関連審決 | 異議2003-71160 |
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関連ワード | 発明者 / 方法の発明 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 化学構造 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
16年
(行ケ)
311号
特許取消決定取消請求事件
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原告 東洋紡績株式会社 訴訟代理人弁理士 植木久一 同 菅河忠志 同 二口治 同 伊藤浩彰 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 橋本康重 同 長浜義憲 同 高橋泰史 同 宮下正之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/02/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2003-71160号事件について平成16年5月31日にした決定中,「特許第3341960号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「高性能ブラシ」とする特許第3341960号の特許(平成6年12月21日出願(以下「本件出願」という。),平成14年8月23日設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。 本件特許に対して特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2003-71160号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成16年3月29日に,本件出願に係る願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」といい,訂正後の明細書を「本件訂正明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成16年5月31日に「訂正を認める。特許第3341960号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成16年6月21日にその謄本を原告に送達した。 2 本件訂正による訂正後の特許請求の範囲 「【請求項1】合成重合体のブラシ毛が植毛されてなるブラシにおいて,該ブラシ毛の主成分が固有粘度が0.5以上のポリプロピレンテレフタレートであることを特徴とする高性能ブラシ。」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,実公昭61-10495号公報(以下,決定と同様に「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び特開昭52-5320号公報(以下,決定と同様に「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,とするものである。 決定が上記結論を導くに当たり,本件発明と引用発明2との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。 一致点 「合成重合体のブラシ毛が植毛されてなる高性能ブラシ」 相違点 「合成重合体のブラシ毛について,本件発明は,「該ブラシ毛の主成分が固有粘度が0.5以上のポリプロピレンテレフタレートである」ものであるのに対し,刊行物2記載の発明は,かかる構成を備えたものではないこと。」(以下「本件相違点」という。) |
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原告主張の取消事由の要点
決定は,本件発明の構成の容易想到性についての判断を誤り(取消事由1),本件発明の顕著な効果を看過したものであり(取消事由2),これらの認定判断の誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件発明の構成の容易想到性についての判断の誤り) 決定は,本件相違点について,「上記の事実によれば,刊行物1には,固有粘土(判決注・「粘度」の誤記と認める。以下訂正して引用する。)が0.70のポリプロピレンテレフタレート繊維と,その弾性回復率と仕事回復率がPETよりも優れていることが開示されていると認められる。そうすると,刊行物2には,前示のとおり,ポリエチレンテレフタレートのブラシ毛が植毛された歯ブラシの発明と,歯ブラシのブラシ毛は弾性率が高く回復性が良い特性を有することが望まれることが記載されているのであるから,ポリエチレンテレフタレートのブラシ毛を,これより弾性回復率と仕事回復率について優れている刊行物1記載のポリプロピレンテレフタレート繊維により置き換えることは,当業者には動機付けがあったというべきである。したがって,相違点に係る本件発明の構成は,刊行物2記載の発明に刊行物1記載の発明を適用することにより当業者であれば容易に想到できたものである。」(決定書6頁1,2段),と認定判断した。しかし,この認定判断は誤りである。 (1) 決定の上記判断は,引用発明1の「弾性回復率」と,本件発明の「弾性回復率」とが同一の技術概念であるとの事実誤認に基づいた誤った判断である。 引用発明1の「弾性回復率」は,対象となる合成繊維を長さ方向へ引き伸ばしたときの元の長さへの回復率であるのに対し,本件発明における「弾性回復率」は,対象となる合成繊維を180度に曲げ,その後の真直状態への回復率であるから,両者はその測定方法及び算出方法が異なり,弾性の発現原理及び方向が相違しているのである。 しかるに,決定は,両者の弾性回復率が同じものであると誤認して,上記の判断を行ったものである。決定をいかに精査しても,本件発明の「弾性回復率」が上記のような曲げに対する回復率であることを認識した上で,引用発明2と引用発明1から本件発明の構成に容易に想到することができるかどうかを検討した形跡はない。 本件発明においては,ブラシ毛の曲げ方向の剛性に関連した物性を活用することを重視しており,この創意工夫を当業者にとって容易想到とは断じ得ないところである。 (2) 刊行物1において開示されている合成繊維は,スパンデックスに比肩されるほどに伸長時の回復性が高い,いわばゴム紐の様に伸び縮みすることが特徴とされる繊維である。このようなゴム様のものを歯ブラシ用ブラシ毛に転用するということは到底考えられないことであり,引用発明1を引用発明2に適用するとの動機付けはなく,むしろこのような転用を想到することは当業者にとって著しく困難である。 (3) 刊行物1において開示されている合成繊維は,衣料用繊維を念頭においてその作用効果が検討されているものである。衣料用繊維とブラシ毛についてはそれぞれに要求される特性が全く相違するものであることからすれば,このような引用発明1の衣料用繊維を引用発明2のブラシ毛に転用することについては格別の障害要因がある。 (4) ポリエチレンテレフタレート(以下「PET」と略記する。),ポリプロピレンテレフタレート(ポリトリメチレンテレフタレートと同物質。以下両者とも「PTT」と略記する。)及びポリブチレンテレフタレート(以下「PBT」と略記する。)は,いずれもポリアルキレンテレフタレートという点で化学構造的には類似点を有する。しかし,刊行物2や実開昭57-50220号公報などにはPETとPBTを並列的に記載しておきながら,PTTについては記載していないこと(甲4号証2頁3欄6〜9行,乙3号証4頁,乙5号証3頁8欄下から6〜5行)から明らかなように,引用発明1のPTTはポリアルキレンテレフタレートにおいて特異な材料であり,PETとは異なるものである。 2 取消事由2(顕著な効果の看過) 決定は,「本件発明の作用効果について検討しても,刊行物2及び1に記載された各発明から当業者であれば容易に予測できる程度のものにすぎない。」(決定書6頁3段)と判断した。しかし,決定のこの判断は誤りである。 (1) 本件発明における「弾性回復率」の「回復」とは曲げ方向への外力を30分間与え,次いで開放して更に10分を経過した後の「回復」であるから,引用発明1における「弾性回復率」のような伸長方向へ伸長させた後の「回復」ではない。 したがって,本件発明の「弾性回復率」が良好であるとの効果は,引用発明1の「弾性回復率」から予測され得ないものである。 (2) 本件訂正明細書においては,その実施例に相当する歯ブラシについて,耐久性及び触感について良好との判定が下されている。このような耐久性及び触感といった効果は,本件発明に特有のものである。これらの効果を,引用発明1と2の組合せから想到することは当業者にとって容易であろうはずがない。 |
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被告の反論の骨子
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(本件発明の構成の容易想到性についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1の「弾性回復率」と,本件発明の「弾性回復率」とは,その意味するところが相違するのに,これを同一の技術概念のものであると誤認して,本件発明の構成の容易想到性の判断をしたと主張する。 しかし,本件発明の「弾性回復率」は,本件発明の効果を確認する一評価方法にすぎないものであって,本件訂正明細書の特許請求の範囲(請求項1)には記載されておらず,本件発明の構成となるものではない。 原告の主張は,本件発明の構成の容易想到性の判断には直接関係しないものである。 (2) 刊行物2には,「弾性率」(甲4号証1欄26行,3欄2行,4欄11行)の記載はあるが,その定義の記載はない。しかし,単に「弾性率」といえば,縦弾性係数をいうものであるから,刊行物2記載の「弾性率」とは縦弾性係数のことである。 したがって,PETよりも弾性回復率が高い引用発明1のPTTを引用発明2に組み合わることには動機付けがあったというべきである。 (3) 原告は,引用発明1の繊維はゴム紐のように伸長後の回復の度合いが良好な繊維であると主張する。 しかし,刊行物1には,PTTはPETより弾性回復率が大きい性質があるということ,その弾性回復率とはその伸びの割合が10%に達したところの回復率であって,それが90%以上のものであることが記載されているのであって,ゴム紐のように容易に大きく伸びては元の長さに戻るようなものが記載されているわけではない。 (4) 原告は,引用発明1のPTTは,衣料用繊維を念頭においてその効果が検討されたものであると主張する。 しかし,刊行物1には引用発明1の用途について限定するような記載は何らなく,引用発明1に係る繊維はその特徴を生かした種々の分野に用いられることが想定されているものである。そして,PETとPTTは同じテレフタレートポリエステルであるから,前者を後者で置換することに阻害要因はない。 2 取消事由2(顕著な効果の看過)について 本件訂正明細書に記載された弾性回復率は,歯ブラシに求められていた高弾性,耐摩耗性,屈曲回復性等の種々の特性を測る指標の一つとして採用されたものというべきであり,そのようにして歯ブラシ用のブラシ毛の効果を確認することは,当業者であれば当然になすべきことである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明の構成の容易想到性についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1の「弾性回復率」は,対象となる合成繊維を長さ方向へ引き伸ばしたときの元の長さへの回復率であるのに対し,本件発明における「弾性回復率」は,対象となる合成繊維を180度に曲げ,その後の真直状態への回復率であるから,両者はその測定方法及び算出方法が異なるものであるにもかかわらず,決定は,両者の弾性回復率が同じものであると誤認し,その結果,進歩性の判断を誤ったものである,と主張する。 「弾性回復率」が,本件発明の構成として請求項1に記載されているものではないことからすれば,原告の上記主張は,決定が刊行物2に記載されていると認定した「歯ブラシのブラシ毛は弾性率が高く回復性が良い特性を有することが望まれる」(決定書6頁2段)ことにおける「弾性率が高く回復性が良い特性」と,決定が認定した引用発明1のPTT繊維の「弾性回復率・・・について優れている」(決定書6頁2段)との特性とは異なる特性であるから,引用発明1のPTT繊維が弾性回復率について優れているとしても,このことをもって,引用発明2の「ポリエチレンテレフタレートのブラシ毛が植毛された歯ブラシの発明」における「ポリエチレンテレフタレートのブラシ毛」を引用発明1のPTT繊維に置き換えることの動機付けにはならない,という主張と理解することができる。しかし,このように解したとしても,原告の上記主張は,次のとおり理由がない。 (ア) 刊行物2には,歯ブラシのブラシ毛の性質に関し,次の記載がある(甲4号証)。 a 「一般に歯ブラシの清掃性や使用感は太くて硬い刷毛よりも,細くて軟い刷毛を使用した場合に良好であるが,通常のナイロン繊維からなる刷毛は弾性率が低くて腰がなく,しかも回復性が悪くて使用中にへたりを生ずるなど耐久性が劣るので,必然的に天然獣毛よりも太く構成せざるを得ないため,それを植毛してなる歯ブラシはその清掃性や使用感を十分に満足できないのである。」(1欄23行〜2欄3行) b 「本考案の歯ブラシは先鋭刷毛1と先鋭部を有しない刷毛2とを交互に植毛してなり・・・先鋭部を有しない刷毛2はそれ自体の弾性率や耐久性がすぐれているので,歯や歯茎の表面に対する清掃性が良好で,それらを損傷することもない。」(2欄17行〜3欄5行) c 「本考案の刷毛素材として使用される熱可塑性ポリエステルとしては,ポリエチレンテレフタレート,ポリブチレンテレフタレートなど・・・を用いることができる。なかでもとくにポリブチレンテレフタレート製モノフィラメントを使用する場合には伸長弾性回復が良好で,使用中刷毛のヘタリが極めて少なく,耐久性が抜群にすぐれた歯ブラシを得ることができる。」(3欄6行〜18行) d 「以上説明したように本考案の歯ブラシは弾性率が高くてナイロン繊維よりも腰があり,そのため刷毛の太さを細くできる熱可塑性ポリエステルモノフィラメントを素材としているので,使用感が極めて良好であり,かつ,すぐれた清掃性および耐久性を有するものである。」(4欄11〜16行) 上記のとおり,刊行物2には,歯ブラシのブラシ毛に望まれる特性として,「細くて軟い」こと(上記a),「弾性率が低くて腰がなく,しかも回復性が悪くて使用中にへたりを生ずるなど耐久性が劣る」ものではないこと(上記a),「弾性率や耐久性がすぐれている」こと(上記b),「伸長弾性回復が良好で,使用中刷毛のヘタリが極めて少なく,耐久性が・・・すぐれた」こと(上記c),「弾性率が高くてナイロン繊維よりも腰があり,そのため刷毛の太さを細くできる」こと(上記d),「使用感が・・・良好であり,かつ,すぐれた清掃性および耐久性を有する」(上記d)ことが挙げられており,これらの記載によれば,ブラシ毛の腰がないのはブラシ毛の弾性率が低いことによるものであり(上記a,d),また,ブラシ毛の耐久性が劣るのは「回復性が悪くて使用中にへたりを生ずる」こと等によるものであって(上記a),引用発明2におけるブラシ毛の弾性率と回復性とは,別の性質のものと把握すべきことが認められる。 刊行物2の上記記載からすれば,決定が,刊行物2には,「歯ブラシのブラシ毛は弾性率が高く回復性が良い特性を有することが望まれることが記載されている」(決定書6頁2段)とした認定に何ら誤りはない。 そして,「へたり」は歯ブラシの使用中に生じる(上記a)ものであるが,歯ブラシの使用中にブラシ毛に作用する外力は,通常ブラシ毛を伸長させる方向ではなく屈曲させる方向の力であるから,引用発明2におけるブラシ毛の「回復性」とは,ブラシ毛の「へたり」についての回復性,すなわちブラシ毛に屈曲させる方向の応力限界を超える大きさの外力が作用したときに生じたブラシ毛の変形,応力又はひずみの,外力を除いた後における残存する程度を示す性質(以下「屈曲回復性」という。)をいうものであり,歯ブラシのブラシ毛には,少なくとも変形についての屈曲回復性が良い特性が望まれる,ということができる。 (イ) 刊行物1には「テレフタル酸を主たる酸成分とし,トリメチレングリコールを主たるグリコール成分とするポリエステルから成り,10%伸長時の弾性回復率が90%以上,10%伸長時の仕事回復率が70%以上であることを特徴とするポリエステル繊維」及びその製造方法の発明について,次の記載がある(甲3号証)。 a 「本発明はポリトリメチレンテレフタレート繊維及びその製造方法に関する。その目的とするところは従来繊維には見られなかつたすぐれた弾性回復率,仕事回復率を有するポリエステル繊維を提供することにある。」(1頁右下欄2〜6行) b 「現在汎用のポリエステルであるポリエチレンテレフタレート(・・・)は化学的,物理的性質のすぐれていることから広く用いられているが染色性に劣る他,ナイロンに比べて耐久性が劣るといつた欠点がある。・・・ポリトリメチレンテレフタレートはPETと同じテレフタレートポリエステルでありながら,一般に染色性耐久性(弾性回復,仕事回復等)がPETよりもすぐれている。」(1頁右下欄11〜19行) c 「本発明者等は,ポリトリメチレンテレフタレートの特徴を生かすべく更に詳細な検討を行なつた結果,該繊維が極めて良好な弾性回復率,仕事回復率を具備しうること,更にそれには特定の延伸温度,延伸倍率で延伸することにより得られることを見出し本発明に到達したものである。」(2頁左上欄19行〜右上欄5行) d 「従来の合成繊維では,ナイロンやポリエーテルエステルが回復率の高いものとして知られている・・・。本発明の様にTR10 が90%以上且つWR 10が70%以上という様な高度な回復性をもつた繊維は,いわゆるスパンデツクス等の長伸長ものを除いては従来殆ど見られてなかつた。」(3頁右下欄下から7行〜4頁左上欄3行) e 「10%伸長時弾性回復率(TR10 と略記することがある。)は試料にデニール当たり1/30gの初荷重をかけ,毎分20%の伸びの一定割分の速度で伸ばし,伸度10%になつたところでこんどは逆に同じ速度で収縮させて応力-歪曲線を画く。収縮中,応力が初荷重と等しい1/30g/dにまで低下した時の残留伸度をεとすると TR10=10 -ε ×100(%)で表わされる。 10 10%伸長時仕事回復率(WR10 と略記することがある。)はTR 10を求める時に画かれた応力-歪曲線から,次式によつて求める。 WR10 =収縮曲線下 の面積 ×100(%) 伸長曲線下の面積 上の定義から明らかな様に,TR10 は歪による長さの回復する程度,WR10 はその時のエネルギー回復性を表わすことがわかる。」(3頁左下欄17行〜右下欄11行) f 「本発明によればPETと同じテレフタレートポリエステルでありながら染色性がPETよりも優れ,耐久性(弾性回復,仕事回復等)がナイロン等の従来繊維よりも更に優れた極めて高度な回復率を有するポリエステル繊維を得ることができる。」(4頁右上欄10行〜15行) g 「実施例1〜3,比較例1〜4 固有粘度0.70のポリトリメチレンテレフタレートを265℃にて溶融し,孔径0.5cmφ,孔数12ヶを有する口金から毎分8gの速度で吐出し360m/minの速度で巻取つた。この未延伸糸を用いて第1表に示す個々の条件で延伸し130℃で定長熱処理した繊維は同表右欄に示した物性を有することがわかつた。」(4頁左下欄) そして,その「第1表」には,実施例1〜3及び比較例1〜4の繊維の延伸条件及び繊維性能(強度,伸度,TR10 ,WR 10 )が記載され,例えば,実施例1の繊維は延伸倍率4.0,TR10 が96%,WR 10 が80%であることが記載されている。 刊行物1の上記の各記載によれば,PTTは,「PETと同じテレフタレートポリエステルでありながら,一般に染色性耐久性(弾性回復,仕事回復等)がPETよりもすぐれている」(上記b)ものであり,特に引用発明1のPTT繊維は,「高度な回復性をもった繊維」(上記d)であり,その回復性の程度は,「従来繊維には見られなかったすぐれた」(上記a),「極めて良好な」(上記c),「いわゆるスパンデックス等の長伸長ものを除いては従来殆ど見られてなかった」(上記d),「ナイロン等の従来繊維よりも更に優れた極めて高度な回復率」(上記f)であること,例えば刊行物1の実施例1に記載された「固有粘度が0.70のポリトリメチレンテレフタレート」(上記g)繊維は,TR10 が96%,WR 10 が80%(上記g)であり,これは「従来殆ど見られてなかった」,「極めて高度な」回復率であるから,同実施例1の「固有粘度が0.70のポリプロピレンテレフタレート」繊維は,PETよりも弾性回復率,仕事回復率に優れたものであることが認められる。 以上によれば,決定の「刊行物1には,固有粘度が0.70のポリプロピレンテレフタレート繊維と,その弾性回復率と仕事回復率がPETよりも優れていることが開示されている」(決定書1段)との認定には何ら誤りはない。そして,引用発明1における「弾性回復率」は,上記eで定義される10%伸長時弾性回復率(TR10)によって示されるものであって「歪による長さの回復する程度」(上記e)を示すものとされており,材料に伸長方向に応力限界を超える大きさの外力が作用したときに生じた材料の変形の,外力を低減した後における残存する程度を示す性質(以下「伸長回復性」という。)をいうものと認められる。 (ウ) 刊行物2には,「刷毛素材として使用される熱可塑性ポリエステルとしては,ポリエチレンテレフタレート,ポリブチレンテレフタレートなど」(上記(ア)c)が使用されることが記載されている。そして,上記(ア)で検討したとおり,歯ブラシのブラシ毛には,少なくとも変形についての屈曲回復性が良い特性が望まれることが認められる。また,上記(イ)で検討したとおり,刊行物1に記載された固有粘度が0.70のPTT繊維は,PETに比べて,伸長回復性が良い特性を有するものであり,その回復性の良好さの程度は従来ほとんど見られてなかった極めて高度なものであることが認められる。 このような,歯ブラシのブラシ毛に望まれる屈曲回復性と,刊行物1に記載されたPTT繊維の伸長回復性とは,材料に作用する外力の方向において異なることが認められるものの,両者は,共に材料に応力限界を超える大きさの外力が作用したときに生じた変形の,外力を除いた又は低減した後における残存する程度を示す性質をいうものである点で同じものであるといえる。しかも,材料に屈曲させる方向の力が作用したときにおいて,力の作用側については伸長する力が作用すると認められるのであるから,材料の伸長回復性が良いことは,材料の屈曲回復性が良いことを通常予測させるということができるのである(この予測に反する証拠はない。)。 なお,縦弾性係数が弾性体の直径の2乗に影響される係数であって(乙2号証「a.縦弾性係数」の項),曲げ剛性が弾性体の直径の4乗に比例するものである(甲5号証)としても,上記のとおり伸長回復性も屈曲回復性も共に材料に応力限界を超える大きさの外力が作用したときに生じた変形の,外力を除いた又は低減した後における残存する程度を示す性質をいうものである点で同じものである以上,両者が全く異なる特性のものということができないことは明らかである。 以上からすれば,歯ブラシのブラシ毛をより屈曲回復性が良い特性を有するものとする課題を有する当業者にとって,刊行物2に記載された「ポリエチレンテレフタレートのブラシ毛が植毛された歯ブラシ」のブラシ毛の材料として,PETをPETより伸長回復性が良い特性を有し,しかも良好さの程度が極めて高度なことが認められる引用発明1の固有粘度が0.70のPTTに置き換えることに十分な動機付けがあると認められる。 決定が,引用発明2の歯ブラシにおける「ポリエチレンテレフタレートのブラシ毛を,これより弾性回復率と仕事回復率について優れている刊行物1記載のポリプロピレンテレフタレート繊維により置き換えることは,当業者には動機付けがあったというべきである。」(決定書6頁2段)とした判断に誤りはない。 引用発明2の「弾性率」と引用発明1の「弾性回復率」とは異なる特性であるから,引用発明2の歯ブラシにおけるブラシ毛のPETを引用発明1のPTTと置換する動機付けはない,とする原告の主張が採用し得ないものであることは明らかである。 (2) 原告は,刊行物1において開示されている合成繊維は,スパンデックスに比肩されるほどに伸長時の回復性が高い,いわばゴム紐の様に伸び縮みすることが特徴とされる繊維であるから,これを歯ブラシ用ブラシ毛に転用するということは到底考えられない,と主張する。 原告がいう「ゴム紐の様に伸び縮みすることが特徴とされる繊維」との意味は明確ではないが,全長の2倍や3倍などと長く伸長しても元の長さに戻ることができるという意味であるとするならば,引用発明1のPTT繊維を誤認するものである。 すなわち,引用発明1のPTT繊維が「10%伸長時の弾性回復率が90%以上」であることは,全長の0.1倍(10%)を伸長させることができること,そして応力が初期荷重と等しいまでに低下したときに外力を作用させる前の元の長さからの伸長が1%以下(10%の10%以下)の変形が残ることを意味するものであって,全長の2倍(100%)や3倍(200%)に長く伸長することができることを意味するものではない。 原告の上記主張は,引用発明1のPTT繊維を「いわばゴム紐の様に伸び縮みすることが特徴とされる繊維」であると誤認したことに基づく主張であり,その理由がないことは明らかである。 (3) 原告は,刊行物1において開示されている合成繊維は,衣料用繊維を念頭においてその作用効果が検討されているものであり,衣料用繊維とブラシ毛についてはそれぞれに要求される特性が全く相違するものであることからすれば,このような引用発明1の衣料用繊維を引用発明2のブラシ毛に転用することについては格別の障害要因がある,と主張する。 確かに,刊行物1には,「従来より衣料用合成繊維としてポリエステル,ポリアミド,ポリエーテルエステル等が広く用いられており,それぞれの特徴を生かした分野に用いられてきた」(甲3号証1頁下右欄7〜10行),及び,「一般に衣料用繊維では・・・」(同4頁上右欄1行〜7行)と記載されていることが認められる。 原告がいう衣料用繊維と歯ブラシ用繊維に「それぞれに要求される特性」とはそもそも何をいうか不明であるものの,衣料用繊維において伸長回復性が望まれ,歯ブラシのブラシ毛において屈曲回復性が良好であることが望まれていることは前記のとおりであり,両者の特性は前記のとおり類似するものであると認められるのであるから,少なくとも「それぞれに要求される特性」が全く相違するということはできない。 また,原告の上記主張が,衣料用繊維と歯ブラシ用繊維とは太さが異なる旨の主張であるとしても,そのことは材料を置換する阻害要因とはならない。 すなわち,刊行物1に記載されたPTT繊維の弾性回復率が良好であるという性質は,前記認定のとおり,その弾性回復率が「デニール当たり1/30gの初荷重をかけ」(上記(1)(イ)e)と記載されており,同回復率が太さによらない性質のものであると認められるから,同繊維を衣料用の繊維に限らず,太さの異なる繊維材料として使用したとしても,同様に良好な弾性回復率を示すものであることは明らかである。 そして,歯ブラシのブラシ毛も繊維状の材料ということができるのであるから,引用発明1に記載されたPPT繊維の弾性回復率がPET繊維よりよいという知見は,歯ブラシのブラシ毛にも適用できる知見であると認められ,刊行物1に記載されたPTT繊維が衣料用繊維を念頭においているとしても,そのPTT繊維を衣料用以外の用途に使用できないとする理由は認めらない。 (4) 原告は,PET,PTT,PBTは,いずれもポリアルキレンテレフタレートという点で化学構造的には類似点を有するものの,刊行物2や実開昭57-50220号公報などにはPETとPBTを並列的に記載しておきながら,PTTについては記載していないことから明らかなように,引用発明1のPTTはポリアルキレンテレフタレートにおいて特異な材料であり,PETとは異なるものである,と主張する。 しかし,刊行物1では,前記のとおり,「現在汎用のポリエステルであるポリエチレンテレフタレート(・・・)は化学的,物理的性質のすぐれていることから広く用いられているが染色性に劣る他,ナイロンに比べて耐久性が劣るといった欠点がある。・・・ポリトリメチレンテレフタレートはPETと同じテレフタレートポリエステルでありながら,一般に染色性耐久性(弾性回復,仕事回復等)がPETよりもすぐれている。」(上記(1)(イ)b)と記載されているように,PTTは,PETほど汎用ではないにしても,同じテレフタレートポリエステル材料の一種として説明されているのであり,テレフタレートポリエステルとしてPETと同様に用いられることが示唆されているということができ,PTTの使用のされ方が特に特異なものであることを認めるに足りる証拠もない。 上記各文献においてPTTがPET,PBTと並列して記載されていないこと(甲4号証2頁3欄6〜9行,乙3号証4頁,乙5号証3頁8欄下から6〜5行)は,単にこれらのものと並んで例示されるほどは汎用のものではないというにすぎず,PTTがPETなどと並列して記載されていないことをもって,テレフタレートポリエステルが使用されることが知られている歯ブラシのブラシ毛にPTTを適用する阻害要因になるということはできない。 (5) 以上のとおり,引用発明2の「ポリエチレンテレフタレートのブラシ毛が植毛された歯ブラシ」のブラシ毛を,より弾性率が高く回復性が良いブラシ毛とするために,引用発明1の「固有粘度が0.70のポリプロピレンテレフタレート」に置換することについては,十分な動機付けがあり,その置換を阻害する要因も認められない。 決定の「相違点に係る本件発明の構成は,刊行物2記載の発明に刊行物1記載の発明を適用することにより当業者であれば容易に想到できたものである」(決定書6頁2段)との判断に誤りはない。 2 取消事由2(顕著な効果の看過)について (1) 本件発明は,上記のとおり,その構成につき容易想到性が認められる。このように,発明の構成につき容易想到性が認められる場合において,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が奏する効果が,当該構成から予想される効果と比べて格段に異なるものであることを要するというべきである。 本件発明の効果として,本件訂正明細書には,極限粘度0.70のPTT繊維を植毛した歯ブラシ(実施例1)及び,極限粘度0.65のPBT繊維を植毛した歯ブラシ(比較例1)の「弾性回復率」,「引っ張り強度」,「触感」及び「耐久性」についての評価が記載されている(甲2号証の2【0010】【表1】)。同【表1】によれば,実施例1のものはそれぞれ「84%」,「3.5g/d」,「良好」,「良好」であり,比較例1のものはそれぞれ「70%」,「3.7g/d」,「コシがない」,「やや劣る」であることが記載されており,本件発明の実施例1のものは「弾性回復率」,「触感」及び「耐久性」において,比較例1のものよりも良好であることが認められる。 (2) 「弾性回復率」について 本件発明の「弾性回復率」は,その評価方法(甲2号証の2【0011】)からみて,屈曲回復性を評価する値であると認められる。 確かに,本件発明の「弾性回復率」すなわち屈曲回復性の程度は,実施例1のPTTのもので「84%」であり,比較例1のPBTのものは「70%」であって,PBTのものより良好である。 しかしながら,引用発明1のPTTの弾性回復率は伸長回復性を示すものであるものの,伸長回復性が高いことから,屈曲回復性が高いことが予想されると認められることは前記のとおりであるから,弾性回復率の程度がPBTで「70%」のものが,本件発明のPTTで「84%」となるとの効果は,予想される範囲内の効果であって,当該構成から予想される効果と比べて格段に異なるものであると認めることはできない。 原告は,本件発明の「弾性回復率」は屈曲回復性を示すものであり,刊行物1の弾性回復率は伸長回復性を示すものであるから,本件発明の「弾性回復率」が良好であるとの効果は,引用発明1の「弾性回復率」から予想され得ないものである,と主張する。 しかし,両者は回復性という点で共通するものであり,伸長回復性が高いことから,屈曲回復性が高いことが予想されることは前記のとおりであり,予想され得ない効果であるとの原告の主張は採用し得ない。 (3) 「耐久性」について 本件発明の「耐久性」は,その評価方法(甲2号証の2【0011】)からみて,屈曲回復性を評価するものであると認められる。 すなわち,本件発明の「耐久性」は,力を加えて往復運動をした場合の植毛時の方向から平均して20度曲がるまでの回数で評価されるものであって,ブラシ毛に外力を作用させたときに生じた変形の,外力を除いた後の残存する程度を示すものであるから,屈曲回復性と同等の性質であると認められる。 したがって,本件発明の「弾性回復率」と同様に,本件発明の「耐久性」の程度が実施例1のPTTのもので「良好」であって比較例1のPBTのものの「やや劣る」より優れているという効果は,上記と同様に予想され得る範囲内の効果であるといえる。 (4) 「触感」について 本件発明の「触感」について,本件訂正明細書には,その評価方法及び評価基準について記載がない(比較例1の評価の記載から「コシ」について評価するものと認められるものの具体的に何をどのように評価したかは不明である。)。 したがって,本件発明の「触感」については,その発明が奏する効果がどのようなものであるのか不明であり,その程度が当該構成から予想される作用効果と比べて格段に異なるものであるのか検討するに足りるものではない。 (5) 以上のとおりであるから,本件発明が奏する効果は,引用発明2の歯ブラシのブラシ毛をPTTとした場合に予想されるところに比し格別であると認めることはできない。決定が,本件発明の効果について,「刊行物2及び1に記載された各発明から当業者であれば容易に予測できる程度のものにすぎない。」(決定書6頁3段)とした判断に誤りはない。 3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由は理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 瀬順久 |