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関連審決 無効2001-35426
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  合理的な理由 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 251号 審決取消請求事件
原告 アダプトゲン製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 芝原明夫,寺尾浩,莚井順子,渡部孝雄
訴訟代理人弁理士 武蔵武
被告 株式会社メディカライズ
被告 株式会社アポ・メデイカル・ジャパン
被告 株式会社加u
被告 ジャパンメディカル株式会社
被告 有限会社ヒアルロン酸開発研究所
被告 ユーライフ株式会社
上記6名訴訟代理人弁理士 清原義博,坂戸敦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2005/03/01
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2001-35426号事件について平成16年4月21日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,特許を無効とする審決の取消しを求める事件であり,原告は無効とされた特許の特許権者,被告らは上記特許に対する無効審判の請求人である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「ヒアルロン酸吸収用食品及びその食品の製造方法」とする特許第2787254号(請求項の数2。平成3年10月21日に出願,平成10年6月5日に設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 被告らは,平成13年9月28日,本件特許について無効審判の請求をし(無効2001-35426号事件として係属),これに対し,原告は,平成15年7月14日,明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。
(3) 特許庁は,平成16年4月21日,「訂正を認める。特許第2787254号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同年5月7日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載(本件訂正請求による訂正後のもの)【請求項1】 蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有するヒアルロン酸吸収用食品。
【請求項2】 蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有するヒアルロン酸吸収用食品の製造方法であって,少なくとも次の@〜Cの工程からなる。
@鳥の鶏冠を洗浄してミンチにする。
Aこのミンチに苛性ソーダを加えてふやかす。
Bふやけたミンチに塩酸を加えてPH7〜8に戻し,蛋白質分解酵素を少量加えて酵素分解し,さらにこれを濾過する。
C前記濾過した濾液に少量の活性炭を加えて脱臭・脱色した後,その活性炭を除去する。
3 審決の理由の要点 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件訂正請求による訂正は,特許法134条5項の規定によって準用する特許法126条2,3項の規定に適合するので,本件訂正を認めるとした上,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである,というものである。
(1) 訂正の可否に対する判断 本件訂正は,特許法134条5項の規定によって準用する同法126条2,3項の規定に適合するので,当該訂正を認める。
(2) 平成15年5月2日付けで通知した無効理由の概要 無効理由の概要は,「本件の請求項1及び2に係る発明は,刊行物1(特開昭58-113114号公報,本訴甲3),刊行物2(特開平3-35774号公報,本訴甲4)及び刊行物3(特開昭51-95116号公報,本訴甲5)に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,当該発明の特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当する。」というものである。
(3) 審決の判断 通知した上記無効理由について,以下検討する。
ア 引用刊行物に記載の発明 無効理由に引用した刊行物1(特開昭58ー113114号公報)には,下記の(a)〜(j)の事項が記載されている。
(a) 「臍体,鶏トサカを細切し,これをプロナーゼで消化し,ついで濾過して得られる抽出エキスを配合してなる化粧料。」(特許請求の範囲) (b) 「本発明は化粧料,特に保水性を有し,しわとりの効果のすぐれた荒れ症肌に適用するに適した化粧料に関するものである。」(1頁左下欄8行〜10行) (c) 「本発明は臍帯,鶏のトサカを細切し,これをプロナーゼで消化し,ついで濾過して得られる抽出エキスを含有する化粧料である。・・・・・プロナーゼはストレプトマイセス・グリセウスの産生する蛋白分解酵素で,各種基質蛋白質のペプチド結合を殆ど無差別に開裂する。酵素活性はpH5〜9で安定であり,至適pHは7〜8である。」(2頁左上欄15行〜同右上欄9行) (d) 「本発明の化粧料の配合成分の抽出エキスを得る方法は,前記の臍帯,鶏のトサカを細切し,蛋白分解酵素の一種であるプロナーゼを加える。この場合,原料を水で予め十分膨潤させ,適宜の細切機で細切してプロナーゼを加えるか,または,原料を細切して後,これを水に漬けて十分膨潤させ,要すれば,この膨潤液をホモジナイズして後,プロナーゼを加えるかして,酵素処理を行う。プロナーゼ処理は通常,pH6〜8程度の液性において行う。この場合,作業条件その他からみてほぼ中性で行うのが好適である。」(2頁右上欄18行〜同左下欄10行) (e) 「このプロナーゼ処理により,原料の臍帯,鶏のトサカの組織中のムコ多糖類と蛋白質の複合体が分解して,各種のムコ多糖類,蛋白質,ペプタイド,アミノ酸等のプロナーゼ分解物が得られる。」(2頁左下欄14行〜17行) (f) 「このようにして得られたプロナーゼ処理液より,不溶解物を適宜の濾過手段によって除去して,本発明の化粧料の配合成分を得る。この配合成分は,ヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸等の酸性多等類を主体とし,これに蛋白質,アミノ酸が混合した液である。例えば・・・・・鶏のトサカから得られるものはヒアルロン酸60〜80重量%,コンドロイチン硫酸20〜40重量%より成っている。」(2頁右下欄12行〜3頁左上欄4行) (g) 「この臍帯又は鶏のトサカから得られたプロナーゼ処理液,もしくは,その混合物を化粧料の形態として皮膚に塗布すると,・・・・・その結果,荒れ症肌を予防または治療することができ,併せてすぐれたしわとり効果も達成される。」(3頁左上欄5行〜13行) (h) 「上述の臍帯,鶏のトサカの抽出エキスを化粧料とする場合は,そのまま,または,抽出エキスを脱色等の処理を施し,更に精製して化粧料基剤に配合して化粧料とする。」(3頁左下欄16行〜右下欄1行) (i) 「参考例2 新鮮な鶏のトサカ1kgを水洗後,5倍量の水を加えてミキサーで細切し,プロナーゼを加えて60℃で8時間加温しつつ処理を行う。後参考例1と同様に処理して鶏トサカの抽出エキス1〜2kgを得る。」(4頁左上欄1行〜6行) (j) 「実施例3 次の各成分を混合撹拌してローションを得る。
エタノール 10g グリセリン 2.0g クエン酸 0.5g 参考例2で得られた配合成分 5.0g パラオキシ安息香酸メチル 0.2g 香料 0.05g 精製水を加えて100gとする。」(4頁左下欄の実施例3) 上記(a)ないし(j)の記載からみて,刊行物1には,鶏のトサカを水洗後細切し,これを水に漬けて十分膨潤させ,プロナーゼを加えてpH6〜8程度の液性において酵素処理を行い,ついで濾過して得られるヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸等のムコ多糖類,蛋白質,ペプタイド,アミノ酸等を含む抽出エキスを調製し,該抽出エキスに脱色等の処理を施し,更に精製して化粧料基剤に配合して化粧料を製造すること,及び該化粧料を皮膚に塗布することにより,荒れ症肌を予防または治療することができ,併せてすぐれたしわとり効果も達成されることが記載されているものと認める。
同じく無効理由に引用した刊行物2(特開平3ー35774号公報)には,下記の(k)〜(p)の事項が記載されている。
(k) 「(1)動物性粘性物質を添加してなる飲食物。
(2)動物の軟骨をアルカリ存在下蒸煮して加水分解し,その分解物を一旦中和し未溶解分を除去した後,エタノールを添加して得られる沈殿物である動物性粘性物質を通常の食品原料に添加してなる飲食物。」(請求項1及び2) (l) 「この発明は,これを常用摂食することにより肌がよくなる飲食物にかかわるものである。」(1頁左下欄13行〜14行) (m) 「ムコ多糖類は動物性粘性物質の主成分であり,これにはコンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などがあり,これらはすべて保湿性を有している。従来はこれらのムコ多糖類を添加した化粧品を使用して直接的に皮膚を物理的に保護したり又はこれら成分を経皮的に吸収させて美肌の目的を達しようとしている。本発明では,このような美肌物質を通常の飲食物に添加し,従来行われていなかった経口摂食によって体内に摂取することにより,ごく自然に美肌の効果を発現させんとするものである。かかる経口投与によっても美肌効果があることは,従来全く知られていなかったものである。」(1頁右下欄4行〜17行) (n) 「動物性粘性物質は,その起源としてはさい帯,・・・・・,鶏冠等がある。本願の第1発明(・・・・・)ではその起源を問わず採用され,・・・・・」(1頁右下欄19行〜2頁左上欄5行) (o) 「先ず,原料軟骨をアルカリ存在下,蒸煮して加水分解する。・・・・・残った沈殿物が第2発明において使用される粘性物質であり,大よそ分子量20,000〜100,000程度,成分としては大よそ次のとおりである。 コンドロイチン硫酸 60% ヒアルロン酸 1% ヘパリン酸 5% ケラト硫酸 9% 粗タンパク(アミノ酸) 25% ・・・・・かかる動物性粘性物質は,通常,飲食物中に大よそ0.1%〜10%添加する。摂取方法としても通常の通りでよく,添加対象飲食物も特定ではない。即ち,米飯,パン,麺,菓子,飲料その他がある。」(2頁左上欄9行〜14行) (p) 「本発明飲食物で経口摂取されてのち,如何なる経過を経て美肌効果を示すことになるのかの詳細は,まだ一切知られていない。動物性粘性物質は分子量も大きいから一旦は胃や腸で分解され吸収されるのであろうが,それが体内の何処で再合成されるのか,再合成されたものが如何なる経過により皮膚に達するのか,又はその他の如何なる理由により美肌効果を発するのかの情報は今後の研究にまたれる。」(2頁右上欄16行〜左下欄5行) 同じく無効理由に引用した刊行物3(特開昭51-95116号公報)には,鶏冠を原料としてヒアルロン酸を製造する方法に関し「原料の鶏冠としてはとくに制限はないが,・・・・・蛋白分解酵素の使用に先立つて原料の脱脂乾燥粉末を0.1規定の水酸化ナトリウム溶液に24時間程度浸漬して組織を膨潤せしめておくことが好ましく,・・・・・」(2頁右下欄11行〜19行)及び「実施例5 実施例1で用いた鶏冠の脱脂粉末20gに0.1N-NaOH水溶液300mlを加えて24時間放置したのち,0.1N-HCL水溶液でpHを7.3に補正し,プロナーゼ0.4gを加え,37℃の孵卵器内で24時間消化した。」(4頁右上欄の実施例5)と記載されている。
イ 対比・判断(請求項1に係る発明について) 訂正明細書の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)と刊行物1に記載の発明を対比すると,刊行物1に記載の「プロナーゼ」は,本件発明1の「蛋白質分解酵素」に該当するから,両者は,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有する物質の利用技術である点で共通し,前者は,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有する物質を用いてヒアルロン酸吸収用食品とするのに対して,後者は,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有する物質を化粧料基剤に配合して化粧料とする点で,両者は相違する。
上記相違点について検討する。
(ア) 先ず,本件発明1の「ヒアルロン酸吸収用食品」の意味するところについて検討する。
訂正明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明には,「本発明の製造方法によれば,鳥の鶏冠に含まれているヒアルロン酸を体内で吸収し易い状態にしたヒアルロン酸吸収用食品を提供することができる。また,本発明のヒアルロン酸吸収用食品は,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を主成分とするため,これを摂取することによって,身体の内部からヒアルロン酸が吸収され,老化に伴う体内の組織細胞の水分減少を効果的に抑えることができる。」(段落0008)と記載され,かかる記載からみて,本件発明1のヒアルロン酸吸収用食品を経口摂食すると,ヒアルロン酸が体内でよく吸収され,その結果として「老化に伴う体内の組織細胞の水分減少を効果的に抑える」ことができるものと認められる。
そして,上記「老化に伴う体内の組織細胞の水分減少を効果的に抑える」は,身体全体に及ぶ広範な効果を意味するとしても,少なくとも,「老化に伴う体内の組織細胞の水分減少を効果的に抑えた」結果として,肌が若返る,美肌になる,うるおいのある肌になる等の美肌効果が発現するのであるから,本件発明1において,肌が若返る,美肌になる,うるおいのある肌になる等の目的で「ヒアルロン酸吸収用食品」を経口摂食する実施の形態においては,本件発明1の「ヒアルロン酸吸収用食品」は,ヒアルロン酸の体内吸収を通して美肌効果が発現するところの「美肌用食品」,「美肌健康食品」,あるいは「美容健康食品」等と言い換えることができる。
すなわち,本件発明1の「ヒアルロン酸吸収用食品」は,体内へのヒアルロン酸の吸収を通して肌が若返る,美肌になる,うるおいのある肌になる等の目的で摂食するところの「美肌用食品」,「美肌健康食品」,あるいは「美容健康食品」等を包含している。
また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載からみて,通常の飲食品の製造段階でペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を添加した飲食品であっても,その添加の目的が体内へのヒアルロン酸の吸収にある場合には,かかる飲食品の摂取により本件発明1の目的,効果が達成されるのであるから,本件発明1は,通常の飲食品の製造段階で,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を添加して「ヒアルロン酸吸収用食品」とする実施の形態を包含するものと認められる。
(イ) 以上の事実を踏まえた上で上記相違点についてみると,刊行物2の上記(m),(o)及び(p)の記載からみて,刊行物2には,従来化粧品に美肌物質として配合していたコンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などのムコ多糖類を通常の飲食物に添加し,該飲食品を経口摂食することによって美肌効果を発現させるという技術思想が開示されている。
また,刊行物2には,コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などのムコ多糖類を主成分とする動物性粘性物質を添加して飲食物を製造するにあたって,動物性粘性物質をサメの皮,クジラの軟骨,鶏冠等から調製できることが記載され,さらに,原料軟骨から調製したコンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸,粗タンパク(アミノ酸)からなる混合物を動物性粘性物質として飲食品に添加することが具体的に記載されている。
かかる記載に接した当業者であれば,上記「粗タンパク(アミノ酸)」中にペプタイドが含まれていることは直ちに理解できることであり,また,鶏の鶏冠を原料とする場合には,軟骨を原料とする場合と同様に,コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸などのムコ多糖類,蛋白質,ペプタイド,アミノ酸等が混在する鶏冠の抽出物の形態で飲食品に添加できると考えるのが自然である。
しかも,刊行物2の記載から上記のとおり導き出せる「鶏冠の抽出物」と刊行物1に記載の鶏冠の抽出エキスとは,コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸などのムコ多糖類,蛋白質,ペプタイド,アミノ酸等を含む点で異なるところはないことも,当業者ならば容易に予想できることである。
してみると,経口摂食による美肌効果を期待して,刊行物1に記載の荒れ症肌を予防または治療する目的で化粧料基剤に配合するための抽出エキス,すなわち鶏冠をプロナーゼで酵素分解して得られるペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸等を含む抽出エキスを,美肌効果が発現するのに必要な量飲食物に添加して本件発明1のような構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。
この点について,被請求人は,「およそ食品分野に属する当業者が『化粧品』そのものを飲食物に添加するという捉え方をすることなど常識的にあり得ない。」と主張する。
しかし,刊行物1に記載の鶏冠の抽出エキスは,化粧料基剤に配合する1成分であり,化粧料そのものではない。上記抽出エキスが『化粧品』そのものとは言えない以上,被請求人の上記主張は採用しない。
また,被請求人は,「刊行物2は,従来化粧品に美肌目的で配合されていたムコ多糖類を経口摂食して得られる美肌効果に着目し,そのようなムコ多糖類を経口摂食させるために動物性粘性物質(・・・)を飲食物に添加した,という内容に理解され,もちろん化粧品自体を食べるというような記載も示唆も存在しないのであり,食品の分野に属する当業者をして刊行物1に記載の化粧品原料を経口摂食させるような動機付けにはなり得ない。」と述べ,刊行物2に記載された事項が,刊行物1に記載の鶏冠の抽出エキスを経口摂取する動機付けにはならないとの主旨の主張をしている。
被請求人が主張するとおり,刊行物2は,動物性粘性物質を添加してなる飲食物に係わるものであるが,上記したとおり,従来化粧品に美肌物質として配合していたコンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などのムコ多糖類を通常の飲食物に添加し,該飲食品を経口摂食することによって美肌効果を発現させるという技術思想が刊行物2に開示され,かつ,動物性粘性物質として,コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸などのムコ多糖類,蛋白質,ペプタイド,アミノ酸等が混在している鶏冠の抽出物を使用できることが,上記のとおり刊行物2に教示されていることからすれば,経口摂取による美肌効果を期待して,刊行物1に記載の鶏冠起源の抽出エキスを飲食品に添加してヒアルロン酸吸収用食品(美肌用食品)とする程度のことは,当業者において格別困難なことではない。
(ウ) そして,本件発明1の効果についてみても,コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などのムコ多糖類を主成分とする動物性粘性物質を通常の飲食物に添加して,該飲食物を経口摂食することにより美肌効果が得られることが刊行物2に記載されている以上,たとえ美肌効果発現のメカニズムが刊行物2に記載されていないとしても,本件明細書に記載の「老化に伴う体内の組織細胞の水分減少を効果的に抑えることができる」結果として,美肌になるという効果は,刊行物2の記載から当業者が予測できる範囲内のものというべきである。
本件発明1の効果について,被請求人は,「刊行物1,2から予測可能な効果がせいぜい美肌であるのに対し,本件特許の請求項1の発明はそのような美肌効果を量的・質的に上回り且つ当時の当業者の常識に反する予測不能且つ顕著な効果を発揮する。」と主張する。
しかし,本件明細書には,効果について「老化に伴う体内の組織細胞の水分減少を効果的に抑えることができる」と記載されているのみで,被請求人が上記主張するような効果を具体的に説明する記載は何もないし,上記主張を裏付ける実験データの開示もない。
また,本件発明1が刊行物2に記載の飲食物に比べて,美肌効果の点で量的・質的に上回る顕著な効果を奏することを実証する比較実験データの提出もない。
したがって,被請求人の上記主張は採用しない。
以上のとおり,本件発明1は,刊行物1及び2に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(請求項2に係る発明について) 本件の請求項2に係る発明(以下「本件発明2」という。)と刊行物1に記載の発明を対比すると,刊行物1に記載の「プロナーゼ」及び「抽出エキス」は,本件発明2の「蛋白質分解酵素」及び「濾液」にそれぞれ該当するから,両者は,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有する物の製造方法であって,@鳥の鶏冠を洗浄してミンチにし,Aこのミンチをふやかし,BふやけたミンチのpHを7〜8に調整し,蛋白質分解酵素を少量加えて酵素分解し,さらにこれを濾過して濾液を得る点で共通する。
しかしながら,下記(A)及び(B)の点で,両者は相違する。
(A)前者は,最終工程を終えた濾液を用いてヒアルロン酸吸収用食品を製造する方法であるのに対して,後者は,最終工程を終えた濾液を用いて化粧料を製造する方法である点。
(B)前者は,上記Aの工程で苛性ソーダを加え,上記Bの工程で塩酸を加えてpH7〜8に戻し,上記Bの工程の後にC前記濾過した濾液に少量の活性炭を加えて脱臭・脱色した後,その活性炭を除去する工程を有するのに対して,後者は,上記Aの工程で苛性ソーダを加えておらず,上記Bの工程でpHを7〜8に調整する手段について具体的な記載はなく,また上記Cの工程について記載されていない点。
上記相違点について検討する。
相違点(A)について 本件発明1における相違点の判断と同じ理由により,刊行物1に記載の鶏の鶏冠の抽出エキスを,美肌効果が発現するのに必要な量飲食物に添加してヒアルロン酸吸収用食品(美肌用食品)とすることは,刊行物2の記載に基づいて当業者が容易に想到し得ることである。
相違点(B)について 刊行物1に記載の抽出エキス(濾液)を飲食品に利用するにあたり,抽出エキス(濾液)の製造方法を請求項2に記載のとおり変更することは,下記のとおり刊行物3及び周知事項に基づいて当業者が容易になし得ることである。
刊行物3には,鶏冠を原料として蛋白質分解酵素を用いてヒアルロン酸を製造するにあたり,蛋白質分解酵素の使用に先立つて鶏冠粉末を水酸化ナトリウム溶液に浸漬して組織を膨潤させることが好ましいことが記載されていることから,上記Aのミンチをふやかす工程で苛性ソーダを加えることは,当業者が容易に想到し得ることである。
また,刊行物3には,塩酸を加えてpHを7.3に補正することが記載されていることから,上記Bの工程で塩酸を加えてpH7〜8に戻すことは当業者が容易になし得ることであり,さらに,動物組織からの抽出液に活性炭を加えて脱臭・脱色することは当業者の慣用手段であることから,濾過した濾液に少量の活性炭を加えて脱臭・脱色した後,その活性炭を除去する工程を付加することは,当業者が適宜なし得ることである。
そして,本件発明2の効果は,本件発明1の効果について判断したとおりの理由により,刊行物2の記載から当業者が予測できる範囲内のものというべきである。
したがって,本件発明2は,刊行物1ないし3に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4) 審決のむすび 本件の請求項1及び2に係る発明は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,当該発明の特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由 (1) 取消事由1(本件発明1と刊行物1に記載された発明との相違点についての判断の誤り) 審決は,「刊行物2には,従来化粧品に美肌物質として配合していたコンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などのムコ多糖類を通常の飲食物に添加し,該飲食品を経口摂食することによって美肌効果を発現させるという技術思想が開示されている。」とした上,「刊行物1に記載の荒れ症肌を予防または治療する目的で化粧料基剤に配合するための抽出エキス,すなわち鶏冠をプロナーゼで酵素分解して得られるペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸等を含む抽出エキスを,美肌効果が発現するのに必要な量飲食物に添加して本件発明1のような構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。」と判断したが,誤りである。
ア 刊行物1に記載された鶏冠の抽出エキスは,化粧料基剤に配合する成分であって,化粧料にする目的で加工されたものであり,食品とは異なる基準が適用されるから,当業者は,このような化粧料にする目的で加工した原料を食品として摂取しようとは思わない。
イ 刊行物2に列記されたそれぞれの成分物質は,開発時期が異なると同時に,成分も目的も異なった物質として流通するところ,刊行物2は,これらのムコ多糖の代表的成分物質を教科書どおりに列記しただけのものであるから,これを先例と判断することはできない。また,原告が刊行物2に記載された方法により製造した試料には,サメ軟骨からも,鶏冠からも,ヒアルロン酸が検出されなかったから(甲17の1ないし4),刊行物2からは,ヒアルロン酸の吸収を目的とする食品のヒントを得ることはできない。
ウ ヒアルロン酸は,経口摂取しても体内吸収されないというのが,本件特許出願時における当業者の技術常識であった。本件発明1は,このような技術常識に反して,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有する食品を,ヒアルロン酸を吸収するための食品という用途に特化することにより,肌はもちろん,目,関節,内臓など身体全体の組織細胞に対してヒアルロン酸の補給を必要とする者,例えばヒアルロン酸の分解が異常に亢進している者の救済をも可能にしたものであって,刊行物1,2の美肌効果を質的に上回る顕著な効果を奏し,しかも,この効果は,本件特許出願時の技術常識からは予測できないものである。
エ したがって,刊行物2に記載された事項を根拠にして,化粧料にする目的で加工された刊行物1記載の抽出エキスを飲食物に添加することが容易に想到できると結論づけるのは軽率であって,刊行物1及び2に記載の発明から本件発明を想到することは不可能である。
(2) 取消事由2(本件発明2と刊行物1に記載された発明との相違点(A)についての判断の誤り) 審決は,「本件発明1における相違点の判断と同じ理由により,刊行物1に記載の鶏の鶏冠の抽出エキスを,美肌効果が発現するのに必要な量飲食物に添加してヒアルロン酸吸収用食品(美肌用食品)とすることは,刊行物2の記載に基づいて当業者が容易に想到し得ることである。」と判断したが,(1)に述べたのと同じ理由により,誤りである。
(3) 取消事由3(本件発明2と刊行物1に記載された発明との相違点(B)についての判断の誤り) 審決は,「刊行物1に記載の抽出エキス(濾液)を飲食品に利用するにあたり,抽出エキス(濾液)の製造方法を請求項2に記載のとおり変更することは,下記のとおり刊行物3及び周知事項に基づいて当業者が容易になし得ることである。」と判断したが,誤りである。
刊行物3の「ヒアルロン酸の製造法」の目的は,治療剤を製造することにあり,本件発明2の食品の製造方法とは目的が異なるから,刊行物3の製法を食品の製法に適用することはできない。
2 被告らの反論 (1) 取消事由1(本件発明1と刊行物1に記載された発明との相違点についての判断の誤り)に対し ア 刊行物2には,化粧品に配合される美肌物質であるムコ多糖類を飲食品に添加することが記載されている(1頁右欄8ないし15行)から,「化粧料にする目的で加工した原料を食品として摂取しようとは思わない」との原告の主張は,刊行物2の記載を無視するものであって,理由がない。
イ 刊行物2には,コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸,粗タンパクからなる粘性物質が記載され,この粘性物質を飲食品に添加することも記載され,実施例として動物軟骨抽出物を含有するゼリーも記載されているのである。また,甲17の1ないし4は,分析した試料の製造方法の詳細が全く不明であるから,信憑性がない。
ウ 本件明細書には,原告が主張する「目,関節,内臓などの身体全体の組織細胞に対するヒアルロン酸の補給」効果について,具体的な説明が全くない。また,刊行物1,2の効果を質的に上回る顕著な効果についても,本件明細書には具体的に記載されていないし,これを裏付けるデータの開示もない。
エ したがって,刊行物1及び2に記載の発明から本件発明を想到することが不可能であるとの原告の主張は失当であって,審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(本件発明2と刊行物1に記載された発明との相違点(A)についての判断の誤り)に対し (1)に述べたのと同じ理由により,審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(本件発明2と刊行物1に記載された発明との相違点(B)についての判断の誤り)に対し 刊行物3には,「ヒアルロン酸の製造方法」が記載されているのであって,治療剤の製造方法が記載されているのではなく,「治療剤」は,ヒアルロン酸の用途の一つとして例示されているにすぎない。本件発明2は,鶏冠を原料とするヒアルロン酸を含有する健康食品の製造方法であり,ヒアルロン酸を含有するものであるから,刊行物3を適用することに何の問題もない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1に記載された発明との相違点についての判断の誤り)について (1) 刊行物2(甲4)には,「ムコ多糖類は動物性粘性物質の主成分であり,これにはコンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などがあり,これらはすべて保湿性を有している。従来はこれらムコ多糖類を添加した化粧品を使用して直接的に皮膚を物理的に保護したり又はこれら成分を経皮的に吸収させて美肌の目的を達しようとしている。本発明では,このような美肌物質を通常の飲食物に添加し,従来行われていなかった経口摂食によって体内に摂取することにより,ごく自然に美肌の効果を発現させんとするものである。かかる経口投与によっても美肌効果があることは,従来全く知られていなかったものである。」(1頁右欄4ないし17行)との記載があり,ヒアルロン酸を含む動物性粘性物質を,従来の経皮吸収に代えて,飲食物に添加し経口摂取することが示されている。
上記の刊行物2の記載を考慮すれば,刊行物1(甲3)に記載された「蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有する鶏トサカからの抽出物」が化粧料添加成分として記載されたものであるとしても,ヒアルロン酸の体内吸収を期待して食品に転用することは,当業者にとって容易であると認めるのが相当である。
(2) 原告は,刊行物2に記載された事項を根拠にして,化粧料にする目的で加工された刊行物1記載の抽出エキスを飲食物に添加することが容易に想到できると結論づけるのは軽率であって,刊行物1及び2に記載の発明から本件発明を想到することは不可能であると主張するが,以下に判示するとおり,原告の主張は,理由がない。
ア 原告は,刊行物1に記載された鶏冠の抽出エキスは,化粧料基剤に配合する成分であって,化粧料にする目的で加工されたものであり,食品とは異なる基準が適用されるから,当業者は,このような化粧料にする目的で加工した原料を食品として摂取しようとは思わないと主張する。
しかし,上記のとおり,刊行物2には,ヒアルロン酸を含む動物性粘性物質を,従来の経皮吸収に代えて,飲食物に添加し経口摂取することが示されていて,刊行物1に記載された鶏冠の抽出エキスを食品に転用することは,当業者にとって容易であると認められるのである。
イ また,原告は,刊行物2は,ムコ多糖の代表的成分物質を教科書どおりに列記しただけのものであるから,これを先例と判断することはできないし,原告が刊行物2に記載された方法により製造した試料には,鮫軟骨からも,鶏冠からも,ヒアルロン酸が検出されなかったから(甲17の1ないし4),刊行物2からは,ヒアルロン酸の吸収を目的とする食品のヒントを得ることはできないと主張する。
しかし,刊行物2(甲4)には,「動物性粘性物質を添加してなる飲食物」(特許請求の範囲),「ムコ多糖類は動物性粘性物質の主成分であり,これにはコンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,ヘパリン酸,ケラト硫酸などがあり,」(1頁右欄4ないし6行),「動物性粘性物質は,その起源としてはさい帯,皮膚,靱帯,筋膜,大動脈,心臓弁などの組織の他,殊にサメの皮,クジラの軟骨,鶏冠等がある。」(1頁右欄19行ないし2頁左上欄2行)との記載があるところ,乙3(厚生省生活衛生局食品化学課編「化学合成品以外の食品添加物リスト第一版」1989年,93頁)には,食品添加物であるヒアルロン酸の基源・製法・本質として,「鶏冠より水又は有機溶剤で抽出し,濃縮精製又は酵素処理して得られたものである。成分はヒアルロン酸である。」との記載があり,この記載によれば,ヒアルロン酸を鶏冠から製造することも,これを飲食品に添加することも,本件特許出願時,周知であったと認められるから,そうであれば,刊行物2には,周知の方法により鶏冠等から製造したヒアルロン酸を飲食物に添加することが記載されているということができる。また,甲17の1ないし4(財団法人日本食品分析センタ作成の分析試験成績書)には,サメ軟骨からも,鶏冠からも,ヒアルロン酸が検出されなかったことが記載されているが,これに用いた試料の具体的な調製方法が明らかでなく,甲17の1ないし4をもってしても,刊行物2記載の方法により鶏冠から製造した試料にヒアルロン酸が含まれることがないとまではいうことができない。
ウ さらに,原告は,ヒアルロン酸は,経口摂取しても体内吸収されないというのが,本件特許出願時における当業者の技術常識であったところ,本件発明1は,かかる常識に反して,刊行物1,2の美肌効果を質的に上回る顕著な効果を奏し,しかも,この効果は,本件特許出願時の技術常識からは予測できないものであると主張する。
(ア) 本件明細書(甲2)には,本件発明1の作用,効果に関して,「【作用】蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を有するヒアルロン酸吸収用食品を摂取すると,ヒアルロン酸が体内でよく吸収される。ヒアルロン酸は,組織細胞の保水効果が高いため,老化に伴う体内での組織細胞の水分減少を抑えることができる。」(【0005】),「【発明の効果】本発明の製造方法によれば,鳥の鶏冠に含まれているヒアルロン酸を体内で吸収し易い状態にしたヒアルロン酸吸収用食品を提供することができる。また,本発明のヒアルロン酸吸収用食品は,蛋白質分解酵素で酵素分解してペプタイド状にした蛋白質とヒアルロン酸を主成分とするため,これを摂取することによって,身体の内部からヒアルロン酸が吸収され,老化に伴う体内の組織細胞の水分減少を効果的に抑えることができる。」(【0008】)との記載があるが,これらの作用効果を実際に確認した実験結果等は何ら記載されていない。
ところで,原告が主張するように,ヒアルロン酸は経口摂取しても体内吸収されないというのが本件特許出願時における当業者の技術常識であったというのであれば,本件明細書に,本件発明1の「ヒアルロン酸吸収用食品」が,実際に,経口摂取により体内吸収され,老化に伴う体内の組織細胞の水分減少が効果的に抑えられたことを確認した実験結果等を記載しなければ,本件明細書の記載に接した当業者が,本件発明1の作用効果を理解することはできないはずである。しかるに,本件明細書には,上記のとおり,経口摂取による作用効果を確認した実験結果等は記載されていないのであるから,そうであれば,経口摂取により体内吸収され,老化に伴う体内の組織細胞の水分減少が効果的に抑えられるという本件明細書に記載された作用効果は,単なる願望であるというにとどまり,そもそも,本件発明1の奏する効果であると理解することはできないことになる。なお,原告は,審判において,ヒアルロン酸の体内吸収を明確にするために,甲9の2(平成14年11月7日付け実験報告書,審判乙19)を提出しているが,実験に使用された「ヒアルロン酸吸収用食品」がどのようなものであるかが明らかでないから,これをもって,本件発明1の奏する作用効果を裏付けるということはできない。
(イ) そして,刊行物2には,「皮膚は一般に年齢と共に次第にうるおいがなくなり,つややきめが粗くなる。これは,皮膚中に存在するムコ多糖類が減少し,皮膚の水分が失われてしまうからであると考えられている。」(1頁左下欄16行ないし19行)との記載があり,この記載と(1)で引用した記載によれば,刊行物2には,ヒアルロン酸を含む動物性粘性物質を経口摂取することで,老化に伴う皮膚の水分減少を抑制し,美肌にすることが示唆されていると認められる。
(ウ) そうすると,(イ)のような刊行物2の記載から,ヒアルロン酸が経口摂取により体内吸収され,老化に伴う体内の組織細胞の水分減少が効果的に抑えられるという本件明細書に記載の効果を期待ないし願望することは,当業者にとって容易であるといわなければならない。本訴で提出したその他の甲号各証,特に甲22ないし29をもってしても,この認定判断は左右されるものではない。
(エ) したがって,本件発明1の奏する作用効果は,刊行物1及び2並びに本件特許出願時の技術常識から予測することができるものである。
(3) 以上によれば,審決の判断には,取消事由1主張に係る誤りはなく,取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(本件発明2と刊行物1に記載された発明との相違点(A)についての判断の誤り)について 1に述べたのと同じ理由によって,審決の判断に誤りはなく,取消事由2は,理由がない。
3 取消事由3(本件発明2と刊行物1に記載された発明との相違点(B)についての判断の誤り)について (1) 刊行物3(甲5)には,「本発明は新規な,鶏冠を原料としたヒアルロン酸の製造法に関する。さらに詳しくは,操作がきわめて簡単で,かつ安価に実施することができ,しかも高純度のヒアルロン酸が多量に得られる製造法に関する。」(1頁左下欄13行ないし17行),「ヒアルロン酸は,現在のところ治療剤として実用化されていないが,治療に有用な多くの生物学的作用を有することが知られている。ヒアルロン酸実用化の一例をあげると,ヒアルロン酸を硫酸化することによつて半合成的にヘパリンを製造することが可能であり,また用途に応じ合目的的なヘパリン様物質を製造することも可能である。かくのごとく,ヒアルロン酸は治療剤として今後大いに期待される物質である。」(1頁右欄11行ないし19行),「本発明の目的は,叙上の欠点を排除し,前述のごとき有用なヒアルロン酸が高純度で多量に得られ,しかも操作が簡単で安価に実施でき,企業目的に合致したヒアルロン酸の製造法を提供するにある。」(2頁右上欄15行ないし19行)との記載があり,この記載によれば,「治療剤」は,最終的に得られるヒアルロン酸の用途の一例として記載されているにすぎない。また,刊行物3が食品を製造することを目的とするものではないとしても,食品用途のヒアルロン酸含有抽出物を製造する際に,これを適用することができないとする合理的な理由も見当たらない。
そうであれば,刊行物1に記載された鶏トサカからの抽出物を食品に転用するに当たり,刊行物3記載の方法を適用することは,当業者にとって容易であると認められる。
(2) 原告は,刊行物3の「ヒアルロン酸の製造法」の目的は,治療剤を製造することにあり,本件発明2の食品の製造方法とは目的が異なるから,刊行物3の製法を食品の製法に適用することはできないと主張するが,(1)に判示したところによれば,原告の主張は,採用することができない。
(3) したがって,審決の判断に誤りはなく,取消事由3は,理由がない。
結論
以上のとおりであって,原告主張の審決取消事由は理由がないから,原告の請求は,棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利
裁判官 野輝久