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関連審決 異議2002-72363
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  援用権(援用) /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 245号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社共立
訴訟代理人弁護士 竹田稔
訴訟代理人弁理士 小栗久典
同 平木祐輔
同 関谷三男
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 亀井孝志
同 西野健二
同 高木進
同 涌井幸一
同 宮下正之
同 岡田孝博
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/02/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-72363号事件について平成15年4月30日にした決定中「特許第3274671号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「スタータ装置」とする特許第3274671号の特許(平成11年12月7日出願,特許法41条に基づく優先権主張日平成11年8月25日,平成14年2月1日設定登録。以下「本件特許」という。後記訂正後の請求項の数は4である。)の特許権者である。
本件特許のすべての請求項について特許異議の申立てがなされ,特許庁は,これを異議2002-72363号事件として審理した。原告は,審理の過程で,平成15年3月18日,特許請求の範囲の訂正を含む訂正を請求した(以下,この請求に係る訂正を「本件訂正」といい,本件訂正による訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成15年4月30日,本件訂正を認めた上で,「特許第3274671号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年5月19日,その謄本を原告に送達した。
2 本件訂正による訂正後の特許請求の範囲(別紙1参照) (1) 請求項1 駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系の途中に,緩衝・蓄力手段(15)を介在したスタータ装置(10)であって,前記緩衝・蓄力手段(15)は,前記駆動部(A)の手動リール(20)での駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動するゼンマイ機構(15)であり,前記従動部(B)は,従動側の回転による遠心力により係合を解除される遠心クラッチ(30)を備え,前記駆動部(A)による駆動時には前記遠心クラッチ(30)を介して前記ゼンマイ機構(15)と直接連動連結して前記駆動部(A)と一緒に一方向(R)へ回転するものであり,前記ゼンマイ機構(15)は,駆動側のゼンマイ香箱(16)にゼンマイ(18)の外端を係止し従動側の起動プーリ(17)に前記ゼンマイ(18)の内端を係止して構成され,前記ゼンマイ香箱(16)を前記一方向(R)にのみ回転させる手段(19)を有していることを特徴とするスタータ装置。
(2) 請求項2 前記一方向にのみ回転させる手段は,ワンウェイクラッチ(19)で構成されていることを特徴とする請求項1に記載のスタータ装置。
(3) 請求項3 前記従動部(B)が,連動プーリ(35)を含むものであり,該連動プーリ(35)は,伝達機構としての前記遠心クラッチ(30)を備えていることを特徴とする請求項1又は2に記載のスタータ装置。
(4) 請求項4 前記遠心クラッチ(30)は,前記ゼンマイ機構(15)の伝達係合突部(31)と前記連動プーリ(35)に支持され前記伝達係合突部(31)に係合する始動爪(36)とから構成され,前記リール(20)の回転を前記ゼンマイ機構(15)を介して内燃エンジン(1)のクランク軸(2)に連結されている前記連動プーリ(35)に伝達することを特徴とする請求項3に記載のスタータ装置。
(以下,「請求項1発明」,「請求項2発明」などといい,全部を合わせて「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,@実願昭62-78067号(実開昭63-186967号公報)のマイクロフィルム(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。),並びに特公昭36-2954号公報(以下「刊行物2」という。),実願昭63-87945号(実開平2-13171号)のマイクロフィルム(以下「刊行物3」という。)に記載の各発明(以下,それぞれの発明を「刊行物2発明」,「刊行物3発明」という。)及び周知技術により,当業者が容易に発明をすることができたものであるか(対比・判断の1),又は,A刊行物2発明,並びに刊行物1発明,刊行物3発明,実願平1-58048号(実開平2-149872号)のマイクロフィルム(以下「刊行物4」という。)に記載された発明(以下「刊行物4発明」という。)及び周知技術により,当業者が容易に発明をすることができたものである(対比・判断の2),とするものである。
4 決定が「対比・判断の1」において認定した,刊行物1発明の内容,請求項1発明との一致点,相違点 (1) 刊行物1発明の内容(別紙2ないし4参照) 「駆動部(リール52等を含む部分)と従動部(スタータプーリ32,クランク軸20等を含む部分)との間の動力伝達係(判決注・「系」の誤記と認める。)を有するリコイルスタータ装置であって,前記駆動部(リール52等を含む部分)のリール52での駆動の全過程において,該駆動部(リール52等を含む部分)の駆動によって前記従動部(スタータプーリ32,クランク軸20等を含む部分)と連動すると共に,前記従動部(スタータプーリ32,クランク軸20等を含む部分)を駆動し,前記従動部(スタータプーリ32,クランク軸20等を含む部分)は,従動側の回転による遠心力により係合を解除される係止突起44及び爪部材36を備え,前記駆動部(リール52等を含む部分)による駆動時には前記係止突起44及び爪部材36を介して直接連動連結して前記駆動部(リール52等を含む部分)と一緒に一方向へ回転するリコイルスタータ装置。」(決定書6頁〜7頁) (2) 一致点 「駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系を有するスタータ装置(10)であって,前記駆動部(A)の手動リール(20)での駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と連動すると共に,前記従動部(B)を駆動し,前記従動部(B)は,従動側の回転による遠心力により係合を解除される遠心クラッチ(30)を備え,前記駆動部(A)による駆動時には前記遠心クラッチ(30)を介して直接連動連結して前記駆動部(A)と一緒に一方向(R)へ回転するものであるスタータ装置。」(同12頁) (3) 相違点 「(イ)請求項1に係る発明では,駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系の途中に,緩衝・蓄力手段(15)を介在したスタータ装置(10)であって,前記緩衝・蓄力手段(15)は,前記駆動部(A)の駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動するゼンマイ機構(15)であり,前記従動部(B)は,前記駆動部(A)による駆動時には前記遠心クラッチ(30)を介して前記ゼンマイ機構(15)と直接連動連結して前記駆動部(A)と一緒に一方向(R)へ回転するものであるのに対して,刊行物1に記載された発明では,駆動部と従動部との間の動力伝達系を有するスタータ装置であって,前記駆動部の駆動の全過程において,該駆動部の駆動によって前記従動部と連動すると共に,前記従動部を駆動し,前記従動部は,前記駆動部による駆動時には前記遠心クラッチを介して直接連動連結して前記駆動部と一緒に一方向へ回転するものである点, (ロ)請求項1に係る発明では,前記ゼンマイ機構(15)は,駆動側のゼンマイ香箱(16)にゼンマイ(18)の外端を係止し従動側の起動プーリ(17)に前記ゼンマイ(18)の内端を係止して構成されているのに対して,刊行物1に記載された発明では,その構成を有しない点, (ハ)請求項1に係る発明では,前記ゼンマイ香箱(16)を前記一方向(R)にのみ回転させる手段(19)を有しているのに対して,刊行物1に記載された発明では,その構成を有しない点」(同12頁〜13頁) (以下,それぞれ「相違点(イ)」,「相違点(ロ)」及び「相違点(ハ)」という。) 5 決定が「対比・判断の1」において認定した,請求項2発明と刊行物1発明との一致点・相違点 (1) 一致点 請求項1発明と刊行物1発明との一致点と実質的に同じ。
(2) 相違点 「請求項1に係る発明と刊行物1に記載された発明との対比における相違点(イ),(ロ),(ハ)と実質的に同じものに加えて, (ニ)請求項2に係る発明では,前記一方向にのみ回転させる手段は,ワンウェイクラッチ(19)で構成されているのに対して,刊行物1に記載された発明では,その構成を有しない点」(決定書15頁) (以下「相違点(ニ)」という。) 6 決定は,「対比・判断の1」において,請求項3発明は,請求項1発明又は請求項2発明に,「前記従動部(B)が,連動プーリ(35)を含むものであり,該連動プーリ(35)は,伝達機構としての前記遠心クラッチ(30)を備えていること」という構成要件を付加して限定したもの,請求項4発明は,請求項3発明に,「前記遠心クラッチ(30)は,前記ゼンマイ機構(15)の伝達係合突部(31)と前記連動プーリ(35)に支持され前記伝達係合突部(31)に係合する始動爪(36)とから構成され,前記リール(20)の回転を前記ゼンマイ機構(15)を介して内燃エンジン(1)のクランク軸(2)に連結されている前記連動プーリ(35)に伝達すること」という構成要件を付加して限定したものであるところ,刊行物1には,上記各付加された構成要件が記載されているとして,請求項3発明については,請求項1発明及び請求項2発明についての判断を,請求項4発明については,請求項3発明についての判断を,それぞれ援用している(決定書15頁〜17頁)。
7 決定が「対比・判断の2」において認定した,刊行物2発明の内容,請求項1発明との一致点・相違点 (1) 刊行物2発明の内容(別紙5参照) 「駆動部(セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)と従動部(フリーホイルローラー12,フリーホイル外輪13,機関主軸14等を含む部分)との間の動力伝達系の途中に,緩衝・蓄力手段(発条18等を含む部分)を介在した小型内燃機関の始動装置であって,前記緩衝・蓄力手段(発条18等を含む部分)は,前記駆動部(セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)の駆動の全過程において,該駆動部(セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)の駆動によって前記従動部(フリーホイルローラー12,フリーホイル外輪13,機関主軸14等を含む部分)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(フリーホイルローラー12,フリーホイル外輪13,機関主軸14等を含む部分)を駆動する発条18機構(発条18等を含む部分)であり,前記従動部(フリーホイルローラー12,フリーホイル外輪13,機関主軸14等を含む部分)は,従動側の回転による遠心力により係合を解除されるフリーホイル内輪11及びフリーホイルローラー12を備え,前記駆動部(セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)による駆動時には前記フリーホイル内輪11及びフリーホイルローラー12を介して前記発条18機構(発条18等を含む部分)と直接連動連結して前記駆動部(セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)と一緒に一方向へ回転するものであり,前記発条18機構は,駆動側に発条18の外端を係止し従動側に前記発条18の内端を係止して構成されている小型内燃機関の始動装置。」(決定書8頁) (2) 一致点 「駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系の途中に,緩衝・蓄力手段(15)を介在したスタータ装置(10)であって,前記緩衝・蓄力手段(15)は,前記駆動部(A)の駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動する発条機構であり,前記従動部(B)は,従動側の回転による遠心力により係合を解除される遠心クラッチ(30)を備え,前記駆動部(A)による駆動時には前記遠心クラッチ(30)を介して前記発条機構と直接連動連結して前記駆動部(A)と一緒に一方向(R)へ回転するものであり,前記発条機構は,駆動側に発条の外端を係止し従動側に前記発条の内端を係止して構成されているスタータ装置(10)。」(同17頁) (3) 相違点 「(い)請求項1に係る発明では,手動リール(20)での駆動であるのに対して,刊行物2に記載された発明では,セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4での駆動である点, (ろ)請求項1に係る発明では,ゼンマイ機構(15)であり,前記ゼンマイ機構(15)は,駆動側のゼンマイ香箱(16)にゼンマイ(18)の外端を係止し従動側の起動プーリ(17)に前記ゼンマイ(18)の内端を係止して構成されているのに対して,刊行物2に記載された発明では,発条機構であり,前記発条機構は,駆動側に発条の外端を係止し従動側に前記発条の内端を係止して構成されている点, (は)請求項1に係る発明では,前記ゼンマイ香箱(16)を前記一方向(R)にのみ回転させる手段(19)を有しているのに対して,刊行物2に記載された発明では,その構成を有しない点」(同17頁〜18頁) (以下,それぞれ「相違点(い)」,「相違点(ろ)」及び「相違点(は)」という。) 8 決定が「対比・判断の2」において認定した,請求項2発明と刊行物2発明との一致点・相違点 (1) 一致点 請求項1発明と刊行物2発明との一致点と実質的に同じ。
(2) 相違点 「請求項1に係る発明と刊行物2に記載された発明との対比における相違点(い)(ろ)(は)と実質的に同じものに加えて, (に)請求項2に係る発明では,前記一方向にのみ回転させる手段は,ワンウェイクラッチ(19)で構成されているのに対して,刊行物2に記載された発明では,その構成を有しない点」(決定書20頁) (以下「相違点(に)」という。) 9 決定が「対比・判断の2」において認定した,請求項3発明と刊行物2発明との一致点・相違点 (1) 一致点 請求項1発明と刊行物2発明との一致点と実質的に同じ。
(2) 相違点 「請求項1に係る発明と刊行物2に記載された発明との対比における相違点(い)(ろ)(は)と実質的に同じものに加えて,又は,相違点は,請求項2に係る発明と刊行物2に記載された発明との対比における相違点(い)(ろ)(は)(に)と実質的に同じものに加えて, (ほ)請求項3に係る発明では,前記従動部(B)が,連動プーリ(35)を含むものであり,該連動プーリ(35)は,伝達機構としての前記遠心クラッチ(30)を備えているのに対して,刊行物2に記載された発明では,従動部(フリーホイルローラー12,フリーホイル外輪13,機関主軸14等を含む部分)が,フリーホイル外輪13を含むものであり,該フリーホイル外輪13は,伝達機構としてのフリーホイル内輪11及びフリーホイルローラー12を備えている点」(決定書20頁〜21頁) (以下「相違点(ほ)」という。) 10 決定が「対比・判断の2」において認定した,請求項4発明と刊行物2発明との一致点・相違点 (1) 一致点 請求項1発明と刊行物2発明との一致点と実質的に同じ。
(2) 相違点 「請求項3に係る発明と刊行物2に記載された発明との対比における相違点(い)(ろ)(は)(ほ)又は(い)(ろ)(は)(に)(ほ)と実質的に同じものに加えて, (へ)請求項4に係る発明では,前記遠心クラッチ(30)は,前記ゼンマイ機構(15)の伝達係合突部(31)と前記連動プーリ(35)に支持され前記伝達係合突部(31)に係合する始動爪(36)とから構成され,前記リール(20)の回転を前記ゼンマイ機構(15)を介して内燃エンジン(1)のクランク軸(2)に連結されている前記連動プーリ(35)に伝達するのに対して,刊行物2に記載された発明では,フリーホイル内輪11及びフリーホイルローラー12は,前記発条18機構のフリーホイル内輪11とフリーホイル外輪13に装着され前記フリーホイル内輪11に(巻発条16により)圧着するフリーホイルローラー12とから構成され,前記大歯車5の回転を前記発条18機構を介して小型内燃機関の機関主軸14に連結されている前記フリーホイル外輪13に伝達する点」(決定書22頁) (以下「相違点(へ)」という。)
原告の主張
決定は,その「対比・判断の1」及び「対比・判断の2」において,@本件発明と刊行物1発明及び刊行物2発明との一致点の認定を誤り,A相違点についての判断を誤り,B本件発明が奏する顕著な作用効果を看過した結果,本件特許を取り消したものであるから,違法として取り消されるべきである。
(注)決定の「対比・判断の1」及び「対比・判断の2」は,主引例を異にする別個独立の判断であるから,そのどち らかが肯定されれば,発明の進歩性を否定した決定の判断は維持されることになる。したがって,以下の「対比・ 判断の1」及び「対比・判断の2」についての各取消事由は,各請求項ごとにそのいずれもの取消事由が認められ て初めて決定を取り消すべき事由となるものである。
【「対比・判断の1」の誤り】 1 請求項1発明についての取消事由 (1) 一致点の認定の誤り 決定は,請求項1発明と刊行物1発明との一致点の認定において,「駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系を有するスタータ装置(10)であって」(決定書12頁)としているが,この認定は誤りである。
すなわち,動力伝達系とは,動力伝達作用を持つ物体の集合体をいうものであるところ,刊行物1発明は,遠心クラッチ(爪部材36と係止突起44)を備えた従動部であるスタータプーリと駆動部であるリールとが直接連動連結されて動力を伝達するものであって,この駆動部と従動部との間に動力伝達系は存在していない。
これに対し,請求項1発明は,駆動部(A)と従動部(B)との間に,緩衝・蓄力手段を介在した「駆動部(A)と前記従動部(B)との間の動力伝達系を有するスタータ装置」である。
したがって,決定の上記一致点の認定は誤りである。
(2) 相違点(イ)についての判断の誤り ア 刊行物2発明の認定の誤り (ア) 決定は,刊行物2発明の「駆動部(セルモータ1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)」は請求項1発明の「駆動部(A)」に相当すると認定しているが,この認定は誤りである。
請求項1発明の「駆動部(A)」は,手動リールを含むものであり,セルモータ,歯車,減速歯車を含む刊行物2発明の駆動部とは異なる。両者は,スタータ装置としては類似していても,駆動形態が異なり,技術的思想を全く異にしている。
そして,決定の「刊行物2には,駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系の途中に,・・・が記載されている」との認定(決定書13頁)は,刊行物2の駆動部が「セルモータ1,歯車2,減速歯車3,4」を含むものである以上,「刊行物2には,セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4を含む駆動部(A)と・・・」と認定されるべきである。
(イ) また,決定は,刊行物2には「前記緩衝・蓄力手段(15)は,前記駆動部(A)の駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動する発条機構」(決定書13頁)であることが記載されていると認定しているが,刊行物2発明の緩衝・蓄力手段は,「駆動部(A)の駆動によって・・・蓄力を附加力となして従動部(B)を駆動する」ものではないから,この点についての決定の認定は誤りである。
請求項1発明の「前記駆動部(A)の手動リール(20)での駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を附加力となして前記従動部(B)を駆動するゼンマイ機構(15)であり」の構成の意味するところは,手動リールでの駆動であることによって,エンジンのクランク軸の一回の回転過程における前半過程において,リコイルロープの引き力の一部がゼンマイ機構(緩衝・蓄力手段)に蓄えられると共に,後半過程(エンジンの上死点以降)において,手動リールを引く引き力と,前記前半過程で蓄えられた引き力(蓄力)とが合力となって,エンジンを回転(起動)させる力となること,すなわち,後半過程において,手動リールを引く引き力に,前記蓄力が付加力として加わって,従動部を駆動するものである(本件明細書段落【0030】参照)。また,上死点を越えて手動リールにかかる負荷が少なくなったとき,自然に手動リール(ロープ)を引く力も速くなるから,早期に従動部に負荷がかかった状態になるし,直ちにゼンマイを巻き込むことにもなる。
これに対し,刊行物2発明では,セルモーターは定速度で駆動されるものであり,そのため,歯車2等を介在して,減速された一定の回転状態で,緩衝・蓄力手段を介して従動部を駆動するものである。これにより,刊行物2発明では,セルモーターの回転力の一部が発条機構(緩衝・蓄力手段)に蓄えられ,後半過程(エンジンの上死点以降)においては,もっぱら前半過程で蓄えられた蓄力によって,従動部が駆動されるものである。すなわち,セルモーターの回転は一定回転速度で,かつ減速されているから,それが前記蓄力による回転より低くなることが予想される後半過程では,セルモーターの回転(すなわち,駆動部の回転)は,従動部の駆動に寄与していないのである。また,請求項1発明のように,早期に手引力により従動部に負荷がかかる状態にも,ゼンマイを巻き込む状態にもならない。
したがって,刊行物2発明の緩衝・蓄力手段は,「駆動部(A)の駆動によって・・・蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動する」ものであるとした決定の認定は誤りである。
イ 刊行物2発明を刊行物1発明に適用することの誤り (ア) 決定は,「刊行物2及び刊行物1に記載された発明は,いずれも,スタータ装置という同一の技術分野に属する」(決定書13頁)とした上で,前者を後者に適用することは容易に推考できる,としている。
しかし,前記のとおり,刊行物1発明は手引力で駆動する装置であり,刊行物2発明は電動モーターで駆動する装置であって,両者は技術的思想を異にした技術分野のものであり,刊行物2発明を刊行物1発明に適用することは,容易に推考できるものではない。
(イ) また,前記のとおり,刊行物1発明は,駆動部と従動部との間に動力伝達系を有するスタータ装置ではなく,両者は直接連動連結され,手引力により一体として駆動されるものであって,両者の間に,他の動力伝達手段を介在させ得る構成となっておらず,また,そのような構成にする必然性も予測性もないから,刊行物2発明を刊行物1発明に適用することは,容易に想到し得るものではない。
(ウ) 請求項1発明と刊行物2発明とでは,それぞれの構成要件に適合するゼンマイ機構,発条機構を採用しなければならないのであって,両者は,その実施の態様においても相違するものである。
(エ) 仮に,刊行物2発明を刊行物1発明に適用できるとしても,駆動部と従動部との間に緩衝・蓄力手段を介在させることが推考できるにすぎず,手動リールでの駆動の全過程において,「該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動するゼンマイ機構」とはなり得るものではない。
ウ 刊行物3発明を刊行物1発明に適用することの誤り 決定は,「しかも,刊行物3には,人力での駆動もモータでの駆動も行う内燃機関の渦巻バネ式始動装置が記載されており,モーターでの駆動である刊行物2に記載された発明を手動リールでの駆動である刊行物1に記載された発明に適用することは,当業者が容易に想到し得たことである。」(決定書13頁)としている。
しかし,刊行物3発明では,人力やモータでの駆動を行う対象は,始動ラチェットと始動ラチェットホイールとによってその一端が係止されている渦巻バネであって,人力やモータでの駆動の過程において,内燃機関のクランク軸を一緒に駆動するものではない(別紙6ないし8参照)。すなわち,刊行物3発明は,刊行物1発明及び刊行物2発明とは駆動操作の技術的思想が異なり,技術分野を異にするものであるから,刊行物3に,人力での駆動もモータでの駆動も行う内燃機関の渦巻バネ式始動装置が記載されているからといって,モータでの駆動を行う刊行物2発明を,手動リールで駆動を行う刊行物1発明に適用することに容易に想到し得るとはいえない。
(3) 相違点(ロ)についての判断の誤り ア 刊行物3発明を刊行物1発明に適用することの誤り (ア) 決定は,「刊行物3及び刊行物1に記載された発明は,いずれも,スタータ装置という同一の技術分野に属する」(決定書14頁)とした上で,前者を後者に適用することは容易に推考できる,としている。
しかし,両者は,スタータ装置として類似の技術分野に属するとしても,刊行物1発明は手引力で直接従動部を駆動する装置であるのに対し,刊行物3発明はモータ若しくは手動クランクで渦巻バネに予め蓄力しておき,始動時,始動ラチェットの操作により,前記蓄力しておいたエネルギーで従動部を駆動するものであって,両者は技術的思想を異にした技術分野に属するものであり,刊行物3発明を刊行物1発明に適用することは,容易に推考できるものではない。
(イ) 前記のとおり,刊行物1発明は,駆動部と従動部の間に動力伝達系を有しないスタータ装置であるから,それらの間に他の動力伝達手段ないし緩衝・蓄力手段を介在させる必然性も予測性もないから,刊行物3発明を刊行物1発明に適用することは,容易に想到し得るものではない。
(ウ) 刊行物3発明は,モータでの駆動や手動クランクによる人力での駆動を行う内燃機関の渦巻バネ式始動装置であり,該渦巻バネである板状蓄力バネは,その外端を駆動側のバネ蓄力箱の周壁に係止しその内端をフレームの玉軸受に軸支された軸により係止し,前記バネ蓄力箱から外方向に伸びた前記軸にスタータラチェットホイールを組み付けた構成のものであって,決定が認定した「内燃機関の渦巻バネ式始動装置において,渦巻バネ11機構は,駆動側のバネ蓄力箱10に渦巻バネの外端を係止し従動側のスタータラチェットホイールリール4に前記渦巻バネ11の内端を係止して構成されている」(決定書9頁)との構成を備えていない。
このように,刊行物3発明は,請求項1発明の「ゼンマイ機構(15)は,駆動側のゼンマイ香箱(16)にゼンマイ(18)の外端を係止し従動側の起動プーリ(17)に前記ゼンマイ(18)の内端を係止」した構成を備えていないものであり,また,請求項1発明と刊行物3発明とでは,ゼンマイ(渦巻バネ)の内端の係止部材が前者では起動プーリであるのに対し,後者では軸であることによって,ゼンマイ機構全体に対するゼンマイ(渦巻)の構造や機能に相違を生じさせるものである。
したがって,仮に,刊行物3発明を刊行物1発明に適用したとしても,請求項1発明のゼンマイ機構の構成が具現化するものではない。
イ 刊行物1発明に適用した周知技術の認定の誤り 決定は「スタータ装置において,前記ゼンマイ機構(15)は,駆動側のゼンマイ香箱(16)にゼンマイ(18)の外端を係止し従動側の起動プーリ(17)に前記ゼンマイ(18)の内端を係止して構成されていること,は周知事項である。この周知事項を刊行物1のスタータ装置に適用することは,当業者が容易に想到し得たことである」(決定書14頁)とし,この周知技術の根拠を,本件明細書の記載に求めている。
しかし,本件明細書は,「ゼンマイの端部の係止の態様のみが従来周知の態様である」(5頁)としているのみであり,「ゼンマイ香箱16,起動プーリ17,及びゼンマイ18の全体の配置・係止構成」まで,従来周知であったと記載しているものではないから,決定の上記周知事項の認定は誤りである。
(4) 相違点(ハ)についての判断の誤り 決定は,「刊行物3及び刊行物1に記載された発明は,いずれも,スタータ装置という同一の技術分野に属する」(14頁)とした上で,前者を後者に適用して相違点(ハ)に係る構成とすることは容易に推考できる,としている。
ア しかし,前記のとおり,刊行物3発明と刊行物1発明は,技術的思想を異にした技術分野に属するものであり,刊行物3発明を刊行物1発明に適用することは,容易に推考できるものではない。
イ 請求項1発明の相違点(ハ)に係る構成は,「一方向にのみ回転させる手段(ワンウェイクラッチ)」を備えたことで,駆動部(リコイルロープ)の駆動によってゼンマイ機構が従動部と緩衝しつつ蓄力されると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部を駆動する前記駆動部(リコイルロープ)の駆動の全過程において,前記「一方向にのみ回転させる手段(ワンウェイクラッチ)」が,前記駆動部(リコイルロープ)の駆動(引き力)によりクランク軸の一回の回転過程の前半過程でゼンマイ機構に蓄えられた引き力(蓄力)を前記引き操作を行っている前記駆動部(リコイルロープ)側に逃すことなくゼンマイ機構に保持させることができ,内燃機関がそのピストンの上下運動により,負荷変動するのに対して,駆動部(リコイルロープ)に加わる負荷の変動を小さくし,リコイルロープの引き操作を滑らかにして,スタータ装置の動作を確実にすることができるものである。また,これによりその小型化も達成できる。
他方,刊行物3発明においては,モーターでの駆動や手動クランクによる駆動の全過程において,従動側(エンジン側)が回転しないように構成されており,駆動の全過程において駆動側にかかる負荷はほぼ一定であり,板状蓄力バネによる従動側(エンジン側)の駆動時には,モーターや手動クランクは,何ら機能していないから,同発明における「ラチェット組立14と歯部36」から成る構成は,請求項1発明の「一方向にのみ回転させる手段」とは,機能も効果も異なるものである。
ウ 刊行物1発明は,駆動部と従動部とが直接連動連結されており,それらの間に緩衝・蓄力手段を介在させる必然性も予測性もなく,仮に,刊行物1発明に一方向にのみ回転させる手段を適用したとしても,それは,何らの有用な機能を奏するものではないから,刊行物3発明を,刊行物1発明に適用することの予測性はない。
エ 以上のとおりであるから,相違点(ハ)についての決定の判断は誤りである。
2 請求項2発明についての取消事由 (1) 前記1の(1)ないし(4)と同じ。
(2) 相違点(ニ)についての判断の誤り 決定は,相違点(ニ)についての判断において,「刊行物3及び刊行物1に記載された発明は,いずれも,スタータ装置という同一の技術分野に属する」(決定書15頁)とした上で,「当該刊行物3に記載された発明を刊行物1に記載されたスタータ装置に適用して,もって,一方向にのみ回転させる手段は,ワンウェイクラッチ(19)で構成されていること,とすることは当業者が容易に想到し得たことである」(同頁)と判断しているが,この判断は,前記1の(4)と同じ理由により,誤りである。
3 請求項3発明についての取消事由 前記1の(1)ないし(4),2の(2)と同じ。
4 請求項4発明についての取消事由 (1) 前記1の(1)ないし(4),2の(2)と同じ。
(2) 請求項4発明との対比における刊行物1発明の認定の誤り 決定は,請求項4発明と刊行物1発明とを対比するに当たり,「刊行物1には,遠心クラッチ(30)は,伝達係合突部(31)と連動プーリ(35)に支持され前記伝達係合突部(31)に係合する始動爪(36)とから構成され,リール(20)の回転を内燃エンジン(1)のクランク軸(2)に連結されている前記連動プーリ(35)に伝達すること,が記載されている」(決定書16頁)としている。しかし,この認定は誤っている。
請求項4発明は「遠心クラッチ(30)は,ゼンマイ機構(15)の伝達係合突部(31)と連動プーリ(35)に支持され前記伝達係合突部(31)に係合する始動爪(36)とから構成され,リール(20)の回転を前記ゼンマイ機構(15)を介して内燃エンジン(1)のクランク軸(2)に連結されている前記連動プーリ(35)に伝達する」構成を備えているものであり,「伝達係合突部(31)」は,ゼンマイ機構と一体であり,かつリールの回転は,「前記ゼンマイ機構(15)を介して」連動プーリに伝達されるものである。
これに対し,刊行物1発明は「遠心クラッチは,リール52のボス42に嵌合した係止部材40の係止突起44とスタータプーリ32に支持され前記係止突起44に係合する爪部材36とから構成され,リール52の回転を直接(他の部材を介さず)エンジンのクランク軸20に連結されている前記スタータプーリ32に伝達する」構成であって,「係止突起44」はリールのボスに嵌合した係止部材と一体であり,かつリールの回転を他の部材を介さず,直接スタータプーリに伝達されているものである。したがって,刊行物1発明の構成は,決定の上記認定とは異なるものである。
【「対比・判断の2」の誤り】 1 請求項1発明についての取消事由 (1) 一致点の認定の誤り 決定は,刊行物2発明の「駆動部(セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)」は,請求項1発明の「駆動部(A)」に相当し(決定書17頁),また,「両者(判決注・請求項1発明と刊行物2発明)は・・・前記緩衝・蓄力手段(15)は,前記駆動部(A)の駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動する発条機構であり,・・・の点で一致」(同頁)すると認定しているが,【「対比・判断の1」の誤り】の1の(2)のアで述べたとおり,決定の上記認定はいずれも誤りである。
(2) 相違点(い)についての判断の誤り ア 刊行物1発明及び刊行物4発明は,手引力で直接従動部を駆動する装置であるのに対し,刊行物2発明は電動モーターで駆動する装置であるから,それらは技術分野を異にする。
イ 刊行物2発明は,手動リールを適用できる構成になっておらず,同発明に手動リールを適用しなければならない予測性も必然性もないし,緩衝・蓄力手段の蓄力を付加力として従動部を駆動する構成も備えていないから,刊行物2発明に,刊行物1発明及び刊行物4発明を適用することは容易ではなく,仮に適用しても,「蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動するゼンマイ機構」となり得るものではない。このことは,刊行物4に決定の指摘するような記載(決定書18頁24〜27行)があることによっても異なるものではない。
(3) 相違点(ろ)についての判断の誤り ア 刊行物2発明と刊行物3発明とは,駆動の技術的思想が本質的に異なり,異なる技術分野に属するものであって,前者に後者を適用することは容易にできるものではない。
イ 刊行物3発明は,「内燃機関の渦巻バネ式始動装置において,渦巻バネ11機構は,駆動側のバネ蓄力箱10に渦巻バネの外端を係止し従動側のスタータラチェットホイールリール4に前記渦巻バネ11の内端を係止して構成されている」との構成を備えているものではない。そして,ゼンマイ(渦巻バネ)の内端の係止部材が,請求項1発明では起動プーリであるのに対し,刊行物3発明では軸12であることによって,ゼンマイ機構全体に対するゼンマイの構造や機能に相違が生じるのである。
したがって,仮に,刊行物3発明を刊行物2発明に適用したとしても,請求項1発明の相違点(ろ)に係る構成が実現するものではない。
ウ また,決定は,本件明細書の記載から抽出した周知事項を刊行物2発明に適用することは容易であるとしているが(決定書19頁7〜17行),【「対比・判断の1」の誤り】の1の(3)のイで述べたとおり,決定の周知事項の認定は誤りである。
(4) 相違点(は)についての判断の誤り ア 前記のとおり,刊行物3発明と刊行物2発明とは,技術分野を異にするものである。
イ 刊行物2発明は,ゼンマイ香箱を備えるものではなく,減速歯車を介して,発条がセルモーターにより直接かつ減速された一定回転速度で強制的に駆動され,該駆動により内燃機関の機関主軸が回転駆動されるものであって,刊行物3発明のように,渦巻バネに蓄力しておかなければ,スタータ装置としての機能を果たせないものではないから,発条とセルモーターとの間に,一方向にのみ回転させる手段を介在させる必然性も予測性もない。したがって,刊行物3発明を刊行物2発明に適用して相違点(は)に係る構成とすることは容易に想到し得るものではない。
2 請求項2発明についての取消事由 (1) 前記1の(1)ないし(4)と同じ。
(2) 相違点(に)についての判断の誤り 決定の相違点(に)についての判断は,前記1の(4)と同じ理由により,誤りである。
3 請求項3発明についての取消事由 (1) 前記1の(1)ないし(4),2の(2)と同じ。
(2) 相違点(ほ)についての判断の誤り 刊行物1発明及び刊行物2発明は,技術的思想を異にした技術分野に属するものであり,前者を後者に適用することは,具体的設計において解決すべき課題を有するものであるから,容易になし得るものではない。
4 請求項4発明についての取消事由 (1) 前記1の(1)ないし(4),2の(2),3の(2)と同じ。
(2) 相違点(へ)についての判断の誤り 刊行物1発明と刊行物2発明とが同一の技術分野に属するものでないことは前記のとおりである。
また,【「対比・判断の1」の誤り】の4の(2)で述べたとおり,決定の刊行物1の認定は誤りである。
したがって,刊行物1発明を刊行物2発明に適用して,請求項4発明の相違点(へ)に係る構成とすることは容易になし得たことであるとした決定の判断は誤りである。
【本件発明の顕著な作用効果を看過した誤り】 1 決定は,刊行物2及び4の記載事項を引用して,本件発明の奏する「いずれの効果も,異質のものではなく,予測できないものでもない」(決定書25頁)としている。しかし,決定のこの認定判断は誤りである。
(1) 本件明細書の【0026】には,本件発明の実施例1ないし3のスタータ装置が,従来例のスタータ装置に対して,リコイルロープの引き力が平均で30〜40%減少し,局所的には1/4に迄減少することが定量的に示されている(以下「本件発明の効果a」という。)。
また,本件明細書の【0028】及び図4には,上記実施例のスタータ装置が,従来例と比較して,最大引き力は概ね30ないし40%減少し,引き力変動も,従来例が0〜170N程度であるのに対し,0〜50N程度を滑らかに上昇変化し,引き操作の時間も2倍程度とゆっくりで済むことが,定量的に示されている(以下「本件発明の効果b」という。)。
これらの,ロープの引き力の減少,引き力の変動の減少,引き操作がゆっくりで済むという効果は,極めて顕著なものである。
本件発明の効果a及びbは,本件発明の構成のうち,特に「前記緩衝・蓄力手段(15)は,前記駆動部(A)の手動リール(20)の駆動の全過程において,該駆動部(A)の駆動によって前記従動部(B)と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動するゼンマイ機構(15)」の構成によって奏されるものである。また,「ゼンマイ香箱(16)を一方向(R)にのみ回転させる手段(19)を有している」構成によって,これらの効果はより確実なものとなっている。
なお,被告は,本件明細書には,実施例に用いられたゼンマイ等の諸元が記載されておらず,本件発明が上記のような定量的な効果を持つとする前提を欠く,と主張する。しかし,当業者が本件明細書を読めば,手動式スタータ装置において通常使用され得る範囲でのゼンマイ等を用いたことは当然に理解され得る。すなわち,上記効果a及びbは,本件発明が通常実施される際に奏する効果である。
(2) 本件発明の効果a及びbは,当業者が予測できないものである。
ア 前記のとおり,刊行物2発明においては,セルモーターの回転力は一定であって,クランク軸の一回の回転の後半過程では,従動部の回転に特段寄与していないのであり,本件発明の効果a及びbを奏することはできず,また,それらを示唆する記載もない。
イ 刊行物4発明において,駆動部での駆動により,クランク軸が駆動されるのは,クラッチのクラッチ筒と係合体とが係合した後の駆動過程であって,駆動の全行程ではなく,また,駆動部での駆動において,制動力やエネルギーロスが生じるものであるから,刊行物4発明も,本件発明の効果a及びbを奏することはできず,これらを示唆することもない。
ウ 刊行物2発明及び刊行物4発明は,本件発明の「ゼンマイ香箱(16)を一方向(R)にのみ回転させる手段(19)」に相当する構成を有しておらず,緩衝・蓄力手段に蓄えられた引き力(蓄力)が絶えず駆動側に作用しているため,当該引き力の従動側への伝達が不安定となると共に,駆動側の負荷変動を小さくすることや引き操作を滑らかにすることを阻害するのである。
(3) 決定が「いずれの効果も,異質のものではなく,予測できないものでもない」として挙げるi)ないしiv)の効果(決定書25頁)は,定量的に示された本件発明の効果a及びbの具体的な数値を捨象し,定性的な部分のみを捉えたにすぎないものであり,決定の上記判断には,本件発明の効果自体の看過ないし遺漏がある。
また,刊行物2発明の発条や刊行物4発明の弾機が,駆動部の駆動により緩衝(衝撃吸収)しつつ蓄力する作用(効果)を奏するであろうことを,当業者が予測できるとしても,決定の挙げたi)ないしiv)の効果を予測することは不可能である。すなわち,刊行物2発明は,モーターで駆動する装置であるから,人力で始動するスタータ装置に求められる上記i)ないしiv)の効果を上げることを期待する必要がそもそもないし,刊行物4発明は,駆動部の駆動に対し制動力やエネルギーロスが発生するなどするため,決定の挙げるi)〜iv)の効果が得られるとしても,それは非常に低いものである。
2 本件発明の商業的成功 決定は「商業的成功又はこれに準ずる事実は,進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌することができる」としながら,「該特許権者の主張が事実であったとしても該事実が請求項に係る本件発明の特徴に基づくものであり,しかも,販売技術や宣伝等,それ以外の原因によるものでないことが特許権者により立証されているわけではないので,参酌することはできない」(決定書26頁)としている。
しかし,甲第9号証ないし第13号証からは,本件発明の実施品である「iスタート」は,従来品と比べリコイル力が大幅に軽減され,使い勝手が著しく向上した点が取引者・需要者に高く評価された結果,需要を獲得したことが明らかである。このような事実を参酌しなかった決定の判断は,誤りである。
被告の主張
【「対比・判断の1」の誤り】について 1 請求項1発明についての取消事由について (1) 一致点の認定の誤りについて 刊行物1発明は,「始動操作時のリールとスタータプーリとの動力伝達は,リールと一体回転する係止部材のローレット加工の円周状周部と,スタータプーリと一体回転して付勢手段により半径方向内方へ付勢されている揺動部材のローレット加工の係止面との係合により,行われる。」(甲第4号証12頁)とされているのであり,駆動部と従動部との間に,動力伝達を行う物体があることは明らかである。動力を伝達するものが,直接連動連結するものであるか,ゼンマイであるかは関係がない。
(2) 相違点(イ)についての判断の誤りについて ア 決定の刊行物2発明の認定に誤りはない。
(ア) 請求項1発明も,刊行物2発明も,スタータ装置という同一の技術分野に属する。駆動が人力によって行われるか,電動モーターで行われるかは,具体的な態様における差異に過ぎない。
刊行物2発明も,「駆動部」を持つことは明らかである。したがって,「セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4を含む駆動部(A)と・・・」などと認定する必要はない。
(イ) 刊行物2発明は,「駆動部(A)の駆動によって・・・蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動する」構成を備えている。
すなわち,セルモーターは継続的に回転し駆動し続けており,クランク軸の一回の回転の後半過程では,その力に,発条の戻しの回転力が付加されている。実際に,セルモーターが回転している場合とそうでない場合とでは,前者の方が,従動部を駆動する力が大きいことは当然である。もし,駆動部の回転数と蓄力による回転数の比較を問題にするのであれば,本件明細書の「本実施形態のスタータ装置は,リコイルロープをゆっくりとした引き速度で・・・あっても,内燃エンジンを確実に始動させることができる」(【0028】)の効果はないことになる。
イ 刊行物2発明を刊行物1発明に適用することは容易である。
(ア) 両者は同一の技術分野に属し,また,比較的小型の内燃機関を駆動するためのものである。駆動が人力によって行われるか,電動モーターで行われるかは,具体的な態様における差異に過ぎない。しかも,刊行物3には,人力でもモーターでも駆動できる内燃機関の渦巻式バネ装置が開示されているし,刊行物4にも,手動での駆動とモーターでの駆動は,互換性があることが開示されている。
(イ) 本件発明は,駆動部と従動部を直接連動連結する従来のスタータ装置が,それらの間に動力伝達手段であるゼンマイ機構(緩衝・蓄力手段)を介在させ得る構成であることを前提とするものであり,刊行物1発明も,この従来のスタータ装置に該当する。したがって,刊行物1発明自体が,緩衝・蓄力手段を介在させる必然性も予測性もないとしても,そのことは,同発明に他の発明を適用することができないとする根拠となるものではない。なお,原告は,本件発明は手でロープを引き駆動するものであることを強調するが,特許請求の範囲には「手動リール」としか記載されていないのであり,本件発明の駆動態様はそのようなものに限定されていない。
(ウ) 原告は,請求項1発明と刊行物2発明とでは,ゼンマイ機構(前者)と発条機構(後者)において具体的な構成を異にするから,実施の態様が相違すると主張するが,この主張は,特許請求の範囲に記載されていない,具体的な実施形態の構成を考慮すべきである,というものであって,特許請求の範囲の記載に基づく主張ではなく,失当である。
(エ) 前記のとおり,刊行物2発明は,クランク軸の一回の回転の後半過程において,セルモーターの回転力に,前半過程で蓄えられた蓄力が付加されて従動部を駆動しているものであり,刊行物2発明を刊行物1発明に適用すれば,相違点(イ)に係る構成を備えたゼンマイ機構になる。
ウ 原告は,刊行物3発明を刊行物1発明に適用することの誤りを主張するが,決定は,刊行物3発明の具体的構成(予めバネに蓄力しておき,その蓄力で従動部を駆動する装置)を刊行物1発明に適用してはいない。
(3) 相違点(ロ)についての判断の誤りについて ア 刊行物3発明及び刊行物1発明は,いずれもスタータ装置という同一の技術分野に属するものである(なお,技術分野が異なる場合にさえ,技術を転用できる場合もある。)。
イ 刊行物3発明では,板状蓄力バネの両端が,バネ蓄力箱の周壁と軸に設けられた溝に固定され,軸のエンジン側には,スタータラチェットホイールが組み付けられている。そして,本件明細書においても,起動プーリの延長部(円筒部17a)にゼンマイの内端が係止されていることをもって,起動プーリに係止している,としているのであるから,刊行物3発明において,板状蓄力バネの内端がスタータラチェットホイールに組み付けられていると認定することに差し支えはない。
ウ 原告は,刊行物1発明に適用した周知技術の認定に誤りがある,と主張するが,本件明細書には,@ゼンマイの外端はゼンマイ香箱に係止される点,Aゼンマイの内端は起動プーリに係止される点,Bゼンマイ香箱と起動プーリとの一方を他方に対して相対回転させることにより,その他方に回転力が付与されるよう構成される点,について記載されている。なお,上記周知技術の存在は,乙第1号証ないし第5号証によっても裏付けることができるし,また,駆動側に発条の外端を係止し,従動側に発条の内端を係止することは,刊行物2にも開示されている。
(4) 相違点(ハ)についての判断の誤りについて ア 刊行物1発明及び刊行物3発明は,いずれもスタータ装置という同一の技術分野に属している。刊行物3発明は,手でもモーターでも駆動できるものであるから,これを刊行物1発明に適用することは容易に推考できる。
イ 原告は,刊行物3発明の「ラチェット組立14と歯部36」から成る構成は,請求項1発明の「一方向にのみ回転させる手段」と,機能も効果も異なる,と主張する。
しかし,そもそも請求項1発明の「一方向にのみ回転させる手段」は,ワンウェイクラッチに限定されておらず,小型化を達成できるかどうかは保障されていないし,請求項1発明において,リコイルロープの引き操作を滑らかにするというのは,「一方向にのみ回転させる手段」の効果ではない(それは,ゼンマイ機構を介在させることに基づく効果である。)。
そして,刊行物3発明の「ラチェット組立14と歯部36」は,蓄力箱の反対方向への回転を阻止するものであって,これは,一方向にのみ回転させる手段であり,スタータ装置の動作を確実なものとでき,小型化も達成できるから,請求項1発明の効果を備えているといえる。
ウ 原告は,刊行物3発明においては,駆動の全過程で手動クランクやモーターにかかる負荷が一定であり,板状蓄力バネによる従動側の駆動時には,手動クランクやモーターは何ら機能していないから,刊行物3発明の「ラチェット組立14と歯部36」は,請求項1発明の「一方向にのみ回転させる手段」とは異なると主張する。しかし,駆動側にかかる負荷が一定になるのは,板状蓄力バネ(決定は,これを刊行物1発明に適用していない。)のためであって,「ラチェット組立14と歯部36」の効果ではない。また,この板状蓄力バネと「ラチェット組立14と歯部36」とは,組み合わされて,スタータ装置の動作を確実にし,負荷の変動を小さくし,操作を滑らかにしているといえるのであって,いずれにしろ,両者の機能・効果に差があるとはいえない。
なお,決定は,刊行物1発明に,刊行物2発明の緩衝・蓄力手段を付加した上で,刊行物3発明を適用するとしているのであって,刊行物1発明に,直接刊行物3発明を適用しているわけではない。
2 請求項2発明についての取消事由について (1) 前記1の(1)ないし(4)と同じ。
(2) 相違点(ニ)についての判断の誤りについて 前記1の(4)で述べたとおりである。
3 請求項3発明についての取消事由について 前記1の(1)ないし(4),2の(2)と同じ。
4 請求項4発明についての取消事由について (1) 前記1の(1)ないし(4),2の(2)と同じ。
(2) 請求項4発明との対比における刊行物1発明の認定の誤りについて 決定は,刊行物1発明の認定において,伝達係合突部が,ゼンマイ機構と一体であるとも,リールの回転がゼンマイ機構を介して連動プーリに伝達されるともしていないのであって,原告の指摘するような認定の誤りはない。
なお,請求項4には,伝達係合部が,ゼンマイ機構と一体であるとの記載はない。
【「対比・判断の2」の誤り】について 決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
【本件発明の顕著な作用効果を看過した誤り】について 1(1) 特許請求の範囲はもちろん,本件明細書の実施例1ないし3においても,スタータ装置自体の構成(ゼンマイの剛性,長さ,幅,ゼンマイが係止される円筒部17aの軸の径等)は開示されていない。定量的な,本件発明の効果a及びbを主張する前提が欠けている。
(2) 本件明細書の記載からは,もともと本件発明の効果a及びbは,本件発明が意図しているものではないといえる。
(3) 一方向にのみ回転させる手段は,エンジン始動を確実にし,スタータ装置を小型化する効果を有するものの,ロープの引き力の減少,引き力の変動の減少,ロープ操作がゆっくりでも足りるものにするとの効果を発揮するものでも,より確実にするものでもない。「一方向にのみ回転させる手段」が,本件発明の効果a及びbを奏しているとする原告の主張は,誤りである。
(4) 前記のとおり,刊行物2発明は,クランク軸の一回の回転の後半過程において,発条の蓄力が付加力となってクランク軸を回転させるものであり,本件発明の特徴的構成を備えているから,本件発明の効果a及びbも発揮できる。現実に,刊行物2には,機関始動のときの衝撃を吸収できることが記載されている。各刊行物から,本件発明の効果a及びbは充分予測可能である。
刊行物2発明及び刊行物4発明において,本件発明の,ゼンマイ香箱を一方向にのみ回転させる手段を有せず,そのため緩衝・蓄力手段が絶えず駆動側に働いているとしても,そのことは問題とはならない。決定は,刊行物3の,バネ蓄力箱を一方向にのみ回転させる手段を,刊行物1(対比・判断の1)又は2(対比・判断の2)に適用しているからである。
2 乙第6号証ないし第10号証によれば,本件発明の実施品の商業的成功は,販売技術や宣伝等によるものというべきである。
当裁判所の判断
1 【「対比・判断の1」の誤り】のうち,請求項1発明についての取消事由について (1) 一致点の認定の誤りについて ア 刊行物1は,クラッチ部の欠損を防止することができるリコイルスタータ装置に関する公開実用新案公報であり,そこから審決が認定した刊行物1発明は,クラッチ機構として従来のもの(別紙4参照)を使用しているリコイルスタータ装置である。
その機構を説明したものとして,刊行物1には,次の記載がある(甲第4号証)。
「〔実施例〕・・・ 第3図はリコイルスタータ装置34の全体の構造図である。・・・ボス部42は,リール52に一体的に形成され,軸方向へスタータプーリ32の方へ突出している。・・・」(8頁〜9頁), 「第5図は従来のリコイルスタータ装置34・・・のクラッチ部の構造図である。・・・係止部材40は,後述のリール52の中心のボス42に一体回転可能に嵌合し・・・ている。」(3頁〜4頁) 以上の記載から明らかなとおり,刊行物1発明では,ボス42は駆動部をなすリール52と一体的に形成されており,このボス42に一体回転可能に嵌合している係止部材40は,遠心クラッチ部の一部であると解される。原告の主張するとおり,刊行物1発明において,駆動部と従動部は直結されており,その間にはいかなる部材もなく,それらの間に動力伝達系はないするのが自然であると解する余地がある。
イ ところで,請求項1発明は,その請求項の記載からは,駆動部(これは,当該記載から少なくとも手動リールを含むものと認められる。)と,従動部(同様に,少なくとも起動プーリと遠心クラッチを含むものと認められる。)との間に,動力伝達系があるものと理解できる。この動力伝達系については,その途中に緩衝・蓄力手段(実施例ではゼンマイ機構15)が設けられるものであるということのほかには,特段それを定義する記載はない。また,駆動部及び従動部についても,上記のもの以外に,具体的にどのような部材から構成されるのか,どういう部材を除外するのかを特定する記載はない。
そして,本件明細書に添付された図1をみると,緩衝・蓄力手段(この緩衝・蓄力手段たるゼンマイ機構は,それを一方向(R)にのみ回転させる手段を有する。)のほかは,駆動部と従動部との間に,特段動力を伝達する独立した手段はないことが認められ,実際に,請求項1発明において,緩衝・蓄力手段以外に,駆動部から従動部へ動力を伝達させる独立した手段を備えさせる必然性は全くないものと認められる。そうすると,請求項1発明の「駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系の途中に・・・緩衝・蓄力手段(15)を介在した・・・」を合理的に解釈すると,それは,駆動部と従動部の間に,緩衝・蓄力手段以外に,何らかの動力を伝達させる独立した手段(動力伝達系)を設けることのほか,駆動部の一部(動力の出口)と従動部の一部(動力の入口)をもって動力伝達系とする態様を含むものというべきである。。
そうすると,緩衝・蓄力手段を備えない刊行物1発明において,ボス42が手動リールと一体形成されているものであり,このボス42に一体回転可能に嵌合された係止部材42が従動部(の一部である遠心クラッチ)の一部であるとしても,これを請求項1発明の「動力伝達系」に相当すると認定することに何ら支障はない。
したがって,請求項1発明と刊行物1発明が「駆動部(A)と従動部(B)との間の動力伝達系を有するスタータ装置(10)であって」の点で一致するとした決定の認定に誤りはない。
(2) 相違点(イ)についての判断の誤りについて ア 刊行物2発明の認定について (ア) 原告は,刊行物2発明の「駆動部(セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分)」が請求項1発明の「駆動部(A)」に相当するとした決定の認定は誤りであると主張する。
しかし,請求項1発明の「手動リール(20)」も,刊行物2発明の「セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4」も,いずれも従動部を駆動するものであり,駆動部であることは明らかであるから,決定の上記認定に誤りはない。
原告は,両者は駆動形態が異なると主張するが,決定は,刊行物2発明のセルモーター1,歯車2,減速歯車3,4等を含む部分が「駆動部」であるという点で請求項1発明の「駆動部(A)」に相当するとしているのであって,手動リールかモーターかという駆動形態を含めて「相当する」としているわけではないから,駆動形態の相違をもって決定の上記認定を誤りであるとするのは当たらない。
また,本件において,刊行物2発明の内容の認定として,「セルモーター1,歯車2,減速歯車3,4を含む駆動部」と,その具体的な構成までを含めなければならない必要があるとは認められないから,そのように認定すべきであるとの原告の主張も理由がない。
(イ) 原告は,刊行物2発明の緩衝・蓄力手段は「駆動部(A)の駆動によって・・・蓄力を付加力となして従動部(B)を駆動する」ものとした決定の認定は誤りであると主張する。
@ 刊行物2には,次のとおりの記載がある(甲第5号証)。
「次に本発明の作動を説明すると今始動スイツチを入れ電流を流すと,モーターの回転は減速されて・・・発条18は・・・機関主軸14を回転せしめるが,この時機関が圧縮行程にあるとすると主軸14にかかる圧縮抵抗の増大と共に発条18が徐々に巻かれ発条の力と機関の圧縮抵抗の差により機関は回転し,上死点を過ぎると,発条の戻しの回転力により機関主軸は勢よく回転する。斯くして爆発力の小なる場合に於ても発条の力を加昇することにより機関の始動を容易にすることができるのである。・・・更に発条を装置することにより機関始動の時の衝撃をも吸収することができ歯車その他に及ぼす影響が非常に少く保全の上にもよい。
以上で明解な如く,小数気筒の内燃機関に於ては・・・本発明によると小容量のセルモーターで充分に機関の始動のできる・・・」(1頁左欄〜右欄) この記載からすれば,刊行物2発明は,駆動部の駆動の過程(内燃機関の上死点近傍から上死点に向かう過程,すなわち前半過程)で,従動部と緩衝しながら駆動力の一部を発条に蓄えつつ機関主軸を駆動し,上死点を過ぎたときに(すなわち後半過程),発条に蓄えられた力が解放されて機関主軸を駆動するものと認められる。
A 原告は,刊行物2発明のセルモーターの回転は,一定回転速度で,かつ減速されているから,それが蓄力による回転より低くなることが予想される後半過程では,セルモーター(すなわち,駆動部の回転)は,従動部の駆動に寄与していないと主張する。
しかし,刊行物2発明において,駆動部の駆動速度が一定の場合,内燃機関の膨張行程においては,発条が蓄力を解放して従動部を勢いよく回転させ,この回転の速度は,駆動部(セルモーター)により与えられる回転の速度を上回るものになるが,駆動部(セルモーター)は回転し続けているのであるから,発条が巻き戻される度合いは,回転していない場合と比べて少なくなることはいうまでもない。そして,発条がより巻き回された状態にあるとき,従動部を回転させる力がより強くなることは明らかであるから,結局,内燃エンジンの起動の過程においては,回転し,駆動し続ける駆動部の駆動力は常に従動部に伝わっているということができるのであり,刊行物2発明のセルモーターは,後半過程においても従動部の駆動に寄与しているといえるのであって,駆動部の駆動力が「蓄力を付加力となして」従動部を駆動するものであることは明らかである。
B また,原告は,請求項1発明においては,上死点を越えて手動リールにかかる負荷が少なくなったとき,自然に手動リールを引く力も速くなるから,早期に従動部に負荷がかかった状態になるし,直ちにゼンマイを巻き込むことにもなるが,刊行物2発明ではそのようなことはない旨主張する。
確かに,請求項1発明において,使用者が手動リールを常に一定の力で駆動するという態様で駆動する場合は,負荷が軽くなれば引き速度が速くなることは当然であるから,上死点を過ぎてもゼンマイが巻き戻されなくなったり,あるいは早期に巻き締められることになるという意味での駆動部の駆動力の従動部への伝わり方は,基本的に一定速度で回転する,引用例2発明の駆動部(セルモーター)のそれとは異なるといえる。しかし,請求項1発明において,上記のような態様で手動により駆動するとの限定はなく(必然的にそのような駆動をさせるとの構成は,特許請求の範囲はもちろん,発明の詳細な説明にも開示されていない。),また,人が手動でスタータ装置を駆動する場合,常に一定の力で駆動するのが一般的であると認めるに足りる証拠もないのであり,むしろ,一定の比較的ゆっくりとした速度で駆動することも十分あり得るのである。そうすると,請求項1発明は,上死点を過ぎて,ゼンマイの蓄力が手引力を上回る状態で,従動部が駆動される駆動態様を包含しているものであり(本件発明は,ゆっくり楽に手動リールを駆動して機関を始動できる作用効果を持つというのであるから,むしろこのような駆動態様をもっぱら想定していると認められる。),したがって,前記のとおり,「蓄力を付加力となして」という点で,刊行物2発明における駆動態様と異なるところはないといえる。
以上のとおり,刊行物2発明の緩衝・蓄力手段は,駆動部の駆動の全過程において,「駆動部(A)の駆動によって・・・蓄力を付加力となして前記従動部(B)を駆動する」ものとした決定の認定に誤りはない。
イ 刊行物2発明を刊行物1発明に適用することについて (ア) 原告は,刊行物2発明と刊行物1発明とは技術的思想を異にした技術分野のものであり,前者を後者に適用することは容易に推考できないと主張する。
しかし,刊行物2発明と刊行物1発明は,いずれもスタータ装置に関するものであり,両者が,具体的な構成において異なるところがあるとしても,当業者が,スタータ装置を改良するために,それらを相互に参酌することは当然なすことである。原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,刊行物1発明には,駆動部と従動部の間に他の動力伝達手段を介在させるような構成にする必然性も予測性もないから,これに刊行物2発明を適用することは容易に想到し得ないと主張する。
しかし,前記認定のとおり,刊行物2発明は,緩衝・蓄力手段である発条を設けることにより,機関の始動を容易にし,その際の衝撃を吸収して部品に対する悪影響を防ぎ,さらに小数気筒の内燃機関の始動に向くというものである。
そして,刊行物1発明は,リコイルロープで内燃機関を始動するスタータ装置であるから,比較的小さい,小数気筒の内燃機関を対象とするものと解され,かつ,機関の容易な始動や保守性の向上が同発明にとっても好ましいことは明らかであるから,同発明が,駆動部と従動部を直接連動連結する構成のもので,それ自体としては,他の動力伝達手段を駆動部と従動部の間に介在させる必然性や予測性がないとしても(ただし,それが請求項1発明のいうところの「動力伝達系」を備えているといえることについては前記のとおり),当業者にとって,刊行物2発明を適用する強い動機付けがあり,これを適用することは容易に想到し得るというべきである。
なお,原告は,刊行物1発明は駆動部と従動部とが直接連動連結され,その間に他の動力伝達手段を介在させ得る構成となっていないとも主張する。
しかし,本件明細書には,「【0002】【従来の技術】従来,この種内燃エンジンの手動のスタータ装置は,リコイルロープを引くことによりロープリールを回転させ,このロープリールの回転をエンジンのクランク軸に伝達して内燃エンジンの始動を行っている。」(甲第3号証の全文訂正明細書2頁),「【0030】従来のリコイルスタータ装置においては,リコイルロープを引くことで,直接,クランク軸(マグネトロータ)を回転させていたので,リコイルロープの引き速度が,直接,エンジンの起動性に大きく関わっていた・・・」(同11頁)との記載があり,この従来例は,刊行物1発明と同じタイプのスタータ装置であると認められるところ,請求項1発明は,この従来型のスタータ装置の改良として,駆動部と従動部の間に緩衝・蓄力手段を設けるものであるから,刊行物1発明においても,同手段を介在させ得る構成となっていることを前提としているということができる (ウ) また,請求項1発明と刊行物2に記載された発明とで,それぞれの構成要件に適合するゼンマイ機構,発条機構を採用しなければならず,実施の態様が異なるとしても,請求項1発明の特許請求の範囲において,採用すべきゼンマイ機構の諸元が具体的に特定されているわけではないのであるから,その実施の態様は,当業者が適宜選択し得る設計事項にすぎないというべきであって,刊行物2発明を刊行物1発明に適用することの妨げとなるものではない。
(エ) 原告は,刊行物2発明を刊行物1発明に適用しても,駆動部と従動部との間に緩衝・蓄力手段を介在させることが推考できるにすぎないと主張する。
しかし,前記のとおり,刊行物2発明は,緩衝・蓄力手段が,駆動部の駆動の全過程において,駆動部の駆動によって従動部と緩衝しつつ蓄力すると共に,該蓄力を付加力となして従動部を駆動する構成を備えているものであるから,これを刊行物1発明に適用すれば,当該構成を備えることになるのは当然である。
ウ 原告は,刊行物3発明は,刊行物1発明及び刊行物2発明とは駆動操作の技術的思想が異なるなどと主張する。
しかし,決定が,相違点(イ)についての判断において,刊行物3発明に言及したのは,スタータ装置の中に,人力での駆動もモーターでの駆動も可能であるものがあることから,人力かモーターかという駆動態様の相違と関係なく,刊行物2発明を刊行物1発明に適用することが容易に想到し得るとする一つの理由として述べたものであって,刊行物3発明の具体的構成を刊行物1発明に適用しているものではなく,その構成の態様や技術的思想の点は問題とならない。
なお,前記のとおり,相違点(イ)の容易推考性は,刊行物3発明の存在を参酌するまでもなく肯定される。
エ 以上のとおりであるから,決定の相違点(イ)についての判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
(3) 相違点(ロ)についての判断の誤りについて ア 刊行物3発明を刊行物1発明に適用することについて (ア) 刊行物1発明及び刊行物3発明は,いずれもスタータ装置に関するものであり,同一の技術分野に属するものであり,後者を前者に適用することは容易に想到し得るものといえる。駆動方法において,前者が手引力であり,後者がモーターないしは手引力で予め蓄力手段(渦巻バネ)に蓄えておいた蓄力であるという点で,技術思想が異なるとしても,そのことは,刊行物1発明を改良しようとする当業者が,刊行物3発明を参酌することを阻害するものではないというべきである。
(イ) 刊行物1発明が動力伝達系を有すること,刊行物1発明それ自体としては緩衝・蓄力手段を介在させる必然性や予測性がなくても,これを採用することの妨げにならないことは,前記のとおりである。
(ウ) 原告は,刊行物3発明を刊行物1発明に適用しても,請求項1発明のゼンマイ機構の構成が具現化するものではないと主張する。
刊行物3には,次のとおりの記載がある(甲第6号証)。
「2.実用新案登録請求の範囲 一端をスタータ軸に,他端を蓄力箱に固定された渦巻バネを有する蓄力機構と,同蓄力機構のスタータ軸及び蓄力箱側にそれぞれ設けられ,前記バネへの蓄力状態を維持すると共に前記蓄力箱への入力及び前記スタータ軸からの出力を可能にするラチエツト手段と,前記スタータ軸とエンジンのクランク軸との間に介装された遠心式ラチエツト機構と,エンジン始動後発電機から制御回路を介して通電されるモータと,同モータからの出力を前記蓄力箱に伝達する動力伝達手段と,前記蓄力箱の回転駆動軸に着脱可能に係合する手動クランクとからなることを特徴とする内燃機関の渦巻バネ式始動装置。」(1頁) 「本特許出願の概要を第4図について以下に説明する。
第4図に於て,始動装置を構成する部品は,フレームA26とフレームB27にまとめられ,フレームA26によりエンジン1に取り付けられる。
フレームB27には,蓄力バネ11の駆動源であるDCモータ25,減速用歯車23,21および高減速比の遊星歯車減速機16,軸18,玉軸受20が組み付けられており,前記遊星歯車減速機16の構成部品の出力軸16-5に固定されたバネ蓄力箱10を駆動する。
バネ蓄力箱10は,フレームA26と玉軸受9を介して軸12および軸12のバネ蓄力箱10側にあって,その回転中心部に設けた玉軸受13および前記遊星歯車減速機16の支持系を介して軸支される。
軸12のエンジン側には,軸12と回り止めキー8によって固定された始動ラチエツトホイール5およびスタータラチエツトホイール4が組み付けられ,始動ラチエツトホイール5は始動ラチエツト6によって回転を阻止される。スタータラチエツトホイール4は,その凸出部35により,発電機用回転磁極組立3に設けたスタータ爪3-4と係合する。
バネ蓄力箱10の回転制御は,ラチエツト組立14の部品であるラチエツト爪14-1と,バネ蓄力箱10の外周部に設けた歯部36との係合により行なわれる。
始動ラチエツトホイール5と始動ラチエツト6の係合状態は,始動ラチエツトホイール5の外周に設けた凹部37とこれと始動ラチエツト6がかみ合っており,ラチエツト6の係合を解除するとラチエツトホイール5は回転自在となる。
板状蓄力バネ11の両端は,バネ蓄力箱10の周壁と軸12に設けた溝により固定される。
今,始動ラチエツトホイール5の回転を始動ラチエツト6によりロツクし,バネ蓄力箱10を時計方向に回転すれば,板バネ11は軸12に巻き付いて蓄力される。」(2頁〜4頁) 上記記載からすれば,原告の指摘するとおり,刊行物3発明において,板状蓄力バネ11の内端は,スタータラチエツトホイール4そのものではなく,軸12(正確にはそこに設けられた溝)に係止されているものである。
もっとも,本件明細書には「【0013】前記ゼンマイ機構15の前記ゼンマイ香箱16は,中心に円筒部16aが形成され,該円筒部16aの内周と前記固定軸12の外周との間にワンウェイクラッチ19が配設され,前記ゼンマイ香箱16は,前記固定軸12の回りに一方向にのみ回転可能に支持される。前記起動プーリ17は,中心に円筒部17aが形成され,該円筒部17aは,前記固定軸12に遊嵌し,前記固定軸12の他端12b側から保持用ボルト14がねじ込まれて,前記起動プーリ17は前記固定軸12上で回転可能に支持されている。」(甲第3号証の全文訂正明細書5頁),「【0018】前記ゼンマイ18に付与された回転力は,該ゼンマイ18の内端が係止された前記円筒部17aを介して前記起動プーリ17に付与される。・・・」(同7頁)との記載がある。すなわち,起動プーリの延長部(円筒部17a)にゼンマイ内端が係止されていることをもって,起動プーリにゼンマイの内端が係止されている,としているのである。
そうすると,刊行物3発明においても,板状蓄力バネの内端が係止された軸12のエンジン側にスタータラチエツトホイール4が取り付けられているのであるから,これをもって,板状蓄力バネの内端がスタータラチエツトホイール4に係止されているということができるのであり,また,機能においても何ら異なるところはない。
したがって,刊行物3発明を刊行物1発明に適用すれば,相違点(ロ)に係る請求項1発明のゼンマイ機構の構成が得られることは明らかである。
イ 原告は,決定が刊行物1発明に適用した周知技術の認定に誤りがあると主張する。
本件明細書には「【0012】・・・詳細は図示しないが,従来周知の態様で前記ゼンマイ18の外端は前記ゼンマイ香箱16に係止され,前記ゼンマイ18の内端は前記起動プーリ17に係止され・・・」(甲第3号証の全文訂正明細書5頁)との記載がある。これは,ゼンマイの外端がゼンマイ香箱に,内端が起動プーリに,それぞれ係止される構成が周知であったことが記載されている,といえる。
なお,刊行物2にも,駆動側に発条の外端を係止し,従動側に内端を係止していることが図示されている(第1図,第2図)し,また,乙第1号証(特開平1-190965号公報)にも「板状蓄力バネ11の両端は,第6図に示す如く,バネ蓄力室10の周壁と軸12に設けた溝により固定される。」(3頁右上欄)との記載がある。
したがって,決定のした周知技術の認定に誤りはない。
ウ 以上のとおりであるから,決定の相違点(ロ)についての判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
(4) 相違点(ハ)についての判断の誤りについて ア 刊行物1発明及び刊行物3発明が,同一の技術分野に属するものであり,後者を前者に適用することは容易に想到し得るものであることは,前記のとおりである。
イ 原告は,刊行物3発明の「ラチェット組立14と歯部36」から成る構成は,請求項1発明の「一方向にのみ回転させる手段」とは,機能も効果も異なる,と主張する。
(ア) 刊行物3には,次のとおりの記載がある(甲第6号証)。
「バネ蓄力箱10の回転制御は,ラチエツト組立14の部品であるラチエツト爪14-1と,バネ蓄力箱10の外周部に設けた歯部36との係合により行なわれる。・・・また蓄力した状態で蓄力箱10のX方向回転力がなくなった時は,ラチエツト機構により,板バネ11による巻き戻し力による蓄力箱10の反時計方向の回転は阻止される。」(3頁〜4頁) この記載からすれば,刊行物3発明の「ラチェット組立14と歯部36」は,手動クランクないしモータ(駆動側)で蓄力手段(板バネ11)に蓄えられた力が,駆動側に伝わらず,すべて従動側に伝わるようにするためのものであると認めることができる。これが,請求項1発明における,緩衝・蓄力手段を一方向にのみ回転させる手段であることは明らかである。
(イ) 本件明細書の「【0009】・・・手動のリールを回転させ,この回転力を一旦ゼンマイ機構に伝達してから起動プーリを回転させるため,内燃エンジンの作動行程により変動する負荷を前記ゼンマイ機構で吸収できて,滑らかにロープ引きハンドルを引くことができ,力の弱い使用者でも容易に内燃エンジンを始動させることができる。・・・また前記ゼンマイ機構を,ワンウェイクラッチで一方向にのみ回転させることにより,スタータ装置の動作を確実にし,小型化を達成できる。」(甲第3号証の全文訂正明細書4頁)との記載からすると,請求項1発明の「一方向にのみ回転させる手段」が,原告の主張する効果(負荷の減少,負荷の変動の幅の減少等)を奏するものとは認められない(この効果は,むしろ緩衝・蓄力手段であるゼンマイ機構により奏されるものであると認められる。)。また,本件明細書には「【0033】・・・一方向にのみ回転させる手段としてワンウェイクラッチの例を示したが,ラチェット機構等の他の手段で構成してもよい。」(甲第3号証の全文訂正明細書12頁)との記載があるのであって,仮に,「一方向にのみ回転させる手段」が,原告主張のような効果を奏するものであるとしても,ラチェット機構を請求項1発明に採用できることは,本件明細書自体が認めるところである。
(ウ) したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ 原告は,刊行物3発明を刊行物1発明に適用することの予測性はないと主張する。
しかし,前記のとおり,刊行物1発明に,刊行物2発明を適用することは,当業者が容易に推考し得ることであり,この適用後の刊行物1発明において,刊行物3発明の「ラチェット組立14と歯部36」を設ければ,蓄力手段に蓄えられた力が駆動側に働くことを避けることができ,バネが巻き戻ろうとする力を常に支える必要がなくなるから使用者にとって手引が楽になること,また,この蓄えられた力が従動側にすべて働くことになり,エンジンの始動がより確実になることは,いずれも当業者が容易に推測できる,自明とさえいえることである。
原告は,刊行物1発明において緩衝・蓄力手段を介在させる必然性も予測性もなく,これに「一方向にのみ回転させる手段」を適用しても有用な機能を奏するものでないとも主張するが,「一方向にのみ回転させる手段」を適用するのは,刊行物2発明を適用して緩衝・蓄力手段を備えさせた後の刊行物1発明であるから,原告の主張は失当である。
エ 以上のとおりであるから,決定の相違点(ハ)についての判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。
2 【「対比・判断の1」の誤り】のうち,請求項2発明についての取消事由について (1) 決定に,原告主張の一致点の認定の誤り,相違点(イ)ないし(ハ)についての判断の誤りがないことは,既に検討したとおりである。
(2) 相違点(ニ)についての判断の誤りについて 前記相違点(ハ)について述べたのと同じ理由により,決定の相違点(ニ)についての判断にも誤りはない。
3 【「対比・判断の1」の誤り】のうち,請求項3発明についての取消事由について 決定に,原告主張の一致点の認定の誤り,相違点(イ)ないし(ニ)についての判断の誤りがないことは,既に検討したとおりである。
4 【「対比・判断の1」の誤り】のうち,請求項4発明についての取消事由について (1) 決定に,原告主張の一致点の認定の誤り,相違点(イ)ないし(ニ)についての判断の誤りがないことは,既に検討したとおりである。
(2) 請求項4発明との対比における刊行物1発明の認定の誤りについて 刊行物1に「係止突起44及び爪部材36は,係止突起44とスタータプーリ32に支持され前記係止突起44に係合する爪部材36とから構成され,リール52の回転を二サイクルエンジン10のクランク軸20に連結されている前記スタータプーリ32に伝達すること」が記載されているとした決定の認定(決定書7頁13〜17行)については,原告も争っていない(原告準備書面(第1回)2頁)のであるから,決定が,請求項4発明と刊行物1発明とを対比するに当たり,「刊行物1には,遠心クラッチ(30)は,伝達係合突部(31)と連動プーリ(35)に支持され前記伝達係合突部(31)に係合する始動爪(36)とから構成され,リール(20)の回転を内燃エンジン(1)のクランク軸(2)に連結されている前記連動プーリ(35)に伝達すること,が記載されている」(決定書16頁)と認定したことに何ら誤りはない。
原告は,刊行物1発明の「係止突起44」はリールのボスに嵌合した係止部材と一体であり,リールの回転を直接スタータプーリに伝達されていると主張するが,刊行物1発明においても,駆動部からの動力は係止部材40,爪部材36の各部材を介してスタータプーリに伝達されているのであって,係止部材40がリールに嵌合されているとしても,リールの回転を他の部材を介さず,直接スタータプーリに伝達しているとはいえない。
なお,請求項1発明が,リールの回転を,ゼンマイ機構を介して連動プーリに伝達するものであり,遠心クラッチと係合する伝達係合突部が,ゼンマイ機構と一体であることは,原告主張のとおりであるが,決定は,刊行物1発明がそのような構成を備えているなどと認定しているものではない。そして,刊行物1発明において,緩衝・蓄力手段としてのゼンマイ機構を備えることが容易に推考できることは,前記のとおりであり,このゼンマイ機構を介在させる以上,これに遠心クラッチとの伝達係合部を設けることも,当然である。
5 【本件発明の顕著な作用効果を看過した誤り】について (1) 原告は,本件発明が顕著な作用効果(最大引き力の減少,引き力の変動幅の減少,エンジンの確実な始動等)を有すると主張する。
本件発明においては,内燃機関の一回の行程の前半では,上死点近傍から上死点に向かう際にクランク軸を回す負荷が増加し,クランク軸を駆動しつつ緩衝・蓄力手段も蓄力されることになり,後半では,上死点を過ぎると空気を圧縮する必要がなくなる(膨張行程に転ずる)から,負荷が減少し,緩衝・蓄力手段に蓄えられた蓄力が解放され,クランク軸を一気に高速に回転させることになる。このため,手動リールをゆっくり駆動しても,より確実にエンジンを始動させられることになる。また,ゆっくり駆動するということは,急速に加速して駆動する場合と比べ,引く力が小さくて済むことは当然であり,そのため,必然的に引き力の最大値や変動幅も減少すると認められる。この本件発明の効果は,原告が挙げる具体的な数値を除けば,前記のとおり,引用刊行物2に開示されているか,容易に推考できるその構成と一般的知識から当業者が当然に知り得ることである。
原告は,本件発明の効果a及びbとして,具体的な数値を挙げてその効果が顕著であることを主張する。しかし,その主張する具体的な数値は,スタータ装置の具体的な諸元(緩衝・蓄力手段に用いられるバネの弾性率,スターティングプーリ・スタータプーリの重量等),スタータ装置が適用される内燃機関の諸元等により大きく変化するものであることは明らかであり,その組合せによっては,原告が主張するような優れた数値は必ずしも達成できないと認められる(例えば,高圧縮のエンジンに適用するのであれば,最大引き力が大きくなるのは避けられないことである。)。しかるに,本件発明は,特許請求の範囲においてそのような具体的諸元の記載も限定もなく,また,発明の詳細な説明においてそれらが開示されているわけでもない。そうである以上,原告の挙げる具体的な数値を,本件発明の効果ということはできない。
(2) 原告は,当業者が本件明細書を読めば,手動式スタータ装置において通常使用され得る範囲でのゼンマイ等を用いたことは当然に理解できると主張する。しかし,そのように認めるに足りる証拠はないのみならず,仮にそうであるとするならば,原告が主張する本件発明の効果a及びbは,当業者が容易に推考できる構成のスタータ装置において,当業者が適宜行う設計の範囲内の改変を加えて達成できるものということになるから,やはり容易に推考できる本件発明の構成に当然伴われる効果ということになり,それをもって,本件発明の進歩性を基礎付けることはできないというべきである。
(3) 甲第10号証,第11号証,第12号証の1,2,第13号証の1ないし4,乙第7号証ないし第10号証によれば,本件発明の実施品は,宣伝や販売努力等のためもあるにせよ,その優れた性能(軽く引ける,楽に引ける等)により,商業的な成功を収めているものと認めることができる。
しかし,本件発明の作用効果が,容易に推考できるその構成から当業者が当然知り得るものであって顕著なものといえないということは,前記のとおりであり,その判断は,上記商業的な成功の事実によって左右されるものではない(既に述べたところからすれば,上記実施品は,本件発明の構成というよりも,本件明細書において開示されていない具体的な諸元を持つゼンマイ機構を採用したことによって,特に優れた性能を発揮しているものと認められるから,この商業的な成功は,本件発明の顕著な作用効果の存在を基礎付けるものとはいえない。)。
6 結論 以上のとおり,原告主張の【「対比・判断の1」の誤り】,【本件発明の顕著な作用効果を看過した誤り】はいずれも理由がないから,その余の点について判断するまでなく,決定を取り消すべき事由は存在しない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久