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関連審決 無効2004-80253
関連ワード 物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  先行技術 /  着想 /  クレーム /  参酌 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  侵害 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10775号 審決取消請求事件
原告フ ォスター電機株式会社
訴訟代理人弁護士小池豊
同 櫻井彰人
訴訟代理人弁理士高山道夫
被告Y
訴訟代理人弁護士北原潤一
訴訟代理人弁理士古橋伸茂
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/12/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2004-80253号事件について平成17年9月27日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯被告は,発明の名称を「スピーカ用振動板の製造方法」とする特許第3517736号の特許(平成13年10月5日出願,平成16年2月6日設定登録
以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。
原告は,平成16年12月9日,本件特許を無効とすることについて審判を請求し,特許庁は,この請求を無効2004-80253号事件として審理した上,平成17年9月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年10月7日,その謄本を原告に送達した。
2特許請求の範囲本件特許に係る明細書(以下,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1,2の各記載は,次のとおりである(以下,請求項1,2に係る各発明を「本件特許発明1」,「本件特許発明2」という。)。
「【請求項1】少なくとも複数の抄紙工程を備えており,一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する多層漉き抄紙法を用いた,多層構造を特徴とするスピーカ用振動板の製造方法
【請求項2】請求項1の製造方法を用いて,二層以上を重ね合わせて堆積する多層構造のスピーカ用振動板。」なお,本件特許発明1を後記甲1発明ないし甲5発明と対比する際の便宜上,本件特許発明1の構成要件を次のとおり分説することとし(このように分説することができることについては,当事者間に争いがない。),以下,この分説に従って,本件特許発明1の構成要件を「構成要件A」などという。
A少なくとも複数の抄紙工程を備えており,B一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,C吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積するD多層漉き抄紙法を用いた,E多層構造を特徴とするスピーカ用振動板の製造方法
3審決の理由別紙審決書写しのとおりである。要するに,原告(請求人)が,本件特許発明1は,本件特許の出願前に頒布された刊行物である特開昭48-50003号公報(甲1),特公昭57-10638号公報(甲2),特開平1-101105号公報(甲3),米国特許1927902号公報(甲4)及び特開平8-232200号公報(甲5)に記載された各発明(以下,各発明を「甲1発明」などという。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許発明2も,本件特許発明1と同様の理由で,甲1発明ないし甲5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると主張したのに対し,下記(1),(2)の理由により,原告の主張及び提示した証拠方法によっては,本件特許発明1,2に係る特許を無効とすることはできない,としたものである。
(1)ア本件特許発明1は,多層構造を特徴とするスピーカ用振動板の製造方法において,「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する多層漉き抄紙法を用いた」点を要件とするところ,甲1発明は,多層構造を特徴とするスピーカコーン紙(本件特許発明1でいうスピーカ用振動板に相当)の製造方法である点では本件特許発明1と共通性があるものの,その具体的な製造方法として,漉きタンク内において,叩解度,強度及び音響的エネルギ損失の異なる少なくとも二つの繊維質材のうち,その一方の繊維質材を上記漉きタンク内に設けた漉き網にある程度堆積した後,他方の繊維質材を入れ,その繊維質材と先に入れた繊維質材の堆積しつつある部分とを混合しつつ堆積して積層し一体的に構成する製造方法を採るものであり,本件特許発明1の製造方法とはその構成が全く異なり,本件特許発明1の上記要件を開示若しくは示唆するものではなく,また,甲1発明が多層のコーン紙をも一度の漉き上げで製造することを意図したものであることからすると,甲1発明において,本件特許発明1の要件である上記のような複数の抄紙工程からなる製造方法を採ることは全くの想定外のことである。
イ甲2発明は,本件特許発明1と,多層構造を特徴とするスピーカ用振動板の製造方法であり少なくとも複数の抄紙工程を備えている点,また,一次抄紙で堆積した紙料(甲2発明でいう木材パルプ層)を二次抄紙以降の漉き槽にある分散液(甲2発明でいう合成繊維を含む液状原料)の液中に置き堆積する多層漉き抄紙法を用いた点で共通しているが,本件特許発明1では,「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する」のに対し,甲2発明では,一次抄紙で成形型に堆積した紙料(甲2発明でいう木材パルプ層)を成形型に堆積させたまま,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,堆積するようにしている点(以下「相違点」という。)で両者は相違し,上記相違点に係る構成を具備する本件特許発明1は,甲1発明ないし甲5発明を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件特許発明2は,本件特許発明1を引用する形式で記載された発明であって,本件特許発明1の製造方法を用いて,二層以上を重ね合わせて堆積する多層構造のスピーカ用振動板に係る特許発明であるから,本件特許発明1と同様の理由により,甲1発明ないし甲5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
なお,審判手続の段階において原告(請求人)が主張した本件特許発明2(物の発明)に係る特許の無効理由は,本件特許発明2は,本件特許発明1(製造方法の発明)が進歩性を欠くのと同様の理由で進歩性を欠くということに尽きるものであり,物の発明である本件特許発明2に固有の理由を主張したものではないことについては,当事者間に争いがない。
第3原告主張の取消事由の要点審決は,本件特許発明1と甲1発明の対比を誤り(取消事由1),本件特許発明1と甲2発明の対比を誤る(取消事由2)とともに,本件特許発明1と甲2発明の相違点に関する認定判断を誤ったものであり(取消事由3),また,本件特許発明1と同様の理由で,本件特許発明2についての認定判断を誤ったものである(取消事由4)から,違法として取り消されるべきである。
1取消事由1(本件特許発明1と甲1発明との対比の誤り)審決は,甲1には本件特許発明1そのものが開示ないし示唆されていない旨認定判断したが(審決書8頁2行〜14行),誤りである。
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1には本件特許発明1の構成要件Aに係る「少なくとも複数の抄紙工程を備えており」との記載があるが,この記載は,その文言どおり,「複数の抄紙工程」を指し,一次抄紙工程及び二次抄紙工程(三次抄紙工程等が必要なときは,更にそれらの工程を含む。)によってスピーカ用振動板を製造することを意味する。
一方,甲1は,一次抄紙工程によって一次抄紙を行い,これに続く二次抄紙工程によって二次抄紙を行うというように,多層漉き抄紙法により多層構造のスピーカ用振動板を製造する技術思想を開示するものである。
そうすると,甲1は,本件特許発明1の構成要件Aを開示し,更に構成要件D,Eをも開示しているというべきである。
審決及び被告は,甲1発明が一度の漉き上げでコーン紙を製造するものとしているが,甲1では,まず,一方の繊維質材3を漉きタンク1内に入れ,コック4を開いて排水させる過程で漉き網2に堆積したとき,つまり一次抄紙を行い,他方の繊維質材5を漉きタンク1内に入れ,一次抄紙上に,他方の繊維質材5を,漉き網2を介し抄紙し(二次抄紙),多層のコーンを製造するもので,これを連続的に行っているため(実際は一方,他方の繊維質材の投入に時間差がある),「一度の漉き上げ」と表現しているだけであり,実態は,2回の抄紙工程によって多層のコーン紙を製造しているものというべきである。
2取消事由2(本件特許発明1と甲2発明との対比の誤り)審決は,甲2発明と本件特許発明の1の構成とは明らかに相違する旨認定判断したが(審決書8頁29行〜36行),誤りである。
審決は,甲2発明について,「本件特許発明1とは,多層構造を特徴とするスピーカ用振動板の製造方法であり,少なくとも複数の抄紙工程を備えている点,また,一次抄紙で堆積した紙料……を二次抄紙以降の漉き槽にある分散液……の液中に置き,堆積する多層漉き抄紙法を用いた点で共通している」(審決書8頁24行〜28行)としており,甲2に本件特許発明の1の構成要件A,D,Eが開示されていることを認めているからである。
3取消事由3(本件特許発明1と甲2発明の相違点に関する認定判断の誤り)審決は,次のとおり,本件特許発明1と甲2発明の相違点に関する認定判断を誤ったものである。
(1)甲3発明についてア審決は,「甲第3号証では,『全補強繊維量の60〜20%の補強繊維とセメントからなる水溶液を丸網シリンダで抄き上げ,ベルト上に薄膜として抄き取り』との記載,あるいは,『セメント組成物においてセメントと繊維のみからなる水溶液1を丸網シリンダ2によりベルト3上に抄き取り,繊維配向性のあるセメント成分のみの薄膜4を成形し』……との記載があるのみであり,当該記載から,甲第3号証に,一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写することが開示されているとすることはできない。」(審決書9頁32行〜39行),「甲第3号証の製造方法が一次抄造で堆積した原料を二次抄造網に転写する転写工程を有するものであるとするには,前記ベルト上に成形された薄膜をさらに他の網体等に転写する工程を有する必要があるところ,甲第3号証にはこのような工程は記載されていない。」(審決書10頁6行〜9行)と認定判断したが,誤りである。
(ア)本件特許発明1にいう「転写」とは,本件明細書(甲7)の段落【0002】ないし【0003】及び【図2】に記載されている従来技術における「転写」と異なるものではなく,抄紙網に堆積した紙料をその紙料に接する面を有する他の型あるいは抄紙網に移し換えるということである。
(イ)一方,甲3発明は,審決が認定したように,「セメントと繊維からなる水溶液を丸網シリンダによりベルト上に抄き取り,繊維配向性のあるセメント成分のみの薄膜を成形し(いわゆる丸網抄造法),この上にシリカ分及びセメント分と補強繊維とから成るスラリーをフローボックスより供給し(いわゆる長網抄造法),両者を積層してメーキングロールに巻き取り,必要厚さとなれば,これを切開して平らにしプレスすることにより,セメントを主成分とする無機質板材を製造する製造方法に係るもの」(審決書9頁4行〜10行)であるが,このうち,「セメントと繊維からなる水溶液を丸網シリンダによりベルト上に抄き取り」との工程は,丸網シリンダ2に抄紙した一次紙料1を丸網シリンダ2に接するベルト3の下面に「転写」する工程である。
すなわち,甲3発明におけるセメントと繊維から成る水溶液1及び丸網シリンダ2は,それぞれ一次紙料液及び一次抄紙網に相当し,水溶液1を丸網シリンダ2により抄き取るとは,当該シリンダの表面に一次紙料を抄紙することであり,丸網シリンダ2は水溶液1を同シリンダ内部に吸い込み,その際水溶液1中の一次紙料をシリンダ表面に堆積させ抄紙するものである。そして,甲6(甲3の第1図を敷衍して説明するため原告が作成した参考図)において,シリンダが左回転し,水溶液から上部に離れるとき,シリンダ表面には一次紙料が形成され,次いで,図中右回りに回転するベルト3が下側にきたとき,ベルト3の表面に上記一次紙料が薄膜4として転写されるが,このベルト3は二次抄紙網に相当する。上記の結果,甲3発明では,丸網シリンダ2から引きはがされ,網目状に荒れた薄膜4(一次紙料)の裏面側,すなわち本件明細書(甲7)の【図1】(c)の一次抄紙4の下面側に相当する面に,紙料2が積層される。
(ウ)甲8(永佐化工株式会社のホームページを2004年12月3日にダウンロードしたもの),甲10(原告(請求人)の平成17年6月3日付け口頭審理陳述要領書)に添付された「資料9」(「パルプモールド製造装置について」紙パルプ技術タイムス1993年5月号20頁〜25頁),甲18(実願昭和55-187385号(実開昭57-109688号)のマイクロフィルム),甲19(特開昭53-135321号)などに示されるように,丸網シリンダを使用した丸網抄造法は,抄紙技術の一つであり,当該シリンダの外部にある抄紙液をその内部に吸い込み,当該シリンダの表面に抄紙するものとして,本件特許の出願前に周知となっていた技術である。
上記技術水準を前提にすれば,甲3の「丸網シリンダで抄き上げ」,「丸網シリンダ2によりベルト3上に抄き取り」との各記載に接した当業者は,甲3発明を,丸網シリンダ2の表面に抄紙し,当該抄紙をベルト3下面に「転写」するものと理解することは明らかである。
(エ)被告は,甲3発明における丸網抄造工程は,成形板中の補強繊維が一定方向に配向された厚手の板材を製造するために,セメント水溶液1を,「一定方向の配向性を与える丸網シリンダ2で抄き上げて厚手の板材の製造を可能にするベルト3上に薄膜として抄き取るもの」であり,ベルト3上に抄き取ることは,丸網抄造工程を完了させるための要件であり,当該抄造工程の一部であると主張するが,「一定方向の配向性を与える丸網2で抄き上げて厚手の板材の製造を可能にするベルト3上に薄膜として抄き取る」とは,丸網シリンダ2によって抄紙した一次紙料1を,丸網シリンダ2と対向配置されたベルトの下面に,「転写」する工程にほかならない。
イ審決は,「甲第3号証に記載の製造方法は,セメントを主成分とする無機質板材の製造方法であって,層間剥離を生じない充分な強度を有する厚手の無機質板材の製造方法に係るものであり,当該製造方法を,甲第3号証に記載の製造方法の製造対象(セメントを主成分とする無機質板材)とはその機能,構造,求められる特性が全く異なるスピーカ用振動板の製造方法に適用することは,甲第3号証では全く想定されていないし,当業者が容易に着想することができたとも認められない。」(審決書10頁16行〜22行)と認定判断したが,誤りである。
(ア)甲3発明はスピーカ用振動板の製造方法である代表的な丸網抄造法と長網抄造法を用いているところ,その丸網抄造法の用い方は,本件特許の出願当時の技術水準を構成するスピーカ用振動板の製造方法(甲18,19)の場合と同じである。しかも,特許庁が調査用に用いるFタームも,スピーカ用振動板の製造方法と同じに分類されている。したがって,甲3発明は,本件特許発明1と同一の技術分野に属するものというべきである。
(イ)本件明細書(甲7)には,「転写」が従来技術であり,本件特許発明1の「転写」もこれと同様であることが記載されており,また,パルプモールド(スピーカーコーン)には古くから転写技術が採用されている。
そうすると,本件特許出願前の抄紙技術として周知であった「転写」の工程を,スピーカ用振動板の製造方法に適用することは,当業者にとっては容易であったというべきである。
甲3発明が用いている丸網抄造法及び長網抄造法は,スピーカ振動板の製造に用いられる抄紙技術の代表例として,周知であるところ,甲3発明は,前記のとおり,本件特許発明1と技術分野を同じくし,少なくとも複数の抄造工程を備える点で本件特許発明1と共通し,「転写」についても明確に開示しているから,甲3を適用することについて阻害要因はない。
(ウ)被告は,甲3発明は,丸網シリンダによる薄膜の形成からメーキングロールでの巻き取りまでの工程を不可分一体のものとして構成された発明であるとし,ベルト3上の抄き取り工程は,かかる不可分一体のプロセスに組み込まれた一要素であって,その次にスラリーを薄膜上へ上から下に流して積層する工程が続くことを必須事項とするものであるから,かかる積層工程以外のいかなる工程が続くことも許容するものではない旨主張する。
しかし,甲3には,本件特許発明1の構成要件A,B,D,Eに相当する一次抄紙工程,転写工程,二次抄紙工程という工程の経時的要素が開示されているのであり,被告の主張は失当である。
(エ)被告は,甲3には,本件特許発明1の構成要件Cが全く想定されていない旨主張する。
しかし,被告の上記主張は,審決が審理判断しなかった事項を新たに主張するものであるから,主張自体失当である。
また,構成要件Cそのものは甲5に開示されており,二次抄紙工程を甲5に開示された「逆さ漉き」に置き換えることは,当業者の単なる選択事項にすぎないから,被告の主張は当を得ないものである。
(2)甲4発明について審決は,甲4に,「本件特許発明1の上記相違点に係る発明特定事項『一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する』を開示もしくは示唆するものでない」(審決書10頁30行〜33行)と認定判断したが,誤りである。
甲4は,被告が原告に対し提起した侵害訴訟(東京地方裁判所平成16年(ワ)第22343号事件)の訴状(甲9)において,構成要件Cにおけるいわゆる「逆さ漉き」が本件特許発明1の本質的な特徴である旨主張したことを踏まえ,いわゆる「逆さ漉き」についての技術(構成要件C)が本件特許の出願の68年も前から公知であることを示すために提出したものであり,これに構成要件Cの「逆さ漉き」が開示されていることは明らかである。
(3)甲5発明について審決は,甲5が,転写して,いわゆる逆さ漉きにより二次抄紙以降を堆積することを開示するものではないとしているが,誤りである。
甲5には転写についての開示はない。しかし,甲5には,本件明細書(甲7)の【図1】(c)〜(e),段落【0016】等の記載内容と同じことが開示されている。また,本件明細書の段落【0016】には,「更に,三次抄紙以降が有るときは,別に用意した同様の(d)と(e)の工程を繰り返して紙料を積層する。」との記載があるが,甲5の【図1】にも,第3の原料槽3が示され,同様のことが開示されている。
このように,甲5には,いわゆる二次抄紙以降に相当する抄造工程において,対象物を吸着せしめた状態を維持しながら「逆さ漉き」を行うことが開示されているから,構成要件Bの「転写」を除き,本件特許発明1の構成要件をすべて開示するものである。
(4)本件特許発明1の作用効果について審決は,「上記相違点に係る発明特定事項については,明細書に『一次抄紙で堆積した紙料は,水素結合する前の膨張した湿紙の状態を保ち,網目状に荒れた紙料の裏面側へ堆積するように,二次抄紙網へ転写して置く。この時,紙料は抄紙網の下に吸着しており,この状態から,二次以降の紙料分散液の液中に置いて,上方に排水しながら所定の量を堆積する方法である。この抄紙法の長所は,一次抄紙の紙料が十分に水を含んだ所へ,二次以降の紙料液に浮遊している繊維が絡み付いて堆積する事にある。この為,乾燥後は,積層した境界が明確に判別できる多層構造になり,機械的な結合と水素結合によって,強固に一体化した振動板ができる。』(段落番号0011)との記載があり,一次抄紙網に接触していた紙料面の方が他の面より表面が荒れており,繊維が絡みつきやすいことは推測されるので,上記発明特定事項を具備する本件特許発明1は,明細書の上記記載のような,機械的な結合と水素結合によって,強固に一体化した振動板ができるという格別の作用効果を奏するものと認められる。」(審決書11頁22行〜35行)と認定判断したが,誤りである。
ア本件特許発明1によってもたらされる特有の効果がないことは,次のとおり,明らかである。
(ア)甲13の1(原告従業員作成の2005年6月9日付け技術報告書)は,一次抄紙とこれに堆積された二次抄紙間の層間剥離強度の実験を行ったものであるが,これによれば,一次抄紙(第一層目)紙料の抄紙金網面となる方向から二次抄紙(第二層目)を抄紙した場合(サンプルA)と,一次抄紙(第一層目)紙料の抄紙金網面とは逆面方向から二次抄紙(第二層目)を抄紙した場合(サンプルB)とでは,剥離強度に有意差はなく,層間剥離には違いがないことが確認されている。
被告は,本件特許発明1で得られたものは,一次抄紙の紙料と二次抄紙の紙料が互いに絡み合っているため,紙料層間の界面が存在せず,甲13の1の試験方法では層間の剥離強さを計測できない旨主張する。しかし,一次抄紙の紙料と二次抄紙の紙料はそれぞれが層構造となっており,各層間には界面が存在し,一次抄紙の紙料と二次抄紙との両紙料層間の界面と共に連続した層構造を形成し,剥離試験を行うと,この連続した層構造の中の最も弱い界面から剥離を起こし,この強度の測定値をもって当該試料の剥離強さとなる(例えば,一次抄紙の紙料と二次抄紙の紙料との両紙料層間の界面が最も弱い界面であれば,そこから剥離を起こし,その強度が当該紙料の剥離強さとなり,また,両紙料層間の界面が強固に結合されていれば,それ以外の連続した層構造の中の最も弱い界面から剥離を起こし,その強度が当該紙料の剥離強さとなる。)というべきであり,被告の主張は誤りである。
(イ)甲10添付の「資料1」(吉野勇ほか4名著「わかりやすい紙の知識」有限会社製紙科学研究所昭和60年5月16日発行)に,「紙の繊維は接着剤なしで,セルロース分子間の水素結合で結ばれており,ひもとひもをかた結びしたような結合とか,繊維同士のからみ合い,もつれ合いを紙の強さの根元と考えない方がよい」(35頁7行〜10行)「紙の場合の強度を保持する繊維間に働く結合の問題については,……従来は繊維同士の機械的な絡み合いによる摩擦力,およびヘミセルロースの自着力(いわゆる糊の作用)が主体であると考えられていたが,……1977年オックスフォードで開催された木材繊維の繊維間結合に関する国際シンポジウムで『紙は植物繊維の主成分であるセルロースなどの炭水化物に存在する水酸基による水素結合を主体とする繊維間結合によって構成される』ことが世界的に認められたのである」(226頁10行〜17行)と記載されているように,繊維の結合強度は水を介在とした水素結合が強さの根本であって,繊維の絡み合いは副次的なものであるというのが,世界的な学術的通説である。
被告は,二次抄紙紙料の繊維が一次抄紙紙料の繊維に絡み合うように堆積することとなり,紙料繊維間に機械的な結合を合わせ持った強固な結合が生まれる旨主張するが,誤りである。
(ウ)甲13の2(原告従業員作成の2005年7月1日付け技術報告書)は,二次抄紙(第二層目)の紙料を抄紙する際にベースとなっている一次抄紙(第一層目)の紙料方向によって形態に違いがあるかどうかを調べたものであるが,これによれば,一次抄紙(第一層目)紙料の抄紙金網面となる方向から二次抄紙(第二層目)を逆さ抄きした場合(サンプルA)と,一次抄紙(第一層目)紙料の抄紙金網面とは逆面方向から二次抄紙(第二層目)を逆さ抄きした場合(サンプルB)とでは,第一層目と第二層目との層間にはパルプ繊維の特別な配向や絡み合いは見られず,一般的な層状の形態であり,仕様においても互いに違いは見られなかったことが確認されている。つまり,本件明細書(甲17)の段落【0011】に記載されているように,繊維が絡みついて堆積することはない。
被告は,甲13の2におけるサンプルA,Bはプレス乾燥後の写真であるため,紙料繊維が堆積時の方向・配向を維持できない旨主張する。
しかし,仮に被告のいうように,堆積した繊維に対して繊維が垂直方向に突き刺さり,絡み合うのであれば,当然,その状態でプレスされるため,電子顕微鏡写真にあらわれるはずであるが,甲21(門屋卓ほか2名著「紙の科学」有限会社中外産業調査会昭和52年11月20日発行)に,「繊維懸濁液中の繊維は3次元的な向きを持っていると考えられるから,少なくともある量の繊維は紙の厚さ方向に貫通するか折畳まれているものがあっても不思議はないと思われるが,顕微鏡などによる観察結果では100%近い層構造をしている点,きわめて興味深い」(172頁11行〜15行)と記載されているように,実際にはそのようなことはない。被告の主張は誤りである。
(エ)被告は,紙料分散液中を浮遊している繊維は,紙料の流れに沿って繊維が方向付けられる旨主張する。
しかし,パルプ繊維は比重が重く,静置しておくとパルプ繊維が凝集したり沈降してしまうため,液状原料を均一にするために,紙料分散液は撹拌手段(例えば,甲2の第1図に示される撹拌翼34)により撹拌され,乱流状態にある。このため,紙料分散液中の繊維は3次元的な向きとなっており,一定方向の向きとはなっていない。甲15添付の資料1(「実用プラスチック成形加工事典」株式会社産業調査会1999年8月10日初版第4刷(1997年3月24日初版第1刷)発行)に示されるように,繊維は,流れに対して併進したり,平行になったり,直行したり,場合によっては,湾曲したり,回転したりする。一般的に,繊維が流れに沿って平行になり,併進すると単純にいうことはできない。
逆さ漉きの場合,3次元的な向きとなっている繊維は,その姿勢を保ったまま,下から上への紙料分散液の流れに沿って二次抄紙網側へ移動するので,紙料が上から下方向に流れる場合(順漉き)に比べて,さらに垂直(立った状態)に方向付けられるということもできない。なお,重力による自由落下が繊維に与える影響力は,紙料分散液を撹拌する力に比べて充分小さく,通常問題とはならない。
仮に一部の垂直方向の繊維の一端が網目や堆積した一次抄紙紙料に当たるとしても,繊維は叩解という前処理によりほぼ偏平状に変形し,水分を含んで充分に柔軟になっているから,一次紙料に当たる際に受ける反作用によりたわんでしまい,突き刺さることはない。また,繊維の他端が下方向に向いていても,上方向への水流の力は重力より大きいため,紙料液の上方向へ向かう水流により,他端側も移動し,結局寝た状態となるから,層構造を形成するものである。
なお,被告が主張するように,荒れた面の抄紙裏に対して二次抄紙をすることによって,繊維同士の絡み合いによる機械的結合による強度が得られるとしても,甲3発明も丸網シリンダから引き剥がされ荒れた薄膜の下面に二次抄造を行っているから同様の効果が得られるはずであって,本件特許発明1に特有の効果とはいえない。
イ被告は,甲1発明ないし甲5発明から本件特許発明1の構成自体が容易想到とはいえないから,本件特許発明1の作用効果を根拠として進歩性を論ずる必要はない旨主張する。
しかし,本件特許発明1に進歩性があるか否かを判断するに際しては,当該発明による特有の効果があるか否かをも参酌すべきであり,被告の主張は誤りである。
4取消事由4(本件特許発明2についての認定判断の誤り)本件特許発明1についての審決の認定判断が誤りであることは,上記1ないし3のとおりであるから,本件特許発明2についての審決の認定判断も,同様に誤りである。
第4被告の反論の要点審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(本件特許発明1と甲1発明との対比の誤り)について甲1に記載された2つの層からなるスピーカコーン紙の製造方法は,繊維質材3を漉きタンク1内に満たし,途中で繊維質材5を漉きタンク1に流入させることで,抄紙網に漉かれる繊維質材を変化させて,2層のスピーカコーン紙を製造するというものである。したがって,甲1発明は1つの抄紙網と1つの漉きタンクを用いた一連の抄紙工程において,漉き槽内の繊維質材を変化させるものであり,1回の抄き上げでスピーカコーン紙を製造する方法であるから,甲1には本件特許発明1の構成要件Aは開示されていない。
2取消事由2(本件特許発明1と甲2発明との対比の誤り)について甲2に本件特許発明1の構成要件A,D,Eが開示されていること,審決が上記の点を認めていることについては,争わない。
しかし,審決が認定判断したとおり,本件特許発明1と甲2発明はその構成が全く異なるものというべきである。
3取消事由3(本件特許発明1と甲2発明の相違点に関する認定判断の誤り)について(1)甲3発明についてア(ア)甲3の丸網抄造工程は,成形板中の補強繊維が一定方向に配向された厚手の板材を製造するために,セメント水溶液1を,「一定方向の配向性を与える丸網2で抄き上げて厚手の板材の製造を可能にするベルト3上に薄膜として抄き取るもの」であり,ベルト3上に抄き取ることは,丸網抄造工程を完了させるための要件であり,当該抄造工程の一部である。
したがって,ベルト3上に抄き取ることは抄造工程とは別の転写工程とはいえないし,ベルト3は構成要件Bの二次抄紙網に該当しない。
(イ)構成要件Bの「一次抄紙」,「紙料」はいずれも,スピーカ用振動板の製造のための「一次抄紙」,「紙料」であり,構成要件Bの転写とは,「かかる特定の目的を有する一次抄紙で堆積した紙料」の転写である。
しかるところ,甲3に記載された発明は,本件特許発明1とは技術分野が全く異なる無機質板材,例えば住宅用壁材や天井材等の製造方法であり,スピーカ用振動板の製造方法ではないから,甲3の「セメントと繊維とからなる水溶液1」は,構成要件Bの一次抄紙のための紙料である「一次紙料液」には,該当しない。
イ(ア)仮に甲3に何らかの転写が記載されているとしても,それは無機質板材の製造に際してセメント等の水溶液の薄膜を形成するためのものであり,しかも,その次の工程としてセメント等のスラリーを上から供給して積層することを予定するものである。甲3に転写が開示されていると解することができたとしても,かかる転写の目的,機能は構成要件Bの転写とは全く異なるものであるから,これをスピーカ用振動板の製造方法に適用することが,当業者にとって自明であるとは,到底いえない。
(イ)原告は,本件特許発明1の進歩性の判断において,甲3発明を適用することに阻害要因はない旨主張する。
しかし,審決が,「甲第3号証に記載の製造方法は,セメントを主成分とする無機質板材の製造方法であって,層間剥離を生じない充分な強度を有する厚手の無機質板材の製造方法に係るもの」(審決書10頁16行〜18行)と認定する一方,本件特許発明1に関して,「甲第3号証に記載の製造方法の製造対象(セメントを主成分とする無機質板材)とはその機能,構造,求められる特性が全く異なるスピーカ用振動板の製造方法」(審決書10頁19行〜21行)と認定しているとおり,甲3の技術分野と本件特許発明1の技術分野は実質的に異なっている。
(ウ)本件特許発明1において,構成要件Bの工程は,構成要件Cの工程が次に来ることを不可欠の前提とするものであり,また,構成要件Cの工程はその前に構成要件Bの工程が存することを不可欠の前提とするものである。
仮に甲3のベルト3上の抄き取りが転写工程に該当すると解したとしても,甲3発明は,丸網シリンダによる薄膜の形成からメーキングロールでの巻き取りまでの工程を不可分一体のものとして構成された発明であって,ベルト3上の抄き取り工程はかかる不可分一体のプロセスに組み込まれた一要素である。具体的にいえば,抄き取り工程は,その次にスラリーを薄膜上へ上から下に流して積層する工程が続くことを必須事項とするものであって,かかる積層工程以外のいかなる工程が続くことも許容するものではない。さらに,甲3のベルト3上の抄き取り工程に続いて構成要件Cを組み合わせたプロセスとは,一体どのようなものなのか,具体的に想定することが困難である。要するに,甲3において,薄膜が付着した状態で動いているベルト3を,かかる付着した状態を維持しながら二次抄造分散液中に置いたり,さらには上方に排水して,分散液中の分散物をベルト3に堆積させるといったことは,全く想定されていない。
したがって,仮に甲3に転写工程が開示されていると解したとしても,この工程の後に構成要件Cを組み合わせることを,当業者が動機付けられることはないし,このような組み合わせ自体,技術的に想定できないというべきである。
(2)甲4発明について甲4は,一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写する工程を記載も示唆もしていない。
(3)甲5発明について甲5は,一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写する工程を記載も示唆もしていない。
(4)本件特許発明1の作用効果についてア原告は,本件特許発明1の作用効果について縷々主張するが,甲1発明ないし甲5発明から本件特許発明1の構成自体が容易想到可能とはいえないから,作用効果を根拠として本件特許発明1の進歩性を議論する必要はない。
イ本件特許発明1は,@一次抄紙工程(一次抄紙紙料を一次抄紙網に堆積させる工程),A転写工程(一次抄紙工程で一次抄紙網に堆積した一次抄紙紙料を二次抄紙網に転写する工程),B逆さ漉きによる二次抄紙工程(一次抄紙紙料を二次抄紙網に吸着せしめた状態を維持しながら,この一次抄紙紙料を紙料分散液中に置いて当該分散液を上方に排水して二次抄紙紙料を堆積する工程)の各工程を,上記先後関係をもって組み合わせたものであり,次のとおり,かかる構成によって,一次抄紙紙料の荒れた抄紙裏に二次抄紙紙料が絡み合うように堆積し,紙料繊維間において水素結合だけではなく機械的な結合を合わせ持った強固な結合を得て,その結果,力強く,音像が大きく,ひずみ感の少ない鮮明な音質の再生ができるという顕著な作用効果を奏するものであり(本件明細書(甲7)の段落【0011】,【0024】),これを認めた審決の認定判断に誤りはない。
(ア)一般に,紙料分散液中を浮遊している繊維は,紙料の流れに沿って繊維が方向付けられる。
抄紙紙料が下から上に流れる逆さ漉きの場合,浮遊している繊維の一端が網や堆積した紙料に接触して固定された後,もう一方の接触していない端(自由端)が網と平行になるためには,下方向に働く重力に逆らって上方向の水流に従うことになるから,繊維を寝かせようとする力(繊維の自由端に働く水流による上方向への力)は重力によって弱められる。その結果,繊維は垂直方向に方向付けられて,網目や堆積した紙料の繊維の隙間に対して突き刺さるように堆積する傾向を生ずる。
これに対し,抄紙紙料が上から下に流れる順漉きの場合,浮遊している繊維の一端が網や堆積した紙料に接触して固定された後,当該繊維の自由端が網と平行になるためには,下方向に働く重力と水流との合計した力に従うことになり,繊維を寝かせようとする力は重力によってさらに強められる。その結果,繊維は速やかに水平方向に寝かされるので,繊維が網目や堆積した紙料の繊維の隙間に対して突き刺さるように堆積する傾向は小さい。
このように,逆さ漉きの場合には,紙料分散液中の繊維に対し,「紙料液の流れによる上方向への力」と「重力による下方向への力」とが働き,繊維が上下方向に引っ張られるようになるから,順漉きの場合と比較して,垂直(立った状態)に方向付けられることになる。
また,紙料を抄紙網で漉く抄紙工程では,細かく短い繊維は水と共に抄紙網を通過して抜け落ちてしまうため,抄紙網に接触している面(抄紙裏)は主に大きな繊維で構成される。つまり,抄紙裏は反対側の面(抄紙表)より荒れた状態になる。
しかるところ,本件特許発明1では,二次抄紙工程が一次抄紙紙料の抄紙裏に対する逆さ漉きとして行われるので,より垂直方向に方向付けられた繊維が,荒れた状態の一次抄紙紙料の抄紙裏に対して垂直に当たり,突き刺さることとなり,さらに二次抄紙紙料が上方に吸引され,抄紙が進行すると,二次抄紙紙料の繊維が一次抄紙紙料の繊維に絡み合うように堆積することとなるので,紙料繊維間において,水素結合だけではなく,機械的な結合を合わせ持った強固な結合を得ることができるのである。
(イ)甲13の1には,JISP8139「板紙の漉き合わせ層の剥離強さ試験方法」B法に準じて測定した結果が示されているが,板紙の漉き合わせはそれぞれ独立に漉いた紙料層を張り合わせる板紙の製造方法であり,JISに規定する試験方法は貼り合わせた紙料層同士の界面の接着強度を測る測定方法である。
これに対し,本件特許発明1の製造方法は,一次抄紙の紙料裏に繊維が突き刺さるようにして二次抄紙の紙料を抄紙する方法であり,この方法により得られた一次抄紙の紙料と二次抄紙の紙料とは互いに絡み合っているため,貼り合わせで製造される板紙の紙料層間に存在する紙料層間の界面がそもそも存在しない。このように,本件特許発明1により得られたサンプルAは紙料層間の界面が存在しないのであるから,紙料層間の界面の存在を前提とする上記「板紙の漉き合わせ層の剥離強さ試験方法」により剥離強度を測定しても,層間の剥離強さを計測できるものではない。
したがって,甲13の1に基づく原告の主張は失当である。
(ウ)甲13の2の顕微鏡写真で撮影されたサンプルは,1.7kN,150℃という高圧高温でプレス乾燥された後の写真である。したがって,高温高圧でプレス乾燥される前に,垂直方向に紙料(繊維)が立って堆積していたとしても,プレス乾燥によって,紙料が強制的に押し潰されて乾燥されるから,紙料繊維が堆積時の方向・配向を維持することはない(ただし,高温高圧のプレス乾燥によって,紙料繊維が押し潰されて乾燥し,水平方向に方向付けられても,繊維同士の絡み合いが消滅するわけではない。)。
したがって,甲13の2に基づく原告の主張は失当である。
4取消事由4(本件特許発明2についての認定判断の誤り)について本件特許発明1についての審決の認定判断に誤りがないことは,上記1ないし3のとおりであるから,本件特許発明2についての審決の認定判断にも誤りはない。
第5当裁判所の判断1取消事由1(本件特許発明1と甲1発明との対比の誤り)について原告は,甲1には本件特許発明1そのものが開示ないし示唆されていない旨審決が認定判断したと解釈した上で,甲1には本件特許発明1の構成要件A,D,Eが開示されているから,審決の上記認定判断は誤りである旨主張する。
しかし,審決は,甲1は,本件特許発明1の「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する多層漉き抄紙法を用いた」との構成要件を開示もしくは示唆するものではなく,甲1発明において,本件特許発明1の構成要件である上記のような複数の抄紙工程からなる製造方法を採ることは全くの想定外のことである旨認定判断したものであって,原告が主張するように,甲1には本件特許発明1そのものが開示ないし示唆されていない旨認定判断したものではないことは,その説示から明らかである。
原告は,審決を正解しないでこれを論難するものといわざる得ないが,甲1発明が,本件特許発明1の構成要件Dの「多層漉き抄紙法を用いた」ものであり,構成要件Aの「複数の抄紙工程」を備えているにもかかわらず,審決がこれを看過した旨の主張をしているとも解されるので,念のため,審決の認定判断の当否について,検討する。
(1)アまず,本件特許発明1について検討するに,本件明細書(甲7)には,次の記載がある。
(ア)「【請求項1】少なくとも複数の抄紙工程を備えており,一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する多層漉き抄紙法を用いた,多層構造を特徴とするスピーカ用振動板の製造方法。」(イ)「【0002】【従来の技術】スピーカ用振動板の製造方法を図2に説明する。
【0003】一般的に多く用いる製造方法は,(g)の漉き槽13の底部に所定の形状をした抄紙網14を配置しており,この槽内へ紙料液15を投入し,(h)の14から下方へ排水して,紙料16を堆積する抄紙法を用いており,抄紙した16は,(i)の転写型17に吸着して14から取り出した後,乾燥するが,通常は単一構造の抄紙である。……」(ウ)「【0007】そこで,この問題を解消するに,廃液を再利用できれば良いが,抄紙工程の給水用に使うと,不純物の影響で振動板の音質,外観,重量にバラツキを生じる欠点がある。他方,不純物を減らすために抄紙網を細かくすれば,目詰まりをおこして,漉きムラを発生する不都合がある。」(エ)「【0010】【課題を解決するための手段】上記の課題を解決するため,本発明の製造方法は,目的とする振動板の重量を分割し,裏面側になる一次抄紙の工程と表面側になる二次抄紙以降の工程に分けて,多層漉きする抄紙法を特徴とするものである。」(オ)「【0014】【発明の実施の形態】以下に本発明の実施の形態を説明する。
【0015】請求項1は,抄紙工程の廃液を再利用しながら,産業廃棄物を削減できる多層漉き抄紙法を用いており,この振動板の製造方法を図1に説明する。
【0016】(a)の工程は,漉き槽1に一次抄紙網2を固定して,漉き槽内へ一次の紙料液3を投入し,(b)の工程で漉き槽の底部より排水して一次抄紙の紙料4を堆積する。二次抄紙網5が固定された抄紙台6に配置し,(c)の工程は,5と6を降下して4を吸着転写の後に上昇し,この吸着した状態を(e)の工程が終了するまで維持する。次に,(d)の工程は,6の4と5を漉き槽7にある二次の紙料液8の液中へ降下し,6の上方に排水しながら所定の時間を堆積する。(e)は,二次抄紙の紙料9が4に絡み付いて堆積を完了した事を示す。更に,三次抄紙以降が有るときは,別に用意した同様の(d)と(e)の工程を繰り返して紙料を積層する。(f)の工程は,金型10に固定した金網12の上に,多層漉きした紙料4と9を転写して,金型11と重ね合わせて加熱プレス成形する。或いは,温風を用いてノンプレス成形する。」(カ)「【0022】(実施例1)1.一次抄紙工程:NBKPパルプ(叩解度18),サイズ剤,紙料液濃度1g/l,抄紙網80メッシュ,2.二次抄紙工程:NBKPパルプ(叩解度35),サイズ剤,黒色染料,紙力剤,紙料液濃度2g/l,抄紙網60メッシュ,……【0023】(実施例2)1.一次抄紙工程:NBKPパルプ(叩解度18),サイズ剤,紙力剤,紙料液濃度0.5g/l,抄紙網80メッシュ,2.二次抄紙工程:NBKPパルプ(叩解度35)を50%,サイズ剤,レーヨン(5mm長)を50%,紙料液濃度2g/l,抄紙網60メッシュ,3.三次抄紙工程:マニラ麻(叩解度40),黒色染料,サイズ剤,紙料液濃度5g/l,……」(キ)「【符号の説明】(a),(g)紙料液の投入工程(b),一次抄紙工程(c),(i)転写工程(d),(e)二次抄紙工程(f),(j)加熱プレス工程(h),抄紙工程……」(ク)【図1】には本件特許発明1の工程,【図2】には従来の一般的な工程が記載されている。
イ本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(上記ア(ア))によれば,審決が認定したとおり,本件特許発明1は「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する多層漉き抄紙法を用いた」点を要件としていることが,明らかである。
ウ本件明細書の上記ア(ア)ないし(ク)の記載等によれば,本件特許発明1は,漉き上げを行う一次抄紙工程(【図1】における(b)の工程)の終了後,転写工程を行い,その後さらに漉き上げを行う二次抄紙工程(図1における(d)の工程)を行うものであることが認められる。
そうすると,本件特許発明1の構成要件A(請求項1の「少なくとも複数の抄紙工程を備えており」との記載)は,本件特許発明1が,漉き上げを行う一次抄紙工程と,漉き上げを行う二次抄紙工程という,独立した複数の漉き上げ工程を有することを意味し,また,構成要件D(請求項1の「多層漉き抄紙法を用いた」との記載)も,同様に,漉き上げを行う抄紙工程が複数あることを意味すると解するのが相当である。
(2)ア次に,甲1発明について検討するに,甲1には,次の記載がある。
(ア)「漉きタンク内において,叩解度,強度および音響的エネルギ損失の異なる少なくとも二つの繊維質材の内,その一方の繊維質材を上記漉きタンク内に設けた漉き網にある程度堆積した後,他方の繊維質材を入れ,その繊維質材と先に入れた繊維質材の堆積しつつある部分とを混合しつつ堆積して積層し一体的に構成することを特徴とするスピーカコーン紙の製造方法。」(1頁左下欄5行〜13行)(イ)「この発明の目的とするところは,叩解度,強度および音響的エネルギ損失が異なる繊維質材を用い,接着剤をもってはり合わせることなしに一体とした少なくとも二層のコーン紙を構成し,スピーカの品質の向上と高性能化を計ることにある。……繊維質材の種類を変えてこの発明の目的とするコーン紙の強度および音響エネルギの損失を得ている。」(2頁左上欄7行〜20行)(ウ)「まず二層のコーン紙を製造する場合を例にあげて説明する。漉きタンク1は,その漉きタンク内に設けた漉き網2から漉きタンク1の上端までの間隔aの十分あるものを用いる。このような漉きタンク1内にまず叩解度が浅くかつ音響エネルギ損失の多い繊維材3(例えばパルプ)を入れる。次にコツク4をあけて繊維質材3と混合されている水分を吸引し,繊維質材3がある程度漉き網2に堆積したときに,叩解度が深くかつ音響エネルギ損失の少ない繊維質材5(離解されたパルプ)をコツク6,7をひらいて漉きタンク1にパイプ8を通じて導き,パイプ9に設けた流出口10から水と混合した繊維質材5を流し込む。漉きタンク1内に流し込まれた繊維質材5は,前に入れた繊維質材3の堆積しつつある部分と混合する。このとき,漉きタンク1のコツク4はあけた状態のままで,つねに漉きタンク1内の水分を吸引して,堆積した繊維質材3が浮き上がらないようにしておく。このようにして漉くことにより,繊維質材3の層からその繊維質材と後から入れた繊維質材5とが混合した層へさらに繊維質材5の層へと順次連続しかつ一体的に堆積した二層のコーン紙が形成される。コーン紙の強度と音響エネルギ損失との関係を変化させるときは,繊維質材3と5の比を変えることにより目的を達することができる。したがつて,上述したようなコーン紙の製造方法によれば,一度の漉き上げで二層のコーン紙を漉くことができ,二つのコーン紙を重ねるようなことなく繊維自身のからみによる一体のコーン紙が得られる。」(3頁左上欄1行〜右上欄14行)(エ)「漉きタンク内に叩解度が深くかつ音響エネルギ損失の少ない繊維質材を入れる。その第1の繊維質材が漉き網上に薄く堆積した後,叩解度が浅くかつ音響エネルギ損失の多い第2の繊維質材を入れる。第2の繊維質材が薄く堆積した後,再び第1の繊維質材を漉きタンク内に流し込む。流し込まれた第1の繊維質材は,第2の繊維質材の堆積しつつある部分と混合する。このようにして漉くことにより,第1の繊維質材からなる薄い層から第2の繊維質材へ,さらに第2の繊維質材と第1の繊維質材とが混合した層へと順次連続しかつ一体的に堆積した三層のコーン紙が形成される。コーン紙の強度と音響エネルギ損失との関係を変化させるときは,第1,第2の繊維質材の比を変えることにより目的を達することができる。したがつて,上述したようなコーン紙の製造方法によれば,一度の漉き上げで三層のコーン紙を漉くことができる。」(3頁左下欄1行〜20行)(オ)「上述したこの発明によるコーン紙の製造方法によれば,多層のコーン紙をも一度の漉き上げでつくることができ,また繊維質材の種類によって染色を変えて加えれば,コーン紙の表面と裏面とで色を変えることも可能である。」(3頁右下欄10行〜14行)(カ)図(4頁)には,上記(ウ)の二層のコーン紙を製造する場合に使用される漉きタンク1,漉き網2,繊維質材3,5等が,図示されている。
イ甲1の上記ア(ア)ないし(カ)の記載等によれば,甲1発明は,審決が認定したとおり,多層構造を特徴とするスピーカコーン紙の製造方法(本件特許発明1の構成要件Eに対応する。)ではあるが,その具体的な製造方法は,漉きタンク内に,叩解度,強度および音響的エネルギ損失の異なる少なくとも二つの繊維質材のうち,その一方の繊維質材を上記漉きタンク内に設けた漉き網にある程度堆積した後,他方の繊維質材を入れ,その繊維質材と先に入れた繊維質材の堆積しつつある部分とを混合しつつ堆積して積層し一体的に構成するものであることが認められる。
ウ上記によれば,甲1発明は,本件特許発明1のように,「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する」ものではないから,本件特許発明1の構成要件B及びCに相当する構成をいずれも有しないというべきである(原告も,甲1発明が本件特許発明1の構成要件B及びCに相当する構成を有しないことは,争っていない。)。
また,甲1発明には,独立した複数の漉き上げ工程は存在せず,漉き上げを行う抄紙工程が複数あるということもできないから,甲1発明は本件特許発明1の構成要件A及びDに相当する構成をいずれも有しないというべきである。原告は,甲1は「一度の漉き上げ」と表現しているものの,実態は2回の抄紙工程によって多層のコーン紙を製造するものであり,本件特許発明1の構成要件A及びDを開示するものである旨主張するが,上記検討したところに照らし,採用することができない。
エ上記検討したところによれば,甲1発明が,本件特許発明1の「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する多層漉き抄紙法を用いた」との要件を開示もしくは示唆するものではなく,本件特許発明1の要件である「複数の抄紙工程からなる製造方法を採ることは全くの想定外のこと」であるとした審決の認定判断は,これを是認することができる。
(3)以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(本件特許発明1と甲2発明との対比の誤り)について原告は,甲2発明と本件特許発明の1の構成とは明らかに相違する旨審決が認定判断したと解釈した上で,甲2には本件特許発明1の構成要件A,D,Eが開示され,審決もこの点を認めているから,審決の上記認定判断は誤りである旨主張する。
しかし,審決は,「上記多層漉き抄紙法についてみると,本件特許発明1では,『一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する』のに対し,甲第2号証に記載された発明では,一次抄紙で成形型に堆積した紙料(甲第2号証記載の発明でいう木材パルプ層)を成形型に堆積させたまま,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,堆積するようにしており,係る構成は本件特許発明1の上記構成とは明らかに相違する。」(審決書8頁29行〜36行)と認定判断したものであって,甲2発明の「一次抄紙で成形型に堆積した紙料……を成形型に堆積させたまま,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,堆積する」との構成は,本件特許発明1の「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する」との構成(構成要件B,C)とは,「明らかに相違する」としたものであって,原告が主張するように,甲2発明と本件特許発明の1の構成とは「明らかに相違する」としたものではないことは,その説示から明らかである。
原告は,審決を正解しないでこれを論難するものといわざる得ないが,審決の上記認定判断を争うとしているので,念のため,審決の認定判断の当否について,検討する。
(1)ア甲2発明について検討するに,甲2には,次の記載がある。
(ア)「この発明は少なくとも2層により構成されるスピーカ用振動板を接着工程を経ずして製造し得る装置を提供しようとしたもので,抄紙タンク内を成形型がアップダウンできるようにし,その抄紙タンク内に振動板の材料を交互に供給できるように構成したことを特徴とするものである。」(1頁2欄24行〜29行)(イ)「各原料タンク3,例えば,原料タンク3aには木材パルプが収容され,原料タンク3bには木材パルプ以外の繊維材液,詳しくは,合成繊維,金属繊維,ガラス繊維を浮遊状態にした液状原料が収められている。次にこの発明による装置を用いてスピーカ用振動板の成形作業の実際を説明する。先ず,成形型2に直接密着する形成層となる木材パルプを原料タンク3aから抄紙タンク3に所定のレベルまで導入する。原料が満たされたところでエヤシリンダ21中を真空状態にして,大気圧によりロッド22と共に成形型2を下降させ,液状原料中を下降する間にその表面に木材パルプを付着させる。この場合,成形型2の表面に小孔を多数穿けてあるので,真空による吸気がこの小孔に作用して原料を吸着層設する。成形型2に対する木材パルプの厚さは,抄紙タンク1中の滞留時間,あるいは真空による吸着時間,さらには真空圧の大小によって制御する。次で木材パルプを原料タンクに戻し,抄紙タンク1を空にして,再び,成形型2を上昇させる。そして,原料タンク3bから合成繊維の浮遊した液状原料を管路31を経由してポンプ32によって抄紙タンク1に送り込み,所定のレベルにする。この状態から負圧をエヤシリンダ21に作用させて成形型2を合成繊維を含む原料液中を下限まで下降移動させる。これにより,木材パルプの層の上側に合成繊維の層を層設する。この場合,成形型2に対して負圧が作用して合成繊維の層を形成する。」(2頁3欄35行〜4欄20行)(ウ)「この発明のスピーカ用振動板の製造装置によれば,抄紙タンクに対し,任意の原料を導入して溜め,この抄紙タンク中に成形型を沈めながら原料を吸着させて,成形型の表面に振動板を形成する層を設け,これを異った原料中で所望の回数繰返し行うように構成したので所望の層の層設でき,しかも各層間に接着剤が存在しないので,品質のばらつき,チップなどがなく,振動板の物理的性質,ヤング率,内部損失などを容易にコントロールでき,原料の配合を変化させて得た振動板より多層の振動板の方が優れた特性をもつ振動板とすることができ,しかも,それを容易に製作することができる。」(2頁4欄31行〜43行)(エ)第1図及び第2図(4頁)には,上記(イ)に使用される抄紙タンク1,等が,図示されている。
イ甲2の上記ア(ア)ないし(エ)の記載等によれば,甲2発明は,審決が認定したように,多層構造のスピーカ用振動板の製造装置の抄紙タンクに任意の原料,例えば木材パルプを導入して溜め,この抄紙タンク中に成形型を沈めながら上記原料を吸着させて,成形型の表面に振動板を形成する木材パルプ層を設け,次いで,抄紙タンクに異なった原料,例えば合成繊維を含む液状原料を導入して溜め,この抄紙タンク中に成形型を沈めながら前記原料を吸着させて,前記木材パルプの層の上側に合成繊維の層を層設することにより,多層構造のスピーカ用振動板を製造するものであって,一次抄紙で成形型に堆積した紙料(木材パルプ層)を成形型に堆積させたまま,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,堆積するようにしたものであることが認められる。
ウそうすると,甲2発明が,本件特許発明1の構成要件B,Cを備えたものでないことは明らかであるから,審決の前記認定判断はこれを是認することができる。
(2)以上のとおりであるから,原告主張の取消事由2は理由がない。
3取消事由3(本件特許発明1と甲2発明の相違点に関する認定判断の誤り)について(1)甲3発明についてア原告は,甲3には本件特許発明1の構成要件Bの転写工程が開示されている旨主張する。
(ア)審決は,甲3について,「甲第3号証では,『全補強繊維量の60〜20%の補強繊維とセメントからなる水溶液を丸網シリンダで抄き上げ,ベルト上に薄膜として抄き取り』との記載,あるいは,『セメント組成物においてセメントと繊維のみからなる水溶液1を丸網シリンダ2によりベルト3上に抄き取り,繊維配向性のあるセメント成分のみの薄膜4を成形し』……との記載があるのみであり,当該記載から,甲第3号証に,一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写することが開示されているとすることはできない。また,甲第3号証に記載された無機質板材の製造方法は,……丸網抄造法による抄造工程と長網抄造法による抄造工程とを組み合わせたものであり,第1次の抄造工程である前記丸網抄造法による抄造工程は,セメントと繊維からなる水溶液を丸網シリンダによりベルト上に抄き取る工程,すなわち,丸網でなくベルト上に薄膜を成形する工程をいうのであるから,甲第3号証の製造方法が一次抄造で堆積した原料を二次抄造網に転写する転写工程を有するものであるとするには,前記ベルト上に成形された薄膜をさらに他の網体等に転写する工程を有する必要があるところ,甲第3号証にはこのような工程は記載されていない。そうすると,甲第3号証は,単に複数の抄造工程を組み合わせた無機質板材の製造方法を開示するに止まり,一次抄造で堆積した原料を二次抄造網に転写する転写工程を開示もしくは示唆するものとはいえない。」(審決書9頁32行〜10頁12行)と認定判断した。
(イ)そこで,甲3発明について検討するに,甲3には,次の記載がある。
@「全補強繊維量の60〜20%の補強繊維とセメントから成る水溶液を丸網シリンダで抄き上げ,ベルト上に薄膜として抄き取り,該薄膜上に,シリカ分とセメントと補強繊維の残部とから成るスラリーをフローボックスより層状に供給して積層し,該積層体をメーキングロール上に巻き取り,所定厚さとした後に平らに切開してプレスし,板状体となすことを特徴とする無機質板材の製造方法。」(1頁左下欄5行〜12行)A「[従来の技術]従来,セメントを主成分とする無機質板材の製造方法として,抄造法,あるいは長網法によるものが周知である。
[従来技術の問題点]上記製造手段のうち,抄造法によるものは,セメント,シリカ分,補強繊維,骨材等から成るセメント水溶液より固形分を丸網シリンダにより抄き取り,この薄膜を積層していくため,抄き上げ時に繊維の配向性が付きやすく,長さ方向に対する曲げ強度に優れた板材となし得る利点を有する反面,薄膜を多層に積層していくため層間剥離が生じやすいと言った欠点が有った。一方,長網抄造法によるものはセメントスラリーをフローボックスよりベルト上へ層状に供給し,濾水しつつ板材体を一時に成形出来,前述のような層間剥離の問題は無い反面,繊維に配向性を付するのは殆ど不可能で長尺板材にあっては,曲げ強度を十分に高め得ない欠点が有った。」(1頁左下欄16行〜右下欄15行)B「[発明が解決する問題点]この発明は上記問題点に鑑み,両者の長所を有効に組み合わせ,互いに有する欠点を解消し,もって層間剥離の生じない充分な強度を有する無機質板材を製造する方法を提供することを目的としてなされたものである。
[問題点を解決する技術]即ち,この発明の無機質板材の製造方法は全補強繊維量の60〜20%の補強繊維とセメントとから成る水溶液を丸網シリンダで抄き上げ,ベルト上に薄膜として抄き取り,該薄膜上に,シリカ分とセメントと補強残部とから成るスラリーをフローボックスより層状に供給して積層し,該積層体をメーキングロール上に巻き取り,所定厚さとした後に平らに切開してプレスし,板状体となすことを特徴とするものである。」(1頁右下欄16行〜2頁左上欄11行)。
C「[作用]丸網抄造法による場合,セメント組成中に含まれる繊維の配向性が付与されやすい。
一方,長網抄造法による場合,繊維の配向性は付与し難いが一時に厚手の板体が製造出来る。
そこで,第1図に示すようにセメント組成物においてセメントと繊維のみからなる水溶液1を丸網シリンダ2によりベルト3上に抄き取り,繊維配向性のあるセメント成分のみの薄膜4を成形し,この上にシリカ分及びセメント分と補強繊維とから成るスラリー5をフローボックス6より供給し,両者を積層してメーキングロール8に巻き取り,必要厚さとなれば,これを切開して平らにしプレスするのである。
従って,成形板体中には補強繊維が一定方向に配向され,かつ,積層数が少ないにもかかわらず厚手の板材が成形可能となる。」(2頁左上欄12行〜右上欄8行)D「[効果]この発明は以上説明したように,繊維の配向性については丸網抄造法の,積層数の減少については長網抄造法の特質を取り入れると共に,両者のもつ欠点を解消したものであり,層間剥離の生じにくい厚手の板材を抄造法によって容易に製造可能となるのである。」(2頁左下欄19行〜右下欄5行)E第1図は,上記Cの方法を実施する装置の説明図である。
(ウ)上記(イ)の記載等によれば,甲3発明は,丸網抄造法による抄造工程と長網抄造法による抄造工程とを組み合わせた無機質板材の製造方法であり,このうち丸網抄造法による工程に関し,補強繊維とセメントから成る水溶液を丸網シリンダ2で抄き上げ,ベルト3上に薄膜として抄き取ることが記載されていることが認められる。
一方,前記1で検討したところによれば,本件特許発明1の「抄紙工程」とは「漉き上げ」工程を意味する。
そうすると,甲3の丸網抄造法において,丸網シリンダ2で抄き上げる工程は本件特許発明1の「抄紙工程」に相当し,ベルト3上に薄膜として抄き取る工程は本件特許発明1の「転写」に相当するものと解するのが相当である(なお,甲3と同じ丸網抄造法を採用した甲18の「まず第1ドラム(5)によりエッジ素材(2)を抄いて布(8)にエッジ素材(2a)を転写し,次に第2ドラム(6)によりコーン素材(4)を抄いて上記エッジ部(2a)上に円形のコーン部(4a)を転写し(同図(ニ)状態)……」(2頁10行〜13行)との記載に照らしても,甲3の記載は上記のとおり解釈するのが妥当である。)。
したがって,甲3には,少なくとも,丸網抄造法による一次抄紙で堆積した紙料を,長網抄造法の二次抄紙網に転写することが記載されているというべきである。審決の前記(ア)の認定判断は,甲3の製造方法を正解しないものであって,誤りというべきである。
イそこで,審決の上記認定判断の誤りが,審決の結論に影響するものであるか否かにつき,検討する。
(ア)審決は,「甲第3号証に記載の発明は,抄き上げ時に繊維の配向性が付きやすく,長さ方向に対する曲げ強度に優れた板材となし得るという丸網抄造法の特質と,厚い板状体を一時に成形できるという長網抄造法の特質を取り入れることにより,両者の持つ欠点を解消し,成形板体中に補強繊維を一定方向に配向させ,かつ,積層数が少ないにもかかわらず厚手の無機質板材を成形可能とするために……,セメントと繊維のみからなる水溶液1を丸網シリンダ2によりベルト3上に抄き取り,繊維配向性のあるセメント成分のみの薄膜4を成形し,この上に,シリカ分及びセメント分と補強繊維とから成るスラリー5をフローボックス6より供給し,両者を積層するという製造方法をセメントを主成分とする無機質板材を製造する製造方法として採用したこと……を開示しているにすぎないものであり,かかる甲第3号証の開示が,およそ本件特許発明1のスピーカ振動板の製造方法における上記相違点に係る発明特定事項『一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する』を開示もしくは示唆するものでないことは明らかである。」(9頁12行〜28行)と認定判断している。
しかるところ,前記ア(イ)で認定した甲3の記載等によれば,甲3には,前記ア(ウ)のとおり,「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写」することの開示はあるものの,「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する」ことの開示ないし示唆はないというべきである(原告も,甲3発明が本件特許発明1の構成要件Cに相当する構成を有しないことは,争っていない。)。
そうすると,審決の上記認定判断は,甲3発明が相違点に係る本件特許発明1の構成(構成要件B,C)のすべてを開示ないし示唆するものではないことを説示したものとして,これを是認することができる。
(イ)原告は,甲3発明に用いられている丸網抄造法及び長網抄造法は,スピーカ振動板の製造に用いられる抄紙技術の代表例として,周知であるところ,甲3発明は,前記のとおり,本件特許発明1と技術分野を同じくし,少なくとも複数の抄造工程を備える点で本件特許発明1と共通し,「転写」についても明確に開示しているから,これを適用することについて阻害要因はない旨主張する。
しかし,前記ア(イ)で認定した甲3の記載等によれば,甲3発明は,セメントを主成分とする無機質板材の製造方法において,繊維の配向性については丸網抄造法の,積層数の減少については長網抄造法の特質を取り入れ,両者のもつ欠点を解消するためになされたものである。
一方,甲19には次の記載がある。
「本発明はスピーカ用振動板,特にコーン型振動板の製造方法に関するものである。」(1頁左下欄10行〜11行)「この場合,無方向性の抄紙を行なうには,抄紙網付きの回転シリンダを使用し,パルプスラリー側とシリンダ内との水位差を利用するか或いはシリンダ内を積極的に減圧してパルプスラリーをシリンダの外周面に付着せしめ,シリンダの回転速度に対してその付着速度(抄紙速度)を速めるようにするか,或いはパルプスラリー側を撹拌してスラリーがシリンダの回転方向に配向しないようにする。」(2頁右上欄1行〜9行)「この場合,パルプスラリー(5)を適当な手段で撹拌しておけば,繊維の配向をより良好に防止できるが,この撹拌を行なえば,上述のように抄紙速度を速めなくても繊維の配向を十分に少なくすることができる。」(3頁左上欄8行〜12行)甲19の上記記載によれば,一般に,スピーカ用振動板は無配向性の抄紙を行う必要があることが認められ,このことは甲2発明においても異ならないものと解される。
そうすると,甲3発明,すなわち丸網抄造法による繊維の配向が不可欠なセメントを主成分とする無機質板材の製造方法を,無配向性の抄紙を必要とするスピーカ用振動板の製造方法である甲2発明に適用することは,当業者が容易に想到し得るものではないというべきである(なお,甲18,19は,多層構造のスピーカ用振動板を製造する方法を開示するものであるが,いずれも複数の抄紙工程のすべてに丸網抄造法を採用しており,丸網抄造法と長網抄造法とを組み合わせていない。このことも上記判断を支持するものである。)。
加えて,前記ア(イ)で認定した甲3の記載によれば,甲3発明は,層状に積層することにより無機質板材を製造するものであって,成形型を用いるものではない。これに対し,甲2発明は,前記2(1)ア及びイで認定したとおり,成形型上に繊維の層を層設することによりスピーカ用振動板を製造するものである。この点からも,甲3発明を甲2発明に適用することは,当業者が容易に想到し得るものではないというべきである。
なお,特許発明進歩性の判断の前提として考慮されるべき技術分野は,個別具体的に認定判断するべきであって,関連先行技術を効率的に絞り込むことを目指して作成されたFタームやFIに基づいて定めるべきものではないから,Fタームの分類が共通していることのみをもって,直ちに甲3発明が本件特許発明1と同一の技術分野のものと認められるものではない。
原告の主張は採用することができない。
(ウ)原告は,甲3には構成要件Cが全く想定されていないとの被告の主張に対し,構成要件Cそのものは甲5に開示され,二次抄紙工程を甲5に開示された「逆さ漉き」に置き換えることは,当業者の単なる選択事項に過ぎない旨主張する。
しかし,丸網抄造法や長網抄造法によるスピーカ用振動板の抄造法は,甲18,19に記載されているように,シートにプレス加工を施して多数のスピーカ用振動板を同時に形成するものであるのに対し,甲5に記載された抄造法は,スピーカ用振動板と同一形状の抄紙網を使用して個別に抄造するものである。
上記を前提に甲3,甲5を検討しても,甲5に記載された個別抄造に関連する逆さ漉きの技術を,丸網抄造法や長網抄造法からなる甲3発明に適用することの契機となる記載はなく,単なる選択事項にすぎないということはできない。
なお,原告は,被告の上記主張について,審決が審理判断しなかった事項を新たに主張するものであるから,主張自体失当であるとも主張するが,審決が甲3には本件特許発明1の構成要件Cの開示がない旨認定判断しており,当該認定判断に誤りがないことは前記(ア)のとおりである。原告の上記主張はその前提を欠くものであって,採用することができない。
ウ上記イで検討したところによれば,審決が,甲3発明について,「当該製造方法を,甲第3号証に記載の製造方法の製造対象(セメントを主成分とする無機質板材)とはその機能,構造,求められる特性が全く異なるスピーカ用振動板の製造方法に適用することは,甲第3号証では全く想定されていないし,当業者が容易に着想することができたとも認められない。」(審決書10頁18行〜22行)と認定判断したことは,その結論において相当というべきである。審決の前記ア(ア)の認定判断の誤りは,審決の結論に影響するものとはいえない。
(2)甲4発明について原告は,甲4には,構成要件Cの「逆さ漉き」が開示されている旨主張する。
審決は,甲4について,「甲第4号証には,抄紙型デバイスを抄紙液が入ったタンクに浸し,抄紙型デバイスのスクリーン12の下面から上面の方向に抄紙液を流して,スクリーンの下面側に抄紙液を堆積させるラジオ用スピーカの振動板,あるいは音を拡大したり再生するユニットの振動板を製造する方法,すなわち,抄紙網(甲第4号証でいうスクリーン)の下面から上面の方向に抄紙液を流し,抄紙網の下面側に抄紙液を堆積させるスピーカ等の振動板の製造方法が開示されているにすぎないものであり,かかる甲第4号証の開示が,本件特許発明1の上記相違点に係る発明特定事項『一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する』を開示もしくは示唆するものでないことは明らかである。」(審決書10頁23行〜34行)と認定判断しているつまり,審決は,甲4が本件特許発明1の「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写」する工程である構成要件Bを開示もしくは示唆するものでないと認定判断したものであり,構成要件Cの「逆さ漉き」が開示されていないと認定判断したものではない。
原告の主張は,審決を正解しないものであり,主張自体失当といわざるを得ない。
(3)甲5発明について原告は,甲5には,対象物を吸着せしめた状態を維持しながら,二次以降の「逆さ漉き」を行うことが開示され,構成要件Bの「転写」を除き,本件特許発明1の構成要件がすべて開示されている旨主張する。
審決は,甲5について,「粉粒体の層が内在する複層型抄造品の製造方法に関し,その全面に微細な搾水孔9を開口させ,上部に吸引管10を接続した減圧室11を連設した型8を原料槽1〜3内の懸濁液中に浸漬して,吸引管10により減圧室11内を減圧し,懸濁液中の液分を搾水孔9と吸引管10を経て型8の上方に排出させ,懸濁原料を型8の外面に付着させることにより,第1の原料槽1では型8の表面に粉粒体の遮蔽層aが,第2の原料槽2では遮蔽層aの上に粉粒体層b等が,第3の原料槽3では粉粒体層b等の上に被覆層cを形成する製造方法が開示されており,抄造型(甲第5号証でいう微細な搾水孔9を開口させた型8)の下面から上面の方向に原液(甲第5号証でいう混濁液)を流して抄造型の下側外面に原料を堆積する点で,本件特許発明1の製造方法と共通性を有するといえる。しかしながら,甲第5号証の開示が,本件特許発明1のスピーカ振動板の製造方法における上記相違点に係る発明特定事項『一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写して,吸着せしめた状態を維持しながら,二次抄紙以降の漉き槽にある紙料分散液の液中に置き,上方に排水して堆積する』を開示もしくは示唆するものでないことは明らかであり,さらに,甲第5号証に開示の製造方法は,吸湿,脱臭,磁気・電磁波の放射,薬効,肥効,その他,の機能を有する粉粒体の層が内在する製品を原料ロスがなく確実にしかも均一に製造することを可能とする製造方法であって,当該製造方法を,甲第5号証に記載の製造方法の製造対象とはその機能,構造,求められる特性が全く異なるスピーカ用振動板の製造方法に適用することは,甲第5号証では全く想定されていないし,当業者が容易に着想することができたとも認められない。」(審決書10頁35行〜11頁21行)と認定判断している。
つまり,審決は,甲5が本件特許発明1の「一次抄紙で堆積した紙料を二次抄紙網に転写」する工程である構成要件Bを開示若しくは示唆するものでないと判断したものであり,甲5に,対象物を吸着せしめた状態を維持しながら,二次以降の「逆さ漉き」を行うことや,構成要件A,C,D,Eが開示されていないと判断したものではない。
原告の主張は,審決を正解しないものであり,主張自体失当といわざるを得ない。
(4)まとめ上記(1)ないし(3)で検討したところによれば,@甲3は,本件特許発明1の相違点に係る構成のうち,構成要件Cを開示ないし示唆するものではなく,A甲4及び甲5は,本件特許発明1の相違点に係る構成のうち,構成要件Bを開示ないし示唆するものではなく,B甲2発明に甲3発明を適用することは困難であり,また,甲3発明に甲5発明を適用したものを,更に甲2発明に適用することも困難である。
そして,前記1で検討したところによれば,甲1発明が本件特許発明1の相違点に係る構成(構成要件B,C)を開示ないし示唆するものではないことも明らかである。
そうすると,相違点に係る構成を有する本件特許発明1は,その作用効果が顕著であるか否かを検討するまでもなく,甲1発明ないし甲5発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものとは,認められない。
したがって,本件特許発明1の作用効果に関する審決の認定判断の当否いかんにかかわらず,審決の「相違点に係る発明特定事項を具備する本件特許発明1は,上記甲第1ないし5号証に記載された発明及び記載事項を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたとすることはできない。」との認定判断は,これを是認することができる。
よって,原告主張の取消事由3は,理由がない。
4取消事由4(本件特許発明2についての認定判断の誤り)について(1)本件明細書(甲7)の特許請求の範囲の請求項2の記載は,「請求項1の製造方法を用いて,二層以上を重ね合わせて堆積する多層構造のスピーカ用振動板。」というものであるから,本件特許発明2は,「製造方法の発明」である請求項1を引用する形式で記載されているものの,「製造方法の発明」ではなく,「物の発明」であることが明らかである。すなわち,上記特許請求の範囲の記載は,物(プロダクト)に係るものでありながら,その中に当該物に関する製法(プロセス)を包含するという意味で,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものである。
物の「製造方法」ではなく,「物の発明」について特許を得ようとする者は,本来,当該発明の対象となる物の構成を直接的に特定すべきであり,プロダクト・バイ・プロセス・クレームという形式による特定が許されるのは,当該発明の対象となる物の構成を製造方法と無関係に直接的に特定することが,不可能ないし困難であるか,不適切であり,その物の製造方法によって物自体を特定することに合理性が認められるような例外的な場合に限られるというべきであるが,その場合にも,当該製法はあくまでもその結果製造される「物」の構成を一義的に特定するための指標として機能するものであって,当該製造方法とは異なる方法により製造された物であっても,「物」の構成が客観的に同一であれば,当該発明に包含されるものと解するのが相当である。
そうすると,「物の発明」である本件特許発明2の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,上記特許請求の範囲における「請求項1の製造方法を用いて」との記載は,「製造方法の発明」の要件として規定されたものではなく,「多層構造のスピーカ用振動板」という物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味を有しないというべきであるから,本件特許発明2の要旨は,最終的に得られた「多層構造のスピーカ用振動板」それ自体に係るものと解すべきである。換言すると,本件特許発明2は,本件特許発明1に係る製造方法とは異なる方法によって製造された「多層構造のスピーカ用振動板」であっても,本件特許発明1に係る製造方法によって製造された「多層構造のスピーカ用振動板」と客観的に同一の構成を有するものであれば,これを包含するものというべきである。
したがって,「製造方法の発明」である本件特許発明1が,甲1発明ないし甲5発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないとしても,「物の発明」である本件特許発明2について,これと客観的に同一ないし類似する構成の「物」が先行して存在したこと等を理由として,その新規性ないし進歩性を否定する余地が否定されるものではない。
(2)しかしながら,本件では,審判手続の段階において原告(請求人)が主張した本件特許発明2(物の発明)に係る特許の無効理由が,本件特許発明2は,本件特許発明1(製造方法の発明)が進歩性を欠くのと同様の理由で,進歩性を欠くということに尽きるものであり,「物の発明」である本件特許発明2に固有の理由を主張したものではないことについて,当事者間に争いがない(本件特許発明1に係る製造方法によって製造された「多層構造のスピーカ用振動板」と客観的に同一の構成の「多層構造のスピーカ用振動板」を当業者が容易に発明をすることができたかどうかは,審判請求の対象となっていない。)。
そして,審決が,本件特許発明1に係る特許について「本件審判の請求は,成り立たない」としたことに誤りがないことは,上記1ないし3において説示したとおりである。
そうすると,審決が,本件特許発明2に係る特許について「本件審判の請求は,成り立たない」としたことは,その結論において相当というべきである。原告主張の取消事由4は理由がない。
5結論以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決にこれを取り消すべき誤りは認められない。
したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二
裁判官 嶋末和秀