関連審決 | 無効2005-80148 |
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関連ワード | 発明者 / 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 同一技術分野(同一の技術分野) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 寄せ集め / 周知技術 / 慣用技術 / 技術的手段 / 技術常識 / 優先権 / 優先日 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / 申し立てない理由 / |
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事件 |
平成
18年
(行ケ)
10269号
審決取消請求事件
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原告ア ルゼ 株式 会社 訴訟代理人弁護士岩坪哲 同速見禎祥 同弁理士野口武男 同塩澤克利 被告Y 訴訟代理人弁理士石井豪 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/01/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2005-80148号事件について平成18年4月28日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,原告の有する後記特許について被告が無効審判請求をしたところ,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。 |
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当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,特願平9-309735号に基づく優先権(優先日:平成9年10月24日)を主張して平成9年11月10日に出願した特願平9-323806号の一部を分割して,名称を「遊技機」とする発明につき,平成15年12月25日新たに特許出願(以下「本願」という。)をし,平成16年8月27日設定登録を受けた(特許第3590405号。請求項の数1。特許公報は甲4。以下「本件特許」という。)。 これに対し被告は,平成17年5月19日,本件特許について特許無効審判請求をし,特許庁はこれを無効2005-80148号事件として審理することとしたが,その審理の中で原告は,平成17年8月5日付けで訂正請求(甲5。以下「本件訂正」といい,同添付の明細書を「訂正明細書」という。)をした。そして特許庁は,平成18年4月28日,「訂正を認める。 特許第3590405号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成18年5月11日原告に送達された。 (2) 発明の内容本件訂正により訂正された後の特許請求の範囲記載の発明は,下記のとおりである(下線は訂正箇所。以下「本件発明」という。)。 記【請求項1】種々の図柄を複数列に可変表示する可変表示装置と,この可変表示装置に表示される各列の図柄の組合せを規定する複数の入賞ラインとを備え,この入賞ライン上に所定の図柄の組合せが停止表示されると入賞が発生する遊技機において,前記可変表示装置の可変表示を遊技者の操作に応じて停止させる可変表示停止手段と,一定範囲で発生する乱数の中から特定した乱数に応じた入賞態様を複数の入賞態様の中から決定する入賞態様決定手段と,この入賞態様決定手段で決定された入賞態様および遊技者の前記可変表示停止手段の操作に基づいて前記可変表示装置に停止表示する図柄を制御する停止制御手段と,前記可変表示装置の複数列のうちの1つの列を残して前記複数の入賞ライン上のいずれかに前記停止制御手段によって停止表示される図柄が,前記所定の図柄の組合せの一部を構成していることを条件に,前記所定の図柄の組合せを構成する残りの図柄を停止表示する前記可変表示装置の残りの前記1つの列の種類に応じた入賞期待音を発生する入賞期待音発生手段を備えたことを特徴とする遊技機。 (3) 審決の内容ア 審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。 その要点は,本件発明は,下記第1引用発明,第2引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法(以下「法」という。)29条2項により特許を受けることができない,というものであった。 記@特開平6-114140号公報(審判甲1・本訴甲1。以下この公報を「甲1公報」と,同記載の発明を「第1引用発明」という。)A特開平3-114482号公報(審判甲2・本訴甲2。以下この公報を「甲2公報」と,同記載の発明を「第2引用発明」という。)イなお審決は,第1引用発明を次のように認定し,本件発明との一致点及び相違点を下記のように摘示した。 記<第1引用発明>「種々の図柄を左可変表示部5L,中可変表示部5C,右可変表示部5Rに可変表示する可変表示装置70と,この可変表示装置70に表示される各可変表示部の図柄の組合せを規定する複数の有効ラインとを備え,この有効ライン上に特定の図柄の組合せが停止表示されると入賞が発生するスロットマシンにおいて,前記可変表示装置70の可変表示を遊技者の操作に応じて停止させるストップボタン9L,9C,9Rと,ランダムカウンタから読出されたランダム値Rを用いた演算結果を各当選の判定値と比較する処理によりビッグボーナスゲーム当選,ボーナスゲーム当選,小役当選及び再ゲーム当選の中から当選を決定する手段(S76Y,S78Y,S81Y及びS83Y)と,前記当選を決定する手段で決定された当選および遊技者の前記ストップボタン9L,9C,9Rの操作に基づいて前記可変表示装置70に停止表示する図柄を制御する停止制御手段と,前記可変表示装置70の3つの可変表示部のうちの停止しているいずれか2つの可変表示部により表示されている図柄が,リーチ状態の図柄になっていることを条件に,リーチ音を発生するスピーカ28を備えたスロットマシン。」<一致点>「種々の図柄を複数列に可変表示する可変表示装置と,この可変表示装置に表示される各列の図柄の組合せを規定する複数の入賞ラインとを備え,この入賞ライン上に所定の図柄の組合せが停止表示されると入賞が発生する遊技機において,前記可変表示装置の可変表示を遊技者の操作に応じて停止させる可変表示停止手段と,一定範囲で発生する乱数の中から特定した乱数に応じた入賞態様を複数の入賞態様の中から決定する入賞態様決定手段と,この入賞態様決定手段で決定された入賞態様および遊技者の前記可変表示停止手段の操作に基づいて前記可変表示装置に停止表示する図柄を制御する停止制御手段と,前記可変表示装置の複数列のうちの1つの列を残して前記複数の入賞ライン上のいずれかに前記停止制御手段によって停止表示される図柄が,前記所定の図柄の組合せの一部を構成していることを条件に,入賞期待音を発生する入賞期待音発生手段を備えた遊技機」<相違点>入賞期待音を,本件発明は,所定の図柄の組合せを構成する残りの図柄を停止表示する可変表示装置の残りの1つの列の種類に応じたものとするのに対し,第1引用発明は,該構成のものか明らかでない点。 (4) 審決の取消事由しかしながら,審決は,以下に述べる理由により,違法として取り消されるべきである。 ア 取消事由1(手続違背)(ア)審決は,本件発明と第1引用発明との相違点の検討において,「なお,リーチ状態において,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプのみを点灯するようにした遊技機が,本件出願前の刊行物である特開平7-100241号公報(第3頁第4欄段落【0018】)に記載されているところである」(審決11頁最終段落),「……遊技機の技術分野において,リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生することによって,遊技機が如何なるリーチ状態にあるかを識別できるようにすることは,周知技術(例えば,特開平5-317501号公報(第12頁第22欄段落【0069】),特開平8-182825号公報(第8頁第13欄段落【0035】),特開平8-266709号公報(第9頁第15欄段落【0085】),特開平8-322980号公報(第9頁第16欄段落【0069】〜【0072】))である」(審決12頁第1段落)として,特開平7-100241号公報(甲7),特開平5-317501号公報(甲8),特開平8-182825号公報(甲9),特開平8-266709号公報(甲10)及び特開平8-322980号(甲11)の各公報(以下「甲7〜11公報」という。)を,審決の判断における証拠とした。 (イ) しかし,甲7〜11公報は,審決がなされる時点において初めて引用されたものであるから,審決は,無効審判の審判請求書で述べられている理由とは異なる理由により判断したものであり,この判断は,法153条2項にいう「審判長は,前項の規定により当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したとき」に当たる。審判手続において,原告である被請求人は,甲7〜11公報の記載事項に関する意見書の提出等の手段を講ずる機会が実質的に与えられず,反論の機会を得られないまま審決を受けることを余儀なくされたものであって,正当な防御の機会を不当に奪われたものである。すなわち,本件審判手続においては,審判長が被請求人である原告に対して法153条2項の通知をすることなく,特許を無効とする審決をしたものであるから,法153条2項の規定に違反するものである。 (ウ) 仮に甲7〜11公報を使用したことが法153条2項に違反しないとしても,審決には法150条5項違反の手続違背がある。 すなわち,審決においては,甲7公報が第2引用発明の内容の認定に斟酌され,また,甲8〜11公報を「遊技機の技術分野において,リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生することによって,遊技機が如何なるリーチ状態にあるかを識別できるようにすることは,周知技術である」との認定に用いている。したがって,甲7〜11公報は,事実を認定する証拠として用いられたことは明らかであり,しかも,これらは請求人から提出された証拠ではないから,「職権で証拠調」をしたときに該当する。それにもかかわらず,審判長は被請求人である原告に何ら通知を行っておらず,職権で行った証拠調に対して意見を申し立てる機会が一切与えられなかったのであるから,このような職権による証拠調は法150条5項に違反するものである。 (エ) 上記のとおり,本件審判手続には手続違背の違法があるから,審決は取り消されなければならない。 イ 取消事由2(第2引用発明の認定の誤り)(ア) 審決は,第2引用発明には,「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するように構成することが最も可能性の高い形態として示唆されている」(審決11頁第3段落)と認定したが,誤りである。 (イ) 甲2公報には,どのリーチランプ70が点灯するかを特定する記載は全くなく,また,第3図にスロットマシンの一実施例のゲーム進行の様子を示す流れ図が記載されているが,この流れ図では,コインの投入枚数に応じた数のライン上に,特定の組合せの図柄が並んだ場合に,リーチランプ点灯のステップを行うことが図示されているのみであって,どのリーチランプが点灯するかを特定する記載は全くないから,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプ70のみを点灯する構成だけに限定しなければならない根拠は示されていない。 (ウ) また,審決は,第2引用発明の目的について,いったんは「遊技者に入賞のチャンスである旨をリーチランプ70を点灯することによって伝える」(審決11頁第3段落)と認定しておきながら,これを「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように」(同頁同段落)することにすり替えているが,後者のような目的は,甲2公報のどこにも記載されていないのであって,このすり替えは,甲2公報についての「所定の図柄の組合せの一部を構成していることを条件に点灯するリーチランプ70」との解釈(審決11頁第2段落)を,恣意的に本件発明の特徴に結び付ける目的で行なった後知恵による認定にほかならない。 (エ) 審決は,上記認定の根拠として,「甲第2号証に「本実施例では,リーチランプ70をストップボタン60とは別に設けたとして説明したが,リーチランプの機能を兼用したストップランプ60を設けることとしてもよい。」と記載されている事例によれば,遊技者が,リーチランプの補助により,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するストップボタン60の停止操作を行うときに,当該ストップボタン60に付随するリーチランプのみを点灯することにより当該列に対する遊技者の注意を効果的に喚起できることは,当業者にとって自明である」(審決11頁第3段落)としたが,甲2公報には,「可変表示中の残りの1つの列を」特定する手段等は一切開示も示唆もされていないのであるから,「リーチランプの機能を兼用したストップランプを設け」たからといって,「現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するストップボタン60の停止操作を行うときに,当該ストップボタン60に付随するリーチランプのみを点灯する」構成が,開示ないし示唆されているとは到底いえず,認定の根拠とはなり得ない。 また,審決は,上記認定の根拠として,「リーチ状態において,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプのみを点灯するようにした遊技機」が,甲7公報の段落【0018】に既に開示されていることを挙げるが(審決11頁第4段落),甲7公報の「ランプ80」は,それが点灯しても,直ちにその点灯が遊技者によって視認されるものではない。すなわち,甲7公報に開示されている技術事項は,透孔窓を通じて目押し動作によるリールの回転停止をアシストするものであって,リーチ状態において現在可変表示中の残りの1つの列に対応するランプ80が点灯することにより,リールテープ70の少なくとも1個のシンボルマークの位置に形成された透過窓71から点灯したランプ80の光を漏らすことで,ストップスイッチ23〜25を操作するタイミングが得られるようにするものである。したがって,目押し動作に移行しようとしている遊技者にとっては,点灯されたランプ80は,現在可変表示中の残りの1つの列を表示しているとの認識よりも,図柄を停止させるタイミングを得るために表示されたものとして認識することになる。このように,同じ光を用いた報知であっても,甲2公報のリーチランプ70を用いた報知と甲7公報のランプ80を用いた報知とは,報知の意義が異なり,報知の内容も異なっている。単に光を用いている報知であるからといって,「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプのみを点灯するように構成する」(審決11頁第3段落)ことが,甲7公報に開示されていることの根拠とはならない。 ウ 取消事由3(各引用発明の組合せ適用の誤り)(ア) 仮に審決の認定したように,第2引用発明が「現在可変表示中の残りのひとつの列が特定されるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するようにした遊技機」を示唆しており,「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生させる構成」が周知技術であったとしても,「現在可変表示中の残りのひとつの列が特定されるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯する」構成に換えて,「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生させる構成」を適用することが容易であるとした審決の判断は,誤りである。 (イ) すなわち,審決は,甲1〜3公報を挙げて,「リーチ状態が発生した旨を「音」により報知すること」と「リーチ状態が発生した旨を「表示ランプ」により報知すること」とが,互換的手段であると認定したが,仮に「現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプ70のみを点灯する構成」と「前記周知技術に示される,リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する構成」とが,公知ないし周知であるとしても,これらは互換的手段とはなり得ない。そもそも,この種のゲームでは,複数の種類のリーチがそれぞれ成立する可能性があるので,「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する構成」は,現在行っているゲームにおいて,複数の種類のリーチのうちで現在どの種類のリーチ状態が発生しているのかを知らせているにすぎず,しかも,遊技者が自己の意思では選択不能な入賞期待音がリーチの種類に応じて発生するものである。これに対して,仮に第2引用発明に「現在可変表示中の残りのひとつの列が特定されるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するようにした遊技機」が示唆されているとしても,「残りの1つの列に対応するリーチランプ70を点灯する構成」は,遊技者が現在ゲーム中のリールの中でどのリールを上手に停止させれば所定の図柄を揃えられるかを知らせてくれているものである。遊技者の意思で停止させることができるリールを知らせてくれる技術的手段と,遊技者が自由に選択することができないあらかじめ設定されているリーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する技術的手段とは,互いに技術的に意義の異なる手段であって,互換的手段とはなり得ない。 さらに,「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する構成」について,周知技術であるとする甲8〜11公報のパチンコ遊技機の各リールは,遊技機内の制御装置によって回転開始及び回転停止が制御されているリールであって,遊技者が自分の意思に基づいて各リールの回転開始及び回転停止を制御できるものではない。このように第2引用発明の「残りの1つの列に対応するリーチランプ70を点灯する構成」と,周知技術とする「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する構成」とは,その機能が異なり,互換的手段とはなり得ない。 (ウ) また,「音」による報知は聴覚により感得されるのに対し,「表示ランプによる報知」は視覚によって感得されるものである。しかも,停止のタイミングに技量が要求されるパチスロ機においては,遊技者が常にリールの動きを注視する傾向にあることは自明であって,リールの動きを視覚によって注視しながらでも,「音」による報知の情報を取得することは可能であり,リールを注視しながら「音」による報知の情報を取得することで回転中のリールを適切に停止させることは可能である。しかし,リールの動きを視覚によって注視しながら更に視覚による情報の取得を行わなければならない「表示ランプ」による報知では,リールを注視しながら回転中のリールに対して「表示ランプ」による報知が行われたことの情報を取得し,しかも取得した当該情報に基づいて回転中のリールを適切に停止させなければならず,このため,視覚情報という同一種類の情報を選別して異なる情報として取得し,選別して取得した情報に基づいて操作タイミングの的確な操作が要求されるといった複雑なものとなる。甲12(京都大学のウェブサイト「時間特性は聴覚優位」)で説明されているように,視覚情報を得ている状態において更に聴覚情報を適切に得ることは可能であるが,更に視覚情報が与えられたときに後から与えられた視覚情報を見落としてしまうことは,日常生活においてもよく経験するところである。このようにパチスロの遊技を実行する上での本来的な機能・作用に顕著な違いがある「音による報知」と「表示ランプによる報知」とが互換的手段であるという認定は,誤りである。 エ 取消事由4(本件発明の顕著な作用効果の看過)(ア) 審決は,「本件発明の作用効果は,第1引用発明及び第2引用発明に並びに前記周知技術に基づいて,当業者が容易に予測できるものである」(審決12頁第3段落)と認定判断したが,誤りである。 (イ) 本件発明では,「可変表示装置の可変表示を遊技者の操作に応じて停止させる可変表示停止手段」を備えた遊技機において,「前記所定の図柄の組合せを構成する残りの図柄を停止表示する前記可変表示装置の残りの前記1つの列の種類に応じた入賞期待音を発生」させることができるので,遊技者は,好みの入賞期待音を聞き取ることによって,このゲームは入賞できる可能性が高いとの大いなる期待感を持つことができる。すなわち,遊技者が最後に停止させる列を意図的に選ぶことにより,複数の異なる入賞期待音の中から好みの入賞期待音を自由に選択することができるのである。これによって,リーチ状態において,従来の遊技機のようにあらかじめ設定されているリーチ音が発生するのではなく,本件発明では,「遊技者は,好みの入賞期待音が発生する可変表示列に,所定図柄の組合せの最後の図柄を停止表示させ,その入賞期待音を聞くことが出来,遊技の楽しみが広がる」という独自の効果を有する。そして,列の種類に応じた入賞期待音を発生させているので,各列におけるリールの停止操作を無造作に行っている場合であっても,遊技者は,入賞期待音を聞くだけでどのリールを停止させればよいかを視覚をもって確認するまでもなく聴覚によって瞬時に判断することができ,直ちに目押し動作に移ることができるのである。このように,本件発明は,遊技者が列におけるリールの動きに意識を集中している状態であったとしても,列の種類に応じた入賞期待音を聞くだけで,瞬時にどの列のリールをいかなるタイミングで停止させればよいかを判断することができ,入賞できるという期待感を大きく膨らませながら目押し動作に移ることができるという独自の効果を有する。甲8〜11公報のパチンコ遊技機のリールは,遊技機内の制御装置によって回転開始及び回転停止が制御されているものであって,遊技者が自分の意思に基づいてリールの回転開始及び回転停止を制御することができるものではない。このため,甲8〜11公報のパチンコ遊技機では,パチンコ遊技機の遊技盤上における遊技球の入賞口等を凝視している遊技者に対して,リーチ状態になったことを音によって知らせることはできるものの,遊技者が自分の意思で最後に停止させる列のリールを選択することはできず,しかも,遊技者が自分の意思で最後に停止させる列に対応して好みの入賞期待音を発生させることができるものではない。まして,遊技者が自分の意思で停止させることのできるリールがリーチ状態になっていることを知らせてくれるものではない。 オ 取消事由5(法29条2項の適用の誤り)審決は,「(6)まとめ」(審決12頁最終段落)及び「3.むすび」(同13頁第1段落〜第2段落)において,本件発明は法29条2項の規定に違反すると判断したが,上記のとおり甲1〜3公報に記載された発明をどのように組み合せたとしても,本件発明に到達することができないことは明らかであり,審決の上記判断は誤りである。 2 請求の原因に対する認否請求の原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。 3 被告の反論審決の認定判断は正当であり,審決に原告主張の違法はない。 (1) 取消事由1に対し(ア) 甲7公報につき無効審判請求人たる被告は,無効審判請求書(甲13)において,甲2公報に記載されている事項を根拠に,「g-1.この停止制御手段によって前記複数の入賞ライン上のいずれかに停止表示される図柄が,前記所定の図柄の組合せの一部を構成していることを条件に,リーチランプを発光させる入賞期待手段を備え」,「g-2.リーチランプ(入賞期待手段)は,前記所定の図柄の組合せを構成する残りの図柄を停止表示する前記可変表示装置の前記列の種類に応じた位置のランプを点灯させる」技術が,甲2公報に記載されていると主張した(甲13の24頁第2段落)。 これに対し,被請求人たる原告は審判事件答弁書(甲6)において反論し,その結果として,審決は,第2引用例発明に記載されている事項を根拠に,「遊技者が,リーチランプの補助により,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するストップボタン60の停止操作を行うときに,当該ストップボタン60に付随するリーチランプのみを点灯することにより当該列に対する遊技者の注意を効果的に喚起できることは,当業者にとって自明である」(審決11頁第3段落)とした上で,付記的に甲7公報に触れたものである。したがって,審決は,甲7公報についての記載がなくとも,理由の記載は足りており,かつ,原告が既に甲2公報に対する反論を行っている以上,原告の主張は失当である。 (イ) 甲8〜11公報につき被告は,無効審判請求書(甲13)において,「スロットマシン業界では,報知として,音と光とを選択使用することは慣用技術であった」と主張した(甲13の24頁最終段落〜25頁第1段落)。 これに対し,原告は,前記答弁書において反論し,その結果として,審決は,「……(判決注:甲1〜3公報に)記載されているように,リーチ状態が発生した旨を「音」あるいは「表示ランプ」により報知することが互換的手段として技術常識であるところ,遊技機の技術分野において,リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生することによって,遊技機が如何なるリーチ状態にあるかを識別できるようにすることは,周知技術……である」(審決12頁第1段落)と認定した上で,付記的に甲8〜11公報に付記的に触れたものである。したがって,審決は,甲8〜11公報についての記載がなくとも,理由の記載は足りており,かつ,原告が既に反論を行っている以上,原告の主張は失当である。 (2) 取消事由2に対し審決は,第2引用発明に「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するような構成」が記載されていると認定したのではなく,「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するように構成することが最も可能性の高い形態として示唆されている」(審決11頁第3段落)と認定したものであり,その根拠として,「各列に対応してリーチランプ70がそれぞれ配置されているところ,リーチ状態において前記各リーチランプ70がどのように点灯されるのかについては必ずしも明らかではない」とした上,「遊技者に入賞のチャンスである旨をリーチランプ70を点灯することによって伝えるという発明の目的」からすれば,「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するように構成することが最も可能性の高い形態として示唆されている」(審決11頁第3段落)と認定したものである。 審決の上記論理に何ら誤りはなく,違法な点はない。 そして,審決は,上記記載と「本実施例では,リーチランプ70をストップボタン60とは別に設けたとして説明したが,リーチランプの機能を兼用したストップランプ60を設けることとしてもよい」との記載から,「遊技者が,リーチランプの補助により,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するストップボタン60の停止操作を行うときに,当該ストップボタン60に付随するリーチランプのみを点灯することにより当該列に対する遊技者の注意を効果的に喚起できることは,当業者にとって自明である」と認定したものである。上記認定を否定するには,「最も可能性の高い形態として示唆されている形態はどのような形態なのか」,あるいは「遊技者が,リーチランプの補助により,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するストップボタン60の停止操作を行うときに,どのようにランプを点灯させることが目的との関係で妥当なのか」を立証する必要があるが,その立証はない。 審決の上記認定は妥当であり,立証が伴わない原告の主張は失当である。 (3) 取消事由3に対しア第1引用発明及び第2引用発明は共に同一技術分野の発明である。本願出願前の同一技術分野における周知技術として,「遊技機が如何なるリーチ状態にあるかを識別できるようにリーチの種類に応じた異なる入賞期待音によって報知する」ことが挙げられ,甲3公報には,「第1及び第2リール3,4が停止された際,その絵柄の組み合わせが,入賞を構成し得るものである場合にはチャイム,ランプなどにより遊戯者に報知させるようにすれば,さらに興趣を高めることができる」(5頁第1段落)として,リーチ状態を知らせる手段として「チャイム(音)」や「ランプ(光)」によって知らせることが記載されている。 そうすると,第2引用発明に開示されている「現在可変表示中の残りのひとつの列が特定されるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯する」との構成を,音に置き換えて,「現在可変表示中の残りのひとつの列が特定されるように,この列に対応するリーチ音を発音する」とすることは想到容易というべきである。 第1引用発明,第2引用発明及び甲3公報はいずれも同一技術分野に属するものであり,これらを寄せ集めて発明を構成することは,通常行われている開発行為の基礎的手段であって,組合せに対して動機付けがあることを否定することはできない。 イ発明者は発明を行うプロであり,発明者にとって音と光を適宜選択使用することは周知である。したがって,光を用いる技術があるときに,光を音に置き換えることは,何の工夫もなく行うことができる単なる置換にすぎず,これらの組合せにその適用を阻害する要因はない。 原告は,「音による報知」と「光による報知」の相違を主張するが,甲3公報に両者を選択使用できることが明記されているように,両者が互換的に使用できることに疑いはない。 (4) 取消事由4に対し本件発明のように,構成が出願前に公知となっていた発明あるいは出願前の周知技術の単なる組合せである場合には,その作用効果も当業者が想定できるものである。 訂正明細書(甲5添付)の段落【0088】には,本件発明の作用効果として,「遊技者は,好みの入賞期待音が発生する可変表示列に,所定図柄の組合せの最後の図柄を停止表示させ,その入賞期待音を聞くことが出来,遊技の楽しみが拡がる」と記載されているが,この効果は,「リール毎に入賞期待音が異なることを知っている遊技者」であって,かつ「入賞期待音による報知を煩わしいと感じない遊技者」に限って,人間の精神活動そのものである「遊技の楽しみが拡がる」との作用効果を奏するものである。逆に考えると,「リール毎に入賞期待音が異なることを知らない初心者である遊技者」,あるいは「入賞期待音による報知を煩わしいと感じる遊技者」にとっては,人間の精神活動そのものである「遊技の楽しみが拡がる」という作用効果はあり得ない効果である。すなわち,このような作用効果は,個々の人間ごとに異なる精神活動のうち,特定の人間の精神活動に訴えるだけの発明に該当することから,技術的創作に該当せず,発明の特許性を判断する際の判断材料とはなり得ないものである。 (5) 取消事由5に対し原告の主張がいずれも当を得ていないことは,既に上述したとおりであり,本件発明は法29条2項の規定に違反するとした審決の判断に,何ら違法性はない。 |
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当裁判所の判断
1請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。 そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。 2 取消事由1(手続違背)について(1) 原告は,甲7〜11公報は審決がなされる時点において初めて引用されたものであり,審決は無効審判の審判請求書で述べられている理由とは異なる理由により判断したものであって,法153条2項にいう「審判長は,前項の規定により当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したとき」に当たるが,本件審判手続においては被請求人である原告に対して法153条2項の通知をすることなく特許を無効とする審決をしたものであるから,法153条2項の規定に違反するものであると主張する。 (2) ところで,審決が甲7〜11公報を引用した箇所は,「……第2引用例発明に開示される前記遊技機には,各列に対応してリーチランプ70がそれぞれ配置されているところ,リーチ状態において前記各リーチランプ70がどのように点灯されるのかについては必ずしも明らかではないが,遊技者に入賞のチャンスである旨をリーチランプ70を点灯することによって伝えるという発明の目的からすれば,現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するように構成することが最も可能性の高い形態として示唆されているものといえる。特に,第2引用発明を認定した甲第2号証に「本実施例では,リーチランプ70をストップボタン60とは別に設けたとして説明したが,リーチランプの機能を兼用したストップランプ60を設けることとしてもよい。」(第5頁左上欄第5〜8行)と記載されている事例によれば,遊技者が,リーチランプの補助により,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するストップボタン60の停止操作を行うときに,当該ストップボタン60に付随するリーチランプのみを点灯することにより当該列に対する遊技者の注意を効果的に喚起できることは,当業者にとって自明である。 なお,リーチ状態において,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプのみを点灯するようにした遊技機が,本件出願前の刊行物である特開平7-100241号公報(判決注:甲7公報)(第3頁第4欄段落【0018】)に既に開示されているところである。 ……遊技機の技術分野において,リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生することによって,遊技機が如何なるリーチ状態にあるかを識別できるようにすることは,周知技術(例えば,特開平5-317501号公報(判決注:甲8公報)(第12頁第22欄段落【0069】),特開平8-182825号公報(判決注:甲9公報)(第8頁第13欄段落【0035】),特開平8-266709号公報(判決注:甲10公報)(第9頁第15欄段落【0085】),特開平8-322980号公報(判決注:甲11公報)(第9頁第16欄段落【0069】〜【0072】))である」(審決11頁第3段落〜12頁第1段落。下線は判決において付加した。)というものである。 上記説示からは,甲7公報は,第2引用例発明に「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するように構成することが最も可能性の高い形態として示唆されている」との認定を補強するために引用したにすぎず,また,甲8〜11公報は,「遊技機の技術分野において,リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生することによって,遊技機が如何なるリーチ状態にあるかを識別できるようにすること」が当業者にとって周知技術であることを認定するために引用したにすぎないものであることが明らかである。 そうすると,審決が甲7〜11公報を上記認定の資料としたことは,法153条2項にいう「当事者……が申し立てない理由について審理したとき」に当たるということはできず,原告の上記主張は採用することができない。 (3) 原告は,甲7〜11公報に基づく無効理由が法153条2項にいう「当事者が申し立てない理由」に当たらないとしても,審決には法150条5項違反の手続違背があると主張する。 (4) しかし,審決が引用した甲7公報が認定の補強のために引用されたにすぎず,また,甲8〜甲11公報がいずれも周知技術の認定のために引用されたにすぎないことは上記(2)のとおりであるから,審判手続で審理判断されていた刊行物記載の意義を明らかにするためであるならば審判手続に現れていなかった資料を審決取消訴訟の認定に用いることが許されるとする最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決(民集34巻1号80頁)の趣旨にかんがみ,特許庁が甲7〜11公報について審判被請求人である原告に意見を述べる機会を与えなかったからといって,審決の結論に影響を及ぼす違法があるということはできない。 したがって,原告の上記主張も採用することができない。 (5) 以上のとおり,原告の主張する取消事由1は理由がない。 3 取消事由2(第2引用発明の認定の誤り)について(1)ア 原告は,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプ70のみを点灯する構成だけに限定しなければならない根拠は示されていないから,第2引用発明に「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するように構成することが最も可能性の高い形態として示唆されている」(審決11頁第3段落)とした審決の認定は,誤りであると主張する。 イ リーチランプについて,甲2公報には次の記載がある。 (ア)「複数の回転リール,停止していないひとつの回転リールの絵柄さえ合えば入賞となる旨を点灯することによってプレーヤーに伝えるリーチランプ,及びゲームを行うに際して投入されたメダルの数と停止した回転リールの絵柄とを記憶して演算する制御装置を有し,その制御装置は,全ての回転リールのうちのひとつを残して他の全ての回転リールが停止した際に停止した回転リールの絵柄が入賞の可能性がある組合せとなっていると判断した場合にリーチランプを点灯させる命令を発することを特徴としたスロットマシン。」(1頁左下欄の「2.特許請求の範囲」(1))(イ)「「課題を解決するための手段」本発明は,複数の回転リール,停止していないひとつの回転リールの絵柄さえ合えば入賞となる旨を点灯することによってプレーヤーに伝えるリーチランプ,及びゲームを行うに際して投入されたメダルの数と停止した回転リールの絵柄とを記憶して演算する制御装置を有し,その制御装置は,全ての回転リールのうちのひとつを残して他の全ての回転リールが停止した際に 停止した回転リールの絵柄が入賞の可能性がある組合せとなっていると判断した場合にリーチランプを点灯させる命令を発すること,を特徴とする。」(2頁右下欄第1段落〜第2段落)(ウ)「「作用」以下,本発明に係るスロットマシンの作用について説明する。……B制御装置は,投入されたコインの枚数と停止した回転リールの絵柄とを演算し,停止した回転リールの絵柄が入賞の可能性がある組合せとなっていると判断した場合には,リーチランプを点灯させる命令を発する。Cその命令を受けたリーチランプは,点灯することによって,停止していないひとつの回転リールの絵柄さえ合えば入賞となる旨をプレーヤーに伝える。」(2頁右下欄最終段落〜3頁左上欄下第2段落)(エ)「「実施例」……(1)本実施例のスロットマシンは,各々に被検出部19を有する3つの回転リール10,その3つの回転リール10を各々独自に回転させるためのパルスモーター20,回転している回転リール10の被検出部19が特定の基準点を通過した旨を検知してその通過を出力する光センサー30,全モーター20の回転を開始させる命令を発するためのスタートボタン50,各モーター20の回転を停止させる命令を発するため各回転リール10を回転させるモーター20に対応したストップボタン60,2つの回転リールが停止した際に残りのひとつの回転リールの絵柄によっては入賞の可能性があるという場合に点灯するリーチランプ70,及びゲームを行うに際して投入されたメダルの数と停止した回転リールの絵柄と記憶して演算することによってリーチランプ70を点灯させる命令を発する制御装置80,から構成されている。」(2頁左上欄最終段落〜左下欄第3段落)(オ)「C制御装置80は,以下のような作業を行うものである。……3)3つの回転リールのうちの2つが停止した時点で,ゲームを行うに際して投入されたメダルの数と停止した回転リールの絵柄とによって演算を行い,残りのひとつの回転リールの絵柄によっては入賞の可能性があるかどうかを判断し,入賞の可能性がある場合にはリーチランプを点灯させる命令を発すること。」(3頁右下欄下第2段落〜4頁左上欄第2段落)(カ)「以下に,本実施例の作用について説明する。……B制御装置80は,投入されたコインの枚数と停止した回転リール10の絵柄とを演算し,停止した2つの回転リール10の絵柄が入賞の可能性がある組合せとなっていると判断した場合には,リーチランプ70を点灯させる命令を発する。Cその命令を受けたリーチランプ70は,点灯することによって,停止していない残りのひとつの回転リール70の絵柄さえ合えば入賞となる旨をプレーヤーに伝える。」(4頁右上欄第2段落〜左下欄第1段落)(キ)「本実施例によれば,以下のような効果がある。即ち,3つの回転リール10のうちの2つを止めた時点で 残るひとつの回転リール10の絵柄が特定のものであれば入賞となる,という場合に,リーチランプ70の点灯によってプレーヤーに入賞のチャンスである旨を伝えることができるように形成することによって,入賞チャンスの増大を図ったスロットマシンを提供することができた,という効果がある。」(4頁左下欄第3段落〜下第4段落)(ク)「以下に,本実施例のバリエーションについて説明する。……A本実施例のスロットマシンでは,制御装置80からの命令によってリーチランプ70は「点灯する」として説明したが,「点滅」であってもよく,また音声を伴ってもよい。……D本実施例では,リーチランプ70をストップボタン60とは別に設けたとして説明したが,リーチランプの機能を兼用したストップランプ60を設けることとしてもよい。」(4頁左下欄最終段落〜5頁左上欄第2段落)(ケ)「「発明の効果」以上説明したように,本発明によれば,以下のような効果がある。即ち,全ての回転リールのうちのひとつを残して全ての回転リールを止めた時点で残るひとつの回転リールの絵柄が特定のものであれば入賞となる,という場合に,プレーヤーに入賞のチャンスである旨をリーチランプの点灯によって伝えることができるように形成することによって,入賞チャンスの増大を図ったスロットマシンを提供することができた,という効果がある。」(5頁左上欄第3段落〜右上欄第1段落)(コ)「第2図」(6頁)には,「本発明に係るスロットマシンの一実施例を示す正面図」として,3つの回転リール10に対応して,3つのリーチランプ70と3つのストップボタン60が,図示されている。 ウ上記記載によれば,確かに,甲2公報には,可変表示中の残りの1つの列を特定することについて明示の記載はない。しかし,甲2公報には,リーチランプの機能を兼用したストップランプ60を設けてもよいこと,及び,3つの回転リール10に対応して,3つのリーチランプ70と3つのストップボタン60を設けることが開示されているから,甲2公報には,各回転リール(すなわち,本件発明の可変表示装置の列)に対応して,各リーチランプの機能を兼用したストップランプを設けることが記載されていることが明らかである。そうすると,可変表示装置の各列に対応した各ランプが設けられているのであるから,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,これらの記載から,甲2公報のスロットマシンにおいてリーチが発生した場合(すなわち「全ての回転リールのうちのひとつを残して全ての回転リールを止めた時点で残るひとつの回転リールの絵柄が特定のものであれば入賞となる,という場合」)には,3つの「リーチランプ70」ないし「リーチランプの機能を兼用したストップランプ60」のうち現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するランプのみが点灯するものと理解するのが自然である。そして,この解釈が妥当であることは,甲7公報に,リーチ状態で残る回転中の1個の回転リールのランプのみが点灯することが記載され(段落【0018】),また,甲1公報に,操作有効ランプ(甲2公報の「ストップランプ」に相当。)をそれぞれに対応したストップボタンの押圧操作を受付ける状態のときに点灯し停止されたリールに対応する操作有効ランプを消灯することが記載されている(段落【0051】)ことからも裏付けられる。 したがって,第2引用発明に「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯するように構成することが最も可能性の高い形態として示唆されている」(審決11頁第3段落)とした審決の認定に,誤りはない。 (2)ア 次に原告は,同じ光を用いた報知であっても,甲2公報のリーチランプ70を用いた報知と甲7公報のランプ80を用いた報知とは,その報知の意義が異なり,報知内容が異なるから,単に光を用いている報知であるからといって,「現在可変表示中の残りのひとつの列を遊技者が自ずと注目及び特定できるように,この列に対応するリーチランプのみを点灯するように構成する」ことが,甲7公報に開示されているとの根拠とはならないと主張する。 イ審決は,「リーチ状態において,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプのみを点灯するようにした遊技機が,本件出願前の刊行物である特開平7-100241号公報(判決注:甲7公報)(第3頁第4欄段落【0018】)に記載されているところである」(審決11頁最終段落)として甲7公報を引用したものであるところ,甲7公報には,次の記載がある。 (ア)「【0016】上記した構成を備えたスロットマシン10の作用について,以下に説明する。まず,ランプ80は,常時は,消灯している。 このため,遊技者は,従来通り,回転リール40〜42のシンボルマークを見ながら,ストップスイッチ23〜25を操作することとなる。これに対し,ランプ80は,ゲームの進行に伴って適宜に点灯する。 (イ)「【0018】第2に,いわゆるビッグボーナスのリーチ状態で,残る回転中の1個の回転リール40〜42のランプ80のみが,点灯する。すなわち,ビッグボーナスは,例えば「7」のシンボルマークが有効ライン上に3個揃うことにより達成される。このため,2個の回転リール40〜42を停止させた時点で,両回転リール40〜42の「7」のシンボルマークが有効ライン上に2個揃うことによりリーチ状態となる。この時点で,残る回転中の1個の回転リール40〜42のランプ80のみが点灯する。」(ウ)「【0020】なお,ランプ80の点灯タイミングは,上記した3個の点灯タイミングのうち,1個や2個だけ採用してもよいし,他の点灯タイミングを採用してもよい。例えば,リプレーの次にゲームのときに,ランプ80を点灯してもよい。また,逆に,ランプ80を常時,点灯させたり,あるいは回転リール40〜42の停止中は,ランプ80を消灯させておき,回転リール40〜42が回転を開始する際に,ランプ80を点灯させてもよい」ウ上記記載によれば,甲7公報には,リーチ状態となった時点で,残る回転中の1個の回転リール40〜42のランプ80のみが点灯することが開示されているのであるから,「リーチ状態において,現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプのみを点灯するようにした遊技機」が記載されていることは明らかであり,審決の甲7公報についての上記説示に何ら誤りはない。原告の主張は,審決を正しく理解しないものというほかなく,採用することができない。 (3) 以上のとおり,原告の取消事由2の主張は理由がない。 4 取消事由3(各引用発明の組合せ適用の誤り)について(1) 原告は,遊技者の意思で停止させることができるリールを知らせてくれる技術的手段と,遊技者が自由に選択することができないあらかじめ設定されているリーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する技術的手段とは,互いに技術的に意義の異なる手段であって,互換的手段とはなり得ず,「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する構成」について,周知技術であるとする甲8〜11公報のパチンコ遊技機の各リールは,遊技機内の制御装置によって回転開始及び回転停止が制御されているリールであって,遊技者が自分の意思に基づいて各リールの回転開始及び回転停止を制御できるものではなく,第2引用発明の「残りのひとつの列に対応するリーチランプ70を点灯する構成」と,周知技術とする「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生する構成」とは,その機能が異なり,代替え可能な等価な構成ではない,などと主張する。 (2) しかし,甲1公報には,「スピーカ28からリーチ音を発生させることに加えてあるいはそれに代えてリーチ状態が発生した旨の表示を行なうようにしてもよい」(段落【0050】)との記載が,甲2公報には,「本実施例のスロットマシンでは,制御装置80からの命令によってリーチランプ70は「点灯する」として説明したが,「点滅」であってもよく,また音声を伴ってもよい」(4頁右下欄第3段落)との記載が,甲3公報には,「第1及び第2リール3,4が停止された際,その絵柄の組み合わせが,入賞を構成し得るものである場合にはチャイム,ランプなどにより遊戯者に報知させるようにすれば,さらに興趣を高めることができる」(5頁第1段落)との記載があり,これらの各記載から,スロットマシンにおいて,リーチ音とリーチ表示のうちいずれか一方,又はその両方を採用するかは,当業者が必要により適宜採用し得る技術的な選択事項であると認められる。 (3) 他方,訂正明細書(甲5添付)の「【産業上の利用可能性】また,上記各実施形態においては本発明による遊技機をスロットマシンに適用した場合について説明したが,本発明はこれに限定されることはなく,例えば,上述した可変表示装置を有するパチンコ機といった弾球遊技機や,その他のアミューズメント機器に適用してもよい。このような各構成で遊技機を実現した場合においても,上記各実施形態と同様な効果が奏される」(段落【0085】〜【0086】)との記載によれば,本件発明はスロットマシンに限定されるものではなく,可変表示装置を有するパチンコ機といった弾球遊技機にも適用することができ,また,その場合においても,本件発明の各実施形態と同様な効果が奏されることが記載されている。したがって,本件発明は,可変表示装置を有するパチンコ機といった弾球遊技機にも適用することができ,また,その場合にも同様な効果を奏するのであるから,本件発明の出願当時,スロットマシンの技術と可変表示装置を有するパチンコ機の技術とは,それぞれに関連する技術を相互に適用できる技術分野であったと認められる。 そして,甲8〜11公報によれば,「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音によって,遊技機が如何なるリーチ状態にあるかを識別できるようにすること」,すなわち,リーチ状態に応じた入賞期待音を発生することは,本願優先日(平成9年10月24日)当時,可変表示装置を有するパチンコ遊技機において周知の技術であったと認められるから,甲8〜11公報の遊技機はすべてパチンコ遊技機に関するものであるが,可変表示装置を有するパチンコ遊技機の技術を適用できるスロットマシンにおいても周知の技術であったと認められる。 以上のように,リーチ音とリーチ表示のうちいずれを採用するかは,当業者が必要により適宜採用し得る技術的な選択事項であり,また,リーチ状態に応じた入賞期待音を発生することは,スロットマシンにおいて周知の技術であるから,第2引用発明に示唆される「現在可変表示中の残りのひとつの列に対応するリーチランプ70のみを点灯する構成」,すなわち「現在可変表示中の残りのひとつの列の種類に応じたリーチランプを点灯する構成」を,第1引用発明の「リーチ状態において入賞期待音を発生する構成」に適用し,「現在可変表示中の残りのひとつの列の種類に応じた入賞期待音を発生する」構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものというべきである。 (4) 原告は,視覚情報を得ている状態において更に聴覚情報を適切に得ることは可能であるが,更に視覚情報が与えられたときに後から与えられた視覚情報を見落としてしまうことは日常生活においてもよく経験するところであるとして,パチスロの遊技を実行する上での本来的な機能・作用に顕著な違いがある「音による報知」と「表示ランプによる報知」とが互換的手段であるという認定は誤りであるとも主張する。 しかし,スロットマシンにおいて,リーチ音とリーチ表示のうちいずれか一方,又はその両方を採用するかは,当業者が必要により適宜採用し得る技術的な選択事項であることは前記のとおりであるから,両者が互換的手段であることは明らかである。また,そもそもリーチ音とリーチ表示の両方を採用することも選択的な事項であるから,表示ランプによる報知に加えて音による報知を採用すれば,原告の主張するような問題は発生しないことも明らかである。 したがって,原告の上記主張も採用することができない。 (5) 以上検討したところによれば,「現在可変表示中の残りのひとつの列が特定されるように,この列に対応するリーチランプ70のみを点灯する」構成に換えて,「リーチの種類に応じた異なる入賞期待音を発生させる構成」を適用することが容易であるとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。 5 取消事由4(本件発明の顕著な作用効果の看過)について(1) 原告は,本件発明は,遊技者が列におけるリールの動きに意識を集中している状態であったとしても,列の種類に応じた入賞期待音を聞くだけで,瞬時にどの列のリールをいかなるタイミングで停止させればよいかを判断することができ,入賞できるという期待感を大きく膨らませながら目押し動作に移ることができるという独自の効果を有すると主張する。 (2) しかし,第2引用発明に示唆される「現在可変表示中の残りのひとつの列の種類に応じたリーチランプを点灯する構成」を,第1引用発明の「リーチ状態において入賞期待音を発生する構成」に適用し,「現在可変表示中の残りのひとつの列の種類に応じた入賞期待音を発生する」構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものであることは,前記のとおりである。そうすると,原告の主張する作用効果は,現在可変表示中の残りのひとつの列の種類に応じた入賞期待音を発生する構成を採用することにより,当然に奏すると予測される程度のものであって,格別顕著なものということはできない。 したがって,審決が本件発明の顕著な作用効果を看過したものということはできず,原告の取消事由4の主張は理由がない。 6 取消事由5(法29条2項の適用の誤り)について原告は,甲1〜3公報に記載された発明をどのように組み合せたとしても,本件発明に到達することができないことは明らかであり,本件発明は法29条2項の規定に違反するとした審決の判断は誤りであると主張する。 しかし,本件発明が第1引用発明,第2引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得るものであることは,上記2ないし5に述べたとおりであるから,本件発明は法29条2項の規定に違反するとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由5の主張も理由がない。 7 結論以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 上田卓哉 |