審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
---|---|---|
平成17ワ 785特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19ネ10034特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成17ネ10005損害賠償等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成20ネ10013特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 創作性(創作) / 製造方法 / インターネット / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 慣用技術 / 公知技術 / 技術的範囲 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 存続期間 / 優先日 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 交換 / 構成要件 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 不法行為(民法709条) / 混同 / 請求の範囲 / 変更 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
18年
(ネ)
10061号
特許権侵害差止等請求控訴事件
|
---|---|
控訴人株式会社クレハ (旧商号呉 羽化学工業株式会 社) 訴訟代理人弁護 士鈴木修 同 弓削田博 同 磯田直也 補佐人弁理士野矢宏彰 同 平山晃二 被控訴人メ ルク製薬株式会社(旧商号メ ル ク・ホエ イ 株式会社) 被控訴人扶 桑薬品工業株式会社 上記両名訴訟代理人弁護士岩坪哲 同 緒方雅子 |
|
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2007/01/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1本件控訴を棄却する。 2控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
全容
第1控訴の趣旨1原判決を取り消す。 2被控訴人メルク製薬株式会社(以下「被控訴人メルク社」という )は,原。 判決別紙被告製品目録1(1)記載の製品(以下「被告製品1(1)」という )を。 製造し,被告製品1(1)及び原判決別紙被告製品目録1(2)記載の製品(以下「被告製品1(2)」といい,被告製品1(1)と同(2)を併せて「被告製品1」という )を販売し又は販売のために展示してはならない。 。 3被控訴人メルク社は,原判決別紙被告製品目録2記載の製品(以下「被告製品2」といい,被告製品1と同2を併せて「被告各製品」という )を販売し。 又は販売のために展示してはならない。 4被控訴人メルク社は,その占有する被告各製品を廃棄せよ。 5被控訴人メルク社は,控訴人に対し,1億4728万6560円及びこれに対する平成17年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 6被控訴人扶桑薬品工業株式会社(以下「被控訴人扶桑薬品」という )は,。 被告各製品を販売し又は販売のために展示してはならない。 7被控訴人扶桑薬品は,その占有する被告各製品を廃棄せよ。 8訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。 9仮執行宣言第2事案の概要1一審原告である控訴人は,化学工業薬品・化学工業品・農薬・医薬品・医薬部外品等の製造・販売等を業とする株式会社であり,慢性腎不全用医薬品であるクレメジンに関する基本特許(ただし,その存続期間は既に終了している )に関連する特許として,内服用吸着剤の分包包装体及びその製造方法に 。 ついての本件特許(特許第2607422号の特許権。出願平成5年9月8日,登録平成9年2月13日)を有し,平成3年12月から,先発品である「クレメジンカプセル200 (商品名。球形吸着炭を有効成分として含有する慢性 」腎不全用剤。原判決にいう「原告製品2 )を製造販売し,また平成12年7 」月からは,同じく先発品である「クレメジン細粒 (商品名。球形吸着炭を有 」効成分として含有する慢性腎不全用剤。原判決にいう「原告製品1 )を製造」販売している。一方,一審被告らである被控訴人らは,先発品の特許権の存続期間満了後に製造販売が開始されるいわゆる後発品(ジェネリック医薬品)の製造販売(被控訴人メルク社)又は販売(被控訴人扶桑薬品)等を業とする株式会社であるが,前記クレメジンの後発品で,球形吸着炭を有効成分として含有する慢性腎不全用剤である「メルクメジン細粒 (商品名。原判決にいう 」「被告製品1 )及び「メルクメジンカプセル200mg (商品名。原判決に 」 」いう「被告製品2 )を,被控訴人メルク社は平成16年7月から業として製 」造販売し,被控訴人扶桑薬品は平成16年12月から業として販売している。 2本件訴訟は,控訴人が被控訴人両名に対し,(1) 被告製品1(1)が本件特許発明の技術的範囲に属するとして,特許法100条・民法709条に基づき,被告製品1(1)の製造販売差止め・廃棄及び損害賠償金の支払を求めるとともに,(2) 被告製品1・2は原告製品1・2と類似した外観を有するから,被控訴人らが被告各製品を販売することは不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当するとして,同法3条・4条に基づき被告各製品の販売等の差止め・廃棄及び損害賠償金の支払を求めた事案である。 3原審の東京地裁は,平成18年5月25日,(1) 本件特許発明は,特公昭62-11611号公報(乙2文献)に記載された発明(引用発明)並びに公知技術及び周知慣用技術に基づいて容易に発明することができたから,特許法29条2項等に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである,(2) 原告製品1の包装及び原告製品2の形態・包装はいずれも不正競争防止法2条1項1号の周知商品等表示と認めることはできない等として,控訴人の請求をいずれも棄却した。 そこで,上記判決に不服の控訴人が,本件控訴を提起した。 第3当事者の主張1当事者双方の主張は,次に付加するほか,略称も含め,原判決の「事実及び理由」欄の第2「事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。 なお,原審が認定した本件特許発明(本件特許の請求項1)の構成要件,引用発明の内容,及び本件特許発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。 <本件特許発明の構成要件>A10℃から30℃までの昇温で1g当たり1.3〜10mlの空気を放出する内服用吸着剤が包装されている分包包装体であって,B分包包装体の10℃から30℃までの体積膨張率が0〜0.064ml/℃・g(内服用吸着剤)であり,C分包包装袋の25℃における内部圧力が40〜740mmHgであることを特徴とするD内服用吸着剤の分包包装体(以下「構成要件A」などという。なお,本件特許発明の内服用吸着剤を以下「本件内服用吸着剤」という )。 <引用発明の内容>a)「本発明は,肝腎疾患患者に対し経口的な服用により治療する,即ち,経口肝腎疾患治療薬として有用な吸着剤に係る。更に詳しくは,多孔性の球形炭素質物質から得られる,有害な毒性物質(Toxin)の消化器系内における吸着性能に優れ且つ消化酵素等の体内の有益成分の吸着性の少ない両性炭素質吸着剤に係る(特公昭62-11611号公報〔乙 。」2 ・2欄15行〜21行) 〕b)「本発明の炭素質吸着剤は多孔性球形炭素質物質から得られる。該多孔性の炭素質物質は,直径0.05〜1mm,細孔半径80Å以下の空隙量0.2〜1.0cc/g,細孔半径100〜7500Åの空隙量0.1〜1cc/gを有する炭素質球形体であることが好ましい(同・4。」欄34〜39行)<一致点>「内服用吸着剤」である点。 <相違点1>内服用吸着剤に関し,本件特許発明は,内服用吸着剤を分包包装袋に包装した分包包装体であるのに対し,引用発明は,内服用吸着剤の包装方法を特に特定していない点。 <相違点2>本件特許発明の内服用吸着剤は 「10℃から30℃までの昇温で1g当 ,たり1.3〜10mlの空気を放出する」ものであるのに対し,引用発明の内服用吸着剤は,この点について明らかではない点。 <相違点3>本件特許発明の分包包装体は 「10℃から30℃までの体積膨張率が0 ,〜0.064ml/℃・g(内服用吸着剤)であり (構成要件B「分包包 」),装体の25℃における内部圧力が40〜740mmHgである (構成要件」C)のに対し,引用発明は,そのようになっていない点。 2控訴人(1)本件特許発明に進歩性がないと判断した原判決の誤りア相違点2の判断の誤り(ア)乙18を根拠とした判断の誤り@原判決は 「…活性炭読本(乙18。柳井弘著,日刊工業新聞社, ,昭和51年4月20日初版発行)には 「多孔質固体が比較的多量の ,凝縮性ガスを吸着することは,ずっと以前から知られている。1777年,Fontana は新しく焼成した炭を真空下で冷却すると,各種気体を自身の容積の数倍を吸着する性質があることを認めている。同じ年Scheeleは,加熱によって炭から出た空気は冷却すると再び吸着されると述べている。彼の記述によると,乾燥粉末炭をレトルトの半分に充てんし,それを空気のない袋に連結する。レトルトの底部を赤熱すると袋は膨張し,レトルトを冷却すると空気は袋から炭のほうにかえる。この空気量は炭によって占められた空間の8倍であったという 」と記載されているところからすれば,活性炭の一種である引用 。 発明の炭素質吸着剤(本件内服用吸着剤)が昇温により空気を放出することは,当業者であれば通常予想し得る範囲内の事項であり,また,これを実験等により確認することは何ら困難なことではない… (5」4頁22行〜55頁8行)として 「…引用発明の炭素質吸着剤が昇 ,温により空気を放出する性状を有していることは,当業者にとっては容易に予想し得る事実であり,引用発明の炭素質吸着剤が相違点2に係る構成を備えていたことは,当業者が実験により容易に確認し得る事実であるにすぎないものと認められる。… (55頁14行〜17 」行)と結論付けている。 Aしかし 「赤熱」とは「950℃」の加熱の程度をいうから(甲9 ,0の467頁 ,乙18の上記記載には 「炭」を950℃という非常 ),に高温で加熱(赤熱)した場合の現象が書いてあるにすぎない。そうすると,乙18は,木炭が室温範囲内の昇温で空気を放出することを示唆すらしていないから,当業者は,乙18の上記記載を根拠に,赤熱時以外の温度範囲での昇温で木炭が空気を放出することは認識することができない。 Bまた,乙18の上記記載中の「炭」とは,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤ではなく,単なる木炭のことを指しているにすぎない。 原判決は,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤を活性炭の一種であると認定しているが,活性炭は 「気体または溶液中の ,溶質などに対して強い吸着能を示す炭素質の物質。木炭などの活性化によってつくられる (甲93の437頁右欄10行〜12行)もの 」である。つまり,木炭との関係で言えば,活性炭は,木炭を化学的処理ないし加熱賦活処理することによって木炭本来の持つ吸着性能を著しく向上させたものである。したがって,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤が活性炭の一種であるとの原審の認定を前提とすれば,単なる木炭と上記内服用吸着剤とでは,吸脱着性能が著しく異なると考えるのが技術常識である。 ところが,上記Aのとおり,乙18の上記記載中には,単なる木炭の赤熱時の現象が記載されているにすぎない。単なる木炭と本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤とでは吸脱着性能が著しく異なるのであるから,当業者は,単なる木炭の赤熱時の現象を記載した乙18に基づいて,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤の性状を予想などするはずがない。 C加えて,乙18の上記記載中のScheeleの記述は,以下のとおり,そもそも,本件特許の優先日当時の技術水準から見て,化学的に誤っている。 aレトルト中に存在した空気の膨張を考慮していない点Scheeleの試験では,当然,乾燥粉末炭を充填したレトルト中に空気が存在している。そのため,木炭が赤熱するほど加熱すれば,当該空気が膨張するから,当然,連結した袋は膨張するし,加熱を止めてレトルトの温度が下がれば,当然,膨張した上記空気は収縮, する。実際にも,控訴人においてScheeleの試験を再現したところメスシリンダー内に水上捕集された気体のおよそ半分程度が試験前に試験管内に存在していた空気が加熱により熱膨張したものであった(控訴人従業員作成の実験報告書〔甲94。〕)しかるに,上記記載中のScheeleの試験では,かかる空気の膨張が全く考慮されていない。乾燥粉末炭を充填したレトルト中に空気が存在しているScheeleの試験によっては 「レトルトを冷却すると ,空気は袋から炭のほうにかえる 」という結論を導き得ないことは 。 明白である。 b木炭から発生する二酸化炭素及び一酸化炭素ガスを全く考慮していない点乙18の上記記載では,木炭を赤熱することにより発生した空気の量は木炭の占める体積の8倍であったとされている。 しかし,木炭を赤熱すると燃焼し,二酸化炭素及び一酸化炭素ガスが発生することは技術常識であり,木炭の赤熱を止めれば,木炭の酸化が進んでいない部分に気体が吸着するのも,木炭の吸着能から当然の帰結である。したがって,二酸化炭素及び一酸化炭素ガスの発生を全く考慮せずに,赤熱時に木炭から発生した気体が空気であるとする上記記載が誤っていることは明らかである。 実際にも,原告が上記Scheeleの試験を再現したところ,メスシリンダー内に水上捕集された気体中に,木炭の燃焼により発生した二酸化炭素及び一酸化炭素ガスが含まれていた(甲94 。)D上記A〜Cのとおり,乙18の上記記載は,単なる木炭の,室温範囲ではない著しく高温となっている赤熱時の現象を記載したものにすぎず,活性炭が常温で空気を脱着することは全く記載されていない。 また,同記載中のScheeleの記述は化学的に誤りであって,乙18の上記記載を見た当業者は,木炭を赤熱すると,実験前に試験管内に存在していた空気が加熱により熱膨張したり,木炭から燃焼により多量の二酸化炭素及び一酸化炭素ガスが発生すると認識する。したがって,乙18を根拠として 「活性炭の一種である引用発明の炭素質吸着剤 ,(本件内服用吸着剤)が昇温により空気を放出することは,当業者であれば通常予想し得る範囲内の事項であ」るとした原判決の判断は誤りである。 E被控訴人らは,乙18の記載に基づき,活性炭が常温で空気を脱着することが本件特許の優先日(平成4年9月8日)当時当業者にとって予測可能な常識事項であったと主張するが,そもそも医薬品及び医薬品の包装に関する分野の専門家である「当業者」が,木炭や活性炭の専門家でもないのに,乙18の記載を見ることで,活性炭,さらには本件内服用吸着剤が常温で空気を脱着することを認識し,本件特許発明を容易に想到し得たとはいえない。 Fまた被控訴人らは,内服用吸着剤を含む活性炭は木炭本来の吸着性能を向上させたものであるから,木炭が加熱により空気を放出するのであれば,まして吸着性能が改善された活性炭では更に活発な脱着が行われるとの理解が当業者の理解であると主張する。しかし,活性炭が,単なる木炭より吸着性能を向上させたものということであれば,当然,吸着したものを離さないという性能が向上しているということになる。これはすなわち,活性炭は,容易には空気を放出しない性能も向上しているということであるから,被控訴人らの上記主張は失当である。 (イ)上記(ア)以外の判断の誤りまた,原判決の判断には,乙18の記述を根拠としたことの他にも,次のとおり,誤りがある。 @当業者が実験を行う動機がないこと原判決は 「…活性炭の一種である引用発明の炭素質吸着剤(本件 ,内服用吸着剤)が昇温により空気を放出すること…,これを実験等により確認することは何ら困難なことではない… (55頁5行〜8」行)及び「…引用発明の炭素質吸着剤が相違点2に係る構成を備えていたことは,当業者が実験により容易に確認し得る事実であるにすぎないものと認められる。… (55頁15行〜17行)と判示する。 」しかし,そもそも当業者には,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤が室温範囲内の昇温により空気を放出するかどうかの確認実験を行う動機は全くない。 すなわち,まず,前述のとおり,乙18に基づいて,当業者において木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを容易に予想し得るなどと言うことはできない。木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを予想できないのであれば,当然,当業者がその確認実験を行う動機はないはずである。また,仮に,当業者において木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを容易に予想し得たとしても,後述するとおり,本件特許発明の課題を認識することはできないから(甲95,96。いずれも控訴人従業員作成の実験報告書 ,やはり,当業者に)は,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤が室温範囲内の昇温により空気を放出するかどうかの確認実験を行う動機はない。 したがって,当業者が,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤が室温範囲内の昇温により空気を放出するかどうかを実験によって確認することが容易であるとの原判決の判断は誤りである。 A内服用吸着剤の吸着能が強力であることと空気放出能との関係また原判決は「…原告は「赤熱」の大約の温度は950℃であるから(甲90 ,当該記載をもって室温程度の温度の昇降で薬用炭ない )し内服用吸着剤が空気を放出することまで示すものではない旨主張するが,内服用吸着剤は炭以上に吸着能が強力である上,上記記載も薬用炭ないし内服用吸着剤が温度変化に伴って空気を放出ないし吸着する性質を有していることを示すものであることに変わりはない。…」と判示する(55頁8行〜13行 。)しかし 「吸着能が強力である」ということは,同時に,吸着した ,ものを離さない力が強い,ということを意味する。とすれば 「内服,用吸着剤は炭以上に吸着能が強力である」ということは,単なる木炭とは異なって,容易には空気を放出しないということを意味することになるはずである。このように,内服用吸着剤が,単なる木炭とは異なり,吸着能が強力であるがゆえに容易には空気を放出しないということになれば,内服用吸着剤を木炭と同様の性状を持つものと理解することは誤りということになるから,単なる木炭の赤熱時の現象が書いてあるにすぎない乙18の「上記記載も薬用炭ないし内服用吸着剤が温度変化に伴って空気を放出ないし吸着する性質を有していることを示すものであることに変わりはない。…」との上記判断が誤っていることは明らかである。 (ウ)前記(ア)Eで述べたように,本件特許発明が属する分野の「当業者」は,医薬品及び医薬品の包装に関する分野の専門家であるから,後記2(1)ア(エ)の乙266〜269の記載を見て,全く専門外の木炭や活性炭について,常温で空気を脱着することを認識し,本件特許発明に容易に想到することなどあり得ない。 また,乙266〜269には,以下のとおりの批判がそれぞれあてはまる。 @永迥登「吸着と収着」共立出版株式会社,昭和23年8月20日七版印刷発行(乙266)乙266では 「椰子炭 「竹炭」などの単なる炭について記載され ,」ているにすぎず,活性炭や内服用吸着剤については記載も示唆もされていない。単なる木炭と活性炭とでは吸脱着特性が著しく異なるのが技術常識であるから,当業者は,同号証から,活性炭が10℃から30℃の室温範囲内でどのような吸脱着特性を有するのかを判断することなど全くできない。 また,例えば,その23頁下の表によれば,活性炭ではない単なる炭が-185℃付近で121ccも多量の空気を保持していたものが,0℃では11cc,常温では9ccというほとんど誤差範囲内の変化しかしていない。それゆえ,同表の記載を見た当業者の認識は,単なる炭について0℃より高い「10℃〜30℃」の範囲では吸着量にほとんど変化がないという点に止まるにすぎない。 さらに,「第12図は,木炭の水蒸気収着等温線で加着と脱着の両方向から測定したAllmandの実験結果である。図より明なる如く加着と脱着の両等温線は一致せず明瞭なヒステレシス(Hysteresis)が現れて居る。又之に伴って,ドリフト(Drift)の現象が起り平衡に達するのに非常に時間を要したり,恰も平衡が移動するかの観を呈する事がある」(25頁3行〜13行)との記載から明らかなとおり,木炭の気体の吸着等温式においては一般に吸着曲線と脱着曲線が一致しないことが周知である。つまり,一定温度における木炭の気体の吸着量は,その測定が吸着の方向から行われた場合と脱着の方向から行われた場合とで異なるのである。それゆえ,23頁下の表に,椰子炭が0℃では11cc/gの空気を吸着し,常温では9cc/gの空気を吸着することが記載されていても,かかる測定結果がどのように測定して出たものかが記載されていない以上,0℃から常温に昇温したときに単なる木炭が空気を放出するのか否かは全く不明である。 A鈴木謙一郎ほか「圧力スイングサイクルシステム」株式会社講談社,昭和58年5月1日発行(乙267)乙267には,圧力スイング吸着(PAS)ではゼオライト(イオン交換性をもつ合成珪酸塩の総称)が使用されることが明記されている。被控訴人らが引用する記載部分は,活性炭や内服用吸着剤に関するものではない。 また,被控訴人らが引用する記載部分は,定圧下において温度差により吸着量に差があることを定性的に示したものにすぎず,具体的な温度や吸着量の記載は全くない。どの程度の温度範囲での温度差により,どの程度のガス吸着量の差があるのかについて記載されていないのであるから,乙267は,被控訴人らの主張を補強する証拠とはなり得ない。 さらに,上記記載部分には 「温度差による吸着量の差を利用する ,通常の加熱再生方式とは異なる。PSA法は再生のための複雑な加熱機構が不要である」との記載がある。かかる記載を見た当業者は,PSA法では複雑でないにせよ加熱機構が必要であることを認識するのであって,単なる室温範囲での温度変化によって吸着脱着が起こることを認識することは不可能である。 BDiego P.Valenzuelaほか「ADSORPTION EQUILIBRIUM DATA HANDBOOK (吸着平衡ハンドブック)Department of Chemical Engineering 」University of Pennsylvania,1989年(平成元年)発行(乙268)一般に活性炭の吸着量は,被吸着物質の性質,活性炭の比表面積及び活性炭の表面物性がそれぞれ関係して決定される。しかしながら,乙268には,本件特許発明の内服用吸着剤とは異なって球形ではなく,かつ,比表面積1050〜1150u/g,粒径12〜30メッシュ(0.6mm〜1.7mm)の活性炭についての実験結果が記載されているにすぎない。結局,同号証の記載は,上記の活性炭では,30℃から40℃の昇温で約0.125モルの窒素吸着量の減少を示すということを言っているにすぎず,これをもって,当業者が,上記活性炭とは性質,比表面積及び表面物性がいずれも異なる本件特許発明の内服用吸着剤が室温範囲内の昇温で空気を放出することを認識することは不可能である。 C国立大学法人千葉大学教授A氏の意見書(乙269)乙269には,温度の上下によって活性炭がガスの吸脱着をする旨が記載されているが,それが常温下でも起こるとは記載されていない。 すなわち,乙269では,活性炭について,どの程度の温度範囲での加温により,どの程度の量の臭気が脱着されるかは何ら述べられていない。 (エ)以上述べたとおり,木炭,さらには,本件特許発明の内服用吸着剤が室温範囲内の昇温で空気を放出することが,本件特許の優先日(平成4年9月8日)当時の技術常識でなかったことは明らかである。しかし,仮に,木炭等が室温範囲の昇温で空気を放出することが技術常識であったとしても,球形炭素質吸着剤を充填した分包包装体が周囲の温度の変動により体積膨張ないし体積収縮することによる各種の重大な支障の発生を防止するという本件特許発明の課題は,当業者に容易に認識されるものではない。 なぜなら,木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温しても,分包包装体の外観は全く変化しないし,また,84包収納用の紙箱内の収納状態にも何らの変化も見られないからである(甲95,96 。このよ)うに木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温しても外観上分包包装体の変化が認識不可能である以上,当業者は,仮に木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを技術常識として知っていたとしても,本件特許発明の上記課題を認識することはできない。本件特許発明の課題は,球形炭素質吸着剤を容積変化が容易に可能な容器に充填した上で,周囲の温度を大きく変動させるという特殊な条件下に置いて初めて認識できるからである。 イ相違点3の判断の誤り(ア)減圧包装を適用することに想到することが著しく困難・不可能であること原判決は 「…当業者であれば,昇温による空気放出との前記課題を ,解決するために,引用発明に係る炭素質吸着剤を分包包装体に包装する場合に,減圧包装の技術を適用することに想到することは容易であるというべきである 」と判示する(58頁20行〜23行 。 。 )しかし,本件特許の優先日(平成4年9月8日)前に,減圧包装を本件特許発明の内服用吸着剤の分包包装に用いる動機は全くなく,その適用に想到することは著しく困難ないし不可能である。 @医薬品の分包包装がいずれも大気圧下・室温で行われるということは基本的な技術常識であり,この技術常識を覆すような医薬品の減圧分包包装体や文献は存在しない。乙5(特開平4-200549号公報)で開示されている減圧包装技術も,2種類以上の粉体を混合した無菌混合粉末の構成成分の均一性を保持するために減圧包装でなければならないという極めて限定された状況において採用される特殊な技術にすぎず,上記した技術常識を覆すものではない。 Aそうすると,本件特許発明の内服用吸着剤の分包包装に減圧包装を用いることを想到するためには,本件特許の優先日前に,減圧包装を本件特許発明の内服用吸着剤の分包包装に用いることの動機が必要であるが,前述のとおり,そもそも本件特許の優先日前には,当業者において,本件特許発明の包装体内に包装された内服用吸着剤が室温範囲内の昇温で空気を放出することは全く認識されていなかったから,当業者において,本件特許発明の内服用吸着剤を分包包装するに際して,減圧包装という方法を選択する動機は全くなかった。 Bまた,本件特許の優先日前において,減圧包装(真空包装)という包装方法は,包装体内に残留される酸素ガス濃度を低下させる目的で採用されるものであった(食品包装事典編集委員会編「食品包装事典食品包装 解説編」昭和62年7月1日発行〔甲92。そのため,〕)この酸化抑制や酸素濃度の低減などの目的ないし課題の他に,乙5を除いては,減圧包装(真空包装)を採用する動機を示唆するものはない。しかるに,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤には,上記のような酸化抑制や酸素濃度の低減などの目的ないし課題は全く存在しない。 C以上のように,本件特許発明の内服用吸着剤の分包包装に減圧包装(真空包装)を採用する動機はなかったから,当業者は,本件特許発明の内服用吸着剤を分包包装するに際しては,大気圧下・室温で包装するという周知慣用技術を採用したはずであり,かかる技術常識に反して,減圧包装を適用することに想到することは著しく困難ないし不可能であったものである。 (イ)課題発見の困難性原判決は 「炭素質吸着剤の分包包装体に減圧包装技術を適用するこ ,とを直接示唆する文献はないものの,炭素質吸着剤を分包包装した場合に,昇温による空気の放出により,包装体の体積が膨張するとの課題を認識することが容易であり,また,この課題を認識すれば,これに減圧包装技術を適用してその課題を解決し得ることは,当業者であれば,容)。 易に想到し得るところである…」と判示する(60頁8行〜13行目しかし,本件特許発明の課題は,当業者に容易に認識されるものではない。かかる課題発見の困難性ゆえに,本件特許発明は特許として認められたのであり,原判決の上記判断は誤りである。 @本件明細書(甲1)の段落【0004】には次の記載がある。 「通常の医薬品の分包包装体は,温度により膨張あるいは収縮するような現象は認められないので特に問題はなかった。しかし,気密容器である分包包装袋に球形炭素質吸着剤を充填した後,シールして得られる分包包装体は,周囲の温度の変動により,体積膨張あるいは体積収縮が行われ大きく変形するということを,この出願発明者らは発見した。…このような分包包装体の変形は,箱詰め,保存,運搬等において不都合である。通常,球形炭素質吸着剤のような散剤は1包毎に包装した上,何包かまとめて紙箱(外箱)に詰めて出荷される。予想外の分包包装体の体積膨張により,箱詰め時に,一箱あたり所定包数が収まらなくなったり,所定包数を収めるために外箱の設計変更を要したり,容積増大により,運賃が増加する等の問題を生ずる。箱詰めがうまくいったとしても,分包包装体の体積膨張により外箱が変形することもある。あるいは逆に,分包包装体の体積収縮により,外箱内に大きな空間が生じ,外箱内で分包包装体がずれる。更に,外気温度が高温になった場合,分包包装体の体積膨張により,シール部の破損,破袋,ピンホールの形成等が起きる危険がある。こうして,保存,運搬等においても重大な支障を来す 」。 A上記記載のとおり,本件特許発明の課題は,球形炭素質吸着剤を充填した分包包装体が周囲の温度の変動により体積膨張ないし体積収縮することによる各種の重大な支障の発生を防止する点にある。かかる本件特許発明の課題は,仮に,薬用炭ではない単なる木炭が室温範囲内の昇温で空気を放出することを知っていたとしても,それだけで当業者に容易に認識できるものではない。 すなわち,木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温しても,分包包装体の外観は全く変化しないし,また,84包収納用の紙箱内の), 収納状態にも何らの変化も見られない(甲95,96 。このように仮に,当業者において木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを技術常識として知っていたとしても,木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温したところで外観上分包包装体の変化が認識不可能である以上,本件特許発明の課題を認識することはできない。 (2)原告製品1の包装が不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」として周知性を有するとはいえないとした原判決の誤りア被控訴人メルク社は,被告製品1の外観を,原告製品1の包装と酷似させたものであるが,これは,被告製品1の外観を,先発品である原告製品1に似せて,原告製品1の需要者である患者(患者も需要者であることについては後述 )や医療従事者らが,変化に気づくことなく,または,抵 。 抗なく被告製品1に乗り換えられるようにして,控訴人から,原告製品1の取引者・需要者を奪うためであると考えるのが自然である。 このように,被控訴人メルク社が,抵抗なく取引者・需要者を原告製品1から被告製品1に乗り換えさせるために,被告製品1の外観を原告製品1の外観に酷似させたということは,とりもなおさず,原告製品1の外観が「商品等表示」となっているからである。したがって,被控訴人メルク社が,被告製品1の外観を原告製品1の外観に酷似させたのは,被控訴人メルク社自身,原告製品1の外観が「商品等表示」に該当することを認めていることを意味する。 イ原告製品1の包装と類似する医薬品の包装は,被告製品1の他には,証拠上,一つも存在しない。特に,原告製品1の包装の特徴中,3袋が1連になっているところ及び金色の地に青色の文字が付されている分包包装体であることは,医薬品としては他に類例がない。 このように,原告製品1の包装は,他の同種商品に同一・類似の外観を有するものがなく,医薬品の包装として特に顕著なものである。そして,実際にも,甲77(株式会社電通「クレメジンに関する調査報告書」2005年4月15日)のとおり,原告製品1が医療用医薬品であって,その製剤名・識別コードで特定することが一般的であるにもかかわらず,薬剤師は,90%という非常に高い認識率で,その名称だけでなく,包装によっても原告製品1を識別している。また,需要者である患者も,原告製品1が医療用医薬品であって,医師・薬剤師から処方されたことがなければその包装を目にする機会がないという実情にもかかわらず,38%という認識率で,その包装から識別している。 したがって,原告製品1の包装が周知の「商品等表示」であることは明らかであり,これに反する原判決の結論は誤りである。 ウ原判決は 「…特に,医薬品には極めて多数の種類があり,分包包装体 ,の形式でも,今後さまざまな種類の医薬品が販売される可能性が大きいのに対し,単純な色彩や形状の組合せは極めて限定的な数となるものである… (66頁23行〜25行)として,色彩や形状の組み合わせが極めて 」限定的であると判断しているが,全く実態を無視したものであり,誤りである。 すなわち,色彩や形状の組合せが限定的だとするならば,原告製品1の包装と類似した医薬品が複数あって然るべきであるが,現実には,原告製品1と同じ特徴を備えた包装を用いた医薬品は被告製品1のみである。 また,そもそも,色彩の組合せは,最少組合せ数は2組であるものの,その上限は極めて大きな数となる(理論的にはこの世に存在する色の数から1を引いた数だけ存在することになる )のであるから 「限定的」であ 。,るなどということ自体が不当である。形状にしても,医薬品の包装として採りうる形状は,無数に存在する。まして,色彩と形状をさらに組み合わせていけば,その数たるや膨大なものとなる。医療用医薬品として適合しうる色彩や形状の組合せという前提でも,その組合せは無限であることに変わりはない。 エ原判決は 「…原告製品1は,医療用医薬品であるから,医師がその専 ,門的な判断によって選択した医薬品を処方せんに記載し,薬剤師や看護師その他の医療従事者(以下,これらの者を「医師・薬剤師等」という )。 がこれに従って患者に処方するものである。… (67頁3行〜6行 , 」)「…医師・薬剤師等が,極めて多数の種類が存在する医薬品について,その包装の特徴などにより特定して処方ないし投与することは,誤処方,誤投与防止の観点からもあり得ないことである(67頁9行〜12行)と 。」して,原告製品1の需要者から患者を除外しているが,誤りである。 すなわち,東京高裁平成12年9月4日判決(平成11年(行ケ)第309号審決取消請求事件)も判示しているとおり,医薬品を服用し,またはその投与を受ける患者は,自らの意思と支出において医薬品を購入するものであって,当然,医薬品の選択権はあるのであるから,医療用医薬品であっても,患者はその需要者である。かかる東京高裁判決に反する原判決の判断は,医療用医薬品の取引の実情を無視したものであって,その不当性は明らかである。また,被控訴人らが原告製品1の外観を真似ている意図の一つに,患者が原告製品1から被告製品1に移行する際に,処方された薬が以前のものと違うという事実を気付きにくくするという点があるが,患者には,医師から処方された医薬品が何であるかを知る権利もあるから,このような最終需要者である患者の誤解に乗じて売上を伸ばそうとする被控訴人らの行為は,正当な競争行為とはいえないものである。 オ原判決は 「…医師は,通常,医薬品を特定するために,その名称(商 ,品名)あるいはその略称等を処方せんに記載し,薬剤師や看護師その他の医療従事者も,医師の処方せんに記載された商品名の医薬品を選別して患者に処方したり,投与したりするのであるから,医師・薬剤師等が,極めて多数の種類が存在する医薬品について,その包装の特徴などにより特定して処方ないし投与することは,誤処方,誤投与防止の観点からもあり得ないことである。… (67頁6行〜12行)とするが,医療現場におけ 」る医薬品の特定の実態を理解しておらず,誤っている。 すなわち,医療従事者は,医薬品の特定・選別を,商品名だけでなく,当該医薬品の包装や形態等の外観でも行っているのであって,医療の現場では,医薬品の特定・選別を商品名と外観とを結び付けて行っているという実情がある。このことは,医療の現場において,現実に数多くの医薬品の取り違え事故が発生していること(甲97の1〜8,98の1〜9,99,100。いずれも新聞記事)からも明らかである。 なお,甲101(東北大学医学部附属病院薬剤部 B「紛らわしい薬と危険薬」平成13年度NDP報告書抜粋)では,医薬品の誤使用の原因として,紛らわしい名称(商品名)があげられているところ,原告製品1と被告製品1の各商品名は,取引者・需要者の注意を惹く「メジン ・ mezi」「n」という部分が完全に一致している上,各前段部分である「クレ」と「メルク」も 「ク」と「ク」が完全に一致し 「レ」と「ル」も同じラ行 , ,という点で共通し,1つの固有名詞として読んだときの称呼が類似しているため,取引者・需要者に共通の印象を与えるものであって,上記にいう紛らわしい名称というべきである。かかる名称の類似性も,被控訴人らの行為が不正競争行為に当たることを理由付けるものである。 カ原判決は 「…仮に,原告製品1の包装をもって,原告製品1と推認す ,ることができる人が多数いるとしても,医薬品についてはこれをもって商品等表示として認識しているわけではないと解すべきである(68頁2。」4行目〜69頁1行)とするが,現実に発生した混同の事案を無視しており,誤っている。 すなわち,現実に,薬剤師は,90%もの高い認識率で,その名称だけでなく,包装からも原告製品1を識別している(株式会社電通「クレメジンに関する調査報告書」2005年4月15日〔甲77。また,患者も,〕)原告製品1について,38%という認識率で,その名称だけでなく,包装) , からも識別している(甲77 。さらに,原告製品1の包装の写真を見て「メルクメジン」と回答した薬剤師が1名(甲77の5頁)存在している。 原判決のいうように,薬剤師等の医療従事者が医薬品を商品名のみによって特定・選別しているのであれば,商品名が隠されている原告製品1の包装の写真を見て,原告製品1の商品名である「メルクメジン」と回答する薬剤師などいてはならないはずである(商品名が分からないから特定できないと答えなければならないはずである )が,現実には存在し,原告製 。 品1と被告製品1との混同が生じているのである。 このように,薬剤師等の医療従事者も,医薬品の特定等をその包装で行っているという現実があるのであり,まさしく,原告製品1の包装は,「商品等表示」となっているものである。 (3)原告製品2の形態・包装が不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」として周知性を有するとはいえないとした原判決の誤りア被控訴人メルク社は,被告製品2の外観を,原告製品2の形態・包装と酷似させたものであるが,これは,被告製品2の外観を,先発品である原告製品2に似せて,原告製品2の需要者である患者や医療従事者らが,変化に気づくことなく,または,抵抗なく被告製品2に乗り換えられるようにして,控訴人から,原告製品2の取引者・需要者を奪うためであると考えるのが自然である。 このように,被控訴人メルク社が,抵抗なく取引者・需要者を原告製品2から被告製品2に乗り換えさせるために,被告製品2の外観を原告製品2の外観に酷似させたということは,とりもなおさず,原告製品2の外観が「商品等表示」となっているからである。したがって,被控訴人メルク社が,被告製品2の外観を原告製品2の外観に酷似させたのは,被控訴人メルク社自身,原告製品2の外観が「商品等表示」に該当することを認めていることを意味する。 イ原告製品2の形態・包装と類似する医薬品の形態・包装は,被告製品2の他には,証拠上,一つも存在しない。特に,原告製品2の形態・包装の特徴中,外観上,カプセルの半分が白色,残り半分が灰色に見える点及び同カプセルの頭部に赤色識別コードが記載されているPTPシート入りカプセル剤であることは,証拠上,医薬品としては他に認められないものである。 このように,原告製品2の形態・包装は,被告製品2以外に,他の同種商品に同一・類似の外観を有するものがなく,医薬品の形態・包装として特に顕著なものである。 そして,実際にも,甲77(株式会社電通の前記調査報告書)のとおり,原告製品2が医療用医薬品であって,その製剤名・識別コードで特定することが一般的であるにもかかわらず,薬剤師は,約85%という非常に高い認識率で,その名称だけでなく,形態・包装によっても原告製品2を識別している。また,需要者である患者も,医師・薬剤師から処方されたことがなければその形態・包装を目にする機会がないという実情にもかかわらず,約35%という認識率で,その形態・包装から識別している。 したがって,原告製品2の形態・包装が周知の「商品等表示」であることは明らかであり,これに反する原判決の結論は誤りである。 ウ原判決は,需要者から患者を除外しているが,その不当性は,前記(2)エで述べたのと同様である。また,需要者の誤解を狙う被控訴人らの行為が正当な競争行為とは言えないこと,このような不当な行為は許されるべきでないことも,上記(2)エで述べたのと同様である。 エ原判決は 「…医師は,通常,医薬品を特定するために,その名称(商 ,品名)あるいはその略称等を処方せんに記載し,薬剤師や看護師その他の医療従事者も,医師の処方せんに記載された商品名の医薬品を選別して患者に処方したり,投与したりするのであるから,医師・薬剤師等が,極めて多数の種類が存在する医薬品について,そのカプセルの色や包装の特徴などにより特定して処方ないし投与することは,誤処方,誤投与防止の観点からもあり得ないことである(75頁10行〜16行)とするが,医 。」療現場における医薬品の特定の実態を理解しておらず,前記(2)オで述べたのと同様に,誤っている。 オ原判決は 「…仮に,原告製品2の形態・包装の写真をもって,原告製 ,品2と推認することができる人が多数いるとしても,医薬品についてはこれをもって商品等表示として認識しているわけではないと解すべきである(77頁1行〜4行)とし,現実に発生した混同の事案を無視してお 。」り,上記(2)カで述べたのと同様に,誤っている。 2被控訴人ら(1)控訴人の主張(1)(進歩性なしとした判断の誤り)に対しア相違点2の判断の誤りにつき(ア)本件特許の優先日(平成4年9月8日)当時,活性炭が常温で空気を脱着することは,当業者にとって予測可能な常識事項であった。すなわち,冷蔵庫の消臭剤は,使用後冷蔵庫から取り出して放置しておくと臭気を発するが,これは消臭剤(活性炭)によって吸着された庫内の臭気が活性炭から離脱する現象(空気放出現象)を端的に示すものである(乙269参照 。すなわち,活性炭が常温下で空気を脱着することは )日常生活においても知ることのできる常識の範ちゅうに属し,まして当業者であれば,活性炭が常温下における昇温で空気を離脱することは自明事項として予測可能であった。 (イ)aその裏付けとなる乙18には,次の記載がある。 「…活性炭は,しだいに人類の身辺に入り込んできて,人間生活に欠くことのできない存在となっている。 吸着は,固体の表面力に起因して,気体,蒸気,液体あるいは溶質,分散物質あるいはコロイド物質を濃縮する現象である。 …内部の方向に向かう力は,気体または液体の分子を表面に吸着すると,はじめてバランスがとれる。ひきつける力は表面張力にもとづくもので,液体の凝縮する力と同じである。この力は比較的弱く,ファン・デル・ワールス(van der Waals)の力といわれている。このような力による吸着を物理吸着といい,吸着した分子は容易に表面から離脱する。… (56頁12行〜26行) 」「吸着は発熱現象であり,温度が低いほうが吸着に好都合であることは熱力学的に明らかである。… (57頁3行〜4行) 」b以上からすれば,温度が高くなると吸着した分子が容易に表面から離脱することは明らかであるから,乙18は,活性炭が常温下での昇温で気体を離脱することを明確に示唆している。この点,控訴人は,吸着能が強力であるということは,同時に,吸着したものを離さない力が強いということを意味すると主張するが,これは,吸着現象の可逆性を度外視した,技術的に誤った主張である。 (ウ)また控訴人は,乙18における記述は木炭に関するものであり,単なる木炭と内服用吸着剤とでは吸脱着性能が著しく異なるから,乙18は吸着剤が空気を放出することを示唆する文献たり得ないとする。しかし,内服用吸着剤を含む活性炭は木炭本来の吸着性能を向上させたものなのであるから,木炭が加熱により空気を放出するのであれば,まして吸着性能が改善された活性炭では,更に活発な脱着が行われるとの理解が当業者の理解である。 (エ)控訴人の,常温下における活性炭の空気放出は予測不能であったとの主張が事実に反することは,以下の証拠からも明らかである。 @永迥登「吸着と収着」共立出版株式会社,昭和23年8月20日七版印刷発行(乙266)上記書籍には,椰子殻炭が,0℃では11cc/gの空気を吸着するが,常温では9cc/gの空気を吸着するにすぎないことが記載されている(23頁下表 。)このことは,椰子殻炭が0℃では11cc/gの空気を保持しうるが常温(例えば25℃)に昇温すれば9cc/gの空気しか保持し得ないこと,換言すれば,0℃から25℃という常温下での昇温により2ml/gの空気が離脱することを示す記述である。 A鈴木謙一郎ほか「圧力スイングサイクルシステム」株式会社講談社,昭和58年5月1日発行(乙267)上記書籍の43頁「2.4.4」には「温度差による吸着量の差を利用する」ことが「通常の加熱再生方式」であることが記されているとともに,等圧下においてT よりもT の方が吸着量が多いこと,逆21に言えばT との比較においてT の場合は気体を脱離(放出)する 1 2こと(図2.12)が記されている。 そして,この場合においてT >T であることは乙18,26621から自明であり,かつ,上記書籍の図2.12は「赤熱」状態に限局して気体の離脱について論じたものではない。 BDiego P.Valenzuela外「ADSORPTION EQUILIBRIUM DATA HANDBOOK」(吸着平衡ハンドブック)Department of Chemical EngineeringUniversity of Pennsylvania,1989年(平成元年)発行(乙268)上記書籍の147頁上下の表は “activated carbon (活性炭) ,”における“nitrogen (窒素)の吸着量が,絶対温度303.15K ”(30℃)の場合と313.15K(40℃)の場合とで異なることが記されており,その吸着量特性曲線から,X軸(圧力)が100KPa(注:常圧は101.3KPa)の場合,30℃であれば約0.35ミリモル,40℃であれば約0.225ミリモルの窒素を吸着すること,換言すれば,10℃の昇温によって約0.125(0.35-0.225)ミリモルの窒素を離脱することが記されている。 そして,窒素1ミリモルは22.4ml/gに相当するから,30℃から40℃の昇温で放出される窒素の量(0.125ミリモル)は2.8ml/gに相当する。すなわち,乙268は,活性炭が常温下での昇温(30℃から40℃)により多量の空気(窒素)を放出することを開示した文献であるといえる。 C国立大学法人千葉大学教授A氏の意見書(乙269)上記意見書には,以下の記載がある。 「活性炭によるガス吸着(ガス分子およびガス状分子の吸着)においては,一般的に温度の低い方が吸着量は多くなり,逆に温度が高くなると吸着量は減少する,あるいは吸着されたガスは放出される,いわゆる吸・脱着が行われる。このような作用を物理的吸着作用といっている。 …この作用の代表的な使われ方は,家庭の冷蔵庫内の嫌な臭気などを吸着除去する活性炭である。ここに使用された活性炭は,外部で加温すると容易に嫌な臭気を放出する。このような冷蔵庫消臭剤は,1963年には生活面で使用されていた 」。 (オ)以上の(エ)@〜Cからすれば,常温下での昇温により活性炭が空気を放出することは,当業者にとって自明な常識事項であった。そうすると,活性炭の一種である本件特許発明の内服用吸着剤についてもまた,常温下での昇温によって空気を離脱(放出)することは容易に予測できた事項であるから,その際,当業者は,包装が膨らむ問題の解決動機に容易に直面できたといえる。 イ相違点3の判断の誤りにつき(ア)本件内服用吸着剤を分包体にするに当たり,減圧包装を行うことも,以下の各文献の記載に照らし,当業者が容易に想到できたことである。 ・特開平4-200549号公報(乙5)「従来,2種類以上の粉体を混合した無菌混合粉末においては,…偏析がおき混合均一性が保持しにくいという問題がある。 …吸湿により構成成分の安定性が低下する無菌混合粉末においては,吸湿を阻止する必要もある。 …本発明者らは鋭意検討した結果,減圧状態で包装することにより上記課題が解決されることを見い出し,本発明を完成するに至った。 すなわち,本発明は無菌混合粉末が真空度600mmHg以下において封入されていることを特徴とする無菌減圧包装物に関する(1。」頁左欄下2行〜2頁左上欄1行)・特開昭59-221222号公報(乙25)「包装された製品の貯蔵寿命を改善し,包装品に良好な外観を与えるために包装品の内容物を真空に引くことは真空包装業界において従来から行われてきた方法である。… (2頁右上欄4〜7行 。 」)・特開昭61-21303号公報(乙26)「従来一般に行われている包装フィルムによる被包装物の真空密着包装方法においては,…上下包装フィルムの密着周縁部は糊着状態で密着不良等により気密性を失い,剥離し易く,…。 ところで,この発明によると,…瞬時的に熱収縮溶着一体化させて密封し,被包装物を完全に真空密着包装することができた。…被包装物としては,一般食品…その他総ての被包装物に適用可能である 」。 と記されている(2頁右上欄7行〜左下欄18行 。)・実開昭62-159410号公報(乙27)「本考案は,袋密封装置に係り,例えば真空包装機等に用いられ袋の開口部を熱線によって溶着して密封するようにしたものに関する 」。 (1頁15〜17行 。)・瀬崎仁監修「第9巻医薬品の包装と容器U」平成3年10月30日,株式会社廣川書店発行(乙29)「品質の劣化に酸素の影響が大きいときは,包装容器内の酸素濃度を下げることが考えられる。その方法としてガス置換包装・真空包装・酸素吸収剤包装が考えられ,…」と記されている(383頁「A」項1〜2行 。)(イ)上記各文献の記載から明らかなとおり,減圧包装は,本件特許の優先日(平成4年9月8日)当時,食料品その他のすべての被包装商品について適宜用いられる分包包装の技術分野における周知慣用技術であったことが明らかである。そうすると,本件内服用吸着剤を常套手段に従って分包体にする際,周知慣用技術に基づいて減圧包装することは,周知慣用技術の付加,転用,削除が当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない想到容易事項であることからして,容易である。 控訴人は,医薬の分包包装がいずれも大気圧下・室温で行われるということは基本的な技術常識であり,この技術常識を覆すような医薬品の減圧分包包装体や文献は存在しない,と主張する。しかし,上記(ア),(オ)のとおり,偏析・吸湿・酸化防止等の目的をもって医薬品を減圧下で包装することが特開平4-200549号公報(乙5 ,瀬崎仁監修)「第9巻医薬品の包装と容器U」平成3年10月30日,株式会社廣川書店発行(乙29)に示されており,医薬品の分包包装は大気圧下で行わなければならないなどといった技術常識は存在しない。 (2)控訴人の主張(2)・(3)(不正競争防止法2条1項に該当しないとした判断の誤り)に対しア医師又は薬剤師は,その専門的な知識及び経験に基づいて医療用医薬品の選択を行うものであるから,医療用医薬品の需要者は医師,薬剤師であり,患者は被投与者に過ぎない。仮に商品区分第5類に係る商標登録出願あるいは登録無効審判の事案において患者を将来の需要者として想定しうる場合があるとしても,取引の実情のみに基づいて判断される不正競争防止法の事案において,医師または薬剤師こそ需要者であるとの結論は左右されない(東京地裁平成17年(ワ)第5654号・平成18年1月18日判決参照 。)そして,医療用医薬品が取引される場合の出所識別は,販売名及び識別コード並びに供給元によって行われることは自明であり,需要者である医師,薬剤師等が,販売名や供給元を度外視して,包装の形状模様のみによって医薬品の出所を識別するなどとの取引の実情は存在しない。 控訴人は,被控訴人メルク社が,抵抗なく患者を原告各製品から被告各製品に乗り換えさせるために,被告各製品の外観を原告各製品の外観に酷似させたなどと主張する。しかし,これは何らの根拠に基づかない批判であるし,仮に先発薬から後発薬への切り替えに際し患者の抵抗感を和らげる要請があるとしても,切り替えを行うのは上記のとおり医師・薬剤師であって,その際,先発薬・後発薬の出所を包装の形状模様のみによって認識するなどということはあり得ない。しかるところ,原告各製品と被告各製品とでは,その販売名は非類似であり,製品コード,製造元や販売元,薬価も異なるのであるから,医師,薬剤師がこれらの出所を混同して処方,購入することはない。 以上によれば,本件において控訴人の不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求は成り立たない。 イ個別的主張に対する反論(ア)控訴人は,甲77のアンケート(株式会社電通「クレメジンに関する調査報告書」2005年4月15日)について主張する。しかし,甲77の5頁によれば,このアンケートは,過去にクレメジンを処方したことのある薬剤師の記憶を辿り,販売名を消去した上で「慢性腎不全患者のために調剤した薬剤だと思う」か否かの回答を求めたものにすぎず,原告製品1の包装が原告の周知商品等表示であることを証するものではない。すなわち,販売名および製品コード並びに供給元こそ医療用医薬品の出所識別表示である事実に対し,甲77のアンケート結果は全く意味をなさない。 (イ)控訴人は,甲101(東北大学医学部附属病院薬剤部 B「紛らわしい薬と危険薬」平成13年度NDP報告書抜粋)を引用し,名称が紛らわしい薬剤は誤投与の危険を伴うことを指摘し 「クレメジン」と,「メルクメジン」も紛らわしい名称に当たると主張する。 しかし,医療現場における誤使用のリスクと,商品購入動機を形成する出所表示の類否とは無関係であり,全く次元が異なる。 そして,原告製品1,2における出所表示たる「クレメジン」の販売名及び「製造元クレハ,販売元三共」の表示と,被告製品1,2における出所表示たる「メルクメジン」の販売名及び「製造元メルク,販売元扶桑薬品」の表示の間に,出所誤認混同のおそれは存在しない。 控訴人は 「取引者・需要者の注意を惹く「メジン ・ mezin」とい , 」「う部分が完全に一致している上,各前段部分である「クレ」と「メルク」も 「ク」と「ク」が完全に一致し 「レ」と「ル」も同じラ行とい , ,う点で共通し,1つの固有名詞として読んだときの称呼が類似している」などと主張するが,瑣末な共通点を独自の見方をもって称呼類似の根拠とする主張にすぎず,失当である。 (ウ)控訴人は,医療用医薬品における色彩な形状の組み合わせが限定的なものにすぎないとの原判決の判断は実態を無視した誤ったものであると主張する。 しかし,控訴人の主張は,光沢のある金あるいは銀を地色とし,これに対照色である濃色(黒,濃紺,青)を組み合わせる色彩の組合せを,一人控訴人に独占させるという結論に至る点で,不当である。また,色や形状の組み合わせは無限であるとの主張も 「緑と赤」とか「紫と ,黄」とかの配色,三角形や円形とかの分包体の形状も選択肢であるというに等しい,誤った論と言わなければならない。医療用医薬品に用いることのできる配色,形状には自ずと制約があり,原判決はこの点を正しく認定したものである。 第4当裁判所の判断1当裁判所も,控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,当審における控訴人の主張に対する判断において付加・訂正するほか,原判決説示のとおりであるから,これを引用する。 2本件特許権侵害に基づく請求について(1)相違点2の判断の誤りの主張につきア(ア)控訴人は 「赤熱」とは「950℃」の加熱の程度をいうから(甲 ,90の467〜468頁 ,乙18の上記記載には 「炭」を950℃と ),いう非常に高温で加熱(赤熱)した場合の現象が書いてあるにすぎず,乙18は,木炭が室温範囲内の昇温で空気を放出することを示唆すらしていないから,当業者は,乙18の上記記載を根拠に,赤熱時以外の温度範囲での昇温で木炭が空気を放出することは認識することができない,と主張する。 そこで検討するに,乙18(柳井弘「活性炭読本」日刊工業新聞社,昭和51年4月20日初版発行)には 「3.活性炭の性質 「3.活性炭 ,」と吸着現象」の項目において,以下の記載がある。 @「3.1.1概説家庭用冷蔵庫のなかに,プラスチック製の有孔箱をみかけることがある。この箱を振るとき,サラサラと音をたてる黒い炭粒は,活性炭と呼ばれている物質で,冷蔵庫内で各種食料品から発生する臭気を除去する役目をしている。 水道管のじゃ口に取付けた活性炭ろ過装置を流通した水は,塩素臭のない飲料水となる。茶褐色の粗糖が真白なグラニュー糖や白糖に精製されるのも活性炭処理による脱色効果である。 …このように活性炭は,しだいに人類の身辺に入り込んできて,人間生活に欠くことのできない存在となっている。 吸着は,固体の表面力に起因して,気体,蒸気,液体あるいは溶質,分散物質あるいはコロイド物質を濃縮する現象である。…すべての固体の内部にある分子は,すべての方向に等しい力が作用し,そのため表面の分子は不均衡な力に支配されることになる。内部の方向に向かう力は,気体または液体の分子を表面に吸着すると,はじめてバランスがとれる。ひきつける力は表面張力にもとづくもので,液体の凝縮する力と同じである。この力は比較的弱く,ファン・デル・ワールス(van der Waals)の力といわれている。このような力による吸着を物理吸着といい,吸着した分子は容易に表面から脱着する。 …全表面のエネルギーは,単位面積当たりの表面エネルギーに全表面積をかけたものに等しい。したがって,吸着現象では表面積が大きいということが必要条件である。 吸着は発熱現象であり,温度が低いほうが吸着に好都合であることは熱力学的に明らかである。… (56頁1行〜57頁4行) 」A「3.1.2吸着現象発見の由来多孔質固体が比較的多量の凝縮性ガスを吸着することは,ずっと以前から知られている。1777年,Fontana は新しく焼成した炭を真空下で冷却すると,各種気体を自身の容積の数倍を吸着する性質があることを認めている。同じ年Scheeleは,加熱によって炭から出た空気は冷却すると再び吸着されると述べている。彼の記述によると,乾燥粉末炭をレトルトの半分に充てんし,それを空気のない袋に連結する。レトルトの底部を赤熱すると袋は膨張し,レトルトを冷却すると空気は袋から炭のほうにかえる。この空気量は炭によって占められた空間の8倍であったという。 …多くの吸着剤において,表面積と細孔容積の2因子が吸着現象に重要な役割を演ずることが認められ,気体や蒸気に対する吸着の測定は,固体の表面積および細孔構造に関する情報をうるために実施されるようになった。… (57頁下8行〜58頁9行) 」(イ)以上の(ア)@,Aによれば,乙18には,活性炭は,家庭用冷蔵庫において各種食料品から発生する臭気を除去する役目をするなど,日常の人間生活に欠くことのできない存在となっていること,これは,活性炭の有する気体等の吸着現象を利用したものであること,活性炭における吸着現象において,そのひきつける力は表面張力に基づくもので比較的弱い力であること,吸着した分子は容易に表面から離脱すること,温度が低いほうが吸着に好都合であること,がそれぞれ記載され,こうした活性炭の吸着現象が発見された由来として,1777年のScheeleの実験についても紹介されたものと認められる。そして,乙18に950℃という具体的温度の記載があるわけではなく,1960年初版発行の「化学大辞典2縮刷版 (甲90の467頁〜468頁)に赤熱の温度 」が950℃であるとの記載があるからといって,当然に,1777年の同実験が 「炭」を950℃という非常に高温で加熱(赤熱)した場合 ,について記載したものとは認めがたい。 (ウ)そうすると,1777年のScheeleの実験は,活性炭の吸着現象発見の由来となったものと位置づけられ,また現在では,活性炭の吸着現象は家庭用冷蔵庫の消臭剤等,日常の人間生活において広く利用されているというのであり,そのひきつける力は比較的弱く吸着した分子は容易に表面から離脱するところ,温度が低いほうが吸着に都合がよいというのであるから,これに,本件内服用吸着剤も活性炭の一種と認められる(甲53,79,乙6)ことも併せ考慮すれば,当業者(その発明の技術の分野における通常の知識を有する者)であれば,本件特許の優先日(平成4年9月8日)の時点で,室温での昇温時において活性炭(上記のとおり,本件内服用吸着剤もその一種と認められる )が空気を離。 脱させる現象が生じることについて容易に想到することができたというべきである。 以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。 イ次に控訴人は,乙18の上記記載中の「炭」とは,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤ではなく,単なる木炭のことを指しているにすぎず,単なる木炭と本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤とでは吸脱着性能が著しく異なるのであるから,当業者は,単なる木炭の赤熱時の現象を記載した乙18に基づいて,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤の性状を予想などするはずがない,活性炭が単なる木炭より吸着性能を向上させたものということであれば,容易には空気を放出しない性能も向上しているということである,と主張する。 しかし,単なる木炭と活性炭とで吸着性能が著しく異なるとしても,上記アに認定・説示したとおり,乙18は,その内容自体から,単なる木炭ではなく活性炭の吸着現象について述べたものであることは明らかであって,たとえ1777年のScheeleの具体的実験が木炭についてのものであったとしても,これは活性炭の吸着現象発見の由来として記述されたものと位置づけられる。そして,前記のとおり本件内服用吸着剤は活性炭の一種であると認められるところ,乙18によれば,活性炭における吸着現象において,そのひきつける力は表面張力に基づくもので比較的弱い力であり,吸着した分子は容易に表面から離脱するというのであるから,活性炭において吸着性能が向上すれば離脱量も増加するとみるのが自然である。 したがって,乙18の記載に接した当業者が,活性炭につき,木炭に比して容易には空気を放出しない性能も向上していると認識するということはできない。 以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。 ウ次に控訴人は,乙18の上記記載中のScheeleの記述は,レトルト中に存在した空気の膨張を考慮していない点,及び木炭から発生する二酸化炭素及び一酸化炭素ガスを全く考慮していない点から,本件特許の優先日(平成4年9月8日)当時の技術水準から見て,化学的に誤っている(甲94)と主張する。 しかし,上記ア,イに説示したとおり,乙18において,1777年のScheeleの実験は,活性炭の吸着現象発見の由来として紹介されたものであり,当然に,同実験が「炭」を950℃という非常に高温で加熱(赤熱)した場合について記載したものとは認めがたいのであるから,その実験条件が,控訴人が提出する実験報告書(甲94)の「赤熱」と同一のものとみることはできない。また,本件特許の優先日(平成4年9月8日)当時の技術水準から見て,1777年のScheeleの実験に,控訴人が甲94を提出して指摘するような化学的な不完全さがあったとしても,同時に,上記アに説示したとおり,現在,活性炭の吸着現象は,家庭用冷蔵庫の消臭剤等,日常の人間生活において広く利用されている周知のものである。 そうすると,上記Scheeleの実験の結果を,レトルト中に存在した空気の膨張や,木炭から発生する二酸化炭素及び一酸化炭素ガスからすべて説明すべきものとは言い難いというべきである。 以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。 エ次に控訴人は,医薬品及び医薬品の包装に関する分野の専門家である「当業者」が,木炭や活性炭の専門家でもないのに,乙18の記載を見ることで,活性炭,さらには本件内服用吸着剤が常温で空気を脱着することを認識し,本件特許発明を容易に想到し得たとはいえない,と主張する。 しかし,証拠(甲3,79,乙6)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,引用発明に係る吸着剤の実施品(商品名「クレメジンカプセル )に」ついて,平成3年10月4日に指定医薬品として承認を受け,同年11月に薬価収載を受け,同年12月にその販売を開始したこと,クレメジンカプセルは,クレメジン原体(石油系炭化水素由来の球形微粒多孔質炭素を高温にて酸化及び還元処理して得た球形吸着炭)を1カプセル中200mg含有するものであり,慢性腎不全の疾患における尿毒症症状の改善及び透析導入の遅延の効能・効果を有し,製剤の剤形が「白色硬カプセル」であること,がそれぞれ認められる。これらによれば,本件特許の優先日(平成4年9月8日)当時,活性炭の吸着作用に着目した医薬品が既に販売されていたというのであるから,医薬品及び医薬品の包装に関する分野と活性炭に関する分野とは有機的に連携していたというべきであり,これらを切り離して別々の分野の当業者を観念することはできないというべきである。 以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。 オさらに控訴人は,乙18に基づいて,当業者において木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを容易に予想し得るなどと言うことはできないし,仮に,当業者において木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを容易に予想し得たとしても,木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温しても分包包装体の外観は全く変化せず,84包収納用の紙箱内の収納状態にも何らの変化も見られないから(甲95,96 ,本件特許発明の課)題を認識することはできない,と主張する。 しかし,木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを予想し得るか,及び,木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温したとき外観が変化するかにかかわらず,上記アに説示したとおり,乙18は単なる木炭ではなく活性炭(前記のとおり,本件内服用吸着剤もその一種である )の吸着。 現象について述べたものと認められ,これに接した当業者であれば,上記活性炭において室温での昇温時に空気を離脱する現象が生じることを容易に想到することができたというべきであるから,当業者が本件特許発明の課題を認識することができないとはいえない。 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。 カ以上のア〜オの説示によれば,乙266〜269を検討するまでもなく,控訴人の主張に理由がないことが明らかである。 (2)相違点3の判断の誤りの主張につきア控訴人は,医薬品の分包包装がいずれも大気圧下・室温で行われるということは基本的な技術常識であり,この技術常識を覆すような医薬品の減圧分包包装体や文献は存在しない,乙5で開示されている減圧包装技術も,2種類以上の粉体を混合した無菌混合粉末の構成成分の均一性を保持するために減圧包装でなければならないという極めて限定された状況において採用される特殊な技術にすぎず,上記した技術常識を覆すものではない,と主張する。 (ア)そこで検討するに,発明の名称が「無菌減圧包装物」である発明に係る特開平4-200549号公報(乙5)には,次の記載がある。 @特許請求の範囲「(1)無菌混合粉末が真空度600mmHg以下において封入されていることを特徴とする無菌減圧包装物。 (2)無菌混合粉末が無菌医薬品を含有する請求項1記載の無菌減圧包装物 」。 A発明の詳細な説明a産業上の利用分野「本発明は無菌混合粉末の品質を保持するための無菌減圧包装物に関する 」。 b従来技術・発明が解決しようとする課題「従来,2種類以上の粉体を混合した無菌混合粉末においては,その物性の違いにより成分の偏り,すなわち偏析がおき混合均一性が保持しにくいという問題がある。 しかし,無菌混合粉末を工業的規模で供給するためには,2種類以上の構成成分が均一に混合され,その均一性が特定の容器中に充填されるまで保持されなければならない。 また,吸湿により構成成分の安定性が低下する無菌混合粉末においては,吸湿を阻止する必要もある。 これらの問題をなくするために種々の方法が試みられ,例えば,粒子径・粒子密度の均一化,振動の少ない輸送手段の選択等が行なわれている。しかし,必ずしも満足すべき解決策が見い出されていない現状である 」。 c課題を解決するための手段「本発明者らは鋭意検討した結果,減圧状態で包装することにより上記課題が解決されることを見い出し,本発明を完成するに至った。 すなわち,本発明は無菌混合粉末が真空度600mmHg以下において封入されていることを特徴とする無菌減圧包装物に関する。 本発明において使用される無菌混合粉末としては,例えば点眼剤の主薬と等張化剤あるいは安定化剤からなる混合粉末,または注射剤の主薬と溶解補助剤からなる混合粉末等があげられる。等張化剤及び安定化剤は点眼剤に使用される通常のものであり,溶解補助剤としては,例えば炭酸ナトリウム,クエン酸ナトリウム,あるいは酢酸ナトリウム等…無菌医薬品としては,例えば抗生物質,鎮痛剤,あるいは血下降下剤等があげられる。…」上記@,Aによれば,乙5においては,従来,2種類以上の粉体を混合した無菌混合粉末には,混合均一性が保持しにくいという問題ととともに,吸湿により構成成分の安定性が低下するものにつき吸湿を阻止する必要があるという問題もあったこと,これらの問題は減圧状態で包装することにより解決されること,無菌混合粉末には各種の無菌医薬品が含まれること,が記載されている。したがって,乙5においては,無菌混合粉末(無菌医薬品を含む )の混合均一性の保持と 。 ともに,その吸湿を防止することを,減圧状態で包装するという技術的構成をとることにより解決するという技術思想が現れているといえる。 (イ)さらに,@ 特開昭59-221222号公報(乙25)の「包装された製品の貯蔵寿命を改善し,包装品に良好な外観を与えるために包装品の内容物を真空に引くことは真空包装業界において従来から行われてきた方法である。… (2頁右上欄4〜7行)との記載,A 特開昭6 」1-21303号公報(乙26)の「従来一般に行われている包装フィルムによる被包装物の真空密着包装方法においては,…上下包装フィルムの密着周縁部は糊着状態で密着不良等により気密性を失い,剥離し易く,…。ところで,この発明によると,…瞬時的に熱収縮溶着一体化させて密封し,被包装物を完全に真空密着包装することができた。…被包装物としては,一般食品…その他総ての被包装物に適用可能である 」。 (2頁右上欄7行〜左下欄18行)との記載,B 実開昭62-159410号公報(乙27)の「本考案は,袋密封装置に係り,例えば真空包装機等に用いられ袋の開口部を熱線によって溶着して密封するようにしたものに関する(1頁15〜17行)との記載,及びC 瀬崎仁監 。」修「医薬品の包装と容器U」平成3年10月30日,株式会社廣川書店発行(乙29)の「品質の劣化に酸素の影響が大きいときは,包装容器内の酸素濃度を下げることが考えられる。その方法としてガス置換包装・真空包装・酸素吸収剤包装が考えられ,… (383頁「A.脱酸素包 」装」の1〜2行)との記載からすれば,減圧包装は,包装の技術分野において,食料品その他のすべての被包装商品について必要に応じて用いられる周知慣用の技術であり,医薬品についても必要に応じ用いられている技術であることが認められる。 (ウ)以上によれば,控訴人が主張するように,乙5の減圧包装技術を,2種類以上の粉体を混合した無菌混合粉末の構成成分の均一性を保持するために減圧包装でなければならないという極めて限定された状況において採用される特殊な技術にすぎない,とまで限定的なものとして捉える理由はないと言わなければならない。 また控訴人は,医薬品の分包包装がいずれも大気圧下・室温で行われるということは基本的な技術常識であると主張する。しかし,たとえ従来の医薬品の分包包装が大気圧下・室温で行われていたことがあった(甲85,86の1〜2,87,88の1〜2参照)としても,上記(ア),(イ)に説示したとおり,乙5において,無菌混合粉末(無菌医薬品を含む )の吸湿防止を,減圧状態で包装する技術的構成により解決すると 。 の技術思想が既に現れていることを左右するものではなく,減圧包装自体も必要に応じ用いられている周知慣用の技術であるから,かかる乙5に接した当業者が,上記技術思想を,内服用吸着剤の分包包装の場合に適用することに想到できないとは考えがたい。 控訴人の上記主張は採用することができない。 イまた控訴人は,本件特許発明の内服用吸着剤の分包包装に減圧包装を用いることを想到するためには,本件特許の優先日(平成4年9月8日)前に,減圧包装を本件特許発明の内服用吸着剤の分包包装に用いることの動機が必要であるが,そもそも本件特許の優先日前には,当業者において,本件特許発明の包装体内に包装された内服用吸着剤が室温範囲内の昇温で空気を放出することは全く認識されていなかったから,当業者において,本件特許発明の内服用吸着剤を分包包装するに際して,減圧包装という方法を選択する動機は全くなかった,と主張する。 しかし,上記(1)アに説示したように,当業者であれば,本件特許の優先日(平成4年9月8日)の時点で,室温での昇温時において活性炭,すなわち本件内服用吸着剤が空気を離脱する現象が生じることについて容易に想到することができたというのであるから,当業者において,本件特許発明の内服用吸着剤を分包包装するに際して,減圧包装という方法を選択する動機がなかったということはできない。控訴人の主張は,その前提を欠き,失当である。 ウまた控訴人は,本件特許の優先日(平成4年9月8日)前において,減圧包装(真空包装)という包装方法は,包装体内に残留される酸素ガス濃度を低下させる目的で採用されるものであった(甲92)から,この酸化抑制や酸素濃度の低減などの目的ないし課題の他に,乙5を除いては,減圧包装(真空包装)を採用する動機を示唆するものはない,しかるに,本件特許発明の包装体に包装される内服用吸着剤には,上記のような酸化抑制や酸素濃度の低減などの目的ないし課題は全く存在しない,と主張する。 しかし,酸素濃度を低減させるため減圧包装をするという技術思想を前提とすれば,当業者は,予め減圧して包装容器内の空気(酸素)の量を減らして包装することにより,昇温時に炭素質吸着剤から空気が放出されても,通常の条件で分包包装されたものに比べ,分包包装体の体積の膨張が生じにくくなることは容易に想到し得るというべきであるから,控訴人の上記主張は,本件特許発明の目的ないし課題を酸素濃度の低減などの課題と何ら結びつかないものと捉えている点において失当である。 エさらに控訴人は,木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温しても,分包包装体の外観は全く変化しないし,また,84包収納用の紙箱内の収納状態にも何らの変化も見られない(甲95,96 ,仮に,当業者にお)いて木炭が室温範囲の昇温で空気を放出することを技術常識として知っていたとしても,木炭を分包包装袋に入れて室温範囲内で昇温したところで外観上分包包装体の変化が認識不可能である以上,本件特許発明の課題を認識することはできないと主張するが,かかる控訴人の主張が採用できないことは,前記(1)オで説示したとおりである。 (3)小括以上によれば,当業者は相違点2,3を容易に想到し得たというべきであり,これと同旨の原判決は正当として是認することができる。 3不正競争防止法に基づく請求について(1)控訴人の主張(2)ア・(3)アにつき控訴人は,被控訴人メルク社は,被告各製品の外観を,原告各製品の形態・包装と酷似させたものであるが,これは,被告各製品の外観を,先発品である原告各製品に似せて,原告各製品の需要者である患者や医療従事者らが,変化に気づくことなく,または,抵抗なく被告各製品に乗り換えられるようにして,控訴人から,原告各製品の取引者・需要者を奪うためであり,被控訴人メルク社自身,原告各製品の外観が「商品等表示」に該当することを認めていることを意味する,と主張する。 確かに,原判決認定のとおり,原告製品1の包装と被告製品1の包装は,細長い長方形の形状であること,3袋が1連になっていること,及び金色の地に青色の文字が付されている分包包装体であることなどの外観の点において極めて類似しており,原告製品2の形態・包装と被告製品2の形態・包装は,頭部白色,胴部灰色のカプセル剤であること,このカプセル剤10個が2列5段で,銀色の台紙に黒色の文字が記載されたPTPシートに包装されていること,及びそのPTPシートに表面,裏面には商品名の日本語表記(原告各製品は「クレメジン ,被告各製品は「メルクメジン )ないし英語 」 」表記が規則的に複数表示されていること,カプセルに赤色の識別コードが記載されていることなどの外観の点において極めて類似するものである。 しかし,被告各製品の形態・包装が,原告各製品の形態・包装と極めて類似するものであったとしても,不正競争防止法2条1項にいう不正競争行為に該当するためには,類似性の要件のほかに,原告各製品の形態・包装が同項1号にいう周知商品等表示( 他人の商品等表示…として需要者の間に広 「く認識されているもの )に該当するとの要件を満たす必要があり,これら 」の両要件の判断は,別個の観点から行われるものである。そして,周知商品等表示該当性の有無は,被控訴人らの主観的意図から判断されるのではなく,原告各製品の外観が独自の特徴を有し,かつ,かかる外観が長期間継続的かつ独占的に使用されるか又は短期間でも強力な宣伝等が伴って使用されることにより,その外観が控訴人の製品であることを示す出所表示であると需要者の間で広く認識されるようになったといえるか,という見地から判断されるものである。さらに,上記のように類似性の要件と周知商品等表示該当性の要件とについての判断が別個の観点から行われるものであることにも照らせば,原告各製品の形態・包装と極めて類似する被告各製品を製造・販売したとしても,それだけで当然に原告各製品の外観が「商品等表示」に該当することを認めていることになるとはいえないと解するのが相当である。 そして,原告各製品が上記「商品等表示」に該当するものではないことは,原判決説示のとおりである。 以上によれば,被控訴人らの前記行為が商道徳上の問題として論議される余地は残るものの,法的には控訴人の上記主張を採用することができない。 (2)控訴人の主張(2)イ・(3)イにつきア控訴人は,原告製品1の包装と類似する医薬品の包装は,被告製品1の他には証拠上一つも存在しないし,特に,原告製品1の包装の特徴中,3袋が1連になっているところ及び金色の地に青色の文字が付されている分包包装体であることは,医薬品としては他に類例がないから,原告製品1の包装は,他の同種商品に同一・類似の外観を有するものがなく,医薬品の包装として特に顕著なものであると主張する。 しかし,原告製品1の包装が,3袋が1連になっている点及び金色の地に青色の文字が付されている分包包装体である点において,医薬品としては他に類例がないものであったとしても,上記の包装の特徴とされる点は,その内容自体から言って,いずれも単純な色彩と形状の組合せの域を出るものではないことが明らかである。また後記(5)アに説示するとおり,医師・薬剤師等の間で,医薬品の商品名があるにもかかわらず,商品の包装における単純な色彩の組合せあるいは単純な形状が特定の者の周知商品等表示となる場合は,極めて例外的な場合に限定されるというべきであることにも照らせば,原告製品1の包装が,上記のように単純な組合せの域を出ない点において偶々他の医薬品に同一のものがなかったとしても,当然に,医薬品の包装として特に顕著なものということにはならない。 控訴人の上記主張は採用することができない。 イまた控訴人は,原告製品2の形態・包装と類似する医薬品の形態・包装は,被告製品2の他には証拠上,一つも存在しないし,特に,原告製品2の形態・包装の特徴中,外観上,カプセルの半分が白色,残り半分が灰色に見える点及び同カプセルの頭部に赤色識別コードが記載されているPTPシート入りカプセル剤であることは,証拠上,医薬品としては他に認められないから,原告製品2の形態・包装は,医薬品の形態・包装として特に顕著なものであると主張する。 しかし,原告製品2の形態・包装が,外観上,カプセルの半分が白色,残り半分が灰色に見える点及び同カプセルの頭部に赤色識別コードが記載されているPTPシート入りカプセル剤であるという点において,他の同種商品に同一・類似の外観を有するものがないとしても,上記の特徴とされる点のうち,前者は,白色のカプセル剤というありふれたもの(乙14の1〜62参照)に黒色の球形吸着炭を詰めた結果として生じる単純な目立たない色彩の組合せに過ぎず,後者は,その英文字や数字の列が表す意味を離れては看者の注意を惹くとは考えられない記載部分が赤字で記載されたものに過ぎないから,その内容自体から言って,いずれも,看者の注意を惹くような形態の顕著な特徴と認められる部分ではないことが明らかである。また後記(5)アに説示するとおり,医師・薬剤師等の間で,医薬品の商品名があるにもかかわらず,商品の包装における単純な色彩の組合せ等が特定の者の周知商品等表示となる場合は,極めて例外的な場合に限定されるというべきであることにも照らせば,原告製品2の形態・包装が,上記のように看者の注意を惹くとは認められない部分において偶々他の医薬品に同一のものがなかったとしても,当然に,医薬品の形態・包装として特に顕著なものということにはならない。 控訴人の上記主張は採用することができない。 ウまた控訴人は,実際にも,甲77のとおり,原告各製品が医療用医薬品であって,その製剤名・識別コードで特定することが一般的であるにもかかわらず,薬剤師は,原告製品1につき90%,原告製品2につき約85%という非常に高い認識率で,その名称だけでなく,形態・包装によっても原告各製品を識別しており,また,患者も,原告各製品が医療用医薬品であって,医師・薬剤師から処方されたことがなければその形態・包装を目にする機会がないという実情にもかかわらず,原告製品1につき38%,原告製品2につき約35%という認識率で,その形態・包装から識別している,と主張する。 しかし,医療用医薬品は,医師が作成する処方箋に基づいて患者に処方・交付されるものであるところ,医師や薬剤師等は,専門家として,副作用等の安全管理情報とも照らし合わせる見地から,第一次的な商品表示である商品名や会社名をまずもって確認しないとは考え難いし,患者への説明の必要の有無や薬価の差という見地からも,先発品か後発品かを確認すると考えられ,その際に,包装等の外観が同じだからという理由で後発品を先発品と取り違えて購入する医師や薬剤師等が存在するとは想定しがたい。医者や薬剤師等が,医療用医薬品を色彩やデザイン等の外観で把握することが全くないとまでいうことはできないが,医療用医薬品の性質上,それはあくまで補助的なものであると解される。そうすると,たとえ前記甲77(株式会社電通が平成17年2月に実施したインターネットによるアンケート調査の結果)により,原告各製品の形態・包装の写真をもって原告各製品と推認することができる人が多数いることが窺えるとしても,そのことをもって,実際の取引上,取り違えれば重大な結果となる可能性もある医療用医薬品について,商品名と同様の意味で外観によって識別されていると認める根拠となるものとはいえず,乙31〜262に照らしても,甲77が上記の理解を左右するものとはいいがたい。 以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。 (3)控訴人の主張(2)ウにつき控訴人は,原判決は,色彩や形状の組合せが極めて限定的であると判断しているが,全く実態を無視したものであり誤りである,すなわち,色彩や形状の組合せが限定的だとするならば,原告製品1の包装と類似した医薬品が複数あって然るべきであるが,現実には,原告製品1と同じ特徴を備えた包装を用いた医薬品は被告製品1のみである,また,そもそも,色彩の組合せは,最少組合せ数は2組であるものの,その上限は極めて大きな数となるから 「限定的」であるなどということ自体が不当である,形状にしても,医 ,薬品の包装として採りうる形状は無数に存在すると主張する。 しかし,たとえ原告製品1と同じ特徴を備えた包装を用いた医薬品が被告製品1のみであったとしても,上記(2)アで説示したとおり,上記の包装の特徴とされる点は,その内容自体から言って,いずれも単純な色彩と形状の組合せの域を出るものではないし,また,色彩構成や形状自体は無限にあるとしても,医療用医薬品において需要者に好ましく受け入れられる色彩や形状は自ずから限られてくると考えられるから,色彩や形状の組合せが極めて限定的であるとの判断が全く実態を無視したものとまでいうことはできない。 控訴人の上記主張は,採用することができない。 (4)控訴人の主張(2)エ,(3)ウにつき控訴人は,原判決は,原告各製品の需要者から患者を除外しているが誤りである,すなわち,東京高裁平成12年9月4日判決(平成11年(行ケ)第309号審決取消請求事件)も判示しているとおり,医薬品を服用し,またはその投与を受ける患者は,自らの意思と支出において医薬品を購入するものであって,当然,医薬品の選択権はあるのであるから,医療用医薬品であっても,患者はその需要者である,また被控訴人らが原告各製品の外観を真似ている意図の一つに,患者が原告各製品から被告各製品に移行する際に,処方された薬が以前のものと違うという事実を気付きにくくするという点があるが,患者には,医師から処方された医薬品が何であるかを知る権利もあるから,このような最終需要者である患者の誤解に乗じて売上を伸ばそうとする被控訴人らの行為は,正当な競争行為とはいえない,と主張する。 原判決は,原告各製品の需要者に患者も含まれるかどうか明示的に判示しているものではないが,この点については,患者は,医師が処方した医療用医薬品について,その処方を受けるか拒否するかの最終決定をなしうるのであるから,患者も医療用医薬品について不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」に含まれるというべきである。しかし,医師の処方により患者が服用する医療用医薬品は,通常は,患者からの委任を受けて,医師が,患者を診察して病名を診断し,かかる診断に基づいて治療方針を決定し,患者の現在の病態と薬の効能や副作用等を総合的に勘案してその種類,量等を決定し,その後医師からの処方を受けた薬剤師が,医師の指示どおり又は指示の範囲内での選択により,具体的な医薬品を調剤し,訪れた患者に交付するのが,一般的実情であるから,同号にいう主たる「需要者」は医師又は薬剤師であり,患者は従たる「需要者」の立場にあると解すべきである。 なお,以上のように解したとしても,前記のとおり,原告各製品の形態・包装が不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示には該当しないのであるから,本件訴訟の結論に影響を及ぼすものではない。控訴人は,被控訴人, らの意図や患者の知る権利について主張するが,上記(1)で説示したとおり不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当するためには,原告各製品の形態・包装が周知商品等表示に該当するとの要件を満たす必要があり,かかる要件は,被控訴人らの主観的意図から判断されるのではなく,原告各製品の外観が独自の特徴を有し,かつ,かかる外観が長期間継続的かつ独占的に使用されるか又は短期間でも強力な宣伝等が伴って使用されることにより,その外観が控訴人の製品であることを示す出所表示であると需要者の間で広く認識されるようになったといえるか,という見地から判断されるものである。また,患者の知る権利が,その受ける医療についての自己決定権を全うさせるために重要であり,先発品を希望する患者が外観の誤認によりその旨の意思表示ができずに後発品を服用する場面が理論的には考えられないではないとしても,かかる場面は,先発品から後発品に代わった旨の医師等の説明が受けられなかったなどの例外的な要素が寄与した結果というべきであり,しかも,医療用医薬品の選択は,主として,患者の病態を診断した結果,その効能効果や副作用等を考慮して決定される医師等の専門家としての判断によるものであって,先発品と後発品の成分は同一であり効能効果も同一と考えられるものである。これらの事情に鑑みると,先発品を希望する患者がその旨の意思表示をする機会ができずに後発品を服用する結果になったとしても,これのみで当然に従たる需要者の立場にある患者の権利が侵害されたと評価することはできないから,控訴人の上記主張は失当である。 (5)控訴人の主張(2)オ,(3)エにつきア控訴人は,原判決は 「…医師は,通常,医薬品を特定するために,そ ,の名称(商品名)あるいはその略称等を処方せんに記載し,薬剤師や看護師その他の医療従事者も,医師の処方せんに記載された商品名の医薬品を選別して患者に処方したり,投与したりするのであるから,医師・薬剤師等が,極めて多数の種類が存在する医薬品について,その包装の特徴などにより特定して処方ないし投与することは,誤処方,誤投与防止の観点からもあり得ないことである。… (67頁6行〜12行)とするが,医療 」現場における医薬品の特定の実態を理解しておらず,誤っている,すなわち,医療従事者は,医薬品の特定・選別を,商品名だけでなく,当該医薬品の包装や形態等の外観でも行っているのであって,医療の現場では,医薬品の特定・選別を商品名と外観とを結び付けて行っているという実情がある,このことは,医療の現場において,現実に数多くの医薬品の取り違え事故が発生していること(甲97の1〜8,98の1〜9,99,100)からも明らかである,と主張する。 しかし,上記(2)ウに説示したとおり,医師や薬剤師等は,専門家として,副作用等の安全管理情報とも照らし合わせる見地から,第一次的な商品表示である商品名や会社名をまずもって確認しないとは考え難い。すなわち,医者や薬剤師等が,医療用医薬品を色彩やデザイン等の外観で把握することが全くないということはできないが,医療用医薬品の性質上,それはあくまで補助的なものであり,医師・薬剤師等の間で,医薬品の商品名があるにもかかわらず,商品の包装における単純な色彩の組合せあるいは単純な形状が特定の者の周知商品等表示となる場合は,極めて例外的な場合に限定されるというべきである。医薬品の取り違え事故が発生していること(甲97の1〜8,98の1〜9,99,100)は,第一次的な商品表示の確認が十分でなかった場合に事故が発生することを示すものではあるが,実際の取引上,そのような取り違えれば重大な結果となる可能性もある医療用医薬品について,商品名と同様の意味で外観によって識別されていると認める根拠になるとまでいうことはできず,上記説示を左右するものではない。 控訴人の上記主張は,採用することができない。 イまた控訴人は,甲101では,医薬品の誤使用の原因として紛らわしい名称(商品名)があげられているところ,原告各製品と被告各製品の商品名は,取引者・需要者の注意を惹く「メジン ・ mezin」という部分が完 」「全に一致している上,各前段部分である「クレ」と「メルク」も 「ク」,と「ク」が完全に一致し 「レ」と「ル」も同じラ行という点で共通し, ,1つの固有名詞として読んだときの称呼が類似しているため,取引者・需要者に共通の印象を与えるものであって,上記にいう紛らわしい名称というべきである,かかる名称の類似性も,被控訴人らの行為が不正競争行為にあたることを理由付けるものである,と主張する。 しかし,甲101(東北大学医学部附属病院薬剤部 B「14 紛らわしい薬と危険薬」平成13年度NDP報告書抜粋)において,医薬品の誤使用の原因として紛らわしい名称(商品名)があげられているとしても,甲101自体からは,医療用医薬品が実際取引上4〜6音からなるカタカナの外来語風の名称が多く用いられること,互いに名称が近似するが薬効が著しく異なり重大な結果を引き起こす薬剤があること,が読みとれるに過ぎず,原告各製品の商品名「クレメジン(Kremezin 」と被告各製品の商品 )名「メルクメジン(Merckmezin 」とが不正競争防止法2条1項1号にい )う「類似」性や「不正競争」行為該当性を根拠づけるものではない。また,前記(2)ウに説示したとおり,医師や薬剤師等は,専門家として,副作用等の安全管理情報とも照らし合わせる見地から,第一次的な商品表示である商品名や会社名をまずもって確認しないとは考え難く,その際,商品名については,甲101のように互いに名称が近似するが薬効が著しく異なる薬剤が複数あるため取り違えの危険が指摘がされていることにも鑑み,共通する部分や五十音の同じ音が使われているなど近似した名称の薬剤との取り違えがないように,字音の違いなどについても慎重に確認するという取引の実情があるものと考えられる。そうすると,上記のような意味での名称の類似性が仮にあったとしても,それが直ちに被控訴人らの行為の不正競争行為性を理由付けることにはならないというべきである。 これに併せて,控訴人が指摘する点を考慮しつつ原告各製品の商品名「クレメジン(Kremezin 」と被告各製品の商品名「メルクメジン(Merck )mezin 」の称呼を対比しても,両者は取引者・需要者に共通の印象を与え )るものとまでいうことはできない。なぜなら,両者は頭音や音数が相違し,双方の会社名の一部(甲58参照)と考えられる頭部の「クレ「メル」,ク」の部分も明瞭に相違しているものである上,尾部の「メジン」の部分も,上記甲101に「セファメジン (セフェム系抗生物質)とあるなど 」他の薬剤名にも用いられており 「medeical部門」の「メ」と「腎不全用 ,剤」の「ジン」との組合せ(甲58)自体,医療用医薬品の取引の分野において想起できない特異な発想によるものとまで言い難いからである。 なお,上記(1)に説示したとおり,不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当するためには,類似性の要件のほかに,原告各製品の形態・包装が周知商品等表示に該当するとの要件を満たす必要があるのであり,原告各製品の商品名「クレメジン(Kremezin 」と被告各製品の商品名 )「メルクメジン(Merckmezin 」とが紛らわしいかどうかということが, )原告各製品の形態・包装が周知商品等表示に当たらないとの結論を左右するものではない。 (6)控訴人の主張(2)カ,(3)オにつき控訴人は,原判決は,現実に発生した混同の事案を無視しており誤っている,すなわち,現実に,薬剤師は,原告製品1につき90%,原告製品2につき約85%もの高い認識率で,その名称だけでなく,包装からも原告製品1を識別しており(甲77 ,患者も,原告製品1につき38%,原告製品 )2につき約35%という認識率で,その名称だけでなく,その形態・包装からも識別している(甲77 ,さらに,原告製品1の包装の写真を見て 「メ ) ,ルクメジン」と回答した薬剤師が1名(甲77の5頁)存在している,と主張する。 しかし,原告製品1の包装の写真を見て「メルクメジン」と回答した薬剤師が1名(甲77の5頁)存在していることをもって,現実に混同の事案が生じているというのは無理があるし,原告各製品の形態・包装に係る甲77の記載については,上記(2)ウに記載した説示がそのまま当てはまるところであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。 (7)小括以上によれば,原告各製品の形態・包装は,不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たるということはできず,これとほぼ同旨の原判決は結論において正当である。 4結論以上のとおりであるから,控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がなく,これと結論を同じくする原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 中野哲弘 |
---|---|
裁判官 | 森義之 |
裁判官 | 田中孝一 |