発明の趣旨から明かなように,実施例で示された水晶片2の保持構造や電極形状に拘らず適用できる。」(段落【0009】) ウ 本件明細書(甲2添付)の上記記載によれば,従来の水晶振動子は,ガスイオンを一方の主面の励振電極に照射してその質量を減少させ,共振周波数を高くしながら目的周波数に調整するものであるが,イオンガスから照射されるガスイオンのビーム内における強度は,その中央で最も強く,その周辺ほど弱いので,励振電極の中央部では周辺に比較して切除量が多く,その厚みを不均一にするという問題があり,このため,本願発明の水晶振動子は,一方の励振電極の面積を他方のものよりも小さく形成し,これにガスイオンを照射して削除するようにすれば,ガスイオンのビーム径を小さくでき,ビーム内の強度を一定にして励振電極を均一に削除できるというのであり,また,ビーム状のガスイオンではなく,水晶片の全面に照射する場合でも,均一に削除するという効果が期待できるというものであるということができる。
しかしながら,励振電極を小さくすれば,これに照射ガスイオンのビーム径を小さくすることができるとはいえるものの,本願発明の要旨において,本願発明の照射ガスイオンが,ビーム状のガスイオンであること及び当該ガスイオンのビーム径について規定されているということができないことは上記アのとおりであり,本件明細書の記載からは,径の小さなガスイオンビームを照射するものであるということはできない。また,照射ガスイオンのビーム内の強度は,その中央で最も強く,その周辺ほど弱いというのであるから,ビーム径の小さなガスイオンを照射したとしても,必ずしもビーム内の強度を均一にすることができるということもできない。さらに,乙1文献によれば,「ガスイオンを照射して厚みを減ずる」ことは,イオンエッチングとして周知の技術であること(439頁),イオンエッチング用装置には,グロー放電型,イオンビーム型等,複数の型が存在すること(440頁〜444頁),グロー放電型において,「グロー放電方式のときには,イオンエネルギーや,イオン電流密度は,放電のために投入される電圧,電流,磁界強度,ガスの種類と圧力,高周波の場合にはその周波数などによって変わり,かなり複雑である」(444頁第2段落)と記載され,「ビーム強度」に関連を有する,「イオンエネルギー」や「イオン電流密度」が,かなり複雑な要因によって決定されることが認められるところ,本件明細書には,「ガスイオンは必ずしもビーム状ではなく水晶片2の全面にガスイオンを照射する場合でもその効果は期待できる」(上記イ(オ))とも記載されており,イオンエッチング用装置には複数の型が存在するのであるから,本願発明の要旨に規定する「励振電極にガスイオンを照射して厚みを減ずる」ことは,ビーム状のガスイオンを照射するものに限定されないことも明らかである。そうすると,照射ガスイオンについて何ら規定しない本願発明において,励振電極にどのようなガスイオンを照射してその厚みを減少させるかは,製造方法ないし調整方法に関する設計上の事項であるというべきである。
エ 以上検討したところによれば,本願発明が原告主張に係る励振電極(6a)の表面を均一に切削できるとの技術的意義を有するということはできず,「本願発明においては,・・・前記『面積を小さくした励振電極』の厚みを減じることの技術的意義は,上記した点(注,「励振電極の厚みを一定にして,CIを良好にする」点)に留まるものであって,その他の格別の意義を有するものとは認められない」(審決謄本4頁第1段落)とした審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は,「励振電極の厚みを一定にして,CIを良好にする」点及び「共振周波数を調整する水晶振動子において,『励振電極の質量を調整(増減)』して共振周波数を調整すること」が当業者に自明の技術的事項であったとしても,これらの技術的事項と,本願発明のように,水晶振動子の両主面に面積非対称(大小異なる)の励振電極を形成し,小さい面積の励振電極にガスイオンを照射して厚みを減じて共振周波数を調整するとする点との間には,技術的な相当因果関係が全くなく,また,本願発明のように,両主面間に大小の面積を持つ非対称の励振電極を形成すれば,並列容量の減少を防止できるとの効果を奏するようになるから,「質量の調整を施こす際の励振電極は,その面積の小さい一方の励振電極とするか,あるいは大きい他方の励振電極とするかのいずれかであって,そのいずれの励振電極を選定して調整するかは当業者が適宜に定めうる設計上の事項と認められる」(審決謄本4頁第2段落)とした審決の判断は誤りであると主張する。
ア そこで,検討すると,引用例2(甲5)には,「水晶板の両面に対向して被着形成される電極層の面積を非対称とし,前記何れか一つ電極の非対向部を所定に除去し,所望の周波数とすることを特徴とする厚みすべり振動子の周波数調整方法」(1頁左下欄「特許請求の範囲」),「第2図は本発明方法による一実施例で振動子の内部構造の正面図(a),A-A′断面図(b)に示す。水晶板1に図の表面に形成された電極5と裏面に電極5よりも大きな電極4が対向して被着形成され,これら電極4,5にそれぞれ接続された導体でなる支持線6,7により基台8のピン端子9,9′に接続され支持されている。この構成で等価インダクタンス(並列容量)は表側の電極(電極直径の小さい方)5の面積で略決定されるため裏側で表側と対向していない電極4の部分を除去したとしても周波数が変化(上昇)するのみで等価定数の変化は非常に少なくなる」(2頁右上欄第3段落〜左下欄第1段落)との記載が,引用例3(甲4)には,「第3図はこの種の水晶振動子を説明する一従来例で,同図(a)は水晶片の平面図,同図(b)は側面図である。水晶片1はATカットで切断され例えば円板状に加工される。通常では,結晶の軸方向を明示するために,例えば+x軸方向の先端側に切欠部2を設ける。そして,両主面には銀あるいはアルミニウム等の励振電極3,4が形成され,それぞれz′軸方向の反対方向となる両端外周部に引き出し電極5,6を延出する。一方の主面の励振電極(以下第1電極とする)3の電極径aは,他方の主面の励振電極(以下第2の電極とする)4のそれbより大きく設定される。第1電極3上には電極径aより小さく電極径bより大きな径cの金属からなる調整膜7が形成される」(2頁第2段落〜最終段落)との記載がある。
これらの記載によれば,水晶振動子の両主面に形成される励振電極の質量を調整することにより共振周波数の調整を行う水晶振動子において,両主面の励振電極の面積を異ならせ,その質量を調整して共振周波数の調整を行うことが引用例2,3に記載されていると認められる。そして,励振電極にガスイオンを照射して厚みを減じることにより共振周波数を調整する本願発明において,面積を小さく形成した励振電極の厚みを減じることが励振電極を均一に削除する上で格別な技術的意義を持つものでないことは上記(1)のとおりであるから,「いずれの励振電極を選定して調整するかは当業者が適宜に定めうる設計上の事項と認められる」(審決謄本4頁第2段落)とした審決の判断に誤りがあるということはできない。
イ 原告は,水晶振動子の両主面に面積非対称(大小異なる)の励振電極を形成し,小さい面積の励振電極にガスイオンを照射して厚みを減じて共振周波数を調整するとする本願発明の構成は,従来技術と相当因果関係が全くないと主張するが,引用例1発明に引用例2,3に記載された周知の技術的事項及び設計事項を採用する動機付けがないことをいう趣旨であるとしても,引用例1〜3は,いずれも圧電振動子ないし水晶振動子の発明に係る刊行物であり,技術分野を同じくするものと認められ,引用例1発明に引用例2,3に記載された周知の技術的事項及び設計事項を採用することに何ら困難は認められないから,上記主張は採用することができない。また,原告は,本願発明のように,両主面間に大小の面積を持つ非対称の励振電極を形成すれば,並列容量の減少を防止できるとの効果を奏するのに,審決は上記作用効果を誤認した旨主張するが,本願発明のように,表裏の両主面に大小の面積を持つ非対称の励振電極を形成することは,引用例2,3(甲5,4)に開示されており,本願発明に特有の効果であるということはできないから,上記主張も採用の限りではない。
(3) したがって,審決の相違点の判断に,原告主張の誤りはなく,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴